歌舞伎俳優の松本幸四郎と中村隼人が11月26日、「壽(ことぶき) 初春大歌舞伎」(1月2~25日、東京・歌舞伎座)の「女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)」取材会に出席した。
「女殺油地獄」は夜の部の演目で、歌舞伎座では2009年6月に片岡仁左衛門が「一世一代」で演じて以来。作者は江戸時代前期から中期にかけて活躍した近松門左衛門で、実際に起きた事件を元にした作品だ。
大阪・天満(てんま)の油屋河内屋の放蕩(ほうとう)息子・与兵衛が主人公で、遊びほうけて借金が重なり、ついに勘当されてしまう。金がなく、切羽詰まった与兵衛は、何かと親切にしてくれた同じ油屋豊嶋屋(てしまや)の女房・お吉に金の無心をするもうまく行かず、油まみれになりながらお吉を惨殺する、という世話物の傑作だ。今回、河内屋与兵衛を松本幸四郎(Aプロ)と中村隼人(Bプロ)が、豊嶋屋お吉を坂東新悟(Aプロ)と中村米吉(Bプロ)が勤める。
会見冒頭、隼人は意気込みをこう語った。
「女殺油地獄は昨年3月、南座花形歌舞伎で初役として仁左衛門のおじさまに教えていただいた上で勤めて、こんなに早く再演させていただけるとは思ってもみませんでした。この役は、仁左衛門のおじさまはもちろん、幸四郎兄さんのル テアトル銀座での公演を観(み)て憧れ、『いつかは』と思っていました。幸四郎さんとダブルでさせていただけるのは本当に光栄ですし、うれしい反面、恐縮や不安など、いろんな気持ちがあります。最近は(「鬼平犯科帳」の)長谷川平蔵など、幸四郎さんと同じ役をやることが多いのですが、違った良さのある与兵衛ができるようにしたいと思っています。いろいろとアドバイスをうかがい、盗めるものは一つでも多く盗んで1月を迎えたいと思います」(隼人)
隼人は幸四郎演じる与兵衛のどんなところに惹(ひ)かれたかを問われ、こう答えた。
「今回の歌舞伎座ではお吉を殺した後、与兵衛は花道に引っ込んで終わりなんですけど、あの時は最後に客席に登場されたんですね。凄惨(せいさん)な事件を起こした男が、何事もなかったかのように出てきて過ごしているんですよ。そこにすごい狂気を感じましたし、捕まって縄をつけられてちょっと薄笑いを浮かべていました。観る人によって色々な解釈を与えたお兄さんの姿を観て、僕もいつかはやってみたいと思いました」(隼人)
それを聞いた幸四郎は、どういう気持ちで演じていたかを振り返った。
「最後は捕まるんですけど、『自分の中にある悪がこういうことをしたんだ』というセリフを、その時の僕は全く他人事(ひとごと)に感じて、捕まったことに悪気が全くない男だなと思って、そう演じました。今回は殺しで終わるわけですけど、そのあとどうなるかっていうことを感じてもらえるようにしたいです。あと、山城屋のおじさま(四代目坂田藤十郎)が映画でやられたものも興味深かったです。与兵衛が勘当され、金がなくなったので、お吉のところに金を借りに行くわけですが、自分の家から見える距離なんですよね。近所で全部済ませるという不思議な男で、そんなことも感じられる生活感があるんです。これはいろんな解釈ができる面白い芝居です」(幸四郎)
幸四郎の話を聞いていた隼人は「ありがとうございます。僕がメモりたいくらい」。幸四郎は2001年6月博多座での初役以来、今回で6度目となる。今回はどのように演じるつもりなのだろうか?
「与兵衛は、本能のまま生きられる男という風に解釈していて、ある意味、フィクションの中でしか生きられない。踏み込んではいけない世界に踏み込んでいる男だと思います。それに何をやるにも100%本気。噓(うそ)をつくのも、遊ぶのも本気。それが与兵衛だと思っていますので、そこを精いっぱい勤めたいと思っています。与兵衛は仁左衛門のおじさまご自身が作られたと言ってもいいくらい。『自分なりの与兵衛を作ったら』とおっしゃっていただいたことがありましたので、それを目指すのがおじさまへの恩返しでもあり、いろんな発見をして臨みたいと思っています」(幸四郎)
隼人は、与兵衛という人物や、この演目自体が現代に通ずるものがあると感じているという。
「現代でもこういう突発的な事件はありますし、若者の心の葛藤、苦悩みたいなものは通ずるものがあると思います。(仁左衛門の)おじさまがよく言っていたのは、お吉と与兵衛は恋仲ではないということ。 何も知らないお客様はどちらかに気があるように見えてしまうかもしれないんですけども、あくまでもそうじゃないよと。僕自身は、この人物は複雑な家庭環境に育った、甘ったれた、でもプライドが高い男だと思っています。親には甘えたいけど甘えられない不器用さや若さゆえに非情な事件を起こしてしまう。歌舞伎的な要素を大事にしつつも、そんなところをお客様の心に届けられるように意識してやってみたいと思っています」(隼人)
仁左衛門から教わった「美しさ」
この演目は仁左衛門にとっての出世作であり代表作。見せ場はなんといっても、油屋での凄惨な殺しの現場だ。仁左衛門が与兵衛を演じていた時、「(殺しが)だんだん楽しくなっていくのが与兵衛の心理」と語ったという。
「ぶるぶる震えながら、相手を見ずに突っ走っていくところから始まるのですが、それからだんだん、だんだん気持ちが変化して、逆に快楽を感じるようになっていきます」(幸四郎)
「歌舞伎が特殊な演劇だと思うのが、人殺しの場面でも拍手が起こること。だからこそ、様式美的にも殺しの場を美しく見せたい。おじさまには、『あくまでも歌舞伎だから、型は美しく、音に当てて、でもそれをお客様にはわからせないように』と常日頃から言われているので、そこは意識していきたいですね」(隼人)
幸四郎も仁左衛門から、「美しさ」についていろいろと教えられたという。
「柱に寄りかかって腕組んで立っている姿も、お母さんにうるさく言われている時にうつぶせになってあごに手を当てている時の手の角度も、お吉を切ろうとして尻餅をついた時もきれいに見えないと、ということは言われていたので、緻密(ちみつ)に与兵衛を作り上げられていたんだなと。おじさま演じる与兵衛が素敵に見えるのも、すごく分解して研究して作られたものだということを感じましたね」(幸四郎)
また、隼人は、仁左衛門から「お客様に嫌われてはいけない」ということを言われたと明かす。
「仁左衛門のおじさまが、河内屋与兵衛という役をほっとけない男に変えたと思うんですね。借金を作ってきても、与兵衛が泥まみれになっているのを見たお吉が、『しょうがないな』って思わせるような。親に暴力を振るって勘当されても、そのあとの寂しい表情、親に謝ったほうがいいかなというところをお客様が見て、かわいいとこもあるじゃん、という憎めなさがある。ただの憎い奴(やつ)になっちゃうと作品が成立しなくなる。手を差し伸べたくなるような与兵衛でいたいと思っています」(隼人)
幸四郎は「チャーミング」
隼人は、幸四郎のことを「チャーミングな人」と評する。
「ずっと少年の心を持っている役者さんだなと思っていて、心に関しては年々若返っているんじゃないか。僕自身が今後やりたいお役を結構なさっていて、自分でできない役という制限を設けていない方だなと。荒事でも二枚目でも女方(おんながた)でもなんでもやる先輩ってあまりいないんですよね。歌舞伎役者として生まれた家や、自分が置かれている場所を考えていくと、この役はやらないかなとか、どんどん自分で狭めていっちゃうんですよね。お兄さんはそれをしない方なので、後輩としては勉強になるし、ピーター・パンのような童心は見習いたいです」(隼人)
今年も残りわずか。二人は1年をどう振り返り、新年をどう迎えるのか。
「今年は、自分がやったことのある役を教えるということがありましたので、これからはとにかく人にしっかりと教えられるようにたくさん勉強をしていくことが、来年の大きな課題だと思っています」(幸四郎)
「今が当たり前じゃないということを常に心に持つということですね。慢心せず、ひたむきに努力し、お客様のことも考え、先輩たちがやってきたことを少しでも自分に吸収できるように。たぶん若手一同が思っていることだと思いますが、危機感も忘れずにやっていきたいと思っています」(隼人)
写真提供=松竹
■「壽 初春大歌舞伎」
歌舞伎座(東京都中央区銀座4-12-15)
2026年1月2日(金)~25日(日)
昼の部(11:00開演) 「當午歳歌舞伎賑(あたるうまどしかぶきのにぎわい) 正札附根元草摺 萬歳 木挽の闇爭」、「蜘蛛絲梓弦(くものいとあずさのゆみはり)」、「実盛物語(さねもりものがたり)」
夜の部(16:15開演) 「女暫(おんなしばらく)」、「鬼次拍子舞(おにじひょうしまい)」、「女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)」※Aプロ(1月2・4・6・8・11・13・15・17・21・23・25日)、Bプロ(1月3・5・7・10・12・14・16・18・20・22・24日)