モラハラ男の可視化とユーモラスさのバランスが鍵
火曜ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(以下、『あんたが』)は、今期を代表する話題作として、盛り上がりをみせている。主人公である鮎美(夏帆)が、いまだに古いジェンダー観を持っている勝男(竹内涼真)に対し、別れを切り出すことで物語が動き出す本作。その切り口の鮮やかさ、コメディタッチでありながら現代のジェンダーギャップに鋭く切り込む姿勢は、多くの視聴者の共感を集めている。
勝男は家事労働は当然女性がするものであり、男性自身はそんな女性の行動を審査・評価する立場にあると思っている。無自覚なモラハラ男に分類していいタイプだろう。「謝らないで、これは鮎美がもっと上を目指すためのアドバイス」は強烈なパンチラインだ。失恋を機に自分のダメなところを知り、弱さを見せ、戸惑い、失敗を重ねる姿はどこかユーモラスで、思わず応援したくなる。そんな彼の成長描写もまた、物語の推進力となっている。
元カレ勝男を“たてる”物語になっていないか?
本作は絶賛に値する作品であることに間違いない。一方でモヤモヤを感じてしまう部分もある。それは物語の焦点が鮎美の解放や自立よりも、元カレである勝男の意識のアップデートへと次第にシフトしていく点。歯切れの良いタイトルから「フェミニズムドラマ」としての期待を背負いながらも、結局は勝男が家事の苦労を理解し、“いい理解者”へと変貌を遂げるプロセスがハイライトにされがちだと感じる。
鮎美が提供した「作ってみろよ」という機会は結果的に勝男の自己肯定感を満たし、最終的に“理解ある男性”という、依然として優位で中心的な位置に彼を据え直す装置として機能していないだろうか。彼の挫折や頑張りがコメディタッチで楽しく描かれ好感度が上がる裏で、鮎美の女性としての生きづらさの根源、主に家父長制によって内面化された規範や社会的な苦悩がどこか背景として追いやられてしまうことに、もどかしさを感じてしまう。
たとえば第7話。勝男と鮎美の両家が揃う場で、娘の鮎美のことを「どうしようもない子」と繰り返す鮎美母に対し、異論を唱えるのは鮎美本人ではなく勝男だ。“守る男”と“守られる女”。勝男の感極まる表情と言葉は愛に溢れ、視聴者の心を鷲掴みにした。まるで、不良が雨の日に捨て猫に傘をさしてあげているところを目撃したみたいに、序盤の悪いイメージと垣間見えた優しい行動とのギャップに、人は意外な魅力や人間味を感じてしまう。もちろん、モラハラ男をチャーミングに魅せる、竹内涼真の身体性や表現力はさすがの一言に尽きるのだが。
“マイルドさ”に頼りがちな日本エンタメの潮流
この『あんたが』に見られる“マイルドさ”は今期の他作品にも共通しており、現在の国内エンタメシーンの大きな潮流を象徴しているように思う。例えば今期の『ひらやすみ』や『小さい頃は、神様がいて』といった作品群も、穏やかな日常やグルメ、あるいはノスタルジーといった要素を織り交ぜながら、遠回しに既存の性役割や家族のあり方に疑問を呈してくれている。男性陣の号泣シーンがあることも共通点。これは「男は泣いてはいけない」という男性に向けられたジェンダーバイアスを否定する描写だ。
登場人物たちは性別や年齢に縛られない生き方を模索するが、そのプロセスは極めて静かで、カタルシスよりもどちらかというと「癒やし」を提供している節がある。韓国ドラマや欧米のエンターテインメントでは、性暴力や権力構造を背景に、男性を加害者として明確に描き、社会構造そのものに鋭くメスを入れる作品が少なくない。もちろん、NHK『虎に翼』やWOWOWの『フェンス』、テレビ東京『SHUT UP』など骨太な作品も存在はする。しかし日本のエンタメにおいて、こういった「男性をわかりやすく加害者とする」作品は、視聴率やスポンサーへの配慮、あるいは国民性といった要因からか、生まれづらい土壌があるのが現状だ。
みんなのための配慮で透明化される当事者の視点
なぜ日本のフェミニズム作品は、“マイルドさ”を不可欠としてしまうのか。理由のひとつは、分断への恐れだろう。直接的な批判は(主に男性)視聴者の反発を招き、「炎上」や「視聴層の分断」を招くリスクが出てくる。しかしグルメやコメディ、家族愛といった要素を濾過装置として加えることで「これは誰も傷つけない普遍的な物語ですよ」という免罪符となり、より広い視聴層に受け入れられやすくなる。
もうひとつは、調和を重んじる文化だ。『あんたが』が目指しているのも、対立ではなく「よりよいバランスへの着地」だろう。勝男との“相互理解”を物語の希望的なゴールにすることで、社会構造への根本的な問いかけは抑制され、穏やかな解決が優先される。結果として男性中心社会への構造的な批判は、個人間の「理解」や「意識の改善」という穏便な枠組みに収束。性別や立場関係なく「みんなつらい」は充分わかるが、それを強調しすぎると本来の当事者の視点が見えづらくなる。全方位への配慮ゆえにテーマがぼやける問題を、近年のドラマは孕んでいるように思う。
フェミニズムドラマの未来図を考えてみる
『あんたが』は性役割への疑問をポップな形で提示したという意味で、確実に社会を一歩前進させうる作品だ。同作の作者・谷口菜津子原作のドラマといえば『今夜すき焼きだよ』もジェンダーロールへの違和感が描かれた良作だが、それが深夜ドラマだったことを思うと、今作がプライムタイムで多くの人にリーチできたことは本当によろこばしい。しかし、真にエンパワメントをもたらす作品を求めるなら、今後は“マイルド”の先へと踏み出す勇気も必要になってくる。
ただ理解し合うだけでなく、女性がキャリアや自己実現を真に掴み取る物語。あるいは、男性が“理解ある人”という優位な立場を降り、構造的な不均衡に対して加害者意識を持つことを恐れない物語。視聴者を癒やすことだけでなく、あえて不快感を与え、社会の現状に揺さぶりをかける作品こそが、これからの日本のエンタメが目指すべきフロンティアだと思う。
疲れて家に帰ってきて、重い話は観たくないという人もいるだろう。でも、フェミニズムを重いと捉えることこそ間違い! だってそれは社会の話であり、あなたの話なのだから。『あんたが』が示した問いかけは、日本のエンタメが次のフェーズへ進むための「通過儀礼」だと捉える。2026年以降も、本当の意味でジェンダー規範を打ち破る大胆で刺激的な作品に出合えることを期待したい。
火曜ドラマ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』
URL/https://www.tbs.co.jp/antaga_tbs/
Photos: ©︎TBSスパークル/TBS Text: Daisuke Watanuki Editor: Nanami Kobayashi
READ MORE
- トランスジェンダー、当事者が演じる意義──映画『ブルーボーイ事件』が投げかける“問い”とは【MY VIEW|飯塚花笑】
- 『あんぱん』が描くのは戦争のリアル。終戦80年の今、のぶと嵩の視点から捉える“正義”とは【終戦の日 2025】
- 映画『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』イ・オニ監督に訊く──「世界が変わってほしいと望む人々に希望を伝えたかった」【プライド月間 2025】
- Netflixシリーズ「阿修羅のごとく」が捉える女性の怒り。時代を経て今リメイクされる意義とは
- 「虎に翼」を徹底考察。女性、朝鮮人、障害者、同性愛者──“私たちの地獄”を描いてくれた物語
- Netflixシリーズ「極悪女王」が女性たちに刺さる理由──「女子プロは自分らしさを肯定できるサンクチュアリ」
- Vogueエディターおすすめ記事が届く── ニュースレターに登録