Snake.memory──不滅の蛇の日記帳   作:カピバラバラ

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くぅ〜!パエトーン可愛い〜!!

 

──物語を語る前に、まず店長くんちゃん……パエトーンと呼ばれる二人について話しておこう。

アキラくんとリンちゃんは、この『新エリー都』に新が付く前の『エリー都』…約十年前にホロウの暴走に呑み込まれた場所の研究所に居た。

 

そのホロウの暴走は、なんと二人が属している研究所が原因なのである。詳細は分からないが、アキラくんとリンちゃんの先生が進めてた研究で暴走が始まったらしく、この事件を『旧都陥落』と呼んでいる。

 

ちなみに私が起床したのもこの時、昔の讃頌会のアジトですやすやしてたら、ホロウに投げ出されてビックリ、その後すぐホロウの暴走が始まって……──いやー本当に大変だった。

包ちゃんの手、ちっさいからさ…寝起きだったってのもあるけど、やっぱり救いきれない命は沢山あったね。

 

ともかくとして、二人はそんな未曾有の大事件…大災害を引き起こした張本人の弟子、という身分な訳でして、おいそれと身分を明かせないのです。

 

明かせないのなら──こちらから踏み入ろう!!

そんな感じで、出会いは私から二人に手を出す形になったんだ。

 

「────」

 

「お邪魔しま〜す」

 

原作知識がある私にとっては、自分のセリフも笑っちゃいそうになるものです。が、しかし、精一杯頑張って演技をすれば何とかなる。

二人の事情を知っているので、接触は避けようとは思っていた、けれど包ちゃん的にソレはナンセンスだな〜と思っちゃった。

 

「入っちゃいますよ〜?」

 

「あっ、はーい!すぐ行きます!」

 

関わりは早く、そして深く保っていた方が物語に味わいが出ると思うんだよね!これから長めに信用を稼いで、私が厄ネタの集まりだと分かった瞬間の二人を観たいんだっ…!

 

そもそも、私は転生する時に───『実力者ムーブしてぇ…』だの『裏切りプレイしながら手助けしてぇ…』だの『ストーリー中の考察要素になりてぇ…』だの、邪心マシマシだったせいか、神様はそれを叶えちゃった気がする。

 

現に讃頌会でありながら組織には縛られず、エーテルに対して絶対的な優位性を持ち、ホロウの中じゃ無敵で外出ても不老で、主人公であるパエトーンにもちょっかい掛けれる、なんて事が出来ちゃってるワケだし。

 

「いらっしゃい!わっ…蛇のシリオン…!?」

 

「珍しいでしょー、世界でたった一人の希少種かもよ〜?」

 

蛇の獣人、シリオンと言っても私の見た目はラミアの様にガッツリ蛇っぽい訳じゃない。

ただ表面的で分かりやすいだけだ、瞳は虹色、瞳孔が縦開きで頬に翠色の鱗が浮き出てて、腕と足に広く鱗が纏わりついてる上に舌はスプリットで細い。

 

目尻や顔の雰囲気もシャープなんだけど、如何せん身体が小さいから少し不釣り合い。小6の身体にモデル俳優の顔を乗っけたみたいな、変な生き物感マシマシ。

髪はエーテルを吸収しまくってる影響で、紫と黒を混ぜたみたいな──ちょうどホロウの様なカラーのロングヘアー。しかも床につきそうなぐらい。というか擦ってる、届いちゃってます。

 

踏まれても燃やされても大丈夫な魔法の髪の毛だから気にしてないけど、周りの視線はそりゃもう釘付け、大変です。

 

「そら、お客さんが来たのなら驚いてる暇は無いですよっ!」

 

「あはは、それもそっか…。今日はどんなビデオに入り用でしょうか、お母さんと一緒に見るなら『小さな体、大きなトラブル』がオススメですよお客様〜」

 

「………あれ…おかしいな…事前に電話しといたんだけど…」

 

私の背丈を見て、少し侮りを感じる口調を受けて私が小さく呟くと、がらんとした店内にドタバタとした足音が響き、二階に続く階段からリンちゃんのお兄さん、アキラくんが降りてくる。

しまった、そんな顔をして、アキラくんは私に向かって早歩きで近づいて、

 

「済まなかった(バオ)さん、リン、その人は今日から僕たちの依頼の仲介をしてくれる方だ。決してお使いに来た子供じゃない」

 

「アーキーラーくん?一言余計じゃないかー?てか報連相しっかり〜?」

 

「えっ、仲介…!?仲介役なら羊飼いさんが…」

 

「プロキシたる二人は、結構実績を詰んだからね。包ちゃん的にはそろそろレベルアップの時期だと思って、羊飼いくんには交代してもらったんだ」

 

──説明しよう、今口に出したプロキシとは何か!

ホロウはとっても危険なので、地図も何もありません。迷子必須、無知蒙昧頭がパー!

そこでホロウの案内人、プロキシの出番なんです。時空もしっちゃかめっちゃかなホロウの中を迷子にならず歩くには、ホロウのマッピングを行った先駆者……プロキシが必要。

 

まっ──プロキシの存在自体非合法だけど、黎明期はこんなもんです。二人はそんなプロキシの中でもトップクラスの腕前に、ホロウの変動する空間に対応出来るエーテルへの察知能力が備わってる。

 

「えっ…!?あの人が仕事を残したまま、他の人に交代なんて───」

 

「ふっふっふ…そう!あの子が自分の仕事を他人に預けるなんて事はしない!ならば私がどんな人間なのかも察しがつくんじゃない?」

 

「──…もしかして、『ネクタール』…!?」

 

「うん!正解!」

 

そんなとてつもなく有能な二人を、あまり表立たない形で支援する立場ってなんだろなと考えに考えた結果、包ちゃん思いつきました。

 

というより、思い出しました。二人のプロキシ生活に無くてはならなかった人達のことを。それが『羊飼い』と『明けの明星』の二人、アキラくんとリンちゃんに仕事を斡旋する役割を持つ人達。

 

その子達の上司になれれば───実質、いつでもパエトーンの動向に干渉できる存在になれる。

まぁだからって横暴な事すれば、どんなバタフライエフェクトで物語の本筋がズレるか分からない。

 

なので私は人間関係を重視して、羊飼いくんの師匠になる事にしたの。業界での立ち回りと諸々の企業との繋がらさせて、頭が上がらないように。

『ネクタール』は私の活動名、インターノット元いインターネットのアカウント名でもあります。

 

「あ、あの伝説がこんなに小さな女の子だったの!?ど、どうしようお兄ちゃん、私とっても失礼な事を言っちゃった気が…!」

 

先程のあやし仕草を思い出し、あわあわと口を動かすリンちゃんは実に可愛らしく、アキラくんもこちらを一瞥して何ら問題無さそうだと判断すると、「どうしようか、リン。もしかすると何処か冷たい倉庫に送られてしまうかもしれない」と、更に恐怖を煽る様な言葉を吐いた。

 

喉を締め上げ生唾を飲み込めないでいるリンちゃんを見ていると、つい笑いを堪えきれずに吹き出して、

 

「ぷっ、大丈夫だよリンちゃん。包ちゃんはあんな事で怒ったりしません!それにやだなー伝説だなんて、パエトーンっちもとっくに伝説のプロキシだーって言われてるんだから、同僚ぐらいの気概で居てよ」

 

「それは…あはは、ちょっと難しいかな〜なんて……──難しいかもしれないです…」

 

「もうっ!だから改まらないでって〜」

 

──この立場に辿り着く為に色々血なまぐさい事しちゃってるから、怯えるな、なんて話難しいのは分かってるけどね。

電話した時にアキラくんは落ち着いて対応してくれたけど、それでも言葉の端々に緊張が見えた。

 

安心して欲しい、君たちの前にいるのは讃頌会の残酷な裁定者でも無ければ、裏社会のドンである『ネクタール』でも無くて、ただただパエトーンに甘えたい甘やかしたい包ちゃんだから。

ついでにエージェントのみんなとも仲良くしたい、そんな欲望塗れの俗人なのさ。

 

「包さん、妹をいじめるのはそれぐらいにして───今日は顔を見せに来た…だけでいいのかな」

 

「うーん、本当はそのつもりだったんだけど…」

 

「…本当は、という事は、何か不測の事態が?」

 

「そうだね、不測と言えば不測だし、予定通りと言えば予定通りなんだけど…タイミングが悪かったって奴かな」

 

「───?」

 

煮え切らない言い方に、二人して頭の上にはてなマークを浮かべる。いや二人だけじゃない、傍にいるボンプちゃん達も可愛らしく首を傾げていた。本当に可愛なちくしょう。

 

さて、不測の事態──それは包ちゃんにとっては予定事項であり、まさか今日起きちゃったか〜と頭を抱える問題です。

この立場に就く為に色々血なまぐさい事したって言ったよね、自分の会社を立ち上げて、沢山の仲介と依頼の遂行をする…どんな企業にとっても『便利』である事でのし上がった。

 

しかし、どんな企業にも膿は産まれるものなのです!ウチの会社だと特に、舐め腐った相手が利益を啜ろうとしてくる。包ちゃん悲しい。

その膿を出す為に泳がせてた悪〜い子が、タイミング悪く今日置き餌に引っかかっちゃったって感じ。

 

「包ちゃんの個人的な悩みでさ〜、今日は本当に挨拶しに来ただけなんだけど…」

 

「ふむ。そんなにも『ネクタール』が頭を悩ませる不測の事態、とやらが何なのか、教えてくれはしないのかい?」

 

「ひょえ〜、アキラくん怖いねぇ。ネクタールの弱みを握ろうって魂胆?」

 

「ん…!?い、いや、そういう訳じゃない。これからお世話になる包さんにそんな不義理な事はしないよ。ただ単に、悩みがあるなら手を貸したいだけさ」

 

「ふふっ、冗談冗談!パエトーンっちはほんと、反応が初々しくて助かる〜。それと包さんじゃなくて、包ちゃんって呼んでよー」

 

「包…ちゃん…さん」

 

「バオちゃん」

 

「…包……」

 

「ば・お・ちゃん」

 

「……」

 

助けを乞う様に、リンちゃんへ視線を流すアキラくん。

しかし先にアキラくんからのイジりを受けたリンちゃんにとって、その救難信号は受け取るに値しなかった。

 

「私は包ちゃんって呼べるもんね〜、相手がお客様ならビデオ屋の店長として、ここはご要望には応えないといけないんじゃないの、お兄〜ちゃん?」

 

「そうそう!リンちゃんの言う通り〜」

 

「うっ…くっ、我が妹ながら言うじゃないか…!」

 

甘く歯噛みをして、顔を少し天井へと逸らしながら目を瞑り、一呼吸を置いてこのからかいの雰囲気を沈める。

何処か楽しげに、愉しげに笑う包の顔は一直線にアキラを見つめていて、

 

「ばお…ちゃん」

 

「─────」

 

「ふふ、ふふっ、うへへへへっ…ヨシっ、包ちゃん大満足です!今なら何でも口から零れちゃいそうだなー!あ、ヨダレとかじゃないよ」

 

ああ、やっぱり──『こっち側』は温かいな。

幾ら前世の記憶を持ってても、所詮学生。心がうつろう時期のままこっちに来て、どうしようも無い奴らばっかりと戦ってきたから、どんどん冷たい人間になってたと思う。

 

讃頌会は基本ピリピリしてて、冗談も何も伝わらないからさ。二人のおかげでガス抜き出来て幸せ〜。

 

「それじゃ、個人的悩み暴露という名の、パエトーンへの依頼をさせてもらうね」

 

「今回の依頼、それは───」

 

「十四分街の共生ホロウに逃げ込んだ私のネズミちゃんを、探して欲しいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、おさらいだ。

私の身体はエーテル適合率0%、これはエーテリアスに下される診断と同じで、生きた死体に他ならない。

 

けれど、けれども、エーテリアスはその身体を犯したエーテルによって爆発的な運動能力を得る。

身体は大きく、巨躯へと変わり、粒子に過ぎないエーテルを凝縮して攻撃に転用出来てしまう。

 

即ち、エーテリアスに変わった人間はエーテルを自由自在に操れる。自意識は無いけどね、でもそれはエーテル適合率がどれだけ高い人間でもすっっっごく難しい事なんだ。

侵食率100%、その代わりエーテリアスはエーテルの適合率すら100%へと達する。

 

これが、私がエーテリアス化することを『進化』もしくは『新生』と評する理由だ。ただの一般人が、荒事慣れした熟練の傭兵を簡単に殺す、そんな事ができてしまう。

 

「───…」

 

電気爆薬レゾブレム、身体能力の補助だの音動機だの、エーテルをエネルギーに変換してからの代物は沢山ある。

だが諸君、エーテルの真髄はね……クリーンで効率の良いエネルギー源、なんて場所には無いんだよ。

 

「今日は宜しくね、イアスちゃん」

 

「ンナ!」

 

小さな体に大きな役割、ボンプと呼ばれる災害救助用ロボットであり、ゼンゼロ界のトップアイドルであるイアスちゃんを舐め回す様に眺め、抱っこしてからニコニコと笑う顔を撫でる。

この子は自覚無く可愛さを振りまくから、何と言うかこう、少しイジメたくなる気持ちにもさせてくる。

 

《驚いた…まさか、あのネクタールが現場主義者だったとは…》

 

「引きこもるのも良いけど、実際問題ウチの会社…『ネメシス』は、私以上に動ける人が居なくてね〜。後ろで指示してる暇があったら、私が片付けちゃうの」

 

《…包ちゃん!腕に自信があるのかもしれないけど、何の用意も無しにここまで来て本当に良かったの?》

 

「心配せずとも、伊達に何でも屋の頭張ってるワケじゃ無いからさ!それにちょっとした捜し物をするぐらいなら大丈夫大丈夫……心配してくれるのはとぉっても有難いけどね!」

 

デッドエンドブッチャーぐらいなら、何の用意も無しにタイマンでボコれるぐらいには腕に自信がある包ちゃんなのです。

ホロウの中では私、無敵なので。

 

さてさて、後は二人の指示に従うだけ!ホロウも普段はビリビリに破いた複雑なマップ同士をくっつけた様なものですが、二人の手にかかれば唯の一本道〜。

 

「ホロウに入るけど、今日は二人の内どっちがイアスちゃんの中に入るのかな?」

 

《今日は僕だね、未来のお得意様が満足出来るような案内が出来るといいんだけど…》

 

「頼むよ〜店長くん!」

 

《ああそれと、接敵はなるべく避けようか。幾ら包ちゃん…さんが熟練のホロウレイダーだとしても、女性たった一人でホロウを探索する危険性は見過ごせない》

 

《目標発見から依頼達成まで、包さんの綺麗な鱗に傷がついてしまわないように全力を尽くすよ》

 

「─────」

 

「心配してくれてありがとね、アキラくん」

 

と、出発前にオトされかけ、讃頌会だのなんだの全部ほっぽり出してパエトーン全力推し活マンになろうとする自分を抑えて…ホロウへと踏み込む。

 

イアスちゃんからアキラくんへと中身が『代わって』いくのを、エーテル波動を捉える虹彩の瞳が捉え、抱き抱えていたイアスを更に強く抱きしめる。

イアスinアキラくんの状態は、多少感覚にフィードバックが発生するからね、照れさせられた分、照れてもらおう。

 

《…その、包さん?案内するには離して貰わないと…》

 

「案内はお口でも出来るでしょ?イアスちゃんの小さなお足で歩くより、方向を教えて貰ってから私が走った方がいいかな〜って」

 

《走っ───…失礼になるかもしれないが、包さんが走るのと僕が案内するのとで、差はあんまり無い気が───》

 

「まぁまぁ、変わらないならどっちでも良いじゃん〜、抱っこさせといてよ〜」

 

──少し話を戻そうか。

エーテルの真髄、それがエネルギー源だの能力の向上だの、そんなものに収まらない話だったね。

 

アキラくんが言う通り、私とイアスちゃんでかけっこしても本当は同着ぐらい、身体能力を強化したら勝てるけど……──それよりも、更に早くゴールする方法がある。

一枚の紙になぞられた線、その端と端を通過するのに、どれだけ速さを極めても、ただ紙面をなぞるのでは遅すぎる。

 

「よ〜し。包ちゃん頑張っちゃう!」

 

最短最速、その方法は───。

 

《───これ、は……》

 

紙を持って、線の端と端をくっつけちゃうこと。

エーテルの真髄は、時空間にさえ作用する不安定さそのものなんだ。

 

「さぁ!マップをなぞる側から作る側に立ったよ!このホロウはとっくに───」

 

「パエトーンの、独擅場だ」

 

イアスを通して映る景色に、目を見開いてアキラは驚愕する。そこにあった空、壁、寂れた風景、目を通して実感するホロウ内部の荒廃に、古いビデオテープの様なノイズが走った。

 

そして視界に映る一面全てが、まるで子供のイタズラに書いた絵の様に混ざり、規律なく乱れ弾け、切り替わっていく。

 

ホロウ内で発生する自然現象、エーテルによる別空間との接続。アキラは、今目の前で起こっているコレが──人為的なエーテルによるワープ現象であることを、認識したくとも認められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……クソったれ……」

 

──ホロウの片隅で、男は爪を強く噛む。

昔からの癖なのか、それを矯正しようとした努力が親指以外の整った爪に見て取れるが、全ての負担を背負う親指の爪はボロボロだ。

 

「奴ら…勝手に手を引きやがって…!!怯えてどうする…!逃げたとて次の敵はTOPSの連中だぞ…」

 

企業スパイ、そしてジョナサン財団の手駒として特A級事案のエーテル適合体を監視する役目を背負い、今日まで果たしてきた。

 

「何とか…どうにかして、この薬だけは……」

 

ひたむきに、真面目に悪を成す。

付け入る隙は徹底的に、そうやって今の今まで生きてきた。

 

現状を表すとするのならば…──男は運が悪かったのだ。勢力を拡大した『ネメシス』の、仲介企業である事で流れ込んでくる情報を漏らすだけで、それはそれは大きな金が入ってくる。

 

欲を出しても見逃されてきた、『ネクタール』は企業の存続に興味が無く、ただただ権威を欲していて、男はそこから流れる純金の水を啜っていた。

尊大になり、横柄になり、それでも見逃されてきた。

同じ立場の人間は多かった事だろう、あの企業では各々が各々の欲望と狙いを持って、『ネクタール』の威を借りて利益を求めることで成り立っている。

 

だからこそ──運が悪かったのだろう。

時折行われる粛清に選ばれた事に、理由なんて存在しない。ただ、運が悪かった。

 

「……帰る、生きて帰るぞ俺は」

 

「この薬さえ財団に渡せれば、仕事は漸く終わりなんだ。……あー……長かったな……クソっ、本当に長い間気ぃ張ってきて……」

 

「……クソっクソっクソっクソっクソッ!!」

 

「終わるんだ、この薬さえ届ければ、これが終われば暫く旅行だ、この薬さえ───」

 

「みーつけた」

 

「……………………」

 

男は、手に収まる程の鉄箱を緩慢な動きで懐に隠す。

その動きはまるで、幼い少年が母親にバレないようゲーム機を隠すような、酷く緩やかなもの。

声がした方向を振り向く勇気は無い、見つかると怒られるから隠すのだ、見つかって、堂々と出来るものか。

 

「案内ありがとね!この先はちょーっと血なまぐさくなるから、先に帰ってて。報酬は振り込んでおくよ〜。いやぁ、これで二人は包ちゃんの恩人さんだ!」

 

「…………」

 

「この恩は一生忘れない、私の、本当に個人的な悩みに協力してくれた二人は、私にとっても『お得意様』になったからさ」

 

背後でポテポテと、ボンプの足音が遠ざかっていく。

男の心の内はその小さな足音でさえ、遠くなっていくことに耐えられなかった。

 

「……早かったな、ネクタール」

 

「長かったね、社員くん。解雇通知書を私に来たよ〜」

 

「ふっ、解雇して──殺すか?」

 

「うーん、どうだろうね?君のお仲間に聞いてみる?社員のフィードバックは、適切に活かすのが私なのです」

 

──コポッ。

そんな、何かが細い道を逆流して、圧迫したせいで吐き出された空気の音を聞いてしまう。

鼻をつんざく刺激臭に、目眩がするような圧迫感。それらは全て、今から『死』を迎える自身への退避信号に過ぎず、誰にも届かない。

 

コロコロと、未だ振り向けない背後から転がってきたのは、最早薄いピンク色の肉しか張り付いていない頭蓋骨だった。

 

「──────」

 

「私ってさ、カスタマーサービス兼社長だから…クレーム対応は自分の手で始末をつけなきゃダメなんだよねー」

 

「──────」

 

「今から君は、私にその盗んだ薬を返す。盗んだ企業内の仲介情報も、TOPSの命令内容も、何もかもを私に差し出す」

 

「君は奪った分、返さないとダメなんだ。その子は渡したくない〜って駄々をこねたから、持ち合わせで済ませてあげた。本当はエーテリアスになってもらう予定だったんだけどね」

 

「─────……生憎、こちらは手持ち無沙汰なんだ」

 

「そりゃ残念!包ちゃん……いや、ネクタールは怒っています!」

 

硬い何かが裂ける音がする、薄板鋼がパキりと折れ割れる様な音がする。

幾重に重なった鋼同士が擦れあって、開かれていく音がする。

 

「罪には代価を、代価は血以て償われ、血以て赦しとす」

 

「罪には容赦を、悪と善は神によってその境を失い、如くを受け入れる」

 

「全てを始まりの主に」

 

「ッ」

 

「この、薄汚ぇカルト野郎がッ──!!」

 

祈りに似た呪詛に耐えきれず、男は振り向いてがむしゃらに発砲する。

まぐれでも何でも、放った弾丸でこの窮地を乗り越えられるのならばと、最大限の祈りを込めて、

 

「へぇ」

 

目の前でその祈りが散っていく様を見せつけられる。

弾丸はどれも空中で制止し、ねじ曲がり、捩じ切られた。不可視の手が強引に引きちぎったとさえ見えてしまった。

 

空間は歪み、光を吸収出来なくなったせいか酷く不自然なモザイクが目に浮かんで、消えていく。

 

「撃っちゃったね、効かなかったね、さぁ…どうする?」

 

「ひっ……ぁっ……ぅ、うぁぁぁああああっっ!!!!」

 

「───あーあ」

 

小さな身体に、大きな役割。

けれどそこにあるのは、大きく割いて分かれた口で、ボンプのような可愛らしさは微塵もなく、

 

「イタダキマス」

 

男は、この世界から消えてなくなってしまうのだった。

 

「…………」

 

「……ふぅ、盗んだもの返してくれたら見逃したのに、撃っちゃうんだもん。利己的に生きすぎたね〜、頭はもっと柔らかく柔軟に〜…中身は確かに柔らかかったけど」

 

「よーし、録音完了!録音機にバリア張ってて良かった〜。後はエーテル波動をちょちょいと操作して、故障させて途切れ途切れにして……ぐふふ、コレをバラすのいつになるかなー、誰に暴露してもらおっかな〜」

 

エーテルの完全な制御は、不可能とされている。

変換を経て、活用する事は可能だ。しかしエーテルに侵食された者を巻き戻したりは出来ない、水に溶かした墨汁から、墨汁だけを取り除けと言われているようなもの。

 

だが、彼女は───。

 

「讃頌会とエージェントの二足のわらじ、なら、味方と悪役の二足のわらじも履かないとね!」

 

エーテル適合率0%、讃頌会『裁定者』(バオ)

彼女に与えられた権能は、体内エーテルと外部エーテル、その波動の完全一致。

腕を動かすが如く当たり前に、前に歩く為に足を運ぶが如く当然に、エーテルを操作する権限を有する者。

 

「待ってろよ全人類の不老ライフ!夢の楽園はすぐそこだー!!」

 

そして。

 

──神が与えた罰すら、人類の元から奪い去る背信者である。

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