「10・15」は広島にとって特別な日。広島東洋カープが半世紀前、初優勝を飾った。紙吹雪に振る舞い酒。街の盛り上がりは語り草だが、地元の運動会にも変化をもたらす▲その秋、小学校の先生たちは頭を抱えたと、当時の本紙連載「広島カープ考」は記す。例年通り紅白で組分けをしようとすると白組に回された児童から不満の嵐だ。無理もなかろう。誇らしげに日頃かぶっているのはカープの赤い野球帽なのだから▲チームに「燃える赤」を持ち込んだのはルーツ監督。前年まで球団カラーの紺だった帽子やヘルメットを一新し、シーズン序盤で退団する。女の子の色と決め付けていた選手たちは最初「恥ずかしい」と漏らしたが、実は社会とのずれがあった▲赤は1970年代前半、だいだいに次いで日本人の好きな色の2位になっていた。色彩の研究者が約1200人に調査した結果だ。戦中は暗い色を強いられ、60年安保闘争の時代は渋めの色が流行した。高度成長期を経て強く鮮やかな色が定着。赤ヘル旋風は時代ともマッチした▲ことしは青が目に焼き付く。打って、投げて。ドジャースの日本人3選手の活躍には胸がすく。願わくは「赤の時代」の再来を。