Snake.memory──不滅の蛇の日記帳 作:カピバラバラ
──ゼンレス・ゾーン・ゼロ。
その『ゲーム』の名前は、よく記憶に残っている。ホロウという地獄が身近な世界で、悪夢に苛まれながら絶望に抗い続ける者達を描いた話だ。
ホロウは、生命をエーテリアスと呼ばれる別存在に変質させるエリアである。エーテルと呼ばれるエネルギーを常時発し、エーテルに適正の無い者はエーテリアスと化してしまう。
変質した生命は自意識を失い凶暴化するが、そこに可逆性は無く、高エネルギー体の化け物となって生き続ける。
コアを破壊されなければ朽ちることは無く、ホロウに縛られホロウ外へ踏み入る事は許されないが、擬似的な不老生命体だ。
それは命としての『昇華』もしくは『新生』に近い。ある種上位存在へと変化する性質故に、その恩恵を齎すホロウやエーテルを崇め始める組織もあるらしい。
と、言っても所詮化け物は化け物、エーテリアスは『駆除対象』であり、ホロウは『人類未開拓地』、エーテルは『便利なエネルギー』程度。
人類はホロウを乗り越える為に抗い、ホロウを受け入れる人間もまた、エーテリアスへの変質は本来の姿と認めないでいる。
「つまり、君たちは乗り越えようとしている訳でも無く、ホロウという人類の価値観を超越したものに降伏した」
「白旗をパタパタ〜ってね」
「………それが、『始まりの主』が導く未来だ。貴様が今、どれほどの間違いを犯しているのか自覚しているのか?」
「正しさは聞いてないの、そんなの立場次第だし。相対的な価値観なんて環境と人との出会いで変わる、私は君に……──君なりの、確固たる意思表明が欲しい」
「どうして讃頌会に入って、中身も知らない『始まりの主』なんかに自分の未来を託して、地獄みたいな日常に抗うみーんなを邪魔するのか」
──讃頌会。
ゼンレス・ゾーン・ゼロという物語において、ホロウへの服従を選んだ組織。神が定めた運命として、抗いでは無く下僕への道こそが救いだと定義している。
その性質上、どうしても人類にとっての『悪』とされてしまう彼ら彼女らだが、世界を飲み込むホロウこそが人類の次の進化先だと思うのは不自然じゃない。
それもまぁ、生存競争というものだ。現実から目を背けているのは、今もホロウという悪夢に抗い続ける私達か、それとも受け入れる事で未来に道を作る彼ら彼女らか。
抗いも虚しく滅され、それを正しいだの間違いだの決める意味は無い。
信仰も虚しく神から一瞥さえされなくて、それを徒労だの無駄だの断言する理由は無い。
「サラさんは答えられた、司教ちゃんは……まぁ、別のワケがあるから言及しないけど、君は?」
「っ…──貴様…」
「ジャスティン・ブリンガー。讃頌会『裁定者』として私は君に答えを求める。君は死地を救われ、神を見た。ホロウと人類の共存すら可能にする神の威光を前に、君は何を差し出す?」
「…全てだ、私に捧げられるものなら、全て!!」
「んじゃ、例えば」
「は」
「ああ…命とかは要らないよ、全て捧げるにしても君の方でちゃんと選んで手渡して。君の中で、ちゃんと…ね?君の中のたった一つ、宝石よりピカピカの、お月様より綺麗なものが欲しいな」
「────」
求められるのは、たった一つ。
求められ『た』のは、たった一つ。
私も、たった一つを求められた。
『君は、この世界でどんな終わりを迎えたい?』
讃頌会が言う神とやらの『始まりの主』でも無く、何処の誰でも無い何処か誰かの声でそう問われた。
答えを示せ、と。答えを見つけろ、生きているのなら死ぬまで永遠に、答えを見つけろ。
生きる意味を、死ぬ意味を、始める意味を、終わる意味を。見つけられないのなら、死んでも逃さない。死んでからも終わらない。
意味を求める事を死によって逃避した人間への罰は、ホロウによって与えられた。エーテリアスという形で贖わせられた。
その時、私──いや、俺はどうもこうも言えずに、後ろ頭をかいて困り顔をして、
『取り敢えず、そんな事を人に聞いちゃう奴を…』
『……うん』
『どうにかして、なるほどっ!と思わせたいかな』
『そんな質問するってことはどうせ暇人なんでしょ、こっちは毎朝起きて学校に行くのに必死なのに』
『まぁだから、どんな終わり方をしたいかって言うと──』
──困り顔をして、私は、
『笑いどころとツッコミどころが満載の、思わず貴方がこうなって欲しい!自分ならこうする!って口走っちゃう、未練が残る終わりが欲しい』
──答えを先送りにした。
何せまだ成人もしていない自分が答えるには余りにも難しく、それこそ文字通り、期待に応えられない気がしたから。答えた後にくすりと、軽い笑い声が聞こえた気がしたけれど、多分幻聴だと思いたい。
だって、これからまだまだ抱腹絶倒の終わり方を目指して生きていくのに、出だしで笑われると酸欠になってしまうだろう?
それでまぁ、気が付けばこの世界に転生していて、意識が芽生える頃には自分が女の子の蛇の半獣人──この世界ではシリオンと呼ばれるものへと生まれ変わっていることを知る。
「…………」
紅く顔を染め、震えるブリンガーさんを眺める。
彼は……色々とあって警視総監に手が届く地位まで来ておきながら讃頌会とどっぷりの狂信者、現役バリバリの頃に救助者に裏切られて『始まりの主』とやらに巡り会った結果心が壊れた人。
「求めたものを、捧げる」
「ん〜?」
「私が夢描いた英雄を捧げよう。人を救いたいと、人をこの地獄から、終わりを迎える世界から救い出したいと願った私自身を捧げる。あの方に出会い、それでも尚変わらずにいる救世への望み」
「それすら、私は始まりの主の命があるのならば、捨ててみせよう」
「────骸になるよ、空っぽの」
「構わん」
「……ふーん?」
これはあれか、始まりの主を信じる自分を信じるぜ!という奴か。例えあらゆる願いと望みを奪われても、始まりの主が救世主になると信じるからこそ、文字通り自分の『全て』であるものも捨てる、と。
うむ、うむうむ。ヨシ!
「おっけー!これにて裁定終了〜、いらっしゃい讃頌会へ!アットホームじゃないし人権無視ばっかの組織だけど楽しいよ〜」
「チッ、何が裁定終了だ!貴様に我が信仰を測る権威が本当にあるのか、甚だ疑問だぞ」
「これから同僚なんだからさ、貴様じゃなくて
「この背徳者が…!」
「うーん……なんかよく君たちから嫌われちゃうな〜、包ちゃん可哀想〜」
「ふんっ。始まりの主への信心を捨てている貴様がこうしてのたまっているのも、司教の許しがあってのものだ」
「信心?信心ねぇ……」
「けどねブリンガーちゃん、私は君の行いが、願いが、果てしない苦行が……いつまで経っても実らない徒労だったとしても───」
「死ぬまで君の願いを覚えておく。不老の私にとって、その言葉の重さはブリンガーちゃんにも分かるでしょ?それってつまり、君が信じる始まりの主も信じてるって事にならない?」
「─────」
「詭弁だ、用が終わったならさっさと帰れ」
「はいはーい、全く、つれないな〜」
■
──というわけで、どうも。世界の隅っこで愛を叫ぶタイプの転生者です。
生まれは試験管の中!育ちは培養液の中!!脳内は転生者!!!
みなさんもご存知悲劇作りまくりインチキ宗教の讃頌会と、ゼンレス・ゾーン・ゼロでの暗い所大集合!防衛軍だよ!の技術の間の子、厄ネタという厄ネタを全て詰め込まれた不老の蛇、
「ふんふふんふふーん」
不老──はい、そうです、最初に沢山エーテリアスについて語った理由は私の存在にあるんだ。
ホロウから発せられるエネルギー、エーテルは人それぞれ適合率がある。高ければ高いほどホロウ内での活動が自由に出来るんだけど……奇跡の適合率0%を叩き出したものがいた!
──それがこの私。低いとかそういう次元じゃなくて、0。
しかもエーテルっていうのは地球でいう酸素みたいなもの、粒子は世界中に広がってるし、それに対しての適合率0は最早マトモな生命として活動出来ない。
「こほん」
つまり培養液の外に出した時点で死んじゃって、エーテリアスになるんだけど……何故か普通に生き残っちゃった。
私を作った人達は目玉ひっくり返るぐらいビックリして、ホロウに廃棄処分の予定がまさかの讃頌会幹部まで超特急昇進!
エーテル適合率0%はエーテリアスに下される診断、そりゃエーテルに犯されきった存在に適合率もクソもないよね。ということは……そう!私は殆どエーテリアスと同じ存在で、エーテルがあれば半永久的に生きれるんだ。
その後役職も『裁定者』っていう、讃頌会へのスカウトだのなんだのを決定するやつに就けられちゃってさ、神の寵愛を受けし赤子だの、伝導者だの、包ちゃん困っちゃいました。
だって、前世の記憶バリバリあるんだもん。本当はエージェントととしてパエトーンの二人とイチャイチャしたいし、色んな人の悲しみを取り除く為に生きたかった。
それが何故か、不老で……しかもホロウ内だと不死の化け物に産まれちゃってさ……。
「店長ちゃーん、いるー?」
「───おや、来てくれたんだね、包さん」
「勿論!店長ちゃん達の声があれば何時でもどこでもだよ〜、あと包ちゃんって呼んでって毎回言ってるのにな〜?」
「あ、ああ。包ちゃん…さん。今日は僕たちの為に手を貸してくれると聞いたんだけど…」
「ふふん、任せなさい!パエ…店長ちゃん達の案内があれば、包ちゃんは無敵なんだから」
──そう生きたかった、のならやるしかねぇ!!!
讃頌会幹部とエージェントの二足のわらじ!?やってやるよこの野郎!転生者舐めてんじゃねえッ!
という気概の元、産まれる前の悲劇はともかく、産まれてからの悲劇は何とか起きない様に讃頌会で手を回しつつ、パエトーンちゃん達のお仲間として本日まで生きてきた訳。
怪談屋のあの子だったり、クソッタレ防衛軍のクソみたいな利確の為の犠牲だったり、旧都陥落の地獄だったり、色々頑張りはした。
でも包ちゃん、名前は包ってあるけど包める手は一つだけ、逃したものも多い。
「それで今回は何の依頼かな?アキラくんが包ちゃんを頼るなんてよっぽどの事だよね。邪兎屋ヴィクトリア、カリュドーンにフェアリーちゃんが居て…今更包ちゃんに何か出来るのかな〜」
「それは───…」
アキラくんの顔が濁る。言い淀むその姿からは、決して外部に漏らせない秘匿を、頼る相手にすら話せない後暗さが見て取れた。
背後から「お兄ちゃん、包さん来たのー?」と、愛しきパエトーンの片割れたる妹ちゃんの声が聞こえたところで咳払いをして、
「あ、あー、えっと、別に言いづらいなら言わなくていいよ。包ちゃんは便利な便利屋、超便利屋なんだからさ」
「……ありがとう包さん、恩に着るよ」
と、ほざく。前世の記憶があるお陰で状況は全部把握しているので、この気まづい雰囲気もなんのその。
ゼンレス・ゾーン・ゼロ、そのストーリーの根本を担うはサクリファイス、人の理性を残したままエーテリアスになる秘儀の成就を願い、讃頌会は活動してきた。
そう、よりにもよって讃頌会なのだ。何かとこの『新エリー都』に悪いことが起きれば、大体讃頌会か防衛軍のせいに出来るぐらいウチの組織は真っ黒。
「まっ、何があろうと気楽に言ってね!アキラくんとリンちゃんは私の恩人さんなんだから!」
目的は果たす、パエトーン達の手助けはする、エージェント達のキャッキャウフフに参加する、全部果たしてこその私。
というより、あの声に曖昧な返事をしちゃった代償、罰かもしれない。
──ウロボロス、輪廻転生。生と死、再生を冠に添える蛇のシリオンに生れ落ちた私にとっての罰。
讃頌会、防衛軍の技術があった所で私の様な存在が作れる訳が無い、そこには必ず、跡を残さなかった『奇跡』が存在する。
その奇跡の所在は不明で、そして奇跡を起こした代わりにこう告げた。『望み通りにしてやったぞ』と。面白いことするまで、死ぬなよって言われてる気がしてならないんだ。
「アキラくん、リンちゃん」
「大丈夫だよ。私は、何があっても君たちの味方だからね!」
「「─────」」
そう言い切る、言い切ったところで私なんかに保証はついてないけれど、この物語は君たちが抗う軌跡を描くもの。
結末がどう至ろうとも、すべからく、我々は歩んできた道を振り返る。
でこぼことして、複雑で、折れ曲がって見える道。それを振り返って、意味が無かった、だなんて、言えるはずもないのだから。