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“努力信仰がうざい!”と叫ぶ気持ち悪いネット民に騙されないように【努力教】

最近、インターネット上で「努力信仰がうざい」「努力教は気持ち悪い」という叫び声をよく耳にします。

しかし、はっきり言いましょう。この手の批判を声高に叫ぶ人たちの大半は、努力の本質を根本的に勘違いしているのです。

最初に最も重要な事実をお伝えします。

僕がSNSで努力について語ると以下のような見当違いのクソリプが付くことがあります。

勘違いしている人が多いのですが、努力を説く人は、そもそも「努力すれば必ず報われる」という前提で話していません

むしろ逆です。バカや弱者が努力しても成功する確率はたったの1%程度かもしれない。それでも努力すべきだと言っているのです。

なぜなら、成功が確約されていないと努力しない、努力に見返りを求めている時点で、それは甘えです。

この厳しい現実を直視できず、「努力しても無駄だ」と叫ぶことで自己正当化を図る。それが「努力信仰批判」の正体なのです。


なぜ努力批判は的外れなのか – 三つの根本的誤解

●誤解その1:努力を説く人は「報われる」と約束していると思い込んでいる

多くの努力批判者が陥っている最大の誤解がこれです。彼らは「努力すれば必ず成功できる」という幻想を勝手に作り上げ、それを攻撃しているのです。しかし実際には、本当の意味で努力を理解している人は、そんな甘いことは一言も言っていません。

努力とは、成功への「保証書」ではありません。それはむしろ、成功する可能性をゼロから1%、2%へと引き上げる行為なのです。宝くじを買わなければ当選確率はゼロですが、買えば限りなく低くても確率は生まれます。努力とはまさにこれと同じです。

しかも、凡人や弱者、底辺にいる人間ほど、この「確率を上げる行為」が絶対的に必要なのです。なぜなら、天才や恵まれた環境にいる人だけが、努力なしでも成功できる特権を持っているからです。皮肉なことに、努力を最も必要としているのは、努力批判を叫んでいる当の本人たちなのです。

●誤解その2:努力している人は苦しんでいると思い込んでいる

二つ目の大きな誤解は、努力を「苦行」「我慢」「辛抱」と同一視していることです。確かに、成果を求めて無理やり自分を鞭打つような行為は苦しいでしょう。しかし、本当の成功者たちを観察してみてください。

彼らは楽しんで仕事に熱中しているのです。呼吸をするように努力をしているのです。周りからは狂気の沙汰に見えていても、本人は楽しんでいるだけで、努力している自覚すらありません。

イチロー選手が毎日同じルーティンを続けたのは義務感からではなく、それが彼にとって自然だったからです。スティーブ・ジョブズが徹夜で製品開発に没頭したのは、強制されたからではなく、それが楽しかったからです。

つまり、真の努力とは「やらされている」ものではなく、「やりたくてやっている」ものなのです。

この境地に達している人を見て「努力信仰がうざい」と叫ぶのは、自分がその境地に達していないことへの嫉妬に他なりません。

●誤解その3:努力批判が知的でリアリスティックだと思い込んでいる

三つ目の誤解は、努力を批判することが、社会構造を理解した知的な態度だと勘違いしていることです。確かに、格差、不平等、運、環境などの要因は存在します。それらを無視して「すべては努力次第だ」と言うのは確かにナイーブでしょう。

むしろ「環境」や「遺伝子」に比べて「努力」の要因は小さく、もともとの10の成果を9とか11にする程度の効果しかないといえます。

しかし、だからといって「努力は無意味だ」という結論に飛躍するのは、それ以上にナイーブです。構造的問題があることと、個人が努力すべきでないことは、まったく別の話です。むしろ、構造的に不利な立場にいるからこそ、努力によって少しでも確率を上げる必要があるのです。

「社会が悪い」「運が悪い」「環境が悪い」と言って努力を放棄するのは、知的ではありません。それは単なる思考停止であり、自己正当化のための言い訳です。心が弱い者ほど現実の環境の悪さに絶望し愚かな自己正当化に走ります。これは逃げ・甘えでしかありません。

本当に知的な人は、構造的問題を認識しながらも、自分にできることを淡々と実行するのです。


底辺の僕が「まったく成果が出ない努力」を10年以上続ける理由

僕はよくSNSで「努力信仰がうざい」と言われます。なぜでしょうか?

僕は氷河期世代の底辺です。恵まれた環境にいるわけでもなく、特別な才能があるわけでもありません。それにもかかわらず、僕は腐ることなく、全く成果の出ない努力を淡々と続けているのです。

●なぜ僕の努力は「うざい」のか

同じ底辺の人間が僕を見ると、何を感じるのでしょうか。それは、諦めて腐り、SNSで愚痴を垂れている自分が惨めに見えるのでしょう。鏡を見せられているような不快感を覚える。だから腹を立てて、つっかかってくるのです。

成功者が「弱者は努力が足りない」と主張しても、「あなたは成功者だから言えるんだよ!生存者バイアス!」と言い返すことができる。

しかし、同じ底辺の立場である僕が成果の出ない努力を続けている様子を見ると、努力もせずに諦め腐りSNSで愚痴る自分が惨めに見えてしまう

「お前の努力なんて無駄だ」

「お前は現実が見えていない」

「努力信仰に洗脳されている」

――こういった批判は、すべて自分自身への言い訳なのです。僕の存在が、彼らの「努力しない言い訳」を脅かすから、攻撃してくるのです。

●成果が出ない努力を続ける意味

では、なぜ僕は成果が出ないのに努力を続けるのか。それは、成果を目的としていないからです。

努力に見返りを求めた瞬間、それは取引になります。「これだけやったのだから、これだけの報酬をくれ」という契約関係です。しかし、世界はそんな契約を結んでくれません。努力したからといって、成功を保証してくれる保証人などどこにもいないのです。

だから僕は、成果を期待せずに努力します。呼吸をするように、当たり前のこととして努力します。それが楽しいからやるのであって、報酬が欲しいからやるのではありません。

●凡人・弱者・底辺こそ努力すべき理由

ここで重要なポイントがあります。努力しなくても成功できるのは天才だけです。生まれつき IQ が高く、裕福な家庭に生まれ、優れた教育を受けられる人々は、確かに努力量が少なくても成功できるかもしれません。

しかし、僕たち凡人や弱者や底辺は違います。たとえ成功の確率が1%でも、努力することでその確率をゼロから1%に引き上げるしかないのです。天才には「努力しない選択肢」があるかもしれませんが、僕たちにはありません。

これは不公平でしょうか?確かに不公平です。しかし、不公平だと嘆いて何も行動しないことと、不公平を認識しながら行動することでは、結果は天と地ほど違います。

●「気持ち悪いネット民」へ

僕は「努力信仰がうざい!」と叫ぶ気持ち悪いネット民を牽制し、煽るためにも、「全く成果の出ない努力」をこれからも淡々と続けていこうと思っています

なぜなら、彼らの批判は僕の行動を止めることができないからです。彼らがどれだけ「無駄だ」「意味がない」「洗脳されている」と叫ぼうと、僕は自分の道を進みます。

そして、その姿勢こそが、最大の反論になるのです。

僕の健全な姿を見せつければ見せつけるほど、諦め腐りSNSで愚痴るだけのネット民は、自分自身の惨めさと醜さで自己嫌悪に陥ることでしょう

言葉で反論する必要はありません。行動で示せばいいのです。彼らが諦めて腐っていく中、僕は淡々と努力を続ける。それだけで、どちらの生き方が健全かは明らかになります。


なぜ底辺ネット民や下層民ほど努力を嫌うのか?心理メカニズム

●挫折体験からの逃避

努力批判を叫ぶ人の多くは、過去に努力して失敗した経験があります。「あんなに頑張ったのに報われなかった」「努力しても無駄だった」という辛い記憶です。

しかし、ここで重要なのは、失敗したことではありません。失敗から何を学ぶかです。失敗を「努力は無意味だ」という結論に結びつけるのは、単なる逃避です。本来なら「やり方が間違っていた」「方向性を見直そう」「もっと工夫が必要だ」と考えるべきなのに、思考を放棄して「努力そのものが悪い」という結論に飛びつくのです。

これは楽な選択です。努力を否定すれば、自分が努力しないことを正当化できます。「社会が悪い」「システムが悪い」「運が悪い」と外部に責任を転嫁できます。自分の内面と向き合わなくて済むのです。

彼らは心が弱いから挫折体験から逃げているんでしょう。

●自己責任論への過剰反応

確かに、日本社会には行き過ぎた自己責任論があります。「努力しないやつは怠け者だ」「貧乏なのは努力が足りないからだ」という暴力的な言説は、批判されるべきです。

しかし、だからといって、すべての努力を否定するのは極端すぎます。「過度な自己責任論」を批判するために、「個人の責任はゼロだ」という反対の極端に走るのは、本末転倒です。

バランスが必要です。社会構造の問題は社会構造として批判し改善を求めつつ、個人レベルでできることは個人として実行する。この両輪が重要なのに、努力批判者はそのバランスを失っているのです。

●感情的カタルシスとしての批判

「うざい」「気持ち悪い」といった強い否定語を使うことには、感情的な解放という側面があります。抑圧されてきた感情を爆発させる、カタルシスを得る、ストレスを発散する

――こういった目的で、過激な言葉を使うのです。

しかし、感情的カタルシスは建設的ではありません。一時的にスッキリするかもしれませんが、現実は何も変わりません。むしろ、感情的な批判を繰り返すことで、自分自身が「批判することしかできない人間」になっていきます。

●コミュニティ内での承認欲求

「努力教否定派」という立場を明確にすることで、同じ価値観を持つ仲間との連帯を感じたい、という社会的動機もあります。SNS上では、同じような不満を持つ人々が集まり、お互いの意見を強化し合うエコーチェンバー現象が起きやすいのです。

「そうだそうだ、努力なんて無意味だ」「社会が悪い」「俺たちは被害者だ」とお互いに慰め合い、承認し合う。これは心地よいでしょう。

しかし、これもまた現実逃避です。現実に絶望し、努力することを諦め、腐ってSNSにしがみついている負け犬が、お互いの傷を舐め合っているだけ。何も前に進みません

●SNSによる可視化と比較

現代は、他人の成功が異常なほど可視化される時代です。SNSを開けば、同年代の成功者の投稿が目に飛び込んできます。起業して成功した人、理想的な生活を送っている人、キラキラした日常を投稿する人――こういった情報に日々さらされることで、相対的な剥奪感が強まります。

昔なら、自分の周りの小さなコミュニティ内での比較で済みました。しかし今は、全世界の成功者と比較させられます。これは精神的に大きな負担です。

この状況で「努力すれば報われる」という言説を聞くと、「じゃあ報われていない自分は努力が足りないのか?」という自己否定につながりますそれを避けるために、「いや、努力なんて意味がないんだ」という心理的防衛機制が働くのです。

●即効性への期待

余裕が無く目先の利益しか見えない者ほど即効性を求めます。動画は倍速で見る、すぐに結果が欲しい、待つことができない――こういった傾向が強まっています。

しかし、本当の意味での努力は、長期的なものです。すぐに結果は出ません。数年、時には十年以上かかることもあります。この時間感覚が、残念なネット民たちには耐えられないのでしょう。

「3ヶ月頑張ったのに結果が出ない」「1年続けたのに無駄だった」

――しかし、本当の努力はそんな短期間で判断できるものではありません。この短期的視点と、努力の長期性のミスマッチが、努力批判を生んでいます。


結論。呼吸をするように努力せよ!真の努力とは何か?

ここまで読んでいただいて、お分かりいただけたでしょうか。「努力信仰がうざい」という批判は、努力の本質を理解していない人々の叫びなのです。

●真の努力の三原則

真の努力とは何か、三つの原則にまとめましょう。

第一原則:成果を期待しない努力

努力に見返りを求めてはいけません。「これだけやったのだから、これだけの報酬を」という取引的思考を捨てることです。努力は投資ではありません。それは呼吸のように、ただ行うものです。

成果が出るかもしれない、出ないかもしれない。それは運や環境や様々な要因に左右されます。しかし、成果が出ないからといって、努力が無駄だったわけではありません。努力のプロセス自体に価値があるのです。

第二原則:楽しむ努力

苦行としての努力は続きません。義務感や強制感でやっている努力は、いずれ燃え尽きます。本当に続けられる努力は、楽しんでやっている努力です。

「これをやるのが楽しい」「時間を忘れて没頭できる」「やらないと気持ち悪い」――こういった感覚がある領域で努力すべきです。そうすれば、それはもはや努力ではなく、生活の一部になります。

第三原則:淡々と継続する努力

派手さは要りません。SNSで「頑張ってます!」とアピールする必要もありません。ただ淡々と、誰も見ていないところで、継続することです。

継続は、最も過小評価されている能力です。一日だけ激しく頑張ることは誰にでもできます。しかし、毎日少しずつ、年単位で継続することは、ごく一部の人にしかできません。この継続力こそが、凡人が天才に対抗できる唯一の武器なのです。

●努力批判者に惑わされないために

「努力なんて無駄だ」「社会が悪い」「運がすべてだ」――こういった声に惑わされてはいけません。

批判者たちは、あなたの人生に責任を取ってくれません。彼らは批判して、あなたを引きずり下ろそうとしますが、あなたが落ちたところで彼らが上がるわけではありません。ただ、自分より下の人間を作ることで、相対的な満足を得ようとしているだけです。

成功の確率が1%でも、その1%に賭ける価値はあります。なぜなら、何もしなければ確率は0%だからです。

宝くじは割に合わない投資だと言われます。確かに、期待値だけを考えればそうでしょう。しかし、買わなければ当たる確率は完全にゼロです。努力も同じです。やらなければ可能性はゼロ、やれば低くても可能性が生まれます。

金持ちや恵まれた者ほど「期待値の高い努力」をできる環境があります。

しかし、弱者や負け組や貧困者にはそんな恵まれた環境はありません僕らのような底辺の下層民は「期待値の低い努力」に賭けるしかないのです。

まず、愚痴や不平不満などの感情論を完全排除し、この厳しい現実を直視しましょう。

そして、その1%を10%に、10%を30%に引き上げるのも、継続的な努力です。最初から100%の成功を求めてはいけません。1%から始めて、少しずつ確率を上げていくのです。

●底辺・弱者・凡人の戦略

僕たちは天才ではありません。恵まれた環境にいるわけでもありません。だからこそ、努力するしかないのです。

天才は努力しなくても成功できるかもしれません。しかし、僕たちにはその選択肢はありません。努力するか、諦めるか、二つに一つです。

諦めることは簡単です。「どうせ無理だ」と言って、何もしないことは楽です。しかし、その先に何があるでしょうか? 後悔と、やらなかった自分への自己嫌悪だけです。

一方、努力を続ければ、少なくとも「自分はやった」という事実が残ります。結果がどうであれ、プロセスに納得できます。これは大きな違いです。

呼吸をするように努力しましょう。見返りを求めず、楽しんで、淡々と継続しましょう。そのためには、まず楽しんで継続して努力できるものを見つけるのが最初の行動です。それが、凡人が生きる最も誠実な方法なのです。

そして、「努力信仰がうざい」と叫ぶ気持ち悪いネット民を、行動で牽制していきましょう。言葉ではなく、継続という行動で。彼らが諦めて腐っていく中、僕たちは淡々と前に進む。それだけでいいのです。

この記事が、あなたの背中を少しでも押すことができれば幸いです。一緒に、呼吸をするように努力していきましょう。


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コメント

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この記事、すごく共感しました!「努力信仰がうざい」という批判の背景にある本質的な誤解を、ここまで分かりやすく解説してくださってありがとうございます。 特に「努力は成功の保証書ではなく、可能性をゼロから引き上げる行為」という視点にはハッとさせられました。何もしなければ確率はゼロで…

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氷河期世代おじさん代表 いいね
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