台湾有事は法的に存立危機事態になり得ない 元内閣法制局長官の警鐘

聞き手 編集委員・豊秀一

 台湾有事をめぐり、高市早苗首相が国会で「(中国による)武力の行使を伴うものであれば、存立危機事態になりうる」と明言し、日中関係が悪化している。こうしたなか、「中国の強硬姿勢に感情的に反発する前に考えなければならない法的問題がある」と元内閣法制局長官の宮崎礼壹さんは言う。しかも、「法的に見て、台湾有事に存立危機事態の成立の余地はないのではないか」と。どういうことなのか、話を聞いた。

 ――存立危機事態をめぐるこの間の議論をどう見ていますか。

 「メディアの報道も野党の追及の仕方にも大きな問題があると思います」

 「『高市早苗首相も正直すぎたが、中国の反発も度を過ぎている』という、外交技術論だけが先行し、台湾有事がそもそも法的に存立危機事態になりうるのか、という最も基本的な議論を飛ばしてしまっている。ひたすら『手の内を明かすことになる』から具体的な検討はやめておくべきだという、空虚で実は危険な論調が氾濫(はんらん)していると感じます。結論を先に申し上げると、安保法制が合憲だと仮定しても、法的に見れば台湾有事に集団的自衛権すなわち存立危機事態が成立する余地はそもそもないのではないでしょうか」

国際法上の前提を欠く集団的自衛権の行使

 ――なぜでしょうか。

 「集団的自衛権の国際法上の根拠規定は国連憲章51条で、いずれかの国連加盟国に対して武力攻撃が発生することが前提条件です。しかし、主要国は台湾を独立国として認めておらず、国連加盟国でもない。加えて、当事国で、安保理常任理事国でもある中国は『一つの中国』を主張し、日本もこれを尊重するとしてきています。つまり、台湾については、集団的自衛権を行使する国際法上の前提条件がないのです」

 「こうした見方に対し、台湾は我が国と密接な関係にある実質的な独立国であるとして、国連憲章を拡大解釈し、台湾からの要請に基づいて集団的自衛権を行使できる、と主張する向きがあるかもしれません。しかし、中国がこれを認めるはずがなく、国連加盟国の多くも台湾独立国説には反対するでしょう。現実的な議論とは思われません」

 「もう一つは、米国が中国から武力攻撃を受けたという理由で、米国が日本に集団的自衛権行使を要請するというシナリオです」

 ――具体的には?

 「巷間(こうかん)言われている典型的な成り行きはこうです。①中国が台湾への武力侵攻に着手する②台湾が米国に武力支援を要請する③これを受けて米国が中国に対し集団的自衛権行使としての武力行使を行う④中国がこれに反撃し、武力紛争が発生する⑤打撃を受けた米国が日本に武力支援を要請してくる、というものです」

 「ですが、今述べたように台湾の対米要請も米国の集団的自衛権発動の理由になり得ないので、米国の対中攻撃に正当性を見いだすことは難しい。言い換えれば、中国の米国に対する武力による反撃も、正当防衛になりこそすれ、国際法上『違法=不正』と決めつけるのは困難です」

 「集団的自衛権にせよ、個別的自衛権にせよ、武力行使が認められるのは『急迫かつ不正な』武力攻撃を受けている場合に限定されているからです。そうすると、米国が日本に集団的自衛権の発動を求めてきたとしても、『米国が他から不正な武力攻撃を受けたから』とはいえないのですから、日本が集団的自衛権を理由に中国に対し武力行使することは、国際法上根拠を欠き違法ということになるはずです」

 「『急迫性』の要件にも疑問が生じます。米国は、台湾侵攻の着手なり兆しがあったらこれを阻止するため遅滞なく中国に対し武力制裁を加えるため、つまり中国との武力衝突にいたる可能性を重々承知の上で中国の『庭先』に戦力を展開するわけでしょう」

 「中国との間に戦端が開かれたという場合に、米国に国際法上の正当防衛を主張するための『急迫性』を認めるのは難しいのではないでしょうか。そうだとすれば、この点だけでも、米国の日本に対する集団的自衛権発動要請には条件の欠落があり、言い換えれば存立危機事態認定の前提を欠き、我が国がこれに応じて武力行使を行う国際法上の権利は生じないということになるはずです」

対中武力攻撃の行き着く先は戦争

 ――万一、米国の要請を受けて日本が存立危機事態を認定し、集団的自衛権の行使に踏み切ったら、どうなると思いますか。

 「中国の日本への軍事的反撃は避けがたいでしょう。さて、その場合の日本は、いまや個別的自衛権を援用し、専守防衛の正当な戦いであるとして道徳的に国民を鼓舞し、世界に訴えることができるかといえば、無理でしょう。なぜなら、米中が戦闘状態にあるとき日本が中国に攻撃すれば、中国からすると先に武力行使をしたのは日本となります。法的根拠を欠いた米国の要請にもとづく対中武力行使の行き着く先は、かつて侵略した中国と再度、正当性のない、地獄の戦争を続けるという事態に至ることを意味するといわなければなりません」

 「ですから、きちんと法的問題に向き合い、できないことはできないとはっきりさせておくのでなければ、まさに国を誤る、と危惧しています」

宮崎礼壹さん

 みやざき・れいいち 1945年生まれ。2006年から10年まで内閣法制局長官。15年6月、衆院特別委員会の参考人質疑で、安保関連法案について「憲法9条に違反し、速やかに撤回されるべきだ」と批判した。

存立危機事態

我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態をいう。

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