マシュマロでも食べる? 作:コサメ
後悔も反省もしないが、お粗末であるのは否定できない
よって、何でも赦せる方向けです。ご了承下さい
常温で溶けるお菓子と言えば、氷菓を除いて、チョコレートが思い付く。チョコはその成分の多くが油脂であり、バターやマーガリンなどのように放って置くと溶ける。20℃を超えるようなら保冷剤が必要だ。
そのため、元々は飲み物として提供されていた。歴史は古く、マヤ文明・アステカ文明に遡る。本来は砂糖ではなく、唐辛子を入れて飲んでいたというのだから驚きだ。今のお菓子としての立ち位置というより、コーヒーやお茶などの嗜好品や、薬用として愛飲されていたそうだ。
スペイン人が中央アメリカを占領する過程で、唐辛子の代わりに砂糖が加えられた。それがヨーロッパに伝わり現代の形に至る。そのため、本来は常温で液体の飲み物だったのだ。溶けているのが当たり前の物質。
味には五種類あると言われる。苦味・塩味・甘味・酸味・旨味。そして、美味しいと感じるにはこの五味の中から二つが強くあれば好い。スイカには塩をかけるし、お汁粉には塩昆布が合う。コーヒーには甘いものがマッチし、運動後のレモンのはちみつ漬けは最高。そんな感じ。
チョコレートも同じで、カカオの苦さと砂糖の甘さでシンフォニーを奏でている。最初に食べた時の舌上の衝撃は、今でも忘れられない。
忘れられない、あの衝撃は。
彼女を見た時、私の心はチョコレートにでもなったような気分だった。体温だけで一気に溶け切ってしまった。現実という保冷剤がなければ、形すら残さなかっただろう。平静でいられたのは、前世の時まで。
取り払われた今、目の前に、彼女がいた。涙が出た。あの感動。今でも覚えている。駆け出したのだった。
『ナツ!』
『ん? 私?』
『あ…………柚鳥ナツ……さん、ですよね?』
『そうだけど、……あなたは?』
『私は……私は……あなたのことが好き……大好きです! 付き合って下さい!』
それがナツとの初めての出会いであり、前世から続く感動の再会でもあった。
その時から、私の理性はチョコレートだったのだろう。保冷剤を入れ忘れ、どろっどろに溶けたチョコレート。
告白の返事は、まだない。
~~~~~
「ひとめぼれ……って事だよね?」
アイリが顔を真赤にして訊く。私は首を振る。
「いや違う。……そう! 前世の時から好きだった! 出会いは運命! カカオと砂糖の出会いと同じく、決められていた事だったのだよ!」
「そっかぁ……最初からアキナちゃんはナツちゃんのこと…………」
「つまり、最初から頭がおかしかった訳ね」
ちょっとヨシミちゃん、とアイリが窘める。ヨシミは肩を竦めて、ケロッとしている。夏。部室。エアコンの利いた部屋。
カズサが机のポテチに手を伸ばす。それにしても、と呆れて言う。黒いパーカー。
「流石にナツに同情するわ。あんたみたいな変わり者に好かれて」
「みんな酷くない!? 私は至って正常だよ!」
「『正常』って言葉の意味、辞書で引いたら?」
ヨシミの言葉でカズサも頷く。アイリを見ると、苦笑い。恋バナを聞く乙女の顔はもうしていない。
私は身を乗り出す。アイリのくりっくりの瞳を見る。アイリが仰け反る。
「アイリ! アイリはどう思う?」
「え!? わ、私? 私は…………」
「アイリ、本音で語りな。アキナのためにならないから」
「ヨシミ! どういうことだよ!」
「えっと、その……そうだ! ナツちゃん自身はどう思ってるの?」
「…………ん? 私?」
眠そうな目で顔を上げるナツ。可愛いが過ぎる。桃色の髪を右サイドテールにし、赤い虹彩に白い瞳孔。神秘的。トリニティ総合学園制服を着て、短いスカートに黒ニーソ。魅惑の太腿。絶対領域! もうね、抱き締めたくなる! いや、もう抱き締めてたわ
「アキナ……苦しい。そして、あつ苦しい」
「仕方ないよ。ナツが可愛いのが悪い。ナツを好き過ぎる私の熱で、温まって!」
ナツが、ぐでー、っと疲れ気味の顔。そこも可愛い。今私はナツの座椅子となって、背後から抱き締めている。ナツも逃げる様子はない。くんくん、すりすり。ナツ吸いしている。
「こら、アキナ。ナツから離れなさい。ナツが溶けて消えるわよ」
「なっ!?」
パッと離す。喩えだと解っていてもそれは嫌だ。
膝の上に載っていたナツがゴロンと転がって、テーブル隣のアイリへ行く。俯せ。アイリはナツの頭を猫の毛並みのように撫でる。
ナツが気持ちよさそうにしていた。アイリにナツを寝取られた気分。それはそれとして推しが可愛い。可愛過ぎる。一つ一つの動作がもうね、キュンッとくるんよ!
「ナツもナツよ。どうして抱き着かれるのを黙って許したのよ?」
ヨシミが溜息ついでに訊く。カズサは我関せずといった感じで、スマホをいじりだした。囲うテーブルにはポッキーやらポテチやらに似たこの世界の菓子類が埋め尽くす。花の女子高校生。
「エアコンが少し寒いかなって、思ってたら、ちょうどよい感じに抱き着いてきたから。まぁいつものことだし、いっかなって」
「それなら、温度調節しなさいよ。すぐそこでしょ」
「それどころじゃない。私はロマンを探す事に夢中なのだよ」
ロマン? とヨシミが首を傾げる。ナツがスマホを掲げる。
「現代のロマンはこうやって探すのだよ」
「それは、"ロマン"と言えるのかしら?」
「ほほぅ!」
ナツの目が煌めいた。ヨシミがウゲッとなった。私は身を乗り出した。
「ヨシミが言っているのは、手段としてのロマンかな? 確かにロマンとしての手段は大事だ。スマホで探すのはロマンでないと思われるのも一部納得できる。それは、スマホで探すのは『手軽』で『便利』だからだ。本来、ロマンを感じるものとは得てして、その二つの単語とはかけ離れている。しかぁし、それは一部のある側面しか見ていないだけなのだよ、ヨシミ」
「お、おう」
寝転がっていた姿勢から突如起き上がり、ヨシミに顔を近付けるナツ。流石のヨシミも仰け反ってしまう。顔近過ぎ。チューしそうな距離。ヨシミ、そこ替われ。この市販のお菓子あげるから
「ロマンとは結局の所、イメージなんだよ! ワクワク。ドキドキ。そう思えるようなイメージ! それを探す手段がスマホであろうが、冒険であろうが、街頭のポスターであろうが、結果的にロマンを感じればそこにはロマンがあるんだ! 確かにヨシミの言う通り、スマホにロマンを感じない人もいるだろう。それは『手段』としてのスマホにロマンを感じないだけで、スマホ自体にはロマンの可能性を秘めている。例えば、精密機器としての側面、最新鋭の機種、アプリやプログラミングなどのコンピューター的な要素! もちろん、ヨシミはそこにロマンを感じないし、私も正直そこは門外漢だ。だけど、それはスマホ自体にロマンがない言い訳にはならない。ただ、今回はそういったものとは別の話で、詰まる所、ロマン的手段を大事にするか、ロマン的結果を重視するのかの考えに帰着すると思う。けれど、難しいことを抜きにして、ロマンを感じれば、手段と結果、どちらでもいい! つまり、スマホであろうがなかろうが、ロマンを結果的に得られれば、ロマンなんだよ!」
「解説すると、ヨシミの言っている意味も間違っていなくて、結果的に、ヨシミはナツと同じようにロマンを感じているって訳」
「…………どういうことか解らないけど、ナツと同じってだけで、あまり好い気はしないわね」
なによぉ、とナツが可愛らしく憤慨する。私は憤死しそうなほどトキメイた。やはり、ナツこそロマンの体現者だ。
「ところで、ナツ」
「なに? アキナ」
「あの時の返事が」
「そうそうみんな」
ナツが背を向ける。他三人に向かう。
「そういう訳で、月末のお祭り、みんなで行こう。ロマンを求めに」
ナツが突然そんなことを言った。これには全員首を傾げた。ナツはスマホを掲げる。
「折角の夏。全員で浴衣を着て、お祭りに行こう!」
私は答えを延期された。ナツのスマホには、商店街で行われる夏祭りのポスターが載っていた。
~~~~~
ナツに告白してから、おおよそ1年。その間、私から何度もそれとなく、最近ではストレートに訊いているが、返答はない。逆にはぐらかされたり、黙殺されたりする。
心の中では、疎ましく思っているのかもしれない。ナツは優しいから直接表に出さないだけで、本心では、私なんていなくなればいいのに、と思っているのかもしれない。
ナツの本心が知りたかった。告白は、出会った感動で無意識にしてしまった。今では後悔している。だって、気持ちの抑えが利かなくなってしまったから。ナツのことなら何でも知りたくなってしまったから。ナツが今なにを思って、本心ではどう考えているのか。それを知る一つの方法として、告白の返事を訊く、というのが重要になってしまった。
最初の頃は、別に返事がなくても良いと思っていたが、やはりどう思われているのか、本心はどうなのか、を確かめたくなってしまった。告白について頑なに話題を避けるナツに、その気持がより強くなった。
これはワガママなのだろうか? 今の関係を維持した方がいいのだろうか? 私にはわからない。ただ、知りたいだけ。
ナツの自宅前にいる。
トリニティは入居希望者から成績順に寮部屋を分け与えている。成績上位者には無償で、それ以外は有償で貸している。トリニティの財源から約7割の生徒を収容できる。
しかし、大抵の生徒は狭い部屋(広い部屋もある)を嫌としており、自宅から通う者が多い。成績下位者でも入寮できる可能性はある。ものすっごく悪くなければ。ついでに、私とアイリは無償。ヨシミとカズサは有償で寮に。ナツは自宅がある。
チャイムを鳴らす。あまり間を置かずに、ガチャリと開く。
「おっ、今日は早いね。まだ30分も時間あるよ?」
「そりゃぁ、自分で言っておいて、遅れるのはロマンじゃないからね」
ナツのロマン判定がどこにあるのかいまだに不明な所があるが、ナツが言うのだから、ロマンじゃないのだろう。
「それにしても、アキナは毎回私の家に来るね。待ち合わせ場所、決めたのに」
「ナツは、遅れることがあるからね。というか、以前すっぽかしたよね?」
「……さて、なんのことか」
とりあえず、出発した。トリニティ・スクエアを出て、電車に乗り、お祭りが行われる商店街へ向かう。その間、街頭広告がどのこうの、ロマンがないだの、とナツの愚痴やロマンを聞いた。私はまだ躊躇っていた。しかし、二人っきりのタイミングはここしかない。電車から降り、駅を出たタイミングで意を決する。
「な、ナツ!?」
「ん? なに?」
「そ、その、あの、返事を、聞かせて欲しい。流石にもうすぐ一年になる。私はいくらでも待つ予定だったけど、待つ所存だったけど、それでも、心細いというか、なんというか…………ワガママだとは思ってるけど」
「……」
ナツが答えない。私は不安で見つめる。ナツが口を開いた。
「そう言えば、レンタルショップって、こっちだっけ?」
あからさまな話題そらし。私の気持ちはまたもやモヤッとした。
夏祭り。月末ということで、今年最後の夏を感じさせるもの。これが終われば、夏休みが終わり、学校が再開し、新学期が始まる。
みんな浴衣なんて持っていない。当然のようにレンタルすることになった。お店の着付け室で、それぞれ浴衣の帯を締めてもらっている。私は真っ先に終わって、外で待っていた。ついでに、浴衣は藍色の紫陽花。帯は緑。
次に出てきたのはアイリだった。
「あ、アキナちゃんが最初だったんだね」
「そうだよ~。アイリ、似合ってるね~」
えへへへっ、と頬を掻いて照れるアイリ。アイリの浴衣はミント色に水玉。帯はピンクで緑のリボン。アイリらしく爽やかで甘いチョコミントのような雰囲気が香る。緑鼻緒の黒下駄。髪飾りは緑を基調とした白の羽と黄色の花、そしてチョコミントアイス。玉飾り。
「そういうアキナちゃんだって、綺麗だよ~」
「ありがとう。一応イメージ通りに選んだつもり」
「うん、似合ってる」
私の髪色は青、瞳は緑。そこから浴衣の色を決めた。紫陽花は、お店の人が選んだ。
次に出てきたのは、カズサ。黒色に白線。帯は臙脂。帯紐は紅で花を模った帯留め。下駄は臙脂の鼻緒でアイリと色違い。髪飾りは紅白のぽんぽん菊。
「おおぅ、格好良いね。カズサはストレートなのが似合う」
「カズサちゃんも綺麗だね~」
「そ、そう? なんか照れるわね」
カズサが照れるのはレア。みんなカズサの照れ顔を拝みたくて、ついつい誂ってしまう。それが裏目に出て、お叱りを受けるのも恒例である。が、それすら楽しい。止まらない、止められない。
「よっ! カズサ! 可愛いよ! 日本一! 世紀の怪猫! きゃsぐへっ」
「アキナちゃん!?」
「それ以上言ったら、殴るわよ」
「殴る前に言って欲しかった……」
私は腹を擦り、にやにやと笑う。カズサは不気味そうにこちらを見る。
「可愛いよ、くぁいいよ、カズサ。ぐへへへ」
「きっも……今のあんたに言われても嬉しくないわね……」
「またまた照れ隠しに、殴っちゃったりして……可愛い所もあるじゃん」
「いや、それで殴った訳じゃないから」
「またまた、照れちゃって」
「あんたのは冗談っぽく聞こえるから、照れたりしないわよ」
「あははは……」
アイリの苦笑い。反応に困った時、よくする。ということは、本当に冗談っぽく聞こえるようだ。解せぬ
「それに、あんたはナツ以外眼中にないでしょ?」
「それを言っちゃ、おしめぇよ」
「否定はしないのね」
肩を竦めるカズサ。私は首を振る。
「いやぁ~、確かに、部活に入る前だったら、ナツ以外に興味はなかったけど、今では放課後スイーツ部のみんなが大事だ。これは嘘じゃない」
「……突然何よ? きもいわ」
「ひど!?」
「で、でも、そうだよね。本当にみんな変わったと思うよ?」
アイリはしみじみと話す。私はうんうんと頷く。
「カズサは過去を乗り切ったし」
「ゔ……それは、まぁ、そうね。考え方は変わったかしら?」
「アイリもバンドで何か吹っ切れた感じがするし」
「あははは……アキナちゃんも、ナツちゃん以外見るようになったね」
「そうね。あんたは、私達全員を威嚇してたからね」
「……あの頃は申し訳ありませんでした」
「ナツとヨシミは……変わってないわね」
ナツは相変わらず、ヨシミは……何がとは言わないが、変わらない。二人とも牛乳を飲んでいるのに、やはり牛乳は成長に関係ない。
「!? さぁ! いよいよナツが出て来るかな!」
電探に感あり! 私のナツに対するセンサーは優秀だ。数km離れていても、どこにいるか判る。今からどんな浴衣を着て来るか、楽しみだ。
一応前世のコラボイベントで知っているのだが、それでも本当にその柄を着て来るかは判らない。ナツのことだから、ロマンを感じれば違うのに変えるおそれもある。私という原作改変もあることだし。
そう、私は転生者である。所謂、TS美少女。ブルアカ先生。柚鳥ナツ推し。ナツ可愛いがために、トリニティに転校。ナツに告白。放課後スイーツ部入部。生粋のナツラーである。
だから、知っている。コラボイベントでは、桜の花柄浴衣に、帯はシンプルに水色。髪は揺れ飾りの赤がちょうどアクセントになって瞳の色とコントラストを彩っていた。鼻緒は帯と同じで水色。そうちょうど目の前にいる娘のように、可憐で美しくも元気さを兼ね備えた……
「アキナ?」
「……今目の前にいる超絶キュートで可愛い美少女がいるのですが、私の幻覚でしょうか? それもブルアカの柚鳥ナツに見えるのですが、病院に行った方がいいでしょうか?」
「それ、どういう意味? 嫌味?」
「アキナちゃん。その娘ナツちゃんだよ」
ハッと思う。ここは前世ではない。ここは現実だ。それもブルーアーカイブと似た、世界。そして、目の前の世界一可愛い女の子は柚鳥ナツだ。
「今゛日゛も゛推゛し゛が゛可゛愛゛い゛」
「そんなに噛み締めて言われると流石に照れるね」
「あーはいはい。通常運転通常運転」
二次元でもすんばらしくくぁわいかったが、現実で実物を見ると、その数倍、いや数千倍? スカウターが壊れるくらい可愛い。いやもちろん現実に見られた感動というかそれ込みでの話であり、実際は二次元も三次元もどちらも可愛くて甲乙付け難いが、それでも推しが可愛いことには変わりがなくて、つまり、ナツ最高! かんしゃぁ!
「ありがてぇありがてぇ」
「アキナが拝みだした……」
「ナツ、どうにかしなさいよ」
「こうなったアキナは放っておくのが一番だよ。中学から一緒にいてわかったことだよ」
「でも、このままだと私達動けないんだけど……置いてく?」
「それは可哀想だよ、カズサちゃん」
「もう、しかたないなぁ~」
ナツがそう言い、スッと隣に立った。惜しくも5cm差で少し背伸びのナツ。理想のカップル身長差が15cm。もっと牛乳を飲まねば……。
そして、ナツはソッと私の耳に囁く。
「一緒に食べる?」
「み゜」
生ボイスで覚醒。かんしゃぁ。私は背筋を伸ばしてナツを見る。ナツは耳から離れて、すでにどこかで買ったのかチョコバナナを差し出してくる。私は感涙して受け取った。
「あ、ありがとう、ナツ」
受け取ろうとすると、ナツがヒョイッとチョコバナナを移動させる。当然私の手は空を切る。
「そういえば、はっきりと感想を聞いていなかったなぁ」
「え? え? な、なんの?」
「ほれ」
そう言って、袖をちょいと摘んで浴衣を広げて見せるナツ。まるで彼女ができたみたいな感慨に耽る。私は顔が赤くなるのを自覚しながら、感想を述べる。
「とっても、似合っています。……ナツ可愛い!!」
「…………にひっ」
あ、仰げば尊死。しんだ。
「……これ、どういう状況?」
いま出てきたヨシミが呆れたように訊く。アイリは、あははは、と苦笑い。カズサは肩を竦めて、行こ、とアイリの手を取る。ナツは私は引き摺った。
ついでに、ヨシミの浴衣は、赤色デフォルメうさぎ柄にピンクの帯と、うさぎ・いちご・さくらの髪飾り。全体的に幼女が着そうな浴衣。
「一瞬アキナに殺意が湧いたんだけど、気のせいかしら?」
「き、気のせい気のせい」
変に鋭い所あるからな。まぁ、一旦は落ち着こう。今はナツが引き摺っているから、立ち上がる。
「……そう言えば、ナツ」
「なに? アキナ?」
「返事はまだでしょうか?」
「……アイリ、アイスクリーム屋さんがあるよ」
「え、えっと……ナツちゃん?」
アイリもナツの対応に違和感を覚えているのだろう。実際、ここまであからさまなのは、誰にだって判るはずだ。それがわからないナツではないはず。
つまり、そういうことなのだろうか?
心が怖く冷えていく。固まったチョコレートは割れやすい。
そのまま私達は祭りを回った。
夏。夜。祭り。当然、人通りが多く、暑い。私達はある程度屋台を散策し、見て、遊んで、買って、川辺に避難した。同じように考える人は多く、そこそこの人が岸辺で飲み食いしていた。
「しっかし、暑いわね。浴衣が汗で気持ち悪い」
「そうね。金魚すくいとかもっとやりたかったけど、一旦休憩ね」
「……所で、アキナはどうして、カズサの方ばかり向いているのかな?」
ナツの指摘に、ギクッとする。
カズサの浴衣は黒で、夜ということもあり、そこまでなのだが、他のみんなは違う。何が違うって、そりゃ、もう。色々と汗で透けてんのよ!?
特にナツとアイリは薄い色の浴衣のため、キャミソールが浴衣越しで見えるのなんのって。散策中も見ないようにしていた。元男として天国なのか試練なのか、わからない状況。この変態性をナツに知られたら完璧完全に嫌われる。というか、私自身が嫌だ。私は純粋にナツを好きなのであって、そんな目的で見ていないということを自分に言い聞かせるためにも、見ない。
「私? どうしたのよ? いつもナツナツ言っているのに、何でこっち見んのよ?」
「どうせナツが関係あるんでしょ? ほら、ナツ」
「アキナ?」
ナツが視界に入る。私は目を逸らす。ナツが移動する。目に入る。キャミソールが見える。顔を上に向ける。
ほら、とヨシミが呆れ顔でカズサを見る。カズサも頭を抱える。アイリは苦笑い。ナツは少しふくれっ面。
「アキナ……どうしたの? いつもは、無駄に見つめてくるのに、こういった時に限って、目線を合わせようとしないなんて、ちょっとワガママじゃないかい?」
ワガママ。そりゃワガママだけどさ。でも、答えを頑なに言ってくれないナツもワガママじゃないか。そう思ってしまった。
「ちょっと、アキナ? どうしたのよ? 急に俯いて」
「アキナちゃん?」
「………………そ、そういうナツだって、私の告白に、まだ返事してない」
「………………ヨシミ、このいちご飴食べる?」
「ちょっとナツ、流石にそらし方が下手」
「……そうやってさ。ナツは私の催促を無視する。確かに私もワガママかもしれないけど、……嫌いなら嫌いって言えばいいじゃん」
「……まったく、アキナはロマンがないなぁ。こんな衆人の監視下で答える訳ないじゃん」
「それは言い訳。だって、二人だけの時もあった。今日のレンタル屋に行く途中だって、迎えに行ったじゃん!」
「そ、それは……ロマン的な雰囲気とか」
「うるさいうるさい! 嫌いなら! 嫌いなら! 嫌いって言えよ! ばが!」
私はなぜか走っていた。後ろからアイリの静止の声が聴こえたが、無視した。とりあえず、走ったのだった。
陸橋の下に来た。足が痛い。よく見ると、鼻緒が擦れて赤く腫れていた。一部紫になっている。蹲って、下駄を脱ぐ。さする。痛い。目がぼやけてくる。
いや、ワガママは自分だ。それは自覚している。自覚すればいいってもんじゃないのもわかっている。でも感情が制御できない。
自分に嫌気が差す。自分は恵まれている。自分が好きな世界に転生し、自分の好きな人と一緒に学園生活を送れる。多くの人が経験できない銃撃戦も、頑丈な身体で体験できるし、ドンパチ騒ぎも起こせる。……後ろ二つはどうでもいっか。
なんにしろ、ナツに求めるのは間違っている。それはわかっている。それでも不安がある。
あんなに気さくに接してくれても、楽しそうにしてくれても、それは優しい演技で、本心では嫌っているかもしれない。苦々しく思っているかもしれない。
前世ではそんなこと日常茶飯事だった。仲良いと思った相手からは、陰口を言われていたり、クラスカースト上位の人から話し掛けられた時に、賛同を求められて陰口を言ったり。
自分がそうだった。他人もそうだった。自分が嫌いだった。他人が嫌いだった。流される自分も誘う他人も嫌いだ。身を守ってしまう自分が嫌い。好きな、大切な相手を傷つけることを、仕方ない、と割り切って、行ったことが悔しい。
この世界では、そうなりたくない、と思った。ナツには、そんなことしないと決意した。
でも、それは私だけの話で、ナツ本人は違うかもしれない。ここはゲームではない。創作物ではない。現実だ。綺麗事だけではない。
ナツが優しいのはここ一年一緒に過ごしてわかっている。しかし、それは人を嫌わない理由にはならない。優しさは博愛精神と同等ではない。
「アキナちゃん!」
「…………アイリ」
アイリが追って来た。心配そうな顔をしている。
「アキナちゃん……大丈夫?」
「……うん? 何が? ちょっと走りたくなってしまって、でも、突然だったよね? ごめん。これからは走りたくなったら、言うから」
「そうじゃなくて、…………ナツちゃんのこと」
そりゃそうだ。追ってくる理由なんて、それしか思い付かない。逆に、ナツは追って来なかった。そういうことだろう。
「ナツちゃんも、何か事情があると思うから、そんな思い詰めた顔しないで? ね?」
「……」
「……みんなの所に戻ろ?」
「……アイリは、さ」
「ん?」
「私のこと、嫌い?」
「そんなことないよ!」
即答。急な質問にもすぐに答えられる。アイリらしい。
「アイリは優しいから、そう言ってくれるけど」
「優しいとか、今は関係ないよ」
え? と顔を上げる。アイリがちょっと怒り顔。そして、呆れてもいる表情。
「アキナちゃんって時々面倒臭くなるよね」
グサァァッ
「す、ストレートだね」
「だって、事実だもん」
グサッグサッ
「でも、人って、不安になる生き物だから、しかたないよね。特に好きな人の前では」
「……」
黙っていると足音。誰が着たのか顔を上げるとナツがいた。
「アキナ」
「……ナツ。どうして来たの?」
「えっと、カズサとヨシミに言われて」
ほらね。二人に無理に言われて来たんだ。本当は私なんて追いたくもなかったはずだ。やはりいつもは私に合わせてくれていただけなんだ。
「ナツ、ごめんね」
「? なにが?」
「私、スイーツ部辞めるわ」
アイリが息を吸う音がした。私は続ける。
「だって、ナツは私のこと嫌いでさ、無理に合わせてくれているだけでさ、きっと私なんていなくなればいいなんて思っているんでしょ?」
「そんなことは思ってない」
「それも優しい嘘なんでしょ?」
「はぁ……アキナ、よく聞き給え」
「もういいよ!」
立ち上がって、走ろうとしたが、片下駄だけ脱いでいたため、バランスを崩す。壁に手を付く。
「? アキナちゃん、足どうしたの?」
「あ、いや、大したことじゃないけど」
「アキナ、靴擦れした?」
「そうだけど……なに?」
しかたないなぁ、とナツが前まで来て、背中を向けて屈む。私は戸惑う。どういう意味だ?
「おぶって上げるから、乗って」
「はぁ!? いやいや、なんで」
「いいから乗って」
私は頭が混乱する。元男が、女子高校生に背負われる光景。いや、今は私も女子高校生だったわ。
「っわ、私の方が身長高いし」
「関係ない」
「汗も掻いてるし」
「私も掻いてる」
「重いし」
「大丈夫」
「でもでもそれでも」
「ああ、もううるさいなぁ。いいから乗って」
有無を言わせぬ口調に、頷くしかなかった。
ナツの背中。ゆっくりと手を置く。しっとりと温かかった。ええいままよ、と乗る。首に腕を回し、ナツが膝を抱えてくれる。ナツが立ち上がる。
「アイリ、私達は先に帰るから、みんなに言っておいて」
「う、うん、わかった」
アイリが頷く。気のせいか少し顔が赤かった気がする。
「ナツ、……いいよ、レンタルショップまでで」
「ダメ。ちゃんと送っていくよ。…………さぁ~て、しゅっぱ~つ」
そうしてアイリと別れてレンタルショップへ向かった。終始無言だった。
レンタルショップで着替えて、帰る時に塗り薬もしてもらった。借りる時もテーピングしてもらったが、靴擦れする時はするらしい。走ったからさもありなん。自業自得。
帰りもナツに背負われた。無言が続く。ああいった手前、何も言えない。ナツが口を開いた。
「別に、嫌ってないよ」
「え?」
一瞬何を言われたのか解らず、何も答えられずにいた。ナツは私の言葉を待っているかのように、黙った。私は言葉の意味を理解して、沈んだ。
「でも、返事をくれない」
「それは……今の関係を崩したくなかったから」
「やっぱり嫌いってこと?」
「いや、好きだよ」
ナツが止まった。ナツの耳が少し赤かった。いつの間にか公園に来ていた。ベンチに私を下ろして、ナツが真正面に向かい合った。
「アキナのこと、好きだよ」
「……そ、それは」
「でも、恋愛感情じゃ、ない」
「……」
「友達として。それじゃ、ダメ?」
不安そうなナツがいた。
「アキナは、私のこと、恋愛的な意味で好きなんでしょ? でも、私はアキナとの関係を友情でしか語れない。だから、告白の返事としては、付き合うことができない」
「……うん」
「でも、関係は崩したくない。だから、言えなかった。ごめん」
私は首を振る。
「ごめんなさい。私もそんな気がしてた。でも、怖くて、はっきりしたくて、返事の催促を迫ってしまった。ごめんなさい」
二人して、俯いて、黙ってしまった。ナツが隣に座った。
「アキナは、その……やっぱり、私と、その、付き合いたいの?」
「うん」
「即答だね……」
ははは、と乾いた笑みのナツ。私はそれを見て、決意した。
「今、気付いた」
「? なにを?」
「今は友情でも、後に恋愛になるかもしれない」
「え」
「だから、ナツに振り向いて貰えるように、頑張るね!」
ナツが呆れたように、溜息を吐く。でも、どこか、諦めたような、嬉しいような、表情をしていた。
「心配した私が馬鹿だったみたいだね」
「よくよく考えれば、ナツは私のことで悩んでいたんだよね? で、私もナツのことで悩んでいた。つまり、相思相愛ってこと!?」
「ほんと、一緒にいると飽きないなぁ……」
「え?」
ナツが笑う。
「ん、アキナの話だよ」
~~~~~
チョコレートは神の食べ物だった。マヤでは、カカオ豆は神格化され、高級品として嗜まれた。貨幣としての役割を担ったとか。それがヨーロッパへと流れる。最初は薬としてだったが、高級な砂糖を使用することで、貴族の間で流行る。その後、聖職者を誘惑し、断食日を甘美で染めた。新世界の飲み物・食べ物だから、飲食したことにならない、と何とも子供らしい言い訳を添えて。チョコレートは堕落の象徴となった。そして、今でも多くの人を魅了している。
私の心も理性もチョコレートではなかったようだ。私にとってのチョコレートはナツだったのだ。彼女は私を堕落させた。それは幸せな堕落だった。
~~~~~
後日、放課後スイーツ部部室前。
「この時間に、来てくれって言われたけど……ナツは、何か知ってる?」
「さぁ? 私が知る訳ないじゃない」
「そっか……」
部屋の扉を開けると、泣いているアイリがいた。
「え、え、え?」
「アキナちゃん? アキナちゃぁあああん!?」
「何!? どういうこと!?」
カズサとヨシミが後ろにいた。
「あんた、アイリを泣かせたようね」
「ちょっと、面貸しなさい」
ごぉおおおおお、と後ろに炎を生やした、ヨシミとカズサ。逃げ場がない。
「えっと、どういうこと?」
「アキナちゃん! スイーツ部辞めないで!」
? ……!? そう言えば、そう言ったわ!?
「いや! あれは、誤解というか、その、私は、辞めないよ!」
「え? ホント?」
うんうん、と頷く。後ろの二人も落ち着いてきた。そこで、今回起こったことを解説しようとすると、ナツが横から入る。
「アキナ、あれは二人だけの秘密にしない?」
「ナツと秘密!? はい! もちろんです!」
「なに? 具体的に説明してもらわないと、こっちが納得できないんだけど」
「そうよそうよ! アイリを泣かせた償いをさせてやるわ!」
「わ、私は、大丈夫だから、二人とも、落ち着いて!」
「とりあえず、アキナは締めるとして、ナツも一緒にしとこっか?」
「え」
「そうね。ヨシミ、ナツ捕まえて」
「ナツ!」
「アキナ、逃げない」
私はカズサから捕まった。私は助けを求めるために、アイリを見る。アイリは二人を止めようとするが、止まらない二人。そのまま私達は連行されて行く。簀巻きにされていく。ナツを見ると、ナツは達観している顔。
「アキナ」
「なに? ナツ」
「これが終わったら、美味しいスイーツ買ってね」
閲覧、ありがとうございます
ナツ大好きが高じて、お粗末な作品を投稿してしまいました事、申し訳なく思います
けれど、止められんかったんや
このパトスを共有したいと思ってしまったんや
そういう訳で、この作品は、何でも赦せる方向けです。ご了承下さい