「能登は見捨てられた」説に現地から猛反論…被災地で起きている「劇的な変化」と、あえて「復旧しない場所」がある納得の理由

能登半島地震の概要と被害が大きかった原因は?

昨年(2024年)の元日に発生した令和6年能登半島地震の発災から、もうすぐ2年という時間が流れようとしている。その後、同年9月には地震で山野や宅地に被害があった地域に奥能登豪雨が被災地を襲い、「複合災害」という側面も持つ災害となった。

能登半島地震および豪雨災害は、単なる自然災害という枠を超え、日本の国土が抱える地理的・社会的な脆弱性を浮き彫りにした極めて特異な事例であったと言える。能登半島地震から2年を前に、私たちはこの大災害が突きつけた厳しい現実と、そこから得られた教訓を改めて見つめ直す必要がある。

能登半島地震はマグニチュード7.6という規模の地震であったが、熊本地震本震、兵庫県南部地震のマグニチュード7.3と比較すると、放出されたエネルギーは約2.8倍という大地震となる。そのような大地震が半島の直下であったことが、被害の様相を決定づけた。能登半島は、半島に特有の山がちで急峻な地形という条件が特に顕著な地域といえる。

特に奥能登と言われる2市2町(輪島市、珠洲市、能登町、穴水町)では、川沿い、海沿いのわずかな平野部に市街地が集中し、市街地から離れた山間部に多数の集落があるという地理的条件があった。そこに、大きな地震が発生したことが、甚大な被害をもたらした最大の要因の一つであった。

Photo by gettyimages
イメージギャラリーで見る
-AD-

地形的な背景から、限定された道路や、港湾などのインフラは寸断・破壊され、家屋の倒壊や液状化による被害は広範な地域に及んだ。さらに、金沢市などの大都市圏から100km以上と距離が離れているという地理的な制約は、発災後の迅速な支援や復旧・復興活動を著しく困難にする要因となったことは無視できない事実である。

この地震からの教訓は、能登半島のみならず、日本全国に存在する多くの半島地域や地方都市のみならず、都市を含む各地の防災計画に対し、大きな警鐘を鳴らすものである。

おすすめ記事