あの日、巣の移住優先権についてアンジェリカと話していた俺に、1本の電話がかかってきた。
巣っていうのは、あー……、都市の中でも比較的安全で、道端を歩きながら命の心配をする必要がない場所だ。
――アンジェリカと……これから生まれてくる子供の為にも、巣に移住したかったんだが、とある戦争に参加していたせいで、移住が認められなかった。
まぁ、アンジェリカは巣に移住なんかしなくても、十分幸せだと。自分と俺を相手に手を出せるような奴なんていないって笑っていたんだが……。
――運の悪いことに、手を出せる奴に当たっちまった
さっき言った1本の電話っていうのは、友人から応援要請だったんだ。場所は遠いが、頭数さえ揃えば何の問題もない任務。
――その任務から帰った時には、アンジェリカは既に息絶えていた。
ピアニストと呼ばれる最悪の化物。人間を音符に変えて演奏する、巣一つを滅ぼす可能性すらあった化物に、殺されていたんだ。
★★★★★
「……それで、そのあと代理人はどうしたのさ」
「……ピアニストは殺した。殺したといって良いのか分からないが、少なくとも無力化はした」
……酷い戦闘だった。張り巡らされた五線譜の上を無数の
――ピアニストを生み出した元凶を探しだして、殺すことにした。ありとあらゆるやり方で……、この世で一番苦しんでるのは自分だって思わせつつ殺してやるってな。
手始めに、5本指という組織の、中指を襲撃して皆殺しにした。巨大な組織の偉い奴を殺せば、ピアニストに関する情報が出ると思ったからだ。……結果、出てきたのはお涙頂戴のつまらない話や家族愛などといった何の価値もないものだけだったけどな。
……怪しい奴は片っ端から皆殺しにした。事務所、協会、疑わしいと思った奴は襲撃し、数えきれないほど殺しつくした。
――気づいた時には、覚えられないほど多くの人の死体が、山のように積もっていた。
……アンジェリカを殺した元凶を、ピアニストを生み出した屑を探せば探すほど、死体の山は大きくなり、進むべき道が見えなくなっていった。
「結局俺は、元凶を見つけ出して復讐がしたいのか、……それとも、ただ怒りを吐き出す為の器が欲しかっただけのか、分からなくなっていた」
「……代理人」
「なぁ、小鳥遊」
「……なに」
「お前は俺に似てるって言ったけど、俺の様にはなるな。……復讐の果てには何もない。守るべきものを守れなかった人には、……何も残らないんだ」
「……」
小鳥遊の頭を撫でる。アンジェリカも、こうしてやれば落ち着いたものだ。……正気に戻った後で一発殴られたけど。
「まぁ、俺の過去はこんな感じだ。……大人を信用しろとは言わないが、少なくとも俺と先生は信用しろ。ぶっちゃけた話、お前やアビドスの生徒達に何かしたところで、メリットがない」
「代理人は……」
「ローラン」
「……えっ?」
「俺の名前だ。まぁ、この世界で知ってる奴は先生と七神ぐらいだけど。……お前の名前だけ知ってて、俺の名前を知らないのは、……何て言うか対等じゃないだろう?」
「……あはっ、ははは。……馬鹿だねぇ~、ローランは。そんなこと気にしないのにさ~」
「いろんな奴に言われたよ、お前は馬鹿だって」
「……うん。大人は信用できないけど、……先生と、ローランのことは信じてみるよ。この世界で何かしたいなら、アビドスよりも先に連邦生徒会を襲撃してるだろうしね~」
「襲わねぇっての」
「あはは。……ねぇ、ローランはどうしてキヴォトスに来たの?」
「あー、館長……上司に言われてな。違う世界に行って都市の苦痛を取り除く方法を探してこいって、命令されて無理やりな」
「うわぁ~、仕事人だねぇ~。その上司って厳しい人なの?」
「厳しい……。うん、厳しいな。人ですらないし、……さっき言ったピアニストを生み出した元凶だしな」
「え……。どういうこと? 恨んでた相手の下で働いてるってこと?」
「まぁ、色々あったんだよ。何でピアニストを生み出したのか、どうしてこんなことになったのか、全て聞き出して、殺し合って……、それで納得した。……今でも許してはいないが、納得したんだよ」
「そう……なんだ……」
「あぁ。……それに、殺し合いに負けた時点で、死んでもおかしくなかったってのに、アイツは見逃しやがったからな」
「え、ローランが負けたの?」
「……負けたよ、完膚なきまでに叩き潰されて、後処理までやらされて、……それで今は、ソイツの下で働いている」
――都市の苦痛を取り除く為、もう誰も苦しまなくていい方法を探す為
「その為に、俺はキヴォトスに送り込まれたんだ。まぁ、連邦生徒会長からの招待状があったからここに来れた訳だけどな」
手袋から招待状を取り出す。黒い沈黙様と書かれた招待状を見たホシノは、ジト目になってローランを見つめた。
「ずっと気になっていたんだけど、その手袋どうなってるの?」
「これか? こことは違う次元にアクセスして、自在に物の出し入れができる……。あー、何でも入る手袋だと思ってくれ」
「うへぇ~、便利だねぇ」
「便利だけど、俺もよく分かって無くてな。これは妻の……、アンジェリカの遺品なんだ」
「……」
「あーあー、そんな顔するなって。俺自身、便利な道具ぐらいに思ってるからいいんだよ」
「……そっか」
「あぁ。……っと、そういや、ここに来る前に奪って……、頂いてきた良いものがあったんだった」
「今、奪ってきたって言わなかった~?」
「聞き間違いだろ。……っと、これだこれ。折角だから付き合えよ。……俺の友人が秘蔵してた酒なんだが、これが絶妙に美味くてさ」
「……おじさん、子供なんだけどな~」
「? それがどうかしたのか?」
「……あー、えっとね~。この世界だと子供はお酒飲んじゃダメなんだよ~」
マジか? 子供は酒が禁止されてるって……、何の意味があるんだ?
「なんだそれ? あっちだと水の代わりに酒を飲む子供だっているぐらいだぞ?」
「うへぇ~、そうなの~?」
「そうなの。……まぁ、いいじゃねぇか。誰も見てないわけだし、少し位飲んでみろよ。……酒っていうのは、嫌な事や辛い事、思い出したくな事を忘れさせてくれるモノだからよ」
「……それじゃあ、ちょっとだけ貰おうかな~」
「おう、吞め吞め。……ネツァクの所から、グラスを余分に持って来ておいて良かったぜ」
グラスに並々と注いでホシノに手渡す。どうやら本当に初めて呑むらしく、匂いを嗅いだり舌で舐めたりしていた。
「うへぇ~、なんていうか、独特な味だねぇ~」
「……まぁ、最初は慣れないかもな。それじゃ、何かあった訳じゃないけど……、小鳥遊の初飲酒に乾杯」
「かんぱい~」
……美味い。酒単品でも美味いが、これにパジョンでもあれば最高だったのにな。
「どうだ? なかなか美味いだろ?」
「ん~、よく分かんない~。なんかふわふわするぅ~」
「おう、その酩酊感が病みつきになるんだよな」
「……もっと頂戴~」
「おっ、結構いけるみたいだな」
なんか摘まめるもの……そういえば、売店で買ったやつがあったな。
「小鳥遊、これでも摘まむか?」
「なにこれ~、ジャーキー~?」
「そういう名前なのか?」
「ローランが知らないってどういうこと~?」
「いやこれ、こっちの世界で興味本位に買ったものだからな。乾燥させた牛の肉らしいんだが、……美味いかどうかも分からん」
「美味しいよ~?」
「へぇ、……それじゃあ、俺も食べてみるか」
……硬いな。かなり硬いが、しっかりとした味もあって美味いな。
「人の肉じゃないってだけで、かなり美味いな」
「……ねぇ~、やめてよ~。変なこと言わないでよ~」
「……っと、悪い悪い」
★★★★★
もう無くなったか。……おっと、そろそろ戻らないと先生に怒られそうだな。
「小鳥遊、そろそろみんなのところに戻るぞ」
「うへぇ~? えへへ~分かった~」
「お手本のように酔ってるな。……まぁいいか。ほら、帰るぞ」
「待って~。……急に攻撃したりして、ごめんね?」
「気にすんな。向こうじゃ挨拶代わりに攻撃してくる奴らしか居なかったからな」
出会い頭に撃たれたり、斬りかかってきた奴なんて山ほどいるしな。
「って、おいおい。……まともに歩けてないじゃねーか」
呑ませ過ぎたか……。……はぁ、しょうがない。
「おい、小鳥遊。背負ってやるから乗れ」
「え~、いいのぉ~?」
「お前のペースに付き合ってたら、何時間掛かるか分かったもんじゃないからな」
っと、軽いな。……俺が言うのもなんだが、ちゃんと食ってるのか?
――いや、これが子供の軽さなのか。
子供に酒を呑ませるなぁ!
……まぁ、一歩間違えたら、ユメ先輩を失ったショックでアル中になってたかもしれないし、別にいいか!
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