高市首相「スパイ防止法」に前のめり 権利侵害・情報統制…課題多く
高市早苗首相は「スパイ防止法」の制定に意欲を示している。政権内には慎重論もあるが、国民民主党と参政党はそれぞれ、インテリジェンス(情報収集・分析)の強化などを盛り込んだ法案を国会に提出し、前のめりな姿勢を示す。保守派の「宿願」でもある法整備は、個人の権利侵害や政府による情報統制など多くの課題をはらんでいる。
首相「速やかに法案を策定する」
高市早苗首相は11月26日、就任後初の党首討論で「スパイ防止法」の策定に向けた意欲を表明した。「もう今年、検討を開始して速やかに法案を策定することを考えている」
事実、首相は就任前からスパイ防止法の必要性をたびたび強調してきた。自民党の治安・テロ・サイバー犯罪対策調査会長だった今年5月、首相官邸に当時の石破茂首相を訪ね、「治安力」の強化を提言。その後、記者団に「諸外国に比べると包括的に外国勢力のスパイに対処できる法律はない」と語った。
自身が党総裁の座を射止めると、動きを本格化させた。日本維新の会と結んだ連立政権合意書に、スパイ防止法の策定を明記。党内では小林鷹之政調会長を本部長とする「インテリジェンス戦略本部」を設置した。
ただ、政権全体を見渡せば、首相の言葉がにじませる前のめりな姿勢はうかがえない。言論活動との兼ね合いなどから懸念も多く、世論の動向が見通せないためだ。高市内閣は高支持率を維持しているが、参院では過半数を満たせておらず、政権の体力を奪われることへの慎重論は消えない。
維新は定数削減を優先
連立を組む維新の動きも鈍い。維新は野党だった10月、スパイ防止法に関する「中間論点整理」をまとめた。外国勢力による諜報(ちょうほう)活動を犯罪要件とすることを掲げたもので、早期の成案化を目指していた。
だが与党となった今、こうした動きを沈静化させている。「衆院議員の定数削減」などの議論を優先。「インテリジェンスは党内議論を進めていく段階」(藤田文武共同代表)との位置づけだ。
そもそも「特定秘密保護法」などすでにある法律との兼ね合いを整理する必要性から、スパイ防止法の制度設計には時間を要するとの意見が目立つ。政権幹部は「有識者の話を聞きながら、国家情報局の設置など組織を整えるのが先だ」と語る。
参政、党首討論前日に法案提出
野党には、高市政権に先んじた動きがある。
参政党は11月25日、スパイ防止関連法案を参院に単独で提出した。神谷宗幣代表は「幅広い範囲を網羅したスパイ防止法をつくっていきましょうとの提案も兼ねて提出した」と記者団に語った。
法案では、外国からの指示などで日本の選挙や政策決定に影響を及ぼすおそれがある活動をする場合に、事前の届け出や定期的な報告をさせ、届け出や報告をしなかった者を処罰すると明記。この法律の施行から2年以内に具体化したスパイ防止法を整備するとした。
また、できるだけ早期に現在の内閣情報調査室を「内閣情報調査局」に格上げしてインテリジェンスの司令塔とすることや、外国勢力に特定秘密を漏洩(ろうえい)した場合の罰則強化などを盛り込んだ。
翌26日の党首討論。神谷氏に割り当てられた質問時間はわずか3分だったが、「国民の情報や富を奪い、国に損害を与えている行為を止めたい」と切り出し、参政はスパイ防止関連法をすでに提出したと強調した。
首相官邸幹部は「参政の法案は審議せず、放置しておくだけだ」とにべもない。参政にとって、こうした政府・与党の出方は想定内。党幹部は保守層などに向けて「議論をリードする姿勢をアピールすることに意味があった」と話す。
国民民主も単独で法案提出
参政の後を追って、国民民主党は11月26日にインテリジェンスの態勢整備に向けた法案を衆院に単独で提出した。外国の利益を図ることを目的とする活動を行う場合の届け出制度を創設し、インテリジェンスを担う機関と実施状況を管理する行政組織をそれぞれ独立した形で整備するとした。
自民・維新の「国家情報局」、参政の「内閣情報調査局」、国民民主の「インテリジェンス機関」の目的は共通している。現在は内閣官房、警察庁、公安調査庁、外務省、防衛省などがそれぞれ行っている情報収集・分析を統括する司令塔機能を強化し、政策決定に生かすことにある。
一方、罰則に関する考え方は異なる。
参政の神谷氏は「罰則規定を入れて、(スパイ活動に対する)抑止力を高めなければいけない」と強調する。これに対し、国民民主の法案作成にあたった橋本幹彦衆院議員は「罰則をもうけるにしても、国民の自由や人権との均衡が必要になってくる。軽々に罰則を設けるような話ではない」と指摘する。
そもそもスパイ防止法は必要なのか。2014年12月、国による安全保障上の秘匿性の高い「特定秘密」の指定・解除、特定秘密の漏洩防止の適性評価や罰則を定めた特定秘密保護法が施行された。25年5月には、経済安保に関する重要情報を国が指定し、その取り扱いを国が認めた人に限る適性評価制度を導入する法律も施行された。
公明党の西田実仁幹事長は「特定秘密保護法では守れない事柄とはどういうものなのか、よく精査して党としての考え方をまとめたい」とする。
立憲民主党の本庄知史政調会長は「国家の機密情報や安全の確保は政府としてやらなければいけない」としたうえで、スパイ防止法の整備に向けた前のめりな論調に釘を刺す。「重大な人権侵害を引き起こすリスクも抱える問題であり、かなり多面的に丁寧に議論をしていかなければいけない」
【課題は何か】詳しくはこちら
「スパイ防止法」は、かつても法制定を求める政治的な機運が高まりましたが、個人の思想の自由を侵害する恐れがあるとして世論が強く反発し、廃案に追い込まれました。専門家は「監視や摘発の対象が一般国民に広がる懸念」を指摘しています。
政府の主なインテリジェンス組織
◇内閣官房内閣情報調査室
政府のインテリジェンス組織が収集した情報の集約・総合的分析。特定秘密保護法を所管
◇警察庁警備局
警察法などに基づき、スパイやテロなどに関する情報を収集・分析
◇公安調査庁
破壊活動防止法と団体規制法に基づき、経済安全保障やテロなどに関する情報を収集・分析
◇外務省国際情報統括官
外交活動を通じた国際情勢に関する情報の収集・分析
◇防衛省情報本部
軍事分野の電波や衛星画像の収集・解析
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