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能登は見捨てられているのか?

一部SNSや報道等で論じられた「能登は見捨てられた」という論調は、筆者が現地で感じる印象とは大きくかけ離れていた。奥能登地域でお話を伺った方からは、就労人口の減少や、住宅単価も高騰した中での生活再建など確かに厳しさは存在していたが、被災者が持つ復旧への強い意志、ボランティアや支援者などの共助の力、そして政府、自治体など関係機関、復旧復興関係の事業者らの多大な尽力が、着実な進捗を支えていることは確かである。

報道等による事例として、昨年12月の時点の取材記事として「復旧の遅れ」を示すものとして挙げられていた港湾部のマンホール突出を例示する。この地点は、今年11月の時点でも手が付けられていなかったが、これは復旧復興の遅れによるものではないと考える。

この突出マンホールが今も残存している原因としては、①十分に広さがある漁港近辺場所にあって、通行や復旧復興の妨げとならないこと、②近隣の橋は通行不能になっており(代替ルート有り)車両の通行がなく訪れる人も少ないこと、③珠洲市の公共下水道事業の変更に伴い、下水道の対象区域から外れ、効率的・経済的な市町村設置型浄化槽設置への転換を進めていること、④在宅避難者には個別浄化槽を設置(出典:国総研HP)など、妨げにならずに必要なケアは取られていることから、優先度が低く残存しているものと考えられる。

 石川県珠洲市宝立町 鵜飼漁港の突出マンホール(横山芳春撮影)
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SNSなどにおける「見捨てられた」論は、実際の復旧復興状態などを無視して行われているものが多かったように感じられる。理由があって解体が進んでいない建物や、上述のような優先度の低い未復旧の地点をあげつらっているケース、政治・政権批判とセットになっているケースなどが目立つように感じられた。万博会期中は「関西万博をしている暇があれば能登を支援しろ」といった一部のSNS投稿も目立っていたが、万博が閉幕して以降は能登への言及も減ったようにみられることも、批判が目的化していたものと筆者には感じられた。

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