終活への雑感(17) 昔の話と今
心が傷むと身体にまで影響がでることを、久々に痛感している。
ベッドで横になっても、なかなか眠ることもできず、そんなときは、過去のさまざまなことが過るものだ。
昔、20数年前、ネット上で些細なことを切っ掛けに、5年間に渡って誹謗中傷・罵詈雑言をほぼ毎日のように、その方は自らのブログに書き続けた。そのほとんどが自己流の解釈による虚言・虚偽・妄言であった。
そんなある日、その牧師はある記事を書いた。それは、彼のもとに届いた「メール」をそのまま掲載して、私を誹謗するものであった。「2チャンネル」でよく使われていた「通りすがり」という匿名の方によるメールで、私の個人情報を含めた虚偽の暴露内容であった。
当時は今ほどネットにおける個人情報や誹謗中傷に関する法整備が進んでいなかったが、それでも個人宛のメールを、しかも他者の個人情報を含めた虚偽の内容をそのままに「公開」するという暴挙は、さすがに許しがたく、私はプロバイダー責任法に則って通告した。
また、その牧師は、私が自分のブログに書いた記事をそのまま無断転載して自らのブログに掲載し、さらに誹謗する感想まで書き添え、「(私の名前)語録」と題して、シリーズのように書き続けてもいた。明らかな著作権法違反である。
その結果、その牧師はプロバイダーより“警告”を受けるに至り、結局は自らそのプロバイダーを辞めて、他社に乗り換えた。
確かに、個人宛の「メール」を無断で「公開」することは、法律的には著作権法違反、個人情報の漏洩などに抵触する行為である。彼は、その「通りすがり」が私の個人情報を書いたことで、一面識もない私の一端を手に入れたと思い込み、その「メール」(ほとんど虚偽の悪意的な内容)を晒すことで、自己正当化を図り、私を攻撃したのだと思う。
そこまでして、私を貶めたい理由は何であろうか。私に対する腹癒せか報復か。意趣返しなのか。
それほどの憎しみ、怒り、恨みを買ってしまったのかもしれない。人の感情の琴線に触れてしまったのかもしれない。そう考えれば、配慮に欠けていたのかもしれない。
前回、<連絡ー「本件」に関するお詫びとお知らせ>を書いたが、未だに真意が伝わりきれていないことを残念に思う。まだ私が気づいていない遺恨が残存しているのかもしれない。まだ怒りや憤りが収まっていない方もおられるのだろう。人の憎しみや怒りが謝罪くらいで収まるはずもないことは重々承知しているが、私にはこれ以上のことはできない。
あらためて謝罪と「本件」からの完全撤退を表明させてもらいたい。
3 「本件」に関するすべての記事およびコメントを削除しました。
直近の数回は残していますが、これも数日中に削除します。
スクショ等で保存されている場合であっても、個人的な「コメント」および「メッセージ」も含めて、私の許可なく“無断転載”を固く禁じさせていただきます。私にとっては「創作物」と考えています。また、個人に宛てた「メッセージ」を「公開」することは、個人情報の漏洩にあたると考えています。
4 今後、記事およびコメントにおいて、撤退・休会・退会した他者に対する非難行為については厳に慎んでいただくようお願いいたします。私も含めて彼らも、深く傷ついている。
もちろん、傷つけた相手のことを思っていないわけではなく、それゆえに謝罪をし、反省もしている。
それでもなお、「本件」に関係する如何なることに対しても関与しないと言明し実行している者に対して、さらに、その背に石を投げるような行為は、モラルに反する卑劣な行為と私は思う。
燻り続ける不満ややり場のない憤りがわからないわけでもない。後ろ足で砂をかけた人間との謗りは甘受する覚悟ではあるが、謝罪し、反省を表明した人間に対して、それさえも許さず、なおも意趣返しのような追撃をすることは、同じ人間として慎んでいただければとお願いいたします。
まだまだ十分な謝罪とは認めてもらえないかもしれないが、顔の見えないネット上のこと、言葉でしか意を伝えることができないことをご理解いただきますようお願いいたします。
最後に、コメントにはお応えできないことを、ご容赦いただきますようお願いいたします。
実名において記事を書き、コメントすることのデメリットは計り知れません。それだけのリスクを覚悟して書いています。責任を回避できないがゆえに、その反動の大きさは自らに返ってきます。そうした人間の謝罪、決して軽くはないと受けとめていただければ幸いです。
私が自らの体調と病気を軽率にも書いてしまったこと、迂闊であったと反省しています。逆に、幾人かの方にご心配をおかけてしまうことになり、申し訳なく思っています。
すみません。
これも自らが招いた自業自得と甘受しています。
乱文乱調な文章、お許しください。
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部落史・ハンセン病問題・人権問題は終生のライフワークと思っています。埋没させてはいけない貴重な史資料を残すことは責務と思っています。そのために善意を活用させてもらい、公開していきたいと考えています。


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