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Conversation

ワーク・ライフ・バランスの専門家です。某社取締役の「ワークライフバランスって言ってるやつで優秀なやつ1人も見た事がない」発言が話題ですね。今日は「ブラック労働礼賛派」の私が、個人的な信念とは真逆の「ワーク・ライフ・バランス推進」を訴え続けている理由についてご説明しますね。 私自身、社会人人生の始まりは急成長中のベンチャー(ブラック)企業であり、現在は企業経営者ですから、「ハードワークの先に成長がある」という考えには共感できます。しかしそれでも私は「ワーク・ライフ・バランス推進は、企業がこれからの時代を生き抜いていくために必須だ!」と啓発し続けているのです。 その理由は、「もっと働かせろ!」「休みなんて要らない!」「コンプライアンスなんて迷惑!」と叫ぶ人たちは、おしなべて「少数派の強者」であり、かつ「自らの強さに無自覚」だから。 彼らは日々プレッシャーに晒される創業経営者であったり、厳しい環境の中で競争に勝ち抜いてきた選りすぐりのエリートだったりします。そういった人たちは往々にして体力オバケであり、ストレス耐性が高く、プレッシャーをプレッシャーとも感じません。多少厳しい局面でもそれを楽しみ、成長のチャンスとさえ捉えられたりもするでしょう。そういったタイプの人は、組織の中では明らかにレアな存在なんです。よく言えば「超人」、悪く言えば「変態」といったところですね。 しかし、世の中はそんな人ばかりではありません。というより、世の中の働く人の圧倒的多数は真逆のタイプです。日々の生活の糧を得るために仕方なく仕事をしているのであり、大過なく過ごして月々の給料を得られればそれで充分。当然、長時間労働やプレッシャーなんてないほうがいいし、自己成長や組織貢献などと言われても迷惑な話で、そんなものに日々晒されるくらいなら辞めてやる、といった反応こそが当たり前なのです。 「血と汗と涙を流せ!」「ワーク・ライフ・バランスなんてただの怠惰!」と叫ぶ人の陰では、人知れずハードワークやプレッシャーに打ち勝てず第一線から退いてしまった人は大勢いるわけで、長時間労働でさえなければ、また厳しいプレッシャーやハラスメントがなければ、そういった人たちも働き続けることができたかもしれないのです。 私は「厳しい環境で揉まれたからこそ今がある」と信じる派である一方で、「たまたま生き残ってこれただけ」という感覚もまた強く持っています。「生き残れた人」や「成功した人」だけの視点で、全体像を理解せずに「働き方改革なんて迷惑だ!」などと結論を出してしまうのは文字通りの「生存者バイアス」であり、我が国の持続可能な発展にあたっては迷惑でしかありません。 ご存知のとおり、我が国では急速に労働人口が減少しています。私と同い年、1976年(昭和51年)生まれの人は約180万人いましたが、今年の新入社員にあたる2003年(平成15年)生まれは約112万人。すでにこの時点で、今の若者は我々世代よりも1.6倍の希少価値があるといえるのです。さらには先般報道があったとおり、2024年の出生数は約68万人。この子たちが新入社員になる頃、希少価値は我々世代の2.6倍に跳ね上がることになります。 「若い働き手」というだけで希少価値を持つような時代において、労働時間規制に反発し、「もっと働かせろ!」と要求するようなレア人材は極めて少数派となり、壮絶な争奪戦となることは間違いありません。世の中の大多数を占める中小企業には到底採用できないでしょう。 人手不足が深刻化し、求人企業と求職者間のパワーバランスが逆転することが確実となった今だからこそ、「ストレスやプレッシャーに弱い人」でも、「育児や介護・看護などの事情があってどうしても残業できない人」でも、第一線の戦力となって働いてもらえるようにするために、「働き方改革」と「ワーク・ライフ・バランス推進」は必要不可欠なのです。 働き方改革とは、単に休みを増やし、残業を無くして「ヌルい環境」にするための福利厚生的な取り組みではありません。組織内の不合理な仕組みを見直し、仕事のムリ・ムラ・ムダをなくし、残業をゼロにし、ハラスメントを撲滅することで、さまざまな制限条件を持った人にも活躍してもらう環境を整備することにより、「人口減少社会を生き抜いていくための、攻めの経営戦略」なのですから。 (もちろん、労働環境に配慮する対象はあくまで「雇用されている従業員」=労働者です。労基法適用外の経営者と取締役、そして国会議員の皆さんは、ともにワーク・ライフ・バランスを捨て、ブラック労働に勤しみましょう!)
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