朝晩とも冷え込みが増し、鍋料理が恋しくなってきた。食通として知られた陶芸家の北大路魯山人(ろさんじん)は随筆で「楽しみ鍋」という言葉を紹介している▲執筆時の昭和初期、寄せ鍋を上方ではそう呼んだそうだ。魚や肉、豆腐などを盛った大皿の様子が〈はなやかで、あれを食べよう、これを食べようと思いめぐらして楽しみだから〉。だしの取り方まで指南する魯山人だが、〈創作的に、独創的にやられればいい〉と遊び心も促す▲山口県周防大島町の地元料理人たちが作り出した「みかん鍋」も遊び心の逸品だろう。特産のミカンが丸ごと、ぷかぷか浮かぶ。先月、誕生20年を迎えた▲つゆに移った酸味がいい。地元飲食店は地魚のつみれに皮を練り込み、ユズならぬ「みかんこしょう」を薬味に添える。過疎の島を盛り上げようとする人たちの情熱やアイデアから生まれ、ご当地鍋グランプリで入賞した。同じような心温まる楽しみ鍋が瀬戸内の別の島にもある▲広島県尾道市瀬戸田町で十数年前から人気の「レモン鍋」。輪切りがずらっと並ぶ。魯山人は鍋料理と生け花の共通点を示す。〈目もよろこばせ、愉(たの)しませる美しさを発揮さすべきだ〉。眼福の鍋に挑戦してみよう。