【推しの子】の愛と嘘#9 ~アクアはなぜ死ななければならなかったのか?⑦~
【ネタバレ厳重注意】
※原作漫画全16巻読了されていることを前提にしています。
❸アクアはなぜ死ななければならなかったのか(7)
★アクアはなぜ苦しんで死んだのか
本作の評判をSNSで見ていると、ラスト近くで突如、反転アンチが大量発生していることがわかる。
気に入らないことがあるからといって作者の誹謗中傷まで始める神経は全く理解できないが、ショックを受ける気持ちはわからないでもない。
確かに、アクアが苦しんで死ぬ様を4ページにも渡って描写する残酷さには衝撃を受けたし、これだけ多くの登場人物に影響を与えたアクアへの感謝が何一つ語られぬまま終わったことで、消化不良感があったのも事実だ。
なぜ作者がラストをあんなふうにしたのか、その考察を以てこの章を終えることとしたい。
この記事を読んだ方のモヤモヤが少しでも解消されることを願う。
とはいうものの、漫画を書いたことのない私に作者の考えが簡単に見通せるわけではない。
何度も繰り返し読んでいるうちに、作中にヒントを見つけたのである。
それは、映画『15年の嘘』の脚本執筆中、恋愛パートの描き方に煮詰まったアクアが、漫画家・吉祥寺頼子と鮫島アビ子に相談するシーンだ。
★物語を描くということ
二人は忙しい中、二つ返事で相談を引き受ける。
ノリノリで脚本に手を入れ始めた吉祥寺とアビ子は、神木ヒカル(アクア)とアイ(ルビー)のキスシーンを「長くて強め」にしようと言い出す。
「あの••••••できればほっぺにキスくらいにできませんか? それ演じるの俺なんですよ」
アクアはおずおず申し出るが、二人はそれを即座に却下。
吉祥寺はいう。
「君は作家として、多くの人の秘密を暴いて、それで結果的に金儲けをしようとしている」
「自分だけ安全圏なんて絶対に許されない」
だからアクア自ら率先してやりたくないことをやるべきということらしい。
重要なのは、その次の吉祥寺のセリフだ。
そこには、図らずも作者の物語作家としての矜持が現れていた。
当然ながら、このセリフは作者が常日頃考えていることだからこそ、吉祥寺に言わせることができたものだ。
ラストの後味の悪さの理由が、まさにそこに示されている気がする。
『【推しの子】』は大ヒット作品だ。
連載中からメディアミックスが展開され、社会現象にまでなっている。
影響力は極めて大きい。
もしアクアが苦しまずに死んでいたら、どうなっていただろうか。
アクアに感情移入するあまり、アクアのように憎い人物を道連れにして死のうとする若者が現れなかった保証はない。
ーーというか、きっと現れていただろう。
これは18世紀からある普遍的な現象だからだ。
ゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』が出版されたあと、失恋を苦にして自死した主人公に影響され、主人公と同じ服を着、同じ方法で自死する若者が相次いだという。
こうした現象は「ウェルテル効果」と呼ばれ、現代の日本でもテレビドラマなどの影響でしばしば同じことが起きている。
また、作中でアクアへの感謝が余すことなく描かれていたらどうなっていただろうか。
アクアに共感するあまり、死んだあと称賛されるのではないかと勘違いして独善的な犯罪に走る者が出ていたとしてもおかしくない。
つまり、どんな理由があろうと復讐のために人を殺めたキャラクターを美化することは、そういった後追い犯罪の背中を押すことになりかねないのだ。
ショッキングな事件が大きく報道され社会問題になるたび、模倣犯が雨後の筍のように湧いて出る現代。
万一、【推しの子】が個人的な怒りを理由とした犯罪の正当化に利用され、後々大きな事件や社会問題にでも繋がった場合、それこそ読者への裏切りになってしまう。
もちろん作者とて、4年半もの長きにわたって見守り続けたキャラクターの死を無下に扱いたいなどとは決して思ってはいまい。
それは吉祥寺やアビ子の次のようなセリフによく現れている。
ここには、間違いなく作者の本音が反映されているはずだ。
第155話「ハッピーエンド」や、第157話「何にもない日、素敵な日」からは作者のアクアへのねぎらいの気持ちが伝わってくるし、第164話「終幕」での苦しんだ後のアクアの安らかな死に顔からは、作者の本音と複雑な胸中が垣間見える。
それでもアクアがあのような決断をした以上、物語を描く者の責任として、作者は心を鬼にしてああいう描き方をするしかなかったのではないだろうか。
アクアが生まれ変わったのは妹を守るため、つまり愛のため。
どんな理由があろうと、復讐殺人はいけない。
そして簡単に死を選んではいけない。
ーーそれが作者、いやアクアからのメッセージなのだ。
アクアは身をもってそれを示してくれているのだ。
★傷移しの人生
アクアとかなが共演した吉祥寺頼子原作のドラマ『今日は甘口で』。
アクアはヒロインかなの涙が際立つよう闇を見事に演出し、ドラマ最終回を成功に導いた。
最終話まで読み終えた今、このドラマを改めて振り返ってみると、アクアが闇落ちすることによってヒロインの光が強く印象づけられるという構図は、のちのアクアとルビーの関係にそのまま重なってくる。
アクアは神木を殺害することで闇落ちしたが、それによってルビーはなんの心配もなくアイドルとして光を放つことができている。
もしかしたら第2巻で登場したドラマの内容が、既に作品の結末を暗示していたのかもしれない。
鮫島アビ子原作の2.5次元舞台『東京ブレイド』になると、さらに深い意味を読み取ることができる。
「傷移しの鞘」は、自分の傷を配下に移し替えることができる支配者の力。
鞘姫はその力を、仲間や敵の傷を自分に移し替えることに使っており、失血過多で倒れてしまうーー。
これも今改めて考えると、鞘姫の行動がアクアに重なって見えてくるのだ。
かなが週刊誌に写真を撮られたとき、アクアは自分たちの記事をバーターにして、かなの記事を揉み消した。
あかねが炎上した時は、あかねの命を救い、熱を出しながら編集した動画であかねの名誉を回復した。
自分自身はトラウマに苦しみながらも、前世で愛に恵まれなかったルビーに愛情を注ぎ続け、アイドルとしての活躍のお膳立てをして自らはトラウマに殉じて死んでいった。
ーーまるで、仲間の傷を自分に移し替えた鞘姫のように。
もしかしたら『東京ブレイド』の「傷移しの鞘」のエピソードは、アクアの人生そのものを暗示していたのかもしれない。
だとするとアクアの悲惨な最期を、こう解釈することはできないだろうか。
アクアは自分の後追いをする人たちによって生み出される傷を、あらかじめ自分に移し替え、その傷を引き受けて苦しんでくれていたのだとーー。
お人好しにもほどがあるーー。
あかねの言う通り、アクアは道を間違えた。
ただそのなかでもアクアは、最後の最後まで星野アクアであり続けたのだ。
(❸アクアはなぜ死ななければならなかったのか 終わり)
引用:【推しの子】/赤坂アカ・横槍メンゴ 集英社
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回を追って全て拝見させていただきました。 素敵でしっかり納得出来る考察をありがとうございます。 私は原作を何度も読んで、 「アクア(の行動)はまるで(無欠の救世主として描かれる)キリストのようだ」と感じていました。本当に作中の全ての因果や妄念を一身に引き受けて逝ったように見えました…
揺鴉さん こちらこそ丁寧なコメントをありがとうございます! 本稿が【推しの子】の深く緻密な作品世界を味わい直す一助になれば何よりです。 #0から通してお読みいただいたようで、本当に感激しています。
作者はそこまで考えていないと思いますが、素晴らしい考察でした。 あなたの記事を読んで初めて、私の中で推しの子という作品が完結したと感じます。
コメントありがとうございます。 最高のお言葉をいただき、とても嬉しいです。 まさにそのために書いています。 仕事の傍ら結構苦労しながら書いておりますので、報われた思いです。