2021年、米国の太平洋軍司令官が、2027年までに中国が台湾に武力行使をするリスクに言及したとして反響を呼んだ。確かに習近平政権は台湾への武力行使を否定しておらず、台湾周辺での軍事演習を度々行って威嚇を続けている。他方で、世論を疑米、反政府、中国寄りに誘導する認知戦を行うなど、硬軟織り交ぜた戦略で台湾を屈服させようとしている。中国の対台湾武力行使に向けた準備はどこまで進み、その企てを抑止するにはどうすべきか。東アジアの国際政治を専門とする東京大学・松田康博教授に聞いた。
※本記事は、実業之日本フォーラムが会員向けに開催している地経学サロンの講演内容(8月6日実施)をもとに構成しました。(聞き手:鈴木英介=実業之日本フォーラム副編集長)
——中国は、台湾に対してどのような政策をとっているのでしょうか。
はじめに、中台関係の今後の方向性を整理します。図1を見てください。10年後までのスパンで考えると、3つの方向性があります。
今は中国も台湾も全く別な政治的実体です。両者が平和的に存在している状況「現状」とします。
【図1】中台関係の発展方向(2025〜35年)
その現状を変更する二つの方向性があります。一つは「A 平和的解決」で、中台双方が統一について合意する、あるいは台湾の独立について合意する場合です。もう一つは、中国側が一方的に武力を行使する「B 武力行使」です。実際に統一できるかどうかは別にして、この場合は台湾海峡が戦場になります。
言い換えれば、AでもBでもない状況が「現状維持」です。双方が合意せず、かつ中国が武力行使しないことを指します。相手に対して不満でも、武力を行使しない状態であれば、それは現状維持です。このように、現状とはネガティブに定義されます。
「全面侵攻」はサブシナリオ
これを踏まえて、中国の対台湾政策を見てきましょう(図2)。
【図2】中国の対台湾政策
縦軸は、中国が台湾に対して「穏健策」をとるか、「強硬策」をとるかの違いです。横軸は、「統一促進」か、「独立阻止」かの違いです。横軸は分かりづらいかもしれません。まず、「統一促進」は現状変更です。台湾を統治している中華民国体制を消滅させ、中華人民共和国が台湾を併合することです。その手段として、穏健な策をとるのが右上の「(1)平和統一」です。これは、台湾との間で平和的・民主的に話し合って統一協定を結ぶことで実現します。右下の強硬な統一促進策については後で述べます。
一方、左側の「独立阻止」は現状維持に位置付けられます。台湾が独立して中国とは別の国を作ろうというなら中国が望まぬ現状変更であり、それを阻止するのですから現状維持と解釈できます。
「独立阻止」の穏健策は、「(2)独立反対勢力の形成」です。具体例としては、1990年代半ば以降、台湾では総統直接選挙が繰り返し行われ、独立志向の民主進歩党(民進党)が勢力を強め、政権を獲得しました。これに対して中国は硬軟両様でけん制してきたのです。
強硬策が、左下の「(3)台湾独立と外国の干渉阻止」です。1995〜96年の第3次台湾海峡危機が典型で、台湾周辺の軍事演習や周辺海域への弾道ミサイル発射などを行って台湾を威嚇し、同時に米国の台湾支援の動きを止めようとしました。最近多いのは経済的威圧で、台湾への観光客を止めたり、台湾からの農作物の輸入を突然止めたりしてきました。他にも、経済援助や投資の見返りに他国に台湾と断交させ、中国と国交を結んだり、国際的な場から台湾を追い出したりする外交闘争も行っています。
これらと異なり、台湾の対応が難しいのが、「穏健策」の下に緑色で示した「経済的・文化的統一戦線工作」や「認知戦」です。これらは「独立阻止」「統一促進」双方にまたがる手段です。経済的には、優遇策を出しながら貿易関係を強めて投資を呼び込み、学術的にも文化的にも、台湾と交流することになります。同時に、SNSなどさまざまなツールを使って、知らず知らずのうちに考え方を中国寄りに変える認知戦を行います。
これら全体が中国の「平和統一政策」であり、図2の右下、全面侵攻を伴う「(4)武力統一」を選択することは、この枠組みの外にあります。
武力を背景とした「ハイブリッド戦」に現実味
——他方、中国では軍事力増強が進んでいます。
それは、直接的な武力行使ではなく、「武力を背景に統一しよう」という考えが中国にあるからです。そもそも、先に挙げた「(1)平和統一」は、民主化した台湾にとって、もはや現実的ではありません。台湾の現与党は、「一つの中国」を認めない民進党政権で、統一に向けた話し合いをする気はありませんし、台湾市民の多くは統一不支持です。
一方で、全面侵攻はコストもリスクも高すぎます。そこで、図2の右下、赤い字の「強制的平和統一」が有力な選択肢になります。武力を背景に、話し合いをしているように見せかけつつ、台湾を屈服させる。状況によっては部分的に武力を使う、必要なら大規模に武力を使うというやり方です。これは「ハイブリッド戦」とも言われます。大戦争はやらず、安上がりに台湾を奪う。その方向に習政権は動いているように見えます。
もっとも、中国が全面侵攻をまったく想定していないわけではありません。最後の手段として「多次元立体的上陸作戦」にも備えていますし、この能力を持ってこそ台湾を投降させられるのです。
従来の上陸作戦は、海上優勢や航空優勢を取り、泊地(船を安全に停泊させられる場所)で大型艦艇から上陸用舟艇(しゅうてい)に乗り換え、ビーチから侵攻を試みますが、台湾は守りを固めているので、簡単には成功しません。上陸したとしても、その後に台湾側から補給船を攻められれば、戦い続けられません。
この点、多次元立体的上陸作戦は、この伝統的な上陸作戦の弱点を克服できます。第一段階として統合的な軍事威嚇(米国の介入阻止、台湾の戦略的包囲、認知戦を組み合わせて台湾内部の士気をくじく)、第二段階として、統合的な精密火力打撃(演習から戦闘に転換し、各種ミサイルで台湾の主要な戦闘部隊と重要施設を破壊または麻痺させ、航空・海上優勢を確保)、第三段階として、統合上陸作戦(水陸両用揚陸艦、輸送機およびヘリなどによる多次元・立体的上陸作戦)を行います。
こうして台湾の重要軍事拠点を一気に制圧し、政府要人を狙った「斬首作戦」を展開して台湾の継戦意志をくじき、その後にRORO船(ランプを備え、車両を収納する車両甲板を持つ貨物船)を使って伝統的な大規模上陸作戦を実施し、台湾全土を制圧するのです。
もちろん、台湾側も斬首作戦に備えて、選挙活動などでも総統と副総統はできるだけ同じ場所に現れないようにしています。少しでも斬首作戦の兆候があれば、彼らは地下壕に隠れてしまうので、中国は相当慎重に作戦を進める必要があります。
ハイブリッド戦は長期にわたって行われます。台湾に多少圧力をかければすぐ屈服するように、台湾政権内部に自分たちの協力者を植え付け、投降を選択させる役を担わせるのです。その準備を戦争が始まる何年も前から作っておきます。これを「浸透工作」といいます。そして、「戦争になったら米国も日本も助けてくれず、台湾は見捨てられる、投降した方がましだ」という考えを人々の頭に刷り込むのです。これが「認知戦」です。
浸透工作や認知戦を仕掛けると同時に、海上封鎖を行うことも想定されます。最初から軍隊が出てくるのではなく、海警局、日本の海上保安庁に当たる海上警察の巡視船を出して、船舶を臨検します。そして台湾に近づく天然ガスを積んだ船、石油を積んだタンカーなどを止めていき、これが続くと、資源に乏しい台湾は2週間ぐらいでエネルギーが枯渇します。
核兵器も含めた武力を背景に、外国の介入を阻止して台湾を孤立させ、実際には「1発も撃たずに屈服させる、必要であれば斬首もする」。そういうやり方が強制的平和統一のメインシナリオだと思います。
【写真】松田康博教授
台湾侵攻のタイミングは揺れ動く
——2021年に、当時のインド太平洋軍司令官フィリップ・デービッドソン氏が2027年までに中国が対台湾武力行使をする可能性を示唆しました。あと2年で、中国には強制的平和統一をするのに十分な武力が備わるのでしょうか。
かなり厳しいでしょう。先ほど封鎖の話をしましたが、台湾側の航空機や軍艦や貨物船を完全に止めるとなると、相当な数の部隊が必要です。台湾側が本気で反撃すれば、中国にも大きな被害が出ます。また、たとえこれが「中国同士の内戦」だとしても、公海の封鎖は国際法違反であり、台湾は世界の半導体製造の中心地です。米国も日本も封鎖を破るために「航行の自由作戦」をやるべきだという結論になるでしょう。
封鎖作戦は、台湾を兵糧攻めにすると同時に、「最初の1発を撃ったら、それに対して反撃するぞ」と台湾を受け身に追い込む作戦ですが、もし米国や日本が介入したら、中国はその艦艇を撃つか否か、判断を迫られます。撃たなければ日米は封鎖を破ってしまいますし、撃てば日米とも戦争になります。このように、日米は決して介入しない、台湾は必ず白旗を上げるという確信がない限り、封鎖に踏み切るのは大変リスクが高い。
相手が反撃しない確証を持つためには力の裏付けが必要ですが、中国にその力が十分にあるとは思えません。例えば、先ほどの多次元立体的上陸作戦の能力を保有する目標は2027年ですが、完全に準備不足です。強襲揚陸艦は8隻作る予定のところ、現在3隻しか完成していません。艦船を造るだけでは役に立たず、そこに載せるヘリ要員を養成して、きちんと運用できるようになるには十年単位で時間がかかります。
デービッドソン氏も、「2027年に中国が侵攻する」とは言っていません[1]。習国家主席が2019年に「2027年までに台湾に侵攻できるよう準備しろ」という指示をした、という情報があって、それを米国が大きな脅威と受け止めたのです。確かに、米軍を近代化すべきタイミングでしたし、日本を含め同盟国に対してもしっかり対応すべきだというメッセージを送る必要がありました。メディアがデービッドソン氏の発言を武力統一が迫っていると「解釈」したのもその一環だと思いますし、日本も、2022年に当時の岸田文雄内閣が5年かけて防衛費をGDP比で倍増すると決めました。皆が2027年に照準を合わせたのです。
中国は武力を背景に現状変更しようという意図があり、それに向かって軍拡していますが、日米台がその軍備を相殺すべく防衛対応を進めれば、中国の目標は後倒しされます。今や、2027年に起こる蓋然性は極めて低い。そもそも、2027年は習国家主席の4期目がかかる第21回党大会があり、うかつに動けません。
その翌年はどうかと言えば、2028年には台湾の総統選挙があり、親中的な最大野党の中国国民党(国民党)が勝つかもしれません。米大統領選もあります。ポストトランプ政権のスタンスを見極めたいはずです。つまり、「2027年に侵攻する」というのは、習近平が6年くらい前に作った準備完了のターゲットであり、相手が対応することによって動くものなのです。
必要なのは「信則無、不信則有」
「信則無、不信則有」という言葉があります。信じれば無く、信じなければ有る。つまり、「戦争が起こるかもしれないと思って備えれば戦争は起きにくくなるし、戦争はないだろうと思って準備をしないと起きやすくなる」という意味です。
今、日本は防衛費増大に対する国民的コンセンサスがあります。主要野党も反対していません。なぜなら、台湾有事は日本有事であり、台湾を攻撃する際には日本を攻撃する可能性が極めて高いからです。
日本が防衛力を増大させることは、中国の台湾攻撃の抑止につながります。例えば、台湾と近接する南西諸島の防衛を増強すれば、中国は安心して台湾を叩けなくなります。
日本は全土が、中国の弾道ミサイルと巡航ミサイルの脅威下にあります。南西諸島においても、那覇の航空自衛隊基地は、ミサイル防衛システムを除けば「丸裸」に近い状態にあり、上から弾道ミサイルを落とされたらひとたまりもありません。日本の防衛インフラは冷戦期に作られたため、守りが堅いのは旧ソ連(ロシア)への脅威に備えた北方です。千歳空港に行かれた方はお分かりかもしれませんが、F-15戦闘機が敵の攻撃から身を守る格納施設「掩体(えんたい)」に隠れるようになっています。他方、南方の航空自衛隊基地は無防備です。では、抑止力を高めるためにどういう能力が求められるのかというと、対空能力と対艦能力を持ち運べる陸上兵力です。米国で言えば海兵隊、日本では陸上自衛隊です。
敵からミサイルが撃ち込まれそうになれば、いったん分散退避し、反撃に備えます。例えば、中国の台湾北部を占領する部隊は、上海付近の基地から下ってきて南西諸島の目の前を通ります。そこに米軍と陸上自衛隊が大量の対艦ミサイルを持っていて、いつ反撃してもいい状態で隠れていたら中国は簡単には台湾に侵攻できません。
たとえ一部が先に上陸したとしても、その後に続く補給船をつぶせば上陸部隊は戦えません。また、日米とも潜水艦を保有していて攻撃能力もかなり高い。法的制約があり、有事において日本が台湾にどこまでコミットできるかは難しい面がありますが、「日本は台湾を守る」と明言せずとも、日本が自国防衛能力をしっかり高めるだけで、中国による台湾侵攻を抑止する力は強まるのです。
中国抑止を巡る議論で、「not today theory」という言葉が聞かれます。私は「今日はやめておこう理論」と訳していますが、私たちが中国を抑止し続ければ、習国家主席は「今日はやめておこう、今年は無理だな」と台湾侵攻を先送りしていくはずです。現在72歳ですが、老いが進めば気力も減じてきます。政権を去る時が近づくにつれ、「自分が恨まれないようにするにはどうすればいいだろうか」というところに、政治的な目標が変わってくるでしょう。台湾統一という政治目標は絶対に取り下げられませんが、政権末期には単なるスローガンに変わっていく可能性が高まります。周りがそのように中国を追い込んでいくということが重要です。そのために、今私たちは防衛力を増強しなければならないと思います。
写真:新華社/アフロ
[1]デービッドソン氏が2021年3月に米上院軍事委員会公聴会で証言したのは、「私は彼ら(中国)が長年やりたいといってきたように、2050年までに米国、つまり、ルールにのっとった国際秩序におけるわが国のリーダーとしての役割に取って代わろうという野心を強めていると憂慮している。私は彼らがその目標に近づきつつあることを憂慮している。台湾がその野心の目標の一つであることは間違いない。実際のところ、その脅威は今後10年、実際には今後6年で明らかになると思う」という内容にとどまる。
松田 康博:東京大学 教授
1988年麗澤大学外国語学部中国語学科卒。1990年東京外国語大学大学院地域研究研究科修了。1994〜96年在香港日本国総領事館専門調査員。1997年慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。2003年博士(法学)学位取得。1992〜2008年防衛庁(省)防衛研究所で助手・主任研究官。2008年東京大学東洋文化研究所准教授を経て2011年より現職。専攻はアジア政治外交史、東アジア国際政治研究、中国および台湾の政治・対外関係・安全保障、中台関係論、日本の外交・安全保障政策。主要著作に、『台湾における一党独裁体制の成立』(慶應義塾大学出版会、2006年)、『中国と台湾 危機と均衡の政治学』(慶応義塾大学出版会、2025年)など。
地経学の視点
武力で脅しつつも本格戦争は避け、海上封鎖や認知戦、浸透作戦によって内外から圧力をかけて台湾を屈服に追い込む——。習政権の「強制的平和統一シナリオ」は一見周到だ。
他方で松田教授は、習政権の対台湾政策は「片手で殴りながら、もう片方で握手しようとしているようなもの」とも語った。中国人民解放軍が台湾周辺で軍事演習を行う一方、台湾政策を担う国務院台湾事務弁公室は馬英九元総統など国民党の要人と交流を深める。だが、そうしたチグハグさが逆に台湾の警戒を緩めているかもしれない。台湾国防部のシンクタンクである国防安全研究院が2024年末に行った「台湾民意調査」では、中国の軍事侵攻の可能性について「5年以内に侵攻の可能性がある」と回答したのは24%にとどまった。矛盾に満ちた政策はその実、習主席の深謀遠慮の可能性もある。
だからこそ、日米台が結束して習主席の意思をくじき続けるべきだという松田教授の指摘は重い。「台湾有事は日本有事」ということを改めて認識せねばならない。(編集部)