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震災が突きつけた二つの大きな教訓

能登半島地震は、日本の防災体制に対し、特に二つの大きな教訓を突きつけた。一つは「孤立化と支援の難しさ」、もう一つは「複合災害への脆弱性」である。

半島部特有の交通網の脆弱性により、発災直後から多くの集落が孤立し、支援物資の搬送や救助活動が大きく阻害された。地理的な制約が、緊急時の人命救助のタイムリミットを厳しくした事実は重く受け止めなければならない。これは、単に道路を復旧させるという話に留まらず、平時から海上輸送や空輸、あるいは地域内での物資備蓄・相互扶助の体制をいかに構築しておくかという、多層的な対策の必要性を物語っている。

地震発生から時を経て、復旧途上の9月には記録的な豪雨による複合災害のリスクも顕在化した。地震による家屋倒壊等の被害に加えて、豪雨による土砂災害や浸水被害によって二重被災を強いられた地域も存在する。私たちは、地震による直接被害だけでなく、その後の気象条件の悪化に伴う二次、三次的な被害をあらかじめ想定し、平時からどのような災害で避難が必要か、避難所の選定、住民の避難行動などが欠かせないことが浮き彫りとなる機会となった。

地震による家屋倒壊があれば避難訓練で活用していた避難路をふさぐこともあり、また在宅避難ができないことに直結する。脆弱な家屋の補強を促すことは、直接死に加えて、発災後の震災(災害)関連死を防ぐ手立てにもなる。最悪のケースを考慮した事前の備えが不可欠であることを再認識する必要がある。

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さらに、家屋倒壊による被害が多かったこと、そして発災後に震災関連死を防げなかった課題については、特に重く受け止めるべきである。地震による圧死や避難生活での体調悪化を防ぐことは、ハード・ソフト両面からの対策の成否にかかっている。

複合災害は、都市部においても決して無縁ではない。それどころか、日本の大都市は東京、大阪、名古屋圏を例にとればわかるように、ゼロメートル地帯の低地部に発達した都市は少なくない。防波堤や堤防が地震で損傷し、現流域の山林が崩れた状態で記録的な豪雨や高潮、また再びの地震や大津波があれば甚大な被害は免れ得ない。最悪ケースを見越した備えが不可欠である。

最後に、能登半島は復興途上にある。宿泊先も、昨年1月末には金沢だったものが3月には七尾市、5月には志賀町、10月には輪島市西部の門前地区と、奥能登側に広がってきた。今年11月の訪問時は、輪島市街、珠洲市内で宿泊できるに至っていた。地域の宿泊施設は、公費解体や復興事業者の宿泊も多かったが、公費解体が終了していく今後は、いっそう観光客の受け入れが重要になっていくだろう。

被災地の支援とは、決して現地でボランティア活動などをすることだけではない。被災地域のものを買う事、ふるさと納税を納める事などのほか、現地に行って宿泊、観光、食事など地域の経済を直接回すことも重要な地域支援となる。それらをSNSで拡散することも被災地の力になる。

能登半島では、X(旧Twitter)で #能登ウマイヨ、#のと活 などのハッシュタグで、能登半島のグルメや名産品、様々な活動や観光などの投稿が日々、タイムラインを賑わわせている。筆者は、そうした投稿を広めることも現代における重要な支援の一つだと考えている。

今後、能登の光景はどんどん変わっていくだろう。被災地だけでなく、美しい景色、おいしい食にも事欠かない。「能登はやさしや土までも」の言葉通り、どこまでも優しい能登の皆様にも出会えるだろう。機会を見つけて、今しか見られない能登の姿を、是非現地に見に行って欲しいと考える。

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