星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~


 

第一話 ハイネセンに生まれて

 今でもずっと疑問に思っている。
何故俺はハイネセンにいるのだろうか。何故俺は、ヤマト・ウィンチェスターとして育っているのか。

 未だに現実世界での三十年の記憶は残っているし、この世界で過ごした十四年の記憶も現実にある。
銀河英雄伝説、いわゆる銀英伝が好きすぎてこうなってしまったのか…。それとも夢なのか。
まあ、自由惑星同盟の一市民として人生を送るのも悪くない、現実の世界では俺は歴オタだったから、原作では語られる事の少なかった人類の宇宙進出から現在までの歴史を学んで、歴史の先生にでもなろうと思っていたんだけど…そうは問屋が卸さなかった。



宇宙暦783年5月7日、ハイネセン、ラクーンシティ
 

 親父が死んだ。銀河帝国と百五十年も戦争が続いている状況だ、もれなくという訳ではないけど親父も当然のごとく同盟軍に入隊した。爺ちゃんも、ひい爺ちゃんも同じく同盟軍人だった。
これだけ聞くと立派な軍人の家系、ということになるけど、なんの事はない、ご先祖様が軍人になったのも軍隊が安定した就職先だったからだ。
もちろん、親父も安定した就職先として軍隊に入ったようだ。
ひい爺ちゃんは准尉で定年、爺ちゃんは二階級特進の中尉としてこの世を去った。親父は…どうなるんだろう?




783年5月14日、ハイネセン、ラクーンシティ、ラクーンジュニアハイスクール


 「ウィンチェスター君、この先の進路なんだが、どうするつもりかな?」
まだ一学期だけど今日は三者面談の日だ。通常は九年生の二学期最初に行われる。だけど、戦死者の遺族の子弟は保護者の戦死が認定された直後にも行われる。みんなが遺族面談って呼んでいるやつだ。
保護者が戦死で誰も居なくなってしまった場合は遺族面談は行われない。『トラバース法』で軍人の家庭に養子として送り出されるからだ。
「母は嫌がってますが、軍人になろうと思います」
「そうか。現実的な話になるが、家計の事を心配しているのかい?君の成績なら進学でも特待生の枠でどこにでも入れると思うし、学費は気にしないでもいいと思うのだが…」
そう、俺は成績はいいのだ。何てったって二度目の人生だからな。小学生、中学生レベルの勉強なんて復習だと思えば楽勝だ。前の人生の中で、当時理解できなかった事がすらすらと理解できてすごく嬉しかったよ。
「いえ、まだ妹も七年生ですし、早く家を出て母さんを楽させてあげたいんです」
「そうか…軍人だけがお母さんを楽させる道ではないんだけどね。お母さんはどう思いますか?」
…母さんは顔を伏せたままだった。
「本人の意思を尊重したいと思います。嫌だけれど、私が言って曲げる子でもありませんから…」
…ごめんなさい、母さん。
 「そうですか。…じゃあウィンチェスター君、士官学校を受験するのかい?さっきも言った通り、君の成績なら合格すると思うよ」
「いえ、下士官術科学校に進みたいと思います」





783年5月21日、ハイネセン、ラクーンシティ18番街、ウィンチェスター邸


 結局、親父は二階級特進して少尉になった。
だけど、遺族年金の額は兵曹長の俸給の額のままで支給される。遺族年金まで2階級特進なんて事になったら同盟は破産してしまう。すでに遺族年金の額は国防費の二割を占めているのだ。
長い戦争が続いている、政府の懐事情は知れている。年金だって貰えるだけマシ、文句なんて言ったらそれこそ非国民扱いだ。

 母さんは職を探し始めた。会計士の資格を持っていたから、後方勤務部の嘱託として働く事になった。
軍属というやつだ。
母さん自身は2度と軍には関わらない気でいたけど、遺族が軍属になった場合、遺族年金の認定が優先的に受けられるとなれば仕方がない。
だが、年金と言っても遺族年金は最初の二年間が戦死者本人の生前の階級の俸給の満額、三年目からは七割、五年目からは五割、七年目からは三割の額しか出ない。しかも戦死者の生前の階級で定年の年数になると年金はうち切られるのだ。
到底遺族年金だけでは生活出来ない。
てっとり早く家計を安定させるには軍属になるしか手はないが、誰もが軍属になれるわけではない。
ウチはまだマシな方だ。軍属でない場合、軍は公式には認めていないが遺族年金の認定には早くて数年かかる事がある。
軍人の遺族の子弟婦女子が軍隊に入るのにはこういう裏がある。
皆が好んで入隊する訳ではない。だが家計を助けるには給料の安定している軍隊に入るのが一番なのだ。





784年3月27日、ハイネセン、ラクーンシティ18番街、ウィンチェスター邸


 「じゃあ、行ってくるね、母さん。マリー、母さんの言うことちゃんと聞くんだぞ」
「…頑張りなさい。休暇の時はちゃんと戻っておいで」
「お兄ちゃん、ちゃんと戻ってきてね」
「分かってるよ、二人とも。…じゃあね」




784年4月1日、ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍下士官術科学校


 「私は、我が国の自由と独立を守る自由惑星同盟軍人としての使命を自覚し、国家に忠誠を誓い…」
入隊式が終わった。
下士官術科学校を選んだのにはちゃんと理由がある。
まず、学費がかからない。そして、入学試験のレベルは士官学校よりは当然落ちる。
でも士官学校より落ちるというだけで、倍率は当然高いし簡単に合格するという訳でもないが。
これが一番のポイントなんだが、給料がちゃんと出るのだ。
士官学校生には階級もなく、給料も初任兵の俸給の半分程度の学生手当しかないが、下士官術科学校はちゃんと階級があって、給料も出る。入学時は兵長、二年時で伍長、三年時には二等兵曹、部隊実習を経て卒業時には一等兵曹になる。
だが、下士官兵の世界は士官の世界より過酷だ…と思う。
『下士官は軍隊の背骨』とはよく言ったもんだ。
術科学校を選んだのは純粋に家計を助けたかったからだし、覚悟もそれなりにあったが、着校して入隊までの四日間で、この学校に入ったことを純粋に後悔した。

 

 

第二話 卒業

宇宙暦788年3月27日 ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍下士官術科学校


 「ヤマト、とうとうこの日が来ちまったな」
「ああ、そうだな。オットー」
「そういえば、マイクはどうした」
「講堂で彼女と話してたぞ」
確かに、とうとうこの日がやって来た。修業式、下士官術科学校とオサラバする日がやって来たのだ。
来賓祝辞は宇宙艦隊司令長官の代理ということでグリーンヒル少将が祝辞を読み上げてくれた。
今日は士官学校の卒業式も行われている。トリューニヒト国防委員やロボス中将などはそちらへ。こっちにはグリーンヒル少将と代議員のネグロポンティ氏が来賓として来ている。グリーンヒル少将はともかく、よりによってネグロポンティ氏とは…。


 「……なのだ。士官、指揮官だけでは戦争は遂行出来ない。君達こそが軍の要でなのである。その事を肝に銘じて、これからの任務に邁進してもらいたい。改めて、修業おめでとう。これを以て祝辞とする」
『気ヲ付ケ!』
修業生が一斉に起立する。音楽隊の演奏が始まり、国歌が演奏され始めた…。


 「…いいなあ。マイクのやつ、何人目の彼女だ?俺なんか一人も出来なかったのに」
「三…四人目か?…まあ、ヤマトならこれから何人でも彼女が出来るさ」
俺を慰めてくれているのはオットー・バルクマン。今ここには居ないが、マイクと呼ばれているマイケル・ダグラス。三年間で出来た、同期の中でも親友と呼べる二人だ。
卒業して最初の任地は、星系単位、基地単位にはなるが希望の場所が選べる事になっている。
同盟軍は大きい組織だ。修業したが最後、同期生一万五千八百十四名が一期一会ということも充分有り得るのだ。
ペア、グループを組んでもよし、個人でもよし、好きな任地を選ぶ事が出来る。
俺達は当然三人でグループを組んだ。個人なら本人が、グループなら代表者を決めて希望任地名を提出することになっている。が、重複多数の希望地は抽選になる。抽選に漏れたら、改めて第二希望、第三希望を提出するのだ。

 「でもなあ…よりによって最初の任地がエル・ファシルとはね。狙った女は確実に落とすのに、クジ運は全くゼロだなマイケルは」
オットーはベレー帽をクシャクシャにしながら天を仰いだ。
「そうだね、第二希望も第三希望も外すなんて中々出来る事じゃないな」
確かに、天を仰ぐしかない。
銀英伝本編でも度々出てくるエル・ファシル…帝国側に進めば、そこはもうイゼルローン回廊だ。
うーん、死亡フラグが立っているな。ヤン・ウェンリーやらアーサー・リンチやら、そういう有名どころと絡まなくても、最前線だから戦死する確率はかなり高い。
そういえば、リンチやヤンはもうエル・ファシルにいるんだろうか?学校の宿舎は明後日まで使っていいことになっているし、それは学校の施設も同様だ。ちょっと調べてみようか。
「待たせたな!」
マイケルが走ってこちらにやってくる。このあとは打ち上げだ。




3月27日21:00 ハイネセン、ハイネセンポリス3番街、大長征(ザ・ロンゲスト・マーチ)、
マイケル・ダグラス


 ヤマトは酔いつぶれてテーブルにつっ伏している。まあ…いつもの事だな。
ここは俺たちがよく通っているバーだ。本当かどうか知らないが、自由惑星同盟開闢以来の店なんだそうだ。同じ分隊の奴等との打ち上げが終わって、今は三人で二次会だ。
「エル・ファシルって、どんな所なんだろうな」
オットーが呟く。
「田舎…ではないな。でもハイネセンに比べたら…まあ田舎だな」
「お前、行ったことがあるのか?マイク」
「ああ。一年の時、付き合ってた彼女の出身がエル・ファシルだったんだ。休暇で一緒に行ってきたんだよ」
「一年の時?…お前、あれって伯父が危篤で休暇を延長したんじゃなかったのか?」
「あ。…そういえば、そうだったな」
「よくバレなかったな」
「実際に伯父は危篤だったんだよ。伯父は商用でエル・ファシルに行ってたんだが、痔が悪化してさ。動けないんだぜ?危篤には違いないだろ?」
「…そりゃ危篤だな…」
そう言ってオットーはマッカランを一気に煽った。

 「まあ、口裏は合わせてもらったし、バレるわけないよ」
合わせるように俺もグラスを空ける。オットーのやつ、酒強いんだよな。なんでモテないんだろう?
「そんなことはどうでもいいんだよ。…エル・ファシル星系警備隊。艦艇二千隻、基地隊三万五千か…」
「お前とヤマトは戦艦に乗るんだったよな」
「ああ。マイクはどうだったっけか」
「俺はまだ分からんのよ。陸戦隊には変わりないけど、艦隊付か基地隊付か」
「一緒にしてもらおうぜ。どうせなら艦隊の方がいいだろう?乗組手当もつくし」
「え?俺は根拠地付の方がいいんだが…」
俺がそう言うと、オットーが睨んできた。
「どうせ、女を口説く為だろ?」
「あれ、分かっちゃった?ハハハ…ていうか、ヤマトの奴、大丈夫か?全然起きないけど」

 ヤマトを揺すって起こそうとしたとき、入口のドアが開いた。
「おお、此処に居たのか。いやいや、探した探した」
そう言って声をかけて来たのは航法科教官室のフィールズ中尉だ。
「中尉殿、何かありましたか?」
「そう畏まるなよ、お前等はもう修業したんだからな。学校じゃないんだ、殿はいらんよ」
「はあ。…では中尉、何かご用でも?」
フィールズ中尉はニヤニヤしている。
「ダグラス兵曹、お前じゃないんだ、ウィンチェスター兵曹に用事がある。おい、居たぞ、入ってこい」
中尉は開いたままのドアの外に向かって声をかけた。



3月28日01:00 ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍下士官術科学校 第五兵舎402号室
ヤマト・ウィンチェスター

 ふわっ!?
真っ暗だ、ここはどこだ?…あれ、これは俺のベッドじゃないか。
酔っぱらってまた寝ちまったのか…まったく、彼奴らと飲むといつもこうなるんだよなあ。部屋まで運んでくれるだけ有難いけど。
まあいい、今日はこのまま寝よう…って、あれ、ソファーで寝てるのは誰だ?
「おい、オットーか?マイクか?」
部屋の灯りを点けると、ソファーには一人の女性が毛布にくるまっている。…誰!?
「あ…ああっ!すみません!私寝ちゃってました!」
女性は飛び起きて平謝りしている…。
「いや、寝てるのは構わないけどさ、何方です?」
「失礼しました!一年のエリカ・キンスキー兵長であります!」

 エリカ・キンスキー…ああ、見たことあるな。マイクが口説いたら泣き出した子だ。そうだ、ハンカチ貸してたのを思い出した。返しに来たのかな?…それはないか。
「キンスキー兵長、それで、こんな夜更けに何か用かい?」
「そ、それはっ…」
キンスキー兵長は赤くなって俯いて黙ってしまった。
「あのっ、修業おめでとうございますっ!それで、その…その、ウィンチェスター兵曹の事が大好きです!」
「…ありがとう。嬉しいよ。でも、俺、エル・ファシルに赴任するんだけど…」
「いいんです!私、待ってます!それで…その」
キンスキー兵長はこれまで以上に真っ赤になってしまった。ここから先を女の子に言わせるのは男じゃないよな。
「…いいのかい?俺今すごく酒くさいけど」
「は、はい!構いませんっ!…でもあの、優しくお願いします、ね」
 
 

 
後書き
宇宙暦-1568年3月22日
原作の方々の階級がおかしかったので、修正しました。 

 

第三話 着任、エル・ファシル

宇宙暦788年3月28日 ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍下士官術科学校、
第28講堂 エリカ・キンスキー

 はぁあ…。夢じゃないかしら。
憧れのウィンチェスター兵曹と結ばれたなんて。うん、夢じゃないのよね、うん、うん。
「エリカ!何ボーッとしてんのよ!早く白兵戦技講堂に行かなきゃ!」
「あっ!ごめん」
あたし幸せ…。



788年4月15日13:00 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ、副長室

 「一等兵曹オットー・バルクマン他二名、アウストラ乗組を命ぜられ、ただ今着任しました。よろしくお願いします」
「宜しい。副長のバーン少佐だ。アウストラへようこそ。残りの二人はヤマト・ウィンチェスター兵曹と
マイケル・ダグラス兵曹か。…艦長は艦長会議で警備艦隊司令部に出かけておられるので、艦長挨拶は明日になる。今日一日は身辺整理ということで自由にしてよろしい。上陸も許可する」
「はい。ありがとうございます」
「宜しい。このあとは内務長のカヴァッリ中尉の指示に従うように」
「はい。そのカヴァッリ中尉はどちらに」
「艦橋にいるはずだ。行ってみるといい」
「はい、ありがとうございます。失礼します」



4月15日13:15 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ ヤマト・ウィンチェスター

 副長挨拶が終わった。俺たちはそれぞれの荷物を割り当てられた部屋にとりあえず置くと、艦橋にカヴァッリ中尉とやらを探しに向かった。
…カヴァッリ中尉なんて原作に出てきたっけ?
親友だから考えたこともなかったけど、オットーだってマイクだって出てこない。まあ、原作に名前の出てくる人物だけでこの世界が成り立つ訳でもないだろう。
想像してみたら、艦艇二千隻、と簡単に言うけど、そこだけでも二十万人近い人間がいるんだよな…。
二十万人。現実世界で俺が住んでた所だって二十万人もの人口は居なかった。
そんな多くの人間が艦隊司令官の意思のもとに動く。空恐ろしいなまったく…。

 「ヤマト、カヴァッリ中尉ってあれじゃないか?他にそれらしい人もいないし」
おい、オットー君。上官を指で指すのは止めなさい。
オットーが指し示した方を見ると、制御卓に行儀悪く足を投げ出して座っている、赤いショートカットの可愛らしい女性士官が書類を見ながらブツブツ言っている。
「すみません、私はウィンチェスター兵曹と申しますが、カヴァッリ中尉でありますか?」
「え?ああ、はい。そうよ?…ああ、新着任の三人ね」
「はい、宜しくお願いします。副長より今後の指示は中尉より受けろと言われまして」
歳は二十三、四ってところだろうか。独り言が多そうだけど大丈夫かな?

 カヴァッリ中尉はまじまじと俺達を見つめている。
「貴方達も大変よねえ、十八で一等兵曹だなんて。まあ、私だって十九で少尉になったから似たようなものね。…艦隊勤務は初めて?」
十代で少尉任官?ああ、士官学校出身者か。
彼女の問いに俺が答えようとするとマイクが身を乗り出して来た。
「はい、艦隊は半年ほど部隊実習で経験したのみであります」
「貴方は?」
「マイケル・ダグラス一等兵曹であります。是非、マイクとお呼びください」
「…マイクね。了解了解。じゃあこっちの君がバルクマン兵曹ね」
「はい、オットー・バルクマンであります。よろしくお願いします」
「なるほどなるほど…黒髪がウィンチェスター兵曹で、金髪がダグラス兵曹、銀髪がバルクマン兵曹ね。
分かりやすくていいわ。…改めまして、私は内務長のパオラ・カヴァッリ中尉です。今後とも宜しく。…このあとは一七〇〇まで身辺整理とします。時間になったらまた私の所に来るように」
「はい」
「了解です」
「了解しました」


4月15日18:30 エル・ファシル、エル・ファシル中央区8番街、レストラン「サンタモニカ」

 「ここは私の行きつけなの。ラビオリとボンゴレが美味しいのよ。ワインはまあまあね」
そうなのだ、上陸したと思ったらカヴァッリ中尉も一緒だった。歓迎会を開いてくれるらしい。
マイクはノリノリだった。もしかしたら今夜は中尉と…とかほざいている。
オットーは配置表を覚えないと…とか言ってアウストラに残るつもりだったのが無理矢理連れ出された。

 とりあえずの乾杯が済むと、カヴァッリ中尉が切り出した。
「細々とした事はいずれ覚えるでしょうから、貴方達の配置だけ教えておくわね。ウィンチェスター兵曹は射撃管制主任補佐になります。バルクマン兵曹は航法管制第1オペレータ。
ダグラス兵曹は艦隊陸戦隊本部付となります。我々のアウストラはエル・ファシル警備艦隊、第2分艦
隊の旗艦戦艦だから、結構忙しいわよ」
「はい、質問です」
「なあに?ダグラス兵曹」
「俺の事はマイクとお呼びください…ではない、俺は陸戦隊希望ですから、艦隊陸戦隊に配属なのは分
かるんですが、なぜアウストラに艦隊陸戦隊の本部があるんですか?通常、陸戦隊本部は艦隊旗艦に
配置されません?」
いい質問だなマイク。でも中尉にマイクと呼んでもらえないのは残念だろう…。俺がいきなり主任補佐というのも面食らうが、マイクの言う通り陸戦隊の配置が少々おかしくないか?

 カヴァッリ中尉はコホン、と咳払いすると、周りを少しだけ気にしながら再び話し始めた。
「ダグラス兵曹の言う通り艦隊陸戦隊本部は、通常は艦隊旗艦に置かれるわ。でもここはエル・ファシル。最前線ということで陸戦隊本部要員はローゼンリッターから人員が派出されてるのよ」
ローゼンリッター。同盟軍最強の白兵戦部隊、”薔薇の騎士“連隊だ。
帝国からの亡命者の子弟で構成される、同盟でも帝国でも有名な部隊だ。部隊規模は連隊ながらその戦闘力は陸戦一個師団に匹敵する、と言われている。
「ひぇー。マジですか」
マイクが思わず肩をすくめる。
「でも、それが理由なんですか?」
「そうよ。何でも、艦隊司令官のリンチ少将がローゼンリッターを嫌いみたいなのよ。そんな奴等を艦隊旗艦に置けるか、という事で、アウストラにお鉢が回ってきたの」
「そんな滅茶苦茶な理由って…」
「お陰で第二分艦隊の編成までおかしくなってるわ。まったくもってローゼンリッターが悪い訳ではないけれど、散々ね」 

 

第四話 遭遇戦

宇宙暦788年4月15日19:00 エル・ファシル、エル・ファシル中央区8番街、
レストラン「サンタモニカ」 オットー・バルクマン

 やっとカヴァッリ中尉おすすめのラビオリが来た。
ワインは七百八十六年産だけど中々だ。
俺は黙って話を聞いている。
何故なら、たとえ上官であっても女が絡むとマイクの悪乗りが始まるからだ。
話に参加しても途中でマイクに遮られてしまう。ヤマトも面白がって奴を止めようとしない。『いいじゃない、若いんだから』なんて言いやがる。お前は中年か?
今までの三年間もそうだった。女が絡むとロクな事がない。お陰で俺には女っ気ひとつありゃしない。
まだ十八歳でこんな状況じゃ、我ながら先が思いやられる…。

 「ちょっと、バルクマン兵曹、聞いてるの?」
「え?ああ、聞いてますよ。分艦隊の編成までおかしくなってる、って話でしょう?」
「あら。ちゃんと聞いてるじゃない」
「でも、こういう話はウィンチェスター兵曹の方が得意ですよ」




4月15日19:15 レストラン「サンタモニカ」 ヤマト・ウィンチェスター

 カヴァッリ中尉は酒はあまり強くないようだ。
ラビオリはまだ来たばかりだというのに、グラスはもう三回ほど空になっている。あ…四回目だ。で、すでに顔は真っ赤になっている。
しかし…オットーの奴、なんという話の振り方をしやがるんだ。俺ラビオリに集中したいのに…。
「編成が、どうおかしくなっているんです?」
「リンチ少将の本隊が八百隻。第1分艦隊が四百隻。第3分艦隊が四百隻。我々の第2分艦隊が四百隻」
合わせて二千隻。
「どこもおかしくないのでは?」
「数はね。でも、ウチの分艦隊は半数が強襲揚陸艦なのよ。おかしいでしょう?」
なるほど。本部どころか艦隊陸戦隊全てが第2分艦隊に集められているのか。
「貴方達に愚痴ってもしょうがないんだけどね。強襲揚陸艦二百隻だから、陸戦隊が大体二千名。艦隊戦だと出番ないじゃない、彼等。何で艦隊に着いていかなきゃいけないんだ!とかあたしに言うのよ?あたしはね、ただの旗艦の内務長なのよ、分艦隊司令部に言わないでなんで只の旗艦乗組員のあたしに言うのよ!」
確かに…。確かにそうだが、この人絡み酒なのか?

 「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃない!まだあるのよ!」
「まだある、って…何があるんです?」
「残りの二百隻がいるじゃない。艦隊戦になったら分艦隊の戦力は半分しかないのよ?分艦隊としては無傷なのに戦力は半分。哨戒に回されるのよ。ウチの分艦隊は哨戒しかしない、武勲の立てようがない、どうなってるんだ!って。あたしのせいじゃないのに!」
「…まあ、そうですね…」

 イゼルローン方面で有人惑星があるのはこの星系だけだ。警備艦隊が配備されているのもイゼルローン方面ではここだけだから、当然アスターテやティアマト、アルレスハイムやパランティアなどの星系まで哨区が広がる。警備艦隊といっても二千隻、有事のためにはまとまった戦力を運用しなくちゃならないから、艦隊戦力の半減している第2分艦隊を哨戒専任に当てているのだろう。哨戒には基地の作れそうな無人惑星や衛星の臨検も含まれるから、陸戦隊が必要なのも頷ける。哨戒はとても大事だ。
合理的と言えば合理的、リンチ少将、中々やるじゃないか。原作では有能な軍人、という書き方をされていたからな。にしても彼の率いる本隊と第1、第3分艦隊合わせても千六百隻。最前線の警備がこの戦力じゃ、リンチ少将も頭が痛いだろう。

 「にしても、なんで中尉の所に文句が舞い込むんです?」
「…え?だってそれは……あんたたち聞いてないの?」
「我々は着任初日ですよ」
「あ…そうだったわね。そりゃ知らないか」
そこまで言うとカヴァッリ中尉はグラスの中身を一気に飲み干した。…六杯目…。
「…あたしの一番上の姉さんがリンチ少将の奥さんなのよ」
「…え?」
「少将から見たら義理の妹ね。だから艦隊司令部の文句はみんなあたしの所にくるの。皆、面と向かって少将の文句言えないから。…仕方ないとは思うわよ?でも、身内だからってあたしに言う事なくない?」



4月15日20:30 レストラン「サンタモニカ」 マイケル・ダグラス

 ヤマトがずっとカヴァッリ中尉の愚痴を聞かされている。
“ちょっと出来る男風”に質問なんかしたのがいけなかった。
根拠地隊に行きたい、なんてオットーには言ったが、こいつらと一緒なら配置先なんてどこでもよかったんだ。
配置先の状況なんて、行けばどうにかなるもんだ。
しかしこれは…初日から拷問だな。いや、ヤマトの方が中尉に尋問しているのか?
オットーは個人携帯端末(スマートフォン)を片手に酒を飲んでいる。俺の話にも生返事な有り様だ。
ぐぬぬ…このままではエル・ファシル初日からミソが付いてしまう。
カヴァッリ中尉は可愛い。だけど飲む度にこの状況では色々と萎えると言うものだ。…標的を変えよう。
…あの子にしよう。ウエイトレスに声をかけるのはROE(交戦規定)違反というものだが、他に女性客が居ないこの状況では仕方がない。

 「ねえ、お嬢さん」
「はい?何でしょうか。追加のご注文ですか?」
「いや…追加には追加なんだけど」
「?」
「以前から思っていたんだけど、俺が注文したいのはキミなんだ」
「…えっ?」
フッ。決まった。やっと意味がのみこめたのか、真っ赤な顔をしている。反応も可愛い、遭遇戦としては上々だ。
「困ります、お客さん」
「まあまあ。…この状況を見てよ。上官の愚痴に付き合わされる部下、生返事で黙々と呑みに走る奴…俺はどうしたらいいんだい?キミにちょっと話相手になって欲しかっただけさ。それくらいならいいだろう?」

 ウエイトレスは周りを見渡した。釣られて俺も周りを見渡したらカウンターの中のマスターと目が合ってしまった。特に咎める様な顔はしていない。同じ様にウエイトレスもマスターを見る。
…彼女は諦めた様な顔をして、空いているテーブルから椅子を引寄せ俺の隣に座った。
…じっくり腰を据えて撃ち合うつもりか。面白い。

 「…少しだけですよ。周りのお客さんの目もありますから」
「ありがとう!キミが天使に見えるよ!…ヘイゼルの瞳がとても素敵だね。俺はマイケル。マイクって呼んでくれ。キミの名前を聞いてもいいかな?」
「フ…フレデリカです」
「名前も素敵だね!学生かい?おいくつ?」
「じ、14になったばかりです。…名前を誉めてくれてありがとう」
「14だって?とてもそうは見えないな。大人びて見えるよ…ああ、これは勿論いい意味でだけど」

 少し焦った(フリ)様子の俺を見て、彼女はニコッと笑ってくれた。可愛い!…俺は決して少女趣味ではない、大人びて見えるフレデリカ嬢がいけないんだ。
「あら。お上手ですね。いつもそうやって女の子に声をかけているんでしょうね。見たところ…軍人さん?艦隊の方ですか?」
「そんなことはないよ。キミが素敵だからつい声をかけてしまったんだ…そうだよ、今日着任したばかりなんだけどね」
「アハハっ!ウエイトレスは私と向こうにいるマーベルさんしか居ないのに?失礼だけど、マーベルさんは結構お年を召してらっしゃるし、その状況で『キミが素敵だから』って言われても…それに今日着任したのに『以前から思っていた』っておかしくありません?」
くっ…中々、用兵の妙を見せてくれるじゃないか…。

 「そこまでにしとけよ、マイク」
「いきなりだな、オットー」
「せっかくのいいお店なのに、お前のせいで出入り禁止になったらどうする」
「う…今回は敗けを認めるとしよう。でもフレデリカさん、連絡先だけでも教えてくれないか。素敵だと思っているのは本当なんだ」
「どうしようかなあ。常連さんになったら教えてあげてもいいですよ」
「分かった。ちょくちょく通わせてもらうよ」
…あれ?みんなこっちを見るんじゃない!戦術的撤退という言葉を知らんのか!



4月15日21:00 レストラン「サンタモニカ」 ヤマト・ウィンチェスター

 「貴方の同期、下手ねえ」
「…あのウエイトレスの戦術能力が高いのでしょう。中々、中央突破という風には行きませんよ」
マイクは大きくため息をついてグラスをあおった。オットーは肩で笑っている。
それにしてもフレデリカって、あのフレデリカ・グリーンヒルか?
もしそうなら世間は狭いというか何と言うか…。

 「貴方はどうなの?ヤマト・ウィンチェスター兵曹?」
俺が修業式の夜の出来事を誇らしく説明しようとした時、皆の個人携帯端末(スマートフォン)が一斉に鳴り出した。
メールフォルダを開くと、一通のメールが届いている。

『緊急呼集。パランティア星系外縁部にて、第224哨戒隊が帝国軍哨戒部隊と思われる艦艇と接触。総員帰艦せよ』

 皆の個人携帯端末(スマートフォン)にも同じメールが届いていた。
「中尉、これは」
「メールの通りよ。急ぎましょう」
 

 

第五話 パランティア星域の遭遇戦(前)

宇宙暦788年4月16日03:00 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ ヤマト・ウィンチェスター

 『全艦発進準備、艦内警戒閉鎖』
艦内放送が流れる。やっと出港だ。いやいや、慌ただしい事この上ない。
部隊実習の時だって緊急呼集は無かった。カヴァッリ中尉が一緒じゃなかったら一体どうなったことか。
再び艦内放送が流れ出した。

 『こちらは分艦隊司令部だ。我々はパランティア星系に向かい、本隊及び第1、第3分艦隊の到着まで敵を牽制する。総員奮励努力せよ。以上だ』

 艦内放送が終わった。アウストラは分艦隊旗艦だから、分艦隊司令部―分艦隊司令とその参謀たち―が乗り込んでいる。
「妙だなあ」
射撃管制主任のガットマン中尉が呟いた。俺はこの人の補佐だ。
「何がです?」
「いやあ、ウチの艦隊が先に出張るなんて珍しいと思ってね…ウィンチェスター兵曹だったな、俺はガットマンだ。よろしく」
「失礼しました。一等兵曹ヤマト・ウィンチェスターです、よろしくお願いします。…先行する事がそんなに妙な事なんですか?」
「そう。今までだって哨戒行動しかしてないんだ。今回帝国軍を見つけた哨戒グループだって、ウチの所属だ。それにダゴンやティアマトにも哨戒グループが行ってるから、満足に全員集合!…って訳にもいかないのさ。強襲揚陸艦や補給艦はアスターテで待機させるはずだから、多分…パランティアに向かうのは百五十隻もいないんじゃないか」
「百五十隻…少ないですね」
「だろう?司令部は牽制なんて言ってるが、もし大部隊がいてみろ、近づく事すら出来やしない。遠巻きに見てるくらいの事しか出来んさ」
「そうですねえ。敵が大部隊じゃないことを祈るしかないですね」
「そうだな…お前、なんだか落ち着いてるな。…本当に十八歳か?」
「え?十八ですよ?ID見せましょうか?」
落ち着いてるなと言われても…。中身は三十プラス十八歳なんだから落ち着いてて当たり前だ。中尉、あんたより多分年上だぞ、俺。戦闘直前にもなれば少しは緊張するんだろうが…。

 出港してしまうと何もする事がない。
射撃管制員にはガットマン中尉と俺を含めて七人が配置されている。ガットマン中尉は主任だから、文字通りリーダー。残り六人で二人ずつ三つのペアを組む。出港中はそのペアで三交代制で管制卓につく事になる。俺のペアはオデット・ファーブル兵長。同盟軍て本当に女が多いな。出港中に乗組員が増えたらどうするんだ?
それはさておき、パランティアに到着するまで暇だから俺の仕事の説明でもしよう……誰に??
射撃管制の仕事を説明するのはとても喉が乾くからファーブル兵長、ちょっとコーヒーを淹れてくれ。
砂糖はいらない、ミルク多めだよ。
コホン、射撃管制は、センサーが捉えた目標の中から、自艦の武装の有効射程内に入っている目標までの距離を射撃用センサーで精密に測距して、それを射撃担当…射撃員に伝える事だ。そして射撃員が我々が伝えたパラメータを元に目標を直接照準して射撃準備が完成する。
アニメでは艦隊戦闘が始まる時『敵、有効射程に入りました!』『撃て!』なんてシーンがある。あのセリフの前には我々射管員の仕事が隠されている、という訳だ。
あらかじめ指定されない限り、自艦が味方集団の先頭にいると考えて有効射程内ギリギリにいる目標から先に測距していく。なぜなら味方集団…艦隊陣形には奥行きがあるから。陣形の先頭の艦と後方に位置する艦では有効射程が違うので、狙う目標も変わってくるのだ。常に敵艦隊の奥を狙うようにしておけば、各艦の射撃時に照準が被る事が少なくなるだろう、という考え方だ。

 「そうなんですね!そういう事兵科学校では習わなかったです。管制卓の使い方しか習いませんでした」
ファーブル兵長が感心感心、と腕組している。…感心している場合じゃないよ??君の仕事でもあるんだからね??
「僕が主砲を担当するから、君はミサイル手にデータを送るんだ、分かったね」
「はい!…ところで、ウィンチェスター兵曹って、まだ十八歳なんですよね?」
「そうだけど…やっぱり年下に指示されるって嫌なものかい?」
「いえ!…やっぱり少し気になります。でも仕事出来そうな感じじゃないですか、ウィンチェスター兵曹は。だから平気ですよ」
ぐ…はっきり言ってくれるなあ。でもはっきり言ってくれた方が変なしこりを残さなくていいか。
…オットーとマイクは上手くやってるかな。




4月20日13:00 パランティア星系外縁部、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ パオラ・カヴァッリ

 「司令、我が隊はパランティア星系に到着しました。帝国軍はちょうど星系公転面の我々の反対側に位置するものと思われます」
「おう。近いな」
分艦隊司令のダウニー准将と主任参謀のドッジ大佐だ。
「艦長、横陣にするので艦を中央に頼む」
「了解しました」
艦長のパークス大佐の了解が聞こえると同時に副長のバーン少佐、航海長ピアソン大尉、航法管制主任デクスター中尉が動き出した。アウストラは旗艦だから、分艦隊に関わる仕事もこなさねばならない。
副長から艦長に報告が上がる。艦長はそれを司令に報告する。
「司令、各艦の位置計算および各艦への座標の伝達、終了しました。以後、横陣形における位置計算および座標伝達は自動となります」
「ありがとう、艦長」
球形陣から横陣への変換に約十五分。私はこの艦隊しか知らないけど、これってまあまあの時間なのかしら。
司令が主任参謀にささやく。主任参謀が了解しました、と答え、そして声を張る。…参謀はオペラ歌手の才能が必要ね。
「艦隊は現位置で待機!スパルタニアン(単 座 戦 闘 艇)を十機、偵察に出せ」
司令が主任参謀に次々と命令を伝えている。それを主任参謀が大声で示達する。命令を伝え終わると、司令は司令室に戻っていった。
「艦長」
「何でしょうか、主任参謀」
「以後を任されました。…各員交代で一時間の休息を許可します。状況に変わりなければ、これを継続します。司令部も適宜交代で休息します」
「了解しました。各艦に伝えます」

 ふう。一段落ね。
「内務長、当艦の状況はどうか」
「はっ、各科、内務班ともにオール・グリーン、異常なしです。身体的、精神的ともに異常を訴えている者もありません」
私の配置は内務長。各科…砲雷科、航法科、機関科、補給科、飛行科の状態把握と艦内に被害が出た時のダメ・コンの統制、被害復旧…が私の仕事。私の下には内務班として運用員、武器整備員がいる。
砲術科は砲術長セーガン大尉の下に射撃管制員、射撃員。
航法科は航海長ピアソン大尉の下に航法担当員、通信員、電子整備員。
機関科は機関長チャーチ大尉の下に機関員。
補給科は補給長コブ大尉の下に補給員、給養員、衛生員。
飛行科は飛行長コックス大尉の下に単座戦闘艇搭乗員、飛行整備員。
「宜しい。内務長、先に休みたまえ」
「ありがとうございます副長。でも副長がお先にどうぞ」
「…そうか、ではお言葉に甘えるとするか」
ふう。一段落ね。



4月20日14:30 パランティア星系外縁部、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ オットー・バルクマン

 やっと昼メシだ。現位置待機で助かった。
まったく、誰なんだ、航法オペレータなんて仕事考えたのは。どう考えても俸給以上の仕事だぞ!
それに何で今日の昼メシは炒飯と青椒肉絲なんだ!食べ終わったら仕事したくなくなるじゃないか!
くそう、何でこんなに旨いんだ!

 「…オットー、一人で何をブツブツ言ってるんだ?危険だぞ」
「え?なんか俺言ってたか?」
「言ってないけど…人のまばらな食堂の真ん中に一人で座ってたら、独り言言ってる様に見えなくもない」
テーブルの前に立っていたのはヤマトと、眠そうなマイクだ。
「お前たちも今から昼メシか?」
「俺はそうだけど、こいつはサボりだ」
そう言うと、ヤマトはトレーを取りに行った。
「いいなあマイク。サボれて。まあ艦隊陸戦隊本部付つっても、この艦に派遣されてる保安要員だもんな。暇でしょうがないだろ?」
「エル・ファシルを出て…アスターテに入ったくらいまでは良かったさ。…この二日間、何してたと思う?…おーい、当番、コーヒー淹れてくれ」
食堂当番兵にコーヒー淹れさせてやがる…まだ乗って五日だぞ、馴染みすぎじゃないのか?
「…何をしてたんだ?」
「暇だなって言われて…装甲服着て格闘だよ」
「二日間まるまる?」
「そう、二日間まるまる。疲れきってからじゃないと本当の力は出ないんだと。やっぱ薔薇の騎士は伊達じゃねえな。やっと抜け出して来たって訳さ」 

 

第六話 パランティア星域の遭遇戦(中)

宇宙暦788年4月21日01:00 パランティア星系外縁部、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ 分艦隊司令部

 「司令。偵察の結果、敵の規模は二百四十隻。戦艦六十隻、巡航艦百隻、駆逐艦五十隻、ミサイル艇三十隻。現在、我々と正反対に位置するパランティアⅥ近傍に横陣形を展開中、との事です」
「…アルレスハイムの情報は入っているか?」
「アルレスハイムですか?…いえ、何も入っておりませんが」
「ふむ。我が方の本隊の位置は?」
「アスターテにて待機中ですが…」
「主任参謀、リンチ司令官に連絡。…来援を乞う、アルレスハイムの状況を確認されたし、と伝えろ。そして、全艦戦闘用意、だ」
「了解しました。…全艦戦闘用意!」



4月21日03:05 パランティア星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ ヤマト・ウィンチェスター

 『戦闘用意、総員配置につけ』
急に忙しくなってきた。タンクベッドに入ってなくて良かったよ…。
艦橋に入る。艦橋内は三つの区画に分けられている。俺たちがいるのは第三艦橋。砲術科のうち、射撃管制員が配置されている。一段高くなった所が第二艦橋。航法科員と副長がそこにいる。更に高くなった所が第一艦橋。艦長、砲術長、内務長がいる。アウストラは旗艦だから第一艦橋が広く作られていて、分艦隊司令部もそこに詰める。
総員配置時は、射撃管制卓に着くのは三人だ。射撃管制主任補佐は俺の他に二人いて、俺とその二人が管制卓に着く。バーンズ兵曹長と、エアーズ一等兵曹だ。
「早かったな、坊や」
「そうそう、タンクベッドで夢見てると思ったのに」
二人とも大ベテランだ。その間に俺。新人としては冷や汗しか出ねえ…。
残りのファーブル兵長、イノー兵長、ザハロフ二等兵曹は俺たちの後ろで待機、伝令だ。
「戦闘用意がかかったからといって、すぐ戦闘が始まるわけじゃない、落ち着いてやれよ、坊や」
「そうそう。ファーブル、コーヒー淹れてきなさい。新人君の分もね」
「は、はい!」
皆が俺を気遣ってくれている。俺の年が若いせいもあるだろうが…いい船だな、アウストラは。



4月21日04:00 パランティア星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ 分艦隊司令部

 「司令、警備艦隊司令官よりFTL(超光速通信)が入っております」
「おう。自室で受ける。後を頼む。敵情監視を怠るな」
「了解しました」

”ダウニー准将、苦労をかけているな“

「いえ。それほどでもありません。ところで閣下、アルレスハイムの状況は掴めておりますでしょうか?
定時哨戒のグループは我々の所属ですが、敵発見の報告以降、哨戒グループの消息が不明です。同時にダゴン、ティアマトの定時哨戒グループも消息不明となっております…。現在我々は総数二百四十隻と思われる帝国艦隊と恒星パランティアを挟んで対峙しており、敵艦隊はパランティアⅥの軌道上に展開しております。第1または第3分艦隊の来援があれば敵を撃滅することも容易いのですが」

”…第1、第3分艦隊はダゴン星系に向かっている。本隊はこのままアスターテで待機する。無理をするなよダウニー准将。敵わぬと思ったら引くことだ“

「…閣下!」

“…貴官は今パランティアで敵と対峙している。私はその敵が、敵本隊から先行している索敵部隊ではないかと考えている。となると、ダゴン方面にも同様の敵部隊が展開しているかもしれない。故に第1、第3分艦隊をダゴンに送ったのだ。両分艦隊には敵を発見したなら牽制しつつアスターテに引け、と伝えてある。また、敵が我々の裏をかいてヴァンフリートを抜ける可能性も捨てきれない。故に本隊はアスターテで待機する。既にハイネセンからこちらへ第3艦隊が向かっている。約二十日後の到着予定だ…決して貴官らを見捨てる訳ではないぞ。健闘を祈る、以上だ”

「…あらゆる可能性について対処する、ということですか。微力を尽くします」


 「司令、リンチ少…いえ、警備艦隊司令官将は何と?」
「増援は送れない、との事だ。司令官は未発見の敵がいる、と考えておられる。ダゴンに既に第1、第3分艦隊を向かわせたそうだ。その敵がヴァンフリートを抜ける可能性も捨てきれないから、本隊はアスターテを動かん、とさ」
「なるほど…ですが、そう司令官がお考えなのであれば、最初から艦隊全力でアスターテで待機すればよかったのではないかと小官などは思いますが」
「主任参謀、敵を発見してしまったからこそ、他に敵がいないか探らねばならんのだ。考えてみたまえ、最初から我々がアスターテで待っていたら、敵は何の妨害もなくすんなりアスターテまで来てしまうじゃないか。ハイネセンから第3艦隊がこちらへ向かっている。第3艦隊到着まで時間を稼がねばならないんだよ。全くもって迷惑な話だ」
「しかし…パランティアには我々だけですが」
「警備艦隊司令官はアスターテまで引いてもよい、と仰っておられたな。君ならどうするかね?」
「小官が司令のお立場であれば…撤退したします」
「だろうね」



4月21日04:30 パランティア星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 「…なんで保安要員が艦橋をうろうろしてるんだ?」
ガットマン中尉が苛ついた声を出した。…げっ、マイクじゃないか…!まっすぐ俺に向かってくるんじゃない!周りの視線が痛いだろ!
「よお、無事か?」
「…どうした、マイク…戦闘配備中だろうが」
「俺たちは戦闘配備中も巡察があるのさ。普段は巡察なんて艦橋には来る事無いから、こうやって白い目で見られるって訳さ…ところで、小耳に挟んだんだが…」
「なんだ、勿体つけるなよ」
「…増援は来ないらしいぞ。参謀連中が話しているのを聞いたんだ」
「本当かよ」
「ああ、それだけだ…皆さん、失礼しました~」
マイクはキョロキョロしながら去っていった。戦闘配備中の艦橋の様子が珍しいようだ。マイクが去って行くと、ガットマン中尉が駆け寄って来た。

 「彼は知り合いか?」
「はい、同期です。ちょっと遠慮の無い奴でして…申し訳ありません」
「それはいいんだが、何かあったのか?」
「ええ、ちょっと。巡察中に聞こえて来た話らしいのですが…増援が来ない様なのです」
「確かなのか?」
「参謀の方達がそう話していた、と言っていました」
俺の話を聞いたガットマン中尉は、第1艦橋に走り出した。
「坊や、主任に何を言ったんだ?」
バーンズ曹長がコーヒーを片手にニヤついている。俺がそれに答えようとしたら艦内放送が流れ出した。

『参謀および旗艦艦長集合、場所は士官室』



4月21日04:35 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊旗艦アウストラ、士官室 
セバスチャン・ドッジ

 士官室にはダウニー司令、私ほか司令部の参謀たち、旗艦艦長が集合した。
「集まって貰ったのは他でもない。我が艦隊の今後の方針を話し合う為だ。現状維持か、戦うか、退くか。忌憚のない意見具申を期待する」
ダウニー司令がそう言うと、まず口火を切ったのは、ウインズ少佐だった。
「撤退して本隊に合流すべきです。敵は二百四十、我が方は百五十。明白ではありませんか」
「戦ってもいないのにか」
艦長のパークス大佐が呆れた声を出した。パークス大佐は司令部要員ではないが、旗艦艦長であるためこの会議に参加している。
「そうです。本隊と合流してアスターテで待ち受けるのです」
「君の意見を実行した場合、敵が本隊と合流する機会を与える事になる。我々は撤退しているから、合流後の敵の規模が分からないままアスターテで待ち受ける事になる。事は明白ではなくなってしまう。まずくはないかね?」
「それは…」
パークス大佐の指摘に、ウインズ少佐は黙りこんでしまった。 
「艦長。君ならどうする??」
「司令の命令を実行するのみであります」
「主任参謀、君はどう思う?」
「撤退を進言する事には変わりありませんが、元々の任務は牽制でありますから、撤退する、という事を感知されないようにせねばならないと思います。敵がこの星系での合流を企図していたとして、合流後の敵戦力の規模を見極めた後の撤退でも問題はないように思います」
「そうだな。では、どう牽制するか、だが…」



788年4月21日04:40 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊旗艦アウストラ、第3艦橋 
ヤマト・ウィンチェスター

 どれだけ原作を知っていてもなあ…。
作中『イゼルローン回廊付近では常に遭遇戦が行われており』なんて数行で終わってしまうような戦いなぞ分かるわけがない。俺だってアニメで言ったら『同盟軍下士官A』なんだ。
出番すらあるかどうかのモブ中のモブなんだ。しかも味方は百五十、敵は二百四十、負けフラグ、死亡フラグ立ちまくりだ。つまり自分の才覚でどうにかしなきゃいけないわけだが、いち乗組員という立場じゃなあ…。死んでもまた都合よく転生してくれるかなあ。

『こちらは副長だ。各科とも現配備のまま適宜休息を取るように。以上』

 ファーブルちゃん、コーヒー頼む…。
「おい、ウィンチェスター。君の同期の言っていた事はどうやら本当のようだ」
ガットマン中尉が戻ってきた。目には諦めの色がある。
「おい坊や、手前が余計な事言うから本当に援軍が来なくなっちまったじゃねえか」
「そうそう。コトダマという存在を新人君は知らないようですよ、兵曹長」
…ねえねえエアーズさん、言霊とかそんなオカルティックな事を信じているの?地球教なの?
「俺が司令だったらなあ…」
ガットマン中尉が遠い目をした。

 「はは、主任がもし司令だったならどうしやす?」
バーンズ曹長が笑いながら尋ねている。
「うーん。退くね、絶対。勝てない戦はしない主義なんだ」
「…だから中尉のまま、って訳ですかい。納得納得」
オイ、と中尉がバーンズ曹長の脇腹を小突く。…いいなあ、ベテラン下士官と士官の和気藹々の会話。これぞ軍隊、だな。
でも待てよ?勝てないんだろうか?
「主任、うちの艦隊って、どういう構成なんです?」
「お?お前も分艦隊司令やってみるか?…戦艦六十、巡航艦五十、駆逐艦三十、空母が十であります、ウィンチェスター司令」
「止めてくださいよ…でも、戦艦が多くないですか?」
「うちは哨戒専門の独立愚連隊みたいなもんだからな。全体の定数は変わってないが、哨戒グループで小分けに出撃することが多いから、少しでも打たれ強い方がいいだろうって戦艦の比率を上げてくれたのさ。俺なら巡航艦を増やすがね」
独立愚連隊とかウン十年ぶりに聞いたな…。そんな事どうでもいい、戦艦戦力は敵より上…。打たれ強く…。

 「ここはお話が弾んでいるようね。周りはお通夜だというのに。オジさまも何考えてるのかしら、増援無しだなんて」
カヴァッリ中尉だ。笑い声につられたのか、第1艦橋から様子を見に来たらしい。
オジさま…。カヴァッリ中尉…。そうだ!閃いた! 

 

第七話 パランティア星域の遭遇戦(後)

宇宙暦788年4月21日04:40 パランティア星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ、第3艦橋 ヤマト・ウィンチェスター

 そんな事どうでもいい、戦艦戦力は敵より上…。打たれ強く…。

 「ここはお話が弾んでいるようね。周りはお通夜だというのに。オジさまも何考えてるのかしら、増援無しだなんて」
カヴァッリ中尉だ。笑い声につられたのか、第1艦橋から様子を見に来たらしい。
オジさま…。カヴァッリ中尉…。そうだ!閃いた!
「よう、パオラじゃないか。第1艦橋は気が詰まるだろ?今休憩がてら分艦隊司令ごっこをやってるんだ」
「…分艦隊司令ごっこ!?…楽しそうですね。それよりガットマン中尉、ファーストネームで私を呼ぶの止めてください」
「いいじゃないか。全く知らない仲じゃないんだから」
「そういう言い方は止めてください!勘違いされたら困ります!…で今は誰が分艦隊司令役なんです?」
「ウィンチェスターさ。俺はバーンズ曹長にダメ出しされたから更迭だ」
ガットマン中尉が天を仰いで首を切る仕草をした。確か28歳。いい兄貴分って所か。
「参謀のカヴァッリ中尉です、新司令を心から歓迎します。宜しくお願いいたします、ウィンチェスター司令。前司令は残念でした…」
泣く真似までして…カヴァッリ中尉、あなたも結構ノッて来る人なんですね…。

 「司令は止めてください…でも閃いた事があるんです。…帝国艦隊が攻めて来ないのは何故です?あちらの方が優勢なのに」
「言われて見るとそうだけど…向こうはただの索敵部隊でしょう?私たちと同じ様に、こちらを牽制しつつ援軍を待っているのでは?」
「もうお互い姿をさらして半日以上経つのにですか?もし索敵部隊なら我々を撃破して尚の事前に進まなきゃいけない。敵発見を報告、戦闘に突入、です。優勢なのですから。優勢だけどこちらの撃破に自信が無ければ、攻撃を開始しつつ援軍を呼ぶでしょうね。だけど現状はそうなっていない。呼べる援軍がいない、というか、敵本隊というものがいないからです」
「…想像でしかないわ」
「確かに想像です。でも翻って我が軍を見てください。私の言っていることが確信に近い想像だと分かると思います」
「どういう事?」
「何故我々は撤退しないのですか?援軍もないのに」
「それは敵を牽制…そうか!そういう事ね!ちょっと来なさい!」
痛ててて、引っ張らなくても着いていくから待ってくれ…



4月21日04:50 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ オデット・ファーブル

 ウィンチェスター兵曹が拉致されてしまった。第3艦橋だけではなく、第2艦橋の人たちも何事かと走っていく二人を見ている。
「さっきの坊やの話、あれはどういう事ですかい?」
バーンズ兵曹長がガットマン中尉にコーヒーを渡しながら尋ねている。…あ!私が淹れなきゃいけないんだった…。
「リンチの野郎が騙されたのさ。ウチが敵を発見した、リンチに報告がいく。そして奴はこう考えた。発見された敵は二百四十隻だ、でもこんな筈はない、二百隻程度の艦隊で帝国が攻め寄せる筈がない。他にも部隊がいる筈だ…」
「あ…」
「本隊から増援がないのはリンチの野郎がそう思い込んじまったからだ。俺たちは目の前で精一杯だが、警備艦隊司令官ともなると色々考える事が増えるからな、そう思い込まざるを得ない訳だ。その結果、ダゴン、ティアマトも探さなきゃいかん、ヴァンフリートもあるからアスターテから動けない…こうなる事を予想してやったなら、あの帝国野郎は大したもんだぜ」
「なるほど…。坊やはそれを見破ったと」
それが本当なら、すごい!やっぱりウィンチェスター兵曹はエリート下士官なんだわ!ペアでよかった!
仲良くしなくっちゃ!

 主任が頭を掻いている。風呂入ってないのかしら。
「リンチの野郎が勝手に思い込んだ結果、だと俺は思うがね。物事を悲観的に考えるとロクな事にならない、っていういい見本だな。まあ一番の原因は最前線が二千隻程度の艦隊でどうにかなると考えている奴がいることだろうな。弁護するのは癪だが、リンチの野郎はその犠牲者って訳だ」
「統合作戦本部長が悪いんですかい?」
「国防委員会さ」
「…主任も一応士官どのなんですねえ。あの会話だけでよくおわかりで」
「一応は余計だ」
「ところでなんですがね、リンチの野郎、リンチの野郎って…主任は司令官がお嫌いなんで?」
「嫌いだよ」
「何でです?」
「あいつ、士官学校の時の学年主任教官なんだよ。俺が士官学校3年の時だったな。当時1年生のパオラ…カヴァッリ候補生を口説いた事があるんだ。まさかリンチの義理の妹なんて知らないからな。無知って恐怖だと実感したな。それがバレてから、俺の成績が目に見えて悪くなったんだよ。それまで学年3位だったのに」
「なるほど…報復人事みたいなもんで。それにしても優秀だったんですねぇ」
「だから。一応とか、だったとか、やめてくれ。今でも優秀だぞ」
…みんな色々あるのね。早く彼氏探して寿退社しないと…。ウィンチェスター兵曹にアタックしようかな…。



4月21日04:50 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、士官室
セバスチャン・ドッジ

 「内務長です、入ります」
そう言って旗艦内務長のカヴァッリ中尉が入って来た。彼女はリンチ少将の義妹だ。
二、三言しか話した事はないが、言葉の端々に聡明さが感じられた。優秀な人物の様だ。
その彼女が一人の下士官を伴っている。外見と階級からすると…下士官術科学校出身者か。
「さあ、ウィンチェスター兵曹、貴方の推論を話しなさい」
「は、はあ」
いきなり入って来て突然何を言い出すんだ。ダウニー司令もパークス艦長も呆気に取られている。ウィンチェスター兵曹か?彼も困っているぞ。
「内務長、今は司令部の会議中なのは分かっているね?ダウニー司令も君の上官も驚いているぞ。いきなり来られても困るのだが」
「はい、それは分かっています。ですが、オジさ…いえ、リンチ司令官は過誤をなさっておいでです。このウィンチェスター兵曹は過誤の原因を見抜きました。それでここへ連れてきたのですが…」
「パオラ・カヴァッリ中尉。貴官は縁故を頼って自分の意見を通そうとするのかな?順序があるだろう。そんな事をされてもリンチ少将は喜ばないだろうと私は思うが」
「ですが…いえ、主任参謀の仰る通りです。失礼しました」



4月21日04:55 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、士官室 
ギル・ダウニー

 「待ちたまえ内務長。主任参謀、聞いてみようじゃないか。宜しいか?艦長」
「司令がそう仰るのであれば異存はありません」
「私も異存はありません。が、内務長、今回だけだ。次からは副長同席のもと、艦長の私を通すように」
「…はい!ありがとうございます!…ではウィンチェスター兵曹、改めて貴方の推論を話しなさい」

 「なるほど、そういう事か。…それならば敵に動きが無いのも、敵に増援が無いのも説明がつくな」
「はい、最初から敵本隊などいないのです。警備艦隊司令部を責める訳ではありませんが、敵の少なさに騙されてしまったのだと思います。兵力に比して警備区画は広大です。他にも敵がいるかもしれない、と考えるのは至極当たり前の話だと思います」
「では、あの敵は何をしているのだと兵曹は考えるね?」
「航路調査か星系調査の類いではないでしょうか。優勢なのに攻撃してこないという事は、戦闘以外の任務で侵入しているのだと思います。そこをアルレスハイムで哨戒グループに見つかった、そしてパランティアで我々に出くわした、という事ではないでしょうか」
「調査か。だが我々に見つかった後も敵は撤退しないな。何故だと思うね」
「我々より優勢だからです。劣勢な状況の我々が攻撃を仕掛ける事はないと思っているのでしょう。攻撃されてもいつでも撃破できる、もし反乱軍に増援が到着したとしても充分に逃げられるだろうと。ならば調査任務を続行しても問題はありません」
「よく考えたな、納得した。艦長、いい部下を持っていますな」
「ありがとうございます、と言いたいところですが、私も顔を見るのは初めてなのです。彼の着任した晩に出撃でしたからな。艦長挨拶は次の日に予定していたのですよ」
「そうでしたか。…話を戻そう。敵の意図は判別した。この後どうするかだが、敵の増援がないのであれば、撃破に向けて努力しようと思うが。ウィンチェスター兵曹、君も司令部に来たまえ」



4月21日05:00 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ 
ヤマト・ウィンチェスター

 「司令部に、ですか?私は下士官です。参謀任務の経験もありませんし、もとの任務もありますし、遠慮させて頂きたいのですが…」
司令本人が言い出したんだから司令部行きは確定だろうけど、一応遠慮しないとな…下士官風情に司令の補佐をやられたら、参謀の顔が立たんだろう。現にドッジ大佐とウインズ少佐だったか?に睨まれている。
誇らしげなのは艦長とカヴァッリ中尉だけだ。
「謙遜するなよ、敵の意図を見破るくらいだから、敵艦隊の撃破なぞ容易いだろう?ウィンチェスター兵曹?」
ウインズ君、俺は君たちの顔を立てようとしてるんだぞ?それをなぜ挑発するのかね?お前達がちゃんと仕事してればこうはなってないだろ?それに艦隊戦なら原作知識をいくらでも出せるんだぞ?お前らホントに立つ瀬無くなるぞ?
「な、何が可笑しい!!」
…え?しまった、心の声が顔に出ていたようだ。ウインズ君がメッチャ怒ってる…俺は微笑んでいたらしい。カヴァッリ中尉を見るとスゴく呆れ顔をしているから、多分蔑み笑いでも浮かべてたんだろうな…。
「ウィンチェスター兵曹、私からも頼む。私達は参謀という肩書きに胡座をかいていた様だ」
ドッジ大佐、言葉の内容と表情が一致してませんよ…。
それはともかく、モブ中のモブから抜け出す機会を逃がす訳にはいかない。いっちょ、やったるか!
 
 「そういう事でしたら微力ながら力を尽くさせて頂きたいと思います。申し訳ないのですが、お願いがあります、司令閣下」
准将では閣下とはあまり呼ばれないのだろう、ダウニー司令は少し嬉しそうだ。
「何だね、行ってみたまえ」
「やはり、階級が気になります」
「戦時昇進でもさせろと言うのか、バカな!司令、このような…」
「ウインズ少佐、黙っていたまえ」
ウインズ君、立場が逆転したようだね。
「いえ、私は下士官、兵隊ですので、ドッジ大佐やウインズ少佐に軽々しくものを頼むという訳にはまいりません。そこで、私の手伝いをする人間が欲しいのです、閣下」
「確かにそうだな。一等兵曹が大佐に指示を出すわけにはいかんな。宜しいか?艦長」
「司令の宜しいように願います。ではウィンチェスター君、人選は済んでいるんだろうな?」
「はい」



4月21日05:10 エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、第1艦橋 
オットー・バルクマン

 「どういう事だ、ヤマト。俺にもマイクにも分かるように説明してくれるんだろうな」
「まあまあ。後で説明するから、今は合わせてくれ」
「そうだな。巡察と格闘から救ってくれてありがたい事だ」
「…何をすればいい?」
「星系図を出してくれるか」
俺はヤマトに言われた通りコンソールを叩いてパランティア星系図を出した。それはいいが、何で参謀達に睨まれなきゃいかんのだ!
「…あったあった。…主任参謀殿、宜しいですか?」
「ドッジでいい、何だね?」
「ありがとうございます、ではドッジ大佐、艦隊をこの小惑星帯に移動させて下さい。伏撃の準備をします。その後に艦隊を二つに分けます」
「小惑星帯に襲撃部隊を潜り込ませるのか?艦隊を分けたら敵艦隊にバレてしまうぞ?さすがにこちらの数も知られているだろう。成功するとは思えんが」
「我々が全軍で小惑星帯に移動を開始すれば、敵もこちらの動きに注意を向けるでしょう。伏撃の準備かとね。伏撃の準備なら、当然艦隊を分けると思うでしょう。この場合、再び小惑星帯から出て囮の役目の艦隊の兵力は小さくなる筈ですよね、艦隊を二分するのですから。そうしたら、敵はどう動くと思います?」

 ドッジ大佐は興味が出てきたようだ。腕を組んで考えている。でもな、俺は大佐参謀と堂々と話の出来るお前の精神構造に興味津々だよ。
「…敵は元々我々の倍近い。こちらの兵力が二分されたとすれば嬉々として囮艦隊の撃破にかかるだろうな。この場合、小惑星帯にもう半分が潜んでいるのは分かっているのだから、そこから出てくる部隊には注意はするが、後回しといったところだろうな」
「では、小惑星帯から出てきたこちらの数が百五十隻のままだったらどうなります?」
「伏撃を諦めて出てきたと思うだろう。元々敵が多いのだ、これも撃破にかかるだろうな」
「では小惑星帯には、注意を払う事はない?」
「だろうな。兵力が小惑星帯に入るまえと変わらんのだから」
「ありがとうございます。では司令閣下に作戦を説明いたしますので、ご協力をお願いいたします。オットー、マイク、お前達も手伝ってくれ」



帝国曆477年4月21日06:00 パランティア星系、パランティアⅥ近傍、銀河帝国軍、
特別第745任務艦隊旗艦ニーベルンゲン 艦隊司令部

 「隊司令、パランティアⅥの調査が終了しました。それと、反乱軍に動きがあります。パランティアⅧ小惑星帯に移動中との事です」
「参謀、パランティアⅧ小惑星帯、というのは?」
「はっ、惑星パランティアⅧが周回する筈だった軌道に広がる小惑星帯です。今回の調査に随行している航路部の者によりますと、元々パランティアⅧになる筈だった微惑星や小惑星の集まりだという事であります」
「そこに反乱軍が潜り込もうとしているという訳か」
「はい。反乱軍は艦隊を二分して、一隊を小惑星帯に置き我々を挟み撃ちにしようとしているのではないか、と思われます」
「私もそう思う。反乱軍の兵力はいか程だったか?」
「百五十隻前後だと思われます」
「…調査の前に撃破してもよかったかな。…参謀、敵が小惑星帯に伏勢を置くとして、どれ程の兵力を割くと思う?」
「我々の正面に本隊百二十隻、小惑星帯に三十隻ではないかと。反乱軍としては、せめて我々の半数を置かないと、伏勢が攻撃を仕掛ける前に本隊が敗れてしまうでしょうから」
「同感だ。会敵の予想時刻は?」
「約七時間後と思われます」



4月21日13:55 パランティア星系、銀河帝国軍、特別第745任務艦隊旗艦ニーベルンゲン 
艦隊司令部

 「隊司令、まもなく会敵します。反乱軍艦隊…百五十隻程が橫陣形をとっております」
「…敵は伏勢を置くのを諦めたのかな、参謀」
「元々反乱軍は我が方より少数です。艦隊を二分した場合、本隊が堪えきれずに各個に撃破される事を恐れたのかもしれません。…どちらにせよ敵は少数です。撃破する事は容易だと思われます」
「だな。全艦、砲撃戦用意。旗艦の発砲は待たなくてよい。有効射程内に入り次第、各個に砲撃開始だ」
「御意。…全艦、砲撃戦用意!」



4月21日14:00 パランティア星系、自由惑星同盟軍、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
A集団、旗艦ユリシーズ A集団司令部

 「…司令、我が方右翼側から後方にかけて小惑星帯が流れています。艦隊後部の駆逐艦やミサイル艇が小惑星を牽引している事を考慮しますと、こちらの作戦が敵に露見するのを避ける為にはこのまま横陣形で戦闘を開始した方がよいと思われます。小惑星帯がありますので敵左翼側からの圧力は減少しますが、正面および敵右翼側から圧迫されると危険です。幸い我が方は戦艦の数が勝っていますので、短時間なら確かに主砲の連続斉射で凌げるとは思いますが、連続斉射は二時間が限界です。少数の我々を打ち破れない事に敵が痺れを切らして我々を粉砕しようと突破を企図した時、小惑星帯からB集団が突撃を敢行します。B集団は突撃突破後、敵の後方を遮断、我々と挟撃態勢に入ります」
「了解した。私の人生の中で一番長い二時間になりそうだな」
「…同感です」
「しかしよくも思い付いたな。小惑星を牽引して敵のセンサーをごまかせ、火線の少なさは連続斉射で補え、とは…貴官が思い付いたのか?」
「いえ、ウィンチェスター兵曹です」
「だろうな。貴官では無理だろう。私でも無理だ。確かに長距離センサーでは小惑星と艦艇の判別はつかん
。盲点だな」
「…!」
「貴官や私が劣っている、というのではない。むしろ軍人としては我々の方が優秀だろう。発想の違い、だろうな。小惑星を牽引して敵のセンサーをごまかす、なんて事はシミュレーションでは再現出来んし誰もやろうと思わんだろう?」
「ですが…そういうものでしょうか」
「そうだ。だから大佐、今落ち込む必要はないのだ。それに、この策が成功するとも限らんだろう?…よし。全艦、砲撃戦用意。全砲門開け」



4月21日15:30 パランティア星系、パランティアⅧ小惑星帯、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
B集団、旗艦アウストラ、B集団司令部 ヤマト・ウィンチェスター

 まだか。…まだなのか。
快く応じてくれたからよかったものの、ダウニー司令やドッジ大佐達には申し訳ない事をした。艦隊をA集団、B集団と分割したから、指揮をとる都合上移乗が必要だったのだ。戦艦ユリシーズの艦長もビックリしただろう。
そして、B集団の指揮はドッジ大佐に執ってもらおうと思ってたんだが、パークス艦長が指揮を執ると言い出した。
「ドッジ大佐は司令の補佐をせねばならん。手の空いているそこそこベテランの高級士官となったらワシしかおらん。旗艦艦長をやっておったから指揮の要領は大体判る。任せて貰いたい。それにワシの部下が言い出した事だからな、部下の尻拭いはきちんとせねばならんて」
申し訳ありません、と謝ったら、
「…と、こう言った方が格好よかろう?ワシは旗艦艦長だから大佐になっとるだけで、本当は中佐で終わる人間だ。退役前に一度でいいから艦隊司令をやってみたかったのだ。巡航艦四十隻とはいえ、艦隊は艦隊だ。ハハハ」
なんて言いやがる。こっちは楽しんでるから申し訳ぶらなくてもいいか…。

「ヤマト、敵が密集しだした、紡錘陣形をとるんじゃないか?」
「オットー、これを待っていたんだ。パークス艦長、今です」
「よし!全砲門開け!全艦、突撃!!」



4月21日15:30 パランティア星系、銀河帝国軍、特別第745任務艦隊旗艦ニーベルンゲン
艦隊司令部

 「こ、これは!隊司令、小惑星帯から高速で敵が突っ込んできます!」
「なんだと?応戦せよ!」
「正横からの攻撃です、それに我が方は陣形再編中です、間に合いません!」



4月21日16:00 パランティア星系、自由惑星同盟軍、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊A集団
A集団、旗艦ユリシーズ A集団司令部 セバスチャン・ドッジ

 戦闘が開始してからの司令は枷が外れたかの様にイキイキとしておられる。
「艦長、全艦に伝達。左翼後退、右翼は前進だ。…ああ、オペレータ、平文でいい、B集団に打電してくれ。敵に傍受される?傍受してくれたら敵は逃げ出すだろう。いいか?…B集団は敵左翼側に回られたし、以上だ」
”ユリシーズの艦橋はアウストラより狭くて息が詰まる“
なんて仰っていたのが、
“オペレータまで距離が近いから貴官の手を煩わせなくて済むな。これはこれで指揮が執りやすい”
に変わった。
「司令。敵は未だに混乱から回復していません、我が方の勝利は確定的です。おめでとうございます」
「ありがとう主任参謀。しかし気を抜くのはまだ早い、敵の旗艦はまだ健在だ。B集団と共同で敵左翼を半包囲できればパーフェクトゲームだが、敵も馬鹿じゃない。こちらの意図するところを見抜いてさっさと逃げ出すだろう。まあ、それでも勝利は勝利だ。まことにありがとう」
司令が握手を求めてきた。虚をつかれたが、慌てて差し出す。はにかんだ笑顔が印象的だった。

 「司令。戦う前に…策が成功するとは限らん、と仰っておられましたね」
「…確かにそう言ったな。それが?」
「いえ、成功するとは限らないのに、なぜ採用なされたのかと思いまして」
「…ふむ。私は七百二十七年生まれだ。まもなく六十五になって退役だな。君はいくつだ?」
「今年で三十五になります」
「ほう、そうか…あの方と同じ年か」
「あの方とは」
「ブルース・アッシュビー元帥だよ。…ドッジ大佐、私はウィンチェスター兵曹にアッシュビー提督を感じたのだ」
「司令はアッシュビー提督をご存知なのですか?」
「彼の事は皆が知っているさ。第2次ティアマト会戦。何もかも劇的すぎた。当時私は中尉だったが、提督とは会戦前に一度だけ話した事があるんだよ。ウィンチェスターが私の疑問に力強く答えるの見て、なぜかそれを思い出したんだ。ああ、これは勝つな、とね。あの方の作戦案も、本当に成功するのか?と疑うものが多かった。彼の策を採用したのはそれが理由だ。口ではああ言ったが、失敗するとは思わなかった、よくて痛み分けという想像はしたがね…愚にもつかない理由で失望したかな?」
「いえ。意外な理由で驚いています」
「単に私の思い過ごしと希望的観測と過大評価かも知れん。しかし考えてみたまえ、18歳でこの結果だ。この先どうなるか見てみたいとは思わないかね?」
「ブルース・アッシュビー元帥の再来、ですか…」 

 

第八話 昇進、そして問題発生

宇宙暦788年4月29日、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊地上司令部
ヤマト・ウィンチェスター

 “ヤマト・ウィンチェスター”
「はい!」
“マイケル・ダグラス”
「はい」
“オットー・バルクマン”
「はい!」
”以上三名を兵曹長に昇進させる。788年4月29日、自由惑星同盟軍少将、アーサー・リンチ。代読、アラン・パークス。…おめでとう”



4月30日19:00 エル・ファシル、エル・ファシル中央区8番街、レストラン「サンタモニカ」
ヤマト・ウィンチェスター

 「ウィンチェスター兵曹長、昇進おめでとう。超スピード昇進ね」
「ありがとうございます。カヴァッリ中尉、いえ大尉も昇進おめでとうございます」
「俺にはないのか?」
「あ、ガットマン大尉も昇進おめでとうございます」
「一応直属の上官なんだからな、忘れないでくれよ。それはそうと俺からも祝福させてくれ、昇進おめでとう」
「すみません、ありがとうございます」
バーンズ兵曹長、エアーズ兵曹、ファーブル兵長、イノー兵長もそれぞれ祝いの言葉をくれた。ザハロフ兵曹は残念だが当直だ。
マイクとバルクマンも誘ったんだが、それぞれの科で祝勝会をやっていてそれに参加しているようだ。

 「ドッジ大佐が貴方を誉めていたわ。ああ、大佐というよりダウニー司令が誉めていたみたい。
伝言みたいなものね」
「へえ。パオラ、司令はなんて言ってたんだ?」
「ブルース・アッシュビー元帥の再来だって。…って、だからファーストネームで呼ぶのは止めてくださいって言ってるでしょ!ガットマン大尉!」
…ブルース・アッシュビーの再来?俺がそんなタマか?
リン・パオ、ユースフ・トパロウルに並び賞される同盟軍の英雄だ。原作外伝によると、アッシュビー元帥は帝国内の共和主義者によるスパイ網から情報を得て、数々の勝利を得た…と同盟の捕虜になっていたケーフェンヒラー大佐や当時のヤン少佐が推察している。
極端な話、チートだ。
チート…あ、俺もか。敵からどころか全て知っている訳だから、チートレベルはアッシュビー元帥以上だろう。

 「それはちょっと誉めすぎじゃないですか?たまたま、閃いただけですよ?」
起きる事を知っていても、実行するのは難しい。チートするには俺が言った事を実行する人がいないと無理なのだ。
今回の勝利は、たまたまカヴァッリ中尉の顔が利いたというか、暴走から生まれたものだ。
アッシュビー元帥の再来か。ああ、士官学校受けてみればよかった…。
「だが、閃きは大事だ。蓄積された経験と学んだ知識、知り得た情報が上手く融合出来ないと閃きは生まれない」
「…ガットマン大尉からそういう言葉が出るなんて意外だわ」
「…キミを口説くまでは学年三位だったよ、俺は」
それは…と先を言いかけたカヴァッリ大尉はグラスの中身を一気に飲み干した。そんな彼女をガットマン大尉はテーブルに肘をついて見つめている。
うん、若者はいいね、こうでなくちゃ。くすぶったままの恋の炎は消すか点けるかどうにかしないと。

 「ウィンチェスター曹長は、彼女いるんですか??」
そんな二人に当てられたのか、ファーブル兵長が尋ねてきた。…二人をジト目で見るのはやめなさい。
エリカは…彼女なのかなあ。告白されて結局最後まで行っちゃったけど、俺は彼女を好きなんだろうか…。
「気になる人はいるけど、彼女かどうかは分からないなあ」
「へえ…だったら今度、どこか一緒に出掛けませんか?」
「え!?別にいいけど」
「やった!出来る人は先物買いしないとね!ガットマン大尉、休みください!」
先物買い…現金な子だなあ。証拠金はちゃんと用意してるのかい…??

 「休みはいいけど、俺は許可できないぞ。転属だから」
「私も転属よ」
「二人とも転属なんですか?」
「ああ、俺は元々転属予定だった。次は第六艦隊だ。昇進も今回の戦いの結果ではなくて序列順の定期昇進さ」
「そうなのね。私は士官学校に行く事になったわ」
転属か。知っている人がいなくなるのは辛いな。危機が起きた時に人は新密度が増すというけど、今回は正にそれだった気がする。
「ダグラス曹長も転属よ。彼はローゼンリッターに行く事になったわ」
「え!?本当ですか?あいつ、そんなこと一言も言わなかったな。ですが、ローゼンリッターは亡命者の子弟から選抜されるのでは?」
「建前はそうだけどね。功名と悪名が強すぎて希望者が少ないのよ。この場合、悪名かしらね。…あら失言」
功名と悪名…ローゼンリッターは確かに同盟軍最強と呼ばれる陸戦隊だ。それ故に訓練も厳しいし、死傷率も高い。選ばれる事は名誉だが尻込みする者も多いと聞く。こっちは功名だよな。
では悪名は…ああ、そういう事か。
ローゼンリッターは戦闘中に逆亡命者が出るのだ。歴代の連隊長が自ら逆亡命することだってある。
「だからね、基本的には誰でもいいのよ。だって同盟市民は皆帝国から亡命したようなもんだろう、って事らしいわ。ダグラス曹長の場合はローゼンリッターから誘われたみたい。艦隊陸戦隊本部に詰めてたでしょう?あの人達、出撃するとずっと格闘術の訓練してるから、そこで見込みあるって言われて、本人も行く気になったようね」
サボり、サボりのイメージしかなかったけど、真面目にやってたんだな。みんな離れちゃうのか。
ちょっと…嫌だな。

 「ウチの分艦隊はしばらく開店休業だな。艦艇はともかく、人員だな。どこぞの星系警備隊からまわされて来るか、前線へ来たがる勢いだけのワカランチンが来るか…ダウニー司令も七月で勇退、パークス艦長も昇進して退役だ。リンチの野郎…ああ、すまん、警備艦隊司令官も頭が痛いだろうな」
「いいわよ別に。オジさま自身はいい人なんだけどね、縁故でどうのこうの言われるのはもう沢山。皆と別れるのは寂しいけど、転属になってよかったわ」
愚痴だらけだな…上に上がるのも考えものだぞこりゃ。



5月1日 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊地上司令部、
司令官公室 ギル・ダウニー

 「…以上が第2分艦隊の状況です」
「了解しました。艦艇、人員とも最優先でまわしてもらいますが、時間はかかります、済みません」
「謝らなくて大丈夫だよ。それくらいは分かっているよ」
「申し訳ありません教官。それと今回の勝利、おめでとうございます」
アーサー・リンチ少将。
デスクワークも艦隊指揮もこなす、文武両道の期待の軍人、ということになっている。
彼は今でも私を教官と呼ぶ。彼が士官学校の学生だった頃、私は彼等の主任教官だった。彼を支える分艦隊司令として誘われた時に、二人の時は昔のままでお願いします、と言われたのだ。

 「リンチ君。君の義妹さんは中々行動力があるな」
「そうなのですか?」
「うむ。今回の勝利は、義妹さんがきっかけだったと言っても過言ではない。ある下士官の提言を直接彼女が分艦隊司令部に持って来たからなのだ」
「…義妹がご迷惑をおかけしてすみません、職分を犯すような事をして…」
「迷惑などではないさ、勝ったのだからな」
「増援も送れず誠に申し訳ありませんでした、なんと申し上げたらよいか…」
「顔を上げたまえ、リンチ君。私が君の立場でもそうしただろう。指揮官の決断は常に万人に受け入れられるものではないのだ。気に病む事はないよ。まあ下の立場としては文句のひとつも言いたくなるがね」
「はあ…」
「君は回りの目を気にしすぎだ。確かに最前線を任されるのは期待の現れではある。だが、どうしても期待に応えられない時はあるのだ。期待に応えようとするあまり自分を見失ってはいけないよ」
「肝に命じます」
「…あと約二ヶ月か、君の元で働けるのも」
「教官のがおかげで現職を全う出来ているものと思っております。教官がいなくなったら私は…」



6月3日 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊地上司令部
ヤマト・ウィンチェスター

 「バーンズ曹長、砲術科員の身上調査表、目を通してくれました?」
「ああ、まだだ、すまん」
「サイン貰わないと管制主任のところ持ってけないんで今日じゅうに」
「…了解した。というか、可愛げがなくなっちまったなあ、坊や」
「可愛くなりたいんですけどね。書類と責任が増えると可愛げが減る事になってるんですよ」
航法科の兵曹長が転属してしまったから、バーンズ兵曹長が旗艦最先任兵曹長になった。
最先任兵曹長は忙しい。今までは砲術科の先任兵曹長だったから砲術科の下士官兵の面倒だけ見ていればよかったのが、アウストラ所属の下士官兵全員の面倒を見なきゃいけなくなったのだ。
俺も兵曹長だから、先任兵曹には違いないのだが、兵曹長の中にもちゃんと序列がある。
俺は兵曹長の中でも一番下っぱだから、色々と雑用をこなさなければならない。いわゆるデスクワークだ。
出撃してないときはほとんどこれだ。…面倒くさい。

 砲術科執務室のドアが開いた。オットーだ。
「おい、聞いたか」
「いきなり聞いたかと言われても」
「そりゃそうだな、…イゼルローン回廊のこちら側で第3分艦隊がやりあってるようだぞ」
「本当か」
「嘘ついてどうなる、痛み分けで睨みあってるらしい」
「ウチも出撃…はないか」
出撃はない。ウチの分艦隊は再編中だからだ。人員も艦艇も来ない。
さすがに最前線としては兵力が少ないと感じたのか、エル・ファシル警備艦隊の編制を変えるべきではないか、という意見が統合作戦本部で出たらしい。それで兵力を増やすか増やさないかを国防委員会と調整中なのだという。
「出撃はともかく、近所でやりあってるんじゃ再編も厳しいんじゃないか?」
「そうだろうな。退役前なのに司令も困ってるだろうよ」

 『第2分艦隊司令部は第10会議室に集合せよ』

 「あら。また何かあったのかな」
「どうせロクな事でもないんだろ…と、時間だ。本日も課業終了と。ヤマト、『サンタモニカ』に行こうぜ。新しいウエイトレスが入ったんだよ、知ってたか?」
「いや、知らない…というか、マイクが居なくなったからってマイクの分まで頑張らなくていいんだぞ」
「違うね、マイクが居たから俺の出番がなかっただけだよ、さあ行こう」
 

 

第九話 伝説の始まり

宇宙暦788年6月3日 エル・ファシル、エル・ファシル中央区8番街、レストラン「サンタモニカ」
ヤマト・ウィンチェスター

 オットーがフレデリカちゃんに必死に話しかけている。
確かにフレデリカは可愛い!アニメでも可愛かったが、現物はもっと可愛い!
新しいウエイトレスが、とか言ってた癖に…。オットーのやつ、フレデリカと話したいだけじゃないか。
痛でで!ファーブルつねるな!俺はフレデリカじゃなくてオットーを見てるの!てか何でお前着いてきてるの!
「…ウィンチェスター曹長はああいう子が好みなんですか??」
「好みというか、知ってるんだよね、あの子」
「へえ。知り合いの娘さんとかですか?」
「知り合いと言えば知り合い…かな?」
「??」
分からなくていいんだ、うんうん。……ん??
…あの窓側のボックスシートでボッチ飯してる客、どこかで……。こっち向け。窓の方を見ろ!
…間違いない、ヤン・ウェンリーだ。
本物だ!!初めて…じゃないけど初めて見た!
ひえー!生ヤンかよ!…本当に頼りなさげ感たっぷりだな…。
「ウィンチェスター曹長、個人携帯端末(スマートフォン)鳴ってますよ…あたしもだ」

”緊急呼集。第2分艦隊所属の者は宇宙港軍専用区画に向かえ“

 「またか!オットー、ファーブル兵長、行くぞ」
見るとヤン・ウェンリーも立ち上がっている。第2分艦隊所属なの??じゃなくても警備艦隊所属なのは間違いないな。てか今やっと原作第一巻なのか!アニメも原作も宇宙暦何年とか帝国暦とか気にしてなかったから、ヤンがいつエル・ファシルに来るのか分からなかったぜ!
銀河の歴史がまた1ページじゃねえか!!



6月3日23:00 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 やっとアウストラに戻ってこれた。しかし、シャトル発着の混雑は半端なかったな。二度とごめんだよまったく。

 『各科長集合、士官室』

 一体どうしたっていうんだ?…『エル・ファシルの奇跡』の始まりか?始まりなら始まりでいいんだけど、流れが見えないのはキツイ。
「よお、坊や」
「あ、バーンズ曹長。何か聞いてます?」
「本隊と第1分艦隊はアスターテに移動を開始したそうだ。俺たちも覚悟した方がいいかもな」
「…ウチの艦隊はまだ三分の一くらいが月のドッグに入渠したままですよ?哨戒に出てるやつらもいるから、現状で四十隻もいないんじゃないですか?」
「そういえばそうだった。それに他の艦は休暇処理だから、たった四十隻でも出撃準備が整うまで時間かかるだろうな。参ったなこりゃ」

 エル・ファシルには月がある。そういえばハイネセンにはなかったな。エル・ファシルは恒星の名前もエル・ファシルだし、俺たちがいる星もエル・ファシルって名前だ。よく考えてみると、??なんだよな。
この世界の人々も、自分が住んでる星の衛星の事を月って言うし、主星の事を太陽って呼んでる。ハイネセンに住んでた頃もバーラトじゃなくて太陽、太陽って呼んでた。
…なんて事はどうでもいい。月には補修用ドッグがあって、こないだの戦いで傷ついた船がまだ入渠したままなんだ。それもそうだし、哨戒に出ている艦艇以外は休暇になっている。アウストラは旗艦だから休暇は後回しになっていたからよかったものの、他の艦はそれぞれ全員揃うのに時間がかかるだろう…。確かに参ったなこりゃ。



6月3日23:50 エル・ファシル軌道上、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
オデット・ファーブル

 士官室に集まってた砲術長と射撃管制主任が戻ってきた。何か浮かない顔してる。
『士官は辛くても全然平気そうな顔をしてなくちゃいけないんですよ。特に兵隊の前ではね』ってエアーズ兵曹が言ってたっけ?確かにあんな顔をされたら部下としては色々勘繰っちゃうよね…。
「よし、皆集合。射撃の皆も呼んできてくれ」
新任のクロンビー中尉。中尉を見てるとガットマン大尉がどれだけ優秀だったか分かるわ…。
「砲術長、皆集まりました」
「そうか、では始めよう」
砲術長セーガン大尉が話し始めた。
「イゼルローン回廊の同盟側で、第3分艦隊が敵と交戦中である。警備艦隊司令官は宇宙艦隊司令部に増援を要請、ジャムジードの星系警備隊艦隊が増援の準備中だ。第2分艦隊は現有戦力でアスターテからアルレスハイムに進出、同星系の哨戒を行う」
どっちみちウチは哨戒ばかりということね。
「四十隻でですかい!?回廊入口でドンパチやってるってのに、そりゃ少しばかり酔狂の度が過ぎるってもんじゃねえですかい?」
「…決定だ。バーンズ曹長。本隊と第1分艦隊はヴァンフリートを突破して最短で回廊入口に向かうそうだ。我々は途中哨戒隊を収容しながらアルレスハイムに向かい、同星系の哨戒に当たる」
…はあ。やんなっちゃう。



6月6日14:00 イゼルローン回廊前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦グメイヤ 
アーサー・リンチ

 「司令官。帝国艦隊およそ五百隻、我が方の12時方向。第3分艦隊と正対中です。距離、約六十光秒」
「よし、第3分艦隊と敵を挟撃する。全艦砲撃戦用意」
うまくいった、敵を牽制しつつティアマト方向に後退しようとしていた第3分艦隊を追う帝国艦隊の左側面を突く位置に出る事が出来た。ヴァンフリートを抜けたのは正解だった。
「第1分艦隊に、三時方向に移動して敵の後方を遮断するよう伝えろ」
「はっ」
第1分艦隊が敵の後方を遮断すれば、敵は三方向から包囲される事になる。第3分艦隊の損害の程度はまだ分からないが、それでも倍以上の兵力で包囲するのだ、完全勝利だろう。

 

6月6日19:00 アルレスハイム星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 ヤンがいた。若かったなあ…じゃない、近いうちに『エル・ファシルの奇跡』が起きるんだ。どうやって起こすんだろう?顛末は知ってても、フレデリカとヤンの出会いがあることは知ってても、経過が分からない…てか下手したら帝国の捕虜だ、それは困る。早くエル・ファシルに戻らないと…。
「ウィンチェスター曹長、どうしました?」
「あ、いや…ウィンチェスターでいいですよ、エアーズ兵曹」
「そうかい?でも一応上官になってしまったからねえ」
「新人には変わりないし、呼び捨ての方が気が楽ですよ」
「そうか。じゃウィンチェスター、どうかしたかい?」
「何でもないですよ…ていうか、いつまでここにいるんですかねえ」
「そりゃ…終わるまででしょうねえ。なんか用事でもあるのかい?」
「いや、まあちょっと…」



6月6日16:50 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦グメイヤ
アーサー・リンチ

 「参謀長、降伏を勧告しよう、これ以上は無意味だろう。オペレータに敵と回線を…どうした?」
「これは…!イゼルローン回廊入口より帝国艦隊と思われる反応です!数は…数は約二千!」
「…増援か!参謀長、命令…正面の敵への攻撃を中止、第1分艦隊をこちらに合流させろ。第3分艦隊は攻撃中止後現位置を維持。…オペレータ、新しい敵集団との距離は?」
「はっ、失礼しました、新しい反応との距離、およそ七百光秒です!」
正面の敵が退いていく。約百隻。集団としてはそれなりだが、戦力としては数には入らないだろう。
「参謀長、あの敵の目的は何だと思う?」
「劣勢な味方の救援、だと思われます。数はこちらより優勢ですが、戦えない程の兵力差ではないとは思われますが」
「参謀長は戦いたいかね?」
「むざむざ合流させるのも興醒めとは思います」
「嫌がらせの攻撃を行う、と言うことか?」
「敵を撃破する機会を惜しまぬ、と仰って頂きたいものですな」
「物は言い様だな。よし、先ほどの命令を変更…第3分艦隊はそのまま微速前進、第1分艦隊の左翼に着け。第1分艦隊は現座標を維持、反転し逆撃態勢を取れ。本隊は陣形を再編しつつ三時方向に転回、横陣形を取る、急げ!」



6月6日18:30 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊作戦室
ヤン・ウェンリー

 「君も災難だったな、着任早々置いてけぼりを食らうとは…まあ君の場合は艦隊司令部が君にメール送信を忘れていたからなのだがね」
「はあ、申し訳ありません」
「これは仕方ない。まあでもエル・ファシルでよかったよ、こういう事はちょくちょくあるんだ。これが本国なら降任ものだよ」
確かに帰艦遅延は懲罰ものだ。それが緊急出港時の帰艦遅延ともなると…。
つくづく私は軍隊組織に向かない…しかし忘れていたのは少しひどくないか?組織から弾き出されようとしているのだろうか?
「緊急呼集、緊急出港が多いからね。遅れた者をその都度懲罰にかけていたら一番困るのは指揮官たちさ」
「何故です?」
「自分達の管理責任を問われるからさ。帰艦遅延は多い時で百人単位で出るんだ。そんなこと報告してみろ、大問題だよ。部下をきちんと管理できているのか、ってね。当然出世にも響く」
「はあ、なるほど」
「本国がまったく知らない訳じゃない。緊急出港に遅れた者は艦隊の地上司令部で勤務することになっているんだ。一種の避難措置さ」
「…勉強になりました」

 正面の大型ディスプレイには現在の戦況が映し出されている。ヴァンフリートを突破した味方本隊が、第3分艦隊と交戦中の敵側面を突いた。本隊から別れた第1分艦隊がそのまま敵後方を遮断、三方向から敵を半包囲…。
味方が優勢とはいえ、完璧な布陣だ。しかしこのイゼルローン回廊入口に現れた二千隻程の新たな敵影、彼らの意図をどう見るか…
「ヤン中尉、補給艦の準備だ」
「補給艦、ですか?」
「そうだよ。どうなるか分からないからね。せめてアスターテまでは進出させとかないと」
「しかし護衛に回せる艦がいませんが」
「第2分艦隊に護衛要請を出す。現在アルレスハイムには敵がいない、通常の哨戒に戻ってもらって、第2分艦隊主力にはアスターテに戻ってもらおう」
「了解しました。手配の準備にかかります」
やれやれ、地上勤務といっても暇はないか。…補給艦の手配…どうすればいいんだっけ…やれやれ…。
 

 

第十話 奇跡前夜

宇宙暦788年6月6日23:00 アルレスハイム星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ セバスチャン・ドッジ

 こんな事で休息中の司令を起こさねばならんとは…。軽視してはいけないのだが、
本当に今必要なのかと思いたくもなる。
「司令、お休みの所を申し訳ありません。エル・ファシル基地の警備艦隊地上司令部作戦室より要請が届いております」
「…構わん。何だ?」
「アスターテに出す補給艦の護衛要請です。哨戒を通常配置に戻し、第2分艦隊主力はアスターテに戻られたし、とあります」
「補給艦の準備は分かるが、何故護衛が必要なんだ?」
「さあ…イゼルローン回廊入口での戦闘ですから、大事をとって、ということではないでしょうか。本隊からの連絡によりますと、新たに発見した二千隻程の敵と思われる反応以外に、新たな敵の兆候はないとのことです」
「ということは、地上司令部はここに向かってくる敵はいないと判断しているのか」
「ではないでしょうか。要請ですから艦隊司令官の許可は得ている筈です」
「となると艦隊司令部も我々がアルレスハイムから退いても差し支えない、と考えている事になるが…主任参謀、どう思うかね?」

 確かにダウニー司令の言う通りだ。
ダウニー司令は少将に昇進なされた。多分今回の出撃が最後の作戦行動になるだろう。私も司令と同日付で准将に昇進した。そして司令の退役後は私がこの分艦隊の指揮を執る事になっている。
私が昇進した後から司令は、分艦隊について何も言わなくなった。そして私の進言が全面採用されるようになった。私に艦隊指揮に慣れさせようとしているのだろうと思う。
普段はいい。通常の哨戒や日常のスケジュールをこなす分には前例に従っていれば何も問題はない。
問題は意思決定しなければならない時だ。それを考えると、参謀という立場がどれだけ気楽な事か。
そして指揮官に交代はない。

 「艦隊司令部が是としているのであれば、これに従わねばなりません。通常の哨戒ですと二から四隻です、回廊前哨宙域で戦闘が行われている事を考えますと、少なすぎると言わざるを得ません。そして現在我々は六十四隻の兵力です。戦闘哨戒を行うにしても少なすぎる兵力です。もともと少なすぎる兵力ですからどのようにしても問題ないと考えます。ですので、四十隻をアルレスハイムに残置します。これを十のグループに分けて哨戒させます。各グループの指揮はそれぞれのグループの先任艦長に執らせます」
「我々はどちらになるのかね?」
「無論、アスターテに向かいます。司令部が存在する場所が主力ですので」
「…了解した。そう処置したまえ」
「ありがとうございます」


6月7日09:00 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地 ヤン・ウェンリー

 やっと事務作業から解放された。
補給艦の手配といっても何をしていいか分からないから色んな人に聞いて回らなければならなかった。
しまいには『なんでこんな奴寄越すんだ!』なんてクレームの電話を作戦室に入れられる始末だ。
大体こんな若造に補給艦の手配なんてやらせる方が悪い。
結局、『君も一応参謀なのだから、最近の戦いの戦闘詳報でも当たってはどうか』という事になってしまった。これなら私でもやれる。

 ……ひどい。そもそも戦いに意味があるのかどうか分からないような遭遇戦ばかりだ。「ぶらついていたら目が合ったからケンカになった」様な戦闘が多い。そもそも戦闘はお互いにやる気がないと起きない。
戦意過多、戦略無視…ああ、無視ではないか、かたや「自由惑星同盟などと僭称する叛徒への懲罰」で、もう一方は「傲慢で暴虐なる専制国家との神聖な戦い」なのだから、どれだけ無意味に思えても意味はあるんだろう。
…これはこの間の戦闘だ。…第2分艦隊か。…面白い、センサーの性能限界を利用し兵力数を小惑星を牽引する事でごまかして、別動隊を編成し側面を突かせる。別動隊を抽出した分の火力の減少は連続斉射で補う…。ああ、なるほど、敵の方が兵力は優勢だったがこちらの方が戦艦の絶対数で勝っていたのか。だから短時間なら火力の減少を戦艦の連続斉射で補えると考えた…。
余程の至近距離じゃなければ艦型、艦種までは分からないからな、でも味方は相当冷や汗かいていただろう。小惑星を牽引しているという事が露見しないよう連続斉射で敵を近づけない様にしたんだろう。
いやあ、面白い、こんな事を考える人がいるのか。
立案者は…下士官?ヤマト・ウィンチェスター兵曹長?まだ18歳?…世の中は広いなあ。

 

6月10日15:00 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 やることがないから食堂に来た。タンクベッド睡眠も飽きた。
あっちに行ったり、こっちに行ったり…ウチの艦隊は何をしてるんだ。確かにやってることは哨戒ばかり、そして補給艦の護衛ときた。決して軽視してる訳じゃないけど、いち乗組員の立場ではものすごく暇だ。気が休まらないのは司令部だけ…下っぱとしては、本当に戦争しているのかと疑いたくなる。
パランティアの戦いは…不謹慎だが楽しかった。心地よい緊張感。
自分に被害が及ばない限り、リアルなゲームなんだよな。何故って?相手の顔が見えないからに決まってるじゃないか。心地よい、でも確かにあの緊張感は重い。でも…それだけだ。
俺はどこか感覚がおかしいのか?30年余計に生きてるから麻痺してるのか?
だから艦隊の乗組員と陸戦隊員の仲が悪いのは当たり前なんだよな。
乗組員達は陸戦隊員の事を野蛮人とかトマホークを振るう事しか出来ない能無し、って言ってるし、陸戦隊員は艦隊乗組員の事を偏向シールド越しでしか戦争の出来ない臆病者、ってお互いに罵りあってる。
ああ、俺は誰に何を話してるんだ?…とにかく暇なんだ!

 「どうしたんです?難しい顔して」
「そうだそうだ。暇で仕方ないから顔だけ何か考えてる風に装ってるんだろ」
「…なんだ、ファーブル兵長とオットーか」
「なんだ、は無いでしょ、ひどいです。バルクマン曹長とそこで一緒になったから食堂に誘ったんですよ」
「一人で考え事か?」
「考え事というか…暇なんだよ」
「確かに…射撃管制、というか、砲術科は暇だろうな、この状況じゃ。第二警戒配置だし、まあウチも似たようなもんだけど…護衛で補給艦共々アスターテに待機じゃ、各艦の座標修正くらいしかやることがない」
「まあウチの分艦隊はどう見たって戦力外だからな。ところでオットー、回廊入口の状況、なんか分かる?」
「味方がだいたい千五百隻、帝国軍が約二千隻。兵力は帝国軍が優勢だが戦い自体は互角らしい」
「へえ。リンチ司令官も中々やるねえ」
「お前…他人事じゃないんだぞ」
「まあそうだけどね。でも今の状況じゃ半分以上は他人事だろ?」

 ファーブルちゃんがコーヒーを淹れて来てくれた。ビスケットのおまけ付だ。給養員に同期の女の子がいて、茶菓子にと呉れたらしい。そして今その同期がサンドイッチを作ってくれているという。前回の戦いで下士官らしからぬ功績を上げた俺達は、ちょっとしたヒーローなんだそうだ。そしてこれは本当についでなんだが、その子はオットーの事がタイプらしい。…けっ。
「じゃあウィンチェスター曹長だったらどうします?もし他人事じゃなければ」
「俺だったら?…どうしようかな」
「他人事じゃないんですよ?フフ」
「戦わないね。うん、戦わない」
オットーが吹き出しそうになっている。何もウケ狙いじゃないぞ。

 「危ない危ない、…ヤマト、敵がいるのに戦わないのか?」
「うん、戦わないね。戦わなきゃいけない、って決まってる訳じゃないからね。オットー、今回の戦いのキッカケは何だった?なるべく正確に」
「正確に?…第3分艦隊がイゼルローン前哨宙域で敵と遭遇…だよな?」
「もうちょっと正確に」
「はい!…第3分艦隊四百隻が、イゼルローン前哨宙域で帝国艦隊五百隻と遭遇。交戦状態に入りました!合ってます?」
「ファーブル兵長、正解。じゃあオットー、その後どうなった?」
「…第3分艦隊はティアマト星系方向に退きつつ、膠着状態に持ち込んだ。そこにヴァンフリート星系を突破したエル・ファシル警備艦隊の本隊が到着、帝国艦隊の側面を突く事に成功。第1分艦隊を帝国艦隊の後方に移動させて半包囲、その後イゼルローン回廊から新たな帝国艦隊が出現…」
「そう。ファーブル兵長、オットーにコーヒーのおかわりお願い。あ、俺も」
「はい。ついでにサンドイッチも貰ってきます」

 最近、ファーブルちゃんが可愛く見えてきた。つい後ろ姿を見てしまう。年上は苦手なんだけどな…あれ?俺の場合、ファーブルちゃんは年上なのか?年下なのか?…どっちでもいいか。
あ、食堂入口でドッジ准将が当番兵と話してる。…こっちに向かってくるぞ。
「どうしたんだ、二人とも…ああ、三人か、暇なのか?」
「正直、暇であります。立直(ワッチ)が終わったので気分転換と思いまして」
「そうか…ところでウィンチェスター、試みに問うが…いや、止めとこう」
「何ですか?言いかけて止められると非常に気になりますが…」

 ファーブルちゃんが気を利かせて(欲しくなかったが)、准将の分のコーヒーも持ってきた。…ほら、座っちゃったじゃないか、もう。
「お、ありがとう。…イゼルローン前哨宙域での戦闘なんだが、君はどうなると思うかな」
「分かりません。敵が優勢との事ですが、負けて欲しくはないです」
「それはそうだ。馬鹿な事を聞いた、申し訳ない。では…君ならどうするね?ダウニー司令の言う様に、君が本当にアッシュビー元帥の再来なら」
なんだ、ドッジ参謀も気分転換に来たのか。
「参謀殿、ちょうどその話をしていたんです。こいつ、俺なら戦わないって言うんですよ」
「戦わない…?」
オットー、煽るなよ…。
「面白いな、何故戦わない?」
ほら、こうなっちゃうだろ…。

 「当初、戦いは味方の第3分艦隊四百隻と敵、帝国軍五百隻で始まりました。当然劣勢な味方は増援を要請します。当たり前ですが、それは敵も察している。敵としては増援が来るまでに第3分艦隊を撃破したい…」
「確かに」
「しかし味方が頑張った。膠着状態に持ち込んだ。となると敵は焦ります。何としても撃破するか、増援を呼ぶでしょう、しかしこの場合、敵が増援を呼ぶとは考えにくい」
「何故そう思う?」
「面子です」
「はあ?面子だと?バカな」
「そうでしょうか?…失礼な質問になりますが、参謀殿、この状況で参謀殿が敵の指揮官なら増援を呼ばれますか?」
「それは…呼ばないだろうなきっと。君の言う通りだ」
「でしょう?遭遇戦だから形は選べないにせよ、勝てると思った敵に攻撃を仕掛けて、撃破できないから援軍をください、とは常識人では中々言えない。まあそれは置いといて、味方が上手く膠着状態に持ち込んだ所に味方本隊が敵の左側面を突いた…」
「そして半包囲が成功し、殲滅手前で新たな敵が現れた。味方は半包囲を解いて新たな敵に対処しようとしている」
「そうですね。では何故新たな敵が現れたのでしょう?」
「恥を忍んで援軍を頼んだか、戦闘開始以降連絡がないから見にきたか…あ、すみません」
「いいんだ、バルクマン曹長。多分そうだろう。…だろう?ウィンチェスター」
…何故俺だけ呼び捨てなんだ?

 「そうだと思います。では参謀殿、参謀殿が敵の援軍の立場ならどうお考えになりますか?」
「何をやっていやがる、世話かけさせやがって…ってところか?」
「本音はそうでしょうね、正解です。ここでまた話は変わりますが、帝国とはどういう国でしょう?ああ、オットーもファーブル兵長も考えてみてくれ」
「はい、先生!暴虐なる専制国家です」
「そうだな」
「…二人とも、先生は不満そうだぞ。どうだ?ウィンチェスター先生」

 意外にドッジ准将も楽しんでいるみたいだし、先生役になりきってやるか…。
「…帝国は皇帝、政府、貴族、軍、平民によって成り立つ国家です。まあ、皇帝と政府は同一視していいでしょう」
「軍は政府の一部ではないのか?」
「そうなんですが、少々事情が特殊です。帝国の宇宙艦隊は何個艦隊で成り立ちますか?」
「確か、定数だと正規艦隊が十八個だ」
「え!十八個もあるんですか!?同盟負けちゃう…」
「そう、十八個もあるんですよ。でも過去の大会戦でも実際に戦場で戦っているのは大体三個か四個、多くても六個艦隊が精々です。おかしいとは思いませんか?イゼルローン回廊を保持して、いつでも攻めて来れるのにやらない。たまにドッときて、終わり。こんなことをもう百五十年もやっている。攻撃に関する主導権を握っているのは帝国なのに、ですよ?」
「ううむ…確かにそうだ。無知をさらしているようで恥ずかしいが、何故だ?」
「単純です。定数を保持出来ないからです。またはその必要性を感じていない。その点に関しては同盟は偉い。曲がりなりにも定数の十二個艦隊を保持している、国防に関しては手抜かりがない。まあ、この事は今の話にはあまり関係ないのですけどね」
三人とも呆気にとられている。そうだろうな、目の前にある戦いの話をしているのに、帝国全体の話をしているんだからなあ。…ファーブルちゃん、コーヒーじゃなくてアイスティーをポットごと貰ってきてくれ。
話疲れるけどいい暇潰しになりそうだ。 

 

第十一話 過去、現在、そして明日へ

宇宙暦788年6月10日16:00 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 三人とも呆気にとられている。そうだろうな、目の前の戦いの話をしているのに、気がついたら帝国全体の話をしているんだからなあ。
「ヤマト、それが今回の戦いとどう関係があるんだ?」
「そう焦るなよオットー。まだ続きがあるんだから…では何故帝国軍は定数の艦隊を保持出来ない、あるいはしようとしていないのか。何故でしょう?原因はちゃんとあります」
「質問形式はもういい、先を聞かせてくれないか?先生」
「そうですよ!私こんな話初めてだから楽しくて。先をお願いします、先生!」
「…分かったよ。参謀殿、宜しいですか?」
「…先生、頼む」
「…了解しました。…宇宙暦669年に遡ります、時の銀河帝国皇帝コルネリアス一世による大新征が始まります。帝国はそれに先立って入念な下準備をしました。同時に『元帥量産帝』でもあったコルネリアス一世は合計して59人もの元帥を作り出しました。量産品とはいえ、軍事的才能が全くない訳ではなかったと思います、元帥ですからね。才能のありそうな順に艦隊の編成を始めた結果十八個、という事になったのだと思います。十八個という数も暫定だったのだと思いますよ。元帥一人に一個艦隊でも、五十九個艦隊必要なのですから」
アイスティーは正解だった。オレンジが無いのが残念だ。

 「本当に五十九個艦隊も作られては困る、十八個でも軍事費でパンクしてしまう、だが量産元帥がいる手前ダメとも言えない、皇帝陛下、とりあえず編成予定にはしてくれませんか?と政府がお願いしたのでしょう。その結果、編成の終わった数個艦隊で新征に望んだのだと思います。後は記録の通りですが、戦いに引き連れて入った五十九人の元帥のうち、三十五人が戦死しています。その後コルネリアス一世は元帥号を誰にも授与していません。自然に艦隊編成の話も消えて、十八個という数だけが残ったのだと思います」
「それで?」
「十八個は無理でも何とか数を揃えようと帝国軍は頑張った。でもそんな努力をかき消す大事件が起きます。『730年マフィア』の登場です」
「分かったぞ。『軍務省の涙すべき四十分』だな」
「はい。第二次ティアマト会戦で、帝国軍は軍中枢、将来正規艦隊を率いるであろう若手士官や軍事に練達した貴族指揮官、そして多数の艦艇を失った。同盟もアッシュビー提督と『730年マフィア』の結束を失いました」
「それがイゼルローン要塞の建造に繋がる…」
「そうです。帝国軍の損失は深刻なものでした。特に貴族指揮官を多数失ったのが決定的でした。彼等の跡を引き継ぐであろう貴族指揮官の子弟達はまだ子供だったからです。この戦い以降、帝国貴族の質の低下が始まった、と言われています。子供達を鍛えるべき親兄弟親戚が皆、戦死してしまったからです。でも悲しんでばかりはいられない。宇宙艦隊を再編しなくてはならない。しかし再建には時間がかかります、そこでイゼルローン回廊に要塞を建造して、回廊を封鎖することを考えた」
「それからは今の情勢か…ウィンチェスター、君は勉強家だな。しかし我々が当面気にすべきは前哨宙域の戦いであって、歴史ではない。今までの話がどう繋がるのだ?」

 セッカチだなあ、せっかく暇なんだから、暇潰しに付き合ってもらわないと困りますねえ。それに現状を理解するためには過去の経緯がすごく大切なのですよ。概説を軽んじてはダメですよ、ドッジ君。
「…イゼルローン要塞が完成した結果、イゼルローン回廊内や帝国から見たイゼルローン回廊出口、いわゆるこの辺りの事ですが、戦場が同盟側に固定されたために、帝国軍は無理に艦隊の数を揃えなくてもよくなったのです。ですが帝国軍は二つの問題を抱える事になりました。平民の台頭と、門閥貴族による軍の私物化…私兵、軍閥化です」
「なんだと」
「現実問題として、指揮官は揃えなければならない。失った貴族指揮官の穴は平民が埋めることになりました。ということは軍の将来は平民が担う事になりますが、帝国政府、軍としてはそれは避けたい。平民は潜在的な反乱階級だからです。彼等に力を持たせる事は避けなければならないとなると軍の中枢は貴族が担う事になりますが、彼等はその能力を失っている。現状では貴族は軍をコネ作りや自家の勢力伸張の場所として利用しています」
「そんな事になっているのか。どうやって調べたんだ」
「帝国を批判する出版物はたくさんありますし、フェザーンから入ってくる情報からでも推察は可能ですよ。現に門閥貴族の抱える私兵は、帝国軍所属には違いないでしょうが、帝国軍宇宙艦隊…正規艦隊の命令系統からは外れているとしか思えません。一応宇宙艦隊司令部には出撃許可を取るとは思いますけどね。暇なので過去の戦闘記録や、捕虜の尋問記録を調べましたが、帝国軍によるイゼルローン回廊内や近隣星系の哨戒は宇宙艦隊の命令系統に属するイゼルローン要塞駐留艦隊や、それに付随する哨戒部隊が行っていますが、遭遇戦の殆どはやはり正規艦隊に所属していない分艦隊が行っていました。貴族達が武勲欲しさにやっているのですよ」

 「…正規艦隊でもない貴族の遊びに付き合わされているというのか、我々は」
「…遊びかどうかは分かりませんが、そうなりますね。ここで話がやっと目の前の問題に下りてきます。武勲を欲しがる人たちというのはどういう人たちですかね?」
「見返したい、抜け出したい、期待に応えなくてはならない…そんなところか?」
「そうですね。貴族でも前線に来るのはそういう人達です。そういう人達が援軍なんて他人の手を借りると思いますか?」
「借りない、だろうな」
「宇宙艦隊司令部も簡単には援軍は出さないでしょう、出兵計画にはない出撃でしょうから。まあイゼルローン要塞は宿として提供するでしょうけどね。…まあ話を戻すとそのイゼルローン要塞があるから簡単に攻め込まれる心配はないわけで、宇宙艦隊司令長官の信頼の置けるものだけを艦隊司令官にして…現状としては九個艦隊程度あると思っておけばいいんじゃないですかね。帝国軍も予算で動く訳ですから、余裕があるわけではないでしょう。示威行動としても貴族達が出撃してくれるのはありがたい筈です」

 ドッジ准将は考え込んでいる。
「しかし、奴等の心配をする訳ではないが、貴族だけで出撃などしたら、ひどい事にはならんか?奴等は軍事的には素人なのだろう?」
「基本的には帝国軍です。指揮官が貴族のお坊ちゃんだとしても、支えるスタッフや乗組員達は軍の正規教育を受けているわけですから、それほどひどいものではないと思いますよ。ですが、貴族達にとって一番大事なのは前線に出た事であって、戦果は二の次だと思います。統帥本部や宇宙艦隊司令部も勝てば儲け物、ガス抜き位にしか考えていないのではないでしょうか」
「ひどいものだな」
「ですね。でも貴族達に適当にやらせといた方が、帝国軍も都合がいいのですよ」
「何故だ?」
「貴族の持つ力が強すぎるからです。平民が活躍し武勲を上げ昇進する。云わば平民が大きな顔をするわけですよね、貴族達にとっては。それは彼等にとって面白くない。そういった彼等の鬱憤が内に向いた時が恐ろしい。貴族達、特に門閥貴族が軍組織を私物化しようと本気でその影響力を行使しだしたら、帝国軍内部は分裂、派閥化してバラバラになってしまいます。現にそうしようとしていてもおかしくありません。帝国軍の首脳部も貴族には違いないが、彼等は元々軍人を輩出してきた軍事貴族の名門、専門家で、いわゆる門閥貴族とは違います。専門家ではない貴族たちの専横は面白くないのです。ですから貴族の私兵達に好きなように出撃させてやれば、貴族達にも活躍の場を与えた上に、帝国の潘屏としての面子も立ててあげられますから、都合がいいのです。要は面子なのです。だから無理に戦わずとも、こちらから徐々に退いてやれば、彼等の面子が立ちますからね。そうすれば彼等も退きますよ。大艦隊ならともかく、遭遇戦程度の兵力で同盟をどうこうできるなんて彼等も思っちゃいませんからね」

 ドッジ准将は大きく息を吐いた。
「目の前での戦闘の話が、こんな大きな話になるとはな」
「元々こういう話は好きですし、歴史も好きですからね。先生になった気分で楽しかったです。参謀殿、失礼な態度があったら先に謝っておきます、申し訳ありませんでした」
「そんな事はない、楽しかったよ。任務に忙殺されると、こういう事を考える余裕がないからな」
オットーとファーブルちゃんはまだ呆気にとられたまま俺を見ている。
「ヤマト…お前、いつそんな勉強してたんだよ?」
「昔からだよ」
そう、昔から…。

 「ウィンチェスター、ところで君は士官になる気はないか?」
「なぜですか?」
「君がアッシュビー元帥の再来かどうかは分からない。だが先日君が見せた作戦立案能力、そして今話したような識見は士官の立場で活かされるものだ。…これは決して君達兵士の立場を卑下しているわけではないぞ。だが才能を活かすには立場が必要だ。君の才能は下士官という立場では活かされない才能なのだ。分かるかね?」
「それは…分かります。ですが、私はまだ若造ですし、しかもこの間昇進したばかりですよ?」
「それは関係ない、士官になる道は三つある。士官学校に入学する。武勲、功績立てて昇進する。まあこれは通常だ」
「ではもう一つは何ですか?」
「士官学校に入るのには変わらないが、将官推薦で入学するのだ」
「そんな事が出来るんですか?」
「推薦枠があるのだよ。下士官兵のうち、特に優秀と認めた者に許される制度だ。普通に功績を立てれば士官にはなれるのだから、あまり使われないがね。その点、君は下士官術科学校を出ているし、直接分艦隊の勝利に結び付くような功績をあげている。充分に推薦の条件を充たしている」

 ほぇー。そんな制度があったのか。確かに、直接将官に推薦される下士官なんてあまりいないだろう。
でも…また学校に戻るのか?一人じゃ嫌だなあ。
「ありがたいお話ですが、ご期待に添えるかどうか…当然中途編入で入学ですよね?」
「そうだ。階級と過去の軍歴を加味して、二年生に編入される」
「編入でしかも将官推薦枠で、なんて…在校生からの風当たりが強くないですか?」
「それはあるだろう。だから君一人では辛かろうと思って、バルクマン兵曹長とダグラス兵曹長も推薦しておいた」
「おいた…って、もう決定事項なんですか!?」
「可否はまだ分からんよ。もしも推薦が通らなくても、推薦に値する人物、という評価は残る。となると嫌でも士官への道は近いという事になる。…現在の行動が終わる頃には結果が出るだろう。生き残る事だな、ウィンチェスター。そろそろ私は戻るとするよ」



6月10日17:00 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
オットー・バルクマン

 「ヤマト、お前といると楽しいよ」
「ありがとう」
「ありがとう、じゃないよ!士官学校だぞ!?俺は嫌だぞ?」
「俺だって嫌だよ。でも断れると思うか?相手は准将閣下だぞ。まあ断わるも何も、既に推薦されてるんじゃ断り様もないけどな」
「はぁ…また学生生活かよ。ハイネセンに戻れるのは嬉しいけどさあ」
「マイクは喜ぶだろうな」
「ああ、絶対に喜ぶ。あいつ何してるのかな。もうハイネセンに戻っちまったかな」

 全く…なんでこんなことになっちまったんだ。
ヤマトの奴、妙な所で妙に鋭くて、見ていて不思議なんだよな…。変に落ち着いててオッサン臭いし。
「ヤマトさあ」
「何?」
「お前、さっきの話といい、いつの間にあんなに勉強してたんだ?」
「昔から、って言ったじゃないか」
「軍に入る前から、って事か?」
「そうだよ」
「そうだとしても、中学生の知識レベルじゃないんだよな。…お前本当に18歳か?」
「実は48歳…って言ったら信じそうで怖いからやめとく」
「確かに信じてしまいそうで怖い。それにしても、帝国軍の事なんてどうやって調べたんだ?市販されてる本の内容じゃない気がするんだけど」
「いや、あるよ」
「え?なんて本だ?」
「銀河英雄伝説」
「…銀河英雄伝説??どんな本だ?」
「…フェザーンで出版された本さ。…自家出版で売り物じゃないから、もう手に入らないけどね」
「お前はどうやって手に入れたんだ?」
「実家にあったんだよ」
「…なんか嘘臭いな。そんな都合よく帝国の内情を調べた本なんてあるもんか。大体そんな
本があるなら、同盟軍がほっとかないだろ」
「…まあな、嘘だよ。本当にあったらお前にも見せてるさ」



6月10日17:10 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
オデット・ファーブル

 ウィンチェスター曹長がハイネセンに戻る…。久しぶりに年下と付き合えると思ったのに!
頭も良さそうだし、下士官だけど前途有望だと思ったのになあ…。
「戻っちゃうんですね、お二人とも」
「まだ決まった訳じゃないさ。嫌なのは本当だし、ここが気に入ってるからね」
「本当ですか?でもバルクマン曹長はハイネセンに戻れるのは嬉しいって…」
「ハイネセンに戻れるのは俺だって嬉しいよ。でも休暇で戻るくらいで丁度いいんだよ。俺はこの(ふね)が好きだし、離れたくはないね。オットーだってそうだろ?」
「そうだな。ハイネセンに戻れるのは確かに嬉しいけど、それとこれとは話が別だな。みんないい人だしさ。それに着任していきなり戦闘で、しかも昇進までさせてもらって、愛着が涌かない訳ないだろ」
「そうなんですね…でも戻っちゃうんですよね…多分」



6月10日17:15 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 やっぱり、先の出来事を知っているのは良くないな。どうしても口出ししたくなるんだよな…。転生者の悪い癖だ。こればかりは職業病みたいなもんだから仕方ないか。
この行動が終わったら、士官学校か…。
あれ?2年生に編入ということは、アッテンボローの一期下になるのか?同期になるのか?
それはそれで楽しそうだ。でもなあ、多分このあとエル・ファシルの奇跡だろ?
士官学校入校はともかく、どうにかしてエル・ファシルから抜け出さないといけないんだよ。
…また口出しするか。
「オットー、このあと調べものを手伝ってくれ」
 

 

第十二話 エル・ファシルの奇跡(前)

宇宙歴788年6月8日01:00 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦グメイヤ
アーサー・リンチ

 「司令官、敵が二つに別れました。敵前方集団、約八百隻。これよりA集団と呼称します。敵後方集団、約千二百隻。これよりB集団と呼称します。敵の両集団共に、わずかづつですが、徐々に近づいてきます」
「命令、現陣形を維持し、等距離を保ちつつ後退せよ。…敵の意図は何だと思うかね?」
「はっ…現陣形を維持し、等距離を保ちつつ後退せよ!……兵力は敵が優勢ですが、戦い方によっては我々に状況を覆されかねません。よって、状況を更に有利にする為に、現段階では我々の分艦隊の無力化を意図しているのではないか、と思われますが…」
「私もそう思う。が、何だね?」
「何故敵は一気に距離を詰めないのでしょうか。敵は優勢なのですから敵A集団、B集団共に我が方の分艦隊にそれぞれが攻撃を仕掛ければ、こちらは当然本隊がどちらかに救援に向かいます。我が方はどちらかの分艦隊を失う覚悟をせねばなりません」
「それはかなりきつい一手だな。こちらは本隊両翼前方に第1、第3分艦隊を置いている。奴等が横並びでこちらの中央めがけて距離を詰めてきて、こちらの両分艦隊を中央から外に圧するように別れたなら、かなりまずい」
「そうですね、その場合どちらかの分艦隊を救援に向かうと、もう一つの分艦隊は完全に孤立します」
「だろう?…敵はそれに気付くかな。気付く様なら、右翼の第3分艦隊は中央に合流させた方がいいかも知れん。彼等は数が少ない」
「…第3分艦隊に合流の指示を出されますか?」
「私は気付く様なら、と言ったぞ参謀長。しばらく現在の位置関係で様子を見よう。それでも敵が何の動きも示さない様なら、急進して敵のA集団を半包囲する」
「しかし、それでは敵B集団は敵A集団を迂回して、我が方右翼側面か左翼側面に食いつこうとするのではありませんか?」
「そうだろうな。だからこちらは全力斉射でA集団を潰しにかかるのだ。敵B集団がこちらに食いつく頃には、敵A集団は半壊寸前だろう。そうなればB集団は我が方に食いつきつつA集団を救おうとするだろう。そこでこちらは退くのだ。…過日の第2分艦隊に倣う、二時間きっかり全力斉射して後退する」
「なるほど。ですがどちらに食いつかれても両翼が耐えきれるか分かりません。今の内に警戒するよう伝えようと思いますが、宜しいでしょうか」
「そうしてくれたまえ」



6月10日17:15 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ヤマト・ウィンチェスター

 「ヤマト、調べものって、何を調べるんだ?」
「エル・ファシルの民間人の数さ」
「…民間人の数……?そんなデータ、この(ふね)にはないだろう?そもそも有ったとして、調べてどうするんだ?」
自由惑星同盟って不思議なんだよな。有人惑星のある星系に警備艦隊があるのは分かるんだけど、中核となる戦力がいないんだよな。せめて一個艦隊でもエル・ファシルに常駐していれば、もっと楽だと思うんだけどな。それかジャムジード辺りに三個艦隊くらい常駐させるとかすれば、最前線は精神的にも物理的にもだいぶ楽だろうに、と思う。
いちいちフェザーン経由で情報もらって、帝国が攻めてきます、じゃあハイネセンから何個艦隊出撃…なんて、タイムロスが有りすぎるだろ…本当に自分達の領土を守る気があるのか??民主共和制の軍隊なのに民間人を守る、という色が希薄なように見える。

 「いや、うちの本隊が負けたらどうするのかな、と思ってさ」
「え?負けるって事はないだろ。負けたってハイネセンから増援が来れば巻き返せるさ」
「同盟軍だけならそれでいいけど、エル・ファシルはどうなる?」
「どうなる、ってそりゃあ…民間人を脱出させる計画くらいはあるだろ」
「そりゃああるだろうさ。問題はそれを民間人に周知徹底させてるかどうかだよ。俺達訓練されてる人間だって緊急出港でめちゃくちゃ混みあうんだぞ。それを民間人にもやってもらう…想像できるか?」
「…単純にパニックだな。でも俺達がやらなくても」
「戦闘中の本隊は自分達で精一杯さ」
「じゃあエル・ファシルの地上作戦室は」
「前哨宙域と何個星系またいでると思う、危機感がないんだよ。負けた時を想定していれば呑気に補給艦出そうか、なんて言わないよ。それにあそこは艦隊が出撃してしまえば、補給管制がメインの仕事になる。何も考えてないと思うぜ」
「なんてこった」

 百五十年も戦争してたら麻痺しちゃうのかな。戦闘始まったから避難の準備を、なんて毎回やってたらエル・ファシルの経済活動や市民生活はめちゃくちゃだろう、やってないだろうな多分。エル・ファシルが落ちた、なんて事がないから危機感が無いんだろうな。平和ボケではなくて戦争ボケか。
「でも、どうやって司令部に持ち込むんだ。前はカヴァッリ大尉が暴走してくれたけど」
「うーん、艦長にいうしかないな。その前に副長か。ドッジ准将に直接言ったら今度は怒られそうだ」



6月10日16:00 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦グメイヤ
アーサー・リンチ

 これ以上下がるとティアマト星系外縁部に入ってしまう。後退を続けても等距離で追って来るだけで何もしてこない。丸二日半も稼いだし、これ以上下がるのは危険だろう。
「オペレータ、敵A集団とB集団の間はどれくらいだ?時間的距離で頼む」
「はっ…およそ三十分です!付け加えますと、我が方と敵A集団の距離は三十光秒、至近です!」
「了解した…司令官、お聞きの通りです」
「気の利くオペレータだな。よし、全艦に作戦の伝達は完了しているな?」
「はっ」
「では始めよう。全艦、後退やめ。全艦前進。…砲撃戦用意。艦隊速度、第一戦速で敵に逆撃を加える。旗艦の発砲は待たなくてよい。敵A集団の先頭が有効射程に入り次第砲撃開始。全力斉射だ」
「了解しました。…全艦、砲撃戦用意!」



6月10日17:40 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、
第2分艦隊司令部 セバスチャン・ドッジ

 「旗艦艦長は、あの下士官達の言う事を真に受けるのですか!?」
声をあらげているのはウインズ中佐だ。彼も前回の戦いの恩恵を受けた一人だ。おこぼれ昇進にあずかった形なのが気に食わないらしい。その作戦を立案したのが下士官乗組員で、それが採用されたのも気に食わないらしい。司令部所属でないとはいえ、上位者に対する態度としては決して誉められんな。

 「…充分真に受けておるよ。でなければ司令部にこのような話を持ち込む訳はなかろうて」
パークス准将。彼も前回の戦いで昇進した。旗艦艦長は本来大佐が務めるが、退役前ともあって昇進後もアウストラの指揮を執ることが許された。
「では、旗艦艦長もリンチ司令官が負けると仰るのですか?」
「負けるとは言っていない。だが、ウィンチェスター曹長の言う事も尤もだ、とは思わないかね?」
「…確かに尤もではあります。ですが、ジャムジードからの増援が来れば、充分に勝利は可能ではありませんか」
「…ダウニー司令、彼等に言っておらんのですか」
「…何の事です?司令」
…何の事だ?
「…ジャムジードからの増援は来ない。ジャムジード警備艦隊は出撃準備を整えていたが、国防委員会に止められたのだ。ジャムジードの艦隊兵力は千隻、もし更に帝国軍が増援を繰り出した場合、ジャムジードからの増援では焼け石に水の様なものだと。第1、第2艦隊を増援として派遣するので、それまで帝国軍を食い止めろ、との事だ」
「そんな…馬鹿な…いえ、失言でした、申し訳ありませんでした。司令のお言葉を疑う訳ではありませんが、それは事実なのでしょうか」
「事実だよ、ウインズ中佐。事実だからこそ、リンチ司令官は不利な状況にありながらも前哨宙域から後退されないのだ」



6月10日18:30 エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、警備艦隊地上作戦室、
ヤン・ウェンリー

 「私がですか?」
「それはそうだろう。私はただの作戦室長で、末席とはいえ君は司令部の作戦参謀ではないか。民間人に与えるイメージを考えてみれば君の方がいいイメージを与える事が出来ると思うがね」
「…そんなものでしょうか」
「そんなものだよ。それに作戦室は要請に従って民間船の徴用準備と民間人の乗艦の割り振りの計画を立てねばならんのだ。実際暇なのは君しかいないんだよ。よろしく頼む」
「了解しました。これよりエル・ファシル合同庁舎に出向き、脱出計画の説明にかかります」
「よし、かかれ」

 体のいい厄介払い…いや、よそう。
イメージ云々はともかく作戦室長の言う事は尤もだ。艦隊司令部が出張らないと市民は納得しないだろう。問題なのは私の階級が伴ってない、という事だけだ。
それに民間船の徴用準備も乗船計画も急を要する。厳密には私は部外者ではないが、私が居たって邪魔なだけだろう。
それにしても、私はどうしてこうも事務処理が不得手なんだろう…歴史書を読むのは得意なのに、何故書類を読むのは苦手なのか。それがなければこうも厄介払いは…いや、よそう。



6月10日18:30 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ、
第2分艦隊司令部 ギル・ダウニー

 「主任参謀、補給艦はエル・ファシルに向かったかね?」
「はい。明後日の昼頃にはエル・ファシルに到着予定です」
「そうか。補給艦にはどれくらいの人間を乗せられるのだ?」
「十万トン級三十隻、二十万トン級十隻ですから、乗船者の為の最低限の飲料水と糧食を搭載しても、無理をすれば百万人は乗船させられます」
「そうか。そういえば、艦隊陸戦隊の強襲揚陸艦もあったな」
「はい。陸戦隊の装備を載せずに補給艦と同様の措置をとりますと、二百隻で五万人は乗船させられます」
「そうか…宜しい。ところで、今回もウィンチェスター君の発案かね?」
「そうです。彼は…司令の仰るようにアッシュビー元帥の再来かもしれません」
「…賛同者が増えて嬉しいな、それは。しかし、何故そう思うようになったのかね?」
「彼がこの案を持ち込む前の事です、食堂で私は彼と話す機会がありました。彼の同期や部下もいたのですが、話の内容は前哨宙域で戦っている味方の事でした。自分が警備艦隊司令官ならどうするか、と」
「ほう」
「彼は戦わないと言いました。戦わずとも、敵の面子を立ててやれば、敵は退くと」
「面白い考え方だな」
「その答えに至るまでの彼の考えがまた興味深いものでした。まるで見てきたかのような、既に確定事項のような…充分に有り得る、そのような推論でした」
「見てきたかのような、既に確定事項のような、か」
「士官学校への編入を推薦したことも話しました」
「…推薦したのか、彼を」
「はい。最初は驚いていましたが、後は平然としていましたよ」
「そうか…推薦したか。では死なせてはならんな。主任参謀、旗艦艦長を呼んでくれないか」
「了解しました」



6月10日17:40 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦グメイヤ
アーサー・リンチ

 「司令官、敵B集団、我が方の右翼前方、二時方向に移動しつつあります。こちらの右翼側面または右翼後方に回りこもうとしているようです」
「……よし、第1分艦隊に命令、敵A集団に突撃せよ。命令、第1分艦隊突撃後、本隊と第3分艦隊は敵A集団への攻撃を続行しつつ九時方向に移動、敵B集団に正対する。陣形そのまま、急げ」
「了解しました。…第1分艦隊はA集団に突撃せよ!…本隊、第3分艦隊は九時方向にスライドしつつB集団に正対する!B集団との相対距離を保て!」
第1分艦隊が約三百五十隻、敵A集団は…約五百隻くらいか。突撃が成功すれば、敵A集団を釘付けに出来る。こちらの本隊、第3分艦隊で約千隻、敵B集団がおよそ千二百…正対すれば戦線の維持は可能だ…なんだ?
「こ、これは…敵A集団が後退しつつあります!敵B集団、陣形再編中…紡錘陣をとる模様!」
紡錘陣だと?…しまった!こちらを分断に来たか!
「急速後退だ。スパルタニアン(単座戦闘艇)を出して近接戦闘の準備をさせろ…どうした?」
「司令官、第1分艦隊が後退する敵A集団を追って陣形が崩れ出しています。突撃準備には時間がかかるものと思われますが、続行させますか」
「続行だ。引き続き突撃隊形への再編急げと伝えろ」
「了解しました…二時方向より敵B集団、向かって来ます!」
 

 

第十三話 エル・ファシルの奇跡(中)

宇宙暦788年6月10日19:00 アスターテ星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、
旗艦アウストラ ヤマト・ウィンチェスター

 「ウィンチェスター曹長ほか一名入ります。艦長に呼ばれて参りました」
「まあ、楽にしたまえ。補給艦がエル・ファシルに帰還中なのは知っているな」
「はい」
「君達の懸念が組織を動かした訳だ。中々無い事でもあるし、そのような乗組員を部下に持つ身としては、非常に鼻が高い」
「ありがとうございます」
「が、内容が内容だ。私もダウニー司令も本隊が負けるとは思わない。まあ思っていたとしても口が避けても言いたくないがね。…万が一負けたとすれば、避難計画は計画では無くなる。味方が負けるという事は、帝国軍のエル・ファシルへの来襲が予想される訳で、計画の実行、成功には非常な困難を覚悟せねばならない。そして避難対象者は民間人な訳だが、概算で二百万人の民間人がエル・ファシルには存在する」
「…予想はしていましたが、実際に考えるとすごい数ですね」
「そうだな。一個艦隊強の人間を運ばねばならん。一人の損害も無く、だ」

 ヤンの達成したことがどれだけすごい事かよく分かる。
事故も遅延も許されないのだ。寒気がする。
軍隊だけならまだ楽なのだ。軍事行動の場合は許容出来る損害を含めて計画を立てる。これは銀英伝に限った事ではなくて、現実でもそうなのだ。まあ許容出来る損害の中には絶対入りたくないが…。
大体一割、多くても二割くらいが戦闘時の損耗や行動中の事故で失われると想定して計画を立てる。
となると、二百万人の一割は二十万人、二割なら四十万人の被害が出る事を許容する事になる。冗談じゃない、民間人にこれだけ被害が出たら、同盟軍の信頼どころか自由惑星同盟が崩壊しかねない。
民間人の被害を当たり前と考える軍隊など誰も信用しないし、それを許す政府も同様だ。ヤンさん、偉いよあんた。同盟自体を救う事になるんだから…。

 「確かに、そうです。民間人に被害が及ぶ事は許されません」
「その通りだ。地上作戦室では既に民間人の実数の集計や乗船割の策定を進めている。が、計画と実際に齟齬は付き物だ。そこで、ここから本題だ」
「はい」
「避難計画を発動する場合、その円滑な実施には計画実行者と計画発案者の強固な連帯と迅速かつ明瞭な意志疎通が必要である、と分艦隊司令部は考えている。そこで、計画発案者たるウィンチェスター曹長と、それを補佐するスタッフをエル・ファシルに早急に移送してもらいたい、分艦隊司令部からと要請があった」
「避難計画は第2分艦隊司令部主導で行うのではないのですか」
「計画主導はあくまで警備艦隊司令部だ。幸運なことに、緊急出撃に間に合わなかった作戦参謀が地上作戦室にいるのだ」
「了解しました。…差し出がましいようですが、リンチ司令官はご存知なのですか?」
俺がそう言うと、パークス艦長は大きく息を吐いた。いらん事を聞いた、どうやらここから先はオフレコの様だ。

 「…知っていたら分艦隊司令部は苦労はせんよ。補給艦を戻した事も、この避難計画も、言わば独断だよ。みんなリンチ司令官の名前で行ってはいるがね」
「そうなのですか?」
「前哨宙域では新たな戦闘が始まっている。当然気も立っているし、余裕もない。そんなときに暇な我々が”避難を考えた方がいいのでは“何て言ってみろ。“俺たちが負けると思っているのか、暇人どもめ”なんて事になるだろう?」
「は、はあ」
「そして言い出したのは誰だ、という事になる。”旗艦乗組の下士官です“なんて事もとても言える事じゃない。だったら黙ってやった方がいいとは思わんかね?」
「ま、まあ」
「味方が勝っていれば、内輪の口頭注意で済む話だ。独断は誉められないが、非常時の事を考えていて真に宜しい、避難訓練、真に宜しい、となる。それが警備艦隊司令官の名前で命令された様に手回しが済んでいれば尚更だ」
「…負けていた場合は」
「…考えたくはないが、戦いに精一杯で民間人の事を顧みる暇はなかった、とは言えないだろう?だが警備艦隊司令官の名前で避難命令が出されていればどうだ?戦いには負けたが民間人は救った、最低限の任務は果たした、宜しい、となる。軍の名誉は守られる」
「なるほど、命令を出してさえいれば、勝てば誰も傷つかないし負けても言い訳が出来る、と言う訳ですね」
「ハハ、君は口が悪いな。では…2100時に駆逐艦オーク34が接舷するので、移動の準備をしたまえ」
「…第2分艦隊はエル・ファシルに戻らないのですか?」
「我々は前哨宙域に向けて移動する。…本艦乗組、短い間だったがご苦労だった。これからの君達の活躍に期待する。以上だ」



6月10日18:30 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、旗艦グメイヤ
アーサー・リンチ

 第1分艦隊の突撃は半ば成功、半ば失敗した。
敵のA集団の後退に引きずられた第1分艦隊は、突撃隊形を完全に作る事が出来ないまま、敵A集団に突撃した。敵A集団が更に後退し、第1分艦隊を半包囲、この運動によって敵同士を引き離す事には成功したが、こちらも敵B集団の突破を避ける為に後退した結果、第1分艦隊との連携を完全に断たれてしまった。
「司令官、第1分艦隊が孤立しています。右翼第3分艦隊を前進させて敵B集団を迂回させ、反時計回りに敵A集団の左側面を突きましょう」
「…いい案だが却下だ。それを行うとこちらが敵B集団の突破を許してしまう。引き続き第1分艦隊には後退しろと…いや待て」
…どのみち突破されるのは時間の問題だ。その後はどうするか…全艦反転…いや駄目だ。…そうか!
「参謀長、第3分艦隊との間を徐々に空けろ、本隊を九時方向にスライドさせるんだ。第3分艦隊には敵にわざと突破させるから、頃合いを見て急進して敵A集団の左側面を突け、と伝えろ。敵B集団がこちらを抜けたら本隊も急進、第3分艦隊の後方より迂回して敵A集団の右側面を突く!急げ」



帝国暦477年6月9日13:30 イゼルローン回廊、イゼルローン要塞、
クライスト

 「閣下、軍務省よりFTL(超光速通信)が入っております」
「判った。自室で受ける」
全く…。どうせ回廊出口での遭遇戦の事だろうが面倒な事だ…。

 “忙しい所を済まぬな、クライスト大将”

 忙しいと思うのなら止めてくれ。
「いえ、回廊出口以外は全く平穏無事であります。忙しいという事もありません」

”ほう、忙しくはなかったか、それなら丁度良い。たった今卿の口にした回廊出口の事だ“

「はい。何かご懸念がございますでしょうか」

”今出撃していたのはコルプト子爵であったな“

「そうです。第五二三任務艦隊です。優勢に戦いを進めていると側聞しておりますが」

“ブラウンシュヴァイク公の言葉からはそういう印象は受けなかったな”

「…後詰、という事でしょうか。」

”そうは言ってはいなかったな。ただ、一門の長として、陛下に不恰好な報告はしたくない、とは言ってはいたが“

「…現在、イゼルローン回廊内を訓練を兼ねてメルカッツ艦隊が哨戒中であります。ところで、この通信の事は統帥本部長、宇宙艦隊司令長官もご存知なのですか?」

“いや、卿への陣中見舞いを兼ねた私信のつもりだが…何か、私が間違っているのだろうか”

「…いえ、小官ごときへのお心遣い、真にありがとうございます。そういえば、メルカッツ艦隊の哨戒範囲は回廊内だけでなく回廊出口周辺宙域まで広がっていたのを失念しておりました。真に申し訳ございません」

“いや、よいのだ。忙しい所を済まなかったな”

 全くもって不愉快だ!毎度の事ながら、自分のケツも拭けんとは!帝国の藩弊が聞いて呆れる!
何故俺がメルカッツに連絡せねばならんのだ!俺が頼んだ様に見えるではないか!

”お待たせ致しました。何か緊急事態でも起きましたか“

「いや、そうではない、そうではないのだメルカッツ提督。…異常はないか?」

“回廊内に異常は認められません。おかげで訓練も順調です”

「そうか!それは良かった。では、訓練日程は予定通りか?」

”いえ、順調すぎて二日ほど繰り上げて終了出来そうです。こちらからも連絡せねばと思っていたのですが、前倒しでの寄港は可能でしょうか“

「いや、それは可能だが」

“何かご懸念が……回廊出口、でしょうか”

「いや、少し気になるのでな。コルプト子爵は優勢に戦っておるそうだが、卿の艦隊の姿を見れば、更に勇気づけられるかもしれぬ。少し姿を見せるだけでよいのだ、ご足労かけるが、お願いできようか」

”かしこまりました。遠巻きに眺めておればよいのですな“

「そう、眺めているだけでよい。真に面倒な事だが、善処を期待する。以上だ」



宇宙暦788年6月11日04:00 エル・ファシル星系、エル・ファシル第2軌道上、
駆逐艦オーク34 ヤマト・ウィンチェスター

 「おい、ヤマト、もう到着だぞ。駆逐艦って、飛ばすとめちゃくちゃ早いんだな、って……お前、大丈夫か?」
「オットー、俺は何をやっているんだろうな」
「…どうしたんだ、急に」
俺は何をやっているんだろう。
第2分艦隊は俺達を置いて行ってしまった。味方を助ける為に。
俺が調子こいて、”民間人の避難の必要性が”なんて言わなければこんな事にはならなかった。エル・ファシルの民間人はヤンがきちっと助けてくれるんだ、なぜ警備艦隊を救う事を考えなかった?
リンチだって捕虜にならずに済むのに、俺のやった事はただ原作知識を利用して、自分が死なない為だけに警備艦隊を見殺しにしただけだ。
パランティアで俺の意見は取り入れられた。今回も俺の意見が取り入れられた。多分次だって取り入れられるだろう。
…じゃあ何故やらなかった!
分艦隊司令部に、”警備艦隊司令部に撤退を意見具申してください”と何故言わなかった!言っても不審がられるだけ?その立場じゃない?人の命とどっちが大事だ、馬鹿野郎!!

 「…おい!!」
「あ、ああ。大丈夫だ。…これからどうするんだっけ?」
「全然大丈夫じゃねえじゃねえかよ…ヤマト、お前パークス艦長と話した後からおかしいぞ?…シャトル乗り換えて、地上に降りて、基地の地上作戦室に行くんだろ?」
「そうだったな、そうだった。……オットー、何でこんな事になっちまったんだろうな」
「何でって…お前が言い出したからだろ。こう言っちゃなんだけどな、誰もエル・ファシルの事なんて気にしてなかった、俺の周りだってそうさ。…この行動はいつ終わるんだ、いつ戻れるんだろう。気にしていたのはそこだけさ。任務に精励していない訳じゃない、みんな本音はそんなもんだ、多分な。それをお前が強烈に、現実に引き戻したんだよ」
「現実?強烈に?」
「そうさ。俺たちが何の為に戦っているのか、ということだ。アウストラの食堂で、ドッジ准将と話したろ?その後お前を手伝いながら少し俺も考えたんだよ」
「何を考えた?」
「目の前の敵に勝つ事も大事だし、早く帰りたいのも本当だ。でも横には民間人の事を考えている奴がいる。勝つ事、自分の事ばかり考えていないか?確かに味方が勝てば結果的に国も民間人も守れるさ、でもそれだけでいいのか、って。負けた時の事なんて考えたことなかったからな。ドッジ准将の言う通りさ、俺達の立場、階級の人間が考える事じゃない、俺達はただ言われた通りにやればいい、でも、俺の横にはそれをちゃんと考えている奴がいる。俺達は下っ端さ、でも下の人間が一番大事な事を考えてる。だから、艦長だって分艦隊司令部に言ってくれたんだと思うぜ」

 違う、違うんだ。俺は知ってる事をひけらかしただけだ、自分の事しか考えていないのは俺なんだよ。まだこの世界を見ていたかっただけなんだ。俺は結末を知ってるんだよ…。
エル・ファシル警備艦隊をめちゃくちゃにしたのは俺なんだ…!
「なんか、うまく言えないけどな。まあ俺の中身の無い頭じゃ、これが精一杯だよ。とにかく準備しようぜ」



6月11日05:30 エル・ファシル星系、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、
警備艦隊地上作戦室 ヤン・ウェンリー

 「兵曹長、ヤマト・ウィンチェスターおよび兵曹長、オットー・バルクマン。避難計画協力を命ぜられ、ただいま着任しました。よろしくお願いします」
「私はヤン中尉だ。よく来てくれたね。見ての通り、艦隊司令部の要員は私だけで人手が足りないんだ。宜しく頼むよ」
「はい」

 彼がウィンチェスター曹長か。今回の避難計画も彼の発案だという。…一体、第2分艦隊はどうなっているんだ?パランティアの戦いも彼が発案し作戦立案にも関わっている。優秀なのは間違いない、私とはえらい違いだな。
「あの、荷物を置きたいのですが、どうすればよろしいですか」
「ああ、済まない。ロッカールームは通路一番奥を曲がって左のドアだ。早速だが、荷物を置いたら私の部屋に来てくれるかい?」
「分かりました」
オットー・バルクマン曹長。ウィンチェスター曹長の同期か。端正な顔立ちだったな、さぞモテる事だろう…彼もパランティアの戦いの作戦立案に関わっているな。同期だから手伝っただけなのか、手伝わされたのか…。能力がなければ同期であっても手伝わせるような事はしないだろう、彼も優秀なんだろうなあ…。

 「荷物を置いてまいりました」
「二人ともまあかけてくれ。急にあてがわれた部屋なんでね、椅子の座り心地が悪いのは勘弁してくれ」
「はい」
「早速なんだが、計画の発案は君達だろう?何故第2分艦隊で行わないんだ?警備艦隊司令部がやることじゃないと思うけどね」
「避難実行後の事を考えて、です」
「避難実行後?」
「はい。そもそも避難計画はあるのですか?」
「…ない。いや、無くはないが百年前の計画だ。当時とはエル・ファシルの人口も社会情勢も違う。役に立たない」
「でしょうね。でも幸運な事に今までエル・ファシルが占領されるような事態はなかった。だから新しい避難計画は必要なかった。でも今まで必要なかったから、無くてもいいとは限りませんよ」
「そうだね」
「星系の防衛について責任を持つのは軍です。今の場合は警備艦隊です。その責任を果たせなくなったとき、どうしますか」
「当然、撤退するだろうね。民間人を連れて」
「ですよね。それに責任を果たせたとしても、避難が必要な場合はあります。警備艦隊が何も考えてないのはまずいのでは?と第2分艦隊は判断しました。ダウニー分艦隊司令の老婆心ですよ。あの方はリンチ司令官の元教官だそうですから」
「…警備艦隊司令官の名前で命令が出されていれば、勝っても負けても誰も傷つかない、か」
「そうですね」



6月11日06:00 エル・ファシル星系、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地、
警備艦隊地上作戦室 ヤマト・ウィンチェスター

 ヤン・ウェンリー…前は見かけただけだったけど…こうやって目の前にしてみると普通すぎて何の感慨も湧かないなあ。前に見かけた時も思ったけど、頼り無さ感満載だ。どうにかしてやろうと思うか、駄目だこいつは、と思われるかのどちらかだな。リンチ司令官は後者だったのかな。
自分があの時何とかしてれば…って思うのは驕りだ、って、確かキャゼルヌさんが言ってたよな。ヤンがまともにリンチを補佐出来ていたらどうだっただろう。遭遇戦に勝って、エル・ファシルの奇跡は起こらないんだろうな…そしたらヤンの評価はまともなものになっただろうし、いずれ『魔術師ヤン』と呼ばれる事になっても軍首脳に素直に受け入れられたんじゃないか?昇進は遅くなるだろうけど、本人はあまり気にしないだろうし…。だめだ、切り替えなきゃ。

 「ウィンチェスター曹長、その、君は今回の戦いをどう思う?」
「前哨宙域の戦闘の事ですか?でしたらあまり意味は無いんじゃないですか」
「どうしてそう思うんだい?第一、今戦っている味方に失礼じゃないか」
「失礼しました。勝ち負けという事であれば、是非勝ってほしいです」
「そりゃあそうだろう。でも君は民間人を避難させる、または避難計画の必要性を感じた。…例えば負けたとする。エル・ファシルは当然失陥するだろう。避難させなくても、帝国軍だって民間人にひどい事はしないんじゃないかな。民心を得る必要があるからね」
「確かに民心を得る必要がありますね。当たり前に考えれば略奪暴行諸々禁止でしょうが、それを当たり前に考えるのは、我々が自由惑星同盟軍…民主主義の軍隊だからですよ」
「どういう事かな」

 本当に分からないのかな。それとも試されてるのかな。
「ヤン中尉、我々は帝国から見たらどういういう存在ですか」
「自由惑星同盟を僭称する反乱軍だね」
「そうですね。彼等にとって我々は対等の存在ではないのですよ。軍人民間人は関係ない、帝国に対する反乱者なのですから。いわば政治犯罪者だ。犯罪者はどうなります?」
「収監される…しかし、二百万人以上もいるんだぞ。無理だろう」
「やりますよ、帝国軍は。軍民関係ないのですから捕虜収容所にでも入れればいい。捕虜収容所ならまだいい、その上もありえます」
「…死罪か?いくら何でもそれは」
「…帝国には共和主義者にとって悪名高き内務省、社会秩序維持局がありますよ。捕虜収容所なら帝国軍の管轄ですが、政治犯罪者扱いなら内務省管轄になりますね。そして、得なければならない民心は同盟人の民心ではありません。帝国臣民の民心です。見せしめに二百万人が死罪…充分ありえます」
「…帝国臣民、いわゆる平民の反発がひどい事にならないかい?」
「社会体制が違うのです、平民が求めているのは政治的自由ではありませんからね。それに百五十年も戦争している。帝国の平民だって、我々に恨み骨髄ですよ。溜飲を下げる、復讐という意味でも喜ばれるかも知れません。専制国家ですからね、何が起こるか分かりませんよ。…以上は想定としてはまだまともなパターンです」
「これでまともとはね。そうじゃないパターンがあるのかい?」
「…聞きたいですか」
「…聞いておいた方がいい気がするのでね」
「まともじゃない場合というのは指揮官が貴族だった場合ですよ」
「…どう違うんだい」
「連れて帰って売る」
「売る?人身売買という事かい?」
「はい。我々は帝国臣民ではないですからね。働ける者は労働力として。容姿端麗、妙齢の女性…女性だけでは無いかも知れませんが、性的な奴隷というのもありますね。それ以外は殺されるかもしれない」
「…もういい、よくわかったよ」
「…思い上がった反乱者ども!という事でいきなり熱核兵器で抹殺…という事もありえます」
「わかったよ、よく分かった。仕事にかかろう」 

 

第十四話 エル・ファシルの奇跡(後)

宇宙暦788年6月10日19:30 イゼルローン前哨宙域、エル・ファシル警備艦隊、
旗艦グメイヤ アーサー・リンチ

 「よし、敵A集団は第1、第3分艦隊に任せよう。本隊は反転、こちらに向かってくる敵B集団と正対する…」
「二時方向、新たな敵影!距離、約七百光秒。数は…現在千五百、徐々に増えていきます!…現在千八百、二千を越えました!」
「…オペレータ、反応の数が落ち着いたら再度教えてくれ。参謀長、反転中止。敵A集団は残りどれくらいだ?」
「はっ…およそ百隻前後かと思われます」
「参謀長、現在の状況で敵B集団との会敵予想時刻は?」
「三十分後だと思われます」
「…敵A集団を全力で撃破後、全艦十時方向に転進、その後八時方向に再度転進、ティアマト星系に移動する…残念だが撤退だ。参謀長、ティアマト星系進出後、味方の残存数を教えてくれ。…少し頼む」
「了解しました」



6月11日03:00 ダゴン星系、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊、旗艦アウストラ
ギル・ダウニー

 「司令、FTL(超光速通信)が入っております」
「分かった。自室で取る」

“教官、お疲れ様です”

「うむ。どうかね状況は」

”敵が再度増援を繰り出しました。三千隻の兵力です。敵残存兵力と合計するとおよそ四千隻になります。…現在我々はティアマト星系中心部にて再編中です。残存兵力は約千二百隻、残念です“

「艦隊戦を二連戦してそれだけの戦力を維持しているのだ、君はよくやっているよ。ところで現在エル・ファシルでは民間人の避難準備を進めている。私の独断だ。君の名前は借りたがね」

“…それはよろしいのですが、疎開ではなく、避難ですか?エル・ファシルから逃げると?”

「そうだ。民間人に被害が出てからでは言い訳が出来ない。軍は敗北も転進と言い逃れる事が出来るが、民間人はそうもいかないからな」 

”では、我々が避難に必要な時間を稼ぐと?“

「そうだ。我々もダゴン星系に向かっている。微力すぎる兵力だがね」

“無茶ですよそれは!教官もお逃げください!”

「教え子をほっといて逃げるとでも思うのかね、私が」

”そうではありません、そうではありませんが“

「…今回の避難計画も、発案は例の下士官なのだ」

“…義妹の部下に居たという下士官ですか?”

「そうだよ。パークス先輩が言っていた。頬を思い切り叩かれた感じだったとね。目先の戦いに気を取られて、真に守るべきものを忘れていたと。確かに避難計画はある、だがそれは百年も前に策定されたもので実情にそぐわない。我々はそれを知っていながらおざなりにしていた。確かに遭遇戦闘の度に疎開や避難をしていたら市民生活に与える影響は大だ。だが下士官ですら危惧していることを、今まで我々はやっていなかったのだよ」

”そう、ですね。忘れてはいない、でもどこかで軽く考えていたかもしれません…“

「今からでも遅くはない、我々は責任を果たさねばならないのだ。故に私は君に合流する」

“ありがとうございます。ダゴン星系中心部で待機してください。敵の動静を見つつ、我々もそこに向かいます”

「了解した。…済まないが、改めて地上作戦室に命じてくれないか。独断のままでは気分が悪くてね」



6月11日07:30 エル・ファシル星系、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地
ヤン・ウェンリー

 目の前の二人は談笑しながら朝食をとっている。食べながら話しませんか、とウィンチェスターが提案した。根を詰めて話し合ってもロクな答えは出ないそうだ。それもそうだなと、その提案に乗るバルクマンもバルクマンだが…。
年齢と釣り合わない識見と態度。さっきの話もそうだし、今も自然に落ち着いている。上官の私が言うのも何だが、信頼出来る何かがある。
「中尉、エル・ファシルは正確にはどれ程の人間がいるのですか?」
「ああ、軍民合わせて二百六十七万四千二百五人だ。その内軍人は三万五千人だ」
「中尉、いいですか」
「どうぞ、バルクマン曹長」
「バルクマンでいいですよ。その全員をどうやって集めるんです?」
「そうなんだよ。昨日合同庁舎に説明に行ったんだが、中々もって非協力的なんだ。なんかいい手はないものか…」
「さっきのヤマト…ウィンチェスターの話をすればいいんじゃないですか?歴史で習いましたけど、熱核兵器でドン、なんて地球時代の十三日戦争以来でしょ?かなりインパクトあるんじゃないですか。聞いててヒェってなりましたよ」
「…脅すのかい?」
「違いますよ、可能性の話ですよ」
「…ウィンチェスター曹長はどう思う?」
「俺もウィンチェスターでいいですよ。アリだと思います」
「そうか。では行くとしようか。まだ就業時間前だが、大丈夫だろう」




6月11日19:00 ティアマト星系外縁部(ダゴン星系方向)、エル・ファシル警備艦隊
旗艦グメイヤ アーサー・リンチ

 敵の動きが妙だ。新しく現れた三千隻の敵艦隊こそが敵の本隊と思ったが、今まで戦っていた敵艦隊と合流する様子がない。着いては来るものの、非常にゆっくりだし、戦闘に介入しようという気配もない。
「参謀長、どう思うか」
「…新たな敵艦隊は敵の本隊ではなく、別の命令系統の艦隊ではないでしょうか」
「後詰、ということかね」
「こういう言い方が合っているかどうかは分かりませんが、心配になって見に来た…のでは」
「案外当たっているかもしれんな。だが、味方の危機は見逃すまい。戦闘準備は整えている、と考えるべきだろうな」
「はい。…敵の呼称を変更致します。現在我が方と正対している敵艦隊、今までは敵B集団と呼称していましたが、これを敵C集団とします。その後方にある艦隊を敵D集団とします。現在敵C集団、およそ千二百隻、十二時方向、六十光秒。敵D集団、およそ三千隻、十二時方向、四百光秒」
「C集団はこちらとほぼ同数か…第1、第2艦隊のエル・ファシル到着は何日後だったかな」
「すでにハイネセンを出て三日は経っていますから、最短で十五日後です…こう言ってはなんですが、ジャムジードからの援軍の方がよほど有り難かったですな」
「それは言わぬが花というものだ、参謀長」
「そうですね…敵C集団、速度をあげて近づいて来ます。…敵D集団はそのままです。どうなさいますか」



6月11日08:00 エル・ファシル星系、エル・ファシル、中央合同庁舎 
ヤマト・ウィンチェスター

 「市長は現在登庁の途中です。それに昨日も申しあげましたがアポイントメントの無い方の面会は受け付ておりません」
「エル・ファシル在住の人々の命がかかっています。それでも市長は会ってはくれないというのですか?」
「ですから、最低でも三日前にはアポイントメントを取って頂かない事には…」

 規則を遵守する事は大事ですがねお嬢さん、階級はそれほど高いとは言えないがエル・ファシルの防衛を司る警備艦隊司令部所属の作戦参謀が制服を身につけて訪れている、その意味が分かりますか?
「…アポイントメントが無ければ会ってはくれないそうだ、どうしたものか」
諦めるのが早いなあ、ヤンさん…。何か、何か…あ!あの人は!
「中尉、あの人を頼りましょう。きっと力になってくれますよ。ロムスキーという方で、医者の方です」
「そうなのかい?大丈夫かな」
「ロムスキーさんは紳士ですから、訳を話せば力になってくれますよ」
「でもねえ、知らない人になんて話せばいいんだか…いきなり避難計画を話してもねぇ」
「…私が行ってきます。オットー、行くぞ」
しっかりしてくれヤンさん…。

 「あの、すみません、ロムスキー医師ですよね?」
「そうですが…あなた方は?」
「警備艦隊司令部の者です。ご覧の通り軍人ですよ。ところでロムスキーさんは市長に用事がお有りなのですか?」
「往診を頼まれましてね。執務が始まる前に来てほしいという事で、ここでこうして待っているのですよ」
「なるほど。市長はどこか体がお悪いのですか?」
「心臓に持病をお持ちで…いけない、個人情報ですから他の方に言っちゃダメですよ」
「え!それは困った…こんな緊急な話聞かせていいものかどうか…もし心臓に負担がかかったら…オットー、どうしようか」
おいオットー!ボーッとするな!話を合わせろ!!
「そ、そうだな、市長が倒れてもいけないし…でも困ったなあ…」

 「…市長に緊急な用件がお有りのようだ。確かに市長に倒れられても困りますね。どうでしょう、私に同席するというのは。何かあっても一応の処置は出来ると思いますが」
「いいのですか?」
「いいですよ。でも、その緊急な用件というのは、私が聞いても大丈夫な内容ですか?」
「え?ああ、全然大丈夫です!むしろこれからも協力いただけたらなあと思いますが。なあオットー」
「そうですそうです!大歓迎ですよ!」
「…では受付のお嬢さんに訳を話して来ます。多分大丈夫だと思いますよ」
「ありがとうございます!では上官が居ますので、報告して参ります!」
よし!

 「中尉、市長に会えますよ。ロムスキー医師が協力してくれます」
「本当かい?…まさか騙したりはしてないだろうね」
「いえ、本当の事を言っただけです。そしたら協力してくれると。逃したらチャンスはありませんよ」
「…そうだね。では行こうか」
「いえ、我々は外で待っています。警備艦隊司令部主導ですから、ここはヤン中尉にやっていただかないと。我々が行ってしまうと第2分艦隊がでしゃばった事になってしまいますので、後々問題にする方が出てくるかもしれない。そうなると中尉にも迷惑がかかります。それは避けたいのです」
「特に気にする事はない、とも言えないか。ご配慮ありがとう。では行ってくるよ」

 「…お前、役者だなあ…。呆れちゃうよ」
三十年の人生経験プラス十八年を舐めてもらっては困るなオットー。現実社会では結構苦労したんだぜ?
…これで、何とかなるだろう。




6月11日20:00 ティアマト星系外縁部(ダゴン星系方向)、エル・ファシル警備艦隊
旗艦グメイヤ アーサー・リンチ

 「敵、横陣形で寄せてきます!まもなく敵前列が有効射程内に入ります!」
「まだ撃つな!……司令、我が方は全力斉射を続けて来ましたので、各艦ともエネルギー残量に余裕がありません。長射程で撃ち合いますと偏向磁場の展開に支障をきたす艦艇が出る恐れがあります」
「防御出来ずに沈む(ふね)が出る、という事か。…戦艦は前列へ!巡航艦に戦艦の影に隠れながら砲撃させよう。戦艦は防御に専念させる」
「敵C集団、完全に有効射程内に入りました!敵C集団より高熱源、無数に発生!」
「全艦、撃て!」




6月12日09:00 ダゴン星系外縁部(ティアマト星系方向)、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊
旗艦アウストラ セバスチャン・ドッジ

 遂に本隊と合流した。
無惨なものだ、残存兵力六百隻余り。戦艦が一隻もいない。聞くところによると撤退時に殿(しんがり)を勤め、最終的には敵艦を道連れに爆沈する艦が多数出たという。
我々は今、敵の追撃予想進路に機雷を敷設している。二千個では足止めにもならないが、嫌がらせにはなるだろう、何と言ってもここはダゴン星系だ。我々の大勝利の地、帝国軍にとっては忌まわしい記憶の地だ。
嫌がらせ程度でも慎重になるに違いない。

 「機雷の敷設、完了しました。敷設宙域の敵通過予想時刻は二時間後、かなりの広範囲に渡って撒きましたので、一発でも引っかかってくれれば儲けもの、といったところです」
「ご苦労。ところで、君には退艦してもらわねばならない」
「…まさかここでパーティ会場から退席を求められるとは思いませんでした…理由をお聞かせ願えますか?」
「若年者、妻帯者を中心に希望者を募っている。艦隊司令官の許可も得ている。死ぬと分かっている戦闘に、無理やり付き合わせるのも悪いからな。彼等を率いて避難計画に合流してもらいたい」
「了解しました、と言いたいところですが、拒否します」
「…何故だね?」
「司令にもしもの事あれば、この分艦隊を指揮するものが居なくなります。それに、次の第2分艦隊司令は私です。自分の艦隊を放っておいて逃げる指揮官などいませんよ」
「そうか、残念だな。では退艦者の引率はウインズ中佐に任せるか」
「はい。お願いします」
「…君に退艦して貰おうと思ったのはもう一つ理由があるんだよ。ウィンチェスター曹長達の事だ。士官学校に推薦しただろう?という事は君は後見人になるわけだが、後見人がいないのでは何かと不利になるかもしれない、と思ったのだ」
「大丈夫でしょう。命令とはいえ上官を見捨てて逃亡した者が後見人では、そちらの方が彼等に迷惑をかけるでしょう。多分彼等は大丈夫です。アッシュビー元帥の再来なのですから」
「そうか、そうだな。…艦隊司令官にFTL(超光速通信)を繋いでくれるか。君も聞いていてくれ」
「了解しました」



6月12日09:10 ダゴン星系外縁部(ティアマト星系方向)、エル・ファシル警備艦隊
旗艦グメイヤ アーサー・リンチ

 ”リンチ君、艦隊の状況はどうかね“

「…総数は六百四十隻ですが、現状で戦えるのは四百隻程度です、教官」

”そうか。では戦えない二百四十隻を私に呉れないかね?乗員は連れていきたまえ。無人艦として運用するのでね“

「…分かりました、置いていきます」

”ありがとう。では、教官として最後の授業だ。何が言いたいか、分かるかね?“

「部下を見捨ててはならない、だと思います。教官は常に仰っておられました。一将功成りて万骨枯る、と。武勲の影には無数の兵士達の死があるのだと。だからこそ、それを忘れて部下を見捨てるような上官になってはならないと」

”よく覚えていたな。正解だ。では、これからやる事は分かっているかね?…これを実践しろと言うのは私としては辛いが“

「…分かっています。私が死んでは、脱出したものが逃亡者として断罪されかねない。エル・ファシル失陥の罪を取らされかねない。脱出の援護に成功しても、それでは結果として部下を見捨る事になってしまう。だから逃げ回らねばならない。なるべく、無様に」

”そうだ、正解だ。そう教えてきたからこそ、私も君を支えて戦うのだ“

「…ありがとうございます。すでに、地上作戦室に残っている作戦参謀のヤン中尉に、避難準備を改めて発令しました。その、教官の目にかなった下士官達がいるのなら、あとは状況を利用して上手くやるでしょう」

“そうだな。……君は私の教え子の中で一番優秀だった。世辞ではないよ、これは”

「……ありがとうございます。今まで、本当にありがとうございました、教官殿」




6月22日12:00 エル・ファシル星系、エル・ファシル、エル・ファシル宇宙港
ヤマト・ウィンチェスター

 「ヤン中尉!リンチ司令官が我々を見捨てて逃げ出したというのは本当かね!」
「そうだ!艦隊の護衛もない!これで避難など出来るのか!」
「…本当ですが、慌てないでください。逃げ出した司令官達が敵の目を引き付けてくれますよ」
「き、君は司令官を囮にするというのか?」
「とんでもない。時間差をつけて脱出するだけですよ。さあ準備してください」

 「上手くいきそうですね、中尉さん」
「ああ。司令官には申し訳ないが、見捨てて出ていったのは向こうだからね。言葉は悪いが、せいぜい利用させてもらうよ。…サンドイッチ、まだ残ってたかな」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。…ンガッ!………ふう、助かった。でも出来ればコーヒーじゃなくて紅茶の方がよかったなあ」
「……」

 第2分艦隊主力はダゴンで全滅した。本隊も一旦補給の為にエル・ファシルに戻って来たが、原作の通りリンチ司令官はエル・ファシルを逃げ出した…。
あの時俺にもっと真剣になっていれば本隊を救えたのに。リンチ司令官だってあんな無様に逃げ出さなくて済んだんだ。第2分艦隊だって……。
応えなきゃ。期待に応えるんだ。…アッシュビーの再来か。いいだろう、やってやろうじゃないか。 

 

第十五話 ハイネセン帰還

宇宙暦788年6月29日11:00 ジャムジード星系、JE船団、船団旗艦ナウシカアⅢ
ヤマト・ウィンチェスター

 まもなくジャムジードに到着だ。これでやっと戦闘糧食(レーション)ともおさらばだよ。
原作通りの脱出行とはいえ、散々なものだった。人を載せるのに精一杯だから糧食も飲料水も最低限しか
積んでない。通常食は民間人に、軍人はレーション。イゼルローン脱出の時のキャゼルヌさんの苦労が分かるわ。まあ俺達は味の不味さに苦労しているだけなんだけども…。

 「ウィンチェスター、この後の予定を確認しておこうか。バルクマンを呼んできてくれないか?」 
「分かりました」
ヤン中尉だ。エル・ファシルで一生分の勤勉さを使い果たしたって言うのは本当だろうな。逃げ出したリンチ少将が帝国軍に捕まった、っていう情報が船団を駆け巡った後は針のむしろだったし、見てて可哀想だったよ。警備艦隊司令部は信用ならない、中尉風情があてになるものか!…脱出するときの騒ぎが再燃したんだ。俺やオットーも同じような目で見られて正直腐ったよ。そんな状況だったから、途中すれ違ってエル・ファシルに向かって行った第1艦隊の姿をみた途端の変わりようが凄かった。やはり軍は頼りになる、ありがとう、ヤン中尉!だもんな。

 「…二人とも、ジャムジードに到着した後の予定は分かっているかい?」
「はい。ヤン中尉に同行してジャムジード警備艦隊司令部に向かいます。警備艦隊司令官に報告後、身辺整理となります」
「うん、そうだね。その後なんだが…よかったら食事にでも行かないか?」
「ありがとうございます。是非ご一緒させてください」
「一緒に仕事出来たのも何かの縁ですからね。ご一緒します」



6月29日19:00 ジャムジード星系、チヒル・ミナール、タフテ市中央区6番街、
レストラン『カミングオブスプリング』 ヤン・ウェンリー

 「任務の無事終了に乾杯だね。乾杯」
「乾杯」
「乾杯!」
「…ヤン中尉、司令部での事情聴取、長かったですね。何かしつこく聴かれたんですか?」
「…避難計画の指揮を執った経緯さ。経緯も何も、避難計画の策定、準備命令は出ていたから、そこは問題が無いんだが、やはり私の階級が引っかかったようだよ。実際、上位者は他にも居たからね」
「そうだったんですね」
「君とウィンチェスターも事情聴取はされたんだろう?」
「はい、でもまあ俺はオマケみたいなもんですからね。大したことなかったですよ」
「そんなことはない、私もウィンチェスターも君には救われているよ。君がいなければ、ウィンチェスターだって潰れているはずだ。違うかい、ウィンチェスター?」
「…はい、というか恥ずかしいから止めてくださいよ」

 そう、彼等と知り合う事が出来てよかったと思う。
私の友と言えば、ジャン・ロベールとジェシカ、キャゼルヌ先輩やアッテンボロー。そして新たにウィンチェスターとバルクマンという知己が出来た…軍隊は不条理の塊だ。なぜなら一個人としての評価と、軍人としての評価は別だからだ。優秀な軍人が、個人としても優秀な人間と言うわけではないんだ。こいつとは友達づきあいなんて無理…なんて同期や部下、上官は不幸な事に沢山いる。この先どうなるかは分からないが、彼等という存在を大事にしていきたいものだ…。

 「はは、本人を目の前にしてはそりゃ言いづらいか、悪かった悪かった。…ウィンチェスターはどんな事を訊かれたんだい?」
「そうですね…私の聴取担当官の方はジャムジード警備艦隊司令部の作戦参謀でしたが、何故下士官の私の発案がすんなり通って警備艦隊司令部が動いたのか、ということに納得がいかなかったようです」
「なるほど。それはそうだろうね、私が思ったくらいなんだから。で、なんて答えたんだい?」
「正直に答えました。以前にも思いつきが取り上げられた事があった、だから今回もそうしたんだ、って答えましたよ」
「ははは、でもその答えだと担当官は納得しなかっただろう?」
「はい、でも、軍の任務に民間人を護る事は含まれていないのですか、次善の策を考えて戦いに望むのは当たり前ではないのですか、端的に言えばそういう事を上申したまでです、と言ったら黙ってしまいましたよ」
「確かにそうだね。指揮官としては戦いに勝つ事がベストだ。でもそうはならない時の事を考えることもとても重要だ。勉強になるなあ、広い視野、理想と現実ということかな」
「そうなんですかね。人として、軍人として、為すべき事は為す、ということを実行するのはとても難しいと実感しました…」
「…ヤマト、もう悩むのやめろよ。俺達は頑張った、そうだろ?」
「そうだな、オットー…」


6月29日19:30 ジャムジード星系、チヒル・ミナール、タフテ市中央区6番街、
レストラン『カミングオブスプリング』 ヤマト・ウィンチェスター

 オットーの言う通りだ、もう悩むのは止めなきゃな。俺がグジグジしていても死んだ人は戻って来ないし、捕虜になった人が帰ってくる訳でもない。
考えてみると、指揮官ってすごいよな。戦闘中だけじゃなくて、普段からこういう事で悩まなきゃいけないんだから。ヤンさん、あなたにその覚悟はありますか?…まあ、今は無いだろうねえ…。
自分の決断が、相手を部下を、運が悪ければ自分の事も殺してしまう。ううう、悩むのは止めようと決めたのに、これからを考えると胃が痛くなりそうだ。
「…何か悩みでもあるのかい?」
「いえ、大丈夫です。オットー、お前が変な事言うから中尉に心配させちゃったじゃないか」
「…そうだな。そういうことにしておくよ。すみません、中尉」
「いや、何もないならいいんだけどね」



6月30日17:00 ジャムジード星系、戦艦ユリシーズ
ヤマト・ウィンチェスター

 チヒル・ミナールに着いたと思ったら、次の日にはさっそくハイネセンに向かわなきゃならんという…ハイネセンまでは十二日の行程だ。エル・ファシルでの出来事は、俺にとってすごく苦いものだったけど、一つだけ朗報?救い?があった。アルレスハイムに哨戒に出ていたエル・ファシル警備艦隊第二分艦隊の残余四十隻がユリシーズを先頭に戻って来たのだ。アルレスハイム方面の哨戒に出ていた彼等は、特に任務変更を受けることなく哨戒を続けていて、第二分艦隊司令部や地上作戦室との連絡が途絶したのを不審に思いエル・ファシル星系近くまで戻ったは来たものの、エル・ファシルは既に空となっていた。帝国軍の通信を傍受して、警備艦隊が全滅した事やリンチ司令官が囚われた事、民間人が脱出した事を知ったのだという。要は忘れられていたんだけど、無事でよかった。タイミングがずれていたら、彼等も捕虜にされていたかもしれないのだ。ちょうど第一艦隊と帝国軍が睨み合いをしている最中で、彼等は助かったらしい。
で、その彼等、第二分艦隊の残余もハイネセン向かうというので、俺達も便乗させてもらっている。

 チヒル・ミナールの基地を出る時、辞令を貰った。准尉への昇進と士官学校編入の辞令だ。今考えてみると、コピー用紙の規格って、地球時代から変わっていないんだよな。辞令書の入った封筒もA4版用、いろんな資料もA4版が多い。当然のように使っていたから、今まで気がつかなかった。個人携帯端末(スマートフォン)だって、当然のようにそう呼ばれている。便利な物は多少形は変わっても残り続ける、ということか。それはさておき、士官学校か…。

 「ヤン中尉、士官学校ってどんな所です?」
「士官学校?懐かしいな。懐かしいといっても一年ちょっと前までそこにいたんだけどね。そう、懐かしいな…私は戦史研究科にいたんだが、途中から戦略研究科に転科したんだ」
「戦史研究科は廃止になったんですよね」
「そうなんだよ。あれは残念だったなあ」
「戦史を学べば、戦いの原因から結果、総括までいけますからね」
「そうそう、戦略研究科でも戦史について学ばない訳ではないが、艦隊シミュレーションが大半を占める。確かに艦隊シミュレーション、戦術は大事だけどね、まずは戦いの方針というか、何を目的として戦うのか、の方が大事だと私は思うね」
「シミュレーションがお嫌いなのですか?」
「嫌いではないよ。好きか嫌いか、ではなくて嫌いではない、だね」

 確か戦略研究科は人気ナンバーワンの課程なはずだ。士官になって艦隊指揮官、宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長を皆が夢見ると聞いている。確か同期首席のマルコム・ワイドボーン氏をシミュレーションで負かした事がキッカケで、戦略研究科に転科したんだったなあ。そのマルコム・ワイドボーン氏は今は何をしてるんだろう?
「君たちは士官学校に編入生として入学するんだろう?」
「ご存知だったのですか?」
「チヒル・ミナールの警備艦隊司令部で聞いたよ。将官推薦なんて五十年ぶりだって言っていたな。すごいじゃないか、おめでとう」
「ありがとうございます」
「一年次から編入かい?」
「いえ、二年次からの編入です」
「そうか。君たちの一コ上にアッテンボローっていう奴がいるから、よろしく言っておいてくれないか。私からも君たちの事は話しておくから」

 ダスティ・アッテンボローかあ。あの人大好きなんだよな。伊達と酔狂、逃げ足一級、ケンカの売り方一級…ジャーナリスト志望って言ってたから、生粋の軍人志望ではないところがヤンさんと馬が合ったのかな…ちょっと待て、ということは一コ下にアンドリュー・フォークがいるのか?楽しそうな学校生活になりそうだ…。
「そのアッテンボローという方は、どういう方ですか?」
「面白い奴だよ。先輩であれ後輩であれ、頼りになるいい奴さ。そうだなあ、キャゼルヌ先輩にも君たちの事話しておくよ。入校して一段落したら、連絡をくれないか。入学祝いをしないといけないからね」
「何から何までありがとうございます。その、何故我々に良くしていただけるのです?」
「面と向かって聞かれると恥ずかしいな。…そう、友人といい酒はよく吟味しないといけないだろう?」
「そうですね、その二つは生涯の付き合いになりますからね」
「そうそう。ああ、吟味と言うのは言葉が悪いな。簡単さ、君たちとならいい友人になれると思ったからさ」
「失礼ですが、こちらにも選択権はありますよ?」
「…駄目かい?」
「いえ、こちらこそ喜んで。改めてよろしくお願いいたします」
「ありがとう。こちらこそよろしく頼むよ」 
 

 
後書き
ジャムジード星系の有人惑星や都市名ですが、原作に記述がありませんのでなるべく原作のもつ雰囲気を壊さないような名前にしたつもりです。この先もこういう事が多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。 

 

第十六話 士官学校入校

宇宙暦788年7月15日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市
自由惑星同盟軍士官学校、ヤマト・ウィンチェスター

 ふう。着いた。
「しかし、ヤマトとオットーが准尉殿とはねえ」
「一コしか階級違わないんだから気にするなよ、マイク」
そう、久しぶりに三人揃ったんだ。マイクはローゼンリッターに転属していたから、会うのも三ヶ月ぶりだ。というか、三ヶ月しか経ってないんだなあ。三ヶ月の内容が濃すぎて、久しぶり、っていう感覚がぴったりくるんだよ。卒業、配属、昇進、艦隊全滅…ほぼ全滅か、三ヶ月で中々体験できないぞ?
俺とオットーの三ヶ月も中々濃い内容だったけど、マイクの方も凄かったらしい。奴に言わせると、ローゼンリッターの訓練内容というのは『死んだ方がまだマシ』なんだそうだ。確かに見違えるような精悍さが漂っている…中身はマイクのままなんだけどね。何しろ、俺とオットーが一緒に入校するのも知らなかったみたいだし。

 「でも、見違えたな、マイク。本物のいい男だよ」
「ありがとう。でもなオットー、上には上がいるんだぜ?」
「そうなのか?」
「ああ、ローゼンリッターはいい男揃いだ。ローゼンリッターが嫌われてるのは、いい男揃いで女の子をみんなかっさらっちまうからなんじゃないかと俺は思うね」
「強い上にいい男…そりゃ女の子達もほっとかないよな」
「だろ?俺クラスのいい男なんかざらにいるんだぞ。あの連隊はマジでヤバい」
「俺クラスのいい男、って言われると、あまりいい男じゃなさそうだな」
「……」


 士官学校に向かう前に、統合作戦本部総務局に呼ばれた。昇進伝達なんだが、エル・ファシル警備艦隊第2分艦隊所属の者は皆昇進なんだそうだ。
エル・ファシル失陥の報は情報統制の見地から同盟市民には伏せられていたが、軍人の家族から人づてに拡がり、市民はパニックになりかけたという。逃げようとしたリンチ司令官が帝国軍に捕まるとの報が伝わると抗議のデモ隊が評議会ビルに押し寄せたが、ヤン中尉が民間人を連れて脱出した事が分かると、統合作戦本部ビルの周りはお祭り騒ぎの同盟市民で溢れかえったそうだ。

 「余計な事を言ってくれるな、っていう口止め料だろうな、これ」
オットーがそう言って、自分の襟元を摘まみながらため息をついた。
「余計な事も何も、リンチ司令官が逃げた事はバレているし、何を喋るなっていうんだ?」
「おいヤマト…しっかりしろよ、お前気づかないのか?アルレスハイムに哨戒に出てた連中は何も知らないんだぞ。エル・ファシルに戻ってみたら、司令官は逃げ出してました、民間人は脱出してました、僕らは何もしていません…なんて知れてみろ、マスコミに面白おかしく書かれちゃうだろ」
「あ」
「俺達だってそうさ。お前が発案です、なんてマスコミにバレてみろ。軍の公式発表はあくまでも『リンチ司令官の指示でヤン中尉は脱出計画を策定したが、当の司令官は逃げ出してしまった。ヤン中尉は冷静に、司令官捕縛に躍起になる帝国軍の隙をついて、脱出船団を大規模小惑星群に偽装してエル・ファシルから脱出に成功した』なんだからな」
「そう言われると、確かに余計な事は喋っちゃダメだな」
「だろ?ヤン中尉だって大変さ。司令官が逃げ出した不名誉を覆い隠す為に、必要以上にヒーローとして祭り上げられちゃうんだぞ。まあセンサーをごまかすのに大規模小惑星群に偽装、なんて思い付きもしなかったけどな」
「…オットー、お前、大人になったなあ」
「事情が分かれば、これくらい予想はつくよ…ヤン中尉は明日昇進らしいぞ」
「落ち着いたら昇進祝いだな。入学祝いやってくれるって言うし、兼ねて盛大にやろう」


 今日はとりあえず着校だけで何もない。明日は挨拶、面接、筆記試験を行う事になっている。。
俺達の住まいは士官学校の敷地北側、B-1棟3階、42号室が割り当てられた。士官学校生だけど、現役の軍人でもあるから敷地外に部屋を借りる事も出来るみたいだけど、面倒だからやめた。
「オットー、お前はどの課程を希望するんだ?」
「戦略研究科。マイクは?」
「俺も同じ」
「…みんな同じかい」
「術科学校の時は元々友達でもなかったし、課程もバラバラだっただろ?、今回はヤマトに合わせようと思って、マイクと話してたんだよ」
「理由が雑すぎる。戦略研究科って、エリートコースなんだぞ?お前達に務まるか?」
「お前だって務まるかどうか分からないだろ?」
「……頑張るか」



7月16日 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍統合作戦本部、
参事官室 アレックス・キャゼルヌ

 「着任した早々に大事だったな、ヤン」
「大変でしたよ。緊急出撃に遅れたのがいけないんですが」
「お前さんのその呑気さにエル・ファシルの民間人、いや同盟は救われたんだ。そうぼやくな。それに出撃していたら戦死していたかもしれん」
「まあそうですが…そういえば新しい友人が出来ましたよ」
「ほう。どんな奴なんだ」
「まだ下士官なんですがね、懐の深い、優秀な若者ですよ。ヤマト・ウィンチェスター曹長とオットー・バルクマン曹長…昨日付で准尉に昇進したのかな。今頃は士官学校にいる筈です」
「おいおい、まさか将官推薦された三人の内の二人か?」
「そのまさかですよ。それにしても将官推薦ってそんなに大事なんですか?五十年ぶりなんでしょう?」
「…将官推薦だぞ。統合作戦本部でも大騒ぎになったよ」
「へえ、そうなんですか。そんなにご大層な物だとは…そもそもそんな制度があった事も初耳です」
「それはそうだ、全く使われなくなったから、知らない人間も多いだろう。それに将官推薦というのは推薦する方も大変だから、誰もやりたがらない」
「何故です?」
「考えてもみろ、推薦する理由があるだろう。結果、どうなる」
「…将官が推薦するくらいだから、人物、才能共にとても優秀な人間じゃなきゃ無理でしょう?それくらい私にだって分かりますよ」

 「…お前さん、本当に宮仕えの人間か?まあいい、推薦する側の人を見る目が問われるのさ」
「当たり前じゃないですか」
「…ヤン中尉、お前さんは本当に世渡りというか、こういう事に疎いな。推薦された方は過度の重圧がかかる。期待に応えなくてはならないし、教官や学生からもそういう目で見られるからな」
「…推薦ですから当たり前なのでは?」
「それを全うすればな。途中で挫折してみろ、軍はあたら優秀な人間を失う事になる。推薦した側も、人を見る目が無かったと面目丸潰れだ。当然昇進や配置先に響く。推薦した者、された者お互いにプレッシャーがかかるんだ。この制度が出来た当初は上手く機能していたらしい。が、徐々に機能しなくなった」
「……政治家、官僚や大企業、それと繋がるお偉方達が乱用したのですね」
「そうなんだ。縁者や後継者に箔を付けるためにな。だが箔付けだけの為に入校した者は挫折する事が多かったそうだ。結果面子を潰す事になって使われなくなった。頼み込む方もそれを知っているから、依頼する者は皆無になって、制度だけが残ったのさ」
「…本当にすごい制度ですね」
「だから大騒ぎになったんだ。推薦者のドッジ准将…死後特進して中将だ、彼は昔の上官でね。とても優秀な人だった。驚いたよ」
「そうだったんですか」
「お互い会う機会はすごく減ったが、知っていたら止めただろうな」
「でも、何故推薦したんでしょうね」
「そりゃあ、優秀だからだろう。落ち着いたらアッテンボローと一緒にウチに連れてこい。お前さんの友人だ、入校祝いとお前さんの昇進祝いをしないとな。…二階級特進、おめでとう」



7月17日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校、
第57講堂 マイケル・ダグラス

 ヤマトもオットーも無事に帰って来てくれてよかった。推薦されたのはいいけど一人で士官学校なんて
事になってたら大変だったぜ。
しかし…何なんだこの人だかりは。中途編入がそんなに珍しいのかね…そうか、現役のまま入校だからか。でも、教官以外の軍人を見るのがそんなに珍しいもんかねえ。
「ヤマト、将官推薦ってそんなにすごいのか?ローゼンリッターじゃ誰も知らなくてさ」
「五十年ぶりらしいぞ。でも誰も知らないなんてそんなことあるのか?」
「士官学校に入校とは聞いてたけど、誰も理由を教えてくれないんだよ。ただ、将官推薦枠としか。ひでえだろ」
「そうだったのか。辞退するなら今のうちだぞ」
「三人揃ったのにするわけないでしょうが。しかし長いな、オットーの面接…おい、誰かこっち来る…あ!カヴァッリ大尉!」
「お久しぶりね、二人共。バルクマン候補生は面接中か。まさかここに来るなんてね…入校おめでとう」

 “ヤマト、知ってたのか?” ”ああ、知ってたよ“
「カヴァッリ大尉、俺の事はマイクとお呼び下さい、といった筈ですよ」
「もっといい男になったらね」
くぅー!やっぱりパオラはいい女だぜ!って、なんだあのニヤニヤ笑ってる奴は。
「入校そうそう女漁りとは。さすが将官推薦者は違いますね。当然の余裕という奴ですか」
「…なんだお前」
「紹介が遅れました、候補生一年、アンドリュー・フォークです。宜しくお願いします、ダグラス先輩」
「何で俺の名前を」
「将官推薦で中途編入、学校内では有名人ですよ。そちらの方はウィンチェスター先輩ですね、アンドリュー・フォークです、宜しくお願いします」
「ああ、ウィンチェスターだ。宜しく」
「くっ…バルクマン先輩は面接中でしたか。いや、先輩方が戦略研究科希望と聞いたのでご尊顔を拝しに来たのですよ。希望が通れば講義をご一緒する事もあるでしょうし。では、これにて失礼します」
「なんだアイツ。陰気なヤローだ」
「まあまあ。彼ね、学年首席なのよ。ライバル出現で気が気でならないんでしょうね」
「ライバル?…麗しのパオラよ、白兵の講義もあるんでしょう?」
「あるわよ…ていうか、ファーストネームで呼ぶのはやめなさい!あなた、ローゼンリッターに行ってからますます軽くなったわね」
そうか。白兵戦技の講義もちゃんとあるのか。こりゃ楽しくなりそうだぜ。

 「ヤマト」
「なんだ?」
「中々楽しそうな所だな、士官学校って。まさか軍人になってまで初日に因縁つけられるとは思わなかったよ」
「まあ、色んな奴がいるだろうしな」
「だな。それで、だ。将官推薦って、特別なんだよな?」
「ああ」
「アンタッチャブルってやつだよな?」
「…まあ、そうなる…のか?何でそれを俺に聞く?」
「お前のせいで、良く言えば、お前のおかげで士官学校に来れた訳だ。望外の望みってやつだよ。しかも将官推薦なんてアンタッチャブルな位置付けでな。だったら、ああいう陰気なヤローにはそれをちゃんと分からせてやらねえとな。取り巻きの役目としては」
「おいおい、いつから取り巻きになったんだ」
「お前、アッシュビー元帥の再来って言われたそうじゃねえか。オットーに聞いたよ。再来なら再来らしく、マフィアを作らなきゃいけねえだろ?」 

 

第十七話 負けられない戦いがそこには有る

宇宙暦788年7月30日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校
戦術講堂 オットー・バルクマン

 ここでの生活にもだいぶ慣れた。元々似たような生活習慣だったから慣れるのも早かったな。
しかしヤマトの奴、本当にどこで勉強しているのか分からん。士官候補生二年次には四千八百人ほどの同期生がいるが、あの野郎、編入試験の結果を学年順位に当てはめると、学年中で百二位らしい。俺はというと、千九百五位、マイクに至っては三千二百十六位だ。
”これは一般学科だけだし参考記録みたいなものだから、あまり気にしないでいいわよ”とカヴァッリ大尉に言われたが、これはこれでヘコむ…。
一番癪に障るのはこの事をあのアンドリュー・フォークが知っている事だ。

”おやおや、将官推薦の方々は成績が悪くても希望通りの課程に進めるのですね。これでは何のための試験か分かりませんな”

なんて言いやがる。本当の事だから頭に来るぜ…。

 戦略研究科、略して戦研科では、一年生から三年生まで学年関係なく講義が行われるカリキュラムがある。戦術分析演習、いわゆる艦隊シミュレーションだ。何故全学年で行われるのかというと、同学年内だけで行うといじめや差別の助長に繋がるから、らしい。
それとシミュレーションに慣れた上級生から初心者の下級生までがランダムに対戦する事によって、あえて強弱をつけ、習熟度の差に関係なく実戦に近い環境に置くことを重要視しているのだそうだ。三年生の成績優秀者と一年生の平凡な成績の候補生が対戦して、三年生が負ける事もあるという。候補生には分からなくても教官達には当然シミュレーションの対戦者が分かるから、才能の発掘にも繋がるらしい。
が、これは戦研科だけの話だ。戦研科の他には航海科、機関工学科、技術情報科、補給科、飛行科、陸戦科があるが、彼らは逆に学年内で各課程共同で戦術分析演習が行われる。戦術分析演習の時数も戦研科の十分の一くらいの時数しかない。…航海科にしておけばよかったかな。一応本職だからな…。

 今日はカリキュラム内での初の戦術分析演習の日だ。戦術分析演習は〇九〇〇時から一六四五時までみっちり行われる。昼食もマシンに入ったまま戦闘糧食(レーション)を食べる。俺達は不味いと思うが、候補生たちには受けがいいそうだ。
それはともかく、俺達は編入組だから当然シミュレーションには慣れてない。
課業外の自由時間、自習時間や休日を潰してシミュレーションマシンを使わせてもらったが、慣れたのかそうでないのか全く分からない。卑怯な事にヤマトの奴はアウストラに乗っている時もシミュレーションをやっていたのだという。シミュレーションマシンの性能は高く、高度自己認識・推論機能、音声入力・応答機能が付いている。「射撃管制は戦闘以外暇だし、喋ってくれるから暇つぶしに丁度良かった」そうだ。
確かにそうだが、他にもやることあっただろ!

 「これはこれは、将官推薦のバルクマン先輩ではありませんか」
「ふ、フォーク候補生…」
「対戦があるかも知れませんね、そのときはお手柔らかにお願いしますよ」
「お、おう」
くそっ…。
「どうしたオットー」
「ヤマト…」
「フォークの奴になんか言われたか?」
「いや、ちょっとな…」
「対戦相手なんて分かりゃしないんだから、大丈夫だよ。ほら、教官来たぞ」



7月30日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校、
戦術講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 あれは…ドーソンか?間違いない、ドーソンだ。まだ大佐なのか…。それにチュン・ウー・チェンじゃないか!中々銀英伝らしくなってきたぞ…。
「気ヲ付ケ!」
一年から三年までが一斉に立ち上がる。今日のシミュレーションは戦研科全学年の五分の一が参加している。
「…着席してよろしい」
皆が一斉に座る。
「本日の講義は戦術分析演習、シミュレーションだが、趣向を変える。本来対戦相手は指名禁止、姓名は明かさないのが原則だが、候補生一年のフォーク候補生のたっての希望により、対戦相手を指名して行う。今日はこの一戦のみ行い、他の候補生諸君は見学とする。見学者の講堂の出入りは自由、フリードリンクだ。だが早飯は許さんぞ!…見学者は自分が指揮官なら、参謀ならどうするかを考えながら見学するように。フォーク候補生、対戦相手を指名してよろしい」
げ!ドーソンのやつ、フォークの煽りに乗ったな?あいつの事だから、俺達の誰かを指名してくるに決まってる、参ったな…いきなり洗礼とは。
しかしフォークの奴、相当自信あるんだろうな。負けたらどうするんだろうか?

 「そうですね…先日中途編入された候補生二年の方々がいましたよね、ドーソン教官?」
「ふむ、確かに居たな…うん、うん。五十年ぶりの将官推薦者の三名の事かね?」
「え!将官推薦の方々だったのですか!?ということは実力も確かなはず…ですよね?教官」
「うん、うん。そうだろうな。彼等を指名するのかね、フォーク候補生」
「はい、三人のうちどなたでも結構です。是非ご教授して頂きたいものです」
「…とフォーク候補生は言っているが…バルクマン候補生、ダグラス候補生、ウィンチェスター候補生」
「はい」
「はい」
「はい」
「可愛い後輩のたっての希望だ、どうか受け入れてやってはくれないだろうか」
さすがに周りもざわついているな。完璧な出来レースじゃねえか。負けられない戦いがそこにはある、なんてよく言ったもんだ。
「挙手がないのならこちらから指名するが……姓名順で…バルクマン候補生、いいかね?」
「いえ、私がいきます」
「ダグラス候補生か。いいだろう。では両名、準備をしたまえ、十分後に開始する」

 ざわめきが酷くなった。俺達の編入時の成績はもう皆に知れ渡っているからな…。
「マイク、大丈夫なのか?負けるとは思わんが」
「顔に負けるって書いてあるぜ、バルクマン」
「いや、それは…俺が行くよ」
「いや、いいんだ、あいつは元々気に食わなかったからな。いいチャンスだぜ、へこましてやるよ」
「マイク」
「なんだヤマト」
「あいつ、一年とはいえ首席だからな。気を付けろよ」
「だいじょぶだいじょぶ」



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 マイケル・ダグラス

 さあ、ちゃちゃっとやっちゃいますか…!
「両名とも、以下の設定を入力したまえ。…戦域設定はイゼルローン前哨宙域、ティアマト、ダゴン、ヴァンフリート、エルゴン、アスターテ。双方、艦艇数一万五千隻、練度A。敵発見時は報告せよ。時間経過設定は十分を毎時とする。双方の配置は戦域内にランダムに行われる。自動撤退の設定は残存艦艇数八千隻とせよ。どちらかが自動撤退になった時点で状況終了とする。質問はあるか?無ければ設定入力が終了後、申告せよ」
「…用意よし」
「用意よろしい」
「了解。………始め」

 やっと始まったぜ。俺は赤軍か。ここは…ダゴンだな。…ダゴンと言えば包囲殲滅戦か。皆あれをやりたがるよな…でも兵力は同じ。…それでもやるか?まあ、嫌味なやつほどやりたがるよな、こういうのは。せっかくだからここで待ち受けるとするか!
「コンピュータちゃん、五千隻を索敵に回せ。ダゴン星域全方位に索敵だ」
『編成ハ、ドウナサイマスカ?』
…合成音声とはいえ、いい声してんね、コンピュータちゃん。頭もいいしね。
「コンピュータちゃん、編成は任せる。一万隻はダゴン星域中心部に移動、陣形は任せる」
『了解イタシマシタ…五千隻ヲ十二方向二展開サセマス。…推論ノ妨ゲニナリマスノデ不必要ナ語句ノ修飾ハオ止メクダサイ。チャン、ハ、必要ガアリマセン』
「お、おう。分かった」
…コンピュータちゃん、本当に頭いいんだよな…。



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 「ヤマト…マイクの奴、大丈夫かな。一時間経ったから、シミュレーション上は六時間経った事になるけど」
「スクリーンに戦況が写し出されるのは敵発見後らしいからな。まあ大丈夫だろ。しかし暇だな…」
「なんでそんなに落ち着いてられるんだよ?どう見ても嫌がらせの対戦だろこれは!俺達は不馴れ、相手は学年は下だけど、首席だぞ?」
「まあ落ち着けよオットー。ほら、オレンジジュース飲むか?」
「いらん!」
「美味しいのに…。オットー、慣れてるって言ったって、あいつは一年だ。たかが三ヶ月のハンデだぞ?フォークが士官学校に入校したとき、俺達はどこにいた?シミュレーションは奴の方が上かもしれない。でもたかが三ヶ月でも経験は俺達の方が上さ。しかも艦隊戦、勝利、全滅、脱出のフルコースだ。フォークの奴は、俺達が下士官上がりだから舐めているんだよ。そしてマイクはどこに居た?ローゼンリッターだぞ。陸戦でも艦隊戦でもやることは同じだ。負けないよ」
「…お前の話を聞いてると本当に大丈夫そうな気持ちになるから不思議だよ」
「お前だって大丈夫さ。生き死にはかかってないんだからな。たかがシミュレーション。それが全てじゃないんだ」
「そうだな、そうだよな」

“レッド・フリートより敵発見の報告あり。ブルー・フリート発見、約六千隻。ダゴン星域内、ティアマト星系方向。レッド・フリート主力は発見した敵と正対、距離千光秒。これ以降の戦闘状況はスクリーンに写し出されます”

 「ほら来た」



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 マイケル・ダグラス

 「コンピュータ。会敵していない索敵部隊を急いで引き返させろ。ダゴン星域中心部で合流させる。合流後は横陣形で待機。本隊はこのまま急速前進、十二時方向の敵を叩く」
『了解イタシマシタ』



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 アンドリュー・フォーク

 『前方百光秒二敵影、四百隻。コノ敵影ヲコレヨリA目標ト呼称シマス。A目標、我ガ方ノ針路ヲ塞イデイマス。ドウナサイマスカ?』
ふん、敵の索敵部隊だろう。先に我が本隊が発見されたのは不味かったが、これで奴はこちらが挟撃ないし半包囲しようとしている事が判った筈だ。
「コンピュータ、他に敵影はあるか?」
『敵二発見サレタ後カラ周辺宙域二妨害電波ガデテイマス。他二敵影ハ認メラレマセン』
…分かりやすい奴だ。索敵部隊の後ろにお前が居るのが明白ではないか。
「よし、コンピュータ、減速。前方の敵集団を撃破だ!」
『了解イタシマシタ』
しかし妨害電波のせいで分進させている両翼の分艦隊と連絡がつかないな…。しかしダグラスも自分の放った妨害電波のせいで、近づきつつある両翼の分艦隊の位置は判るまい。その分こちらが有利だ。
『前方十二時二新タナ敵影、オヨソ一万隻。コノ敵影ヲコレヨリB目標ト呼称シマス。B目標、我ガ方二急速二近ヅキツツアリ。A目標、急速後退シマス』
バカな、突撃してくるだと!?


7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 マイケル・ダグラス

 「コンピュータ。昼メシ中だが先手必勝、突撃だ。全力斉射。星域中心部の第二集団に命令。星域外縁部、アスターテ方向に転進せよ。外縁部到着後、別命あるまで待機」
「了解イタシマシタ」



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 「マイクの奴、優勢なのに退いていくぞ。フォークの本隊の殲滅のチャンスじゃないのか?」
「そうだな…損害軽微、マイク本隊九千五百隻、フォーク本隊三千五百隻…本隊の戦いだけで見れば、自動撤退になってもおかしくない。何故後退するんだ?………そうか、判ったぞオットー。あいつ意地悪だな」
「どういう事だ?」
「いいか?一ラウンド目はマイクの完勝だ。何故フォークの本隊が六千隻しかいないと思う?ダゴンにマイクが居たもんだから、ダゴン殲滅戦を再現しようとしたんだだろう。分進合撃からの包囲殲滅、誰もが夢見るやつだよ。スクリーンに写っているのは敵発見後の戦闘の状況だけだから、フォークの奴が本当に殲滅戦を再現しようとしているなら、スクリーンに写ってない残り九千隻を二つに割って進ませている事になるだろ?」
「そうだな…じゃあ、マイクの奴も残り五千隻をどこかに隠してるのか?」
「多分、索敵に使ったんだろう」
「五千隻もか?」
「そうさ。多分マイクはずっとダゴンに居たんだ。動かない代わりに索敵網を密にしたんだろう。戦力はお互い同数、増援がある訳でもないしな。ダゴンに居れば、フォークが殲滅戦を再現するだろうと踏んだのさ。そしてこの場合、索敵網に敵のどれか一つでも引っ掛かってくれるだけで良かったんだ。一つは確実に位置が判るし、一万隻あれば見つけた一つは確実に減らせるからな」
「…でもマイクはその一つを殲滅せずに後退しているぞ?」
「意地悪だって言ったろ?オットー。フォークだって敗けられないんだ、お前が奴だとして、この状況で後退するマイクを追うか?」
「いや、追わない…戦力が足りないから残り九千隻と合流……そうか、判ったぞ。マイクの奴、居場所の分からない敵戦力を引き摺り出そうとしてるのか!」
「ご明察!」


7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 アンドリュー・フォーク

 おのれ…中々やるではないか。だが奴は一万隻、こちらは六千隻だった、優勢なのは当たり前ではないか。しかし優勢なのに奴は何故退いたのだ?
『敵ガ後退シマス。ドウナサイマスカ』
「コンピュータ。敵が後退に見せかけて、追って来るこちらを逆撃にかけようとしているのではないか?」
『…ソノ恐レハナイト思ワレマス。現在ノ本隊残存兵力、三千五百隻デス。兵力差カラ判断シマスト、敵ガ後退ヲ偽装シテマデ逆撃ヲカケルトハ思ワレマセン』
そうか、その通りだな。しかしコンピュータと一人問答とは情けない限りだ、それでも首席か、アンドリュー・フォーク!お前は同盟軍の将来を背負って立つエリートなのだぞ!緒戦で負けたくらいで落ち込んでどうするのだ!
「コンピュータ、戦力を再編だ。妨害電波の影響外の宙域まで後退する。両翼の分艦隊には合流の指示を出し続けろ」
『了解イタシマシタ』
奴は一万隻だった。五千隻を索敵に当てているとすればこちらは合流すれば一万千五百隻、まだ充分に戦える!



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 「マイクの勝ちだよ、オットー」
「そうだな…味方左翼を厚くして前進させる事で敵左翼の突出を誘う。味方の突出に誘われるように、敵の予備として控えていたフォーク本隊が敵左翼の更に左側からマイクの右翼側面に回り込もうと迂回、そこへ当初索敵に回していた兵力の残り、四千六百隻がアスターテ方向から現れてフォーク本隊の後方を突いた…フォーク本隊は半壊し艦隊全体の統制が取れない。フォーク側は損害が七千隻を越え自動撤退、状況終了か」
「フォークは包囲にこだわり過ぎた。フォーク本隊が動くのはもう少し後でも良かったんだ。状況終了時のお互いの残存兵力だけ見れば、マイクは一万隻、フォークは七千八百隻。引き分けと言ってもおかしくない数字だよ。実戦ならこうなる前に切り上げるか、増援を呼ぶと思うからね」
「そうだな…それにしても周りがざわついてるな。まあ当たり前か、マイクが勝つとは誰も思ってないだろうからな」
「そうだね、でもこれで益々俺達への風当たりは強くなるな。特にドーソン教官が」
「そうなのか?」
「シミュレーションの始まる前のあのわざとらしい態度を思い出してみなよ?言ってただろ、本来は相手の指名は禁止、対戦相手の姓名は明かさないって。上から言われたならともかく、首席とはいえ一候補生の希望を入れてこのシミュレーション対戦をやったんだぜ?ドーソン本人は候補生の希望を入れてやっただけって言うかもしれないが、許可したのはドーソンだろう。こんな事、上に言っても認められる訳がないだろうからな」
「もしそうなら、なんでフォークの希望を受け入れたのかな」
「俺達が気に入らなかったんだろうよ。将官推薦者は優秀、というのがレッテルだからな。将来自分の競争相手になる、とでも思ったんじゃないか?それにあいつは他人のアラ探しをするタイプみたいだからな」



7月30日 自由惑星同盟軍士官学校、戦術講堂

 「将官推薦は伊達ではないようですね、今回は大人しく敗けを認めるとしましょう」
「ハッハ、次の機会はないぜ。お前は俺に勝てないどころか、オットーやヤマトにも勝てやしない」
「…一度勝ったくらいでいい気になるな!下士官風情が!!今回は本気を出さなかっただけだ!次こそは!」
「…おい」
「何だ!」
「実戦に次はないんだぜ?常に本気なんだ、分かるか?戦いに士官も下士官も関係ないんだ」
「……覚えていろよ」
「ああ、覚えておいてやるとも」 

 

第十八話 休日

宇宙暦788年8月15日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校、
ヤマト・ウィンチェスター

 こないだの、マイクとフォークの奴のシミュレーション対戦の効果は抜群だった。今まで挨拶すらされなかったのが、やたらと声を掛けられるようになったんだ。特に声を掛けて来るのが、一年のスーン・スールズカリッターと、三年のダスティ・アッテンボローだ。
アッテンさんはまだ分かる、ヤンさんから話を聞いてるだろうし。
分からないのはスールズカリノ…(ビュコック提督風)さんだ。卒業生総代になったらどうしようって悩んでいたくらいだから、成績優秀だしハンサムだし、フォークなんか気にしなければいいんだが、本人はそれについても相当悩んでいたらしい。
すでに『フォークに勝てない男』という面白くない渾名がついているのだそうだ。意外にフォークは白兵戦技も優秀みたいだ。じゃなきゃ確かに首席にはなれないからな…。

 「ヤマト、やっぱりここに居たのか」
「だって、図書室が一番落ち着くんだよ」
「知ってるか?お前、最近じゃ『図書室の君』って言われてるんだぞ?女子候補生が騒いでるみたいだ。将官推薦のエリート、本を読んでる姿がさまになる、とさ」
「はあ?」
「お前、密かに思われるタイプだよな」
「はあ?」
「はあ?だけ言って本を読み出すのはやめろ…ところで、今度の週末はどうするんだ?何か予定があるか?」
「何も無いけど、どこか行くのか?」
「来週、野営訓練があるだろ?現地の下見に行こうって、マイクと話してたんだ」
「ああ、そうだったな…よし、行くか!」



8月18日15:00 ハイネセン、テルヌーゼン市郊外 ヤマト・ウィンチェスター


下見なんて止めときゃよかった、週明けにまたここへ来ると思うと気が萎える。
というか…なんでエリカがいるんだ!?今日はマイクの彼女とその友達も来るって聞いてたけど、エリカも友達だったのか?

”せっかくハイネセンにいるんだからさあ、彼女達に連絡取ったら、ウィンチェスター准尉に会いたがってる子がいるって言われてさ“

 意識してエリカに連絡しなかった訳じゃないんだ、ただなんとなく連絡しそびれたんだ…。
「ウィンチェスター先輩、私の事、嫌いになっちゃいました?」
「いや、そんなことないよ。大丈夫だよ」
「そうですか…ならよかった。でも連絡してくれないのは酷いです。先輩達の事、術科学校でも話題になったんですよ?」
「そうなの?」
「はい、五十年ぶりの将官推薦、我が校の誇るエリート!って。エル・ファシルでは活躍なさったんでしょ?准尉昇進おめでとうございます!」
エル・ファシルでの活躍か…。
やるべき事をやって、やるべき事をやらなかっただけだ。英雄を助けて、身近な人々を裏切った大馬鹿野郎だよ、俺は。
「…どうしました先輩?何か気に触る事言っちゃってたらごめんなさい」
「大丈夫、大丈夫だよ。ありがとう」
 エリカは悪くない。悪いのは…俺だ。
「キャっ!?き、急にどうしたんですか先輩!みんな見てますよお」
「しばらく、こうさせといてくれない?」
「恥ずかし……はい、構いませんよ…」


 女の子にはいきなりはきついコースという事で、途中にあった山小屋みたいな喫茶店で休憩したあと引き帰すことになった。下見じゃなくて、ただのハイキングだなこりゃ…。
「テルヌーゼンに戻ったら、どうするんですか?」
「メシでも食って解散じゃないか?学校戻らないといけないしさあ。エリカもそうだろ?」
「え?先輩、泊まりじゃないんですか?」
「え?え?みんな泊まる気なの?俺外泊申請してないけど。…マイク、オットー、二人とも申請してるのか?」

 「あ、言うの忘れてた。俺達四人で温泉行くんだよ。お前はエリカちゃんと仲良くな。じゃあな」
「そ、そうか…」

 「すみません、いきなり私着いて来ちゃったから…私、実家テルヌーゼンなんです。週末はちょくちょく帰ってて。ダグラス先輩がみんなでハイキング行くからおいで、って言ってくれて。だからてっきり先輩も泊まるものかと…」
「いや、マイクが泊まるって言い忘れたのが悪いんだ。大丈夫だよ」
困ったな、士官学校に電話してみるか…。

「はい、自由惑星同盟軍士官学校、当直室です」
「もしもし、候補生二年のウィンチェスターです」
「お、ウィンチェスターか、俺だよ俺」
「あ、アッテンボロー先輩。今日は当直ですか?」
「そうなんだ。どうした?何かあったか?」
「いえ、外見申請してなかったんですけど、急に泊まる事になりそうで…当直士官いらっしゃいますか?」
「今はメシ食いに行ってるよ…なんだ、女か?」
「まあ…そんな感じです」
「任せとけ。お前の外泊申請、代筆しといてやるよ」
「それは…公文書偽造なのでは」
「いきなり当直士官に言ったって通るわけないだろう、上手くやっとくから、気にするな。明日の二三〇〇迄にはちゃんと帰ってくるんだぞ」
「ありがとうございます!助かりました」
「礼はいい、上手くやれよ」
「はい」


 「大丈夫だった。外泊オッケーになったよ」
「そうなんですか!?よかった!…あの、よかったらウチに来ませんか?」
「え??」
「あの、その、来てもらわないと困るんです!両親には彼氏連れてくるって言ってあって、その…」
「エリカちゃん」
「…はい」
「初デートでいきなり実家ってキツくない??」
「ですよね…」
「でも、せっかくだからお邪魔するよ。本当に行っても大丈夫なの?」
「はい!両親も是非連れておいで、って言ってますから!」



8月18日17:00 テルヌーゼン市 ホテル『ガストホーフ・フォン・キンスキー』
ヤマト・ウィンチェスター
 
 「エリカちゃん、ここ、実家なの?」
「はい!…そうですよね、お互いまだ何も知らないんですもんね」
『ガストホーフ・フォン・キンスキー』はテルヌーゼン市の中でも高級なホテルとして知られている。同盟全土から客が来る事でも有名だ。エリカちゃんって、いいとこのお嬢様だったのね…。
「そうだね、確かにお互い知らない事だらけだね。いきなり告白されて、そのまま…」
「あああ!その先は言わないで!恥ずかしい…!」
「はは、すごい行動力のある女の子、っていうのは判ってるよ」
「そ、そうですね、ハハ…」
「しかし、下世話な話、このホテル、凄くお値段が高かったような…」
「大丈夫です!実家に泊まってもらうのに、金を取る親が居るか!ってパパが言ってましたから」
「え!タダ?…何だか悪いなあ…」
「いえ、本当だったら是非ちゃんとお食事会をしないといけないのに、急だったもので…ママも、ウィンチェスター准尉に謝っておいて、って言ってました」
「いやいやそんな、充分過ぎるよ、ありがとう」

 …こんな部屋泊まった事ないぞ!
最上階、ロイヤルスイート…。俺の給料手取り二ヶ月分…。この部屋、本当にタダでいいのか?
「私もこの部屋に入ったの初めてなんですよ。素敵なお部屋ですね。新婚旅行みたいです!」
「そうだね…本当にありがとうございます」
「いえいえ、本当なら両親に会わせたかったんですけど、やっぱり急だったもので、二人とも仕事でハイネセンポリスに行ってまして…。すみません」
「いや、いいよ。この先どうなるか分からないけど、改めて挨拶に来るよ」
「わあ、ありがとうございます!准尉、ゴハンにします?お風呂にします?お風呂なら露天風呂がありますよ。ゴハンならこの部屋でもレストランでもどちらでも大丈夫ですよ」

 悩んでいると、入り口のドアのチャイムが鳴った。
「お前達…すげえ部屋に泊まってんなあ!羨ましすぎる…」
「オットー、マイク…なんでここに?」
「温泉行くって言っただろ?このホテルの露天風呂、天然の温泉なんだぜ。知らなかった?まあ、このホテルに泊まれるのもエリカちゃんのおかげだからなあ」
「そうそう。彼女は大事にしないとな、ヤマト」
「お前ら…」
「そうだそうだ。ハイネセンに戻って来たってのに、エリカちゃんとだってロクに連絡取ってなかったんだろ?こんないい娘、他にいないぜ?」
「そうだそうだ」


 8月19日19:00 テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校、正門前
ヤマト・ウィンチェスター

 「じゃあね、エリカ。エリカも門限に遅れないように」
「はい!これからも…会えますよね??」
「当然だよ。同じハイネセンにいるんだし」
「よかった…!じゃあ准尉、頑張って下さいね!」
「ありがとう。エリカもね」

 …ふう。
若いって素晴らしいな。色々と。
現実世界でも決してオジサンではなかった(と思いたい)が、やっぱり十代の恋愛は初々しいもんだね。
でもねえ、せっかくいい気分に浸っているのに、それを邪魔する奴ってのは必ずいるんだよな。
「これはこれはウィンチェスター先輩、お疲れ様です」
「おう、お疲れ様、フォーク候補生」
「先輩は彼女がいらっしゃるんですね。羨ましい限りですよ」
「君はいないのか?」
「…先輩のような余裕は有りませんからね」
「そうか。俺だって余裕はないよ」
「…嫌味ですか?」
「そうじゃないさ、余裕ではなく、心のゆとりを持つ事が大事だ、と言いたいだけさ」
「…私にはそのゆとりが無いと仰りたいのですか!?」
「そう見えるね。それが君の命取りになると思う」
「…不愉快です、例え先輩でも言っていい事と悪い事がある筈だ!」
「だろうね。でもそれを指摘してくれる人は居たかい?」
「……」
「これは、本心からの忠告だよ、アンドリュー・フォーク。軍人としてではなく、人間としてだ」
「…ありがとうございます。失礼します」

 …ふう。同盟軍にしろ、帝国軍にしろ、信賞必罰は問題だな。
武勲を上げれば昇進する、当たり前の話なんだが、当たり前すぎやしないか?
不当に昇進させなかったり、悪事を見逃すのは確かにいけない事だ。だけど、当たり前すぎるのもなあ…。
組織のパイは決まっている。当然指揮官や参謀の配置の数も決まっているから、その中で苛烈な競争が行われる訳だ。
その結果、上昇指向の強い人間が生まれやすい。
武勲を上げる事が一番で、その他を省みない人間ばかりが増えてるんじゃないか?フォークはその一例に過ぎないんだろうな。同期であっても競争者、その上出来る先輩や後輩が居たら、フォークには悪いが、ああいう人間には気の休まる時間なんてないだろうな…。
そういう世界に俺はいる、と言われればそれで終わってしまう話なんだけどね。
…明日からの野営訓練に備えて寝るか…。
 

 

第十九話 巣立ちの準備

宇宙暦789年1月3日 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、
シルバーブリッジ24番街 キャゼルヌ邸 ヤマト・ウィンチェスター

 「お前さんがウィンチェスター准尉か。それにバルクマン准尉、ダグラス曹長。三人共よく来てくれた。キャゼルヌだ。よろしくな」
「ヤマト・ウィンチェスターです。よろしくお願いいたします」
「オットー・バルクマンであります。キャゼルヌ中佐、よろしくお願いいたします」
「マイケル・ダグラスです。よろしくお願いします」
「そんなに畏まらんでもいいさ。ほら、あの二人を見てみろ」

 キャゼルヌさんが顎を向けた先には、早々とウイスキーを手に取るヤンさんとアッテンさんがいる。
「おい、そこの二人。やっと全員揃ったんだ。新年の乾杯くらいしたらどうなんだ」
「乾杯はいつでも出来ますがね、いい酒に巡り会える機会というのは逃してはならないものなんですよ?なあ、アッテンボロー」
「全然同意します、ヤン先輩」
「あのなあ、俺がいつそいつを飲んでいいと言った?」
「酒の方は全然拒否する気配がありませんよ?」
「全く…お前さん達、酷い先輩を持ったな。ほら、皆グラスを持て…新しい年に、乾杯!」

 アッテンさんの誘いで俺達はキャゼルヌ邸へお邪魔している。ヤンさんの所に行ってもロクなメシはないからキャゼルヌ中佐の所に行こう、となったのだ。もちろんヤンも誘ってだ。ヤンさんは機会があれば俺達を連れて来い、とキャゼルヌ中佐に言われていたそうだ。

 “丁度良かった、新年の挨拶もまだだし、三人共連れて来いって言われてもいたからね。行こうか“

 いきなり押しかけて、この二人は他人の迷惑とか考えていないのだろうか?
「アッテンボロー、バルクマン准尉とダグラス曹長と一緒にツマミを買いに行って来てくれないか。オルタンスが来るまでメシがないからな。ほら、財布持っていけ」
「分かりました。チョイスに文句は無しですからね」
「分かった分かった」


 
 「…ヤンに友人が出来たなんて、どんな人間か知りたくなるじゃないか。…エル・ファシルでは大変だったようだな。ドッジ准…中将の下に居たのか?」
「はい、いえ、正確には私は旗艦乗組員でした。ドッジ中将はエル・ファシル警備艦隊第二分艦隊司令部所属でいらしたので、それで良くしてもらいました」
「そうだったのか。ヤンがやたらとお前さんの策を誉めるのでね。分艦隊司令部所属かと思ったんだが…よく自分の思い付きを通せたな」
「いえ、当時の上官のお陰でして。当時の内務長が私の思い付きを上申してくださったんです」
「ほう、よくもまあねじ込んだもんだ。何という人だ?」
「パオラ・カヴァッリ大尉という方です」
「カヴァッリ……ああ、あの子か」
「キャゼルヌ先輩、ご存知なんですか?」
「ああ。ヤンにとっても縁は薄くないぞ」
「どういう事です?」

 意外にもキャゼルヌ中佐はカヴァッリ大尉を知っていた。士官学校卒なら、年が近ければ先輩後輩の間柄ってのは有り得る事だ。
「カヴァッリ大尉は士官学校の後輩でな。俺が候補生三年の時の一年生だった。彼女はリンチ少将の身内なんだ。ヤンとは被ってないな、なあ、ヤン?」
「よく覚えてないですね」
「…お前さんの歴史以外の記憶力に期待したのが間違いだったよ。…才気煥発、という程ではなかったが、行動力には不足のない印象だったな。当時はリンチ少将も士官学校で教官をしていたから、肩身の狭い思いをしていたようだ」
「でも先輩、そんな昔の事よく覚えていますね」
「俺はまだ二十七だぞ。記憶力に偏りのあるお前さんが異常なんだ」
 くそっ、アニメのままの声だから、ついニヤニヤしてしまう。
「ウィンチェスター、何がおかしいんだい?」
「いや、お二人は本当に友人同士なんだなあと思いまして」
「そうだね。先輩でなければとっくに友達付き合いを止めているところなんだけどね」
「おいおい、俺が友達でなくなったらお前さん、栄養失調どころか、餓死してしまうぞ?」
「すべてオルタンスさんの功績じゃないですか」
「…とにかくだ、得難い友人同士という訳だ」

 年の離れた友人というのは、本当に羨ましい。先輩後輩の間柄でも分け隔てなく接するキャゼルヌさんの人柄による所が大なんだろうな。
「そういえば、ヤン中尉…ではない、ヤン少佐はエコニアに行かれてたんですよね?ケーフェンヒラー大佐はどういう人でしたか?」
「君はケーフェンヒラー大佐を知っているのか?」
「軍内部の電子新聞の片隅に訃報が載っていましたからね。捕虜収容所の不正を暴くのに協力した、とか…ヤン少佐が暴いたんですよね?すごいなあ」
「あれは…私は何もしていないよ」
「でも少佐の存在がキッカケとなったのではありませんか?」
「…何故だい?」
「不正を働いている側からすればですよ、英雄と呼ばれているヤン少佐がいきなり赴任してくれば、これは何かあると勘繰るのは当然ではないかなあと思うからですよ。ましてやエコニアは辺境だ。英雄の赴任先には相応しくない、と誰もが思うでしょう。時期から言って耳目を集めやすい。不正を働いている者からすれば、大人しくするか、逆に注目される前にどうにかしてやろうと思うでしょうから」
「…キャゼルヌ先輩、どうです?優秀な若者でしょう?」
「お前さんも充分若いがね。いやはや、確かにすごいな。エコニアにヤンを行かせたのは俺なんだ。英雄騒ぎのほとぼりを冷ますのに丁度いいかなと思ってね。確かに不正の噂も前からあったし、どうにかしなくてはとも思っていたからからな、ちょっとした爆弾を落として診ようと思ったのさ。まあ、ヤン自身も歴史的探求心を満たして帰ってきた事だし、いい事づくめさ」
「…一歩間違えれば死ぬとこだったんですがね」
「何かを得るには、何かを失うものさ」
「ほら、言っただろう?先輩でなければ友達を止めているだろうって。これから君も苦労するぞウィンチェスター。有能な軍官僚はとてつもなく腹黒いんだ。可愛い後輩をダシにして不正を暴こうとか、友達が聞いて呆れるだろう?」
「お二人共仲が本当にいいんですね…ケーフェンヒラー大佐には私も話を聞いて見たかったです。私も歴史が好きなので」

 「ヤン、同好の士が出来て良かったじゃないか。しかし、何故ケーフェンヒラー大佐の話を聞きたいんだ?」
「アッシュビー元帥の死は謀殺…ではないのですか?」
「何故それを…ヤン、お前さんが話したのか?」
「いえ、話してませんよ」
「…噂はすぐに伝わるものです、キャゼルヌ中佐。何でも、投書があったとか」
「…内容については明言出来ないが、確かに投書はあった」
「後はキャゼルヌ中佐自身が話された通りではありませんか?ヤン自身も歴史的探求心を満たして帰ってきた、と仰ってましたよね。歴史的探求心を満たすには資料や歴史の生き証人が必要です、それがケーフェンヒラー大佐だったのでは?」
「参った。お前さん、本当にすごいな。これは確かに紹介したくなる友人だ。よかったな、ヤン」
「ええ、エル・ファシルでも助けてもらったし、本当に得難い友人ですよ」
全部知っている立場としては非常にこそばゆいぜ。もうモブキャラじゃなくて準レギュラーの立ち位置だな。…早く卒業してえなあ…。



789年5月10日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校
野戦演習場 オットー・バルクマン

 「立て!学年主席が聞いて呆れるぞ」
「おのれ…油断しただけだ!」
アンドリュー・フォークは事ある毎に俺たちに絡んでくる。今だってそうだ、学年が関係ないカリキュラムで、講義の日程が合うと必ず絡んでくるのだ。
今は白兵戦の講義中だ。今日は実際に装甲服を着て行う白兵戦技実習が行われている。陸戦隊にだって指揮官や参謀は必要だからな、当然卒業後は陸戦隊に行く者もいる。実際に自分自身が戦う必要が無かったとしても、戦えない指揮官や参謀はバカにされる。下士官達にバカにされない程度に、ある一定の白兵戦技能は身に付けなきゃならない、という訳だ。
ローゼンリッターに行ってたマイク程ではないが、俺やヤマトだって白兵戦技は不得意じゃない。陸戦専門の戦科学校程ではないが、下士官術科学校のカリキュラムの半分は白兵戦技訓練だった。もちろん装甲服を着用しての戦技実習もたくさんあって、団体戦技トーナメントや個人戦技トーナメントもあるくらいだから、手を抜く奴等はほとんど居なかった。

 「…お前、どうしてそんなに俺達に絡んでくるんだ?」
「……」
「生きのいい奴は嫌いじゃないが、少ししつこくないか?少し休憩しようぜ」
「もう一戦やってからだ!」
「…ヤマト、替わってくれ。なんか飲んでくるわ」
「…了解。よし、いつでもいいぞ」
確かに奴は頑張っている。学年首席は伊達じゃない。同じ学年と試合している時は八割くらいの勝率を維持している。あ…負けた。


5月10日 自由惑星同盟軍士官学校、野戦演習場 ヤマト・ウィンチェスター

 「下半身ががら空きだぞ。ほら、もう一回だ」
「くそっ!!」
「…今のは中々良かったぞ…よし、時間だ。ありがとうございました」
「…ありがとうございました…」

 俺達は三年生、君も二年生になったことだし、もうそんなに目の敵にしなくてもいいんじゃないか、フォーク君。
でも…アニメのイメージと違うんだよな、目の前にいるフォークは多少性格は悪いが、頑張り屋の優秀な奴だ。それが何でああなった?
「おーい、マイク」
「やっぱ格闘は楽しいよな…なんだ?」
「今日の外出、何か予定あるか?」
「ないよ。オットーも酒飲みに行くくらいじゃないか?」
「スールズに言ってさ、フォーク呼び出せないか?」
「スールズ?…ああ、ズカリッターか。呼び出せるだろうけど、来るかな?」
「スールズも一緒なら来ると思うけど、珍しいな?説教でもすんのか?」
「内容はどうあれ、俺達と奴は結構親密な間柄だろ?たまには一緒にメシでもどうかと思っただけさ」
「ふーん。まあ暇だしいいか」



5月10日19:00 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、ウーズヴィル5番街
パブレストラン「ラシュテ」 ヤマト・ウィンチェスター

 「このようないかがわしい場所に出入りしていたとは…将官推薦の名が泣きますよ、先輩方」
おい、やめろ、というスールズカリッターの制止にも耳を貸さず、フォークは言葉を続ける。
「後輩を呼びつけて私的制裁でもしようというのですか?これだから下士官あがりは」
「フォーク、お前な…」
「ほっとけオットー、俺たちは向こうで飲もうぜ、ほら、ズカリッターもこっちだ」
「ダグラス先輩、妙な略し方は止めてくださいよ…」

 マイク、気を利かせてくれたのか。お前は本当にいい奴だ。
「私的制裁なら店に呼び出す訳ないだろう?まあ座れよ、何飲む?」
「ジェイムスンを」
「じゃマスター、俺も同じやつを……乾杯」
「…乾杯」
「初めて飲んだけど、悪くない」
「…それで、ご用は?」
「用が無きゃ誘っちゃいけないのか??俺達は編入だし、アッテンボロー先輩は卒業してしまったから、士官学校の中で濃い付き合いがあるのはお前とスールズカリッターくらいなもんだからな、一緒にメシでも、と思っただけだよ」
「…敵に塩でも送ったつもりですか?」
「おいおい、俺達同じ同盟軍だろ?敵も味方もあるもんか」
「甘いんですね。周りは皆競争相手ですよ。そういう意味では敵ではないですか」
「…競争相手だ。敵じゃないさ」
「先輩と私では考え方に相当隔たりがあるようですね」
「そうだな。別に俺は宇宙艦隊司令長官や統合作戦本部長になろうとは思っちゃいないからな」
「将官推薦を受けておいて、ですか?他の候補生に失礼ではありませんか?」
「失礼とは思っていないよ。その二つだけが士官として最終目的地ではないだろ?地位というのは自分が頑張った結果として付いてくるものだ」
「全くその通りですよ。先輩はそうではないかも知れないが、私の頑張った結果として欲しいのは統合作戦本部長です。卒業年次の近い候補生は皆競争相手、敵ですよ。阻害要因は早い内に潰さねばならないのです」
「学年内で統合作戦本部長に一番近いのは自分、邪魔なのは俺達、という訳か」
「…そうなりますね。本人方を前にして、失礼な話ですが」

 やっぱりだ、腹立つ奴だがフォークはまだおかしな奴じゃない。転換性ヒステリーなんて病気を抱えて士官学校に入学出来る訳がないのだ。その傾向はあるんだろうが、在学中から順風満帆にエリートコースを歩み過ぎてああなったんだろう。何もかもが上手く行って挫折や障害が無かったんだ。でなければロボスが飛び付いた結果とはいえ、帝国領侵攻作戦の参謀なんかになれる訳がないのだ。第六次イゼルローン会戦だって参謀として参加している、無能な訳がない。
そんな順風満帆な所に俺達が現れた、確かに邪魔だ。しかもその邪魔者たちは秀才という訳でもない。たまたま将官推薦されただけの下士官あがりの増上慢、と来ている。フォークの判断基準だと、そんな奴等に勝てないのだから、屈辱だろう…。
しかし奴はそれを堪えている。耐えている。俺達という障害を前に、それに屈する事なく頑張っている。
考えてみればフォークも不幸な奴だ。ヤンさん越えを狙ったのが運の尽きと言うものだ。でなければ帝国領侵攻なんて、あんな粗雑な作戦考える事もなかっただろう。

 「お前の頑張りは認めてるよ。でもそれは独りよがりの頑張りだと俺は思うよ。自分も、巻き込まれた周りも、そのうち不幸にする。いずれ追い付き追い越せではやっていけない時が来る。それよりだ、俺達と一緒に来ないか」
「…来ないか、って、どこへ行くんです?」
「それはまだ分からんけどな。行けるところまで行けばいい、行き止まりだったらそこでまた考えようぜ。行き止まりだ、って一人で考え込むより皆で考えたほうが楽だろ?」
「…その結果、私が先に進むかも知れませんが、いいのですか?」
「そんときはこき使ってくれればいいさ」
「…考えておきます」
 
 

 

第二十話 新たな戦いへ

宇宙暦790年3月1日 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、シルバーブリッジ24番街、
キャゼルヌ邸 ヤマト・ウィンチェスター

 キャゼルヌさんちに来ることがすっかり多くなってしまった。ふふふ、これで俺も立派な準レギュラーって事になるな。しかし一つ残念な事がある。キャゼルヌ夫人が妊娠で里帰りをしているのだ。
それを聞いた時には皆が落胆した。
俺もマイクもオットーも、いや、それだけじゃない、アッテンさんやヤンさんもミセス・キャゼルヌの作るゴハンのファンなのだ。それを食べる機会を失わせたこの家の主には、皆から非難の雨あられだ。最近はフォークやスールズカリッターもここに来るから、非難の声は更に増えている。

「一つ言っとくがな、ここは士官学校生の寄宿舎じゃないんだぞ」
「私はもう卒業しましたよ」
「アッテンボロー、お前さんの事じゃない、そこの五人の事だ」
「いいじゃありませんか。可愛い後輩達ですよ彼等は。それに、ミセス・キャゼルヌの料理を食べる機会を失わせた償いをしてもらわないと」
「償いだと?オルタンスが居ないのは人類の種としての責任を果たした結果だぞ?消費しかしないお前さん達に文句を言われる筋合いは無いと思うね」
「でも中佐、酒は消費しないと意味がありませんよ?」
「酒にだって飲まれる相手を選ぶ権利くらいあるだろうさ。全くだな、お前さん達が来ると月の俸給の半分が酒代で消えるんだぞ?ホストの身にもなれ」
「それがまた回りまわって我々の俸給になるんだからいいじゃないですか」

 キャゼルヌさんはフォークやスールズカリッターも快く受け入れてくれた。本当に連れて来てよかったと思う。彼らにはまだ一年ある、いい話がたくさん聞けるだろう。
士官学校生が在学中に出会う現役の軍人と言えば、教官くらいしかいない。教官達も自分の実体験を候補生達に話してくれるけど、候補生からすれば『教官がまた何か言ってるよ』にくらいにしか思えないものだ。そりゃそうだ、普段から一緒に居るし、そんな人達の戦場での姿や経験は想像しづらい。しかしキャゼルヌ中佐は違う。現在進行形のバリバリのキャリアだし、そんな人の生の(と言っては失礼だけど)経験が聞けるのだ。スールズカリッターにとっても、軍上層部を目指すフォークにとっても有益だろう。
俺だって実年齢はキャゼルヌさんと似たようなもんだから、彼の言うことはよく分かる。軍人としても、短い間だったけど濃密な艦隊勤務を経験したから同様だ。ということは、やはり経験が人を作り上げるんだな。資質、素養、経験が上手く合致しないといい人間にはなれないし、いい軍人にはなれない。でも困った事にいい人間といい軍人は相反する事が多いんだなこれが…。もうすぐ士官学校も卒業だ、この事でこの先ずっと悩んでいくんだろう…。

 「アッテンボローは第二艦隊だったな」
 「ええ。私は駆逐艦の射撃管制やってます。駆逐艦は楽しいですよ」
「そうなのか?」
「艦長ならもっと楽しいんでしょうがね。イメージ的には図体のでかい単座戦闘艇(スパルタニアン)ですから、小回りは利くし、すばしっこいし、やりようによっちゃ戦艦も喰えます。それに、大所帯じゃないって事が素晴らしい」
「そうか。で、ウィンチェスター、お前さん達の配属は決まったのか?もう発表される頃だと思うが」
「マイクはローゼンリッターに戻ります。連隊付で士官学校に入ってますから。私とオットーは…」
「なんだ、配属先の嫌な噂でも聞いたのか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが、私とオットーはエル・ファシルに戻る事になりました。昨年再編の終了したエル・ファシル警備艦隊に配属されます。ところで中佐、お聞きしたいのですが」
「ん、なんだ?」
「ドーソン教官に嫌みったらしく言われたんですが、我々は卒業すると大尉なのだそうですが、本当ですか?」
「そうなのか?俺も詳しくは知らんのだ。将官推薦者自体がいなかったからな。まあ…現役の教官でもあるし、あのドーソンがいうのなら本当だろうな」
「嫌ですよ、士官としての経験もないのにいきなり大尉だなんて」
「…国防委員会に聞いてやろう。少し待っといてくれ」
「あ…ありがとうございます」

 「こいつは驚いたな。もうお前に抜かれるなんてな。嫌みじゃないぞ、将官推薦って本当にすごいんだな」
「よして下さいよアッテンボロー先輩」
”先輩、本当に知らなかったんですか?てっきり知ってると思ってましたが“
「フォーク、お前知ってたのか?」
「我々の学年では有名でしたよ、ドーソン教官にやたらとハッパをかけられましたからね。下士官風情に負けてどうする!あいつらは卒業したら大尉なんだぞ!って。まあ、詳しくは教えてくれませんでしたし、お前に言われたくはない、って反応が殆どでしたが」
言ってくれればよかったのに…でもそれを知っていたから、しつこく絡んで来たのか…。
確かに自分達は少尉任官なのに、俺達は大尉じゃ、この野郎!ってなるだろうな。なんて制度だよ全く…。
あ、キャゼルヌさんが書斎から戻ってきた。

 「おう、待たせたな。国防委員会人事局の知り合いに聞いてみたよ。将官推薦者にも二種類いるらしい。軍以外の人間が推薦を受けた場合は中尉任官、現役軍人が推薦を受けた場合は大尉任官なんだそうだ。おめでとう、ウィンチェスター。バルクマンも、ダグラスも。本来、昇進というものは内報が出るまで本人には知らせちゃいかんのだが、もう知ってしまっているからな」
「…ありがとうございます。しかし何故大尉という階級なのですか?」
「将官推薦というのは本当に特別なんだ。確かに士官としての勤務経験、実績はない。しかしそれを補って余りある資質がある、という事の証なんだ。下士官の昇進、降任については統合作戦本部の専権事項だが、士官への昇進、士官の降任については国防委員会の人事局が決定権を持つ。その中でも将官推薦者については、将官と同じように履歴書も考課も国防委員長まで直接報告が行くんだ。…まあこれは、さっき聞いて俺も初めて知ったんだがな。知り合いによると、お前さん達の事は国防委員会でも有名らしいぞ」
「なんて事だ」
「…何て事だ、なんて言ってる場合ですか先輩。私としては、改めて将官推薦者を追い抜くという目標が出来たからいいのですが」
「フォークの言うとおりだぞウィンチェスター。ドーソンがフォーク達にハッパをかけた理由が分かったよ。国防委員長まで報告があがっているとすれば、将官は置いておくとしてもだ、お前さん達は大尉でありながら、どの佐官よりも統合作戦本部長の椅子に近い事になる。大変だぞこれは」
「あ~あ、お前ら大変だな…ハタチで大尉、更に佐官を敵にまわすのか…普通の士官学校出身者でよかったよ俺」
「そんな事言うのホントにやめて下さいよアッテンボロー先輩…」


 キャゼルヌ邸を出ると、フォークとスールズカリッターは実家に顔を出して来ますと言って俺達と別れた。
…いきなり大尉というのはちょっと想像の度合いを越えている。
将官推薦者は士官学校の成績とは関係なく昇進序列が最上位、くらいにしか考えてなかった。それだけでも充分すごい事なんだけど。しかもだ、国防委員長まで直接報告があがると言うことは、確実に降任はないといってもいい。自分で考課表を見ているのだ、降任させると国防委員長自身の資質を問われかねない。非の打ち所の無い(?)大失敗をやらかさない限り更迭もないだろう。
「こりゃあ本当に大変だぞ。大尉だぞ大尉」
「オットー…今更ながら巻き込んで済まないな、二人共」
「俺は充分楽しんでるけどな。気にする事ないぜヤマト。オットーも気にしすぎだぞ」
「だけどなあ」
「いいじゃねえか。大尉おおいに結構。階級に見合った成果を出せばいいんだろ?」
「気楽だなあマイクは。連隊に戻ったら中隊長だぞお前」
「余裕余裕。俺達は十八で一等兵曹だった。オットー、正直、やれると思ったか?」
「…キツかったな」
「同じような経験をまたするだけさ。佐官を敵にまわす?上等じゃねえか。キャゼルヌ中佐とヤン少佐は別枠だけどな」
「…何だかよく分からないが、とにかくすごい自信だな」
「ああ。オットーは自信ないのかよ?」
「…まだ分かんねえよ」




宇宙暦790年3月24日 バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、自由惑星同盟軍士官学校
大講堂 ヤマト・ウィンチェスター

 “卒業生、宣誓”
「はい!…私は我が国の自由と独立を護る自由惑星同盟軍人としての使命を自覚し、国家に忠誠を誓い、暴虐なる専制主義に屈することなく責務の完遂に努め、事に臨んでは危険を顧みず、以て同盟市民の負託に答える事を誓います。宇宙暦七百九十年三月二十四日、卒業生代表、ヤマト・ウィンチェスター!」



3月24日15:00 自由惑星同盟軍士官学校、第七食堂 オットー・バルクマン

 「卒業したな」
「ああ」
「マイクはこのままローゼンリッターに行くのか?」
「そうだな。そのまま歓迎会だぜ」
「歓迎会?」
「そうさ。前に着任したときはエル・ファシル失陥の騒ぎで一応自粛してたからな、今回は晴れて大尉任官、着任の歓迎会をやってくれるんだと。先任中隊長にすげえ人がいるんだ」
「へえ。なんて人だ?」
「シェーンコップ大尉って人だ。女も敵もこの人には敵わないね」
「そうか。いいなあ」
「何そんなにショボくれてんだよ、エル・ファシル警備艦隊司令部参謀殿?」
「やめてくれよ…ますます気が重くなるだろ」
「考え込んでもいいことないぜ。俺は中隊長、お前だって今は参謀だけど、直ぐに指揮官という立ち位置が見えてくるんだぜ?眉間に皺寄せて、ウーンウーン唸って考え込んでる指揮官や艦長を部下が見たいと思うか?」
「…そうだな」
「だろ?俺達はレールに乗っちまったんだ。前に進むしかねえんだよ。明るく行こうぜ、明るく」
「…俺、お前の部下になりたかったよ。いい指揮官になれるぜお前」
「はは、ありがとな。…では、いまいち乗りきれないバルクマン大尉に、ダグラス中隊長がいい言葉を教えてやろう。心して拝聴するように」
「…なんだ?」
「世の中を甘く見る事。いい言葉だろ?」
「…それが出来れば苦労しねえよ…何言ってんだよ全く」
「固いねえ…ところでヤマトは?」
「エリカちゃんを駅に迎えに行ったよ。エリカちゃんも今日卒業だろ?ご両親がお祝いしてくれるんだと。俺も誘われたけど断った」
「なんでよ、行けばいいじゃねえか」
「…空しくなるだろうが」
「まあな、はは」


 じゃあな、また集まって一杯やろうぜ、と言い残してマイクは行ってしまった。
俺って要領悪いんだろうか…。
卒業時の席次はヤマトが首席、俺が百五番、マイクが二百十三番だった。一応トップグループに入る事が出来た訳だ。
ヤマトは分かる、あいつはいつの間にか勉強している奴だからな。マイクだって勉強は苦手、とかいいながら、かなり頑張っていた。戦術と白兵戦技は同期でもトップクラスだ。兄貴肌で意外に面倒見がいいから、下級生には人気があった。翻って俺は…特徴がないのが特徴、とか言われそうだ。

 「どうしたのよ、一人でポツンと」
「あ、カヴァッリ大尉」
「卒業おめでとう。いつも一緒の二人はどうしたの?」
「ありがとうございます。ヤマトは彼女を迎えに、マイクもさっき駅へ向かいましたよ」
「あら、残念。卒業祝いしてあげようと思ったのに。どう?これからゴハンでも」
「いいんですか?」
「顔見知りだし、一応教え子だし、それにこれからも一緒に働く事になったしね」
「…大尉もエル・ファシルへ?」
「そうよ。荷物置いてきなさい、明日までは宿舎使えるんでしょ?」
「ああ、はい」
…ひでえ夜になりそうだ…。




 (揺籃編 完) 

 

第二十一話 EFSF~エル・ファシル警備艦隊~

宇宙暦790年4月20日 エル・ファシル星系、エル・ファシル、月軌道上、エル・ファシル警備艦隊
旗艦リオ・グランデ ヤマト・ウィンチェスター

 まさかの!
まさかの!!
ビュコック提督なのー!しかも旗艦はリオ・グランデ!いいね!
いやいやいや、エル・ファシルにとんぼ返りだから、また死亡フラグかと思ってたら…なんとまあ。
死亡フラグ消えたね…ん?消えたか?
「大尉、オットー・バルクマンです。よろしくお願いします」
「大尉、ヤマト・ウィンチェスターです。よろしくお願いします」
「二人ともよく来てくれた。ビュコックじゃ。しかしまあ…貴官らが噂の将官推薦者か。よろしく頼むよ」
「閣下、小官等の配置ですが…」
「予定通りじゃ。バルクマン大尉は儂の副官、貴官は艦隊司令部参謀となる」
「了解致しました」
「後の細かい事は首席参謀のシェルビー大佐に聞きたまえ。以上だ」

 エル・ファシル警備艦隊。ワッペンも一新されてるな。自由惑星同盟軍(F.P.F.)エル・ファシル警備艦隊(E F S F)か…。
どれどれ…艦隊規模は四千隻。艦隊司令官アレクサンドル・ビュコック少将。分艦隊司令官はアイザック・ピアーズ准将、ガイ・マクガードゥル准将。本隊が二千隻、ピアーズ准将とマクガードゥル准将がそれぞれ千隻ずつか。声優さんは誰になるんだろうか…。
艦隊司令部は…首席参謀タッド・シェルビー大佐、次席参謀ナイジェル・イエイツ少佐、そして俺か。
司令部内務長に…ああ、カヴァッリ大尉ね。司令部要員が十人、一度に覚えられないなこりゃ。で、オットーがビュコック提督の副官ね。…くそう、オットーの奴、オイシイ配置だな…。
分艦隊司令と参謀…まあビュコック提督が選んだんだろうから、参謀はともかく分艦隊司令はまともな人達なんだろう。問題はシェルビー大佐とイエイツ少佐だ。

“お前さん達は大尉でありながら、どの佐官よりも統合作戦本部長の椅子に近い事になる。大変だぞこれは“

 キャゼルヌさんが言った通りなら、俺もオットーも針のムシロのど真ん中だ。どうか二人ともまともでいてくれますように…。
「副官かあ…やっていけるかなあ俺」
「大丈夫さ、ビュコック提督はいい人だ。下士官兵からの人望も厚いし、常識人だよ。多少皮肉がキツい所があると思うけど」
「知ってるのか?」
「キャゼルヌ中佐からそう聞いたんだ。…それにしてもどうしたんだ?最近おかしいぞ」
「…俺さ、何もしてないだろ?」
「は?」
「だからさ…ただ一緒にいるだけ、というか…まあ士官学校でも頑張ったよ?でもお前とマイク見てるとさ、なんかこう…」
「首席になっちゃった俺が言うのもなんだけどさ、お前の成績だって充分すごいんだぞ?…確かに一等兵曹から兵曹長、二年経っていきなり大尉だ。俺だって面喰らってるし、うまくやれるかどうか分からんよ。将官推薦は確かに重い、でもな、誰だって新米の時はある。それは新米兵曹だろうが、新米少尉だろうが変わらないと思うんだ。新米大尉だって同じだよ。大事なのは失敗しないとか旨くやることじゃない、確実にこなすことなんだ。お前は副官だ、ビュコック提督とマンツーマンの任務だ。スケジュールがどうこうじゃなくて、ビュコック提督の人為を理解する事が必要でもあり任務でもあるんだ。そこに徹すれば、階級は気にする事はないよ」
「…ヤマト、お前、達観してるなあ。本当に同い年って思えなくなってきたよ。ありがとう、気が楽になった。そうだよな、状況に入りきる事が大事だよな、よし」
オットーが自信を無くしていたのは前から気づいていたんだ。俺はある意味この世界の住人じゃないから、未だに登場人物を見てウキウキしたり、死亡フラグがぁー!とか言いながら、それを楽しみながら過ごしている。でも俺以外にとってはそうじゃないんだよなあ、当たり前だけど…。




790年10月15日 アルレスハイム星系外縁部(イゼルローン前哨宙域方向)、エル・ファシル警備艦隊(F.P.F.E F S F)、旗艦リオ・グランデ、艦隊司令部 ヤマト・ウィンチェスター

 「どうかね、ウィンチェスター大尉、この艦隊は」
「どういう意味でしょうか、司令官閣下」
「どういう意味も何も、そのままの意味じゃよ」
着任して半年経った、思うところを述べてみよ、ってところかな? …そんな緊張した顔するなよオットー。変な事は言わないぞ?
「いい艦隊だと思います」
「…それだけかね?」
「率直に申し上げて宜しいのであれば…」
「ほう、何だね」
「ウチの艦隊の再編成が完了したのは一年前でした。エル・ファシル失陥後の急拵えの艦隊にしては悪くない、練度も高く、兵力も以前の倍です。星系警備の艦隊指揮に旗艦級戦艦を配備しているという事を見ても、国防委員会はいい仕事をしたと思います。自分達の事で恐縮ですが、我々将官推薦者を送り込んだという事をみても国防委員会の期待は大きいのかもしれません。いい艦隊だと思いますが…」
「ハハ…まだ何か含むところがあるようじゃな。儂から訊いたのじゃ、全部言ってしまいたまえ。シェルビー大佐もイエイツ少佐も居らん、気にせんでいい。儂にも遠慮は要らんぞ」
「は…御配慮有り難うございます。ウチの艦隊は兵力規模や人事面から見れば期待されているようにも見えます。ですが…恐れながら閣下はこれまでご自身の御意向に沿う待遇を受けて来られたでしょうか?」
「ふむ…不満に思う訳ではないが、そういう事は無かったの」

 そうなのだ。ビュコック提督は名将と言っていい存在だ。優秀ではない人物が二等兵から少将まで来れる筈がないのだ。だから下士官兵達からの信望、評価は高い。しかし、士官学校を出ていないという事から、軍組織、国防委員会からの信望、信頼を得ているとは必ずしも言い難い。
「やはりそうですか」
「しかし大尉、儂の意向に沿わない人事や待遇があったからとて、それがこの艦隊に関わって来るとは思えんがの。第一、本人の希望が全て通る組織なぞありはしない。特に軍はそうじゃ。むしろ現在の分相応な地位に就けてくれた事を、軍には感謝しておる」
「はい。それは司令官閣下の仰る通りですし、閣下のお気持ちも分かります。ですがこの場合、この事が、我が艦隊に関わって来ると思うのです」
「ほほう、流石は将官推薦じゃ、視点が違うの」
「いえ、我々も閣下と同じ…いえ、似た立場ですので」
分かりやすくアッと言う顔をするなよオットー。俺の言いたい事が分かってくれたか?

「どういう事かね?」
「軍組織において主流ではない、という事です。失礼を承知で申し上げます、閣下は士官学校を出ておられません。という事はやはり軍主流足り得ません。そして我々は将官推薦こそされましたが、現在の同盟軍の上層部に将官推薦を受けた者は一人として居りません。という事は我々は組織の中で異分子です、やはり、主流足り得ません」
「確かに貴官等は異分子かもしれん、が士官学校を出ておる、それで主流ではないという事にはならんじゃろう?」
「では、閣下が軍に入られた頃の事を思い出して下さい。将官推薦者は居たでしょうか?」
「居ったよ。知っておる人達は皆優秀じゃった。じゃが大半は軍を去ったな」
「その人々は小官のように下士官兵からの、所謂叩き上げでしたか?」
「…いや、軍に関係のある企業や、国防委員会からの紹介で将官推薦を受けて入隊した者が多かったな」
「知人に聞きました。将官推薦制度はコネ作りに利用される事が多くなって、利益より弊害が多くなって使用されなくなったと。それはそうです、箔付けや天下りのコネ作りに利用されていたのですから。しかも推薦を受けた者が中途で軍を去るとなれば、たとえ軍に残る者がいたとしても、組織の中核にはなれません。それに五十年前といえば、所謂『七百三十年マフィア』が台頭を始めた頃です。軍の組織も安定し、将官推薦制度のようなものに頼らなくてもよくなっていたのですよ。制度としては死んだのです。だが小官等が五十年ぶりに推薦された。小官等の来歴や考課表は国防委員長まで報告が行きます。小官等の上司になる方々はそこを考慮して我々を任務につけるでしょう。自分がつけた考課表が直接国防委員長の目に触れるとなれば、下手な事は書けません。言ってしまえば、多くの人々が我々の為に迷惑を被るのです。推薦者が多かった時代ならば…」
「よく分かった大尉。貴官等の推薦が理念通りの物だったとしても、今の同盟軍では傍迷惑、という事じゃな」
「はい。小官の推測に間違いがなければ、ですが」
「言われてみればその通りじゃ。士官学校も出とらんのに少将の地位にいるのは儂だけじゃし、貴官や儂の副官のバルクマン大尉も、中央にしてみれば使いにくかろう。考課表を国防委員長に直接みられるのではな。推薦制度自体は残っておるのだから、下手な評価をすればどこに飛び火するか分からんからな。まあ飛び火して喜ぶ輩もおるじゃろうがの、ハハ」

 ビュコック提督は俺の話を聞いても嫌な顔一つしない。むしろ感心感心、といった表情で
髭を撫でながら俺の顔を見ている。
「貴官等が儂の所に来たのもそういう理由が有ったんじゃな。パッと見れば、将官推薦者という優秀な補佐役を付けて人事面でも戦力増強しています、という風に見えるからの。儂も含めて使いにくい者は辺境へ、という訳か。いやはや何と言うか」
「良い面もあります。実際に今の兵力は以前の倍です。しかも一昨年にヤン少佐が成し遂げた撤退作戦のお陰でエル・ファシルという名は全同盟市民の視線が注がれます。という事は国防委員会、同盟軍上層部は我等を無下に見捨てる事は出来ない、という事です。まあ、逆に言えば、我々も下手に失敗出来ないという側面はありますが…」
「それが一番厄介じゃのう」
「全力で閣下をお支えします。失礼な物言いになりますが、小官は閣下の能力に一抹の不安も抱いてはおりません。その閣下の下で働ける事を光栄に思っております。もちろん、一個人としても閣下を尊敬しております」
「面と向かって誉められるとこそばゆいの。ありがとう。では改めて聞こうか。当面、我が艦隊に必要な物は何かね?」
「実戦です。我が艦隊は幸か不幸かまだ実戦を経験しておりません。前哨宙域の哨戒活動も我が艦隊が再編途中だった事もあって、現在も正規艦隊が行っております。小官の着任前及び着任後を見ても、士気、練度には問題は無いと思われます。しかしこれまでの訓練内容は主に我等参謀が中心となって行って来ました。訓練での勇士が実戦では弱兵、ということも充分に考えられますので、まずはひと合戦かと思われます」
「ふむ。訓練での勇士が実戦では弱兵という事もある、か。貴官、もう十年も参謀職に就いているように見えるの。貴官等を推薦したのは誰じゃったかな」
「ドッジ准将閣下です、死後特進されまして中将です」
「ドッジ…ドッジ…おお、セバスチャン・ドッジ中将か?」
「ご存知なのですか?」
「知っておるよ。優秀な方じゃった。当時儂はある(ふね)で砲術長をやっておったが、その時の副長じゃった。故人の悪口は言いたくないが、よくもまあ彼が貴官等を推薦したもんじゃ。当時のドッジ副長が下士官兵と話しておる所を見た事ある者など居らんかったからな。近くに居た儂でさえ見ておらんからの」
「そうなのですか?」
「下士官兵を毛嫌いしていた訳では無かったが、直接交流を持とうとはしておらんかったな。いやはや懐かしい名前を聞いたもんじゃて。…済まん済まん、実戦という事じゃったな」

 そういえば、半年経った今まで、提督とこんなに話す事なんてなかったな。思い出してみれば、”貴官等の宜しいように“、ばかりだった気がする。ビュコック提督流の人物観察法なんだろうか?あとでオットーに聞いてみよう。
「はい。まあ、こればかりは宇宙艦隊司令部より帝国に聞いてみないと判りませんが」
「それもそうじゃな。宜しい、宇宙艦隊司令部には意見具申をしておく。が実戦が必要だからといって不必要な犠牲、損害は避けねばなるまい。その辺の所はどう考えておるかじゃが…」
「はっ。勝てる敵とだけ戦います」
「はっはっは。それはいい。戦度胸をつけるという訳か」
「はい。戦闘経験のない新兵も多くおりますので、古参やベテランと噛み合わせるのに丁度いいかと」
「よし、首席参謀と次席参謀を呼んできてくれんか、ウィンチェスター大尉」
「かしこまりました」 

 

第二十二話 展望

宇宙暦791年1月6日 エル・ファシル星系、エル・ファシル、中央区八番街、
レストラン「サンタモニカ」 ヤマト・ウィンチェスター

 この店はいつ来ても落ち着く。適度な広さ、ヤニの染み込んだカウンター。ボックステーブルを見れば、あちこちにソースの染みは残っているが、洗濯され綺麗に糊付けされたテーブルクロス。昼間はカップルやビジネスマン、学生と、幅広い客層が来店する明るい感じの店内が、ディナータイムからはガラリと雰囲気が変わる。俺は昼の部も好きだけど、夜の部はもっと好きだ。

 「とりあえず、新しい年に乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
今日は久しぶりにカヴァッリ大尉も交えて三人で飲んでいる。もう一人はもちろんオットーだ。なんと、二人は交際を始めたらしい。
「貴方達が大尉だなんてねえ。世の中どうなるか分からないわね。新年を迎えたばかりで来年の事を言うのもアレなんだけど、来年には定期昇進で少佐ね、二人共。…あ、もう一人居たわね」
「そんなことより、二人はいつからなんです?オットーも黙ってるなんて酷いな」
「…なんとなく言いそびれたんだよ。なあ、パオラ」
「そうよ。元の部下、そしてこないだまでの教え子に手を出した、なんて言われたくないじゃない?」
かぁー!パオラって呼んでるのかよっ!…付き合ってればまあ当たり前の事だろうけど、なんか悔しい。
「で、キッカケは?」
「士官学校の卒業式の夜にパオラに誘われて飲みに行ったんだ。それがキッカケと言えばキッカケさ」
「知らない」
「知らないって…お前エリカちゃん迎えに行って、そのまま彼女んチ行っただろ?」
「あらやだ。同期ほっといて彼女のとこ行ったの?サイテー」
何故だ。何故俺が攻められる流れなんだ?
「あれはしょうがないだろ?エリカの両親の招待だったんだから」
「彼女の実家にお呼ばれして、しょうがない、は無いわよね、サイテー」
「うん、最低だ」
なんだ?何なんだコレは?何故俺が攻められねばならない?
「それに同じ警備艦隊司令部所属なのに、なんだか余所余所しいし」
「それはですね、キチンと公私は区別しないと、と思って…」
「サイテー」
「うん、最低だ」
クソっ、こんなことでっ…。
「余所余所しくしてたんじゃない、忙しかったの!今も忙しいけど!」

 司令部参謀という職は忙しい。まずは艦隊の状況把握から始まる。各艦艇からの日施報告の確認、これがまた面倒なんだ。何も無ければ艦隊旗艦と分艦隊旗艦とのコンピュータの自動応答で済むのだが、どこぞの(ふね)に何か異状があるとそれを記録して、まとめて報告する準備をしなきゃならない。異状の内容は艦の故障不具合から乗組員の精神的・肉体的変調から、乗組員の家族に関する事まで多岐にわたる。乗組員の事はよほど重篤や急を要する場合でなければ基本的には各艦で処理する事柄だけど、艦艇の故障や不具合はそうはいかない。どちらにしても艦隊の戦力発揮に関わる事だから、司令部参謀はそれをキチンと把握して、それを更に朝から昼にかけて正規の書式に落として夕方の就業時間終了時までにビュコック提督に報告する…のだけど、報告書の作成中に突発事象が起きたりもする。そうすると、またそれについても報告書を作成しなければならない。停泊中はこれが毎日続く…。アニメの中では他人の作戦案にイチャモンつけてるだけにしか見えなかったから、意外に楽勝配置だと思っていたんだけどなあ…。
でも俺の場合仕方のないことなんだそうだ。大抵は司令部参謀でも少尉や中尉の仕事だからだ。それを知っているから次席参謀も首席参謀も通常の場合は無理はさせない。俺はそこをすっ飛ばして来ている上に将官推薦だ。いきなり大尉という階級に就いた以上、こなさなくてはならない(又はこなしてみせろ)事らしい。そんな事だから、次席参謀のイエイツ少佐は自分の作業量が減る事の方がよほど嬉しかったらしい。

“いやあ、優秀な後輩が来てくれて助かったよ、本当にありがとう”

なんて、喜びすぎて逆にシェルビー大佐に怒られる始末だ。
それにひきかえ副官のオットーは(比較対象としてだけど)それほど忙しくない。奴はビュコック提督の個人副官だから、マネージャーみたいなもんだ。下手すると提督と三次元チェスをしていたりする。
司令官室でその光景を見た時、ちょっと殺意を覚えたもんな。
司令部内務長のカヴァッリ大尉もそれほど忙しくない。彼女の仕事は、艦隊司令部の雑務をこなす十人のスタッフのとりまとめだからだ。
俺だけが、忙しい。訓練中の方がむしろ暇なくらいだ。
訓練中、要するに艦隊の行動中は、異状がない限り艦隊司令部への日施報告は省略される。訓練と言っても敵がいないだけで作戦行動中となんら変わらないから、『異状がないなら静かにしてなさい』という訳だ。

 「だろ?忙しそうだから言いそびれたんだよ。まあ、黙ってて悪かったな」
「そうそう。悪かったわね、参謀殿」
「はあ…もういいよ。二人共、おめでとう」
それにしても卒業式の後にそんな事が有ったのか。エリカは元気にしてるかな…。
「お前はどうなんだよ、ちゃんとエリカちゃんと連絡取ってるのか?」
「一応ね…」
「おいおい、大丈夫かよ?」
「大丈夫さ、きっと」

 キャゼルヌ中佐に言われたような俺達に対する反感は、艦隊司令部や旗艦内部に限って言えば、あまり感じられない様な気がする。オットーは至って常識人で自分をひけらかす様な事はしないし、俺も後ろ指を指される事がないように気をつけていたから、探す粗がなかったのかもしれない。シェルビー大佐とイエイツ少佐に限って言えば、むしろ同情される事の方が多かった。
「推薦を辞退出来ないってのも中々厄介だな。食べたくないのに、先輩に勧められて仕方なく食べた…みたいなモンだろう?」
「いえ…まあそんな側面もありますが。食べてみたら意外に美味しくいただけましたよ」
「はは、そうか。まあよろしく頼むよ。四千隻の艦隊を三人で切り盛りせにゃならんのだからな。早く一人前になって貰わねば困るんだ」
「こちらこそ宜しくお願いいたします、大佐」

 フレデリカちゃんはまだこの店で働いていた。エル・ファシルが同盟の手に戻った後、母親と戻って来たそうだ。もうすぐ士官学校を受験するという。
そうだな、たしか七百九十四年次席卒業、だったもんな。
そもそもグリーンヒル家はエル・ファシル在住なんだろうか?アニメだと当時のグリーンヒル大将が救国軍事会議のクーデター前に、死別した奥さんの墓参りをしていた。時期的にも地位的にもクーデター前にハイネセンを離れるとは思えないから、あの墓はハイネセンにある、ということになる。という事はグリーンヒル中将自身はハイネセン出身なんだろうな。フレデリカちゃんや奥さんは、奥さんの療養の為に奥さんの実家に滞在していたか、仕事で滞在していたのだろう。
「フレデリカちゃんのお父さんも軍人なんだっけ?」
「軍では相当偉いみたいです。中将って言ってましたから」
「そ、そうだね、中将って階級はめちゃくちゃ偉いんだよ」
「家では全くそういう風に見えないんですけどね。そんな事より、ヤン中尉…今は少佐ですよね、ヤン少佐はエル・ファシルには戻って来てないんですか?」
「残念でした。ヤン少佐は今は昇進して中佐になられた。第八艦隊の作戦参謀をやっているよ」
「そうなんですか!…あーあ、ウィンチェスターさん達じゃなくてヤン中佐がエル・ファシルに戻って来ればよかったのになあ」
「おいおい、そいつはひどいな。脱出騒ぎの時は俺やオットーだってヤン中佐を手伝ってたんだぞ?…さてはヤン中佐にホレてるな?」
「ち、違いますっ!私はヤン中佐に憧れているだけでその…」
「ムキになるところがまた怪しい、なあオットー?」
「やめろよ、いたいけな少女をからかうのは」
「そうよ。軍人のイメージダウンにつながるわ。この店も出禁になっちゃうかもでしょ!」
「…え?」
また俺が攻められる流れなの?なんなんだよ一体…。


791年3月8日 アスターテ星系、EFSF、旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

「閣下、第十一艦隊が離れます」
「うむ」
”第十一艦隊旗艦より入電、『新生エル・ファシル警備艦隊ノ新タナル旅立チト、ソノ航海ノ無事ヲ祈ル』以上です“
「返信なさいますか?」
「そうじゃな。バルクマン、返信内容は任せる」
「はっ。……オペレータ、第十一艦隊旗艦に返信、『御厚意ニ感謝ス。貴艦隊ノ愉快ナル航海ノ無事ヲ祈ル』、以上だ」
“はっ。了解しました”
「愉快なる航海か。宜しい宜しい」
「ありがとうございます」

 副官任務は楽しい。
この任務が楽しい理由は、ほとんどビュコック提督の人為によるところが大だ。強烈な上官だったらと思うと、ゾッとする。
”大事なのは失敗しないとか旨くやる事じゃない、確実にこなす事なんだ“
ヤマト、お前が同期で、そして一緒に居てくれてよかったよ。
「バルクマン、貴官はこの艦隊を見てどう思うかね?」
「正直に申し上げるべきか、言葉を飾るべきか、迷っております」
「何故かね」
「は、小官は司令官閣下の副官ではありますが、艦隊には小官より上位者の方々が多数いらっしゃいます。小官の申し上げる事がその方々への誹謗中傷にならぬか、と心配している次第でありまして」
「ふむ。貴官の気持ちもよく分かる。じゃがの、副官は一番身近な話相手じゃ。好きな事を言ってもいいと儂は思うておる。上官を諫めねばならん時もあるからの、好きな様に物を言える様にならんとな、大尉」

好きな様に物を言え、か。それが出来たらなんと楽な事か…ん?相手の地位に遠慮するな、と言う事か。
「閣下、ヴァンフリートに向かってはどうでしょう?」
「何故かね?」
「我が艦隊は全体では四千隻と一応の数ではありますが、哨戒任務を主にする艦隊ですので、今後戦力を分散せねばなりません。という事は会敵した場合、それぞれが少ない兵力で敵と対峙しなくてはならない、という事です。となると、味方にせねばならないのは地の利です。ヴァンフリートは両軍共に敬遠する程の場所ですので、そこに習熟するだけでも艦隊の財産になるのではないでしょうか」
「なるほどのう。戦いづらい場所も味方にせねばならんか。よし、ヴァンフリートに向かうとするか」
「ありがとうございます!」 

 

第二十三話 兆候

宇宙暦791年3月13日 ヴァンフリート星系、EFSF、旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 ヴァンフリート星系か。確かここに同盟軍が補給基地を作るんだよな。いつくらいから作り始めるんだろう?そもそもこの星系の詳細な情報ってあるのか?どれどれ…惑星八個すべて環境劣悪。星系全域にわたって小惑星が入り乱れている…。なんじゃこりゃ。確かに大軍は行動しづらいでしょうね。じゃあパッとここに来て布陣しましょうか、とか中々出来ないという事か。ウチの艦隊くらいの規模なら、なんとかまとまっていけそうだな。確かに地の利を得る事は大事だ。こりゃ腰をすえて探索しないとダメだぞ。

 「大佐。大佐はこの後の行動についてどうお考えですか?」
「この後?このヴァンフリート星系の哨戒と探索だろう?」
「それはまあそうですが」
「何か、あるのか?」
「上層部はここに補給基地を作ろう…なんて考えてるんじゃないかと思いましてね」
「ヴァンフリートに?あんな行動しづらい所にか?」
「行動しづらいという事は敵も同じですから、中々入って来ないと思うんですよ。バレなければずっと使えるし、バレたらバレたで、ここに帝国軍の目を惹き付ける事が出来ます」
「しかし、何の為に作るんだ?」
「イゼルローン要塞攻略の為にですよ」
「補給基地一つ作ったところで何も変わらんと思うがね」
「仰る通りです…」
「そんな話を誰かから聞いたのか?」
「いえ、ふと思いつきまして」
「そうか…でも、もしかしたらそういう事もあるかもしれんな。データにある調査記録はいつのものだ?」
「……判りました。五百二十三年。約二百七十年前のデータです」
「そんなに古いのか!?」
「多分アーレ・ハイネセンの『長征一万光年』の頃のデータじゃないですか?当時はまず居住可能な惑星のある恒星系を探してたでしょうから、初期調査でそうじゃないと判ってからは、本格的調査も後回しにされたのではないかと」
「後回しにも限度ってものがあるだろう?」
「こうもイゼルローン回廊に近いのでは、資源的に有望だったとしても危なっかしくて誘致しても民間企業は来ないでしょう、戦争中ですから。この星系での戦闘記録も大規模なものは皆無ですし、そもそもエル・ファシルよりこちら側は民間船も来ません。政府、軍としても当面は調査も必要ないと判断したのかも知れません」
「…調査が必要かな?まあ提督が仰った事だし、二百七十年前のデータでも何の問題もないのでは?…という訳にはいかないだろうが…」
「詳細な情報が判れば我が艦隊の作戦立案の糧になるのは間違いありません。大きな目で見れば統合作戦本部どころか国防委員会だけでなく、財政、天然資源、経済開発、地域社会開発の各委員会に恩を売れますよ」
「なるほど…そういう事なら軍の利益にもなるな。イエイツを呼んできてくれ。早速調査の計画立案にかかろう」
「了解しました」

 くそっ、現金なもんだよ全く。恩を売れます、って言った途端目の色を変えやがって。
提督がヴァンフリートに向かうって言った時はシェルビー大佐も、スクリーンの向こうの分艦隊司令もあからさまに嫌がってたからな。

“フォロー頼むよ。ヴァンフリートに行こうって進言したの、俺なんだ”

 オットー、お前の考えは正しいよ。俺達の艦隊は少数、地の利がないと戦えないんだ。動きづらいから中々入ってこない?当たり前だ!当たり前だから裏をかこうとするやつが出てくるんじゃないか。同盟軍がヴァンフリートに補給基地を作ろうとしたのなら、帝国だって似たような事を考えてもおかしくないって事だ。
「ウィンチェスター、入ります」
「どうした?」
「シェルビー大佐がお呼びです。ヴァンフリート星系の調査計画を作成すると」
「了解。五分後に行くよ、先に戻っててくれ」
「はっ」
イエイツ少佐は自室で執務している事が多い。艦隊の補給担当だからだ。
少佐が艦隊の各艦から上がってきた補給要望を取りまとめて書類にしてビュコック提督に提出する。提督はその書類にサインして経理部長に提出する。経理部長はその書類にサインして後方勤務本部に提出する。基本的に提督はサインするだけだから、イエイツ少佐の作った補給要望書がそのまま後方勤務本部に上がる事になる。この補給要望に齟齬やおかしな点があると、書類が突き返される上にビュコック提督が怒られるし、エル・ファシルに艦隊の補給物資が届くのが遅れる事になる事になるから、彼の仕事はかなり重要だ。といっても、集計作業の大半はコンピュータと司令部スタッフがやってくれるので、行動中はそこまで忙しい訳じゃないんだよな。
俺やシェルビー大佐も彼の部屋でコーヒーをいただく事がある。何しろ艦隊の補給の大元締だ、コーヒー豆もいいものが置いてある。羨ましい限りだ。



3月15日14:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ近傍、EFSF旗艦リオ・グランデ
アレクサンドル・ビュコック

 オットー・バルクマンにヤマト・ウィンチェスター…。確かに優秀じゃ。特にウィンチェスター、あの若者はらしくないところがあるの。階級はともかく、士官学校卒業したばかりの若者には見えん。目の前の任務だけを考えていない、儂と話す時も先を見て話しておる。そつがない、と言うのともまた違う、抜け目がない、という表現も少し違う。そう、全てを知っている様に話す。知っている事を少しずつ小出しにするような…。いつまで見ておれるか分からんが、どこまで行くか見てみたいもんじゃ…。お、バルクマンが血相を変えておる。若者はああでなくてはならん…ん?何かあったか?
「なんじゃと?ガイドビーコン(誘導標識)?」
「はっ、どうも帝国製には間違いないとピアーズ分艦隊司令より報告が来ております」
「バルクマン、皆を集めよ」
「はっ。そう申されると思いましたので、司令部参謀の方々には既に中央艦橋に集まるように伝えてあります」


 ”提督、報告は既にお聞きおよびですか?“
「うむ。ピアーズ司令、帝国製のガイドビーコンというのはどういう事かね?」
“はい、我々は現在ヴァンフリートⅥの公転軌道付近にいます。以前の戦いか何かの時に帝国軍が設置した物ではないかと思ったのですが、回収後調べたところ、稼働中だったという事から最近設置したものであると思われます。無論、以前から設置されていて時間差をつけて稼働を始めたのではないか、という可能性も捨てきれませんが”
「最近はこの辺りでは大きな戦いは起きてない筈じゃが…」 
“仰る通りです。両軍の兵力が千隻を越える大規模戦闘は、エル・ファシル再奪取時にエル・ファシルで、その後はイゼルローン前哨宙域で三回。昨年末から現在にかけては帝国軍と遭遇しておりません”
「そうじゃな。この艦隊が哨戒活動を始めた昨年の十一月以降は小規模な遭遇戦すら無い。エル・ファシル再奪取後は、この辺りの哨戒はどこが行っておったかの」
”再奪取後からの時系列ですと、第二艦隊、第一艦隊、第八艦隊、JSSF(ジャムジード警備艦隊)、第十一艦隊です。問い合わせますか?“
「それはこちらでやっておこう。貴隊はマクガードゥル分艦隊と連繋して調査を続行、そのままイゼルローン前哨宙域に向かえ」
“はっ!前哨宙域で会敵したならばどうしますか”
「会敵した場合はそれぞれティアマト、アルレスハイムに急速に転進せよ。それぞれがどちらに向かうかは貴官とマクガードゥル司令に任せる」
“急速に転進…なるほど、了解いたしました”


3月15日14:05 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ近傍、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 なんだなんだ?ガイドビーコン?
「少佐、ガイドビーコンって文字通り誘導標識ですよね」
「ああ、後続の部隊に安全な進路を示したりする為に置くのさ。あれ、ウィンチェスター?知らなかったのか?」
「以前の艦隊勤務ではまだ砲術科下士官でしたから、恥ずかしながら…」
「…ああ、そういえばそうだったね。それに砲術科じゃ関係ないもんな。ガイドビーコンを使うのは主に帝国軍なんだ。奴等は同盟側のまともな航路図がないからね。この星系やダゴンだとよく使うだろうな」
「なるほど」
「放っておくと内蔵電源が切れるまで定期的に電波を発信し続けるから、見つけたら破壊か回収するんだ」
「電源はどれくらいの期間持つんです?」
「確か170時間…約一週間だね」
「…という事は一週間以内に設置したことになりますね」
「そうだな…近くに帝国軍がいる事になる」

 シェルビー大佐の顔が青い。大佐、あなたの失敗ではないんですから、顔色変えなくても大丈夫ですよ。
「提督、念のため過去に哨戒行動を実施した艦隊に問い合わせておりますが、返信が揃うのは早くても一時間はかかるかと思われます」
「了解した。大佐、現在の情報で考えられる事は?」
「敵が侵入しているのは間違いないでしょう。こちらのセンサーにひっかかっていない事から、少数または単艦での星系調査か航路調査ではないでしょうか」
「そうだな。となると、侵入した敵がどこに居るかじゃが…」

 ああ、やっと繋がった。こんな事、司令部スタッフにやらせればいいのに。
「あ」
”あ、じゃないだろう“
「…いえ、勤務中のお姿を拝見するのは久しぶりなもので。お元気ですか、ヤン中佐」
”わざわざ挨拶の為に私用で旗艦からFTL(超光速通信)を使っている訳じゃないだろう?何か、あったのかい?“
「以前、第八艦隊もこちらの哨戒に出ていましたよね?その時、戦闘またはその兆候、特にヴァンフリート星系近辺で何かありましたか?」
”少し待ってくれ。検索は苦手でね“
「…知ってますよ。出来るだけ急いでください」
”知ってますよ、って…何があったんだ?“
「現在我々はヴァンフリート星系に居るのですが、帝国軍の稼働中のガイドビーコンが発見されたのです。ビーコンの稼働時間は短いですから、最近設置されたのか、それとも時間差をつけて動き出したのかを調べるために、過去に哨戒に当たった艦隊全てに照会している最中なんですよ」
”なるほどね。君も知っている通り私じゃ時間がかかるから、校長…じゃなかった、シトレ提督にワケを話して再度こちらから連絡するよ“
「了解しました。お願いいたします」
”頑張れよ。じゃまた後ほど“


3月15日14:25 バーラト星系、ハイネセン、統合作戦本部、宇宙艦隊司令部、第八艦隊地上作戦室
ヤン・ウェンリー
 「知っています、は良かったな、ヤン中佐。それにしても君はまだ私の事を校長と呼ぶのかね?」
「はあ、中々昔のクセが抜けません。ところで提督、通信の内容はお分かりになられたと思うのですが」
「そうだな。司令部のスタッフに当たらせよう…あの大尉が例のウィンチェスター大尉か?」
「はい、私なんかよりよほど優秀です。エル・ファシル以来親しくさせてもらっています」
「多分、君とは優秀の向きが違うだけだろう。今度会わせてくれないか」
「はい。後でまた聞いてみます」 

 

第二十四話 大事件かも

宇宙暦791年3月15日18:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、
EFSF旗艦リオ・グランデ ヤマト・ウィンチェスター

 「ウィンチェスター、ウチの艦隊の哨戒記録を全て洗ったが、ヴァンフリートで異状があったような痕跡は認められなかったよ」
「そうですか…ありがとうございます」
「役に立てなくて済まなかったね」
「いえとんでもない、お手数をおかけしました」
「異状という程の事ではないが、帝国軍との遭遇記録はある。そちらで見るなら転送するが、どうする?」
「お願いいたします」
「分かった、すぐ送る。ああそれと、シトレ提督が君に会いたがってたよ。ハイネセンに戻る時があったらウチの司令部に来てくれ。じゃあね」

 シトレ提督か。俺が知ってるシトレさんはもう元帥で統合作戦本部長だったからな。艦隊司令官時代のシトレさんか、ハイネセンに戻ったら会ってみるか。戻れたらの話だけども…。
「大佐、第八艦隊の哨戒行動時には異状はなかったそうです。念のために帝国軍との遭遇記録を送る、との事です」
「了解した。どの艦隊の哨戒時も異状は見受けられない…提督、そうしますとあのビーコンは最近設置または起動した事になります」
「ふむ…少佐はどう思うかね?」
「小官も首席参謀と同意見であります」
「そうか。大尉はどうかね?」

 …ガイドビーコンが発見されて、提督もそれ自体には不審そうだった。でも敵が近くに居るのかもしれないのに総員配置は発令していない。通常警戒のままだ。なんで通常警戒のままなんだ?
「提督、少々お待ち下さい。…大佐、恥ずかしながら小官はガイドビーコンの存在を知りませんでした。ガイドビーコンというのはありふれた存在なのですか?」
「なんだ、知らなかったのか。ビーコンを見つける、というのは結構ある事だ」
「では先ほどの発見時のように、ビーコン自体が作動している状態で発見されたとしても特に問題にはしないのですか?」
「問題にはしないな」
「何故ですか?」
「至極ありふれた存在すぎて、報告する意味がないのだ。考えてもみたまえ。設置してすぐ稼働したのか、タイマーセットで稼働したのか、分からないのだからな。それに、ビーコンに向かって来る帝国軍がいないのだ。過去の記録からもそれは明らかになっている。発見した稼働中のビーコンをわざと放置して、待伏せしたことも度々あった。それでもやつらは来なかった。結果、発見しても報告はいらない、という事になったのだ。無論、教本には載っていない」
「では何故ピアーズ司令は報告をあげたのでしょう?」
「ピアーズ分艦隊とマクガードゥル分艦隊は、ヴァンフリートの各惑星の公転軌道を、主星ヴァンフリートを挟むように哨戒と調査を進めている。言わば我が本隊の前路警戒だ。そこに稼働中のビーコンを発見した。索敵範囲内で最初の何かの兆候を見つけた訳だ。それで我々に警戒するように、と警告を発してくれたのだ。我が艦隊の初の哨戒任務だ、齟齬があってはならん。それで正規の手順で報告してくれた、という訳だ。艦隊の錬成訓練の時はなかっただろう?」
「確かに…ありませんでした」
「訓練で想定として見つかる物を見つけて報告して、それに対して処置をするのと、実際に処置をするのでは全然緊張の度合いが変わってくる。艦隊はビーコンを見つけるためだけに訓練しているのではないし、ビーコンだろうが敵艦隊だろうが、発見、報告、対処。やることは同じ。大尉、今は何時だ?」
「一八〇五です」
「そうだな。ビーコン一つに実際に対処するのに約四時間かかっている。これが訓練だと一時間で行わなくてはならない。私が提督に最低でも一時間、と言ったのはそういう事だ。何故一時間なのかは調べても分からなかったがね。訓練だけでは実際は分からない。実際にやってみるしかないのだ」
「はい」
「実際にかかる時間が判れば、それを基準に物事を考える事が出来る。分艦隊司令のお二人に、何でもいいから異状らしきものがあれば報告をあげて下さい、とお願いしておいたんだ。提督の許可も得ている。報告の内容がたまたまガイドビーコンだっただけだ」
提督の許可も得ている?何の為だ?

 「分からないかね?艦橋の雰囲気が報告が上がる前とは全然変わっているだろう?」
「…皆、少し緊張しているように見えます」
「だろう?たとえそれが普段は気にしないガイドビーコンであっても、それが分艦隊から報告が上がれば話は別だ。兆候として報告されているのだから、それに対しては真摯に対応せねばならん。やるべきはキチンとこなして、休む。オンとオフをきちんと切り替えねば、大所帯はうまくいかないんだ」
「ありがとうございます、大佐……提督、小官も特にありません」
「そうか。ではこのまま調査と哨戒を続行する。貴官等も交代で休みたまえ。儂も自室に戻るとするよ」

 特に何もない…。
何もないのかなあ。あちこち遭遇戦をやってる最中であれば、ガイドビーコンがあろうが無かろうが確かに誰も気にしないだろう。でもなあ…。
いちいち止まってられないのも分かるし、先行している分艦隊から続報がない以上は問題なしでもいいんだろうが…。皆本当に疑問に思わないのだろうか?はあそんなものなのですね、と納得してしまうのか?
「ウィンチェスター、二一〇〇時まで頼む。二一〇〇時からはイエイツ、二四〇〇時からは私だ」
「了解いたしました」

 シェルビー大佐とイエイツ少佐が何やらぶつぶつ言いながら艦橋から退いていく。
俺を除いて司令部の皆が艦橋から居なくなった。ということはこの約三時間、この艦隊は俺の指揮下にあるという事か。ふむ…旗艦艦長はテデスキ大佐。何かあったら大佐から報告を受ける訳か。…大佐も嫌だろうな…。
「中々サマになってるじゃない」
「あ。司令部内務長」
「フフ、普段通り司内長でいいわよ。まるっきり一人になるのは初めてでしょ?」
「そうですね。訓練の時も今までも一人ではなくて、シェルビー大佐かイエイツ少佐のどちらかと一緒に立直でしたから。大尉はどうされたのです?何か御用ですか?」
「いえね、みんな退いてきたのに何も放送がないなと思って」
「…あ!……艦長、本隊は哨戒第三配備とします。各艦に伝達よろしくお願いします」
「了解した。いつ号令をかけるのかと内心クスクスだったよ。司内長、ありがとな」
「いえ、出来の悪い教え子ですからね。たまには見に来てあげないと」
カヴァッリ大尉、ありがとー!
「司内長、助かりました」
「いい事すると気分がいいわね。あとでジュース奢ってね」



3月15日19:40 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ 
ヤマト・ウィンチェスター

 カヴァッリ大尉は、俺達と違う意味で士官学校では浮いた存在だった。彼女はリンチ少将の身内なのだ。義理の兄が逃亡を図って帝国軍に捕まったとなれば、嫌でも肩身は狭くなる。その上、軍隊は女々しい組織だ、噂話はすぐに広がる。身内というだけで白い目で見られる。公にそういう事は有ってはならないが、人が三人以上集まれば真実以外が付いて回る。
彼女が士官学校生だった頃の教官やら知人はほぼ転属かいなくなっていて、当時の教官で残っていたのはドーソン中佐だけだったという。
ドーソンなんて知人以上の関係にはなりたくないからな、彼女だって近づきたくもなかったろう。講義を持っている訳でもなかったから、学生の間では『近寄り難いショートの美人』って言われてたな……ん?艦長、何でしょう?
「参謀、報告が入った。帝国規格のコンテナを複数個、発見したそうだ。エネルギー反応、生体熱反応無し。駆逐艦が回収に向かっている」
「帝国規格のコンテナ…コンテナというと貨物コンテナですか?」
「そうらしい」

 帝国規格の貨物コンテナ?破壊された帝国艦から流れ出たのか?
「艦長、帝国の貨物コンテナを見つける、というのはよくある事なのですか?」
「よくある事だな。敵が艦ごと降伏した時じゃないか?爆散や轟沈ではなくて、機関部をやられて行動不能になった時だな。ビームやミサイルの破口から流出する事がある。百五十年も戦争していれば、とりたてて珍しい事でもないな」
「珍しい事ではない、という事は普段なら見過ごす、という事ですか?」
「そうだな。さっきのビーコン騒ぎと一緒さ。報告をあげたって事は生真面目な艦長なんだろう。アレコレ何処其処に行け、と言われない限り、艦隊哨戒なんて暇な任務だからな、やる事が無さすぎて回収しようという気になったのかもしれん。個艦で回収する分には作業報告さえしていればいいからな」
「なるほど。ありがとうございます」

 よくある事か…俺が細かいのか?ありふれた光景だから気にしないなんて、これも一種の戦争ボケじゃないのか?今は791年…なんかあったか??
もっと日時を気にしてアニメ観とけばよかったぜ…。ここはヴァンフリート、ヴァンフリートⅣ。ヴァンフリートⅣと言えば、衛星Ⅳ-Ⅱでラインハルトとリューネブルクがローゼンリッターと戦闘した所だ。グリンメルスハウゼン艦隊だ。まだⅣ-Ⅱには基地はない…はず、だよな?
だんだん思い出して来た、外伝だ。外伝と言えば他にもあった。キルヒアイスがサイオキシン麻薬の密売やってる貴族に絡まれる話だ。なんか艦隊戦の描写があったな。ああ、カイザーリング艦隊だ、アルレスハイムで負けるんだ。気化したサイオキシン麻薬が原因で艦隊の一部が暴走して負けるんだった。しかし、同盟領で何で麻薬載せたまま戦闘したんだ?密売取引を同盟領でやっていたのか?くそ、日付さえ分かればなあ…。



3月15日20:10 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ 
ヤマト・ウィンチェスター

 「続報だ。コンテナの中身は全て金のインゴットだった。約一億ディナール分、だそうだ。それと発動前のガイドビーコンが一基、格納されていた」
「…艦長、本隊各艦に哨戒第一配備を伝達して下さい。私は提督をお呼びします」
俺は参謀だから、総員配置や戦闘準備は下令出来ない。総員配置なり戦闘準備を下令するのは指揮官の専権事項だ。たぶん俺が呼びにいかなくても、提督は艦橋に来るだろう。指揮官不在時に配備をいじるとしたら、それ自体が何かがあった事の証明だからだ。
「ヤマト、何か有ったのか?」
「オットー、提督は?」
「シャワー中だった。まもなく来られる」
「そうか。思い過ごしならいいんだけどな。…でも怒られちゃうか?」
「提督は滅多に怒らないよ。それが逆に怖いがな」
確かに提督は怒らないだろう。シェルビー大佐には怒られちゃうかな…。

 「何か有ったのかね、ウィンチェスター大尉」
「駆逐艦が帝国規格のコンテナを複数個、発見しました。エネルギー反応、生体熱反応はありませんでした。駆逐艦が回収に向かったところ、中には約一億ディナール相当と思われる金のインゴットと、一基のガイドビーコンが格納されていました」
「ふむ、それで」
「はい。金塊は何かの代金ではないか、と私は考えました。ということはその代金を受けとる為に帝国ないし同盟の未確認の船舶が付近に現れる、または潜んでいる可能性がある、という結論に至った為、哨戒第一配備としました」
「了解した。密輸…密売、ということかね?」
「はい。そうであった場合、代金を放出した側の船も付近に潜んでいる可能性があります。買い手売り手が誰にせよ、同盟軍艦艇に偽装しているか、同盟軍艦艇そのものが使われている可能性があります」
「それは何故だね?」
「同盟軍艦艇であれば、この場にいても不自然ではないからです。エル・ファシルからこちらは民間船舶は来ません。帝国側の密輸業者だとしても、過去に鹵獲され払い下げられた物が入手可能だと考えられますので」
「成る程のう。大佐、どう思う?」
「大尉の推論は理路整然としています。充分に有り得ます。よく考えたな、大尉」
「ありがとうございます。もう一点、申し上げなければならない事があります」
「何だね?」
「同盟軍自体が関与しているかもしれない、という事です」 

 

第二十五話 やっぱり大事件

宇宙暦791年3月16日02:30 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 大変な事になった。想像した通りサイオキシン麻薬だ。
この麻薬撲滅に関しては同盟帝国が唯一協力した過去があるくらいの強力な麻薬だ。
同盟軍自体が絡んでいるかも、って言ったらシェルビー大佐がめっちゃ怒ったよ。まあ、怒るよな。ビュコック提督もいい顔はしていなかったし、イエイツ少佐は天を仰ぐし、オットーは真っ青な顔するし…。
味方の悪口は言いたくないけど、みんな想像力を働かせてくれよ…。



3月15日20:15 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 「軍が密輸密売に絡んでいるというのか?ウィンチェスター、想像の翼を働かせ過ぎじゃないのか?」
「民間船は来ない、となれば可能性は一つではないでしょうか、大佐」
「しかしだな」
「大佐、まあ待ちたまえ。本隊の全艦艇で精密検索させよう、すぐに結果は出るよ」
「了解しました」
「儂とていい気はせん、じゃが大尉とて好き好んで味方が悪さをしとるとは言わんじゃろう」
「仰る通りです」



3月15日23:40 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 精密検索の結果、潜んでいた同盟軍の駆逐艦がいた。しかも嚮導用に改修された特別なやつだ。
発見した戦艦からの報告によると、こちらが臨検しようとすると発砲して逃走しようとしたらしく、機関部を破壊して拿捕したそうだ。駆逐艦の乗組員は旗艦に連行されるという。
「ウィンチェスター、君が尋問したまえ」
「小官がですか?お言葉ですが大佐、小官は尋問の経験はありませんが」
「今日がその初めてだ。…私がやると、彼らを殴ってしまいそうなのでね。提督、よろしいでしょうか」
「いいだろう。じゃが大尉一人では心許ない。バルクマン大尉、貴官は同期を見捨てるような真似はすまい?助けてやりたまえ」
「了解しました。一つ貸しだぞ、ヤマ…ウィンチェスター大尉」
「エル・ファシルに戻ったらな。…ウィンチェスター大尉他一名、連行中の乗組員が到着次第、尋問にかかります」
「うむ」



3月16日00:45 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 「お前といると楽しいよ、ヤマト」
「ああ、楽しいだろう?」
「お前の事だ。どうせ結末はわかるんだろう?今回は俺にも想像はつくけどな」
「そうだな。多分サイオキシン麻薬だろう」
「だよなあ。こんな場所でやるなんて、売り手も買い手も馬鹿だよなあ。もしどちらかが帝国ならだぞ、フェザーン経由でやればいいのに…おっと、俺はサイオキシン麻薬を肯定してる訳じゃないぞ?」
「そんな事は分かってるよ。…フェザーンを通すと確かに楽だろうが利益は減るし、バレる可能性がある。だからこっち側なのさ」
「ああ、賄賂やら口止め料でマージンがかかるからだろう?でも利益は少なくてもそっちの方が安全じゃないか?」
「安全を求めるなら国をまたいで密輸なんてやらんだろうさ。売り手も買い手も、お互い国内では足がつきやすい。俺は卸し元は同盟側で、買い付け業者が帝国側だと思っているよ」
「じゃあ、まさか製造工場がヴァンフリートにあるのか?」
「あるだろう、いや、あるね」
「でも、ヤマトさあ、提督呼び出した時言わなかったじゃないかそれ」
「あの時点でそれを言ったら、シェルビー大佐にもっと怒られるだろうが。嫌だよ、怒られるの」
「お前なあ…」
「多分、提督は工場の場所を知っているよ」
「何だって!?」

 ちょっと飲み物貰ってくるわ、と言って、ヤマトは食堂に向かった。提督が工場の場所を知っている?
そんな馬鹿な、だったら提督が密輸を見逃しているか、一味の関係者って事になるじゃないか。いくらお前でもそれはあり得ないぞ。



3月16日01:30 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 「馬鹿な…ヴァンフリートⅣ-Ⅱにサイオキシン麻薬の生産プラントだと?」
「はい大佐。この場合捕虜…と呼称しますが、捕虜の申告によりますと、我々が接近して来たので生産プラントの稼働を停止、全電源をカット。我々がこの星系から去るのを待っていたようです。捕虜の乗っていた嚮導駆逐艦は我々の動向を観測するために潜んでいたようです」
「…稼働停止、電源カットか。そうすれば確かにセンサーには引っかからんな。近付いて目視しないと分からん、という訳か」
「はい大佐。それでですが…」
「…ウィンチェスター大尉、一端止めたまえ。ここからは儂の部屋で話そう。大佐も少佐も来たまえ。バルクマン、しばらく頼む」
「了解しました」
 皆、凹んだ顔して戻って来るんだろうな。楽しいね全く…。



3月16日02:30 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 大変な事になった。想像した通りサイオキシン麻薬だ。
この麻薬撲滅に関しては同盟帝国が唯一協力した過去があるくらいの強力な麻薬だ。同盟軍自体が絡んでいるかも、って言ったらシェルビー大佐がめっちゃ怒ったよ。まあ、怒るよな。ビュコック提督もいい顔はしていなかったし、イエイツ少佐は天を仰ぐし、オットーは真っ青な顔するし…。
味方の悪口は言いたくないけど、みんな想像力を働かせてくれよ…。

 「では提督はヴァンフリートⅣ-Ⅱに秘密の補給基地が建設される事を知っておられたのですか?」
「大佐、儂だけではない。各艦隊司令官は皆知っておる。儂は正規艦隊司令官ではないが、警備宙域にヴァンフリートも入っておる都合上、知らされておった。まさか麻薬が作られておるとは思わなんだ」
「…では艦隊司令官のお歴々も知らないのでしょうか?この現状を」
「知らんじゃろう。ヴァンフリートⅣ-Ⅱには近寄るな、と口頭で通達されているからな。儂が分艦隊を先に行かせたのもその為じゃ。何もせずに通り過ぎても別に不審ではないからの」
「となると極秘な事をいいことに不正を働く輩がいる事になります。提督、プラントを破壊して、一味を拘束しませんと」
「そうじゃ。じゃがまずは連絡じゃ。大佐、宇宙艦隊司令部にFTL(超光速通信)を。そして…」
「お待ちください」
「何だね、大尉?」
「宇宙艦隊司令部への連絡は控えた方がよろしいかと思われます。宇宙艦隊司令部に一味に通じる者がいた場合、そこから情報が一味に漏れる恐れがあります」
「貴様!軍上層部までもが不正をしていると言うのか!」
「不正をしていると言った訳ではありません。…知り合い、例えば同期や先輩後輩、友人、教え子、お世話になった方々が一味に居て、その人が不正を働いているかもしれない、または関わりがあるかもしれない、となったら、大佐はどうしますか?不正をしている事におぼろ気ながら感づいている場合もあるでしょう、その時、大佐ならどうしますか?何らかの遠回しな忠告をするのではありませんか?ヴァンフリートⅣ-Ⅱに基地が建設予定である事を知っているのはほんの一部なのですよ?上層部と一味が極めて近い所にある、と小官は考えます」
「不正を見逃す、というのか?上層部が?有り得ないだろう!」
「…見逃すとは言っておりません、情報が漏れるかもしれない、と申し上げております」

 完璧に怒らせちゃったなあ。大佐だって知人や友人が宇宙艦隊司令部にもいるだろうしなあ。そこから漏れる、って言ったようなもんだからなあ。不正はいけない事、なんて誰でも分かってるよ。でも極秘の場所で不正が行われている、となったら、そこで不正を行っている人間は、その場所が極秘である事を知っている奴だろう?となるとこの場合、麻薬密売をやっている人間は上層部に近い人間、ということになる。
「大佐、落ち着きたまえ。…どうすれば良いと思うかね、大尉」
「まずはプラントにいる者達を拘束すべきです。麻薬製造にも原材料は必要です。基地の建設資材に紛れ混ませているのでしょう。輸送計画を知る事が出来れば、大元にたどり着くかもしれません。若しくはプラントにいる者が生産の指示を出している人間の名を知っているかもしれません。まずは拘束が先です。本隊にも、拿捕したものと同じタイプの嚮導駆逐艦があったはずです。拿捕したものは機関部を破壊していますから、うちの物を使いましょう」
「なるほど、一味を装ってプラントに向かう訳じゃな」
「はい。一味が我等の動向を観るのにわざわざ駆逐艦を派遣したという事は、観測手段が無いか、センサーの性能が限定されているのでしょう。拿捕した乗組員を装って連絡すれば接近は容易であると思われます。生産プラントの稼働停止、全電源カット、という証言からすると、現在、一味の生命維持は宇宙服に頼っているものと推測されます。彼等が派遣した駆逐艦からの連絡がないと、何をするかわかりません。あまり時間的余裕が無いと思われます」
「分かった。大佐、大尉の推測が妥当だろう。嚮導駆逐艦の準備と逮捕に向かう陸戦隊の準備、指揮は君がやりたまえ。儂も怒っとるが、怒りは君の方が大きいだろう、思い知らせてやりたまえ」
「はっ。シェルビー大佐、これより準備にかかります。準備でき次第、出発します」
「少佐は艦橋に戻りバルクマンと替われ。別名あるまで哨戒第一配備を継続」
「はっ!イエイツ少佐、哨戒第一配備の指揮を代行します」



3月16日02:45 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
アレクサンドル・ビュコック

 捜査やら何やら…こういう任務は苦手じゃな。しかも身内が絡んでおる。後味の悪い事じゃ…。
やはり優秀な若者じゃ。宇宙艦隊司令部から情報が漏れるかも知れんとは中々言えまい。そりゃ大佐も怒るじゃろうて。それはさておき、全くどこにも連絡しないという訳にもいかん。どうするかのう。
「バルクマン、第八艦隊とFTL(超光速通信)を繋げてくれ。シトレ提督と話がしたい」
「了解しました」
「ウィンチェスター大尉、貴官はシトレ提督を信用出来るかね?」
「軍人としてでしょうか?友人として、でしょうか?」
「ふむ…両方かの」
「私などより提督の方が、シトレ提督の人為にお詳しいのではありませんか?」
「ふむ、確かに知っておるがの。優秀で、信頼出来る方だとは思うのじゃが…直接話した事はないんじゃよ」
「…私も話した事はありません。そもそも艦隊司令官でお名前を知っているのはシトレ提督とロボス提督、グリーンヒル提督くらいなものでして」
「ハハハ、皆が知っておる事を知らんとはな。逆に皆が知らん事をよく見ているんじゃろうが…で、どう思うかね?」
「失礼しました。信用すべきだと思います。今からでも遅くはありません、友人になさるべきです」
「友人、か。これまた難しい事を言うもんじゃて…バルクマン、繋がったか?」
「はい。今はヤン中佐が出ておられます」
「よし。極めて重大な内容だから、シトレ提督に自室に移動してもらいたいと伝えてくれんか。ああ、貴官等はここに居って構わん」


 “シトレです。極めて重大な内容と聞きましたが”

「直接お話するのは初めてですな。アレクサンドル・ビュコックです。実はヴァンフリートⅣ-Ⅱで厄介な事が起きております」

”ヴァンフリートⅣ-Ⅱ…ああ。ビュコック提督の横に二人姿が見えますが、よろしいのですか?“

「起こっている事の性格上、話さざるを得ませんでした。どうもサイオキシン麻薬の生産プラントがあるようなのです。というより、あるのですが」

”宇宙艦隊司令部には報告されたのですか?“

「いや、場所が場所だけに上層部が絡んでいるかもしれない、報告すると賊に情報が漏れる恐れがある、とここに居るウィンチェスター大尉に進言されましてな。現在陸戦隊が向かっておりますが、全く誰にも伝えない訳にもまいりません。そこで連絡させてもらった訳です」

”なるほど。私は信頼されている訳ですな“

「はい。小官は現場叩き上げで艦隊司令官の方々とも知り合いがおりません。悩んだ結果、こうしてお話させて頂いております」

”わかりました。ヴァンフリートⅣ-Ⅱの事を知っている者は限られております。現地の情報をいただければ、お力になれるでしょう“

「いや、ありがとうございます。判明しているものから随時、送らせてもらいます」

”期待しております。では“



「…いや、話してみるものだな。ありがとう、ウィンチェスター大尉」
「いえ、小官は何もしておりません、恐縮です」
「よろしいでしょうか、提督」
「何だね、バルクマン」
「今思いますと、小官がヴァンフリートに向かおうなどと進言しなければ、こうはならなかったのではないかと…」
「いや、貴官の進言に間違いはなかった。ヴァンフリートは確かに戦いづらい、誰も足を運ぼうとは思わん。じゃが警備宙域に含まれとる以上、行かねばならんからな。それより儂の頭の中はヴァンフリートⅣ-Ⅱの事をどうやったら悟られんようにするかで一杯じゃったよ」
「ありがとうございます」
「それに麻薬密売などという不正している輩も発見出来たしな。そこでじゃが、売り手はカタがつく。問題は買い手じゃ。やはり帝国かの、ウィンチェスター」
「同盟軍艦艇を使用しているということは、基地建設資材を運ぶ輸送艦に原材料を紛れ込ませている訳です。ヴァンフリート帰りの輸送艦に物を積んでいると不審ですし、だからといって出来上がった麻薬をⅣ-Ⅱに積み上げる訳にもいかないでしょう。ヴァンフリート近傍で麻薬を売れそうな市場となるのは一番近いのはエル・ファシルです。エル・ファシル警察が公表している犯罪検挙のグラフを見ましたが、サイオキシン麻薬事案はごく少数です。他の有人惑星やハイネセンの物も見ましたが、近年はやはりごく僅かです。ということは同盟領域ではあまりサイオキシン麻薬は出回っていない事になります。ということは買い手は帝国、またはフェザーンということになります」
「フェザーンか…この場合、フェザーンは除外しても良さそうじゃの」
「はい。ここから遠すぎますし、官憲に渡すマージンも馬鹿にならないでしょう。直接やり取りした方が利益も大きいはずです」
「となると、商品を受け取りに来るはずじゃな」
「はい」 

 

第二十六話 ヴァンフリート星域の遭遇戦

宇宙暦791年3月16日05:30 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 「提督、マクガードゥル司令よりFTL(超光速通信)が入っております」
「スクリーンに写してくれ」

 “提督、イゼルローン回廊から前哨宙域に向けて近づいてくる集団を発見しました。数およそ六千隻。帝国軍と思われます”

「そうか。いずれ現れると思ったが、早かったの。最初に指示した通り、貴隊とピアーズ分艦隊はそれぞれアルレスハイム、ティアマト方向に急速転進せよ」

“ですが、それでは敵を足止め出来ませんが。我々が足止めしている間に本隊にこちらに来て貰えたら…と思ったのですが”

「いや、かなりの確度で敵はヴァンフリートに来る筈じゃ」

“では我々もそちらに向かった方がよろしいのでは?”

「急速転進は逃げたと思わせる為じゃ。本当に逃げる訳ではないぞ?当てが外れて敵がティアマト、アルレスハイムに向かうかもしれんから、その保険じゃ。もし貴隊等に敵艦隊が向かって来たならば、その時は本当に急速転進じゃ。貴隊等は敵艦隊がヴァンフリート星域に入ったのを確認後、ゆっくりとヴァンフリートに戻って来ればよい。これで意図は分かったじゃろ」

“蓋をするのですね、了解しました。ただちに急速転進、のふりを致します”

「うむ。かかれ」


 流石だなあ。ヴァンフリートは戦いづらいとかいいながら、当初の行動予定からの変更もなく自然に戦おうとしている。ランテマリオもそうだし、マル・アデッタもそうだ。なんだかんだこういう場所が好きなんだろう。今回も過去(ではないけれども)の二つの戦いと一緒で、こちらが寡兵だ。地の利を得る、勉強になるなあ。
「どうしたのかね大尉、さっきからやたらと頷いているが」
「失礼しました。このような事を申し上げるのも重ねがさね失礼ですが、勉強になるなあと思いまして」
「ほう。『アッシュビーの再来』に及第点をもらえるとは儂もまだまだ捨てたもんじゃないのう」
「…バルクマン大尉からお聞きになったのですか?」
「うむ。過去にそう呼ばれておったそうじゃな」
「お恥ずかしい限りです。たまたま結果が付いてきただけなのです」
「たまたま、のう。儂にも付いておるよ」

 …笑うべきなのか、これは。いや、笑った方がいいんだろうな。こんな冗談を言う人だったのか!
「フフッ…失礼しました」
「笑ってくれてありがとう。バルクマンは笑わないからのう」
エっ!?って顔するなよオットー。
「冗談はさておき、儂も貴官の事を『アッシュビーの再来』と思う日が来るかも知れんよ」
「何故ですか?お聞きしてもよろしいですか?」
「貴官は自然なのじゃ。自然にその地位、役割をこなしておる。バルクマンも優秀だが、年相応とでもいうか、大尉としてはまだまだな所がある。決してバルクマンをけなしているのではない。どれだけ優秀でも経験の有無は隠せないものじゃ。年相応と言ったのはそういう事じゃ。だが貴官にはそれがない…あまり褒めすぎても調子に乗ってしまうからの、これくらいにしておこう」
「ありがとうございます…話は変わりますが、このまま戦闘配置に以降しますと哨戒第一配備から連続で配置に就く者が出てまいります。一旦哨戒第二配備に落として、交代で休息を取らせた方がよろしいかと思われます」
「会敵予想は?」
「現在の針路、速度ですとおよそ十時間後です」
「了解した。第二哨戒配備とせよ。交代で休息を許可、タンクベッド睡眠も可とする。儂も先に休ませて貰おうかの。頼んだぞ、大尉」
「了解しました。…艦長、お聞きの通りです。通達をお願いいたします」
「了解した…ビュコック提督があんな冗談を言うとはな。初めて聞いたよ」
「ですよね。驚きました」
「久しぶりの戦いだからな、気分が高揚しておられるのかも知れんな…攻めてくる帝国艦隊、やはり、あれか?商品の受け取りか?」
「だと思われます」
「いくら帝国軍とはいえ、麻薬密売なんてやるか?奴等だって麻薬は重罪だろうに」
「帝国軍は帝国軍でも貴族なのかもしれません。私兵の維持には金がかかるでしょうし」
「見栄張ってナンボの世界か。貴族ってやつも大変だな」




3月16日05:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ-Ⅱ、自由惑星同盟軍基地建設予定地
タッド・シェルビー

 しかし…やりたい放題だな。基地建設の資材搬入に紛れて原材料も搬入、サイオキシン麻薬を作るプラントも、部品ごとでは判別がつかない。そして関係者以外は誰もいない。正にうってつけの場所だ。
ウィンチェスターの言う通り、そこら辺の下っ端が簡単にやれる事ではない。後方勤務本部のかなり上部の人間が絡んでいることは間違いない。統合作戦本部や宇宙艦隊司令部にも協力者が居るのだろう。
直接戦闘に関わるものではないのに、ここに近寄るなと艦隊司令官に口頭で下令されているということからもそれは分かる。艦隊司令官に直接命令出来るのは宇宙艦隊司令部だ。後方作戦本部からの要請であれば、極秘だから、と口頭命令もだすだろう。大元にたどり着く何らかの証拠があればいいが…
「大佐、基地に居た者を拘束しました」
「ご苦労。全員で何名居た?」
「はっ、十名であります。武器は所持しておりませんでした。尚、その内二人は女性で民間人の様です」
「民間人だと?」
「女性達は、私達はただの娼婦だ、と言っております。他の者も同盟軍の制服を着用してはおりますが、階級章も無くID等も所持しておりませんので、現状では所属ははっきりしません」
「了解した。負傷した者はいないな?」
「はっ。人員武器異状ありません。拘束した者にも負傷者等はおりません」
「よくやった。二十人やる。拘束した者を駆逐艦に移送、監視を付けてバラバラに拘禁しろ。そのまま駆逐艦にて監視チームの指揮を執れ。物的証拠の捜索も並行して行っているだろうな?」
「はっ。現在捜索中であります」
「よし。では指示した通り、かかれ」
「はっ。ケッセル少尉、これより拘束者の移送と拘禁の指揮を執ります」
…まずは一段落か。さて、何が出て来るかな。



3月16日08:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

「バルクマン、どう思うかね?この報告を」
「はっ…約一トンのサイオキシン麻薬を押収、10名拘束、うち一人は拘禁中に服毒自殺…。自殺した者が現場の責任者なりキーマンだったのでしょうか?それにしても一トンとはすごい量です」
「一億ディナール相当か。小売りの時にはいくらになるんじゃろうかの」
「さあ…小官はその手の話に詳しくないもので何とも…それはともかく、買い付けに来る帝国の人間は何とも思わないのでしょうか?我々と帝国は、まがりなりにも戦争をしている最中です。それなのに敵国の人間から麻薬を買うなどと…」
「需要と供給が合致すれば立場など関係ないという事じゃろう。お互い違法行為をしておるのだから、むしろ敵同士というより法を逃れる味方同士ではないかな」
「味方同士…という事は結束は強い、という事ですか?」
「いや、それは無いじゃろう。商売に関しては味方同士でも、表看板は同盟と帝国じゃからな。何かあれば知らぬ存ぜぬ、さっさと居なくなってしまうだろうて。頃合じゃろう、押収したガイドビーコンを作動させろ」
「了解いたしました」



3月16日10:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅣ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 本隊はアスターテ方向に移動しつつある。イゼルローン前哨宙域を抜けてこちらに向かってくる敵艦隊を騙す為だ。

「僭越ではございますが、本隊と両分艦隊とで前後から敵を挟撃する、という閣下の方針は正しいと思われます。ですが相手は六千隻、我が本隊は二千隻です。敵からも発見される頃ですので、ジリジリと後退してみせた方が、味方の圧力に耐えかねて後退する同盟艦隊…の様に敵の目に映るのではないでしょうか」
「なるほどのう」
「現在位置で迎撃しますと、敵は艦隊を二つに分けて、前哨宙域側から蓋をする役目のピアーズ、マクガードゥル両分艦隊と本隊を各個に撃破しようとする恐れがあります。簡単に下がる訳にもいかないが、戦力差を感じて攻勢は取れない…とジリジリ後退すれば…」
「荷受けの安全を図る為にも我らを追ってくるだろう、という訳か」
「はい。劣勢なのに一挙に後退しない我々を見れば、商品を回収したい帝国艦隊としては後背を襲う可能性のあるピアーズ、マクガードゥル両分艦隊よりも、我々を先に撃破しようとするのではないでしょうか」
「こちらの分艦隊が奴等の後ろに食い付くまで、逃げそうで逃げない、追い付きそうで追い付かない、を演じねばならん、という事か。難しい事じゃな、バルクマン」
「…はい、閣下」

 よく考えたなオットー。確かにそれなら敵は追ってくるだろう。
…だけど確かに難しい。算を乱して逃げる寸前、という状態を演じきらないと、敵は食いついて来ないのじゃないか?

”帝国艦隊、増速中!“

「焦るな!橫陣形で対処する」
「了解しました…橫陣形に切り替える!陣形再編後、更に後退、微速だ!」
「…よろしい。ウィンチェスター、敵は乗ってくるかな?」
「大丈夫です。味方は二千、敵は我が方の三倍です。更に距離を詰めてくるでしょう。ですが、こちらがあまりにも整然としすぎていると、擬態、と思われるかもしれません」
「なるほど。では命令を変えよう…後退しつつ、橫陣形に再編」
「はっ。…先程の命令を変更、微速後退せよ!橫陣形に再編しつつ後退だ!」

“…敵、更に増速!敵艦隊が二つの集団に別れつつあります!”

「オペレータ、敵艦隊二つの集団のうち、後方の集団に注意を払え…提督」
「うむ。全艦、砲撃戦用意」
「はっ。…全艦、砲撃戦用意!」



3月16日20:30 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ、EFSF旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 戦闘が始まってからは呆気なかった。提督は狙点を固定して、長距離砲撃でひたすら敵の最先頭のみを攻撃させ、更に僅かずつ艦隊を後退させていった。
帝国艦隊は最先頭が痛めつけられるものだから、中々前に進めない。そして我々は更に後退する。敵は二つに別れたものの、それぞれが団子状になったまま雑然とこちらを追ってくる。隊形も何もあったもんじゃない。そこにピアーズ司令とマクガードゥル司令の分艦隊が、敵の後方から食らい付いた。敵も予想はしていたのだろうが、前面と後方から挟撃されている事が恐怖に拍車をかけたのだろう、敵の後方集団は統一された反撃が出来なかったようだ。
それを見届けたビュコック提督は後退を止め前進、橫陣の両翼を更に伸ばして敵の先頭集団を半包囲、彼等を押し込んだ。
ビュコック提督はエネルギーが尽きるまで撃て、と味方に発破をかけた。敵は包囲されているとはいえ、まだ我が方より兵力は上なのだ。包囲陣は薄いのだから、どこを突き破られてもおかしくはなかった。だが突破戦力をまとめる者が居ないのだろう、敵艦隊はただ撃破されていくだけだった。
戦闘が突如終了した。敵艦隊が二千隻程までに撃ち減らされたあたりで旗艦が降伏を申し出てきたからだった。敵旗艦も機関部と艦首に直撃を受け、行動不能になっていた。完勝だった。

 

 

第二十七話 全てを知る者

宇宙暦791年3月17日10:00 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ、
EFSF旗艦リオ・グランデ ヤマト・ウィンチェスター

「報告します。ピアーズ分艦隊、九百二隻。うち、修理を要する艦艇三百七十二隻。マクガードゥル分艦隊、八百七十五隻。うち、修理を要する艦艇二百八十隻。本隊、千八百四十六隻。うち、修理を要する艦艇五百六十八隻。降伏した帝国艦艇、千二百四十六隻。うち、自力航行可能な艦艇は八百三十三隻です」
「…激戦じゃな。味方の損傷艦艇のうち、応急修理で戦力発揮可能な艦艇はどれ程かの」
「はっ…九百八十隻です。すでに応急修理は開始されております」
「うむ。イエイツ少佐、応急修理の終わった(ふね)からピアーズ、マクガードゥルの両分艦隊に回せ。二人には再編成終了後報告せよと」
「はっ。了解いたしました」
「シェルビー大佐、艦隊陸戦隊を帝国艦艇に移乗させろ」
「了解しました。砲口は塞がせますか?」
「無論じゃ。暴れられては叶わんからのう」
「そうですね。既にエル・ファシルにはこちらに捕虜迎えの輸送艦と補給艦を寄越すよう、手配済みです。航行不能な帝国艦艇ですが…」
「可哀想じゃが、沈める。…捕虜がこの場を去ってからじゃ」
「了解しました。輸送艦と共に後送する損傷艦艇の指揮ですが、どうなさいますか」
「君に任せよう」
「ありがとうございます。エル・ファシル到着後、ただちに修理にかかります。…まもなく敵艦隊の司令官が到着します」
「了解した」

 うむ。何もする事がない。戦闘中も休息について進言したくらいで何もやってない。やっぱり出来る人の下にいると楽だなあ。将来のヤン艦隊もこんな感じなんだろうか。ヤン艦隊の司令部のみんなは座って戦況を観てたしな。あれはかなり羨ましい。
シェルビー大佐は後送する損傷艦艇と捕虜を連れて一足先にエル・ファシルに戻るし、イエイツ少佐はその損傷艦艇の修理の為の書類作成と、各艦から上がってくる補給要望の振り分けに入っている。
俺は…俺は?
「ウィンチェスター大尉」
「はっ」
「戦闘記録の作成を頼む。カヴァッリ大尉に手伝って貰うように」
「了解しました」
「あと、敵艦隊の司令官が到着したら、引見を頼む。要領はもう解っとるじゃろ?」
「了解しました。ですが、私などでは階級が釣り合わないのではないのでしょうか?」
「無論、儂も会う。その後じゃ。本当に麻薬密売に関わっとるのか調書を取らねばならんでな。関わっとらんのであれば亡命という形も認められようが、関わっとるのであれば、捕虜にもなれん。犯罪者じゃ。憲兵隊に引き渡さねばならんでの」
なるほど、そういう事か。
「了解いたしました。必要な資料を揃えて尋問の準備をいたします」
「うむ。哨戒第一配備とせよ。一配備ではあるが交替で休息も可とする」
「了解いたしました」


3月17日10:45 ヴァンフリート星系、ヴァンフリートⅧ、EFSF旗艦リオ・グランデ
ヤマト・ウィンチェスター

 大体、資料は揃ったな。そうだよな、本当に麻薬密売なのかどうか調書を取らないといけないよな。
しかし…ソバとかないもんかね?チャチャっと何か食べたいんだ、腹減ったんだよ…。食堂で資料整理したのもその為なのに。戦闘糧食(レーション)じゃカロリーは取れても腹は膨れないからな、調理員長に何か作ってもらうかな…しかし、いい匂いがするな…。って!
「資料集め、進んでる?」
「カヴァッリ大尉…何食べてるんですか?」
「ヌードルよ。レトルトだけど」
「…余分、あります?」
「残念ね。最後の一つ、オットーにあげちゃったわ」
「……」
くそ…リア充どもめ…。おろ?旗艦副長のネルソン少佐が血相を変えてこっちに来るぞ?
「ここに居たかウィンチェスター、やはり奴等は黒だ。帝国艦艇に移乗した陸戦隊から報告が上がって来ている。サイオキシン麻薬の常習者と思われる乗組員が一人や二人じゃないそうだ。中には禁断症状から暴れ出した者もいるらしい。艦長が、提督に報告するのはウィンチェスターだから先に知らせろと言ってくれたんだ。後でお礼言っとけよ?…邪魔したな、じゃあな」
ネルソン少佐は何かまずいものでも見たような顔をして行ってしまった…。
「副長、あたし達の事勘違いしてるみたいね」
「そのようですね…秘密は完璧に守られているようで結構な事です。では行ってきます」
「頑張ってね」

 間に合った間に合った。
既に会議室には警備の陸戦隊員と共に帝国艦隊の司令官が連行されていた。
「自由惑星同盟軍少将、エル・ファシル警備艦隊司令官、アレクサンドル・ビュコックです」
「男爵、帝国軍中将、第三五九遊撃艦隊司令官、ミヒャエル・ジギスムント・フォン・カイザーリングです」
「カイザーリング中将、降伏して下さって本当にありがたかった。戦争をしておってこんな事を言うのも妙ですが、無駄な人死は避けねばなりませんからな」
「真にその通りです。あのような無様な戦をしてしまい、死んでいった者達には申し訳ない事をしたと今更ながら痛感しております。私個人はどのような処遇でも構いません。部下達にはどうか…」
「それは分かっています。ですが、中将を含めあなた方の処遇を決める前に、二、三お聞きしたい事があります」
「それは…」
「質問については、ここにいるウィンチェスター大尉が担当しておりますので、彼から質問させていただきます。飲み物や食べ物、休息などは全て彼に申し出ていただいて結構です。では、また後ほど」

ビュコック提督は会議室から出て行った。カイザーリングに付き添っている陸戦隊員が再度、彼のボディチェックを行った。
「参謀殿、異常ありません。我々は外に控えておりますので、もし何かありましたら、このブザースイッチを押してください。直ぐ駆けつけます。では」
陸戦隊員はカイザーリング氏に聞こえるようにそう言うと、彼を一瞥して出て行った。
「ヤマト・ウィンチェスター大尉と申します。若輩ですがよろしくお願いします」
「カイザーリングだ。答えられる事には答えるし、答えたくない事には答えない、いいかね?」
「それでは閣下のお立場が悪くなりますが、よろしいですか」
「構わない。部下の命さえ助けてもらえるなら、私はどうなっても構わないのでね」
うーん…カイザーリング艦隊…。外伝ちゃんと読んでおけばよかったな。この人麻薬密売やってるようには見えないんだよな。悪役面をしていないというか…アニメだと悪役は分かりやすいんだよ。
「なぜ、この星系に?」
「戦争をしているのだ、君達は叛乱軍だろう、我々がその叛乱軍を討伐しようとするのは当たり前だろう?」
「確かにそうですね。ですがあなたは我々の二つの分艦隊を確認したにも関わらずこのヴァンフリートに向かっている。あなたの(ふね)の戦闘記録を調べましたのでそれは判っている。なぜです?」
「確かに確認はした。だが千隻程度の艦隊が二つだ。その二つがお互い反対方向に急速反転、つまり逃げ出した。私はそれを擬態だと思った。こちらの艦隊に、逃げたどちらかを追わせる為ではないかと思ったのだ」
「それで」
「逃げた方向のどちらかに本隊が控えていて、我々がどちらかを追うと反対側に逃げた敵がまた反転して来て我々の後背を衝くのではないかと思った。二つの艦隊がそれぞれ別の所属の艦隊で、どちらにも本隊がいる可能性もあると考えた。ならばヴァンフリートには敵はいないだろうと踏んだのだ。ここは戦い辛いからな」
なるほど。考えはおかしくない。…そうだ、アルレスハイムで負けて、愚将って烙印を押されて少将に降格させられたんだ。そして退役…キルヒアイスが出会ったんだ。そしてこの人は全然愚か者ではないって印象を……そうだ、バーゼルが居た!
「そうですね。閣下の立場ならそう考えてもおかしくはない。しかし我々がいた」
「そうだ。だから我々は君達の撃破にかかった。嵌められたと思った。ティアマト方面とアルレスハイム方面にそれぞれ逃げた艦隊が我々の後背を衝く、君達と挟撃するつもりだと。ならばこちらは六千隻、前面の君達は二千隻だ。前進して君達を撃破、反転して二つの艦隊を撃破、充分勝算はあると思ったよ。君達全部合わせても四千隻だからな」
「そうですね。閣下の判断は正しい。ですが、閣下は艦隊を二つに分けられた。こちらから見ると、それは無秩序な二つの集団に見えました。ああも無秩序に前進しては勝てる戦いも勝てないと思うのです。最初の見通しは外れたが、こちらの策に嵌まった後も閣下は冷静に状況を見ておられた。そんな閣下が艦隊を無秩序に前進させるとは思えないのです。艦隊の行動が無秩序になる、何らかの理由があったのではないですか?」
「…私が艦隊を制御出来なかっただけだよ」
「閣下は勝てると思ったのでしょう?ならばそれを艦隊に示達したはずです。味方の数も多い、普通に考えれば、閣下のご意志に従えば勝てると艦隊の皆も思うでしょう。ですが現実は違った。私はこう思っています、閣下が最初に仰った事も、今仰った事も、後付けの理由ではないかと。最初から何かの目的があってこのヴァンフリート星系に来たのではないかと。その目的が露見する事を恐れた結果が、あの無秩序な艦隊行動になったのではないかと」
「……」
「まあ聞いてください。まず、閣下と話した印象ですが、失礼ですが閣下は愚かな方とは思えません。聡明で、いくらでも理路整然と装う事の出来る方だと思いました、装いたくなくてもね。…話を戻します、我々はヴァンフリートⅣ-Ⅱに極秘の補給基地を建設中でした。勿論極秘ですから、我々は知りませんでした。知っていたのはビュコック提督だけでした。本来なら、我々の艦隊はここに来るはずではなかったのです。提督の副官の進言により、ヴァンフリート星系を哨戒を兼ねて調査しようという事になった」
「…何故だね。ここは君達の領土なのだから、調査など必要ないだろう」
「データが古すぎたのです。同盟建国当時のデータしか無かったのです。ここは同盟の領域とはいえ、イゼルローン回廊のすぐ傍で、いわゆる係争地となっています。そんな危険な所を落ち着いて調査しよう、なんて出来やしません。同盟でも民間人はここまで来ませんし、戦い辛い場所だから放置されていたのですよ。副官の進言は尤もなものでした。地の利を得るためです、と。ビュコック提督としては極秘だから此処には近づきたくなかったろうが、副官の言う事が至極全うだったためにその進言を採らざるを得なかったのです」
「……」
「ヴァンフリートⅣ付近で金塊の詰まった帝国規格のコンテナを発見しました。更にⅣ-Ⅱで見つけたのは
サイオキシン麻薬とその生産プラントでした。極秘なのをいい事に不正、しかもサイオキシン麻薬の密売を企んでいる者が居ると我々は判断しました。生産者は当然売り手です。となると買い手が居なくてはならない。そこに閣下の艦隊が現れたのです。これは偶然でしょうか」

 カイザーリングは俯いていた。肩も少し震えているようだ。…そうだ、バーゼルとヨハンナだ。カイザーリングの初恋の人、ヨハンナ。彼はヨハンナをずっと愛していた。しかし彼女はバーゼルの妻になった。バーゼルは麻薬密売に手を染めた。しかもバーゼルはカイザーリング艦隊の補給担当だ。カイザーリングの初恋の人が自分の妻、しかもカイザーリングが今もヨハンナを愛している事をバーゼルは気づいていたのだろう、何かあってもヨハンナへの愛情から自分を庇う事も分かっていたのだ。
完璧に思い出した。全部知ってるって怖いな。ちょっとカイザーリングが可哀想になってきたよ。
「…まさか、叛乱軍に露見するとはな。そうだ、我々が買い手だ」
「我々、と言いましたね。他にも共謀者がいるのですか」
「…いや、私だけだ」
「麻薬犯罪、特にサイオキシン麻薬に関わる物は重罪です。これは両国共通の筈です。私には、聡明な閣下がこの犯罪に手を染めたとは思えませんが」
「いや、他にはいない。私が計画し、私が実行した」
「…投降した閣下の艦隊の全ての人々の処遇に関わる事です。本当に、それでよろしいのですか」
「……それは」
「話してください」
嫌な役目だな、全く。
 

 

第二十八話 余波

宇宙暦791年3月17日11:30 ヴァンフリート星系外縁部、EFSF旗艦リオ・グランデ
パオラ・カヴァッリ

 私達司令部の皆は、帝国のカイザーリング中将の事情聴取を別室から見ていた。
あの子…やっぱり只者じゃないわ。
ただ事実と想像を淡々と喋っているだけ。なのにカイザーリング中将は追い込まれた。有無を言わせない、というか、全て知っている様な話し方。終わった後、嫌な役目だ、ってあの子言っていたけど、嫌な役目の割にはかなりサマになってたわよ。そのうち味方でよかった、って思う日が来るのかもね。


791年3月25日12:00 エル・ファシル星系、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地
EFSF地上司令部 ヤマト・ウィンチェスター

 昇進だ。昇進日はもう少し先だけどビュコック提督、ピアーズ司令、マクガードゥル司令、そしてシェルビー大佐、イエイツ少佐、カヴァッリ大尉、オットー、そして俺。
ビュコック提督は中将に昇進、第五艦隊司令官に任命される予定だ。ピアーズ司令は少将に昇進、エル・ファシル警備艦隊司令官に任命される予定で、マクガードゥル司令も少将に昇進、EFSF副司令官になる。
シェルビー大佐は准将へ、そしてEFSFの分艦隊を任される。イエイツ少佐は中佐へ。カヴァッリ大尉も少佐に。オットーも少佐になって、そのままビュコック提督の副官として、提督と一緒に第五艦隊へ。そして俺も少佐になる。 
いやあ、早い。二十一歳で少佐か。ヤンさんと変わらんな。しかし、ビュコック提督もオットーも居なくなっちゃうのか…。カヴァッリ大尉もオットーと離ればなれになるし寂しいだろうな…。
そういえば、提督は副司令官を置かなかったな。今度はマクガードゥル司令が分艦隊司令兼任で副司令官になるんだけど、副司令官って、置いても置かなくてもいいものなんだろうか?シェルビー大佐も司令部から抜けるし、誰か補充が来るんだろうか?
 
 「ここに居たのか。君はいつも食堂にいるな」
「あ、イエイツ少佐」
「休暇の支度は済んだのか?」
「休暇といっても、どこか行く訳でもないし…それよりまだレポートが終わってないんですよ」
「レポート??…ああ、課題答申か。そんなの国防委員会教育部の資料集から丸パクリでいいんだよ」
「え?それでいいんですか?」
「良い訳ないだろう。ちょこちょこ文言を弄くってだな…」
「イエイツ少佐。前途有望な若者にズルを教えてはいかんな」
「シ、シェルビー大佐…」
「私も交ぜてもらっていいかね?」
「あ、はい」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう。いきなりだが…二人共、私の下に来ないか?」
「シェルビー大佐の下と言うと…分艦隊司令部ですか?」
「そうだ。六月一日付で皆昇進だ。もう知っているだろうが、私も昇進と同時にこの艦隊の分艦隊司令になる事が決まっている。そしてピアーズ司令が新エル・ファシル警備艦隊司令官になるわけだが、ピアーズ司令は今の分艦隊司令部の面子をそのまま艦隊司令部に持ってくるらしい。となると私が分艦隊司令となっても参謀がいない事になる」
「確かにそうですね…でもピアーズ司令が自分の参謀を連れて来ると言う事は、私やイエイツ少佐は自然に大佐の下に移るのではないのですか?」
「いや、参謀の数に定数は無いんだ。だから、君達はそのままここに残る事になる」
うーん…ピアーズ司令の事嫌いじゃないし、彼の参謀達もいい人達なんだけどなあ…
「ピアーズ司令はイケイケだが常識人だし、いい指揮官だと思っている。彼の下で働くのは決して悪い話ではない。だが分艦隊の参謀を引っこ抜かれるのは少しやり辛いものがある。このままだと本隊の司令部機能は強化されるが、私も新任、参謀も新任では私の率いる分艦隊の司令部機能は半減以下だ。私だけ行って他所から新しい参謀を引っ張ってくるとなると尚更だ。どっちみち機能低下、というのなら少しでも気心の知れている者の方ががいい。どちらかでも来てくれると助かるのだが」

 確かにシェルビー大佐の言う事は尤もだ。ハイネセンにいる正規艦隊ならともかく、最前線(こ こ)じゃそんなに再編成に時間はかけられない。
「なるほどなあ。確かに司令部がみんな新任じゃ分艦隊のクセも分からない。どうせ分からないなら勝手のわかっている人間同士の方がいいですよねえ。私は行っても構いません。どうする、ウィンチェスター?」
「私も同様です」
「そうか。二人共ありがとう。いや助かった。でも本当にいいのか?しばらく休養に入るから、返事はその後でもいいんだが」
「構いません、どうせなら慣れ親しんだ上官のほうがいいですからね」
「そうですね、私もその方が気が楽です」
「そうか。いや、本当にありがとう。ところで休養中は二人共実家に戻るのか?」
「はい、しばらく家内や子供にも顔見せてないんでジャムジードに戻ろうと思います」
「私はエル・ファシルに残ります」
「いいのか?移動時間は休暇日数と別枠だから気にせんでいいんだぞ?」
「休暇日数よりハイネセンとの往復日数の方が長いんじゃ、休んだ気がしませんよ。それより、呼べるなら呼んで欲しい奴がいるんですが」
「ほう、誰だ?」
「後輩なんですが、アンドリュー・フォークという奴です。少し気難しいですが、優秀ですよ」
「今はどこにいるんだ?」
「士官学校出てから連絡とってないんで、調べておきます」
「了解した」

 艦隊は先日の戦いで受けた損害を復旧する為に人員補充と修理、休養に入る。ピアーズ、マクガードゥル分艦隊はまだ哨戒中だが、我々の穴埋めをするために第三艦隊がエル・ファシルに来るそうだ。
大佐にはああは言ったけど、実際はハイネセンに帰るかどうか迷った。ヤンさんやキャゼルヌさん、エリカやマイクにも会いたいし、たまには親にも顔見せないと文句言われそうだ。
でもなあ、往復で移動に四十日、休暇は二週間、二ヶ月近く艦隊から離れるのは正直気持ち悪い。オットーやカヴァッリ大尉の引っ越しの手伝いでもしてた方がよほど有意義だ。エリカ、ごめんな…。
「ウィンチェスター大尉、FTL(超光速通信)が入っています。相手の方はキャゼルヌ大佐と名乗っておられます」
「了解した、自室で受ける」

 “よう、元気そうだな。中々の活躍ぶりじゃないか”

「お久しぶりですキャゼルヌ大佐。大佐になられたんですね、おめでとうございます。お元気ですか?活躍も何も、言われた事をこなしているだけですよ」

“こなしているだけ、か。それが出来る奴は優秀なんだ、という事はやはりお前さんは優秀な人間だ。…そんな事はどうでもいい、そのこなしているだけ、の事でハイネセンは大揺れに揺れてるぞ。…秘匿装置は入れているか?”

「…オンにしました。何かあったんですか?」

“お前さんの所のビュコック提督が昇進して第五艦隊司令官になるのは知っているな?ああ、昇進おめでとう”

「ありがとうございます。知っていますよ。オットーも昇進して提督と共に第五艦隊に行きます。それが何か?」

“お前さん達と同日付で第八艦隊のシトレ中将が大将に昇進、宇宙艦隊司令長官代理に任命される。第一艦隊のロボス中将も大将に昇進だ。ロボス中将の後任はクブルスリー少将、少将も同日付で昇進、中将、艦隊司令官だ”

「そうなんですか。でも何故そこに私が関わって来るんです?」

“麻薬密売の件だ。統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官が辞任する。表向きは勇退だ。同時に辞めるとなると色々勘繰られるから、先に宇宙艦隊司令長官が病気療養を経て勇退される”

「本当ですか!?」

“だから秘匿回線に切り替えたんだ。軍が麻薬密売に関わっているかはまだ分からんが、利用されたのは確かだ。下手すると後方勤務本部長もクビが飛ぶ。国防委員会も他人事ではいられない”

「何故です?」

“売り買いが麻薬だけじゃない事も考えられるからな”

「…情報、という事ですか」

“そうだ”

「でしたら、再度聴取しましょうか?まだ彼等はエル・ファシルで移送準備中です」

“だが既に憲兵隊に引き渡したのだろう?お前さんがどういう権限で再度聴取するんだ?”

「…確かに仰る通りです」

”この件はすぐには公表されない、お前さんももう関わらない方がいい。ビュコック提督やお前さん達の昇進も帝国艦隊を撃破し、帝国艦隊司令官を降伏させたから、というのが表向きの理由だからな“

「公表されない…何故ですか?サイオキシン麻薬ですよ?」

“現時点では、だ。何らかの結果が出れば公表する、と俺は聞いている…今公表してみろ、何も分からない今の時点ではマスコミのいい的だぞ”

「…そうですね」

”国防委員会も軍も、その降伏した帝国艦隊の人間達の取り調べが終わるまではこの件については何も出来ないんだ。推測で物は言えんからな。とにかくだ、もう関わるんじゃないぞ。じゃあな“



791年3月25日12:20 エル・ファシル星系、エル・ファシル、自由惑星同盟軍エル・ファシル基地
EFSF地上司令部 オットー・バルクマン

 「キャゼルヌ大佐との話、長かったな」
「なんでオットーが通信先を知ってるんだ?」
「オペレータが教えてくれたのさ。元気だったか、キャゼルヌ大佐は」
「元気そうだった。面倒な事聞かされたよ」
「…今回の人事の件か?」
「なんだ、知ってるのか?」
「そりゃあね。副官やってれば知りたくない事も知らされるさ。マイクの奴は、こういうのと無縁なのかな」
「第五艦隊に行きたくないのか?」
「そういう訳じゃないよ。光栄な事さ、ビュコック提督の副官を続けられるんだからな…キャゼルヌ大佐、シトレ中将とロボス中将の事、何か言ってたか?」
「…二人共昇進する、昇進と同時にシトレ大将は宇宙艦隊司令長官代理に任命される」
「そうか、それだけか…」
「何か、あるのか」
「派閥争いさ。今回の麻薬密売の件で、シトレ中将を頼っただろう?結果、中将を通じて上には報告されてる。本来ならウチから直接報告しなきゃいけない事だ。そして、結果だけ言えばシトレ中将は宇宙艦隊司令長官代理になる。それを面白く思わない人がいるって事さ。お前の事だ、これだけ言えば誰だか分かるだろう?」
「ロボス中将…」
「名前は出さなくてもいいさ。さっき超光速通信(FTL)で嫌味を言われたよ。ああ、言われたのは俺じゃないけどな。横で聞いてて腹が立ったよ」
「そうなのか…」
「それで回線がもう一つ使われているのに気付いたのさ。オペレータに聞いたらお前だった、って訳」
「なるほどなあ」
「艦隊司令官達は皆集められて聴取の記録映像を見せられたそうだよ。統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官、後方勤務本部長も同席の上でな。勿論、持ち込んだのはシトレ中将だ」
「モグラ探しか?」
「基本的にヴァンフリートⅣ-Ⅱの補給基地建設の事を知っているのは彼等だけだからな」
「でもロボス中将だって昇進するんだから……ああ、シトレ中将が司令長官代理になるのが気に食わないのか。ビュコック提督が力添えしたと思われているんだな?」
「そういう事さ」 

 

第二十九話 新任務

宇宙暦791年4月28日11:00 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍統合作戦本部ビル ヤマト・ウィンチェスター

 「よお!ウィンチェスターじゃないか!久しぶりだなあ、元気か?」
「…ガットマン大尉!」
「はっは、今は少佐さ。君ももうすぐだろ?ご活躍ぶりは聞いているよ」
「ご活躍とか…そんな大層な事はしてないですよ」
「ご謙遜だな。今日はどうしたんだ?君はEFSFだろ?転属か?休暇で帰って来たのか?」
「向こうで休暇取ってたら、呼ばれましてね。所属はEFSFのままですよ」
「そうなのか。で、どこに呼ばれてるんだ?」
「参事官室です」
「参事官室?…ああ、キャゼルヌ大佐のところか。二十階だ。しかし、エル・ファシルからわざわざ呼びつけるなんてな。往復何日かかると思ってるんだ?意地が悪いにも程があるな」
「ハハ…少佐はどこに所属されているのです?」
「俺か?俺はまだ第二艦隊にいるよ。巡航艦の副長やってる。今日は艦隊司令部に文句いいに来たのさ」
「なるほど、それでこちらへ」
「色々たまってるからな。呼び止めて悪かった、無駄話はこれくらいにしといた方がいいな、早く行った方がいいぞ。参事官、なんて人種は時間にうるさいからな」
「はい。暇をみてまた連絡しますね」
「おう、飲み行こうな」

 懐かしい人に会ったな。カヴァッリ大尉の近況でも教えてあげればよかったか?…教えたところで複雑な顔するだけだな、やめておいてよかった。しかし…休暇の中日に呼び出すとか気が狂ってるな。敵だけならともかく、上司までこっちの都合はお構い無しなんだよなあ。『可及的速やかに出頭せよ』だと?ガットマン少佐の言う通りだ、キャゼルヌ大佐もFTL(超光速通信)で済ませればいいのに。

 「ウィンチェスター大尉、入ります」
「おう、座れ座れ。しばらくぶりだなウィンチェスター」
「ご無沙汰しておりますキャゼルヌ大佐。今日はどういったご用件ですか?」
「おいおい、そうかしこまらんでもいいさ。来たばかりで任務の話をするのもアレだろう?コーヒーか?紅茶か?」
「コーヒーをお願いいたします。かしこまらんでも、と言われましても、プライベートじゃないんだからかしこまっちゃいますよ」
「はは、まあそれもそうだな。どうだ、元気でやっていたか」
「おかげさまで。なんせ上官に恵まれていますからね。ご存知の通り今はEFSF艦隊司令部ですが、六月以降は同じEFSFの分艦隊司令部所属になります」
「ほう。分艦隊所属が格落ち、とは言わんが、何かあったのか?」
「ビュコック提督が栄転なさるんで、現在の分艦隊司令のお一人が艦隊司令官に昇格なさるのですが、分艦隊司令のポストに艦隊司令部の私の上官が行くんです。そこでお互い司令部を入れ替えることになりまして」
「そうか。まあ気心の知れている同士の方が楽だからな。だが、弊害もある」
「何故です?」
「他人の考え方が判りづらくなるからさ。それに、同じチームで長く組むと物の見方が狭くなりがちだ。役割も固定されるから誰かが抜けた場合替えが利かなくなる事も多い。まあ、そこは考えた上でやっているんだろうが」
「なるほど…確かにそれはそうですね。だからという訳じゃないんですが、ニューフェイスが欲しいんですよ。フォーク…アンドリュー・フォークを呼ぼうかと思いまして」
「フォークか。本人には話したのか?」
「いえ。士官学校をでた後は連絡を取っていませんので、現所属も知りません。ご存知ですか?」
「知ってるも何も、このビルにいるよ。作戦情報科だ。おっと、この後行こうなんて思うなよ」
「元気ですか、奴は」
「元気だよ。昨日もウチに来たな。あいつ、ウチの家内(やつ)のミートパイがお気に入りなんだ。お前さんもそうだが、やはり首席は伊達じゃないな。いい話相手だよ。この間なんて、ヤンを三次元チェスでコテンパンにして鼻息荒くしてたな」
「はは、ヤンさんは三次元チェスど下手ですからね」

 フフフ、いい傾向だ、闇落ちフォークは回避されそうだな。ヤンさんとフォークが三次元チェスか…見てみたいもんだ。
「そうだな、ヤンと言えば…というか、今回お前さんを呼び出した件なんだが」
「…真面目に聞いた方がいいですか?」
「まだ真面目にならんでもいい。これからお前さんに会ってもらう方がいる。まもなく、来るはずだ」
「どなたです?」
「それは言えん。来れば分かるさ」
なんだなんだ?非公式、ってやつか?
「お、一一四〇になった。お前さんとの業務調整の面談時間は終了だ。現時刻以降、お前さんはこの部屋にいない事になる。ビル立入のパスがあるだろう、渡せ。こちらで返しておく」
「…えらく大袈裟ですね」
「機密保持のためさ」
キャゼルヌ大佐がどこかに電話して、それが終えると……あれ?部屋を仕切っているパーティションの向こうから…俺が出てきた…??
「すごいだろう?彼はお前さんに似せたマスクを被っているんだ…オイ、パスを返したら時間をずらして戻ってこいよ」
もう一人の俺は右手を軽く挙げると参事官室を出て行った。しかし…いつの間に俺の顔のデータなんて採ったんだ?おっかねえ組織だぜ…
「そろそろ来るぞ。ここからは大真面目だ」
「了解しました」

 参事官室に入ってきたのは、壮年で黒い肌、高身長の、いかにも軍人という風貌の中将だった。
「凝った趣向で申し訳ないな、ウィンチェスター大尉。ああ、敬礼はいい、シトレだ。よろしく」
「ウィンチェスターです。…すみません閣下。大佐、これは…」
「シトレ閣下が大将に昇進なされた後、私は閣下の次席副官になる事が内示されている。今日はその次席副官の任務内容について教えて下さるという事で、わざわざ閣下が時間を割いて下さったのだ。よって君がここに居る筈もないし、君が閣下と話す事も私の預かり知らぬ事だ。聞こえてはいるが聞いてはいない。いいな?」
「…了解しました。私はここに居りません。よって中将閣下と話す筈もありません」
「よし。…閣下、お願いいたします」
「大佐、ありがとう。…済まんな大尉、君を呼んだのは私なのだ。八艦隊司令官の私がEFSF所属の君を呼びつける理由も権限もないものでね。君やキャゼルヌ大佐の交遊関係を利用させてもらった。呼ばれた理由は、分かるかね?」
「口にしてもよろしいのでしょうか?訳知りはあまり居ない方がいいのではないですか?」
「構わない。君も当事者の一人なのでね」
「…先日の麻薬密売の件、ですか」
「そうだ」
「お言葉ですが閣下、私が当事者の一人というのはどういう事でしょうか?確かにビュコック提督に進言もしましたし、捕らえた艦隊司令官の聴取も私が行いました。それだけで当事者と仰るのはいささか…」
「心外かね?」
「はい」
「聴取の映像記録を見せて貰ったよ。私だけじゃない、統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官、後方勤務本部長、各艦隊司令官達でだ」
「はい」
「あの聴取で君は、カイザーリング帝国中将は麻薬密売の犯人ではない、と推論を述べていたな。誰かを庇っているのではないかと」
「はい。目の前にいたカイザーリング帝国中将は穏やかで聡明そうな方でした。とても麻薬密売を行っている様には見えなかった。今思うと根拠としては薄弱ですが」
「…私には君が全てを知っていて話しているように見えたがね」
「聴取で述べた通りです」
「フフフ、まあいい。麻薬密売も厄介だが、話し合いの結果、もう一つ厄介な問題が浮上した」
「麻薬だけでなく、情報も扱っていたのではないか、という事ですね。親切な先輩が教えてくれました」
「そうだ。それであの件を更に深く追及せねばならなくなったのだ。麻薬密売については判明している。主犯はクリストフ・フォン・バーゼル。カイザーリングの旧友だ。彼の艦隊の補給担当参謀でもある。まあこれは君の聴取で判った事だから君も当然知っている。問題はこの後だ。麻薬と金塊以外、物証がないのだ。投降したカイザーリング艦隊の艦艇を全て調べたが、何もない。ヴァンフリートⅣ-Ⅱの生産プラントに居た同盟側の人間についても背後を追えていない。そこで、核心をつく事にしたのだ」
「核心ですか?」
「バーゼルの妻、ヨハンナだ。彼女を亡命させる。彼女はバーゼルの金庫番だ。情報も握っている。意外な事にカイザーリングもバーゼルも協力的だ、司法取引というやつだな。君にはヨハンナの亡命の手引きをやってもらう」
「…なぜ私なのですか?」
「カイザーリングからのご指名だよ。若さに似合わね冷静さ、その落ち着きっぷりを気に入ったらしい。聴取の時の印象が良かったんだな。信頼出来そうな者に頼みたいらしい。でないとこれ以上は協力出来ないと言うんだ。事が済めば君と友達になりたいそうだ」
「友達、ですか。…司法取引、という事は皆亡命、という事で落ち着く訳ですか」
「そうだ。誰も損しないからな」
「損をしない?麻薬密売の件も発表しない、と?」
「公表はする。我が軍に不届き者がいた、という形でだ。実際にそうだろうからな。どのレベルまで追及するか、というのはまだ決まっていないし分からない。決まっていないからこそ核心を手に入れなくてはならないのだ」
「拒否は出来ないのですか」
「出来ない。君にはフェザーンに行ってもらう。たしかキンスキーグループのご令嬢と婚約していたな?
婚前旅行という訳だ、羨ましい事だ」
「…彼女を、キンスキー兵曹を巻き込んだのですか」
「巻き込んだ訳ではない。表向きは全くそうだからな。軍の福利厚生のパターン採取に協力、任務は君との旅行、という事になっている。後方勤務本部からの要請だ、彼女は喜んでいたそうだよ」
「フェザーン駐在の高等弁務官府へは」
「行ってはならない。当然ながら、彼等にも知らされていない任務だからな。あくまで旅行だ。任務の人選は君が行いたまえ。必要な物はキャゼルヌが用意する。以上だ」

 シトレ中将は出て行った。入れ違いにヤンさんが入って来た。
「先輩、あのマスクの臭さ、何とかならなかったんですか。知ってて私に被らせたんでしょう?」
「お久しぶりです、ヤン中佐。私役は中佐だったんですね」
「そうだよ。久しぶりだね、ウィンチェスター。…ちょっと、シャワーに行ってきます、じゃあ、また後で。ああ、臭い」
ヤンさんは青い顔をしながら参事官室を出て行った。
「しかし、エリカまで巻き込むとはひどいじゃないですか」
「仕方ないだろう、他に思い付かなかったんだ。何しろお前さんを指名したのはカイザーリング氏だからな」
「でしょうけど…でも、自分の妻なんだし、そこはバーゼルが頼み込むのが筋じゃないですか?」
「中将によると、バーゼルは亡命後のこちら側での身の振り方にしか興味がないらしい。健気だよ、カイザーリング氏は」
「今更ですが、大佐も調査に協力しているのでしょう?預かり知らぬ事だ、とかカッコつけてましたけど」
「非公式の内容だからな。参事官、ってやつは何でも屋みたいな物なんだ。橋渡し、オブザーバー、助言者的立ち位置さ。これでも俺は人徳、人望がある方だからな、こういった任務も手伝わなきゃいかん、という訳だ。ところでお前さん、今日は泊まる所はあるのか?宇宙港から直接来たんだろう?」
「誰にも内密で、という事でしたからね。エリカにも知らせてませんし」
「じゃあ、今日はウチに泊まれ。皆を呼んで一杯やろうじゃないか」 

 

第三十話 前途多難

宇宙暦791年4月28日18:00 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、シルバーブリッジ24番街
キャゼルヌ邸 ヤマト・ウィンチェスター

 ここはいつ来てもいいなあ。わざわざ俺の為に皆が集まってくれた。主人(ホスト)のキャゼルヌさん、ヤンさん、アッテンボロー先輩、フォーク、スールズカリッター、そしてエリカ。
「ヤン先輩に聞いたよ。いやあ、うかうかしてられないな、こいつは。おめでとう」
「中々ご活躍の様ですね、先輩。まあ分かっていた事ですが」
「おめでとうございます、先輩」
「お、おっ、おめでとうございます!ウィンチェ……その、ヤマト、さん…」
この面子にエリカを交ぜるなんて、キャゼルヌ大佐もひどい事するもんだ。当然ながら冷やかしがひどい。
ウィンチェスターなんて他人行儀すぎる、ヤマトって呼べ!…フォーク、お前、相変わらず酒飲むとカラむなあ…。
そういえば、初めてエリカにファーストネームで呼ばれたな。こそばゆい…。

 「遅れてすみません、ヤマト、元気か!」
「マイク!お前も来てくれたのか!」
「当たり前だろう!連絡くれねえなんて酷いじゃねえか」
「内密に、って言われていたんだ、エリカにも言ってなかったんだぞ」
「じゃあ仕方ないな。六月には少佐殿か!やっぱりお前は大したやつだぜ」
「来年には少佐だったんだ、そんなに変わらんよ」
「そりゃ定期昇進だろう、全然違うぞ。とにかく、おめでとう!」

 「『エル・ファシルの奇跡』も『アッシュビーの再来』も、このアンドリュー・フォークには勝てぬようですな。将来、お二人には私の両翼となってもらいましょう…ア痛っ!」
「お前だって俺に勝てねーだろ!」
「ダ、ダグラス先輩、本気じゃなかっただけですよ…」
「フォーク、前に言っただろ、戦場じゃ一度しかねえって」
「き、肝に銘じてますよ」
「…どうして私はこうも弱いのか…昔から三次元チェスだけは上達しないんだ」
「三次元チェス以外で頑張ればいいんですよ、ヤン中佐」
「そうは言うがね、最近覚えたばかりのキンスキー嬢にすら勝てないんだぞ、私は。正直、心が折れそうだよ」
「軍事的才能が突出し過ぎて他がダメなだけですよ。保証しますよ」
「それじゃ只のダメ人間じゃないか。軍事的才能なんて一番必要無いんだ。アッテンボロー、後輩の教育はどうなっているんだ?」
「どうなっているんだと言われましても…ヤン先輩の場合、ウィンチェスターの言う事が正しいですからね」
「…全くいい事のない人生だった、入りたくない軍隊に入り、後輩にはバカにされ、三次元チェスじゃ初心者にすら勝てない、そして彼女がいる訳でもない。帰って酒飲んで寝よか」
「三次元チェスに負けたくらいで気分出さないでくださいよ」

 エリカとキャゼルヌ夫人は俺達の掛け合いを見て腹を抱えて笑っている。
楽しい場所だ、ここは。アニメ見てても羨ましかったもんな。
「よし、お前達、大長征(ザ・ロンゲストマーチ)に行くか!」
「いいですねえ。フォーク、スールズ、来るだろ?アッテンボロー先輩、当然オゴリですよね」
「え、ダグラス、お前の方が階級上だろ」
「先輩後輩の序列は変わりません。伝統ですよ」
「分かったよ、ホラ、行くぞ…キャゼルヌ夫人、御馳走様でした。ウィンチェスター、またな」
「御馳走様でした!ヤマト、明日連絡くれよ!」
「先輩、また手合せお願いいたします。夫人、大佐、御馳走様でした」
「またよろしくお願いします、御馳走様でした」

 「やれやれ。アッテンボローの奴、気を利かせてくれたようだな」
そうだ、残ったのはヤンさんとエリカだけだ。…ヤンさんはシトレ中将の代理みたいなもんか?
「嵐の後の静けさ、だね。ウィンチェスター、シトレ校長の依頼、受けたんだろう?」
「既に拒否出来る状況じゃなくなってましたからね。初めてお会いしましたが、外濠を埋めるのが上手い方ですね。ヤン中佐、苦労しますよ?」
「どうしてだい?」
「そのうち、君になら出来る、君が出来なければ他の誰にも出来はしないとか言われますよ、きっと。保証します」
「そうかなあ。どうです?キャゼルヌ先輩」
「俺が分かる訳ないだろう…キンスキー兵曹。こっちへ。オルタンス、ちょっとキンスキー嬢を借りるぞ」
「はい。あなた、先にお風呂いただくわね」
「どうぞどうぞ。…ウィンチェスター、人選はどうするんだ?」
「フェザーンに向かうのはいいんですが、バーゼル夫人を連れ出す方法は考えてあるんですか」
「バーゼルと夫人だけの合言葉があるそうだ。その合言葉が使われると、バーゼル夫人はフェザーンに来る手筈になっているらしい」
「手回しのいい事ですね」
「麻薬、情報。情報はまだ分からんが麻薬は充分に非合法だからな、もしもの時を想定していたんだろう」
「だったら私は行く必要がないじゃないですか」
「そこだけ聞けばな。カイザーリング氏が心配しているのは、バーゼル夫人がフェザーンに向かう途中で襲われる事だ」
「襲われる?商売敵かなにかですか?」
「内務省らしい。カイザーリング氏によると、バーゼルは相当目をつけられていたようだ。役人に袖の下を渡したり、氏が頭を下げる事も度々有ったそうだ。氏はバーゼル夫人の悲しむ顔が見たくはない訳だからな、頭を下げるのも容易いだろうしな。それに内務省は貴族には甘いらしい。必要経費さえ貰えば、という事だろう」
「…だが、我々に捕まった」
「そうだ。あちらさんの公式発表だと、カイザーリング艦隊は全滅、だそうだ。となると内務省も氏やバーゼルを庇う必要が無くなる。内務省としては綱紀粛正の為にバーゼル夫人を収監する事だって出来る訳だ」
「キャゼルヌ先輩、それだと内務省は門閥貴族の反感を買うのではないですか」
「大貴族に手を出す訳ではない、それにドジ踏んで戦死した貴族の未亡人を庇う程門閥貴族もお人好しじゃない。バーゼル夫人を収監すれば、貴族にも厳しい内務省、と平民達にアピール出来る」
「結果、平民達は門閥貴族に対する反感を募らせるでしょう?となると内務省め、余計な事をしやがって、と門閥貴族は思うのではないですか」
「それを考えずに内務省がバーゼル夫人を収監する訳がないだろう?庇う事がないとはいえ、貴族には違いない。事前の根回しはするだろうよ」
「なるほど…」
「バーゼル夫人が平気でいられるのは、今も滞りなく袖の下が払われ続けているからなんだ。しかしそれも長続きはしない。内務省としては彼女が何らかの動きを見せた時が手切れの時、と判断するだろう。だからフェザーンに夫人が向かうのは危険なんだ。…というのがカイザーリング氏の意見だ」

 ヤン中佐が大きくため息を吐いた。吐きたくなる気持ちもよく分かる。
「よく受けたね、こんな任務」
「中佐、めちゃくちゃ他人事じゃないですか」
「だって、命ぜられたのは私じゃないからね。しかし、そうなると帝国本土内に工作員を送り込む必要があるんじゃないかな」
「そうなんです。話の途中からそう思いました。生半可じゃないですよ。薔薇の騎士…ローゼンリッターしか居ないのではないかと思います」
「そうだね。帝国の慣習を知っている人間、帝国公用語を話せる人間。戦闘能力も高いから夫人の護衛にもピッタリだ。しかし…」
「しかし、何です?」
「引き受けてくれるかな」
「明日、マイクに話してみます」
「ダグラス大尉を連れて行くのかい?彼は同盟生まれだろう?帝国の潜入には向いていないんじゃないか」
「奴も行きたがるでしょうが、そこはひとまず置いておいて、先ずは信頼出来る人間を選んでもらおうと思います」
「なるほど。そういう事なら私も一人紹介出来る奴がいるよ。フェザーン商人でボリス・コーネフという男だ。今は…確か雇われ船長をしている筈だよ。幼なじみなんだ」
「悪たれのボリス・キッド、ですね」
「何故君がその渾名を…?」
「え?ほ、ほら、エル・ファシルで話してくれたじゃないですか。脱出行の時に」
「そうだったか??…まあいいか、その悪たれボリスには私から連絡して置こう。どうでしょう、先輩」
「そうだな。今日はこんな所だろう。明日、ダグラス大尉には私からも連絡しよう。ウィンチェスター、明日の予定は?」
「二人でテルヌーゼンへ。エリカの実家へ行ってきます」
「そうか、そうだな。ハイネセンには居ない方がいいかもしれんな。人選と準備で三、四日はかかるだろう。二人で羽根を伸ばして来い」
「ありがとうございます。じゃエリカを駅まで送って来ます」
「おい、キンスキー嬢も今日はここに泊まるんだぞ?聞いてなかったのか?」
「そうなの?エリカ」
「はい!キャゼルヌ夫人がせっかくだからって…」
「そうよ、泊まってくのよねー、エリカさん」
「おい、オルタンス、なんだその格好は。一応こいつらは客なんだぞ。バスローブのまま出てくるやつがあるか」
「いいじゃない、身内みたいなもんですよ、もう。エリカさん、今日は少しだけお酒付き合って下さる?」
「はい!喜んで!」
「オルタンス…お前、飲むのか?」
「私だってたまには飲みたいわ。いつもあなた達が飲んじゃうから、私まで酔っぱらう訳にはいかないでしょ?今日くらい女同士で、ねえ、エリカさん」
「はい、お付き合いします!」
「では、先輩、私も大長征(ザ・ロンゲストマーチ)に顔出してきます。じゃあな、ウィンチェスター。少佐への昇進、おめでとう」
「ありがとうございます。今日は来てくれて嬉しかったです」
「私達は友達だろう?当然だよ。キンスキー兵曹も、またね」
「はい!またよろしくです!」


 ふう。有難い事だ。俺なんかの為に…。
しかし、どえらい任務だな、こりゃ。シトレ中将も危ない橋渡るなあ。昇進後を見据えて、って事か?
原作じゃこの辺はサラッと流されてるからな。大将昇進、宇宙艦隊司令長官代理…俺やオットーが引き金って事か?時系列的に考えるとそうなるよな…俺達という「異分子」が引き金か…。いや、元々居たのかもしれないな。「俺達」という役回りの存在が。銀英伝という世界の中で、描かれなかった「俺達」。
そりゃそうだよな、モブキャラ細かく描いてたらキリないもんな。このまま行くと「俺達」は主要キャラクターって事になる訳だけど、本編開始後には出てこない…。やっぱ何処かで死ぬのか?嫌だ、それは困る。
醒めない夢なら結末まで見たいもんだ。
「…大尉?眠れないんですか?」
「いや、ちょっと考え事をね。エリカ、さっきみたいにヤマトって呼んでいいんだよ?」
「でも…」
「でも…恥ずかしいかい?」
「いや、そうじゃなくて…。今日お呼ばれして、とても嬉しかったけど、改めて驚いたんです」
「何に?」
「目の前にいるのは『エル・ファシルの英雄』のヤン中佐。それだけでも凄いのに、そんな方と普通に話す大尉がいて、私はその大尉の彼女。そして大尉は彼女にすらハイネセンに戻って来た事を秘密にしなきゃいけなくて、極秘の任務を受けるような凄い人…。話を聞いてくうちにフェザーン旅行だ、って受かれてた自分が恥ずかしくなっちゃって」
「…フェザーン旅行だって正式な任務さ。たまたま任務が重なっただけだよ」
「…そうなんですか?」
「軍の福利厚生の為だ、って言われただろう?」
「はい、旅行が終わったらレポートを提出してくれって…」
「だろう?立派な任務さ。そこに俺の任務が重なった。非公式だし秘密の任務だけど、重なる以上、君もある程度事情を知っとかないといけない。だからキャゼルヌ大佐は君を呼んだんだよ」
「はい!」
「さあ、もう寝よう。愛してるよ、エリカ」
「私も。…ヤマト」
 

 

第三十一話 帝国領潜入

宇宙暦791年5月20日 フェザーン回廊(同盟側)、フェザーン商船「マレフィキウム」
ヤマト・ウィンチェスター

 もうすぐフェザーンに到着だ。俺とエリカはともかく、作戦参加者の顔ぶれがかなりヤバい。
仕方なくだが、マイク。ローゼンリッターとはいえ、奴は同盟生まれだから俺はダメだって言ったんだけど…。『推薦だけさせといて参加させないなんてあるか!連れていかないならこの話断るぞ』なんて言いやがった…。奴の推薦はシェーンコップ少佐、リンツ中尉、ブルームハルト少尉、デア・デッケン少尉、クリューネカー曹長だった。いやあ、ドリームチームだな。人選はマイクがやってくれたが、ローゼンリッターへの依頼はキャゼルヌ大佐がやってくれた。ローゼンリッターには出動予定があったようだけど、連隊長のリューネブルク大佐は恩を売るいい機会だと思ったのだろう、任務内容には何も触れずに快く了承してくれたらしい。
しかし…この頃はまだリューネブルクが連隊長だったんだな。よくも何も言わずに彼等を貸してくれたもんだ。


 「何をさせるのかと思ったら、帝国潜入とは…驚いたな。帰って来ないかもしれないぞ?勿論、死ぬという事ではないがね」
「構いませんよ。その代わりバーゼル夫人の命だけは必ず守って下さい」
「構いません、か。中々言ってくれるな。了解しよう」
「…マイクはどうですか?」
「勢いはあるな。だが中隊長としてはまだまだ、だな」
「そうですか。…ワルター・フォン・シェーンコップを越える日は来ますかね」
「来るさ」
「本当ですか?」
「俺が死ねば、の話だけどな」
「……」
うーん!シェーンコップはこうじゃないとな!


 「ウィンチェスター大尉、まもなく入港だ」
「急な航海でしたが、本当にありがとうございました、コーネフ船長」
「いやいや、有難かったよ。あんた等のお陰で首にならずに済んだからな」
「失礼ですが、首になる寸前だったのですか…?」
「そうなんだよ、この船の賃貸料がたまってたんだ。しかし、同盟軍も太っ腹だな。契約満了は満了日までだろ?あんた達の仕事がずっと終わらなかったら、えらい額になるぜ」
「我々の懐が痛む訳ではないですからね」
「はは、そりゃそうだ。…じゃあ、俺たちはあんたからの連絡を待っていればいいんだよな?」
「そうなりますね」
「それで、あんた等の仕事はどれくらいかかるんだ?」
「全てが手筈通りに進んでいれば、一週間。長くても…二週間くらいじゃないでしょうか」
「一週間?たった一週間でハイネセンまでとんぼ返りとは…大尉、同盟専用の係留口でいいんだよな?」
「はい。この船の事は連絡済みな筈ですから、最優先で補給が受けられると思います。…タダですが、それをいいことに余分に積み込もうとするのは止めてくださいね」
「お、おう…」



791年5月20日19:00 フェザーン星系、フェザーン、フェザーン宇宙港 「ホテル・マグダフ」
マイケル・ダグラス

 「中々普通のホテルじゃないか。宇宙港に隣接っていうから、もっとひでえ宿を想像してたんだけどな」
「中央街区は遠いけどな。せっかくフェザーンまで来たってのに、フェザーン女にもお目にかかれねえんじゃ来た意味がありませんよ。大隊長、当然行きますよね?中央街」
「お前らだけで行ってこい。俺は用事が出来た。何か、なんて聞くんじゃないぞ」
全く、少佐は手が早え。しかし、お相手は誰なんだ?入管にはババアしか居なかったし……あ!このホテルの受付嬢か!確かに少佐の好きそうなタイプだったな…
「皆さん…好き勝手するのは構いませんが、とりあえず部屋に荷物を置いたら、一九一五時に私の部屋に集合してください」
ヤマトの奴、真面目か!



5月20日19:10 フェザーン宇宙港 「ホテル・マグダフ」 ヤマト・ウィンチェスター

 今回集まってくれたローゼンリッターの連中って、仕事の出来る人達なんだよな。でも仕事の出来る人達ってアクが強いんだよな。連隊長のリューネブルクからしてアクいが強い男だし、部下も同類だ。板挟みのヴァーンシャッフェも苦労するよな…
「エリカ、皆とちょっと仕事の話をするから。済まないね」
「済まないなんてそんな…。でも私も聞いてしまって構わないんですか?」
「構わないよ。君には俺がどんな仕事をしているのか、ちゃんと知っていて貰いたいしね」
「船の中でも少し話して下さったけど、本当に危険はないの?」
「多分、大丈夫だと思うよ。マイク達はちょっと危ないかもしれないけど。彼奴等は危ない事が大好きだから、ちょうどいい」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんだよ。考えてもみてごらん?フェザーンはまだいい、彼等は明日帝国内に出発するんだよ?そんな任務に『楽しそうだな』なんて言って手を挙げる連中なんだ、頭オカシイだろ?まあ俺は助かるけどさ」
「た、確かにそうですね…」



5月20日19:20 フェザーン宇宙港 「ホテル・マグダフ」 ワルター・フォン・シェーンコップ

 ヤマト・ウィンチェスター。マイクの同期。

“俺の命を預けられる奴です”

と、奴は言っていた。
ウィンチェスター大尉は例の『エル・ファシルの英雄』を助けて一緒にエル・ファシルを脱出している、とも聞いている。確かに連隊長の言った通り、英雄の与党に恩を売るのも悪くない、そう思って今回の任務に参加したが、果たしてどんな事になるやら…。しかし、俺はてっきり連隊長が自ら参加するのでは、と思ったが、当てが外れたな。

”シェーンコップ、面白そうな任務だ。ダグラス大尉同様、俺も貴様を推薦するが、どうだ?“
“面白そうと言われるなら、連隊長自ら参加されてはどうです?無論、私も着いていきますが”
”…フン、俺が行ったら…お前達が困る事になるぞ“
“何故です?”
”戻る保証が出来ないからな…フフ、冗談だ“
”…中々笑えない冗談ですな“

ヘルマン・フォン・リューネブルク。俺は奴に命を預けられるだろうか。
「…聞いていますか?シェーンコップ少佐」
「…ああ、聞いている。明朝〇八二〇時の便でアイゼンヘルツに向かうのだろう?」
「そうです。高速旅客船を予約しましたから、二十三日の昼にはアイゼンヘルツに着く筈です。宇宙港でバーゼル夫人と合流したらフェザーンにとんぼ返りですよ、いいですね?」
「了解した、ウィンチェスター大尉」
俺が返事をすると、ウィンチェスターが写真を差し出した。…ほう、中々の美人だな。だが俺のタイプではないな。
「合言葉があった筈だが」
「ええ。”やっと会えた、姉さん“です」
「夫人側は何と答えるんだ?」
「”アイゼンヘルツは遠かったでしょう?“です」
「…当たり障りのない合言葉だな」
「当たり障りのないのが一番ですよ、シェーンコップ少佐。間違っても口説いてはダメですからね」
「…マイクから何を聞いているかは知らんが、俺は誰でもいい訳じゃあない。マイクとは違う」
「フフ、そういう事にしておきましょう。当然と言えば当然ですが、指揮はシェーンコップ少佐に一任します。私はフェザーンに残らねばなりませんので」
「それは判るが…いいのか?」
「何がです?」
「…帝国が懐かしくなって、本当に逆亡命するかもしれんぞ?」
「大丈夫です。あなたは過去の他の方やリューネブルク大佐とは違う。それに私はマイクを信頼していますから、彼の推薦したあなた方の事も信用しています」
…リューネブルクとは違う?どういう意味だ?



5月20日19:40 フェザーン宇宙港 「ホテル・マグダフ」 ヤマト・ウィンチェスター

 任務の説明が終わった。任務自体は簡単だ。アイゼンヘルツまで出向いて、夫人と合流して、フェザーンに戻る。計画の最初の段階ではオーディンまで出向く、となっていたけど、俺が反対した。任務終了が何時になるか見通しが立たないし、長期間の潜入は帝国にバレる危険性も高くなる。夫人だって、こちらに来るのに単身で来る事もないだろうし用心もしてる筈だ、アイゼンヘルツまで迎えに行けば大丈夫だろう。そもそもがだ、一つ隣なだけとはいえアイゼンヘルツに行くのだって危険なんだ、それに俺自身がフェザーンから離れられないのにマイク達だけ行かせる、というのも本当は納得がいかないんだよ。
こんなどうでもいい任務に付き合ってもらう以上、彼等は無事に同盟に帰してあげたい。当の本人達は息抜きくらいにしか考えてないけれども。
しかし、つい口が滑ってしまった、リューネブルクの名前が出た途端、シェーンコップだけでなくエリカ以外の皆の視線が鋭くなったからなあ…。

 「皆さん、この任務中に使うIDです。まあ、帝国の官憲に目に止まるような事をしなければ使う事もないでしょうが…皆さんは帝国の高等弁務官府所属という事になってますので」
「かぁー!ミヒャエル・ダグラスになってる。いいね、潜入って実感が沸いてきたぜ」
「茶化すなよマイク。…あと、これも渡しておきます。帝国軍の制服です」
皆からオーというざわめきが起きた。まあ、中々お目にかかれるもんじゃないからな。
「着る機会がありますか?これ」
リンツ中尉が制服を手に取りながら疑問を口にした。
「使う使わないの判断は皆さんにお任せします。多分一番怪しまれない格好だと思いますので」
「確かにそうですね、帝国軍の格好ならここフェザーンでも帝国内でも怪しまれない。そもそも目を引くような事をしなければいいだけなのですが。ねえ、ダグラス大尉」
そう言うブルームハルト少尉の目はマイクだけでなくシェーンコップにも注がれている。
「俺はマイクとは違うと言ったろう…ウィンチェスター大尉、他には」
「私からはありません。皆さんも質問がないようなら、説明は以上です。一応ペーパーがありますから、渡しておきます。明日の出発前迄には破棄してください。では、別れ」

 皆ため息をつきながらそれぞれの部屋に戻って行く。
「指揮官、って感じでした!惚れ直しちゃう」
「やめてくれ、恥ずかしいよ」
「とてもカッコよかったです」
エリカが抱きついてくる。コーネフ船長は道中俺が女連れなのが気に食わなかったらしく、「女性専用の個室はこちらです、キンスキー家のご令嬢をむさい大部屋になんてとんでもない」なんて言ってエリカだけ特別扱いしてたからな。やっと二人きりになれたのが嬉しかったんだろう…まあ、俺だって嬉しい…なんて思っていると、部屋の入口のドアが鳴った。マイクだった。
「どうだ?似合うか?エリカちゃん、どお?」
「…ああ、似合ってるよ、ミヒャエル」
「とても素敵ですよ、大尉」
「かーっ!ミヒャエルねえ。こそばゆいな」
「似合ってるのはいいんだけどさ。お前、それ着てフェザーンの女の子を口説こうとか思ってないか?」
「やっぱりバレたか?」
「そりゃバレるよ。…シェーンコップ少佐達はともかく、お前はダメだよ」
「え?なんでだよ?」
「なんでってお前…なあエリカ」
「そ、そうですね…はい。大尉、ダメですよ?」
「だからなんでだよ?」
「だって…お前帝国公用語喋れるか?」
「あ」
「士官学校の時も、お前帝国語の試験ダメだっただろ?」
「う…」
「エリカは実家の家業が家業だからな、フェザーンからも客は来るし喋れる。俺も少しは喋れる。エリカにも習ってるからな」
「そ、そうなの?」
「そうだよ」
「まさか、俺を今回の任務に呼びたくなかった理由って…」
「今頃気づいたのか。そうだよ、お前が帝国語がヘタだからだ」
 

 

第三十二話 それぞれの任務

宇宙暦791年5月23日12:30 アイゼンヘルツ星系、アイゼンヘルツ、アイゼンヘルツ宇宙港15番ゲート
ワルター・フォン・シェーンコップ

 この土地に来たのは二十年ぶりの事だ。今回もその時も好き好んで此所に来た訳ではない、今は任務として、二十年前は亡命する時だ。
この星の侘しい感じと、フェザーンに向かう貨客船に乗り込む時に祖父母が肩を震わせて泣いていたのを覚えている。祖父母は何故亡命したのだろう、六歳の俺には理由など解らなかった。そして、それを俺から聞く事も無くまた祖父母から教えてくれる事も無いまま、二人とも死んでしまった。

 「相変わらず不景気な所ですね」
「そうだな、昔と何も変わっちゃいない」
俺の言葉にマイク以外の四人が頷いた。とりあえず昼食という事で到着ロビーにあるレストランに入る。
帝国軍の制服を着ているのは俺とマイクだけだ。ウィンチェスターが折角容易してくれたが、こんな田舎の宇宙港のレストランに帝国軍の制服が五人も固まっていたら、逆に目立ってしまう。
「少佐は何年ぶりですか、帝国は」
「二十年ぶりになるな。リンツ、お前は」
「私もそれぐらいなんですかね。まだ母親のおっぱいを飲んでいた頃なんで、何も覚えてはいませんが」
「ハハ、中尉、じゃあなんであの頃と変わってないって分かるんです?」
「実家に絵があるのさ、デッサンだけの。出港を待つ間に俺の母が描いたものだそうだ。ここの風景と瓜二つなんだよ」
「へえ。じゃあ中尉の絵の才能は中尉のお母さん譲りなんですね」
そう言いながらブルームハルトがリンツのメモ帳を覗き込んだ。リンツはマイクを見ながらペンを動かしている。
「俺を描いてくれてるんですか?光栄だなあ」
マイクの階級は大尉だ。当然リンツやブルームハルトにへり下る必要はないが、やつはその口調を改めようとはしない。
“階級は俺の方が上ですがね、経験も技量も皆さんの方が上なんです。大尉だ、なんてふんぞり返って居られませんよ”
「亡命や捕虜以外で純粋な同盟生まれの人間が帝国に来た、なんて、大尉が初なんじゃないかと思いまして。その記念にと」
「おお、似てる似てる。でも、せっかく帝国軍の制服を着ているんだから、もう少し二枚目に描いてくれてもいいのに」
「追加料金が発生しますよ、大尉」

 
 「夫人は予定通り来ますかね」
俺とマイクはそのままレストランに待機している。デア・デッケンとクリューネカーが展望フロアから到着ロビーを監視し、リンツとブルームハルトはロビーで到着ゲートを見張っている。
「来なければ、待つだけだ。しかしまあ…お前の帝国語はひどいな」
「す、すみません」
喋るんじゃないぞ、と言いながらザワークラウトに手を付けようとした時、耳元が鳴った。監視チームの無線は俺もマイクも傍受している。

“リンツ、リンツ。こちらクリューネカー”
“クリューネカー、リンツ。どうした”
“ロビーに上がって来る男女のペア、確認できますか”
”…確認した”
“口元を隠しながら回りの様子を伺ってます。我々とご同業の様です”
”ブルームハルト、ブルームハルト、デア・デッケン“
“デッケン、デッケン、ブルームでいい。どうした”
”ブルーム、デッケン、売店脇のシートで新聞を広げている男、ロビーに上がって来た男女ペアと視線が合いました、頷いてます“

「近い様だな」
「ヤー」
「そうだ、お前は返事だけにしておけ」
マイクの表情が固い。珍しく緊張しているな。
「気を楽にしろマイク。小声なら同盟語で構わん」
「す、スパイ映画みたいですね」
「…気を引き締めろ」



5月23日12:30 フェザーン星系 フェザーン フェザーン中央区15番街 
エリカ・キンスキー

 「大尉…じゃなかった…ヤマト、これ良くない?」
「ああ、いいね。エリカの服のセンス、俺好きだな」
「…ありがとう!」
「有り難がる事でもないさ、今度は俺のも選んでよ」
「うん!」
大尉はとても優しい。でも、マイクさん達に作戦の内容を説明していた時は全然違った。口調は変わらないけど、優しくない、というか、感情が見えないというか…今の大尉とどっちが本当の大尉なんだろう…。
「…エリカ?どうしたの?」
「あ…ごめんなさい、ちょっとボーッとしてました」
「大丈夫?熱でもあるのかな」
「え!ちょっ…」
大尉のおでこが私のおでこにくっついてる!
「ひ、人前ですよ…」
「いいじゃないか。熱計ってるだけなんだから」
余計に熱出そう…。



5月23日12:30 フェザーン中央区15番街 ヤマト・ウィンチェスター

 おでこを外してエリカを抱きしめる。ごめんエリカ、これが自然に周りを見渡せるんだ。
後をつけられている、と感じたのはやはり気のせいじゃなかった。しかし、誰なんだ?見えただけで二人。
もっと他にもいるんだろう。どこなんだ?
「ヤマト…みんな見てますよ?」
「いいじゃないか、せっかくフェザーンまで来てるんだし、誰か知り合いがいる訳でもないんだ。楽しむのが任務なんだから、少し羽目を外したくてね。ダメかい?」
「…ううん、任務を続けましょ!」
考えられるのは…味方である筈の同盟の高等弁務官府だ。俺の任務は一応後方勤務本部の福利厚生のパターン採取という事になっているから、なんも後ろめたい事はないんだが、帝国潜入の件がどこでどう話が漏れてるか分からないからなあ…。それともフェザーンの自治領主府か?あいつらに睨まれるような事はまだしてないと思うけどなあ。まあ、この状況じゃ探りたくても探れない。アイゼンヘルツの皆は大丈夫だろうか…。



帝国暦482年5月23日18:00 フェザーン中央区 フェザーン自治領主府 アドリアン・ルビンスキー

 「…現在、対象者二名は『アルファ・ケンタウリ』にて食事中です。行動確認の経過は以上となります、自治領主閣下(ヘル・ランデスヘル)
「ご苦労、ボルテック補佐官。担当者にはボーナスを弾んでやってくれたまえ」
「はい、閣下。しかしあの二人を尾行する必要があるのでしょうか?」
「君はその必要が無い、と?」
「はい。二人の任務は福利厚生のパターン採取、と報告を受けておりますし、行動確認の途中経過からもそれは伺えます。むしろアイゼンヘルツに向かった五人に尾行を付けた方がよかったのではと…何かあれば助け船を出して恩を着せる事が出来るかもしれませんし」

 目の前にいるのは新任の補佐官、ニコラス・ボルテック。そういえば私も新任の自治領主だったな。
しかし、こいつは本当にそう思って助言しているのだろうか?まあいい、こちらから尋ねないと何も言わない報告だけの補佐官よりはよほどマシというものだ。
「わざわざフェザーンの者です、と正体を明かして手伝えと言うのか、君は?」
「はい」
「逆効果だろうな。アイゼンヘルツに向かった五人の経歴を見たか?」
「はい、同盟屈指の陸戦部隊の隊員です。それが、何か」
「では分かる筈だ、彼等は護衛任務でアイゼンヘルツに向かったのであって、諜報任務についているのではない。軍人で、しかも生粋の戦闘員なのだ」
「はい」
「そこに我等の手の者が表れる、しかもわざわざ正体を明かしてだ、どういう反応をすると思うかね?」
「…分かりません」
「殺すだろう、護衛の邪魔なのだから。私は必要な犠牲は許容するが、不必要な犠牲は求めてはいない。その点は君もそうだろう?」
「…はい」
「既に監視はつけてある。気にせずともよい」
「…そうでしたか。差し出がましい事を申しあげました、申し訳ありません」
「いいのだ補佐官。そこで本題に戻るが、補佐官はあの二人の経歴に目を通したかね?」
「…はい」
「では何故彼等に尾行をつけると思うかね?分からないと言うのなら…」
「補佐官失格、ですか?」
「いや、そうではない。それは分からないのではなく、失点を恐れて自分の考えを述べていないだけだ。私も新任自治領主で、君も新任補佐官だ。当然お互いをよく知らないのだから、お互いがどういう考えをするか分からないのも当然だ。そして補佐官という仕事は、他人がそれについてどう考えるか、という事を私に教えるのが仕事だ。理解できるかね?」
「はい。私があの二人の経歴を見てどう思うか、という事ですね」
「そうだ。だから私の考えが分からなくてもよいのだ、今はな」
「はい」
「明日の昼食の時にでも、再度途中経過を報告してくれ。その時にでも、君なりの尾行をつける理由を聞かせてもらおうか」
「かしこまりました」
ボルテックが執務室を出ていく。素直なのか、様子見か。まあいい、ペアを組んだばかりなのだ、互いを理解する時間はたっぷりある。お前が私を失望させない限りはな。



5月23日17:40 フェザーン中央区20番街 レストラン「アルファ・ケンタウリ」
ヤマト・ウィンチェスター

 尾行なんだから当然なんだけど、しつこいな。まさか店の中まで着いてくるなんて…。
しかしエリカもエリカでいきなりこんな高級そうなレストランに入らなくても…。
フェザーン・トゥリスムス・フュールング482(フ ェ ザ ー ン 観 光 案 内 4 8 2 年 版)』によると、俺達の入ったレストランはフェザーンでも十指に入る高級レストランなんだそうだ。
「支払いが心配ですか?」
「根が貧乏性だからね」
「ここはうちの親戚が出しているお店なんです。パパにフェザーンに行く事になった、って話したら、ここに連絡してくれて」
「え!…すごいな」
「だから、お代はタダですよ」
あれはどう見てもウェイター、ではないな。支配人か?店長か?とにかく偉そうな人がやって来る。…この場は全部エリカに任せた方が良さそうだ。
「お久しぶりです、叔父さま」
「久しぶりだね。しかし大きくなったなあ、そして、とても綺麗になったね」
「いやだ叔父さまったら」
しかしあの尾行も大変だな、この店じゃコーヒーで粘るなんて無理だろうからな、経費で落ちるんだろうか?
「本当だよ。十年ぶりだからね、見違えたよ。こちらの方は?」
「エヘ。婚約者ですわ」
「はじめまして。自由惑星同盟軍大尉、ヤマト・ウィンチェスターです」
「なんとまあ、エリカに婚約者とは…同盟軍に入隊したとは聞いていたが…。テオドール・キンスキーです。テオドールと呼んでもらって結構ですよ。よろしく、大尉」
「職業柄、こういう場所は慣れておりませんが、よろしくお願いします」
「ハハハ、うちはただの家庭料理の店だよ。大尉は…フェザーンは初めて、だろうね」
「そうですね、駐在武官以外の現役軍人のフェザーン渡航は許可制でして。しかもその許可が中々下りないのです。今回のフェザーン滞在も任務なのです」
「仕事で婚約者と旅行?いやはや羨ましい限りだ。エリカの父は私の兄でしてね、私からも祝福を」
そう言ってテオドールおじさんはウェイターに目配せした。
「本当なら二人の結婚式で飲んで欲しいんだがね。だけど二人は軍人だ、任務によっては結婚式なんて出来ないかもしれない。それで飲めないなんて事があったら困るから、今飲んでもらおう。エリカは幾つになった?」
「十九歳ですわ」
「そうだよな。ほら、オーディンの四百六十三年もの…同盟風に言うと七百七十二年ものだ。おめでとう、エリカ。そして大尉、彼女を幸せにしてやってくれ」
そう言って、テオドールおじさんは俺達のグラスにワインを注いでくれた。エリカが生まれた年のワインだ。オーディン産にはビックリだけど、発想は陳腐と言えば陳腐だろう。でも実際にやってもらえるとなると、感激はひとしおだよな。
「泣くなよエリカ。せっかくテオドールさんが用意してくれてたんだぞ?」
「だって…嬉しくて」
そうだよな、誰だってこんな風に祝って貰えたら嬉しいよな。でもそれをぶち壊す奴等がいる。
「テオドールさん、有り難うございます。まさか旅先でこんな風に祝って貰えるとは思いませんでした。必ずエリカを幸せにします」
「私にとっても可愛い姪だ。よろしく頼むよ、大尉」
「はい、必ず。で、ですね、ちょっと申し訳ないのですが、あのテーブルの二人にもワインを一本用意してもらえませんか?」
「知り合いなのかい?」
「ええ、彼等はフェザーンに出向中の身なのです。居合わせたのはたまたまでしょうが…私達の旅行の事を知っているので遠慮して話しかけてこないんだと思います。ああ、このワインじゃなくて、一番安いやつで結構です。これを飲ませるなんて勿体ない…それについてはちゃんとお代は払いますので」
「ハハハ、祝い事なんだ、代金なんか気にしなくていいよ。わかった、用意させよう」
再びテオドールおじさんはウェイターに目配せした。おじさんは近付いて来たウェイターの耳元に顔を寄せる。頷くとウェイターはワインセラーの方に向かっていった。
「彼等も遠慮しなくてもいいのにな。大尉、同盟の軍人さんは皆ああなのかい?」
「テオドールさん、弁務官府のクラブならともかく、民間の方の営業するレストランで馬鹿騒ぎする訳にもいきません。それにここはフェザーンです。同盟に対する印象が悪くなります」
「成る程。軍人さんも大変だね」
ウェイターが二人に近寄った。ワインを注がれ可哀想なほど慌てている。テオドールさんやエリカには恥ずかしがってるように見えるだろうな。誰かは知らんがほら、グラスを掲げてくれよ、お邪魔虫め。 

 

第三十三話 帰途

宇宙暦791年5月28日17:00 フェザーン星系 フェザーン宇宙港 同盟側発着ゲート
フェザーン商船「マレフィキウム」 ヤマト・ウィンチェスター

 皆が無事で戻って来た。バーゼル夫人も無事に保護出来たし、本当によかった。
「どうも有り難うごさいました。あなたが、ヘル・ウィンチェスター?」
「はい。ここまで来れば帝国の手が伸びる事はありません。出航はまもなくです。船内で窮屈な思いをさせてしまいますが、そこは御容赦頂きたい、フラウ・バーゼル」
「窮屈より安全が第一ですわ、ヘル・ウィンチェスター」
「アイゼンヘルツからの道中は如何でしたか?」
「快適でしたわ。特に何もありませんでしたし、何より頼りになる護衛の皆さんがいらっしゃるんですもの。ところで、主人は息災ですか?」
「ええ。カイザーリング氏と共に無事です」
「そうですか」
「何か、ご懸念でも?」
「…いえ、何も」
バーゼル夫人は俺に軽く会釈すると、エリカに伴われて船室に向かった。ハイネセンまでの道中はエリカと同室になる。俺は嫌だったが船室の数には限りがあるし、キンスキー嬢であれば夫人にも監視とは分かっても窮屈な思いをさせずに済むだろう、とシェーンコップが言うので、その意見を尊重する事にした。
後で聞いたら、それは表向きの理由で、船室を余分に使われると自分の部屋に男共が来る事になるから、それが嫌だから、という事だった。…俺だってマイクと同室なのになんでシェーンコップだけ個室なんだ!
しかし、二人とも無事と聞いた時のバーゼル夫人は複雑な表情を浮かべていたな。どっちかが死んでくれていればいい、とでも思っていたのだろうか。

 「ヤマト、この制服、貰っていってもいいか?」
「いいとは思うけど…帝国軍の制服を何に使うんだ?」
「訓練に使うんだよ。対抗部隊を演じる時に使うんだ」
「そういう事ね。でも連隊に帰れば帝国軍の制服くらいあるんじゃないのか?過去に鹵獲した物だって大量にあるはずだろ」
「ないんだ。…逆亡命にでも使用されたらコトだ、って理由でまわしてもらえないんだ」
「…そんな理由で?」
「ああ。酷いもんだろ」
「いいよ。キャゼルヌ大佐に、今回の使用した分だけじゃなくて他にもまわして貰えるように頼んでおくよ」
「ありがとう。なんか、悪いな」
「…どうしたんだよ、元気ないな」
マイクの表情は冴えない。
「今回の任務は勉強になったよ。誘ってくれてありがとうな。まあどちらかと言うと俺が無理矢理ついてきたんだけどな。…食堂行こうぜ」
そう言って俺の肩を叩くと、マイクは立ち上がった。

 

5月28日17:10 フェザーン商船「マレキフィウム」 エリカ・キンスキー

 「ハイネセンにはいつ頃到着いたしますの?」
「…ええと、六月の…二十三日くらいだと思います」
「そうですか。それまでよろしくお願いしますね、キンスキーさん」
「あ!エリカ・キンスキー兵曹です、こちらこそよろしくお願いします!」
「バーゼルです。ヨハンナとお呼びくださいましね」
「私の事もエリカとお呼びくださいね」
「はい、エリカさん」
にっこり笑うヨハンナさんは綺麗な人です。上品そうな方に見えるんだけど…グレーのパンツはいいんです、でもその胸元がざっくり開いたドレープのニットはどうかと思います。ヤマトさんだってチラチラ見てたし。あーあ、やっぱり男の人はおっぱい好きなのかなあ…。
って、そんなことはどうでもいい…よくはないけど…どうでもいいんです、今回のフェザーン行きで初めて任務らしい任務が私にも与えられたのです。

“夫人も監視だとは分かっているだろう、でもなるべくそう思われる事の無いよう接してくれるかい?”

 監視なんてやったことない。でも普通に接するだけでいいのなら私にも充分やれる筈です…筈なんだけど…ハイネセン到着まで頑張らなきゃ!…頑張っちゃダメなのか、普通に、普通に…。



5月28日19:30 バーラト星系 ハイネセン ハイネセンポリス 
自由惑星同盟軍統合作戦本部ビル 宇宙艦隊司令長官執務室 アレックス・キャゼルヌ

 まったく、いつになったら首席副官は着任するのか。このままでは代理の文字が取れないまま俺が首席副官、という事になってしまいそうだぞ。司令長官も代理のままだから、それでもいいのかも知れんが…
“副官代理。後方勤務本部厚生課長よりTELが入っております。そちらにまわします”

「お待たせしました、副官代理のキャゼルヌです」
”セレブレッゼだ。元気かね?“
「お久しぶりです。元気にやっていますよ…課長になられたんですね、おめでとうございます。何かありましたか?」
”いや、ありがとう。慰安旅行のパターン収集の件なんだが、君は知っているかね?”
「ええ。それが何か」
”それが終了した、と君に連絡してくれと上に言われてね“
「わざわざありがとうございます。参事官だった時に少し関わりまして、無事に終わったか気になっていたんですよ」
“成程な。それはそうと、たまにはうちにも顔を出したまえ。君を引き抜きたがっている所は多い、顔つなぎも重要だぞ”
「ハハ、そのうち寄らせていただきますよ、先輩」
”そうか、期待しないで待っておくよ。では“

 「閣下、フェザーンの件ですが、無事終わったそうです。工作員と対象者の一行は本日、フェザーンを離れたとの事です」
「そうか。こちらに着いたら労を労わねばならんな」
シドニー・シトレ大将。現在はまだ宇宙艦隊司令長官代理だが、代理の文字が取れるのは既定事項とされている。士官学校の頃から、この人とは縁が深い。
野心家、というほどではない。誠実だがその能力と声望の高さ故に、対抗閥から野心家とみられているだけだ。実際、同盟軍の権力中枢に位置し、その組織の最高位が手に届く所にあるのなら、そこを目指すのは自然な流れだろう。自ら喧伝する事はないが、彼にはその能力も意思もあるのだ。『能力と野心の調和のとれた誠実な軍人』とでも評すべきなのだろうか。
「どうかしたかね?」
「いえ、何でもありません」
「顔に書いてある。言ってみたまえ」
「では…このまま行けば、閣下から代理の二文字が取れるのはそう遠くない先の事というのは理解出来ます」
「それで」
「フェザーンから彼らが戻れば、色々な事が分かるでしょう。ですが見当違いだった、という事もあります。我々が危惧したような情報漏洩やスパイなどは存在せず、同盟と帝国にまたがる麻薬犯罪を暴き、その蔓延を防いだ。それだけかもしれません。確かにそれだけでもかなりの功績です。ですが軍組織がその犯罪に利用されていた以上、ただの自浄を目的とした行為でしかありません。悪い言い方になりますが、当たり前の事を当たり前にやっただけ、という事になります。今回はその当たり前を行うのに色々と問題がありはしましたが」
「確かにそうだな」
「下手をすると自作自演、と言われかねません」
「誰にだね?」
「それを私の口から申し訳あげるのは憚られます」
「そうだな、私が宇宙艦隊司令長官の座に座るのを決して快く思わぬ者もいるだろう。では有無を言わせない為には何が必要だと思うかね?」
「目に見える功績です。軍だけではなく、同盟市民からも見える功績が必要です」
「だろうな」
そう言うとシトレ大将はバインダーに挟んだペーパーを机の引き出しから取り出して、私の卓上に置いた。
「素案だ。目を通してみてくれないか。見せるのは君が初めてだ」
「…!これは」
表題には『案:イゼルローン攻略作戦概要』と記してあった。


5月28日17:30 フェザーン星系 フェザーン近傍 フェザーン商船「マレキフィウム」
ヤマト・ウィンチェスター

 軍艦と違って食事を摂る時間は特に決められていない。乗組員はそうはいかないが、客は俺達しかいない上にこの船は旅客船ではなく小さい貨客船だから、皆が一斉に食堂にも入れる訳でもないし、自分の部屋で食べたって構わないのだ。でも習慣とは恐ろしいもので、食堂に行ったらローゼンリッターの皆が揃って夕食を食べていた。
「満席だな」
「ああ」
「よう二人とも。もう空くから待っていてくれ」
シェーンコップが悪いな、と手で示しながら、ワインを紙コップに注ぎ出した。席を空けるのは部下で、自分は席を立つ気はないらしい。
「配食時間がが決まっている訳じゃないんですから、皆で一斉に食べなくても」
「この時間には腹が空くようになっている。軍隊の悪しき慣習だな」
急かされる様に席を立ったリンツとブルームハルトはブリッジへ暇潰しに、デア・デッケンとクリューネカーは部屋に戻るようだ。
「そうですね。何もしなくてもこの時間には腹が減ってしまいますね」
食堂と言っても専門の調理員がいる訳じゃない、冷凍のディナーセットをチン!するだけだ。俺は植物性蛋白(グ ル テ ン)のカツレツセット、マイクは…冷凍品じゃなくて、ビッグサイズのインスタントヌードルにするようだ。
「おいおい、ヌードルはワインに合わないだろう」
そう言いながらシェーンコップは俺達の分の紙コップを取ると、それにワインを注ぎ出した。
「終わったな。まあ、連隊に戻るまでが任務だが」
「そうですね」
「どうしたんだ」
マイクの元気がない事に気付いたのだろう、シェーンコップがチーズを食べながらマイクに尋ねた。
…あんた、酒とツマミたくさん買い込んで来たな?実は俺もなんだ、後で持ってこよう…マイクの話は俺が聞こうと思っていたけど、ここはメシに専念させてもらうとするか。
「少佐はなんで亡命したんですか?」
「急だな。…俺に聞くな、その時俺はまだご幼少のみぎり、だ。俺には理由などないよ」
「あ、そうでしたね。お祖父さんとお祖母さんでしたよね?少佐はお二人に理由は聞かれたんですか」
「聞いてないな、今となっては聞けないし、もうどうでもいい事だ」
「お二人とも亡くなられてるんですよね…そうですよね」
「一体どうしたんだ?」
お湯を注いでとっくに三分経ったインスタントヌードルに、マイクはまだ手をつけていない。再び紙コップにワインが注がれた。
「俺達と一緒でしたね、帝国の人間も」
「当たり前だろう」
「いえ、そうじゃなくて…何と言えばいいのか、確かにアイゼンヘルツは不景気そうな所でした。俺、帝国の人間を見るのは初めてだったんですよ」
「過去の戦闘でも見てるだろう?」
「あれは帝国軍人です。俺達と変わりませんよ」
「帝国に住んでいる人間、帝国の風景を初めて見た、という事か」
「そうです。不景気そうっていうだけで、同盟とさほど変わりはない。それに気付いたら、なんで戦ってるんだろうってふと考えちゃったんですよ」
マイクの紙コップに三杯目を注ごうとしたシェーンコップの手が止まった。つい俺も手を止めてしまった。
「俺の親父も戦死でした。だから、親父を殺した帝国軍は確かに憎い。でもここの人達は…って思っちゃって。ダメなんですかね、こういうの」
「駄目じゃないさ」
マイクの三杯目になる筈だった分は、違う紙コップに注がれていた。…部屋から新しいボトル持って来るか。今夜は長くなりそうだ。 
 

 
後書き
三十一話あたりから、ヤマトの階級が少佐になってました。訂正しておきます、失礼しました。 

 

第三十四話 居場所

宇宙暦791年7月1日13:00 バーラト星系 ハイネセン ハイネセン宇宙港 
自由惑星同盟軍到着ゲート ヤマト・ウィンチェスター

 「改めて少佐への昇進おめでとう。このままだと置いてけぼりになっちまうな」
「お前だって九月には少佐殿だろう」
「定期昇進のな。功績の結果って訳じゃないから有難いもんでもない。やっぱり功績を上げて出世しないとな…次に会ったら中佐、なんて事は無しにしてくれよ。じゃあな」



7月1日13:45 バーラト星系 ハイネセン ハイネセンポリス 統合作戦本部ビル
ヤマト・ウィンチェスター

 今日、少佐になった。書類上は六月一日付だけれど、任務中だったということで昇進伝達が昨日だったのだ。ハイネセンに着いたら即、統合作戦本部の人事局の迎えが来た。バーゼル夫人には宇宙艦隊差し回しの別の公用車が迎えに来た。分からないでもないが、普通はバーゼル夫人は俺が連れて行くもんだと思うんだがなあ…組織にとってはやはり任務より人事の方が重要という事か。
マイクやシェーンコップ少佐達もそのまま原隊へ、エリカは後方勤務本部へと戻って行った。それにしても、誰に任務終了の報告をすればいいのやら…。昇進伝達が終わってもシトレのおっさんやらキャゼルヌ大佐に呼ばれる気配がない。本部ビルの中をうろうろする訳にもいかないのでそのままビルを出ると、途端に個人携帯端末(スマートフォン)が鳴りだした。

 ”キャゼルヌだ。ウチに来い”




7月1日14:30 ハイネセン シルバーブリッジ24番街 キャゼルヌ邸

 「無事で戻って来てくれて嬉しいよ。任務ご苦労様。それと少佐昇進おめでとう」
「ありがとうございます。ですが、こんな任務は二度と御免ですよ」
「何故だ?」
「私のせいで親友や婚約者が死ぬかも知れない…こんな任務あります?」
「まあ、そう言うな。キンスキー嬢を巻き込んで済まなかった、謝るよ。だが、マイクやシェーンコップ少佐などは進んで志願したのだろう?任務の内容もそうだろうが、彼らはお前さんが指揮官だから、この話に乗ったのだと思うがね」
「私が指揮官だから、ですか?」
「そうだ。マイク以外のローゼンリッターの面子はそうだろうさ。マイクが信頼しているお前さんなら、見ず知らずの他人でも命をかけられると思ったのだろうよ。それはマイクが彼らに信頼されれている証でもある。まあ、コネ作りの側面もあったろうがね」
「コネ?私がですか?」
「そうだ。ローゼンリッターは同じ同盟軍からも敬遠されているからな。彼らは同盟軍ではなく連隊そのものに忠誠を誓っているようなもんだ。構成員の出自が異質だし、あってはならない事だが差別の対象でもある。でも、だからこそかれらの結束は固い。その中じゃ逆にマイクが異分子だ。だが彼らはマイクを信頼している。信頼しているからこそ、この任務を受けたのさ」
「それは分からないでもないですが、なぜ私などがコネとして活用できると思われているのでしょう?私、マイク、それにオットーは軍の主流から外れていますが…」
「外れているからさ。外れ者同士が仲良くしているだけだから、誰にも迷惑はかけない。が、お前さん達今は外れ者でも将来は分からんからな」
「将来?使い捨てにされて終わりの様な気がしますけどね」
「ハハ、やたらひねくれた物の見方をするようになったじゃないか。フェザーンで何かあったのか?」
そう言うと、キャゼルヌさんは俺のグラスにバーボンの二杯目を注ぎだした。

 このまま此処に居ると酔い潰れてしまいそうだ。
別にひねくれた考えでもないと思うんだけどな。軍主流ではない俺達は捨て駒にしやすい高級士官なんだよな…。表向きは優秀、そこそこ功績も上げている前途有望な若手士官。そしてその位置は将来の軍トップに近い。でも上層部としてはぽっと出の俺達より本来主流を歩むであろう、自分達と同じ考え方をする人間達にこそトップに立って欲しい筈なのだ。となると、大多数の高級軍人からは我々は消えて欲しい存在の筈なのだ。キャゼルヌさんは上昇志向の強い人じゃないから分からないのかも知れない。もちろんいい意味でだけど…。分からないからこそヤンさんとも馬が合うのだろう。
「言い方は悪いですが、今回の任務はシトレ閣下が自らの立場を強化する為の様な物ですからね。そうであるからこそ、閣下の子飼いではない私に任務を振ったのだと思いますよ。まあ、子飼いにする為かも知れませんが」
「閣下はそう腹黒い方ではないぞ」
「腹黒いかどうかは別にして、立場の強化は必要ではありませんか?特に今回の任務の成功によって閣下の立場は軍内部で更に強化される。そして公式発表はサイオキシン麻薬の取締りです。軍への信頼度は増し、それを指揮したシトレ提督の手腕は軍以外からも高く評価される。そうではありませんか?」
あまりキャゼルヌさんの苦い顔は見たくないんだけどな…こういう話になってしまった以上仕方がない。どうせなら腹を割って話しておかないと…。

 キャゼルヌさんは深くため息をついた。
「本当にお前さんは物事がよく見えるな、ヤンにも見習って欲しいもんだ。そう、お前さんの言う通りだよ。ついでに言うと、閣下はお前さんを欲しがっている。子飼いにしたいという事だな。どうだ、ウチに来んか」
キャゼルヌさんの側にいるのは楽しそうだけど、宇宙艦隊司令部?ストレスで過労死しそうだ。何個艦隊あると思ってるんだ?とてもじゃないが、願い下げだ。
「宇宙艦隊司令部にですか??」
「第八艦隊司令部でもいいぞ。八艦隊はシトレ閣下が直卒するからな」
「ハハ、私はEFSFの方が性に合ってますよ」
「EFSFといえば、お前さんが言っていた件、うまくいったぞ」
「私が言っていた件…ですか?」
「忘れたのか、フォークを欲しがっていただろう?」
「ああ、そういえばそうでしたね」
「お前なあ…。お前さんが呼んでるって言ったら、喜んでいたよ。慕われてるな」
「彼にはライバルが必要ですからね。まだ向こうがライバルと思ってくれていれば、の話ですが」
「まあいいさ、フォークは先週出発した。向こうに着いたらちゃんと面倒見てやるんだぞ」
そういえば、フォークを呼ぼうと思ってたんだよな。すっかり忘れてた…。

 「はい。ところでヤン中佐は八艦隊司令部のままですか?」
「そうだが…何か問題でもあるか?」
「いえ、シトレ閣下が八艦隊を直卒なされるとの事ですが、自ら先頭に立たれるつもりなのでしょうか?」
「うーん、八艦隊だけで敵と事を構える、という事にはならんだろうからな。閣下が戦場に赴くとなれば…そうだな、八艦隊は予備、火消しとして使われるだろう。予備兵力だな」
「であれば尚の事、ヤン中佐は宇宙艦隊司令部の参謀にでもなさった方がいいと思います」
「何故だ?」
「シトレ閣下は現在宇宙艦隊司令長官代理です。私ごときが言うのも何ですが、能力も人望もあるお方ですが、まだ絶対的存在ではありません。でもいずれ代理の二文字が取れる時期が来る訳で、その時にその手腕や能力に付く様では、今後のシトレ政権の運営に差障りが出ます」
「政権運営ね、上手い事を言う…それとヤンがどう関わって来るんだ?」
「純粋に統帥の問題です。八艦隊が戦場に出た場合、誰がその指揮を執るのです?八艦隊司令部参謀ですか?八艦隊の先任分艦隊司令ですか?シトレ閣下は麾下の宇宙艦隊の指揮を執らねばなりません。極端な話、十二個艦隊の指揮をです。となると、直卒とはいえ閣下が八艦隊の指揮を執る事は難しい」
「八艦隊の副司令官か、司令部の先任参謀が一時的に指揮権を預かる、ではいかんのか?」

 よくある話だ、司令官の替わりに参謀が指揮を執る。よくある話過ぎてキャゼルヌさんも気が付かないんだろうか?
「…その場合、責任を負うのは誰です?」
「当然シトレ閣下だな。代理指揮を命じたのだから。俺としてはヤンを首席参謀にして、万が一の代理指揮を執ってもらおうと思っているんだが」
「ヤン中佐には確かにその能力はあるでしょうが、八艦隊副司令官は面白く思わないでしょうね。下手すると信頼されていない、と思うのではないでしょうか。それに中佐に指揮を任せるにしても、エル・ファシルの英雄、という肩書だけで皆が着いてくる訳ではありません。提督の手元に置いておいた方がいいと思いますよ」
「なるほどな…お前さんの言い方だと副司令官でもダメそうだな」
「はい。職能がついていきません。副司令官はあくまで艦隊司令官の女房役です、それ以上の責任を負わす訳にはいきません。それに彼等は言い方は悪いですがシトレ閣下の手足となって動く方達です。シトレ提督が人事不省におちいるとか、そういう非常時ならともかく、代理指揮が恒常化してしまうといつかは指揮系統に問題が出ると思います。それに、失敗でもしたら代理指揮を命じたシトレ提督の責任問題に発展しかねません。それを望む人は少なからず存在するでしょうからね」
俺の言葉にキャゼルヌ大佐は腕を組んで黙ってしまった。自分でもお節介すぎるかなとも思うけど、いつ自分に降りかかるとも限らない問題だからな…。

 「お前さんにそう言われると本当に長官代理が困る局面があるんじゃないかと思ってしまうな」
「いえ、出過ぎた事を申し上げてしまいました、申し訳ありません」
「いや、進言してみよう。一考に値する意見だ」
「そういえば、八艦隊の副司令官はどなたですか?」
「お前さんな、それも知らずに話していたのか…オスマン少将だ」
オスマン…?聞いた事あるな。ああ、原作かアニメのどこかの場面でぶっ倒れた奴か?
「すみません、人事情報はからきし駄目でして」
「それじゃあいかんな、中佐」
「…は?私はまだ少佐になったばかりですが」
「それはEFSFでの功績の結果だろう?形式的には定期昇進と同じ時期になるが、中佐への昇進はEFSF第二分艦隊首席参謀、という配置に見合う為にする為だ。九月には君は中佐になる。おめでとう、中佐」
 

 

第三十五話 新任参謀アンドリュー・フォーク

宇宙暦791年8月15日12:00 エル・ファシル星系 エル・ファシル、EFSF第二分艦隊 旗艦ベイリン ヤマト・ウィンチェスター

 今日の昼ゴハンは何にするかな…。植物性蛋白(グルテン)のカツレツは飽き気味だし…パスタにするか。母国由来のナポリタンはあるかな…っと…あったあった。
「ご一緒よろしいですか、少佐」
「おう。(ここ)には慣れたかい、フォーク中尉」
俺に声をかけて来たのはアンドリュー・フォークだった。統合作戦本部作戦情報科に在籍していたのを、キャゼルヌ大佐のツテでこっちに引き抜いたんだ。本人は宇宙艦隊司令部希望だったらしいが、それが通らなかった様でくすぶっていたらしい。中尉風情がくすぶっているなんて何を言ってやがる、とも思うけど、希望の職種に行けないというのは確かに気分が乗らないもんだ。
「いい(ふね)ですね、ここは。私の様な新米中尉でも気後れする事なく働ける雰囲気がありますよ」
「気後れする事なく、か。そんな事言っていたら、俺を抜くなんて何年先になるか分からんぞ?」
「確かに。でも、ここに来て先輩の凄さが分かりましたよ。もう何十年も参謀をやってらっしゃるように見えます」
軍歴はともかく何十年というのは間違ってないぞ。間違ってはないけど今の年齢、軍歴、経験に比して階級が釣り合ってない。俺が少佐?オットーやマイクには悪いが何かの笑い話しか思えない。
士官学校出身で俺の年齢だと、まだフォークと同じ中尉だろう。中尉という階級は、兵上がりなら無事に軍歴を勤めあげてやっと昇れる階級だが、士官学校出身者、要するに資格保有者にとって通過点の一つでしかない。軍組織が巨大であればあるほど、ありふれた存在だ。士官学校出身者にとっては、中尉昇進後からが本番と言っても過言ではない。だけど、俺はもう少佐だし、九月には中佐だ。将官推薦というチート級アドバンテージはあるものの、本来ならこの時期はまだ大尉な筈だった。将官推薦者は士官学校卒業後一年目にある定期昇進がない。将官推薦者の定期昇進は二年目らしく、今年の九月というわけだ。それでも自力で少佐に昇進したものは定期昇進はない筈だから、俺の様に定期昇進と同日付で中佐になる、というのは異例中の異例らしい。経験はともかく、ヤマト・ウィンチェスターとしての中身は変わらないのに階級だけがあがっていく。国防委員長と委員会が俺を好意的に見てくれているのか、何かの際のスケープゴートにしようとしているのか…。
「与えられた任務を疎かにしていないだけさ」
「当たり前の事を当たり前にこなすのは、とても難しいと思いますが…」
「確かにな」
「私もそうなりたいものです」


”分艦隊司令部要員集合、作戦室”


 ああもう、まだ一口しか食べてないのに…テイクアウトしよう…。
「ほれ、行くぞ」
「は、はい」





8月15日12:15 EFSF第二分艦隊 旗艦ベイリン アンドリュー・フォーク

 「昼メシ時に皆済まんな、楽にしてくれ」
作戦室に分艦隊司令部が集合した。分艦隊司令シェルビー准将、主任参謀イエイツ中佐、次席にウィンチェスター少佐。私と同じ新任のウェッブ大尉、引き続き司令部内務長のカヴァッリ少佐、そして私だ。
司令の言葉と同時にウィンチェスター少佐が昼食を食べ出した。中佐も同じ様にコーヒーを注ぎ出す。それについて司令は特段何も気にしていない様だった。彼も昼食を広げている。
最初はこの光景に唖然としたものだ。とてもじゃないが統合作戦本部ビル内でこんな風景は見られない。ウェッブ大尉も驚いたと言っていた。大尉は第四艦隊から転属して来た人で、奥方の実家がエル・ファシルにあるという。
『だからEFSFには感謝ひとしおさ。ヤン中佐やウィンチェスター少佐のおかげで俺の家族や妻の実家も助かったんだよ』と常々言っている。
「第一分艦隊所属の哨戒隊が、イゼルローン前哨宙域で消息を絶った。帝国艦隊と遭遇した様だ」
重大な出来事だと思うのだが、誰も手を止めない。
「閣下、敵艦隊の規模は分かっているのですか」
「敵は八千から一万隻程度という事らしい。既にピアーズ司令官はハイネセンに救援要請を行われた。我々も明日出港する。出港準備にかかってくれ」
中佐がポータブルPCを開く。イエイツ中佐は主任参謀ではあるものの補給面を担当しているから、艦隊運用や作戦面の補佐はウィンチェスター少佐に一任している様だった。敵艦隊の規模や出港準備という言葉を聞いても司令部内務長のカヴァッリ少佐以外は誰も動かない。中佐のキーボードを叩く音と普段と変わらない会話だけが続く。
「少佐、帝国の意図は何だと思うね」
「先日の復仇ではないでしょうか。カイザーリング艦隊をうちが叩きのめしたので、その仇討ちかと小官は推測致します。敵艦隊の出現以前には何らかの兆候はあったのでしょうか?」
「哨戒隊はイゼルローン回廊入口まで哨戒を行っていた。帝国は通常の訓練行動と回廊哨戒しか行っていなかったそうだ」
「ではやはり仇討ちでしょう。あちらには戦意には不足しない大貴族がひしめいています」
「だがカイザーリングは大貴族ではないのだろう?大貴族、門閥貴族が仇討ちなどするかね?」
「貴族の恥、と考える連中がいるのかもしれません。まあこれは推測ですので。引き続きこれも推測ですが現れた艦隊が帝国の正規艦隊だった場合はかなり厄介だと思われます」
「何故かね?」
「正規の命令系統に属する艦隊だった場合、一個艦隊では攻め寄せないと思われますので」
「確かにそうだな」
「ピアーズ司令官はどの程度の援軍を要請なさったのでしょうか?」
「二個艦隊と聞いている。まあ、妥当な数だろう」
「ですね」
重要な会話が淡々と続いている。二個艦隊もの援軍を要請したのは驚きだった。エル・ファシル陥落の件以来、同盟の防衛体制に変化が現れ始めた。ジャムジードに正規艦隊が駐留するようになったのだ。各正規艦隊が半年交代で駐留する。そしてその駐留する艦隊が来援するのだ。任官以来初めての大規模戦闘になるのは間違いない。高揚する自分がいる、が、抑えねばならない。私と同じ様に大きく息を吸い込むのはウェッブ大尉だった。
しかし少佐は帝国の内情にも詳しそうだ。前にバルクマン先輩が言っていた。『あいつは何でも知っている』と…重用されるのも頷ける。シェルビー准将はビュコック提督に頼み込んで少佐を自分のスタッフにしたそうだ…。
その後も二、三の日常的な会話が続いて、昼食を兼ねた様な会議は散会となった。シェルビー司令とイエイツ中佐か作戦室を出ても少佐は席を立とうとしなかった。何か、考え込んでいる。
「少佐、よろしいですか」
「何だい?もう別れてもいいんだぞ。出港準備だし」
「いえ、敵艦隊出現となっても皆落ち着かれているなあと思いまして」
「内心ヒヤヒヤさ。司令部があたふたしてもしょうがないからね。俺達が焦ってみろ、兵達が動揺する」
「確かにそうですね…戦闘の推移はどうなると思われますか?」
「うーん。お前ならどうする?」
「…味方は敵の半数です。敵の一部の突出を誘って逆撃を狙い、敵戦力の暫減を図ります」
「それがフォーク参謀の答えなら…正解だが三十五点」
「は…三十五点、ですか?」
「三十点でもいい」
「…理由をお聞かせ願えますか?」
「理由か。始まれば分かるよ。さ、出港準備だ」
三十五点…三十点。何故だ?




8月19日19:00 ダゴン星域外縁、自由惑星同盟軍、EFSF旗艦ハウメア アイザック・ピアーズ

 「新体制になってからの初めての大規模戦闘だ。二人とも宜しく頼む」

”心得ております、司令官閣下”

”小官も初陣の心持であります。こちらこそ宜しくお願い致します”

「貴官に司令官閣下と呼ばれるのは未だにこそばゆいな、マクガードゥル准将」

”同期とは云え、おいピアーズ、と言う訳にもいかんだろう?…何なりとご命令を”


「はは、そうだな。では本題に入ろう。現在、帝国艦隊と思われる集団はティアマトからこのダゴン星域に向かいつつある。我が方所属の第一〇四哨戒隊、第一〇六哨戒隊からの報告では、アルレスハイム、ヴァンフリートには敵影と思われる集団は無し、だ。よって同盟領域に侵入した敵と思われる集団は、このダゴンに向かいつつある集団だけだと判断する。異論はあるか?」

”ありません”

”小官もありません”

「よし。既にジャムジード駐留の第三、第五艦隊がこちらに急行中だ。よって我が艦隊の方針を戦線の維持とする。異論はあるか?」

”ありません”

”ありません”

「よし、ビュコック親父に無様な所を見られん様にしようか。全艦、戦闘準備」





8月19日19:05 ダゴン星域外縁、自由惑星同盟軍 EFSF第二分艦隊 旗艦ベイリン
アンドリュー・フォーク

 「少佐、戦闘準備だ」
「はっ。第二分艦隊、全艦戦闘準備!」

”総員、戦闘配置。繰り返す、総員、戦闘配置”

 艦内に戦闘配置が下令される。艦橋の要員が走り回る。いよいよか。

「司令、第二分艦隊戦闘準備よろしい」
「了解。横陣形とせよ」
「はっ。全艦、所定の座標に従い横陣形をとれ!」
「少佐、以後は別命あるまで現位置で待機、だ」
「了解しました。全艦、所定座標移動後は別命あるまで待機。待機中は戦闘配置を維持しつつ各艦所定とする」
…拡声マイク越しにウィンチェスター少佐の声が響く。今の私は少佐の予備の予備でしかない。三十五点…勉強させてもらおうか。
「…フォーク参謀、三十五点の意味は分かったかい」
「…今回の我々の任務は敵艦隊の撃滅ではない、よって戦線維持、という事でしょうか」
「三十五点」
「…え?」
「それは司令官の方針から導きだされた答えだろ?そうじゃないんだ。艦隊司令官の参謀と、分艦隊の参謀では助言の内容が違うんだ」
「そういうものなのですか」
「まあ、俺はこういうやり方しか出来ない、ってだけで、お前さんの方が正しいのかも知れないけどな。だから正解は正解なんだよ。三十五点って言うのは俺のやり方なら、って事だ。だから点数は気にしなくていいよ…君は優秀だ、だけど、今は学ぶ時期だと思った方がいい。取捨選択、それから自分の色を出せばいい」
なるほど…。彼とは二つしか違わないが、これが経験の差か。反論すら出来ない。私が言うのも何だが、青二才の様な年齢なのに平然と参謀の役目をこなしている。アッシュビーの再来…。本当にそうなのか…。

 

 

第三十六話 ダゴン星域の迎撃戦(前)

帝国暦482年8月20日04:00 ダゴン星域近傍(ティアマト方面)、銀河帝国軍、第四〇一任務艦隊 
旗艦ノイエンドルフ ヒルデスハイム

 「これがかの有名なダゴン星域か。貧相な所よの」
「ですが閣下、かつて我が帝国艦隊は、三倍の兵力を持ちながら叛徒共の艦隊に破れました。難所と側聞しております、この先は注意が必要かと愚考致します」
「ふむ、卿の忠告は尤もである。注意しよう」
…それくらいの事が分からん私ではない。全く軍人という輩は、一言余計なのだ。
コルプト、そしてカイザーリング…貴族の恥さらし共め。コルプトはブラウンシュヴァイク一門の名を汚し、カイザーリングは一門ではないが貴族らしからぬ商売に手を染めておったというではないか…それでも帝室の藩屏と言えるのか。全く嘆かわしい限りよ…。


8月20日04:00 第401任務艦隊 旗艦ノイエンドルフ 
ファーレンハイト

 何が卿の忠告は尤もである、だよ。大貴族のお守りは実入りはいいが下手すりゃ戦死確実だからな。お前の為に忠告してるんじゃない、自分の為にやってるんだよこっちは!
メルカッツ閣下の頼みとは云え、なんて艦隊だこの連中は…。編成もバラバラ、規律もとてもあったもんじゃない。ワインをこぼしただけで重営倉入りなんて聞いた事がないぜ、早くイゼルローンに帰りたいもんだ…。






宇宙暦791年8月20日19:00 ダゴン星域外縁部、自由惑星同盟軍、EFSF第二分艦隊 旗艦ベイリン
ヤマト・ウィンチェスター

 ダゴン星域か…惑星を持たない恒星ダゴン。太陽風が吹き荒れ小惑星だらけの迷路の様な星域だ。
「センサーに感あり。星域中心部に恒星ダゴン以外の大質量を発見。微速度でこちらに近づきつつあります!」
「少佐、艦隊司令部に通報…」
シェルビー司令の言葉と同時に艦隊司令部より通信が入っています、という通信オペレータの声が飛び、正面スクリーンにピアーズ司令官が映る。

”シェルビー准将、そちらでも確認したか”

「はい。おそらく帝国艦隊かと思われます」

”だな。艦隊陣形は別命あるまで横陣を維持だ”

「了解致しました」

シェルビー司令の返事と共に通信は終了した。司令が俺を向いて軽く頷く。
「陣形維持を当艦の電算機管制とします」
座標維持を電算機管制モードにすると、旗艦の電算機が指揮下の各艦の動きをコントロールするようになる。戦闘時の陣形維持の為だ。各艦の座標、移動距離、移動速度を割り出して、自動で各艦に指令を出すシステムなのだが、万能じゃない。移動速度に関しては分艦隊の平均速度で示される為、各艦で微調整が必要になる。推進機関の能力が艦級によって違うからだ。その推進機関の出力も、スペック通りに出るとは限らないから、陣形の維持にはタイムラグが出る。タイムラグが少ないほど乗組員の練度は高いし、整備が良く行き届いている艦隊、という事になる。陣形の乱れ、という状況はここで発生する。戦闘が始まるとどのタイミングで指令が出て微調整を行うかが分からなくなるからだ。そして、旗艦の電算機の能力もこれに影響する。旗艦専用の大型戦艦があるのはこの為だ。千隻程度の分艦隊旗艦には大抵、指揮機能の能力強化を施されている標準戦艦が充てられる。正規艦隊になると分艦隊の規模も大きくなる為、分艦隊旗艦にも旗艦級大型戦艦が配備されたりする。指揮電算機の管制は司令部内務長のカヴァッリ大尉とそのスタッフに委ねられる。だから彼女達は大変な思いをする。長期戦になるとぶっ倒れる奴も出てくる…。

 フォークがカヴァッリ少佐とそのスタッフ達の動きを興味深そうに見ている。今回に限り、司令の許可を得て見学させている。本格的に戦闘に突入したらそんな暇も無くなるから、今だけだが…。
あいつは本当に初陣だからな…。
「各艦、電算機管制に移行完了、ハウメアへの報告も完了しました」
「了解した。各艦に伝達、二一〇〇まで休息を許可する」
「はっ、伝えます」
「私も休む。君達も交代で休みたまえ」
「ありがとうございます」
司令がフォークを呼んで耳打ちしている、緊張をほぐそうというのだろう。フォークの肩をバチンと叩いて大声で笑いながら自室へ戻って行った。 そのフォークはため息をつくとこめかみをかきながら俺の方へ近付いて来た。
「少佐、こう言っては何ですが、待機の時間の方が長いのですね。戦闘配置の最中に休息時間を設けるとは想像していませんでした」
「人間は長時間の緊張には耐えられないからな。戦闘が始まってしまうと終わりが分からないから、休むなら今の内に、という訳だ。お前さんも休んでおいた方がいいぞ」
「いえ、大丈夫です」
「なんだ、まだ気にしているのか?…よし、俺なりの答えを教えてやろう」
参謀の役割は各カテゴリーで変わる。艦隊司令部の参謀なら、主に敵の意図、味方の状態や戦術運動に関する事を艦隊司令官に助言する。他人はこう考えていますよ、という事を司令官に知らせるのだ。
これが分艦隊の参謀になると、分艦隊単独で戦わない限り基本的には戦術面のフリーハンドは与えられないから、艦隊司令部から与えられた命令を正確に実行する為の助言をする事になる。艦隊司令官が何を考えているのか、それを実現する為には何が必要なのか…という事を主に考えねばならない。
「…という訳さ。シミュレーションでは見えてこない現実だよ」
「戦術行動ではなく、艦隊運用面に関するサポートがメインになる、という訳ですね」
「そうだ…と俺は考えているよ」
「得難い助言、ありがとうございます」
「助言という程の事でもないさ。お前さんは俺を越えるんだろう?慣れれば直ぐに判る様になるよ」
目を輝かせているフォークは正直見ていたくないけど、こいつには原作の様な末路をたどって欲しくないんだ…。




8月20日06:00 ダゴン星域中心部、銀河帝国軍、第四〇一任務艦隊 旗艦ノイエンドルフ
ヒルデスハイム

 「ファーレンハイト少佐!戦わんのか!?」
「…は、閣下、どういう意味でしょうか」
「そのままの意味だ。敵が居るのは明白なのに戦わんのか、と聞いておるのだ!」
まったく、ブラウンシュヴァイク一門の名誉がかかっておるのだぞ!一門の重鎮たる私が、わざわざこんな所まで出向いている意味が分からんのか!
「確かに敵は居ます。判明している叛乱軍の戦力は四千隻で、我々は一万隻で確かに有利ですがここはダゴンです。叛乱軍にとっては栄光の地です。叛乱軍が包囲殲滅を企図しているかもしれません」
「包囲殲滅?叛乱軍にとっての栄光の地だと!?」
「はい。我が帝国と叛乱軍の最初の…」
「もういい!叛徒共にとって栄光の地と言うのなら、屈辱の地に塗り変えてやるだけだ!」
「ですが…」
「艦隊全速前進だ!」
「…はっ。全艦、全速前進!」




8月20日06:05 ダゴン星域中心部、自由惑星同盟軍、
EFSF旗艦ハウメア□EFSF司令部


 「司令官、正面の帝国艦隊と思われる集団が動き出しました。高速です。敵との距離、約三百光秒」
「奴等、やる気満々の様だな。艦隊速度全速で後退だ」
「はっ…陣形を維持しつつ、全速で後退せよ!」




8月20日08:00 ダゴン星域 中心部、自由惑星同盟軍、EFSF第二分艦隊 旗艦ベイリン
ヤマト・ウィンチェスター

 「少佐、どう思う?」
「どう思う、と申されますと…?」
「スクリーンの概略図を見ると、敵艦隊の陣形は乱れに乱れっぱなしだ。あまり練度の高い艦隊ではなさそうだな」
「はい、我々の後退に釣られて、艦列が無秩序に伸びきっている様です」
…本当にアニメの中だけの話じゃなかったんだな。多分、敵さんは貴族の艦隊で間違いないだろう。しかも大貴族だ。一万隻規模の艦隊を保持出来る貴族なんて、そうそういるもんじゃない。
「敵の先頭集団を叩くいい機会だと思うが」
「艦隊司令部に意見具申なさいますか」
「そうだな…いや、やめておこう。私が気付くくらいだ、艦隊司令部でもそう判断しているだろう。攻撃しないのは他に企図している事があるのかも知れんしな。少佐、分艦隊各艦に軽挙妄動するなと伝えてくれ」
「はっ…分艦隊各艦へ命令、再度各艦の状況知らせ!軽挙妄動を慎め!」

 シェルビー准将は冷静だ。こんな時に艦隊司令部に意見具申なんてしたら艦隊司令官の能力を疑っている、って言っているようなもんだからな、具申しようとしたら止めなきゃならん所だったぜ…。
だけど、艦隊司令部はどう考えているのだろうか。敵があの有り様じゃ、確かに敵先頭を叩きたくもなる…烏合の衆です、って言ってる様なもんだからな…先頭を叩けば、敵はかさにかかって攻めてくるだろうとは思う。確かに好機なんだよな。
「第一分艦隊が前に出ます!」
フォークが叫ぶ。正面大スクリーンには艦隊の陣形概略図が映し出されている。本隊の左翼に展開していた第一分艦隊が直進して敵先頭の右翼正橫方向に進んでいる。
「艦隊司令部より命令、後退止め、全艦微速前進せよとの事です」
フォークが此方に向かって叫ぶ。彼は自分の立ち位置を理解したらしい。カヴァッリ少佐の内務班と我々の間の伝令の様な位置にいる。
「了解した。全艦に指示を送れ」
「はっ」
そうやって自分の居場所を作るんだ、フォーク。頑張れよ。
「少佐、敵が間抜けなら第一分艦隊に舳先を向けるだろうが、敵もそこまで馬鹿の集まりというわけではあるまいし…敵の先頭集団はどれくらいの数だ?」
「はっ、敵の先頭は…概算で千から千五百ぐらいではないかと思われます」
司令の質問に答えている間にも状況が変わっていく。第一分艦隊は横隊に展開しつつ右回頭して、敵の蛇の様になった陣形の右方向から攻撃を始めた。
「あのまま攻撃が成功すれば、頭と胴体を切断する事が出来るな。少佐、艦隊司令部はこの後どうすると思うかね?」
准将は右手で顎を撫でながら大スクリーンを注視している。
「切り離された先頭集団がそのまま此方に向かってくると厄介ですが、後退から前進に切り替えたとすると…敵艦隊の練度が余りにも低そうなのでこの辺りで足止めを図るのではないかと」
「だろうな。では次は我々の出番かな?」
「先に本隊が前進して切り離した敵の先頭に攻撃を開始するのではないか、と推測します。同時に第一分艦隊を後退させて、本隊に合流させるのではないかと」
「では我々の出番は当分無いな。分艦隊全艦に通達、即時待機とせよ」
「了解いたしました…全艦即時待機とせよ!」
命令を出してしばらくすると、食堂当番兵がワゴンテーブルを第一艦橋に運んできた。第一だけではなく、第二、第三艦橋にも同じ様にワゴンテーブルが運び込まれている。ワゴンの卓上にはサンドイッチの山盛りとピクルス…飲物はコーヒーのポットが置かれていた。当番兵が人数分のカップにコーヒーを注ぎ始める。
「気が利くな。ありがとう」
「調理員長からの指示でお持ちしました。戦闘配食(レーション)じゃ皆やる気も出ないだろうと」
にっこり笑って当番兵が下がっていく。中々可愛い子だったな、エリカは今頃どうしているやら…。






8月20日08:30 ダゴン星域中心部、銀河帝国軍、第四〇一任務艦隊 旗艦ノイエンドルフ
ファーレンハイト

 「先頭集団二時方向に敵艦隊、高速で接近!高熱源多数!」
「我が方も攻撃開始だ!撃て!」
オペレーターの報告にヒルデスハイム伯が反応する。
敵の意図は明らかだ、艦列の伸びきった我が方の艦隊の頭を切り離そうとしている。先頭集団は右に回頭しつつ横陣形に、中央部も敵方向に回頭、後部は三時方向に大きくスライドして横陣形を完成させた後、前進して敵小集団の後輩に回り込む…と行きたい所だが、敵小集団の後方に位置する敵本隊の存在が厄介だ。先頭集団は分断された体でそのまま前進して敵本隊と対峙した方がいいだろう。先頭集団が敵本隊を足止めしている間に、中央部と後部は包囲に専念出来る…。
「敵は少数ではないか。全艦で包囲殲滅せよ!」
…何だって!?そんな事したら…
「閣下、それはいけません、先頭はそのまま進ませるべきです」
「なんだと?」
「全艦で包囲してしまいますと、敵の本隊が急進して味方の先頭集団および中央の後背を衝く恐れがあります。先頭集団は包囲の輪に加えずにそのまま進ませた方がよいかと愚考する次第であります」
「もうよい」
「は…?」
「もうよいと申したのだ!卿の指図は受けぬ。参謀の役目を解く」
「何ですと」
「何度言わせるのだ、参謀の任を解くと申したのだ…全艦で包囲だ、敵の小集団を包囲せよ!」
「…下艦許可を頂きたく存じます。此処にいても閣下のお心を煩わせるだけでしょうから」
「…好きにしろ。連絡艇を使ってよいぞ」
「ありがとうございます」
…任務を解かれたんじゃ仕方ない、が…後味悪いぜ全く…。





 

 

第三十七話 ダゴン星域の迎撃戦(後)

宇宙暦791年8月21日09:00 ダゴン星域中心部、自由惑星同盟軍、EFSF第二分艦隊 旗艦ベイリン
ヤマト・ウィンチェスター

 敵艦隊の行動は稚拙だった。切り離されそうとしている先頭集団までが、こちらの第一分艦隊の包囲に加わろうとしている。
「敵先頭集団、回頭しつつあります」
フォークが叫ぶ。叫ばなくともスクリーンに映し出されてはいるのだが、叫ばずにはいられないのだろう。
彼にとってはある意味この場に居るのも不本意なのかもしれない。
「奴等、馬鹿か」
シェルビー准将が呆れた様な声を出した。
「本隊が急速前進します!」
なるほど、回頭した敵先頭集団の背中を叩こうという事か。第一分艦隊は…包囲を避けようとして後退を始めたな…あのまま本隊に合流出来れば、帝国艦隊は怒り心頭だろうな。となるとうちらの役目は…。
「司令、出番が近づきつつあるようです」
「そうだな。本隊の右翼に前進して攻撃に加わるか…いや、拙いな。そのつもりならとっくに前進命令が出ていてもおかしくはない。それに我が方もこのまま攻撃を続行出来る訳ではない…」
「司令、三時方向の小惑星帯に紛れてみてはどうでしょう。今ならそれほど注意を引かずに移動できますが。本隊とは距離が離れてしまいますが、本隊の後退に乗じて、敵の側面なり後背なりに一撃を食らわせて、遊撃隊として敵の足止めを図れると思うのですが」
「ほう。それなら敵は本隊を追うか、我々に対するか判断に迷うな」
「危なくなったら本当に小惑星帯に紛れて逃げ…転進すればいいのですから」
「了解した、艦隊司令部へ意見具申だ」
俺が目配せすると、フォークとウェッブ大尉が動き出した。ウェッブ大尉の走り書きのメモをフォークがカヴァッリ少佐に手渡す。カヴァッリ大尉がそれを暗号電文に変えて艦隊司令部に送信する。数分すると、正面大スクリーンにピアーズ司令官の顔が映し出された。

”意図は了解した。だが、本隊からの支援が受けられなくなるぞ?貴官の能力を疑う訳ではないが…やれるか?“

「最悪の場合はそのまま小惑星帯に紛れて逃げますので大事ありません。敵がヘタクソなのが救いです、引っかき回してやりましょう」

“はは、そうだな。だが、無理はするなよ。健闘を祈る”

大スクリーンからピアーズ司令官の姿が消えると同時に、シェルビー司令が大きく手を鳴らす。さて、いよいよか。
「命令、全艦、三時方向の小惑星帯に移動、敵艦隊をやり過ごす。小惑星帯に紛れ混んだ後は即時待機だ」
「はっ!…全艦、三時方向に右九十度回頭後、小惑星帯に移動せよ!」
…本当に敵が烏合の衆で助かったぜ…。






帝国暦482年8月22日06:00 イゼルローン回廊、銀河帝国軍、イゼルローン要塞
クライスト

 ええい、朝から何だと言うのだ!今日は休日日課だというのに!
「何かあったのか」

“お休みの所を申し訳ありません、第五一七任務艦隊および第五一九、五二〇任務艦隊が回廊内に入りました。入港許可を求めています”

第五一七…五一九…五二〇…確か、フレーゲル男爵、シャイド男爵とシュッツラー子爵の艦隊だったな。まさか…ヒルデスハイム伯爵が呼んだのか?それとも勝手に来たのか?…どちらも有り得るから始末に負えん…。

“如何なさいますか…?”

「入港させん訳にもいくまい。艦隊規模の小さな方から入港させろ」

“了解致しました”


 こんな時でもヴァルテンベルグはのうのうと寝ておるのだろうな…仕方ない、起こしてやるとするか…。

“卿に俺を起こす習慣があったか?”

「やはりまだ報せは行っておらなんだか。第五一七、五一九、五二〇任務艦隊がイゼルローン回廊に入ったぞ。これから入港だ」

“…要塞司令官の卿はともかく、俺には関係ないだろう?”

「そうもいくまい。大貴族の機嫌を損ねると後が面倒だぞ…一応報せたからな、後で聞いておらんとか言うなよ」
…くそっ!勝手にTV電話(ヴィジフォン)を切るな!こっちは宿主だぞ!人の好意を迷惑そうに…どら息子どもめ!…しかし、ヴァルテンベルグはともかく、軍三長官の何れからも連絡は無かった…理由を訊ねるべきか否か…まったく何て朝だ!




宇宙暦791年8月26日08:00 ダゴン星域外縁部(同盟側)、自由惑星同盟軍、
EFSF第二分艦隊旗艦ベイリン ヤマト・ウィンチェスター

 敵に妙な知恵をつけてしまったようだ。
本隊と第一分艦隊に呼応して、三度ばかり敵艦隊の側面を叩いた。敵先頭集団を半包囲して痛撃を与えたのち、本隊集団が後退。追いすがる敵艦隊の左側面を、俺の所属する第二分艦隊が小惑星帯から飛び出して攻撃。こちらの本隊集団と第二分艦隊、そのどちらを追うか右往左往している敵を尻目に更に本隊集団は後退。第二分艦隊も小惑星帯に急速後退。これを繰り返していたら敵艦隊はこちらを追うのを止めてしまった。
こうなってしまうと小惑星帯に隠れていても仕方ないので、第二分艦隊も本隊集団に再度合流した。今はダゴン星域外縁部で敵艦隊と対峙している。概算で三千隻程の損害を与えたのではないかと思う。だけど、こちらも千隻近い被害が出ている。布陣自体は有利に戦えているものの敵が出鱈目に撃って来るので、狙点が被って敵主砲の集中射を浴びる艦が意外に多かった事と、これまた敵艦の強引な突撃に巻き込まれて誘爆する艦が多かった為だ。それに流石に三度目の攻撃の時には敵も多少統制の取れた動きを見せていた。
「素人同然とはいえ、数が多いからな」
シェルビー司令も驚いていた。
「烏合の衆とはもう言えませんね、敵に戦度胸をつけてしまった様です」
「その様だな。敵を鍛えてしまった、という訳だ。しかし…まったく動かないのも妙だな」
「もしや、増援を呼んだのでは」
「…有り得るな。少佐、もしそうならどの程度の増援を呼んだと思うかね」
動きは素人臭くて、アニメ通りなら明らかに貴族の艦隊だ。しかし規模は一万隻…よほどの大貴族には違いない。大貴族ならブラウンシュヴァイク一門かリッテンハイム一門の誰かだろう。そうなら軍に働きかけるのは容易だろう。だが門閥貴族としてはあまり軍に借りを作りたくはない筈だ。となると呼ぶのは貴族の艦隊か…?
だが軍としてもまったく助けない訳にもいかないだろうから、申し訳が立つ程度には正規軍の艦隊も出てくるだろう…これは厄介だぞ…。
「少なく見積もって一万隻程度の増援があるのではないかと」
「一万隻だと?帝国の正規艦隊クラスではないか」
「対峙している敵艦隊はおそらく貴族の艦隊です。貴族は原則論が当てはまりませんし、帝国の正規軍も貴族だけには任せきりにはしないでしょう。最悪貴族の艦隊と正規艦隊が別々に現れる可能性があります」
「そういう事か…しかし君は帝国の内情に詳しそうだな」
「いえ、そんな事は…」
「カイザーリング氏を降した時もそうだった…まあいい、我々にも増援が来る。君の推察が正しければ、それまで現状維持だろうな」
「ですね」





8月27日12:00 ダゴン星域外縁部(同盟側)、銀河帝国軍、第四〇一任務艦隊 旗艦ノイエンドルフ
ヒルデスハイム

 おのれファーレンハイトめ…私を補佐する役目を捨てて逃げおって…本当に解任する筈がないではないか!!……まあいい、呼びたくはなかったが、増援が来ればこちらは我々を含めて二万隻を越えるのだ。さすればダゴンを抜き、叛徒共に懲罰を与え、意気揚々と凱旋出来るというものだ。帝国を担うのは軍人共ではなく我等門閥貴族の役目という事を知らしめねばならぬ。それを思えば数日の我慢などどうという事はない…。
「ティアマト方向より味方と思われる艦隊が現れました!約…二万隻を越えます!」
おお、来たか!…だが数が多いな…フレーゲルが八千、シャイドとシュッツラーがそれぞれ五千ほどだった筈だが…。
「オペレーター、正確な数が分かり次第知らせろ」
「了解致しました!………二万四千隻です」
誰かは判らぬが有難い事だ。
「フレーゲル、シャイド、シュッツラーが来ているのは判っている。オペレーター、残りは誰か判るか?」
「はっ……識別反応は…ネルトリンゲン、第二十任務艦隊…メルカッツ艦隊です!」
メルカッツだと?なぜ奴が来ているのだ?
「メルカッツ提督より映像通信が入っております、正面スクリーンに回します」

“ご機嫌麗しゅう存じます、ヒルデスハイム伯爵”

「久方ぶりだな、メルカッツ提督。卿を呼んだ覚えはないが」

“小官の任務はイゼルローン回廊の警戒任務でございます。この場に小官が居るのは至極当たり前ではないかと愚考致しますが…”

「そ、そうであったな。だが私が呼んだのはフレーゲル男爵、シャイド男爵、シュッツラー子爵の艦隊なのだが。それにイゼルローン回廊の警戒というのなら、ここは叛徒共の領域だ、卿が居るのはおかしいではないか」

“おかしくはありません。軍務省から出撃の許可は得ておられますか?皆様方の出撃は統帥本部のあずかり知る所ではありません。出兵計画にない私的な出撃は慎んで貰わねばなりません。小官の任務には私的に出撃した艦隊の召還、制止の任も含まれております”

「許可を得ていないのは謝らねばなるまいな、されどこのまま退く訳にもいかんだろう、叛徒共にやられっぱなしではな」

“その辺りの事情は小官も存じております。軍務尚書および統帥本部総長、ならびにブラウンシュヴァイク公の親書と宇宙艦隊司令長官からの命令も頂いております。”

「…どのような命令だ?」

“読み上げます…『宇宙艦隊司令長官代理としてヒルデスハイム中将、フレーゲル少将、シャイド少将、シュッツラー准将を統帥せよ。共和主義者を僭称する叛徒共に神聖不可侵なる銀河帝国皇帝、フリードリヒ四世の名を以て懲罰を与えよ。宛、銀河帝国軍少将、ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ殿。発、宇宙艦隊司令長官、帝国軍元帥、グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー』以上です”

「…了解した」

“まもなくそちらに合流出来ると思いますので、合流後直ちに艦隊の再編を行います。では”

地味な初老の男の敬礼と共に映像通信は切れた。我々がメルカッツの指揮下で動くだと?そんなバカな話があるか!
「フレーゲル艦隊より映像通信が入っております。正面スクリーンに…」
「自室で受ける!」

“息災でなりよりです、ヒルデスハイム伯”

「…迷惑をかけた様で済まぬ事をした…この通りだ」

“顔をお上げください、伯。伯父上も一時はお怒りでしたが、この威容です、勝利は間違いありません。お喜びになるでしょう”

「しかし、わざわざ皇帝陛下の名を出さずとも…なんと畏れ多い事か」

“我々に面子がある様に、軍にも体面があるのですよ。メルカッツの指揮?そんなもの、いい返事さえしておれば宜しいのです”

「…豪気だな、卿は」

“なんと弱気な、伯らしくもない。たかが辺境守備の一少将と、我等四人と、どちらが重きを成すか自明の理ではありませんか。勝てばよいのです、勝てば。共に戦える事を嬉しく思いますよ、では後ほど”

…確かに、勝てばよいのだ!我等と援軍を合わせれば三万一千隻、これ程の大軍なら負ける方がおかしい!
公には迷惑をかけてしまったが、勝てば全てが報われよう!
 

 

第三十八話 戦いの合間に

宇宙暦791年8月27日16:00 ダゴン星域外縁部(エルゴン星域方向)、自由惑星同盟軍、
EFSF第ニ分艦隊 旗艦ベイリン ヤマト・ウィンチェスター

 三万隻越えはちょっと予想外過ぎたな…。
「司令、申し訳ありません」
「なあに、謝る事じゃない。来てしまったものは仕方ないし、それは貴官のせいではないからな。さて、艦隊司令部はどうするつもりかな」
ここまで彼我戦力に差があるのでは、まともな戦争にならない。だけど、そろそろこちらの増援も到着するはずだし…。二個艦隊、二万六千隻。こちらと合わせて二万九千隻、互角といえば互角だ。腕組みしながら陣形概略図を見ていると、フォークが寄ってきた。
「艦隊司令部より映像通信が入っています。大スクリーンか、それとも…」
シェルビー司令にも聴こえていたようだ、司令は艦橋正面を指差した。正面にピアーズ司令官の顔とマクガードゥル准将の顔が映る。

“とんでもない事になったな”

「まさか、このような大規模な増援があるとは…」

“そこでだ、君の所にドッジ中将の秘蔵っ子が居ただろう?”

「ドッジ中将…ああ、居ますが、何か」

“なんでもアッシュビーの再来とか言われているそうじゃないか。マクガードゥル准将とも話したんだが、敵の動きが無い内に、少し意見が聞きたくてね”

「了解致しました。おい、少佐」


 なんだなんだ、俺に聞いても知らんがな!
「はい、何でしょうか」
「何でしょうか、ではない。聞こえていただろう?司令官が貴官の意見が聞きたいそうだ」

“君は帝国の内情に詳しいと聞いている。概略図を見ても敵艦隊の規模がバラバラだ。当初居た艦隊の残存が約七千、それに合流したのが八千、五千、五千、六千隻だ。これまでの例だと大抵大規模な増援というのは正規艦隊規模で来援しているのだ。二個艦隊来たのかと考えたが数が合わない。じゃあ一つの艦隊で分艦隊ごとにまとまっているのか、と考えてみたが、どうも動きがチグハグだ。最後尾の六千隻だけはよくまとまった動きを見せているが、他の三個の集団はどうも動きがこう、手慣れていない印象を受ける。最初の敵もそうだったが、練度が低く見えるのだ。どうだろう?何か判るかね?”

うーん…。何かないかなあ…あ、そうだ。
「…それぞれの集団の旗艦らしき艦は識別出来ますか?」

“旗艦?情報部発表のフェザーン経由の情報か、過去の戦闘記録で分かる物しかないが…当たらせよう”

「お願い致します」
こちらの艦橋でもカヴァッリ少佐が忙しくコンソールをいじり出した。傍らに立っていたウェッブ大尉がメモを持ってこちらに駆け寄って来る。

“うーん、全ては判らんな、だが最後尾の集団は判明した。ネルトリンゲンだ。ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ少将の座乗艦ということだ”

「こちらでも同様の情報でした。メルカッツ提督か…」
メルカッツ提督とはなんとまあ…。少将で六千隻?正規軍なのに?艦隊規模は信頼の証だろうが、階級が伴ってないと思うけど…まあ帝国軍の艦隊編成なんて正規艦隊以外はよく判らんからなあ、そこは置くとしても、人物が厄介だ。堅実で外連味のない用兵…他の三つは判らない、ということは前線に出てきた事のない艦隊…編成中の艦隊…流石にこんな所までは連れてこないだろう、ということは…貴族か!?

“メルカッツ提督の名前は我々も知っている。帝国版ビュコック提督、と言った所かな”

「はい、その通りだと思います。あと三つの集団は…多分大貴族の艦隊かと思われます」

“大貴族だと?貴官は最初の艦隊も大貴族の艦隊だと言っていたそうだな”

「はい。向こう側には帝国軍とは名ばかりの、貴族の私設艦隊が多数存在します。大貴族ともなると惑星単位、星系単位で自分の領地を持っていますので、自領の警備艦隊を持っている貴族が存在するのです。貴族艦隊の総艦艇数は十五万隻を越えるのではないでしょうか」

“…宇宙艦隊がもうワンセットあるというのか、帝国には”

「はい、まあそれはさておき、最初に来冦した艦隊も情報はありませんでした、何故か。…多分、正規の出兵計画ではないからではないでしょうか?だからフェザーン高等弁務官府経由でも情報はもたらされなかった。一万隻という戦力は哨戒や威力偵察には充分過ぎる数ですが、侵攻戦力としては少なすぎます。帝国軍だって、一応まともな軍人の集まりでしょうから、一万隻で同盟領侵攻、なんて中途半端な計画は立てないでしょう」

“だが、先年のエル・ファシルの例もあるぞ。中途半端に攻め寄せてくることもあるだろう、そうじゃないか?”

「あれは遭遇戦が大規模戦闘になっただけで、当初の敵戦力も小さな物でした。増援も数千隻単位とは云え小さかった。結果としてエル・ファシル失陥に繋がったのであって、今回とは違います。あの戦いにも敵艦隊にはコルプト子爵という貴族の艦隊が居ました。増援として先ほど名前の挙がったメルカッツ提督も派遣されています」

“なるほど”

「はい。そして話を元に戻しますが、敵の増援の情報もなかった。いくらなんでも二万五千隻の増援を隠し通す事は出来ない。でも情報はない。やはり正規の出兵ではないからとしか考えられません」

“フェザーンの高等弁務官府とて、いつも出撃情報を得られる訳ではあるまい?”

「…過去に両軍が数個艦隊を動員して戦ってきた会戦規模の戦闘は、事前にフェザーンから情報がもたらされています。同盟が大ダメージを受けたら、通商の利益に影響が出ますからね。そしてフェザーンは一応帝国の自治領ですから、同盟に動きがあれば帝国にも通報するのです。過去に行われたイゼルローン要塞攻略戦が大会戦になったのはこれが理由です。そして帝国軍が大艦隊を動員してこちらに寄せて来た場合でも、こちらも対応可能な戦力を揃える事が出来るのも同じ理由です。今回の出撃の情報がフェザーンからもたらされていないとなると、フェザーンも知らなかったとしか思えません。小官の推論はおかしいでしょうか?」

“いや、おかしくはないが、何故大貴族の艦隊と分かるのだろうかと思ってな”

「情報がないからです。前線に出る必要の無い艦隊だから情報がない。編成中の艦隊かとも推測しましたが、普通に考えれば編成半ばの艦隊を前線に持ってくる馬鹿は居ません。こちらでも検索しましたが、得られるのはフェザーン経由で判明している物か、交戦記録のある敵の情報のみ。過去に交戦している貴族の艦隊の情報もありますが、今回の様な艦隊規模は稀です。基本的に大貴族は戦場に出る必要がありませんし戦争は軍人任せです、それでどの艦隊か判らないとなると…小官としては、敵は貴族艦隊としか思えません」

“ふむ。ではメルカッツ艦隊があの場に居るのは何故だと思う?”

「大貴族に好き勝手にやられては困る、からではないでしょうか?…帝国では大貴族の力は凄まじいものと聞きます、だから勝手に出撃することが可能なのでしょう。ですが帝国軍だって面子はある、自由気儘にやられては彼等の軍事戦略が破綻しかねません。しかし出撃してしまったものは仕方がない、メルカッツ艦隊はあの場に居る貴族艦隊の指揮統御の任を与えられているものと小官は推測します」

“いや、見事な推論だ。流石はドッジ中将の秘蔵っ子だ。…准将、別命あるまで現状維持だ”

「了解致しました」
…ふう、喉が乾いた。帝国通ねえ…確かに帝国通には違いない、だけど一から話さなきゃならんのは骨が折れる。敵が貴族か正規軍か、なんて本来気にする事じゃないんだ。よほど動きがチグハグに見えたんだろうな…擬態の可能性もあるけど、この戦力差だ、メルカッツ提督はそんなことしないだろう。知っている人が敵ってのも妙な気分だ…メルカッツ提督も大変だな。ミニ貴族連合軍じゃねえか。
「少佐、改めて分艦隊全艦に通達してくれたまえ。流石に何かやらかす馬鹿はいないだろうが…」
「はっ」



8月27日16:30 ダゴン星域、自由惑星同盟軍、EFSF第二分艦隊、旗艦ベイリン
パオラ・カヴァッリ

 相変わらずやってくれるわね、あの子。なんでも見通す、なんでも知っている…オットーの言う通りだわ。艦隊の動きやら編成を見ただけでよく判るわよねえ…あの子の頭の中、どうなってんのかしら?
「どうしたの、フォーク中尉。そんなに掻きむしると、髪の毛無くなっちゃうわよ」
「…ウィンチェスター少佐は、下士官の頃もあんな感じだったのですか?」
「気になる?」
「はい」
「そうねえ…あんな感じ、というより、全てが自然だったわ。下士官と言っても術科学校を出たばかりの人達って、なんか板についた感じでは無いのよ。年も若いしペーペー感満載なのよね。貴方もご存知のマイクやオットーにはそれが有ったわ。でも、彼にはそれが無かった。自然にこなしている感じだったわ。中尉、貴方も士官学校の頃、感じていたんじゃない?」
「自然にこなしている、ですか…観察する様なそんな余裕はありませんでしたよ、最初は蹴落とす存在としか見ていませんでしたから。ご存知でしょうが…当時の小官は、誰から見ても嫌な奴だったでしょうね」
「否定出来ないわね、悪いけど」
「…はは、否定出来ませんか…だが、そんな私を変えてくれたのはウィンチェスター先輩でした。いえ、マイク先輩やバルクマン先輩、アッテンボロー先輩やキャゼルヌ大佐…そしてヤン中佐」
「みたいね」
「ええ、皆さんのお陰で小官は、私は地に足をつけることが出来た。とても有難い事です。先輩方に出会う事が無かったら、出世しか頭にない誇大妄想症の私が出来上がっていたかも知れません」
「そんな事は…」
「無い、とは言い切れません…確かに今でもヤン中佐に追い付け、ウィンチェスター少佐を追い越せ、という点では変わりはありません。ですが、彼等を手本として正々堂々と二人を追い抜き、皆に尊敬され、敬愛される統合作戦本部長を目指したいと今では思っています」
「なれるわよ、きっと。越える壁は大きければ大きい程いいわ。今は無理でも、ね」
「はい……何故こんな事を話してしまったのか…内緒にしておいて下さいよ」
はいはい、また頭を掻きむしって…ホントに髪の毛無くなっちゃうわよ。 

 

第三十九話 エルゴン星域会戦(前)

宇宙暦791年8月30日09:00 エルゴン星域中心部、自由惑星同盟軍、第五艦隊
旗艦リオ・グランデ アレクサンドル・ビュコック

 「…了解しました」
「よろしいのですか、閣下」
「いいのじゃ。それにあちらの方が中将としては先任じゃからの」
「ですが…」
「貴官もどんどん心配性になっていくのバルクマン。敵にしろ味方にしろ、お手並み拝見と行こうか。参謀長…全艦に命令、戦闘準備、即時待機とせよ」
モンシャルマン少将が声を張り上げている。いかんな、緊張しすぎじゃ。第五艦隊司令官としては儂も初陣、少将も艦隊参謀長としては初陣じゃ。緊張するのは仕方ないが、声が裏返りすぎじゃて…。


791年8月30日09:00 自由惑星同盟軍、第五艦隊 旗艦リオ・グランデ 
オットー・バルクマン

 ビュコック提督はああ仰るが、俺は全く納得がいかない。
EFSFにアスターテに移動してもらった為に前面の敵と対峙しているのはクレメンテ提督率いる第三艦隊と俺達第五艦隊だけだ。敵は三万隻を超え、我が方は二つの艦隊で二万六千隻。数的に不利なのだ。なのにクレメンテ提督は分進合撃を主張した。それぞれ別方向から接近して敵を挟撃しようというのだ。二個艦隊が緊密に連携せねばならないが、事前の作戦会議らしい物は無かった。ただそれぞれ進みましょう、という印象だ。
敵は三万を超えるのだ、艦隊を一万と二万に分けて戦っても互角以上の戦いが出来る。一万隻でこちらの艦隊のどちらかを足止めし、残り二万隻でどちらかを叩く。こちらの艦隊はそれぞれ一万三千隻だから、一万隻対一万三千隻、二万隻対一万三千隻。EFSFが此処にいればまた話は違ってきたかもしれないが、敵がアスターテ方面に向かわないよう、彼らには敢えてそちらに転進してもらったからだ。それも、
『餌は美味しそうな方がいいでしょう』
とのEFSFピアーズ司令官の一言で決まった。確かにそれはそうかも知れないが、戦うこちらの身にもなってくれ、と言いたい。EFSFは残存艦艇約三千隻で紡錘陣形を形成すると、一歩も引かぬ姿勢を見せながら退く、という奇妙な行動を取ってアスターテ方向に消えていった。死兵とでも思ったのか、それとも残敵として取るに足らない存在と思われたのか、どちらにせよ帝国艦隊はEFSFを追う事なくこちらに向かってきた。それに、その『美味しい餌』に気付いてもらう為と、純粋にEFSFを勇気付ける為もあって、我々は平文で頻繁にEFSFに向けて通信を送ったから、敵艦隊がこちらの存在に気付いているのは明白だった。
『敵は大規模な増援を繰り出したのだから、手ぶらで帰る訳にはいかないはずだ。警備艦隊などに目もくれずこちらに向かってくるだろう』
というクレメンテ提督の予想(というより希望的観測)が当たった訳だが、それなら尚更勝率の高い戦法を摂ってもらいたいものだ…。まあ俺も万を超える艦隊戦なんて初めてだから、どれが勝率が高い戦法か、なんて判りゃしないのだが…。パオラとヤマトは元気かなあ…あ、フォークもいたな…。





帝国暦482年8月30日10:00 エルゴン星域、銀河帝国軍、第二十任務艦隊、旗艦ネルトリンゲン
ベルンハルト・フォン・シュナイダー

 メルカッツ閣下の表情は沈鬱そうだ。これ程の大艦隊を率いる機会が与えられるなんて、とても名誉な事だと私などは思うのだが…
「シュナイダー中尉、麾下の艦隊が正規軍なら本当に名誉な事だが、貴族のドラ息子どもを率いるとなると、話は変わってくるのさ」
私に話しかけてきたのはアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中佐だ。ヒルデスハイム伯を補佐していたのだが、突如解任されたので、本人も伯を見限って艦を降りてイゼルローン要塞に戻ってきたところを閣下が参謀に、とこの艦に乗艦させたのだ。
解任されたからといって補佐する上司を放って下艦するなんて、とんでもない事をする人だな、と思うのだが中佐本人は全く気にしていないようだった。
「あいつらは普段命令する側にいるから、命令される事には慣れていないんだ。今回来ている奴等は特にそうだ」
ヒルデスハイム伯、フレーゲル男爵、シャイド男爵、シュッツラー子爵…確かにそうかも知れない。彼等はブラウンシュヴァイク一門の中でも重きをなす人達だと耳にしたことがある。
「メルカッツ提督も損な役回りさ。正規軍人なら提督より上位の人間であってもあの命令に服すだろうが、そんなものお構いなしな連中だからな。最初はともかく、そのうちてんでバラバラに動き出すだろうよ…それはともかく、提督には救われた、全力で提督を補佐する事を大神オーディンに誓うよ」
私の肩を軽く叩くと、中佐は閣下の傍に歩み寄って行った。そうなのだ、ファーレンハイト中佐は敵前逃亡か無許可離隊の罪で処罰される所だったのだ、という。
閣下の傍らから再び中佐が歩み寄って来た。
「作戦会議を行う様だ。今から伯達がこの艦にやって来る。会議室の準備を頼む」
「了解致しました」


8月30日11:00 銀河帝国軍、臨編メルカッツ艦隊、旗艦ネルトリンゲン
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ

 「皆に集まってもらったのは他でもない。今後の方針を決める為である。ファーレンハイト中佐、現況を説明せよ」
「はっ。自由惑星同盟を僭称する反乱軍の艦隊は、当星域の我々の反対側に布陣しております。二個艦隊、約二万六千隻の兵力です。位置関係から察するに、反乱軍は我に対し二方向から進み挟撃の体制を作り上げようとしております。それに対し我が軍は…」
「つらつらと説明する前に、何か申す事があるのではないか、中佐」
「フレーゲル少将」
「何でしょう、メルカッツ提督」
「発言と意見具申は現況説明の後でいいかね」
「提督はこのファーレンハイト中佐なる者がヒルデスハイム伯を見捨てて敵前逃亡した事を知りながら、参謀として麾下に加えられたのですか」
「フレーゲル少将、そのような事実はない」
「何と仰せられる、中佐はヒルデスハイム伯を補佐する役目を投げ出してイゼルローン要塞に逃げ帰ったのですぞ。それを、そのような事実はないと仰るのか」
「中佐を解任し、下艦を許可したのはヒルデスハイム中将だ。ノイエンドルフの航海記録にそう記されている。敵前逃亡でもないし無許可離隊でもないが…」
「…フン、まあ、それならそれでいいでしょう」
「…説明を続けたまえ、中佐」
「はっ。…それに対し我が軍は、艦隊を二つに編成して対処します。我が艦隊の二時方向に位置するであろう反乱軍の艦隊、フロッテAに対しヒルデスハイム中将を先任指揮官とする艦隊、十時方向に位置するであろう反乱軍艦隊、フロッテBに対しメルカッツ提督を先任指揮官とする艦隊に分離します。これよりそれぞれの集団をヒルデスハイム艦隊、メルカッツ艦隊と呼称します。
フレーゲル少将とシャイド少将はヒルデスハイム中将の指揮下へ、シュッツラー准将はメルカッツ提督の指揮下へ入ってもらいます。全体の指揮はメルカッツ提督が執られます…何か質問はございますか」
「よろしいか」
「どうぞ、フレーゲル少将」
「全体の指揮はメルカッツ提督だが、ヒルデスハイム艦隊は自由に動いてもよい、そう解釈してもよいのかな?」
「…メルカッツ提督の命令の範囲内であれば、ヒルデスハイム艦隊の裁量で行動してもらって構いません…よろしかったでしょうか、提督」
「構わんよ」
「了解した、ヒルデスハイム伯、叛徒共に懲罰を与えてやりましょう」
「ああ、大神オーディンもご照覧あれ、だな」
「…ご苦労だった、中佐。他に意見が無ければ解散とする。皆の健闘を期待する。乾杯!!(プロージット)
……こんな戦いに意味があるのだろうか。反乱軍との戦いはもう百五十年近くも続いている。今では当初の目的も忘れられ、前線はただ武勲を求める場と化している…。
「どうかなさいましたか、閣下」
「シュナイダー中尉か。いや、何でもない…軍人は軍人たればよいのだ」
そう、軍人は軍人である事を考えておればいいのだ…
「提督、小官のせいでご迷惑をお掛けしてしまったようです。誠に申し訳ございません」
「いや中佐、卿が謝る必要はない。あってはならん事だが、乗艦したままであれば何をされたか分かったものではないからな。それに、ヒルデスハイム伯自身は少し反省しておる様だ。まあ、今だけかもしれんがな」




8月30日19:00 エルゴン星域、自由惑星同盟軍、第五艦隊、旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 やはり敵は艦隊を二分した様だ。第三艦隊には敵艦隊の内二万隻が向かいつつある。となると我が艦隊のとる道は…。
「閣下、敵が二つに分かれました。二万隻の集団と一万一千隻の集団です。通信傍受の結果、二万隻の艦隊はヒルデスハイム艦隊、もう片方の艦隊はメルカッツ艦隊と呼称されている事が判明致しました」
「了解した。それで参謀長、何か意見はあるかね」
「はい、現在動いているのはヒルデスハイム艦隊のみです。この艦隊が第三艦隊に向かうのを阻止せねば、兵力で劣る第三艦隊は敗れてしまいます。転進しヒルデスハイム艦隊の側面を衝きましょう」
「確かにメルカッツ艦隊は動きを見せておらんが、それは我が方の動きを見極める為だろう。第三艦隊に連絡して挟撃体制を取るのではなく後退しつつ一刻も早く合流するのだ。急げ」
なるほど、分進合撃を止める訳か。うまくいけば合流した正面でヒルデスハイム艦隊と対峙する事が出来るなあ。そうすれば優位に立つ事が出来る。だが、あの動かない艦隊は何を考えているのだろう。いや、まったく動かない訳ではない。後退を始めた我が艦隊との相対距離を等しく保ったままこちらに着いてくる。着いてくるだけで何もしようとしないのが不気味だ。こちらが合流に成功すれば、敵は前衛にヒルデスハイム艦隊、後衛にメルカッツ艦隊、という形になる。いつでも飛び出せるぞ、という事になるのか。五千隻の兵力差があるだけでこんな厄介な事になるとは…。




8月30日19:00 エルゴン星域、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ
ヒルデスハイム

「反乱軍艦隊、通信傍受により第三艦隊と判明。距離三百光秒」
にわかに二万隻の艦隊司令官になってしまったが、果たしてうまくいくだろうか…何を弱気な事を言っているのだヒルデスハイムよ!!
一度の失敗は一度の成功で取り戻せばよいのだ…しかし大艦隊の司令官というものは大変だな。私の艦隊だけではなく、フレーゲルやシャイドの面倒まで見ねばならん…言ってる傍からこれではな…まったく、何の用なのだ…。

“伯、いや艦隊司令官閣下とお呼びすればよろしいかな、ヒルデスハイム中将”

「何の用かな、フレーゲル少将」

“これは異な事を…まもなく叛徒どもの第三艦隊とやらを、こちらの有効射程圏内に捉える事が出来ますぞ。私とシャイド男爵とで突撃を敢行しようと思いますが、よろしいかな?”

いきなり突撃だと?馬鹿な、何を考えているのだ……そうか、ついこの間まで私も彼等と同じ様な事を言っていたな。ファーレンハイト中佐の言いたかった事が今更ながら身に染みる…。我々の様な者を補佐せねばならんとは、軍人達も骨が折れる事だな…。
「少将、よく敵の動きを見るのだ。敵は我々と距離を保とうとしたまま九時方向に移動している。不利を悟ってもう一つの艦隊と合流するつもりだろう」
…たった十日間とはいえ、只一度の戦闘経験が私の思考を明確にしている…。戦況を見るというのはこういう事なのか?軍人か…存外私に向いているかもしれんな…。

“それでは尚更、我等が優勢な内に眼前の敵を討たねばなりません!突撃の許可を!”

「ならん!メルカッツ提督の指示を仰ぐのだ、突撃はそれからでも遅くはない」

“臆したのですか?艦隊司令官閣下”

「何だと…?」

“臆したのかと申し上げているのです。帝国の藩塀としての気概は何処へ消え失せたのか”

「…申して良い事と悪い事があるぞ、フレーゲル少将」

“であれば尚更!ここで眼前の敵を討たねば卑怯者のそしりを受けましょう!メルカッツごときの助勢を受けねば叛徒どもに懲罰を与えられぬとなれば、帝国貴族の名折れです!閣下、何卒!”

「…卑怯者、帝国貴族の名折れか。そこまで言うのなら仕方あるまい、フレーゲル少将、シャイド少将と共に突撃せよ。よいか、シャイド少将と連絡を密にするのだぞ」

“おお、有り難き幸せ!シャイド男爵と共に敵陣に踊り込めば、叛徒どもの艦隊なぞ物の数ではありません!我等の手で必ず勝利を!帝国万歳!(ジークライヒ)

つい先日まで私もこういう醜態(さま)だったと云う事か…済まぬメルカッツ提督、更に詫びねばならぬ事になりそうだ…。
 

 

第四十話 エルゴン星域会戦(後)

帝国暦482年8月30日21:00 カプチェランカ、銀河帝国軍、カプチェランカβⅢ基地
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 幼年学校を卒業して最初の任地がこんな極寒の星とは…相当私も嫌われた様だ。まあ、キルヒアイスと離れ離れにならなかったのがせめてもの救いだな。
しかし、最前線とは云えこんな系外惑星の地表では武勲の立てようが無い。寵姫の弟は大人しくしていろ、という事だろう…。
ああ、苛立ちばかりが募ってしまう。こんな有様では姉上をあの男から救い出し、宇宙を手に入れるなど痴者の夢というものだ。
「星を見ておいでですか、ラインハルト様」
「ああ、星はいい。俺も早くあの星々の海に泳ぎ出したいものだ」
「星々の海といえば、我が帝国艦隊と反乱軍艦隊が戦闘を開始する様です」
「ふん、どうせ碌な戦いではあるまい」
「メルカッツ提督率いる三万一千隻と反乱軍の二個艦隊が交戦間近との事です」
「メルカッツだと」
「はい」
「メルカッツはまだ少将だったと思ったが…その彼が何故その様な大艦隊の指揮官なのだ?」
「士官クラブで耳にしましたが、かなり変則的な編成な様です。何でも貴族の尻ぬぐいとか何とか…」
「門閥貴族どもか。指揮官がたとえメルカッツであっても、靡下の艦隊が貴族共ではな。見るべき所は少ないだろう」
「ラインハルト様」
「…口は災いの元、とでも言うのだろう?」
「はい…士官クラブで概略図ではありますが戦況放送が行われる様です。ご覧になりますか」
「…いい暇つぶしにはなるだろう。行ってみよう、キルヒアイス」



宇宙暦8月30日22:00 エルゴン星域、自由惑星同盟軍、第五艦隊、旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 クレメンテ提督はビュコック提督の意図を了解してくれたが、ヒルデスハイム艦隊の前衛の二つの分艦隊が突撃してきた為、我々との合流を果たせなくなってしまった。
だがクレメンテ提督は老練だった。敵の分艦隊の連携があまり良くないのを見てとると、艦隊を急速後退させた。第三艦隊の二時方向から並進して突撃してきた敵の二つの分艦隊は第三艦隊の急速後退に追従しきれず、第三艦隊に向けて互いが急に変針して進撃を続行した為、艦列が重なり合い衝突して爆散する艦が多数出る、という有様だった。クレメンテ提督はそこを見逃さなかった。急速後退から逆撃に転じ、突撃してきた二個分艦隊に大打撃を与えたのだ。
「見事なもんじゃ。儂も是非とも見習わねばならんもんじゃて。参謀長、無理に合流せずともヒルデスハイム艦隊はクレメンテ提督に任せておいて良さそうじゃ。こちらもメルカッツ艦隊の動きを封じるとしよう」
「はっ。…全艦、九十度回頭、敵メルカッツ艦隊の前に展開する。艦隊速度、全速」
「閣下、よろしいでしょうか」
「何だね、バルクマン」
「クレメンテ提督は、どのようなお方なのでしょう」
「儂も詳しくは知らんが、一見粗野に見えるが、機を見るに敏、という表現が似合うお方じゃろうな。多分、この戦いが終われば、退役なさる筈じゃ」
「何故です?まだ退役なさる年齢では無いと思いましたが。小官などが言うのも失礼な話ですが、非凡な能力をお持ちの様です。まだまだ同盟軍には必要な方だと思いますが…」
「ロボス大将を好かんそうじゃ」
「それだけ、ですか!?」
「偉くなるとな、色々あるのじゃ。それに、そろそろ後進に道を譲る時期だと言うておられたな」
「後任はどなたが」
「ルフェーブル中将ではなかったかな」
「後進に譲る、ですか…」
「腑に落ちんかね?」
「戦争はハイスクールのスポーツ競技や部活動ではありません。上級生が卒業して、下級生の為に席を空けるのとは訳が違います。戦える能力のある方が戦わないのでは、勝てる戦いも勝てなくなってしまいます」
「少佐は、帝国との戦いに勝てると思っとるのかね」
「小官はそのために同盟軍に入隊しました。失礼ですが、閣下は同盟が帝国に勝てないと仰るのですか」
「…儂は同盟を護る為に入隊した。負けるとは思ってはおらんよ」
「失礼しました」
「考えは人それぞれじゃ。さあ、一仕事するかのう」



8月30日22:15 銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ

 敵ながらなんと見事な…見とれている場合ではない。
「味方の危機を救うぞ。全艦、味方の右に迂回しつつ敵の左側面を衝く!急げ」
「閣下、我が艦隊が敵の左側面を衝く間にフレーゲル少将、シャイド少将の両分艦隊に後退していただきましょう」
「そうだな、そう二人に指示してくれぬか」
「了解いたしました」
ファーレンハイト中佐が下艦した後、私を補佐してくれているのはシューマッハ少佐という男だ。才気走った事は言わないが、適格で得難い助言をしてくれるので何かと助かっている。この戦いが終わった後も私の幕僚として残って欲しいものだ…。



8月30日22:30 自由惑星同盟軍、第三艦隊、旗艦シバルバー
クレメンテ

 「敵の新手が十時方向より突入してきます!」
「近接戦闘に切り替える。母艦機能を持つ艦はスパルタニアン(単座戦闘艇)の準備を…」
「直撃来ます!……うう………閣下?…閣下!」
「だ、大丈夫だ…第五…艦隊に連絡を…指揮権を…委譲…」
「閣下!軍医を!」
「さ…参謀長…離艦用意だ…」


8月30日22:35 自由惑星同盟軍、第五艦隊、旗艦リオ・グランデ オットー・バルクマン

 これは…!
「…閣下、第三艦隊旗艦シバルバー、被弾多数、大破の模様。『我、指揮不可能』との事です」
「参謀長、全艦停止…艦隊陣形をU字陣形に再編。陣形完成後、向きはそのまま九時方向へ移動、第三艦隊の居る宙域に向かう」
「はっ!…全艦停止、U字陣形をとれ!再編後メルカッツ艦隊に正対したまま九時方向に移動!」
「バルクマン」
「はっ」
「第三艦隊の各分艦隊司令は誰じゃったかな」
急いで携帯端末(P D A)を開く…あったあった。
「ウランフ少将とコーネフ少将です。ウランフ少将が先任です」
「よし、参謀長、ウランフ少将に通信、残存艦艇をまとめ戦線を維持せよ、まもなくそちらへ行くと伝えてくれ」
「かしこまりました」
まさかシバルバーが大破とは…。戦闘にまさかは無いが、とんでもない事になったな。指揮不可能って、クレメンテ提督が戦死…?
「閣下」
「どうした」
「シバルバーより通信。…クレメンテ提督、戦死なされました」 
伝えるモンシャルマン参謀長の表情が硬い。
「一仕事どころでは無くなってしまったな。参謀長、泣くのは後じゃ」



8月30日22:50 銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ

 「閣下、敵旗艦と思われる大型戦艦の爆沈を確認致しました」
「敵旗艦を沈めただと?本当か!?」
「はい、反乱軍艦隊の通信がそう申しております。敵の動きの鈍さからすると、罠などではないと思われます」
なんという僥倖!勝てる、勝てるぞ!
「よくやった。反乱軍艦隊の様子はどうか?」
「攻勢を強めておりますが、徐々に後退しております。艦隊の再編成をするのではないかと。こちらもフレーゲル、シャイド分艦隊が後退に成功しました」
「よし、攻撃の手を緩めるな。フレーゲル、シャイドの二人には、再編成が済み次第我等の両翼につけと伝えてくれ」
「かしこまりました」
緒戦こそ失敗したが、艦隊戦というものも中々面白いではないか。やはり私には才能があるのかもしれん。あの二人も落ち着きを取り戻してくれるとありがたいが…。




8月30日23:00 銀河帝国軍、メルカッツ艦隊、旗艦ネルトリンゲン
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト

 敵艦隊の旗艦を沈めるとは…意外と言ってはあれだがヒルデスハイム伯も中々やるではないか。まあ、まぐれ当たりと云う事もあるかもしれんが…。軍人をやるのは簡単だが、軍人が皆軍事的才能がある訳ではない。特に指揮官としての資質はそうだ。優秀な参謀、優秀な艦長が艦隊を率いた途端に凡将、愚将という例は枚挙に暇がない。ヒルデスハイム伯はそうかもしれないし、そうではないかもしれない。どちらにせよ我々の領分に踏み込むのはこれ限りにしてほしいものだ…。
「中佐、あの第五艦隊の意図は何だと思うかね」
「あからさまにU字陣形をとったところを見ると…いつでもかかって来い、投網の準備はできているぞ…と言った所でしょうか。状況からすると、敵の第五艦隊は第三艦隊の援護に向かおうとしているなは明らかです。砲口はこちらを向いていますが、徐々に三時方向に移動しているのがその証拠です。半包囲体制を見せつけて、こちらの追撃の意図を挫こうとしているものと推察します」
「そうだな、私もそう思う。みすみす合流させる手はない、長距離砲で敵の左翼を攻撃する。突出は避けよと全艦に通達せよ」
「かしこまりました…シュッツラー准将より通信です、正面スクリーンに回します」

“提督!我々も急ぎヒルデスハイム伯爵に合流を!”

「合流はします。だが今ではありません。ヒルデスハイム艦隊が優勢に戦えているのも我等が敵第五艦隊の動きを牽制しているからです。それに今合流して攻撃に参加したら、武功を横取りするのか、と言われかねませんぞ。准将のお立場では、それはつたないのではありませんか?」

“それは…”

「このまま敵第五艦隊を牽制し、ヒルデスハイム艦隊が相手を撃破した後、我々とで敵第五艦隊を挟撃する。宜しいですね?」

“…了解した”



8月30日23:30 自由惑星同盟軍、第三艦隊、代理旗艦盤古(バン・グー)
ウランフ

 「コーネフ分艦隊より入電、『我レ、再編成完了。指示ヲ乞ウ』です」
「よし、よく堪えた、戦いはこれからだ!…チュン大佐、コーネフ分艦隊の兵力は?」
「敵艦隊の突入により分断された戦隊と合わせて…約四千隻程です」
「こちらが約六千隻…コーネフ少将に先程後退した敵二個分艦隊に突撃せよと伝えろ」
「突撃、ですか」
「そうだ。後退した敵はおそらくまだ再編成が終わっていない。終わっていればとっくに攻撃参加していてもおかしくはないからな」
「確かにそうですな」
「それに、敵は錬度が低そうだ。突入してきたヒルデスハイム艦隊はそうでも無さそうだが、後退した敵の最初の醜態(ざま)を見ただろう?機制を制すれば、混乱させられる」
「了解致しました」
「それと第五艦隊には再編成完了、反撃に移ると伝えろ。助勢願う、ともな」
「はっ」



8月31日00:15 カプチェランカ、銀河帝国軍、カプチェランカβⅢ基地
ジークフリード・キルヒアイス

 ラインハルト様は食い入る様にスクリーンを見ておられる。
概略図で現地とタイムラグがあるとは云え、初めての大規模会戦を御覧になられたのだから無理もないだろう。
「どうした、キルヒアイス」
「…いえ、味方が善戦しているなと思いまして」
「善戦だと?善戦なものか。大体、あの二個分艦隊の醜態はなんだ。変針が錯綜して敵に逆撃を喰らった上、再編成に手間取っている内に更に敵の先頭集団の突撃を許すとは…。救援に来たヒルデスハイム…伯爵の突入がまるで無駄になっているではないか」
「はい…ですがそのヒルデスハイム伯爵はかなりの勇戦ではありませんか」
「…それは素直に認めよう。だが、敵の第三艦隊の指揮を引き継いだ奴は、果断な指揮官の様だな」
「はい。あの状況では突入してきたヒルデスハイム艦隊を挟撃するのが常道だとは思いますが…」
「あの二個分艦隊の錬度の低さを見てとったのだろう…迷惑かけ通しだな、あの味方は。俺達が艦隊を率いる事になったら、ああいう様だけは晒したくないものだな」
「そうですね…我々はいつまで此処にいるのでしょうか」
ラインハルト様の言ではないが、早くこのような星とおさらばしたいものだ。此処はあの方から遠すぎる…。



8月31日00:15 エルゴン星域、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ
ヒルデスハイム

 くそ、このままでは敵中に孤立してしまう。まさかあの二人が更に後退するとは…一門の恥の上塗りではないか…。
「少佐、潮時のようだな。後方を遮断される前に撤退する。全艦、斉射だ!エネルギーの許す限り続けよ!」
「了解致しました…全艦、斉射しつつ後退!」



8月31日00:15 銀河帝国軍、メルカッツ艦隊、旗艦ネルトリンゲン
ベルンハルト・シュナイダー

 何という事だ…!突破を許した挙げ句、ヒルデスハイム艦隊を見捨てて逃げ出すとは…!
「中尉、あれが味方とは、情けない限りだな」
「全くです」
ファーレンハイト中佐の顔が険しい。フレーゲル、シャイド両男爵の失敗が最後まで尾を引いている。それにひきかえヒルデスハイム伯爵はよくやっている。敵旗艦を沈め、両男爵を救い、今も敵中にて戦っている。
「見方を変えねばならんな。伯が戻られたら、俺は改めて伯に詫びをいれるよ」
「差し出がましい様ですが、それが宜しいかと」
「二人とも、状況が変わるぞ」
「はっ、失礼しました…そうですね、ヒルデスハイム艦隊が後退を始めました」
「ヒルデスハイム伯を救う。斉射三連、その後疑似突出。シュッツラー分艦隊は伯の援護に向かわせる」
「了解致しました…全艦砲門開け、斉射三連、艦隊強速度で前進!…シュッツラー准将に連絡、直ちにヒルデスハイム艦隊の援護に迎えと伝達せよ!」




8月31日00:25 自由惑星同盟軍、第五艦隊、旗艦リオ・グランデ
オットー・バルクマン

 敵の前進速度が上がった!攻勢に転じるのか!…しかし…。
「敵の一部が転進します!」
あ…思わず叫んじまった…。
「その様じゃな。参謀長、眼前の残った艦隊はどうやら殿(しんがり)に立つ様じゃ。手強いぞ。こちらも斉射だ」
「は、はっ…全艦斉射!こちらの方が敵の倍だ!撃ち負けるな!」
「バルクマン、敵の意図が分かるかね」
「は、はい…撤退の準備ではないかと推測します」
「何故そう思う?」
「戦闘を継続するのであれば、敵は全軍でヒルデスハイム艦隊に合流しようとする筈です。しかしそれではこちらも第三艦隊に合流してしまう。お互いが合流した場合、優勢なのは此方です。旗艦が沈んだとは云え、現状では第三艦隊が優位に立っています…ヒルデスハイム艦隊の撤退を援護する為に艦隊の一部を分派、残った本体でこちらの足止め…第三艦隊も、敵に五千隻も増援が来てしまうと劣勢です、後退せざるを得ません。その間にヒルデスハイム艦隊は後退すると思います」
「そうじゃな。参謀長、では我々はどうすべきだと思うね?」
「は、はっ…こちらも一部を現宙域に残し、第三艦隊に合流…」
「却下じゃ…敵は…メルカッツ艦隊の本隊じゃろうが…こちらの半分の兵力で我々を足止めしようとしておる。おそらく精鋭じゃろう。同数を残したとて足止め出来るか分からん。敵が撤退するのなら、こちらも撤退じゃ。おそらく敵は追って来んじゃろうて」
「は、はっ。では第三艦隊にその様に伝達致します」
「宜しく頼む…多分敵の突出は擬態じゃろう、敵も無理はせん筈じゃ。注意を怠らん様にな」
良かった。しかし参謀長には気の毒な事をしてしまった…そう睨まないで下さい。




8月31日02:00 カプチェランカ、銀河帝国軍、カプチェランカβⅢ基地
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 敵も味方もいい引き際だな…前半はこちらが優勢、後半は互角かやや劣勢…。
「如何でしたか、ラインハルト様」
「…中々見ごたえはあったな。埒もない戦、というのが正直な感想ではあるがな。特に味方に関しては不満の残る戦いぶりだった」
「ラインハルト様」
「…また、口は災いのもと、と言いたいのだろう?キルヒアイス」
「はい。よくお分かりの様ですね」
「まったくお前という奴は…さあ、もう休むとしようか」
ああ、俺があの艦隊を率いていたなら…。
俺は必ず宇宙を手に入れる。そして皇帝を倒し、必ず姉上を救い出す…。



 
 

 
後書き
執筆中に間違えて公開になってました。
もし読んでいた方がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんでした。 

 

第四十一話 遭遇

宇宙暦791年9月15日12:00 イゼルローン前哨宙域、自由惑星同盟軍、EFSF第二分艦隊
戦艦アイオワ ヤマト・ウィンチェスター

 いやあ、暇だ、暇。哨戒というものがこんなに暇だとは…これで航海手当、危険手当が俸給に上乗せされるんだからな、おいしいよな。何で俺がこんな所にいるかって??そりゃあ…いつもの思いつきから始まったんだ…。
「イエイツ中佐、中佐はイゼルローン要塞見た事あります?」
「そういえば、ないなあ。ウィンチェスター、君は?」
「小官も見た事ないんですよ」
「お互い不思議だよな、最前線の警備艦隊所属なのに」
「そうですよねえ」
「行って来いよ」
「は?」
「こないだの戦闘で損害の大きかった本隊と第一分艦隊が再編成に入るから、ウチがメインで哨戒やるのは知ってるだろう?その哨戒隊に乗せて貰えよ」
「乗せて貰え、って…そんな簡単にいくんですか?第一、どういう資格で乗り込むんです?」
「資格って…君はこの分艦隊の作戦参謀だぞ?哨戒隊に乗り込むのに不都合なんかある訳ないじゃないか」
「中佐は行かないんですか?」
「行けないよ。ウチだって損害は出てるんだ。エル・ファシルに戻るまでに損傷艦の修理請求、補充艦艇、人員の手配、物資補充…の請求書類で忙しいんだよ」
「私だって忙しいですよ」
「私に比べたらまだマシさ。でも実際、警備艦隊の作戦参謀なのに哨区の実情を知らないのはまずいぞ。冗談抜きに行って見て来た方がいい」
「…分かりました」
「私からも司令には進言しておくから、書類の文言は自分で考えろよ。…一番早く出るのは…ダゴン・ツアー、隊ナンバーは第二〇一哨戒隊だな。間に合わせろよ」
…てな訳だ。アスターテを出発し、ダゴン、ティアマト、イゼルローン、そしてアルレスハイム、パランティア、再びアスターテに戻ってエル・ファシルに戻る…。1日おきに二隻、四隻の順番で出発する。当然逆コースもある。ダゴン回りはダゴン・ツアー、アルレスハイムから回る哨戒隊はアルレスハイム・ツアーと呼ばれている…。

 俺の乗艦したアイオワの艦長、ルイジ中佐は気さくな人だった。
「まさかこの艦に作戦参謀殿をお迎えする事になるとは思いませんでしたよ。会敵さえ無ければ何もありませんので、短い間ですがどうぞおくつろぎ下さい」
「そういう訳にはいきません、何か手伝う事があれば何でもおっしゃって下さい」
「ありがとうございます。では何かありましたら遠慮なく声をかけさせて頂きます」
…とは言われたものの、既にアスターテを出て八日…。何も無い。自室に籠りきりと云う訳にもいかないから、艦橋に上がっても…やはり何もする事がない。というか、何をしていいか思いつかない…。
「作戦参謀、ちょっと宜しいでしょうか。まもなくエル・ファシルの地上司令部よりF T L(超光速通信)が入る予定ですので」
「定時連絡…では無さそうですね」
「艦長、エル・ファシルよりF T L(超光速通信)が入っています。スクリーンへまわします」

“異常無いか、艦長”

「はっ、現在ティアマト星系外縁、まもなくイゼルローン前哨宙域に侵入します」

“了解した。ウィンチェスター中佐は居るかな?”

「はい、何でしょうか」

“息災な様だな。いきなりで悪いが、貴官を臨時の哨戒隊司令に任ずる”

「哨戒隊司令…でありますか?」

“ルイジ艦長が、あまりにも暇そうで可哀想です、と言うのでな。ちょっとした思いつきだ”

「は、はあ」

“復唱はどうした?”

「…ウィンチェスター中佐、これより第二〇一哨戒隊の指揮を執ります」

“宜しい。貴隊の愉快なる航海を願う。以上だ”

…なんだこりゃ!?
「作戦参謀殿があまりにも暇そうでしたのでね、乗員からアンケートをとったのですよ。満場一致でしたな、はは」
「満場一致と云われましても…二隻とは云え戦隊には違いありませんし、小官は指揮などしたことがありませんよ」
「民意です」
「民意?」
「この民主共和制の国において、民意は重要ですぞ?しかも満場一致とは中々有り得ない事です、いやめでたい、めでたい」
なんなんだ一体…命令とはいえ、暇だろうから隊司令をやれ、というのはひどくないか…。
「隊司令、何なりとご命令を」
「…では、現在位置を教えてくれますか」
なになに、ティアマト星系外縁、まもなくイゼルローン前哨宙域にさしかかる……ん?
「艦長、このカプチェランカという惑星は…」
「ああ、系外惑星のカプチェランカです。鉱物資源は豊富ですが、極寒な上に大気組成は人間の生存に適しません」
嫌な予感がする。カプチェランカだって?ちょうど今の時期は金髪赤毛コンビか双璧コンビがいる頃じゃないか?
「確か帝国軍の基地が存在するのでは?」
「ええ、存在します。ですが環境が環境ですので艦艇の造修施設がある訳ではないし、規模も小さいので最近は同盟軍も無視…ではないですが、重視はしていません。最近は…七月に惑星上で戦闘がありましたね」
「惑星上?白兵戦ですか?」
「そうですね。ご存知なかったですか?」
「知りませんでした。EFSF再編時に陸戦隊は混成一個大隊を除いて編制から除きましたから、惑星戦闘なんてとてもさせられません。それに陸戦隊を出動させたのは先日のヴァンフリートでの戦い以外はありません…どこの部隊がカプチェランカに行ったんだろう」
「てっきりウチの艦隊の陸戦隊かと思っておりました。不思議ですね」
ううむ、やっぱり小説で話を読むのと実際にその世界に住むのでは分からん事が多すぎる…。
「どうなさいますか?あの基地は大気圏外への攻撃手段は持っておりませんから、接近は可能です。寄りますか?」
…どちらのコンビに絡むのも面倒が多そうだし…。
「止めときましょう。必要があれば事前に指示があるでしょうから」
「了解致しました」
「電算機のデータで前哨宙域について調べましたが、小規模な星系や恒星がいくつかあるのですね」
「はい。回廊内にはアルテナ星系、同盟側回廊出口、前哨宙域ですな、アルテミュール星系があります。ああ、恒星レグニッツァもあるな」
うう、聞いたことのある固有名詞がポンポン出てくる…。
「アルレスハイム・ツアー…第二〇二哨戒隊からは何も言ってきておりませんから、向こうの方は特に異常がある訳では無さそうです」
「了解しました。前哨宙域に入ったら、通常どの様な体制を?」
「第一警戒序列で総員配置の即時待機か、戦闘配置です」
「分かりました。少し早いとは思いますが、第一警戒序列で進みましょう」
「了解しました」



9月18日14:00 イゼルローン前哨宙域、自由惑星同盟軍、第二〇一哨戒隊、戦艦アイオワ
ヤマト・ウィンチェスター

 「隊司令、先行の戦艦イロコイより入電。帝国軍と思われる小型艦艇を発見。おそらく駆逐艦。距離、至近」
ひえっ…。
「他に艦影はありますか?」
「…二隻。他に艦影はありません」
「敵はこちらに気づいていますか?」
「観測された熱源の大きさから、敵は我々と同針路をとっている模様。どうやら我々は敵センサーの死角にいる様です。敵がこちらに気付いている兆候はありません」
ふう…助かったぜ…。
「イロコイに連絡。まず当艦が降伏勧告をします。勧告後、敵が反転または増速を確認したなら機関部を破壊して下さい。イロコイは先頭艦を。後続する艦は当艦が攻撃します」
「了解しました……イロコイに伝達終了。撃破なさらないのですか?」
「出来れば捕虜にしたいので。では始めますよ、通信回線を開いて下さい……航行中の帝国軍艦艇に告ぐ。停戦せよ、然らざれば機関部を攻撃する」
「…何故わざわざ機関部を攻撃、と?」
「殺す意思がない事を伝えたいんですよ。それが分かれば敵も投降という選択も考えてくれるでしょうから」
「なるほど。隊司令はお優しいですな……敵、増速の模様、デコイの射出を確認…敵先頭艦、一時方向へ変針、敵後続艦、十時方向へ変針、尚増速中!」
「攻撃開始!イロコイへ連絡、命令変更、先頭艦を撃破せよ」
気持ちは分かるが…仕方ない。
「敵先頭艦の撃沈を確認。敵後続敵艦、機関部損傷の模様、停止しました!…敵後続艦より通信、降伏を受諾するとの事です」
「了解した。敵後続艦へ通信、指揮官は機密保全と現状維持に努めよ。守られない場合貴艦の安全は確保できない、と……艦長、白兵戦技に長けた者を三十名選抜してください。接舷して臨検します。臨検隊の指揮は小官が執ります」
「隊司令自らですか?危険です、おやめください」
「暇な士官は小官しかいませんからね。それに、帝国軍の生の情報に接する機会はそうありません、早くしないと降伏をよしとしない者たちが機密情報を消去してしまうかも知れない、急いで準備を」
「了解しました。敵艦への通信完了」
…可哀想だけど、消したら本当に吹き飛ばすだけだ……。さあ、装甲服を着なくちゃ…と。
ふと気づいたんだが、よく考えてみると、過去の戦闘で降伏させた帝国艦だってたくさんある筈なのに、そこから機密情報を得た形跡が全くない。原作の表記を見ても、捕虜の尋問か、亡命者づてか、フェザーン経由の情報しかない。なんと情報を大事にしない組織なのか…バグダッシュ辺りが嘆いてそうな気がするぞ。まあそれだけ帝国軍が真面目に機密情報を消してた、という事なんだが。カイザーリング艦隊を降伏させた時も各艦艇の電算機からは機密情報はさっぱり消されてたし。だから今回はいい機会なんだよな。来てよかったよ…。

 

9月18日14:45 自由惑星同盟軍、第二〇一哨戒隊、戦艦アイオワ
ヤマト・ウィンチェスター

 ”隊司令、聞こえますか”


「艦長、よく聞こえますよ。現在中央ハッチ前にて待機中。…敵艦に傍受されているかも知れません。これ以降はコールサインで会話しましょう」


”了解です。ではこちらはアイオワ・エースとします”


「こちらは…ジョンドゥーとでも冠しましょうか」


”なんて不吉な…了解です。ジョンドゥー、こちらアイオワ・エース、まもなく接舷”


「アイオワ・エース、こちらジョンドゥー。了解した」


”……接舷よし。ハッチ解放”


いよいよか。ちょっと偉ぶるとしようか……。艦長かな?腕を吊っている。着弾の衝撃で骨折でもしたのか…。
「負傷の為左手での敬礼を承知いただきたい…銀河帝国軍、イゼルローン要塞第二三七駆逐隊所属ハーメルンⅡ、艦長アデナウアー少佐です。小官はともかく、部下の命はお助けいただきたい」
「…自由惑星同盟軍、エル・ファシル警備艦隊所属第二〇一哨戒隊司令、ヤマト・ウィンチェスター中佐です。通信で指示した機密保全は為されておりますか。それを渡して頂ければ、艦長以下そちらの乗組員の身の安全は保障します」
機密を渡したら、もしこのまま放免しても帝国に戻れば極刑か農奴階級に落とされる位の処罰がある筈だ。残念だけど機密ごと同盟に来るしかない…しかし、ハーメルンⅡだって!?
…外伝に出てきた駆逐艦だ。まさか、あの二人が乗っているのか?

 

 

第四十二話 夢想

宇宙暦791年9月18日15:00 イゼルローン前哨宙域、自由惑星同盟軍、EFSF第二〇一哨戒隊
ヤマト・ウィンチェスター

 …まさか、あの二人が乗っているのか?
ははは…捕虜にしたら、銀英伝終了じゃないか…。
「…機密保全は完了しております。データバンクに移送中です」
「それはありがたい。皆さんの身の安全は保証します。乗員は何名ですか?」
「士官、下士官合わせ四十名です。リストはこちらです」
「ありがとうございます……艦長のお名前が載っておりませんが」
「ご容赦願いたい。私は責任を取らねばなりません」
「…はいそうですか、という訳にもいきません。艦長も我々とご同道してもらいます」
「…了解した」
あるぞ、名前がある。航海長ラインハルト・フォン・ミューゼル中尉、保安主任ジークフリード・キルヒアイス少尉…
「武装解除の作業に入らせてもらいます。不本意でしょうが、作業の協力者をこちらから指名させてもらいます…ミューゼル中尉、キルヒアイス少尉。いらっしゃいますか」




帝国暦482年9月18日15:00 イゼルローン回廊出口(同盟側)、銀河帝国軍、イゼルローン要塞第二三七駆逐隊、ハーメルンⅡ、ラインハルト・フォン・ミューゼル

 センサーの死角に同盟軍が居たとはな…。沈められなかっただけマシという事か。
姉上、申し訳ありません、どうやら姉上をお救いするのは叶わぬ様です。そしてキルヒアイス、俺が着いて来いと言ったばかりにこんな事になってしまって…本当に済まない。
「航海長、保安主任、なんとか君達だけでも脱出してくれないか。皇帝陛下の寵姫の係累が反乱軍に捉えられたとあっては事は重大すぎる。私が時間を稼ぐ」
「そういう訳には参りません。第一味方を置いて我々だけ逃げるなど、そんな卑怯な真似は出来ません」
「しかし」
“反乱軍艦艇、まもなく接舷します……接舷した!…ハッチ強制解放されます”
ハッチ解放と共に反乱軍の装甲兵が雪崩込んでくる…それはそうだ、敵艦に乗り込むのに完全武装は当たり前の話だ。
「とにかく、隙を探すんだ、いいな」

 「負傷の為左手での敬礼をご容赦願いたい…イゼルローン要塞第二三七駆逐隊ハーメルンⅡ、艦長のアデナウアー少佐です。小官はともかく、部下の命はお助けいただきたい」
最後に現れた同盟装甲兵のヘルメットの中が見える。遮光装置を切っているのだろう。
「…自由惑星同盟軍、エル・ファシル警備艦隊第二〇一哨戒隊司令、ヤマト・ウィンチェスター中佐です。通信で指示した機密保全は為されておりますか。それを渡していただければ、艦長以下あなた方の身の安全は保証します」
答礼と共にバイザーが上げられた。私が言うのも何だが、声も若いし見た目も若そうだ。だが真っ先に機密情報を要求するあたり、若さに反して抜け目は無さそうだ…。
「武装解除の作業に入らせてもらいます。不本意でしょうが、作業の協力者をこちらから指名させてもらいます…ミューゼル中尉、キルヒアイス少尉。いらっしゃいますか」
俺、だと?それにキルヒアイスも?



9月18日15:05 自由惑星同盟軍、EFSF第二〇一哨戒隊、ヤマト・ウィンチェスター

 ラインハルトだ…キルヒアイスも…。
ちょっとやだ、まじイケメン!…言葉が出ない。
小説を読み始めた当初は、この二人が大好きだった。小説、アニメと進む内に、感情移入の対象が同盟側に移っていった。対象がヤンや同盟側に移っただけで、今でもこの二人の事は大好きだ。読者としては同盟も帝国もない。
攻撃的で不遜な蒼氷色(アイス・ブルー)の瞳、豪奢な金髪……長身で燃える様な紅い髪…うんうん、この二人はこうでなくちゃなあ!
「ミューゼル中尉です」
「キルヒアイス少尉です」
「初めまして。自由惑星同盟軍、ヤマト・ウィンチェスター中佐です。中尉には機密情報および航路データの提出、その後の電算機の封印を、少尉には艦内の武装解除を手伝ってもらいます」
「了解しました」
「了解しました」
俺の合図と共に、キルヒアイスと装甲兵二十名が艦内の全部に向かって行く。こうやって別々にしておけば、何か考えていたとしてもお互い変な気は起こさないだろう。
「お若いですね。幼年学校を卒業したばかりですか」
「そうですね」
「データによると、貴方の姉は皇帝に仕えていますね…ああ、怒らないで下さいよ?…云わば寵姫の弟だ。そんな貴方、いや貴方達が何故こんな前線に?」
「…貴官には関係ないでしょう」
「周りに嫌われていますね、相当」
「……」
「それとも前線で武勲をお望みだったのかな。まあそれもあるでしょう。だが、戦死する事を願われている…思い当たる節はありませんか?」
「…航路データの移動、終了。あとは機密のみです」
「…ありがとうございます」



9月18日15:05 銀河帝国軍、イゼルローン要塞第二三七駆逐隊、ハーメルンⅡ
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 …こいつは何を知っている?帝国軍の人事情報が洩れているのか?…確かに戦死を望まれている節はたしかにある…それを知っている。そして貴方達はと言い直した。俺とキルヒアイスの関係を知っている言い方だ。
「…航路データの移動、終了。あとは機密のみです」
「…ありがとうございます」
物腰は低いが、油断ならない奴だ…だがそう心配する事はないだろう。俺達はもう帝国に戻る事は無いのだから…しかし、俺が同盟に囚われてしまったら姉上は…。
「姉上が心配ですか?もう帝国に戻れないと?」
「失礼ですが、黙っていては貰えませんか。敵の貴方に小官の素性を詮索されるいわれはない」
「そうですね」



9月18日15:10 自由惑星同盟軍、EFSF第二〇一哨戒隊
ヤマト・ウィンチェスター

 そりゃまあ、めっちゃ警戒するよな。赤の他人、しかも敵国の人間に自分の事を詮索されるんだから。でもなあ、言いたくなっちゃうんだよなあ。いちいち反応がアニメ通りなんだもん。
だけど、ラインハルト達を帝国に連れ帰ったら、銀英伝終わっちゃうな…。のちのラインハルトならまだしも、今は中尉で駆逐艦の航海長に過ぎない。どう逆算しても危険性を訴える事など出来ないな…変に騒ぐと情報部に睨まれそうだ…。
だけど連れて帰ったらどうなるんだろう。俺の知っている銀英伝は終わる。ラインハルトが同盟で栄達?
そんなバカな…。俺がこの物語を壊す?いや壊したくはない、でも…

“ジョンドゥー、ジョンドゥー。アイオワ・エース”

「アイオワ・エース、ジョンドゥー。どうしました?」

“ジョンドゥー、アイオワ・エース。先程撃破した艦が緊急電を発していた様です。イゼルローン回廊内に熱源反応。まだかなり遠いですが、まっすぐこちらに向かって来ます”

「アイオワ・エース、ジョンドゥー。時間的にはどれくらいの余裕が?」

“ジョンドゥー、アイオワ・エース。現在の敵の速度だと約三時間程です”

「ジョンドゥー了解」

「ミューゼル中尉、助かりましたね」
「え?」
「貴方方のお味方がこちらに向かっています。純粋に救援に来たか、死なせたら色々マズイ人間が乗り込んでいる事に誰かが気付いたか…どうです?同盟に来ませんか?亡命と言う形で。私は貴方達を色々と助ける事が出来る。これは本心です」
「…何を言っているんだ」
「…ジョンドゥー了解。あまり時間的猶予はありません、どうです?」
「断わる」
「そうですか。まあ、それでこそラインハルト中尉らしいというものです。あ、機密は渡して貰いますよ。もうデータは移し終わっている筈です、違いますか?」
「…ほら、持っていくといい。機密と言っても大した物は入っていないぞ」
「それはこちらで判断しますよ、ありがとうございます。では艦長の元へ戻りましょうか」

 「解放していただけるというのですか」
「機密情報はいただきました。これさえいただけたら、身の安全は保証すると言った筈です。まあ、個人的に帝国人の恨みはあまり買いたくはありませんし…今から皆さんには脱出ポッドに移って貰います。ポッド離脱確認後、ハーメルンⅡは撃沈させて貰います。そうすれば機密が洩れた事も分からない。如何です」
「…承知しました」
「さ、早く。我々も逃げねばなりませんので」



9月18日15:40 銀河帝国軍、ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「艦長、ハーメルンⅡ、破壊されました…残念です…。イゼルローン要塞までの航路計算終了、救難信号発信済みです」
「了解した…しかし変わった敵も居たものだな、航海長」
「はい。それと艦長、敵に渡した機密情報はダミーですのでご心配はいりません」
「…はは、命の恩人を騙したのか。まあこちらも乗艦を破壊されたのだ、あいこと言うべきだろうな」
変わった敵…俺らしいだと?
ヤマト・ウィンチェスター中佐…あいつは一体…。



9月18日19:40 イゼルローン前哨宙域、自由惑星同盟軍、EFSF第二〇一哨戒隊、戦艦アイオワ
ヤマト・ウィンチェスター

 「敵艦艇群、イゼルローン回廊に向かう模様」
「センサーの範囲外に出るまで警戒を怠らないように」
「了解しました…隊司令、帝国人にお知り合いでも?」
「何故です?」
「いえ、小官との通信がずっとオンになったままでしたから…ミューゼル中尉とやらと話し込んでおいでだった」
「ああ…ミューゼル中尉は皇帝の寵姫の弟なのですよ。情報部が公表している帝国軍の情報に、中尉の名前が有ったのを思い出しましてね、どういう人物か話して見たかったのです…でもまさか本人に会うとは思ってませんでしたが」
「重要人物なのですか?」
「公開されている所をみると、情報部は重要視していないと思います。ですが、我々からすれば普段絶対見る事の出来ない、銀河帝国の皇帝に近い人物である事には間違いありません」
「でも情報部はそうは思っていない…」
「年齢から見て、幼年学校を卒業したばかりです。階級も低いし、寵姫の弟だからといって軍内部で重要なポストに近い訳でもない。まあ、重要な人間であればこんな最前線にいる訳がありません」
「でも亡命を…と仰っていたじゃないですか」
「単なる思いつき、ですよ」
「思いつきですか」
「はい。重要人物ではないとはいえ、皇帝の寵姫の弟が亡命したら、どうなるのかな、と思いましてね。我々で言えば…最高評議会議長の身内がいきなり帝国に亡命する様な物ですから」
「それは…確かに大騒ぎになりますな」
「でしょ?帝国がどう反応するかで何か見えてくるのではないかと思ったのです」
「それに中佐の功績も大きな物となるでしょうな。あちらさんから見れば、我々は共和主義を僭称する不逞な叛徒共ですからな。それが皇帝の寵姫の弟を降したとなれば、あちらさんは怒り心頭でしょう。自由戦士勲章ものだ。ミラクル・ヤンを抜いて、隊司令が同盟最年少の大佐になる事でしょう。いやはや、惜しい事をしたもんだ、ははは」
「ああ、そこはどうでもいいんですけどね、はは」
覚悟が足りなかったんだ。この銀英伝の世界を終わらせる覚悟が。同盟人からは将来誹謗中傷の的になるかもしれないな…でも、俺は…。 

 

第四十三話 派閥

宇宙暦792年2月16日11:00 バーラト星系、ハイネセン、ラクーンシティ、ヒルバレー14番街
ヤマト・ウィンチェスター

 今日で二十二歳か…。軍に入って八年、って…もう八年も経ってたんだな。
EFSFが再編成に入る事になったので、久しぶりに実家に帰って来た。やっぱり実家は落ち着く。俺達がエル・ファシルに居ない間は第二艦隊がエル・ファシルに出張っている。いや、こういうローテーションは非常に有難い。EFSFは現在、全艦艇がハイネセンに移動し修理、点検、人員の移動と補充を行っている。再編成後は慣熟訓練か…。
「兄ちゃん、誕生日おめでとう!」
「ヤマト、誕生日おめでとう」
いや、久しぶりの家族の団欒…午後にはエリカがうちにやってくる。士官学校を出てからは実家に帰ってなかったから、うちの人間をエリカに会わせるのも初めてなんだよな。それに、妹が軍に入っていたのも驚きだった。高校卒業後に入隊、その後軍専科学校を出て、今は後方勤務本部に在籍しているらしい。エリカも後方勤務本部だけど、教えてくれてもいいのに…。まあ普通家族だったら知ってる事だろうしな…。
「二人ともありがとう。だけど、まさかマリーが軍に入るとはね。マリー・ウィンチェスター伍長か」
「そんな事より大変だったんだから」
「何が?」
「だって将官推薦者の妹よ?色んな人に兄ちゃんの事聞かれて大変だったんだから。中佐は、中佐は、って」
「それは…済まんな」
「後方勤務本部の女どもはみんな兄ちゃんの事狙ってるからね…まあ本人見たら幻滅するでしょうけど…でもよくキンスキー曹長と付き合う事が出来たわね。私は会った事ないけど、男共から大人気なのよ?」
「そうなんだ…」
「だからね、女性職員は兄ちゃんの味方、男共はキンスキー曹長の味方なのよ」
「でもそうなると、女性職員はエリカの事を嫌ってるのかい?」
「キンスキー曹長は愛嬌あって性格もいいって聞くし、女性陣の中でも嫌ってる人はいないみたいよ。曹長の事は嫌いじゃないけど隙あらば、って感じじゃない?今日来るんでしょ?早く会いたいなあ」
「お前、変な事言うなよ?…母さんごめんな、勝手に婚約までしちまってさ」
「あんたは昔から我が道を行くを地で行く子だったからね。いいとこのお嬢さんなんでしょ?私は大歓迎だけど、どこを気に入ってくれたのかしらね」
「そうそう。兄ちゃんのどこがいいんだろうね」
「…二人とも本当に余計な事言うなよ?もう」

 「初めまして、エリカ・キンスキーです。今日はお招きいただいてありがとうございます」
「こんなむさい所によくいらっしゃいました。さあ、どうぞどうぞ」
むさいって何だよ母さん…。
エリカはうちの家族と相性がよさそうだ。というか、母と妹の質問攻めにひたすら答えていただけだったけど…まあ、女三人揃うと何とやら…とは地球時代から変わらないみたいだ。
「ヤマト、はい。誕生日おめでとう」
「ありがとう、開けてもいい?」
「気に入ってくれると嬉しいけど。何選んだらいいか分からなくて…」
「お。こりゃ嬉しい」
エリカからのプレゼントはスカーフだった。微妙に色を変えて三枚…これなら勤務に差し支えなく着用出来る。そうなんだよ、官給品のスカーフは安っぽくて、首が擦れて赤くなるんだ。
「これは本当に有難い。大事に使わせて貰うよ」
「よかった…」
…二人とも、ニヤニヤするのは止めてくれ。
「青春ねえ」
「あーあ、私も彼氏作ろうかな。曹長、誰か紹介して下さい」
「エリカさん、誰か将来性豊かな方はいらっしゃいません?」
「将来性ですか?だったら私の周りよりヤマトの周りの方がたくさん居るんじゃないかなあ。どう?」
「将来性ねえ…みんな才能が偏ってるからな…私生活は全くダメな魔術師とか、ケンカを売るのと逃げるのだけは一級品とか…頭をやたらかきむしりながらブツブツ言う奴もいるな」
「私生活がダメな魔術師って、ヤン中佐の事?」
「よく分かったな…ああでもヤンさんはダメだ、もう相手がいる」
「そうなの!?誰?」
「初耳です、誰なんですか?」
「…誰だっていいじゃないか、とにかく俺の周りは偏った奴だらけなんだ。ヤンさん以外なら紹介してやるよ」
やれやれ…。



2月17日12:00 ハイネセン、ハイネセンポリス、シルバーブリッジ24番街、アレックス・キャゼルヌ邸
アレックス・キャゼルヌ

 しかしだ、こいつらが来る時は何故いつもメシ時なんだ?前にも言ったがここは士官学校の宿舎じゃないんだぞ?ヤンを筆頭に、アッテンボロー、ウィンチェスター、バルクマンとマイクにフォークとスールズ…
今日はジャン・ロベールも居るな。よく言えば気鋭の若手士官の私的研究グループ…よく言えばだが…ただどう見ても飲んだくれ共の集まりだな…。
でもこれだけ人が集まるとそれぞれ飲み方が違って面白い。
ヤンとウィンチェスターはどちらかと言えば上品だ。だがヤンが酒量をわきまえているのに対してウィンチェスターはマイペースで眠くなるまで飲むタイプ。アッテンボローとマイクは賑やかに、バルクマンは何かしらブツブツ言っているし、フォークは酒乱という訳ではないが絡み酒で酔いつぶれる。スールズは泣き上戸…。だからこいつらが来ると、俺は酔えない…俺まで酔うとオルタンスに叱られるしな…。
「本日は皆さんに報告があります」
「ラップ、どうしたんだ急に改まって」
「不肖、このジャン・ロベール・ラップ、婚約することになりました!」
ブーイングと拍手が混ざって騒がしい事この上無い…。相手は…ああ、あの娘さんか。懐かしいな、士官学校時代からちゃんと続いていたのか…。
「…ヤン、いいかな?」
「何で私に聞くんだい。おめでとう、ラップ。心から祝福するよ」
「…ありがとう、ヤン」


2月17日16:00 アレックス・キャゼルヌ邸、ヤマト・ウィンチェスター

 「悪いな、お前さんだけ残って貰って」
「いえ、構いませんよ。ミセス・キャゼルヌの手料理を独占できますからね」
「はは、褒めてくれて有難い。お前さんを残したのはまあ、あれだ。酒が入るとヤンは理想家の面が強く出るし、アッテンボローは過激な共和主義者に変貌するし…まあ、ヤンはラップと久しぶりに旧交を温めたいだろうし、ヤンを含め他の連中にはまだ聞かせられん話だ」
「なるほど。私なら大丈夫なんですか?」
「お前さんはハイネセンに居ないからな」
「ああ、そういう事ですか。なら確かに私は適任ですね」
「済まんな」
密談の相手か…。うん、嫌いじゃない。
「宇宙艦隊司令部に来ないか」
「またその話ですか…前にも断わった筈ですが」
「そうなんだがな、まあ聞いてくれ。司令長官代理はイゼルローン攻略を考えておられる」
「…大きな話ですね」
「参謀の陣容を整えたいんだ。宇宙艦隊司令部にも秀才、英才は沢山いるが、どいつも似たり寄ったりでな」
「ヤンさんがいるじゃないですか」
「ああ、四月にはヤンも宇宙艦隊司令部に移動させる。だが、分かるだろう?ヤンは自説を通そうとする時に弱いというか、若さも手伝って周りに受け入れられない所がある」
「私だって若いですよ」
「お前さんは違う。なんてったって将官推薦だからな、ヤンと同じ様に若くても発言に重みがあるんだ。確かにヤンは大きな功績を立てたが、普段があの有り様だからな。あのエル・ファシル脱出だってまぐれ当たりと思われている」
「それは違います、ヤンさんは頑張っていましたよ。我々はその御膳立てをしただけで、指示は全て当時のヤン中尉が出していました」
「確かにそうだろう。だがそれを正しく理解してくれる人は少ない」
「…有り得る事ですね」
「ヤンを支えて欲しいんだ。これは、友人としてのお願いだ。頼む」
「…一杯頂けますか?」
「ん?ああ、ほら」
宇宙艦隊司令部か…行きたくなかったけどな…。ヤンさんは押しが弱い、確かにその通りだと思う。非常勤参謀。言い得て妙、全くそのままなんだよな。どうせ行くならもっと経験を積んでからの方がよかった…確かにヤンさんを支える事は出来るだろう、でもその結果、俺達を使うシトレ司令長官代理への反感は増すんだよ…って事は要するにシトレ派として入閣しろって事か?ああもう…まぐれ当たりの非常勤参謀、ぽっと出の将官推薦者…やっぱりラインハルトとキルヒアイスをとっ捕まえときゃよかったかな…三顧の礼よろしく、もう一度断るか…いや、さすがに悪いな…仕方ない。
「分かりました。この話、受けます」
「受けてくれるか、いや、本当にありがとう」
「移動はいつです?」
「七月頃だな。お前さんも何も準備していないだろうし、任務の引き継ぎもあるだろうからな」
「了解しました」
「明日は空いているか?」
「この後大長征(ザ・ロンゲスト・マーチ)で酔い潰れない限りは」
「はは、そうか。明日の昼にまた連絡するからな、飲み過ぎるんじゃないぞ」



2月17日19:00 ハイネセン、ハイネセンポリス三番街、大長征(ザ・ロンゲスト・マーチ)
ヤマト・ウィンチェスター

 いやあ、いつ来ても懐かしいなここは。いつ来ても、と言っても、ここに来るのは下士官術科学校以来だな…アッテンボロー先輩が手を振っている。
「お、来た来た、キャゼルヌ大佐は何の話だったんだ」
「…お前はまだ結婚しないのか、って言われましたよ」
「なんだ、てっきり大佐がまた悪巧みしているのかと思ったのに」
「悪巧み?」
「お前さんやマイクは被害に遭った筈だがな。フェザーンに行かされただろう?」
「知ってたんですか」
「ヤン先輩だってエコニアに行かされたからな。被害者だらけだ。ふーん、結婚ねえ」
「あれ、ラップ大尉はもう帰ったんですか?」
「ジェシカさんが待ってるんだと」
「そうなんですね」
ジェシカ・エドワーズさんか…俺達が士官学校に編入された時には、もう彼女は士官学校に居なかった。
アニメの印象だと、ジェシカさんはヤンさんの事を…いや、よそう。ポロっと話に出たらなんか気まずい。
「ヤン中佐、宇宙艦隊司令部に移動だそうですね。おめでとうございます」
「おめでたくないよ。私は結構第八艦隊司令部が気に入ってるんだ」
「そうなんですか?」
「うん。司令部にコーヒー党がいないんだ。航海中でも気兼ねせずに紅茶を楽しめる。それに旗艦では茶葉はいいのを使ってるからね」
「…なるほど、と言うか、茶葉は自前ではないんですか?」
「シロン産を使っているんだよ。自宅にある物よりいいやつだからね」
「…ブランデーを入れてるでしょう?」
「よく分かったね。だけど、たまに入れてるだけだからね、誰にも迷惑はかけてないさ。でも宇宙艦隊司令部に移ったら忙しくなるだろうし、こうもいかないだろう?」
「…多分、今だって忙しい筈なんですけどね」
ヤンさんの未来を思うと、第八艦隊で紅茶を飲んでいた方が幸せだったのかも知れない。平和な国の軍人だったら…早々に退役して、私家版の歴史の本でも出版してのんびり暮らしていただろう。未来か…。俺の知らない銀河英雄伝説…。
 

 

第四十四話 理想と現実

宇宙暦792年3月2日12:00 ハイネセン第二軌道、自由惑星同盟軍、同盟軍第七宇宙港、
EFSF第二分艦隊、旗艦ベイリン ヤマト・ウィンチェスター

 シェルビー司令に呼ばれた。多分、人事移動の件だろう。
「まあ、座ってくれ。司令長官代理の副官からはもう話は聞いていると思うが、転任だ」
「はい」
「ずっとウチ(EFSF)に居る人間では無いとは思ってはいたが…こうも早いとはな」
「はい…小官はこの艦隊が好きなので、出来る事ならずっとここに居たかったのですが…」
「君は下士官時代からずっとエル・ファシルだったからな。最初に所属した部隊というものは、思い入れが強いものだ。私もそうだった。だが組織人してはそうもいかない、辛い所だな」
「はい…」
「不安かね?」
「正直不安です。まだ若年ですし、ある意味総本山の様な場所でやっていけるかどうか…」
「総本山か。まあ間違いない。宇宙艦隊司令部、統合作戦本部…士官なら皆が憧れる場所ではあるが、それ故に重圧がかかる場所でもある…気休めだが、君ならやっていけるだろう。参謀時代の私も、そして分艦隊司令となった今も君には幾度となく助けられた。大丈夫。臆する事なくやりたまえ」
「ありがとうございます」
「はは、私も君がアッシュビー提督の再来だと信じているクチなのでな。だが、その二つ名に甘んじて精進を怠ってはならんぞ」
「はい」
「よし。後任の作戦参謀は明後日着任だ。君の退艦は慣熟訓練終了後となる。それまでに申し送りを終わらせる様に」
「後任はどなたが来られるのですか?」
「マルコム・ワイドボーン少佐だ。知っているか?」
「名前だけは。ヤン中佐の同期の方ですね」
「そうだ。君の頭の中には同盟軍の人事情報も沢山詰まっている様だな」
「いえ、そんな事は…」
「謙遜するな。それでこそアッシュビー提督の再来というものだ。では退室してよろしい」
「はい。ウィンチェスター中佐、退室します」
ふう…。後任はマルコム・ワイドボーンか。将来の宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長官を嘱望される逸材…。どんな人なんだろうか。原作にはヤンさんと同期の学年首席で、ヤンさんにシミュレーションで負けた、としか書かれてないし、会ったこともない。でももう少佐という所を見ると、優秀な軍人なんだろうが…あの描かれ方だと、嫌な奴っぽいんだよな…。



3月4日10:00 同盟軍第七宇宙港、EFSF第二分艦隊、旗艦ベイリン 
ヤマト・ウィンチェスター

 「少佐、マルコム・ワイドボーン、エル・ファシル警備艦隊司令部勤務を命ぜられ、第一艦隊より只今着任しました。宜しくお願いします」
「よく来た。分艦隊司令のタッド・シェルビーだ。宜しく頼む」
「作戦主任参謀、ウィンチェスター中佐です。宜しくお願いします」
「補給主任参謀、イエイツ中佐。宜しく」
「運用参謀、ウェッブ大尉です。宜しくお願いします」
「作戦参謀、フォーク中尉です。宜しくお願いします」
「司令部内務長、パオラ・カヴァッリ少佐です。宜しくお願いします」
「以上が司令部の主なスタッフだ。なおウィンチェスター中佐は慣熟訓練終了後、宇宙艦隊司令部に転出となる。ワイドボーン少佐は中佐転出後、作戦主任参謀となる。ウィンチェスター中佐、申し送り宜しく頼むぞ」
「了解致しました」
長身、美丈夫、優秀…俺なんかよりよっぽどアッシュビーしてるじゃねえか。おいフォーク、ガン飛ばすの止めろよ…。
「よし、解散。皆退室してよろしい」

 「ねえねえ、かなりのハンサムじゃない??一年生にあんな子居たっけなあ」
「ああ、カヴァッリ少佐の二年後輩になるんですね」
「そうね。あのミラクル・ヤンだって印象無かったし…あのね、何年の付き合いになるのよ?パオラでいいわよ」
「パオラなんて…俺オットーに叱られますよ」
「ふん、別れたわよ、とっくに」
「え!?最近ですか?」
「…聞いてないの?」
「ええ。フォーク、知ってたか?」
「いえ、小官も知りませんでした。この間集まった時も何も仰ってませんでしたし」
それでか…道理でキャゼさん家に連れて来ない訳だよ…別れちゃったのか…。
「小官も話に交ぜていただけませんか」
「…ええ、構いませんよ」
「改めて宜しくお願いします…ここ最近はEFSFが栄達への登竜門の様なのでね、念願かなってやっとここに来れましたよ」
「栄達への登竜門?ウチがですか?」
「ええ。ここ最近の帝国との戦争は必ずEFSFが絡んでいる、というか主役に近い。まあ、最前線ですからね、当たり前と言えば当たり前ですがね」
「…まあ、確かにそうですね」
「気になって調べたら、ちらほらと貴方の名前が出てくるのですよ、ウィンチェスター中佐」
「……」
「エルゴン星域の大会戦に先だってのダゴンでの前哨戦、カイザーリング艦隊との戦い…正規艦隊よりよほど活躍している。ヤン中佐と並ぶ同盟の若き英雄、五十年ぶりの将官推薦、ブルース・アッシュビーの再来…」
「英雄なんかじゃないですよ。将官推薦も私が望んでそうなった訳じゃない」
「しかし現実はそれを全て肯定している。統合作戦本部でも、貴方は有名人です。ハイネセンポリスには、蹴落とされるんじゃないかとビクビクしている人が沢山いますよ」
「私にそんな気は全くありませんけどね」
「まあ、いいです。一ヶ月と短い期間ではありますが、貴方には色々と学ばせて頂きますよ。では」
「……」
言われてみると確かにそうだ。最前線だから当たり前だと思っていたけど、そういう見方もあるって事か。
なんで、そんなひねくれた物の見方するかねぇ…。
「…あなた、人気者ねぇ」
「人気者になりたい訳じゃないんですけどね」
「そこの青びょうたん…じゃないフォーク中尉だって学年首席、ワイドボーン少佐だって首席。貴方だって首席でしょ?」
「ええ、まあ」
「こんな場末の艦隊に士官学校の首席が三人。人事局は何をしているのかしら。後輩のフォーク中尉は当たり前かもしれないけど、年次が上のワイドボーン少佐までが貴方を目標にしてる。充分人気者よ」
「青びょうたんって何ですか、カヴァッリ少佐」
「物の例えよ、フォーク中尉。気にしないでいいわ」
「は、はあ」
フォークもパオラ姐さんにかかると形無しだな…それにしても場末はひどい。目標か…宇宙艦隊司令部に行ったらもっとひどい事になりそうだ…。
「それはともかく、負けるんじゃないぞフォーク」
「当時のワイドボーン候補生が落第ギリギリのヤン候補生にシミュレーションで負けたのは、我々の間でも有名な話でした。少なくとも小官は三次元チェスではヤン中佐に全勝ですからね。大丈夫ですよ」
「あのな…」
「高度な柔軟性を維持しつつ、常に臨機応変に対処する…これが私のモットーですから。ご心配なく」
基本的な所は変わってないなこいつ…まあ明るくなったから良しとしとくか…。



帝国暦483年4月5日12:00 フェザーン星系、フェザーン自治領、自治領主府
アドリアン・ルビンスキー

 「では自治領主閣下、これからもよしなに」
自らの行為が祖国を貶める事になると気付きもせん。所詮、政治体制など飾り物に過ぎないのだ。イデオロギーに囚われると、人は皆盲目になってしまう。同盟が勝利する為にはフェザーンの友冝を勝ち得なくてはなりません…か。その為には自国の情報をいとも簡単に売り渡す。ふん、下らんな。
「補佐官、来てくれるか」
“かしこまりました”
「お呼びでしょうか」
「同盟がイゼルローンに艦隊を派遣するぞ。大規模にな」
「何か、その様な兆候でも」
「インサイダーだ。同盟の軍需企業の二代目が取引を持ち掛けて来たのだ。しばらく大量発注が続くと」
「なるほど。では確かですな」
「レムシャイド伯に伝えろ。ああ、帝国本土のワインの逸品も忘れずにな」
「どのようにお伝えしましょう」
「君に任せる。規模はまだ不明だが、判り次第伝えると」
「はい。ああ、私からも報告せねばならない事がございます。例のウィンチェスター中佐ですが、どうやらヤン中佐共々宇宙艦隊司令部に移動する様です」
「エル・ファシルの奇跡とブルース・アッシュビーの再来か。中々の組み合わせだな。だが軍内部の主流派足りえなければ、組織の中では生き残れまい。良薬は口に苦し、同盟軍がこの二人を使いこなせれば面白い事になりそうだが、どうなるかな」
「現在の宇宙艦隊司令長官、まだ代理ですが、彼は二人を重用する意向の様です」
「使える駒を持っていても多数派を切り崩すか、取り込むかせねばトップには立てても長続きはせん。見物だな」
「はい」




宇宙暦792年4月8日15:00 ガンダルヴァ星系、ウルヴァシー近傍宙域、自由惑星同盟軍、
EFSF第二分艦隊、旗艦ベイリン ヤマト・ウィンチェスター

 惑星ウルヴァシーを初めて見た。入植可能だが、現在は入植計画がない、という。
勿体ないなあ。戦争する暇あったら…って、そういう訳にもいかないのか…何だよワイドボーン。
「中佐。黄陣から各陣形への転換にかかる平均時間ですが…」
「何か問題が?」
「平均すると十五分四十七秒です。まずまずな数値ですが、もっと短縮出来ると思うのですが」
「出来るでしょうね」
「では再度訓練を…」
「少佐」
「何でしょうか」
「貴官はこの艦隊をどうしたいのです?」
「それは…最前線を守るにふさわしい精強な艦隊にしたいと思っていますが」
「では、何を根拠にまずまずな数値だと考えたのです?」
「シミュレーションです。ウチの艦艇数をシミュレーターに入力し、はじき出しました。計算上は十三分台まで短縮出来る筈です」
「錬度設定は」
「Bです」
「その根拠は」
「現司令官に交代された後に行われた錬度判定演習の結果からです。その時の判定はAでしたので、今回の再編成で新規に補充された艦艇、人員の分を勘案してBとしました」
「ふむ。考え方は悪くないですね。でもうちは再訓練は行いませんよ」
「何故ですか!?」
「決まっているじゃないですか。お金(予算)が無いからです」
「そんな…それだけの理由で?そんな事では帝国との戦争に…」
「お金は無限ではありませんよ」
「ですが…」
「答えが知りたければ夕食後にしましょう。その時に少佐なりの答えを聞かせてくれる嬉しいですね」
「…了解致しました」
…おい、フォーク…なんだその顔は。なんで驚いた顔してるんだよ。
「フォーク、食堂行くぞ」
「は、はい」

 ナポリタン、ナポリタンっと…あれ?ない!なんで…あら、ナポリタンどころかパスタ類がメニューから消えとる。仕方ない、また植物蛋白(グルテン)カツレツにするか…。
「中佐、先程のワイドボーン少佐とのお話ですが」
「何か疑問でも?」
「いえ、本当に陣形転換の所要時間の平均は、短縮しなくてもいいのかなと思いまして」
「それは必要だよ」
「…でも先程は」
「時間短縮が必要ないとは言ってない、再訓練は必要ない、と言ったんだ。いいかい、再編成の後の慣熟訓練というのは現状確認の為の訓練なんだ。そりゃあ、錬度は少しでも上の方がいいから、目標の数字はあった方がいい。でもね、それを達成する事が目的じゃないんだ。艦隊として行動する上で一定の基準に達しているかどうかを見る為の訓練なんだよ」
「一定の基準というのは」
「判り切った事じゃないか。戦えるかどうかという事だよ」
「では、我が艦隊は戦えると」
「当然じゃないか。君は戦えないと思うのかい?」
「戦えますね、確かに」
「だろう?ワイドボーンに言いたかったのは、慣熟訓練と錬成訓練は別だ、という事さ。まあそれだけじゃないけど」
「なるほど、それが答えですか」
「ワイドボーン少佐、来てたのか」
「お二人の姿が見えましたので。ここでこのまま答えを聞こうかと」
「そうですか…フォーク、当番兵に言って飲み物を。三人分な」
「はい」
「ではワイドボーン少佐、答えが出ましたか」
「はい…いいえ、分かった様な分からない様な…」
「そうですか。ですがそれも当然です。少佐の先程の指摘は間違ってませんから。少佐、我々の任務は何です?シンプルに考えてくださいよ」
「帝国に勝つ事、でしょうか」
「いえ、同盟を守る事です」
「中佐は帝国を倒せないと?」
「非常に難しいと考えますね。現状で同盟は百五十億人、帝国は二百五十億人です。単純に考えると、帝国が百億人死んでやっと対等です」
「それは…そうです」
「百億人殺す過程でこちらも被害は出ますから、対等になる事は有り得ないのです。勝つのが非常に難しいとなると、負けない戦いをせねばならない」
「はい。ですから艦隊の錬度を上げねばと」
「はい。それも大事です。ですが少佐、第一艦隊に在籍していた当時、多分同じ様な進言をした事があると思いますが、採用された事はありますか?」
「…ありません」
「負けない戦いをするには、数を揃えなくてはならない。だが数を揃える過程でも帝国との戦争は続いてますから損害は必ず発生する。そしてその損害は一定ではない。財務関係者からすれば悪夢ですね」
「……」
「損害を補充するにはお金が必要です。人件費、装備の生産費、消費財…しかし軍の予算は限られています。ですが年間の軍事予算は決まった額しかありません。予め計上された訓練計画、購入計画、人件費しかないのです。損耗を補填するにはどうすると思います?」
「予算の追加ですか?」
「そうです。追加分はどこから持ってくるのでしょう?」
「……だんだん答えるのが嫌になってきましたよ」
「はは、気持ちは分かります。追加分は後年度負担か、他の官公庁から予算の付け替えで補填するのです。人員もそうです。付け替えた分は補填しなくてはならないから、同盟政府は何をすると思います?」
「…借金。国債の発行ですか」
「そうです。政府だって余計な借金はかかえたくないから、軍に計画にない訓練や損耗はして欲しくないのです。訓練予算の追加なんて、とてもじゃないが認められませんよ。数を満たすだけで精一杯です」
「なんて事だ」
「仕方ありません、戦争中ですから」
「では、練度はどうやって上げればいいのですか?」
「指揮官の質をあげるしかありません。各級指揮官がしっかりするしかないのです」
「その為には」
「生き残る事、でしょうね。要するに損害を少なくする事です。平時ではないのですから、訓練ばかりやっている暇はありません。生き残った者の経験が重要になってきます。どうしても損害は出ますから、生き残った者が補充要員に経験を伝えていくしかありません。特に最前線にいるウチの艦隊はそうです」
「嫌な現実ですね…」
「仕方ありません。でも正規艦隊はまだいいのです。大会戦でもない限り、年度計画に入れ込みさえすれば、訓練の時間は取れますから」
「軍が精強かどうかは…最前線の我々にかかっている、ということですか」
「はい。もし我々が破れてもジャムジードに輪番で駐留する二個艦隊で防ぐ。余程の事がない限り残りの十個艦隊は余裕を持って訓練する事が出来る」
「分かりました。では尚更頑張らねばなりません。いやここ(EFSF)に来てよかった。ご指導ありがとうございます」
「指導という程の事でもありません」
「指揮官の質か…これが一番厳しそうだな。精進します」
「頑張って下さい。フォーク中尉の面倒もよろしくお願いいたします」
「了解しました!……昼メシがすっかり冷めてしまいましたね、温め直して貰いましょう」



(疾走編 完) 
 

 
後書き
ウィンチェスターの席次を間違えていたので、ご指摘により修正しました。 

 

第四十五話 戦う意味

宇宙暦792年7月15日12:00 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟軍、
統合作戦本部ビル ヤマト・ウィンチェスター

 「もう慣れたかい?とんでもない所だろ、ここは」
「ヤン中佐が羨ましいですよ」
「そうだ。お前さん(ヤ ン)の苦情は俺の所に来るんだぞ、嫌味を言われる方の身にもなれ」
「私はちゃんと業務をこなしていますが」
「お前さんは副官任務があるだろう。戦訓分析は副官の仕事じゃないぞ。少しは俺を手伝え」
「副官なんて私の性に合いませんよ」
「合う合わないの問題じゃない。全く…」
これが統合作戦本部ビルの五階にある宇宙艦隊司令部副官室の日常だ。副官室は司令長官室にドアを隔てて繋がっている。
宇宙艦隊司令長官(代理):シトレ大将
首席副官:キャゼルヌ大佐
次席副官:ヤン中佐

総参謀長:クブルスリー少将
参謀長副官:シモン大尉
主任作戦参謀:ハフト准将
主任後方参謀:ギャバン准将
主任情報参謀:ロックウェル准将
そして作戦、後方、情報それぞれに二十名の佐官と尉官の参謀チームがいる。俺は作戦参謀チームに配置されている。

第一艦隊:ロボス大将(一万五千隻)
第二艦隊:ルーカス中将(一万三千隻)
第三艦隊:ルフェーブル中将(一万二千五百隻、再編成中)
第四艦隊:グリーンヒル中将(一万三千隻)
第五艦隊:ビュコック中将(一万二千隻)
第六艦隊:オドネル中将(一万三千隻)
第七艦隊:ホーウッド中将(一万三千隻)
第八艦隊:シトレ大将(一万五千隻)
第九艦隊:ラザレフ中将(一万二千隻)
第十艦隊:ウランフ中将(一万二千五百隻)
第十一艦隊:ホイヘンス中将(一万二千隻)
第十二艦隊:クレージュ中将(一万二千隻)
同盟軍陸戦隊:第一陸戦師団~第二十陸戦師団、ローゼンリッター連隊

 うん、知ってる人と知らん人が居るな。まあ司令部以外はほとんど会った事無いから、名前知っててもほぼ知らないに等しいんだけど…。
しかし、宇宙艦隊の作戦参謀って何すりゃいいのかね。まずトップが有能だし、何も言う事がない。そもそも今回はシトレ大将自ら考えた作戦案だからな、ケチのつけようが無い。
イゼルローン要塞攻略か…。結局俺はまだイゼルローンを見てないからな…。
「で、お前さんは副官室で何をしてるんだ?」
「え?ああ、食事のお誘いですよ」
「もうそんな時間か…ちょっと待ってろ」
…あまりここには来ない様にしよう。ヤンさんのとばっちりを食らいそうだ…。
「閣下も一緒に昼食にするそうだ。お前さんのも運ばせるから、長官公室に入っててくれ」
うーん…。

「ここにはもう慣れたかな。君の居たEFSFとはえらい違いだろう?」
「そうですね。宇宙艦隊司令部だから仕方ないとは思いますが、誰も彼もが忙しそうです」
「皆忙しいフリをしているのだ。自分で自分の仕事を作り出してな」
「判る気がします」
穏やかに話す司令長官代理は、いつ見ても軍人とはこうあるべき、という見本の様な人だ。ヤンさんが忠誠を誓っていた、違うな、信頼していた…なのかな。優秀で誠実で…本音で話す事の出来る数少ない上官。そりゃあ信頼するな、うん。でも一つ気になる事があるんだよな。原作でもこの時期はヤンさんはシトレ親父の副官という立場だった。ヤンさんはシトレ親父の作戦案をどう見ていたんだろうか。副官という立場なら何か言えたと思うんだが…。どうだったっけなあ、外伝はうろ覚えなんだよな…。
「今回の要塞攻略戦、成功すると思うかね?」
「…長官代理の仰り様だと、作戦の成功を信じてらっしゃない様に聞こえますが…」
キャゼさんとヤンさんの手が止まる。手と口を動かしているのは俺とシトレ親父だけだ。
「成功はさせたい。だがそうは限らんだろう?」
「そうですね。ヤン中佐はどうお考えですか」
「え?私かい?中々いい案だと思うが…失礼しました」
「いや、構わんよ。ヤン中佐はどう思うかね」
「敵の戦力が分からない事には、何とも言えません」
「なるほどな。二人には先に聞いておくべきだったかな」

 そもそも選べる方針が攻勢か守勢しかない上に、フェザーンを攻める、なんて事が狂気の沙汰と言われかねないんじゃ、イゼルローンしか向かう所はないんだよな。シトレ親父の案に文句をつけられない、または言う気が無いんじゃ、ヤンさんの言う事は正しい。そもそも、シトレ親父は俺達に何かさせたいのだろうか?
「ウィンチェスター、ヤンはああ言ってるが、お前さんはどう思ってるんだ」
キャゼさん…話を元に戻さないで下さいよ…。
「…成功、不成功の前に、閣下はイゼルローンを奪取した後の事はどうお考えなのか知りたいです」
「……それは我々の考える事ではない」
「それは、要塞奪取後の事は白紙決定と思ってよろしいのですね?」
オイ、とたしなめるキャゼさんをシトレ親父が止めた。ナポリタンが冷めちまう…。
「ヤン中佐はどう思いますか」
「…攻撃の主導権は同盟に移る…講和という考えもあるんじゃないか」
「閣下はどうお考えですか?本当に我々が考える事ではないと?」
「…ヤン中佐の言う様に、講和という考えもあるだろう。だがそこは政治の領分だ。我々が口を出す事ではない」
…本当にそう思って言ってるのか?
「そもそもの話ですが、今回の出兵命令は政府の命令なのでしょうか」
「当然だよ。最高評議会での閣僚会議で決定された事だ。会議自体は非公開の物だが」
「軍部主導、ではないのですね?政府の決定が先にあって、実行組織として軍部が検討し、現在に至る。そうですね?」
「ウィンチェスター、いい加減にしないか」
「キャゼルヌ大佐、いい加減には出来ません。質問された以上、いい加減なまま質問に答える事は出来ません」
いい加減にされてたまるか、死ぬかもしれないんだ。
「ウィンチェスター中佐、何が言いたい」
「閣下の野心の為なら、小官は納得がいかない、と言いたかったのです。まだ死にたくはありません。ですが、政府の命令なら仕方がありません」
「ウィンチェスター!」
「そう怒るな大佐。私の野心の為なら納得がいかない、か…了解した。決して私の野心の為ではない。そう見えたのなら私に徳が足りないのだろうな。ところで中佐、まだ質問に答えて貰ってはいないが、成功すると思うかね」
「……ヤン中佐と同意見です」
「敵の戦力か。イゼルローン要塞単体の能力と駐留艦隊を基準としてこちらの兵力を算出した」
「確か第四、第五、第八、第十の四個艦隊…五万二千五百隻ですね。まあ、大丈夫じゃないでしょうか」
なんとしても成功させたいのならこの倍は必要なんじゃないか、と思うんだけど…。本当に成功させたいんだろうか?古来、城攻めは城方の三倍以上の兵力を揃えるのが理想とされている。その原則からこの兵力なんだろうけども…イゼルローンは昔の城と違って要塞主砲なんて厄介な物を持っているし、後詰、要するに援軍が来たら攻城戦なんてやってる余裕はなくなる。でも…こっちの兵力が多いと、駐留艦隊は要塞主砲の有効射程内から出てこないだろう。要塞と駐留艦隊が相互に補完し合っているからイゼルローン要塞は堅固なのだ。
うーん…大兵力は必要だが、こっちが多ければ相手は引っ込む、こっちが少なければ要塞を攻略出来ない…面倒くせえなまったく…。
「帝国が増援を出さなければ、勝機は充分にあると思います」
「増援か…是非来ないで欲しいものだ」
「増援が来たらどうなさるのです?」
「撤退する。無駄死にはしたくないし、させたくもないのでね。…有意義な昼食会だったな、解散するとしようか」

 食べ終わったのはシトレ親父と俺だけで、キャゼさんとヤンさんは食べかけのままプレートを持って、俺はシトレ親父の分と俺のプレートを重ねて持って副官室に戻る。副官室に戻ると、キャゼさんが大きな溜息をついた。
「お前な…あまりヒヤヒヤさせないでくれ」
「ヒヤヒヤさせてしまいましたか?質問に答えただけですが」
「言い方ってもんがあるだろう」
「小官だって同道するんです。死ぬと限った訳では無いですが、生きるも死ぬもどうせなら納得して戦いたいですし」
「それは分かるがな。言い争いになってもつまらんだろう」
「質問が悪いです。成功するかと問われて、そうは思えませんとはいえないでしょう?」
「するとお前さんは今度の要塞攻略戦が失敗すると思ってるのか?」
「そうは言っていません。小官が危惧するのは、失敗より成功した後の事です。政府はそこの所を考えているのかと思いまして」
「成功した後の事?そりゃあ……ヤンが言った様に講和じゃないのか」
「帝国は同盟を対等とは認めていません。帝国的には我々は政治犯です。政治犯とは講和など有り得ない」
「ではどうなると言うんだ?ヤン、どうだ?」
「私も選択肢は講和しか無いと思っていましたから…うーん」
「戦争の理由に根本的な問題があります。イゼルローンを奪取したくらいでは戦争は終わりませんよ。小官が思うに、あまりにも長く戦争が続いている為に、政府も軍部も戦争終結という事を考えた事がないんじゃないでしょうか。考えた事が無いから止め所が分からない」
「しかしお前さん、帝国は講和など認めないと今言ったばかりじゃないか。止め所などあるのか?」
「ありますよ。でもこれは皆が納得しないでしょう。ヤンさん、分かりますか?」
「まさかとは思うが…降伏かい?」
「その通りです。ですが無条件に降伏する訳ではありません。自由共和制を認めて貰う事が条件です。宗主権は帝国でも構わない、同盟領域においては完全な自治権を認めさせる。その上での降伏です」
「名より実を取るという事かい?しかしそれでは…」
「専制主義の庇護下での民主主義は納得がいきませんか?専制主義イコール悪政ではないと思います。やり方次第で共存は可能だと思いますよ」
「悪政ではないかもしれない。だけど、悪政や暴君が出現する可能性は大だ。帝国の歴史が、いや人類の歴史がそれを示している」
「では民主政治は悪政ではないと?帝国の生まれた経緯をお忘れですか?それも歴史の結果ですよ。元首の権力に制限をかけるか、廃立を審査出来る機関でも設ければ、悪政は防げると思います」
「絶対王政ではなく立憲主義のような物だね。でも、突き詰めて行くといずれは民主共和制になるのではないかと思うんだが…」
「それは我々が考える事ではありません。無責任に聞こえるかもしれませんが、帝国には帝国の事情があります。それを我々にどうこう言われたら、向こうだって頭にきますよ。余計なお世話だ、ってね」
「そんなものかな…」
「まあ、理想論はさておき、このまま戦争を続ければ同盟はいずれジリ貧になります。国力は帝国が上だし、フェザーンだって味方とは限らない。それに民意が戦争継続を望んだ場合、いくら負け込んでいても止められないのですから。専制主義打倒、スローガンはいいが、現実を見据えていただかないと」
「理想論か…講和も降伏も、誰も納得しないだろう。降伏、負ける為に戦うなど、口が割けても言えんだろうしな。だがジリ貧になると決まった訳じゃないだろう」
「確かに決まった訳ではありませんけどね。そうなる可能性は高いですよ」
「ウィンチェスター、私などより君のほうが副官が似合ってる様な気がするな。つかぬ事を聞くんだが、君は帝国が憎くはないのかい?確か、君のお父さんもお祖父さんも戦争で亡くなっていると…」
「小官はその辺が鈍い様でして。強盗や人為的ミス、まあ交通事故とか…目の前で殺される所を見たのならともかく、戦争で死んだのでは恨みようがありません。戦争自体は正当ですし、同盟も帝国もそこはお互い様ですから」
「なんだか達観してるなあ。二十代とはとても思えないんだが」
「ヤン中佐よりは苦労してますからね」
 
 

 
後書き
各艦隊の編成を御指摘により修正しました。御指摘下さった方、ありがとうございました。 

 

第四十六話 想定外の思いつき

宇宙暦792年9月1日10:00 バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、
自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、地下大会議室 ヤマト・ウィンチェスター

 「これより第三回作戦会議を始めます。特に変更等がない場合、この作戦会議の内容が実施される事となりますので、参加者の方々は機密保持に留意し、情報漏洩の無い様今一度お願いいたします」
司会は前々回、前回に引き続きヤンさんだ。一番害の無い役目だな。キャゼさんはシトレ親父のとなり。それは分かるけど…なんで俺が作戦内容の発表係なんだよ!
まあ、一回目と二回目はひどかった。ロボスのとっつぁんは嫌味ばかりだし、それをいい事に留守部隊指揮官の作戦への難癖がこれまたひどい。士官学校出身じゃない指揮官がいるだの、敗戦の後に昇進した者がいるだの、そんな事は許可した国防委員会に言えってんだ全く。おかげでクブルスリー少将もハフト准将も質問されるのが嫌で俺にお鉢が回ってきた。
「それでは、ウィンチェスター中佐、お願いいたします」
へいへい…ヤンさん、笑いをこらえるのはやめてください。

 「…はい。作戦内容ですが、動員する艦隊は宇宙艦隊司令長官代理が直卒する第八艦隊、グリーンヒル中将麾下の第四艦隊、ビュコック中将麾下の第五艦隊、ウランフ中将靡下麾下の第十艦隊、合わせて五万二千五百隻が動員されます。第四、第五、第十の各艦隊は十一月十五日を以て、艦隊級対抗演習と称しランテマリオ経由でフォルセティ星系へ進出。司令長官代理直卒の第八艦隊はダゴン星域経由でティアマト星系に進出します。十一月二十日一二〇〇時を以て第五艦隊がイゼルローン回廊に侵入、第五艦隊から連絡があり次第、第四艦隊が回廊内に侵入、第四、第五艦隊から連絡があり次第更に第八、第十艦隊が同回廊に侵入します」
ここまではいい。発言は…と。やっぱり貴方ですね。
「発言してもいいかね?」
「ロボス閣下、どうぞ」
「今の説明だと前回の会議と何も変わっとらん様だが…」

 過去の二回の作戦会議で思ったのは、出征組への風当たりの強さだった。最初は気付かなかったが出征組と宇宙艦隊司令部の参謀達が弱い。それに高級士官達の能力がアニメや原作での描かれ方と、現実にこの世界で目にする物とではかなり違う。これも宇宙艦隊司令部に入ってから気づいた事だ。考えてみれば、バカは艦隊指揮官にはなれない。
当然、各艦隊司令官はそれなりの能力を持っているから、出征メンバーから外されたら不満も溜まる。そして、それに対する司令部の配慮が全く無いのだ。配慮が無いから当然風当たりが強い。出征メンバーの人選がそれに拍車をかけている。良識派と呼ばれるグリーンヒル、士官学校を出ていない事を非難されるビュコック、第三艦隊を全面崩壊から救ったとは云え直近の敗戦の将のウランフ。しかもウランフは昇進している。総参謀長のクブルスリーも能力はあるが、この時期ではまだ階級が足りないし重味にかける。元々彼は昇進して艦隊司令官になる筈だったけど、昇進枠から外れた。その代わりとして宇宙艦隊司令部の総参謀長に抜擢された。総参謀長という配置は通常中将または大将が充てられる。シトレ親父が抜擢したんだから能力に不足はない筈だが、階級が釣り合っていない為本人も恐縮しきりな所がある。残留組にもその辺りをつけこまれがちだ。アクが少ないとでも言えばいいのか、皆おとなしくて押しに弱い。シトレ親父に表立って反感を示す者はいないが、その反面参謀達と出征する艦隊司令官に対する圧力は相当な物だった。

 「いえ、今お配りしている資料をご覧下さい」
艦隊司令官達に資料が配られていく。それと同時に大スクリーンに資料と同じ内容が写しだされる。
「これは…本当なのか、これは」
手元の資料を見つめる者、大スクリーンを見つめる者、それぞれが絶句したり隣同士でヒソヒソやりあっている。
「はい、本当です。作戦の修正が政府に認められました。今作戦はイゼルローン要塞攻略に留まるものではなくなりました」
「では尚の事我々が残留している場合ではないだろう?」
「その通りです。ロボス閣下には帝国本土攻略部隊の指揮官になっていただきます」



 過去二回の会議でウンザリしたからシトレ親父に言ってやったんだよ、いっその事帝国本土に侵攻したらどうですか?ってさ。
シトレ親父は驚いていたけど、考えれば考えるほど同盟軍がまがりなりにも健全な状態を保っている時期って、今しかないのだ。物語的には面白くても、ヤンさんが活躍する頃はもう同盟は死に体なのだ。やるなら今しかない。トリューニヒトもまだ国防委員長じゃないから、ヤツに口出しされる心配もない。帝国側もラインハルトたちはまだ目立たない存在だ。トリューニヒトはともかく、ラインハルトの件はシトレ親父に説明してもピンと来ないだろうから、トリューニヒトの危険性をさりげなく吹き込んでやった。どうやらトリューニヒトに対してはシトレ親父も多少の危惧があるようだった。
「なるほど、軍内部の反発を抑え込める上に私の立場は揺らぐ事はなくなるな。成功すれば、だが」
「はい。作戦目的を帝国侵攻、その過程でイゼルローンを攻略する、という事にすれば、帝国侵攻は成らなかったとしてもイゼルローンは落とせるでしょう。ほぼ全ての艦隊を投入するのですから」



「…公式にはあくまでイゼルローン攻略作戦です。ロボス閣下には第二陣として国内に残留す兵力を率いてもらいます。第一陣としてシトレ司令長官代理の直卒する四個艦隊でイゼルローン要塞攻略戦を行います。首尾よく攻略したならば、作戦は帝国本土侵攻へ移行します」
「しかし公式にはイゼルローン攻略なのだろう?国内残留の艦隊を動かす名目はあるのか?」
「方面軍編成演習、という名目です。それに第一陣の部隊がイゼルローン攻略に失敗した場合、帝国が余勢を駆って同盟内部に侵攻する恐れがあります。演習という名目で予算をつけておいて貰えば、実際に帝国来寇となった場合に名目を変更するだけで済みます。まあ、名目はどうとでもなりますから…」
本当かよ?と思われる様な内容でも、名目が立てばいくらでも組織は動かせる。大義名分、というやつだ。都合がいい事に過去何度もイゼルローン攻略は失敗しているから、その備え、という屁理屈は通りやすい。同盟市民にさえ、イゼルローン要塞を本当に落とせるの?と思われている節があるから、大きな反発はないと思われる…失敗したら悲惨だが…。
「第一陣によるイゼルローン要塞攻略が成功したならば、第二陣は帝国侵攻。もし第一陣による要塞攻略が難しいと思われるならば、作戦目的は全艦隊による要塞攻略に切り替えます。公式発表も要塞攻略ですし、最低限の作戦目的は果たせます。その場合はイゼルローン要塞で再編成後、帝国侵攻作戦を行うかの判断を行います」
「ふむ…了解した」
ロボスの顔が分かりやすく紅潮している。単純だなあ。アニメで見たロボスは愚鈍で単純な男、というイメージだった。だがこの頃、まあ今現在の事だが、単純ではあっても愚鈍ではないようだ。シトレ親父との差がつき始めてから視野狭窄だったり被害妄想が激しくなったのだろう。
「ただし、ひとつ問題があります」
「何だね、それは」
「機密保持です。現段階では作戦の全容を知っているのは政府でも最高評議会議長と国防委員長しかいらっしゃいません」
同盟軍の正規艦隊全てが動く作戦というのは前例がない。建国、軍創設以来の壮挙、とかほざいて作戦をペラペラ吹聴する輩が出てきてもおかしくない。
公式発表とそれに付随する情報通りに帝国軍が動けば機密保持は完璧だが、漏れていたら…。
「皆さん、作戦会議の出席者以外に会議の内容を話したりしましたか?いらっしゃったら名乗り出て下さい、ああ、懲罰とか軍法会議にかける訳ではありません、もしそういう事があった場合、善後策を考えねばなりませんので」
…さすがに誰もいないようだ。一旦会議室内が静かになる。
「…では、ここで作戦会議を中断します。再開は午後、一三三〇からとします」
司会のヤンさんの発言で、思い思いに皆が出ていく。大会議室に残ったのはシトレ親父、キャゼルヌ大佐、ヤンさん、俺。キャゼルヌ大佐とヤンさんが早速詰め寄ってきた。
「ウインチェスター、あの作戦は本当なのか?」
「大佐はご存知とばかり思っていました…ヤン中佐も存じてらっしゃらない?」
「ああ、大佐も私も初耳だよ」
「その割にはお二人とも平然とした顔をしてらっしゃいましたが…」
「俺たちが驚く訳にはいかんだろうが」
俺たちのやり取りを聞いて、シトレ親父が寄ってきた。
「私の部屋で話そうか」





9月1日11:00 自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、宇宙艦隊司令長官公室 
ヤン・ウェンリー

 私やキャゼルヌ先輩の知らない所で作戦が変更されていたなんて…。
多分、クブルスリー少将やタフト准将も知らなかったんだろう、顔が強張っていた…。まあ、我々副官や総参謀長すら作戦の変更を知らなければ司令部から作戦が漏れる事もないか。
でも大スクリーンを見た時には正直驚いた。全ての正規艦隊、十二個艦隊を動員、第一陣の四個艦隊がイゼルローン攻略軍、第二陣の八個艦隊が帝国本土侵攻軍…第一陣がつまづけば全艦隊を以てイゼルローンを攻略…。こんなとんでもない作戦の変更を思いつくのは…シトレ校長じゃないな。
「ウインチェスター、作戦の変更を進言したのは君かい?」
「はい」
「作戦の目的は何だい?」
「決まっているじゃないですか、帝国に勝つ為ですよ」
「しかし、君は以前に同盟が帝国に勝つのは無理と言っていなかったかい?」
「はい、今でもそう思っています」
「それなのに、この作戦を?」
「はい。ふと思いつきました。それに私が帝国に勝てないと思っているのは、今まで同様の戦争を継続していたらの場合です。戦争のやり方を変えて行けばやり様はあるのではないかと思っています。勝てるかどうかは分かりませんが」
「…分からないのにこんな博打の様な作戦を?」
「戦争が博打じゃなかった事がありますか?中佐の好きな歴史の中に例は沢山ありますよ。私も歴史は大好きですから、幾つか紹介しましょうか?」
「いや、そういう意味じゃないんだ、何というか…」
私がおかしいのだろうか。ウインチェスターは彼なりに考えた作戦案を校長、じゃなかった司令長官代理に提示した。そして、それは多分正しい。大兵力を一気に投入し、敵に対処する暇を与えず撃破する。
しかし、なぜ今なのだろう?戦機、という事であれば、司令長官代理がそれを見逃すはずはない。長官代理が、私やキャゼルヌ先輩だけではない、同盟軍が見落としている何かを彼は知っている、気付いているのだろうか?長官代理は静かにコーヒーを飲んでいる…。
 
 「ヤン、ちょっといいか。俺もウインチェスターに聞きたい事がある」
私の表情を見て何か感じたのだろう、キャゼルヌ先輩がウインチェスターに向き直った。
「何でしょうか、キャゼルヌ大佐」
「全艦隊を動かすのに幾らかかると思っている?作戦期間は?帝国本土進攻?まさかオーディンまで進むつもりじゃないだろうな。同盟が破産するぞ」
「でしょうね。でも戦争遂行は国是、民意なのでは?暴虐なる銀河帝国の圧政を打破するんですよね?破産など気にはして居られません」
「それは建前…」
「建前と市民に言うのですか?市民は戦争遂行の為に重税に耐えているのですよ。税金だけではありません、親兄弟の犠牲も払っている。どうです?」
「そう言われると返す言葉がないな。だが現実問題として金はかかる。それになぜ今なのだ?」
「だから言っているじゃないですか、思い付きだと…これまでと同じような戦争を続けていても状況は変わりません。国力比、人口比率からいっても、同盟は劣勢。そして、攻めるのは帝国、守るのは同盟。相手のルールで戦争していては勝てる戦いも勝てません」
「だから全艦隊を動員するのか」
「はい」
「…ちょっと単純すぎやしないか」
「…まあ、思いつきですからね」
「しかし、前例はないし、帝国も想定はしていないだろう事は確かではないかね、二人共」
シトレ校長は静かにコーヒーを飲んでいる…。



 

 

第四十七話 不本意ながらも

帝国暦483年9月17日14:00
ヴァルハラ星系、オーディン、新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)北苑
クラウス・フォン・リヒテンラーデ

「卿等を呼んだのは他でもない、またぞろ叛徒共が軍事行動を起こすようじゃ」
「また彼奴等がイゼルローン要塞に攻め寄せる、と?」
「そうじゃ。フェザーンのレムシャイド伯より報せがあった。叛徒共は四個艦隊を動かすようじゃ」
「四個艦隊…」
「シュタインホフ元帥、迎撃をお願いできようか」
「畏まってございます…統帥本部総長、迎撃準備をお願いする」
「了解した。司令長官は今のお話を聞いて、どの様にお考えかな」
「迎撃ですからな。殲滅する必要はない、適度にあしらっておれば叛徒共は攻め手を失うだろう。要塞の戦力、駐留艦隊…増援一個艦隊で充分事足りる。如何かな、二人とも」
「そうだな…あしらうだけでよければ一個艦隊の増援で充分だろう。財務尚書に金食い虫と言われるのも癪だからな…本部長もそれでよろしいかな」
「妥当だろうな」
「よし……国務尚書閣下、軍はイゼルローン要塞に増援として一個艦隊を派遣致します」
「一個艦隊で大丈夫か」
「はい。過去の要塞防衛戦を振り返りましても、四個艦隊程度の兵力でイゼルローン要塞が危機にに陥った事はございません。司令長官の言う通りあしらうだけで充分かと。叛徒共にとってはあしらうだけでも痛手となります故」
雷神の槌(トゥールハンマー)か」
「仰せの通りにございます」
「了解した、陛下にはそう奏上致そう。で、誰を派遣するつもりかな」
「決まり次第お知らせ致します」




9月20日12:00
ヒルデスハイム星系ヒルデスハイム、ハノーファー、ギンコヌスシュロス
ジークフリード・キルヒアイス

 
 「どうかな、ここにはもう慣れたかな中尉」
シューマッハ中佐はグリューネソーゼ(グリーンソース)で和えたヌーデルン(パ ス タ)を口いっぱいにほおばっている。美味しそうだ、私もあれにすればよかったかな。
「はい。ですがまだ肩身の狭さを感じます」
「まあ、それはそうだろうな。しかしオーディンにいるよりはマシだろう?」
「はい…」
「ミューゼル少佐の事か?確かに彼の眼から見れば貴族の艦隊のお守りなど、失望経由絶望行き、と言ったところだろうな。やはり君もそう感じているか?」
「いえ、そんなことは…」
「ハッハッハ、隠さなくてもいい、私も最初はそう感じていたからな」
「中佐もそうお思いだったのですか?」
「うむ。せっかく士官学校を出たのに配置が此処では…とくさったものだ。だが状況はあの頃と変化している」
「伯が軍に復帰なされたからでしょうか」
「そうだ。そしてどうやら…おっと、報せが来たかな」
中佐の視線に釣られて食堂の入り口を見ると、躓きそうになりながらこちらに駆けてくるラインハルト様の姿があった。
「キルヒ…シューマッハ中佐、伯がお呼びです」
「了解した。伯は何の御用か仰っていたか?」
「いえ、ですが先ほど宇宙艦隊司令部より伯宛てに命令が届いた様です。多分その事についてだと。小官にはそのまま昼食を摂って来いと…」
「了解した」
シューマッハ中佐は残りのヌーデルンを急いで口に入れると、小走りで食堂を出て行った。
「やあキルヒアイス。美味しそうなシュニッツェルだな。俺もそれにしよう」
そう言うとラインハルト様はカウンターに向かって行った。

 ここはヒルデスハイムの首都、ハノーファー。第一〇一遊撃艦隊、通称ヒルデスハイム艦隊の根拠地でもある。当然ながら名前のとおりヒルデスハイム伯の領地だ。
昨年叛乱軍によって我々の乗艦ハーメルンⅡが拿捕された案件は、相当上層部の肝を冷やした様だった。運良く解放されたものの、その後ラインハルト様と私は軍務省勤務となった。拿捕された事自体は状況から見てやむを得ない事とされたが、そこに我々二人が居たことが問題になりかけた。ラインハルト様のお立場に今更ながら軍務省の上層部が気づいたのだ。非常に不本意な事ながらも、ラインハルト様は皇帝フリードリヒ四世の寵姫の弟なのだ。そのような存在が叛乱軍に拉致されたらどうなるか。拉致される事自体は問題はない…戦争遂行中であるから、ある意味仕方のないことでもある。しかし皇帝に近しい存在が拉致される…実際にそのような事が起きたら…軍に対する皇帝の心証はどうなるか…当然良いものではあり得ないだろう。遅まきながら軍上層部はそれに気づいたらしい。疎まれている事は幼年学校時代から解っていたが、ある意味ここまで気を使われる存在だったとは私やラインハルト様もこうなるまで気が付かなかった。

“武勲を望んで前線に出たがるのは分かるが、軍としては卿等に死なれても困るのだ。卿の御姉君の立場を考えてもみよ”

軍務省(ほんしょう)勤務が不満気なラインハルト様に、そう直言する上官もいた様だった。
「疎まれている上に手足も縛られるとは…迷惑をかけて済まないな、キルヒアイス」
この状況から救ってくれたのは現在の上官、ヒルデスハイム伯爵だった。
軍に復帰した伯は、参謀を探していた様だった。伯の出自からして、ブラウンシュヴァイク一門の貴族の子弟が伯を補佐しても良さそうなものだが、伯は一門ではなく軍に人材を求めた。
伯のこの動きについてブラウンシュヴァイク公は半ば不審に思い、半ば面白がっていたらしい。だが、

”一門の中に軍事に練達な者がいてもよかろう“

と軍務省に掛け合った。だが貴族艦隊に配置されるとなると出撃する事が少ない訳だから、当然武勲を立てる機会は減る。扱いも酷い場合が多いから、誰も行きたがらない。そこで我等二人にお鉢が回ってきたのだ。貴族の艦隊、それも大貴族なら戦死する事もないだろう、という訳だ。ブラウンシュヴァイク公はグリューネワルト伯爵夫人(アンネローゼ様)の弟が派遣されたと知って憤慨したという…。

 「ふん、これで俺達もブラウンシュヴァイク派という訳か。自らの手で立場も決められないとは、何とも惨めな物だな。姉上にも迷惑がかかるな…」
当然ながらラインハルト様は憤慨していたし、私も同意見だった。当然ながら伯を大貴族の俗物としか見ていなかったが、予想に反して彼は我々に対して、いや我々だけでなく周囲に対して誠実な人物だった。
「意外だな。大貴族の中にもああいう人物がいるのか」
「艦隊司令官として前線に出てから変わった、という話ですが…」
「ふん、その内化けの皮が剥がれるさ」
ラインハルト様はそう予想なさったが、伯の誠実さは本物の様だった。
「俺も最初はそう思っていたさ。だが伯爵は前線に出て目が覚めた、と仰っていた。戦闘体験を通じて何かに気づいたのなら、それは本物だろう、と俺も思ってね。それからは俺も誠心誠意、伯に仕えているよ」
とシューマッハ中佐は言っていたが…。



9月20日12:30 ヒルデスハイム、ハノーファー、ギンコヌスシュロス
ラインハルト・フォン・ミューゼル

艦隊司令官 :エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム伯爵中将
参謀長 :レオポルド・シューマッハ中佐
作戦参謀 :ラインハルト・フォン・ミューゼル少佐
同参謀 :ジークフリード・キルヒアイス中尉
分艦隊司令 :オットー・フォン・ノルトハイム少将
      ハインリヒ・フォン・ノルトハイム准将
      ヨッヘン・フォン・ナッサウ准将
      クリスティアン・ゾンターブルグ准将

 ヒルデスハイム伯爵、ヒルデスハイム艦隊か…。
総数一万一千隻、昨年の戦いで受けた損害をを復旧し、更に艦艇数が増加した。
最初は腐ったものだ。何故俺がブラウンシュヴァイク一門の大貴族の輔佐などせねばならんのか、と…。しかし命令となれば不満を示すわけにもいかない。今でも現状に満足している訳では無いが、文句など言おうものなら姉上にどんな迷惑がかかるか分からない。

 お先に失礼します、というキルヒアイスと入れ替わりに伯が姿を現した。
「…フレーゲル男爵は卿の事をよく『金髪の孺子』と呼んでいたな。まあこれは男爵に限った事ではないが…今でも不審かね?私の事が」
「いえ、そのような事は…」
姉上の従者として一度だけ参加した皇帝主催の園遊会で見かけた時には、大貴族の見本とばかりの態度だった。そんな奴がどうしてこうも変わったのだろうか?着任して半年経つが、未だに不思議…不審でならない。
「不審だろうな。門閥貴族、大貴族の気まぐれ、いつか化けの皮が剥がれるさ…そう思われても仕方がない。しかし私は前線に出てみて気づいたのだ。貴族としてこれでいいのかと」
「貴族として、ですか?」
「そうだ。帝国の藩屏などと聞いて呆れる、今まで私は何をしていたのだろうか、とね。…私は伯爵家に生まれた。だから周囲の環境について何ら疑問を抱かなかった。酒を楽しみ、競走馬を愛でて、一門や他家との付き合いに思案を巡らせ、園遊会や宮中行事にて皇帝陛下の覚え良き事を祈り、ヒルデスハイム家の勢力を伸ばす…家を継いだからにはそれが一番大事な事だと。これが当たり前なのだと」
「はい…伯爵家当主としてのお立場が…」
「うむ。前線に出た理由も、一門たるコルプト子爵の醜態の後始末をつける為だった。一門の恥は一門の誰かが拭わねばならぬ。当家の艦隊は約一万隻、叛乱軍なぞ恐るるに足らん…と軽く考えていた」
「まことに言い難き事ながら、そうではなかった、と…」
「そうだ。叛徒共にしてみれば、帝国軍だろうが貴族であろうが関係ないのだからな。無事還れたからよかったものの、そうでなければ卿とこうやって話などしておるまい…まあ、ブラウンシュヴァイク公は卿等が来ると知って嫌な顔をしたようだが、私としては本当に感謝している。再び前線に出るならば、優秀な補佐役は必要だからな」
「…再度前線に立たれると仰るのですか?」
「うむ。藩屏たるもの、やはり前線にて戦わねばな。それに用兵術にも興味があるのだ」
「…恐れながら申し上げますと、用兵に関しましては付け焼刃ではいかんともしがたいものがございます」
「だから卿等を呼んだ。感謝しているといったのも嘘ではないぞ。それにだ、私をうまく補佐できれば、卿等の評判は上がるぞ。ただでさえ貴族の艦隊はお荷物と思われているのだからな」
「お荷物などと、そんなことは…」
「隠さずともよい。私も含め先日のフレーゲル、シュッツラー達がそれを証明したではないか。私が考えを変えたのもそこに一因があるのだ。このままではいかん、とな。改めてよろしく頼む、ミューゼル少佐」
伯は頭を下げると、食堂を出て行った。
私をうまく補佐できれば、か…。経緯はどうあれ確かにチャンスかもしれない。大貴族の庇護下にあるというのは虫唾が走る思いだが、贅沢は言っていられない。功績を上げて早いうちにここを抜け出そう、なあキルヒアイス…。





 

 

第四十八話 対峙 

帝国暦483年11月20日08:00
イゼルローン回廊、アルテナ星系、銀河帝国軍、イゼルローン要塞、要塞司令部
クライスト

 「カプチェランカβⅢ基地より入電、『〇七四二時、大規模な叛乱軍艦隊を確認。叛乱軍正規艦隊規模の模様、警戒されたし』」
来たか。だが叛乱軍が来る事は分かっていたからな…正規艦隊規模…宇宙艦隊司令部からの事前情報では、敵の規模は四個艦隊だった筈だ。
「オペレータ。駐留艦隊司令部およびヒルデスハイム艦隊司令部に通報…『叛乱軍発見、正規艦隊規模、おそらく数個艦隊が出現すると思われる。警戒せよ』以上」
駐留艦隊は二万隻、ヒルデスハイム艦隊は一万一千隻…そしてこのイゼルローン要塞。充分とは言えないが増援があるだけマシというものだ…だが何故増援が正規艦隊ではなく任務艦隊、それも貴族の…。弾除けくらいにしかならんではないか…。


11月20日08:05
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部 
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「ラインハルト様」
「どうした、キルヒアイス。朝食なら俺はいらないぞ」
「いえ、要塞司令部より通報です」
キルヒアイスの手には通信文を記した記録紙が握られている。
「…これは…やっとの様だな」
イゼルローン要塞への増援としてヒルデスハイムを発したのが九月二十七日。要塞到着が十月十八日。そこから一か月の間、哨戒と称して錬成訓練を繰り返した。伯の意識変化が艦隊内部にも少なからず伝播しているのだろう、艦隊の士気は意外に高い。練度は…やっと平均、といったところだろう。分艦隊司令官達は皆ヒルデスハイム家に連なる者だが、下級貴族や帝国騎士の跡取りや次男坊で、みな能力はそれなりにある様だが、ヒルデスハイム伯の意識変化…やる気が出るまでロクに訓練をやっていなかった、というのだから推して知るべし、である。
着任して当初、伯や参謀長はともかく、俺とキルヒアイスに対する分艦隊司令官達の反発は、それは相当な物だった。皆上官だから、任務に精励して偏見をなくしてもらうしかなかった。疎まれ白眼視されるのは俺自身は別に構わないが、それでは一緒にいてくれるキルヒアイスに申し訳ないし、ここでの評判は姉上の評判に繋がる。
…となると、話し相手はキルヒアイスだけ、任務にだけ精励していればいい、という訳にもいかなくなった。懇親会に出て勉強会にも参加する。分艦隊司令官達の愚痴に付き合い、酒の相手もする…多分この一年で一生分の忍耐力を使い果たしただろう。それでも彼等の俺達に対する見方は中々変わらなかった。
変えてくれたのは伯の言葉だった。

”君たちは当時のラインハルト少年が、進んで実の姉を後宮に送ったと思っているのかね?私はそうは思わないが”

皇帝…陛下に直接仕える事は至極名誉な事である、と考えられているのだから、伯の言葉は不敬罪、ととられてもおかしくない言葉だった。
それから現在。艦隊内で「金髪の孺子」と呼ばれる事は無くなった。


 「…ラインハルト様?」
「ああ、済まない。司令官に報告しないとな」
「はい」





宇宙暦792年11月20日09:45
イゼルローン前哨宙域、自由惑星同盟軍、第八艦隊、旗艦ヘクトル、宇宙艦隊司令部
ヤマト・ウィンチェスター

 第五艦隊は無事イゼルローン回廊に進入したようだ。報告によると百隻程度からなる哨戒隊に数回出くわしたという。惑星カプチェランカからも回廊方向に向けて通信が行われた様だし、我々が近くにいる事はもうイゼルローン要塞にもばれているに違いない。
まあ、イゼルローン要塞を攻める事は同盟内で公式発表されているから、こちらの兵力について帝国軍はフェザーン経由で把握しているだろう。
まあこちらも偵察は手を抜いていない。二か月前から隠密の強行偵察を繰り返した結果、敵の兵力については判明している。駐留艦隊、イゼルローン要塞、そして正規一個艦隊規模の増援。増援の規模から察するに、公式発表以外の情報は漏れていないようだ。
原作でもこの年同盟がおこなった第五次イゼルローン要塞攻略戦では、同盟四個艦隊に対して帝国は増援すら出していない。それほど要塞という地の利は圧倒的なんだろう。もしかしたら出兵自体が秘匿されていたのか、フェザーンが帝国に情報を送らなかったのかも知れない。艦隊戦力で圧倒的に有利な同盟軍だったが、それでも要塞は陥とせなかった。
まあ…同盟の並行追撃に対して帝国軍は味方ごと要塞主砲で吹き飛ばす、という暴挙をやったからなのだが…。

 今回の作戦の策定に参加して困った事は、当然だが敵の戦力が分からない事だった。帝国軍はこちらの兵力に対してどれほどの援軍を寄越すのか。
原作では敵の援軍は無かった。原作情報を更に活用するなら、第六次攻略戦も同盟三個艦隊に対して帝国側は増援を出していない。
では俺の転生したこの銀英伝の世界ではどうなのか。だから敢えて要塞攻略戦を行う事をアナウンスしてもらったんだ。
純粋な艦隊戦なら駐留艦隊と合わせて最低でもこちらと同数か三個艦隊を寄越すだろうが、要塞防衛戦という事で要塞の戦力をあてに出来るわけだから、増援は少なくて済む。原作とそれほど相違がないなら増援なし、あっても一個艦隊だろうと予想した。合わせて二個艦隊、であれば最悪こちらの全艦隊を繰り出せば要塞を陥とす事は可能だろう、という計算だ。

”貴官の予想が当たったな。アッシュビーの再来なら、この程度はやってもらわねば困るがね”

偵察の結果が知らされた時、シトレ親父は笑ってそう言ったものだ…。

「長官代理、第五艦隊より通報です。『既ニ敵艦隊出撃セリ、増援求ム』との事です」
クブルスリー総参謀長が通信文を手にシトレ親父に駆け寄る。
「了解した。第四艦隊を回廊に進入させたまえ」
「了解しました」
総参謀長がタフト准将に合図すると、第五艦隊の状況概略図が艦橋正面スクリーンに映し出された。
「これは…」
スクリーンに映る概略図を見て、ヤンさんが思わず声を出した。確かに、これは…。

「駐留艦隊の規模が大きいな、総参謀長。二万隻は居ると思うが」
「はい、想定より数が多いようです。過去の戦いから一万五千隻程度を想定していたのですが」
「敵の増援は約一万隻だったな?」
「はい、間違いありません」
「戦いに齟齬は付き物だ。よし総参謀長、第十艦隊も進入させよう。第五艦隊は一旦後退、第四艦隊を中央、右翼は第五、左翼は第十艦隊とし、合流せよ。現場指揮の先任指揮官はグリーンヒル中将とする。帝国艦隊と対峙、戦線構築確認後、第八艦隊も進入する。かかれ」
さあ、いよいよ本番、第一段階開始だ。






11月20日10:30
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部 
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 ヒルデスハイム伯は司令官席で足を組み、目を瞑っている。
前線での戦闘が彼を変えたという。今からそれが本当なのか証明される。
「ラインハルト様、いよいよですね」
「ああ。俺も早くこの様な艦隊を率いる事が出来るようになりたいものだ…こちらは二個艦隊三万一千隻、叛乱軍は…四個艦隊、約五万三千隻。艦隊兵力は向こうが上、どう要塞主砲(トゥールハンマー)の射程に引きずりこむか、だが」
「はい、ですが叛乱軍も過去の戦闘で要塞主砲の威力は充分解っている筈です。簡単には主砲の有効射程内には入ってこないでしょう」
「そうだな…」
俺達の会話が聞こえたのだろう、参謀長シューマッハ中佐が割り込んできた。
「ミューゼル少佐が敵の艦隊司令官なら、要塞をどのように攻める?」
中佐の顔にはいたずら小僧の様な表情が浮かんでいた。
「小官なら、ですか」
「そうだ。卿が叛乱軍の指揮官なら、どうする?」
俺は思わずキルヒアルスと顔を見合わせた。
「…参謀長ならどうなさいますか」
「ハハ、聞いているのは俺なんだがな……俺なら要塞を攻める事より、敵の…この場合は我々の事だな、帝国軍の艦隊兵力を減らす事に全力を注ぐがね」
中佐の返事に答えようとすると、オペレータが声を張り上げた。
”駐留艦隊司令官より入電、司令部に回します!”
我々の前に映像が浮かび上がる。駐留艦隊司令官、ヴァルテンベルグ大将の姿が映っている。



11月20日10:35
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部
ヒルデスハイム

 …要塞を攻める事より艦隊兵力を減らす事に全力を注ぐ、か…それに対して少佐は…なんだ?
オペレータが声を張り上げている。
”駐留艦隊司令官より入電、司令部に回します!”
映像が浮かび上がった。駐留艦隊司令官、ヴァルテンベルグ大将の姿が映っている。

”ヒルデスハイム伯、いや中将。艦隊の状況はどうか”

「異常ありません、閣下」

”そうか。叛乱軍は三個艦隊が横一列に並び、その後方に一個艦隊が待機している。兵力は向こうが上、要塞主砲の有効射程に引きずりこまねば我等の勝ち目は少ない。卿の艦隊は我が艦隊の後方に位置して予備兵力として追従待機してもらいたい”

「了解いたしました」

”よし、では始めよう。皇帝陛下に勝利を”

通信が切れる。よし。
「参謀長、前衛の駐留艦隊に続いて前進だ。駐留艦隊との距離を保て」
「はっ。全艦前進、艦隊速度強速!」





11月20日10:35
自由惑星同盟軍、第四艦隊、旗艦ペルクーナス
ドワイド・D・グリーンヒル

 「閣下!イゼルローン駐留艦隊が動き出しました!後衛の艦隊も等しく追従している模様です」
「長官代理に連絡だ」

”こちらでも確認した。始めよう”

「了解しました」

シトレ閣下がこのような賭けに近い作戦を立案するとは…、いや、あの将官推薦のあの若者の立案だったな。
統合作戦本部長も勇退前とあっては名目だけのような存在だから、本作戦を追認したにすぎない。すでにシトレ閣下の独壇場だ。それに政府もこの作戦が成功したならば、現政権は長期政権も夢ではないだろう。帝国本土進攻…なんと心地好い響きなのだろう。
「第五、第十に連絡…全艦戦闘準備。敵が有効射程に入り次第戦闘開始。我の発砲は待たなくてよい。以上だ」
 

 

第四十九話 第五次イゼルローン要塞攻略戦(前)

宇宙暦792年11月20日12:00
イゼルローン回廊、イゼルローン要塞近傍、自由惑星同盟軍、第八艦隊、総旗艦ヘクトル、宇宙艦隊司令部 ヤン・ウェンリー

 敵は三万一千隻、それに対し味方は第四、第五、第十の三個艦隊、三万七千五百隻が対峙している。この三個艦隊の後ろにいる我々第八艦隊の役目は予備、それと要塞主砲に対する陽動と牽制だ。
校長…司令長官代理は、艦隊戦に関しては三個艦隊の内の先任司令官であるグリーンヒル中将に一任するようだ。確かに艦隊戦と要塞攻略戦の指揮は同時には行えない。しかしイゼルローン要塞を攻める場合、駐留艦隊の存在を無視出来ないから、この二つを同時に行わなくてはならない。なぜなら帝国軍はこちらを要塞主砲の射程に引きずり込もうとするからだ。だから艦隊戦そのものもイゼルローン要塞の至近の宙域で行われるから、要塞の戦力も無視出来ない。要塞または駐留艦隊を牽制しつつ、艦隊または要塞を攻撃しなくてはならない。至難の業だ。
ウィンチェスター中佐の立てた作戦案は良くできていた。駐留艦隊に対峙するチームと、要塞を牽制するチームに分けたのだ。

“大威力の要塞主砲とて一度に全方位を指向出来る訳ではありません”

確かにそうだ。誰かが要塞の動向を見張っていれば、他の者は駐留艦隊の撃破に専念できる。何故気づかなかったのか。いや、気付いてはいた。それを一人の指揮官が統制しようとした所に問題があったのだ。

“確かにイゼルローン要塞は難攻です。しかし不落ではありません。やり方を間違えなければ必ず落とせます。だから十二個艦隊を動員するのです。第二陣が控えていると思えば、イゼルローン攻略部隊も安心して戦えます”

決戦、という訳か。大兵力で一気呵成に攻める。戦力の集中は基本中の基本だ。

「四個艦隊で駄目な時は待機中の残りの艦隊すべてを増援として呼びます」

よく考えている。しかし余りに大きい賭けではある…私ならどうするだろうか…。

「まあ、大丈夫でしょう。味方がきちんと命令を守れば」



 戦況概略図をずっと見つめていたウィンチェスターがふとこちらを向いた。シトレ校長に会釈すると、こちらに歩み寄って来た。
「ヤン中佐。考え事ですか?」
「何もする事がないな、と思ってね。ウィンチェスター」
「まあ、戦闘中の次席副官の立場ですとそこまで忙しい訳じゃないですからね。そのうちこの艦隊にも出番が来ますから、何もする事がないのも今の内だけです。前衛の三個艦隊を見守ろうじゃありませんか」
「その前衛艦隊は大丈夫かな。彼我の兵力差は微妙だが…」
「なぜあの三個艦隊を選んだと思います?先任のグリーンヒル提督は沈着冷静で思慮深く、ビュコック提督は我慢強い。ウランフ提督は剛毅で勇猛果敢。三位一体という訳です」
「…バランスがいいね。君は本当によく見ているなあ」
「雇われ参謀としては真面目にやらないといけませんからね。なんとなくの思いつきを進言して立てた作戦ですが、勝算は高いと思いますよ」
「だけど、それなら要塞攻略戦だけでよかったんじゃないか?帝国本土進攻はさすがに一朝一夕ではいかないだろう?」
「…ポーズですよ。大きな声では言えませんが」
「ポーズ?味方に対するポーズということかい?」
味方に対するポーズ?…ああ、そういう事か。残留する艦隊司令官達への配慮ということか…。しかし本当に配慮のためだけにこの作戦を立てたとしたら呆れた話だが…。
「ええ。帝国本土進攻といってもオーディンまで進む訳じゃありません。言い方は悪いですが、ガス抜きのような物です」
「…ガス抜きのために戦わされる兵達はたまったもんじゃないと思うが」
「溜まりきったガスが爆発した時の方が大惨事になりますよ?そちらの方がひどくありませんか?」
彼の言いたい事は分かるが…それは軍事力の恣意的な運用ではないのか?
「無用の出師、とお思いですか?」
「そうは言っていないけどね」



11月20日12:10
自由惑星同盟軍、第八艦隊、総旗艦ヘクトル、宇宙艦隊司令部
ヤマト・ウィンチェスター

ヤンさんの言いたい事も分かる、確かにガス抜きでこの出兵はひどいと思われても仕方ない。まあ…この先の出来事を知っているから言える事なんだけどね…。
というか今回も含めて五回目だ、イゼルローン要塞に攻め込むのは。
一回二回なら分かる。まあ三度目の正直という言葉もある事だし三回目も許そう。でも二度ある事は三度ある、じゃダメなんだぜ?ましてや五回目だ。軍は何やってやがる!ってデモが起きてもいいくらいだ。軍の存在価値を示す為にワザと攻め込ませてるんじゃないか?なんて思う奴がいてもいいくらいだぞ?
まあ…五度目の正直にはしなきゃいかんし、それが望まれるくらい難攻不落と思われている事も確かだ。せっかく宇宙艦隊勤務になった事だし、どうせならこの先の同盟の悲惨な出来事は回避出来るよう努力はしたい。それが俺の知っている銀河英雄伝説と異なる結末になってもだ。


11月20日13:30
自由惑星同盟軍、第四艦隊、旗艦ペルクーナス
ドワイド・D・グリーンヒル

敵の陣形が変化しつつある。此方の両翼…右翼ビュコック提督、左翼ウランフ提督…が前進して敵の前衛…イゼルローン要塞駐留艦隊に攻撃を行っている。駐留艦隊は約二万隻、此方の両翼の攻撃に抗しきれないからだろう、早くも敵後衛から六千隻ほどが戦線に移動しつつある。此方の左翼の攻勢を止めるつもりなのか、敵右翼後方から我が方左翼に向けてに移動している。
「参謀長、ウランフ提督に連絡。針路そのまま九時方向に移動、敵前衛を迂回して此方の左翼に回り込もうとしている敵の予備兵力に対応せよ」
「了解しました。当方に向かう敵の予備兵力の一部、これよりC目標と呼称、各艦隊に伝達します」
「よし。我が艦隊も第十艦隊の移動後、前進。第五艦隊と共に敵駐留艦隊に当たる。ビュコック提督に連絡、第十艦隊が移動する、第十艦隊の移動を援護せよ」
「了解いたしました」
コルネイユ参謀長は相変わらず余計な事は言わない。私の指揮が現状でおかしくない証拠だろう。しかしいきなり先任指揮官として三個艦隊の指揮を執らされるとは…名誉な事だが私に上手くやれるのだろうか。
「閣下、C目標ですが、第十艦隊を釣る餌ではないでしょうか。C目標が針路を変えずに直進した場合、要塞主砲(トゥールハンマー)の有効射程内に入ります」
余計な事は言わないが、見ている所はきちんと見ている参謀長…それは有り得る話だ。この状況を見て長官代理はどうかなさるか…。
「そうだな、念のためウランフ提督に要塞主砲に注意するよう伝達しろ」
「了解しました」



帝国暦483年11月20日13:30
イゼルローン要塞近傍、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 叛乱軍は此方の意図を見抜くだろうか。しかし今回ばかりは見抜いたとしてもおそらく何も出来はしまい……ノルトハイム両分艦隊、ナッサウ分艦隊、計六千隻が駐留艦隊の右翼に向けて移動を開始した。駐留艦隊の右翼を大きく迂回し、敵の左翼を左側面から攻撃させようというのだ。
予備として後衛にいる我々から兵力を分派するのは時期尚早ではないのかと思ったが、駐留艦隊だけでは敵の両翼からの攻撃を支えきれない現実の前にはそうも言っていられない。

“艦隊の一部を分派し、駐留艦隊右翼を大きく迂回させ、要塞主砲の有効射程ギリギリのラインから敵左翼を側面から攻撃させよう”

意外な事にシューマッハ参謀長ではなく、ヒルデスハイム伯の発案だった。確かに意図は悪くない。上手く行けば敵左翼の注意を引き付けられる。六千隻の兵力で側面攻撃を行うのだ、その効果は大だろう。
「閣下」
「ミューゼル少佐、どうしたか」
「側面攻撃に向かう部隊ですが、要塞主砲の射程内に陣取り、長射程で攻撃させては如何でしょう。その後疑似突出と後退を繰り返しながら攻撃を続行させれば、要塞主砲の存在と相まって、敵左翼の注意を引き続ける事が出来ると思うのですが」
「ふむ…敵左翼への嫌がらせ、という訳か!しかし敵とて堪忍の尾が切れるかもしれん。敵左翼がノルトハイム達に襲いかかるかも知れんぞ?」
「過去の戦いを見てみますと、叛乱軍は要塞主砲をかなり恐れています。主砲射程内に入ろうとはしないと思われますので、その心配は無いものかと…駐留艦隊の右翼とうまく連動できれば、敵左翼を挟撃体勢に追い込む事が出来ます」
「成る程な…了解した、参謀長、ノルトハイム達にそう伝達してくれたまえ。駐留艦隊への連絡も忘れずにな」
…これで駐留艦隊はかなり楽になるだろう。しかし、自分自身で指揮が執れないというものは歯痒いものだ…。



11月20日17:00
自由惑星同盟軍、第十艦隊、旗艦盤古(バン・グー)
ウランフ

 「たまらんな、参謀長」
「はい。あのC目標とやらの安全圏からの執拗な長距離攻撃、更には疑似突出と後退…被害はそれほどでもありませんが、これが長時間続くとなると、塵も積もれば何とやら、です」
「そうだ。それに第五艦隊が我々と第四艦隊の移動を援護する為に前進したため、彼等は無視出来ない損害を出している。ビュコック提督には申し訳ない限りだ」
「はい…第四艦隊が当艦隊の穴を埋める形で戦線参加したため、敵の半包囲態勢が完成しなかったのがせめてもの救いです」
「そうだな…だが我々は遊兵化してしまった。あいつら(C目標)をほっとく訳にもいかん、奴等の目標で居続けねばならんからな…」
敵ながら見事だ。我々の転進を援護する為とは云え、チェン参謀長の言う通り第五艦隊は敵駐留艦隊に半包囲されるところだった。昨年の戦いといい、ビュコック提督には助けられっぱなしだ。第四、第五艦隊の後方に下がるか…いやそれではあのC目標が第四艦隊左側面に対し突撃体勢をとるだろう。となれば駐留艦隊後方に待機している部隊がC目標の突撃を援護するために此方の左翼、いや右翼だろうか、まあどちらかに現れるのではないか。いやはや何とも…。




11月20日18:30
自由惑星同盟軍、第八艦隊、総旗艦ヘクトル、宇宙艦隊司令部
ヤマト・ウィンチェスター

 艦隊戦は一進一退、膠着状態におちいった…膠着状態に入るのも作戦の内だけど、劣勢ながら意外に帝国軍がよくやるんだ。あの分艦隊(C目標)の効果はでかい。要塞主砲の存在をちらつかせながら第十艦隊の足を止めている。あれじゃまるで帝国版『D線上のワルツ・ダンス(ワルツ・ダンス・オン・ザ・デッドライン)』だよ。
そして六千隻という数は同盟一個艦隊の約半数だ。だからウランフ提督も無視出来ない上に近付けない。要塞主砲を撃たれる、という恐怖がある。直撃したら一千隻以上が消えてなくなるのだ。密集していたらそれじゃ済まない…。だけどこれは要塞主砲が艦隊の方を向いていれば、の話だ。もしそうじゃなければ…。




11月20日19:50
自由惑星同盟軍、第五艦隊、旗艦リオ・グランデ、
アレクサンドル・ビュコック

 目を真っ赤に充血させたモンシャルマン参謀長が通信文を手にしている。はて…。
「閣下、グリーンヒル提督より連絡です。回廊入口まで後退、再編成を行え、との事です」
「そうか、了解した。命令、梃形陣を編成しつつ後退する…グリーンヒル提督は他に何か言わんかったかな」
一瞬考え込む参謀長の横に通信オペレータが駆け寄る。
「追伸の様です…殿(しんがり)は第四艦隊が務める、との事です」
「やはりのう。では有り難く下がらせて貰うかの」
「一段落ですね…梃形陣をとりつつ後退せよ!敵の追撃に注意!攻撃の手を緩めるな!…回廊入口まで約十時間、再編成後、現状報告致します」
「うむ」
参謀長の言う通り、やっと一段落じゃの。
「閣下、どうぞ」
「お、バルクマン…ブランデーとはありがたいの」
「気付けにはコーヒーよりよほどいいかと思いまして」
「そうじゃな…ところでじゃが、今回の作戦の次の段階について、ウィンチェスターから何か聞いておるかね?」
「いえ…作戦前に一度連絡したのですが、秘密だ、と言われました。確かに秘密にはせねばなりませんし…知らない方が余計な気をまわさなくて済むだろうとヤツは…いえ中佐は言っていました」



11月20日20:00
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 敵が退く気配を見せている。一旦下がって再編成するのだろう。敵が退くなら駐留艦隊も一息つける。オペレータがその駐留艦隊からの通信を告げた。

”増援の派遣、助かった。あれがあったおかげで非常に楽になった。そして敵が退く様だ、おそらく再編成のために回路入口まで下がるのだろう。それを見極めた上でこちらも再編成を行いたいが“

「了解しました。当艦隊が前進し警戒監視の任に当たります」

”済まぬな、こちらも艦隊の半数は要塞外で待機させる。では“

ヒルデスハイム伯はクライスト大将からの通信が終了すると、パンと手を鳴らした。
「さあ、卿等、もう一仕事だ。駐留艦隊の移動後、艦隊を前進させよ」
「了解致しました…ミューゼル少佐、この後だが叛乱軍が後退次第、敷設艦を出して機雷を撒こうと思うのだが、どうかな」
「小官も参謀長のお考えに異論はありません。ですがあまりあからさまにやりすぎると叛乱軍も此方の妨害に出るでしょう。花火程度に、がよいのではないでしょうか」
「花火程度ね…卿も意地が悪いな、確かに数ヶ所仕掛けておけば用心して敵の攻め足は鈍るだろう、よしそれで行こう」
「ありがとうございます…」
「…他にも何か言いたそうだな、少佐。言ってみたまえ」
俺の視線に気づいたシューマッハ参謀長は、ヒルデスハイム伯に駆け寄ると、伯に耳打ちを始めた。そのまま手招きしている。

「どうした少佐。何か気になる事があるのか?」
駆け寄った俺を見て、ヒルデスハイム伯は心配そうな顔をしている。
「いえ、はい…戦況概略図を開いてもよろしいでしょうか」
「うむ」
「では…ご覧ください、今までの戦況です」
戦況概略図に戦闘開始後の状況が映し出される…艦隊戦力はこちらが不利ながら善戦といっていいだろう…そして現時間で状況は停止している。ヒルデスハイム伯は当艦隊が活躍出来ているのを改めて確認して嬉しそうだ。

 「うむ、いい流れだな。このままいけば敵は要塞にとりつく事は出来んぞ。何か問題があるかね?」
そう、艦隊戦の状況がいいのでやはり皆気づいていないのだ。参謀長も不審そうな顔をしている。
「叛乱軍は何故最後尾の艦隊を戦線参加させなかったのでしょう?あの段階で此方の右翼方向から戦線参加すれば、駐留艦隊を要塞主砲の射程外から攻撃出来た筈です。緒戦から前衛の三個艦隊にだけ戦闘を任せて、一度も動いていない。不思議です。わざわざイゼルローンまで来ているのに練度や戦意不足とは考えられません」
俺の指摘は間違っているだろうか。敵の最後尾の艦隊は戦えるのに敢えて戦っていないような気がするのだ。
参謀長が腕を組んでいる。伯も俺の指摘に何かを感じ取ったのだろう、眉間に皺を寄せている。
「敵の最後尾の艦隊が戦線に参加するとなれば、我々は主砲の射程内に引っ込まざるを得ない。それを敵は嫌がったのではないか?そうなると奴等は完全に手詰まりになってしまうからな」
「しかし一度も動かないのは不自然です。戦線参加の動きを見せれば確かに我が軍は後退するでしょう、動くだけでもこちらに何らかの隙は生じます、それを狙ってこちらの艦隊戦力の漸減も可能でしょう。それなのに動きがないとすれば、何かを狙っているとしか考えられません」
伯がゴクリと唾を飲む音が聞こえた様な気がした。
「何を狙っているか、想像がつくかね、少佐」
「こちらの後退に合わせて急速追撃を狙っているのではないでしょうか。此方の後退速度以上で追撃し敵味方の混交状態を作り出す。そうすれば要塞も主砲を発射できません。味方がいますから」
伯もシューマッハ参謀長も驚いている。主砲を封じる手段としては単純だが効果的な手なのだ。だがタイミングが合わねば混交状態を作り出すのは難しい。敵がそれを行うには敵全軍の呼吸が合っていないと失敗の可能性が高い行動ではある。最後尾の艦隊がその機会を伺っているのだとすれば…。
「まさかそんな手があったとはな…参謀長、駐留艦隊後退後はノルトハイム達を呼び戻した方が良さそうだな。合流していつでも動けるようにせねば。駐留艦隊に少佐の懸念を伝えよう。あくまでも可能性の一つとして、だ」
「可能性の一つ…何故です?」
「長年前線を守っている彼等が、昨日今日前線に出てきた貴族艦隊の進言を素直に受け入れると思うかね?」
…確かにそうかもしれない、要塞の守備隊や駐留艦隊の彼等にしてみれば貴族の艦隊が増援というだけでも気に入らないだろう。ましてやその増援がないと戦線が維持できないとなれば、その腹の内は想像に難くない。確かに先ほどの映像通信のクライスト大将の表情は苦虫を嚙み潰した様な顔だった…。
「…そしてその懸念を抱いているのが小官では、ですか」
「そうだな、それもある。卿は正しく評価されていない、非常に残念な事だが」
驚いた事に伯は心の底から俺の事を心配してくれているようだった。何故なのだろう…。
「まあそれは置いておくとしても危険性は伝えなければな。言った言わないで揉める事は貴族社会では日常茶飯事でな」
「成程…記録として残れば責任を取らされる事はない、と?」
「まあ、それだけではないがな。参謀長、とりあえず敵も再編成が終わるまでは大人しくしているだろう、警戒監視しつつ、全艦交代で休息を取るように」





 

 

第五十話 第五次イゼルローン要塞攻略戦(中)

帝国暦483年11月21日06:00
イゼルローン回廊、イゼルローン要塞近傍、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部
ジークフリード・キルヒアイス

 上官に人を得る、というのがこんなにも有難い事だとは思わなかった、とラインハルト様は仰った。
「今までが今までだったからな。伯は有能ではないかもしれない、でも無能では無いし有為の人だろうな」
やはり環境が変わって初めて目覚める事もあるのだ、という事だろう。伯がそうだった様に、ラインハルト様も少し変わった様な気がする。
アンネローゼ様をお助けするために抱いている志は今でも変わらない。しかし大貴族、門閥貴族と呼ばれる人達に直に接する─それも補佐という形で─様になって、今までと違う人の見方をするようになってきた様に思える。
「確かに多くの貴族は無能だろう、だが全てが無能とは限らない。特に大貴族はそうだ。よく考えれば帝国の中枢に近い所にいるのだ、それで陥れられずに権勢を維持するのは並大抵の事ではあるまい。伯に仕えて初めて解ったよキルヒアイス…敵の事も知らずに姉上を救う夢ばかり見ていたとは…恥ずかしい限りだな」
「敵を知り己を知る…名参謀、ミューゼル少佐の誕生ですね」
「何だと、ハハ…」
そう、我々は敵を知り己を知らねばならないのだ…。

 「考え事かい、キルヒアイス」
「いえラインハルト様、そういう訳では…」
「隠し事はなしだぞ」
「では…敵、叛乱軍は何を目指しているのでしょう」
「決まっているじゃないか、イゼルローン要塞の攻略だろう」
「それはそうなのですが…」
「叛乱軍のイゼルローン攻略後の方針の事を言っているのか?」
「はい。叛乱軍…同盟軍は帝国本土に攻め込むのでしょうか」
「それは…当たり前とは思うが、言われてみれば…考えた事がなかったな」
「イゼルローン要塞が出来て以来、何十年も彼等は攻めあぐねています。そして今日までその図式は変わらない」
「そうだな」
「彼等にとって手段が目的化しているのではないかと思いまして…これは帝国にも言える事ですが、戦争目的を見失っているのではないかと」
「これだけ何度も攻めておきながら…落とした後の事は考えてないと言うのか?」
「はい…考え過ぎかも知れませんが」
ラインハルト様はまさかという顔をしたがそう思えてならないのだ。敵にとってみればまずはイゼルローン、その先はそれから考えればいい…。
「同盟軍の方針は置いておくとしても、我々はイゼルローン要塞が失陥した場合の事も考えなくてはなりません」
「そうだな…正に今その戦いの真っ最中だからな、玉砕という訳にもいかない…俺がのしあがる前に現在の情勢が変わる、という事も考えなくてはならない、という事だな。しかしそんな事を言うなんて、いきなりどうしたんだ?」
「昨日のラインハルト様の発言が気になりまして」

私も参謀任務に就いているが、佐官のラインハルト様と尉官の私とでは任務の内容が違う。ラインハルト様が直接司令官…ヒルデスハイム伯爵中将を補佐するのに対し、私の任務は雑務―艦隊司令部の庶務、雑務の所掌、統括―だ。だから常にラインハルト様の側に居る、という訳にもいかない。だが同じ艦橋勤務ではあるから、昨日のラインハルト様の発言も当然ながら耳にしていた。

“敵の動きが不自然です”

私に割当てられている制御卓を操作し、ラインハルト様達と同じ様に戦況概略図を開く。……確かに不自然かもしれない。叛乱軍が何を企図しているかは分からないが、最後尾が一度も動かないのは妙だ。

「聞こえていたか。危惧が当たらない事を祈るばかりだ」
「はい。私も戦況概略図を見て、不審に思いました。それで概略程度ではありますが過去の要塞防衛戦を調べてみたのです」
「何か分かったのか」
「敵も指揮官が変われば攻め方も変わると思うのですが、膠着状態になり手詰りになる…の繰り返しです。今回の同盟軍もそうです」
「能のない奴等だ…過去の戦いを見れば膠着状態になるのは目に見えているのにな。俺ならイゼルローン要塞の様な要塞天体を作ってぶつけるがな。人命も無駄に失なわずに済むし、結果として安上がりだ」
「ぶつける…確かに帝国軍の上層部は想定していないでしょうね…まあそれはともかく話を戻しますと、確かに今回も膠着状態には違いませんが、今回に関してはあらかじめ膠着戦に持ち込む事を企図している様な印象を受けます」
「…そこだ。敵は後衛の艦隊を動かさずに前衛艦隊だけで戦っている。兵力は向こうの方が上なのだから、要塞主砲の射程圏外で戦う限り後衛の艦隊が前線に参加すれば余程楽に戦えるし、早めにけりをつけられる。それをしないというのは、何かを企んでいるとしか思えない。もしそれかこちらの想定外の手段なら、並の指揮官では対応は難しいだろうな。俺としては敵は並行追撃を目論んでいると思うのだが…」
「はい…」
ラインハルト様は組んだ右手を顎にあてて何事か考えている。私の言った事が何か参考になればいいのだが…。

「敵の指揮官は確か宇宙艦隊の司令長官代理だったな」
「はい。フェザーン経由でもたらされた情報ではシドニー・シトレ大将、病気療養中の現職の司令長官の代理に任命されたと。そのまま代理の文字がとれる予定だそうです」
「…一時的な代理ではなく指揮を引き継ぐとなれば、自分が指揮する初の作戦で負ける訳にはいかないだろう。その初戦で要塞攻略戦を行うとは、立てた作戦に余程自信があるのだろうな」
「はい…。攻守のバランスが高い次元でとれた有能な指揮官だそうです」
「適材適所の人事、という事か」
「はい…それと気になる人物が司令部中枢に配置されています」
「誰だ?」
「参謀ではありませんが、次席副官の名前にヤン・ウェンリー中佐の名があります」
「奴らの喧伝するエル・ファシルの奇跡、平民…いや民間人だな、その救出作戦で名を上げた男だな」
「はい。それともう一人…ヤマト・ウィンチェスター中佐。此方は作戦参謀に配置されています」
「俺達の事を知っていたあの男か」
「はい。何でも『ブルース・アッシュビーの再来』と称されているとか」
「アッシュビー…叛乱軍の著名な指揮官だな。奇跡を起こす男と名将の再来と称される男。面白そうな組み合わせだな。常識に囚われない発想をするかもしれない、という事か…その二人をスタッフにしているという事は、これからしばらくの間はしたたかな攻め手を採るかもしれないな」
「はい。そしてこの戦いです。注意した方がいいかもしれません」
「そうだな。だがまずは伯の補佐だ。彼をきちんと補佐しない事には生きて戻れないからな」



11月23日13:00
イゼルローン回廊入口(同盟側)、自由惑星同盟軍、第八艦隊、総旗艦ヘクトル、宇宙艦隊司令部、
ヤマト・ウィンチェスター


 こちらの思惑通り、膠着状態で終える事が出来た。
中々の滑り出しだ。まあ相手の事はよく分からないけどこちらは無理はしていないから、膠着状態になるのは当たり前なんだけどね。
「総参謀長、再編成が終了しました。第四艦隊、一万千二百隻、第五艦隊、一万三百隻、第十艦隊、一万ハ百隻。各艦隊共に現艦艇数の一割から二割は損傷していますが、戦闘に支障はないとの事です」
「了解した。君の立てた作戦案では、この後再度膠着状態に持ち込むのだったな?」
「はい。突破しようとして突破出来ない、この状態を演じます」
「その後第二段階、という訳だな」
「その通りです」
「上手く行く事を願っているよ。では長官代理に報告してくる」
クブルスリー少将。原作でも旧版アニメでも期待されながら活躍出来なかった、ちょっと悲しい存在だよな。戦略眼に優れた有能な指揮官…って描かれ方だったけど、事前にこの今作戦案を報告したら、絶対却下だっただろう…。
「准将、休憩なさって下さい。まだ五時間はありますから」
「そうか、君はいいのか?」
「はい、まだ若いんで大丈夫です、ハハ」
「ではお言葉に甘えるとするかな。二時間後には戻るよ」
「どうぞ」
主任作戦参謀のハフト准将。同盟軍も大所帯だから、原作に名前の出てこない人がたくさん居るのは当たり前なんだが、いかにも切れ者、参謀の鑑、って感じの人だ。後方勤務本部出身なのに作戦参謀というのは少し珍しい。同じ補給畑という事で、キャゼルヌさんとうまが合う様だ。何故か、俺とも仲良くしたがっているように見える。多分…俺が将官推薦で国防委員長に近い存在だからだろうか…それともシトレ親父の秘蔵っ子とでも思われてるんだろうか…。補給担当のギャバン准将もそうだし主任情報参謀のロックウェル准将もそうだ。もしそうなら仕方ない事だろうが随分と打算的だが、まあ嫌われるよりかなんぼかマシだろう。
ハフト准将も居なくなって、総司令部の高級士官で艦橋に残っているのは俺だけになった。総参謀長副官のシモン大尉は少将の代わりに艦橋に残っている。浅黒の肌の中々の美人だ。うん、絶対に副官の選考基準には容姿の項目もあるんだろう…。

「予定通りの様だな、中佐」
長官代理、艦橋入られます、というシモン大尉の声と共にシトレ親父が総参謀長を伴って艦橋に入って来た。
「はっ、この後一三三〇時より行動を再開します」
「再度膠着状態に持ち込むのだな…あと何度繰り返せばよいと思うかね?」
「前衛艦隊の損害状況にもよりますが、最低でもあと三度程は繰り返すべきだと考えます。その状況の中で長官代理の直卒艦隊が前線に出る様に疑似突出を繰り返せば、こちらの意図は読まれない筈です」
「更に無人艦を突入させるのだったな」
「はい。各艦隊から千隻ずつ、直卒の当艦隊から二千隻、合計五千隻が突入します。当艦隊からの派出分はすでに各艦隊に分散配置済みです」
俺がそこまで言うとシトレ親父が力強く頷き、総参謀長にに向き直った。
「了解した。総参謀長、予定通り作戦を再開したまえ」




11月26日17:05
イゼルローン要塞近傍、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 参謀長シューマッハ中佐の顔色が優れない。それもそうだろう、敵は四度目の攻勢をかけ始めた。
駐留艦隊の残存兵力は既に一万五千隻に満たない、それに対し叛乱軍の前衛三個艦隊は三万隻近い。そしてその敵は今回は勢いが激しい。それでも尚組織的に抵抗出来ているのは、こちらのノルトハイム・グルッペによる敵左翼の足止めが成功している為だが、その分敵中央と右翼からの攻勢は激しくなっている。
「厳しいな」
ヒルデスハイム伯がボソリと漏らした。伯は呟いたつもりの様だったが、意外にその声は大きかった。照れ隠しの様に伯が指揮官席を立つ。
「命令。艦隊、紡錘陣を取りつつ三十度左回頭。駐留艦隊の左翼を迂回して前進し、叛乱軍右翼を側面攻撃する」
「閣下、閣下の御命令を実行致しますと、敵の後衛予備が動き出した場合、我が艦隊は左側面または後背を突かれる恐れがありますが…」
「分かっている。だが駐留艦隊は既に手一杯の状況だ。このままだと駐留艦隊の中央と左翼は崩れて無秩序に後退しかねない。現在位置ではそれに巻き込まれる恐れがある。だが我等が敵の右翼を側面攻撃すれば駐留艦隊は要塞主砲の射程圏内に秩序を保って後退出来るのではないかね?幸いな事に、まだ敵の後衛予備は突出の真似ばかりでまともに動いてはいない。頃合いを見て我等も後退すればいい」
「…仰る通りです」
伯の見立ては最善ではないが最適解だろう。味方の予備戦力と呼べる物が既に我々しかいないこの状況では、駐留艦隊の後退を援護する程度の事しか出来ない。
「少佐、駐留艦隊に連絡、後退を援護する」
「はっ」
「それと再度進言しろ。敵はこちらの後退に合わせて急速追撃してくる恐れあり、とな」
「はっ」
ヒルデスハイム伯か…。門閥貴族としてはブラウンシュヴァイク一門の凡庸な一貴族だったのかも知れんが、前線に身を置いて変わった…本人も今まで気づいていなかった才能が開花した…。俺やキルヒアイスにもあるのだろうか、そういう一面が…
「少佐、どうしたか?」
「は、はっ、駐留艦隊司令部に伝達いたします」





11月26日18:10
自由惑星同盟軍、第五艦隊、旗艦リオ・グランデ、艦隊司令部、
アレクサンドル・ビュコック

 参謀長がこちらに駆け寄ってくる…相変わらず目が赤い、寝不足かの…。
「敵の予備が動き出しました。現在敵駐留艦隊の左翼に位置…紡錘陣を形成している模様。我が艦隊の右翼を攻撃するものと思われます…駐留艦隊は要塞主砲の射程内に後退する気でしょうか。敵の予備の動きはその援護ではないかと推測しますが」
参謀長の推測は正しい。このままでは敵も戦線を維持するのは困難じゃろうて…だがこれは…。
「多分そうじゃろうが…まずいの」
「は?」
「説明は後じゃ。モンセラート分艦隊に連絡、二時方向に現れるであろう敵の予備集団の足止めをせよ」
「はっ」
「続いて第四艦隊に要請、敵主力は後退の気配、更に攻勢を強化されたし。当艦隊もそれに続く、と」
「了解致しました!」
 

 

第五十一話 第五次イゼルローン要塞攻略戦(後)

宇宙暦792年11月26日19:20
イゼルローン回廊、イゼルローン要塞近傍、自由惑星同盟軍、第八艦隊、総旗艦ヘクトル、宇宙艦隊司令部、
ヤマト・ウィンチェスター


 「長官代理、頃合いです」
「前衛の三艦隊に連絡、無人艦を突入させよ」
敵の意図は明らかだった。堪えきれないと思ったのだろう、敵予備兵力がイゼルローン駐留艦隊左翼を迂回、第五艦隊の右側面に攻撃を仕掛けてきた。駐留艦隊の後退を援護するためと予想された。確かにあれがなかったら駐留艦隊は無秩序に後退を始ねばならなかった筈だ。それほど第五、第四艦隊の攻撃は激しかった。だが敵予備兵力の攻撃は完全に成功とはならなかった。第五艦隊は素早く対応し、二千隻程の分艦隊が敵予備を足止めしたのだ。そして第五艦隊の本隊も駐留艦隊への攻撃を継続、それにつられて第十艦隊も兵力の一部をC目標と称されている小集団への抑えに残し、本隊が戦線に復帰した。こうなっては敵も堪らない、ずるずると後退しかない。

 「オスマン中将に命令。第八艦隊、回頭左四十度。イゼルローン要塞に向けて移動せよ」
シトレ親父の命令で第八艦隊が動き出す。第八艦隊はシトレ親父が直卒、という形だが、実際の艦隊指揮は艦隊副司令官のオスマン中将が行っている。通常副司令官は少将だが、シトレ親父が長官代理という事で全体の指揮を執らねばならないため、オスマン少将が昇進して第八艦隊の指揮を執る事になった。シトレ親父のおこぼれ昇進、などとやっかまれているが、つらいのは本人だろう。いきなり艦隊司令官になったのだから。シトレ親父から代理の文字が取れた後は、そのまま中将が第八艦隊司令官になる予定だ。
第八艦隊が移動を始めた。艦隊戦が行われている戦場を離れ、要塞北半球、此方から陰になって直接視認出来ない座標に向けて動き出す。
「無人艦隊、突入を開始しました。艦隊戦にて被害が発生している為、突入出来るのは四千二百五十隻となります」
「充分だ。これで主砲は封じる事が出来るだろう。艦隊戦の指揮はそのままグリーンヒル中将に一任する」
シトレ親父は大スクリーンをじっと見ている。第八艦隊が移動を開始した為、総旗艦ヘクトルの周囲には巡航艦と駆逐艦が合わせて三百隻程いるだけだ。不安ではありませんか、と尋ねたら、『不安なのは直接戦っている者達だろう、いつ要塞主砲を撃たれるのか分からんのだからな』と言っていた。こういう所は是非見習わなければいけない。
 
 無人艦のコントロールはヘクトルから行われている。後退する敵に乗じて急速追撃、そのまま敵を突破するように指示が出されていた。たとえ後退中の帝国艦隊とてみすみすと突破は許さないだろうから無人艦は敵と混在する状態になる訳だ。帝国軍が状況を打開するのはかなり難しい。自陣の中に無差別に発砲する無人艦、前方からはこちらの三個艦隊が無慈悲に攻撃を継続する。そのうち突入してきたのが無人艦である事はバレるだろうが、気付いた頃には移動した第八艦隊が長距離砲、レーザー水爆ミサイルで要塞表面に攻撃を開始、更には駆逐艦、単座戦闘艇(スパルタニアン)による近接攻撃で要塞表面の浮遊式の移動砲台や戦闘艇射出口をつぶしていく。計画には要塞主砲そのものへの攻撃も含まれている。帝国軍が此方の三個艦隊に向けて要塞主砲を撃つ事は無いだろうと俺は読んでいる。艦隊戦は展開次第で挽回が可能だが、要塞に取り付かれてしまったら要塞守備部隊に逃げ場は無いからだ。原作では帝国軍による味方殺しが起きたが、それは要塞に取り付かれると後がないという恐怖と艦隊を援護せねば負けるという恐怖という二つの条件が重なって生起した状況だと思っている。という事はその条件が別々に起きれば対処しやすい状況から片付けていくのは自明の理で、高確率で第八艦隊から片付けようとする事は想像に難くはない。それに要塞攻略部隊を近付けない、あるいは主砲で撃退出来れば、いつでも艦隊の援護は可能だ。だが策さえ授けてあれば、主砲の破壊は難しくはない。要塞主砲発射時には主砲浮上と同時に、周囲にエネルギー供給コンデンサが浮上する。それを攻撃すれば主砲へのエネルギー供給が行われなくため、それを攻撃し損傷させるか破壊に成功すれば主砲は発射できない。主砲の浮上地点を確認し、エネルギー供給コンデンサに狙点を固定する。狙うコンデンサはどれでもいいし、狙点が複数になっても一万隻を越える艦艇が一斉に射撃するのだ、コンデンサは無事では済まない…言ってしまえば簡単な事だが非常に難しい。まず要塞に肉薄する事が困難だし、主砲を撃たれるという恐怖に耐えなければならない。そしてその恐怖に耐えて冷静に攻撃を行わなければならない。とても艦隊戦の片手間に出来るものではないのだ。




11月26日19:45
イゼルローン要塞付近、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 してやられた。敵の後方に位置していた艦隊は艦隊戦の為ではなく直接要塞を攻撃する為のものだった。
「並行追撃の裏にこんな手を隠していたとはな。叛徒共め…」
ヒルデスハイム伯が硬く結んだ拳を指揮官席に叩きつける。伯が悔しさを表に現すほど叛乱軍の戦法は単純で効果的だった。艦隊を封じる兵力と要塞攻略用の兵力とに二分する。艦隊を撃破した後ではなく、同時に行う。要塞司令部はどちらに主砲を向けるか迷うだろう。駐留艦隊を救う為に敢えて要塞主砲を敵三個艦隊に向けるか。だがその場合味方も巻き込むのは確実だ。ではもう一方の艦隊に要塞主砲を指向するのか。そうなると駐留艦隊は救えず要塞は丸裸だ。二者択一、俺ならどうするか…
「敵の各艦隊、陣形を変えつつあります、こちらを半包囲する模様!」
キルヒアイスがこちらに向けて叫んでいた。思わず声がうわずったのだろう、まるで悲鳴の様だった。沈着冷静なキルヒアイスの大声を聞いたのは幼年学校以来だ、こんな時だが吹き出しそうになった。俺は……。
「参謀長」
「何かな」
シューマッハ中佐の表情も硬い…上手くいかない、負けるとはこういう事なのか。何かが肩に重くのしかかる。
「転進…を進言します」
「…転進とは上手い言い方だな、少佐」
「…ノルトハイム・グルッペと呼応し敵三個艦隊の後背に抜けましょう。我々それぞれが敵艦隊への攻撃を止め、敵の後背を取れば、敵の駐留艦隊への攻撃も緩くなると思うのですが。幸い我々とノルトハイム・グルッペは敵の両翼の外側に居ますので、連絡を密にすれば後背を取る事は出来ると思うのです」
「この状況でそれをやれば敵に傍受され、目的を察知されるぞ」
「通信を傍受され目的を察知されても、それ自体が敵への牽制になります。上手く合流できれば我々は八千隻程の戦力となります。敵も駐留艦隊に掛かりきりではいられなくなりますし、駐留艦隊も少しは楽になると思うのです」
「…そうだな、まずは状況を楽にする事を考えねばな…如何致しましょうか、閣下」
「少佐の案を是としよう。参謀長、ノルトハイム・グルッペ及び駐留艦隊に連絡せよ」
「はっ!」



11月26日20:15
自由惑星同盟軍、総旗艦ヘクトル、宇宙艦隊司令部、
ヤマト・ウィンチェスター

 敵の一部が動き出した。C目標と第五艦隊に側面攻撃を仕掛けて来た敵の予備兵力だ。素早い艦隊行動ではないものの、前衛艦隊の両翼外側から後背に回りこもうとしている。足止めしていた味方は何をしていやがる!…そうか、勝手に戦線を離れて要塞主砲の的になることを恐れているのか…この状況では要塞主砲など撃てないとは思わないのか!?…そうか、とてもそうは思えないのか…こんなにもトゥール・ハンマー(要 塞 主 砲)がプレッシャーになるとは…。既に前衛艦隊は主砲の射程圏内に入っている、俺は今まで見たことが無かったから想像が出来なかったが、これ程前線の兵士に恐怖と重圧を与えるものなのか…。
間の悪い事に無人艦からの映像が大スクリーンに写し出される…イゼルローン要塞はでかい、でかすぎる!…ダメだ、負けるな、負けるんじゃない!
「第四艦隊に連絡、艦隊の統制を厳とせよ」
突如としてシトレ親父の声が耳を打つ…なんだ?概略図を見ると第四艦隊の陣形後部が崩れ出している。挟撃の恐怖からだろう。大スクリーンに見とれてうっかりしていた…。
「第八艦隊に命令、近接戦闘にて要塞の戦闘艇射出口及び浮遊砲台を制圧せよ…総参謀長、無人艦に要塞宇宙港への突入指示を出せ」


11月26日20:20
自由惑星同盟軍、第八艦隊、強襲揚陸艦マヨルカ、ローゼンリッター(薔薇の騎士)連隊第一大隊、
マイケル・ダグラス

 いよいよか。歯の寝がガチガチ言いやがる。多分ヤマトの奴に違いない、なんて作戦考えやがるんだまったく…。
「野郎共!やっと俺たちの出番が来たぞ!孤空の貴婦人(イゼルローン)のスカートの中身を一番にのぞくのは俺達だ!覗く前に死にやがったら、銃殺だからな!」
「おう!」
「中隊長、貴婦人の下着の色は何色ですかね」
「そりゃあ、まことに神々しい血の色だろうぜ」
「ハハ、そりゃあ覗き甲斐があるってもんだ」
…ありがとう、クリューネカー。
「準備はいいか、野郎共」
「A中隊、人員武器異常なし、降下準備よし!」
「マイク、気張るのは分かるがな、安心しろ。俺が着いてる」
「は、はい」
「何事にも初体験はあるもんだ。まあ俺もイゼルローンは初体験だがな」
「はあ」
「立派な大人になるには儀式が必要て事だ…お前達、連隊長代理はビビってるが、リューネブルクのせいで被った汚名を返上する時がやって来たぞ。生きて帰るぞ、いいな」
「おう!」
皆を見渡し、俺に軽くウインクすると、シェーンコップ中佐(大 隊 長)は自分の降下席に座って鼻歌を歌い出した…なんて人だ、いつも驚かされる。この人には恐怖というものは無いんだろうな。
汚名か…。カプチェランカの戦闘で突然、前連隊長、リューネブルク大佐が逆亡命した。理由は…当然だが判らない。そのせいでというか当たり前の話だが誹謗、中傷の雨嵐だった。元々連隊は肩身の狭い思いをしている。
配属されて初めてわかった事だがもう差別と言っていいだろう。何が自由の国だ、連隊に所属する兵士達が連隊にのみ忠誠を誓うのもよく分かる。リューネブルク大佐が逆亡命したのもそれが理由なんだろうか…大佐は優秀な人だったし、だけどウチの連隊にいる以上は捨て駒と言っても過言ではない扱いだ。優秀な人程耐えられないのではないか。同盟人としても軍人としても先が見えない、ならばいっその事…理由は判らないがそれほど遠くないのかもしれない。

”駆逐艦の援護射撃後、接舷する。突入即時待機、イオノクラフト用意。降下要員は搭乗せよ“

“……接舷、今!降下、降下、降下”


11月26日20:45
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 “要塞司令部より通報、…要塞第四五七射出口、第四五九射出口及び五〇ニ射出口より敵兵侵入”

到頭やられた。ここまで用意周到な敵だ、侵入した敵は叛乱軍の最精鋭に違いない。敵の後衛艦隊が要塞北半球の陰に向かった所までは確認できたが…ここからでは概略図でも要塞上空の状況は判らない。

”要塞司令部より通報。…こ、これは“

通信オペレータの声が止まる。なんだ、何があった?…どうした、読み上げろ、と通信班長の怒声が聞こえる

“し、失礼しました、要塞主砲、射撃不可”

「射撃不可?何だと、何かの間違いではないのか?要塞に再度…」
驚くヒルデスハイム伯が言い終わらぬ内に要塞北半球の陰からまばゆい光が天頂方向に伸びていく。
主砲の発射光?…いや発射されたならその射線には敵艦隊がいる筈、だが艦艇爆発の光球は見えない…。
叛乱軍が要塞主砲に対して何かやったのか…間違いない、何らかの手段で要塞主砲を発射不可に追い込んだのだ…再び北半球反対面が明るく輝いている。

“要塞より通報…敵艦隊接近、着水する模様!”



11月26日20:40
自由惑星同盟軍、総旗艦ヘクトル、宇宙艦隊司令部、
ヤマト・ウィンチェスター


 要塞北半球の陰から、重く眩い光が天頂方向に伸びていく。あれは…

”第八艦隊より連絡…突入成功、尚、要塞主砲の破壊に成功“

あれは…コンデンサのエネルギーが過早暴発した光か。そして突入成功…要塞主砲が死んだとなれば、要塞内部の戦意はガタ落ちだろう。
それにしてもヘクトルの艦橋はもうお祭り騒ぎだ。作戦半ばだというのにベレー帽が宙に舞い、中には涙を流している奴もいる。今まで誰も成し得なかった要塞への突入が成功し、その上主砲まで破壊したのだ、お祭り騒ぎも当たり前か。総参謀長も喜色満面の笑みを浮かべている。
「長官代理、この事を通常回線、平文で第四艦隊に知らせましょう」
「そうだな総参謀長…しばらく頼む。ウィンチェスター中佐、私の自室へ来たまえ」
「はっ」

 長官公室に入って、シトレ親父に言われるままコーヒーの支度をしていると、キャゼルヌさんとヤンさんが入って来た…あれ?コーヒーの支度はヤンさんの仕事じゃないのか?紅茶党のヤンさんは、どんな顔してコーヒーを淹れるんだろう…。
「キャゼルヌ、ヤン両名参りました…やったな、ウィンチェスター」
「ありがとうございます」
「皆かけてくれ」
俺達がソファーに座ると、シトレ親父は大きいため息をつきながら腰を下ろす。そして、深々と頭を下げた。
「皆、よくやってくれた。作戦は未だ途中ではあるが、よくやってくれた。ありがとう」
「長官代理、お顔をお上げ下さい。我々はただ命ぜられたままやっただけです。全て長官代理のお力によるものです」
三人を代表してキャゼルヌさんが口を開いた。首席副官という立場ながら、キャゼさんはギャバン准将を助けて補給計画を切り盛りしていた。ヤンさんはシトレ親父と総参謀長、ハフト准将のペアを相手に今回の作戦のシミュレーションを数十度に渡って繰り返したと言っていた。時には丸二日シミュレーションを続けた事もあったそうだ。俺は思いつくままシトレ親父の作戦案を修正したけど、通常の参謀勤務しかしていない…あれ?これじゃまるで俺が非常勤参謀じゃないか…。
「そう言われると面映ゆいな、だが私はウィンチェスター中佐が修正した作戦案を採用したに過ぎない。功は中佐にある」
「…長官代理が採用なされたから作戦は動き出し、現在に至ったのです。功は私ではなく長官代理のものです」
突然ヤンさんが忌まわしそうに立ち上がった…多分コーヒーの香りに耐えられなくなったのだろう、サイドボードの前で紅茶セットをガチャガチャやり出した。キャゼさんは呆れ顔だ…。だけどそれを潮にして長官公室には和やかな空気が漂い出す…。
「しかしまあ…よくもお前さん、何の遠慮もなしに長官代理の作戦案を修正したな。今頃マイクは泣いてるんじゃないか」
キャゼさんもホッとしたのか、俺にまで呆れ顔を向けてきた。
「まあ…今頃震えているかもしれませんね。しかしローゼンリッターには汚名挽回の場が必要でした。同期としては助けたかったんですよ」
「…名前は出さんが、まあ、そうだな。先陣の名誉か、きついだろうな、ローゼンリッターも」
「はい」
俺達の会話を静かに聞いていたシトレ親父が口を開く。
「諸君、一服は終わりだ。さあ、仕事に戻ろうか」



11月27日00:15
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 戦況は絶望的だ。要塞内部には続々と叛乱軍が侵入し絶望的な防衛戦が行われている。要塞守備の兵士達に逃げ場はないのだ。艦隊戦は我々が叛乱軍三個艦隊の後背を突く事に成功したため、どうにか均衡を取り戻した。だが、それだけだ。駐留艦隊との挟撃体勢を構築する事には成功したものの、要塞主砲の脅威が無くなった叛乱軍三個艦隊は両翼が更に突出、駐留艦隊を更に後退させ、中央が後退、此方の攻撃に犠牲を出しながらも反転に成功、我々を押し返そうと躍起になっている。此方は駐留艦隊が既に一万隻を割り込み、我々も六千隻程までに撃ち減らされている。敵は少なく見積もっても尚二万隻を越える戦力を維持しているだろう。
大スクリーンには概略図とイゼルローン要塞が映し出されている。
虚空の貴婦人、イゼルローン要塞…。その前線の兵士が頼りにしてきた気高い貴婦人は、ひどい凌辱を受けた生娘の様な姿をさらけ出していた。凡そ三千隻を越えるであろう叛乱軍艦艇が要塞宇宙港に突入したのだ。多分無人艦であったのだろう、叛乱軍艦艇は容赦なくそこで続々と自爆を開始した。要塞表面に大きな破口が現れ、そこに向けて要塞表面の流体金属層が流れ込む様は、醜悪すぎて二度と忘れないだろう。そして今もその光景は続いている…。

 案惨たる戦闘が続き、静まり返った艦橋の中で、ヒルデスハイム伯の声が響く。遮音力場を使うべきだ、と思ったが、伯は全く意に介さない様だった。
「イゼルローン要塞か。あれがある為に敵も味方もあれに引き寄せられる…。要塞など無かった方が良かったのかも知れんな」
伯爵の独語だと参謀長も理解したのだろう、伯の側に立つ中佐の口から言葉が発せられる事はなかった。再び無慈悲な静寂を破ったのは通信オペレータの声だった。

“叛乱軍より平文、帝国公用語での発信を確認。此方に一時停戦を要求しています”







 

 

第五十二話 疑惑と憔悴

帝国暦483年11月27日17:00
イゼルローン回廊、アルテナ星系、イゼルローン要塞管制宙域、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 イゼルローン回廊は再び静寂を取り戻した。
我が軍が停戦を受け入れたのは、叛乱軍の停戦要求から三時間後の事だった。要塞司令官クライスト大将は、イゼルローン要塞が陥落寸前である事、叛乱軍から降伏要求に近い停戦を申しこまれている事を宇宙艦隊司令長官、ミュッケンベルガー元帥に報告した。更に状況を楽観視して途中経過を報告せず追加の援軍を求めずに現在の惨状を招いたのはクライスト大将本人と駐留艦隊司令官ヴァルテンベルグ大将の責任であり、防衛戦を戦った将兵には何ら罪はなく寛大な処置を乞う、と陳情したという。ミュッケンベルガー元帥はこれを是とした。

 臨時に命ぜられた移送班長の大尉が伯に状況報告を行っている。
「要塞守備兵の移送、予定より遅れています。申し訳ございません」
「ふむ…重傷者の搬送にでも手間取っているのか?」
ヒルデスハイム伯の手には赤く満たされたワイングラスがあった。サイドテーブルにはチーズとザワークラウトが置かれている。
「いえ、軍人および軍属の移送は順調なのですが、軍の委託業者の一部の者達が要塞内の現地資産を運び出せない事に腹を立てておりまして…」
「何だと」
「その、まことに申し上げにくいのですが当人達はブラウンシュヴァイク公御用達の業者、と申しておりまして、難を恐れて兵達も中々手が出せない様で」
「…私の名前を使ってよい。本当に公の御用達なら私の名前がどんな意味を持つか判る筈だ」
移送班長は恐縮そうに艦橋を出て行った。

 参謀長は叛乱軍は素速く、辛辣で、容赦がなかった。要塞内部に侵入した敵は装甲兵だけではなかった。戦闘艇射出口を使って侵入してきた彼等は、内部に橋頭堡を確保すると、装甲車まで投入してきた。射出口の中は単座戦闘艇(ワルキューレ)の整備スペースや格納スペースがあるし、元々要塞自体が巨大なのだから、装甲車を持ち込んでも充分使用出来るのだ。侵入した敵を撃退する白兵要員多くはない。イゼルローン要塞内には軍民合わせて二百万人近い人間がいるが、軍人のほとんどは軍属で、それも要塞の機能維持、保守点検の為の技術者が半数以上を占めていた。残りは純粋な軍人と民間人だが、その軍人も宇宙港の要員、要塞主砲や要塞の兵装のオペレータがほとんどで、白兵要員は一個装甲擲弾兵連隊があるだけだった。その上その擲弾兵連隊も編成上の存在で、内実は一個大隊強の兵力しか存在しなかった。そもそも帝国軍自体が、要塞への直接的な敵の侵入を想定していないのだからある意味仕方のないことだったが、実際にその状況が起こると目も当てられなかった。防御上の地の利は要塞守備隊側だとしても、戦力差と装備の差で劣り、守備兵の誇りであった要塞主砲が破壊された、という事実、そして直接侵入されたという複数の悪条件ではまともに戦えるはずもなかった。更に要塞主砲を破壊した事で外の艦隊戦でも有利に戦える様になった叛乱軍は、要塞司令部ではなく要塞内部中央に鎮座する中央核融合炉の占拠を目指した。そしてそこを占拠し、連絡通路の安全を確保した時点で我々に一時停戦を申し込んできたのだ。

 「叛乱軍も無駄飯を食わせる余裕は無いのでしょう…これは、申し訳ありません、ご相伴にあずかります」
伯は従卒を呼び、俺と参謀長、そして報告にきていたキルヒアイスにもワインを注がせた。従卒が去ると、再び喋り始めた。
「来た、見た、勝った、か。先地球時代の英雄の言葉だそうだ。まるで今日の叛徒共の為に用意された台詞の様ではないか」
「ローマのカエサルの言葉ですね…はい、正にその様に聞こえます」
「中佐は詳しいな。…帝室の藩屏が聞いて呆れる…要塞を救えず、更にその要塞は敵の手に渡った。かくなる上は、自らを裁く必要がありそうだ」
「何をお考えですか?お止めください」
中佐の眼には強い制止の火が灯されている。中佐の視線を受け止める伯の眼光は柔らかかったが、その眸には中佐に負けずとも劣らない強い意志が感じられた。
「私は弱い男だ、自らで自らを裁くなど空恐ろしい事だが、責任を取らねばブラウンンシュヴァイク一門の名を汚すのでな」
僅かに震えている伯がそこまで言った時、オーディンからの通信があります、共有回線の様です、と通信オペレータの報告が上がって来た。
「大スクリーンではなく司令部に回せ」
参謀長はそうオペレータに伝えると、遮音力場を作動させた。映像が映り出す。要塞指揮官クライスト大将、駐留艦隊司令官ヴァルテンベルグ大将がそれぞれ映し出されていた。そして最後に映し出されたのは宇宙艦隊司令長官、ミュッケンベルガー元帥…だけではなく軍務尚書エーレンベルク元帥、統帥本部総長シュタインホフ元帥の姿もあった…要塞を落とされたのだ、帝国軍三長官の肝も氷点下まで冷えているだろう…。

”クライスト、済まぬ。我等がまともに増援を繰り出しておけば、”

”お顔をお上げ下さい長官、ヒルデスハイム伯を援軍に頂きながら叛乱軍を覆滅せしめ得なかったのは小官とヴァルテンベルグ両名の罪でございます“

「援軍として防衛戦に参加しながら、何も成し得ず…指揮官としてもブラウンンシュヴァイク一門としても恥ずかしい限りでございます」


”卿等が無事なだけでもよしすべきであろう。卿等まで失っては帝国は人材の上でも重大な損失だ…イゼルローン要塞失陥の報を受け、我等三人は陛下に職を辞する事を願い出た”


”何ですと!?”


”まあ最後まで聞け…願い出たが果たされなかった。要塞失陥の今、復仇戦の指揮を執れる者が他にいない、引き続き軍の指揮は三人に任す、と陛下は仰せられた。国務尚書リヒテンラーデ候も同意見、という事だった。我らの留任が認められたのは他にも理由がある。昨日、フェザーンの高等弁務官府から情報がもたらされた。まもなくイゼルローン回廊に叛乱軍の第二陣が襲来するそうだ。兵力は八個艦隊という事だ”

八個艦隊…元帥の口から発せられた八個艦隊という言葉が意味するものは明白だった。叛乱軍は帝国本土侵攻を考えている。

”来襲の時期からみてイゼルローン攻略と連動していると考えていいだろう。フェザーンの黒狐…自治領主(ルビンスキー)は叛乱軍の情報遮断が巧妙で分析に手間取り通報が遅れた、と高等弁務官府に弁明したそうだ…本当かどうかは分からんがな”

元帥がそこまで口にした時、ヴァルテンベルグ大将の映像回線が突如として切断された…しばらく間を置いて映像が回復したが、映っていたのは副司令官のギースラー少将だった。

”イゼルローン要塞駐留艦隊副司令官、ギースラー少将であります。報告致します、ヴァルテンベルグ大将が自裁なされました…敗戦の責任を感じておいででした、残念です”
映像に映るギースラー少将の顔面は蒼白に引き攣っていた。ヴァルテンベルグ大将の自裁…今となっては責めるべくもないが、駐留艦隊がもう少し能動的に動いていれば状況は違うものになっていた筈だ。それをさせなかった叛乱軍が一枚も二枚も上手だったという事だが…。最前線で艦隊運用を任されていたのだ能力も自負も有った筈だ。だからこそ責任を感じていたのだろう、自決は唐突だったに違いない…。

”卿等まで失っては、と今伝えたばかりだったが…遺書等があればそのままにせよ。ギースラー少将、別命あるまで艦隊を掌握せよ…再度皆に申し置くぞ。短慮は慎むように”

 ”はっ”

”現在、イゼルローン奪還の為の部隊編成を急がせている。叛乱軍の目的は判らないが帝国本土に押し寄せる事は間違いない。不本意だが叛乱軍が停戦を要求してきた事は不幸中の幸いだった。卿等は時間を稼ぐのだ、いいな。以上だ”


映像通信が終わると、キルヒアイスが伯へ通信文を差し出した。
「…自らを裁くのは後回しになってしまった様だ。これを見たまえ参謀長」
伯は手渡された通信文を参謀長に回した。参謀長は俺にも見る様に促している。
「駐留艦隊の残兵を収容しこれを統率せよ。発、宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー。宛、エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム伯爵中将殿」
間を置かず映像通信が入る。駐留艦隊のギースラー少将だった

”閣下。駐留艦隊の残存兵力、七千二百六十隻。再編成中ですので被害報告は後程再度報告致します…よろしくお願いいたします”

「うむ。急な話で大変だろうがよろしく頼む。急がずともよい、休養と再編成を並行して進めたまえ」


”はっ”





宇宙暦792年11月28日12:00
イゼルローン回廊、アルテナ星系、イゼルローン要塞管制宙域、自由惑星同盟軍、
総旗艦ヘクトル、宇宙艦隊司令部、ヤマト・ウィンチェスター
 
 眼前のイゼルローン要塞からは、要塞駐留艦隊に移送中の連絡艇(シャトル)の列が連なっている。
要塞に駐留する人員だけでも二百万人はいた筈だ。俺達が宇宙港を破壊してしまった為に、移送作業は遅延を極めていた。そのせいでギャバン准将やキャゼルヌさんは大わらわだ。作戦の為とはいえ誤算だった…。後続の八個艦隊は大規模な補給部隊を随伴しているからこの件で困る事は無いものの、問題はイゼルローン攻略組だ。要塞機能を回復後、現地で補修、補給、休養を済ませる事になっているから、要塞宇宙港が使えないのは痛い。原作やアニメで見る限り、三万隻くらいの収容能力はある筈だった。現金なものだ、お陰で宇宙艦隊司令部を遠回しに非難する声が多い。だけどね、負けていたらそんな事言ってる暇はないんだぞ…ん?総参謀長が手招きしている。
「何かありましたか?」
「帝国の艦隊司令官が会見を求めているんだ。まあ今後の事だと思うが…貴官にやって貰いたい、と長官代理は仰っておられる」
「小官がですか?」
「無論、長官代理や私も同席するが、直接のやり取りは君に行って貰いたいとの事だ。君は以前にも、EFSFで似た様な経験があった筈だから適任だ、と長官代理が仰っていたよ」
「はあ」
「気が進まないかね?」
「いえ、やります。その帝国軍の艦隊司令官は何という方でしょう?」
「えーと…ああ、ヒルデスハイム伯爵中将という帝国軍人だ。伯爵中将となっているから、貴族のようだな」
「ヒルデスハイム伯爵中将…会見予定時刻は何時でしょうか」
「一五〇〇時に接舷、一五三〇時に開始だ」
「場所は」
「作戦会議室だ。広いから、相手との距離もとれるしな」
「了解いたしました…あのう、会場のセッティングは小官が行ってもよろしいですか」
「構わんよ。では頼む」

 ヒルデスハイム伯爵中将?あのヒルデスハイム伯か?
もしそうなら、帝国軍も大変だな。この時期ってそんなに人材不足だったのか??…リップシュタット戦役の時の間抜けなイメージしかない…まああれはどちらかというとシュターデンのせいなんだが…。それはともかく、相手は大貴族だ、敗者として扱ったら、冷静に話せる物も話せなくなってしまうだろう。丁重に扱わないと額に角を立てて狡猾な共和主義者め、とか言われそうだ。
…キャゼルヌさんとヤンさんにも手伝って貰おう。うん、そうだよ、俺を使おうなんて言いだしっぺはシトレ親父なんだから、副官の二人には手伝う義務がある筈だ…。


 …うん、これでいい。
やっぱ総旗艦だよな、ちゃんと赤絨毯とか積んでる。接舷ハッチ前の通路、作戦会議室に向かう通路…と。ああ、会議室の中もだ。会議室のドア前はどうするか…やっぱ完全武装の装甲儀仗兵だよな。うん、絵面がいいね!中にも二人立たせて…応接セットは長官公室から運ばせて…もてなすお茶はの支度ヤンさんにやって貰って、ウェイター、いやウェイトレスの方が場が和むだろう、シモン大尉に任せよう。多分随員も居るよな…面倒だ、一緒に入って貰おう……よし、これでいい、っと。
「お前さん、意外と気を回すんだな。赤絨毯は解るが、皆に礼服を着ろとはね」
「相手は降伏した訳ではないですからね。ですが向こう側から会見を望んだとなれば、一応此方の立場も理解してくれている、という事ですから」
「立場?」
「我々は叛乱軍ですよ」
「…ああ、そうだったな。我々は叛乱をしているんだったな、そういえば」
「はい。それにこれからはこういった事が増えるでしょうから、最初が肝心です」
「なるほどね…おいヤン、頷いてばかりいないでお前さんも少しは見習え」
「見習えと言われましても…ウィンチェスター、これからは、という事はやはり帝国本土に攻め込むという方針は変わらないのかい?長官代理が作戦を認めているのだから、私ごときが口を挟むのはアレなんだが…」
「…多少苦しくても小官は攻めた方がいいと思っています。優勢、劣勢どちらに転んでも攻める側にたった方が選択肢は増えますからね。それに…」
「それに…何だい?」
「いえ…あ、帝国軍の司令官がまもなく到着ですよ。この話はまた後にしましょう」

 

 

第五十三話 謀多ければ…

宇宙暦792年11月28日15:30
イゼルローン回廊、アルテナ星系、イゼルローン要塞管制宙域、自由惑星同盟軍、総旗艦ヘクトル、作戦会議室、ヤマト・ウィンチェスター

 “帝国軍使節一行、入られます”
儀仗兵が使節の入室を告げる。さて……ん?んん?…何でー?何でラインハルトが居るの!金髪で七三分けを無造作に右に流した壮年…アニメの通りあれはヒルデスハイム伯だけど…何でラインハルトがヒルデスハイムと一緒にいるのよ!…キルヒアイスは…階級が低くて着いて来られなかったか。…ていうかシモン大尉、見惚れるのはやめなさい。紅茶こぼすよ!…落ち着け、落ち着け…。
「会見の場を設けて頂き恐悦至極。全くあなた方にはしてやられた…ああ、お初にお目にかかる、私はヒルデスハイム伯爵中将です」
「宇宙艦隊司令長官代理、シトレ大将です。我々も立場上やられっぱなし、とはいきませんので…どうぞ、おかけ下さい」
皆が一斉に腰を下ろす。
「この場に居る方々のお名前を教えていただきたいのだが…私は先程名乗りましたな、参謀長、少佐、自己紹介を」
「帝国軍中佐、レオポルド・シューマッハです。艦隊参謀長を拝命しております」
「同少佐、ラインハルト・フォン・ミューゼルです。同作戦参謀を拝命しております」
「自由惑星同盟軍、宇宙艦隊司令部、総参謀長のクブルスリーです」
「シトレ大将の首席副官をやらせてもらっています、アレックス・キャゼルヌ大佐です」
「次席副官、ヤン・ウェンリーです。どうぞよろしく」
「宇宙艦隊司令部、作戦参謀、ヤマト・ウィンチェスター中佐です」
チラチラ見られていたからな…やっぱり覚えられてたか。
「息災でしたかミューゼル少佐。顔を直接お見せするのは今回が初めてですね」
俺が話しかけると、視線が一斉に俺とラインハルトに集中した。
「ああ、卿のお陰で私は前線から遠ざけられた。いい休暇を過ごす事が出来たよ、ウィンチェスター中佐」
皆が代わる代わる俺とラインハルトを見る…まあ、驚くだろうな、知り合いとまではいかないが、敵同士で顔見知りだもんな。
「ウィンチェスター、知ってるのか?」
「ええ、EFSFに所属していた頃、知り合いになったんですよ。まあ、偽の機密情報を掴まされましたけどね」
「私は乗艦を拿捕された。お互い様ではないかな」
「ま、そうですね。借しを返してもらうのは次の機会にしましょうか」
「借りなどないぞ」
「…二人共話が弾んでいるようだが、そろそろ本題に入らせてもらっていいかね?」
「失礼いたしました、伯爵閣下」
「うむ。…シトレ閣下、こちらは停戦に応じた。が、停戦期間が定まっていない。閣下はどの様にお考えだろうか」
「そうですな…どうかな、ウィンチェスター中佐」
「はい…伯爵閣下、会見終了後からきっかり二日、三十日のその時刻まで、で如何でしょうか?」
「ふむ…平民、いや民間人の移送に手間取っていてな、もう少し猶予が欲しいのだが」
シトレ親父をチラと見ても何の反応もない。本当に俺任せって事かよ…?
「分かりました。月が明けて十二月一日の定められた時刻まで、という事にしましょう」
「了解した。これもまた勝手で月並みな要求なのだが、我々を追うかね?出来れば追撃は止めて貰いたいのだが」
シトレ親父はやっぱり何も言わない。ううむ、どうしようか…追撃するとしても実行するのは俺達じゃないからなあ…。獲物は逃がさない、とばかりに足並みが乱れそうだ、やめてもらおう。
「了解しました。ただし条件があります。追撃を行わないのは貴方方がアムリッツァ星系に入るまでの間です。如何でしょう」
ヒルデスハイムは腕を組んで考え込んでいる。こちらの意図はそろそろ判っているはずだ。わざわざこちらの第二陣がある事をリークしたんだからな。遅滞行動をとるもよし、オーディンまで帰るもよし。悩んでくれ。




11月28日12:00
フェザーン星系、フェザーン、自治領主府
アドリアン・ルビンスキー

 まさかイゼルローンを陥とすとはな…中々やるではないか同盟軍も…。
「閣下、帝国高等弁務官府のレムシャイド伯が火急の要件でお会いしたいと申しておりますが」
「補佐官、午後の予定は何だったかな」
「エネルギー財団代表、船舶組合代表との懇談が入っております。キャンセルなさいますか?」
「そうだな、キャンセルだ。伯爵にはきちんと弁明せねばならんだろう」
「弁明ですか」
「同盟軍に第二陣がある事を知らなかったのは事実だからな」
「その点はまことに釈明の余地がございません。公式発表を鵜呑みにしておりました」
「君を責めているのではない。同盟の公式発表通りに残留部隊はフェザーン側で演習を行っていた。ちゃんとそれも帝国には伝えてあるのだから、その点では我等に全く落度はないのだ。だが…」
「帝国はそうは思っていない、あるいは我々が故意に通報しなかった、と考えている」
「若しくはそう思いたい、だろうな。おそらく同盟は意図的に増援部隊の情報を漏らしたのだ。でなければこうも都合良く察知出来るものか。とはいえ察知した情報を無視して通報しない訳にもいかん。これが本当に同盟が仕組んだ事なら、考えた者は中々意地の悪い奴だな」
「はい、通報すれば疑われる。しないならしないで更に疑惑は深まる…辛辣と言わざるを得ません。イゼルローン攻略の件も含めて我々が帝国に通報する事も組み込んで策を立てたとしか思えません」
「だな。中立とはいえフェザーンは一応帝国に忠義立てせねばならん、それを逆手に取られた」
「はい」
「忌々しい事だが、過ぎてしまった事は仕方がない。補佐官、少し考えてみようか…帝国は過去のイゼルローンの戦いから今回の戦力規模で待ち受けた筈。陥とされるとは思っていなかったに違いない」
「そう、思われます。我々が伝えたにも関わらずあの戦力規模ですから。ですがイゼルローン要塞は同盟の手に落ちてしまった」
「うむ。そして我々からの同盟の増援の情報…パニックになるだろうな。当初は箝口令が敷かれるだろうだが、それでもいずれ帝国中に伝わる。要塞奪還の為の軍編成に早くて二ヶ月、オーディンからイゼルローンまで約四十日の行程…三か月から四ヶ月は同盟軍の優勢が確保されるという訳だな。そして既に同盟軍はイゼルローン回廊に軍を終結している…君が帝国政府の要人ならどうするかな?何なら軍高官や貴族という立場でもいい」
「…事実を公表し、政府と軍の綱紀粛正を図ります」
「政府要人としての立場だな、それは」
「はい」
「その結果何が起こると思うかね?」
こういう問答はとても刺激的で心地よい…帝国本土からの訓令を受けたレムシャイド伯は保身の為に焦っているのだろうが、疑心を解く材料はある、何しろ知らなかったのだからな…問題はそれで済むかどうかだが、しばらくは帝国に力添えせねばならんな…。
考えているなボルテック、先を考えているのだろうが、今は先は見えなくてよいのだ。
「まさか…共和主義者による内乱でしょうか」
「内乱の首謀者が平民とは限るまい、まあ今はレムシャイド伯の矛先を躱すのが先決だ。資料の準備は出来ているのだろうな」
「はい、整っております」



11月28日17:00
イゼルローン要塞管制宙域、自由惑星同盟軍、総旗艦ヘクトル、第二作戦会議室
ヤマト・ウィンチェスター

 会食の用意があるとかで、シトレ親父達将官とヒルデスハイムはそのまま作戦会議室、俺達と向こうの随行者は第二作戦会議室で当番兵による給仕を受けている。将官は将官同士、佐官は佐官同士、という訳だ。お互い武器は携帯していないから安全といえば安全だが、俺なら敵艦の中でメシ食う気にはとてもなれん。料理は一応帝国風という事だけど大丈夫か?ヒルデスハイムは堂々と同盟のワインを楽しめると嬉しそうだったな…常識人っぽいのも意外だった。しかし帝国軍も呑気なもんだ、貴族の艦隊を援軍に寄越して勝てると思ったんだろうか?駐留艦隊に比べて艦隊運動自体は中々だったけど、それもラインハルトやシューマッハがいたからだろう。だけど、帝国はそんなに切羽詰まっているのか?リヒテンラーデやカストロプが戦費をケチっているんだろうか…いや、あり得ない話じゃない。貴族は税金納めてないからな…帝国騎士や下級貴族もそうなんだろうか?

 ヤンさんが肘でつついてきた。
「あの少佐の艦を拿捕したのかい?やるじゃないか」
俺はその時の経緯を説明した。
「なるほどなあ。しかしその時は彼は中尉だったのだろう?」
「彼は皇帝の寵姫の弟さんなんです。ですが幼年学校も首席で卒業しています。優秀なんです、天才と言っていいかも知れない。次世代の帝国軍は間違いなく彼を中心に動きますよ」
「へえ、君にそこまで言わせるとはねえ…じゃああの参謀長の中佐は知っているかい?」
「シューマッハ中佐ですか?あの人も優秀ですよ。企画立案能力と実行力に優れた優秀な方です」
「それじゃあヒルデスハイム伯爵中将はどうなんだい?」
「ヒルデスハイム伯爵ですか…戦意に欠ける、といった印象はないですが、人為は分かりませんね。ブラウンシュヴァイク一門の大貴族な筈ですが、先年も前線に出ていますし、今回も援軍として来ている所を見ると、貴族の気まぐれで来ている訳では無さそう…いや、気まぐれなのかも…あれ?どうかしましたか」
ヤンさんがまじまじと俺を見てため息をついた。
「なんでそんな事を知っているのか…参謀とはかくあるべし、の見本だな君は。どんどん自信が無くなっていくよ」
「え…ヤン中佐は副官だから気にしなくていいじゃないですか」
「そういう訳にもいかないよ」
話し込む俺達を見て、今度はキャゼルヌさんが肘でつついてきた。
「お前さん達、ホストなんだから二人だけで話してないで、向こうさんに話しかけたらどうなんだ」
「どうもこういうのは苦手で…先輩こそ話しかけてみてはどうですか?率先垂範、よろしくお願いしますよ」
「お前な…」
軽いため息を吐いたキャゼルヌさんは、シューマッハに声をかけるみたいだ。…これはこれで面白いぞ。ヤンさんはともかく、キャゼルヌさんが直に帝国人と接するのは未来のメルカッツ提督とシュナイダー少佐だけだからな…。


11月28日17:15
自由惑星同盟軍、総旗艦ヘクトル、第二作戦会議室、
アレックス・キャゼルヌ

 とんでもない後輩どもだ全く。予備知識もなくどう話したものやら…。
「…シューマッハ中佐、中佐は望んで帝国軍へ?」
「…ええ、帝国で平民が手っ取り早く身を立てるには軍しかありませんから」
「なるほど。失礼ですが、ご年齢は?」
「二十七になります」
「その若さで中佐とは…いやはや優秀な方の様だ」
「キャゼルヌ大佐こそ小官とあまり違わない年と見受けられるが…それに大佐の隣に居られるヤン中佐、ウィンチェスター中佐はもっと若いでしょう。此方のミューゼル少佐もそうです。精進せねばと痛感しております」
…もうこれくらいでいいだろう、ウィンチェスター!ヤンかどちらでもいい、代わってくれ!

「…小官も質問しても宜しいでしょうか」
そう言って手を上げたのはミューゼル少佐だった。ハンサムという言葉が霞むほどの美形と言っていいだろう。豪奢な金髪、蒼氷色の瞳…。だがウィンチェスターの評通りならただの美形ではない…。
「ミューゼル少佐、あまり失礼な質問はするなよ」
「参謀長、ご心配なく…悔しい限りですが、今回の作戦、お見事でした。どなたが立案されたのですか?」
ミューゼル少佐の視線はヤンとウィンチェスターの二人に交互に向けられていた。…なんだその顔は、ヤン!
「シトレ閣下ですよ、少佐」
「…そうなのですか、ウィンチェスター中佐。小官は貴官かヤン中佐のどちらかではないかと思っていました」
「…何故です?」
「エル・ファシルの奇跡とブルース・アッシュビーの再来…その両者の上に立つ者なら、その才幹に期待するのは当然、そう思ったからです。器の小さい上官なら、貴官等の功績を妬みこそすれ、自らの幕僚には呼ばないでしょう。経歴を見るとシトレ閣下は将の将、部下に権限を与えそれを使いこなすタイプの方の様に思えますので」
…幼年学校首席、この若さで少佐というのも頷ける。中々鋭い観察眼を持っているな…。
「我々の事を調べたのですか?」
「貴官が私の事を調べた様に」
「買いかぶり過ぎですよ。私もヤン中佐も閣下のお手伝いに過ぎません」
「…そういう事にしておきましょう」



11月28日17:30
自由惑星同盟軍、総旗艦ヘクトル、第二作戦会議室、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「ではもう一つ。貴方方は帝国本土に攻め込むおつもりか。お答え頂きたい、ウィンチェスター中佐」
「…軍の機密に属しますので答えられません」
「事ここに及んで軍機とは…まもなく回廊内に増援八個艦隊が到着する筈だ。違いますか」
「…此処に居る三名共、それについて答える権限がありません」
「帝国本土より通報がありました。叛乱…いや同盟軍が此処に増援を寄越すと。規模は八個艦隊であると」
止さないか、という参謀長の声がする。分かってはいる、分かってはいるがこの男の顔を見ていると不安なのだ、何もかも見透かしている様な目。初めて出会った時の”お前の事を知っているぞ”と言わんばかりの語り口。
いつか俺達の前に立ちはだかるのではないか…そう思ってしまうのだ…。
「…申し訳ありません、少し熱くなった様です」


11月28日17:35
自由惑星同盟軍、総旗艦ヘクトル、第二作戦会議室、
ヤン・ウェンリー

 終始穏やかなウィンチェスターと、その蒼氷色の瞳に炎を灯したミューゼル少佐。私は彼には初めてお目にかかるが、何やら因縁のありそうな二人だ。あまり巻き込まれたくはないが…巻き込まれてしまうんだろうなあ、ではなくて既に巻き込まれているか…。
ヤマト・ウィンチェスター中佐。まぐれ当たりの私とは違って間違いなく同盟軍を背負って立つ逸材だ。その彼が天才と評するミューゼル少佐…次世代の帝国軍は、か…。ウィンチェスター、君だって同じだ、近い将来の同盟軍は君を中心に動くだろう。それをすぐ側で見られるというのは果たして幸せなのか不幸なのか…。



 

 

第五十四話 帝国領侵攻

宇宙暦792年12月4日07:00
イゼルローン回廊、アルテナ星系、イゼルローン要塞、
自由惑星同盟軍、宇宙艦隊司令部、
ヤマト・ウィンチェスター

 ”ウィンチェスター、起きてるか。寝坊するなよ、じゃあな“
…キャゼルヌさんか。なんで早起き出来るんだろう。士官学校にいた頃は全然苦じゃなかったのにな…。
戦闘詳報の作成指示、内容の推敲、帝国本土進攻部隊への命令書の作成と推敲、第四、第五、第八及び第十艦隊からの現状報告のまとめ…。
なんで全部俺なんだ!…補給担当のギャバン准将ほどじゃないが、作戦の合間も俺は忙しい。寝たのは二時間前…。
”次に会う時はこうはいかないぞ“なんて言い残してラインハルト…ヒルデスハイム艦隊は去った。会いたい訳ないだろう全く!…しかし、だいぶ歴史が変わっちまったなあ。これからどうすりゃいいんだ…ん?個人回線?誰だ?

”よお!“

「お、マイク!ちゃんと生き残ったみたいでよかったよ」

ノイエ・サンスーシ(新無憂宮)を陥とすまで死なねえよ…おい、クマが酷いな。ちゃんと寝てるか?“

「ちゃんと二時間ほどな。で、どうした?」

”ウチの大隊長がお前にお礼が言いたいんだと。どこか時間が取れないかと思ってさ。あ、オットーにも声はかけてあるぞ“

「お礼…?ああ、気にしないで下さいって言ってくれよ…ってオットーも来るのか!…今日の一八〇〇時、シーホースでどうだ?少し遅れるかも知れないけど」


”分かった!じゃあな!“

…よし。頑張ろう。一八〇〇時か、ちゃんと仕事終わらせないとな。



同日08:00
イゼルローン要塞、第七会議室
ヤマト・ウィンチェスター


 会議室内には帝国本土攻略部隊の各艦隊司令官が集まっている。彼等の手元には命令書と進攻作戦の概要が記されている資料がある。彼等にはイゼルローン要塞攻略後に帝国領に攻め込むと言ってあるだけで、作戦目標を教えてはいない。情報漏洩を避ける為だが、今初めて目標を知らされた、という訳だ。
皆、ざわついている。質問の口火を切ったのはホイヘンス中将だった。
「長官代理、宜しいでしょうか」
「何かな」
「作戦目標ですが…本当にアムリッツァ星系だけなのでしょうか」
「そうだが、何か」
「他の星系には進出しないのでしょうか」
「我が軍の兵站能力からいってそれ以上の進出は避けるべき、という判断だが、不満かな」
「…いえ、そういう訳ではありません」
皆当てが外れた、という顔をしているがホイヘンス中将の他は続く者もない。何も言えないのだ。イゼルローンを陥とした今、シトレ親父の覇権は確立された。誰も落とせなかったイゼルローン要塞を攻略したのだ、その功績の前には誰も生半可な事は言えない…ん?
「宜しいでしょうか」
「ロボス提督、どうぞ」
「ありがとうございます…アムリッツァより先には進めない…その根拠となる数字を教えて頂きたい」
「了解した。ギャバン准将、説明を頼む」
「はい…皆様、星系図をご覧下さい…仮に帝国首都まで最短距離を進撃すると仮定した場合、首都星オーディンの存在するヴァルハラ星系までまずアムリッツァ、その後主要航路上の星系としてボーデン、ヴィーレンシュタイン、シャンタウ、フレイヤ…の六つの星系を経由せねばなりません。となると当然その各星系を占領ないし鎮撫する訳ですが、その場合の作戦期間の見積りは、算定出来ませんでした」
「何だと」
「疑念はご尤もですが、変数が不確定すぎてシミュレーションでは算出できないのです。敵の戦力規模は不明、各星系に人口も不明です。これでは我々としても話になりませんので暫定条件として帝国軍が我々と同数、八個艦隊でこちらに対処した場合のシミュレーションを行いました…ご覧になりますか?あくまでも暫定的なものですので、六対四で我が軍の優勢、という設定です」
「見せてもらおう」
スクリーンにシミュレーションの結果が映し出された。…映っているその結果に、皆凍りついた様になってしまっている。
「六つの主要星系を三ヶ月間維持するのに三十億トンの物資だと…」
「はい…我が軍の兵站能力を完全に超えています。主任後方参謀としてはとても補給について責任が持てません」
「准将、何故この様な数字になるのか教えてくれるか」
「はい…。フェザーン経由の情報で、ロックウェル准将も確度には自信が持てないと仰っていましたが、主要な各星系の人口の合計は概算は少なく見積もって十億から十五億人程度と推定されます。各星系にて設置した穀物生産プラントでの小麦の生産が軌道に乗るまで最短で約三ヶ月、その期間民間人への配給を行いつつ艦隊への補給も行う、という条件の下で算出された数字です。しかも主要航路上の六つの星系を占領した場合ですので、他の恒星系も占領目標として組み込まれた場合は…想像できません。アムリッツァからオーディンまでの最短航路近傍には最低でも二百以上の恒星系があります」
数字は正直だ。シトレ親父に文句をつけられなくても、こんな話を聞かされたら皆黙らざるを得ない。
「ちょっと待て。配給が必要なのか?現地の民間人にだって備蓄はある筈だろう」
「それはそうですが、敵に焦土戦術を採られた場合、民間人の備蓄に頼る事は出来ない、との主任作戦参謀の意見がありました。我々は我々は帝国から民衆を開放する、という立場ですので…」
「焦土戦術だと…帝国が自国の民衆に徴発を強いると言うのか」
「…その可能性も捨て切れない、とのハフト准将の意見です」
「全て可能性の話ではないか!」
ロボス親父が赤くなっている。誰かヒキガエルにそっくりだ、と言っていたな…誰だったかな…。
「可能性の話ではありますが、補給担当としては最悪の条件を想定せねばなりませんので」
「充分だ。ありがとう、准将」
シトレ親父が強引に質疑応答を打ち切った。くそ、いいところで打ち切ったなあ。もっと見ていたかったんだけど…。
「ウィンチェスター中佐、笑う余裕があるのならこれ以降は君が説明したまえ」
う…ヤンさん、笑うのを堪えるのは止めてください。

 「はい、説明させて頂きます…確かに占領する星系はアムリッツァ星系のみですが、これにはちゃんとした理由があります」
まず、帝国本土が侵された、という心理的衝撃。全宇宙を統べる神聖不可侵のゴールデンバウム王朝、という建前がある以上、帝国にとっては一つの星系が占領されただけでも大問題なのだ。そしてこちらの侵攻がどこまで続くか、という恐怖。これは帝国政府のみならず、貴族にとって恐るべき事態だ。特に大貴族は星系単位、惑星単位で領地、荘園を持っているから、そこにこちらの侵攻が及べば、彼等にとっては一大事になる。彼等は自らの政府を非難するだろう。それと同時に正規艦隊規模の艦隊戦力を保持している大貴族は我々の撃退を試みるかもしれない。確かブラウンシュヴァイク公は六万隻、リッテンハイム候は五万隻、という途方もない兵力を維持していた筈だ。しかし、辺境、それも同盟領に近い星系に領地を持っている貴族や自領の警備兵力を持たない貴族はどう考えるだろうか。原作やアニメではラインハルトが焦土戦術を用いた。帝国政府の訓令があったとはいえ、ほぼ無抵抗で同盟軍の進駐を受け入れている。無抵抗で占領できる事は我々にとっては理想的だが、その結果彼等を食わせなきゃいけないという責任が生じる。ギャバン准将の言った通り我々は帝国の専制政治からの解放軍という立場だからだ。だが現実問題として彼等全てを食わす事は出来ない。ではどうするか。進出する地域を減らすしかない。たとえ此方の占領する星系が一つだけだとしても、帝国軍は必ず奪還の為の軍を起こす。イゼルローン回廊を失い、自国の星系まで取られたとあっては神聖不可侵の建前すら危うくなる。その討伐軍を我々が撃ち破り、帝国政府を頼むにあらずという事態が起きれば、帝国は瓦解しかねないのだ。帝国政府と門閥貴族が一致団結する、という事態も怒り得るが、余程の事がない限り統制のとれた行動は取れない筈だ。なぜなら帝国軍は命令系統が一本化されているが、貴族達はそうではないからだ。貴族達には常に利害関係が付きまとう。戦況次第では貴族達は自領の保護に走り中立化するだろう。帝室の藩屏と彼らは言うが、本当にそうなら帝国政府に協力して同盟をやっつけて、とっくにこの戦争は終わっているはずなのだ。

 「…まずはアムリッツァを橋頭堡とし、根拠地として固めます。資金と資源を投入し、アムリッツァに住む帝国人に同盟が自由の国であると教化します。そしてそれと並行し帝国の自壊を誘う。皆さんはその魁となるのです」
教化か…まあ思想教育に近いんだよな。同盟市民が当たり前、と思っている事は、帝国人、特に平民層にとっては当たり前じゃない。神聖不可侵の銀河帝国皇帝の前では、基本的人権すら霞んでしまう。それをいきなり同盟式で明日からこうですよ、と言ってもすぐにそうなる訳じゃない、長い時間が必要だろう。となるとそこの防衛基盤は堅固にしなくてはならないし、占領が一時的ではないという覚悟を示す必要がある。その為の八個艦隊という戦力なのだ。イゼルローンの様な軍事拠点を作るという選択肢もあるけど、それだって一朝一夕にはいかない…。
「そういう事か。それなら最初からそう言えばいいじゃないか。魁か…古風だが大いに結構」
ロボス親父の顔がどす黒い赤から上気してほんのり紅潮した赤に変わっている…面白いな。俺の説明した事は本当ならギャバン准将の後にシトレ親父本人が言おうとしていた筈だ。いい指揮官はいいアジテーター(扇動者)でなくてはならない。面白がっていたから、というのもあるだろうが、それを俺に言わせたのは心理的圧迫を考慮したからだろう。命令者然としたシトレ親父より、下位の俺が言った方が、現場の声を反映している様に見えるからだ。狸親父め…。




同日18:00
イゼルローン要塞、士官クラブ「シーホース」
オットー・バルクマン

 「マイクにも見せてやりたかったぜ。演説するヤマトの顔を」
「酷かったか?」
「そりゃもう」
「見たかったなあ。ヤマトが参謀面してる所、まだ見た事ないからなあ」
「うちのビュコック提督は褒めてたけどな。中々立派になったって」
「そうか…。副官任務、どうだ?」
「だいぶ慣れたよ」
「その…パオラと別れた後、どうだ?」
「どうもこうもないよ。まあぼちぼちさ」
マイクと会うのは二年ぶりくらいか?見違えたな…。ついさっきも何人かがマイクに声をかけて行った、多分ローゼンリッターの面子だろう。
「今さらだけどさ、何で別れたんだ?…言いたくなければ言わなくていい」
「…まあ、距離かな。それと俺がまだ子供だった、ってのもある。そんな事よりお前はどうなんだ?薔薇の騎士は色々大変だろ?」
「まあね…でも今回はヤマトに救われたよ。一番槍を貰えたからな」
「そうだな、あいつそういう所気が利くよな」
「ああ…前の連隊長が逆亡命して、正直皆腐ってたからな。作戦に参加するって聞いて救われたよ。しかも先鋒だし…っと。噂をすれば、だ。よお、ヤマト!」
後ろを振り返るとクマの濃いげっそりとしたヤマトが立っていた。
「おう…二人とも元気そうで何よりだ」
「やつれてんなあ」
「寝てない自慢が出来るぞ」
ヤマトの挨拶もそこそこに、不遜を絵に描いたような中佐が現れた。
「お元気そうでなりよりですな、作戦参謀殿」
「この顔を見て元気そうにみえますか?この度のご活躍、聞いていますよ、シェーンコップ中佐」
「活躍という程のものでもありません…名誉回復の機会を与えて頂き、感謝しております」
シェーンコップ中佐か、有名と悪名はかねがね…だが、知り合いなのだろうか?
「いえ、実力でローゼンリッターを選びましたから。適材適所という事で」
「…確かにそうですな…またいずれ任務を共にしたいものです。では」
ニヤリと笑って不遜な中佐は消えた。
「ヤマト、知り合いなのか?マイクの上官ではあるが…」
「前に任務が一緒になったことがあってね」
「顔が広いな」
「好き好んで広くなった訳じゃないけどね」
「おい、久しぶりなんだ、大隊長の挨拶も終わったし、仕事の話は止めにしようぜ二人とも!今日は飲むぞ」
長い夜になりそうだ、後でビュコック提督に連絡しとかないとな…。




 
帝国曆483年12月10日14:00
アムリッツァ星系、チャンディーガル軌道上、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部、ラインハルト・フォン・ミューゼル


 ここアムリッツァ星系には帝国政府の直轄領がある。今我々が居るチャンディーガルがそうだ。直轄領には帝国政府から総督が派遣されるが、辺境すぎて直轄領としては開発が進んでいるとは言い難い。他にも可住惑星は近隣の恒星系も含めて二十程あるものの、同様の理由であまり開発は進んでいない。だがそれでも総人口は百万人近くにおよぶ。
「参謀長、総督から悲鳴が届いています」
「悲鳴?」
「平たく言えば、軍は星系を守れるのか、と…」
通信文をシューマッハ中佐に手渡す。通信文を見て中佐は大きいため息をついた。
「閣下、総督のダンネベルク子爵という方は、どの様な…」
「ダンネベルク、ダンネベルク…ああ、ダンネベルク子爵か。先代はワイン集めの為だけに生きている様な御仁だったが…今は代替わりして確か次男が跡を継いだのではなかったかな。財務省に勤めていた筈だ。家が傾くくらいの贈物をして総督の地位に就いたと聞いている」
「贈物…袖の下、賄賂ですか…そういった贈物はどなたの懐へ?」
「そう言ってしまっては身も蓋もないだろう…まあそうだ。この場合は内務省と財務省だな。内務省は総督の任命権を持っているし、財務省は帝国政府の財産を管理しているからな」
「フレーゲル内務尚書、カストロプ財務尚書、ですか」
「名前は出すな…そういうことだ。総督の任期を無事勤めあげれば、アムリッツァ星系か近傍の恒星系を領地として下賜される流れになっている筈だが…このままいくとダンネベルク子爵は軍のせいで総督の座を追われかねない。正念場だな」
ヒルデスハイム伯の目は、何かを懐かしむ様な、哀れむ様な色をしていた。
「ん?どうかしたか、少佐」
「爵位を持つ家の方も、色々と大変な思いをされているなと思いまして」
「そうか、少佐は騎士の家柄だったな」
「はい。フォン・ミューゼルなどと名乗るの恥ずかしい程の貧乏騎士の家です」
「…それで姉君は後宮に入られたのだな」
「はい」
まさか俺の身の上話になるとはな…姉上は元気でいるだろうか。あの時は理解出来なかったが今なら分かる。父親と呼ぶには相応しくない男だったが、姉上が後宮に入る事を奴が望んだ訳でもなく、当然姉上が望んだ訳でもない。爵位を持つ貴族ですら、コネがなければ家を保つのが難しい貴族社会に俺は居るのだ。俺はまだ恵まれている方かもしれない。早く力を手にいれなければ…艦橋が騒がしい、何か起きたか。
「ラインハルト様、これを」
キルヒアイスが神妙な顔をしている…キルヒアイスの手には通信文が握られていた。通報艦からのものらしいが…これは。敵がついに来たようだ。
「閣下、通報艦ブロートより報告です。星系外縁部に叛乱軍艦隊、規模一万隻以上。叛乱軍艦隊と通報艦の距離、約三十億キロメートル」
「一万隻以上…例の八個艦隊の先鋒か。参謀長」
「はっ…キルヒアイス大尉、ブロートに連絡、観測続行、後続が現れ次第報せ、と伝えよ」
「はっ」
「続いてオーディンに状況を報告、簡潔でよい。通信内容は大尉に任せる」
「はっ!」
キルヒアイスが艦橋に戻っていく。イゼルローン奪還軍の編成に二か月近くはかかる筈だ。そこからアムリッツァまで三十五日…約三ヶ月間…少しでも時間をかせがなくては…。



 

 

第五十五話 アムリッツァ星域会戦(前)

宇宙曆792年12月11日01:00
アムリッツァ星系外縁(イゼルローン回廊側)、自由惑星同盟軍、第十一艦隊、旗艦メガイラ、
アンソニー・ホイヘンス

 アムリッツァ星系のみだと?八個艦隊も動員して星系一つで終わりとは…笑わせるな!帝国の反撃体制が整う前に奥深く侵攻せねば、アムリッツァの維持すら難しいではないか。敵は討てる時に討たねば後日の憂いとなる、シトレの野郎は間違っている!
「閣下、ロボス大将よりアムリッツァ外縁で停止せよと言ってきておりますが…」
「参謀長、今日は何の日だ?」
「は、はっ…日付が変わって…第二次ティアマト会戦戦勝記念日でありますが」
「そんな大事な祝日に帝国本土に進出…止まれると思うか?」
「し、しかしそれでは命令に反し…」
「責任は俺が取る。何かあったら帝国軍に攻撃されたと言えばよい」
「は、はっ」



12月11日01:30
イゼルローン回廊出口(帝国側)、自由惑星同盟軍、第一艦隊、旗艦アイアース、
ラザール・ロボス


 「閣下、第十一艦隊ですが、外縁部で停止することなく進撃を続行している様です…!」
「何だと?…引き続き停止する様呼びかけを続けろ…第二艦隊と第三艦隊を呼び出せ」

“どうかなされましたか、ロボス閣下”
“何用でしょう?”

「第十一艦隊が此方の命令を聞かず進撃を続行中だ。貴官等で第十一艦隊を止めて貰いたい」

“…了解致しました”
“第十一艦隊が既に交戦中だった場合は?”

「第十一艦隊が優勢ならば、それを援けて加勢せよ。劣勢ならば救い出してくれたまえ。敵はイゼルローンの敗戦の直後だ、アムリッツァに存在する敵は…おそらく要塞戦の敗残兵のみと思われる。決して多くはない筈だが、注意してくれ。此処は既に敵地なのだからな」

“はっ!”
“了解致しました”

 …なんという事だ!こんな事ではシトレに笑われるぞ…全軍で引き止めに向かった方がよかったか?いや、八個艦隊だぞ、失敗なぞ出来るものか!もし後背でも突かれでもしたらシトレどころか全軍のいい笑い者だ!
「参謀長、全軍に伝達。軽挙妄動を慎み警戒を厳とせよ」
「はっ!」




帝国暦483年12月11日01:45
アムリッツァ星系、第三惑星チャンディーガル軌道上、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部、ラインハルト・フォン・ミューゼル

 キルヒアイスが新たな情報を報せて来た。
「ラインハルト様、更にイゼルローン回廊方向に進出した通報艦ブロートより続報が入っています」
…敵の先鋒はまもなく外惑星マルガオに到達する模様、後続に二個艦隊、敵先鋒との距離約二百五十億キロ…
「これで通信が途絶しました。残念です」
「そうだな。ブロートの乗組員の為にも敵を叩かねばな」
どうすればいい…敵の艦隊編成は一個艦隊一万二千から一万三千隻だった筈…。
「キルヒアイス、我々の艦隊の数は?」
「補給艦、輸送艦は民間人輸送の為にチャンディーガルに置いて来ましたから…一万五千五百隻です」
「この星系に他に可住惑星はあったか?」
「はい、もう一つあります。第四惑星カイタル。五万人程が居住している筈です」
「よし…現在位置からの距離は?時間で頼む」
「はい」
キルヒアイスは俺の質問に答えながら嫌な顔一つせず制御卓を操作している。ありがたい事だ…必ず生きてオーディンに戻ろう、なあキルヒアイス…。
「現在位置からですと…アムリッツァを挟んで…我々の艦隊針路から見てカイタルは三時方向、約七時間の距離です」
「マルガオからカイタルの時間的距離は?」
「マルガオは現在星系公転面のイゼルローン方向に位置していますから…アムリッツァを挟んで二時方向、近いですね、マルガオからカイタルまで約四時間です」
「よし…ありがとうキルヒアイス。策を具申してくる」
これでどうにか一個艦隊は潰せるだろう。潰せない時は…。


 「偽電を流しカイタルに向かうと見せかける、天頂方向から見て時計回りにアムリッツァを迂回してマルガオ側から敵艦隊を攻撃する…か。イゼルローン回廊側を迂回する訳だが、後続の二個艦隊はどうする?あまり時間的余裕はないが」
伯の疑問は尤もだった。確かに現在のまま推移すると、理想的に敵の先鋒を撃破したとしても十五時間程しか余裕はない。此方にも損害は出るから、とてもじゃないが二個艦隊をいっぺんに相手するなど至難の技だ。
「我々が敵先鋒を撃破した後戦場を去れば、敵は警戒して進撃速度を緩めるか、索敵の為に分散するかする筈です。たとえ分散しなくても進撃速度は緩めるでしょうから、少なくとも時間は稼げます」
「成程、あくまでも時間稼ぎという訳だな。参謀長、私は少佐の策を是とするが、どうかな?」
「そうですね。どちらにせよ時間は稼がねばなりませんし、一個艦隊でも敵戦力を減らせるのなら、やる価値はあると思います」
「決定だ。参謀長、作戦の準備にかかりたまえ」
「はっ。作戦準の下ごしらえは少佐にまかせる。存分にやりたまえ」
「ありがとうございます」





12月11日07:00
アムリッツァ星系、第四惑星カイタル付近、自由惑星同盟軍、第十一艦隊、旗艦メガイラ、
アンソニー・ホイヘンス


 「シャトルによる観測の結果ですが、確かにこの惑星には民間人が居住しているようですが…帝国軍の施設らしきものもごく小規模な物しかありませんし、脱出を準備している様な兆候もありません」
「敵艦隊到着後に脱出準備をするのだろう。敵はチャンディーガルにいるのだったな。だとすれば三時方向から現れる筈だ。シャトルに陸戦隊を載せ降下させろ。入植者は民間人だ、一個連隊もいれば武装解除は容易いだろう。参謀長、シャトル降下後、迎撃準備だ」
「はっ」
“…七時方向に人工物と思われる大質量を観測、距離百五十光秒…多数の高熱源発生!こ、攻撃です!”
「何!」
“九時方向にも高熱源発生!”
「後背からだと!?馬鹿な!全艦反転、迎撃せよ!」




12月11日10:35
アムリッツァ星系近傍(イゼルローン回廊側)、自由惑星同盟軍、第二艦隊、旗艦メネラーオス、
ジェフリー・ルーカス


 第十一艦隊からは何の返信もないばかりか、外惑星マルガオ以降の位置情報も不明ときている。
「何をやっているんだ十一艦隊は。まだ連絡はつかんのか」
「一向に…妨害電波もひどく、通信状態は劣悪です」
「妨害電波か…第三艦隊とは連絡可能か?」
「さほど遠くありませんので大丈夫かと思われます」
「よし、第三艦隊に連絡を」

”ルーカス提督、何かありましたか”

「いや、よかった。ルフェーブル提督、通信状況がひどくはないか?おそらく電波妨害だろうが…すでに第十一艦隊は敵と交戦状態に入っているのでは」

”その可能性はありますね。第十一艦隊の現在位置も不明ですし、彼等の捜索も兼ねて索敵範囲を広げましょう”

「そうだな…アムリッツァ星系全域を捜索する必要があるだろう。我々はこのまま外惑星マルガオに向かう。貴官はチャンディーガル方面に向かってくれ。ホイヘンス中将の事だ、早く見つけないとオーディンまで行ってしまうぞ。ロボス提督には我々から連絡しておく」

”恒星アムリッツァを挟んで索敵する形ですな。了解しました、では”

ホイヘンスめ…シトレ閣下を好かんのは判るが…好き勝手にやってもらっては困る。第一、作戦を成功させねば後が無いのは我々の側なのだ…。






12月11日11:00
アムリッツァ星系、第四惑星カイタル付近、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 
 「上手くいったな。完勝ではないか」
伯爵は上機嫌だ。しかしまだ敵は残っている、気を抜く訳にはいかない。
「はい、うまく機先を制する事が出来ました。出来ますれば…兵たちに二時間ずつ、交代で休息を取らせたいのですが」
「そうだな。飲酒も許可する」
「ありがとうございます」
我々の放った偽電に乗せられた敵を、惑星カイタルにて後背から急襲する事に成功した。傍受した敵の通信によれば、敵は叛乱軍の第十一艦隊の様だった。狼狽した敵は稚拙な行動に出た。その場で回頭する艦艇が続出したのである。司令官の命令だとしても、何が起こるか分かりそうなものではないか…敵艦隊は組織的な反撃をとる事が出来ないまま、旗艦以下数隻まで撃ち減らされ一方的に壊滅した。
「少佐、通報艦エルベⅣとラーボエからの連絡だ。敵の後続艦隊はアムリッツァ星系の星系公転面両端を索敵しつつこちらに向かっている様だ。我々が撃破した艦隊の座標を見失っていた様だな。一つはマルガオ方面、もう一つの艦隊は反対側のチャンディーガル方面にいる」
お互いの距離が近いのはマルガオ方面の敵だ。そちらを撃破したいが、問題は撃破した第十一艦隊が後続艦隊に我々の事を通報しているかどうかだ。通信妨害の措置は充分に行っているが、それ自体が我々の存在を示唆しているから、後続の敵は索敵範囲を拡げたのだ。我々の座標が送られていたら、敵は我々を挟撃すべくここに向かってくるだろう。どうするか…。




12月11日15:00
アムリッツァ星系(イゼルローン回廊側)、第四惑星カイタル上空、自由惑星同盟軍、第二艦隊、旗艦メネラーオス、
ジェフリー・ルーカス

 
 ”至急、来援ヲ乞ウ、第四惑星カイタル、第十一艦隊”

単純な通信文だった。非常に不利な状況なのだろう、一方的に奇襲でも受けたか…。第十一艦隊に簡潔に急行している旨を返信する。第三艦隊にも状況を送信するが、どちらからも返信はない…通信妨害のせいで長距離の通信はやはり厳しい様だ。


”了解シタ、我ガ艦隊既ニ敗北的状況、至急来援ヲ乞ウ。第十一艦隊”

第十一艦隊から返信があった。先程の通信を受けてから二時間半しか経っていなかった。やはり一方的な奇襲を受けたのだ。敗北的状況…まだ負けてはいないのか、とりあえずカイタルに急がねば…。

 そして今。
第十一艦隊との合流を果たしたものの、彼らは損傷した旗艦メガイラ以下七隻の戦艦、という状態になっていた。此方からの急行の報は届いていたものの既に状況は敗北に移行しつつあり、返信が遅れたのだそうだ。敵艦隊がチャンディーガル方面に去っていくのを確認後、損傷艦からの生存者の収容などを行いつつげ現在位置に留まっていたのだという。ホイヘンス提督も負傷していた。
“敵ながら見事な奇襲だった…不甲斐ない戦いをした。死んだ者達になんと詫びればよいか”

「…艦隊司令部が無事だっただけでも良しとしなければなりません。百隻ほど護衛をつけます、第一艦隊に合流して下さい」

“ありがとう…敵はチャンディーガル方面に向かった様だ。武運を祈る”

右腕を吊っている為、左手で敬礼したホイヘンス提督の顔は蒼白だった。むざむざと味方を死なせた事、命令違反…彼の軍人生命は断たれたに等しい。提督は一瞬何か言いたげな顔をしたが、通信は切れた。
「敵はチャンディーガル方面に向かっている。追撃開始だ参謀長、艦隊右三十度回頭、全艦戦闘配置のまま進撃開始」
「はっ」



12月11日18:00
アムリッツァ星系、第五軌道(小惑星帯)、銀河帝国軍、
ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 現在我々はアムリッツァ星系の第五軌道を周回する小惑星帯に潜んでいる。恒星アムリッツァの近くを通りチャンディーガルに向かうと見せかけ、そのままチャンディーガル、カイタルの周回軌道を通過して、敵の後続艦隊がチャンディーガル付近に来るのを待っている、という寸法だ。うまく行けば敵艦隊の後方から奇襲をかけられるが、おそらく敵はチャンディーガル付近で合流するだろう。その前にどちらかを叩かねばならないが、初戦の第十一艦隊を撃破した時の様に上手くいくかどうか…予想される敵の合流時間次第では、奇襲をせずアムリッツァ星系から撤退せねばならない。
「お疲れではないですか、ラインハルト様」
キルヒアイスがコーヒーを淹れて持って来てくれた。
「いや、一時間だけだがタンクベッドで休む事が出来た。充分とはいかないが、休む事は出来たよ。キルヒアイスこそ疲れてないか」
「いえ、私は大丈夫です…叛乱軍は失敗しましたね。八個艦隊全てでここに来ていれば、各艦隊が各個撃破される、という状況に陥る事もなかった」
「ハハ、撃破できたのはまだ一個艦隊だけだがな…奴等の艦隊は総数十二個だ。そのうち四個艦隊はイゼルローン要塞の攻略、その攻略が終わり待機させていた八個艦隊を送り込んで来た。確かに回廊を攻略され、帝国本土に侵入される…未だかつてない危機に見えるが…」
「作戦参謀ラインハルト少佐はそうは思わない、これは好機だ、と」
「茶化すなよ…だがそうだ。イゼルローン攻略に参加した敵は再編成に入る…という事は敵の兵力は八個艦隊…七個艦隊のみだ。再編成中の艦隊を投入しても九個艦隊がせいぜいだろう。此方が軍を編成するのに一か月から二か月、このアムリッツァ星系まで大体一か月…およそ三か月から四か月の間に叛乱軍の侵攻はヴィーレンシュタインかシャンタウに到達するだろう。ここで叛乱軍を討つことが出来れば、奴等の残存兵力は三個から四個に激減する。さらなる反撃も可能だ」
「イゼルローン要塞を取り戻す、と」
「ああ。だがこれは俺が宇宙艦隊司令長官の職にある場合の話だ。現状ではこうはならんだろう。忌々しい事だが現状では作戦遂行能力は叛乱軍の方が上だ。全て準備して来ているのだからな」
「はい。叛乱軍は我々を迎え撃つという国土的条件があります。常に我々に備えればなりません。それが逆に転じた場合、準備は素早く行えるでしょう」
「そうだ、防御用に使う資材を攻勢目的に使うだけだからな。だが帝国は違う。軍の派遣、編成それ自体が政治的判断を伴う。まあ、政府、大貴族の利害関係、派閥争いの類いだがな」
「はい、その通りです」
「叛乱軍とて利害関係の調整はあろうが奴等には専制政治打破という国是がある。我々に対する軍事力の行使という点では挙国一致体制を取る事ができる。もし本当にそうなった場合、目的が単純な分、その目的に邁進する事ができる」
「しかし我々は…」
「ああ。宇宙艦隊は十六個の正規艦隊からなるが、その十六個がまともに動いているのを見た事がない。そもそも定数を満たしているのかすら不明だ」
「…イゼルローン要塞の存在があったからですね?」
「そうだ。あの要塞が難攻不落であった為に定数を維持しなくてもよい、あるいはする必要を感じなくなったのだ。考えてもみろキルヒアイス、本当に叛乱軍の奴等を討伐する気があるのなら、とっくにやっていたとは思わないか?」
「はい。帝国の過去の軍事指導者達が全て能力が無かった訳ではないでしょうし」
「だが、そうはならなかった。イゼルローン要塞が完成し、状況が固定してしまった。軍務省の涙すべき四十分…聞いた事があるだろう?」
「第二次ティアマト会戦…会戦に参加した帝国軍は壊滅的な打撃を受け、叛乱軍が完勝した戦いですね」
「そうだ。負けた挙げ句に将官、高級軍人の戦死者があまりも多く、軍務省が大混乱に陥った…そしてイゼルローン要塞の建設に繋がる…著しい人的損耗と、その補充に要する時間を稼ぐ為に帝国は自らビンの栓を作って閉じ籠った」
「そして人的損耗の穴を埋めていったのは下級貴族や平民です」
「そう。だが帝国上層部としてはこれは由々しき事態だ。藩屏を自称する大貴族は進んで前線には出たがらないから、武勲をあげるのは下級貴族や帝国騎士、平民階級出身の軍人達ということになる。俺の見たところ、分艦隊指揮官や艦隊司令官を張れそうな奴等が中級指揮官にごろごろしているんだ。下級貴族は貴族階級だからまだ良しとしても、政府としては平民の台頭は望ましくない。だから彼等には活躍の場が中々与えられないのさ…適材適所ではなく能力に関係の無い縁故人事がまかり通っては叛乱軍を撃滅するなど痴愚の夢と言うべきだ。そして戦費はかさむ一方、当然叛乱軍領域に派遣出来る兵力にも差し障りが出る…自分でも極端とは思うが、見方としてはまあ間違ってはいないだろう」
「ミュッケンベルガー元帥はどうお考えなのでしょう」
「奴に能力がない、とは言わんが、今言った通り、他の事に足を引っ張られているのだ。悲しい事だ。俺にとっては好都合だがな」
お代わりを淹れて来ます、とキルヒアイスが部屋を出て行く。痴愚の夢…それに付き合わされるとは何の喜劇だろう…。



12月11日20:00
アムリッツァ星系、第四周回軌道近傍、自由惑星同盟軍、第二艦隊、戦艦エルセントロ、
ダスティ・アッテンボロー

 旗艦以下七隻…第十一艦隊もどうやったらそこまでやられるんだよ全く…ああはなりたくないもんだ。敵わないと思ったら逃げるが勝ちってのに…。
「砲術長、航海長からですが、第五周回軌道に微かに熱源反応が見られると言うのですが」
「どの方向だ?」
「我々の針路からだと五時方向になります」
「小惑星帯だな…副長は知っているのかな」
「航海長の口ぶりだと報告するか迷ってらっしゃる感じでしたが」
「迷うほど微かな反応なのか」
「さあ、そこまでは…」
「…全艦戦闘配置、総員だ!急げ!」
「え?でも、戦闘配置は哨戒直の権限外では…」
「それがどうした!第十一艦隊みたいになりたくなかったら、つべこべ言わずアラートを押せ!」
まったく!敵地なんだぞここは!…小惑星帯なんて、行方の判らない敵艦隊が隠れるにおあつらえ向きの場所じゃないか!おまけに位置が怪しすぎる。我々から見て右後方だと?絶好の襲撃位置だぞ!…早く副長、艦長は来ないか…?
「何があった、大尉」
「艦長…第五周回軌道、小惑星帯ですが、熱源を感知しました。位置関係からいって襲撃待機中の敵ではないかと判断しました。もし敵だったとして現在位置の我々を逃しますと、もう敵には奇襲のチャンスはありません。その予測から、越権行為ですが戦闘配置をかけました」
「確実か?」
「…小官は、逃げ足は一級、との自負があります。逃げ…いや、転進の余裕は失いたくありません」
「了解した。副長、分艦隊旗艦に通報、敵発見、第五周回軌道…艦隊針路から見て五時方向…おい、距離は?」
「約三百五十光秒です」
「よし、通報しろ」
「…旗艦、了解。全艦の運動を電算機管制に切り替える、との返信です」
副長のガットマン少佐は艦長からの命令より早く通信の用意をしていた様だ。でなければこんなに早く返信がある筈がない。
「艦長、引き続き分艦隊旗艦より伝達、艦隊全艦百八十度回頭、悌形陣とする。以上です」
 

 

第五十六話 アムリッツァ星域会戦(後)

宇宙暦483(宇宙暦792)年12月11日20:05
アムリッツァ星系、第五周回軌道(小惑星帯)、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 敵艦隊に新たな動きが認められる…こちらへ回頭…?しまった、攻撃準備を悟られたか!?
「参謀長、奇襲は失敗だ。前進!」
間髪入れずにヒルデスハイム伯が前進を命じる。確かに敵は回頭中、その後陣形を再編するつもりだろう。伯はその間に距離をつめる腹づもりなのだろうが……敵艦隊の行動は明らかに我々の存在を察知した為のものだ。であれば攻撃ではなく待機、または徐々に後退して遅滞行動を取る方が良かったのではないか……いや、もうよそう、始まってしまった以上は補佐に徹すべきだ。
「不満気だな、少佐」
「いえ、そういう訳ではありません」
参謀長が苦笑した。言われて気付いたが、伯も参謀長もどこか不満気な顔だった。奇襲に失敗したのだ、皆不満なのは間違いない。
「敵は現状では劣勢だ。もう一つの艦隊と合流するまでは無理はしないだろう。であれば、こちらも無理する事はない。チャンディーガルに残っているダンネベルグやカイタルのクラインゲルトには悪いが…撤退する」
「了解致しました。ですが、本当によいのですか」
「一個艦隊を完全に撃滅、更にもう一個艦隊にも損害を与える事が出来るだろう。だがそれで充分だ。確かに時間は稼がねばならんが、まずは要塞から収容した者達を無事にオーディンに連れ帰らねばならんしな」
忘れていた。伯の言う事は尤もな話だった。チャンディーガルを離れる時にイゼルローン要塞に駐留していた約二百万の人員を満載した輸送艦と補給艦を分離したのだ。今頃はアムリッツァ星系を抜ける頃だと思うが、彼等を無事に送り届けねばならないのだ。それを考えると、確かに戦闘のみにかまけてばかりは居られない。
「そうでした、確かに百隻程度の護衛では彼等も心許ないでしょう。参謀長、敵右翼に攻撃を集中して、そのまま反時計回りに転進、殿を務めつつ輸送船団に合流しましょう」
「そうだな。如何ですか閣下」
「是とする。卿等のよいようにせよ」




12月11日20:35
アムリッツァ星系、第四周回軌道近傍、自由惑星同盟軍、第二艦隊、旗艦メネラーオス、
ジェフリー・ルーカス

 「敵艦隊、更に前進してきます!こちらの右翼に攻撃を集中しつつあり!」
「右翼に後退しろと伝えろ。右翼が後退を開始したら前進しろと左翼に伝えろ」
「はっ」
敵の意図は何だ…?右翼を崩してこちらの後背を取るつもりか?それとも右方向からの半包囲……それならこちらは中央と左翼は前進……どうする?





12月11日21:00
イゼルローン回廊、自由惑星同盟軍、イゼルローン要塞、中央指揮所
ヤマト・ウィンチェスター

 ふむふむ、ここがアニメでいつもヤンさんが昼寝してる司令官席か…どれどれ………固いな!よくこの固い椅子で昼寝出来るもんだ…おや?
「中々さまになってるじゃないか」
「キャゼルヌ大佐…お休みになられないんですか?」
「非番は非番だがね。どうだ、付き合わんか?」
キャゼさんの手にはバーボンの瓶とグラスが二つ握られていた。
「いいんですか?小官は勤務中ですが」
「上官の命令だ、気にするな」
「ではありがたく頂きます…一応勤務中ですのでシングルでお願いいたします」
「分かった分かった…ところでだ、アムリッツァの件、聞いたか」
「はい。第十一艦隊が敗北…というより殲滅されたと」
意外にロボスのとっつぁんは慎重だった様だ。だが戦力を小出しにした為に第十一艦隊は奇襲を受けて壊滅してしまった…しかし、堂々と命令違反とは…ホイヘンス提督…だったか?まあよくやるもんだ。どの面下げて戻って来るんだろうか。
「これで前線の兵力は七個艦隊になってしまった…ロボス提督も靡下の提督達の引き締めにかかるだろうな。今頃は全軍でアムリッツァを目指している頃だろう」
キャゼさんが一気にグラスをあおる。そして深い息を吐いた。
「シトレ閣下は何も仰らなかったのですか?」
「ああ。先ほどロボス閣下と超光速通信(F T L)で話しておられたが、提督のせいではありません、と慰めておられたよ。まあ慰められた方はどう受け止めたか分からんがね」
キャゼさんは自嘲じみた笑顔で一気にグラスを空にした…一つ艦隊が消えたのだ、ロボスのせいではない、では済まないだろう。まあこれで他の艦隊司令官達もバカをやる奴はいなくなるだろうが…。しかし、第十一艦隊を壊滅させたのは…やはりヒルデスハイム艦隊か?となると手際が良すぎる…意外にヒルデスハイムが有能?いや、違うな、やはりラインハルトだろう。裁量権を与えられているか、全面的に信頼されているか、のどちらかだ。停戦会議の時もいがみ合ってる様子はなかったし…となるとアニメや原作の様に「金髪の孺子」呼ばわりされていない事になる。ヒルデスハイムはブラウンシュヴァイク一門の中でも主だった人物だ。そこに受け入れられているとなると…でもなあ、ラインハルトの生い立ちや性格、そしてその目的からして自分から進んで売り込む筈はないだろうし……。
「どうした?考え事か?」
「あ、いえ、ヤンさんは何をなさっているのかなあと」
「おいおい、俺じゃ不満か?」
「そういう意味じゃないですよ」
「冗談だよ、首席副官の俺が非番って事は、忙しいのは他の誰か?って事になるだろう?」
「ああ、なるほど。確かにそうですね」
空いた俺のグラスに遠慮なくバーボンが注がれていく。原作だったら…ヤンさんはどんな想いでイゼルローン要塞攻略戦に参加していたのだろう。シトレ親父の副官という今と変わらない立場だった筈だ。ヤンさんの事だから喜んでシトレ親父を補佐しただろうが…黄金の翼は小説版を読んでないんだよなあ……ああ、読みてえなあ…。
 
 「大佐、この先どうなると思います?」
「この先どうなるって…お前さん、何も考えてないのか?」
「あまり…」
…分かりますけどね、そんなに呆れた顔しなくてもいいじゃないですか…。
「おいおい、しっかりしてくれ。お前さんに判らない事が俺に判る訳ないだろう」
「はあ…」
「ははあ、それでヤンの事が気になったという訳か。分かった、呼んで来よう」
再び注いだグラスを名残惜しそうに一気に空にすると、キャゼさんは行ってしまった。有難い事だ、忙しさにかまけてヤンさんと今回の戦いについてロクに話した事がなかったんだ…。見切り発車で始めた作戦だからなあ…やってる事は原作のフォークと変わらん…。高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変、か…それが出来たら本当に天才だよ。
あ、ヤンさんがそうか。うん、やっぱり話聞こう…ん?ああ、内線か。
「あれ…キャゼルヌ大佐」
”作戦会議室に集合だ。急いでくれ“
「了解しました」
……ああ、もう。

 作戦会議室には既に俺以外の面子が集まっていた…シトレ親父にクブルスリー総参謀長。ハフト准将、ギャバン准将、ロックウェル准将。そしてキャゼさんとヤンさん。あとはグリーンヒル提督、ビュコック提督、ウランフ提督。
総参謀長が深刻そうに口を開く。何かあったのか?
「アムリッツァ星系で新たな戦闘が生起しました。第ニ艦隊と帝国艦隊…先日会見したヒルデスハイム伯爵の率いる艦隊とが交戦中です」
自分より上位の提督達が居る為だろう、総参謀長の口調は丁寧な物だった。
「ほう。要塞を取られたとはいえ只では引き下がらんという訳ですな。中々しつこい敵の様だ」
ウランフ提督が感心感心、といった面持ちで話し出した。
「状況を察するに十一艦隊を撃破したのもこの艦隊ではありませんか?敵ながら天晴れというべきですな」
味方を非難しそうなウランフ提督の口ぶりを察したのだろう、総参謀長が慌てて経過概略図をスクリーンに映し始めた。
天頂方向から見た図だ…アムリッツァ星系のイゼルローン回廊側に位置している外惑星マルガオ、第五周回軌道、そして第四軌道上のカイタル…恒星アムリッツァを挟んで第三軌道上のチャンディーガル。マルガオからカイタルに到着した第十一艦隊をヒルデスハイム艦隊が後背から襲う…。その後チャンディーガル方面に向かったと思われるヒルデスハイム艦隊は姿を消した…。後続の第ニ、第三艦隊はそれぞれマルガオからカイタルへ、チャンディーガルへと進撃、索敵範囲を拡げた。その後第ニ艦隊は第十一艦隊の残存と合流、いや救助した後、カイタルからチャンディーガルへ針路を変える…そのまま進んだ第ニ艦隊がカイタルの周回軌道からチャンディーガルの周回軌道をに到達する寸前で第五周回軌道…小惑星帯から帝国艦隊が現れ、第ニ艦隊の後背を取ろうとするも、第ニ艦隊はこれに気付き反転、迎撃体制を取る…。
アスターテ会戦みたいだな、合流前に各艦隊を奇襲による各個撃破…という事はやっぱりラインハルトか。まあ第二艦隊が気づいてくれたおかげでアスターテの二の舞は避けられたから良かったけれど…ってアスターテ会戦は起きてないから二の舞ってのはおかしいか。

 「総参謀長、第二艦隊司令官のルーカス提督はどの様なお方なのですか?」
「私などより長官代理の方が詳しいよ。如何です、長官代理」
「そうだな…優秀な人だ。士官学校では私の五期先輩にあたる。沈着冷静を絵に書いた様な人だな…ウィンチェスター中佐、何か気になる事があるのかね?」
「いえ、小官は艦隊司令官の方々の人為をよく知らないので…では第三艦隊のルフェーブル提督はどの様な方なのでしょう?」
「佐官時代しか私は知らないが、参謀としては優秀だった。今回は艦隊司令官として初陣だから、気負い込んでいるかも知れないな」
ふむ…沈着冷静と初陣か…。第二艦隊と第三艦隊…合流出来ればプラスマイナスゼロで問題なく戦えるか…?ラインハルトがどこまで信頼されているかによるな。信じがたい事だが、貴族艦隊のヒルデスハイム艦隊がイゼルローンでの激戦を難なく乗り越えている。アニメや原作のイメージで貴族の艦隊を捉えていると痛い目に会うかもな。そして第十一艦隊を撃破…多分、要塞駐留艦隊を収容して当初より兵力が増しているんだ…。ヒルデスハイムがラインハルトやシューマッハに指揮を任せているとすれば、二個艦隊相手でも互角に戦うだろう。
「長官代理、ロボス閣下はもうアムリッツァに向かっているのでしょうか」
「ああ、予定通りならあと七時間程で星系外縁に到達する筈だ。アムリッツァは死守するとの事だ」
死守ねえ…。ロボス親父もよほど懲りたのだろう…第十一艦隊の壊滅は、自分では提督達を統御出来ないと思われても仕方ない出来事だからな…。
「では一安心ですね」
「うむ…グリーンヒル提督、要塞残留中の各艦隊の状況はどうかな」
「はっ。要塞の工廠が使用出来ましたので、装甲の材質や電子部品の規格など一部不具合はありましたが、各艦隊とも損傷艦の修理はあと一週間ほどで終わります。それぞれ一万隻程度まで兵力は復旧します」
「そうか、それは重畳だ。考えたくはないが君等もアムリッツァ星系に進出せねばならない可能性は残っている。しばらくはイゼルローン要塞で待機してもらう。ギャバン准将、後方勤務本部との折衝はどうなっている?」
「はっ。補給に関しましては物資の消費量が作戦の想定内に収まっている為、滞りはありません。近日中に補給第一陣が到着いたします。それと同時に要塞内に後方勤務本部の支部を立ち上げたいので許可が欲しいとの事です。統合作戦本部の承諾は得ているそうです」
「了解した」
「伝えます。支部長にはセレブレッゼ少将が着任します」
「ふむ、セレブレッゼか。彼なら前線での補給任務も難なくこなすだろう。いい人選だ…とまあここまでが今作戦の現状だ。質問はあるかな?なければ話を進めるが、いいかな」
誰も何も言わない…しょうがない。
「ありません。お話の続きをお願いします」






12月12日00:30
アムリッツァ星系、第四周回軌道近傍、自由惑星同盟軍、第二艦隊、戦艦エルセントロ、
ダスディ・アッテンボロー

 くそ、敵さんえらく威勢がいいな。味方は押されっぱなしじゃないか…。なんだってこうもこっちの右翼ばかりに攻撃を集中してくるんだ?
「砲術長、休憩してきたらどうだ。哨戒直からずっと配置に付きっぱなしだろう」
「あ、副長…いえ、大丈夫です、若いですから」
「そうか。まあもうすぐ第三艦隊も駆けつける。そうしたら大分楽になるだろうよ。それにしても帝国内に踏み込んで戦う事になるとはなあ。シトレ閣下もとんでもない作戦を思いついたもんだ」
「副長、多分、いや確実にこの作戦を考えたのは長官代理じゃないですよ。考え付いたのは小官の一期後輩のヤツです」
「そうなのか?何て奴だ?」
「宇宙艦隊司令部に作戦参謀として入っているんですが、ウインチェスターって奴です」
「ウインチェスター?ヤマト・ウインチェスターか?」
「あれ、ご存じなんですか?」
「改変前のエル・ファシル警備艦隊で一緒だったんだ。当時はまだ術科学校を出たばかりの一等兵曹だったなあ。もう四年も前になるのか。君も知り合いなのか?」
「はい、士官学校に編入で入学してきた頃からの付き合いでして。当時は大変でしたよ、五十年ぶりの将官推薦の編入生が来た、って」
「俺も聞いたときは驚いたよ、そもそもそんな制度自体知らなかったからな。ハイネセンで会った時はまだEFSF所属だったが…そうか、今は宇宙艦隊司令部にいるのか。下士官らしくない物の考え方をする奴だったし、出世はするだろうと思っていたが…」
ガットマン副長は遠い目をして顎を撫でている。
「今じゃ立派な宇宙艦隊の参謀中佐ですよ。あーあ、上手いこと引き抜いてくれないもんですかねえ」
「はは、その話、俺も一口乗せてもらおうか」
「いいですねえ。コネは充分に活用しなければなりませんから」
「そうだな、だがまずは生き残らんとな。まあいいから休憩してこい、命令だ」
「はっ、ありがとうございます」



12月12日00:35
アムリッツァ星系、第四周回軌道近傍、自由惑星同盟軍、第二艦隊、旗艦メネラーオス
ジェフリー・ルーカス


 どうも敵の動きが解せん…。なぜこうも右翼ばかりに攻撃を集中するのだ?
「パエッタ参謀長、どう思う?」
「はっ……何と言いますか、こちらに退いて欲しいのではないか、と」
「退いて欲しい…??」
「あ、いえ、なんとなくそういう印象を受けましたので。此方は既に敵右翼に対し半包囲体勢を構築しています。それに対し敵は右翼のみがそれに対応し、相変わらず敵中央、左翼は此方の右翼に対する攻撃を止めません。それで、退いて欲しいのかと思った次第であります」
退いて欲しい…?敵にしてみれば当たり前の話ではないか。だが印象か…確かにそうかもしれんが…
「なるほどな。右翼の被害状況はどうなっている?」
「はい、一千隻ほどが撃破され、残存艦艇の三割程が何らかの損傷を受けています。戦闘に支障のあるものはその三割の半数に及ぶ様です」
「第三艦隊の到着まであとどのくらいだ?」
「およそ二時間かと」
二時間……現状のまま推移するとなると、此方の右翼はズタズタになるか…。
「参謀長。後退する。後退しつつU字陣形に再編だ」
「後退なさるのですか?」
「参謀長の印象に賭けてみよう。こちらに退いてほしいというのなら、奴等は撤退するのかも知れんしな。それに我々の任務はこの星系の確保だ、敵艦隊の撃破ではない。後退してみれば、奴等の意図もわかるだろう」
「…了解致しました」
不満そうだな参謀長、だがこれ以上戦力を減らす訳にはいかんのだ。確かに第三艦隊と合流すれば挽回は可能だろう。だが我々は既に一個艦隊を失っている。それがホイヘンスの命令違反によるものだとしても、宇宙艦隊司令部がそう見るとは限らない。ロボス閣下や我々の連帯責任にされかねない。既に我々の能力や行動に危惧を抱いている輩は少なからずいるだろう。であればまずは作戦目的の達成だ。我々の任務は星系の確保であって、敵戦力の撃破ではない…。敵は必ず大規模な反攻作戦を興すはずだし、敵戦力の撃破はその時で良い、敵に対するのに我々だけで当たる必要はない…。



12月12日00:50
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、ラインハルト・フォン・ミューゼル


 敵は後退する様だ。U字陣形…半包囲体勢は崩さないという事か。
「少佐、どう思う?殊更に陣形を見せつけているとすると、敵は我々の撃破ではなく残りのもう一つの艦隊と合流を優先するのではないかと思うのだが」
シューマッハ中佐の見立ては正しいだろう。U字陣形、半包囲体勢の陣形だ。此方の方が戦力が多いから、中央突破出来ない事もないが、敵はどうやら中央部を厚くしている様だ。となると突破には時間がかかる、突破するまでに少なくない損害が出るだろう…。
「参謀長の予想通りだと思います。まあ此方が敵右翼ばかりに攻撃を集中するので、意図を図りかねての後退という側面もあるのでしょうが…U字陣という事は追撃されたくないという事ですから、こちらにも好都合ですね」
「そうだな。閣下、如何でしょうか」
「うむ。全艦、斉射。三連だ。その後、艦隊左三十度回頭。離脱する」
「了解致しました」
…欲を言えば、眼前の艦隊も撃破したかったが…道を空けてくれるというなら素直に従うべきだろう。それにしても、オーディンに戻ったらどうなる事か…政府、軍そして門閥貴族達…この事態にどう対処するのか見物だな。高見の見物とはいかないが、どうなろうとも切り抜けてみせる。たとえそれが門閥貴族の力を借りる事となってもだ。
「少佐、同盟軍に平文で通信を送ってくれないか。内容は…今、閣下が考えておられる」
指揮卓を見ると、伯が手を顎に当てて天井を見ている。どんな内容を送ろうというのだろう。
「…よし。少佐、今から言う内容を送信してくれたまえ」
「はっ」
「回廊ヨリ此レ迄ノ戦イブリ、マコトニ見事ナリ。再戦ノ日マデ壮健ナレ。以上だ」
「…了解致しました」
負け惜しみじゃないか。吹き出しそうになった…だが再戦の日か。そうだ、必ず戻って来る。そして必ず叛乱軍を叩き潰す…。




 

 

第五十七話 思惑 Ⅰ

帝国暦484年1月10日13:15
ヴァルハラ星系、オーディン、軍務省、宇宙艦隊司令部、エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム

 この建物に来るのは何年ぶりだろうか…今は亡き父上に連れられて、当主交替の挨拶回りの時以来だから…八年ぶりか。当時は黒づくめの軍服の群れがいそいそと動き回る、この建物の異様さに辟易したものだ。今思うとその異様な印象が嫌だったのだろう、先年の出撃時も此度の出撃時も、この建物に寄る事なくヴィジフォン(TV電話)を介しての命令受領、出撃だった。今思えば何と無礼な事か…。そのせいで、またはそのおかげで私の顔を見知っている者は少ない。下位の者は当然敬礼してくるが、宮廷内の様に時間はあまりとられないのがありがたい…ミュッケンベルガー元帥閣下の執務室まで…あと少しか。やれやれ、場所も忘れているとは…。
「おお、そこを歩いているのはヒルデスハイム伯…いや中将…ああ、今日より大将だな。待たれよ待たれよ」

 聞き覚えのある声に後ろを振り向くと、私に駆け寄ってくるリッテンハイム侯の姿があった。
「これは侯爵閣下。御無沙汰しております。息災でお過ごしでしょうか」
「息災息災、それより卿こそ息災で何よりというもの…此度の武勲、聞いておるぞ?いやはや、ブラウンシュヴァイク公も鼻が高かろうて」
「武勲…とは?何の話でございましょう」
「そのように謙遜せずともよい…イゼルローン要塞は取られたが、叛徒共の艦隊を一つ、見事撃攘したという話ではないか」
「確かに叛徒共の艦隊を撃攘…殲滅致しましたが、当初の要塞救援という目的を果たせず、恥ずかしい限りでございます」
「増援を出し渋ったのは軍の不手際であろう?そなたが気に病む必要はない。新たな武門の誕生、これ程嬉しい事は無いぞ」
「…お褒めの言葉、まことに有りがたく存じます…ところで侯爵閣下は、この軍務省に何ぞご用の向きがお有りでございますか」
「うむ。ご用もご用…と、そういえばそなたは何処へ向かっておるのだ?」
「ミュッケンベルガー元帥の執務室にございます。帰還の報告をせねばなりませんので」
「そうか、それなら丁度良い、余も元帥の執務室に向かう所よ。ご同道願えるかな?」
「それはもう」
まさかリッテンハイム侯とはな…。となるとブラウンシュヴァイク公もここに現れるか、既に来られているか、のどちらかだろう…しかし何の用だろうか。まさか、いやまさか…。



宇宙暦793年1月11日13:00
イゼルローン回廊、イゼルローン要塞、中央指揮所、
ヤン・ウェンリー

 うん、暇だな。勤務中は暇なのが一番だ、こんな時は『銀河連邦建国史』でも読んでいるのが一番だ。どこまで読んだかな、そうだ、ラグラン・グループ結成の辺りだったな…。
中央指揮所での勤務は立直制だ。副官はキャゼルヌ先輩、私の順番で回っている。
参謀の皆は、総参謀長、ハフト准将、ギャバン准将、ロックウェル准将、ウィンチェスター、の順で回っている。年が明けるまでは皆緊張した面持ちで配置に就いていたものだが、年が明けて新年を祝うパーティーが終わった後はその余韻が抜けきらないのか、緊張感も今一つ、といった所だ。何しろイゼルローン要塞を奪取し、アムリッツァ星系に進駐した後だ。パーティーの盛大さはとんでもないものだった。本国では、年を越した真夜中に政府がイゼルローン要塞奪取とアムリッツァ進駐の公式発表を行ったものだから、近年希に見る大騒ぎの年越しとなったという。ハイネセン記念スタジアムでニューイヤーイベントが行われたのは例年通りだったが、政府の公式発表の後から更に市民が集まりだして、最終的にはおよそ百万人もの人がスタジアムの周囲に集まって同盟国歌の大合唱が始まり、その大合唱に釣られてスタジアム内の群衆も唱和し出してニューイヤーイベントどころではなくなって、それが延々二時間近く続いたそうだ。そして同様の光景は政府施設、特に最高評議会ビルと統合作戦本部ビルでも見られ、市街地のあちこちで自然発生的に市民によるパレードが始まり、乱闘騒ぎ、強盗、火事まで起きる始末だったという…。

 「先程から何を読んでいるんです?…銀河連邦建国史…面白いですよね、それ」
現直のペアはウィンチェスターだ。私の本を見てウンウンと頷いている。
「ちょうど今ラグラン・グループ結成のくだりなんだ。わくわくするよ」
「チャオ・ユイルンとか、ヤン中佐にそっくりじゃないですか」
「え、そうかい?私より君に似ているんじゃないか?」
「そうですかねえ」
「…ところで、君はこの先をどう予想するんだい?」
ウィンチェスターは腕を組んで考えている。彼の頭の中はどうなっているんだろうか。一度覗いてみたいものだ。
「中佐は、どうお考えです?」
「質問したのは私なんだが…まあいいか。やはり講和ではないかと思うんだが」
「講和ですか…」
「前に君が言っていただろう?帝国の宗主権を認めた上での講和。まあ降伏に近い形だし、どう同盟市民に説明するかが難問だが」
「ですが…我々の降伏を主張したとしても、帝国にとってはやはり我々は共和主義者、政治犯、という事は変わりません。何年後、何十年後かも知れませんが、国力を回復した帝国が攻めてきますよ。同盟もある程度は国力を伸長させているでしょうから、また長い間戦う羽目になりませんか?」
「だが、一時的な平和は得られるだろう?人類の歴史に恒久的な平和というものは無かったし君の言う様にまた戦争になるかも知れない。だが、このまま戦争が続くより余程ましじゃないか?」
「そうですかねえ…なんか無責任な気がするんですが」
ウィンチェスターは真剣な顔をしている。無責任?無責任なのだろうか。軍人として平和を勝ち取りそれを次世代に受け渡す…無責任な事だろうか?
「どうせなら、戦争を続ける気が起きないくらいまで叩く。それでこちらの主張を認めてもらう。後は少しの寛容を。せめてそれくらいしないと平和にはなりませんよ」
そうか。ただ講和や和平ではなく、結果は同じでもそこに至る過程が大事という訳か。
「なるほどねえ。だが民主共和制と専制による絶対君主制、という対立構造は残る訳だろう?この二つは相容れないと思うんだが」
「相容れなくても構わないんじゃないですか?小官は多様な価値観こそ民主制の真髄と思うのですが…。隣の家同士、近所付き合いをする。その時隣の家の内情にわざわざ口を出しますか?相談されれば別ですが、同盟と帝国、互いがその相談相手になれればいい、と思っています。それには我々が政治犯のままではいけないんです。反乱者という立場ですから、我々の価値観を認めてもらわねばならない。認めてもらって、そして向こうの価値観も認める。一朝一夕に出来る事ではありませんがね」
「どれだけ他人に寛容でいられるか、という事か…まさかそのためにアムリッツァ星系に進出したのかい?」
「まあ、そうです。だからアムリッツァ進出前の会議で述べた事は嘘でも何でもないんですよ」
同盟の、民主共和制の価値観を、帝国の民衆に受け入れられるかどうか試す、という事か。
「受け入れられるだろうか」
「我々が解放者という顔を見せている限りは大丈夫でしょう。現状、アムリッツァの人々は逃げ出す手段を持ちませんし、現地を統治する貴族と話し合い今後を決めていけば大丈夫ではないでしょうか。主だった貴族としてチャンディーガル総督にダンネベルグ、カイタルにクラインゲルト、近隣の星系にミュンツァー、バルトバッフェルという在地領主がいます。彼らは農奴階級を保持せず、比較的話の分かる貴族であるという報告が来ています」
「農奴を保持していない…開明的な人達なのだろうか?」
「辺境ですからね…彼等は在地領主です。惑星や領地開発にはまず資金が必要ですが、いわゆる大貴族、門閥貴族ではない彼等にはその資金がない。インフラ、物流、教育、産業…どれをとっても帝国中枢部より数段劣る。劣るゆえに投資の動きもない。だから労働力は農奴に頼るべきなのでしょうが、資金がないため維持出来ないのでしょう。でも農奴階級がいないのは幸運でした」
「何故だい?」
何故だ、と聞いたが理由は推察出来る。
農奴階級とは政治犯や共和主義者など、何らかの理由で平民より下の階級に落とされた人々やその眷属、子孫達だ。平たく言えば奴隷、という事になる。国父アーレ・ハイネセンがそうだった。人間として恥ずべき事だが、奴隷なので物として扱われている。その上給料を払う必要がないので余計な人件費がかからないから労働力としては最適だ。大貴族ほど彼等を多く抱え込み、自らの権勢の維持に役立てている。しかし農奴階級に落とされた人々だって人間だ、意地も尊厳もある。自分達の処遇だって改善したい筈だろう。という事はアーレ・ハイネセンがそうだった様に、彼等は潜在的な反乱階級という事になる。
そんな所に解放軍として我々が現れたらどうなるか。我々の後ろ楯を得た、と勘違いした農奴階級の人々が反乱を起こすかも知れない。となると彼等を鎮圧せねばならない。在地領主達がそれをやればいいではないか、と考えるかも知れないが、それでは在地勢力の協力を得られなくなってしまう。鎮圧する力を持ちながら反乱を傍観する我々は、在地勢力にとっては共犯と同義語だからだ。解放者など、現地の帝国の為政者から見ればそれは破壊行為に等しい。彼等に協力、または懐柔して協力体制を維持しなければ、恒久的な進駐など無理だろう。

 「お分かりでしょう?解放軍とはいっても帝国からすればただの侵略ですからね。彼等にしてみれば我々は農奴と変わりません、農奴階級が存在していたら我々はその協力者という事になってしまう。面倒ですよ」
「しかし、そういう人達は助け出さなきゃいけないだろう?」
「段階的に、ですよ。残念ですが今はその段階ではない。だから彼等がいなくて幸運だったんです。帝国人にとって農奴階級とはその境遇に同情する事はあっても、庇護すべき存在ではないんです。五百年近くそういう社会体制をとっているのですから。地球時代の奴隷制度と同じですからね。生かされているだけましですよ」
「嫌な言い方をするね…」
「あえてこういう言い方をしました、申し訳ありません」
「いや、いいんだ。私だって分かってはいるんだ。ただ他に方法は無いものかと思ってしまうんだ」
「そうですね…同盟と帝国の邂逅、これが戦闘であったのが現在の情勢のそもそもの発端です。そしてダゴン星域会戦。同盟は予想していた出来事でしょうが、あれで負けた事によって帝国は引くに引けなくなってしまった」
そうなんだ、発端がいけない。そこから百五十年…。人類同士で争う、地球だけに人が住んでいた頃と何ら変わらない。人は社会的機構を備えると他を許容できなくなる生物なのだろうか…。




帝国暦484年1月10日16:15
ヴァルハラ星系、オーディン、軍務省、人事局、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
 
 今日付で俺は中佐に、シューマッハ参謀長は大佐に昇進した。キルヒアイスも大尉に昇進した。叛乱軍艦隊撃滅に功あり、という理由だった。辞令書を渡され、艦隊事務室に戻ると、ヒルデスハイム伯がもう一度人事局に行け、という。それから一時間半、人事局の応接室で待たされている。俺もキルヒアイスもしばらく軍務省で勤務していたが、今まで人事局の応接室になど入った事もないし、そもそも人事局に昇進以外の件で呼ばれた事もない。
「参謀長は今までこういう経験をなさった事がありますか?」
「いや、記憶に無いな。何か伯爵への伝言、いや、内密の頼み事でもあるのか…」
「参謀長のご意見が正しいのかも知れません。ラインハルト中佐や参謀長だけではなく、小官もここに同道しておりますし…」
キルヒアイスはまだ尉官だ。佐官である我々ならまだしも、人事局から見れば一大尉に過ぎないキルヒアイスまでこの場にいるというのは不自然だった。
「という事は、我々三人は伯爵の重要なブレーンとして認識されている、という事かな?」
シューマッハ参謀長はそう言って笑った。軍事面ではそうだろう。確かに我々は伯爵を補佐している。だがキルヒアイスや参謀長の言う様に内密の伝言や頼み事となると、それは政治的な領分の物だろう。であれば我々より伯爵の縁者のノルトハイム兄弟などに頼む方がいいのではないか。
「さすがは軍務省人事局だ。コーヒー豆も上質だな、二人共、お代わりを貰わないか」
ちょっと貰って来ます、とキルヒアイスが立ち上がった時、局長室から入りたまえと声がした。

 「人事局長のグロスマンだ。ラインハルト中佐、キルヒアイス大尉、久しぶりだな」
確かに会った事はあるが、廊下で数回敬礼しただけだ。顔を覚えられていたとは…。
「お久しぶりです、中将閣下。本省勤務時はお世話になりました」
「うむ…おお、失礼した大佐。シューマッハ大佐は会うのは初めてだな。まあ皆かけたまえ」
俺達が応接ソファーに座ると、グロスマン中将も俺達の向かいに腰を下ろした。それと同時に隣の部屋からコーヒーセットが運ばれて来る。セットを運んできた中尉が局長室を出ると、グロスマン中将が口を開いた。
「三人共、昇進おめでとう。まあ、伯爵閣下をはじめとしてヒルデスハイム艦隊の主だった者は皆昇進となったのだが」
甘党なのか、中将はコーヒーに角砂糖を四つも入れた。
「伯爵に代わりまして御礼申し上げます…ところで閣下、ぶしつけながら、我々三人を呼んだのは、どの様な用向きでございますか」
コーヒーには目もくれず、参謀長が質問をぶつける。
「大佐は中々せっかちだな…まあいい。…卿等は明日、昇進する」
「…人事局長自らのお言葉を疑う訳にはいきませんが、それは本当でしょうか?小官等は、本日昇進したばかりですが」
「冗談でこんな事を言う訳がないだろう。今日の昇進は艦隊参謀としてヒルデスハイム伯を補佐し、叛乱軍艦隊の撃滅に寄与した結果だ。明日の昇進は敗残のイゼルローン要塞の将兵を無事オーディンに帰還させた功によるものだ。生者に二階級特進はないのでな」
「…ありがとうございます。では伯爵も上級大将になられると?」
「いや、伯は大将のままだ」
「何故です?我等の功は伯爵に帰するものです。我等のみ特別に昇進するなど…」
コーヒーに口をつけながら、人事局長は参謀長を制した。
「まあ聞きたまえ。軍内部でも色々あるのだ。軍内部の序列、配置、宮廷序列…さるお歴々の派閥争い…そこに手を突っ込まねばならぬくらいなら、伯は大将に留め、その司令部を強化する、とのやんごとなき方々の間で話し合いがあったのだ。イゼルローン失陥、叛徒共のアムリッツァ侵攻…その中でも著しい功績があった卿等に報いねばならんとも伯もおっしゃられていた」
確かに伯爵も分艦隊司令官達も二階級特進となれば、伯は上級大将、伯の縁者達の分艦隊司令官達も一挙に大将や中将になる。となると軍内部のポスト争いが起きかねない。さすがに大将、中将を分艦隊司令官のままではつたないし、かといって彼等に大将という地位に見合うだけの能力があるかどうかもはっきり言って未知数だ。それにもしそうなった場合、当然軍内部でのヒルデスハイム伯の発言権は増す。それは同時にブラウンシュヴァイク公の影響が軍内部に拡がるという事でもある。そしてその状況は対抗閥であるリッテンハイム侯が見逃す筈はなく、軍が門閥貴族にいいようにされる事態を引き起こしかねない。現在の伯爵を見る限り、そんな事態は伯爵の望むところではない筈だし、更に軍、政府そして皇帝すらも望まないだろう。であれば帝国上層部に影響の少ない我々を昇進させ、伯爵の艦隊司令部強化を行った方がよい、と判断したのだろう…。

 「…重ね重ね、御礼申し上げます。謹んで拝命いたします」
参謀長が深々と頭を下げた。俺もキルヒアイスもあわててそれにならう。
「礼はヒルデスハイム大将に言いたまえ。本来ならばこのような事はないのだ。だが未曾有の事態と言われてはな…まあ人事局としても卿等の力量を見誤っていた面はある。そこは素直に認めよう。話は以上だ…ああ、司令長官の執務室に向かいたまえ。伯爵と司令長官がお待ちの筈だ」
「はっ。失礼いたします」
人事局長室から出ると、参謀長が大きく息を吐いた。
「まさか閣下と呼ばれる日が来るとはな。霹靂とはこの事だな」
「おめでとうございます。准将閣下」
「止めてくれ、まだ大佐だ…卿等も明日からそれぞれ大佐、少佐か。昇進おめでとう…では長官執務室に向かうとしようか」
 

 

第五十八話 思惑 Ⅱ

帝国暦484年1月10日16:25
ヴァルハラ星系、オーディン、軍務省、宇宙艦隊司令部、宇宙艦隊司令長官執務室
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 この部屋の主はグレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥。元帥はミュッケンベルガー伯爵家の分家の出で、言わずと知れた武門の家柄であり、帝国軍三長官の一人だ。そして帝国の実戦兵力の殆どを握る男でもある…執務室のソファーに元帥と向かいあって座っているのは昇進して大将になった我々の上官、ヒルデスハイム伯…。一体何を話していたのだろう…。
「おお、来たか。卿等を呼んだのは他でもない。イゼルローン要塞を奪還するための軍編成を話し合う為だ。どうせ軍務省にいるのなら、卿等にも直接聞いて貰った方が話は早いのでな」
…先程のグロスマン人事局長ともそうだが、この男とも直接話すのは今日が初めてだ。それはそうだ、軍務省と言っても俺は統帥本部付、という訳の分からない配置に居たし、直接呼ばれるかしない限り、会話をすることなど何もないのだ。何しろ統帥本部に居たのに総長シュタインホフ元帥の顔すら見た事もない。
「閣下、彼等も着席させてよろしいか」
「そうですな、話は長くなる。卿等もかけたまえ」
元帥の、伯に対する口調は丁寧なものだった。軍では当然元帥の方が地位は上だが、宮廷序列は当然ながら伯の方が上だった。丁寧な喋り口からして、この部屋での会話は軍とも関わりはあるが政治的な色合いの濃い物なのかも知れない。

 ヒルデスハイム伯が大きく咳払いをした。
「我等も揃いました、改めて伺いましょう。軍の編成が遅れているという事ですが」
「はい…恥ずかしき事ながら、十六ある正規艦隊の内の半分は未充足状態なのです。残る八個も戦力として期待出来るのは四個艦隊が精々です」
「なんと…」
伯は絶句している。いや、参謀長やキルヒアイスだって正直それに近い驚きがあるだろう。想像はしていたが、それほどひどいとは…。
「…理由を訊いても宜しいかな」
「まあ、金です。通常の予算編成ならともかく、慢性的な戦争状態です。防衛だけならともかく出征には金がかかる。戦費の調達は国債の発行で賄われている。ギリギリなのですよ。まあそれだけではないが…」
「想像はつく。元帥、この際正直に申された方が胸が軽くなりますぞ」
「ハハ、そうですな…では…。大貴族の方々の紐付き、が多いのです。…確かにスッキリしますな」
元帥は嘆息し、伯は苦虫を噛み潰し天井を見ている。紐付き…ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムの両陣営と結び付いているという事だ。だから伯には想像が出来たのだろう。正規軍でありながら大貴族との利害関係でいい様に動く…あってはならない事だが現実はそれを否定している。実戦部隊の統率者がそれを口にしたのだ、嘘や冗談ではなく、状態はかなり深刻といっていいだろう。伯と元帥の会話だから俺達が口を挟む訳にはいかないが、ただ聞かされているだけでもおぞましい事実だ。イゼルローンに増援を送りたくても送れない状態だったのだ。だが伯はブラウンシュヴァイク一門の大貴族、紐付きどころではない。そこはどう思っているのだろうか。伯も同様だった様だ。同じ疑問を口にした。
「紐付き、と言われたが私などブラウンシュヴァイク一門そのものですぞ?その辺りはどうお考えか」
「…伯はブラウンシュヴァイク公に頼まれて軍に復帰なさいましたか?」
「いや、それはない。私の意志だ。今ここにいる彼等にも以前に話した事があるのだが、私が軍に参加したのは貴族として藩屏として何かを為さねば成らぬ、という想いによるものだ」
「そう、聞いております。無論、今ここにいる彼等からではありませんが」

 軍上層部としても伯爵の復帰は半信半疑、物好きの類いにしか見えなかったのだろう。遊び半分に武勲の狩り場にされては堪らない。伯本人が戦死でもしたら、責任は無くとも文句を言われるのは軍なのだ。軍は伯を調査したのだろう、伯の近しい所から聞こえて来る声…調査自体は簡単だ。何しろ紐付きが大勢いるのだ、そこから探っていけばいい。そして軍は判断した、伯の行為はブラウンシュヴァイク公の思惑や差し金ではない、という事を。そして試金石としてイゼルローン要塞への増援として伯を送り出した…。
「重ね重ねイゼルローン要塞を救援出来なかった事は私の力不足によるもの。慙愧に耐えません」
「伯のせいではありません。要塞は難攻不落、という軍の慢心によるもの。更に帝国本土に叛徒共の侵入をを許したのは軍の責任です…再度奪還軍の一員として加わっていただくが、よろしいか」
「それは私も望む所…話を戻しましょう、先程軍編成が進んでいないと申されたが、現在の状況を教えていただきたい」
奪還軍…俺達もそれに加わる事が出来る、有難い限りだ。どの様な陣立てになるのだろうか…。
「はい。奪還軍司令官にはクライスト大将を考えております。艦隊司令官としてまず伯ですな。そしてゼークト中将、シュトックハウゼン中将、ギースラー中将…今の所はこの五名という事になります。本当なら私自らが陣頭に立ちたいのですが、国務尚書、軍務尚書そして統帥本部総長に止められました」
「…何故です?」
「奪還が成功すれば問題がない…だが失敗した場合、貴族達が何を考えるか分からぬ、と」
貴族達…門閥貴族達が反乱を考えているとでもいうのだろうか。いや、反乱は無くとも地方王国として独立するかもしれないという事か?あり得ない話ではない。それに備える為にミュッケンベルガーを残す…。確かにこの男なら貴族達に睨みを効かせる事が出来るだろう。しかし、その場合誰を率いるのだろうか…。
「…何を考えるか分からぬ、か…この国難に自らの利益のみを優先させる輩がいると…貴族の一員として強く否定出来ない所が悲しいですな。いや、悲しんでいる場合ではない。そうなったら帝国は…」
「はい。私はその備えとして残らねばなりません。私の靡下として残るのは甥のケルトリング中将、メルカッツですな。メルカッツは中将に昇進させます。帝都の地上部隊はオフレッサーが指揮を執ります」
メルカッツか。この男とメルカッツはそれほど仲が良くないと聞いているが、奴は政治的野心がないとも聞いている。そこを買ったのだろう。ケルトリング中将…ああ、軍の名門ケルトリング家の当主か。だがケルトリング家は第二次ティアマト会戦の影響で没落した筈だ…分家の誰かが名跡を継いだのだろうか。
そしてオフレッサー…擲弾兵総監、上級大将の地位にある野蛮人…。二メートルを超える巨躯、全身が筋肉の鎧で覆われた旧石器時代の英雄。将官となった今でも自らトマホークを振るう事を厭わないと聞いている。評判は碌な物では無いが、この男が帝都にいるのは心強い。
「あと…グリンメルスハウゼン閣下が上級大将として幕下に加わっていただけるそうです」
グリンメルスハウゼン?首を傾げて考えていると参謀長が、皇帝フリードリヒ四世の元の侍従武官だ、と教えてくれた。成程、フリードリヒ四世の治世がどうなるかどうかの瀬戸際だ、居ても立ってもいられなくなったか。だが軍事的能力はどうなのだろう、評判や実績は耳にしたことが無い…補佐する奴が哀れだな…。
「兵力はどうなっているのでしょう?」
ミュッケンベルガーが遠征軍として示した兵力は以下の様な物だった。
奪還遠征軍司令官:クライスト大将 一万五千隻
副司令官:ヒルデスハイム伯爵大将 一万五千隻
ハンス・フォン・ゼークト中将   一万二五百千隻
トーマ・フォン・シュトックハウゼン中将 一万二千隻
パウル・フォン・ギースラー中将  一万二千隻

 合計六万六千五百隻…近年稀に見る大軍だ。クライストは当然雪辱を誓っているだろうし、ゼークト、シュトックハウゼンの両名もヴァルテンベルク、クライストの後任としてイゼルローンに赴く筈だったと聞いている。ギースラーはヴァルテンベルクの副司令官だった。アムリッツァでは伯の艦隊の副司令官として駐留艦隊の残存をまとめ、我々と共に戦った。要塞攻防戦の時も当時のヴァルテンベルグ大将率いる駐留艦隊が戦線を維持できたのは、この男の力によるものが大きいと聞く…ゼークト、シュトックハウゼン両名の指揮能力は分からないが、最前線を任される予定だった二人だ、この非常事態に抜擢されるのだしそれほどひどいものではないだろう…むしろそう願いたいものだ。
アムリッツァの反乱軍七個艦隊に比べると少ない戦力である事は否めないが、戦い方次第ではどうにか出来る戦力だ。本来ならこれにミュッケンベルガーの直卒艦隊が加わる予定だったのだろう、そうなれば八万隻近い兵力となった筈…。ミュッケンベルガーも頭が痛いだろう。本来なら自分自身で指揮したいだろうに、国内問題のせいで外敵に対処する戦力をそちらに割かねばならないとは…。
政府、軍、貴族。一枚岩になれば磐石な体制を築けるものを。まあ一枚岩になどなられたら俺がのしあがる隙は無くなってしまうのだが…。
「順調にいけば…各艦隊を充足状態にもっていく迄に二か月、訓練に一ヶ月、アムリッツァ迄の移動に一ヶ月…五月の半ばにはオーディンから出撃出来るでしょう」
「イゼルローン、アムリッツァが叛徒共の手に落ちて早一ヶ月…その後情報は入っておりますか」
「叛乱軍はアムリッツァを固める事を一心にしておる様ですな。こちらの偵察部隊を追い払う程度で、大きな戦闘はありません」
「なるほど」
「以上が現在の状況です。伯にはお手数をおかけするが、何卒よろしくお願い申し上げる」
「いや、私には彼等という優秀な補佐役が居るのでな。造作もない」
元帥が手を叩くと、従卒がコーヒーセットとケーキを運び入れた。以外に甘党の様だ…。従卒が出ていくと再び元帥が口を開く。
「それと…もう一つ」
「何でしょう」
「伯爵はリッテンハイム侯に会われましたか?今日、この建物で」
「会いました。それが何か」
「実は先程、リッテンハイム侯、ブラウンシュヴァイク公がこの部屋に見えられましてな。この未曾有の国難に協力したい、と申されました」
「そうですか…いや、侯の姿を見た時にその様な気はしておりました。ブラウンシュヴァイク一門からは既に私が軍に復帰している。対抗心から同じ様に侯も一門の誰かを軍に復帰させるのではないかと…」
「その通りなのです。重ねてお聞きするが、伯は一門の為に復帰されたのではない、そうですな?」
「はい」
「どうもブラウンシュヴァイク公はそうは受け取ってはいない様でしてな。それに刺激されたのがリッテンハイム侯…どなたが軍に復帰するかはまだ分かりませんが、お耳に入れておいた方がよいと思いましてな」
「…心しておきましょう」
しばしの間沈黙が流れる。苺のショートケーキを食べるのは久しぶりだが、どうも甘さを感じない。下手をすると遠征軍にまで貴族間の派閥争いが持ち込まれ兼ねない…。奴等には危機感がないのだろうか…それともこの危機を自分達の勢力の伸長に使うつもりなのか…ふん、俺も奴等も同じ穴の狢という訳だ…。



宇宙暦793年1月20日12:00
アムリッツァ星系、チャンディーガル、シヴァーリク郊外、自由惑星同盟軍、宇宙艦隊司令部、ヤマト・ウィンチェスター

 惑星チャンディーガル。いいところだな…というか、荷役の馬車、どこまでも広がる小麦畑…どう見ても中世ヨーロッパなんだなあ…。まあこの風景が中世ヨーロッパではないという事は、今俺が立っている宇宙港、畑に点在する同盟軍が設置した農業プラント、無人トラクター、大規模なスプリンクラー…が示している。うん、景観の邪魔だ。

『司令部代表としてアムリッツァを視てきたまえ。貴族達と会合を持ち、彼等の話を聞いてくるのだ。報告だけでは分からない所があるからな』

というシトレ親父の命令でここに来た。同行しているのはヤンさんだ。郊外に設けられているシャトルが降りるのが精一杯の宇宙港、そこを中心に同盟軍の部隊が駐屯している。同盟軍艦艇は大気圏突入能力を持たないから、惑星上にいるのは便宜上、遠征軍司令部と名付けられた司令部、各艦隊から抽出編成された陸戦隊だけだ。遠征軍司令部も各艦隊の寄り合い所帯だ。各艦隊から作戦参謀と情報参謀、補給参謀がそれぞれ一人ずつ派遣されている。予想に反してロボス親父は慎重な男だ…まあ麾下の艦隊司令官が命令違反を犯して一個艦隊壊滅…ともなれば慎重にもなるだろうな。おかげでアムリッツァ星系およびその周辺星系への駐屯は大した反抗もなくスムーズに進んでいる。原作に名前の出てくる貴族だけでもクラインゲルト、ミュンツァー、バルトバッフェル…ここチャンディーガルに居るダンネベルクという貴族は知らないが、その名前の知らない貴族がうじゃうじゃいる。在地領主というやつだが、皆一様に貧しい。貴族でも辺境ではこの有様だ。オーディンやその近隣星系に居る大貴族ってのはとんでもねえ存在なんだ、と今更ながらに再認識させられるよ…。
「のどかな所だね。退役後はこんな所でのんびり過ごしたいもんだね」
「ヤン中佐が頑張ってくれたらその分早く退役できますよ」
「…そんな事言われてもねえ」
ヤンさんはポリポリと頭を掻いた。どうもヤンさんは全てにおいて他人事な所がある。エル・ファシルで全ての忍耐力を使い果たした、ってのもあながち嘘じゃなさそうだ。という事は今は充電期間とでも思っておけばいいんだろう。何年か経てば嫌でも働く事になるんだから…。
「ところで、この後は帝国の貴族達と会うんだろう?」
「はい。彼等が求めているのは現在の所平穏な生活のみですが、いずれは同盟式の生活に慣れて貰わねばなりませんから、その話もしようと思いまして」
「彼等の地位はどうなるんだい?」
「地位はただの同盟市民ですよ。まあフォンの称号も、爵位も別に今まで通り名乗って貰っても構いませんが、フォンの称号はともかく爵位を名乗り続ける事は同盟市民としてはおすすめしませんけどね」
「彼等の持つ資産はどうなる?」
「今まで通りですよ。現在まで開発を進めている土地や鉱山、施設に関しては保持していて貰って構わない、といったところでしょうか。それを決めるのは当然私じゃないですが。惑星を保持しているなら、そのまま保持していて貰ってもいいと小官は思いますけどね」
「資産家、という事か…でもそれだと貴族の意識は変わらないんじゃないか?」
「同盟市民ですからね。所得税やら固定資産税やらいろいろ払う事になりますし、使用人の給料も払わねばなりません。帝国の時給の保証額は知りませんが、税金やら何やら同盟の水準を示した上で色々と選択して貰いますよ」
「…領土が増える、ってのは大変なんだねえ。そこまで気にしている人がいるかどうか…」
「全部キャゼルヌ大佐の受け売りですが…聞いてませんか?」
ヤンさんはまた頭を掻き出した…俺もキャゼさんに聞くまで知らなかった、というか全く気にしてなかったんだよ。貴族の持つ資産を保証すればいい、くらいにしか思ってなかったし…。
「全く…。説明は君がやってくれる、って言われて来たからね」
「そうですか…貴族達にしてみれば我々は迷惑極まりない客ですからね。飲める条件なら飲む方向で話を進めないといけません。極端な話、同盟っていいところだ!って思って貰わねばなりませんから」
「そうだね…迷惑極まりない客か…。実際の所、彼等はどう思っているんだろうか」
「これから直接聞いてみればいいじゃないですか」
「そうだね。折角の機会だし、そうしよう」
「迎えの車…じゃない、ありゃ馬車ですね…。いや、楽しみだな」

 総督府、と呼ばれる瀟洒な建物には、すでに俺達二人の為に多くの貴族が集まっていた。彼らはまあ虚脱状態と言っていいだろう。同盟軍がやってきて、何をしていいか分からない内に占領政策が始まって、自分たちがどうなるかも分からない。できるだけ彼等の不安を取り除いてやりたいが…。
「お初にお目にかかる。私はテオドール・フォン・ダンネベルグ。チャンディーガル総督です」
「自由惑星同盟軍中佐、宇宙艦隊司令長官の次席副官をやっておりますヤン・ウェンリーです、どうぞよろしく」
「同じく中佐、宇宙艦隊司令部、作戦参謀をやっていますヤマト・ウィンチェスターです。よろしくお願いします」
俺達を見る視線に敵意は感じられないが十分に冷めたものだった。
「宇宙艦隊司令部か。場末の連絡士官ではないという事だな…済まない、君たちの艦隊連絡士官は、此方が何を言っても上に報告の上善処しますとしか言わないのでね。だが司令部所属というなら少しは話が出来そうだ、よろしく頼む…紹介しよう、こちらはバルトバッフェル男爵。そしてリューデッツ伯爵、ミュンツァー男爵、クラインゲルト子爵だ。ミュンツァー男爵の名は叛乱軍…いや同盟でも有名なのではないかな」
「そうですね。晴眼帝マクシミリアンの名宰相ミュンツァー、弾劾者ミュンツァーとしてその名声はとどろいていますよ。距離の暴虐、と称して我々への軍事行動を諫めた方としてもね」
「ヤン中佐は歴史に詳しい方の様だ…他の方々はおいおい紹介しましょう…さ、こちらへ。帝都オーディンの舞踏園遊会とはいかないが宴席が用意してあります」
宴席…外でメシを食うのは久しぶりだ。帝国初上陸が宴会か。遠慮なく楽しませてもらうかな。
 

 

第五十九話 思惑 Ⅲ

帝国暦484年2月20日14:00
フェザーン星系、フェザーン、フェザーン自治領、自治領主府、アドリアン・ルビンスキー

 「同盟のアムリッツァ支配は順調の様です」
「そうか。今の所は同盟の我が世の春という訳だな」
帝国でもアムリッツァ、イゼルローン奪還の為の軍編成が始まっている。総兵力六万六千五百隻…敗戦の後でよくも集めたものだ。兵力はアムリッツァの同盟軍に劣るが、常に大軍が勝つとは限らない。その時々の戦力の集中度に勝る方が勝つ。同盟軍を何らかの方法で分断し個別に引き摺り出せれば、帝国軍にも十分に勝機はある…。
「はい。どうやら同盟はイゼルローン回廊を民間に解放するようです。政府の許可を受けた企業のみに限る様ですが。アムリッツァの開発に民間企業の資本投入を許す様です。それと共に、彼等の言う所の前哨宙域、同盟側のイゼルローン周辺の星系も、資源開発の為に民間船の航行許可を出した様です」
「同盟も中々打つ手が早いな。だが危険な宙域でもある。進んで進出する企業があるかな」
限定的とは言え、民間資本の投入を許可…それほどアムリッツァの防衛に自信があると言う事か。辺境の貴族の反発が少なかったせいもあるだろうが…。
「はい。特に軍とのつながりの深い企業が数社、既に手を上げているそうです。あとは星間輸送の中規模企業が連合体を作って参加する…との情報を得ております」
「惑星開発は金はかかるが、成功すればリターンは大きい。しかもアムリッツァは辺境だ。インフラが弱いから資本投入を行えば先に手を挙げた者が独占する事も可能だ。それと同時に同盟辺境の開発も進むとなれば、長期的に見て同盟の国力は著しく増大するな」
そう、同盟の国力は上がる…しかしこの様な遠大な計画を同盟政府の近視眼共が企画出来ようとは…確かに危険ではある、だが成功すれば旨味はでかい…誰かキーマンがいる筈だ。現政権ではあるまい、次期政権を見据えて誰かが行動しているのだ。
「はい。同盟のこの動きを受けて、我がフェザーンでも企業連合体を作り同盟の辺境開発に参加しようとする動きがあります。既にいくつかの大物投資家達が同盟企業への投資を強めております」
「ふむ…補佐官、君はこの動きをどう見ているかな」
「はい。同盟によるイゼルローン要塞奪取から流れる様に事態が動いております。同盟の現政権のメンバーからはこの動きは察知出来ませんでした。おそらく同盟政府各委員会の、少壮気鋭と呼ばれる政治家辺りが次期政権を見据えて動いているのでは、と」
ボルテック、お前もそう見るか。
「ほう」
「年が明けてから判明した事実ですが、当初、同盟軍の作戦はイゼルローン要塞の攻略に限定したものでした。公式発表もそれを裏付けております。ですが実際は帝国本土への侵攻という事態になっている。どこかで作戦目的が変更されたと考えるしかありません」
「しかし非公式にそれをやれば、どこかで動きが見える筈だ」
「はい。極秘ではありますが公式に変更されております。当時、同盟軍第八艦隊司令官であったシトレ大将より国防委員ヨブ・トリューニヒト氏へ作戦変更の打診があったという事実が判明しております。当時この事を知っていたのは、トリューニヒト氏、同盟政府閣僚では国防委員長、最高評議会議長…以上三名だけです」
「トリューニヒト…同盟で人気のある政治家だな。しかし奴から打診されたとして、国防委員長はともかく、同盟の最高評議会議長がそれを飲むかね?」
「軍から提示された変更案に齟齬がなく、成功の度合いが高いものと認識したのだと思います。現実がそれを示しております。そしてその作戦が成功すればサンフォード政権が長期政権を築く事は確実です。サンフォード氏はそれほど優秀な男ではありませんし、我々の支援がなければ、その地位に着く事は出来なかった…奴は風見鶏的な動きをする男です、自分に有利な条件であれば一も二もなく賛成するでしょう」
「議長閣下はフェザーンからの短期的な利益だけではなく長期的な利益も得た、という事だな。それはいいとしても、トリューニヒトはただ働きではないのか。サンフォードがそうなら、現国防委員長も椅子をどく事はあるまい」
「トリューニヒト氏は少壮気鋭の政治家ではありますが今は一国防委員でしかありません。現在は人脈作りに徹しているのではないかと。軍、そして各委員会に自分のシンパを作る。辺境開発、新しい領土の開発…共に軍の力だけでは出来ませんから。そしていずれは国防委員長、最高評議会議長へ…考えられない事ではありません」
ふむ…そこまで考えているのなら、そもそもの発端、作戦変更を誰が言い出したか、だが…。
「そうだな、考えられない事ではない。だが発端は軍の作戦だ。シトレ大将は…今は元帥か、シトレという男はそこまで冒険的思考の持ち主ではなかった筈だが」
「仰る通りです。シトレ元帥は優秀ではありますが、同時に民主共和制が望み得る模範的な軍人、との評価を受けている男です。その思考は常識的な範囲に留まります。作戦を修正したのは…」
「ブルース・アッシュビーの再来、またはエル・ファシルの奇跡、どちらかではないかね?」
「お見通しでしたか…作戦を修正したのはヤマト・ウィンチェスター中佐…現在は一挙に二階級昇進して准将の地位にあります」
驚く演技はまだ下手な様だな補佐官…まあここまではいい。問題はここからだ。
「ウィンチェスター准将を含め、同盟政府ががどこまで青写真を描いているかは現時点では分かりませんが、このまま状況が推移しますと閣下の仰る通り同盟の国力が増大する事は間違いありません。先程申し上げたフェザーン企業による同盟への資本参加…思い止まらせた方がよいのではと愚考致しますが…」
「なぜかね?」
「はあ、同盟の帝国本土侵攻を察知出来ず、帝国からは不信感を持たれております、更に同盟へ資本投下となりますと、更に不信感は増すのではないかと…例のご老人達の方針もありますし…」
「フェザーンは自治領だぞ補佐官。たとえ帝国といえども内政干渉は出来ない。資本投下を行うのが自治領主府主導ではなく民間企業となれば尚更だ。例のご老人達の方針が気になるのなら、帝国政府の戦費調達の面で協力すればよい、それでバランスは保たれるし、帝国からの不信感も和らごうと言うものだ。同盟の国力増大というのも現状のまま推移すれば、という事であって、現時点ではない」
「私の懸念もお見通し…左様にお考えであれば、何も申し上げる事はありません」
「だが補佐官、保険は必要ではないか?」
「保険と申しますと」
「帝国の大貴族達に出資する必要があるのではないかと思うのだが」
「大貴族…保険…なるほど、そうでございますな。いつでも取りかかれる様準備致します」




宇宙暦793年3月15日11:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、シルバーブリッジ二十一番街、ウィンチェスター邸、
ヤマト・ウィンチェスター

 シュークリームが旨い。いやぁ、不意に来るんだよな、甘いものを無性に食べたくなる時期が…。甘いものを食べながら、可愛い婚約者に膝枕してもらって、ソファーで横になってTVを見る…贅沢だねえ…。
二月一日付で大佐に昇進した。俺だけじゃない、イゼルローン奪取、帝国本土侵攻作戦に参加した指揮官、その戦いの中で特に功績のあった者、所謂武勲というやつだ、それをあげた者は皆昇進した。シトレ親父は元帥になり宇宙艦隊司令長官代理から一挙に統合作戦本部長へ、ロボス親父も元帥になって宇宙艦隊司令長官に親補された。各艦隊司令官も昇進や自由戦士勲章の授与…それによって残留する者、勇退する者、転出する者…まあ様々だ。まあそれはいいとして、俺だけ二階級昇進てのは何なんだ?…何々、ハイネセンのハイスクールの女子の間でルーズソックスが流行っているだと?
“地球時代に流行ったって聞きました、古いと思っていたけど、意外にカワイイ!”
“短い丈のプリーツスカートに合うんですよ!足も細く見えるし、カワイイ!”
あのな、ルーズソックスで足が細く見えるんじゃない、ルーズソックスを履いている細い足が更に細く見えるんだ!象の足は象の足のままなんだよう!全く不愉快だ!……大佐に昇進して、一週間後に准将に昇進した。ヤンさんと同じ措置という事か…ああ、ヤンさんは同じ日のうちに、だったな。
“温故知新、というやつですかね”意味が違うだろうボケ!…しかし何でルーズソックスなんだ?地球教団の企みか?……作戦の修正を進言したのが俺、という事がマスコミに漏れたのがいけなかった。“同盟の誇る知将”、“アッシュビー、アゲイン!”……通常の昇進で済む筈が、市民の声と自分の人気取りに利用しようとする輩の企みに負けた。そう、ヨブ・トリューニヒトだ。
『君がヤマト・ウィンチェスター大佐だね?噂は聞いているよ。五十年ぶりの将監推薦、ブルース・アッシュビーの再来…皆さん、彼こそ同盟軍最高の知将、軍の次世代を担う天才です!彼と共に暴虐なる圧政者達、銀河帝国を打ち破り、宇宙に秩序と平和を取り戻すのです!』
いつの間にか集められていた報道陣の前での握手、それを撮影するフラッシュのまばゆい光…最悪だった。突然の准将昇進への内示、通常なら統合作戦本部ビルで行われる筈の昇進式が、最高評議会の国防委員会会議室に場所が変更されていた時点で気づくべきだった…。更に不愉快な事が判明した、修正した作戦案を最高評議会議長に提出したのもトリューニヒトなのだ。もちろん国防委員長を通してだが…シトレ親父はどうやって修正した作戦案を国防委員会に認めさせたかについては全く口にしなかったから、まさか奴に打診したとは思わなかった…。
『前代未聞の作戦だからな。トリューニヒト国防委員の根回しに期待するしかなかった。まあそう不機嫌そうな顔をするな』
あんたはいい、だけど同盟がこれから先苦労する事になるんだぞ!…とは言えないしなあ…。
『トリューニヒト氏はいい意味でも悪い意味でも政治屋だ。利用できるうちは利用させてもらう』
悪人だ、シトレ親父は悪人だ!……まあそれでも欲望のままに動く悪人よりはいい、統合作戦本部長になった途端、周りがが驚く事をやってのけた。
『社会機構の弱体化を防ぐ為に軍から技術者を四百万人を民間に戻す。その代替策として国内の軍の輸送や基地能力の維持、インフラの整備等を民間に委託する』と言い出してその計画スタートさせた。『後方勤務改革』担当者はキャゼさんだ。これにも当然トリューニヒトが絡んでいる。シトレ親父が言い出してそれをトリューニヒトが受けたとなれば、二人は一蓮托生という事なんだろう…まあ確かに民間に任せられる所は民間企業に任せた方が効率も上がるしサービスも良くなる。原作の様に同盟の負けが込んでいたら到底無理な話だ。トリューニヒトは財政委員会、人的資源委員会、経済開発委員会、地域社会開発委員会、天然資源委員会と協同で『同盟経済改革案』なるものを最高評議会に提出した。イゼルローン前哨宙域の民間への解放、軍の後方業務の民間への委託、国内の星系開発の再開、アムリッツァ星系への限定的な民間資本の導入…が主な内容だ。何の事はない、人気取りだが国防委員会だけではなく他の委員会も巻き込んだ物だから単なる口約束では済まない。背景には対帝国の戦争が優位に進んでいる事がある。ここ数年の戦争の状況が遭遇戦のみで推移したこと、イゼルローン要塞攻略、アムリッツァ進駐に伴う損害が軽微だったこと、要は国債で調達した戦費が余っているのだ。軍は金食い虫だ、そこから金が戻るとなれば各委員会が飛び付くのは当たり前の話だった。まあ景気のいい話ではある。でも一つ問題があった。軍の余った金を振り分ける、という事は、改革案が軌道に乗るまで軍は帝国との戦争を損害軽微で切り抜けなくてはならない、という事だ。全くとんでもない、そんな保証は無い上に、改革案を言い出したのはトリューニヒト…国防委員会だから、言い出しっぺの責任と面子がある。戦争が不利なんで改革は無し、とはいかない。言ってみれば、軍をあげてトリューニヒトを支援する事になってしまったのだ。全くとんでもない話だよ。

 そもそも、ヨブ・トリューニヒトとはどういう男なのか…。
原作での描かれ方ではよく分からない。主戦論者でただの巧言令色な扇動政治家ではいくら同盟の民主政治が末期的症状だったとしても最高評議会議長まで登りつめる事は出来ない。口が上手くても実績がなければどこかでボロが出るからだ。票田に軍という存在があったにせよ、ヤンさんやキャゼさんの様にトリューニヒトを嫌っている軍人だって少なからずいるのだ。となれば尚更何らかの実績がなければ政治家として生き残る事は出来ない。いくら主戦論を煽っていても、当時の同盟が戦争を優位に進めていた訳ではないし、美辞麗句だけでは軍人の遺族だってそっぽを向かれるだろう。まさにジェシカ・エドワーズの言った『あなたはどこに居ますか?』なのだから……まあ、俺は奴との関係が深い訳ではないからよく分からないし、あまり関わりたくもない。でもなあ、改革案にあるアムリッツァ星系の一項は俺とヤンさんのレポートの結果でもある…既に関わっちゃってるんだよなあ……ヤンさんは俺以上に不愉快そうだった…。

 「ヤマト…さっきからどうしたの?ルーズソックスを見てから腕組んでウンウン唸って…もしかして好きなの?私も買おうかな」
違うんだエリカ、そうじゃないんだよ…まあエリカなら似合うのは間違いない。
「うん、君ならきっと似合うよ。後で買い物ついでに見てみようよ」
「そうね!…そういえば休暇、今月いっぱいだったよね?新しい配属先は決まったの?」
「いや、それがまだなんだ」
前線…アムリッツァに駐留する艦隊はしばらくの間はハイネセンには戻れないから、艦隊司令官や各級指揮官の転属、着任はイゼルローン要塞やチャンディーガルで行われる。要塞奪取後、最初にハイネセンに戻ったのは第八艦隊だった。第八艦隊はシトレ親父の直卒艦隊だったから、最優先でハイネセンに戻って再編成する事になった。彼等は二週間ほどの再編成と休養を経て既にイゼルローン要塞に向かっている。俺達宇宙艦隊司令部がハイネセンに戻ったのは三月に入ってからだ。ロボス親父は新しいスタッフで司令部を作りたいとの事で、宇宙艦隊司令部に留任した主なスタッフはギャバン少将だけだった。当然スタッフから外れた俺達はハイネセンに戻る事になったんだ。そして現在、第四、第五艦隊が要塞からの帰路にある…そろそろ新編成が発表されている頃だろう。ちょっと端末を開いて…っと。

統合作戦本部長:シドニー・シトレ元帥
同 次長:未定
宇宙艦隊司令長官:ラザール・ロボス元帥
総参謀長:グリーンヒル大将
副参謀長:ドーソン准将
主任作戦参謀:ホーランド少将
主任情報参謀:ブロンズ少将
主任補給参謀:ギャバン少将
参謀スタッフとして四十名の佐官及び尉官

イゼルローン要塞司令官:ルーカス大将
同要塞駐留艦隊司令官:ウランフ大将(イゼルローン要塞、再編中)
第一艦隊:クブルスリー中将(アムリッツァ駐留)
第二艦隊:パエッタ中将(アムリッツァ駐留)
第三艦隊:ルフェーブル中将(アムリッツァ駐留)
第四艦隊:マリネスク中将(ハイネセンへ向けて行動中、新司令部はハイネセン待機)
第五艦隊:ビュコック大将(ハイネセンへ向けて行動中)
第六艦隊:ビロライネン中将(アムリッツァ駐留)
第七艦隊:バウンスゴール中将(アムリッツァ駐留)
第八艦隊:オスマン中将(イゼルローン要塞へ向けて行動中、駐留艦隊再編用艦艇および人員を随伴)
第九艦隊:コーネフ中将(アムリッツァ駐留)
第十艦隊:チェン中将(ハイネセン、再編中)
第十一艦隊:ピアーズ中将(エル・ファシル、再編中)
第十二艦隊:ボロディン中将(アムリッツァ駐留)

 ふむふむ…おお、第十一艦隊にピアーズ司令官か、懐かしい…それに、大分知ってる名前が出てきたな。トリューニヒトとシトレ親父がタッグを組んでいるという事は…人事に関してはシトレ親父の意向が反映されているという事かな?それにしてもイゼルローン駐留艦隊の母体は元の第十艦隊だから、第十、第十一艦隊は全くの新編成、という事になるな…。
しかし、統合作戦本部の次長ってなんだ?新設の役職か?まあ、パストーレとかムーアとか戦意過多、能力過小みたいな奴がいないのはいい事だ。パエッタがいるってのが少し引っ掛かるが、まあ仕方ない…のかな。トリューニヒトもいずれは国防委員長になるだろうし、余程の大敗がなければシトレ親父も長期に渡って本部長の座に居るだろうから、当面はこの面子って事か…って他人事じゃないんだよな。
准将といえばもう分艦隊司令がつとまる階級だ。それかどこかの基地司令…俺はどこに行くんだろう…? 

 

第六十話 雌伏

宇宙暦793年4月15日10:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、
ヤマト・ウィンチェスター

 三月いっぱいの休暇が終わったと思ったら自宅待機…そしてやっと俺の役職が決まった。統合作戦本部高等参事官…なのだそうだ。高等参事官?何なのか分からないから調べてみたものの…そもそも前任者がいないから調べようがなかった。キャゼさん曰く、「俺は参事官をやっていたが…高等参事官という役職は初耳だな。おそらくお前さんの為に作った配置だろ」と言う。
「何すればいいんですかね」
「参事官の時もいろんな事をやらされたからな。そのスケールアップ版、とでも思っとけばいいんじゃないのか」
「他人事だと思って適当に答えてませんか…?」
「うるさい。俺はな、お前さんと違って忙しいんだぞ。四百万人も軍からいなくなっちまうんだ。補給計画の見直し、基地の統廃合、全部俺の所がやらにゃならんのだ。他に用事がなければ切るぞ」
にべもなく電話を切られてしまった。俺の為に作った配置?うーん…シトレ親父に聞きに行くか…。

 「お疲れ様です、本部長」
「まだ疲れるには早いだろう、午前中だぞ」
「いや、そういう事じゃなくてですね…」
「まあかけたまえ。コーヒーでいいかね」
「ありがとうございます、自分でやりますよ」
コーヒーでいいか、と聞いときながらシトレ親父は自分で淹れる気はなかったようだ。まあ元帥閣下にコーヒーを淹れさせるなんて、誰かに知れたら後が怖い。しかし…アニメで見慣れた風景を目の前で直に見る、というのも中々変な感じだ。
「どうかしたかね?」
「いえ、なんとなく既視感(デジャブ)を感じましたので」
「ほう。私が本部長になると予想していたのか?」
「まあ、そうです」
俺の淹れたコーヒーの香りを嗅ぎながらシトレ親父は目を瞑った…変な臭いでもしたのか??

 コーヒーに何の異物も入っていない事が分かったのだろう、シトレ親父は静かにコーヒーをすすり出した。
「要塞攻略戦…もっと激戦になると思っていた…アムリッツァ進駐…今の所多少の問題はあるが、順調に推移している」
「多少の問題とは?」
「帝国軍の偵察活動が活発化している。ロボス提督には追い払うに留めた方がよい、とは言ってあるが…」
「作戦がスムーズに行きすぎましたかね」
一個艦隊を失ったものの、アムリッツァの進駐自体は極めて上手くいった。ロボス親父が慎重に作戦を進めたおかげだ。帝国本土に進攻し、主要航路上の星系を占領…とんでもなく大きな功績なのだが、ロボス親父自信は戦っていないからあまり実感が湧かないのかも知れない。それくらいイゼルローン要塞奪取というのはインパクトがあったのだ。未だにマスコミの取り上げ方も要塞攻略戦の方が大きい。現在まで無事にアムリッツァを治めている事の方がすごい事なのに…。
「ロボス提督は戦いたがっている、と思うかね?」
「まあ要塞攻略戦の方がインパクトはありますからね。長年の攻略目標でしたから。それに比べるとアムリッツァ進駐は少し派手さに欠けるというのは否めません…とんでもなくすごい事なんですが、ロボス提督は自ら戦ってはいませんから、忸怩たる思いがあるのかもしれません…」
「そうか、やはり君もそう見るか…ところで、ここへは何しに来たのかね?高等参事官」
「…高等参事官、それです。この役職は何をすればいいのかと思いまして。前任者もいませんし、調べても何も資料がありません。それでこちらへ任務の内容を聞きに来た次第でして」
「何もしなくていいのだ。高等参事官という役職も、便宜上のものだ。無任所の准将など居ては困るからな」
…え?もう俺窓際なの?戦争しなくていいのはありがたいが、仕事がないのは困る…一応…。
「何もしなくていいと仰られても」
「困るかね?私も困っているのだ。誰も君を使いたがらない。それに君と居ると目立つしな」
え、ぇえ!?
「昨年の作戦の修正案を出したのが君とマスコミにばれただろう?あれはバレたのではない、トリューニヒト国防委員がリークしたのだ。そして君は今や同盟軍最年少の准将…。一週間ずれているとは言っても二階級特進の様な物だ。私は抑えたが、そのトリューニヒト氏から推薦があったのでは仕方がない。将官人事は国防委員会の専権事項だし、ましてや君は将官推薦者だ。そして今の政局はトリューニヒト氏を中心に回っているからな…結果として国防委員長も勝ち馬に乗った。ここまで聞けば分かるだろう?」
なんだ、俺は被害者じゃないか…。
「はあ、ひどい目にあっているというのは分かります」
「ひどい目に、か。確かにそうだな……話を戻すと、今、君より上位の者達は君を恐れている」
何故だ?なんかひどい事したか?確かに思いつきの作戦だった、だけどそれはこの先の同盟の惨状を知っているからだ。艦隊戦力はフル編成、ラインハルトはまだ台頭していない、同盟が帝国をどうこう出来るチャンスはこの時期を最後に無くなるんだよ…。イゼルローンを落としてアムリッツァを占領、占領政策もうまくいきつつあるし、功績のあった者はみな昇進、主戦派とか良識派とか気にせずウィンウィンじゃないか…。
「…何故でしょうか?」
「皆、自分が君を使いこなせないのではないか、と考えているのだ。考えてもみたまえ、今の状況を作り出したのは君なのだぞ、言わば同盟のヒーロー、英雄だ。その英雄から進言があった時、拒否できるかね?部下に居れば居たで成功すれば英雄のおかげと言われ、失敗すれば自分のせい…指揮官として、そんな部下を持ちたいと思うかね?」
うーん…。そんな部下がいたら俺は大歓迎なんだけどなあ…でも親父の言う事もごもっともな話だった。准将に昇進した後のマスコミの大攻勢は、帝国軍もたじろぐ程の勢いだった。
同盟最年少の将官、アッシュビーの再来…宇宙艦隊司令部入りを機に引っ越した官舎には連日インタビューのレポーター、TVではワイドショーの出演、特集番組…母親や妹まで大攻勢にさらされた。当然エリカとの交際も明らかにされ、彼女の実家は三ヶ月先まで予約で満杯に…。まあこの件はエリカの父親に喜ばれたが…。確かにこんな目立つ部下など誰も持ちたくないだろう。俺に注目が集まれば上司や部下までそれに巻き込まれてしまう。落ち着いて仕事など出来なくなるし。そっとしておきたい出来事も衆目にさらされてしまうのだ。休暇の後の自宅待機も、マスコミの熱を冷ます為の冷却期間の様なものだった。

 「…本部長は構わないのですか?そういう人間が部下にいても」
「構わんよ。私は責任を取る立場だからな。何かあっても辞めるだけで済む。君も含めてだが、君等が頑張ってくれたらずっとこの椅子に座っていられるし、そうじゃなければさっさと次の者に譲り渡すだけだ。そうではないかね?」
「…確かに仰る通りです」
確かに仰る通りだが、責任を取る立場だからって何もしなくていい訳じゃないだろう?
「不満かね??」
「そういう訳ではありませんが、その何と言いますか、今後の方針とか、軍部として何を為すべきか、とかいろいろあると思うのですが…」
「君が考えたまえ」
「は?」
「現在の情勢を作り出したのは君だ。私は君の思いつきを採用し実現させただけに過ぎない。君の考えた情勢の今後は君にしか分からないのだよ」
「それはそうですが…」
「君はまだ地位が足りない。君が何を考えたとしても、それを実行するには地位と権力が必要だ。私には地位と権力がある。君が考え、それを私が実行する」
「でも先程何もするな、と…」
「今は目立ってはダメだ、という意味だ。雌伏の時期、と言うべきかな」
「…何故それほどまでに小官を気遣っていただけるのですか?」
「君に才能があるからだよ。深い洞察力、帝国内の知識…私にはないものを君は持っている。私はヤン大佐がそうではないか、と思っていたが、彼は元々軍人志望ではない為に軍人という職業に対して一歩引いている面がある。潜在能力は素晴らしいと思うのだが…士官学校での評価が低い、そして実務能力に欠ける…エル・ファシルでの功績は認めていてもそれに納得しない者が多いのだ。だが君は違う。術科学校卒業後、エル・ファシル警備艦隊で功績を残し、脱出行にも参加、その後の将官推薦での士官学校入校、再度再編成ったEFSFで更に実績を残し、先日のイゼルローン要塞攻略作戦にて成功を修めた。トリューニヒト氏も君を買っている…まあトリューニヒト氏の事はともかく、アッシュビー提督の再来と言われる君の才幹に嘘偽りはない。君に賭けてみようと思うのだ」
「身体じゅうがこそばゆい感じがします」

 ここまで期待されると逆に怖い。既に俺の知っている銀河英雄伝説ではない。そうだよな、思いつきなんだもんな…。
「了解致しました。ですが本当に何もしない訳にはいかないと思うのですが」
「まあな。だが仕事は作り出せばよい。仕事をしているフリ、というやつだな。そしてその仕事にはスタッフがいる筈だ」
「…これは、と思う人材を集めよ、という事ですか」
「そうだ。私とていつまでもこの椅子に座って居られる訳ではない。その時に君と君のスタッフが軍の中枢に居れば、私は安心して辞められる。アッシュビー提督は同期生からなる七百三十年マフィアを結成した。それに似た物を作るのだ」
ふむ…前にもマイクに言われた事があったな、取り巻きが必要だろとかなんとか…。
「解りました。では人事面でご配慮いただけるという事ですね?」
「うむ。佐官、尉官の昇進、人事移動は統合作戦本部が行うからな。そうだ、君にも副官を付けなくてはな」
「ありがとうございます」
「人選はどうする?自分で選ぶかね?」
「お任せいたします。スタッフ選びに専念したいので」
「分かった、人事に相談するといい。スタッフのリストが出来たら持って来たまえ」
「はっ。では失礼します」
ふう…。君のスタッフ、マフィアか…。とりあえず部屋に戻ろう。

 さて…とりあえず人選だな。シトレ親父のやつ、なんだかんだヤンさんの事を気にかけてたな。確かに親父の言う通りなんだよな、ヤンさんは一歩引いている所がある。嫌々軍人になったんだから仕方ない事なのかもしれないけど…。でもやっぱり頑張ってもらいたいよなあ、主役なんだから…という事でまずはヤンさん、と…。キャゼさんは将官だから無理として…アッテンさんだろ、そしてラップさん…オットーとマイク、ああ、フォークとスールズカリッター、ワイドボーンも呼んでやるか。シェーンコップとかも呼びたいけれど、呼べるかな…っと、ドアを叩く音がする。
「統合作戦本部広報課、ローザス少尉、出頭致しました」
「……というか、呼んだ覚えはないんだが…」
「人事部より高等参事官の執務室へ行けと言われまして…違うのでしょうか?」
「いや、ちょっと待ってくれ、人事部に確認する」
…どこかで見たことがある…ローザス、ローザス……あ、もしもし?ウインチェスター准将ですが…はい、はい、ああ本部長から…了解いたしました、早速の手配ありがとうございます、はい、では…。
「私の副官に任命されたという事だが…聞いていないのかい?」
「いえ、ただ高等参事官の執務室に行けと言われまして…」
そうだ、外伝だ、ミリアム・ローザス…七百三十年マフィア、アルフレッド・ローザス退役元帥の孫娘…。
「そうか、人事部も乱暴だな…ようこそローザス少尉、ウインチェスターだ。これからよろしく」
「高名なウインチェスター准将の副官を務める事が出来るなんて望外の喜びであります。至らぬ点が多いと思いますが宜しくご指導お願い致します」
「はは、高名ね。とりあえずそこのデスクを使っていい。午後は身辺整理に使っていいから荷物があれば持ってきなさい」
「はっ。では作業にかかります」
外伝では同盟軍に入隊しているようには見えなかったけど、あの見た目で少尉という事は士官学校にの新卒者ってところかな…はいはい、電話、電話、っと…
”シトレだ。早速手配したが気に入ってもらえたかな”
「ありがとうございます。ローザス元帥のお孫さんですか」
”知っているのか?”
「いえ、直接は。名前からそうなのかなと。お孫さんがいるのは知っていましたから」
”そうだ、士官学校新卒で広報課に配属されたが出自が出自だ、軍の事より彼女自身に対しての問い合わせが多く寄せられる有様でな、広報課も扱いに困っていたそうだ。士官学校では戦略研究科にいたというから、能力的には君が困る様なことはないだろう”
「ありがとうございます…ですが本部長、小官の所にローザス元帥のお孫さんが居たら、結果的に目立つ事になりませんか?」
”仕方ない、ここですぐ動かせる者が他には居なかったのだ。まあ上手く使ってくれたまえ”
……。アッシュビーの再来の所にローザス元帥の孫娘か。絶対面白がっているに違いない。とりあえず昼食にしよう…。



同日12:15
自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、士官食堂、
ヤマト・ウィンチェスター

 このビルの士官食堂には場所柄的に将官専用のブースがある。自分の執務室に運ばせる事も出来るのだが、准将ごときがそんな事をしていたら白い目で見られてしまうのだ。准将といえば旅団長や分艦隊司令を務めるかなり偉い階級だが、このビルの中では将官自体が掃いて捨てる程居るから、俺の様なペーペーが従卒などつけてふんぞり返ってなどいられない。だから食堂で一人寂しくメシを食べるという訳だ。
しかしなあ、まさか女性士官が副官とはなあ。こんな事だったらエリカを副官にしてもらうんだった…職場では上司と副官、家では夫婦…これ程便利な事はないだろう。あ…でも夫婦喧嘩したら職場でも気まずい雰囲気になるな。お互い精神的な逃げ場もないしそれは困る……今日はオリエンタルコースにするか。

 今後ねえ…。どうなるかな、一度はアムリッツァを巡る戦いが起きるだろう。一度で済めばいいが、帝国軍だけではなく貴族共が押し寄せる事も考えられる。フェザーンだって何か仕掛けてくるだろう、現在は同盟が優勢、優勢になり過ぎない様に政治的なテロやらなんやら…帝国に加担する事も考えられるし、帝国同盟両方に何か仕掛ける事も考えられる…。ああめんどくさい…。昼休み終わったらリスト持って人事部に行くか…。



 

 

第六十一話 戦いの合間に

宇宙暦793年5月17日10:00
自由惑星同盟、バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、高等参事官執務室、ミリアム・ローザス

 「閣下が所望なされていた本の手配、全て終了致しました」
「ありがとう」
「一部は通信販売でフェザーンから取り寄せますので、こちらに届くまでに少々時間がかかります」
「電子版の書籍は無かったのかな?」
「国立図書館、市営図書館、士官学校の蔵書もあたりましたが存在していませんでした、申し訳ありません…」
「君があやまる事じゃないよ、ありがとう」
「はい」
五十年ぶりの将官推薦者、同盟軍最年少の将官。ブルース・アッシュビーの再来と呼ばれる男…。若くして栄達しているから傲慢、居丈高な人かと思ったけど全然そういう素振りは見られない。私が目にしている風景といえば、携帯端末で電子書籍を読む姿がほとんどだ。そしてシトレ元帥との電話、後方勤務本部との電話、婚約者からかかってくる夕食の買い物の電話…当時まだ生きていた祖父に会いに来たヤン大佐もそうだけど、目の前にいる男もとてもTVで目にする同盟軍の英雄には見えない。
 
 ローザスの名前は私にとって重荷だった。ブルース・アッシュビーを支えた七百三十年マフィアの一人…私にとってのアルフレッド・ローザスはそういう人ではなかったし、その祖父もそう見られる事に正直辟易していた。そして祖父は自殺…もう関わりたくもなかったけれど、一人ぼっちになった私は仕方なく士官学校を受験した。周りの受験者に比べ二年遅れの受験、試験は難しかった。だけど私を落とす事は得策ではないと思われたのだろう、解答内容に自信が無かったにも関わらず合格した。士官学校に入った後も同級生や上級生、更には教官からも特別扱い…マスコミからの取材も止む事はなかった。そういう日常が続けば続くほど、私に近づく者は誰もいなくなった。他に身を立てる術が無かったとはいえ、軍に入った事をこれ程後悔した事はなかった…。

 卒業後は部隊研修も兼ねた統合作戦本部広報課への配属…広報の重要性は理解しているけれど、私の希望は艦隊勤務だった。第三希望にすら書いていない広報課に配属されて、またマスコミの矢面に立たされるのか、と正直幻滅したものだ。
私を救ってくれたのは新しい英雄の存在だった。ヤマト・ウィンチェスター准将。彼の存在が私の事をかき消した。でもその方の副官になるなんて…。
「どうかしたかい、少尉」
「いえ…」
「落胆したかい?TVで見るほどカッコ良くないって」
「正直に申しますとそうです…ではなくて、暇だなあと思いまして」
私の言葉に准将は大声で笑い始めた。
「確かに暇だね。少尉は忙しい方がよかったかな」
「そういう訳ではないのですが…こう、何と申しますか、手持ちぶさただな、と」
「そうか…毎朝の日例会議、午後のTV会議…俺のスケジュールってこれくらいだもんなあ。君を付けて貰って申し訳ないくらいだよ。最近の君の仕事って何だっけ?」
「先程報告した閣下のお読みになりたい本の手配、今閣下の言われた日々のスケジュール管理、あとは閣下のご婚約者のキンスキー准尉の買い物の手伝い…ですね」
「最後は公私混同も甚だしいな…でも暇なのに俺は行く暇が無いんだよ。それに女性の買い物は女性同士の方がいいかなと思ってね」
閣下の婚約者のキンスキー准尉は、後方勤務本部の総務部に在籍している。たまにこの部屋にも来るけど、とても愛くるしい方だ。なんで軍人なんかになったのかとても疑問に思う。

 紹介された当初はとても警戒された。この執務室に私と准将の二人きりなのだ、彼女からすれば男女の仲になってもおかしくはない、くらいに思われていたのだろう。実際、そういう人達は多い。でも准将はそんな彼女の気持ちなどお構いなしに私をキンスキー准尉の買い物やプライベートの相手をさせ始めた。正直私も戸惑ったが、他にやる事もないのでそれに付き合う内に准尉も私への警戒を解いてくれた。このままいい友人になれたら、と思っている。
「まあ、そうですね」
「キンスキー准尉…エリカとは上手くやれてるかい?」
「はい、お陰さまで…友人って大事だなあと痛感しました」
「そうか、それはよかった」
「失礼ですが、ご結婚はまだなさらないのですか?」
私の質問に、准将は腕を組んで天井を見ている。
「…ハイネセンに居る内に、と思ったんだけどね。今は目立つなとも言われているから、当分先かな」
准将は私の質問にそう答えると、コーヒーを頼むよ、と言って窓の外を眺めだした。目立つな…どういう事だろうか。
「目立つな、というのは…」
「そのままの意味だよ。大人しくしてろ、という事さ。君も目立たなくていいだろう?」
「それは…」
「ブルース・アッシュビーの再来と七百三十年マフィアの孫娘…目立ちそうな組み合わせとは思わないか?目立つなという割には本部長も何を考えているのやら」
「…小官もそう思っていました」
「だよねえ。まあしばらくはここでのんびり過ごすさ。君も遠慮なく年次休暇、使っていいからね」
「ありがとうございます……あの、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「うん、どうぞ」
「本当に閣下が先年の作戦を考えられたのですか」
「原案はシトレ本部長だよ。本部長の作戦案には帝国本土への侵攻は無かったけれど。言いにくい事だが、本部長の作戦では成功しない、と思ったんだ…誰にも言わないでくれよ?」
「は、はい。…なぜ成功しないと思われたのですか?」
「うーん…何でだろうね。でも俺の考えた案もただの思いつきだったんだよ」
「そうなのですか?」
「そうだよ。毎回三個から四個艦隊で失敗している、なんで失敗しているのにその規模でしかイゼルローンを攻めないのかなあ、何か理由があるのかな、って…ね」
「ですが…大軍で攻めれば陥とせる、という訳ではないと思いますが…」
「確かにそうだね。でもイゼルローン要塞がいくら難攻不落と言っても限界はある。要塞は単体では成り立たないんだ、動けないからね。だから機動兵力として駐留艦隊がいるこいつが厄介なんだ。これを撃破するか動きを封じなきゃいけない。となると同数ではダメ、最低でも二個艦隊はいる。そして過去の戦いを見るとこちらの戦力に対して増援が無い場合もあるけれどある場合は一個艦隊規模の増援が来る。それに対する為に三個艦隊から四個艦隊。相手の艦隊をどうこうするのに最低でもこれだけ必要なんだ。本部長の作戦案では動員兵力に問題があった。だから全艦隊を繰り出したのさ。大軍の方が選択肢は増えるからね」
「ですが、増援が一個艦隊とは限りませんが…」
「だからこその十二個艦隊だよ。多少増援が多くても大兵力で一気にカタを着ける、という事さ。だから作戦目的を秘匿する必要があったんだ。全艦隊を動員すると知れたら、帝国だって手をこまねいてはいないからね。それに全艦隊の動員なんて何度も打てる手じゃない、だったら一度で思い切りやろう、という訳さ」
確かに准将の言う通りだった。大兵力で対処する…正論だわ。でも実際には過去の戦いとそう変わらない四個艦隊という兵力でイゼルローン要塞を攻略している…めちゃくちゃすごい事じゃないの……と私が准将の話に感心していると、電話が鳴った。



5月17日10:30
自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、高等参事官執務室、
ヤマト・ウィンチェスター


「はい、統合作戦本部、高等参事官室、ローザス少尉です…はい…はい。少々お待ち下さい…閣下、新着任の方々が受付に到着されたそうです。こちらにお通ししてもよろしいですか?」
「やっとか…頼むよ」
彼女が受話器を置いた五分後、執務室のドアがノックされ、四名の士官が部屋に入って来た。
「マルコム・ワイドボーン中佐ほか三名、ただいま着任しました。よろしくお願いいたします」
部屋に入って来たのは…ワイドボーン、アッテンさん、フォーク、スールズカリッターの四人だった。
「皆、よく来てくれた。心から歓迎します」
「こちらこそ呼んで頂き光栄です。前線がアムリッツァ星系に移ってしまったので、エル・ファシルで腐っておりました。なあフォーク大尉」
「はい。閣下のご活躍を羨ましく思っておりました…ところで何故スールとアッテンボロー先輩がここに居るのです?スールは第三、アッテンボロー先輩は第二艦隊のはず…何か失敗でもしましたか?」
「お前、相変わらず生意気だなあ。ちゃんと功績立てて昇進してるよ」
「そうだ、お前はエル・ファシルで高見の見物だっただろうが、大変だった…失礼しました、ワイドボーン中佐」
一気に四人も増えると賑やかになるな。しかしワイドボーンはともかく上官の前で取る態度じゃないなこいつら…。ミリアムちゃんだって唖然としてるじゃないか。
「しかしもう准将閣下か。こりゃ態度を改めなきゃいけませんな。閣下、何卒よろしくお願いいたします」
「私は気にしませんけどね」
俺の言葉にワイドボーンが首を横に振った。何か言いたげな顔をしている。
「どうかしましたか、中佐」
「いえ、閣下のお気持ちは分かります、ですがそれは閣下の為になりません。以前もご一緒に勤務させてもらいましたから、閣下が居丈高な方ではない事は承知しております。ですが閣下は若いとはいえ既に閣下と呼ばれる地位にあるのです。確かに此処に集まっているのは士官学校では先輩後輩、年も近く気になさるのは分かりますが、そこはどうかお気になさらぬようお願いいたします」
ワイドボーンの優等生的な発言で皆が背筋をピンと伸ばしている。そうだよ、俺だって分かっているけど…まあいい、確かにワイドボーンの言う通りだ、軍隊は階級社会、年が若かろうとも准将は准将、指揮官なんだ。俺がけじめをつけないと俺だけでなく彼等の為にもならないな。ありがとうワイドボーン…。



5月17日12:45
ハイネセンポリス、中央区三番街、三日月兎(マーチ・ラビット)亭、
ミリアム・ローザス


 いいのかしら…午後から休暇処理、着任祝いで皆で昼食会だなんて。ウインチェスター閣下の直接の上司はシトレ本部長だけれど、高等参事官室全員が休む事を許可するなんて、いったい何を考えているのだろう…。
「少尉!待たせてしまってすみません」
「全然待ってないですよ、皆さんは既に中でお待ちです」
折角の昼食会という事で、閣下はキンスキー准尉にも声をかけていた。男性五人に女は私一人、閣下が気を使ってくださったのだ。
「けどいいんですか?小官は部外者ですけど」
「誰も部外者だなんて思っていませんよ。それに、面子を見たらエリカは多分笑うよ、って閣下は仰ってましたわ。さあ、入りましょう」
店内に入って面子を見た途端、キンスキー准尉は本当に笑い出してしまった。ちゃんと挨拶をしたのは初対面のワイドボーン中佐にだけだった。
「エリカちゃん、俺たちの顔に何かついてるか?何がそんなにおかしいんだ」
「いえ、想像通りのメンバーでおかしくてつい…失礼しました、アッテンボロー少佐」

 私の想像以上に皆プライベートでも仲がいい様だ。私はちょっと会話に入りづらい。ワイドボーン中佐も同じ様に感じたのだろう、私のグラスにワインを注ぎ始めた。
「マフィアを作るってのは本当のようだね、少尉」
「中佐はご存じだったんですか」
「スタッフに誘われる時に通信をもらってね。何でも本部長の内命らしいじゃないか…面白そうだ、って飛びついたよ。だから呼んでもらって光栄ってのは本当なのさ」
「そうだったんですね」
「少尉ももうマフィアの一員だぞ。俺達より先に来ていたんだから、古参メンバーって事になるな」
ワイドボーン中佐は笑ってそう言った。中佐の事は私も少しは知っている、士官学校首席で十年来の天才、と騒がれたそうだ。その天才ワイドボーンをシミュレーションで打ち破ったのが当時落第寸前のヤン大佐…近年の士官学校出身者なら皆知っている話だ。
「だけど、俺達だけなのか?」
「いえ、閣下の同期のバルクマン中佐、ダグラス中佐が来られます。あと後任人事が決まり次第こちらに配属になるのがヤン大佐、カヴァッリ中佐、ラップ少佐ですね」
「へえ、ヤンとラップも来るのか。士官学校以来だな」
中佐が懐かしそうな顔をする。
「お二人とは親しくされていたのですか?」
「…いや。親しくはなかったな。最初は専攻も違ったから、親しくなるような機会がなかった。そして奴が戦研科に転科してきた。そこから先は君も聞いた事があるだろう?俺も目を疑った、なんで奴なんかに負けたのか…当時は訳が分からなかった…」

 当時の事が懐かしいのだろう、ワイドボーン中佐は空になったグラスに赤ワインを注ぎながら笑っている。
「…シミュレーションでの奴の任務は補給線の維持だった。当初は遭遇戦から始まった。奴は俺の艦隊にある程度の損害を与えると、後退を始めた。俺は損害を受けたとはいえ軽微な物だったし、まだ逆転は可能だと思った。奴の能力なら追い縋る俺を殲滅する事も出来ただろう、だがあいつは後退を止めなかった。シミュレーションが終了してみると、判定は俺の負けだった」
「…当時は、と仰いましたが…」
中佐がワインボトルを手にする。慌ててグラスを空けた。
「ああ。今なら分かる。奴はシミュレーションの外の宙域を見ていたのだろうと思う。敵の補給線を遮断するとなれば、敵の内懐に入らねばならない。撤退する守備艦隊を追えばますます奥深くに侵入する事になる。あいつは自分だけではなく、味方の包囲網に俺を引きずり込んで撃破する想定を考えていたのだろう。たとえ自分だけで俺を撃破出来たとしても、損害が大きければその後の任務続行は難しいからな。遭遇戦という形で始まっているから、敵戦力は俺の艦隊だけではないかも知れない、一時的に後退したとしても、味方総出で当たれば楽に撃破できるしその後の任務続行も可能だ…多分そういう状況になったら、という想定でもしていたのだろうと思うよ」
「ですが、それはそのシミュレーションの設定を超えているのでは…」
「そう。だから当時は分からなかったのさ、現実の戦場に出た事はなかったからね。マシンの判定でも俺は負けだったし、教官達も同様だった。マシンは純粋な被害判定だけど、教官は実際の戦場を知っているからな、ヤンの戦い方が戦場と重なって見えたのかも知れないよ…あいつの誘い方はかなり巧妙だったからな、乗せられたよ」
「では当時からヤン大佐は実際を…戦場を見据えていたと…」
「たまたまかも知れないけどね。今考えるとそうなんじゃないかとは思っている。シミュレーションの戦場の優劣だけ見ていた奴等が、あいつに負けるのも無理はないさ。トップグループに居て、ヤンに負けて自信を無くした奴等だって結構いるんだぜ」
そう言って中佐は遠い目をした。私の同期にも当然首席や成績優秀者は沢山いる、けれども目の前のワイドボーン中佐やヤン大佐の様に存在を騒がれた人は居なかった。
「となると…士官学校での成績や序列というものはあまり意味をなさないのではありませんか?」
「そんなことはないさ。士官学校での成績や序列というのは、与えられた課題や問題に対する処理能力やその人間の適性を明らかにするためのものだ。成績の優秀な者の方がやはり処理能力や現状認識、計画遂行能力は高いからね。だから戦争をしていない平和な世の中なら卒業時の席次が軍での人生を左右するんだが…あいにくと今は戦争中だ、成績だけでは見えない物が必要になってくる」
「それは…」
「はは、これから君も分かるよ。ヤンやウィンチェスター准将を見ていればさ」




 

 

第六十二話 混乱の始まり

帝国暦484年5月23日16:40
ヴァルハラ星系、オーディン、銀河帝国、ブラウンシュヴァイク公爵邸
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 今日は此処ブラウンシュヴァイク公爵邸にて皇帝臨席のもと、イゼルローン遠征軍の勝利祈願と称した園遊会が行われる。園遊会など真っ平ごめんだが、ブラウンシュヴァイク一門たるヒルデスハイム伯の為にわざわざ開かれるとあっては、彼の幕下にいる俺達が出ない訳にはいかない。だが…。
「慣れない場というのは、息が詰まる物ですね」
キルヒアイスの言う通りだ。
「そうだな…だが、せっかく姉上と会える機会が出来たのだ、文句ばかりも言ってられない。伯には後でもう一度お礼を言わねばな」
「そうですね」
そう、皇帝…奴が臨席するこの園遊会には姉上も奴と一緒に来るのだ。一通りの挨拶を済ませた後は、姉上と面会出来る手筈になっていた。
ヒルデスハイム伯の手回しによるものだった…皇帝陛下の寵姫とは云え、同じ園遊会に参加するのに自由に話す事も出来ぬでは卿も寂しかろう…そう言って伯がブラウンシュヴァイク公に掛け合うと、侍従長が面会が許可された事を伝えて来た。何が皇帝陛下の御厚情を忘れぬ様に、だ…。

 伯爵の部下になって、良かったと思う事がいくつかある。姉上との面会許可が以前より簡単に下りる様になった事だ。以前なら軍務省を通じて宮内省に面会申請書を提出して、それから数週間、ひどい時は二ヶ月ほど待たされる事もあったのが今は提出後数日で許可が下りる様になったのだ。大貴族、しかも皇帝の女婿の権門の力を今更ながら思い知らされた。そしてもう一つ、艦隊への補給、艦船の補充と要員の配置転属が優先的に行われる事だ。以前の遊撃艦隊、任務艦隊から正規艦隊へ扱いが変化したせいもあるだろうが、それでもスムーズに、しかも迅速に行われている…。
 
 「手持ちぶさたな様だな、二人共」
声をかけて来たのはノルトハイム兄弟の兄、オットーだった。ナッサウ少将、ゾンダーブルグ少将も一緒だった。
「はあ、やはり出自が出自ですので、一向に慣れません」
「俺達も一緒さ、伯父貴はともかく、俺達もこういう場には慣れなくてね」
肩をすくめて自嘲気味にシャンパンをあおるのは弟のハインリヒだ。オットーとハインリヒの二人は双子で、出生順にオットーが兄、ハインリヒが弟となっている。ノルトハイム家は爵位は持たないがヒルデスハイム家の分家で、代々軍人の家系という事だった。この艦隊に配属された当初はあまりいい印象ではなかった。どうせ縁故配置だろう…そう思っていたのだが、予想に反して二人は優秀だった。二人とも戦線維持の能力に長けていて、長期間の戦闘に耐えられる指揮官だった。イゼルローンでの戦いもノルトハイム・グルッペとして敵の足を引っ張り続けた。身を粉にして戦える、あまり前線に出る事のない貴族階級の指揮官としては稀有な存在だ。彼等に言わせると暇潰しなのだという。

“まさか前線に出る事になるとはな。伯父貴の気紛れにも困ったもんだ”
“そうだね、まあ普段から世話になりっぱなしだからこういう事でもないと恩は返せないし、いい機会だよ”

 大貴族の艦隊に配属されてみて、分かった事が一つあった。指揮を執る貴族本人はともかく、そこに配属されている者達は決して能力が低い訳ではない。確かに能力が低い者も一定数は存在する。だが戦う機会がそもそもないのだ、そんな中自らの能力を鍛練したり艦隊の練度や士気をあげる事に意味を見出だす者が果たしてどれだけいるだろうか。しかも貴族の艦隊に配属されてしまうと、転属の機会も余程の事がないとほぼ無いに等しい。俺はまだ幸運だったのだ、戦う機会を与えられているのだから…。
「そうだ、卿に礼を言わねばならん。推薦して貰った新しい参謀や指揮官、優秀な者達ばかりだ。まことにありがたい」
弟のハインリヒが頭を下げた…。双子で軍人、しかも同じ艦隊、という配置は正規軍、貴族艦隊共に珍しい。特に貴族の場合はそうだ。ノルトハイム家の場合、二人とも戦死してしまうと跡取りがいなくなるのだ。子が複数人いる場合、家長は自分の息子達を一人は軍人にしても残りは手元に置くか、他の官庁に出仕させる。貴族にとって、家を継ぐ者がいなくなるのは絶望しか残されないからだ。皆軍人だったとしても最低一人はオーディンに残される。だがノルトハイム家はそうではないらしい。配属先が戦死の心配のないヒルデスハイム伯の艦隊、という事もあったのだろう。そのおかげ、あるいはそのせいというべきか、この艦隊では少々困った問題が生じていた。ヒルデスハイム伯の艦隊は本隊を伯爵が、二つの大きな分艦隊をノルトハイム兄弟がそれぞれ率いている。となるとどちら共にノルトハイム分艦隊、という事になるのだが、呼称に困っていたのだ。オットー分艦隊、ハインリヒ分艦隊、とでもすればいいと俺などは思うのだが、礼を失するに余りある、という事で、便宜上兄のオットーの方をアントン()分艦隊、弟のハインリヒの方をベルタ()分艦隊と呼称していた。伯は彼等をそれぞれファーストネームで呼ぶから、本人達は自分達がアントン、ベルタと呼ばれている事を最初は知らなかった様だった。だが前線で戦う様になってこれが本人達にも伝わる事になった。伯はともかく、周りの者は兄弟に強く叱責されるのではないか、と恐れおののいていたらしい。平民や下位の者が貴族指揮官に便宜的にとはいえ通称をつけるなど有り得ない事だからだ。だが二人はこの事を知ると面白がった。

“そんなに困っていたのか?実際的でいいではないか”
“そうだ。いかにも二つ名のある歴戦の艦隊の様で響きがいいよ”

と、普段からアントン、ベルタでいい、と周りにも告げ、今ではそれぞれ、

オットー・アントン・フォン・ノルトハイム
ハインリヒ・ベルタ・フォン・ノルトハイム

と名乗りまで変えてしまった。

 「いえ、彼等の様な人材が眠ったままでは勿体ないですから、アントン閣下」
「そうだな。彼等を使えば俺達は楽が出来るというものだ。そうではないか、ベルタよ」
「…兄さんは楽する事ばかり考え過ぎなんだよ」
ベルタ…ハインリヒの反論にナッサウ少将とゾンダーブルグ少将が苦笑していた。この二人はノルトハイム兄弟の幼なじみでもあり士官学校時代の同期生だという。
「昔からお二人は変わりませんな、そうは思わんか」
「ゾンダーブルグの言う通りですよ。まあ、だからこそうちの艦隊は上手くいっているのでしょうが」
この二人も今回推薦した者達には一歩及ばないとしても優秀な二人だった。艦隊司令官としては未知数だが、分艦隊司令としては非凡な物を持っている。そしてうちの艦隊は上手くいっている、という言葉も決して嘘や世辞ではなかった。他の貴族の艦隊は言葉に尽くせない程ひどい状況らしい。上級指揮官、まあ貴族の事だが、口出しが酷い上に軍事常識がないものだから、下級指揮官達は腐る一方だという。上申や助言もままならない、などいう日常が繰り返されている、との事だった。
「こう言ってはなんだが、伯父貴が間違った方にやる気を出してくれなくてよかったよ。もしそうだったら卿やシューマッハがどれ程補佐しても今頃はヴァルハラでワルキューレに顎でこき使われている頃だろうさ」
「全くだよ。ところでミューゼル大佐、卿の推薦した者達は、卿の知り合いなのかい?」
「いえ、若年の小官が言うのも何ですが、能力に比して場所を得られていない…と感じた者達です。皆知らぬ者ばかりです」
「そうか。となると掛け値無しの一級品ばかりが揃っている訳だね、縁故人事じゃない訳だし。兄さん、こりゃうちの艦隊が帝国最強の艦隊になる日も近いよ」
「となると、益々楽が出来るな。座っているだけでいい」
アントンとベルタの掛け合いに皆が笑う。俺とキルヒアイスも釣られて吹き出してしまった。
ウォルフガング・ミッターマイヤー、オスカー・フォン・ロイエンタール、ウルリッヒ・ケスラー、エルンスト・メックリンガー、コルネリアス・ルッツ、アウグスト・ザムエル・ワーレン、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト、カール・グスタフ・ケンプ…。皆優秀な者達だ。能力に比して場所を得ていない…コネも無く、平民であったり下級貴族であったり、と多分それが理由だろう。何故何の縁故もないヒルデスハイム艦隊に、と今は思うだろうが、彼等はそのうち俺に感謝するだろう。そしていずれは…。

 一瞬の夢想から俺を現実に引き戻したのはシューマッハ参謀長の俺とキルヒアイスを呼ぶ声だった。
「二人とも来てくれ。伯とブラウンシュヴァイク公がお呼びだ」
参謀長の真剣な声色に、その場に居た者達の動きが止まる。
「何かあったのか、参謀長」
「いえ、少官はまだ何も知らされておりませんが、伯はいつでも退席出来るようにしておけ、と仰っておいででした」
参謀長とアントン中将の会話はそれだけで何かあったと思わせるに充分な物だった。
「了解した。何かあったらすぐ知らせてくれ…となるとタダ食いタダ酒も今のうち、という訳か」
「どこぞの貴族令嬢と仲良くなるいい機会だったのに」
「…全く昔と変わりませんな」
「本当に。困ったものです」
…彼等なら、何があっても大丈夫だろう…。


5月23日17:30
ブラウンシュヴァイク公爵邸、来賓客間、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 参謀長の後に着いて入った来賓客間にはブラウンシュヴァイク公とヒルデスハイム伯が座って我々を待っていた。彼等の背後には三人の軍人が控えている。伯に促され俺とキルヒアイスが着席すると、ブラウンシュヴァイク公の目配せで一人の軍人が動き出した。あわてて敬礼した。
「お初にお目にかかる、小官はアンスバッハ准将と申します。あちらはシュトライト大佐、フェルナー大尉…自己紹介はさておき、こちらを見て頂きたい」
ブラウンシュヴァイク公の腹臣達なのだろう、アンスバッハと名乗った男は懐から宛名のない一通の封書を取り出した。会釈をして封書を貰い、中の書簡を拡げる……これは…。
「宮中のG夫人に対しB夫人が害意を抱くなり。心せられよ。これは…」
俺が声に出して読み上げた内容にキルヒアイスも身を硬くしている。
「今朝確認したものだ。貴官の邸宅にも同じ物が届いていると思うが…確認していないか?」
「いえ、艦隊の出撃準備でここ数日帰宅しておりませんので確認は…キルヒアイス、頼めるか?」
立ち上がろうとするキルヒアイスをアンスバッハ准将が制止した。
「それには及ばない、こちらの手の者を行かせよう…大佐、この書簡の意味は分かるかな?」
意味は分かる。分かるがこれは…事実なら許せん、許されてなるものか!
「…グリューネワルト伯爵夫人…小官の姉上にB夫人…ベーネミュンデ侯爵夫人が何事か企んでいる…という事でしょうか」
「で、ありましょうか、公爵閣下」
アンスバッハ准将の言葉に、瞑目していたブラウンシュヴァイク公が口を開いた。
「だな。ミューゼル大佐、卿はどうすべきだと思うかな」
公爵と話すのはこれが初めてだが、どうすべきかだと?決まっている、姉上を守らねばならん!
「はっ、姉…ではない、グリューネワルト伯爵夫人を守護し奉りベーネミュンデ侯爵夫人を弾劾し…」
「何を言っている。侯爵夫人とて仮にも皇帝陛下の寵姫、その方を弾劾などと…確たる証拠も無く出来る訳が無かろう」
「ではどうせよと仰いますか」
「我が家にこの手紙が来た意味を考えねばならん。そして誰が送って来たか、だ」
この家に手紙が来た意味、だと?
「…まあよい。シュトライト、宮内省、侍従長に連絡して陛下の行幸は取り止めにした方が良いと伝えろ。理由を聞かれたらこの手紙を見せても構わん。まだ間に合う筈だ、急げ」
そうだった…もうすぐ姉上と皇帝がここに来るのだ。何かを企むとしたら園遊会は格好の舞台だ…だが待て、侯爵夫人が何かを企むとして皇帝に類の及ぶ様な場所を選ぶだろうか?侯爵夫人の目的は、皇帝の寵を取り戻す事にある筈だ…そしてそれを取り戻すには姉上の存在が邪魔だと考えている…そう考えねば侯爵夫人の害意は成り立たない。となるとその害意は皇帝本人には向けられないだろう。であれば侯爵夫人が何か企むとしても決行は今日ではない筈だ。だが万が一という事もある、ブラウンシュヴァイク公の行動は褒められるべきだろう…そこまで考えた時、公の使用人が来客を伝えて来た。
「…クロプシュトック侯だと?招待などしていないのだがな」
そう呟いた公の顔は疑念と不審に溢れていた。俺やキルヒアイスの顔も同様だったのだろう、ヒルデスハイム伯が疑問に答えてくれた。
「宮中に疎い卿等の事だ、名前も知らんのだろう」
「恥ずかしながら…侯爵閣下という事は著名な方なのでしょうが…」
「まあ知らんのも無理はない。クロプシュトック侯はここ三十年程宮中から遠ざかっていたからな」
「三十年、ですか」
「うむ。侯は当時の皇太子フリードリヒ四世殿下の政敵、といっても過言ではない存在だった。私も父や公から聞いただけであまり詳しくは知らないが。殿下を貶める事甚だしい動きをしていたらしい」
「…なるほど。フリードリヒ四世殿下が即位された結果、遠ざけられた…干されたという訳ですか」
「そういう事だ」
「ですが、三十年も宮中を遠ざけられた方が何故今になって出てこられたのでしょう?」
「先日のイゼルローンの戦いで次男を失ったそうだ。長男も既に戦死しているから、侯としては後継者問題やら色々と問題が山積みだろう。侯自身もかなりの高齢だしブラウンシュヴァイク公にとりなしを頼みに来た…そんな所ではないかな。皇帝陛下も臨席予定であらせられたのだからな…それより卿ももう少し宮中の事を勉強した方がいいな」
「…申し訳ありません」
とりあえず申し訳無いとは答えたものの、何かひっかかる。キルヒアイスも同様なのだろう、眉間に皺を寄せたままだ。
「ラインハルト様、お手洗いを借りませんか」
「…ああ。申し訳ありません、お手洗いをお借りしても宜しいでしょうか」
構わんぞ、との公の許可を得てトイレに向かう。屋敷が広すぎる、急な便意が起きたらどうするつもりだろう…。
「クロプシュトック侯は何故今になって公爵閣下にとりなしを頼むのでしょう?三十年も遠ざけられたとはいえ、その機会はもっと早くてもよかった筈です」
「確かにそうだ。宮中の事はよく分からないが、干されるという事は貴族としては死んだに等しい。侯爵という爵位なら尚更だろう。たとえ皇太子時代に敵対していたとしても、前非を悔いて恭順の姿勢を見せれば宮中への出入りを止められるという事はあるまい。それをしなかったという事は恭順する気は全くなかった、という事だ」
「はい。そしてクロプシュトック侯は後継者を戦死という形で全て失っています。高齢…老いた方が息子を全て失う。老いた方の心中は分かりませんが、生きる希望を見いだせなくなる事は容易に推察出来ます。そしてそれはその事態を招いた現体制への憎悪に繋がりかねない」
「…全てを呪い、事態を招いた者への復讐へと走る…」
俺達の考えは間違っているだろうか…俺とて姉上を害されたら復讐に走るだろう。ましてやクロプシュトック侯は既に愛すべき息子達を失っているのだ。侯の半生を考えてみれば、皇帝本人がその事態を引き起こした、と思考を直結させてもおかしくはない…急がねば!

 来賓客間に戻ると、残っていたのはブラウンシュヴァイク公とヒルデスハイム伯の二人だけだった。家臣の方々は、と訪ねると伯が笑って答えた。
「献上品の受け入れ準備に向かったよ。クロプシュトック侯はやはり再出仕のとりなしを求めておいでらしい。陛下への献上品があるとかで、結構な量がある様だった。陛下への献上品ともなれば御披露目せねばならんからな、その支度という訳だ」
「侯ご本人はどちらへ?」
「やはり陛下へ直々にお目にかかるのは気後れする様でな、陛下と遠征軍の勝利を願う挨拶をされた後は早々に退散なされたそうだ。十五分程前だろうか…それにしても長いトイレだったな」
トイレとはかけ離れた俺達の真剣な表情に不審を感じたのだろう、伯の顔から笑いが消える。俺は自分の考えを伯に説明した。
「それは…あり得ない事ではないな。そうか、となると献上品とは…閣下」
ブラウンシュヴァイク公が立ち上がる。腹臣達に説明する為だろう、急いで来賓客間を出て行った。
「献上品とやらが搬入されるのはまもなくですか?」
「だろうとは思うが」
「我々も急ぎましょう。公に協力して来客を避難させねばなりません」



 
 

 
後書き
 

 

第六十三話 クロプシュトック事件 Ⅰ

帝国暦484年5月23日18:45
ヴァルハラ星系、オーディン、銀河帝国、ブラウンシュヴァイク公爵邸
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 園遊会は中止される事なく開始される事になった。貴族というのは体面を酷く気にするからだ。しかし、ブラウンシュヴァイク公のせいではないが、たとえ中止されなくとも公の面目は丸潰れだった。既に不意に備えて公爵家の使用人達が目立たぬ様に警護に立ち出していた。
「まさかこんな事になるとはな。しかし本当に爆発させるのか。危険だろう」
シューマッハ参謀長が納得がいかない、という様に天を仰いだ。
「まあクロプシュトック侯に成功したと思わせる為には必要ですから」
「しかしだな…策を立てたのはフェルナー大尉と言ったな。面白がってやっているんじゃないか」
参謀長は肩をすくめた。

 俺の話を聞いた公の激怒っぷりはひどいものだった。すぐにでもクロプシュトック侯の屋敷に手勢を連れて乗り込みかねない勢いだったのだ。下手をすれば公自身が疑われかねない。事情を聞かされた来賓達からも侯を討伐すべき、との声があがっている。まあ気持ちは分かるが…。公の意を受け、フェルナー大尉が一計を案じた。
「ただ騒ぎ立てては犯人を利するのみです。それに現状では推測だけで、クロプシュトック侯が犯人という証拠はありません」
「ではどうすればよいと申すのだ、フェルナー!」
「園遊会そのものは中止しません。まず、来賓の方々には事情を説明しいつでも避難出来る様にしていただきます。クロプシュトック侯からの献上品は予定通り搬入させます。ミューゼル大佐が仰った様に、もし侯がまことに陛下の暗殺を企んだとすれば、運搬に携わった者がおそらく現場の実行犯でしょう。彼等を捕らえ、自白に追い込みます」
「…それで」
「搬入される物は暗殺の確実性を高める為に爆発物である可能性が高いと思われます。それを、周囲の安全を確認した上で敢えて爆発させます。予定通り爆発が起これば暗殺は成功した、と犯人どもに思わせる事が出来ます。クロプシュトック侯が犯人という事になれば侯の屋敷や宇宙港に動きがある筈です。実はつい先程、警察を動かす為に内務省に連絡し協力を仰ぎました」
公は直前まで激怒していたのが嘘の様に上気した表情をしている。
「おお!手回しがよいではないか…だが宮内省には陛下の行幸を中止あそばす様連絡を入れさせてしまったが…」
「宮内省にも小官が再度連絡しました。既に陛下とグリューネワルト伯爵夫人は新無憂宮に戻られております。行幸の車列のみをこちらに向かわせて貰いました。これで確実に証拠をつかむ事が出来ます…」

 こちらに捕縛された献上品の運搬作業員達は全てを自白した。爆弾を運び入れる際に起爆タイマーを起動させる手筈だったという。これを受けてフェルナー大尉は手勢を引き連れクロプシュトック侯の屋敷に向けて出発した。同様に宇宙港とクロプシュトック侯爵邸までの主要幹線にて警察が非常線が引き、検問が行われる運びになっている。
「三、二、一、起爆!」
使用人達がカウントと共に爆弾を起爆した。爆弾など見るのも珍しいのだろう、屋敷内に避難した来賓達から歓声が上がる…一歩間違えば自分達が死んでいた、という事はもうどうでもいい様だ。
爆弾は秘蔵の名画とやらの額の内部に仕込まれていた。どうやら軍用のプラスチック爆弾だったらしい。量に比して爆発の威力が大きい事がその事実を裏付けていた。
「さあ、連絡しろ」

 アンスバッハ准将に急き立てられて、捕縛された運搬作業員が携帯端末を操作しているのが見える…クロプシュトック侯の件はこれで終わりだろう。いや、終わりではないだろうが、この騒動のせいで霞んでしまったあの書簡の方が俺にとっては重大事だ。ブラウンシュヴァイク公は何故此処に、そして誰が送って来たか、それが問題だ、と言っていた。ベーネミュンデ侯爵夫人が姉上の事を嫌っているのは宮中でも知らない者はいない程の話だ。それをわざわざ害意があるなどという手紙を送りつけて来た、というのは、明白な殺意の様なものが働いているに違いない。そしてそれを知る事の出来る人間となると、宮中ではなく直接侯爵夫人に仕えている者ではないのか…通用口から参謀長がこちらに来るのが見える。また何かあったのだろうか…。
「伯から先に艦隊に戻っていてよい、との事だ。戻ろうか」
「はっ。アントン閣下達は…」
「つい先程、先に戻ったよ。まあここに居ても、もう我々に手伝える事はないからな。伯はブラウンシュヴァイク公とまだ話があるようだ。行こうか」
キルヒアイスに声を掛け、地上車に乗り込む……誰が書簡を送って来たか、調べてみる必要がありそうだ。しかし、どうやって調べたものか…。


5月23日20:30
銀河帝国、オーディン、軍宇宙港、ヒルデスハイム艦隊泊地、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 ノイエンドルフに戻ると、ブラウンシュヴァイク公爵家のフェルナー大尉から連絡があった、と舷門の当番兵が教えてくれた。折り返し連絡が欲しいという。艦隊の業務ではないだろう、自室から電話をする事にした。
“もしもし…ああ、ミューゼル大佐、フェルナーであります。先程はどうも”
「連絡を貰った、と聞いた。先程の件に関する事かな?」
“それもあります。興味がお有りではありませんか?”
「…そうだな。何か分かったのか?」
“出来れば直接お会いしてお話が出来たら、と思うのですが…大佐はこの後ご予定はお有りですか”
「いや、司令官の帰りを此処で待つだけだが…司令官はまだそちらにいらっしゃるのだろう?」
“ああ、本日はこちらにお泊まりになられるとの事です。まだ公爵閣下と何やらお話し中です”
「そうか。ではこちらから司令官に改めて連絡しよう…二二〇〇時に私の自宅でどうだろうか」
“お邪魔しても宜しいのですか”
「わざわざ連絡して来た位だ、余人には聞かれたくない話なのだろう?」
“ご配慮、ありがとうございます。では二二〇〇時に”
自宅の住所を教えて電話を切った。改めて伯爵に連絡するとするか…。


5月23日22:00
リルベルク・シュトラーゼ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「金髪さん、赤毛さん、お客さんですよ」
「はいはい、ただいま」
「こんな時間に来客だなんて。若いのに偉くなるのも大変よねえ、死んだうちの人とは大違いだわ」
クーリヒ夫人、フーバー夫人…この二人には頭が上がらない。さっきいただいたフリカッセ、まだ余ってるだろうか…。
「お邪魔しても?」
フェルナー大尉は時間通りに現れた。
「ああ、上がってくれ。キルヒアイス少佐も一緒だが、宜しいかな?」
「お二人で下宿されているのですか。仲がよろしくて羨ましい限りです、ええ、構いません」
キルヒアイスがコーヒーの支度にかかる。
「クロプシュトック侯はどうなったのかな?」
フェルナー大尉はブラックが好みの様だ。香りを楽しむと、一口、一口と少しずつ啜る。
「駄目でした。小官が侯爵邸に到着した時は、既に屋敷は火に包まれていたのです」
そこまで言うと、大尉は一気にコーヒーを飲み干した。
「大尉、おかわりは」
「ありがとうございます…同様に宇宙港も駄目でした」
「屋敷は火に、宇宙港も駄目…逃げ足の早い御仁だな」
「はい。行方が全くつかめません。既に自領に向かっていたのではないか…その様な気がします」
「しかしブラウンシュヴァイク公爵邸にクロプシュトック侯が現れてからそれほどの時間的余裕は無かったはずだが…」
二杯目のコーヒーにはたっぷりと砂糖とミルクを入れた大尉は、大事そうに両手でマグカップを抱えている。
「替え玉ではないかと…」
「替え玉??」
「はい。表舞台から遠ざかって約三十年、誰も現在のクロプシュトック侯を見たことが無いのです。変装用の精巧なマスクを被ってしまえば替え玉であったとしてもバレはしませんよ」
替え玉か…そんなものを用意していたとしたら計画自体がかなり用意周到なものと言わざるを得ない。しかも自領に戻っていたとしてもいずれ捜査の手は及ぶのだ。となると自領に戻って何をするか……。
「侯爵は反乱でも考えているのか?とても成功するとは思えないが」
「現在の時期に反乱…辺境の一部は既に叛乱軍が押さえ、帝国政府への信頼が揺らいでいる…成功するしないに関わらず、帝国を揺るがす事態だと思いますよ。かつての政敵として帝国政府、皇帝陛下に与えるダメージはあると思いますが」
言われてみるとそうだ。こんな時期に貴族が反乱を起こすとなると帝国政府は震えあがるだろう。しかもあの男のかつての政敵だ、妥協の余地はない。叛乱軍…自由惑星同盟と結びつく事は無いだろうが、それだけに個別に対処せねばならなくなる……
「そしてあの書簡です。書簡の内容が事実だとしても、今日の件といい時期的に都合が良すぎます。何者かが混乱を狙っているとしか思えません」
体制の混乱、宮中の混乱…。確かに都合が良すぎる。書簡の送り主は何かを知っているのだろうか。

 「ラインハルト様」
ずっと大尉の話を黙って聞いていたキルヒアイスが口を開いた。
「調査が必要です。私とフェルナー大尉とで事の背景を調べてみようと思います。お手伝い願えるだろうか、大尉」
「望む所です。小官の主君にも関わりのある事ですから」
しかし既に出撃準備も整い、後は命令が出る日をを待つのみ…という今、キルヒアイスに調査をして貰うという事になると、下手をするとキルヒアイスはオーディンに残留しなくてはならないかもしれない…。
「アンネローゼ様の身を守らねばなりません、事が起きた時に我々二人ともオーディンに居ない、というのは拙いのではないですか」
「…そうだな、その通りだ。俺と離れる事になるが大丈夫か?」
「はは、そのお言葉、そのままお返ししますよ、ラインハルト様」
キルヒアイスに笑顔で返す。初めての別行動がこんな形でやって来るとは…。命令で離れ離れになる事もあると思えば、まだマシと思わねばならないが…。
「となると辞令が必要だな。キルヒアイス少佐の件は私から明日ヒルデスハイム伯にお願いするとしよう」
「はい。では少官からも公に言上申し上げます。いろいろと手回しも必要でしょうから」
フェルナー大尉か…優秀な男の様だ。アンスバッハやシュトライト…あの二人からも特段悪い印象は受けなかった。大尉も含め彼等の様な人物がブラウンシュヴァイク公の下にいるとなると、公もただの強突張りの御仁ではない、という事か。



5月24日09:00
オーディン軍宇宙港、ヒルデスハイム艦隊泊地、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部、
ジークフリード・キルヒアイス

 「了解した。構わないだろうか、参謀長」
「はっ。閣下の御意向に異存はありません。慣れない任務…任務とは言えないかも知れないが頑張ってくれ、少佐」
「はっ、ありがとうございます。状況はその都度報告致します」
ラインハルト様が少し寂しそうな顔をなさっている…心配ありませんよラインハルト様。アンネローゼ様は私にとっても大事な方です、誠心誠意勤めます…。
舷門に向かうと、舷門当番兵がフェルナー大尉が到着している旨を教えてくれた。開かれている搬入ハッチをみると、地上車の脇に所在無げに佇んでいる大尉の姿があった。
「お待たせしてすまない、大尉」
「いえ。では参りましょうか」

 お互い泊地を離れるまでは無言、泊地を出るとフェルナー大尉は意外な事を口にした。
「つかぬ事をお聞きしますが、少佐はミューゼル大佐の家臣でいらっしゃいますか?」
「は…」
どうなのだろう?私はラインハルト様の家臣なのだろうか?隣人、幼なじみ、しかも大それた野望を持つ幼なじみ…気がついたらラインハルト様と同じ道を歩んでいた。アンネローゼ様を助ける為、あのお方をお守りする為…。
「そう、見えますか?」
「いえ、友人…同志、かけがえのない知己…なんといっていいか分かりませんが、その様に見えます」
「なるほど。まあ、その様な物ですが、家臣と思われても一向に差し支えありませんよ」
「そうですか。となると少佐にとってもグリューネワルト伯爵夫人は大切な方なのでしょうな、いや失礼」
大尉の声色には楽しむ様な、こちらを試す様な響きがあった。
「…これからどちらへ向かうのです?」
「宮内省です。ベーネミュンデ侯爵夫人の内情を調べます。皇帝陛下の寵姫ともなると、勝手に使用人等を雇い入れる事は出来ないのです。暗殺を防ぐ為ですな。宮内省にはその使用人のリストがあるのですよ。それを見れば使用人だけでなく夫人の下に出入りしている業者なども分かります」
「正攻法ですね」
「ええ、まずは正面から。搦手はその後でいい」
そうか。我々が宮内省に出向いて調べる事自体が書簡の発信者への合図になるという事か。宮中はコネだらけの世界だ。こういう行動は秘匿しない限り各所に伝わる。それは当然侯爵家にも伝わる…。
「侯爵夫人は警戒するのではないですか?」
「害意があるとすれば、ですね。なければ無いで何の為の調査かと思われるでしょう。どちらにしてもこちらに目は向きます、その間はグリューネワルト伯爵夫人の身は安全です」
「大尉は中々の策士の様だ」
「まさか。小官ごときが策士なら宮中は策士だらけですよ。魑魅魍魎、百鬼夜行の世界かもしれませんが」
私は冗談のつもりだったが、大尉の目は笑っていなかった。大尉は軍人とはいってもブラウンシュヴァイク公の直臣にあたる。今回の様な宮廷内の騒動なども目にしてきたのだろう、冗談とは思えないのかも知れない。
「…少佐はあの書簡についてどうお考えですか?」
「女性の妬心というのは恐ろしいと感じました。ましてや皇帝陛下の寵を受けていた方です、周囲にそれを…」
周囲、周囲にこそ目を向けるべきではないのか。
「…分かっています。それを探る為にもまずは宮内省に向かいましょう」


 5月27日10:30
オーディン、ミュッケンベルガー元帥府、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 ミュッケンベルガー元帥を待つヒルデスハイム伯爵の顔色は冴えない。理由は想像がつく。おそらくクロプシュトック侯の件だろう。先日の園遊会以来、彼の姿を見た者は居ない。屋敷は廃墟と化しているし、非常線にも引っ掛かる事はなかったから、フェルナー大尉が推察した通りブラウンシュヴァイク公爵邸に現れたのは替え玉で、侯本人は既に自領に戻り反乱の準備を進めているのだろう、と予想されていた。
「お待たせして申し訳ない。御前会議の結果、クロプシュトック侯爵は大逆罪の罪人として討伐される事が決定した」
執務室に入るなりミュッケンベルガーはそう言った。奴の顔にも深い憂慮が見てとれた。
「大逆罪、ですか。何ら証拠は…申してもせんなき事ですな、で、どなたが討伐に当たるのですかな」
「当初、グリンメルスハウゼン侯とブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯が手を挙げられた。グリンメルスハウゼン侯は陛下の盟友と言っても過言ではないお方、ブラウンシュヴァイク公は面子を潰されておられる、リッテンハイム侯はブラウンシュヴァイク公への対抗心から…予想はしていた。だが、リヒテンラーデ侯がそれを抑えた。伯には何故かお分かりかな」
「反乱の波及を恐れているのでしょうな。グリンメルスハウゼン侯がもし敗れでもしたら、陛下は二重に恥をかく。それは陛下の治世を揺るがし兼ねません。ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯が敗れてもそれは同様…両巨頭が抑えているからこそ貴族達は静かにしていますが、ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯のお二人が頼むべき人では無い、と貴族達に思われでもしたら…その混乱は目も当てられぬ物になるでしょう。反乱とは言わぬまでも、似た状況があちこちで生起しかねない。軍としてはどうなのです?」
ミュッケンベルガーも伯も、手を挙げた連中が勝つと言わないのが内心おかしかった。
「最初に手を挙げられたグリンメルスハウゼン侯は元々遠征軍に組み込まれておりますからな。その点からも侯の討伐軍参加には反対した。まず軍としてはイゼルローン方面に対処しなくてはなりません」
「それは理解できるが…」
「それに遠征軍に組み込んでおきながらこんな事を言うのも何だが、グリンメルスハウゼン侯は軍事上の才能は余りお持ちではない。言わば皇帝陛下の名代、という位置付けなのです。その点から見ても、討伐軍参加は拙い。ブラウンシュヴァイク公も名目上、上級大将の地位に居られるが、あくまでも名誉階級。討伐軍の指揮を執れるとは思えない」
「では…」
「折衷案として、軍、貴族の両方の代表として伯に討伐軍の指揮を執っていただく。リッテンハイム一門からも援軍が派出される。伯の艦隊、一万五千隻とリッテンハイム一門のどなたか…になるが、五千隻、合わせて二万隻。伯は一時的に遠征軍から外れる事になる。リッテンハイム侯は人選と準備に猶予を欲しいとの事だったので作戦開始は六月五日…宜しいな」
「了解致しました」
「十日にはイゼルローン遠征軍も進発する事となった。伯の艦隊はクロプシュトック領討伐後、イゼルローン…アムリッツァに向かって貰う」
「…時間的余裕が余りありませんな」
「苦肉の策です。クロプシュトック領も放っては置けないが、アムリッツァ、イゼルローンはそれ以上に放置出来ない。苦労をおかけするが宜しく頼みますぞ」
「はっ。では命令を」
「…大逆の叛徒、ウィルヘルム・クロプシュトックに対し皇帝陛下の御名を以て懲罰を与えよ」
「謹んで拝命致します」
「…明日、黒真珠の間にて皇帝陛下が改めて御下命下さる。頼みましたぞ」
「はっ」

 

 

第六十四話 クロプシュトック事件 Ⅱ

帝国暦484年6月16日19:00
銀河帝国、トラーバッハ星系近傍、銀河帝国軍、討伐軍、ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 クロプシュトック領まであと二日。うちの艦隊だけなら二日前…六月十四日には現宙域に到着していただろう。理由は…そう、リッテンハイム侯が対抗意識から派遣した、五千隻の艦隊だ。ノルデン伯爵中将率いる五千隻の艦隊の士気と練度は、目を覆うとしか言い様のない物だった。
「人の事は言えないな、少し前まではこの艦隊もそうだった」
大スクリーンに映るノルデン艦隊を見ながら、シューマッハ参謀長が苦笑した。
「しかし、ノルデン伯爵の息子の泊付けの為に戦わされる兵士達はたまったものではないな。そもそもノルデン伯爵自身、これまで一度として前線に出られた事はない」
「そうなのですか?」
「ああ。ノルデン伯爵は学芸省に出仕されているからな。次期当主の御子息が軍にいるとはいえ、その御子息殿も正直な話パッとしない。だがすでに伯は高齢だし、御子息殿の次期当主就名の泊付けのいい機会だと思われたのだろう…おっと、この話はここだけだぞ」
参謀長の顔は苦笑からウインクに変わった。
「はい、オフレコと言う事で…泊付けという事は、その次期当主になられる御子息殿とやらも当然従軍されているのででしょう?」
「艦隊参謀長という肩書きでな。リヒャルト殿だ」
携帯端末の画面をどんどんスライドさせてみる…あった、リヒャルト・フォン・ノルデン大佐。年齢に比した階級が正当な評価の結果なら、とんでもなく優秀ということになるが…。
「人事局の評価を信じましょう」
「ハハ…卿もなかなか辛辣だな」

 参謀長が大笑いをしていると、艦橋にヒルデスハイム伯が現れた。
「異常ないか、参謀長」
「異常ありません。ノルデン艦隊、予定通り補給を行っております。まもなく終了の予定です」
「了解した。事前の打ち合わせ通り、クロプシュトック領への進攻序列はノルデン艦隊が先鋒となるが、何かあるかね?」
ヒルデスハイム伯が参謀長と俺を交互に見る。ノルデン艦隊があの体たらく…いや、あの状態なら、対するクロプシュトック艦隊も似たような状態だろう。事前の情報ではクロプシュトック家の艦隊も五千隻程だったが…
「閣下、クロプシュトック軍の情報ですが…最新とは言い難い物で敵の戦力見積に信憑性がありません。先鋒はノルデン艦隊で宜しいかと思われますが、我が艦隊は戦力を二分し、ノルデン艦隊の両翼後方に位置して後方及び側方の警戒を行うべきではないかと愚考致しますが」
「どうかな、参謀長」
「小官も同意見であります」
「了解した…参謀長、クロプシュトック軍の艦隊戦力は確か五千隻程だったな?」
「はい。」
「先鋒のノルデン艦隊が敵を引き付け、その間に我々が二分した艦隊を両翼から進ませクロプシュトック艦隊を包囲体勢に置く…こちらはノルデン艦隊と合わせ二万隻、完勝だな」
全くその通りだ。戦史の教科書に載せてもいい位の包囲殲滅戦。任務とはいえ何故この様な戦いをしなければならないのか。情報通りならクロプシュトック氏は勝算のない反乱をしたことになるが…いくら皇帝を、あの男を憎んでいたとはいえ、算術の初歩も出来ないのだろうか…思わず口にせざるを得ない。
「情報通りの兵力である事を祈るばかりです」
「そうだな参謀長。しかし、味方を討つ事になるとはな…いや、既に味方ではなかったか」
伯爵の顔には憂慮の色が濃く映っていた。
「…畏れながら、クロプシュトック氏はそれほど迄に陛下の事を憎んでいるのでしょうか」
伯は腕を組んで遠い目をした。
「…今回の出征の前にブラウンシュヴァイク公から色々と聞いた。公もまだ若く、公爵家の名跡を継いだばかりの頃だ。当時はまだオトフリート五世陛下の治世中で、後継者争いの真っ最中だった。皇太子は三人、リヒャルト殿下、クレメンツ殿下、そしてフリードリヒ殿下。当時のクロプシュトック侯はクレメンツ殿下の支持者だった。畏れ多い事だが現皇帝陛下のフリードリヒ殿下は当時から放蕩者で、後継者レースから外れている情勢だった。だがリヒャルト殿下が亡くなられ、残った二人で次期皇帝の座は争われる形になった。当然クロプシュトック氏はフリードリヒ殿下を貶め、嘲け笑った。しかしクレメンツ殿下も亡くなられ、残ったフリードリヒ殿下が至尊の座に就かれた。当然クロプシュトック氏は遠ざけられる形になったが、これはフリードリヒ四世陛下よりグリンメルスハウゼン侯やリヒテンラーデ侯が強く望んだ結果らしい」
「…では陛下よりそのお二人を恨むのが筋ではないのですか」
参謀長の疑問はもっともだ。俺もそう思う。
「そうだな。だが至尊の座についたとて二人の兄…前皇太子殿下二人が亡くなられた後だ、陛下もこれ以上の宮中の混乱は避けたかったのだろう、お二人の意向ということではなく、陛下自らが手を下す、という形になったそうだ。まあ、怨恨にも無頓着なお方の様だから、ご自分に向けられるそういう感情は気になさらなかったのだろう」
無頓着か…そして無気力にも見える、灰色の老人…。
「そして現在に至る、という訳ですか」
「そうだな。そしてクロプシュトック氏は息子達も戦死、敵の叛乱軍共も憎かろうが、その結果を引き起こしたのは陛下…と短絡的に考えてもおかしくはない」
「救いの無い話ですな」
「…私はともかく、卿等は気にせずともよい。任務を果たす事だけを考えてくれ。クロプシュトック氏の後は叛乱軍とも戦わねばならんのだからな」
「はっ」
そうだ、こんなどうでもいい戦いは早く終わらせねば…。





6月10日18:00
銀河帝国、ヴァルハラ星系、オーディン、ハウプトバーンホーフ、ブラウンシュヴァイク公爵家別邸
ジークフリード・キルヒアイス

 「まあ、くつろいで下さい。まずは腹ごしらえにしましょう」
案内されるがままに連れてこられたこの居館は、どうやら公に支える者達の宿舎らしい。
フェルナー大尉に指し示されたテーブルの上には山盛りのアイスバインとザワークラウト、ローテプェッファーが用意されていた。男所帯だから味より量なのは分かるがこれはひどい。この部屋には私とフェルナー大尉、ハウプトマン中尉しかいないのだ。一体何人分あるのだろう…。二人は軍服の上着を脱ぐと、食事の支度を始めた。ああ、ワインは結構ですよ……私の視線に気づいたのか、大尉は肩をすくめた。
「公爵邸で戴いた物です、味は保証しますよ」
違う、そうじゃない、そうじゃないんだ……。

 宮内省では、改めてブラウンシュヴァイク公の持つ権力の大きさを感じさせられた。宮内省の役人達は寵姫の弟の幼なじみのいち少佐の顔など誰も覚えていなかった。だが、フェルナー大尉とハウプトマン中尉の顔は知っていた。上手く取り入ろうとする節さえ見てとれたのだ。フェルナー大尉達が居なければ、聞きたい事の一割も聞き出せなかっただろう。
「宮内省は静観、というか関わりたくない、という態度が見え見えですね。妾同士の寵争いなどいつもの事、しかも一方の御仁はベーネミュンデ侯爵夫人だ、慣れっこになっているのでしょう」
「慣れっこになっている…とはいえ、寵姫間の争いは宮廷内の混乱に繋がりませんか?」
私の反論にフェルナー大尉は口を動かしながら答えた。
「意外な事に、侯爵夫人は声は大きくても政治には口を出しません。まあそれはグリューネワルト伯爵夫人もそうですが。言ってみれば、ただの痴話喧嘩ですな。陛下が何か指示をお出しにならない限りは宮内省は動く事はないし、関心を持つ事はない、と言う事ですね」
確かに大尉の言う通りだ。だが害意、殺意となると痴話喧嘩では済まないのではないのだろうか。
「…少佐は、周囲を探るべきだ、と仰っていましたね」
「はい」
「中尉、判った事を少佐に報告しろ」
ローテプェッファーには目もくれず、黙々とザワークラウトばかり食べていたハウプトマン中尉はその手を止めると、姿勢を正してこちらに向き直った。

 「グレーザーという侯爵夫人付の医師がいます。彼に会って話を聞きました」
「何故、その人物に目をつけたのですか」
「はい。宮内省に行った後、侯爵夫人の元に出入りする人物のリストを大尉より渡されました。そこにに彼の名前がありました。医師という立場上、侯爵夫人の邸宅に常勤しているか、往診の機会は多いと思ったのです」
「そういう条件であれば、使用人や執事に話を聞こうとは思わなかったのですか」
「リストを散見しますと…執事や使用人は長年仕えている者が多く、口が固いと考えたのです。その点グレーザーという男は夫人の下に出仕してまだ日が浅く、それほどの忠誠心はないだろう、と判断しました」
「分かりました、続けて下さい」
「目星を付けた通り、投書の主はグレーザーでした。彼は侯爵夫人に仕えた事を後悔している様です。実入りはいいものの、身を滅ぼしかねない、と憔悴しきっていました」

 フェルナー大尉はこちらを見ようともせず、ローテプェッファーをつまみながらTVのワイドショーに釘付けになっていた。中尉からの報告は事前に受けていたのだろう、私が何を質問し、どう判断するか試しているのかも知れない。
「彼は何か、具体的な事を口にしましたか」
「はい。グリューネワルト伯爵夫人を宮中から追い出す方法について相談、いや命令に近い物の実行を迫られたと」
「それはどういった内容ですか」
「伯爵夫人の毒殺、それが無理ならまことに畏れ多き事ながら、陛下と伯爵夫人の会食の折に、陛下のお食事に死なぬ程度の劇物を混ぜろ…まだありますが」
中尉はそこで一端言葉を止めて大尉をチラリと見た。
「構いません、続けて下さい」
「…姦通の罪を着せろ、と。下賤の出ゆえ、それが一番似合うと…」
頭に血が上るのが自分でも解る。中尉の報告が事実だとすれば、いや事実なのだろうが、何と言う事を考えているのだろうか。
「…最初はカウンセリングとして侯爵夫人の話を聞いていたそうです。徐々に内容が抜き差しならぬ物になり、怖くなって救いを求めてあちこちに手紙を書いたと」
「…グレーザーという方も災難ですね。たとえ侯爵夫人付とはいえ、一介の医師に可能な内容ではありません」
……そう、可能ではない。たとえアンネローゼ様を妬んでいるとはいえ、家付の医師にそんな事を命じるだろうか…ふと大尉を見やると、大尉の視線は私に向けられていた。そうか、大尉も同意見か。

 「中尉、グレーザー氏の身上を洗って下さい。どういう経緯で侯爵夫人の下に出入りするようになったのか。家庭環境、学歴、交遊関係、職歴もです。それと再度、彼に接触して下さい。監視の意味も込めて」
「はっ。ただ、身上、職歴についてはすでに一部を把握しています」
「仕事が早いですね。大尉の指示ですか」
「はい。彼は孤児です。ボーダーザクセン中央大学医学部卒、卒業後、同大学附属病院の勤務を経て、ベーネミュンデ侯爵夫人の専属医となっています」
「孤児、ですか。孤児という境遇で現在の処遇を得るのは並大抵の苦労があった筈ですが…」
「はい。医療機器を製作している企業の私設の奨学金を得ています。その企業自体は帝国内にありますが、出資しているのはフェザーン系列の製薬企業です」
「フェザーンの製薬企業が、ですか」
「はい。登記簿に記載されている住所を実際に調べましたが、本社と思われる建物は無人でした。いわゆるダミー会社です。判明している事実は以上になります」
ハウプトマン中尉の報告が終わると、名残惜しそうにナプキンで口をぬぐっていた大尉が大きくため息を吐いた。
「…黒ですな。真っ黒ですよ少佐」
「経歴だけで分かるのですか、大尉」
「ええ。まず彼は孤児だ。その一点だけでもこの帝国では公職には就けません。ましてや宮中となると絶対にそんなことはあり得ない」
「みなし児…というだけでですか」
「はい。どこぞの家庭に養子に入ったとかならともかく、孤児という身分では絶対に有り得ない。『劣悪遺伝子排除法』の適用枠ですから」
「しかしあの法は…」
「有名無実化している、というのでしょう?確かに有名無実化しています。ですが無くなった訳ではない。各官庁出入りの委託業者ならともかく、直接雇用される事は有りません。ましてや侯爵夫人は皇帝陛下の寵姫です。雇おうとしただけで夫人は宮内省から文句をいわれますよ」
「しかし経歴が示している事実はそうではない…」
「はい。宮内省の採用担当者が買収されているのでしょう。そして買収した人間はプロではない。プロならあんな杜撰な経歴は用意しません。多分、経歴は本物でしょう。グレーザー医師本人は何故自分が雇われたのか、よく分かっていないと思いますよ」
「という事は手紙を書いたのは本心から怯えたから、という事でしょうか」
「…そうかも知れませんし、そうではないかも知れません。いずれにしても次の接触は中尉だけではなく、我々も同行しましょう」
「そうですね」
再び彼等は夕食を再開した。二人の食欲を見ていると、とても食事をする気分にはなれない。勿論それだけではないが…。今日はこのまま退散するとしよう…。



6月17日03:00
トラーバッハ星系近傍、銀河帝国軍、討伐艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 通信オペレータが金切り声をあげた。
「ノルデン艦隊より通報、艦隊正面にクロプシュトック艦隊と思われる集団を発見。およそ五千隻、我との距離、約六百光秒、指示を乞うとの事です!」
一気に艦橋内の空気が一変する。
「意外に早く出てきたな。参謀長、アントンとベルタに連絡、現状維持しつつ旗艦からの命令を待つように、と。それからノルデン艦隊に連絡、艦隊速度微速にて前進せよ」
「はっ」
参謀長が目配せすると体操選手を想像させる均整の取れた体格のの中佐が動き出す。その姿を見て、黒髪の両目の色の違う中佐が俺の傍らに近づいて来た。
「大佐、敵の意図をどうご覧になりますか」
黒髪の中佐がそう言い終わらないうちに金髪の中佐も近づいて来る。
「そうだな…彼等には後がない。彼我の戦力差は隔絶している事は向こうからも確認出来た筈だ。…クロプシュトック氏が艦隊に同行しているなら玉砕覚悟だろうし、そうでないならあの艦隊は氏の逃走の時間を稼ぐ為に出てきたのかも知れないな…卿はどう見る、ロイエンタール中佐」
俺とロイエンタール中佐の問答を見る金髪の男、ミッターマイヤー中佐の瞳にはさも面白そうな色が浮かんでいた。
「小官も同意見です。しかし、もし情報通りの戦力なら、反逆とは言いながらなんともお粗末ですな」
「はは…ミッターマイヤー中佐も同意見かな?」
「はい。ですが反乱を長引かせる訳にはまいりません。小官であればすかさずアントン、ベルタの両司令を両翼から迂回させてクロプシュトック軍の後背を扼します。そうすれば敵は混乱し、士気は落ち、総崩れとなる事うけあいです。更に後背を取ったどちらかの分艦隊を前進させ、クロプシュトック領に進ませればなお宜しいかと」
その観察は正しい。俺が答えようとするとロイエンタール中佐が先に口を開いた。
「卿の意図は神速にして理に叶うがミッターマイヤー、今回ばかりはせっかちと言われかねんぞ」
「何故だロイエンタール、犠牲も少なく一挙に片を付けられると思うが」
「それではノルデン学芸省総務局長の出番が無くなるだろう。ノルデン伯爵とてわざわざここまで征旅たもうたのだ、簡単に両司令が勝敗を決められては手柄を取られたと騒ぎかねまい…違いますかな、大佐」
「…と両名は申しておりますが、参謀長」
「俺に振るな」
そう答えた参謀長も俺と同じ様に笑っていた。
確かな戦術眼を持つミッターマイヤー、それに加えて政治的思考も出来るロイエンタール…この二人は当初アントン、ベルタの両分艦隊に配属されたが、キルヒアイスが別任務で下艦した穴を埋める為に、臨時に艦隊司令部に配置した。キルヒアイスは少佐…人事上まだ少佐のキルヒアイスの穴埋めに両中佐を持ってくるのは行き過ぎではないかとも思ったが、俺としても自分の推薦した者達が本当に推薦に値する実力を備えているのか…実際に自分の目で確かめたいという気持ちもあった。だがそれは、どうやら杞憂に終わった様だ。参謀長もこの会話で彼等の能力を把握した事だろう……何やらオペレータ達がざわついている、何かあったか?
「両分艦隊より通報…右翼アントン分艦隊の四時方向および左翼ベルタ分艦隊の八時方向に熱源感知、距離それぞれおよそ七百光秒…熱源の総量からそれぞれ五千隻程の集団の可能性大、との事です」
両分艦隊からの報告が示す事実は明白だった。どうやら我々は三方向から敵に包囲されつつある。









 

 

第六十五話 トラーバッハ星域の戦い(前)

帝国暦484年6月17日05:30
トラーバッハ星系近傍、銀河帝国軍、討伐艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、艦隊司令部、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 「ノルデン艦隊より連絡、前面の敵艦隊、急速に距離を詰めつつあり!指示を乞う!」
ノルデン艦隊は何をやっているのか、それぐらい自分達の判断で決められないのか……。
「閣下、このままノルデン艦隊を待たせますと敵の圧力で自壊しかねません、戦端を開かせた方が宜しいかと」
参謀長の言葉に伯が深く頷いた。
「無論そのつもりだ。参謀長、ノルデン艦隊に連絡し敵の行き足を止めさせろ。我が本隊も援護する」
「はっ」
参謀長は短く返事をするとミッターマイヤー中佐を呼び、彼の耳元で何か囁いた。
「了解致しました…ノルデン艦隊に向けて発信、前方の敵艦隊を圧迫せよ!」
圧迫か。細かい戦術運動が出来ないと見越しての命令…司令部の意図を理解し、自らの艦隊を手足の様に扱える者なら自由裁量権を得た、と自在にも動けるだろうが…この場合は文字通りの圧迫だろう。
「圧迫とは面白い言い様ですな」
「ノルデン閣下は初陣だ。撃破は難しかろう。我々が正面の敵の後背を取ってこの戦闘を終わらせないと、アントン、ベルタ両提督に負担がかかる」
ロイエンタール中佐からの問いにそう答えた俺は改めて戦況概略図に目をやった。ノルデン艦隊と対峙する敵艦隊、我々の後方のアントン、ベルタ両分艦隊にそれぞれ対峙する敵艦隊…敵の三方向からの分進合撃に対し我々も本隊以外の各戦力で対応している。自由に動けるのは本隊だけ…
「アントン、ベルタ両閣下なら戦線を維持出来るだろう。ノルデン艦隊と協力して正面の敵を撃破した後に後背の敵に向かえば、どちらを叩いても優位に戦える」
「同感です」
「小官も同意します」

 “ノルデン艦隊、攻撃を開始しました!”
オペレータの声が艦橋に響く……しかし統制の取れない攻撃だ。突出する部隊、流されて追従する部隊…
「参謀長、早めに援護せねばノルデン艦隊は統制の取れない集団となってしまいます」
「そうだな…閣下、十時方向に変針、そのまま前進してノルデン艦隊を迂回、敵右翼方向から側面攻撃を加えては如何でしょうか」
「参謀長を是としよう。艦隊前へ」


6月17日6:25
銀河帝国軍、討伐艦隊、旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 ノルデン艦隊と正対していたクロプシュトック艦隊は俺達の本隊に右側面から橫撃を喰らい、惨めな程に混乱していた。掃討戦に移るのは時間の問題と言っていいだろう。早めに切り上げて、アントン、ベルタ両閣下の戦線に加わらねば…俺がこの後の展開を考えているところに近付いて来たのは、ミッターマイヤー中佐だった。
「アントン閣下より通報です。敵はどうやら叛乱軍艦艇の様だと」
「何を当たり前の事を言っておられるのだ、アントン閣下は」
参謀長の口振りにミッターマイヤー中佐は複雑な表情で言葉を続けた。
「いえ、叛乱軍は叛乱軍でも、自由惑星同盟軍と僭称する叛徒どもの艦艇と…」
「何だと」
俺達の会話が聞こえていたのだろう、参謀長の報告を受ける前にヒルデスハイム伯が割り込んできた。
「叛乱…ええい紛らわしい、同盟軍がクロプシュトック軍に手を貸しているというのか」
流石に参謀長も即答は出来ない様だ。考えられない事ではない、だがアムリッツァと此処では距離がありすぎる。アムリッツァが落ちて以来、攻勢を取れない我が軍は哨戒網を厚くする事で奴等に対処している。その哨戒網にかかる事なくこのトラーバッハまで同盟軍が小規模とはいえ艦隊を送り込める事は有り得ない。ましてやイゼルローン遠征軍が先行しているのだ。
「考えられない事ではありません、通商破壊の為の小規模な艦隊かも知れません」
「それは違うだろう参謀長、もしそうであれば他の星域でも似た様な状況が起きている筈だ。トラーバッハだけ通商破壊を行ったとて全く意味がない、こういう事は同時多発的に行った方が効果が上がる筈だ、違うか?」
伯爵の反論を聞いていたロイエンタール、ミッターマイヤーの両中佐が僅かながら驚いた顔をしている。まあそうだろう、俺も伯爵の意外な見識には驚かされたものだ。
「そうでした、申し訳ありません」
参謀長は陳謝したが、参謀長とて本当に通商破壊と思っていた訳ではないだろう。可能性の一つとして答えただけの筈だ。
「謝る必要はない…参謀長、この戦場は早めに切り上げた方がよさそうだな。敵は混乱しているし、相応の損害も与えている…ノルデン艦隊と映像回線を繋げ」
伯の指示にロイエンタールが短く返事をすると、一分ほどで回線が繋がった。

“司令官閣下…効果的な援護、忝ない。何用にございましょう”

「とんでもない、余計な手出しをしてしまったかと悔いておるところだ。私は部下達の救援に向かわねばならぬ。この戦場は卿に任せる。宜しいか」

“承ってございます。我が艦隊の力、とくとご覧あれ”

「頼みましたぞ」

 映像通信が切れると、伯爵が大きな息を吐いた。
「我が艦隊の力か。参謀長、よくて膠着状態というところかな」
「…はっ、敵は混乱状態を脱してはおりません。小官としてはこのまま攻撃を続行したいところですが…」
「ミューゼル大佐、どう思うかね」
「小官も参謀長と同意見でありますが、閣下がノルデン艦隊に点数を稼がせる必要がある、とお考えなのであればそれが宜しいかと思います」
「うむ。攻撃を続行すれば武勲を横取りされた、と言われかねんからな。それに同盟軍の艦隊が組しているとなると、早々に彼奴等を片付けねば帝国領土の混乱は増すばかりになってしまう」
「仰る通りです」
伯爵の考えは派閥次元の、多分に政略的なものだが、確かにノルデン艦隊に功を立てさせないとノルデン伯爵はともかくリッテンハイム侯がいい顔をしないだろう。
紅茶をすすりながら概略図を見ていた伯爵が命令を下す。
「参謀長、艦隊を反転させよ。まずはアントン分艦隊から援護するとしよう」
「はっ…艦隊反転!反転後、艦隊針路を十一時方向に固定!」
それにしても…アントン、ベルタの両分艦隊は本当に同盟軍と戦っているのだろうか。事実なら、いや事実なのだろうが、そうだとすると奴等の意図が見えない。敵陣深く侵入し通商破壊…聞こえはいいが伯爵の言う通り一斉に、多発的に行わねば意味がない。ヤマト・ウィンチェスターやヤン・ウェンリー等を擁する敵の総司令部が、単独での通商破壊などという愚行を前線司令部に許すだろうか。
「参謀長…アントン分艦隊との合流はおよそ三時間後かと思われます。現時刻より一時間ずつ半舷休息のご許可を願います」
「そうだな、敵が同盟軍ともなればこれまでの様にはいくまい。大佐の進言を是とする。閣下、宜しいでしょうか」
「うむ、卿等のよいように。私も少し休ませてもらう」
伯爵が艦橋を去っていく。思わずため息が漏れた。三時間後には分かる、分かる筈だ…。



宇宙暦793年6月13日12:30
アムリッツァ星系、チャンディーガル、シヴァーリク郊外、ホテル・シュバルツバルト、
ヤマト・ウィンチェスター

 「思ったより活気がありますね」
フォーク…あまりキョロキョロするんじゃない、まるでお上りさんだぞ…。そう、同盟領で今一番活気があるのはここだ。ここだけではない、今までイゼルローン前哨宙域と呼ばれていた地域は民間船の航行制限が解かれ、多くの商船が行き来する様になっている。制限は解かれたもののダゴンなどの星系は危険な為、エル・ファシルからアスターテ、ヴァンフリートを経由する一直線の最短航路が設定されている。ヴァンフリートは小惑星だらけで民間船でなくとも危険なのだが、やはり企業や商人達は商魂逞しい。資源採掘の為に数多くの小惑星を運搬し、資源取得と航路啓開を同時に行っている。勿論軍も協力しているが、軍と彼等とではやる気が段違いだった。以前、サイオキシン麻薬事件の舞台となったヴァンフリートⅣ-Ⅱの補給基地跡も軍民、いや官民共同で運営されている。前哨宙域から帝国方面に航行が許可される船舶は、同盟政府の許可を受けた企業所属のものに限られているものの、その企業連から委託された中小の企業も船を出している為、実際は全ての民間船が航行可能な状態だった。
「植民地、いや新領土バブルだな」
「バブル…ってなんです?」
「実際より大きく見える経済活動の事さ。俺もよく分からんが好景気感が多くの投資を生んでまた更に経済活動の規模が大きくなる。それがまた投資を生む…キャゼルヌ少将がいれば上手く説明してくれるだろうが…まあ、今同盟で一番活気があるのは新領土だろうな」

 フォークがなるほど、と頷いている所に、話に入って来たのはカイザーリング氏だった。氏は同盟に降伏後、亡命者として同盟にいたのだが、新領土の統治にその知識が活かされるだろうと思って高等参事官のスタッフとして参加してもらった。
「参事官閣下は経済活動にもお詳しい様ですな。大いに結構な事です」
「いや、歴史上の出来事を参考に口に出してみたまでですよ。如何です、久しぶりの帝国の地は」
「不思議な物です。まさか同盟の人間として帝国領域に足を踏み入れる事になろうとは…閣下、もうここは帝国ではありませんよ。言葉にお気をつけてください」
「ああ、そうでした」
「貴族と言うのは言葉尻を捉えて来るのが上手い。言葉一つ一つに注意なさって下さい」
「意地の悪い評定官の様なものですね、気をつけます」
「なるほど、言い得て妙ですな」
カイザーリング氏は笑った。氏には新領土に存在する元貴族階級の人々の、同盟市民としての地位について知恵を借りている。本来なら俺の仕事じゃないが、面倒臭がって誰もやろうとしない。それで俺にお鉢がまわって来た、という訳だ。
元帝国人との折衝なんてやりたがらないのは分かるけれど、何で俺が…。シトレ親父曰く『軍人ではあるが君も役人には違いがない。無任所で、それなりの地位にいて、話が分かる役人など他にいないのだよ。それに君はトリューニヒト氏のお気に入りだから丁度いい』のだそうだ。好き好んでお気に入りになった訳じゃない…そろそろ隣の部屋に移動するか…。

 「ロボス閣下、入られます。キヲツケ!」
ん?ロボスだと?
ロボス親父の後にぞろぞろと元貴族の連中が続く…しかし何故ロボス親父が……来てしまったものは仕方ない、同席で話を始めるか。ロボス親父に続く彼等は現在は資産家、という立場に置かれている。立場はそのままでもいいのだが、いきなり同盟市民になった彼等の意識がそう変わる訳でもない。が、同盟市民になってもらわねば困る…その話をしに来たのに…
「休みたまえ。久しぶりだな、准将」
「ご無沙汰しております」
「今日はどのような案件かな?」
ロボスめ…。何しに来やがった?
「はっ。現地の統治状況は報告として上がって来ておりますが、文字と通信だけでは分からない事もある、現地に言って見てこいと言われまして…」
「以前もそう言って此処に来たな君は。中央は何か懸念でもあるのか?」
「はい、統治そのものには懸念はありません。ですが、貴族の方々の同盟での立ち位置を政府は気にしている様です」
「やはり懸念があるのではないか…亡命、という形でよいのだろう?」
ロボス親父からすればいい気はしないだろうな、貴族について何も考えてない、と言われたのと同意義だからな…。本来ならこの場にロボス親父は居る必要はない。俺が来た、という事が問題を微妙にしている。俺の事を現地のあら探しに来たシトレ親父の代理人とでも思っているんじゃないだろうか…。
頃合いと見てとったのだろう、ミリアムちゃんとフォークが隣の部屋からティーセットを運んで来た。三段のティースタンドなんてお洒落じゃないか…。
お洒落はともかく、隣の部屋にはヤンさんをはじめとする俺のスタッフ達が控えている。この部屋にはあらかじめカメラとマイクが仕掛けられてあって、会見の様子は隣のスタッフ達も観ているんだ。俺も髪で隠して骨伝導インカムをつけていて、元貴族の面々に対する助言をカイザーリング氏から受けるはず、だったのだが…ロボス親父が居るとなると話は変わってくる。


12:45
同ホテル内、マイケル・ダグラス


 「ヤン大佐…なんでロボス提督が居るんです?」
「私に分かる訳ないだろう、アッテンボロー」
聞く方も聞く方なら、答える方も答える方だぜ…だがこれでは…あの貴族の面々は言いたい事も言えないんじゃないか?
「どう思う、ラップ」
「都合の悪い事を言わせない為じゃないのか?誰にとって都合が悪いかは分からないが。中佐はどう思います?」
「俺達だけだ、ワイドボーンでいい…貴族達がどうこうより、准将の事を疑っている様な気がするんだが」
「それは何故だい、マルコム」
「マルコムはやめろ!…辺境の司令官が国内の六割近い兵力を握ってるんだぞ。ある意味王様みたいなもんだ、何か勘違いしてたっておかしくはないだろう?」

 ヤン大佐はぼんやり、ラップ少佐は明るくて気さく、ワイドボーン中佐は真面目で気難しい。俺の抱いた印象はそれだ。指揮官として、参謀としての顔はまた違うんだろうが…しかしヤマトの奴、なんでパオラを呼んじまったんだ?オットーが切なそうな顔しているの分からねえのか?プライベートはプライベート、任務は任務、信頼出来る人間を集めたんだろうが、こればかりはキツくねえか…。
「何か言い合っているみたいだわ。皆ちゃんと聞きなさい」
皆、はい、じゃないだろう…。パオラの尻に敷かれちまいやがって。カイザーリングのおっさんはクスクス笑ってやがるし全く…。


12:45
同ホテル内、ヤマト・ウィンチェスター

 あまり、角は立てたくないんだがなあ、仕方ない。
「失礼ですが、何故提督がこの場に居られるのですか?小官は、提督のお連れの方々とお話したいのですが…」
「私が居ては不都合かね?」
「不都合はありません。ですが提督の顔色を気にして、お連れの方々が言いたい事も言えない…その様な事になっては小官の任務が果たせません」
「その様な事はない、と私は思うが」
「それは閣下のご存念であって、客観的なものではありません」
「なんだと!」
「彼等は弱者です。弱者は常に強者の顔色を伺う。彼等に本当に同盟に帰属してもらう為には、その様な事はあってはならないと小官は考えております」
「それこそ貴官の存念だろう!」
「小官の考えは統合作戦本部長、国防委員長ならびに人的資源委員長、その他の各委員長が御理解するところであります。更には最高…」
「分かった!私は先に帰る事にする、それでいいか!」
「…重ね重ね失礼をお詫び致します、申し訳ありません」
ロボス親父が勢いよくドアを開けて部屋を出ていく。仕方ない事とはいえ、拙い事を言ってしまった…。深いため息をつく俺を見て、連れの筆頭、ダンネベルグ氏がおずおずと口を開いた。
「いいのか?卿の立場が悪くなるのではないか?」
「いえ、任務ですから。それに提督が居らっしゃっては皆さんがものを言いづらいのは事実ではありませんか?」
「まあ、それはそうだが…」
ダンネベルグの横に居並ぶミュンツァー、バルトバッフェル氏も苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「一旦、休憩しましょう。皆さん空腹ではありませんか?」



6月17日08:35
トラーバッハ星域近傍、銀河帝国軍、討伐艦隊、旗艦ノイエンドルフ
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 アントン閣下から映像通信です、とのオペレータの声が響いた。遮音力場内の映像には、ホッとした面持ちのアントン中将が映っていた。

“お手を煩わせて申し訳ありません、司令官閣下”

「心にも無い事を言うな」

“バレてましたか”

「子供の時分から卿を見ているのだぞ。それより状況はどうだ」

“はっ、一進一退であります。こちらが押し出すと相手は退き、こちらが退くと相手は押して来ます。ですので彼我双方共に損害はそれほどありません”

「それは良かった。報告にあった、敵は叛乱…同盟軍というのは本当なのか」

“はい。ですが、少し妙なのです。同盟軍艦艇には違いがないのですが、艦型が古い物ばかりなのです”

「ほう」

“状況を打開する為に一度急速接近後、単座戦闘艇(ワルキューレ)を展開しました。その際の各艇長からの報告ですので間違いありません。少なくとも二十から三十年前の同盟艦艇である事は間違いありません”

アントン中将の報告を聞いて、伯爵の顔がこちらを向いた。
「同盟軍は艦艇不足なのか?最前線にそんなボロ船を送るなど」
「損耗覚悟で送り込んで来た…いや、それは有り得ません、三十年前ともなると電算機や推進器の性能もかなり違います。失礼を承知で申し上げますが、優位に戦いを進める同盟が、そんな死兵紛いの策を立てる事はありません。何かの間違いでは…」
参謀長の言う通りだった。奇をてらうにも程がある…だが一進一退の説明はつく。艦艇の性能が一段落ちるとなると積極的には戦い辛い。個艦性能の差は集団となった時に顕著に現れる。

「古かろうと敵は敵だ。アントンよ、我々が先行し敵右翼を突く。卿は頃合いを見て正面から攻撃を再開しろ」

“了解いたしました”

通信は切れた。
「参謀長、聞いた通りだ。艦隊速度最大で突っ込むぞ」
「了解致しました…艦隊速度最大!砲門開け!前進!」
参謀長による号令が発せられると、伯爵は腕を組んで口を閉じてしまった。考えている事はこの場にいる全員と一緒だろう。果たして敵は何者なのか。










 

 

第六十六話 トラーバッハ星域の戦い(後)

帝国暦484年6月17日11:15
トラーバッハ星域近傍、銀河帝国軍、討伐艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 敵は我々とアントン分艦隊から攻撃を受けつつも後退を止める事はなかった。ベルタ分艦隊と対峙する敵も同じ様に後退しているという。
「敵の縦深陣に引き込まれている…そんな気がするのだが」
「そうだな、後退した敵の更に後方に敵の本隊が居ても不思議には思わん。ただ…」
「ただ?」
「戦意がないだけかも知れん」
「戦意がないだと?」
「考えてもみろミッターマイヤー、あの連中の後方に敵本隊が居たとする。であればあの連中はベルタ分艦隊と対峙している集団と合流しつつ退く、のが定石とは思わんか。その方がこちらを一網打尽に出来る。それぞれ後退したのではこちらの包囲に時間がかかるし、包囲網も不完全な物になる…そうではないか」
「確かにそうだな。だがロイエンタール、敵は最低でも七個艦隊を擁している。アムリッツァ防衛に三個艦隊程残して、四個艦隊をこちらの撃滅用の遊軍として運用してもおかしくはない。四個艦隊が奴らの後ろに控えているとすれば、包囲網が多少不完全だとしても艦隊運動で補える」
 
 ミッターマイヤー中佐とロイエンタール中佐の暇をもて余した議論は聞いていて楽しかった。楽しいなどと戦闘中に不謹慎ではあると思うのだが、中々に敵の逃げ足が見事なのだ。同盟軍も中々やる。だが本当に同盟軍なのか?老朽艦など国内警備か囮にしか使えないだろうに……待てよ、囮?敵アムリッツァの同盟軍はまずアムリッツァを防衛する事に専念している筈だ。小戦力での通商破壊には意味がない、老朽艦を使ってまで囮を出すなど…こちらを縦深陣に引き込むのではなく戦意がないとすれば…
「ありがとう二人共。中々の議論…いや、意見具申だった」
「いえ、その様な事は…」
ミッターマイヤーが少し照れた様な顔していた。
「貴官等の進言を元に私が進言するが、構わないか」
「はい。手持ちぶさたの会話でしたのでそれは一向に」
「ありがとう。まあ、私も自信がある訳ではないのだが」
伯爵と参謀長に歩み寄る。間に合うか、時既に遅しとなるか…。
「参謀長」
「どうした大佐」
「現在対峙している敵に戦意はありません。敵の意図はノルデン艦隊が戦っている敵集団から我々及びアントン、ベルタ両分艦隊を引き離す事にあると思われます。時間稼ぎです」
「なぜそう思う」

 俺はミッターマイヤー、ロイエンタール両者の会話にヒントを得た推測を話した。まず通商破壊では無いこと、そうであれば哨戒線に引っかかりそこで敵の意図は崩れていた事。
こちらを縦深陣に引摺り込む意図もない。縦深陣に引摺り込んでこちらを撃破するのであれば、更に後方に敵の本隊がいる事になるが、その本隊も哨戒線にかからず侵攻してくる事はあり得ない。同盟軍の目的はまずアムリッツァ防衛にあるのであって、帝国本土奥深くまで侵攻するのが目的ではない。それは現在までの情勢が示している。もし同盟軍が動くとすれば先行するイゼルローン奪還軍の撃破に向かうのが常識的な選択であり、であれば現在対峙している同盟軍らしき艦隊は奪還軍に常に張り付き、アムリッツァの本隊にその行動を知らせると共に呼応して奪還軍を撃滅するであろう。
「ふむ。だが奪還軍と我々が分離したのを知って、こちらの行動を妨害しているのかもしれん。奪還軍は我々が合流してもアムリッツァの同盟軍より少ないのだ。我々の行動を邪魔すれば、同盟軍が先行している奪還軍を撃破する事はより容易になる、そうではないか」
参謀長の反論はもっともだ。だが一つ問題があるのだ。
「参謀長のご意見はご尤もです。ですがそれは眼前の敵が本当に同盟軍だった場合です」
「本当に同盟軍だった場合…だと?」
「はい。あれは同盟軍ではないと小官は考えます」
参謀長だけではなく、伯爵やミッターマイヤー、ロイエンタールも驚いた顔をしている。同盟軍ではないとすれば何なのか、と思うだろう。

 「大佐…同盟軍では無い、と信ずるにたるものがあるのだろう?言ってみたまえ」
伯爵が身を乗り出して来た。信じてもらえるかどうか分からない。証拠もない。だが…。
「今回の事の発端にあります」
「クロプシュトック氏の叛乱の事か?」
「はい。イゼルローン失陥に続きアムリッツァを奪われ帝国は揺れています。そこに皇帝陛下に長年反意を抱くクロプシュトック氏の叛乱…事情を知る者なら当然と考えてもおかしくない流れが出来ています。そして小官の姉でもあるグリューネワルト伯爵夫人を狙うかの様な動き…後者も事情を知る者ならそういう事があってもおかしくはない、と思うでしょう。どちらも事情を知る者…帝国政府および宮廷内を狙った動きです」
「ふむ」
「当然帝国の支配層は揺れます。ですがまずここで不可解な点が一つ出てきます。クロプシュトック氏は何の為に決起したのでしょう?考えられるのは同盟の侵攻につけこみ、畏れながら皇帝陛下を倒す…という事が考えられるでしょうが、クロプシュトック氏は何ら意思表示をしていないのです。現体制への叛乱であれば決起の声明を出すなどして同調者を募るのが常道です。ですがそれもなく叛乱者に仕立て上げられ単独で戦う羽目になっている。替え玉と思われる人間を立て、オーディンの封鎖網も煙に巻いた人物としてはあまりにもお粗末です」
「そうだな」

 伯爵の顔が強ばっていくのが分かる。参謀長やミッターマイヤー達の顔も同様だった。
「そしてベーネミュンデ侯爵夫人がグリューネワルト伯爵夫人を狙うという投書…おそらくこれは陽動に類する陰謀なのかも知れません。オーディンに残したキルヒアイス少佐からも何も言ってきてはおりません。が、陽動としてこれから何か起こるのかもしれません。これはキルヒアイス少佐やフェルナー大尉の捜査に期待するしかありませんが…」
何故俺が残らなかったのだろう、と今となっては悔やまれた。考えたくもないが、もし姉上に何かあったらキルヒアイスは自分を責めるだろうし、俺もキルヒアイスを責めてしまうかもしれない。残っていたのが俺であれば姉上に何か起きても責めるのは自分だけで済む…。
「ですが一つ分かっている事があります。投書の主は侯爵夫人に仕える人間でした。フェザーンの息がかかっている人物です」
フェザーン、というミッターマイヤーの声が聞こえた。すぐに申し訳ありません、と彼は陳謝したが、驚きが隠せないのは皆も一緒だ。
「大佐、卿は宮廷の騒動やこの叛乱の裏にフェザーンがいる、と言うのかね」
「帝国軍が同盟の艦艇を運用する事はありませんし、同盟軍が死兵の様な冒険的運用をするとも思えません。アントン、ベルタ両分艦隊と対峙している艦艇は合わせて一万隻を越えます。アムリッツァから侵攻してきたとすればば主要航路の哨戒線にもかからずにここまで来る事は有り得ませんし、奪還軍の索敵範囲内にも姿を表さない筈がない。帝国内の哨戒線の配置を見ますと、イゼルローン方面は厚くフェザーン方面は皆無に等しい。フェザーン方面からであれば疑われることなくこの星域まで進出出来るでしょう。それに対峙している敵は同盟の艦艇ではありますが単座戦闘艇(ワルキューレ)からの報告によりますと、艦体色は帝国艦艇の物と同じ塗装が施されております。たとえ商船の乗組員に見られたとしても、軍人ではない彼等に見分けはつかない。その様な擬装の施された多数の艦艇を整然と運用出来る能力があるのは、帝国、同盟でなければフェザーン…とはならないでしょうか」
「だがフェザーンには軍事力は……そうか、払い下げられた鹵獲艦艇か。だから古い艦ばかりなのだな」
「はい。払い下げられた鹵獲艦艇があれ程存在するのも驚きですが、運用する要員は同盟、帝国問わず退役軍人や宇宙海賊達など事欠きません。まともに戦わなくてもいい、となれば簡単に雇えるでしょう。大人数を雇用しなくても、その程度の艦隊運用なら無人艦制御で充分ですし老朽艦でもこなせます」
「しかし、何故フェザーンと思ったのだ?」
「彼等の立場を考えてみたのです。フェザーンが軍事情報を自己の利益の為に使っているのは今に始まった事ではありません。帝国、同盟を良いように戦わせそれによって両者の均衡保たせている節があります。しかし同盟の帝国侵攻を事前に知り得なかった事で、帝国政府からは疑念を抱かれています。だから帝国に有利な情報を流さねばならないが、同盟が磐石で付け入る隙がない、となれば、フェザーンが目を向けるのは帝国内だと思ったのです。同盟が帝国内で謀略をしかけるのは難しい。となれば帝国内で何か起こればその裏にはフェザーンが…という事になります。帝国内で鎮圧出来る程度の内乱を起こし、戦費調達の為の国債の買い付けや星間輸送など経済的に帝国を助ける…無論建前上は帝国の自治領ですから、条件は帝国に有利な物になるでしょう。ですが長期的に見ればフェザーン資本をますます食い込ませ、帝国を経済面から支配する端緒を築く事が出来る…。ただ帝国に協力するのでは旨味がないでしょうから」
誰も反論する者は居なかった。第一、証拠がある話ではないし、反論しようにもその反論にすら証拠がないのだ。貴族達、というのも考えられない話ではない。だがその場合、ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムの両巨頭が絡まずに進む話ではない。もし両巨頭が絡んでいたとしたら、我々やノルデン伯爵をスケープゴートにした事になるがその場合、軍を敵にまわしかねない。国内問題である以上そこまでの危険を両巨頭が犯す筈はない。となると両巨頭を絡めずに進める事になるが、となると知恵を借りるのは…やはりフェザーンという事になるだろう。
「…クロプシュトック氏はその餌食になったという事か。まさか…氏は既に死んでいるのではなかろうな。参謀長、アントンとベルタを呼び出せ。大佐の推測を聞かせた後、方針を決める」

 二分程経った後、遮音力場の中にアントン、ベルタ両名との映像通信が繋がった。

“閣下、どうかなさいましたか”

「うむ。ミューゼル大佐の話を聞いて欲しくてな。大佐、いいぞ」
俺が先程の推論を話し始めると、黙って話を聞く二人の顔が戸惑いから驚きへ、そして強ばっていくのが見てとれた。

“まさか、いや、有り得ない話じゃないな。どう思う、ベルタ”

“マッチポンプの為にフェザーンがそこまでやるとは…だがそれなら敵が一世代前の物もあるような老朽艦ばかりなのも説明がつくし…閣下はどうお考えなのです?”

「大佐の推論が正しければ我々の敵はノルデン艦隊が戦っている敵だけ、となる。卿等の敵が誰かに雇われた者達で、戦意がないのなら、クロプシュトック艦隊が撃破されたのが分かれば退いていくだろう。様子を見る。卿等は現状で固定、我々は再度反転しノルデン艦隊を援護する。ノルデン艦隊からは何の連絡もないのでな、勝っているとも思えんし、大言壮語した手前、援軍を頼みづらいのかもしれん…どうだろうか」

“敵に戦意がないとすればそれで宜しいかと。我々も無理する必要はありませんし”

“御意に沿います”

「ではアントン分艦隊は我々の転進を援護してくれ。ベルタ分艦隊は現位置で停止、後は監視に努めよ。その他の細かい点は二人に任せる」

“了解致しました”

“御意”

通信は切れた。これではっきりするだろう…。
「参謀長、聞いた通りだ。後の指示は任せる」
「はっ!…艦隊速度微速で後退、その後反転、ノルデン艦隊の救援に向かう!…閣下、ミューゼル大佐の推測通りだった場合ですが…」
「…どちらにせよ現時点では確かめようがない。今は戦闘に集中するとしよう」
「はっ!…針路固定後、各部署毎に半舷休息とせよ。二時間ずつだ」
参謀長の指示をロイエンタールがオペレータ達に伝える。しばらくすると伯爵と参謀長が休息に入るために艦橋を離れ、司令部で残るのは俺とミッターマイヤー、ロイエンタールの三人だけになった。
「いやはや、見事な推論ですな、小官もかくありたいものです。まさかフェザーンが出て来るとは」
「私も自信は無いのだ。だが…」
「いや、大佐の推測が正しいでしょう。事実は小説より奇なり、と申しますからな。それに…」
「それに?」
「フェザーンならやりかねないと皆が思っている事の方が大事でしょう。国内の貴族の方々を疑うより傷は少ない。違いますかな?」
「…確かに」
「大佐も休まれては如何です、二時間程なら我々二人で充分です。何かあればすぐにお呼びします」
「…そうか、済まないな。ではお言葉に甘えるとしようか」


6月17日11:35
銀河帝国軍、討伐艦隊、旗艦ノイエンドルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 艦橋を後にするミューゼル大佐を敬礼しつつ見送ると、ふう、とロイエンタールが息を吐いた。
「やはり、ただの寵姫の弟ではないな、あれは」
「そうだな、あそこまでの推測は誰も出来んだろう。俺達の会話をヒントにしたと言うが、どうやったらフェザーンが出て来るんだ?しかも理路整然としている。皆まさかとは思いつつも反論出来ない」
「スカートの下の儒子、金髪の嬬子か…何が儒子なものか、あれは虎だな」
「虎だと?」
「そう、有能な虎…いや、金髪の獅子だ。貴族の艦隊と不貞腐れては居れんぞ。この先面白くなりそうだ。そうは思わないか、ミッターマイヤー」
そう言うロイエンタールの色の違う両眼には興奮の色があった。まだワインは飲んでいない筈だが…確かに退屈はしなくて済みそうだ。
「確かにそうだが、それよりちゃんと生かしたままオーディンに連れて帰ってくれそうな指揮官と上官で良かったよ。エヴァを一人にする訳にもいかんしな。貴族の指揮官にしてはまとも、というのは本当のようだ」
「確かにな。参謀長や大佐に助けられているだけの門閥貴族、と思っていたが、そうでは無さそうだな」
「おいおい、卿だって貴族のはしくれだろう?」
「貴族としての格は天と地程の差があるさ。だからこそ珍しいんだ、分かるだろう?」
「まあな」
「この先どうなるか、見物だな」
「ノルデン艦隊と合流した後か?」
「いや、あの獅子殿の将来が、だ」
やれやれ、ロイエンタールに着いていくしか無さそうだな……。


6月19日11:00
トラーバッハ星域近傍、銀河帝国軍、討伐艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 我々がノルデン艦隊の救援に駆けつけた時には、逆にノルデン艦隊の方が押されていた。最初の我々の攻撃で壊走寸前に見えたのは、どうやら擬態だったらしい。ノルデン伯爵も大言壮語した手前、救援を求めるのを躊躇っていたようだ。死んだら面子もへったくれもないと思うのだが、どうやら彼等はそうではないらしい。
戦場到着後、半日かけてクロプシュトック艦隊を殲滅、ノルデン艦隊にクロプシュトック領の処理を任せ、我々は反転再度アントン、ベルタ両分艦隊と合流した。我々の合流を見てとった敵は予想通り退却を始めた。当初から追撃は考えていなかったし、その余裕もなかった。早急に奪還軍と合流しなければならないのだ。撤退する所属不明の艦隊については宇宙艦隊司令部を通じてフェザーン方面に警報を発する事になった。発見すればオーディンに残るミュッケンベルガーが対処する事になるが…だが、あの所属不明の艦隊が発見される事はないだろう。我々の前に現れた時も、誰にも発見されていないのだ。気が重く、不思議な戦いだった。次に戦う相手はこのようなまやかしではなく本物の敵だ。同盟軍七個艦隊。そしてあの男達が待ち受けている事だろう。ヤマト・ウィンチェスター、ヤン・ウェンリー…奴等に勝てるだろうか…いや、勝たなくてはならない。いずれ、俺が宇宙を手に入れる為に…。






 

 

第六十七話 箱の中の腐った林檎

宇宙暦793年6月13日13:30
アムリッツァ星系、チャンディーガル、シヴァーリク郊外、
ホテル・シュヴァルツバルト、
ヤマト・ウィンチェスター

 しかし…なんで俺がこんな事しなきゃならん?
事前の資料ではロボス親父の施政には特に問題は見られない。用地の買収、インフラの開発、農業品の生産力向上の為のプラント設置、鉱物資源の生産、消費財の生産…施政そのものには問題はない。だが…。
「我々はいわば敗残者です、勝者に抗う力はありません。我々の資産は減りましたが、領民…市民生活は守られています」
ダンネベルク氏が嘆息した。

 確かに軍政は順調だ。配給制を敷いている訳ではないし、市民生活も占領前と多分変わらないだろう、いたって平穏だ。だがそれは目の前の在地領主の善政の結果としてであって、ロボス親父の軍政の結果ではない。
話を聞いていくと驚くべき事に、貴族達から買い上げた物の対価は一部しか払われていなかった。現状では新領土で得た物は言わば同盟軍が強引に接収する形に近い。接収された資源や土地などの資産は同盟軍が改めてそれを進出してきた企業に売却する。新領土の市民から何かを供出させている訳ではないから、市民に無理を強いている訳ではない。だが…。
「今すぐ是正致します。少し時間はかかるかもしれませんが、これまで払われていない分についても手続きを行います」
居並ぶ皆がホッとした顔をする。驚いた。ホントに驚いた。そりゃあ沢山の企業が進出したがる訳だ。ロボス親父にお願いすれば、新領土では資源はタダ同然…ん?ロボス親父にお願いすれば…??
改めて手元の資料を見直す。ふうむ…貴族達の話と色々と違う所がある…。
「ちょっと失礼…カヴァッリ中佐、ローザス少尉、こちらへ来てくれ」
耳のインカムをコツンと叩いて、隣室からパオラとミリアムちゃんを呼んだ。
「入ります。何か、ありましたか」
「中佐、二人で皆さんのお相手をしていてくれ。少し席を外す」
「了解しました」
呼ばれた二人も含め部屋の皆が怪訝そうな顔で俺を見るが、気にしてはいられない。俺だけじゃ駄目だな、オットーとマイクを連れて行こう。
急いで隣室に戻ると、こっちでも皆が怪訝な顔で俺を見る。その筆頭はワイドボーンだ。
「高等参事官、どうかなさいましたか」
「中佐、皆を連れて…隣の皆も連れて、一緒にホテルを出てくれないか。急いで、さりげなく、目立たない様に」
「…了解致しました。ですが、指揮はヤン大佐ではなく小官で宜しいのですか?」
「…ヤン大佐はエル・ファシル以来、光秒以下の出来事については対処出来ない様になってしまったんだ。だから中佐、宜しく頼む。オットーとマイクは俺と一緒に来い」
何か言いたげなヤンさんの相手をしている暇はなかった。これならロボス親父に居てもらった方がマシだった。
「中佐、合流は宇宙港、我々のシャトルだ」
「了解致しました、中々急を要するみたいですな。では」
有能な軍人は話が早い。余計な事は聞いて来ないから助かる…。

 三分後、俺のチームとワイドボーンのチームはそれぞれの地上車に乗っていた。
「一体どうしたんだよ、ヤマト」
ホテルを離れるまでは黙って居た方がいい、とでも気を使ってくれたんだろう、地上車に乗り込んだ途端オットーが移動の訳を聞いてきた。マイクは地上車の運転に集中している。
「ちょっと、危険かもと思ったんでね。オットーはロボス提督をどう思う?ビュコック提督の副官時代、俺よりは顔を合わせる機会はあっただろう?」
「どう思うって…分からないな。表面的なものならいくらでも言えるが。そういう上っ面な事を聞きたいんじゃないんだろう?」
「じゃあ…ロボス提督は汚職をやっていると思うか?」
「金に汚いイメージはないな。まさか、やっているのか?」
「まだ分からん、だからこれからそれを調べるんだ」
「だからシャトル、艦に戻るのか」
おかしいな、と思ったのはロボス親父が怒って出ていった時だ。

~ですが提督の顔色を気にして、お連れの方々が言いたい事も言えない~

そう言ったら本当に怒っていた。何か悪いことしてるだろう?そう思って言った訳じゃない。ダンネベルク氏やミュンツァー氏達は被征服者の立場にある。征服者の頭目、ロボス親父がいたら言いにくい事もあるだろう…と単純にそう思って言っただけだ。まさか…。



14:35
チャンディーガル宇宙港、自由惑星同盟軍専用区画、シャトル発着ロビー
ヤマト・ウィンチェスター

 軍専用区画の発着ロビーには既にワイドボーン達が到着していた。彼以外は既にシャトルに乗り込んで待機しているという。ちゃんと貴族達も連れ出した様だ。貴族達はびっくりしてるだろうな、訳も言われずいきなり宇宙港なのだから。
「ご無事でしたか。何か急を悟られたのでしょうが、無事で本当に何よりです」
返事をしようとすると、そうも行かないみたいだぜ、とマイクが小声でささやくのが聞こえた。マイクはブラスターを抜いて射撃姿勢をとっている。遅れる事数秒、オットーもそれに続く。

”抵抗するな。我々はアムリッツァ駐留艦隊司令部付、野戦憲兵隊である。大人しく従ってくれれば危害は加えない。動くな”

そう言う拡声マイクの声のする方を見ると、完全武装の装甲服を着た野戦憲兵隊が二十人程、こちらにブラスターライフルを向けていた。彼らによって発着ロビーの出入り口は完全に押さえられてしまっている。
「我々は統合作戦本部高等参事官の視察団だ!何の故あって我々を拘束しようとするのか!部隊指揮官は前に出ろ!」
今まで一度も聞いたことのないマイクの野太い声だった。そうだ、既にマイクは歴戦の装甲兵指揮官だったな…。
「ヤマト…早くシャトルの中に入れ。此処は俺とオットーで時間を稼ぐ」
「えっ、俺も!?……仕方ない、ヤマト、マイクの言う通りにしろ。シャトルの中から上空のガットマン中佐に連絡しろ。統合作戦本部につないでもらうんだ」




14:40
アムリッツァ星系、チャンディーガル第二衛星軌道上、第七十二繫留ステーション、
自由惑星同盟軍、戦艦ケンタウリ、
トニー・ガットマン


 艦長就任初めての任務が、かつての部下の送迎とはね。しかも専用艦と来たもんだ。まあ死ぬ心配は無さそうだし、数年務めあげれば大佐って階級も見えて来る…ん?
「艦長、チャンディーガルの高等参事官より通信です」
「ん。繋いでくれ」

”艦長、統合作戦本部長に超光速通信(F T L)を。至急願います”

「直接ですか?それは…」

”訳は後で話します。中継してシャトルに繋いでください、急いで!”




15:30

チャンディーガル宇宙港、自由惑星同盟軍専用区画、シャトル発着ロビー、
ヤマト・ウィンチェスター


 何とか宇宙空間には出ずに済んだ。駐留艦隊司令部付野戦憲兵隊なる連中は、ロボス提督直接指揮下の駐留艦隊司令部特別陸戦隊によって拘束されていた。一時間近くも睨み合いが続き、撃ち合いにはならずに済んだものの、オットーはヘトヘトになっていた。
「死んだかと思ったぜ全く」
「一応同盟領で、地に足をつけて死ねるんだぜ。ありがたい事さ」
「お前な…」
対するマイクは何事もなかったかの様にケロっとしていた。
「皆、大丈夫か。怪我はないかね」
そう言うとロボス提督は深々と頭を下げた。
「お顔をお上げ下さい、提督。我々は提督に何ら含むところはありません」
「そう言って貰えると助かる。だが、原因は私にある。本当に済まなかった」
再び提督は頭を下げたが、その顔は心なしか青ざめているように見える。陸戦隊を連れて宇宙港を去る元帥の肩は…もうよそう。



6月14日18:00
チャンディーガル、シヴァーリク郊外、
ホテル・シュヴァルツバルト、
ヤマト・ウィンチェスター

 「しかしアレだな、ロボス提督はただの災難じゃないか。部下の罪を被る事になるんだろう?」
子羊のカツレツをワインで流し込みながら、アッテンさんのぼやきが続いている。災難と言いながら顔は全く災難なんて思っていなさそうな所がアッテンさんらしい。
「当然実行犯達も軍法会議ですよ。ですが監督不行届、って事になるんでしょうね。我々も拘束されかけましたからね、実行犯達には重罪を課して欲しいものです」
隣のテーブルのアッテンさんやオットーの話を聴きながら、事態の重さに辟易している自分がいる。少しずつではあるが事件の輪郭が見えてきていた。一部の補給担当の士官達が行った事だった。そして、野戦憲兵隊なる部隊を派遣して俺達を拘束しようとしたのも彼等だった。俺達の事を視察団ではなく監察団だと怯えていたようだった。

 ロボス提督の名前を使えば何でも出来る事に気付いた彼等は貴族達の資産ー特に採掘された鉱物資源や特産品ーを横領し、それを企業に低価格で売却していた。当然企業から見返りは発生するが、タダ同然で手に入る大量の資源の前には、悪徳士官への賄賂など安いものだ。そして書類には提督のサインがあるから誰も不審には思わない。二重に帳簿が作られ、売却利益は不正を行っている補給士官の懐に入る。貴族の話を聞いて不正が行われていると感じた俺は、身の安全を確保した上でシトレ親父に連絡を取った。まあ、間一髪だった訳だが…。
「単価は安くても、量が量だから懐を潤すには充分な金額になりますね」
オットーも呆れ顔だ。
「しかも貴族達に払われる筈の金は帳簿上払われている事になっている。この金は軍や通商委員会の特別会計予算から出ているんだが、一部しか払われていないとなると、裏金としてプールされているんだろうな。軍だけではなく他の委員会にも不正の協力者がいると見て間違いない。此処のトップはロボス提督だから、そいつらの監督責任まで提督が被る羽目になる…とんでもない事になるぞこれは」
一人だけ食後の紅茶を啜っているヤンさんが会話に交ざるとラップさんが意外な顔をした。
「お前さんはこの手の話に疎いと思っていたが…」
「私も金で苦労したクチなんでね。金があれば軍人にはなっていなかったし、いち市民としては税金がちゃんと運用されているか気にもなるさ」
「全くその通りだな。だが、これでお前さんの嫌いなトリューニヒト氏の株が上がる事になるな」
「…トリューニヒト氏が真っ当に職務に精励しているなら問題ないよ、ラップ。まあ、気には入らないけどね」
ヤンさんとラップさんは肩をすくめて苦笑している。まあ…ヤンさんのトリューニヒト嫌いはともかく、今回の件で奴の株が上がるのは間違いない。だが、上げ方が問題だ。公表するのか、隠蔽するのか。

 「閣下、ケンタウリから緊急電が入っております」
個人携帯端末(スマートフォン)が着信を伝える。端末の画面に映っているのはフォークだった。
「緊急電?」
「はい、国防委員長からの通信があったそうです。艦長は一度艦に戻ってはいただけないか、と申されて居りました。シャトルの準備は整っております」
将官は忙しいな、と囃すマイクの声は放っとくとして…何かあったのか??ローザス少尉が急いで残りのステーキをぱくついている…そんなに焦らなくても…。


18:45
同ホテル、ヤン・ウェンリー

 ウィンチェスターはローザス少尉と共に戦艦ケンタウリに戻って行った。となると残留組の中では私が最上位となる訳だが…何をしたらいいものか。
「先輩、何を難しい顔してるんです?」
「いやねアッテンボロー、こういう場合は何をしてればいいのかと思ってね」
「決まってるじゃないですか」
アッテンボローは笑って手を口に持っていく。
「しかし勤務中だろう?いろいろあったが、こういう視察とかの類いは時間の括りがどうも解らなくてね」
「もう勤務時間は終わってますよ。今、先輩は最上位者です。デンと構えていればいいんですよ。では、乾杯」
「払いは誰持ちなんだ?」
「高等参事官殿に決まってるじゃないですか」
「お前さんね…」

 仕方ない、私が払うか…。しかし、ワイドボーン達はどこに行ったんだ?
「ああ、ホテルに居ても息が詰まるからって、市街地に繰り出しましたよ」
…そんな事、許可した覚えはないんだが……。
「市街地ねえ。ここの街に詳しくなる時間なんてあったか?」
「詳しくなくても、寄港地気分でいいじゃないですか」
乾杯、と言いながらアッテンボローは手にしたグラスを一気にあおる。
「お前さんは行かなくてよかったのかい」
「先輩が一人ぼっちになっちゃうじゃないですか。先輩を一人になんてしたら、たとえホテルの中でも迷子になりかねない」
「あのな、他の人が聞いたらヤン・ウェンリーという男はよほどの無能力者と勘違いするんじゃないのか」
「そんな事はありませんよ。ただ、ウィンチェスター…高等参事官も仰ってたじゃないですか。先輩は光秒以下は役に立たないって」
アッテンボローはとんでもない事を言いながら私のグラスに二杯目を注いだ。憮然とする私を見ながら、アッテンボローは言葉を続けた。
「実際、どうなんです?」
「実際?何の事だい?」
「おそらく、今回の件で我々は昇進するんじゃないですか?そしたら、高等参事官は少将、先輩は准将ですよ。私は中佐に、ワイドボーン先輩、マイクやオットーも大佐、フォークやスールですら少佐だ」
「そうだね」
「呑気ですね先輩は。次は准将なんですよ?どこぞの分艦隊司令になるかも知れない」
「ぇえ?私はそんな器じゃないさ」
「先輩本人がそう思っていても、そうなる事だって有り得る話です。光秒以下は役に立たない…分艦隊司令は光秒以上の事を扱います」
認めたくないがアッテンボローの言う事にも一理ある。前線の不正を暴いたのだ。それに暴いた本人は統合作戦本部長や国防委員長の信頼も厚い。ウィンチェスターや我々はは確実に昇進するだろう。特に国防委員長トリューニヒト氏は自らの手腕を褒め称える意味でも我々を昇進させるだろう。もう少し、アッテンボローの意見を聞いてみたくなった。

 「しかしだ、お前さんの言う様に我々も昇進するかな?」
「しない訳がないでしょう?表向きは高等参事官のスタッフですよ我々は。参事官だけ昇進させて、そのスタッフを昇進させない訳がない。今回の事はそれほどのインパクトがあります」
「たかが、といってはなんだが、不正を暴いただけでそんなにインパクトがあるのかい?」
自分で訪ねておいて、アッテンボローがジャーナリスト志望だったのを思い出した。彼はまたグラスの中身を一気に空にすると、身を乗り出して目を細めた。
「建国以来の同盟最年少の准将が、前線をまとめる宇宙艦隊司令長官、ロボス元帥の不正を暴いた…しかもその准将は英雄、国防委員長と統合作戦本部長の秘蔵っ子だ。マスコミの中では既にシトレ元帥とロボス元帥の対立図式が出来上がってるんですよ。彼等ががどう書くか、簡単に予想がつきますよ。こぞって煽り立てるでしょうね」
アッテンボローの目は輝いていた。
「不正を暴いた事が予期しない物でもかい?」
「ええ。論調としては不正を調査するために准将が派遣された、という風に書かれるでしょう。彼等も食わなきゃいけない、市民の興味を引く様な記事にして部数や視聴率を稼ぐのは当たり前です。しかもこの場合そう書いても事実とはそう遠くない」
「…お前さん、ジャーナリスト志望だったな。ジャーナリストじゃなくても政治家でもやっていけそうだ」
「そうですか?」
「政治家、というより革命家、かな。お前さんに煽動された義憤混じりの市民が時の政府を倒すのさ」
「面白そうですね、それ。そうなったら時の政府首班はトリューニヒト氏あたりか…しかしトリューニヒト氏なら今回の件、最大限に利用するでしょうね。となるとますます准将や我々の昇進は確実です」
私はともかく、皆昇進が嬉しくない筈がない。士官学校出身者なら、皆一度は統合作戦本部長や宇宙艦隊司令長官を目指すのだ。しかし今回昇進するとしてもそれは政争に巻き込まれた結果ではないのか。ウィンチェスターはともかく、我々は功績らしい功績は立てていないのだ。ウィンチェスターはどう思っているんだろうか…。

 

 

第六十八話 前線指揮

宇宙歴793年6月26日13:00
チャンディーガル、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留艦隊司令部庁舎
ヤマト・ウィンチェスター

 「では、小官以下視察団はこれよりハイネセンへ帰投致します」
「ご苦労だった、准将。済まないが、一度イゼルローンに寄ってくれないか」
「了解致しました」
イゼルローン要塞指令官、ルーカス大将のとの通信はあっさりと終わった。ロボス元帥は既に軍法会議出廷の為にハイネセンに向かっているので、イゼルローンからアムリッツァにかけて存在する同盟軍人の中ではルーカス大将が最上位者だ。ルーカス大将…原作には出てこない人物だから、よく知らないんだよな。まあ原作に出て来ない人が居ても全く不自然じゃないんだが、為人がわからないのはちょっと困る。シトレ親父の話だと、冷静沈着だが物事を常に懐疑的に見る人、という事だけど、あまり話した事もないからよく分からん。

 当然というか案の定というか、ハイネセンでは軍部を非難する声が挙がっているらしい。だが意外にもロボス元帥を非難する声は小さい様で、非難の矛先は不正を働いた補給士官達へ向いている様だった。ロボス元帥は管理責任はあるものの、利用された悲劇の人物、という事になっているらしい。同じ様にアムリッツァの貴族達に対しても同情論が強いという。元々彼らは門閥貴族ではないし、搾取される側、というイメージが同盟内でも強い。
「トリューニヒト氏のおかげ、だそうだ。向かう所敵無しだな」
手持ちぶさたにペンをくるくると回しながら、オットーがそう言った。
「ペン…?何を書いているんだ?」
「レポートだよ。PCで清書する前にさ」
「レポート?何の」
「今回の視察のレポートさ。ワイドボーン中佐に言われたんだ。それぞれ思う所を提出しろって」
「じゃあ…マイクや他の皆もレポート書いてるのか?」
「そうだよ。俺達は内々だけど、お前はシトレ本部長に報告書出さなきゃいけないと思うけどな」
「あ」
「准将閣下…しっかりしてくれ」
再びオットーはペンをくるくる回し出した。

 報告書か…何書きゃいいんだ?オットーから何枚か紙を分けてもらおう。
……今回の不正の一件は同盟市民の政府および軍部への信頼を著しく損なうものではあるものの、想定外の状況とは言えない。許してはならないが、組織が存在する以上、不正を行う者が出現するのは過去の事例を見ても必然である事は否めない。寧ろ建国史上初の帝国領への進駐という事態に対し、安易に軍司令官に対し現地の施政権を行使させた事に問題がある。施政権の行使に関しては軍最高幹部といえども素人であり、それを補佐する専門家の存在が不可欠である。現状では政府各委員会から下位カテゴリーの行政官は派遣されているが、彼等の権限は助言のレベルに留まっており、一定の決定権を付与された専門家はおらず、全ての決定権は現地司令官にある。現地軍司令官の最高位者は施政官として最高評議会議長より任命されている為、表面上は文民統制の枠内だが、現地レベルでみた場合、決定者が軍司令官である現状は文民統制の捻れ現象を引き起こしている。これは早急に解決せねばならない。一方、上記の不正事案の他は現地の統治に齟齬は見られない。これに関しては帝国時代から現地を統治する貴族達の功績が大である。彼等を行政官として同盟政府に帰属させ、現地行政を施行させた方がよいと思われる……。出だしはこんな感じか?

 「おお…早えな」
「何が」
「それ、今考えた事だろ?」
「まあね」
オットーはペンを口に咥えて天井を見ている。
「なるべくしてその立場に居る、って気がするよ。お前に関しては」
なるべくしてその立場、か…。大抵の事を知っている人間が組織に入れば、まあそうなるよな…。言ってしまえばもうこの世界は俺だけの銀英伝なんだもんな。それだけに周囲の人達に対しては人生を、運命を変えてしまった責任がある…。
お互いにペンを走らせる音だけが聞こえる。急にドアが開いたのはその時だった。部屋の入口にはワイドボーンが緊張した面持ちで立っている。
「こちらでしたか…。中央指揮所会議室にて各艦隊司令官がお待ちです。お急ぎ下さい」
……は??



13:30
同所、中央指揮所、会議室
ヤマト・ウィンチェスター

 中央指揮所に隣接する会議室に居並ぶのは、第一、第二、第三、第六、第七、第九の各艦隊司令官達だ。ロボス元帥は直卒兵力五千隻と共にハイネセンへ向かっているから、現地の最高司令官には暫定的に先任の第九艦隊司令官コーネフ中将が充てられている。十二艦隊ボロディン提督が居ないところを見ると、十二艦隊は定期哨戒の任務中なのだろう。
挨拶をする暇も無いまま会議室に入るなり着席を促され、言われるままに席に着いた。俺に続いてワイドボーンとオットーも入室を許された。
「移動前に済まないな、ウィンチェスター准将」
「いえ…コーネフ提督、何かご用がおありですか」
「哨戒任務中のボロディン提督から通報があった。フォルゲン星系宙域に帝国艦隊らしい存在を確認したそうだ。およそ五万隻らしい」
「五万隻、ですか」
「そうだ。ボロディン提督は艦隊を二分し、ボーデン、フォルゲン星系にて哨戒を行っていた。両宙域とも、此処に隣接する宙域だ」
「ボーデンには敵は居ないのですか?」
「今のところは。だがボーデンに敵が現れた場合、こちらは両宙域から挟み撃ちされてしまう」
「そうですね。大変な事態になります」
よく落ち着いていられるな、と言わんばかりのコーネフ中将の顔がおかしかったが、笑い出す訳にもいかない。
「困ったことに現在ロボス閣下は居られない。当然宇宙艦隊司令部も存在しない」
中将は、余計な事をしてくれた、と言わんばかりの顔をした。
「貴官を責めている訳ではない。一部の不心得者達のせいだ。だが、実際に困った事になっている」
コーネフ中将の言う事は尤もな話だった。確かにコーネフ中将は艦隊司令官の中では最先任の中将だから、指揮を任されるのも分かる。だがそれは彼が望んだ結果ではない。戦闘の全権を任されている訳ではないし、たとえ任されたとしても、いち艦隊司令官がいきなり七個艦隊の統率を任されるのだ。艦隊司令官だからといってそれ以上の統帥が可能か、という事は別の話になる。
「ロボス司令長官は現在その職能を一時的に停止させられている。イゼルローンのルーカス大将、ウランフ提督にアムリッツァ駐留部隊の指揮をお願いしたが、やんわりと断られた」
断られた…?
「そうなのだ。前線からの要請だけで自分の権限を逸脱する事は出来ない、そう仰っておられた。現在はシトレ本部長のご判断を待っているところだ」
何を悠長な……とは言えない。前線の司令官が自分達の判断だけであれこれやり始めたら指揮系統はめちゃくちゃになってしまう。ルーカス大将の言う事は尤もな話だ。
「ボロディン提督…十二艦隊はなんと言ってきているのですか?」
「ボーデン宙域から戦力をフォルゲン宙域に呼び寄せて監視体勢を強化すると言っている。まあ、一部はボーデンに残すそうだが。当然我々も各艦隊に出動待機命令を出してある」
「帝国軍には動きはないのですか?」
「現状では動きは無いらしい」
呼び入れられた当番兵が、会議室の皆に珈琲を給仕し始めた。状況は判った。だけど何で俺が呼ばれたんだ?俺に何か口出す権利も権限も無いんだが…。珈琲が行き渡って当番兵が出て行くと、自然と小休憩の様な形になり、皆が思い思いに雑談を始めた。
 
 「ワイドボーン、どう思う?」
「そうですね…皆腹案はあってもそれが受け入れられるとは限らない、部外者…高等参事官の意見が聞きたい…そんな所ではないですか。第一艦隊司令官のクブルスリー提督とは宇宙艦隊司令部勤務の時にご一緒されていたのではないですか?」
ふとクブルスリー提督を見ると済まなそうな顔をされた。ワイドボーンの言っている事が正解らしい。オブザーバー役という訳か…。

 会議室にドアをノックする音が響き、失礼しますという声と共に通信士官がコーネフ提督の元に駆け寄って行く。通信士官が出て行くと、コーネフ提督が皆に声をかけた。
「皆、聞いてくれ」
コーネフ提督の呼び掛けに皆、居ずまいを正す。
「国防委員長命令だ。まだ内示だがルーカス大将が一時的に宇宙艦隊司令長官代理となられる。イゼルローン要塞司令官はウランフ大将が代理として兼任する。全般の統制はルーカス司令長官代理が行われるが、宇宙艦隊司令部の要員には臨時に高等参事官以下のアムリッツァ視察団を充てる。ウィンチェスター准将以下のスタッフは今手が空いているし、准将の能力は皆が知るところだ。それに長官代理が来られるまで何もしない訳にもいかない。この件はシトレ本部長も了承されているそうだ。正式な命令書はイゼルローン経由で届く」
会議室がざわつき始めた。一番ざわつきたいのは俺なんだが……。イゼルローン要塞や要塞駐留艦隊にだって司令部要員は居るだろうに。長官代理とて当然スタッフを連れてくるのだろうが…。皆責任を取りたくないのに違いない。再びドアがノックされ、先程の通信士官が入って来た。通信士官はルーカス提督の耳元で何か囁くと、逃げる様に出て行った。
「ルーカス司令長官代理からだ。基本方針として戦線維持および迎撃に徹せよ。兵力の戦術的運用については現地任命の宇宙艦隊司令部スタッフと各艦隊司令部とで調整せよとの事だ」
ざわつく声が大きくなっていく。艦隊司令官は宇宙艦隊司令部の命令無しに勝手に動く事は無い。現地のスタッフ、つまり俺と調整しろという事は、俺の言う事は司令長官代理の命令と等しいと言う事になる。丸投げだ、丸投げ!

 「急な事で済まないが准将、よろしく頼む」
コーネフ提督はじめ諸提督が頭を下げた。あんたら気概は無いんか!俺は准将なんだぞ?形式としては宇宙艦隊司令長官が直卒する形だけど、実際に指示を出すのは俺なんだぞ?それにだ、指示を出す俺の身にもなってくれよ、上位者からの反感や妬みを買うのは真っ平御免なんだよ…。
「高等参事官…これは、出来レースじゃないですか?」
オットーが提督達を見ながら呟いた。ワイドボーンも頷いている。
「出来レース…?そうか、そうだろうな」
普通に考えれば、たとえ国防委員長命令とはいえ下位の俺の指示など聞きたくもない筈だ…だが誰も反感やそういった類いの負の感情を表面上は出す事もなく、命令を粛々と受け入れている。誰もホイヘンス中将の轍を踏みたく無いのだ。彼は命令不服従を犯した。帝国軍は撃退しなくてはならないが、独断専行と言われる様な事は避けたい。かと言って動かなければ戦意不足などと言われかねない。だが上級司令部は不在…。七個艦隊と言えば聞こえはいいが、まとめる者が居なければ烏合の衆に過ぎないのだ。二、三個艦隊なら現場レベルで意志疎通や連携を取れるかもしれないが、全体を見渡す者が居なくては、その連携プレーも無駄になる。
「准将、引き受けてくれるかね?命令が出された以上、引き受けるも引き受けないも無いのだが」
コーネフ提督の言う通りだ…後でシトレ親父と話してみるか。
「承知致しました。謹んで拝命致します」
「ありがとう…では一旦解散とする。各艦隊司令官は一九〇〇時に靡下の艦隊の整備状況を報告せよ」


同日17:35
同所、食堂
ヤマト・ウィンチェスター

 駐留軍司令部として使われているこの建物は、元々ホテルだったものを接収したものだ。接収とは言ってもスタッフはそのまま働いているし、一般人が宿泊出来ないだけで、必要設備が運び込まれた以外はホテルだった頃と何ら変わりがない。
「此処の司令部は食事が旨くていいですよね」
「ああ、元々ホテルだからな」
ワイドボーンは子羊のカツレツ、ヤンさんは鱸のソテークリームソース和えを食べている。俺もワイドボーンに倣ってカツレツにした。
突然宇宙艦隊司令部の参謀チームとして雇われたが、俺達専用の部屋がある訳ではなかったから、皆と夕食を食べながら大まかな作戦説明をする事にした。作戦の内容は当然ルーカス司令長官代理の許可を得たものだ。
「では、作戦を説明する。ああ、手を止める必要はないよ、食べながら聞いてくれ」
作戦内容はオーソドックスなものだ。敵の戦力の判明しているフォルゲン宙域に、先行している第十二艦隊、第一、第二艦隊の三個艦隊を配置する。残りの四個艦隊はアムリッァ星域外縁部のボーデン宙域方向に配置する。

 フォークが口の端をナプキンで拭いながら挙手している。「よろしいでしょうか」
「どうぞ、大尉」
「ありがとうございます…敵の兵力はフォルゲン宙域の約五万隻と判明しております。此方に比して戦力は過少、何故一挙に叩かないのでしょう?一個艦隊をボーデンに派出、残りの六個艦隊で一挙に包囲殲滅致しますれば完勝間違いないと小官などは考えますが」
高度な柔軟性を維持し、とか言い出したらどうしようかと思った。無言の俺を見て、ヤンさんが代わりに答える。
「状況が変わらないのであれば、大尉の策でフォルゲンでは勝てるだろうね。だがボーデンに敵の増援が来ないとも限らない。フォルゲンに更に増援があるかもしれない。フォルゲンの敵は陽動かもしれない。帝国艦隊の出方を見るのが先ではないかな」
「…ヤン大佐の仰る事は可能性に過ぎません。大佐の仰る様な事態を考慮すれば尚更フォルゲンの敵は早急に撃破せねばならないと考えますが」
フォークとてフォルゲン、ボーデンの両宙域から挟撃される可能性は考えたろう。敵の援軍が来ないうちに判明している敵を叩く…構想は正しい、正しいが…。次に口を開いたのはワイドボーンだった。
「現在、エル・ファシル駐留の二個艦隊及び、イゼルローン駐留艦隊も出師準備中だ。その三つの艦隊がアムリッツアに到着するまで、戦線を維持せよ、というのが司令長官代理の意図されるところだ。フォーク大尉の意見は正しいが、ただ戦えばいいというものではない。宜しいな」
短く返事をしてフォークは着席した。ワイドボーンが言った事は俺が言おうとしてた事だ。全部聞かないで発言するからだぞ…。
「エル・ファシルの二個艦隊、イゼルローンの駐留艦隊がアムリッツアに到着するまでおよそ十日、という所ですか」
ブランデーをドボドボとグラスに注ぎながら、アッテンボローが天を仰ぐ。天井しか見えない筈だが、こういう時は皆上を見たくなるものらしい。
「では、一旦解散とする。一九〇〇時には作戦室に集合だ。別れ」
皆、自室に向かって食堂を出て行く。残ったのは俺、ローザス少尉、マイク、オットーだった。少尉が残るのは当然としても、オットーとマイクは何故戻らないんだろう…と思っていたら、マイクが突然笑い出した。
「お前と居ると退屈しないな、なあオットー」
「ああ。まさかいきなり宇宙艦隊司令部勤務になるとはね。しかも長官代理が居ないからやりたい放題ときたもんだ」
劇中でヤンさんが頭を掻いて場を取り繕う理由がよく分かる。方針が決まっているとはいえ、俺が前線の指揮を執る事になるとは…。



 

 

第六十九話 挟撃

宇宙暦793年6月28日10:40
フォルゲン星系外縁部(アムリッツア宙域側)、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、
アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、旗艦アストライオス、
宇宙艦隊司令部、ヤマト・ウィンチェスター


 主要航路上に存在するフォルゲン星系を中心とした宙域には、二十個ほどの恒星系がある。主要航路は商船も行き交うので通常は戦闘を避ける筈だが、既にアムリッツァを犯されて自領を守る帝国側はそうも言っていられない。この宙域で最大の人口を有するフォルゲン星系を守る姿勢を見せなければ、在地領主達がこちら…同盟側に靡く恐れがある…とでも帝国は考えているのだろう。
 まあ、それはともかく、対する帝国軍は五万隻…。
こちらの迎撃作戦自体はオーソドックスなものだが、戦力配分と人員の配置に苦労した。何しろ宇宙艦隊司令長官代理がまだ戦場にいないものだから、全て俺が考えなくてはならなかった。
『…戦線維持、迎撃に徹せよ。責任は本職が負う、私が到着するまで宇宙艦隊司令部の現地スタッフが信ずる行動を取れ』
大胆すぎるだろ…失敗したらアムリッツァどころかイゼルローンまで奪い返されかねない。冷静で懐疑的…どこがだよ…。

 「そんな難しい顔して、何考えているんだ?長官代理の代理殿」
笑いながら近付いて来たのはマイクとローザス少尉だった。
少尉は少し困った顔をしていた。マイクにデートでも申し込まれたのだろう。
「いや、まさかこんな事になるとはと思ってね」
「まさかも何も、お前が順当に昇って行けば何れはこうなったさ。少し順序と時期が早まっただけさ。心配すんな」
「そうなのかもしれないけど…」
「こっちの事よりボーデン星系が気になるんだろう?」
「まあね」
戦線維持と迎撃、フォルゲンに敵がいるからと言ってボーデン宙域をほっとく訳にはいかない。それで四個艦隊を向こうに回したんだが…作戦指示は宇宙艦隊司令部が出さなくてはならない。ルーカス大将の責任は俺が取る、という言葉を信じて、宇宙艦隊司令部のスタッフ…俺達の事だが、そのスタッフも二つに分けた。
宇宙艦隊司令部としてフォルゲン宙域にて指示を出すのは俺、ボーデン宙域で指示を出すのは…ヤンさんだ。ヤンさんはまだ佐官だから、コーネフ提督の補佐という形にはしてあるものの、提督達から反対意見が多数出た。彼等にとって『エル・ファシルの英雄』はまだまぐれ、作られた英雄なのだ。軍隊という組織の常識に従っても佐官が提督達を差し置いて指揮を執るなどあり得ない事だ。無理を通すのだから反発があるのは当然の事だった。ルーカス大将が前線に到着するまでの時限措置とはいえ、これで負けでもしたら俺もヤンさんも退役は免れないだろう。

フォルゲン方面:
アムリッツァ駐留軍第一任務部隊(タスクフォース・アルファ)
宇宙艦隊司令部
ヤマト・ウィンチェスター准将
オットー・バルクマン中佐
マイケル・ダグラス中佐
アンドリュー・フォーク大尉
ミリアム・ローザス少尉

第一艦隊:クブルスリー中将
第二艦隊:パエッタ中将
第十二艦隊:ボロディン中将(先任指揮官)


ボーデン方面:
アムリッツァ駐留軍第二任務部隊(タスクフォース・ベータ)
宇宙艦隊司令部(先任指揮官補佐)
ヤン・ウェンリー大佐
マルコム・ワイドボーン中佐
パオロ・カヴァッリ中佐
ジャン・ロベール・ラップ少佐
ダスティ・アッテンボロー少佐
スーン・スールズカリッター大尉

第三艦隊:ルフェーブル中将
第六艦隊:ビロライネン中将
第七艦隊:バウンスゴール中将
第九艦隊:コーネフ中将(先任指揮官)

…という陣容になる。意外な事にヤンさんは異論を挟まなかった。勤勉さと忍耐力はエル・ファシルで使い果たしたと言っていたから拒否されるかもしれないと思ったけど、今回はそうではないらしい。責任は上が取る、という事が彼を気楽にさせているのだろうか。


6月28日11:00
ボーデン宙域、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第二任務部隊、第九艦隊、旗艦ヘーラクレイダイ
宇宙艦隊司令部、ヤン・ウェンリー

 「何かあっても私の責任ではないし、それに失敗したら多分退役に追い込まれるだろう。私としては堂々と年金生活が送れるという訳さ」
私がそう言うと、私の親友…ラップ少佐はひとしきり笑った後、頭を抱え出した。
「あのなヤン、俺が聞きたいのはそんな事じゃない。勝算はあるのかと聞いているんだ」
「勝算も何も…ラップ、まだこちらには帝国艦隊の影すらないんだぞ?勝算も敗因もある訳ないじゃないか」
頭をかきむしりながらラップはワイドボーンを見ている。ワイドボーンも私の言葉には唖然とした様だったが、一つ咳をすると私に向き直った。
「次席参謀、それではラップ少佐も納得できないでしょう。何か高等参事官…総参謀長から聞いておられるのではないですか?」


 …現状ではウィンチェスターが宇宙艦隊司令部の総参謀長で、私が次席参謀という事になっている。統合作戦本部から何も人事に関わる通信がないという事は、現在でもその人事が続いている事になる。いくら何でもおかしいなと思っていると、カヴァッリ中佐が教えてくれた。
「宇宙艦隊司令部…まあ我々ですが、准将にしろ大佐にしろ、司令長官代理に増員を求められましたか?」
「あ…そういや求めてない…求めていないと思う」
「増員を要求されておられないのに、増員が来る筈がありません」
「それはそうだが、この人数で宇宙艦隊をどうにかしなきゃならない、というのは…」
「現地スタッフは戦線維持と迎撃計画にのみ全力を傾注するようにと。参謀が多ければ勝てる訳ではない、戦闘そのものは艦隊の仕事なのだから司令部要員の数はそれほどいらないだろう、というのが司令長官代理と総参謀長の方針です。補給に関しては後方勤務本部のイゼルローン支部とアムリッツァ支所が担当します。補給線も短くて済むので全力で支援可能との事です」
「それは誰から?」
「ウィンチェスター総参謀長からです。補給の件も総参謀長がイゼルローンのセレブレッゼ中将と調整済みとの事です。昨日お渡しした資料にこの件も記してある筈ですが…」
「…ああ、済まない、見落としていた様だ」
「…しっかりしてください。あと、直接次席参謀殿にお伝えしろと、総参謀長から伝言があります」
「へえ。なんと仰ったのかな」
「はい…『大佐の手を縛る物はありません、存分に』との事です」
「存分に、ねえ。なんとも心強い言葉だね」

 …ワイドボーンも少し心配そうな顔をしている。指揮官というのはこういう時、何と言って部下を励ますのだろうか。
「参謀長にはこちらの事を一任されている…私に考えがあるんだ。まあ、なる様になるさ」
おい、皆溜息をつくのはやめてくれ…。





帝国暦484年6月28日15:00
フォルゲン星系外縁部(シャッヘン宙域方向)、銀河帝国、銀河帝国軍、遠征軍旗艦スノトラ、
クライスト

 
 大した脱落艦艇もなく布陣する事が出来たのは喜ばしい限りだ。オーディンから約十六日…稀に見るハイペースでの行軍だった。途中ヒルデスハイム伯からの連絡を受け、シャンタウから経路変更したとあっては尚更だ。叛徒共の艦隊がトラーバッハに出現したという。クロプシュトック家の艦隊と呼応するように動いていたというが…ヒルデスハイム伯はフェザーンが過去に払い下げられた鹵獲艦艇を運用しているのではないか、と言っていたが…フェザーンの守銭奴共が何か企んだとしても、一万隻もの艦艇を運用するなどとは想像が飛躍しているのではないか。
伯と協議してフェザーン方面に航路を変更し、撤退したとされる正体不明の艦隊の行方を追ったが、それにも限度はある。すでに正体不明の艦隊に関する警報は帝国中に発してあるのだから、彼奴等がまだ帝国領内に潜んでいるとすれば必ず見つかる筈だ。二兎を追う者は一兎をも得ず、本来の作戦目的を果たすべきだろう。
「閣下、シュトックハウゼン中将、ゼークト中将、ギースラー中将の各提督から映像通信が入っております」
「繋げ」




6月30日02:00
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、宇宙艦隊司令部、
ヤマト・ウィンチェスター

 艦橋大スクリーンには敵と味方の概略図が移し出されている。対峙する帝国艦隊は前衛に三個艦隊が横一線に並び、その後方に一個艦隊が位置している。対する味方は三個艦隊が横一線に並んでいる。此方は中央に第十二艦隊、右翼第二艦隊、左翼第一艦隊…という布陣だ。俺達は百隻の護衛艦艇と共にその後方に位置している。当初は十二艦隊旗艦に乗り込むつもりだったのだが、ボロディン提督に止められた。
『戦闘の渦中に居ては冷静な判断が出来ないでしょう。宇宙艦隊司令部の任務は戦闘を行う事ではありません。指揮機能を有する戦艦と護衛をつけますので、総参謀長におかれましては後方から指揮をお願いする』

 ボロディン提督…。せめてボロディンやウランフが生きておれば…とアニメ劇中でも語られていた。アニメを見る限りそれほど有能には見えないのだけど、そう言われるって事は有能なんだろうなあ。目下の人間にこういう心遣いが出来るとなると、有能かどうかは分からないけど無能では無さそうだ。有り難く甘える事にした。与えられた戦艦は旗艦級戦艦アストライオスだった。艦型から判断すると、おそらくヒューベリオンの同型艦だ。
『まさか旗艦戦艦の艦長を任されるとは思いませんでしたよ、総参謀長』
『総参謀長はやめてくださいよ、ガットマン中佐』
『でも、そうでしょう?エル・ファシル時代が懐かしいですな…仮とはいえ宇宙艦隊総旗艦の様な艦の指揮を執るなど、なかなか経験出来る事ではありません。誠心誠意、艦長職を務めさせていただきます』
急な要請だったけど、ガットマン中佐は旗艦艦長職を快く引き受けてくれた。代わりに彼のケンタウリは十二艦隊に編入されてしまったが、旗艦艦長、しかも総旗艦の艦長などなかなか任命されるものではない。言葉は悪いがその件は彼にとってはどうでもいい事の様だった。

 敵艦隊動き出しました、とオペレータが叫ぶ。スクリーンの概略図を見ると、帝国艦隊は陣形は変えずに前進して此方を圧迫する様だ。ローザス少尉は緊張からだろう、身を硬くしている。オットーは軽く肩をまわした後姿勢を正し、マイクはベレー帽を被り直しながら鼻唄を歌っていた。ヤンさんもベレー帽をとって頭を掻いた後被り直す癖があったな…。
敵艦隊イエローゾーンを突破、と再びオペレータが叫ぶ。俺の号令で戦闘が始まる…胃が痛い。参謀と指揮官ではこうも違うものなのか。
「…各艦隊に命令。攻撃を開始せよ」





02:00
銀河帝国、銀河帝国軍、遠征軍艦隊旗艦スノトラ、
クライスト

 “叛乱軍艦隊、発砲!”
「此方も攻撃開始だ、撃て」
敵は三個艦隊、味方は四個艦隊、だが数はほぼ同数…残りの敵四個艦隊はアムリッツァに待機、若しくはボーデンに回したのだろう。ヒルデスハイム伯はシャッヘンを出て此処に向かっている頃だろうか。伯の艦隊を合わせても味方は叛乱軍七個艦隊には及ばない。となれば、分かれた敵の一方の撃破に専念するのみだ。叛乱軍の立場からすれば、フォルゲン、ボーデンのどちらかに此方が現れたなら、それに対する為に兵力を派出せねばならない。現れた我々に全力で向かって来る事がないのは自明の理だった。片方を空にした場合、そちらから突破を許してしまうからだ。

”叛乱軍はアムリッツァ保持の為にも必ず戦力を二分するだろう。対する我々は敵に比して兵力は少ないが、二分した敵の一方を撃破出来るだけの兵力はある。となれば此方は集中して敵の兵力の片方を早期に撃破する。さすれば味方の勝機は高まる…とウチのラインハルト大佐は申しておる。幸運にも味方の終結には時間差がある。司令官閣下におかれては、敢えて終結前に戦端をひらかれるが宜しかろう。さすれば我々が援軍の形で戦場に到着、時間差をつけた挟撃体制を構築出来ると一考するが“

 ヒルデスハイム伯の言った事は尤もだった。道が二つあって、そのどちらかに敵が出現すれば、もう一方からも敵が来るのではないか、と叛乱軍が判断するだろう事は容易に想像がつく。であれば奴等は空いたもう一方の道も塞ぐだろう。それを逆手に取って敵戦力の漸減を果たす…。危ういが、いい案だ。ヒルデスハイム艦隊が活躍しているのも頷ける。ラインハルト大佐か…寵姫グリューネワルト伯爵夫人の弟、金髪の儒子…ブラウンシュヴァイク公は夫人を嫌っていた筈、その弟が公の一門のヒルデスハイム伯を支えているとなると、宮中も少し騒がしくなるかもな…。
「左翼シュトックハウゼン提督、前衛中央のゼークト艦隊に命令、前進せよ」
「はっ!」




02:30
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス
ヤマト・ウィンチェスター

 ローザス少尉の表情が固い。無理もない、初めての艦隊戦だ、しかも互いが五万隻近い艦隊戦なんてそうそうあるもんじゃない。
兵隊の頃は楽だった。目の前の仕事に没頭するから、戦闘をやっているなんてどうでもよくなってしまうのだ。士官でも、戦況の見えない部署に配置されている者は早く終わらねえかな、などと考えていたりするものだ。だが艦橋、特に指揮艦橋配置ともなるとそうもいかない。戦況が分かるし、味方の艦が沈むのが見える。自艦に向けられた砲火が見える…。特に至近に存在する味方艦艇が撃破されるのを見てしまうと、次はウチか、と高揚していた精神が萎縮していくのが自分でも分かるのだ。
「…閣下、敵左翼と中央が前進を開始しました、攻勢も強まりつつあります」
「確認した…少尉、大丈夫かい?小休止してもいいが」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
口では大丈夫とは言うものの、表情はそうは言っていなかった。マイクに目配せすると、お茶でも飲みに行こうぜと少尉の肩に手を回して二人で艦橋を出て行ってしまった。
「やれやれ、だな。マイクは」
艦橋出入口を見やりながらオットーが肩をすくめる。
「でも頼りになるよマイクは。あいつが居るから余計な緊張をしなくて済む」
「だな。あいつは白兵戦でもない限り、緊張なんてしないだろう。しばらく副官役は俺がやってやるよ…大丈夫か、総参謀長」
「敵の仕掛けが早い。兵力は敵味方同規模でも、戦術単位は向こうの方が多い。どうしても後衛にいる一個艦隊が気になってしまう」
「相手の前衛は合わせて三万六千隻程…此方は横一線で四万五千隻。一万隻近く差はあるがお互い横並びで戦っているから、それほど彼我の差はない。後衛の一個艦隊、お前が気にするくらいだから、ボロディン提督達はもっと気をやんでいるだろうな」
「ああ、今は余計な事を言って前線を困らせたくはないし、それにあの敵の前進は各艦隊の連携だけで止めてしかるべきものだ。味方のほうが多いんだ、善処を期待するよ」
「じゃあしばらくは様子見か」
「そうだね」

アムリッツァ駐留以降、各艦隊はフル編成になっている。同盟領とはいうものの感覚的には敵地だから、各艦隊は艦艇数が一万五千隻の定数を充たしていた。国内の警備部隊を解体し、それを編入したのだ。これにはシトレ親父が行った四百万人の削減が影響している。リストラと並行して国内の根拠地隊、補給基地の統廃合が行われた。という事は、そこに所属していた警備艦隊もなくなることになるし、司令職や各指揮官のポストが減る、という事だった。指揮官職のポストが減るという事は、高級軍人にとっては望ましくない事態だ。軍内部の反発は必至と見られていたが、シトレ親父は上手い方法で切り抜けた。各艦隊の定数を増やし、編成を変えたのだ。今までは各艦隊の定数一万三千隻だったのが一万五千隻に増えた。これは一個艦隊あたり三十近い指揮官職が生まれる事を意味していた。軍内部では根拠地隊や辺境の補給基地の司令職というのは左遷先や上がりのポスト、という言わば格落ちの見方をされる事が多かったから、そこから艦隊の各級指揮官へ、という人事異動は特に高級軍人に歓迎された。また、四百万人の削減と言っても、民間へ人的資源を還元するという意味合いの物なので、辞めた軍人達は主に軍を取引先とする企業が諸手を上げて迎え入れた。辞めた軍人達は補給関係の人間や技術者、警備関係の軍人が多く、リストラによって生じた業務上の穴は軍辞めた軍人達を迎え入れた民間企業が委託契約という形で引き継いだから、軍の機能損失は最小限に留まった。まあ、単純な見かけの変化と数字と書類の操作なのだが、誰も損する者がいないというまさにWin-Winな改革であり、軍のシトレ政権は盤石さを増した。
 …そのシトレ親父の手腕は置いておくとして、艦隊の定数が一万五千隻になったのは前線での兵力増強の効果は抜群だった。今俺の手元にあるのは三個艦隊だが、今までなら三個艦隊で三万六千から三万七千隻だったのが、今では四万五千隻だ。だが、図体が大きくなった分パワーも増したが、大メシ食らいになってしまった。それに大きな被害を被った場合、回復に時間がかかる。メシ…補給については補給線が短いため今回に関しては問題がないが、損傷軽微で艦隊戦を切り抜けなくてはならない、という問題は解決出来ないのだ。

 どれくらいの間スクリーンだけを見つめていたのだろう、珈琲とサンドイッチを持つフォークの存在に全く気が付かなかった。オットーは俺を気にするまでもなくサンドイッチをほおばっている。教えてくれよ!
「大尉、念願の宇宙艦隊司令部だ。しかも参謀勤務だぞ。ご感想は?」
オットーからの問いにフォークは珈琲を一口すすった後、軽く胸を反らした。
「嬉しい事には違いはありませんが、成り行き上…と考えると複雑ですね」
「成り行き上ね…確かにそうだな。敵の出現にしろ、宇宙艦隊司令部にしろ、誰もこんな事態は望んじゃいない」
フォークの感想を聞いてオットーが吹き出した。
「おいおい、なんだか余裕綽々じゃないか…フォーク参謀殿は、この先どうなると思う?」
フォークはタマゴサンドを珈琲で流し込むと、ふうと息をついてオットーの質問に応えた。
「そうですね…味方、ここフォルゲンは苦しいかもしれません」
「どう厳しいんだ。途中経過が抜け落ちているぞ」
オットーの感想に軽く咳をすると、フォークは改めて語りだした。
「出撃前の、アムリッツァでの会話を思い出したのです。小官の申し出た迎撃案…今思うとあれは敵の採る作戦案です」
「ほう」
「何故フォルゲンだけに敵が現れたのか。普通に考えれば、ボーデンにも同時期に現れる筈です。そしてそのままアムリッツァに侵攻する…ですが、現実はそうはなっていない。フォルゲンに到着後、何をする事もなく留まっていた」
フォークの奴…中々鋭いな。オットーも茶化す事なく聞いている…。
「敵はボーデンに向かう別働隊が存在すると我々に見せかけ、此方の戦力を二分し、その二分した片方…我々の撃破を目論んでいるのではないでしょうか。常識的な指揮官や参謀なら、アムリッツァに至る道が二つあるのなら、その両方から攻める…星系をまたいだ分進合撃を企図する事は想像に難くありません。ですがまた、此方も常識的に考えば、両方の星系に戦力を配置する…何があるにせよ片方の道を空にする事は出来ませんから。となると敵にとって分進合撃は効率のいい作戦ではありません。であれば此方の戦力配置を見極めた上で、どちらか片方の我々を撃破する事に全力を傾ける方が理に叶っています。成功すれば、此方の戦力を一時的にでも半減させられます」

 オットーは唸った。そうなのだ。敵が何をするにせよ此方は戦力を二分しなくてはならない。常識的で冷静な指揮官ほどそうするだろう。誰だってそうするに違いないのだ。出撃前のフォークの進言は今となっては正しかった、だが、あの時点でそれをおこなうには不確定要素が大きすぎた。何しろ敵の戦力が目の前の四個艦隊だけなのか、それすら分からないのでは、片方に全力を注ぐなど出来はしない。となると敵は…
「となると敵は…」
「ボーデンには敵は来ないでしょう。ですが、釣られてフォルゲンに出てきた我々を、撃破するのに充分な戦力を保持しているものと小官は推察します」
オットーが俺と同じ思いを口にした。フォークの答えにオットーの唾を飲み込む音が聞こえた様な気がする。フォークの成長は嬉しいけど、今はそれを喜んではいられない。奴の推察が正しければ、俺達は挟撃される。
 

 

第七十話 挟撃 Ⅱ

帝国暦484年7月1日01:00
フォルゲン星系、銀河帝国、銀河帝国軍、遠征軍、
ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 遠征軍本隊と叛乱軍艦隊の戦闘は膠着状態に陥っていた。
本隊前衛の中央ゼークト艦隊及び左翼シュトックハウゼン艦隊の前進を叛乱軍中央と右翼が受け止め、残った此方の右翼ギースラー艦隊と彼等の後方に控えていた後衛の遠征軍司令部クライスト艦隊が味方右翼の外側を迂回して前進、叛乱軍の左翼を半包囲していた。叛乱軍艦隊は三個艦隊ではあったが、戦力が増強されていたようだ。フォルゲン到着前の戦況連絡で、敵は四万五千隻と聞いた時は耳を疑った。

 「叛乱軍左翼の指揮官は中々しぶとい男の様だな。劣勢ながらもよく戦列を維持している」
頬を載せた肘をついて、ヒルデスハイム伯が感心した様にスクリーンを見つめている。
「叛乱軍左翼は第一艦隊…指揮官はクブルスリーという男の様です」
オペレータからの情報をシューマッハ参謀長が読み上げた。
クブルスリー…聞いた事はないが出来る男の様だ。
「叛乱軍にも優秀な指揮官が居る、という事だな…しかし、敵の右翼は中央に比べ陣形が雑然としているな。艦艇数が多い事に救われている様だ」
本隊による敵の通信傍受の結果、叛乱軍艦隊は右から第二、第十二、第一艦隊という並びの様だった。常識的に考えれば中央には経験豊富で信頼出来る指揮官を、左右どちらかに切り札となる指揮官を…となるが、そうすると目の前の戦場では敵右翼は経験の浅い指揮官が率いているのだろう。参謀長が引き続き読み上げる情報がそれを裏付けていた。
「敵の中央、第十二艦隊司令官はボロディンという男で、派手さはないが堅実な用兵をする軍人、との評価を得ている様です」
「ほう」
「左翼、第一艦隊司令官クブルスリーは戦略的思考を有する有能な軍人、右翼の第ニ艦隊司令官パエッタは参謀としての経験が長く、艦隊司令官としては未知数、とあります。フェザーン経由の情報です。パエッタとクブルスリーは同時期に艦隊司令官になっている様ですから、艦隊運用能力についてはクブルスリーの方が上の様です」
参謀長の説明が終わると伯はふう、と息を吐いた。
「叛徒共の指揮官の情報があるというのは有難い事だな。艦隊兵力の増強までは知りえなかった様だが…となると…我々が攻撃参加するのは半包囲している敵左翼側ではないかな?」
内心伯爵には感心せざるを得ない。目先しか見ない指揮官であれば比較的弱い印象のある敵第二艦隊の位置する敵右翼に攻撃参加するだろう。しかしそれでは敵が防御に徹して有効な打撃を与えられないかもしれない。であれば半包囲陣形に参加して、此方の二個艦隊相手にしぶとく戦っている敵第一艦隊を先に撃破した方が、敵に与える影響は大きいだろう。敵第二艦隊は中央の第十二艦隊が居るから戦えているのだ。第一艦隊が包囲されてしまえば、第十二艦隊は第一艦隊の援護をするか否かの判断を迫られる…。
俺と似たような顔をして伯爵を見ていた参謀長が深く頷いた。
「最良のご判断と存じます、閣下」



宇宙暦793年7月1日01:15
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、宇宙艦隊司令部、
オットー・バルクマン


 フォークの予想が当たった。敵は別働隊を用意していた。しかも第一艦隊を包囲する戦線に加わろうとしている節がある。
「パエッタのとっつぁんが足を引っ張らなければこんな事には…」
マイクが頭を抱えている…って、まだパエッタ提督もとっつぁんなんて呼ばれる歳にはなってないぞ…そんな事はどうでもいい、ヤマトはここからどう指示を出すのだろう。
「マイク、第二艦隊に連絡だ。敵の左翼の、正面に狙点を固定しろと伝えろ。攻撃参加している全艦で行えと。立て直す時間は稼げる筈だ」
「…一点集中砲火か。了解した」
 連絡は行われたものの、第二艦隊がヤマトの指示を実行したのはそれから十分ほどたってからだった。二十近い年下の、しかも下位の若者からの指示を素直には聞く気になれなかったのだろう…。しかし第二艦隊が指示を実行すると敵左翼艦隊の陣形に幾つか大きな穴が空いていた。一点集中砲火、艦隊の構成艦艇が同一目標を狙って斉射を行う。素早く狙点を指示できれば効果は大きいが、それが出来ない時は攻撃間隔が開いてしまい逆効果に陥る。第二艦隊の攻撃は指示と多少違ってめくら撃ちの様な攻撃だったが、効果はあったようだ、敵の左翼正面の陣形が狙撃を避けるために広がり出した。確かに第二艦隊が体制を立て直すきっかけにはなっただろう。だが…艦隊の個別の戦術に関して口を出すのはたとえ宇宙艦隊司令部とはいえ越権行為ではないのか?確かに第二艦隊がしっかりしてくれないと戦線が崩壊するのは確かなんだが…ヤマトはパエッタ提督を信用していないのだろうか…いや、信用ではなく信頼していないのかもしれない…。

 「閣下、此方に砲火が及ぶ危険性があります。旗艦の現座標からの後退を許可願います」
「了解した。艦の事は艦長の宜しい様に」
「はっ」
ガットマン艦長とヤマトの短いやり取りがあった。確かに現在の位置では敵の砲火に巻き込まれかねない。微速後進、という命令が聞こえる。艦長はエル・ファシル警備艦隊勤務の時も我々と旗艦勤務していたから、旗艦が後退する事の意味をよく知っている。急速後進をしないのは流石だった。
「ヤマト、少し苦しいな」
「ああ。フォークが敵の意図を読んだのは流石だけど、本当にこうなってしまうと厳しいな…第二艦隊に命令、艦列の立て直し完了次第、前進せよ」
「前進…?いえ、了解しました」


02:00
自由惑星同盟軍、駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、
ヤマト・ウィンチェスター


 敵の作戦は見事というしかない。出来る事と出来ない事をよく理解している。だがそれはボーデン方面に送る兵力が敵には存在しない事を示している…断言は出来ないが…。
「ヤマト、第二艦隊が敵左翼を押し返しているぞ。さっきと違って、効果的に一点集中砲火を浴びせている様だ」
「そうか。十二艦隊に連絡、兵力の派出は可能か聞いてくれ」
「解った」
一点集中砲火を行いつつ前進か…一点集中砲火は前進には向かないんだ。受動的に戦う時には有効なんだが…敵にそれを悟られる前に通常の砲撃に戻さないと効果が薄れる…。
「何故効果が薄れるんだ?」
オットーの問いかけにビックリしてしまった。声に出てたのか…。
「一点集中砲火は強力だけど此方が受動防御を行っている時、敵の出鼻を挫いたり、虚を突く、といった時に効果的なんだ。今の所第二艦隊は前進に成功しているが、相手も反撃してくるからね。前進するなら通常の砲撃の方が効率はいいんだ」
「そうか…敵も散開するからな、確かに効果は薄れるな。だけど…」
オットーは半ば納得、半ば不審な顔をしている。
「だけど…何だ?」
「お前は優秀だからさ…何と言えばいいのか、よく即興で細かい戦術を思い着くなと思ってさ」
「おいおい、それが出来なかったら給料泥棒じゃないか」
「まあ、それはそうなんだけどさ」
オットーが苦笑していると、マイクが通信文を持って駆け寄ってきた。
「十二艦隊からだ…三千隻程度であれば派出可能、ただし貸しっぱなしは無理、だそうだ…第一艦隊を援護させるのか」
マイクは悪戯小僧の様な顔していた。表情といい態度といい、ヤング・シェーンコップ、と言ったところだな…。
「いや、第一艦隊はしぶとく戦えている。状況によっては半壊に追い込まれるかもしれないが、それはまだ先にだろう。十二艦隊の後衛から三千隻引き抜いて、第二艦隊の後方から迂回させ、敵左翼の外から攻撃させる。敵の左翼を何とかしないと、第一艦隊の援護に十二艦隊を回せない」
「成る程。成功すれば第二艦隊に敵左翼を任せられるな」
「ああ。十二艦隊に連絡してくれ」
「御意!」
何が御意だよもう…。



02:45
銀河帝国軍、遠征軍、ヒルデスハイム艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


“無事の到着、祝着至極。敵の第一艦隊は中々しぶとい”

「挨拶痛み入る…我が艦隊も包囲に加わる。三個艦隊による包囲だ、流石に敵も崩れよう」

“そうですな。では”

遠征軍司令官クライスト大将からの通信は、簡潔に終了した。
「参謀長、司令官の直属艦隊の脇を抜けて敵第一艦隊の包囲に加わる。戦闘配置」
「はっ…全艦、戦闘配置!」
艦橋内が慌ただしくなった。静かで、誰も走り回る者などいないのだが、空気だけがせわしなく流れている。俺の横ではロイエンタール、ミッターマイヤーの両中佐が居住まいを正していた。意見を求められるか具申でもしない限り、参謀は観戦者の様な者だ。この二人が意見をしないという事は負ける心配はないという事だろうか。そう思っていると、ロイエンタール中佐の微かに笑う色の違う両目が気になった。
「何か気になるのか?中佐」
俺の問いにミッターマイヤー中佐も興味深げにロイエンタールを見つめている。
「いえ、ボーデン方面が気になりまして。敵の指揮官が常識に囚われない果断な者であれば、一時的にそのままボーデンを突破、ヴィーレンシュタインから此方の後背を遮断するのでは、と思ったのです」
ロイエンタールの顔はもう笑ってはいなかった。ミッターマイヤー中佐も同意の声をあげたが、彼の方は半ば同意といった様子だ。
「確かにな。だが奴等には此方の戦力配置が判らない筈だ。闇雲に前進するなど有り得るのか」
「そうだな。だが考えてみろミッターマイヤー、ここフォルゲンでは戦闘が行われている。ボーデンに展開した叛乱軍は迷っている筈だ。なぜ此方には敵が来ないのか、と。疑心暗鬼のままなら命令を守ってボーデンから動かないだろう。だが叛乱軍が、我々の他に敵にはまとまった機動兵力は無いと看破したなら?」
「見破られるかな?」
「だから言ったろう、敵の指揮官が常識に囚われない果断な者なら、と。それに奴等にはイゼルローンや叛乱軍の領域から増援がある筈だ。一時的にボーデンを空にしても増援がそれを埋める」
ロイエンタールの読みはおそらく正しい。何故なら俺もそう考えるからだ。だが俺は敢えてこの策を立てた。作戦実施の条件は『叛乱軍にヴィーレンシュタイン進出の動きがある場合は作戦を中止する事』だった。ロイエンタール、ミッターマイヤーの二人はこの事を知らない。信用していないから言わなかったのではない。賭けの様な作戦だからだ。参謀の任務は指揮官を補佐しその企図する所を成功たらしめる事だが、無謀を諫めるのも参謀の役目だ。俺の作戦案を最初から知っていたら反対していただろう。

 二人が俺を見つめる。最初から無理な話だった。出師目的が多分に政治的過ぎたのだ。アムリッツァ、イゼルローンを奪回するなら、叛乱軍が行った様に余程の大軍を催さねばならない。しかし出撃した我々の兵力は、元から叛乱軍七個艦隊を撃破するにも足りないのだ。であれば奴等の兵力を二分させ、そのどちらかを撃破する事に全力をあげた方が現実的だ。そう考えた末のこの作戦だった。ボーデン展開する叛乱軍に対応する戦力を回していたら、逆にこちらに余裕がない事を敵に教える結果になりかねなかった。であればボーデンには監視と通報のみの機能を残し、戦力は敢えて何も送らない事で敵の疑心暗鬼を誘う…。
「ロイエンタール中佐の言う事は尤もだ。だがそれは既に折り込み済みだ。この作戦の成否は前面の敵を早期に撃破出来るか否かにかかっている。ボーデンの敵が此方の思惑を見破るなら、時間的余裕はあと二日といった所だろう」
「成る程。ではまだ勝算はあると」
「…厳しいだろう。敵が各艦隊の兵力を増強しているとは予想外だった。敵の第一艦隊を撃破したなら、撤退を進言するつもりだ」

 「ほう…撤退を進言、ですか」
二人は少し驚いていた様だった。顔を見合わせている。
「私が退き時を分からないとでも?一個艦隊の撃破では不足かな?」
ミッターマイヤーが身を乗り出した。
「いえ…ですが、少し消極的と受け取られるのではありませんか?」
「目の前に敵が残っているのに戦わないのは戦意不足、と?確かにそう考える輩もいるだろうな…」
目の前の二人は分かっているだろうか。この艦隊を含めた遠征軍艦隊が帝国軍の体制が整うまでの唯一の機動部隊である事が…。この艦隊が敗れてしまったら、大貴族達が騒ぎだして彼等が前面に出る事態になるだろう。彼等が持つ武力を、彼等自身が使い出したら、帝国は瓦解しかねない。帝国軍が次の矢をつげるまで、まだ時間がかかるのだ。戦いを止めてでも無事に帰還せねばならないのだ。
「…だが、そういう批判を行う者達を封ずる為にも、余力を保って退かなくてはならない。分かるかな?」




03:00
銀河帝国軍、遠征軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦
ノイエンドルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー


 ギースラー艦隊、遠征軍司令官クライスト大将の直属艦隊、そして我々のヒルデスハイム艦隊による包囲陣がほぼ完成して、敵第一艦隊への本格的な攻撃が開始された。今までしぶとく戦っていた敵の第一艦隊も、崩壊するのは時間の問題だろう。しかし…この眼前の敵艦隊を撃破した後に撤退するとは…。中々出来る事じゃない。毅然とした態度で戦況を注視するこの大佐…中々どうして先を見ている御仁の様だ。余力を持って退く…当たり前の事の様に思えるが、余力があるのなら戦果拡大を狙うのが軍人の常だ。味方が劣勢なら尚更だろう。敵は叩ける時に叩かねば後顧の憂いを残す…よく言われる言い回し…この状況で撤退を進言するなど気でも触れたかと思われるだろうが、目の前の大佐が敢えてそれをやるという事は、却下される心配はないという事か。
 聞けばミューゼル大佐は寵姫グリューネワルト伯爵婦人の弟だと聞く。だが宮廷内で彼が重んじられる事はなくむしろ疎まれているとも聞いている。金髪の孺子、などという蔑称がそれを如実に表している。だが、この艦隊でそれを聞く事はない。むしろヒルデスハイム伯爵やシューマッハ参謀長は彼を信頼し重用しているし分艦隊の司令官達もそうだ、彼等のミューゼル大佐への評価は高い。大貴族の艦隊などお荷物でしかないものだがこの艦隊は異色づくめだ。元からの正規艦隊より余程優秀な艦隊だろう。…もしかしたら大佐はこの艦隊を帝国艦隊再建の要に据えたいのではないだろうか。そして軍主流に踊り出る…。そう考えれば納得出来る。普通に考えれば貴族艦隊上がりの正規艦隊など邪魔者以外の何者でもないだろう。確かに今は帝国軍は劣勢だし、この艦隊も員数合わせなのだろう。だがその中で実績を残し信頼を勝ち得て行けばどうなるだろう。他の貴族艦隊は置いておくとしてもこの艦隊は信用出来る、という事にならないだろうか。

 「…この戦いだけが戦い、という訳ではありませんからな、ミューゼル大佐」
「そうだ」
俺とミューゼル大佐のやりとりにロイエンタールが微笑する。奴も俺と同じ結論に至ったのだろう。
「では、眼前の敵撃破に専念すると致しましょう。距離を詰めて、宙雷艇、単座戦闘艇(ワルキューレ)の投入を進言します。どうだ、ミッターマイヤー」
「小官も同意見です」
「用兵巧者の両名が言うのなら間違いはないだろう。了解した、上申するとしよう」
ミューゼル大佐が参謀長に歩み寄っていく…この先どうなるかは分からない、だが傍流でくすぶるよりは余程ましだ、そうは思わないかロイエンタール…。




04:30
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、
ミリアム・ローザス


 
 「ヤマト、第一艦隊が危険だ、これ以上は」
バルクマン中佐の顔が青ざめている。
「オットー、第十二艦隊へ連絡、第一艦隊を救援に迎え」
「了解」
艦橋の中は重苦しい空気が流れていた。これが艦隊戦…。途中で退出して艦橋を離れた私には、再び戻った艦橋で途中経過を確認する暇すら与えられなかった。ダグラス中佐とフォーク大尉は相対して色んな戦術シミュレーションを試していて、私はその手伝いだ。今はいい、という事だろう、ダグラス中佐が声をかけてくれたのだ。バルクマン中佐は私の替わりに副官任務に没頭している。私は、私の居場所は…無い、と感じていた。そもそもウィンチェスター閣下は私が艦橋に戻った事に気付いていない。閣下に話掛けるのも躊躇われるくらい、艦橋の空気は重かった。

 「お」
「ローザス少尉、戻りました。ご迷惑をお掛けしました」
「もう大丈夫かい?それより、おめでとう」
閣下は私に気付いてくれた。おめでとう…?何の事だろう。
「日付が変わった。中尉昇進、おめでとう」
「え…あ、ありがとうございます。ですが私の中尉昇進などより戦況は…」
日付…?そうだ、七月一日…士官学校出身者が皆バンザイ昇進と呼んでいる中尉昇進の日だ。私がそう言うと、閣下は大きな声で笑った。
「何もしなくても中尉になれる、こんな目出度い事があるかい?今の戦況がどうこうよりよっぽど目出度い事さ」
釣られて司令部のメンバーだけでなく、旗艦艦長のガットマン中佐まで笑っていた。
「ほら」
閣下がポケットから中尉の階級章を取り出して、少尉の階級章から付け変えてくれた。
「おいおい、特別待遇じゃねえか?」
「エリカに怒られるぞ」
ダグラス中佐とバルクマン中佐が囃し立てる…そんな関係じゃありません!
「ありがとうございます。ローザス中尉、改めて任務に精励します」
「中尉という階級が貴官にとって実り多きものである事を祈ってるよ……さあ、気を取り直して行こうか」



04:25
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、第二艦隊、旗艦パトロクロス
パエッタ

 「十二艦隊よりの増援、左翼につきます。モートン分艦隊です」
「うむ」
増援か、ありがたい…若僧の准将が全軍の指揮を執るなど有り得ん事だが、今踏ん張らねば私の将来どころか同盟が危うい…。三千隻程度で敵の側面を突く…果たして効果はあるだろうか?…逡巡している暇はない、どうせ責任はあの若僧が取るのだからどうせなら……。
「モートン分艦隊に連絡、紡錘陣形をとって敵の右側面を突け!そのまま突入せよ!」
「突入、ですか!?」
「そうだ、十二艦隊に戻さねばならんからな。そのまま敵中を突っ切って十二艦隊に合流しろと伝えろ」
「は…はっ!」


05:05
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、
ヤマト・ウィンチェスター

 パエッタめ、何て奴だ…自分の艦隊戦力じゃないからって躊躇なく突っ込ませるなんて…。だけど、奴が何を考えたか知らないが敵左翼は対応しきれていないな。だけどこれはこれで好都合だ。何々、突入したのはモートン分艦隊?モートンって、ライオネル・モートンか。奴なら信頼出来る、多少無理しても生き残るだろう…。
「第二艦隊に連絡、第二艦隊は更に前進、増援のモートン分艦隊にも突撃を続行させて、そのまま敵中央部に突入させろ」
「了解…ってそんな事したらモートン分艦隊は」
「よく考えろオットー、いくら第二艦隊が動きが遅くても、これなら分断した敵左翼の前半分を叩ける。敵の中央だって突っ込んで来るモートン分艦隊に意識が向く筈だ。その隙に第一艦隊を一旦下がらせて第十二艦隊を敵左翼集団に当たらせる…大丈夫、モートン分艦隊なら生き残るさ。さ、早く」
「了解した」
概略図を見るともう少しで敵左翼を分断出来そうだった。敵左翼はモートン分艦隊に対応出来ていない様だ、いいぞ…第二艦隊も前に出ている…よしよし…通信傍受の結果は…左翼はシュトックハウゼン艦隊か。中央はゼークト艦隊…イゼルローンは無いからな、艦隊司令官って訳か。左翼はギースラー艦隊、後方予備から攻撃に参加した艦隊はクライスト艦隊…ヴァルテンベルクの仇討ちって事だな。最後に参加したのは…げっ、ヒルデスハイム艦隊かよ。ラインハルトめ、弱い第二艦隊じゃなくて先に動きのいい第一艦隊を集中して叩けば、とでも考えたか…。



7月1日06:00
ボーデン宙域、自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第二任務部隊、第九艦隊旗艦ヘーラクレイダイ、
宇宙艦隊司令部、ヤン・ウェンリー

 フォルゲンでの戦況が伝えられると、会議室内は騒然となった。今このヘーラクレイダイ内部の会議室にはボーデンに展開する各艦隊の司令官が集められていた。
「コーネフ提督、ヴィーレンシュタインの進出を進言致します。此処には敵は来ないでしょう」
私の進言に対し、コーネフ提督は無言だった。
「敵が来ないと何故言い切れるのだ?ヤン大佐」
コーネフ提督に代わって口を開いたのは第三艦隊のルフェーブル提督だった。
「帝国はイゼルローン、アムリッツァと大敗北の後です。今回出撃してきた艦隊も大急ぎで集めたのでしょう。此方に回すだけのまとまった兵力がいないんです。あればとっくに来ていますよ」
「だから、何故そう言いきれるのだ、と聞いているんだ。我々が進出しようとするのを見越して、ヴィーレンシュタインで敵が大兵力で待ち受けていたらどうするのか」
「確かにその可能性はありますが、それは帝国上層部が許すものではないと推察します」
ヴィーレンシュタインで敵が待ち受けている可能性は確かにある。だがそれは見過ごしていいレベルの物だ。彼等の出撃はアムリッツァやイゼルローンを奪還する為の筈だが、おそらく政治的な物も含まれている…帝国の神聖不可侵の国是からいっても、これ以上我々の侵攻を許す訳にはいかない筈で、となると引いて守る訳にはいかないのだ。作戦とはいえ一時的にでもヴィーレンシュタインまで退いてしまっては、退嬰的との印象を帝国内に与えてしまう。我々がアムリッツァ固守の姿勢を取っている以上、帝国は苦しくても攻める必要があるのだ。
「彼等は攻勢に出ているのです。彼等はフォルゲンに敢えて姿を晒し、此方の出方を見極めた…そして出てきたのはアムリッツァから三個艦隊、そして残りの四個艦隊は…まあ我々の事ですが、その四個艦隊はボーデンに進出した。我々にとってこれは当然の対応です、片方を空にする訳にはいきません。敵にとっても想定出来る事態でしょう」
「そうだ。だからこそボーデンを空にする訳にはいかない。ヴィーレンシュタインに進出するのであれば増援が到着してからでも遅くはない筈だ」
ボーデンこそ増援に任せてしまえばいいのだ。ルフェーブル提督には分からないのだろうか…私が返答に困っていると、代わりにワイドボーンが口を開いた。
「それこそ敵の思う壺です。我々がそう考えると敵が看破しているとはお思いにはなりませんか?帝国軍は余力が無いからこそ我々の動きを見極めてから動いたのです。余力があれば既に此処には二個艦隊程度が現れ、我々の動きを封じていたでしょう。それをしないというのは敵に余裕がないという事の証拠です…それにフォルゲン方面は今でこそ互角に戦えていますが、増援到着まで持ちこたえるとは思えません。全力でヴィーレンシュタインに進出し、フォルゲンの敵の後方を遮断すべきです、このままでは戦機を逸してしまいます」

 ワイドボーンの語気は強かった。十年来の秀才、将来の同盟軍を背負って立つ男…それに相応しい姿だった。だが続く言葉が提督達の反感を買ったのは間違いなかった。
「…作戦運用に関しては宇宙艦隊司令部に一任されている筈ですが」
「何だと!?」
「私が責任を負う…ルーカス司令長官代理のお言葉です。皆様もご承知の筈ですが」
「我々にいち大佐や中佐の指示に従えというのか!総参謀長のウィンチェスターならともかく貴様等に従ういわれは無いぞ!」
司令長官代理のお墨付きがあるとはいえ、感情がそれを許さない……存分に、か。確かに作戦、運用については一任されている、だが我々は宇宙艦隊司令部所属の作戦参謀に過ぎない。提督達から見ればポッと出のいち大佐、中佐なのだ…。

 

 

第七十一話 勝者のない戦い

帝国暦484年7月1日07:00
フォルゲン宙域、銀河帝国、銀河帝国軍、遠征軍、
ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 「左翼と中央は何をやっているのだ」
シューマッハ参謀長が思わす声を漏らした。参謀長の言う通りだ、叛乱軍艦隊の三千隻程度の部隊が左翼シュトックハウゼン艦隊の右側面を突き破って、その矛先は中央のゼークト艦隊にまで届いていた。敵ながら見事な運用だ、小部隊の優秀な指揮官は敵にも存在するという事か…。おかげで左翼の前衛部隊は敵第ニ艦隊からひどく叩かれ続け散々な目に遭っていた…救いたくとも此処からでは救えないし、その命令を下す権限は俺にはない。自然とシュトックハウゼン艦隊は後退し、意気上がる敵の第ニ艦隊は中央のゼークト艦隊にも攻勢を向けていた。
「叛乱軍にも知恵者は存在する様ですな。あの敵の突撃を左翼は想定していたとは思えません。まあ、突撃を敢行したあの小部隊も手酷い損害を受けた様ですが…成程、敵の第十二艦隊が派出元か。敵もよくやる」
ミッターマイヤーが概略図を見ながら半ば独り言の様に頷いている。敵の突撃部隊は半数を喪いながらも中央ゼークト艦隊の右側面を攻撃、そのまま変針して敵十二艦隊に合流していた。その敵十二艦隊は派出部隊合流後、ギースラー艦隊とクライスト艦隊にその矛先を向けている…。
「お陰で敵の第一艦隊の後退を許してしまった。奴等もしぶとかったが、この十二艦隊とやらも中々しぶとそうだな」
「ああ。我々の位置からでは攻撃出来ない。前進して攻撃すれば後退した第一艦隊から側面攻撃を受けるだろうな。一旦後退したとはいえ、我々が前に出れば必ず奴等は出てくるだろうよ」
おそらくミッターマイヤー、ロイエンタールの予想する通りになるだろう。敵の第一艦隊には敵艦隊戦力の四割ほどの損害を与えたのは確実だが、非常にしぶとく、戦意、士気共に不足している印象はない。味方の危機を見れば必ず前に出てくるだろう。どうするべきだろうか、せめて一個艦隊程度は減らしたいものだが……。



宇宙暦793年7月1日07:00
自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、旗艦アストライオス、
宇宙艦隊司令部、ヤマト・ウィンチェスター


 第一艦隊が後退し、再編成を行っている。兵力の約四割を叩かれたものの、その戦意は旺盛の様だ。三個艦隊にも及ぶ敵の攻撃を耐え抜いた、という事実がそうさせているのだろう。クブルスリーは旧作アニメでも高く評価されていたからな…。代わりに第十二艦隊がギースラー、クライスト艦隊と戦っている…一旦各艦隊を下げるか?
「お、敵さん一旦下がる様だぞ。ヤマト、此方も下がって再編成したらどうだ」
マイクが笑う。丸二日戦いっぱなしだもんな、考える事は敵も味方も同じか…。
「よし。全艦後退。各艦隊は再編成を行い、被害状況を報告せよ。その後別命あるまで待機」
「了解、示達する」
残念な事だけど、喪った艦艇数はすぐに集計が出る。問題は損傷を受けた艦艇だ。後送するのか、応急修理後に戦列復帰可能なのか。人員の損害はどれ程なのか…この状況次第でこの後の戦力見積りが変わる。例えば第一艦隊は約四割の損害を出したけど、四割の艦艇を喪失したのか、喪失艦艇を含めて四割の損害なのか、という事だ。喪失艦艇を含めて四割なら、幾らかは応急修理後に戦力として期待出来る……つくづく戦争、指揮官というものが嫌になる。報告は数字だけど、その数字は人の生き死にがかかっている訳だからな…。
 …はいはいフォーク大尉、報告を聞こうか。
「集計が出ました。第一艦隊…二千七百二十隻を喪失、三千二百八十隻が何らかの損傷を受けています。戦列復帰可能な艦艇は千八百五十ニ隻、戦力発揮可能な残存艦艇は合計一万八百五十ニ隻となります」
おお、なんとか一万隻は保ったか…。どれどれ、第二艦隊は約一万二千五百、第十二艦隊は…一万強?…ああ、十二艦隊はモートン分艦隊の被害が大きかったんだな。三千隻の内、千二百五隻喪失、九百三十一隻損傷…損傷艦艇の内、戦列復帰可能艦艇は四百七十隻…ううむ、三個艦隊合計で約一万ニ千隻の喪失と損害か。想像はしていたけど酷い、一個艦隊近い兵力が居なくなった事になる…敵はこの後どう出てくるか、ボーデンの味方はどう動くか…おそらくそちらには敵は来ないとヤンさんには伝えたけど確実ではないからな、うまく説得出来ればいいんだけど…。


7月1日12:00
銀河帝国軍、遠征軍、ヒルデスハイム艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 再編成の結果、左翼だったシュトックハウゼン艦隊は後衛に下がり予備兵力として待機する事になった。そのままゼークト艦隊が左翼にスライドし、中央がクライスト艦隊と我々ヒルデスハイム艦隊、右翼はそのままギースラー艦隊、という並びに変更されている。シュトックハウゼン艦隊は八千隻強、ゼークト艦隊は約一万、クライスト艦隊は一万三千ほど、ギースラー艦隊は一万、一番最後に参戦した我々は一万四千隻弱…戦闘が再開されたら、前衛は四個艦隊合計約四万七千隻という事になる。おそらく叛乱軍は三万隻ほどに兵力を低下させているだろう。四万七千対三万…此方は予備八千隻が存在するから不利ではないが、一万五千隻近い損害を出した事になる…。

 
 シューマッハ参謀長の自室に呼ばれた俺とロイエンタール、ミッターマイヤーの三名は、参謀長のワインの相手をしていた。艦橋は私一人でいいから、と伯爵からの心遣いだった。それぞれシャワーを浴び、さっぱりした上で参謀長の部屋に集まった。何でも四百六十年物のワインがある、という事だった。
「消耗戦は避けたいが、現実はそうもいかないようだ」
そう言うと一息でワイングラスを空にして、腕を組んで何事か考えている。後を継いだのはミッターマイヤーとロイエンタールだった。
「叛乱軍の残存兵力が予想通り三万隻程度であれば、艦艇数において一個艦隊分の損害を与えた事になります。撤退するのに充分ではありませんか」
「そうだな…大佐、如何です、戦術単位としての一個艦隊の撃破には至っておりませんが、叛乱軍に対し損害は充分に与えております。それに残念な事ではありますが、我が軍の損害も無視は出来ません。撤退すべきです」
尤もだ、尤もな話なのだが…
「二人共、撤退はない」
参謀長の言葉に両中佐が顔を見合わせている。驚いているだろう、それはそうだ、俺も先程聞いて驚いたばかりなのだから。
「ヒルデスハイム艦隊司令部の総意として、閣下は総司令官に撤退を進言なさったのだが…総司令官は否と仰られた」
総司令官の気持ちは分かる。形として目に見える結果が欲しいのだ、叛乱軍に一万五千隻の損害を与えた、という結果はいかにも中途半端だ。規模は同じでも一個艦隊撃破と言うのとではかなり印象が違う。
「しかし時間がありません。おそらく叛乱軍は…」

”司令部参謀は艦橋に集合“

俺の言葉を艦内マイクが遮って、集合を告げている。何か急が起きたのだろう…。

 「休んでいる所を済まないな。状況が変わった、撤退だ」
「何かあったのですか」
俺達を代表して参謀長が質問した。いい変化なら有難いが…。
「ボーデンにて隠密監視を行っていた通報艦からの情報だ、ヴィーレンシュタインに向けて叛乱軍が動き出した様だ」
「まずいですな…動き出した叛乱軍艦隊の規模は分かるのですか?」
「うむ。一個艦隊規模らしい」
一個艦隊だと?叛乱軍は何を考えている?




7月1日10:30
ボーデン宙域、自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第二任務部隊、第九艦隊旗艦ヘーラクレイダイ、
宇宙艦隊司令部、ヤン・ウェンリー

 
 一個艦隊では駄目だ、せめて二個艦隊欲しかった…。
「済まないヤン、俺のせいで」
「本来なら私が言わなくてはならなかったんだ。気にするな」
ワイドボーンが深々と頭を下げる。宇宙艦隊司令部参謀である我々と、ワイドボーンの言葉に明らかに気分を害した提督達との感情の行き違いを懸念したコーネフ提督が、折衷案を出したのだ。

『ヴィーレンシュタインに進出する。進出は当艦隊が行う、残りの各艦隊はボーデンに残り増援到着まで現地を警戒せよボーデン残留の各艦隊の先任指揮官はバウンスゴール中将とする』

 コーネフ提督は全兵力で進出したかった様だが、スタッフや指揮官の間に遺恨を残すのはまずいと判断したようだ。確かに指揮官同士の感情の行き違いが作戦に及ぼす影響は大きい。ルーカス司令長官代理の方針は防衛が基本方針なのだから、これはこれでよしとすべきなのだが…。
 既に第九艦隊はヴィーレンシュタインに向けて移動を開始している。現地到着は明日未明。アストライオスには此方の動向を報せてあるが、中途半端なのは否めない。済まない、ウィンチェスター……。



7月1日12:30
銀河帝国軍、遠征軍、ヒルデスハイム艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 “伯が殿を務めると申されるのか”

「総司令官は全軍を連れて戻らねばなりませんぞ」

“それはそうだが”

「自慢ではないが、私の艦隊が最近では一番戦い慣れていると自負しておるのでな。此処は私に任せて頂きたい」

“…承知した。無理はなさらぬよう”

「叛徒共と心中する気はない。頃合いを見て退く故、安堵なされよ」

“武運を祈る”

総司令官クライスト大将との通信が終わると、伯は俺達に向き直った。
「卿等がまだ戦い足りなさそうなのでな、つい殿を引き受けてしまったが…まずかったかな?」
伯の言葉に参謀長が笑い出した。
「いえ。戦い足りないのは閣下の方ではございませんか?」
「はは…それにこのまま逃げ帰ったのでは無名の出師という事になる。殿を務めつつ、敵に出血を強いる。よいな」
「はっ!」
確かに我々は不完全燃焼だった。とは言え味方を守って死ぬつもりは毛頭無い。それに伯の言う通り、このまま逃げ帰ったのでは出撃したのは何の為だったのか、という事になる。多分に政略的な遠征だったからこそ、何らかの結果は残さなくてはならないのだ。出血を強いる…いいじゃないか。




7月1日13:00
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、宇宙艦隊司令部、
ヤマト・ウィンチェスター


 マイクが通信文を手にしている…なんでそんなに済まなそうな顔をしているんだ?第九艦隊から?
…ふむふむ、成程、ヤンさんはヴィーレンシュタインへの進出を進言したのか。有難い事だ、蓋をしようと思ったんだろう……ん?第九艦隊のみ??……全艦隊、いやせめて二個艦隊いないと進出する意味がないぞ…そうか、ヤンさん達では弱かった…。俺はまだともかくヤンさんはまだ佐官だからな、上に受けのいいワイドボーンがいても進言を通せなかったか…まあ、ヤンさん自身が乗艦している第九艦隊が進出してくれるのはありがたい…んん?

 「ヤマト、敵が動き出した…あれは攻勢準備をしているんじゃないのか」
マイクが珍しく緊張を露にしながら概略図を指差している。敵は前衛にヒルデスハイム艦隊、中段に横並びでゼークト、ギースラー艦隊、その後ろにクライスト艦隊、最後尾はシュトックハウゼン艦隊…全艦隊で紡錘陣形を形成しつつあった。
一番傷の浅いヒルデスハイム艦隊が前衛か!
「各艦隊に連絡、後退せよ。後退しつつ陣形を再編、第二、第十二各艦隊は横陣形を取れ。第一艦隊は急速反転し更に後退、第十二艦隊の後方につけ」
敵味方共にお互い有効射程圏外からかなり距離を取っているから、陣形の再編は間に合うだろう。先鋒はヒルデスハイム艦隊か…信じ難い事だがあの艦隊は今の帝国艦隊の中では有力な艦隊だ。トップは平凡な大貴族でもスタッフが優秀だからな…それに一昨年から連戦し続けてその練度は高い。イゼルローンの時も殿戦を任されていた。
「敵さんは遮二無二突破を目指す様だな」
マイクは何故か舌なめずりしている。緊張しているのか面白がっているのかどっちなんだ?
「ああ、敵先鋒は約一万四千隻、嫌になるな。フォーク、このまま状況が推移した場合、予想会敵時刻はどれくらいだ?」
「そうですね…こちらは後退していますから、約一時間有るか無いか、ではないでしょうか」
一時間…ふむ…後退し続ける訳にもいかない…。
「オットー。ちょっとさ、強いヤツを頼むよ」
「強いヤツ?…ああ、待っててくれ」

 オットーが艦橋を出て行く。ちょっと気付けに一杯やって……早いな、もう持って来たのか。
「ありがとう………何だこりゃ!」
「強いヤツって言うから、一番気付けにいいやつと思ったんだが……駄目だったか?」
ブランデーを想像してたのに、何でロンリコなんだよ!…
そもそも何故ロンリコなんてこの艦は積んでるんだ?くそ、喉が焼ける!まあいい、気付けにはなった!
「いや、気合いが入ったよ、ありがとう……よし、全艦隊に通達。全艦陣形固定後、現座標で停止せよ。各艦隊は旗艦にて射撃管制を行え。照準座標を固定する。目標、敵先頭艦。目標が有効射程に入り次第、各艦隊は発砲せよ。斉射三連、射撃命令を待て」
「了解した…二万隻で一点集中砲火か。見物だな」
「第二艦隊にお手本を見せてやろうと思ってね」
オットーは笑っていたけど、中々使う機会がないからな。使用してもその場では一度限り、使用条件も限られるんじゃ中々主要戦術足り得ない。

 ”敵艦隊、増速の模様。イエローゾーンに入ります。敵前衛艦隊、味方有効射程圏内まで約十分“
十分か…長いな。戦闘中はどの局面でもそうだけど、やたらと時間が長く感じる。戦闘開始から一時間経ったかな、なんて思ってもまだ二十分も過ぎていない、なんてザラにある。その二十分という短い時間で戦いの潮目が変化する、なんて事もしょっちゅうだ……なんだ?停止?

 ”敵艦隊停止!陣形を変える模様“
オペレータの金切り声が、概略図の敵状の変化を如実に表していた。敵先頭のヒルデスハイム艦隊が陣形を再編しようとしている。本隊は横陣、右翼、左翼は円錐陣…中央は大きく左右に広がりつつある…艦隊としては横陣だけど左右両翼はいつでも飛び出せる、って印象を受ける……突破では無くがっぷり四つに殴り合う気なのか?
「敵さん、まともにやりあうつもりらしいな」
「ああ、停止して陣形を変えるなんて、そうとしか考えられない」
いつの間にか俺のすぐ横にはマイクとオットーが並んで立っている。二人の意見は俺の印象を肯定していた。
「二人共そう思うか」
「ああ」
「だが、陣形を変えているのはヒルデスハイム艦隊だけだ。奴等は何がしたいんだ?」
確かに陣形を変えているのはヒルデスハイム艦隊だけだ。概略図に映る他の帝国艦隊には変化がない……ん?概略図からシュトックハウゼン艦隊が消えかかっている……。
「概略図の投影範囲を拡げてくれ」
「ん?了解した」
オットーが急いで概略図の投影範囲を調節した…シュトックハウゼン艦隊は最初の位置から動いていない。クライスト艦隊もそれは同様だった。
「後方の二つの艦隊は動いていないな」
「そうだな、縦に間延びしている」
何なんだこれは…今度はゼークト、ギースラー艦隊が動き出した。両艦隊は、ヒルデスハイム艦隊の両翼の後方にそれぞれが遷移しつつあった。三つのが艦隊がそれぞれを頂点に、二等辺三角形のような位置関係を作り出していた。二つの艦隊はいつでもヒルデスハイム艦隊を援護出来る位置にある…。後ろのシュトックハウゼン、クライスト艦隊は後方にあって動いてはいない。何なんだ一体…。

 ”敵が停止しました!……僅かずつですが後退しています“
後退……?
「……各艦隊に通達。先程の命令を取り消す。射撃管制を通常に戻せ。命令、各艦隊は艦隊速度強速にて前進せよ」
「おい、ヤマト」
どうした、とオットーが言いたげだったが今は気にしていられない。敵は……。


13:30
銀河帝国軍、遠征軍、ヒルデスハイム艦隊、
旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 “叛乱軍艦隊、前進!まもなく射程圏内に入ります……入った!”
撃て(ファイエル)!」
敵の前衛は二個艦隊、位置関係が変わっていた。右翼は第二艦隊、左翼は第十二艦隊。その後方に我々に叩かれ続けていた第一艦隊…。
我々の一点集中砲火を受けた第二艦隊は、陣形の中央部に大きな穴が開いていた。敵の取った戦法を真似た訳だが、効果は絶大だった。横陣として左右に広がっていた為に陣形に厚みがなく、開いた穴は敵第二艦隊を完全に分断していた。
「真似してみるものだな。射撃管制を通常に戻せ。アントンに連絡、前進せよ。敵の左翼には本隊とベルタで対応する」
上機嫌な伯爵は第二艦隊の醜態を見逃さなかった。自分達が使用した戦法をすぐに真似されるとは思っていなかったのだろう、敵の右翼は前進を止めて後退に転じていた。こうなっては敵の左翼は下がる訳にはいかない。ある程度踏みとどまって第二艦隊を援護に回らなければならない。
 
 結果として叛乱軍の戦列には変化が起きていた。前衛に第十二艦隊、その右後方に第二艦隊、左後方に第一艦隊…という序列に変化していた。
「アントンは後退、戦列に復帰せよ。アントン復帰後、後退だ」
ヒルデスハイム伯の指示は冴えていた。帝国の藩屏とやらも中々やりますな、とロイエンタールが呟くのが聞こえた…。


14:20
自由惑星同盟軍、アムリッツァ駐留軍第一任務部隊、
旗艦アストライオス、宇宙艦隊司令部、
ヤマト・ウィンチェスター


 敵ながら見事というしかなかった。此方の採った戦法をすぐさま真似て、此方の追い足を止めた…。相変わらず敵は微速で後退している。もう一度あれをやられたら、と第二艦隊は追撃に及び腰になっていた。そのお陰で、というかそのせいで各艦隊とも微速で敵に追従する有り様だった。敵は撤退を目的として積極的に攻勢に出たんだ…とするとヒルデスハイム艦隊が俺達を待ち構えているのは明らかだった…こうなってしまうとどうしようもない。クブルスリー提督が第一艦隊も前に出る、と申し出てくれたが、そうなるとヒルデスハイム艦隊の後方の二つの艦隊も前に出てくる事は容易に想像出来た。
「後ろのシュトックハウゼン艦隊、クライスト艦隊が急速に後退して行くが…追うのか」
オットーの声にも力がない。もう司令部の誰もが敵の意図を理解していた。
「追撃は続行する。今追撃を止めてしまえば、敵は全艦隊で急速にこの宙域から去るだろう。そうなってしまったらヴィーレンシュタインに向かっている第九艦隊だけでは抑えられない。追撃は敵がフォルゲン宙域を去る迄でいい…一歩も引かない、という姿勢を見せれば充分だ」
「…俺達もヴィーレンシュタインに向かえば第九艦隊と挟撃出来るんじゃないのか?」
「…敵は負けて退く訳じゃない。充分に体勢を整えて退いて行くんだ。このまま行けば最初に退いた二個艦隊が第九艦隊の相手を、俺達の相手をするのは目の前の三個艦隊だ。相手は待ってましたとばかりに攻撃してくるだろう。此方も負けはしないだろうが、負けに等しい戦いだ。これ以上の損害は許容出来ない…戦力の回復に時間がかかる。追い返した、これで充分だ。第九艦隊に超光速通信(F T L)を。無理をするな、監視に留めよ、と」
「了解した」
オットーが俺の肩を叩いて通信オペレータの元に向かった。奴の心遣いが嬉しかった。敢えて挟撃するのか、と聞いて来たのは、皆に戦闘が終結に向かっている事を悟らせる為だったのだろう。確かにヴィーレンシュタインに向かっている第九艦隊と挟み撃ちすれば結果はまだ分からない。だがそれは消耗戦覚悟の戦いとなる。それだけは避けなくてはならなかった。

 「ほらよ」
マイクがお疲れとばかりに褐色の液体の入ったグラスを手渡す。またこれか…。
「…ふぅ。ありがとよ」
「作戦目的は果たした。成功だ」
「助かったよ」
「何もしちゃいないさ。各艦隊司令官に通達、だろ?」
「ああ。各艦隊に通達、陣形を再編し、追撃準備を整えよ。追撃は敵がフォルゲン宙域を出る迄とする」
……おや、早速意見具申が来たか…。

”総参謀長、ヴィーレンシュタインに向かっている第九艦隊と連携すれば、敵を叩けるのではないでしょうか“

「パエッタ提督、帝国艦隊は去ろうとしています。我々はアムリッツァ防衛、帝国艦隊の迎撃という任務を果たしたと考えますが提督は如何お考えでしょうか」

“それは…そうですが、敵はまだ健在です。後顧の憂いとなるのではないでしょうか。挟撃のチャンスかと…”

「我々の任務はアムリッツァの防衛です。おそらく敵には二万隻を越える損害を与えたと思います。しばらくは攻めては来ないでしょう。此方にはボーデンにまだ無傷の三個艦隊の味方もいます。それくらいは敵も想像出来ると思いますが…」

“そう…ですな。了解致しました。ご命令通り追撃はフォルゲン宙域内でうち切ります。では”

 パエッタめ…随分しおらしくなってたな。最後の敵の一撃が効いたのかな。奴にも流石に帝国艦隊の撤退の意図は理解出来ただろう…敢えて意見具申する事で失点を取り返したかったのかもしれない。ヒルデスハイム艦隊のあの攻撃は誰も予想していなかったからな。だけど誰も予想していなかったとは口が避けても言えない。誰も責めるべきではない、責めてはいけない事もある…。




 

 

第七十ニ話 戦いの後

帝国暦484年7月3日12:00
ヴィーレンシュタイン宙域、銀河帝国、銀河帝国軍、遠征軍、
ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 「閣下、我々を追撃していた叛乱軍艦隊ですが、反応が消失しました」
「だろうな。彼奴等の任務はアムリッツァの防衛だ。ここまでは追っては来まい」
「ですがボーデン方向…我々から八時方向、四百光秒の位置でクライスト艦隊、シュトックハウゼン艦隊が新たな叛乱軍艦隊と対峙しております」
「ふむ…敵の規模は」
「一個艦隊、一万五千隻です」
「参謀長、どうも分からん。ボーデンには彼奴等の四個艦隊が存在していた筈だが…何故一個艦隊なのだ?」
「さあ…小官にも叛乱軍の意図は解りかねますが、与し易しと思わせてボーデンへ誘導しようとしているのではないか…と」
どうもおかしい。叛乱軍の兵力が此方にも判明している事は奴等も知っている筈、なのに一個艦隊しか寄越さない…参謀長も高い確度があってああ言った訳ではないだろうが…。
「敵の意図は解りかねますが、一歩も退く気はない様ですな。戦闘配置を下令なさいますか?」
「いや、クライスト司令官の下知に従う。彼とてこの状況で戦おうとはすまい。合流が先だ。後は参謀長に任せる」
「はっ…全艦、第二警戒配置とせよ。三時間の休息時間を与える。各部署で交代で休息を取る様に」
参謀長の下した命令を確認すると、伯爵は艦橋を後にした。
「参謀長、休息でよろしいのでしょうか。戦闘の気配はないとはいえ、敵艦隊は存在しています」
「はは、戦う気があるならとっくにクライスト司令官が始めているさ。中途半端な戦果を一番気にしているのはあの方だからな」
それにフォルゲンでの状況を奴等は知っている筈だ、と参謀長は言葉を続けた。そうだ、奴等は追撃を中止した。連携して作戦行動を行っている筈だし、これ以上の損害は奴等とて許容出来ないのだろう。となるとあの一個艦隊は此方の牽制と監視の為に進出して来たのだ。
「卿とロイエンタール中佐は先に休め」
「了解致しました」

 戦闘が無いとは限らない。タンクベッド睡眠は許可されていないので自室にでも引き籠るしかないが、さりとて眠くもない。ロイエンタールも同じだった様だ、俺達二人は自然と食堂に足を向けていた。
「深酒する訳にはいきませんが、まあ、一杯どうです」
ロイエンタールの手にはワイングラスが二つと、チーズとクラッカーの載せられた小皿があった。ワイン選びは俺に任せるという事か…四百八十年か、これでいいだろう。
「何に乾杯するとしようか、中佐」
「そうですな…無名の出師の中、生還出来た事に…でどうです?」
「無名の出師か…そうだな。では、乾杯」
乾杯の後はしばらく無言だった。この艦隊にロイエンタールやミッターマイヤー、その他の有能な士官達を推薦したのは俺だが、そう親しい訳ではなかったし任務以外ではあまり話した事はなかった。勿論二人で酒を酌み交わす事も今回が初めてだ。彼の為人を知るにはいい機会かもしれない。



宇宙暦793年7月3日14:30
ヴィーレンシュタイン宙域、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、
アムリッツァ駐留軍第二任務部隊、第九艦隊旗艦ヘーラクレイダイ、宇宙艦隊司令部、
ヤン・ウェンリー


 クライスト艦隊、シュトックハウゼン艦隊…共に動く気配は無い。ウィンチェスターの言う通り帝国艦隊は撤退する事が目的の様だ。
「まもなく敵はフォルゲンから退いた三個艦隊が合流するが…総参謀長の言う様に本当に攻撃して来ないと思うかね?」
コーネフ提督の懸念は尤もだ。対峙している敵ですら此方より優勢なのだ、そこに三個艦隊が加われば攻撃してこないとも限らない。
「敵はボーデンに此方の三個艦隊が控えている事を知っています。我々に攻撃を仕掛ければ、今は優勢でも時間が立てば形勢が逆転するのは自明の理です。消耗戦は帝国とて避けたいでしょう」
「そうだな、私もそう思う。きつい事だが、もうしばらくはこのまま待機だな」
今となってはボーデンに三個艦隊が残留したのは正しかったのかもしれない。折衷案として我々が進出したものの、これが四個艦隊全てで進出していたら、戦うか戦わないかで揉めたに違いないと思うのだ。我々しかいないからこそ、戦闘は回避する、という方針が貫かれている。そしてフォルゲンの味方は追撃を打ち切った。作戦目的は迎撃と防衛であって、敵艦隊の殲滅ではない。追い返しさえすればよいのだ。七個艦隊…合計十一万隻近い兵力だが、都合よく敵を殲滅できたかどうか。大兵力だが、その分統制の取れた行動が難しくなる。ルーカス司令長官代理がアムリッツァに居れば話は違ったかもしれないが、権威の弱い我々では無理だ。多分ウィンチェスターでも七個艦隊の統率は無理だろう。臨時の配置とはいえ、宇宙艦隊司令部の現地スタッフはみな二十代、世間一般的にはまだ青二才と呼ばれる年代だ。経験も階級も…そしてあまりにも若すぎる…。
「大佐、少し休んではどうか。貴官を含め宇宙艦隊司令部のスタッフは、ヴィーレンシュタイン到着後はろくに休息も取っておらんだろう」
「はっ、ですが…」
「戦闘にならんのであれば、構わんと思うが。休みたまえ。若い者がいざという時動けんのでは困るからな」
「はっ。ありがとうございます」



帝国暦484年7月6日18:00
シャンタウ宙域、銀河帝国、銀河帝国軍、遠征軍、
ヒルデスハイム艦隊、旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル


 結局叛乱軍は一個艦隊が出現したのみで、その一個艦隊も我々に攻撃してくる事はなかった。我々が撤退するかどうかを見張っていたのだろう。
泥縄的に始まった今作戦も終わりに近付いている。クロプシュトック領征伐というイレギュラーは有ったものの、無事生還出来る事は喜ばしい事だ。我々がシャンタウに移動したのを知って通信してきたのだろう、キルヒアイスがFTLで通信を送ってきた。それによると軍内部で遠征軍を非難する声があがっているという。戦意不足、戦果不足、というのだ。戦闘概要は既に宇宙艦隊司令部に送られているが、作戦の総括が終わっていないのにそういう非難が出る、というのは言いがかりに近い。このままでは先入観と憶測に基づいた風聞が流布している只中のオーディンに帰還する事になる…とキルヒアイスは言っている。
 そして現在、その総括の真っ最中だった。報告書にして宇宙艦隊司令部に提出するのだが、これがまた面倒だった。まずは艦隊内の分艦隊以上の指揮官が集まって話し合う。作戦中の行動の再確認、艦隊司令部の意志決定の流れ、艦隊司令部から分艦隊司令部への命令伝達、その実行の不備不具合の有無等、項目は多岐に渡るがそれらを話し合いの中で再確認し、良好な点、問題点を抽出して報告書にする。そしてこの作業は同じ作戦に出撃した艦隊の数が増えれば増える程複雑になっていく。戦闘の流れは戦闘概要で分かるものの、現場で実際に何が起きたか、については総括報告が無いと分からないからだ。今作戦においては参加した各艦隊の総括報告は上級司令部たる遠征軍司令部に吸い上げられ、そこから遠征軍総括報告書として宇宙艦隊司令部に報告される事になっていた。だが…。
「そんな事より、例の件は…姉上は無事なのか?」

”アンネローゼ様はご無事です“

俺にとっては総括なんかよりこっちの件が本題だった。
「そうか、よかった…それで首謀者は判明したのか?」

“形の上ではベーネミュンデ伯爵夫人となります、ただし…
例の書簡の額面通り害意となると、いささか判断が難しいと言わざるを得ません“

「判断が難しい?ではあの手紙は何なのだ、害意ありとハッキリ書いてあるぞ」

“これ以上の事はFTLでは…秘匿回線ではありますが利用時間が制限されておりまして”

「…済まなかった、今回の件では本当に手数をかけてしまったな」

”いえ。アンネローゼ様は私にとっても大事な方です。何の雑作もありませんよ…ラインハルト様の方こそお身体は大丈夫ですか?私が居なくてもきちんと軍務をこなせていますか?“

「何だとこいつめ…それではお前がいないと俺が何も出来ないみたいじゃないか」

“違いますか?”

「はは、肯定も否定もしない、そういう事にしておこうか…オーディン到着は二十二日を予定している。当然、迎えに来てくれるんだろう?」

”軍務ですから仕方ありません“

「ははは…ではオーディンで」

“はい。無事の航海を祈っております”

キルヒアイスからの通信は切れた。半月会わないだけでこうも懐かしい……とりあえず姉上が無事でよかった…いささか判断が難しい、か。またぞろ宮中の力学的なものがついて回るという事だろう、厄介だな…。





宇宙暦793年7月8日09:00
アムリッツァ星系、チャンディーガル、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、
ホテル・シュバルツバルト、アムリッツァ駐留軍司令部、
ヤマト・ウィンチェスター


 「報告書は読んだ、ご苦労だったな。まあかけたまえ」
応接ソファを示され、着席する。
「急を要する事態だったとはいえ、本当によくやってくれた。シトレ閣下の仰る通りだったよ」
ルーカス長官代理は深々とソファに座るとそう言った。
「はあ…シトレ閣下は何と仰られたのですか」
「君なら難なくこなすだろう、とね。まあボーデン方面に向かったヤン大佐は大変だった様だが」
「恐れいります…小官もそう思いましたが、兵力配置が二方面になってしまった為にそうせざるを得ませんでした。ヤン大佐には済まなく思っています」
「貴官が気にやむ事はない。責任は私にあるのだし、貴官は与えられた権限を行使しただけだ。命令は正当な物だし、それはヤン大佐も理解しているだろう」
全くその通りなんだけど…やれと言われた側の身にもなって欲しいもんだ…。
「シトレ閣下は貴官達を高く評価している様だ」
「恐縮です」
「どうだ、このまま宇宙艦隊司令部に残らないか」
「…有難いお言葉ですが、辞退させていただきます」
「何故かな」
「…少々功績を立て過ぎました。小官の様な軍主流ではない人間が、宇宙艦隊司令部に入る。以前にも勤務した事はありますが、このまま行きますと不協和音の元になります。出る杭は打たれる、そして既に出過ぎている…そうはなりたくありません」
「…それはヤン大佐も同様かね?」
「ヤン大佐の考えは分かりかねますが、小官にしろヤン大佐にしろ、物分かりのいい上官の元でないと力を発揮出来ない、という事です…あ、閣下がそうではない、と言っている訳ではありません」
誹謗に近い言い方、と捉えられても仕方がない言い方だったけど、ルーカス長官代理は突然笑い出した。
「私に対して本音で物を言う部下を久しぶりに見たな」
「申し訳ありません」
「いや結構、結構。どうやら私は冷静で謹厳実直と思われているのでな。参謀達も遠回しな物言いばかりなのだよ」
「は、はあ…」
「そうだな、確かに功績を立て過ぎたかもしれんな。シトレ閣下が、高等参事官などと訳の解らない肩書を貴官に与えた意味がようやく解ったよ」
「…何と申したらよいのか判断がつきませんが、ありがとうございます」
「そうかしこまらんでもいい。では私の参謀長としての最後の任務を与える」
「はっ」
「第一、第二、第十二艦隊を引率してハイネセンに帰投せよ。貴官の元の部下も一緒にな。ハイネセン到着後に貴官の総参謀長としての任を解く。任務完了報告はシトレ閣下に行いたまえ」
「はっ。ウィンチェスター准将、第一、第二及び第十二艦隊を引率しハイネセンへの帰投の任務に就きます」




7月11日08:05
イゼルローン回廊(アムリッツァ側)、自由惑星同盟軍、
戦艦ケンタウリ、
ヤマト・ウィンチェスター

 「各艦隊司令官から定時報告、各艦隊共に異常ありません」
「了解」
「あの、閣下」
「何だい、ローザス中尉」
「お言葉ですが、あまりだらけ過ぎるのもどうかと…」
「だらけている様に見えるかい?」
ミリアムちゃんは無言で俺の顔を見ている。起きているだけマシとは思わないか?ヤンさんなんか自室で寝てるんだぞ?ワイドボーンとオットーも自室で三次元チェス、マイクはこの艦の陸戦隊員と装甲服着て模擬戦、可哀想にフォークとスールズもそれに付き合わされている。アッテンさんとカヴァッリ姉さんは食堂でウイスキーやらワインやら抱えてるし、俺のどこがだらけてるんだ?誰一人として艦橋に居ないんだぞ?あいつ等に比べたら俺なんかだいぶマシだろうに…。
「…考え事をしてたのさ。だらけている様に見えたなら俺の人徳不足なんだろうなあ」
「そ、そうでしたか、失礼しました」
「中尉も座ってていいよ」
「ありがとうございます。では何か飲み物をお持ちしますね」
「いいね、じゃあ紅茶入りブランデーを」
「…了解致しました」

 ハイネセンに戻ったら…汚職摘発の件もあるし少将は確実だな。ヤンさん達も昇進は確実だろう。今回戦った艦隊司令官達はどうなるんだろうか。でも中将になったばかりの人達も結構居るからな、自由戦士勲章の授与とかになるんだろうな。それはさておき、戻ったらどうなるんだろう。いつまでも高等参事官なんて役職で居られないだろうし、結果として目立ってるからな、こんな肩書は意味がない。どこぞの艦隊の分艦隊司令でもやるのかな…。二十四で少将…とんでもない、もう上の階級は三つしかないじゃないか。単純に考えてあと三十五年は軍人やらなきゃいけないんだぞ?どこか閑職はないものか…ヤンさんが辞めようとしていた気持ちがよく分かる。主義主張や能力の前に、この先三十年以上も戦争しなきゃいけないなんて気が遠くなるよ…。

 「お持ちしました、どうぞ」
「ん、ありがとう」
…ブランデー入りの紅茶になってる、こういう時はほぼブランデーにするのが目先の利く副官ってもんだぞ、ミリアムちゃん…。
 しかし帝国は何であんな中途半端な兵力で攻めて来たんだ?やはり国内がまとまってないのか?内政問題から目を逸らす為に外征する、ってのは昔からよくある話だけど、その外征すら中途半端にしか行えないんじゃだいぶ酷いぞ。時期的にはまだ外伝の頃だからあまり詳しくないけど、帝国内で色々物事が動くのはやはりラインハルトが宇宙艦隊副司令長官になってからだな…。という事はヤツに功績を立てさせてなければいい訳だから…といってもこればかりは帝国の都合だからなあ。何故か知らんがヒルデスハイムが正規軍に復帰していて、しかも中々の精鋭部隊を率いているという悪夢の様な状況だ。しかも今回も前線に出ている、となるとかなり重宝がられているんだろう。ラインハルトは功績立て放題って事だな…。




帝国暦484年7月23日21:00
ヴァルハラ星系、オーディン、銀河帝国、ブラウンシュヴァイク公爵邸、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥への帰還報告が終わった後、ヒルデスハイム伯と共にその足でブラウンシュヴァイク公爵邸に向かう事となった。何度か足を運んだ事はあるが、いつ来てもここは落ち着かない。貧乏性なのだろうが、広すぎるのだ。この邸宅を掃除する使用人達の苦労を考えるとやりきれなくなってしまう。
「待たせてしまったな」
そう言いながら応接間に入って来たのはブラウンシュヴァイク公だった。そして公を先頭にアンスバッハ准将、シュトライト大佐、フェルナー大尉、そしてキルヒアイスと続く。キルヒアイスが軍用宇宙港に姿を見せなかったのはこの会合のせいだったのか…。
「ますは無事の帰還、祝着至極と言わねばならんな…ご苦労だった。帰還した早々に集まって貰ったのは他でもない、例の手紙の一件だ」
そう、帰って早々に此処に呼ばれるとなると、あの一件しか心当りがない。キルヒアイスがこの場に居るのもそうだし、艦隊の人間では俺一人しか呼ばれていない。ヒルデスハイム伯爵家の人間としてアントン、ベルタ両提督も呼ばれてもよさそうなものだが、そうではないとなるとやはり余人には聞かせられない話なのだろう。余人には聞かせられない話でも、俺の所にも手紙は届いているし姉上の身内でもある、だから呼ばれたのだろう。
「フェルナー、始めてくれるか」
「はい」

 始めろ、と言った公の顔は済まなそうな、情けなさそうな、それとも諦め顔と言った方がいいのか、複雑な表情だった。傍に控えるアンスバッハ准将達も表情が硬い。
「結論から申しますと、今回の件はベーネミュンデ侯爵夫人は関係ありません…全く関係無い訳ではありませんが」
そこでフェルナー大尉は言葉を止めた。皆の視線が俺を向く。
「…しかし、害意はあったのではないのか?無ければあの様な手紙がばらまかれはしないと思うが」
俺の反論に再び大尉が口を開いた。大尉がブラウンシュヴァイク公をチラリと見ると、公は軽く頷いた。続けろという事だろう。
「嫉妬深い方ですからね、侯爵夫人は。害意はありましたがどちらかと言うと妄想に近い物です。侯爵夫人が手を下す事は有り得ない」
「では…」
言いかけた俺を制すると、大尉は続けた。
「ここでグレーザーという医師が登場します。半年程前から侯爵夫人の元に付けられた宮廷医です。手紙は彼の手による物です。グレーザーは侯爵夫人からグリューネワルト伯爵夫人を陥れる相談を受けていました。ですが新入りの彼には伯爵夫人の下に近づく手蔓はありません。侯爵夫人の言い出す内容がエスカレートするにつれて、彼は怖くなった様です。それで助けてくれそうな人に手紙を書いた」
「しかし、いくら手紙を書いても差出人不明では助けたくとも助ける事は出来まい」
「助けは欲しいが、それを侯爵夫人に知られる訳にはいきません。ですから手紙はあの様な内容になったのです」
「侯爵夫人の姉上に対する…いやグリューネワルト伯爵夫人に対する敵愾心は皆が知るところだからな。誰が書いてもおかしくない内容にしたという事だな」
大尉は俺の言葉に頷くと、テーブルに用意してあったケトルからコーヒーをグラスに注ぎ、一気に飲み干した。どうやらアイスコーヒーの様だった。公が変な物を見たかの様に顔をしかめる。

 「アイスコーヒーなど何が旨くて飲んでいるのか理解出来んな。それにしてもフェルナー、何故お前には飲み物があって、我々には無いのだ?」
「アイスコーヒーなど不粋な飲み物と仰ると思いましたので…喋るのは小官ですし、喉も乾きます。閣下のお飲物は別の者が用意されるかと思いまして。考えが至らず申し訳ありません」
大尉は悪びれる事もなく笑っていた。彼が大きく手を叩くと、給仕が飲み物と茶菓子を運んで来た。大尉はブラウンシュヴァイク公の直臣のなかでは若い方だと思うが、こういう図太さが気にいられているのかもしれない。給仕が部屋を出て行くと、ブラウンシュヴァイク公は大きく息を吐いた。
「全く…大尉、続けろ」
「は…ですが、グレーザーの存在とは別に侯爵夫人を唆す方々が居たのです。彼はそれを知ってしまった。手紙を書くに至ったのはその事があったからです。小官とキルヒアイス少佐が接触した当初は、その存在に関しては怖くて言えなかったと言っていました」
哀れなのはグレーザーという訳か。片棒を担ぐ気もないのに一味に入れられそうになった…。だが黒幕が居るならそいつ等が実行犯を仕立ててもよさそうな気もするが…。
「それで大尉、黒幕は誰なのだ?」
「ミューゼル大佐、それにつきましては…」
「グリューネワルト伯爵夫人は皇帝陛下の寵愛を一身に受けておられる方だ。それに小官の身内でもある。この件については宮廷内の事情の考慮や忖度は出来かねる。小官の身内という事は置いておくとしても、至尊のお方の寵姫の命を狙う、というのは帝国への謀叛ととられてもおかしくはないぞ?」
大尉は無表情のまま俺を見つめていたが、根負けした様に大きくため息をつくと口を開いた。だがそれを公が制止した。
「ミューゼル大佐」
「何でございましょうか、ブラウンシュヴァイク公」
「大佐の言う事は尤もだ。だが今は国難の刻、これ以上の詮索は止めて貰いたいのだ。この通りだ」
ブラウンシュヴァイク公そしてアンスバッハ准将、シュトライト中佐も俺に向かって深々と頭を下げた。黒幕は…そうか、公の身内が居るという事か。ヒルデスハイム伯も苦渋の表情をしていた。伯は先に聞かされていたのだろう…。
「…それでも、と小官が申し上げたならどうなりますか?」
「…卿の義心によって帝国は更なる危機を迎える事になるだろう。卿も、卿の姉君も無事では済まなくなるやも知れぬ」
俺を真っ直ぐみつめながらそう言うブラウンシュヴァイク公の顔は、すごく哀しげな顔をしていた…。


 

 

第七十三話 蠢動

帝国暦484年7月23日22:45
ヴァルハラ星系、オーディン、ブラウンシュヴァイク公爵邸、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 今夜は泊まっていけとブラウンシュヴァイク公に言われ、用意された客間で休む事になった。腹が減ったなら夜食も用意してくれるという、至れり尽くせりで有難い事だ……詮索は止めろ、か。やはり大貴族という種族は自己保身に走るのか。いくら姉上に危害は及ばなかったとはいえ、同じ様な事は今後いくらでも起こり得るのだ。俺の家は帝国騎士、キルヒアイスは平民。幼年学校でも似たような事は度々あった。姉上があの男の寵愛を受けているという事もあって、特に大貴族のボンクラ息子どもからの中傷や反感は大きい物だった。姉上は無理矢理後宮に連れて行かれたのであって自ら望んだ訳ではない。姉上、そして俺やキルヒアイスの何が悪いと言うのだ?賤しい平民?貴族とは名ばかりの帝国騎士?望んでそうなった訳ではないし、生まれついた訳でもない。俺達を否定し軽蔑するという事は、帝国も支える土台を否定するのと同じという事に気付かないのだろうか…。

 「ラインハルト様」
ドアを叩く音と俺を呼ぶ声が同時にした。この家で俺をそう呼ぶのはキルヒアイスしかいない。
「構わない、入ってくれ」
キルヒアイスは音も立てずにドアを閉じると、コーヒーを淹れだした。
「大丈夫ですか、ラインハルト様」
「さっきの話の事か?腹ワタが煮えくり返る、というのはまさしくこの事だろうな」
「それにしては大人しくされていますね」
そう言って、キルヒアイスは微笑する。
「茶化すなよ。俺だって公の言う事は分かる、だが詮索するなと言われてはな。姉上の身の安全もかかっている」
「それについてですが、公、そしてヒルデスハイム伯から頼まれました。後の事は私に説明せよ、と」
「ほう…?」

 俺達を呼んだのは、この件に関する認識を共有する為だという。後で聞かされるのと、その場で見聞きするのでは印象が違うからという事らしい。確かに後から人づてに聞くのでは、話してくれた人物の思考のフィルターがかかってしまう。こちらから質問しても、その人物の考え方が多少なりとも入った物が返事として返ってくる。言葉の受け取り方が人それぞれ違うから起きて当然の事なのだが、それなら関係者が一同に介して話した方がいい。その場は荒れる危険性はあるが、後から聞かされていないなどと騒がれるよりは余程いい…という理由からだそうだ。だが詮索するなと言っておきながら、わざわざキルヒアイスに説明させるのは何故なのだ?
「詮索無用と公は言った。なのに何故お前に説明させる?」
「気が変わったと。ミューゼル大佐はグリューネワルト伯爵夫人の身内、騒いでもためにならぬ。だが詮索するなでは大佐も身内の事ゆえ納得すまい、ワシに代わって説明してくれ、ワシから聞かされたのでは大佐も怒りが収まらぬやも知れぬと…公はこの件に関しては、自分の名に懸けて何らかの決着ををつけると私に約束してくれました」
「決着をつける…」
意外な気がした。ヒルデスハイム伯ならまだ分かるが、ブラウンシュヴァイク公も俺の事高く買っているのだろうか。何故にこうも親切、いや親身なのだろうか…。
「はい。実は最初に食って掛かったのは私なのです。まあ、公ではなくフェルナー大尉に、ですが」
「大人しく出来なかったのはお前の方だったな」
「はい、お恥ずかしい限りですが…この件の捜査を始めた時、大尉に言われたのです。少佐はミューゼル大佐の家臣ですか、と」
「…キルヒアイス、俺はお前を家臣などと思った事はない。お前はかけがえのない友達だ。そして…」
「解っています、ラインハルト様。でも私は大尉に、そう思ってもらって構わないと答えました」
「キルヒアイス…」
「私とラインハルト様のこれまでの関係性からいって、そう答えるのが自然だと思ったのです…まあそれはさておき、捜査が進むにつれて、この件の正体が見えてきました。そこで大尉と口論になったのです」
「黒幕は誰で、それをどうするか、という事だな。詮索するなと言うくらいだ、公の身内が居るのだろうな」
「はい。フレーゲル男爵、コルプト子爵の名が挙がっています。彼等はアンネローゼ様が後宮に居る事、我々がヒルデスハイム伯爵の元で働いている事が腹立たしい様です。そしてブラウンシュヴァイク公がアンネローゼ様を庇護しているのも許せない」
「我々が同門の側に居る事が気に食わないという事だな。ベーネミュンデ侯爵夫人の名を借りた意趣返しという事か」
「その通りです。アンネローゼ様に罪を着せるか、その疑いを持たせればアンネローゼ様も後宮から追い出す事が出来る、同時に連座させて我々も追い出す事が出来る…」
「連中としてはしてやったりという訳だ。充分に害意は成立しているな」
「はい。あとはグレーザーを実行犯に仕立てる…その手筈でしたが、皆が予想もしなかった事が起こります。クロプシュトック侯の反乱です。あの件が黒幕達を怯えさせた。黒幕達はあの件とは無関係ですが、あの事件が起きた事で彼等の中で疑念と恐怖が生じたのです」
「恐怖を抱く理由があったのだな」
「はい。事件が起きた時点で、黒幕達は侯爵夫人を焚き付ける以外には特に何もしていませんでした。ですがブラウンシュヴァイク公爵邸で爆破テロが起きた。あからさまに皇帝を狙ったものです。テロが成功していたら…考えたくはありませんが当然アンネローゼ様だけではなく皇帝そしてブラウンシュヴァイク公、他の出席者も巻き込まれた筈です。黒幕達はアンネローゼ様を追い落とす為に謀議していたのであって、皇帝や公、その他大勢を巻き込む事は考えていないのです。どこからかこの謀議が漏れているのではないか、と…」
「陰謀を弄ぶ故の恐怖か…もしそうなら陰謀を知った者から密告すると脅迫されるか、逆にその者に陰謀を利用されるか、だ。フレーゲル達は後者だと思ったのだろう」
「はい。テロの犯人は状況からいってクロプシュトック侯で間違いありませんが、ブラウンシュヴァイク公主催の園遊会で、しかも皇帝の行幸を得ている園遊会を欠席するとなると、大貴族にとっては余程の事です。あの時点では理由をつけて欠席した者達は必ず疑われる」
「確かにあの場にはアイツ等は居なかった。姉さんだけでなく、俺やお前まで居るのだからな、顔も見たくないとでも思ったのだろうよ」
「ハハ、そうかもしれませんね…ですが意趣返しまでは大目にみても、結果皇帝に被害が及ぶ恐れがあったとなれば話は変わってきます。軍がクロプシュトック侯討伐に向かったものの、それとは別に公の直命でフェルナー大尉と私が動いているのを知った黒幕達は時期的に考えて、私達が捜査しているのはテロの件だと思ったのです。彼等はこの時点では手紙の存在を知りませんから、そう思うのも当然です。謀議が漏れているかもと怯えていた彼等は、テロの罪まで着せられては敵わないと密かに公に泣きついた」
「ふむ…しかしグレーザーは黒幕達の存在を知っていたのか?」
「彼等が出入りしていたのは知っていたと言っていました。そして彼自身は関与していないにも関わらずコルプト子爵から密告を疑われる様になった…グレーザーとしては全て侯爵夫人の妄言と思っていた訳ですから、怯えるのも当然です。この事が決め手となって手紙を書いたと言っていました」
「実行犯の候補になった上に密告を疑われる…次は切られるのと考えるのは、健全な頭の持主なら容易に想像出来る事だ。フレーゲル達とグレーザー…それぞれが個別に怯えた結果、姉さんは無事だったという事か」

 姉上の無事は素直に喜ばしい事だが、何とも情けない連中だ。自分勝手に他人を妬んで陥れようとした上に、都合が悪くなるとそれから逃げようとする…度しがたいにも程があるというものだ。だが…。
「おおよその事は分かった。だが一つ気にかかる事がある」
「何でしょうか?」
「ブラウンシュヴァイク公はこの事を…フレーゲル達の企みを元から知っていたのではないか?」
俺の問いにキルヒアイスは目を静かに閉じた。意趣返しは大目にみても、というキルヒアイスの言葉に違和感を感じたのだ。公の黙認があればこそフレーゲル達は泣きつく事が出来たのだ。多分公にはフレーゲル達の気持ちも分かるのだろう。成り上がり者を蹴落とす。我々を庇護下に置いた事は公にとってはヒルデスハイム伯からの希望や政略面からの思惑からだろうが、それを一門全てが納得しているとは限らない。ましてやフレーゲルは以前から俺の事を『金髪の嬬子』呼ばわりしていた。ガス抜きの為と思ったのだろう、意趣返しなら、と暗に認めたに違いない。だがそれも収拾出来る範囲に留めろとも示唆した筈で、まさかベーネミュンデ侯爵夫人まで巻き込んでいる事までは知らなかっただろう。だが事態は思わぬ方向に行ってしまった…。
「…はい。知っていた様です。どの様に実行するかまではご存知なかった様ですが」
公は多分激怒しただろう。想像もしたくないがもし成功していたならばどうなったか…確かに姉さんは後宮から追い出されただろう。だがそうなればベーネミュンデ侯爵夫人がここぞとばかりに囃し立てるのは目に見えている。だが姉さんが後宮から居なくなっても皇帝の寵は侯爵夫人に戻るとは限らないのだ。となると侯爵夫人は益々騒ぐ。夫人を利用した企みも表に出るかもしれない。となれば当然侯爵夫人も後宮を追い出されるだろう。
 皇帝は寵姫を二人も失なった上に妾の管理も出来ぬお方と陰口を叩かれ権威は失墜だろうし、それに糸を引いているのは皇帝の外戚の片方とその一門…。リヒテンラーデ侯やリッテンハイム侯がその状況を黙って見ている訳はない。皇帝が望まなくともブラウンシュヴァイク公も何らかの処罰を受けるだろう。俺や姉さんへの意趣返しどころの話ではない、全く何も得る物がない上に新たな宮廷闘争の始まりだ。
いくら自分の甥であっても自分を危険にさらした者を公が放っておく筈もない。ブラウンシュヴァイク一門では内部粛清が始まるかもしれない。そしてまた新たな混乱の種が生まれる…。とんでもない話だ。

 キルヒアイスはどんな気持ちで公の言葉を聞いたのだろう。俺なら耐えられただろうか…。事情を知りながら素知らぬ顔をするブラウンシュヴァイク公…詮索するなと言った公の気持ちも分かるが、これではまるで喜劇ではないか。だが喜劇なら人の命は危険に晒される事はない。出来の悪い喜劇……。

「キルヒアイス」
「はい」
「力が欲しいな、何者にも負けない力が。そうは思わないか」
「ラインハルト様、ここでは」
「構うものか…初代皇帝ルドルフは最初から皇帝ではなかった。貴族ですらなく、銀河連邦のいち少将だった…奴は実力で成り上がった。ルドルフに出来た事が俺には出来ないと思うか?…ふん、独り言だ。世辞も追従も要らないぞ」
「…では、当面の目標を決めなくてはなりませんね」
「ふん、とりあえずは艦隊司令官から宇宙艦隊司令長官だな……で、公の言った処罰というのは公式な物なのか」
「それについては何とも…」
「皇帝の寵姫を害しようとしたのだからな、厳しく罰してもらわねばならん。身内の立場としてはこの手で殺してやりたいくらいだ」
「ラインハルト様」
「これくらいはいいだろう…だがグレーザーはどうなるのだ?言わば奴は犠牲者だろう。そして訴え出た張本人だ。情けをかける訳ではないが、奴も何か罰を受けるのか」
「譴責の上解雇、という形になりますが…五日前から所在不明となっています」
「所在不明?」
「はい。接触して以来、フェルナー大尉と彼の部下が交替で監視していたのですが…」
「監視の目をかいくぐって姿を消したと?フェルナー大尉は監視対象を見逃す様な間抜けには見えないが…とすればその部下も間抜けではない筈だ。違うか?」
「私もそう思いますが…最悪の場合、大尉の独断、という事も有り得ます」
「…有り得ない事ではないな。有っては欲しくないものだが」
「大尉も困っていました」
「困っていた?自分が疑われる事が?グレーザーが消えた事が?どちらにせよこれで詮索は不可能だ。フレーゲルやコルプトに直接聞く訳にはいかないのだから」
臭い物には蓋、とは日常でも当たり前の話で、早くどうにかしなくてはならない事の一つだ。早ければ早い程良い。フレーゲルの立場であれば自分達の身の保全の為、フェルナー大尉…ブラウンシュヴァイク公の立場であっても同じ事だ。世の中、納得できなくても受け入れなくてはならない事が多い。権力者達が関わっているとなれば尚更だろう。
 部屋の中に再び静寂が訪れようとする中で、コーヒーカップの音だけが静寂に対抗している。それに耐えかねた訳ではないだろうがキルヒアイスが再び口を開いた。
「一つ気にかかる事があります。グレーザーはフェザーンと繋がっていました。侯爵夫人付の宮廷医になれたのもフェザーンの手回しがあった様です」
「やはりフェザーンか。それにしても奴等らしくない失敗だな。こうも痕跡を残しては、陰謀を企む意味があるまい」
「私もそう思います。アンネローゼ様がご無事なのはいいのですが、他にも何か企んでいるのでは…」
「だろうな。今回は陽動なのかもしれん。だがまあいい、この件がもし陽動なら、フェザーンの目標は姉上ではないという事だからな」



宇宙暦793年8月15日14:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、統合作戦本部長公室
シドニー・シトレ


 「それで、貴官はこの先どうなると考えているのだ」
「この先、とはどういう意味でしょうか」
目の前にいるこの男…ウィンチェスター少将という男はたまにとぼける所があるのが悪い癖だ。心底とぼけている様にも、わざとやっているかの様にも見えるのが腹立たしくもある。慣れている私ですらそうなのだから、そうでない者にとっては尚更腹立たしい事だろう。
「どういう意味ではないだろう、君!上司が質問しているのだからちゃんと答えんか!」
特に、私の目の前にいるもう一人の人物、ネグロポンティ氏にとっては、馬鹿にされている様に感じているに違いない。
「この先というのが小官の今後という事なのか、同盟の今後という事なのか、帝国の今後という事なのか…主旨が曖昧で判別しかねる部分がありまして」
「何を言っとるんだ君は!本部長や国防委員の私が聞いておるんだから同盟軍の採る今後の戦略に決まっておるだろうが!」
「はあ…そういう事でしたら政府の決定事項に軍は従うのみであります。軍が勝手に戦略方針を決める事は出来ませんし、いち少将でしかない小官が憶測で勝手に語る事は出来ません」
多分、ウィンチェスターはネグロポンティ氏が嫌いなのだろう。
「君は私を馬鹿にしているのか!方針については君に聞けと本部長が言ったのだ!どうなっとるんだね本部長!」
「申し訳ありません。少将、同盟軍の採る今後の方針について、貴官の思う所を述べてみたまえ」
「まさか、小官の意見が採用されるのですか?」
ネグロポンティ氏は沸点が余程低い人物の様だ。沸点が低くなる理由が判らんでもないが…。
「それはまだ分からん、だが来年度の予算折衝に必要な事なのだ!」
「とすると…国防委員会はいち少将の私案というあやふやな物で来年度の予算折衝を行おうとしているのですか」
「そんな事は言っていない!」
「ですが、そう仰っているのと同じではありませんか。小官は軍の最高責任者ではありませんし、例え本部長が小官に聞けと申されたとしても、軍の進退に関わる様な事をおいそれと申し上げる訳にはいきません。ここで小官が何か発言してそれが議題に挙がる。それが軍の公式見解ではないとなったら、誰が言ったのだ、という話になります。小官は槍玉にはあげられたくありません」
国防委員というのは厄介だ。評議員には変わり無いから自分の点数を上げる為に色んな事を言ってくる。ネグロポンティ氏も委員会での点数稼ぎの為にここに来たのだろう。予算に関わる話など、いち国防委員に話す物では無いし、本当に予算に関わる話ならこうやって突然来る事など有り得ない。

 「私案を示せというのが本部長の命でもかね?」
「はい」
「…国防委員長に報告するが、構わないかね?」
「ご自由に」
ご自由に、と言われてはネグロポンティ氏は何も言い返せないだろう。勝負あったな。
「委員、少将には本職からよくいい聞かせておきますので、今日の所はお引き取りを。いやはや、強情で本職も困っておりまして」
「…了解した。また日を改めるが、この件は国防委員長に報告するからな!」

 肩を震わせながらネグロポンティ氏は公室を出ていった。
本当に報告するとしたら、氏も大した人物ではない。
「本部長」
「何かね?」
「面倒を小官に押し付けるのは止めて下さい。小官は暇ではありません」
「艦隊の編成は貴官がやっている訳ではないのだろう?」
「それはそうですが」
「しかし見事な物だな、私の意を汲んで見事に追い返した」
「言った通りですよ。小官の発言が軍の来年度予算に影響するなんて事になったらとんでもない事態です。私的ルートで予算に口出した、なんて思われたら軍も小官自身も迷惑極まりない」
「そうだな。軍部の中にも国防委員や懇意の評議員に私案を持ち込む輩がいる。結果情報漏洩が生起して軍部は信頼を失う。利敵行為だよ」
国の為、と言いながらやっている事は点数稼ぎに過ぎない。そういう連中を厄介に思うが故に、追い払おうとして喋ってしまう事がある。その結果起こるのは情報を漏らした者の特定、マスコミ対策、防止策の策定、軍法会議…後ろ向きの仕事ばかりなのだ。国防を司る評議員達が発生原因だとしたら、自ら負け戦に突き進んでいるとしか思えない…。


8月15日14:30
同所、ヤマト・ウィンチェスター

 全く、ネグロポンティを追い返す為だけに呼び出しやがって…俺は忙しいんだ!
 ハイネセンに戻ったら少将に昇進、新設する艦隊司令官への内示を受けた。当初はどこかの艦隊の参謀長か副司令、または分艦隊司令として転任する筈だったんだが、空きがない。どの艦隊の司令職や参謀長もアムリッツァ占領以降の新体制になったばかりで理由もなく転任させる訳にもいかないし、同じ理由で先日の防衛戦では俺達以外昇進していないのだ。だから空きがない、という事で既存の艦隊への転任は無くなってしまった。艦隊への転任も望んだ訳じゃない、いっそ査閲部とかに回して貰えませんか、と頼んでみたけど、そこも空きがない。じゃあ統合作戦本部勤務のままでいいじゃないですか、とも言ってみたものの将官配置の空いている役職は本部次長しかなく、しかもその配置は大将または中将が充てられるらしい。では高等参事官のままか本部長の副官ではどうですか、と言ってみたら、高等参事官は臨時の物だし本部長の副官は大佐または中佐配置だという。そういえば、劇中では本部長の副官って見なかったな…。
 
 「やはり今でも艦隊司令官は気が進まないかね?」
シトレ親父はにやにやと笑っていた。
「少将という身分で独立した艦隊司令官というのはどうも…」
「だが、いずれは貴官も中将という地位を得て艦隊司令官職を経験するのは確実だ。それが少し早くなっただけだ」
「それは本部長の仰る通りなのですが…小官を目立たせなくする為に高等参事官にしたのではありませんでしたか?」
「目立たせたくなくても目立ってしまうからな、君は。であればむしろそのまま突っ走ってもらって、最高位を極めて貰おうと発想の転換をしたのだよ」
「小官に統合作戦本部長に就けと!?」
「宇宙艦隊司令長官でもいいだろう。君がそういう地位に就けば、君の理想とする同盟軍を創る事が出来るぞ」
「出来れば小官はこのまま閣下をお支えしたいのですが」
俺がそう言うと、シトレ親父は応接セットを見やった。はい、コーヒーですね…。コーヒーを用意する間にシトレ親父はデスクを離れてソファに深々と腰を下ろした。
「…君は私の好みをよく判っているようだな」
「何度も淹れてますので」
「はは、そうだったな…今でも充分に支えて貰っている。ルーカスに君を臨時に宇宙艦隊司令部に容れるように言ったのは私なのだ、想像はしていただろうがね」
あれは本当に寝耳に水だった。臨時とはいえ准将が前線指揮するなど有り得ない。
「君は権限を与えられ、見事に任務を果たした。君のスタッフもそうだ。君とヤン准将とで分割指揮した」
「あの時は小官は准将、ヤン准将もまだ大佐でした。敵の増援の有無が判らず、やむを得ず二つの宙域に分けて兵力配置を行いました。そして小官は総参謀長、ヤン大佐は次席参謀でした。小官はすでに将官でありましたからまだいいとしても、ヤン大佐にはかなり迷惑をかけてしまったと思います。権限があるとはいえ大佐という階級では艦隊司令官への抑えは効きません。つらい任務だったと思います」
「だが君は、君達は成功した。それで私は再確認したのだよ」
「再確認…何を再確認なさったのですか」
「私の引退の時期だ」

 

 

第七十四話 第十三艦隊、誕生

宇宙暦793年10月2日09:45
ケリム星系近傍、C訓練宙域、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第十三艦隊、旗艦グラディウス
ヤン・ウェンリー

 艦隊は今、ケリム星系からそう遠くない訓練宙域にいる。我々が所属するのは新設の第十三艦隊、異例づくしの艦隊だ。正規艦隊ながら司令官は少将、艦隊規模は半個艦隊規模の七千五百隻。設立の経緯も異例づくしなら、艦隊内の人事も異例づくしだった。

艦隊司令官:ヤマト・ウィンチェスター少将
副官:エリカ・キンスキー・ウィンチェスター少尉
艦隊参謀長:ヤン・ウェンリー准将
作戦主任参謀:マルコム・ワイドボーン大佐
作戦参謀:ジャン・ロベール・ラップ中佐
作戦参謀:アンドリュー・フォーク少佐
運用主任参謀:オットー・バルクマン大佐
運用参謀:マイケル・ダグラス大佐
運用参謀:スーン・スールズカリッター少佐
後方主任参謀:パオラ・カヴァッリ大佐
司令部内務長:ミリアム・ローザス大尉
旗艦艦長:ダスティ・アッテンボロー大佐

 艦隊司令部のスタッフは皆、艦隊司令官の高等参事官時代のスタッフ、そして司令官の奥方で構成されている。情実人事と言われるのを避ける為に、司令官の係累が副官を務めるなどという人事は通常なら有り得ない。そして分艦隊司令がいない。司令官の方針として、艦隊内で個別に戦力を運用する際はその都度戦隊規模で任務部隊を編成するという運用方法を行う。確かに任務部隊方式は配置や編制に囚われずに柔軟な戦力編成を行えるというメリットがある。
『ウチの艦隊は正規艦隊の半分の規模ですから、正規艦隊というよりは分艦隊そのもの、といった扱いをされる筈です。ですから個別に小戦力を分派するという状況が生じた時はその都度に任務部隊指揮官を任命して編制に囚われない戦力運用を行った方が合理的です。派出規模が大きい時は、参謀の誰かを臨時の戦隊司令に充てます』
とはウィンチェスターの弁だ。だがその分任命された任務部隊指揮官への負担は大きい。戦艦の中佐艦長や我々の誰かが突然、これこれの戦隊を率いろ…なんていう事も充分に有り得るのだ。
『戦隊を率いている、ではなく何人かを指揮すると思えばいいでしょう。兵士一人一人を直接指揮するのではないのですから』
これまたウィンチェスターの弁だ。確かにその通りなのだが、用兵、指揮統率という能力は、一番表に現れ難い能力だ。名艦長がそのまま名司令官、という訳じゃない。ある意味この運用方針は佐官級指揮官達の覚悟が問われるだろう。艦隊司令官自ら能力の低い者は要らないと公言している様なものだ。
『地位を得ればいずれ艦隊司令官職を経験する事もあるでしょう。その準備運動だと思って下さい。私はシトレ本部長に似た様な事を言われましたよ』
これも全くその通りなのだが、そう言われる方はたまったもんじゃない。私だって言われたらへこむだろう…。

 『お前さんより先にウィンチェスターが艦隊司令官になるとはね。で、お前さんも准将か、並ばれたな。まあ乾杯』
『追い付きはしましたが追い越す事はありませんから心配しなくていいですよ、キャゼルヌ先輩…それにしても異例です。少将で艦隊司令官、規模は半個艦隊…何か特別な任務でもあるのでしょうか。シトレ校長から何か聞いていませんか』
『何も。想像がつくか?』
『さっぱりです。ウィンチェスターに配置が無いからと言って、それだけの理由で艦隊を新設するとも思えないのですが。ただ…』
『ただ、何だ』
『何というかその、物事の流れが加速されている、物事が起こるべくして起きている、そんな気がしまして』
『物事の流れ?歴史家ヤン・ウェンリーかく語りき、という訳か?』
『そんな大層なものではありませんよ。ただそう感じるのです』
『しかしそう感じる原因があるのだろう?やはり帝国領に進攻した事か?』
『はい。ただの思いつきと言いながらウィンチェスターはその後の事もちゃんと考えていました。そうでなければシトレ校長は自分の作戦案を修正などさせないでしょう。やはりアッシュビーの再来、その二つ名は伊達じゃない。むしろアッシュビー提督よりその才幹は上でしょうね。イゼルローン要塞奪取だけではなく、アムリッツァという地を得た。彼の作戦案によってです。名はシトレ校長ですが実はウィンチェスターです。彼の為人は派手さに欠けるので皆あまり実感していないかもしれませんが、同盟にとって既に生ける英雄ですよ。これから同盟軍は彼の構想の実現手段に過ぎなくなるかも知れない』
『…アッシュビー提督は情報の価値を正しく理解した極めて優秀な戦術家…お前さんのアッシュビー評だったな。確かにアッシュビー提督の功績はすごいが、お前さんの言う通りそれは戦場に限定されていた。730年マフィアも含めて、帝国に対して優勢に戦っていたにも関わらず彼は帝国領を占領まではしなかった。防衛戦という地の利もあったろう。悪い言い方をすればド派手な戦争屋とも言える。お前さんの見立では、ウィンチェスターはそれを越えるというんだな……奴さんが言っていたのは確か、帝国の宗主権を認め我々の自治権を認めさせた上での降伏、だったな。実現すると思うか?』
『どうでしょう。自分で言い出した以上、彼は実現に向けて動くでしょう。今まで誰もそんな事は言い出さなかったし、誰も考えた事はなかった…それが流れが加速していると感じる理由です』
『成程な。だがそうなると話は軍事面に留まらなくなる。政治家の領分だろう?』
『確かにそうですが、政治と戦争は表裏一体ですよ先輩。実力を伴う外交が戦争です。同盟と帝国はお互いを認めていないのですから穏健な外交手段がない。ですから何らかの結果を出す為の舞台を整える為に我々は戦っているんです』


「参謀長、艦隊の状況はどうですか」
「はい、今のところ問題ありません。索敵状況も異状ありません」
「ありがとうございます…ヤンさん、アムリッツァ防衛の時もそうでしたが、貴方を参謀長と呼ぶのは何だか妙な感じがします」
「はは、小官も妙な気持ちです。閣下が高等参事官の頃はそうも思わなかったのですが…閣下、まもなく演習開始になります、気を引き締めて参りましょう」
ウィンチェスターは私の言葉に意外そうな、そして面映ゆそうな笑顔を作りながら深く頷いた。

 ウィンチェスターの為に新設されたと言っても過言ではない艦隊。新造艦は少ない。新造艦は出来るそばから先日の戦闘で損害を受けた艦隊に回されている。だからこの艦隊を構成する艦艇は修理が終った艦艇やオーバーホールの終ったベテランの艦艇がほとんどだ。だが元の乗員は所属していた艦隊に戻っていくから、乗組員の大半が新兵や経験の浅い士官達ばかりになっている。しばらくは練習艦隊の様な有り様になるだろう。


 『それ位俺だって解っているさ、もう一杯いくか』
『ありがとうございます…私も将来について考えた事はあります。イゼルローン要塞を奪取して、その戦果を材料に帝国と講和する。恒久的平和など人類社会にはなかったのですから、とにかく平和と呼べる状況を作って次の世代に引き渡す…ですがウィンチェスターは私の考えを否定しました。講和では帝国は面子を保てない、宗主権という名分は帝国に与え、こちらは実を取り降伏する…言葉は違えど平和は訪れます。だから否定されても腹立ちはありませんでしたし、むしろこんな考え方もあるのかと思いました』
『主義主張は生きる方便と奴さんは言っていたな、そういえば…ほら、グラスを寄越せ』
『ありがとうございます。ですが、今思うとウィンチェスターの降伏論には不確定要素が大きいのです』
『不確定要素?』
『はい。帝国の体制の自壊を待つ、という点です。五百年続いてきた政治体制がそう簡単に崩れるとは思えない』
『奴さんは帝国の兵力の誘引撃滅も主張していたぞ。それこそ持久策を採って、というやつじゃないのか』
『それは分かります。ですが帝国が、今は臥薪嘗胆と持久策を採ったならどうなります?自壊ではなく国論をまとめ強固な体制となったなら?彼の降伏論は破綻はせずとも実現は遠いものとなってしまいます』
『だが帝国の国是は神聖不可侵、外敵は認めないぞ。臥薪嘗胆、力の劣る者が他日に備えるという現実を帝国が認めるかな』
『認める事が出来たなら』
『……どちらにしろ世の中の動きは加速していく、という事か。どちらに転んでも、シャルロットの婿を見つけるまでは死ねんしな。どうだ、もう一杯いくか』

 
 「どうしたんです?私の顔に何かついていますか?」
「いえ、何故奥様を、キンスキー少尉を副官になさったのかと思いまして」
「新婚旅行」
「え?」
「冗談ですよ。新婚早々ハイネセンで一人にさせるのも可哀想ですし、であれば副官にと思いまして。職場結婚は珍しくもないですし、副官人事は艦隊司令官の専権事項ですし…何か問題でも?」
確かに軍内部でも職場結婚は珍しくはない。だが通常は配属先が同一になる事はない。係累、親族が途絶えるのを避ける為だ。結婚した一方はハイネセンに残るか、出身星系又はそこから近い基地に配属される。これは地球時代からの軍の不文律だった。出撃中に結婚する場合もあるが、作戦終了後か、余裕があればどちらかはその場で離隊を許可される。
「死ぬ時は一緒、って言われたんですよ。妻は実家が実家だし、私として避けたかったんですがね。愛されちゃってますね」
「いち男性としては羨ましい限りですが、職権乱用、と周囲に受けとられるのではないかと…」
「公私共に私を良く知る人間が副官をやる。適材適所ですよ。言わせたい人には言わせておけばいいんです。参謀長が気に病む必要はありませんよ」
「はあ…」


同日10:00
ヤマト・ウィンチェスター

 立場が人を変えるというのは本当だな、まさかヤンさんに心配されるとは思わなかった。艦橋に持ち込ませた会議用の円卓にはヤンさん以下の司令部スタッフが勢揃いしていた。
「時間です。さあ訓練開始です……参謀長、現在の配置状況は?」
「哨戒第二配置です」
「上げましょう。全艦戦闘配置」
「了解致しました、…全艦戦闘配置!」
マイクがおいおいと笑っていた。皆も苦笑する中、エリカが質問をぶつけて来た。
「あな…閣下、何故全艦戦闘配置なのですか?小官は艦隊での訓練は初めてでして」
「ああ、そうだったね…少尉、イゼルローン、アムリッツァを同盟が保持している現在、帝国艦隊と遭遇する可能性があるのはどこになるだろう?」
「……アムリッツァ帝国側外縁部、もしくは帝国領域です」
「そうだね。同盟領内に帝国が攻めて来ていた頃とは違う。であれば常に会敵する可能性がある、それに備えての戦闘配置という事だ。それにうちの艦隊は新兵ばかりだ。訓練とはいえ最初から緊張感が必要だ」
「そうなのですね…」

 キンスキー少尉…エリカを副官にするにあたって、俺は彼女に条件を出した。本来なら自分の妻を副官にするなど有り得ないからだ。任務中、人前では気安い態度をとらない事。命令がない限り私事を優先しない事……当たり前の事だけど釘は刺しておかなきゃならなかった。何故なら俺を含めスタッフが皆友人かそれに近い存在だからだ。友人同士、親しい先輩後輩、であればあるほど公私を切り分けるのは難しい。
 釘を刺すくらいならエリカを副官にしなくてもいいんじゃないか…希望したのはエリカで、俺じゃない。ハイネセンで待っててくれと言ってみたものの、この企みには黒幕がいた。マイクとオットーだった。
『結婚して旦那は出撃、気がついたら未亡人…なんて事もある。そうなったらエリカちゃんが可哀想だろ』
『マイクの言う通りだ。少将で艦隊司令官なんて、前例の無い人事だからな、もう一つくらい前例の無い事をやってもいいんじゃないか。それに最年少の艦隊司令官は愛妻家、恐妻家、とでも思われていた方がやっかみも減るだろうよ。お前だってエリカちゃんに悪い虫がつく心配がなくなっていいだろう?』
『お前等なあ…』


 艦隊の錬成訓練の相手はクブルスリーの率いる第一艦隊、一万五千隻だ。先日のフォルゲン星域の艦隊戦で受けた損害を復旧し、俺達と同じ様に錬成訓練を行っている。ただ俺達と違うのは、うちの艦隊は一から立ち上げたばかりで艦隊の練度は恐ろしく低いけど彼等はそうではない、という事だ。第一艦隊だって人員の損害は大きかったけど、元の艦隊構成員はまるまる残っている訳だから、新規の補充要員の練度を上げればいいだけで済む。とんでもないハンデだ。
「今のところ、第一艦隊の影はありませんが…彼等はどの様な戦術を採るでしょうか。発言は自由です」
挙手の後発言したのはワイドボーンだった。
「敵…第一艦隊はこちらの二倍の兵力です。単純に兵力を二分して索敵しつつ分進合撃の体制を採るのではないかと考えます。向こうも錬成中ですし、それほど複雑な戦術は採らないかと思われます」
「ふむ…それなら分進したどちらかが我々と会敵しても、残りのもう一方が来援するまで耐えればいい。第一艦隊の勝率はかなり高いですね。それに対し、我々の採る方策は?」
「選択肢は多いとは言えません。敵が分進合撃策を採っていた場合、こちらは後退しつつ会敵した相手の漸減を図り、相手の合流までの時間を稼ぎます」
「稼いだ後はどうなりますか?」
「……撤退もやむを得ないかと思われます」
「そうなるでしょうね。我々に援軍はありませんし、こちらが少数なのは向こうにも判っているのですから、我々が後退しても無理に追撃してこないかもしれない。それに…」
俺が口を止めて用意してあったコーヒーセットに手を伸ばすと、代わりにヤンさんが俺と同じ考えを口にした。
「…最悪なのは第一艦隊の残りの兵力が我々の退路を塞ぎに来る事だ。我々と会敵した敵は当然ながら我々と遭遇した事をもう一方に報告する。報告した敵は戦端を開く。報告を受けたもう一方の敵は戦闘中の味方に合流するのではなく、我々の退路を断つ行動を採る。理想的なタイミングであれば前後から挟撃されて我々は殲滅される」
…ヤンさんに言われると、既定路線の様で恐ろしい…それにしてもマイボトルでマイ紅茶を用意しているなんて用意周到ですね…。

 「衆寡敵せず、ですか……ぁ痛っ」
アンドリュー・フォークがまるで他人事の様な感想を口にした。何故かパオラ姐さんに小突かれて小さい悲鳴を上げている。衆寡敵せず…その通りなんだよ。寡兵を以て大軍を討つ…聞こえはいいがとんでもない難事なんだ。百対二百とかであればまだやりようはあるけど、七千五百対一万五千では全くお話にならない。
 アッテンさんがマイクに近寄って耳打ちしている。マイクが頷くとアッテンさんは済ました顔で艦長席に戻って行った。
「閣下、旗艦艦長より報告です。全艦戦闘配置につきました。艦隊全力発揮可能です」
「ダグラス大佐、了解した。運用主任参謀」
「はっ」
「全艦戦闘配置完了までの所要時間は?」
「十八分三十一秒です」
「十分以内で配置が完成する様に各艦を指導する様に」
「了解致しました」
「参謀長、この後はどうお考えです?」
「そうですね、閣下が宜しければ小官が発令致しますが…?」
「お任せします」
「了解致しました……全艦、警戒監視を厳とせよ。また休息は現配置のまま各艦所定とする」
ヤンさんは下令後大きく息を吐くと頭を掻いた。
「結構です参謀長。皆さんも交替で休憩を取るように」
皆が各々のため息をつきながら休息の順序を決めている。とりあえずは各参謀がそれぞれ半数ずつ艦橋に居ればいい。

 エリカがコーヒーのおかわりを注いでくれた。いつの間にか紅茶セットも用意してくれている。
「そういえば、参謀長には突然男の子のお子さんが出来たと聞きました」
「キンスキー少尉、よく知っているね」
「司令官閣下が教えて下さいました。何でもキャゼルヌ准将の企みだとか」
ヤンさんははにかんだ笑みを返す。
「そうなんだよ。お前は社会人男性として義務を果たしていないのだから、せめて社会貢献をしろと」
「社会人男性の義務…?」
「そう、結婚の事さ」
「あ…失礼致しました」
「いや、気にしなくてもキャゼルヌ先輩の言う事は半分は合っているが、半分は間違っているんだ」
「そうなのですか?」
「そうだよ。私は立派に義務を果たしているよ。選挙、納税、そして軍人として。それに、そもそも結婚する相手が見つからないのだから、果たしたくても果たしようがない。大体だ、妻帯者だからといって偉そうに説教するのが気に食わない。私は結婚していなくても人類の歴史に貢献した人物達を四、五百人はリストアップ出来るよ」
ヤンさんはベレー帽をくしゃくしゃにしながらしかめっ面をしている。
「私は妻帯者で人類の歴史に貢献した人物をもっとリストアップ出来ますよ、参謀長」
ヤンさんは心外そうな顔をした。いやあ、こういう原作っぽい会話はたまらんな!
「閣下まで先輩の味方をするんですか…」
「いえ、キャゼルヌ准将ならこういう風に返すだろうと思ったんですよ。あの人はジョークが下手ですからね」
「ははは、それは言えてますね」
エリカも吹き出すのを堪えられず下を向いている。オルタンスさんから色々と聞いているんだろう。
「…それで、新しいご家族はどのような男の子なのですか?」
「ええ、ユリアン・ミンツという男の子ですが、私なんかの元に来るのが間違いだと思うくらい優秀でして。文武両道とはまさにああいう事を指すのだと実感しましたよ」
「そうなのですね…ハイネセンに戻ったら歓迎パーティーを開かなくてはいけませんね、司令官閣下」
「そうだね、是非やろう。会えるのが楽しみだな」
ヤンさんは話がユリアンの事になるととても嬉しそうな顔をしていた。ヤンさんもユリアンと同じような年に孤児になった。キャゼさんがどうのこうの言いながらも、自分の半生を投影しているのだろう…うん、いいねえ、暖かいねえ。今更ながら銀英伝の世界に居るって事を実感するよ。
「ありがとうございます。本人も喜ぶと思います。ユリアンは閣下を尊敬していますし」
「そうなのですか?意外だな…私はてっきり参謀長を尊敬しているのかと思いましたけど」
「いえ、小官の事も尊敬していると言っていますが、閣下の事もかなり尊敬している様です」
そ、そうですか……また過大評価なウィンチェスター評をしたに違いない…。
「私のような作られた英雄を使いこなす、本物の英雄だと話しておきました」
「そんな事はないですが…そ、そうですか、それでは是非とも歓迎パーティーをしなくてはなりませんね」
…ヤンさんはユリアンにどんな事を吹き込んだんだ?冷めたコーヒーが忌々しい…。

 

 

第七十五話 国防委員長

宇宙暦794年1月15日12:00
バーラト星系、ハイネセン、自由惑星同盟、最高評議会ビル、国防委員長執務室、
ヤマト・ウィンチェスター

 年が明けて、年頭訓示以降じかに会っていなかったから年明けの挨拶も兼ねて本部長公室に行ってみたら、シトレ親父が着いて来いと言う。何処へ行くのかと思っていたらこんな所に連れて来られた。
「まあ二人とも楽にしてくれたまえ」
目の前の国防委員長ヨブ・トリューニヒト氏はデスクの上の内線の受話器を取ると、しばらく誰も入れるなと言った。隣室の秘書への電話だった様だ。これから三人で話す内容はきっとろくでもない事なのだろう。
「艦隊司令官の椅子の座り心地はどうかな、少将」
「ええ、満更でもありません、委員長閣下」
「満更でもないか、君は面白いな。本部長から聞いていないかな、君を艦隊司令官にと推したのは私なのだよ。礼くらいあっても然るべきだろう?」
「…ありがとうございます。ですが小官が望んだ訳ではありません。軍の人事は玩具ではありませんよ、閣下」
「手厳しいな。推したのは私だが、問題はないと言ったのは本部長だよ」

 この男と直接話したのは何度目だろう。褒められるのは嫌いじゃないけど、この男に限っては原作のイメージが強すぎて手放しで喜べないんだよなあ。本当にシトレ親父は問題ないと言ったんだろうか?
「本当なのですか、本部長」
「ああ、本当だ」
本当かい…。
「コーヒーでいいかね?」
俺達二人の返事を聞かないうちに、トリューニヒトは自分でコーヒーを淹れだした。
「人事は玩具じゃない、か。手厳しいね。でも私としては玩具にした覚えはないんだがね」
「…本当にそうお考えなのですか?」
「それが本当かどうかの議論はまた別の機会におくとしよう。今日君を呼んだのは、君の考えを直に聞こうと思ったのだよ。本部長が、君が面白い事を言っていると言うのでね」
「委員長閣下、少し宜しいでしょうか…本部長、こういう行動は嫌いだと自ら仰っていませんでしたか?」
「私が嫌いなのは私利私欲、自己顕示欲の為に行われる政治家への猟官行為だ。立場上私が国防委員長と話をするのは当たり前の事だし、私自身は恣意的に行動した事はないぞ」

 そんなにムスっとしなくてもいいじゃんか、シトレ親父よう…トリューニヒト、お前は笑うな。
「ハハハ…色んな軍人を見てきたが、ここまで物怖じしない若者を見たのは初めてだな。先日のネグロポンティ君ではないが、君の意見を聴いてみたいのだ、同盟軍、いや同盟の取るべき方針を」
「同盟の取るべき方針、ですか?」
「そうだ。君の考えが検討するに足る物なら、私は君を全面的にバックアップする」
シトレ親父…話してないなんて絶対嘘だな…。
「…バックアップすると仰られても…同盟の方針となると、国防委員長という地位では権限が不足するのではありませんか?」
「そうだね。今の地位では不足かな」
「という事は最高評議会議長の椅子が必要になるという事ですが、委員長閣下は軍を政争の道具になさるおつもりですか?」
「いけないかね?」
「…いい事だとお思いなのですか?」
俺の言葉を聞きながら、トリューニヒトは笑みを消す事なくコツコツとデスクを叩いていた。まさか、いけないのか、と厚い面の皮で言われるとは思わなかった…奴は叩く指を止めると再び話し始めた。
「先年の事だが、イゼルローン要塞攻略にあたって君は当時のシトレ長官代理の作戦案を修正した。あれは何故かな?」
「…シトレ長官代理の作戦案ではイゼルローン要塞は陥とす事は難しい、そう判断したからです」
「そうだったね。それについては軍事上の技術的な要件だから疑問はない。だが修正案を出すにあたって君は目的を要塞攻略から帝国領進攻へと変更した。それは何故かな」
「…小官の考えた作戦案は全艦隊を動員するものでした。全艦隊を動員したのは一次攻略部隊が失敗した時に備えてです。ですが一次攻略部隊が無事成功した場合、余勢を駆って帝国領へ、という意見が二次攻略部隊…陽動作戦に参加した艦隊から出るのは避けられないという懸念がありました。であればと当初から作戦目的を帝国領進攻としたのです」
「軍内部のガス抜きの為もある…作戦の裏の目的だったね」
「そうです」

 再びトリューニヒトはデスクをコツコツと叩き出した。
「だが、それだけではない筈だ。君は軍内部だけではなく、いずれ同盟市民が帝国への出兵を望むのではないかと危惧したのではないかね?」
奴の顔からはいつの間にか不愉快な笑みが消えていた。
「あの作戦はシトレ長官代理が持ち込んだものだ。当時の作戦本部長も無論了承していた。その後作戦案は君によって修正された。要塞攻略が小規模の被害で済んだ場合、軍内部に存在する不平不満を解消する為にもアムリッツァを確保する。成程と思った。今まで攻められる一方だった訳だし、全艦隊を動員したのに直接要塞攻略戦に参加した者とそうでない者とでは不公平感があるのは否めない…というのは理解出来たからね。そして陽動部隊にアムリッツァ占領の功を譲り軍内部の不平不満を沈静化させる。そしてアムリッツァを確保する事で帝国軍の誘引撃滅を図る。軍人達は武勲の立て放題だな。その上でアムリッツァと帝国に近い辺境星系を再開発し同盟内の経済の活性化に繋げる。アムリッツァを確保し続ける事が出来なければ全てがご破算だ、軍人達や役人達もサボる事なく任務に邁進するだろう。まあ前哨宙域の解放と再開発の促進は私がやった事だが…国内の再開発という意味で他の委員会にも政治的な貸し…点数を稼がせる事が出来る。リスクはあるが誰も損する事のない、いい案だと思ったよ。君のおかげで、評議会内での国防委員会の重みは一気に増した」
 
 それはあんたの重みだろう…とは言っても、流石とは思いたくはないけどトリューニヒトは腐っても政治家なんだな。俺は他の委員会なんて全く気にしてなかったからな…。実際に奴は他の委員会を巻き込んで一気に辺境の再開発を始めたから、他の委員会にしてみれば存在意義の再確認という意味でもトリューニヒト様々だろう。例えそれが認めたくない事実であってもだ…冷めたコーヒーを一気飲みして、トリューニヒトは再び語り始めた。
「そして作戦は成功して現在に至る訳だが…果たしてガス抜きの対象は軍部だけだったのか、と思ってね」
「…どういう意味でしょう?」
我ながら芸の無い間抜けな相槌だけど、奴がそれを待っている様に口を閉じるから仕方がない。
「そのままの意味だよ、少将。私がさっき言った様に、君は同盟市民が帝国への出兵を望むのではないか、そう思ったからあの作戦案を思いついた、違うかな?」
そう言うと、トリューニヒトは空になったカップに再びコーヒーを淹れ出した…。

 …意外に洞察力が鋭い。原作の様な状況に同盟が陥らない様に思い付いただけとは言っても、根底にはそれがあるからなんだ。原作だとイゼルローン要塞攻略戦が成功した為に同盟はひどい事になった。ヤンさんの成功を妬んだ闇落ちフォークの自己実現の為だけに、評議会議長に直接持ち込まれた作戦案である帝国領進攻…そして政権維持の目的の為だけにそれは実施された。同盟国内に作戦が発表されても、市民の反対の声は聞こえなかった。それほど帝国に対する反感は強いのだ。現実が見えていたのは一部の政治家と軍人だけ。そして大義成就の為に現実は無視された挙げ句内容は行き当たりばったり…トリューニヒトはあの時賛成しなかった。奴の目から見てもとても成功するとは思えなかったのだろう。作戦は失敗し、賛成しなかった事でトリューニヒトは株を上げた。自己保身の為だったのかも知れない、だがトリューニヒトはトリューニヒトなりに現実を見ていたのだ。政治家として単純に勝ち馬に乗りたいだけなのかも知れない。ある意味奴はフォークの名台詞の通り『高度な柔軟性を保持しつつ、臨機応変に対処』している…。

 「閣下がそう仰る根拠はお有りですか?」
「ハハハ…根拠か。今言った通りだよ。何故アムリッツァを確保したのか。作戦としての理由は君が出した修正案の通りだ。だが、果たしてこれは軍部のみを考えての事なのか。この点を突き詰めていくと、ガス抜きという話は軍部だけでなく同盟市民に及ぶのだ。考えてもみたまえ、軍に人材を提供しているのは同盟市民なのだよ…百五十年も戦争が続き、イゼルローン要塞完成後は防戦一方…そしてイゼルローン要塞の攻略が成った…軍部ですら余勢を駆って、という意見が出るとするならば、同盟市民とて同盟は攻勢に転じたと考えてもおかしくはない。むしろ市民は軍部以上にそう感じるだろう。違うかな?君はそう考えた筈だ」
「……」
「イゼルローン要塞の攻略で作戦を終えたとしよう。市民は必ずや帝国領への出兵を望むだろう。彼等は、自分達が払った犠牲は要塞一つでは事足りないと思っている。戦争に対する民衆の価値観というのは大昔から変わらない。彼等は払った犠牲に釣り合う利益を求めるものだ。それは専制政治打破という主張だけでは得られない。君はそれを知っていたがゆえにイゼルローン要塞だけでなくアムリッツァという餌をちらつかせた。現に景気は上向きになり、市民は腹を満たし始めた。そして今同盟市民はこう思っている、現実問題として同盟は現時点では帝国を倒せない。だから今は富国強兵だ、その為のアムリッツァ確保だったのだと」

 …いつもの芝居っ気たっぷりの表情は鳴りを潜め、奴の表情は真剣そのものだった。トリューニヒトの考え方を理解する折角の機会だ、色々と聞いてみよう。
「閣下の仰り様を聞いていると、同盟市民が戦争を望んでいるかの様に聞こえますが」
「個人としては望んでいないだろう。個人が大衆になった時に戦争を望むのだと思う。そうでなければ百五十年も戦争は続かんよ。専制政治打破は民主共和制の崇高な義務、だからね」
「失礼な言い方になりますが…そう同盟市民を煽動しているのは閣下の様な政治家の方々、ではありませんか?」
「私が、政治家が市民を煽っていると?私を含めて政治家は職責を果たしているだけだよ。私に限って言えば、国防委員長としての職責をね」
「市民を煽る事が職責だと?」
「煽っている様に聞こえるとしたらそれは私の不徳のいたすところだな。為政者としては戦争状態である以上その遂行に寄与せねばならない。始めた以上は勝利か、帝国から一定の譲歩を引き出さねばならない。それすら実現出来ずに厭戦気分が同盟を支配したらどうなる?帝国に敗けたらどうなる?建国の理念の否定だよ。結局我々は政治犯の子孫に過ぎなかったと認める事になる。同盟の政治家としてそれを認める訳にはいかないし、市民とてそれは認めないだろう。国是として帝国の打倒があるのだから、無責任に戦争を止めようとも言えないんだ。それを言うには年月も経ちすぎたし、犠牲も払い過ぎた」
「言い訳の様にも聞こえます」
「そう、そうだな。立派な言い訳だよ」
言われてみるとそうなんだよ。政府閣僚、同盟の政治家としては当たり前の話なのかもしれない。今思うと原作では同盟の閣僚誰一人として講和とか停戦の類いは言わなかった。散々煽っておいて今更講和や和平など言い出せるものではなかったのかもしれない。作中でウォルター・アイランズが守護天使と化してヤンさんの献策を受け入れたのは同盟の敗戦が目前に迫っていたからであって、ジョアン・レベロやホアン・ルイなどの良識派と呼ばれる存在ですら和平や講和についてはろくに語っていないのだから、評議員や政府閣僚ともなると戦争継続については皆肯定的なのだろう…そうなんだよ、同盟建国の経緯からしてそもそも帝国とは妥協出来ないのだから、余程じゃなければ和平なんて言葉が出る筈はないんだ…。

 「では閣下は職責として市民を鼓舞しているのであって、閣下ご自身の主張として戦争を賛美している訳ではない、こう仰るのですね」
「当たり前だろう、戦争など百害あって一利なしだ。軍事力など、戦争がなければ国内保安向けの必要最低限でいいのだ」
ふむ…もう少し聞いてみるか。
「ですが閣下のその真実のお考えを知る者はいません。それに、閣下の近くには戦争を賛美する団体がいませんか?」
「少将…それは憂国騎士団の事かね?あれはピエロだよ。何度か代表に会った事はあるが、狂信的な原理主義者の印象が強いな」
「彼等と何らかの政治的な提携をなさっている、という事はありませんか?」
「ない。前任者や他の国防委員はどうか知らんが、政治的原理主義者と手を組むなど愚の骨頂だよ」
なんだ、まともじゃないか。政治家としての本音と建前…やはり実際に話してみないと真の姿は分からないという事か…。
「今後はお会いになるのは止めた方がいいでしょう。たとえ閣下が彼等をピエロと思っていたとしても、情勢が変われば取り込まれる恐れがあります」
「胆に銘じておこう」
くそ、これじゃ俺がトリューニヒトのブレーンみたいじゃないか。
「閣下がもし最高評議会議長になられたら、どうなさるおつもりなのですか?同盟の方針に関する小官の私案を申し上げるにはそれを確認せねばなりません。あくまで我々は目的を達成する手段に過ぎませんし、閣下のお考えと相容れない場合もありますので」
俺がそう言うと、トリューニヒトは三杯目のコーヒーを注ぎだした……あとは自分でやれという事か…。シトレ親父、自分でやってくれ!
「私個人としては戦争は止めるべきと思っている。最上は帝国に勝つ事だが…そう上手く行くとも限らない。それ以外の選択肢もあると考えている」
……こんなにまともなトリューニヒトを見られるとは思わなかったぜ。原作での姿は支持者に対するポーズという事か。奴の政治的信条なんてほとんどと言っていい程描かれていないからな。ヤンさんとその周囲から見たトリューニヒト像、というイメージで語られる事が多かったし、アイランズとの贈収賄の現場も描かれていた。その上地球教に取り込まれて同盟市民をだました煽動政治家という役柄だからな…。ヤンさんとその周囲やビュコック爺さん、その他の良識派との対比としてああいう人物像になったんだろうけど、実際に近くで見れば本音と建前を使い分ける、酸いも甘いも知った政治家…よくも悪くもリアリストか…。
「意外と言っては何ですが、閣下は常識人なのですね」
「同盟市民を煽動し戦争を賛美する、えせ愛国者に見えたかね?」
「そう思っている人達も居ます」
「多種多様な価値観こそ民主共和制の真骨頂だ。意外には思わんよ。それで君は今後の推移についてどう考えているのかね」

 推移ねえ…。帝国の支配体制にひびを入れる、それを推進する…には違いないんだが、どうも帝国の反応が薄い。先日の戦いがそれだ。イゼルローン、アムリッツァと此方に奪われた訳だから、帝国としては国内を鎮める為にも威信をかけて奪還軍を催すだろうと思っていたんだがなあ……そもそもこの流れならミュッケンベルガーあたりが奪還軍を率いて出てくる筈なんだが、先日の帝国艦隊の司令官はクライストだった。正規艦隊だけで来るかと思ったらヒルデスハイム艦隊なんてのも交ざっていた…。まあラインハルトが参謀にいるくらいだ、まともな戦力のうちに数えられているのかも知れない…あれ?でもラインハルトはミュッケンベルガーに嫌われてなかったか?大貴族の補佐をラインハルトがやるのもおかしな話だし、帝国も色々と原作と変わってるんだよなあ……うーん…。
「閣下」
「なんだね」
「今後の方針ですが、閣下が最高評議会議長になられる迄は申し上げる事が出来ません」
「何故だね?」
「はい。現在の情勢は小官が予想していた物と多少異なります。それに閣下が小官の考えを採用して下さったとしても、評議会で覆される様なことになっては意味がありませんから…ですが小官自身としては再度状況を変える為にやってみたい事はあります」
「言ってみたまえ」
「通商破壊です。厳密には違いますが…同盟の消費財を帝国領…アムリッツァの周辺で売るのです」
「帝国に…密貿易という事かね?目的は何だ」
「アムリッツァ周辺の帝国領域…まあ帝国からすれば辺境です。帝国辺境には貴族には変わりありませんが、大貴族とは違う所謂在地領主が大勢います。辺境という事もあって、インフラ、流通、教育、医療…と、帝国中枢部から大きく立ち遅れています」
「ほう…イデオロギーではなく、まずは腹を膨らませるという事か」
「はい。空腹の相手と議論をしても、ろくなことはありません。まずは相手方には腹を満たしてもらって、同盟に対するマイナスイメージを少しずつ消していければと思います」
「よくもまあ、そんな事を思い付くものだな」
「優秀な部下が大勢いますので、小官自身は暇なものですから…それは置いておいて、おそらくこの通商破壊行動が再度帝国軍を引き寄せる事になるでしょう。その際はアムリッツァ駐留の同盟軍または同盟国内に残留する艦隊も動員し、出撃してきた帝国軍を殲滅します。これが成れば帝国の支配体制に更なる打撃を与えられます。和平、帝国への降伏勧告…どういう選択肢を採るにせよ、その選択に対する有利な条件を整えるには帝国軍を撃ち破らなければなりませんし」
「成程。是非とも成功してほしいものだ」
「そうですね。そうなれば閣下は最高評議会議長も夢ではありません。来年は選挙と、選挙後評議会内で行われる最高評議会議長の選出投票がある筈ですから」
「軍を政争の道具にするなと言わなかったかね、君は…まあいい」
俺の言わんとした事が分かったのだろう、トリューニヒトの顔には同盟市民によく見せる微笑があった。現政権の支持率が高いのは対帝国戦が優位に進んでいる事、景気が上向きである事が主な理由だが、現議長のサンフォード氏が支持されているのではなくトリューニヒトが支持されているから、というのは評議会内どころか同盟市民全てにとっても周知の事実だった。もし議長になれたら、とは言ったものの、次の選挙でトリューニヒトとその与党は再選間違いないし、奴が最高評議会議長になるのは既定路線と言っても間違いはない。だけどそうなると後任の国防委員長は誰になるかだけど、まさかネグロポンティ?

 もしそうだったら嫌だなあ…イエスマンで器は小さそうだし…査問会の被告にされそうだ。
「後任の国防委員長はどなたをお考えですか?」
「私はシトレ本部長を推すつもりだ。本人は了承している。シトレ本部長は現職を勇退後、選挙に出る。当選は間違いないだろう。新人評議員という事になるが実績を考えれば、適材だと思う」
思わず振り返ってシトレ親父を見てしまった。なるほどね。やけに静かだなと思ったら、引退とか何とかそういう事だったのか…。
「本部長、本当の話ですか?」
「本当だ。まあ当選すればの話だがね」
「となると軍のトップは…」
「ルーカス…いや大将としてはグリーンヒルの方が先任だから軍のトップはグリーンヒルだな。奴は誠実で有能、識見も深い。皆で支えれば本部長もこなすだろう」
なるほど、トリューニヒトが最高評議会議長、シトレ親父が国防委員長…ある意味最強かもしれないな。だが待てよ、これは軍の将官にしてみればつらいかもしれない。将官に関しては国防委員会が人事権を握っているから、シトレ親父がそこのトップになるという事は、将官に対する評価がおざなりになる事はない。これはある意味、今まであった様な縁故による優遇人事や猟官運動を禁止すると言っている様な物だ。軍部の質的向上を狙っての事だろうが、ううむ、俺も適当な事ばかり言っていられないって事だな…。まあ、これまで以上に適材適所の人事が行われる訳だから、ムーアとかルグランジュの様な阿呆が軍の中枢に座る事はないだろう。
「となると軍の人事も刷新されるのでしょうか、本部長」
「私が国防委員長という職に就いたら、そうなるかも知れないな。むしろ、そうして欲しいのだろう?」
「ええ、せめて艦隊司令官の方々は変えて欲しい人達が居ますね」
そう言つつトリューニヒトを見ると、奴は軽く肩をすくめた。
「という事は人事を刷新しない限り軍としては作戦遂行に難ありと見ていいのかな、二人とも」
シトレ親父は何も言わない。俺に言えってか…。
「そうです。これまでは軍の行動は同盟国内で行われる防衛戦に限られていました。ですから戦争のやり方も単純でよかった。ある意味艦隊司令官の質は問われずに済んだのです。イゼルローン要塞から吐き出される帝国軍を叩く、それだけれでよかった。ですがこれからは違います。当面はアムリッツァ防衛が軍の主な任務ですが、そうではなくなる時がいずれ来るでしょう。艦隊司令官の質が作戦の成否を決める…そういう状況が必ず出てきます。過去のイゼルローン要塞攻略戦をみても…我が軍が攻勢に出た作戦では艦隊司令官の過誤が作戦の足を引っ張っています。という事は極論すれば、我が軍は守るのはそこそこでも攻めるのは下手だ、という事になります…これは変えていかなけければなりません。同盟は帝国と戦争をしているのですから、戦場での勝敗が国内政治と密接に関わってきます。そういう意味でも艦隊司令官は質を求められると思うのです」

 二人とも俺の言葉を黙って聞いていた。成程、バックアップするというのは本当の様だ。でなきゃ黙っちゃいないだろう。
「軍を精強ならしめる事が同盟そのものの方針を決めるという事だな…本部長、どうかな」
「異論はありません」
「しかし艦隊司令官を変えるといっても、配置を離れた後の新たな配置が必要だな。どうかな、少将」
「幕僚会議委員でいいんじゃないですか。ですが幕僚会議は今のところ名誉職に近い。これを軍内部ではなく国防委員長の諮問機関として委員会内に移管したらどうでしょう?国防委員長と直接話が出来るのですから、実を伴った名誉職となります」
「となると同盟軍自体の組織図をいじる必要があるな。大変だぞこれは」
「暇にならなくていいじゃないですか、シトレ国防委員長」
「相変わらず他人事だな君は。こういう事は言い出した本人が責任を持つものだ。優秀な部下がいて暇なのだろう?」
「…言葉のあやというものですよ、さっきのは」
藪蛇だった、くそ…。


 

 

第七十六話 不安

帝国暦485年1月20日12:45
ヴァルハラ星系、オーディン、銀河帝国、ヒルデスハイム伯爵邸、ジークフリード・キルヒアイス


 「息災かな、姉上は」
「無事息災ですよ、ラインハルト様。そもそもお元気でなければこちらへ来られる筈がないじゃないですか」
「それはそうだが…」
今日は久しぶりにアンネローゼ様と面会が許された日なので、ラインハルト様も少し落ち着きがない。私とてそうだ。あの方に会えるのはとても嬉しい。
「准将、グリューネワルト伯爵夫人をお連れしたぞ。すぐに菓子など用意させよう。伯爵夫人、ようこそ我が家へ」
ヒルデスハイム伯がアンネローゼ様を伴って客間に現れた。そしてそれに続く女性がもう一人。
「何故ワタクシの事は紹介してくださらないのかしら、ねえアンネローゼ」
アンネローゼ様に続いて入って来たのは、ヴェストパーレ男爵夫人だった。アンネローゼ様の宮中における数少ない友人だ。男爵夫人に辟易したかの様に、それではごゆるりと、と言い残してヒルデスハイム伯はそそくさと客間を出て行った。
「久しぶりね、ラインハルト」
「ええ、姉上もお元気そうで何よりです」
「ジークも元気そうね」
「はい、アンネローゼ様」
暖かい空気が流れ出す……。

 結局私がヴェストパーレ男爵夫人の相手をする事になった。幾人かの芸術家のパトロンでもあり、乗馬、競馬、狩猟、そしてスポーツカーと幾つもの趣味を持つ華やかな女性。物静かなアンネローゼ様とは真逆の方だが、だからこそウマが合うのかも知れない。
「ラインハルトが准将でジークが中佐。若いのに大したものだわ」
「そんな事はありません、運に恵まれただけですよ」
「あら、運も実力の内よ。それに家名だけで階級と実力が伴わない貴族の子弟はごまんといるわ。ワタシより貴方達の方がたくさん知っている筈よ」
「ハハ…男爵夫人が軍に居られたらどうなったでしょうね」
「そうねえ…でも、ワタシみたいな跳ねっ返りを使ってくれる人はいるのかしら」
「わたくし達が居ますよ。逆にこき使われているかも知れませんが」
「そうねえ…貴方達の様なハンサムを侍らせるのもいいかもね」
自由奔放、という言葉がこれ程似合う女性も中々居ないだろう。先代のヴェストパーレ男爵が、彼女が男であったらと口惜しそうにしていた事もあったそうだ。
「まあ、女が活躍するなんてこの帝国じゃ無理ね。フェザーンか叛乱軍にでも行ってみようかしら」
「男爵夫人」
「アハハ、冗談よ。でもたまにそう思う事もあるわ。貴方達は考えた事ない?」
私だけでなくラインハルト様、そしてアンネローゼ様も男爵夫人を見つめていた。
「男爵夫人、悪戯が過ぎるわ」
「冗談よ、冗談」
叛乱軍…自由惑星同盟に亡命…亡命など一度も考えた事はなかった。ラインハルト様はどうなのだろう。


 「そろそろお暇しなくては」
「もうそんな時間ですか?いつも以上に短く感じるな」
「そうね…でもまた会えるわ。ラインハルト、悪いけどヒルデスハイム伯爵をお呼びしていただけないかしら」
「分かりました」
ラインハルト様が肩をすくめながら客間を出て行く。ラインハルト様の言う通り、いつもより時間が経つのが早く感じられた。久しぶりにお会いしたせいもあるのだろう。
「ジーク」
「何でしょう、アンネローゼ様」
「ラインハルトをお願いね。わたし達二人には貴方しか頼れる人が居ないの」
「お任せください。ラインハルト様はわたくしが誠心誠意お支えします」
「ありがとう…ラインハルトが誤る様な事があったら、うんと叱ってやって」
「大丈夫ですよ。ラインハルト様は、大丈夫です」
「本当にありがとう、ジーク…」
わたしは貴方達お二人に頼られる事が嬉しいのです。この身に代えてもお二人をお守りします…。

 アンネローゼ様を乗せた宮中からの地上車が邸宅を出て行くと、ヒルデスハイム伯が大きく息を吐いた。
「…閣下、どうかなさいましたか?」
「准将、貴官も大変だな。娘を持つ親としては見ている此方が切なくなる」
「いえ…姉が皇帝陛下の寵を得た結果、小官やキルヒアイスはこうして身を立てられたのです。感謝してもしきれません」
あの男を陛下と呼ぶ時のラインハルト様の顔からは、いつも表情が消える。
「そうか…それならばよいが」
伯は多分気づいているだろう、ラインハルト様の胸中が口にした言葉とは真逆である事を……。
「二人ともどうするかね、たまにはウチで夕食を食べていかないか」
「お邪魔ではありませんか…宜しいのですか?」
「私が誘っているんだぞ、いいに決まっているだろう」
「…ありがとうございます、お言葉に甘えさせていただきます」
「実はな、娘がそなた等をいたく気に入っているのだ。娘を甘やかす馬鹿親だとでも思って我慢してくれ」
「そうなのですね、では閣下の為ではなくご息女の為にお邪魔させていただきます」
「ハハ、言ってくれるではないか…済まんな二人とも」
アンネローゼ様と会われた後という事で、ラインハルト様も少し感傷的になられたのかも知れない。二人で頑張って伯のご息女の相手をするとしよう…。


16:30
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 ヒルデスハイム伯の娘の名はハイデマリー、十四歳になるという。夕食まではまだ時間があるし折角俺達が居るのなら、という事でハイデマリー嬢の買い物に付き合わされる羽目になった。年下とはいえ女性の買い物になど同行した事がないのだが、閣下のご息女の為にと言ってしまった手前断る事も出来ない。護衛と思えば気も楽になりますよ、とキルヒアイスは言ったが…。

 「この首飾り、似合うと思いまして?」
「そうですね、よくお似合いと思いますよ」
我ながら情けないがおうむ返しで答える事しか出来ない…笑うんじゃないキルヒアイス!大体だ、大貴族の令嬢なんだから自宅に業者を呼べばいいではないか!その方が出掛ける手間が省けていいだろうに!それにこんなにケーキばかり買い込んでどうするというのだ、そんな華奢な体で全部食べきれる訳がないだろう!それにケーキという物は形が崩れない様に持ち帰るのが大変なんだぞ。持たされる方の身にもなってくれ!
「…キルヒアイス、貴族の令嬢というのはこんなに買い物に時間がかかるものなのか?」
「貴族のご令嬢に限らず女性というのは買い物に時間がかかるものです」
「何故なんだ?目的の物を買うのが買物だろう?見ては悩み、悩んでは行きつ戻りつ…女性というのは買う物を決めずに買物をするのか?」
「買物という行為自体を楽しむのが女性なのですよ、ラインハルト様。買う事自体は二の次です」
「偵察、状況把握に徹するという事か」
「まあ、その様なものです」
そういう物なのか…しかしキルヒアイスはどこでそれを学んだのだ?……やっとハイデマリー嬢も満足した様だ、早く戻ろう…。
「お待たせしてしまった様ですわね、申し訳ございません」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「一人で…お二方もいらっしゃいますが、わたくし一人で出掛けるのは初めてなのです。それで嬉しくてつい…普段は出入りの業者が家に来るか、使用人任せなので」
「そうなのですね…まあ、ヒルデスハイム伯爵家のご令嬢ともなればお一人で出掛けるのは中々難しそうですね」
「はい…でも思いきってお父様にお願いしてみてよかった!実は、その、お父様以外の殿方とお出掛けするのも初めてなのです…」
何故赤くなるんだ?もしや具合でも悪いのか?
「お顔が赤いですね、体調が優れないのですか?大事になるといけません、今すぐお屋敷に戻りましょう。キルヒアイス、悪いが荷物を頼む。ハイデマリー様、失礼します」
「え?あ、は、はい……あ、あの、ちょっと…」
停めてある地上車まではそれほど離れていないが、大事だったら伯に申し訳が立たない…抱き抱えて搬送するしかない…しかし女性というのは面倒なものだな…。
「ら、ラインハルトさま…あ、歩けますから…」
「ハイデマリー様のお体には代えられません、しばしご辛抱を」
「は、はい…」


1月30日14:00
オーディン、ミュッケンベルガー元帥府、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 今俺はヒルデスハイム伯と共にミュッケンベルガーの元に来ている。昨年のフォルゲン星域での戦い以降大きな戦いもなく、正規艦隊の整備も進んでいる。今日はウチの艦隊の整備完了報告という事だが、それだけならば俺まで呼ばれる事はない。表向きではない話もあるのだろう。資料としては既に何度も目にしているが、手元に宇宙艦隊の陣容が記されたペーパーがある。

宇宙艦隊司令長官:ミュッケンベルガー元帥
宇宙艦隊総参謀長:グライフス大将

クライスト艦隊:クライスト大将、一万五千隻
ヒルデスハイム艦隊:ヒルデスハイム伯爵大将、二万五千隻
ケルトリング艦隊:ケルトリング中将、一万二千五百隻
フォーゲル艦隊:フォーゲル中将、一万二千五百隻
シュムーデ艦隊:シュムーデ中将、一万二千隻
ゼークト艦隊:ゼークト中将、一万二千隻
シュトックハウゼン艦隊:シュトックハウゼン中将、一万二千隻
メルカッツ艦隊:メルカッツ中将、一万二千隻
ギースラー艦隊:ギースラー中将、一万二千隻
マッケンゼン艦隊:マッケンゼン中将、一万二千隻

 十個の正規艦隊、これにミュッケンベルガーの直卒する二万隻が加わる。こうやって並べてみるとやはりウチの艦隊だけが目立つ。二万五千隻、ミュッケンベルガーの直卒艦隊より規模が大きいのだ。これには理由があった。両ノルトハイム、すなわちアントン中将とベルタ中将の事だが、当初二人共正規艦隊の司令官に昇格する筈だったのだが、当の二人がこれを拒否したのだ。

”ヒルデスハイム一門の艦隊司令官だぞ俺達は“

“俺達がオジキを支えないで誰が支えるって言うんですか”

 確かに彼等が居ないとなると、ヒルデスハイム艦隊の力は半減どころではなかった。しかしヒルデスハイム艦隊は既に帝国軍の正規艦隊に組み込まれており、二人共職制上、分艦隊司令では居られない。そこで軍三長官、ブラウンシュヴァイク公及びヒルデスハイム伯の協議の結果、ヒルデスハイム艦隊は正規艦隊ではあるが軍団編成とする、という事になった。アントン、ベルタの両中将は正規艦隊司令官並の扱いを受け、両名の統率は艦隊司令官であるヒルデスハイム伯が行う、という事になった。とんでもない人事だが、これにはブラウンシュヴァイク公の意向が強く働いていた。ブラウンシュヴァイク一門のうち、フレーゲル男爵家、コルプト子爵家の艦隊を解散し、その艦艇と構成員を軍に供出すると公が申し出たのだ。

“この国難の時、皇帝陛下を支える者として軍に協力したい”

 と言い出したのだ。両家の艦隊は正規軍に比べると練度は低いものの、先年叛乱軍と矛を交えた実績もある。しかも両家合わせるとその艦艇数は一万を越える。急速に陣容を整えなくてはならない帝国正規軍にとっては渡りに船だった。一万隻を越える戦力提供の前にはヒルデスハイム艦隊の編成に関する話などどうとでもなる事らしい。だが艦隊を取り上げられる両家にとっては堪らない。お飾りとはいえ艦隊を保持するのは大貴族の大貴族たる証だからだ。当然両家は難色を示したが、断れない理由があった。昨年の宮廷内の混乱、ベーネミュンデ侯爵夫人の一件である。罪状がない以上、両家を公式に罰する事は出来ない。だが両家の犯した罪は反逆ととられてもおかしくはなかった。そこで内々の懲罰として軍に艦隊を供出させる事で、皇帝への忠誠の証とする…ブラウンシュヴァイク公は俺との約束を守ったのだ。両家の行為は人々の憶測を呼んだものの、表面上は称賛されるべき行為であるから、宮中の称賛を浴びた。あいつ等が称賛されるなど全く気に食わないが、こればかりは仕方がない。そしてこの件と釣り合いを取る形でリッテンハイム一門からも艦隊の提供があった。それがマッケンゼン艦隊である。マッケンゼン中将は帝国軍の少壮気鋭の正規軍人ではあるものの、リッテンハイム侯の息のかかった人物だった。大貴族の影響力をなるべくなら排したい軍首脳部の意向から昇進が遅れていたが、既にヒルデスハイム伯が軍に復帰している、それならば…と中将に昇進し艦隊司令官に抜擢された。リッテンハイム侯との関係性故にリッテンハイム一門から提供された艦艇の指揮を執るのに最適であろうと判断されたのだ。

 「やっと十個艦隊だ。どれだけイゼルローン要塞に頼りきりだったか、よく分かるというものだ。それに艦隊の整備が順調なのも昨年の戦いを軽微な損害で切り上げてくれたクライストや伯爵のおかげでもある。この通りだ」
ミュッケンベルガーが深々と頭を下げた。最近、ヒルデスハイム伯だけではなく、このミュッケンベルガーという男に対する見方も変わってきた。俺の知っているミュッケンベルガーは威厳はあるが傲岸極まりない男、という印象だった。それは今でも変わらないが、その威厳も傲岸に見える態度も宇宙艦隊司令長官という職を全うするには必要な物なのだ…と思うのだ。俺はまだ軍人としてはヒルデスハイム艦隊の参謀長に過ぎないが、否応なしに宮中…権力の中枢に近い場所に居るのだと昨年の一件で実感させられた。その場所と視点から見るミュッケンベルガーはただの傲岸な男ではなかった。将来は分からないが今の帝国軍には必要な男だろう。ブラウンシュヴァイク公もそうだ。まさかフレーゲルとコルプトから艦隊を取り上げるとは思わなかった。これであいつらもしばらくは大人しくなるだろう。
「伯爵、卿の艦隊にはまた面倒をかけてしまうな」
「身内の事でご無理を聞いてもらったのはこちらですからな、面倒などとは思っておりません」
「そう言って貰えると助かる。せめてもう三個艦隊ほど編成せねばならんのでな。頭の痛い事だ」
「アムリッツアの叛乱軍に今の所大きな動きはありませんし、哨戒任務であれば我が艦隊で事足りると思います。そうではないか、参謀長」
「はい」

 十個艦隊と数は揃ったものの、急速に編成された艦隊の練度は恐ろしく低かった。元からあったミュッケンベルガーの直卒艦隊、ケルトリング艦隊、メルカッツ艦隊は一定の練度を維持している。昨年の遠征軍に参加したクライスト、ゼークト、シュトックハウゼン、ギースラーの各艦隊も損害を補充した後猛訓練に努めているから、練度は辛うじて維持している。だがフォーゲル、シュムーデ、マッケンゼンの各艦隊に関してはまだ練度、士気共に低く、艦隊級の対抗演習など無理、という有り様だった。ここから更に三個艦隊を新規に編成するとなれば、全艦隊が揃って出撃するなどいつの事になるのか…という話になってしまう。
 ヒルデスハイム艦隊に関しても急速に規模が大きくなったので状況は似ていた。だが、ウチに回されたフレーゲル、コルプトの両家の艦隊は、先年の出撃で被った汚名を晴らすべくそれなりに訓練に励んでいた様で、合流後もそれほどの練度低下にはみまわれずに済んだ。だが何しろ二万五千隻の大兵力だ。大幅な練度低下は避けられたと言っても細かい戦術運動が可能か、と言われると疑問符が付く。その上シューマッハ参謀長はメルカッツ艦隊に転属になったから、俺がそのまま参謀長に繰り上がったのだが、艦隊がこんな状況だから目の回る様な忙しさだった。シューマッハ参謀長はいいタイミングで転属しましたね、とキルヒアイスに笑われたものだ…。

 「おや、珍しく不安そうだな参謀長」
「はい。哨戒任務だけであれば問題ないのですが、もし遭遇戦になった時を考えますと、多少は」
「長官が目の前だからとて遠慮する必要はないぞ。麾下の艦隊の実状は長官とて知りたい筈だ」
 俺は遠慮なくヒルデスハイム艦隊の実状を話す事にした。別に今までも嘘の報告をしている訳じゃない。報告として数値化されたものと現実は違う、というだけだ。ヒルデスハイム艦隊二万五千隻、兵力AA。士気練度Bマイナス状態。Aを百点とするなら、Bマイナスは七十点というところだろう。兵力は通常の艦隊の二倍の艦艇数だから問題はない。問題なのは士気練度だった。評価だけ見ると良好だが、これは艦隊全体の練度の平均値なのだ。高い練度を維持しているのは元からのヒルデスハイム艦隊だ。後から加わった部隊が練度を下げている。艦艇ごとの評価の平均だから、恐ろしく練度の低い艦艇と高い練度の艦艇が混在している事になる。統一した艦隊運用に困難を感じるのは、俺でなくとも当たり前の話だった。
「成程、そういう事か。しかし卿等の艦隊は高く評価されておるのだ…艦隊だけではない、卿等の能力もだ。ヒルデスハイム艦隊が前線を支え、その間正規艦隊の能力の充実を図る。既に三長官会議で決定した事でもある…無論、卿等だけで戦えと申すのではない。こちらから叛乱軍に手を出す事はないが、無策で手をこまねいている訳にもいかない。此処から先は通さぬと、抑止力の象徴が必要なのだ。解ってくれ」
伯は新しい任務について既に知っていた筈だ。だが艦隊の状況が悪い事も気づいていた。細かい報告を受けなくてもいきなり図体が二倍以上に膨れあがれば、体の機能か追い付かない事ぐらい誰にだって分かる。伯はミュッケンベルガーの言を借りて俺を安堵させようとしたのだろう。不安はあってもどんな任務でもこなしてみせるさ…。

 「他に懸念はないか?要望でもよい。当面の間、卿等に前線を任せる事となる。要望は最優先で通す」 
これは素直に有難い話だ。意外にミュッケンベルガーの立場は苦しいのかもしれない。イゼルローン要塞失陥以降の事態は、軍人であれば納得は出来なくとも正しく現実として受け止める事が出来るだろう。だが政府や暗愚な貴族には決して理解されない筈だ。そしてその非難は実戦兵力を率いるミュッケンベルガーに集中する…待てよ、そうなると俺達も非難の矢面に立たされる事になる…何の事はない、ミュッケンベルガーが倒れる時は俺も倒れるという事か。
「ご配慮有難うございます…ではこの者達の昇進の序列を上げて貰えますでしょうか」
手元の端末を操作して、俺は複数の名前を挙げた。名前を読み上げるミュッケンベルガーは少し怪訝な顔をした。
「ロイエンタール大佐、ミッターマイヤー大佐、メックリンガー、ケスラー…まだ居るな、全てヒルデスハイム艦隊の佐官達だが、指揮機能を向上させるという事か」
「それもありますが、彼等は全て小官が我が艦隊に集めた者達です。理由は、彼等は必ずや近い将来の帝国軍を支える能力を持つ者達だからです」
「ほう」
「皆下級貴族や帝国騎士、平民であるが故に上層部との繋がりもなく、また能力はありますがその出自故に不遇を囲っております。小官は彼等をヒルデスハイム艦隊に集め、彼等の能力を発揮させやすい環境を作ろうと考えました」
「だが、まだ足りぬと」
「はい」
「近い将来の帝国軍か。その中枢には卿も当然入って居るのだろう?」
「はい。否定は致しません。小官も帝国軍人の端くれであります。将来は、今の元帥閣下の地位にありたいと思っておりますので」
ミュッケンベルガーは一瞬黙った後、大笑いした。初めて聴く笑い声だった。
「将来は私の地位に、か。集めた者達は卿の子飼い、という訳だな」
言った後、ミュッケンベルガーは厳しい顔をした。その厳しい顔の意味するところに気付いたのだろう、伯も同じような顔をしている。俺の地位が上がり、俺が見出だした者達の地位も上がる。そうなった時、俺が見出だした男達の忠誠心はどこへ向くだろうか。
「まあいい。今は将来の話をしている時ではないしな。了解した。人事局とは話をつけておく。他にはあるか」
哨戒任務という事になると、ヴィーレンシュタインを根拠地として出張る事になるが、補給体制は大丈夫なのだろうか…そう思っていると、伯が同じ事を口にした。
「ヴィーレンシュタインでの補給は受けられるのでしょうか」
「手回しは済んでいる。心配いりません」
「了解致しました」
「伯、何時出撃出来ようか」
「その為の報告に参ったのですぞ?」
「そういえばそうであったな……一週間後、二十七日にお願いする」
「了解しました。ヒルデスハイム艦隊、一月二十七日を以てヴィーレンシュタイン星系に進出致します」


 

 

第七十七話 協調

宇宙暦794年3月25日14:30
ボーデン宙域、ヴェルニゲローデ、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第十三艦隊、擬装商船ディスケガウデーレ
ヤマト・ウィンチェスター

 ここは惑星ヴェルニゲローデ。ボーデン宙域に属しているものの、主要航路からは外れている寂れた惑星だ。
「どうだった、オットー」
「めちゃくちゃ喜ばれたよ。まさかこんなに喜ばれるとは思わなかったな」
オットーはこの星の行政官と話をつけに行っていたのだ。行政官と言っても、こんな辺境に来たがる者は居らず、世襲の様な形になっているという。
「フォン・バルクマンという人だったよ。彼のバルクマン家は二百年前からここの行政官をやっているそうだ」
「へえ。意外とご先祖様が繋がっているんじゃないか?」
「そうかもな」
当初俺達の身分はフェザーンの独立商人という事にしようとしたけど、フェザーンを名乗ると後から面倒になりそうなので同盟…叛乱軍の商人という事にした。さすがに叛乱軍の軍人とは言えない。物資輸送の為にアムリッツァまで来たが、それだけでは利幅がないので軍には内密でヴェルニゲローデに来た…という設定だ。
「ボーデンまでの貨客船があればありがたいと言っている。鉱物資源としては鉄が有望らしいが…どうやらこの星は本当に帝国からも見放されているらしい」
このヴェルニゲローデという星は、二百年ほど前までは十万人程の人口があったらしい。だが俺達との戦争が始まってから様相が変化してしまったのだという。フォン・バルクマンの先祖も赴任してきた行政官だったのだが、戦争が激化し徴兵等で増加を上回るスピードで人口が減っていき、新任の行政官は来ず、現地を知るバルクマン家の人間が代々行政官に任じられる様になったそうだ。
「帝国にはこんな星がいくつもあるんだろうな。人口だって一万を越えるくらいっていうじゃないか…同盟の田舎だってここまで酷くはないぞ」
同姓のバルクマン氏に同情したのだろう、オットーは大きく嘆息した。俺も激しく同意するけど、一つだけいい点があった。バルクマン氏は貴族ではあるものの、全く貴族臭がない。代々この星に住む内に貴族というより在地領主、この星の代表者…首長という立ち位置に近い存在になっている。聞くと、バルクマン氏と住民の代表者が話し合ってこの星の行政を決めているという。
「地方自治体という訳だな。いい政治風土じゃないか。お前の考えている草の根運動も案外上手く行くかもな」
俺達の他にもワイドボーンやマイク、パオラ姐さん達も、商船に擬装した戦艦を使って近隣の帝国人のすんでいる色々な惑星に向かっている。その惑星全てが此所と同じとは限らないが、インフラや経済状況が似た様な状況にある事は想像にかたくない。
「しかし、派手な色にしちまったよな」
「そうか?商船が同盟軍の艦艇と同じ色だったらおかしいだろう?」
「まあそうなんだけどさ…メタリックレッドとか目立ちすぎないか?」
俺とオットーが使用しているのはハンニバルという戦艦だけど、色を決めたのは俺じゃない。ハンニバルの艦長だ。どうせ塗り変えるなら好きな色がいいという事でこんな派手な色になった。他の擬装商船も同じ様に色んな色に塗り変えられている。
「各艦の事は艦長の権限さ。俺が口出しする事じゃないよ」
「まあな…しかし、艦隊は大丈夫かな」
「ヤンさんとラップ中佐に任せてある。大丈夫さ」
艦隊司令部のスタッフが逆通商破壊に従事している間は艦隊の指揮をヤンさんとラップ中佐、あとフォークに任せてあった。ヤンさんなら無理はしないだろうし、なにかあっても必ず助けてくれるだろう。



4月1日18:00
ヴィーレンシュタイン星系外縁(ボーデン方面)、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、
第十三艦隊旗艦グラディウス
ヤン・ウェンリー

 「しかし逆通商破壊なんて…司令官はとんでもない事を考え出すものですな」
「ああ…ラップ、私とお前だけなんだ、いつも通りでいいよ」
「そうか?…司令官は本気で帝国に勝とうとしているんだな」
「どうしてそう思うんだい?」
「じゃなければこんな地味な作戦思いつくもんか。逆通商破壊って、辺境の帝国人を経済的にこちら側につけるって事だろう?」
「そうだね。司令官は無理に占領政策を採るより、帝国の辺境惑星へ経済的な利益を与える事によって同盟への心情的な抵抗をなくそうとしているんだ」
「だったらフェザーンの独立商人とでも名乗った方がいいんじゃないのか?」
「そうしてしまうとフェザーン本星に話が伝わるかもしれない。そうなると話が拗れてくる」
「フェザーンの黒狐、か?」
「黒狐かどうかはともかく、下手をするとフェザーン在駐の帝国高等弁務官府からもオーディンに話が流れ兼ねない」
「黒狐に白狐か。面倒な事だ」
「そうだね。おそらく司令官は帝国辺境を同盟の味方にする、というよりは中立化を狙っているんじゃないかな。あからさまに同盟に味方したら困るのは辺境の彼等だからね。粛清の対象になりかねない。帝国の援助がなくとも自立してやっていけると分かれば、彼等とて帝国に面従腹背で臨む事が出来る」
「俺達にだって面従腹背で臨むかも知れないぞ?」
「だからこそ経済的な利益を約束するのさ。司令官が前に言っていたよ。主義主張は生きる為の方便、とね。衣食足りて礼を知る、腹が満ち足りれば大抵の事はどうでもよくなると」
「そんなものかな」
「同盟市民は分からないけどね。だが辺境の帝国市民は違う。彼等は搾取される側だし、我々の事だって同じ様に見ているかもしれないんだ。支配者層が変わっても彼等の日常は変わらないのであれば自分達に優しい方に心情的には味方したくなるだろうよ」
「成る程ね。しかしいつまで続ける気なんだろうか」
「どうなんだろうね」
「聞いてないのかヤン…お前参謀長なんだぞ?」
そう、いつまで続ける気なのだろう。この作戦は始めたばかりだが、いずれ帝国に気付かれるのは目に見えている。帝国の哨戒網をくぐりながらの隠密作戦…。帝国は必ず我々を叩く為に艦隊を派遣するだろう。きちんと本意を聞いておくとしよう…。


4月7日11:30
ボーデン宙域(アムリッツァ方面)、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス
ヤマト・ウィンチェスター

 「報告は以上です。本部長への報告は此方から行った方がよろしいでしょうか?」

”そうだな…私からも報告するが、貴官からも報告した方がよいだろう“

「了解致しました」

“貴官の発案とはいえ地味で地道な任務だ。よろしく頼むぞ”

「判っております。では」


ルーカス司令長官の姿が画面から消えた。確かに地味な任務だ…。
「司令官、では今仰っておられた穀物プラント十基、農地用トラクター百台、土壌改良キット二十基、採掘用機材五基、各機材の使用法の為の指導員百名、貨客用に改造した巡航艦十隻の手配をイゼルローン要塞補給支部に要請します」
「頼む、キンスキー少尉…ああ、あとアムリッツァ基地司令と超光速通信(FTL)を繋いでくれるかい」
「かしこまりました」
アムリッツァ駐留軍司令部は昨年の帝国軍とのフォルゲン宙域での大規模な戦闘後解体され、自由惑星同盟軍アムリッツァ基地と名を変えた。任務も以前と異なっている。アムリッツァ基地への組織改編と同時に行政府が置かれたので、その行政府への治安維持の支援、後は駐留している各艦隊への福利厚生業務が主な任務になっている。解体された駐留軍司令部は再編されたものの、第四惑星カイタルに移された。駐留艦隊の編成も変更されている。基幹四個艦隊となり以前の七個艦隊から削減された。じゃあ残りの三個艦隊がハイネセンに引っ込んだのかというとそうでもない。以前あった三個艦隊は一個艦隊増勢され、四個艦隊がイゼルローン要塞に駐留している。何故こうなったかというと、やはり昨年のフォルゲン宙域での戦闘が要因だった。アムリッツァは根拠地としての能力が低すぎたのだ。ただ駐留している分には構わないが、いざ大規模な戦闘が起こると後方基地としての能力がパンクしてしまう。それに民間人も多い。元からの同盟市民、それに新しく同盟市民になった者も多数居る。同盟軍が多数出撃していく様を見るとパニックやそれに乗じたデモやテロ行為が起きるのではないか、と危惧されたのだ。それで民間人の少ないカイタルを駐留軍の本拠地にしようという案が出され、現在に至っていた。カイタルには現在、大規模な同盟軍の基地が建設中だった。将来的には十個艦隊の駐留に耐えられる規模の基地が出来上がるという。基幹兵力四個艦隊という編制もやはり昨年の戦いから導き出された数字だった。四個艦隊六万隻で支え、イゼルローン要塞からの四個艦隊六万隻を機動兵力として活用し、来寇した帝国軍を包囲殲滅する…という方針だった。そして新領土を除く同盟国内に残り四個艦隊が存在し、この四個艦隊毎のタスクグループがローテーションして休養と任務に当たる様になった。半年イゼルローン要塞、半年アムリッツァ、半年同盟本土で休養と整備…という訳だ。ウチの第十三艦隊を含めると基幹十三個艦隊、特別編成のイゼルローン要塞駐留艦隊…で十四の艦隊がある事になる。

“おう、久しぶりですな司令官閣下”

「やめて下さいよ、キャゼルヌ司令。少し相談が」

端末の画面にはキャゼルヌ少将が映し出されている。アムリッツァ基地の初代司令に任じられたのはキャゼさんなのだ。キャゼさんが任じられたのには理由があった。まず実戦経験豊富で補給任務に造詣が深い事。アムリッツァ基地はカイタルへの補給計画に関わる事が多く、計画立案だけでなく計画実行能力も高い補給士官が望まれたからだった。そして汚職とは無縁な事…という理由が挙げられる。実戦経験も求められたのは、アムリッツァ基地が前線だからだ。戦闘が予想される宙域での補給任務は、後方では想像もつかない物やある程度の実戦経験者でないと必要だと分からない物も品目に挙げられたりする。その必要性を説明しスムーズに補給計画を計画、実行出来る将官となると数が限られてくるのだ。その上キャゼさんは基地司令就任前まで人員削減推進室の室長として後方勤務本部に居たから、様々な企業にも顔が利いた。今ではアムリッツァにも色んな企業の現地法人が進出している。経験豊富で清廉、軍に物品を納入している企業とも搦め手の交渉が出来る補給畑の将官…という事でキャゼさんに白羽の矢が立ったのだ。

“なんだなんだ、悪巧みか?“

「行政府にお願いして欲しいのです。軍属を雇いたいんですよ」

“軍属?何をさせる気だ”

 俺は現在遂行中の作戦を説明した。キャゼさんは単にアムリッツァ基地司令だから、逆通商破壊作戦については知らされていない。この作戦は表向きには帝国の哨戒網の穴を見つける隠密作戦となっているから、逆通商破壊という目的を知っているのはトリューニヒト、シトレ親父、ルーカス親父だけだ。

“逆通商破壊だと?そんな事をやっていたのか。全くお前さんは……了解した。単なる荷役作業員という事でいいんだな?”

「出来れば、そのまま同盟軍人として任官してもいい、同盟軍人として働きたい、という様な人達がいいですね」

”何故だ?“

「そのままウチの艦隊に居てもらえれば、私が何をしようとしているのか彼等にも判る筈ですから。ただの軍事作戦ではないので」

“そうか…了解した。カイザーリング氏に協力を要請しよう”

「ああ、そういえば彼は行政府長官になったのでしたね」

“お前さんが直接頼んだ方が早いかも知れんぞ。無論此方からも要請はするが”

「分かりました。後程連絡を取ってみます」

“軍属を雇うって事はアムリッツァに寄るんだろう?何時だ”

「そうですね…本隊と合流後ですから…十四日には着くと思います」

“了解した。待っているぞ”

 通信は切れた。その通信が切れるのを待ってすかさずオットーが質問を口にした。
「軍属を雇うのか?」
「ああ。彼等にはアムリッツァの現状を宣伝をしてもらおうと思ってさ。同盟と仲良くしても損はないと思ってもらわないといけないし。草の根運動だな」
「それで味方につけて占領しやすくするって訳か」
「占領?占領してどうするんだ」
「どうするってそりゃあ…」
オットーは言葉に詰まってしまった様だ。そりゃ詰まりもするだろう、この草の根運動は帝国艦隊の誘引し、同時に同盟と境を接する帝国辺境の星々を味方にする為…としか上層部にも説明していないからな。トリューニヒトにしろシトレ親父にしろ、後日占領する時の為の布石としか思ってないだろう。
「じゃあ…逆通商破壊作戦は、アムリッツァの様に辺境星系を占領して経済開発を進めて、帝国との戦争を有利にする為…じゃあないのか?」
「有利に進める為、っていうのは間違いない。艦隊と合流したらきちんと説明するよ」
「何で最初からちゃんと教えてくれないんだ?」
「本当の目的を話したら反対されると思ったからさ。シトレ長官や国防委員長にも帝国の兵力を誘引する為、帝国領への進攻を容易にする為、としか説明してないからな。ヤン参謀長すら知らないんだ」
「敵を欺くにはまず味方から、ってか。もしそうだとしてもせめて俺達には話してくれよ。俺もマイクも、お前を支えるって決めて此処にいるんだぞ。秘密は無しだ」
オットーの顔は真剣だった。本当に少し怒っている様だ。
「悪かったよ、この通りだ。謝るよ」
「了解、だ…で、この後は艦隊に合流するんじゃないのか」
「そうだ。キンスキー少尉、グラディウスと回線を。FTLで」
「了解致しました」



帝国暦485年4月11日09:00
キフォイザー星系、銀河帝国、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「大丈夫でしょうか、マッケンゼン艦隊は」
「ヴィーレンシュタインから先へは行くなと厳命してある。私だけではなくミュッケンベルガー長官からもだ。大丈夫だろう」
「そうだとよいのですが」
ヒルデスハイム伯は大笑いしている。
「参謀長になってえらく心配性になったなミューゼル少将。私はともかく長官の命は破らんだろう。もっと味方を信用する事だ」
「はい」

 今艦隊はキフォイザー宙域中心のキフォイザー星系に居る。一方、マッケンゼン艦隊は今頃シャンタウからヴィーレンシュタインに向けて進んでいる頃だろう。当初哨戒任務はヒルデスハイム艦隊のみで行う筈だったのだが、マッケンゼン中将が自分の艦隊も加えて欲しいと申し出たのだ。ミュッケンベルガーは難色を示したが、リッテンハイム侯の有形無形の圧があったらしい。我々が前線に出るなら、此方からも、という事の様だ。これだけ聞くと二大権門の派閥争いが軍内部でも…と思われがちだが、当のマッケンゼン中将は確かにリッテンハイム閥に属してはいるものの真っ当な軍人の様だった。統帥本部での勤務が長く、主に軍令に携わって来た人物だという。少将への昇進と共に宇宙艦隊司令部入りが内定していたものの、宇宙艦隊司令部の参謀達の猛烈な反対にあい転属が取り消しになり、軍務省でくすぶっていた…という事を先日、ミッターマイヤーが教えてくれた。

 『当時のマッケンゼン少将の宇宙艦隊司令部入りを特に強硬に反対したのは当時准将で宇宙艦隊司令部で勤務していたシュターデン少将です。その一点だけでもマッケンゼン中将が真っ当なお方である事の証ですよ』
『大佐、本当にそれだけで判断出来るものなのか?』
『ええ。士官学校在籍当時、当時のマッケンゼン准将が講話に来られた事がありました。実戦では理論通りにならぬ事は沢山ある、目の前にある事をこそ受け入れよ…と仰っていました。ロイエンタール含め我々学生は尤もだと頷いていましたが、当時のシュターデン大佐は講堂の端からマッケンゼン准将を睨んでいましたよ』
『シュターデンが?何故だ?』
『はい。当時のシュターデン大佐は士官学校で我々に戦術論を教えていたのです。シュターデン教官は戦術シミュレーション等で理論と実際が相反する状況になった時、理論を優先させていました。我々はひどく嫌われたものです。まあ、我々学生も理屈倒れのシュターデンと呼んで嫌っていました。当時のマッケンゼン准将もシュターデン教官に向けて言った訳ではないでしょうが、教官からすれば持論を真っ向から否定されたとでも思ったのではないでしょうか』
『成程。そういう因縁があったのか』

 おそらくミッターマイヤーの観るマッケンゼン中将の評価は正しいだろう。戦場で戦術理論を優先させるなど馬鹿にも等しい。理論が重要な事は解る。だが実際の状況が理論通りにいくとは限らない。目の前にある事をこそ受け入れよ、か。為人は分からないが、その一点を身を以て理解しているだけでも優秀な男である事は間違いない。だが…。
「そこまで心配する理由があるのか?ボーデン、フォルゲン共に叛乱軍は活動しておらん」
「はい、閣下の仰る通りなのですが…マッケンゼン中将は大規模な艦隊を率いるのは初めてです。余計な物言いかも知れませんが、気負っておられなければよいのですが」
「初陣の気負い、か…。想定戦場を哨戒も兼ねて視察したいとの申し入れがあった故に向こうを任せたのだがな。解った、艦隊を分けよう。アントンとベルタに通信を。両艦隊は予定通りキフォイザーからハーンの線で哨戒を続行せよ。本隊はシャンタウを経由してヴィーレンシュタインに移動する」
「閣下、お言葉ではありますが、アントン、ベルタの両艦隊をヴィーレンシュタインに向けた方がよろしいのではないでしょうか?両艦隊を分離してしまうと、本隊は五千隻に過ぎません」
「キフォイザー、アルメントフーベル、シャッヘンからハーンの航路哨戒をおろそかにする訳にもいかんだろう。例の正体不明の艦隊の件もある」
「そうでした。迂闊でした…キルヒアイス、アントンとベルタの両閣下に通信を。内容は先程閣下が言われた通りだ……本隊、全艦反転!反転後陣形を球形陣に整えシャンタウに向かう!」
伯は後を頼むと言って艦橋を後にした。キルヒアイス、それにミッターマイヤーとロイエンタールが俺の元に集まる。
「ボーデンやフォルゲンで哨戒を行っている連中を信用しない訳ではない。だが…」
「ラインハルト様には何か気にかかる事でも?」
「中佐の言う通りです。参謀長には何か御懸念がお有りの様ですな」
キルヒアイスの言葉にロイエンタールも反応する。
「確かに叛乱軍の活動の兆候はない。だが奴等が嫌な事はなんだ?」
「アムリッツァを我等に奪われる事です」
「そうだキルヒアイス。となると叛乱軍とて哨戒活動をしている筈だろう?」
キルヒアイスが俺の問いに答える前に口を開いたのはロイエンタールだった。
「隠密行動を得意とする叛乱軍部隊が哨戒を行っていると?どう思う、ミッターマイヤー」
「有り得ない話ではない。俺が敵でもそうするよ。だが隠密行動なら敵はごく少数の筈だ。此方に対処出来るだけのまとまった兵力が存在するとは考えにくい…存在していても各宙域でもかなり小規模の通報艦や強行偵察艦のグルッペだろう。奴等が哨戒を実施していたとして、此方に見つからないのはそのせいだ。叛乱軍はアムリッツァから出る必要がない以上、奴等は此方の接近にだけ注意をはらっておけばよいのだからな」
「そうだな…参謀長、どうです?」
ロイエンタールの口調には、俺の能力を試す様な響きがあった。
「叛乱軍の哨戒活動が、ボーデンとフォルゲンの線で止まっていれば心配はない。だが叛乱軍が真に恐れる事態は何だ?キルヒアイス、解るか」
「はい。突然我々…帝国軍がボーデン及びフォルゲンに現れる事です」
「そうだ。叛乱軍がそれを防ぐにはどうする?」
「最低でもヴィーレンシュタインまで哨戒の網を拡げる事です。そうすれば叛乱軍は余裕を持ってボーデン及びフォルゲンに布陣する事が可能です」
キルヒアイスの回答を聞くうちに二人共気づいたのだろう、二人の顔には緊張の色があった。
「マッケンゼン中将は初陣、と気にされていたのはこれがあったからですか」
「ミッターマイヤー大佐、これは全て私の推論に過ぎない。叛乱軍の隠密哨戒部隊など存在しないかもしれない。だが私はこの艦隊の参謀長だ。最悪の事態を想定せねばならない」
「心中お察しします…ヒルデスハイム閣下にはこの事を?」
「言える訳がない。閣下にマッケンゼン艦隊に対する指揮権は与えられていないのだ。それに…」
端末を操作する。マッケンゼン艦隊の司令部の人事編成を二人に見せる為だ。マッケンゼン中将が気負うかもしれないという理由が此処にある。
「艦隊参謀長、シュターデン少将…これは」
「マッケンゼン中将自身は無能や惰弱とは無縁の人物だろう。だが彼を補佐する者がミッターマイヤー大佐のいう様な男なら。協調は難しいだろう。マッケンゼン艦隊が能力を発揮するのは厳しいかもしれないな」
四人で話していて気づいた事がある。伯爵の言う様に、俺は本当に心配性になったのかもしれない…。







 
 

 
後書き
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第七十八話 予期せぬ遭遇戦

宇宙暦794年4月13日18:05
ヴィーレンシュタイン宙域、ヴィーレンシュタイン星系(ボーデン方向)、
自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤン・ウェンリー

 「先輩、まずいですよ」
「何かあったのかい、アッテンボロー」
「まだこの星系には入って来てはいませんが、宙域のシャンタウ方向に一個艦隊規模の帝国艦隊がいます。つい先程、隠密哨戒実施中の通報艦ゴルゴダより通報がありました」
「確かにまずいなあ…閣下、お聞きおよびかと思いますが、敵艦隊が現れました。シャンタウ方向、まだこの星系には侵入してはおりません」
我々の感想に同調しながらもウィンチェスターは表情一つ変える事がなかった。
「それは確かにまずいですね…恒星ヴィーレンシュタインに向かいましょう」
「恒星にですか」
「我々の艦隊は小規模ですし、恒星表面に近づけば此方の熱源自体を恒星が隠してくれます。帝国艦隊が余程の此方に近づかない限りばれませんよ」
「なるほど…」
「フォーク少佐、カイタルの駐留艦隊司令部とイゼルローンにFTLを。通報艦ゴルゴダより連絡、ヴィーレンシュタイン宙域の帝国側に敵艦隊発見、一個艦隊規模、我との距離……約二千五百光秒…参謀長以後の指示は参謀長にお任せします」
「了解致しました」
ウィンチェスターは驚いた顔をしていたが、出した指令の内容は冷静だった。恒星に極至近に近づいて敵のセンサーから身を隠す…中々思い付かない発想だ…しかし敵の目的は何だろう。まさか一個艦隊で攻め寄せる筈はないだろうし…ウィンチェスターの企図する逆通商破壊活動がばれたのだろうか?…いや、ばれるも何もまだ何も実施していないに等しい、ばれる筈がない。もし察知されていたとしても…それなら尚の事敵の兵力が一個艦隊というのもおかしい。この艦隊の存在を帝国軍が察知したとして…まずは通報…撃破の為の艦隊を呼び寄せる…ボーデンに入った時に通報されていたとしても…オーディンからヴィーレンシュタインまでは二十日以上はかかるだろう、時間的には辻褄が合わない…。

 私に任せると言ってウィンチェスターは何かを考えている様だ。それから一時間程たっただろうか、おもむろにラップやアッテンボローに質問をぶつけ始めた。
「ラップ中佐、敵の目的は何だと思います?」
「ええと…我々はボーデンからヴィーレンシュタイン、特にヴィーレンシュタインに入る前は余計な加減速は行っていません。航行可能ギリギリのルートを慣性航行のみ。我々が発見されているとは思えません。敵は訓練か哨戒行動中の艦隊ではないでしょうか」
「アッテンボロー大佐はどうです?」
「そうですね…小官もラップ先輩の意見に賛成です。我々がボーデンで既に察知されていたとして、その時点でオーディンから艦隊を呼び寄せたとしても、時間的間尺が合いません。それにもしそうだとしても一個艦隊だけで出撃してくるとは思えません」
やはり二人ともそう考えるか…まあ此処は帝国領内だし敵が何か策を弄する必要性は少ない、そう考えるのが妥当というものだろう。
「そうですね…二人の言う様に訓練か定期的な哨戒活動という事ならこのまま黙ってやり過ごすのが一番でしょう」
その通りだ、察知された兆候がないなら…無理に戦う必要はない…。
「閣下、ゴルゴダの反応が消失しました、位置暴露後撃破されたものと考えられます」
思った傍からこれだ…通報艦には武装は搭載されていないし、単艦行動が基本だ。通報艦への乗員になるという事は死を覚悟せねばならならない。
「そうか…フォーク少佐、貴官が言う様に通報艦が撃破されたとする。敵艦隊はこの後どうするだろう?」
「そうですね…通報艦を撃破したのですから、我々も含めて此方の存在を疑っている筈です。今後は敵艦隊による活発な捜索活動が予想されます」
「そうだろうなあ……他にも味方の通報艦はこの宙域に展開しているのかい?」
「ええと…ありました、その通りです。二十隻の通報艦及び強行偵察艦が隠密哨戒を実施しています。ゴルゴダが撃破されたので残り十九隻となりますが」
意外と数が出ているな。となるとこの後も敵を見失う事はないという事か。ウィンチェスターはどうするつもりだろう。
「閣下、カイタルの駐留軍司令部から折り返しのFTLです。グリーンヒル大将自ら話したいと仰っています」
「わかりました」

“ウィンチェスター少将、ご苦労だな”

「いえ、この程度は給料分です。何か、ありましたか」

“今艦隊の出動準備を整えさせているところだ。明日十四日、一五〇〇時には在留の四個艦隊全てが出撃可能だ。少将、帝国軍の目的は何だと思うかね”

「皆と検討したのですが、訓練か定期的な哨戒活動ではないかと思われます。大規模な軍事行動の可能性はとても低いかと」

“何故かね?アムリッツァ奪還の為の作戦行動の前触れと考える者もいる。奴等は雪辱を果たしたがっている筈だというのだ。その先陣ではないかと”

「そう考える方々がいらっしゃるのは分かります。ですがもしそうであれば、その先鋒を命ぜられた艦隊の任務は重要です。分艦隊規模の集団をを複数編成し針路前方に派出して前路警戒を行う筈です。ここは帝国領内とはいえアムリッツァから近いのですから、帝国軍も油断はしない筈です。ですがそういう活動が行われているという報告も兆候もありませんでした。ですのでそちらで危惧されている様な事態ではないと思われます」

“成程な”

「ですが困った事に、敵発見を伝えて来た通報艦が撃破されました。今後は帝国艦隊による捜索活動が活発に行われると思います」

“貴官等は今どの辺りだ?”

「ヴィーレンシュタイン星系内です。帝国艦隊のセンサーから逃れる為に恒星ヴィーレンシュタインに向かっています」

“了解した。それで今後の方針なのだが…済まないが、囮になってくれるか”

「囮、ですか」

“そうだ。貴官の言う通り本当に一個艦隊のみだとすれば尚更、敵の兵力を減らす機会は失いたくはない。準備が整い次第こちらから四個艦隊を出撃させる。彼等が君達に合流するまで時間を稼いでくれ”

「了解致しました。ですが万が一があります。一個艦隊はお手許に置いた方が宜しいかと」

“そうだな…了解した、健闘を祈る。では”

 
 通信が終わると、近くで様子を伺っていたアッテンボローがベレーを脱いで天を仰いだ。
「何もせずにやり過ごす、って事は考えてくれないんですかね、お偉方は」
「撃破されたゴルゴダの事を考えてみろ。このまま放っておけば他の偵察グループもやられてしまうぞ。閣下、隠密偵察を中止して避退行動を取る様に平文で発信してみてはどうでしょう。それだけで囮の役目を果たせると思うのですが」
「そうだね、いい考えだ。じゃあ参謀長、よろしく頼む」
「了解しました」
ウィンチェスターと私の話を聞いていたアッテンボローが通信オペレータのもとへ走って行く…囮か。偵察グループに平文で通信すれば、必ず帝国艦隊はその発信源を割り出して…この艦隊の位置を察知するだろう。進出してきた帝国艦隊が一個艦隊だけならウィンチェスターとてまだやりようはあるだろうが、もしそうではない時は…。


4月14日03:15
ヴィーレンシュタイン星系、恒星ヴィーレンシュタイン、自由惑星同盟軍、
第十三艦隊旗艦グラディウス
ヤマト・ウィンチェスター

 参ったな、まさか帝国艦隊が現れるなんて…ヴィーレンシュタインの影に隠れはしたものの、どうしたものか…。ヤンさんなら二倍の敵くらい何ともないんだろうけどなあ…。
「これからどうなさるおつもりですか、閣下。カイタルの司令部は囮になれと言っているのでしょう?」
真っ正直から聞くなワイドボーン…ムライさんか?お前は。
「囮か。命じられた以上はやらなきゃいけないんだが…ちょっと考えてみるとしよう」




4月15日06:30
ヴィーレンシュタイン星系外苑部(シャンタウ方向)、銀河帝国、銀河帝国軍、
マッケンゼン艦隊旗艦マルクグラーフ
ヨッヘン・フォン・マッケンゼン

「傍受した通信の発信源の方向に、センサーが熱源を探知しました。熱量から察するに、発見した敵はそれほど多くはないと思われます。撃破するべきではないでしょうか」
「まあ落ち着け、シュターデン参謀長。何故奴等はわざわざ平文で偵察艦に退避を呼び掛けたのだ?おそらく偵察艦を安全に退避させ、こちらの注意を惹き付ける為にわざと平文で発信したのだろう。小さな敵を屠って功を誇るなど無用だ。我々に察知されたと知れば、自然と退くだろう。放って置けばよい」
「…ですが発見した敵を放置しておけば、我々の動きを逐一アムリッツァに報告するでしょう。既に報告を完了し敵の増援が此方に向かっておるやもしれません。であれば尚の事、鎧袖一触のもとに撃破し、後の状況に備えるのが最良ではないかと愚考する次第であります」
「…卿の言う様に敵の増援が此方に向かってるとすれば、発信源など撃破しても既に無意味というものだ。それよりはヒルデスハイム伯と合流する事の方が余程重要だ。それに本当に叛乱軍の大部隊がいるのなら、我々単独ではなく協力して事に当たるべきだろう。戦うのであれば後日、大軍を以てして、だ。我が艦隊はまだ錬成途上だし、与えられた任務は哨戒だ。無理をする必要はない」
 不服そうだなシュターデン。お前は何を考えている、此方が哨戒任務なら発見した敵とておそらく哨戒が目的だろう。でなければでこの星系までくる筈はない。我々に発見される可能性を考慮して、動き易くする為の小規模なグルッペ編成とは思わないのだろうか。それに此方はまだ錬成途上の艦隊なのだ、戦闘や複雑な艦隊運動は出来る事なら避けたいのだ…。

 「しかし…本当にそれで宜しいのですか、閣下」
「…どういう意味かな」
「確かにヒルデスハイム艦隊の助力を得れば、何をするにしても状況は楽になるでしょう。しかしヒルデスハイム伯の助力を受けねば何も出来ぬ艦隊…等と心無い批判を受ける結果になりませんか?我が艦隊の初陣は汚され、伯の武名は増すばかり…大将とはいえヒルデスハイム伯爵は正規軍人ではありません。ましてや伯爵を支えているのはあのミューゼル少将、金髪の孺子…姉が皇帝陛下の寵を得ているのをいい事に、実力以上の階級を得ている成り上がり…このまま行けば奴の様な輩が軍を専横する事態になりかねません。その様な事は閣下を後押しなされたリッテンハイム侯もお望みではありますまい」
 言い終わるとシュターデンの顔には薄ら笑いがあった。こいつは私をリッテンハイム閥の代表者としてしか見ていないのだ。自分の戦術に固執し、それを通すのに派閥次元で物を言う男…戦う時とそうではない時の見極めも出来ない愚か者…。しかし、この男はブラウンシュヴァイク一門に近しい筈…なるほど、私の幕僚を自ら志願したと聞いていたが…そうか、リッテンハイム閥と目される私をブラウンシュヴァイク閥のこの男が支え勝利すれば、リッテンハイム侯に名を売る事が出来る、それと同時にリッテンハイム閥に恩を売ったとブラウンシュヴァイク公に取り入る事が出来る…。両者を天秤にかけた行動という事か。そして金髪の孺子…ミューゼル少将への対抗心…そうだな、ミューゼルは二十歳にもならずに少将、シュターデンからすれば面白くはあるまい。

 「卿はヒルデスハイム伯やミューゼル少将の事をよくは思っていない様だな」
「そうではありません。それぞれの居場所を守って頂きたい、というだけです。伯爵には藩塀として宮中にて皇帝陛下に近侍なさる責任がおありでしょうし、ミューゼル少将などは姉君が宮中に居られるのですから、近衛にでも居るのがお似合いでしょう」
 ヒルデスハイム伯爵は今や正式に軍に復帰し、正規軍人と同じ扱いを受けている、自らの武功を誇る事もなく軍務に精励されていると聞く。政府は認めたがらないが不利な戦況の今、度々前線で戦ってきた有力な艦隊司令官を余所者扱いするなど愚かしいにも程がある。それに、確かにミューゼル少将は成り上がりだが、成り上がり者というのはそれが可能なだけの能力を持っているからこそ成り上がる事が出来るのだ。そうでなければヒルデスハイム伯とて自分と何の縁も無い者を重用はしないだろう。宇宙艦隊の参謀を務めていたと言ってもこの程度か。いや、この程度でも務まるという事だろうか。とすれば嘆かわしいものだ…。

 「敵艦隊、十二時方向。恒星ヴィーレンシュタインを背に横陣形をとりつつあります。ヴィーレンシュタインの磁場及び熱輻射の影響で詳細は不明瞭ですがおよそ六千から七千隻。我が艦隊との距離、およそ二百光秒」
「六千から七千だと!馬鹿な、発見時と規模が違うではないか!」
オペレータの抑揚のない報告に驚くシュターデンの声が、私を現実に呼び戻す。
「オペレータ、スクリーンに概略図を出せ」
ほう…恒星ヴィーレンシュタインを背にして…背水の陣という訳か。それに恒星に近づけば磁場や熱の影響で艦艇が発する熱量を誤魔化す事が出来る…。
「閣下、敵は既にあの艦隊だけではないのでは…あの小艦隊は陽動で、未発見の敵本隊が付近に潜んでいるのではないでしょうか」
…自らの野心の為に私を焚き付ける割には、芯が無さすぎるなシュターデン。けしかけたり怯えたり…忙しい事だ。
「私には眼前の敵が背水の陣を敷いている様にしか見えないのだが」
この男と戦術論を戦わせるなど愚の骨頂と言うものだが…あれは言葉通りの背水の陣なのだ。まあ、背にしているのは紅く燃える炎ではあるが…。
 貴様の言う通り、ヴィーレンシュタインの影に敵本隊が潜んでいたとしよう。囮として眼前に五、六千隻。此方を足止めするには十分な数だが…となると常識的に考えて敵本隊には囮の二倍以上の兵力が存在する事になる。何故なら囮より敵本隊が数が少ないとなると、敵本隊が我々に側面攻撃を仕掛けてもその効果は限定的になってしまうからだ。そして、既に伏兵が存在すると此方に考えさせてしまっているのだから、益々伏撃の効果は薄れてしまう。となると敵兵力の合計は少なくとも我々と同程度、又はそれ以上事になる。敵の総兵力が我々と同程度だとすれば、既に眼前に存在する兵力を差し引けば潜む敵本隊は六千隻ほど。それでも我々に伏兵の存在を考慮させてしまっているのだから、やはり伏撃の効果は限定的だ。ここから逆算して考えれば、潜んでいるかもしれない敵本隊は此方の倍以上となる訳だが、二万や三万を越える敵艦隊がここまで見つからずに侵攻してくるというのは無理な話だ。それに、それほどの兵力が既に存在するのなら、堂々と我々を攻撃すればいい話である、囮など出す必要はない。
「そうは思わないか、参謀長。そう考えると、眼前の敵艦隊には本隊など存在しないと私は思う。あれは我々に伏兵があると思わせる為の背水の陣だ」
「ですが…やはり半個艦隊程度でこの星系まで来るとは思えません。常識的に考えて有力な敵の本隊が存在すると考えるべきです」
「参謀長、そう考えてしまう事こそが敵の思うツボなのだ。我々がそうである様に、あの敵もまた哨戒任務を行っている艦隊なのだろう。半個艦隊程度…小数だからこそ見つからずにここまで来る事が出来たと考えるべきだ」
「では…敵は我々の半数程です、撃破を狙いますか」
「あの艦隊規模で此処まで単独で侵攻してきたとなると…かなりの精鋭だろう。迂闊に手を出すと、出した手を食いちぎられるかもしれん。幸い、我等の方が数が多い。此方が妙な真似をしなければ、奴等も何もしてこないだろう」
「…はっ」
分かりやすい奴だ。返事とは裏腹に、顔は不満を隠そうともしない…。





4月15日08:45
恒星ヴィーレンシュタイン付近、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「敵艦隊、十二時方向、横陣形で停止しました。距離、百二十光秒。およそ一万二千隻、第二惑星軌道付近」
フォークがオペレータの代わりに声を張り上げる。
「オペレータ、敵艦隊の旗艦は判別出来るか」
「…旗艦級大型戦艦は存在していると思われますが、精密な識別は出来ません」
まあ…そうだろうな。救いがあるとすれば、この時期の艦隊司令官達はラインハルトの子分達ではない事だ。それにおそらくヒルデスハイム艦隊やミュッケンベルガーでもない。ラインハルトが補佐する艦隊なら一個艦隊で戦おうとはしないだろうし、ミュッケンベルガーなら何個艦隊か連れてくる筈だ…となると元から存在していた艦隊か、新規編成の艦隊という事なる。強いのか弱いのか、用兵巧者か凡将か…。

 「此方の考えを敵に見破られる恐れはないのでしょうか」
フォークが恐る恐るといった風に疑問を口にした。
「閣下のお考えは理解出来ますが、フォーク少佐と同じ思いの者も居るでしょう。そのあたり、どうなのでしょう」
ワイドボーンもフォークと同じ様な質問をぶつけてきた。だがワイドボーンの方は個人的な疑問というより俺の考えを皆に再認識させる為…といったニュアンスの質問だろう。さすが優等生、十年来の俊秀だね、よく自分の立場を心得ている。
「数の少ない我々が恒星を背に布陣…後退は出来ないのだから背水の陣と言える。後退するとしたら変針してヴィーレンシュタインを迂回するか、三時か九時方向にスライドするしかない訳だ」
「はい」
「敵の視点で見てみようか、ワイドボーン大佐。帝国軍人…貴官の階級だと艦隊の作戦参謀という所だろうが、我々を見てどう進言するかな」
「…半個艦隊程度でこの星系に存在するのはおかしい、眼前の敵は陽動で敵の伏兵に留意すべきではないか…と」
「だろうね。私でもそう進言するよ」
「はあ」
「だが冷静に考えてみれば、一個艦隊に対してその半数、我々六千五百隻の事だが、それだけの兵力を陽動に使用出来る戦力規模となると…大体二万から三万隻か、それ以上だ。我々を陽動に使用しても本隊は敵に対して優勢を保たねばならないからね。そこに気がつくと、彼等にも疑問が生じる。果たして最低でも二万から三万もの大兵力の移動を秘匿出来るのか?という疑問だ。ましてやボーデン、ヴィーレンシュタインは帝国領域だ。昨年の戦い以降、ボーデンに関しては比較的帝国の哨戒網は手薄だが、にしても二万、三万といった兵力の移動を見逃す事は有り得ない。だが半個艦隊ならどうだろう。実際見つからずに我々は此処まで来ているのだから、帝国軍とてその程度の兵力なら見逃しもあっただろう、と納得するしかない」
「そうなると敵は我々が単独行動…という事実に気付く事になりますが」
「そう、気付く」
「閣下、気付くと申されましたが…それでは敵は我々の撃破を狙う…のではないですか」
「狙うんじゃないかな」

 皆さん、そんなに呆気に取られた顔をしなくても…。劇中で第十三艦隊の参謀達がヤンさんの説明を聞く時って、こんな感じなんだろうな…ムライさんの気持ちが分かる気がする。まあ当のヤンさんは、俺とワイドボーンのやり取りを見て笑っているけれど。
「質疑応答はここまでにしようか。参謀長、前進を。敵が射程距離に入り次第攻撃を許可します」
「了解しました……全艦、艦隊速度強速で前進!敵艦隊が射程距離圏内に入り次第攻撃せよ!」
参謀長として声を張るヤンさんというのも劇中では観た事がない。中々得難い体験だぜ…。
「閣下、頃合いをみて全艦で三時方向に移動した方が宜しいかと思われますが」
「そうですね。その後は敵の動静に関わらず半円に陣形を形成、そのまま後退しましょう」
「了解致しました」
流石ヤンさんは俺のやりたい事を理解してくれている…ワイドボーン、お前の指摘は正しい。だけどそれを実行出来るか、という事になると話は変わって来るんだ。実行出来たらヤンさん並の用兵家になれるだろうよ…。

 











 

 

第七十九話 狩りの準備

帝国暦485年4月15日09:00
ヴィーレンシュタイン星系、恒星ヴィーレンシュタイン近傍、銀河帝国、銀河帝国軍、
マッケンゼン艦隊旗艦マルクグラーフ、
ヨッヘン・フォン・マッケンゼン

 再びオペレータの抑揚のない報告が艦橋を支配した。
「叛乱軍艦隊、動き出しました。横陣形のまま近付いて来ます。まもなく長距離砲の有効射程内に入ります……敵艦発砲」
射て(ファイエル)
叛乱軍め、死ぬ気か?…どう考えても勝ち目の無い戦いだと思うのだが…。
「閣下、両翼を拡げ半包囲体勢を構築すべきです」
馬鹿なのか、このシュターデンという男は…両翼を拡げるという事は中央が薄くなるという事だ。戦いはまだ始まったばかり、叛乱軍にもそれほど損害は出ていないだろう。今そんな事をしたら奴等に中央突破の機会を与えるだけだ。兵力は此方が上だから突破されても挽回は出来る。だが我が艦隊は練度が低いのだ、突破した敵を再び半包囲出来る体勢を整える間に敵はそのまま逃げてしまうに決まっている。初陣であればこそ慎重に戦わねばならぬ、その程度くらい予想出来てもよさそうなものだがな…。
「参謀長、まだその時ではない。今は数的有利を活かし、じっくり射ち合う時だ」
「はっ」


4月15日12:50
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 敵は此方を決死の背水の陣と見て、無闇に動く事を避けている様だ。確かに俺達の方が数が少ないから、帝国軍は焦る必要がないからな。三度ほど疑似突出して誘ってみたものの、帝国軍は動く事がなかった。お陰で損害も比較的少なくて済んでいる。
 ヤンさんや他の参謀達がスクリーンを見つめる中、エリカだけが青ざめた顔で俺の横に立ちつくしていた。
「キンスキー少尉、大丈夫かい?」
エリカが青ざめている理由は判っている。いくら夫婦で一緒に居ても、たとえ夫が艦隊司令官で、その妻である自分が副官だとしても、初陣の緊張感というのは重い物だ。スクリーンに映るあの一つ一つの爆発光は、人が死んでいる事の証なのだ。そして、その命令を出しているのは、艦隊司令官である自分の夫…。ハイネセンで待っていれば、理解しなくてもよかった事実。たとえ命令だったとしても、法で裁かれる事はないとしても、自分の夫が大量殺戮を行っているという事実。青ざめながら、立ちつくして震えながら、エリカは今必死にそれを理解しようとしている。一兵士だったら、もっと楽だっただろう。たとえ敵兵を射倒したとしても、命令だから、倒さなければ自分が死ぬのだからとある程度は割り切る事が出来ただろう。だけど、自分の夫はそれを他人に行わせる側なのだ。なんて罪作りな夫なんだ全く。
「大丈夫です、閣下。申し訳ありません」
「謝る必要なんてないよ。軍人である以上、どこかで通る道だ。君や私だけじゃない、オットーやマイクだって通って来た道さ」
エリカの手を握ると、彼女は強く握り返してきた。これくらいの公私混同はいいだろう?
「…参謀長、艦隊を三時方向にスライドさせる。その後、微速で後退だ」
「了解しました……全艦、三時方向に移動せよ!攻撃の手を緩めるな!」


4月15日13:30
銀河帝国軍、マッケンゼン艦隊旗艦マルクグラーフ、
ヨッヘン・フォン・マッケンゼン

 敵艦隊は十時方向に移動し、そのまま後退しつつある。擬態か?ヴィーレンシュタインの影に隠れるつもりだろうか?
「閣下、敵が後退しつつあります。我々を誘う罠ではないでしょうか」
「どうだろうか…敵の反応を見る。右翼を前へ」
艦隊の右翼が敵を追って前進を開始する…。
「敵艦隊、後退を止め前進を開始、我が方右翼に攻撃を集中させています」
あのオペレータにも感情はあった様だ、報告する声が甲高くなっていた。
「右翼、停止せよ。微速で後退だ」
此方の右翼が後退に転じると、敵は再び後退を始めた。ならば…。
「右翼、再度前進せよ」
右翼が再度前進を始めると、敵も再び後退を止めて逆撃を開始した。今度は先程よりも敵の攻撃の勢いが強い。
「右翼、停止せよ。敵艦隊が有効射程距離を離脱するまでは攻撃はそのまま続行だ」
そうか、敵は恒星を背に布陣する事で背水の陣と見せかけて、撤退の時期を伺っていたのか。後退後の逆撃は此方の追い足を鈍らせる為のものだろう。だが…。
「閣下、敵は撤退の時期を伺っていた様ですな。おそらくあの逆撃は我々の追撃の意志を挫く為のものでしょう」
確かにそう見える。だが…では何故わざわざ敵は恒星を背に布陣したのだ?我々を先に発見していたのだから、撤退する時間はたっぷりとあった筈だ。偵察艦艇を先に退避させる為にわざと平文で発信、我々の目を向けさせてその時間を稼ぐ…それでも安全に撤退出来た筈だ……何故…。
「敵艦隊が反転しヴィーレンシュタインの影に入っていきます。増速中」
「追撃を行う。だが、急がずともよい。まずは陣形を確実に再編せよ」


 
4月15日15:15
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「敵艦隊、我々を追撃中、五時方向」
敵はそのまま我々についてきてくれる様だ。ヴィーレンシュタインの反対側から出て来られたらどうしようかと思ったけど、これなら目論見通りだ。
「よし。艦隊針路をシャンタウ方向へ。艦隊速度最大」
「了解しました」
俺とヤンさんのやり取りに、ワイドボーンが大きな音を立てて立ち上がった。
「閣下、このまま撤退なさるのではないのですか」
「そうだけど、囮を演じなければならないからねえ。我々がシャンタウ方向に針路を取れば、相手は我々を必ず追って来るだろう?」
「それはそうですが、危険です。敵中に孤立します」
「本当にシャンタウに向かう訳じゃない。どうやら敵の司令官は慎重な人物の様だ。でなければ追撃を開始するのにこれ程時間はかけないだろう。我々を精鋭とでも思っているのか、自分の艦隊の能力に自信が持てないのか…どちらにせよ我々の動きを見定めてから動いている様に見える。撤退する余裕は充分にあるよ…オットー、この星系の外までどれくらいかかる?」
「艦隊最大速度で…八時間といったところでしょうか」
「ありがとう…ではこのまま星系外縁に向かう。艦隊針路シャンタウ方向」



4月15日18:05
ヴィーレンシュタイン宙域(シャンタウ方向)、銀河帝国軍、
ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「敵は此方に向かっているのか?…了解した、我々が頭を押さえる。協力して叩こうではないか」

“協力を得られてまことに感謝至極でございます”

「何を言う、当たり前ではないか。たとえ小艦隊と言えど逃さず殲滅すれば軍の士気も上がると言うものだ。我々は助攻、卿が主攻。武運を祈るぞ」

“はっ”

戦闘中と連絡は受けていたものの、まさか敵が此方に向かっているとは思ってもいなかった。敵の規模は六千から七千隻。規模は少数だがマッケンゼン提督は自らの艦隊の能力を過信する事は避けた様だ。位置関係から考えて、我々との共同撃破が上策と考えたのだろう。
「本当に敵が存在するとは…参謀長のご懸念が当たった様です。理想的に推移すれば挟撃も可能…敵とはいえ憐れですな」
「だがロイエンタール、マッケンゼン提督が我々に助力を乞うという事は、敵は精鋭と判断したのではないか?」
「逆だろう。マッケンゼン中将は艦隊司令官としては初陣だ。自分の艦隊の能力に自信が持てないのではないかな。それに相手は半個艦隊程度の兵力だ。我々と協力し確実に撃破を狙える挟撃戦を行う事で自分の艦隊に戦度胸をつけよう、という腹なのかも知れん」
「卿の言う通りかも知れんな。我々が頭を押さえ、兵力に余裕のあるマッケンゼン艦隊が後方から半包囲する…理想的な挟撃からの殲滅戦だ。しかし、六千から七千隻という兵力はいかにも中途半端だな。叛乱軍は兵力不足という訳でもあるまいに」
ミッターマイヤーとロイエンタール…両者のやり取りは聞いていて心地良い。二人が艦隊を率いて戦う所が早く見たいものだ。勿論その頃にはキルヒアイスも艦隊を率いているだろう…まあ、その為には俺自身が早く上に立たねばならないのだが…。
「卿等の疑問はもっともだ。だが思い当たる節が無い訳ではない。叛乱軍は自分達の領域内の巡察専用の艦隊を新設したのだ。単独での行動、そして兵力規模から推測するにおそらくその艦隊だろう。だが…その艦隊がこんな所に出没するとなると、その設立目的も怪しいものと言わざるを得ないな」

 叛乱軍が艦隊を新設したという情報は、フェザーンの高等弁務官府経由で情報部にもたらされた物だ。ミッターマイヤーとロイエンタールに話した通り、叛乱軍領域内の哨戒や巡察等を専門とする艦隊、という事だった。小規模でもあるし奴等の国内用なら、と気にかけずにいたが、若し出現した敵がその艦隊と言う事になると話は別だ。そんな情報もありましたね、と呟きながらキルヒアイスが端末を操作して敵艦隊の情報を検索していた。
「ありました、表示します」
……第十三艦隊。規模は七千五百隻と小規模ながら、叛乱軍の正規艦隊に属する。アムリッツァ宙域を不当に占拠した叛乱軍の戦力配置見直しにより新設された艦隊で、国内(と叛乱軍は称している)向けの哨戒活動を専任とする。国内での運用である為、新兵や中級士官の練習艦隊としても使用される模様……。
「何とも贅沢な話ではないですか。この艦隊も含めればイゼルローンの駐留艦隊と合わせて十四個もの正規艦隊を叛乱軍は保有している」
「一つか二つくらい分けて欲しいものだな。アムリッツァ一つ奪われただけでこうなるとは…」
ミッターマイヤーとロイエンタールがそれぞれ感想を述べる中、キルヒアイスが表示映像をスクロールしていく……艦隊旗艦は従来のアイアース級旗艦戦艦ではなく、おそらく大規模分艦隊級の兵力を指揮する為に建造された、多少旧型のヒューベリオン級旗艦戦艦だと推測される。叛乱軍の公式発表にあった、艦隊司令官の名もあわせて記しておく。叛乱軍少将、ヤマト・ウィンチェスター。ウィンチェスターなる者は……。
「ほう、卿の旧知の者が艦隊司令官の様だな、参謀長」
我々四人の後ろにはいつの間にかヒルデスハイム伯が立っていた。
「はっ、その様です…とすると、おそらくこの艦隊は情報通りの哨戒用や練習艦隊などでは無いかと。アムリッツァに駐留する叛乱軍艦隊が、わざわざ半個艦隊を編成してまで我が帝国領内深くまで進出させるとは考えられません。偵察任務なら長距離通報艦か強行偵察艦に任せた方が確実です」
「うむ…以前から参謀長はウィンチェスターなる者を高く評価していたな。もし本当に、そのウィンチェスターが指揮する艦隊なら、半個艦隊と言えども弱兵ではあるまい。マッケンゼン提督が我々に助力を求めたのは、敵が少数である事に疑念を持ったのかも知れぬ」
「はっ。だからこそ撃破せねばなりません。あの艦隊を撃破し、ウィンチェスターを捕えるか倒す事が出来れば、叛乱軍に大打撃を与えられると思うのです」
俺の考えを汲みとったのだろう、キルヒアイスが伯爵に対して説明を始めた。国内用と発表されている艦隊が何故こんな所にいるのか。それだけでもまず不審であり、何らかの特別任務を帯びている可能性がある。そしてこの推測はあのウィンチェスターが司令官である事からも補強される。また、叛乱軍が優位に戦局を進めているのはウィンチェスターが叛乱軍の首脳を補佐する様になってからであり、現在もその状況は続いているものと考えられる。もし本当にあの艦隊が第十三艦隊であれば、その任務が何であるかは関係ない、挟撃に持ち込み彼を捕殺する事が出来れば、叛乱軍の軍事戦略そのものに大打撃を与える可能性が大である…。
「宜しい。参謀長以下全てが同じ意見というのなら私に反対する理由はない。キルヒアイス中佐、現在の速度で進んだ場合の会敵予想時刻は」
「はっ…十七日、〇六〇〇時頃かと思われます」
「了解した。参謀長、全艦に通達。総員交替で六時間毎の休憩を取れ。休憩の内一時間は確実にタンクベッド睡眠を取る事。飲酒も許可する」
「はっ!」


4月15日20:10
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「閣下、シャンタウ方向に避退行動を取っていた通報艦スティングレイより通報です。『敵艦隊ヲ確認、オヨソ五千隻。旗艦戦艦識別コードニヨル識別ノ結果、ヒルデスハイム艦隊ト思ワレル。貴艦隊ノ現針路ヨリ十二時方向、約八百光秒。当艦八コレヨリ現座標ヨリ離脱スル。貴艦隊ノ武運ヲ祈ル』…以上です」
かぁーっ!またヒルデスハイム艦隊かよ!しつこいな全く!…しつこいラインハルトか。ヒルダ嬢ちゃんに嫌われるぞ!
「了解した。エリカ、皆を集めてくれないか」
「はい、あなた」
今、司令部艦橋には俺とエリカの二人だけだった。任務中とはいえ、二人きりの時にはファーストネームで呼ぶ事にしている。任務中に二人きりになる事など少ないと思っていたけど、意外にその機会はあった。なんだかんだと周りが冷やかしながらも気を使ってくれるのだ。二人で話し合った結果、ハイネセンに戻ったらエリカには艦を降りて貰う事にした。俺達二人は困らないが、周りが困るのだという。パオラ姐さんからは出撃中の夫婦の営みは少し控えて下さい、って注意されてしまったし…。

 「何かありましたか」
艦橋への一番乗りはいつもヤンさんかワイドボーンだ。ワイドボーンが一番乗りなのは分かる気がするけど、ヤンさんが一番乗りというのはかなり意外だ。なんでも、そうしないとワイドボーンがうるさいのだそうだ。『怠けるのは艦隊司令官になってからにしろ』って言われるらしい。
「ああ、参謀長。敵の増援の様です。五千隻程度ですが、どうやらヒルデスハイム艦隊らしい。しつこい艦隊ですよ全く」
エリカがヤンさんに先程読み上げた通信文を渡す。ヤンさんがそれを読みあげる間にワイドボーンが艦橋に入って来た。
「閣下は艦隊司令官のヒルデスハイム伯より、参謀のミューゼル准将を注視しておられましたね。それ程危険な人物なのですか」
「参謀長、このままの針路だと頭を押さえられてしまいますね…艦隊九時方向に変針、速度まま……そうなのですよ、ワイドボーン大佐。おそらく今は少将になっているでしょう。となると次は中将、艦隊司令官になる可能性が高い」
ワイドボーンが端末を操作して情報部が提供している帝国軍高級軍人のリストを表示した。姓名や部署の判明している帝国軍人だけしか表示されない上に少し古い物の様だけど充分だ。
「ラインハルト・フォン・ミューゼル、帝国軍大佐、ヒルデスハイム艦隊所属、同艦隊司令部作戦参謀…係累は皇帝の寵姫グリューネワルト伯爵夫人……コネで現在の地位についた訳ではないと?」
「そうですよ。ハイネセンの情報部はそうは思ってない様ですが。皇帝の寵姫の弟が前線で戦死でもしたらどうなります?帝国の軍部は皇帝からひどく非難されるでしょうね。ミューゼル家は帝国騎士、平民に近い存在です。そこから後宮に入ったミューゼル少将のお姉さんは宮中では疎まれていますが、皇帝の寵愛を一身に受ける存在です。彼に能力があろうがなかろうが、私が帝国軍の首脳部なら絶対に前線などには出しませんよ。帝国軍もそう考えていた筈です」
「ですが常に前線に居る…」
「はい。彼は請われてヒルデスハイム伯の補佐をしているのだと思います。でなければミューゼル少将がヒルデスハイム伯を補佐するなど有り得ませんから。彼は武勲を得る機会が欲しい、ヒルデスハイム伯は自分を補佐する優秀な軍人が欲しい。両者の思惑が合致したのでしょうね」
「閣下は先程、私なら彼を前線に出さない、帝国軍もそう考えているだろうと仰いましたが…ヒルデスハイム伯という人物は軍首脳の意向を無視出来る人物なのですか?」
「彼は帝国の大貴族、ブラウンシュヴァイク一門の重鎮です。彼が望めば、帝国においては大抵の事は叶います。大貴族にはそれだけの力がある」
「なるほど…ではヒルデスハイム艦隊の活躍はミューゼル少将の力によるものが大きい、と?」
「はい。そう考えて間違いないでしょう」
「それほどの人物ですか、ミューゼル少将という人物は」
「はい。今はまだ艦隊の作戦参謀、参謀長に過ぎませんが、彼が艦隊司令官になったら、同盟軍の艦隊司令官など雑魚扱いでしょうね。誰も勝てませんよ」
「そんな馬鹿な!…失礼しました、誰も勝てないというのは少し言葉が過ぎる…と思うのですが」
既に艦橋には司令部スタッフが全員揃っているけどワイドボーンの口調に圧倒されたのだろう、誰も口を挟む事なく静かに着席している。
「そうですね、私も少し言葉が過ぎました。ですが、そう言っても過言ではない将才を秘めた人物ですよ、ミューゼル少将は。その上しつこいときている。言う事ありませんね」
「しつこい…ですか。ですがその有能なミューゼル少将が所属するヒルデスハイム艦隊ですが、五千隻程度というのは援軍としては数が少なくありませんか」
うーん、それは全くその通りなんだ。このタイミングでラインハルト達が現れるというのは、俺達を追撃している帝国艦隊から連絡があったからだろうが…そうすると五千隻というのはおかしい。援軍として駆けつけるのに艦隊を分ける必要はないからだ。ましてや奴等は挟撃を望んでいる筈だ。五千隻では足りなくはないが、少なすぎる…何か理由があるのか?



4月16日00:30
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 敵艦隊はヴィーレンシュタイン星系を離脱後、変針した。変針後の敵艦隊は星系離脱後、星系の外縁に沿う様に十二時方向…ボーデン方向に進んでいる…とマッケンゼン艦隊から連絡があった。頭を…針路を押さえられては敵わないという事だろう。だがこれでマッケンゼン艦隊はいずれ追い付く事が出来る。しかし…。
「前後から挟撃、という訳にはいかなくなりそうですな。ですが、敵艦隊は後方から攻撃を受ける事になります。奴等は数が少ない、これはこれできついでしょう」
ミッターマイヤーの言う通りだった。このまま上手く行けば、右翼後方、四時方向から我々が、左翼後方、七時から八時方向からマッケンゼン艦隊が…と、あの艦隊は攻撃を受ける事になる。奴等の正規艦隊、一万五千隻という編成であれば半数ほどを分派して我々をどうにか出来ようが…。
「参謀長は残念そうですな」
そう言ってロイエンタールが微笑した。決して蔑んでいるのではない優しい微笑だった。残念?俺は何を残念に感じているのだろうか……そうか、そういう事か。
「確かに残念だ。散々我々を苦しめた敵を、この様なありふれた追撃戦で殺してしまうのだからな」
「五分の条件で戦いたかった、と?」
「出来る事なら…そうだな、互いが互いの勢力の運命をかける様な戦場で相まみえたかったと思っている」
どうせなら、自ら艦隊を率いる立場で戦いたかった…。このまま推移すれば、敵十三艦隊…ウィンチェスター艦隊は消滅するだろう。無慈悲に後方から狩り立てられていくのだ。
「マッケンゼン艦隊より通信です『我、遅レル。再編成中、〇〇一五時』」
…遅れる、だと?
「参謀長、追撃中止。マッケンゼン艦隊との合流を優先させよう。何やらトラブルでもあったのやも知れぬ」
このまま進めば我等だけでも追い付けたものを…
「はっ…艦隊速度まま、針路をマッケンゼン艦隊の座標に変更!」



4月17日02:10
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター
 
 「ヴィーレンシュタイン星系より我が艦隊を追撃中の艦隊、同星系外縁部にて停止している模様。尚、通信傍受により敵艦隊はマッケンゼン艦隊と判明。我が艦隊の八時方向、約三百光秒。ヒルデスハイム艦隊も変針しました。変針後のコースをたどりますと、両艦隊は合流するものかと思われます」
マッケンゼン艦隊?聞いた事がないな。という事は新規編成の艦隊という事か。しかし何故停止しているんだ?トラブルか?まあいい、このまま逃げるだけだ。
「マッケンゼン艦隊とやらが止まってくれて助かりましたね」
「本当ですよ…参謀長はマッケンゼンという名前に心当たりがありますか?」
「いえ…まったく聞いた事がありません。新規に編成された艦隊ではないでしょうか」
ヤンさんもマッケンゼンという名前には心当たりがない様だ。となると新規編成の艦隊か、まさかとは思うが貴族の艦隊という事になるが…。
「二つの艦隊が合流すれば一万六千隻といったところか。厄介だな…」
ラップさんがため息を吐くと、ワイドボーンが心配するなとでもいう様にラップさんの肩を叩く。
「だが、合流したとて命令系統は別だ。普段から一緒ならともかく戦場でいきなり合流した艦隊同士が、上手く連携を取れるとは思えん」
「上手く連携したらどうするんだ?」
「それは…」
アッテンさんならそれがどうした、とでも言うんだろうけど、どうやらワイドボーンは同期には弱いらしい。そんな二人を見てヤンさんは苦笑している。
「ラップ中佐、ウチの状況はどうです?」
「はっ…六千百十二隻、そのうち全力発揮可能な艦艇は五千八百四十隻です。ハイネセン出撃前に千隻近くも不調な艦が出たのが痛かったですね。申し訳ありません」
不調な艦はハイネセンに置いていくしかなかった。ウチの艦隊は艦歴の古い艦艇ばかりだからなあ…。まあ帰る頃にはオーバーホールもきちんと終わってるだろう。帰れたら、の話だけども…。
囮を演じて四日目…カイタルからの増援が現れるまであと二日、いや三日だろうか…ヒルデスハイム艦隊が現れたのはまったくの偶然だけど、オットーが言った様に、ラインハルトを倒せるかもしれない。

“その、お前が高く評価しているミューゼル少将だけどさ。今なら倒せるんじゃないか”
『倒せるかねえ…うーん』
“お前だってかなりイイ線行ってると思うんだけどな。正攻法でイゼルローンを陥としたのはお前なんだぞ”
『そりゃあ十二個艦隊も動員すればだな』
“実際戦ったのは四個艦隊だ。その作戦を立てたのはお前なんだぞ”
『それはまあ、そうだけど。俺が直接戦った訳じゃない』
“それは相手だってそうだ。ミューゼル少将ってのはまだ、艦隊司令官じゃないんだろ?やり様はあるだろう”
『確かにそうだけど…』
“このまま囮としてあいつ等を引き付け続けられたら、もうすぐ味方の三個艦隊が到着する。マッケンゼン艦隊じゃなくヒルデスハイム艦隊に攻撃を集中出来れば…”

 この世界をこわしたくない、という理由で俺は一度ラインハルトを見逃した。この先ラインハルトが原作の様に栄達するかは分からない。でも原作の様に奴が軍権を握ってしまったら、現在の同盟が有利な状況なんてすぐひっくり返されてしまうだろう。俺はそうならない為に今の状況を作り出したんじゃないのか?
「参謀長、味方の来増援との合流まであとどれくらいだと思います?」
「そうですね…このまま後退を続けていけば、あと二日から三日という所ではないでしょうか」
「参謀長もそうお考えですか…今カイタルに駐留しているのは確か…第九から第十二艦隊でしたね」
「はい。その四つのうち、何れの艦隊が来るのかは分かりませんが…カイタルの駐留艦隊司令部と連絡を取りますか?」
どうするべきか。ラインハルトが居ると分かったからには、下手な動きをすると疑念を招く恐れがある。危険だと思ったらラインハルトは撤退を進言するだろう。奴はまだ参謀だ、その立ち位置なら、余程ではない限り勝算の薄い献策はしないものだ。本当に倒すのなら、何かもう一手打たないと…。








 

 

第八十話 誤算

帝国暦485年4月18日04:00
ヴィーレンシュタイン宙域、銀河帝国、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「マッケンゼン艦隊はどうか」
「はっ。どうやら混乱からは完全に回復出来た様子です。このまま変更せず我々が前衛につきます」
「そうか。まさか大角度変針中に衝突する艦艇が続出するとはな」
「おそれながら、作戦行動中の大角度変針は、練度の高い艦隊でも難事です。艦隊の陣形統制は旗艦による電算機管制ですが、各艦艇の座標の微調整は各艦それぞれが行います。大角度変針時の微調整には熟練の技術を要します」
 ミッターマイヤーがヒルデスハイム伯の問いに答えていた。マッケンゼン艦隊が停止したのは、我々が共同で追撃中の叛乱軍の第十三艦隊…ウィンチェスター艦隊の変針に対応する為に、大角度変針を行った結果だった。減速しつつ緩やかな弧を描いての変針ではなく、大角度変針…速度を保ったまま、現針路から鋭角に舵を切り左方向に百五十度変針…感覚的には進行方向と正反対への変針を行ったのと等しい。シャンタウ方向に進んでいたウィンチェスター艦隊が、ボーデン方向に進み出した為に起きた惨事だった。衝突、接触する艦が続出し、旗艦マルクグラーフにて電算機管制を行っている航法士官が混乱を避けようとでもしたのか、慌てて電算機管制を解いた為、各艦がそれぞれ衝突を避けるべく座標の微調整を行わねばならなくなり被害が拡大し、艦隊自体を停止せざるを得なくなったのだという。
「ラインハルト様…ウィンチェスター艦隊をあと四時間程で捕捉する事が出来そうですが」
「四時間程…ボーデン宙域に入ってしまうな…」
…ヴィーレンシュタインより先に進出してはならないと、出撃前にミュッケンベルガーから厳命を受けていた。ウィンチェスター艦隊という獲物は大きい。このまま追い付いて撃破したいのだが…。
「敵艦隊の通信を傍受しました!援軍を求めている模様です!盛んに平文で自らの座標を発信しています」
オペレータが金切り声をあげている。ここに来て増援を求めているだと?もしそうなら奴は本当に単独で行動していた事になるが…キルヒアイスがオペレータに近づいて行って詳細を確認している。
「ラインハルト様、やはりあの艦隊は第十三艦隊…ウィンチェスター艦隊で間違いない様です。そして通信先はどうやらカイタル…アムリッツァ星系の惑星です」
「カイタル…叛乱軍が艦隊の基地を建設している惑星だな」
 近くに、ボーデンに既に敵増援が存在するのなら、わざわざカイタルに通信などしない筈だ。増援の存在はすなわち、我々の撃破を狙っている事になる。我々がウィンチェスターの挟撃を志向した様に、叛乱軍とて我々の挟撃を考えたとしてもおかしくはない。
「新たな通信を傍受しました…あっ」
ミッターマイヤーがオペレータから通信文を奪う様にもぎ取った。
「これは…おい」
今度はロイエンタールがミッターマイヤーから通信文を奪う。
「敵三個艦隊は既にカイタルから出撃しております。明日十九日一六〇〇時にはボーデン宙域中心部に到着する模様です」



宇宙暦794年4月18日05:00
ボーデン宙域外縁(ヴィーレンシュタイン方向)、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 制御卓に足を投げ出して艦長席に座るアッテンさんと、ちびちびとマグカップをすするマイクが呟く様に話している。
「本当にひっかかるのかねえ」
「どうでしょう、五分五分じゃないですか。俺達の撃破を優先するなら向かって来るでしょうが。仕掛けを拵えたヤマトとしては、この折角の機会を逃したくないでしょうがね」
「そうだよな。ミューゼル少将とやらを高く評価しているウィンチェスターと違って、あちらさんには俺達を遮二無二撃破しなきゃいけない理由はないからな」
「そうですね…って、アッテンボロー艦長。いくら司令官が後輩とはいえですよ、艦橋での任務中に司令官を呼び捨てにするのはよろしくないと思うんですがね」
「…じゃあ艦橋での任務中にブランデーを飲んでいるお前さんはどうなんだ?怠慢だぞ」
 アッテンさんはそう言いながら、マイクからマグカップを奪い取った。司令部艦橋でのやり取りはこの艦の乗組員からは見えないからいいようなものの、ちょっとひどい。ワイドボーンがカリカリする訳だ。大体、発案者である俺に聞こえる様に『敵は本当にひっかかるのか』は無いだろう!…まあ五分五分なのは確かですがね…おそらくラインハルト達が俺達に追い付くのはあと三時間ほど…マッケンゼン艦隊はやはり何かのトラブルがあったのだろう、ヒルデスハイム艦隊の後方から距離を取って追従していると思われる。

 マグカップの取り合いをしているマイクとアッテンさんを尻目に、ヤンさんが他の皆に説明を始めた。
「そもそも、帝国軍の二つの艦隊にとって、我々を撃破しなくてはいけないという特別な理由はない。我々が帝国領内をうろうろしていて、自由にさせる訳にはいかないからこそ追撃を行っている。領内から追い払ってしまえばいいのだから、撃破は二の次なんだ」
そう言ってヤンさん自身もマグカップを大事そうに持っている。何が入っているのか知っているのだろう、それを見たワイドボーンが苦々しい顔をしながら口を開いた。
「それは分かります。であれば、我々の通信を傍受しているであろう帝国艦隊は不利を悟って撤退するのではないですか?」
ワイドボーンの疑問はもっともだ。だけどラインハルト達には退けない理由がある。
「もっともな疑問だね、大佐。だが彼等には撤退出来ない理由がある。ここが帝国領内という事実だ」
ヤンさんの話を聞いている皆がアッという顔をした。あまりにも単純過ぎて、皆気がつかなかったのかも知れない。そうなんだ、我々がいる以上ラインハルト達は勝手に撤退は出来ない。我々の増援が向かっている、という事実を知ったであろう今なら尚更だ。
「確かに帝国は撤退出来ない…しかし、しかし敵が撤退出来ないのであれば、カイタルではなく既に出撃しているであろう味方の艦隊に連絡を取った方が良かったのでは…」
「司令官がカイタルに平文で通信を行ったのは、確実に帝国艦隊に我々を攻撃させる為だ。出撃した艦隊と通信を行って傍受されたら、こちらの意図がバレてしまう。増援がカイタルを出たのは十四日。既にボーデン宙域中心部には到着している頃だろう。だが帝国艦隊はそれを知らない。傍受した通信内容から、我々の増援の到着は明日の夕刻頃と考えているだろう」
 ラインハルトがこれにひっかかったら何を考えるか…今有利なのは我々なのだから、敵の増援到着前に増援の目的そのものを消してしまえばいい…、とでも考えるんじゃないだろうか。ラインハルトは恐ろしく有能で果断な男だし、奴を支えるキルヒアイスもまた同様だ…我々を撃破できる可能性が少しでもあれば、危ない橋を渡る可能性は大いにある。
「このまま推移すれば、帝国艦隊はあと四時間程で我々を捉える。今、彼等は圧倒的に有利だ。我々を殲滅しさえすれば、此方の増援艦隊の目的は失われる。増援も退かざるを得ないと考えるだろう」
声にならないざわめきが聞こえる中、ワイドボーンが再度口を開いた。
「参謀長の仰る通り、我々の増援は既にボーデンにいるでしょう。ですが彼等は我々の意図を知りません。確かにグリーンヒル閣下は囮になれと命令されましたが…増援の艦隊と事前の連絡もなく連携すら不確かでは、成功するとは思えません」

 実はカイタルへ平文での通信を行った後、現在の実情と、この後の作戦案を暗号電でグリーンヒル大将に直接送ったんだよ…。増援の各艦隊には、我々は囮に徹する、戦況を伝える広域通信が開始されてから救援に来てくれる様に伝えてくれ、ってね……。
 第九から第十一艦隊の司令官達は…コーネフ、チュン、ピアーズの各提督達…コーネフ提督は昨年の戦いで活躍出来なかった事を悔しく思っているだろうし、何より高齢だ。華々しい勝利で軍歴の最後を飾りたいだろう。チュン提督は確か、ウランフ提督の副司令官をやっていたな。アニメではアムリッツァ会戦の一瞬しか映らなかったけど、中々頼りがいのありそうな印象だった。そしてピアーズ提督…エル・ファシルで一緒だったピアーズ司令だ。今は艦隊司令官…。我々が囮として帝国艦隊を引き連れて来れば、提督達はどんな迎撃体制を構築するか…三個艦隊四万五千万隻、対する帝国艦隊は一万六千隻程…負けたら恥ずかしいどころではない、普通に考えれば負けるはずがないのだ。だからこそ圧倒的に有利な体制で、完璧に勝とうとするだろう。分進合撃からの包囲戦だ。艦隊司令官なら必ずそう考える。俺達は彼等がそう考える様にただひたすら逃げればいい。ラインハルトが俺達に追い付く頃には完全に包囲されている事だろう。ひっかかってくれたら、の話だけど…。


4月18日05:30
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「罠、ではありませんか」
ロイエンタールの表情は厳しい。ウィンチェスター艦隊は自らの座標を発信しながら、ひたすらに逃げている。
「敵の通信は、さも恐慌をきたしている様に見えますが、少々あざといのではないかと…きつい香水の香りのする女には、関わらない方がいい」
彼らしい例え方に、ミッターマイヤーが苦笑した。きつい香水の香りする女、か…ロイエンタールはその手の経験が抱負とは聞いているが、言い得て妙な表現だ。先行する我々の後方にマッケンゼン艦隊。我々が追い付き、敵の足を止めたところでマッケンゼン艦隊が我々を迂回、その後側面または敵前方から攻撃する。単純だが、確実な攻撃方法だ。
 「だがロイエンタール、今追っている敵は大物だぞ。叛乱軍によるイゼルローン要塞攻略の立役者だ。倒す事が出来れば、叛乱軍に与える心理的効果は大だろう。知っているか?向こう側では、奴の事をアッシュビーの再来と呼んでいるそうだ」
「アッシュビーの再来…俺もその様な二つ名を賜りたいものだ。されば奴は、自分の価値を天秤にかけているのではないか」
ロイエンタールとミッターマイヤーのやり取りにキルヒアイスが割って入る。
「その可能性は充分にあり得ますね。ウィンチェスターは帝国でも有名な叛乱軍の将帥です。戦場で自分が帝国に倒される事が、どれだけ叛乱軍に不利をもたらすかを知っているのでしょう。そして彼はこの追撃戦で、追っているのが我々…ヒルデスハイム艦隊である事に気づいている筈です。そしてラインハルト様がこの艦隊の参謀である事も知っている。ラインハルト様は以前からウィンチェスターと浅からぬ因縁があります」
「ほう…興味深いお話ですな。ミッターマイヤー、卿もそう思わないか」
「そうだな…どの様な因縁がおありなのですか、参謀長。宜しければ教えていただけませんか」

 話すべきか…そうだな、いずれ彼等にも分かる事だ。
「駆逐艦に乗り組んでいた頃の話だ。イゼルローン回廊でウィンチェスターに艦を臨検、拿捕された」
二人は当然ながら驚いた顔をした。叛乱軍に艦を臨検されるなど恥辱以外の何物でもないし、ましてや捕らわれずに生還出来る事など期待出来ない。
「それは…よく、ご無事でしたな」
「運良く味方が駆け付けてくれたのだ。ミッターマイヤー大佐、卿は叛乱軍と直接顔を合わせた事があるか?」
「あります。カプチェランカという星で。ロイエンタールも一緒でした。白兵戦に駆り出されたのですよ」
「懐かしいな。あの時は死を覚悟したものです」
「私とキルヒアイス中佐もカプチェランカには派遣された事がある、奇遇だな。だが…敵が自分の事を知っている、という経験はあるまい?」
二人共、不可解そうな顔をしている。
「奴は、ウィンチェスターは、臨検指揮官として乗り込んで来た。そして私とキルヒアイスを指名した。武装解除と情報提供の為の協力者として。ただ名指しされたのであれば不審には思わなかった。だが奴の態度には私とキルヒアイスの事を知っていると思わせる節があった。奴とは短い会話しかしていないが、私達の事をどこまで、何を知っているのか恐ろしくなった…」
キルヒアイスは瞑目し、二人は黙ったまま聞いている。
「二度目はイゼルローンで、だ。この艦隊に配属されたあと、艦隊はイゼルローン要塞に増援として派遣された。そして卿等も知っての通り戦いには敗れ、要塞は奪われてしまった。撤退の為に停戦を申し入れたのだがその際、敵の司令官と会見する事になった。ウィンチェスターもその場に居た。当然だ、叛乱軍の宇宙艦隊司令部の作戦参謀として、奴が要塞攻略を立案したのだからな」
「当然、ウィンチェスターと再会する事になったのですね」
「そうだ…そして口論となった…奴は私の前に必ず現れ、その都度苦杯を舐めさせる。そしてまた奴は現れた。因縁なのだろうな」
俺が喋るのを止めると、三人が同時に大きく息を吐いた。再び口を開こうとすると、背後で大きく手が鳴らされた。
「二度ある事は三度ある、三度目の正直…因縁には決着が必要だ。卿等もやらんか」
ヒルデスハイム伯の言に後ろを振り向くと、従卒がワインボトルとグラスを五つ用意しているのが見てとれた。
「縁というのはな、どこかで決着をつけねば一生ついて回る物よ。それが悪縁なら尚更だ。卿等の進言を容れてここまで来たのだ、さあ、さっさとウィンチェスターとやらを退治して、元の任務に戻ろうではないか……乾杯(プロージット)!」



4月18日06:45
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「ヒルデスハイム艦隊、まもなく有効射程距離に入ります!」
さあ、本番だ……司令官はラインハルトじゃない、ヒルデスハイムのおっさんだ。やれる、やれるよな…。
「撃て」

 俺達は薄く広がった横陣形のまま微速で後退している。その方が敵の突出を誘えると思ったからだ。案の定、ヒルデスハイム艦隊は急速に距離を詰めて来る。
「あざとい…ですかね、参謀長」
「いえ…大丈夫じゃないでしょうか。耐えればいい我々と違って、ヒルデスハイム艦隊には時間敵制約があります。一気に乱戦に持ち込んで、マッケンゼン艦隊と呼応して我々を撃破しようとするでしょう」
「ですね……。中央部急速後退。V字陣形に再編する」
「了解しました……中央部急速後退!V字陣形に再編!攻撃の手を緩めるな!」


4月18日07:00
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「敵艦隊、中央部後退!…V字陣形を構築する模様!」
スクリーン上の概略図には、敵が陣形を再編する様子が描き出されている。ミッターマイヤーとロイエンタールの二人は難しい顔で画像を注視していた。
「明らかに誘っているな」
「ああ。我々に時間がない事は分かっているだろうからな」
あざとい…香水のきつい女は止めた方がいい、というのは本当の様だ。だが…。
「閣下、紡錘陣形に艦隊を再編、中央突破を狙います」
「うむ。その後背面展開、我等の後方に位置するマッケンゼン艦隊と呼応して敵を前後から挟撃、だな?」
「はい。さすれば短時間のうちにウィンチェスター艦隊を撃滅する事が可能です」
「よし。卿等の良きように」
「はっ!」
卿等の良きように…自由裁量権という事か、ありがたい…。
「キルヒアイス、マッケンゼン艦隊に連絡。我々の中央突破後、前進し攻撃参加せよ」
「了解しました」



4月18日07:20
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 ヒルデスハイム艦隊の展開が早い。
「フォーク少佐、艦隊の座標は広域発信しているな?」
「はっ。ご指示通り十分毎に発信を続けております」
「よし。右翼のワイドボーン大佐、左翼のダグラス大佐に連絡、作戦開始」
「はっ」

07:30
第十三艦隊、ダグラス分艦隊(臨時編成)旗艦ムフウエセ、
マイケル・ダグラス

 本当に分艦隊司令をやらされるとはね…『よろしく頼むよ、親友だろ』なんて言われたら断れねえしな…まあ、やるしかねえか、白兵も艦隊戦もやる事ぁ同じだ。
「中継艦よりの発光信号、確認」
「よし!前進だ。敵の後背につく。反対側からもワイドボーン分艦隊が来るぞ、座標に注意しろ!」


07:45
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「ラインハルト様、これは…」
「我々が中央突破狙っていると知って、それを逆手に取ったか」
敵の両翼が前進、中央部は後退…前進した敵両翼が我々の後背に周り込んだ結果、逆に我々が前後より攻撃を受ける結果となった。
「流石はウィンチェスターと言ったところか…大丈夫だキルヒアイス。苦し紛れの行動だ。後背に回った敵は長続きはしない。マッケンゼン艦隊が控えているのだからな」


08:30

 敵の両翼が我々の後背に回った事で、敵の中央部は二千隻程となった。たとえ後背から攻撃を受けようとも、敵中央…旗艦さえ撃破すれば我々の勝ちだ。
「敵中央部、更に後退します!」
…何だと?それでは貴様の艦隊の両翼は完全に孤立するぞ…ウィンチェスターめ、何を考えている?
「そのまま前進だ…キルヒアイス、味方の損害はどれくらいだ?」
「やはり艦隊後衛の被害が大きくなっています。およそ三割が被害を受けています。その内二割は完全に失いました」
二割の損失…だが…。
「マッケンゼン艦隊より通信。『コレヨリ戦線参加スル』…です!」
よし、これで……スクリーン上の概略図には入り乱れた敵味方が映し出されている……だが何かがおかしい。
「こ、これは…後背の敵が反転しました。そのままマッケンゼン艦隊に向かっていきます!」
…そうか、そうだったのか。敵の両翼は俺達の後ろを取るのが目的ではなく、マッケンゼン艦隊の足止めをする為のものだったのか……。


09:30

自由惑星同盟軍、第十三艦隊、ワイドボーン分艦隊(臨時編成)旗艦オライオン、
マルコム・ワイドボーン

 こんな戦術行動…非常識にも程がある…ヒルデスハイム艦隊の後背に回り込んで、その後衛を攻撃する…ウチの艦隊は六千隻ちょっとしかいないんだぞ!

『心配いりません、ヒルデスハイム艦隊が狙っているのは我々の中央です。お二人の事など気にもかけないでしょう。安心して回り込めますよ』
 

10:05

…確かに俺やダグラスには目もくれなかった。だけどな、無傷のマッケンゼン艦隊が控えているんだ、俺達は孤立してしまう…!

『心配ありません。その頃にはヒルデスハイム艦隊は後ろを気にする余裕はなくなっている筈です。中央部を目指しつつ反転して反撃…など出来ないのですから。彼等を気にせず反転して、マッケンゼン艦隊の足止めに向かって下さい。マイクの分艦隊と合わせて四千隻、足止めには充分な兵力だと思います』


10:40

 …確かに、ヒルデスハイム艦隊には俺達二人を気にかける余裕はない様だ…だけどな、一万隻以上のマッケンゼン艦隊を四千隻で足止めしろって言うのか!?自殺行為だぞ……

『何故兵力の多いマッケンゼン艦隊が前衛ではないのでしょう?我々を追撃している時、彼等はやたらと慎重だった。そして我々の追撃中に何らかの理由で足が止まり、いつの間にか兵力の少ないヒルデスハイム艦隊が前衛になっている…ここから導き出される答えは一つ…マッケンゼン艦隊は練度が低いのです。何故そんな艦隊が前線近くにいるのかは分かりませんが…一時間ほどで構わないんです。お二人なら難なく足止めする事が出来ますよ』

 お二人なら難なく、ね……ここまで来たら司令官を信用するしかない…。
「ダグラス分艦隊に連絡。我々は反転後マッケンゼン艦隊右翼を攻撃する。貴官には左翼の攻撃を任せる…以上だ」


11:45
銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「参謀長、これ以上は…おそれながら撤退を進言します」
ミッターマイヤーは真正面から俺を見据えている。それはロイエンタール、キルヒアイスも同じだった。
「いけると思いましたが…残念です」
残念。そう、悔しいが残念だ。これ以上は本当に孤立してしまう。ウィンチェスター艦隊は今も後退を続けているし、マッケンゼン艦隊は完全に足止めされてしまった。まさか、こうも簡単に奴にあしらわれてしまうとは…俺には奴を倒す力が無いのか?対等の条件で戦ってみたいなどと…度しがたいにも程があるではないか……。
「逃した魚は大きい、か……全艦停止。斉射三連後、艦隊四十度回頭。撤退する…司令官閣下、まことに申し訳ありません」
俺を見る伯の瞳は、どこか優しげだった。
「よい。卿等の進言を容れたのは私なのだからな。必ず復仇戦の機会はある、生きて帰還出来るだけよしとせねば…」
俺を励まそうとしてくれた伯爵の声は、直撃来ます、というオペレータの声にかき消された。

 

 

第八十一話 戦い、その後

帝国暦485年4月18日11:50
ボーデン宙域(ヴィーレンシュタイン方向)、銀河帝国、銀河帝国軍、
マッケンゼン艦隊旗艦マルクグラーフ、
ヨッヘン・フォン・マッケンゼン

 我々の練度不足が全てにおいて悪影響を及ぼしている。なんとしてもヒルデスハイム艦隊を救わねば…。
「閣下、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、被弾…との報が」
「何だと…両翼と対峙する敵はまだ撃破出来ないか」
「残念ながら…申し訳ございません」
このままでは……。
「参謀長、中央部のみ前進だ。ヒルデスハイム艦隊を救うぞ」
「そ、それでは両翼は」
「敵を引き付けておく、と考えればよい。現実を見るのだ、ヒルデスハイム艦隊を救わねば、生きて帰れたとてその先どうなるか分からぬぞ」
「は、はっ!…中央前進!」


宇宙暦794年4月18日11:10
自由惑星同盟軍、第十三艦隊、ダグラス分艦隊(臨時編成)旗艦ムフウエセ、
マイケル・ダグラス

 「敵中央、突出します!」
おいおい…両翼の味方を置いて前に出て行こうってのか?…
確かにこのままじゃ敵さんはヒルデスハイム艦隊を救えないが……くそっ、俺とワイドボーン先輩だけじゃ敵中央は止められねえ…。
「し、司令、三時方向に新たな熱源…多数です」
「何だと?スールズ、敵か?」
「これは…第九艦隊です!…通信を受信しました…『我レ、第九艦隊。遅レテ済マヌ』以上です!やりました!……ワイドボーン分艦隊よりの通信を受信…『我レ九時方向ヨリ第十一艦隊ノ接近ヲ確認。コレヨリ本隊ニ合流スル』以上です」
勝った…勝ったぞ。
「よし、俺達も本隊に合流するぞ。艦隊右三十度変針。現座標を離脱する」



4月19日9:40
ヴィーレンシュタイン中域、銀河帝国、銀河帝国軍、ヒルデスハイム艦隊旗艦ノイエンドルフ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 ここは…俺の部屋か…。
「気がつかれましたか、ラインハルト様」
額に包帯を巻いたキルヒアイスが、俺の顔を心配そうに覗き込んでいる…そうだ、直撃を受けたのだ、戦闘は…!
「我々は離脱に成功しました」
「そうか…マッケンゼン艦隊も無事か?」
「我々を逃がす為に殿を務め…残念ながら…全滅しました」
「全滅…全滅だと?」
目が覚めたばかりだというのに、目の前が真っ暗になりそうな現実だった…。
「俺は、昏倒していたのか。ヒルデスハイム伯は」
「直撃の衝撃で転倒なされて…軍医の話だと後頭部を強く打ち付けた様なので、目が覚めるまで起こすな、と…ああ、伯爵はご無事です。打撲傷と左腕を骨折なさってはおりますが…」
「何…伯は自室か」
「はい。今は自室にて静養中です。艦隊の指揮は私とミッターマイヤー大佐、ロイエンタール大佐が執っています」
見るとキルヒアイスも左腕を包帯で吊っていた。何という事だ。俺のせいで……。
「戦闘はどうなった?」

 キルヒアイスが話す内容はひどい物だった。ウィンチェスター艦隊の撃破を断念して退却の為の変針に入ったところ、ノイエンドルフは右舷機関部に直撃を受けた。俺は昏倒、ヒルデスハイム伯は司令官席から投げ出され、左上腕を骨折、左半身打撲の重症、キルヒアイスも左下腕部骨折、ミッターマイヤーは頭部裂傷、ロイエンタールは肋骨を骨折…俺もそうだが、伯爵も一時的に意識を失っていたそうだ。我々を助ける為にマッケンゼン艦隊の中央部が遮二無二前進、我々の前に立ちはだかり、ヒルデスハイム艦隊は救われたものの、我々の撤退を援護する為にそのまま殿軍となったマッケンゼン艦隊は、三方向から現れた叛乱軍三個艦隊に半包囲され壊滅したという。
「我々の残存艦艇は七百四十ニ隻、我々が助かったのはマッケンゼン艦隊の奮闘もありましたが、ハーン方面の哨戒に向かったアントン、ベルタの両艦隊がこちら側の状況を知ってアムリッツァ宙域に急ぎ侵入したからです」
「そうか…こちら側には間に合わぬと知って…」
「はい。アムリッツァ宙域ではアントン、ベルタ両艦隊とカイタルに残存していた叛乱軍一個艦隊とで一進一退の睨み合いの状況の様です。その急報を受けたのでしょう、叛乱軍三個艦隊は撤退しました」
「そうか…司令官の自室に行ってくる」
「私もご一緒します」
「いや、大丈夫だ。心配をかけたな、キルヒアイス」

 ウィンチェスターを討つ千載一遇の機会だった。

“されば奴は自分の価値を天秤にかけているのではないか”

その通りだ。奴は俺がいる事を知って、罠をかけたのだ、自分に向かって来るであろうと俺の心を読んで…。俺が居なければマッケンゼン艦隊は全滅せずに済んだ筈だ。追撃戦のまま推移し、奴は無理をせずに撤退しただろう…いや、分からない、何らかの任務帯びている訳ではなく、最初からただの囮だったのかも知れない。叛乱軍は我々がアムリッツァに近づかない事を知っている。だが時が立てば我々も戦力は充実していく。奴等も手をこまねいてそれを見ている訳にはいかない、機会があれば少しでもこちらの戦力を削ごうとするだろう…。ウィンチェスターを救うだけなら二個艦隊もあれば充分だ。だが奴等は三個艦隊を出撃させた。叛乱軍は、のこのこと帝国艦隊が現れるのを待っていたのだ……。
 
 伯爵の自室に入るのを逡巡していると、ドアが開いた。
「部屋の外にはカメラがある、卿は忘れていたかな。さあ、入りたまえ」
私はこれで、と軍医が部屋を出ていく。
「折れたのは左腕だけだと思ったら肋骨も折れていたらしい。打撲傷にしては痛い筈だ、軍医が可哀想なくらい頭を下げてきたよ。参謀長、大事ないか?」
「小官は大丈夫です、閣下こそ大丈夫ですか」
「どうやらまだ死ぬには早いらしい、大丈夫だ」
「…小官の献策が裏目に出ました。何とお詫びしたらよいか、言葉が見つかりません……まことに申し訳ございません…」
「こっぴどくやられてしまったな。マッケンゼン中将…いや、上級大将にも、そのほかの死んでいった者達にも本当に申し訳ない事をした…」
「…これ程の大敗、どの様な裁きも甘んじて受ける所存です」
「となると他の三人も罰せねばならなくなるが…卿等の進言を容れたのは私だ。罪は私にある」
「そのような…」
「よいのだ。確かに此度は負けてしまったが、分かった事がある」
「分かった事…でございますか?」
「うむ。ウィンチェスターなる者は、卿の申した通り叛乱軍の重要人物だと言う事だ。そうでなければ三個艦隊もの救援など出さぬだろう。まあ、重要人物を単独で、しかも半個艦隊程度の兵力で帝国内奥深くまで送り込むなど矛盾している様に見えるがな。奴なら単独でも切り抜ける、と叛乱軍が判断しているか、奴自身にその自負があったのだろう」
「はい」
「もちろん、帝国軍の戦力を釣り上げる餌、という側面もあっただろうがな」
 確かに伯爵の言う通り、餌としての側面もあっただろう。だが並の者にはこの様な危険な任務は任せはしない筈だ。ウィンチェスターなら実行可能、と叛乱軍首脳部は判断したのだ。
 やはりあちこちと痛むに違いない、伯は起こした体をベッドに再び横たえると、ぼそりと吐き出した。
「分かった事はもう一つ。ウィンチェスターは難敵という事だ。この先…卿は勝てるか、奴に」



4月19日20:40
ボーデン宙域、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 まさかハーン方面から別動隊を向かわせていたなんてねえ…。ハーン宙域からアムリッツァに繋がる航路は、同盟軍にとっては搦手から攻められたに等しい。一個艦隊残しとけ、って言っといてよかったぜ…。
「閣下、再編成が完了致しました」
エリカが端末を操作して再編成の結果を表示する……ええと…残存艦艇は三千三百五十七隻。そのうち修理の必要な艦艇は千七百四十六隻…。およそ半数が沈められたという事か…残存艦艇のほとんどはマイクとワイドボーンに率いてもらった別動隊の方だ。本隊は五百も残ってない、危ない危ない…。
「ワイドボーン大佐、ダグラス大佐も先程お戻りになりました」
「後で報告よろしくと伝えといてくれるかい?」
「了解しました」
これでハイネセンに戻って休養と再編成か…ああ、ハイネセンに戻る前にアムリッツァに寄らないと…ボーデンでの通商破壊の件がある…。
「参謀長、戦闘配置を解きます。艦隊の序列を哨戒第三配備に」
「はっ。全艦、哨戒第三配備とせよ…ローザス司内長、直割が決まり次第、司令部も三配備とします」
「了解しました…第三配備二直からです」
「アッテンボロー艦長、聞いた通りだ。あとはよろしく」
「了解了解……副長、艦内哨戒第三配備、二直とせよ」
「了解です」

…二直は誰だっけ?なんて声が聞こえる……ノイエンドルフの撃沈は確認出来なかった。となるとおそらくラインハルトは死んでいない。結局無駄な戦いをやってしまった、って事だ…。
「閣下、どうかなさいましたか」
「いえね、敵とはいえ、一個人の死を願うのはやりきれない気がしましてね」
「ミューゼル少将の事ですか」
「はい。私は一度見逃した。一度見逃したからこそ、今度は倒そうと思ったのです…エリカもいません、今はウィンチェスターでいいですよ」
 ヤンさんはいつもの様に頭をかきながら笑う。これ、ホッとするというか…落ち着くんだよなあ。
「私はね、それほど気にしなくてもいいと思ってるんだけどね。その、ミューゼル少将の事を」
「そうですか?」
「うん。君が彼の事を高く評価しているのは知っているよ。だけど、彼が本当に活躍している所は、我々は誰も見た事がない。何故君は彼の事をそこまで危険視するんだ?何か、知っているのかい?」
「それは…」
どう説明すればいいのだろう。若くして少将、皇帝の寵姫の弟……知っている俺だからこそ分かるのだ。一時停戦後の会見の時、ヤンさんも一度会っているけど、あれだけじゃ何も分からんよなあ。
「君も一緒だったが、私も彼を見た。確かに有能そうな人物、という印象だったけどね」
「あの時、彼は要塞攻略の作戦案を練ったのは私かヤンさんと言っていましたよ。それでは説明になりませんか」
ヤンさんは再び頭を掻いた。
「うーん…それだけではねえ。あの作戦は軍事的には理に叶っているが、異質なんだ」
「異質…ですか」
「うん。乾坤一擲、あまりにも冒険的過ぎる作戦案だ。余程劣勢ではない限り実行しない作戦だと思う…ああ、批判している訳ではないんだよ?ただ、何故今なのか、っていう疑問はあった。それにこれまでの同盟軍の立てた作戦からはかけ離れている。それもあって我々を名指ししたんだろう。一応、私達二人は有名人だからね」
そう言いながらヤンさんは軽くウインクした…俺以外の人間からすれば、ヤンさんのいう通りだろう。あの作戦はそれまでに行われた要塞攻略戦とは全く違うものだ。シトレ親父が要塞攻略戦を計画していたからよかったものの、俺が一からあの作戦を言い出していたら多分実行されなかっただろう。まあ、とんでもない内容なのは思いつきだから仕方ないんだけど…。
「なんだか、帝国の出方を見ながら構想を練っている、というのではなくて、知っている…という印象を受けるんだ。しかも確度の高い帝国の内情をね」
「は、はあ…疑われているのか、褒められているのかよく分かりませんが、ありがとうございます」
「もちろん後者さ。アッシュビーの再来という異名は君に相応しい渾名だよ」
「情報の価値を正しく理解した、極めて有能な戦術家…ですか」
「君は戦術家に留まる物では無い、と思うけどね。でなければアムリッツァで止まろうなんて思わないだろう。ただ…気にかかる事があるんだ」
 二直員配置に付きます、と報告しながら、パオラ姐さんとフォークが近付いて来た。
「参謀長、私の部屋に行きましょう」
「了解です……カヴァッリ大佐、異状なしだ。二人共、あとはよろしく」
俺達二人は、俺達を訝そうに見つめるパオラ姐さんから逃げる様に、艦橋を後にした。

 艦橋を出て部屋に向かおうとすると、ヤンさんがいきなり立ち止まる。
「君の部屋は避けよう。私の部屋で話そう」
「何故です?」
「エリカちゃん…奥さんには聞かせられない話だ」
なんだなんだ…えらい真剣な顔をしているな。
「分かりました」
ヤンさんの部屋に入ると、ヤンさんはキャビネットからブランデーとグラスを二つ取り出した。
「どうだ、やるかい?」
「いただきます。ダブルで」
お互い何も言わずに乾杯すると、ヤンさんはふう、とため息をついた。
「エリカに聞かせられない話って何です?」
「さっきの続きなんだが、気にかかる事があるんだ」
ヤンさんは空になった二つのグラスにブランデーを注ぎながら言葉を続けた。
「君は、しばらく前線に出ない方がいい」
前線に出るな?何でだ??
「ヒルデスハイム艦隊と一戦交える前だ。君はワイドボーンにミューゼル少将に注視している理由を説明していただろう?あれを聞いていてふと思ったんだ。ミューゼル少将も君を狙っていたんじゃないか、ってね」
「…まさか」
「今は同盟が優勢に戦いを進めている。だとしてもだ、帝国領内をたとえ小規模でも同盟の艦隊がうろついているのは帝国軍にとっては面白くないだろう。でも、面白くなかったとしても彼等だって闇雲な戦闘は避けたい筈だ。今はイゼルローンやアムリッツァを取り戻す為に艦隊戦力の充実を図っている筈だからね。それを証拠に、最初に遭遇したマッケンゼン艦隊は恒星ヴィーレンシュタインで砲火を交えただけで、後は追撃に終始している」
「ヒルデスハイム艦隊と合流した事で、我々を挟撃出来るチャンスが到来した…と彼等は考えたのではないですか?」
このままいくと深酒になってしまうと思ったのだろう、ヤンさんはグラスからマグカップに替えて、紅茶入りブランデーにシフトした。
「それもあるだろう。でもね、あちらさんは最悪でも我々を帝国領内から追っ払えればいいんだ、だから無理する必要は無い。たとえ我々が単独の半個艦隊だと知ったとしても、我々にはカイタルからの増援がある事を彼等とて想像しない筈がない」
「そうです。だからこそ偽の通信をカイタルに送ったのです。増援の到着までに我々を撃破すれば…と考えさせる為に。可能性は五分五分でしたけどね。それに囮役をやれとグリーンヒル大将に命令されていました」
俺も紅茶入りブランデーに変える事にした。本当に酒が止まらなくなりそうだ。
「そうだね、それもあるだろう。私が言いたいのは、君はミューゼル少将の性格を知っていてあの罠を仕掛けたのではないか、と言う事さ。君は五分五分と言ったが、本当は成算があったからああいう罠をかけたんじゃないか?もしそうなら君は君は帝国軍からつけ狙われるぞ。自分達の事を知っていて攻撃してくる敵なんて厄介極まりないからね。だからしばらく前線に出ない方がいいと言ったんだ」

 ヤンさんはくるくるとマグカップを回していた。確かにそんな敵が居たら気味が悪いだろう。相手にしないか必ず殺すかしかないけど、攻撃の主導権は此方にあるから、帝国軍としては相手にしない訳にはいかない。
「つけ狙われる…私がですか?確かにミューゼル少将が居るだろうと思って罠を仕掛けましたけど…それが何故帝国軍から狙われる様になるんです?」
ラインハルトから狙われるだけじゃなくて、帝国軍全体から狙われるだって?そんな無茶な…。
「君は今まで参謀、補佐役として存在感を示してきた。同盟軍の内部ではアッシュビーの再来と騒がれていても、帝国にとってはどうでもいい存在だった。だがイゼルローン要塞攻略で一気に名が売れた。君が立案者だと公表されたからね。それでもまだ帝国にとっては霞んだ存在だ。注意する存在かも知れないが、参謀には実行力はないからね。だけど君は艦隊司令官になり自らの力を手にした。そして今回の戦いだ」

 ヤンさんは冷めたマグカップを一気に飲み干す。
「君は今回の戦いで、自らの二倍の敵を手玉にとって、一個艦隊を殲滅した。殲滅したのは君じゃないかも知れないが、そう仕向けたのは君だ」
手玉に取られる方が悪い、と言おうとしたけど、言える雰囲気じゃない。普段暢気で柔和なヤンさんでもこんな顔をする事があるなんて…。
「囮役を務めるのは難しい。捕まっても駄目だし、当然撃破されても駄目。もしそうなりそうな場面でもそれをはねのける能力と実力が要求される。特に今回の様な場合は尚更だよ。普通は嫌がる任務だけど、君は何の抵抗もなく受け入れた」
命令だからやらなきゃいかんでしょう…反論になってない。
「まさか後からヒルデスハイム艦隊が出てくるとは思わなかったんです。マッケンゼン艦隊だけなら、あんな危険な作戦やりませんよ」
「だが君は実行した。勝てると思ったから実行したんだ。敵を罠に嵌めるには敵の心理を読まなければ無理だ。君は的確にミューゼル少将の心理を読んで罠に嵌めた。どうしてこんな事が出来るのか」
ヤンさんは紅茶から再びブランデーに戻した。
「ヤンさんだって実行したじゃないですか、エル・ファシルで。あれが私の教科書です」
「あれは…まあいい。私が知りたいのは君の本音だ。小出しにされるのはあまり気持ちのいいものではないからね」



帝国暦485年5月15日11:00
ヴァルハラ星系、オーディン、ミュッケンベルガー元帥府、
エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム

 「報告は目を通させてもらった。マッケンゼン艦隊は残念でしたな」
「艦隊を分けたのがいけなかったのです。でなければああはならなかった…全て私の力不足によるもの。どの様な罰も甘受するつもりです」
策自体は悪くなかった。敵から得た情報を過信したのがいけなかったのだ。
「参謀長ミューゼルの献策による作戦だったそうですな」
「左様。だがミューゼル少将の献策が悪かった訳ではないのです。充分に成算はあった、少々危険ではあったがな。献策を容れた私に責任があるのであって、ミューゼル少将や参謀達に過失はない」
「ふむ…」
元帥の執務室に沈黙が訪れた。察したのだろう、隣室から従卒がティーセットを運んできた。これくらいの気遣いが出来ないと元帥府の従卒は務まらない。
「ミューゼルは使えますか」
「充分に。覇気に富みすぎる面はありますが」
「此度の敗戦、当然ながら皇帝陛下にも報告申し上げました。意外な事にミューゼルの事を気にかけて居られた。アンネローゼの弟は息災か、と」
「ほう」
「こうなると、敗戦の責をミューゼルに負わす訳にもいきません。かといって誰も責任をとらない訳にはいきません。マッケンゼンの上級大将への特進は無くなりました」
「……死者に全て押し付ける、と」
「現に彼奴の艦隊の不手際が作戦に過大な影響を与えている。その点はリッテンハイム侯もしぶしぶながらお認めではあった」
「ですがマッケンゼンの殿戦があればこそ、我々はこうして生還は出来たのですぞ。その点は考慮していただかねば、マッケンゼンも浮かばれますまい」
「…全て決した事です」
「であれば私も一線を退こう。でなければリッテンハイム侯が治まるまい。大貴族の横槍は辛かろう?」
「…横槍はともかく、退いてどうなさるというのか」
「貴族達の艦隊を訓練し、万が一に備えようと思う」
「それは」
「邪な思いからではないのだ。もし軍に何かあった時、貴族が藩塀としての役目を果たさねばならん。いざその時になって貴族の艦隊が使い物にならない、では話にならんからな」
「…軍が敗れるとお思いですか」
「敗れるとは言っていない、万が一に備えると言っている」
「万が一、ですか。了解しました。艦隊はどうなさるおつもりか」
「二万隻近くはいる筈だが…一万隻は軍に譲ろう」
「宜しいのですか」
「その代わりといってはなんだが、頼みがある。ミューゼル少将を昇進させて欲しい。艦隊司令官に据えて貰いたいのだ」
「…伯の手前、皆申しませんが此度の敗戦の原因はミューゼルにあると考える者も多い。理由をお聞かせ願いたい」
 
 冷めた紅茶が喉に心地よい。アイスティーという物を、下の者達が好んで飲む理由が分かる様な気がする。
「あれは優秀だ。だが、その能力を発揮出来ているか…というとそうでは無い気がする。無論、参謀としても優秀なのだが…あの者の能力は集団の頂点に立って発揮される物だ。軍にとっても、あれ自身にとってもそれが良かろうと思う」
「ですが…」
「寵姫の係累に力を持たせ過ぎると後の憂いになりかねない、と申すのだろう?心配いらんよ。今ではあれの姉の面倒はブラウンシュヴァイク公が陰に陽にと見ておられる。それにミューゼル自身も私の部下という立場からではあるが、権力に近付く事の恐ろしさという物を理解している筈だ。滅多な事では妙な気は起こさんよ」
「…分かった、伯がそこまで仰るのであれば、手続きを進めよう」
「長官閣下も、あれを艦隊司令官として手許で使ってみれば、おのずと分かるであろうよ」



5月17日12:00
オーディン、ヒルデスハイム伯爵邸、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「…という訳で、私は一線を退く事にした。突然過ぎるだろうが、分かってくれ」
…伯が軍から身を退く原因は、先日の敗戦とその結果…マッケンゼン艦隊が全滅した事、そして故マッケンゼン中将が特進しなかった事にあろう事は容易に想像出来た。マッケンゼン艦隊はヒルデスハイム艦隊のせいで全滅した、と思われていたから、敗戦の責任はヒルデスハイム伯にある、という静かな声があがっていたのだ。そして作戦を進言したのが俺である事が分かると、その声は静かな物ではなくなりつつあった…作戦失敗の原因は確かにマッケンゼン艦隊なのだ。だが彼等は死を以てそれを贖った…助けられた身としては苦い想いだけが募る。どうしても自責の念に駈られてしまう。そして結果として伯爵が犠牲になった…。
「申し訳ありません、小官のせいで…」
「よい、よいのだ参謀長。私から言い出した事なのだ。それに、こうでもしないとリッテンハイム侯は納得せんだろうからな」
リッテンハイム侯爵とブラウンシュヴァイク公爵…大貴族の権門同士の意地の張り合いが影響しているのは分かるが、それでも…
「だが、良い報せもある。卿の昇進だ。私の進退と引き換えというか…卿がヒルデスハイム艦隊を引き継ぐ。まあ二万隻全てとはいかんがな。艦隊のうち、一万隻を軍に残す。それを中核とした艦隊を卿が率いる。置き土産とでも言うべきか」
俺が中将に…艦隊司令官になるというのか?伯の意図が分からない、わざわざ俺の為にミュッケンベルガーに掛け合ったというのか?

 「何故です、何故その様な」
「この二年、私は卿を見て来た。卿は能力はあるが人事上の問題を抱えている。それが影響して、卿を引き取る部署は皆無だった。寵姫の身内というのはそれほど重い物なのだ。だが私の艦隊なら何の問題もない。卿を呼べば同時にグリューネワルト伯爵夫人も一門の手の中に納める事が出来る。ブラウンシュヴァイク公もお認め下さったし艦隊も強化出来る…正に一石二鳥だった」
 伯は一旦言葉を止めると、窓の外に目を向けた。窓の外には庭が広がり、そこでは伯の愛娘が女中と遊んでいた。
「実は、参謀としての卿にはあまり期待していなかったのだ。聞こえて来る卿の噂はひどい物ばかりだったからな。だが蓋を開けてみればどうだ、見ると聞くとでは大違いではないか。多少取っ付きにくい所はあるが、掘り出し物と思った」
 予想はしていたが、そんなにひどい噂が流れていたのか…誰にも相手にされない訳だ。
「ありがとうございます。小官も全く勝手の違う場所での勤務でしたので、猫を被っていたのは間違いありません」

 伯爵は笑いながら続ける。
「猫を被っていた、か。今考えると納得出来るな…卿は帝国の現状を快く思ってはいないのだろう?」
「その様な事はありません。小官を現在の地位につけてくれた帝国には感謝しています」
「卿は隠すのが下手だな。卿が推薦した者の顔ぶれを見れば分かるのだ。推薦する場合、卿自身に近しい者や、同期生、卿が世話になった者に近しい者…いわゆるコネだな、そういった存在を推薦するのが普通だ。だが卿は違う、純粋に能力のみの推薦だ。そして卿の勤務来歴を見れば分かるが、直接関わり合いのある者は皆無だ。しかもリストの中には爵位のある貴族の子弟は居ない。その様な者達を推薦してくれと言われれば、疑問が沸いて当然だろう?」

 …伯爵の疑問はもっともだ、あの時は推薦者の配置変換が滞りなく進んだので、疑われているなどと思ってもみなかった…どう返事すべきだろうか。沈黙は肯定にしかならない、生半可な返しもかえって疑惑を確信に変えるだけの事だ。
「返事に困っている様だな。案じるな、叱責している訳ではないのだ。軍に復帰してからというもの卿と似た様な思いは私にもある。立場上、表には出せないがな」
今更の様に俺を立たせっぱなしなのに気が付いたのだろう、伯は応接セットを指し示した。伯自身もワインとグラスを手に取って応接セットに座る。
「…銀河帝国の神聖にして不可侵なる始祖、大ルドルフ皇帝陛下は、これぞと思う人物や顕著な功績のあった者に貴族の称号を賜られた。果たして今はどうか。帝国が宇宙を統べる様になり長い年月が経ったが、もはや追叙される者はいなくなりその間に階級は固定化し貴族と平民の間には埋めがたい溝が生じてしまった。貴族、特に爵位を有する貴族達は与えられた権利を行使する事と、その自らの権利を守る事だけにしか興味がない。そしてそれを仕方ない事と諦感を持って日々の生活を送る平民達。平民が顕官に着く事はごく稀で、それも貴族階級の者達の妬みを買って、その能力を発揮出来る環境ではない。おそらく、帝国の現状は大ルドルフ皇帝陛下の望んだ物ではない、と私は思っている」
伯爵は俺にもワインを注ぐと、しゃべり疲れたかの様に自分のグラスを一気にあおった。意外だった、伯爵がこんな事を言うとは…一礼して俺も一気にワインを飲む。
「まだ軍はいい方だろう。貴族平民関係ないからな。だがそれでも両者の溝は深い。伯爵の私が言うのも変な話だがな…軍に復帰するまで、当然だと思っていた権利は、私の力による物ではない事に気付かされたのだ。私に皆が傅くのは家名、地位にであって、それは私自身の力によるものでは無いという事に」
伯爵は一体どうしたのだろう。表に出す物ではないと言いながら、それを吐露してしまっているではないか…。
「それは仕方の無い事かもしれない。だが同時に寂しい事でもある。軍の地位はともかく、生まれによって人が卑下されるなどあってはならないのだ。人は人として正しく評価される社会であるべきなのだ……ふん、まるで共和主義者の様な言い草だな……卿はこの現状を変えたいのではないのか」
伯にとってこの話は酒の力が必要なのだろう、俺が二杯目を飲む間にボトルは空になってしまっていた。確かに酒の力が必要かもしれない、伯爵の話す内容は、その立場の人間としては危険極まりない内容だった。伯爵の言っている事は本心なのだろうか。答えるべきか、はぐらかすべきか…

 俺は……。
「……もしそうだとしたら、どうなさいますか」





(敢闘編 完) 

 

八十二話 新たなる戦いの序曲

帝国暦486年4月2日12:00
ヴァルハラ星系、首都星オーディン、銀河帝国、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン、ミューゼル

 「閣下、今日の午後の予定ですが、ミュッケンベルガー閣下の元帥府にて艦隊司令官による作戦会議が開かれます」
「分かった…二人の時は閣下は止せ、キルヒアイス」
「恐れ入ります…ですがそうしてしまいますと、つい叱ってしまいそうで」
「何だと…なんで叱られなきゃいけないんだ」
「アンネローゼ様にきつく言われていますので…いたらない所があったら叱ってあげて、と」
「姉上もキルヒアイスも…いつまで俺を子供扱いするつもりなんだ?」
無機質で武骨な艦橋も、二人きりの時は穏やかな風が吹いている。
 到頭ここまでたどり着いた。俺の艦隊、そして俺の艦、ブリュンヒルトー正規艦隊の司令官たる中将には個人旗艦が下賜され、一度下賜された艦は没収される事はないー新機軸の実験艦という事だったが、そんな事はどうでもよかった。白亜の美しい艦形、正にワルキューレの戦乙女だ。
「乗艦時や下艦の際にこの艦を眺めているラインハルト様の姿はどうみても…欲しかった玩具を手に入れた子供にしか見えませんよ」
「…見ていたのか」
「当たり前じゃないですか、行きも帰りも一緒なんですから」
「まあ、確かにそうだな」
…子供扱いされても仕方ないな、本当の事なのだから。

 昨年のマッケンゼン艦隊の壊滅、俺の艦隊の前身でもあるヒルデスハイム艦隊の敗戦から一年が過ぎた。あの戦いの結果、ヒルデスハイム伯爵は軍から身を退き、俺が艦隊を引き継いだ。

“貴族は帝室の藩塀としての気概と実力を取り戻さねばならない”
そう言って軍に復帰したヒルデスハイム伯爵は志半ばでの退場を余儀なくされた。

”卿は勝てるか、あの男に“
”卿はこの現状を変えたいのではないのか“

叛乱軍の重要人物、ウィンチェスターの打倒、そしてヒルデスハイム伯爵の秘めた想いと俺の願望。伯は自らの進退と引き換えに俺を中将に昇進させた。帝国の実権を握り、姉上を救い出して皇帝を倒し、そして叛乱軍を倒し宇宙を統一する…伯がそこまで見抜いていたかは分からない。だが彼は俺に想いを託したのだ。その結果、俺はブラウンシュヴァイク一門の子飼いとして見られている。だが今はそれでいい。どんな手管を利用してでも、登り詰めてみせる……。


14:15
ミュッケンベルガー元帥府、ミューゼル艦隊司令部執務室、
オスカー・フォン・ロイエンタール

 「昼間からワインとは大層なご身分だな、ロイエンタール」
「そういう卿こそ手にしている物はなんだ、ミッターマイヤー」
「赤毛ののっぽから密告があったのさ、此処でワインの試飲会を一人でやっている奴が居るって」
「おいおい、独り占めしているみたいな言い方は止めてくれ、司令官から頂いた物だ。四百五十八年物の逸品だぞ」
「五十八年物…気持ちは分かるがな、家まで我慢出来なかったのか」
「持って帰る間に澱が舞ってしまったら、折角の風味が台無しだぞ。そんな事態になってしまう前に飲んでしまった方が司令官の御厚情に応えられるというものだ…ほら、グラスを出せ」
ミッターマイヤーは肩をすくめた…なんだ、腹が膨らんでいると思ったら、クラッカーを忍ばせていたのか。持つべき物はやはり話の分かる友だな。

 ミューゼル…あの金髪の若者が中将、艦隊司令官になると同時に俺達二人も准将に昇進した。他にも序列とは関係なく昇進している者がいるが、それは全てミューゼルの推薦した者達だ。赤毛ののっぽ…キルヒアイスも大佐となってミューゼルの副官をやっている。味方を、それも一個艦隊を壊滅に追い込んだ俺達が昇進するとは面白い時代になったものだ。そしてあの戦いの後、大きな戦いもなく一年が経った。お陰で艦隊戦力は充実し、錬成訓練もほぼ終了、今では出撃を待つだけだ。

ミューゼル艦隊(一万三千隻)
艦隊司令官:ミューゼル中将
艦隊参謀長:ケスラー准将
作戦参謀:ワーレン大佐
同参謀:ミュラー中佐
副官:キルヒアイス大佐
旗艦艦長:シュタインメッツ大佐
分艦隊司令:ミッターマイヤー准将
同司令:ロイエンタール准将
同司令:メックリンガー准将

 「…こんなに旨いワイン、中々お目にかかれないな」
「だから言ったろう、今飲むべきだと」
「卿に誘われた記憶はないんだが…しかし、司令官はワインがお好きなのかな」
「嫌いではないと思うが、何故だ」
「これ程上物のワインともなると、たとえ将官といっても中々手の出せる額ではあるまい」
「ヒルデスハイム伯爵から頂いた物だそうだ。司令官は自分は嗜む程度で味の良し悪しが分からない、それでは伯にも申し訳ないし、ワインとしても味の分かる者に飲まれた方が本望だろう、だから貰ってくれないか…と仰ってな」
「味の分かる者ねえ…だが卿の場合はワインの味より女の味の方が得意だろうな。また、変えたのだろう?」
「まあな…それより女と言えば、ヒルデスハイム伯爵家の御令嬢が、司令官に大層御執心らしい」
「ほう…このまま行くとラインハルト・フォン・ヒルデスハイムという訳か?少し語呂が悪いな…それより、息災なのかな、ヒルデスハイム伯は」
「今は…幕僚副総監という役職に就いて居られる筈だが」
「幕僚副総監…クラーゼン元帥のお守りという訳か。あの敗戦は俺達にも原因がある…申し訳ない事をした」
ミッターマイヤーは呟く様にそう言うと、空になったグラスを突き出して来た。
「おいおい、もう少し大事に飲んで欲しいものだな…そうだな、確かに申し訳ない事をした。だがあれはあれでよかったと思っている。あの戦いで帝国軍全てが叛乱軍のウィンチェスターという男の危険性を認識した筈だ。奴は自らを囮に完璧な包囲殲滅戦を演出した。今にして思えば児戯にも等しい単純な罠だったが、奴を討つ千載一遇の機会だったことは間違いない…まあ、生き残れたからこそ言える事だがな」
「アッシュビーの再来か。厄介な奴が出てきたものだ、本当にそうなら、これから先俺達はもっとひどい目に逢うという事になるが」
「本当にそうならない事を今は祈るしかないな」
アッシュビーの再来か。あの時は冗談半分に聞いていた…俺達の司令官はあの男に勝てるのだろうか。あの戦いから一年、艦隊戦力も充実している。そろそろ何かあってもいい頃だ…今日ミュッケンベルガーに艦隊司令官達が呼ばれたのもそういう事だろう。



宇宙暦795年4月3日12:00
バーラト星系、首都星ハイネセン、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、ハイネセンポリス郊外、統合作戦本部ビル、
ヤマト・ウィンチェスター

 「艦隊司令部のスタッフ、かなり入れ替えた様だな」
「第九艦隊司令部の前スタッフは知らない面子ばかりなので。気心知れている方が楽ですから。元の十三艦隊のスタッフの半分はヤン少将と親しい面子ですから、そこは残して来たんですがね…とは言うものの小官が第九艦隊司令官というのは未だに納得いきませんけどね」
俺の前にはお馴染みのポーズ、組んだ手の上に顎を乗せて座っているシトレ親父が微笑をたたえている。
「貴官はコーネフを本部次長に推薦した。それを意気に感じたコーネフが君を第九艦隊司令官に推薦したんだ。本当に好きなポストに就けると思っていたのかね?そんな訳ないだろう」
 中将へ昇進した。親父に好きなポストを選べと言われたから、人事部長と言ったら却下され、査閲部長と言ったらまた却下されてしまった。何でだろうと思ったら推薦があったのね……。昇進して大将になったコーネフさんは年もそうだしシトレ親父の下だともう頭打ちだろう。だったら…と次長に推薦したんだけど…余計な事言ったせいで人生設計が狂ってしまった。おとなしく十三艦隊のままでいいって言うんだった…でもなあ、第十三艦隊司令官って俺じゃないよなあ。やっぱりヤンさんじゃないとなあ…。


統合作戦本部長:シトレ元帥
同次長:コーネフ大将
宇宙艦隊司令長官:ルーカス大将
同司令部総参謀長:オスマン中将
同司令部作戦主任参謀:アル・サレム少将
同司令部情報主任参謀:ロックウェル少将
同司令部後方主任参謀:ドーソン少将

第一艦隊:クブルスリー中将 一万五千隻
第二艦隊:パエッタ中将 一万五千隻
第三艦隊:ルフェーブル中将 一万五千隻
第四艦隊:パストーレ中将 一万五千隻
第五艦隊:ビュコック大将 一万五千隻
第六艦隊:ホーランド中将 一万五千隻
第七艦隊:マリネスク中将 一万五千隻
第八艦隊:アップルトン中将 一万五千隻

第九艦隊:ウィンチェスター中将 一万五千隻
同司令官副官:ミリアム・ローザス大尉
同副司令(分艦隊司令兼務):シェルビー少将
同参謀長:ワイドボーン准将
同作戦参謀兼司令部内務長:カヴァッリ大佐
同作戦参謀:フォーク中佐
同作戦参謀:スールズカリッター中佐
分艦隊司令:ダグラス准将
分艦隊司令:バルクマン准将
分艦隊司令:ガットマン准将
分艦隊司令:イエイツ准将

第十艦隊:チェン中将 一万五千隻
第十一艦隊:ピアーズ中将 一万五千隻
第十二艦隊:ボロディン中将 一万五千隻
第十三艦隊:ヤン少将 七千五百隻

イゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官:ウランフ大将 一万隻
アムリッツア駐留軍司令官:グリーンヒル大将 
同副司令官:ビロライネン中将

 こうなったら艦隊の司令部と分艦隊司令はそう入れ替えだ!という事で、解体された旧EFSFのメンバーに来て貰う事にした。シェルビー少将には副司令をやって貰って、イエイツさんには分艦隊司令をやって貰う…っと。ヤンさんに近いメンバーはそのまま十三艦隊に残して来たから、ここにフィッシャーさんやムライさん、そしてパトリチェフのおっさんが来るんだろうな。そして七百九十四年度士官学校次席卒業のフレデリカちゃんを推薦して…と。人事部に念押ししといたから大丈夫だろう。 

 「この一年間、帝国軍は大人しかったな。始まると思うかね」
「うーん、大人しかったという事は兵力の蓄積に励んでいた訳でしょうからね。今の帝国軍は艦隊を幾つ保持しているのです?」
もう慣れっこだ、勝手にコーヒーを淹れさせて貰う事にする。俺が自分の分だけ淹れるのを見て、シトレ親父は苦笑しながら自分の分を淹れ出した。
「フェザーン経由の情報だと、十個艦隊は存在している」
「十個艦隊…多いですね、厄介だな…艦隊司令官の名前は判明しているのですか?」
…ここに来るといつも話が長くなるからな、次からは甘い物でも持って来よう…。
「まず宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥直卒の二万隻、クライスト艦隊が一万五千、ケルトリング艦隊一万三千、メルカッツ艦隊一万三千、ゼークト艦隊一万三千…」
シュトックハウゼン、フォーゲル、シュムーデ、ギースラー…皆聞いた事のある名前だ。メルカッツも正規艦隊を率いているのか…あれ?
「閣下、ヒルデスハイム艦隊も居るんですよね?」
「いや、ないな。あとはミューゼル艦隊という艦隊が存在している」
「ミューゼル艦隊…」
「イゼルローンの停戦の時、ヒルデスハイム伯爵の随行者にミューゼルという若者が居たな。君が危険視していた」
「はい…多分その男で間違いないと思います」
ヒルデスハイム艦隊が居なくてラインハルトの艦隊が存在するって事は、昨年の戦いでヒルデスハイムは死んだのか?いや、だったら一緒にラインハルトも死んでいてもおかしくない…という事はヒルデスハイムは重傷か何かでラインハルトが艦隊を引き継いだのか?でも何でラインハルトが艦隊司令官になっているんだ?死んでないにしてもあれだけボコボコにされたら、昇進なんて出来ない筈だ、ましてや艦隊司令官なんて有り得ないだろ……くそ、主人公補正ってやつか?
「大半の名前は昨年の内には判明していた。常に前線に出ていたヒルデスハイム艦隊が居なくなり、代わりにミューゼル艦隊という新しい艦隊が編成されたという事だな」
いやー、まずいですね…早くヤンさんにフル編成の一個艦隊を率いて貰わないと…。
「そうみたいですね」
「仕掛けてくると思うか」
「どうですかね、此方がイゼルローン要塞を落とした時の様に全艦隊で、という事はないでしょう。十個艦隊という数が正しければ、我々の方が戦力は多いですから」
「……十個艦隊という数字は欺瞞だと?」
「おそらくは。もしかしたら定数の十六個艦隊を揃えるつもりかもしれません。現在、戦力として期待出来るのが十個、という事かもしれませんし」
「という事は今も艦隊戦力の増強は進んでいる、という事かな」
「そう考えていた方がいいでしょうね」
「…君の行っていた帝国の辺境との工作はどうなっている?」
「順調ですよ。あまりおおっぴらにも出来ませんから、穀物の生産に必要なプラントの類いを運んだ後は、此方が関わるのは辺境同士の貨客船の運行のみにしています。それでも住民感情はだいぶ和らぎましたよ」
「ほう。占領後の手間が省けるな」
「占領はやめた方がいいと思います。住民感情がどうとか関係なく、占領は益がありません」
「帝国を倒す上で必要な措置だと思うのだが。違うかな」

 やっぱり説明しないと解って貰えないかなあ…シトレ親父、優秀な人なんだけどなあ。帝国の圧政から解放する、聞こえはいいけど、それは民主化を強要するって事なんだ。俺が生きていた現実の世界でもそれはあった。イラク戦争、アフガニスタンでの戦争…社会体制が違えば、他人から強要された価値観は中々受け入れられないものだ。俺にとっての大昔のフランス革命もそうだった。フランス以外の西欧諸国は革命の精神を自国に持ち込まれるのを恐れたし、ソビエト式の社会共産革命も恐れられた。社会システムの変更は、それを強いられる人々にとって痛みを伴うという事を理解出来ないのかもしれない。何しろそれが最後に起きたのは銀河帝国が出来た頃の話だもんな……。
「占領ではなく、彼等の方から同盟に参加したいと考えさせるべきです。彼等自身が考え、選択する。当然彼等の中で話し合いが起きるでしょう。話し合いの過程で多数決という選択が出てくると思います、民主主義の第一歩ですよ」
「成程な。だが彼等が帝国に残ると決意した時はどうするのだ」
「その意思決定は尊重するしかないでしょう、民意ですから。ですが民意というものは流動的ですからね。それに、彼等にはほぼ軍事力と呼べる物が無いのですから、たとえ帝国に残ったとしても短期的には我々に影響はありません」
「確かにそうだな。だが短期的と言ったな?」
「はい。理想的に事態が進行して、我々が帝国中枢を降したとします。その場合、帝国に残る事を選択した辺境の彼等がそのまま帝国である事を選択するとは思えません。最低でも中立化を望むでしょう。となると長期的に見た場合、同盟や帝国残党とは異なる経済圏が生まれる訳ですが、同盟参加を望まなかった彼等が同盟に好意的であるとは限りません。そうなると軍事的には補給の面で不都合が生じるでしょう。占領せずに彼等の民意に任せた場合、そうなる可能性も考えねばなりません。ですから彼等の民意がどうであれ交渉は必要になるでしょうね。同盟参加を望むのなら地位を決定せねばなりませんし、中立や帝国残留を望むのなら和親条約や不可侵条約の締結をせねばならないでしょう」
「条約の締結か…軍の仕事ではないなそれは」
「ですが、軍じゃなくても誰も考えた事はないと思いますよ。それに一番先に帝国辺境と接するのは我々軍なんですから、作戦方針の中に外交的な余地を入れて提示してあげないと、どこの委員会も考えてはくれないと思います」
「ふむ…話を聞いていると、私などより君が政治家になった方がいいと思うがね」
「ハハ…私では若僧過ぎて重みがありませんよ。だからこそトリューニヒト委員長も閣下を選ばれたのだと思います」
「だがな、私が政治家になったとして何が出来る、という思いはある。精々軍の統制がいい所だろう」
「まさしくそれを求められているのだと思います。当然ながらトリューニヒト氏は安全で確実な政権運営を求めるでしょうから。自分の主な支持基盤である軍にぐらついて貰っては困るでしょうし。それに軍は得点を稼ぎ過ぎました。対帝国戦の結果が国内政治に直結しているとはいえ、現在の社会情勢を作り出したのは軍、国防委員会です。他の委員会と協調路線を取っているとしても、それに対する妬みや嫉みは存在します。今後、軍がどれだけ成功を収めたとしてもでかい顔をさせない配慮が必要になります。シビリアン出身の国防委員達ではそれは難しいでしょう。正確に軍の内情を知る方が必要なのです」
「…軍からは嫌われそうだな、私は」
「そんな事はないと思います。大丈夫ですよ」

 窓のないこの部屋で、親父は遠い目をした。見ているのは先の見えない未来か、それとも政治などという面倒な事を考えなくてもよかった昔の事だろうか。
「話を戻そう。帝国軍が出兵するとして、その目的はアムリッツアやイゼルローン要塞の奪還を目的とした物だろうか」
「うーん…本部長が帝国軍のミュッケンベルガー元帥のお立場なら、どうお考えになりますか」
「そうだな…奪還云々はまず置いといて、麾下の艦隊の実力を試したいだろうな。去年の様な不様な負けはミュッケンベルガーとて御免だろう」
「ですね、小官もそう思います」



4月7日12:00
ハイネセン、ハイネセンポリス、シルバーブリッジ三番街、ウィンチェスター邸
ヤン・ウェンリー

 「ええとね、そのお皿はあっちのテーブルに並べてくれる?」
「わかりました、ミセス・ウィンチェスター」
「やだぁ。エリカでいいわよ、ユリアン君」
「は、はい…わかりました、エリカさん」
今日はウィンチェスター邸にお邪魔している。第九艦隊司令部と第十三艦隊司令部の主だったスタッフとでホームパーティを開く事になったのだ。私は引っ越すのが面倒なので佐官時代のままの官舎に住んでいるが、ウィンチェスターは将官用の高級官舎に引っ越した。とにかく広い。こんな所に引っ越したらユリアンだけでは掃除に手が回らなくなるだろうな…。
「たまにはこういうのもいいでしょう。キャゼルヌ少将はアムリッツアですし、我々も所属が別々になってしまいましたからね」
「そうだね…またこういう事が出来るとも限らないからね。とりあえず、乾杯」
「乾杯」
こうして見るウィンチェスターは穏やかな顔の好青年だ。だがその頭の中身は同盟の至宝といってもいいだろう。彼は私生活も派手ではないし問題発言もしないから、アッシュビー提督の様に目立つ事は少ない。目立つ事はないが、ここ近年の同盟の軍事的成功は全て彼が絡んでいる。私など彼のおかげ、あるいは彼のせいでとうとう艦隊司令官になってしまった。私などがそうなのだから、このままいけばウィンチェスターは当然軍の最高位に立つだろう。
「ウィンチェスター、私に何が出来るかは分からない、だが約束しよう。君を精一杯支えるよ」
「…どうしたんです、急に」
「前にキャゼルヌ先輩と話した事がある。君が現れてから物事の動きが加速している気がする、ってね」
「そうですか?」
「うん。同盟と帝国、この二つの国家の争いに変化が訪れている。まあ、この先どうなるかは分からない。どうせならこのまま同盟に有利に進んで欲しいけどね。それで戦争が無くなるなら、どういう形であれ人類社会に平和が訪れる訳だ。私も君を手伝おうと思う」
「急にやる気を出してどうしたんです?」
「まあ…あの子が、ユリアンが戦争に行くのは見たくないからね。どういう形であれ、戦争が終われば次に来るのは平和だと信じたいし、平和な世界でユリアンには幸せになって欲しい…とまあ、ささやかながら保護者としての義務を果たそうという訳さ」
「ささやかながら、ですか。私の知る貴方が頑張った訳をやっと理解する事が出来ましたよ」
「…何の話だい?」
「いえ、こっちの話です…本当に」


14:30
同所、エリカ・ウィンチェスター・キンスキー

 「ああもう。ホント男って食べて飲んでばかり。そう思わない?ミリー」
「そうですね。でも楽しいですよ。ちゃんと私が手伝いますから大丈夫です」
艦隊から離れる事になったのは寂しいけど、代わりにローザス大尉…ミリーが副官やってくれるから大丈夫よね。でも、本当にとんでもない人と結婚しちゃったんだなあって思う。ただの下士官だったのが今では中将…しかもただの中将じゃない、ある意味帝国を向こうに回して一人で戦っている同盟の英雄。ヤン少将もそうだけど、二人とも英雄になんてちっとも見えない。パパやママも喜んでくれているけど、全然英雄なんかじゃなくていいのに…。
「あの、ありがとうございます。エリカさん」
「え?どうしたの」
「ミリーなんて呼ばれるの久しぶりで。そう呼んでくれたのは家族だけでしたから」
「友達なんだから当たり前じゃない。あまり渾名では呼ばれなかった?」
「お爺ちゃんがお爺ちゃんなだけに…友達も遠慮しちゃって」
「そうなのね。みんなにも呼んで貰えばいいじゃない、今はプライベートなんだし」
「あ…そういえばダグラス准将はそう呼んでくれていたような…」
「ああ…あの人はね。昔から女の子には目がないから。仲いいの?」
「え?ええ…よくゴハンとか誘ってもらってます」
「女友達多いし、気をつけてね。昔からモテてたけど、ローゼンリッターに所属してから一層ひどくなったみたい」
「そうなんですか?」
「何でも上官のせいだとか言ってたなあ。ちゃんと捕まえとかないとダメよ」
「え?そんな仲じゃないですよ。それに女の子の知り合い多いんですよね?困ります」
「あ、でも…確かにモテてたし、女友達は多いけど、自分から誘うのは本気の女だけって言ってたわよ」
「え…ええ?」
「まあ悪い人じゃないし、頑張ってね」
「は、はい」



 同時刻、同所
ワルター・フォン・シェーンコップ

 「まあ、いっちゃって下さい…乾杯」
「乾杯…ウィンチェスター閣下、この様な席にお呼び頂けるのはありがたいが…我々は場違いではないのですか」
そう、場違いだろう。マイクから誘われたから、リンツやブルームハルト達も連れて来たが…聞けば第九艦隊、第十三艦隊それぞれの司令部のスタッフの集まりだという。
「お気になさらずに、シェーンコップ大佐。イゼルローンでは一度お会いしたきりで、それからまともにお礼も出来てませんでしたからね。部下の皆さんも楽しんでいただけているといいのですが」
「お気遣いありがとうございます。充分に楽しんでいますよ」
せっかくだから楽しませてもらっている。ケータリングはウィンチェスターの奥方の実家からという事だし、酒も申し分ない。
「ご存知でしょうが、こちらはヤン少将。同盟の誇る若き英雄です」
「君の方がもっと若いんだぞ…はじめまして、ヤン・ウェンリーです。よろしく」
「これはこれは…ヤン少将、お初にお目にかかる、小官はワルター・フォン・シェーンコップと申します。宜しくお見知り置きを…同盟軍、いや、同盟の今後を担うお二人の知偶を得られて、まことに光栄の限りですな。小官の未来も少しは明るくなりそうだ」

 ウィンチェスターにヤン・ウェンリー…アッシュビーの再来にエル・ファシルの英雄。こんな異名の付く男達が存在する時代…それはまさしく動乱の時代だろう。全くいい時代に生まれたもんだ。
「全くです。大佐の活躍の場はこの先どんどん増えますからね」
「ほう。軍内部の余所者に、その様な場がありますかな?」
「余所者…今では少し変わったのではないですか?」
ウィンチェスターの言う通りだった。今ではローゼンリッターへ一般隊員が配属される事も珍しくなくなっている。誰が言い出したかは知らないが、『同盟市民は皆帝国からの亡命者の様な物ではないか、差別は良くない』という事らしい。今までは補充兵にすら困っていたのが、この先旅団規模への拡大の話も出ていた。ある意味、目の前の男のお陰だった。それほどイゼルローン要塞一番槍、の功名は大きかった。実際、要塞内部ではほぼローゼンリッター独力で戦っていたと言っても過言ではなかった。
「閣下のご配慮のおかげです。ありがとうございます」
「私は何もしていませんよ。ローゼンリッターが先陣と決めたのはシトレ閣下ですから」
「ウィンチェスター閣下…謙遜も度を越すと嫌味に近くなりますよ、そうではありませんか、ヤン少将」
「そうだね。聞いててたまに嫌になりますよ。能力があるのにどこか他人事で」
「それはヤン少将、貴方の事でしょう…それはさておき、大佐、上に掛け合うのはこれからですが、艦隊勤務は如何ですか?」
「艦隊勤務、ですか」
「第十三艦隊付、もしくは私の艦隊付、という事になります。どうでしょう」
「構いませんが、陸戦隊の出番がありますかな?」
「さっき言ったじゃないですか、大佐の活躍の場はこの先どんどん増えると」
「増える、ではなく作って頂ける、という事ですか。それならば喜んで請け合いましょう」
ウィンチェスターにヤン・ウェンリー…これから楽しくなりそうだ。




 

 

第八十三話 鳴動

帝国暦486年5月6日14:00
フェザーン星系、惑星フェザーン、フェザーン自治領、自治領主府、
アドリアン・ルビンスキー

 目の前には補佐官のボルテックが神妙な面持ちで立っている。
「閣下、少しばかり重要なご報告がございます」
「何かな」
「帝国に対する貸付残高…国債でございますが、ニ十兆帝国マルクを越えました。また新たな国債の買い付けの打診がありました」
「ニ十兆…中々穏やかな額ではないな」
「はい。そのうち償還期限を越えた物が二兆帝国マルクに達します」
「返済期限の過ぎた借金があるのに更に借金の申し込みか。返してから申し込むのが筋だろう。償還要請はしているのかな」
「全額はとても無理でしょう、利息の支払いだけで手一杯の様です。それについても期限延長の打診がありました」
「まあそうだろうな。報告は以上かな?」
「いえ。続いて同盟ですが、彼等の言う新領土及び解放宙域の開発が順調の様です。帝国とはうって変わって、我々に対する国債の償還を再開しました。まあ再開したと申しましても償還期限の過ぎた国債の償還で、額も僅かずつではありますが…償還期限の過ぎた国債の総額は約三千五百億ディナール、国債総額では七兆五千億ディナールに達します」
「どちらも借金してまで戦争をしておるだから始末に悪い。相手の事など気にせず国家運営に専念すればよいものを」
「両国としてはそうもいかぬのでしょう。今や不倶戴天の敵同士でございます」
「人類全てが同じ政治体制でなければならぬ訳ではないだろう。他者への寛容を忘れた結果だな…まあそうであるからこそ我等の計画も進む訳だが」
「仰る通りでございます」
「帝国に対しては国債の償還期限延長に応じてやれ。新たな国債の買い付けに引き受けてもよいと伝えるのだ」
「よろしいのですか」
「構わん。それより同盟の方が気になる」
「借金を返済する余裕がある…財政が健全化している結果でございますからな」
「そうだ。同盟の方が人口は少ないが、その分社会インフラの成熟度は高い。財政さえまともなら簡単に生産性を上げる事が出来るのだ。それに対し帝国は貴族領として地方自治を貴族どもに任せている。その分国全体には統一性がなく画一的な社会インフラという面では同盟より劣っている。言わば帝国は帝国政府と貴族領の連合王国のような物だ。全体では同盟を上回るが、ほとんどの貴族達は何ら帝国に貢献していない。国の運営も同盟との戦争も、帝国政府だけが行っている様な有様なのだから帝国の為政者達も頭が痛い事だろうな」
「はい。ですが、なればこそ我等は深く食い込む事が出来ます」
「うむ。それでだ、同盟が優勢な今、両国同時に勢力を浸透させるよりは帝国に力を入れた方がよいと思うが、補佐官はどう思うかな」
「閣下がそうお考えであれば、私には異存はございませんがその…よろしいのですか、例のご老人達のご意向は」
「構わん。今までの方針に一部修正を加えるだけだ。当初の方針に固執すると計画全体が上手くいかなくなる場合もある。あの方々には私から説明する」
「了解いたしました。早速修正案の検討に入ります」




5月15日09:00
ヴァルハラ星系、首都星オーディン、銀河帝国、新無憂宮、南苑
クラウス・フォン・リヒテンラーデ

 「フェザーンが了承したというのか?有難い話ではあるな」
「御意にございます。また新規発行の国債があるのであればそれについても考慮してもいいと。新規発行分の総額についてはこちらの資料をご覧下さい」
「ふむ…これについてはあまり歓迎出来る事ではないな」
カストロプ財務尚書…十年以上も財務尚書の職にあって、公務の数倍私腹を肥やす事に努力を続けて来た男…国債償還期限の延長をフェザーンが了承?それは有難いとしても新規国債の引き受け?それはフェザーンの都合ではないか、それをさも自分の功績の様にまくし立てるとは…そもそもこの様な大事は高等弁務官府から前もって報告がある筈だ、自治領主補佐官と財務尚書のやり取りだけで済む話ではない。それに国債の発行額が過大すぎる。国債で賄っているのは追加予算…主に戦費だが、軍は不要な基地を統廃合し、不必要な支出の削減を図り艦隊の再建費用を捻出している。また、イゼルローン要塞の維持費が無くなった事で浮いた予算も艦隊の再建に充てていると聞いている。国債を新たに発行しても国内向けの物だけでよい筈だが…。
「国債の発行額については再考が必要であろう、もう一度検討してみてくれぬか」
「そう…でございますな。では再検討して新しい報告書をお持ち致します」
 
 ふん、不満を隠そうともせなんだわ…。
「ワイツ、隣で待っておるルーゲ伯を呼んでくれぬか」
「かしこまりました」
ルーゲ伯爵…司法尚書でもありカストロプの行状に憤りを感じている一人でもある。
「待たせて済まぬ。話は聞こえておったか」
「はい。まさか国債に関しても私腹を肥やすのに利用していたとは…」
国債を発行する。帝国から国債を買えと言われればフェザーンは買うしかない。国債には当然利息がつく。フェザーンに買わせた国債の利息の一部をダミー会社を何社も経由して顧問料の名の下にマージンとして受けとる。フェザーンの商人や企業が帝国との交易を行うには帝国財務省の許可が必要である。許可を受けた者達はカストロプを自社の名誉顧問とする。いつの間にかそれが通例になっていた。奴はそれを悪用しているのだ。
「交易の許可を与えたフェザーンの商人や企業にダミー会社を作らせる。そのダミー会社に更に交易の許可を与え、そこを受け皿として賄賂を取る…一応戦時中とあって我が国の国債は高金利ですからな。フェザーンが受けとる利息はかなりの額です。そこからカストロプ公に袖の下を渡したとしても痛くもない。フェザーンは必要経費くらいにしか考えていないでしょう」
国内での収賄ならまだ目を瞑る事も出来るが、国を跨ぐとなると話は別だ。フェザーンは自治領として帝国の一部とはいえ、内実は独立国に近い。フェザーンに対してあまりあこぎな事をすると心情的にも物質的にも叛乱軍に追いやりかねない。しかも金の蛇口に手を掛けられて…だ。
「だが伯爵、よく調べたな」
「密告があったのです。金の流れを押さえた詳細な資料と共に」
「ほう」
「密告者は帝国とフェザーンの友人と名乗りました。帝国への協力は惜しまないが、それは一部政府閣僚の私腹を肥やす為に行っているのではない、多少なら目も瞑るが、あまり派手にやって貰うのは困る。何とかしていただきたい…と。おそらくフェザーン自治領主府の紐付きと思われます」
「身勝手な言い種だな。本当に迷惑なら初期の段階で申し出ればよかろう…新たな財務尚書の選定を急がねばならんな。陛下にもご報告せねばならん、頭の痛い事じゃ」
「ご心痛、お察しします。新たな財務尚書が決まりましたらお教えください。その時点でカストロプ公の拘禁に踏み切ります」
「うむ。宜しく頼む」
頭を深く下げてルーゲが出て行く…皆あの様な誠心誠意仕えてくれる者ばかりならのう…役得もよいが身をわきまえて欲しいものじゃて。
「ワイツ、聞いての通りじゃ。解って居ろうが、他言は無用じゃぞ」
「承知して居ります。それで人選についてでございますが、ゲルラッハ子爵では如何でございましょう」
「おお、ゲルラッハか。あの者なら誠心誠意務めるであろう、午後でよいから此方に来るように伝えてくれ」


5月16日13:30
オーディン、軍務省、軍務尚書公室、
グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 この部屋に来る時は、ろくでもない報せがある時、と相場が決まっている。
「麾下の艦隊の状況はどうかな、司令長官」
「やっと十個艦隊の錬成が終わったところだ。そして、報告した通り更に四個艦隊を編制中である」
「卿一人で統御出来るのか?副司令長官を置いた方がよいのではないか?どうだ、総長」
「統帥本部としては指揮権の分与は望ましくないと考えているが、確かに十四個艦隊ともなると統制に難がある事は認めざるを得ない。尚書の御意見は尤もである」
「儂が無能と言っているのかな、二人とも」
「そうではないぞ司令長官。円滑で適切な兵力運用の為に副司令長官職が必要ではないか、と言っておるのだ。なあ総長」
「尚書の御意見は尤もであるが、司令長官が兵力の統帥に疑問を感じていない以上、無理に勧める物ではないと思う」
「…まあよい。今日二人に来てもらったのは…ちと少々厄介な事が起きそうでな。特に司令長官、卿の力を借りねばならん」
やはりな、この無意味な言葉の応酬から始まる時はろくでもない事がある場合だ。
「この無能者の力を借りねばならん事態とは…難事かな」
「そう皮肉を申されるな長官…近日中にとある政府閣僚が退任なされる。リヒテンラーデ公が…その際何事か起きるやも知れぬ、軍の力を借りねばならぬかも知れぬと仰られてな」
「…反乱が起きる、と?」
「その可能性が高い、という事よ。一個艦隊、いや二個は必要かも知れぬ。それと擲弾兵も必要じゃろう」
「擲弾兵…オフレッサーには伝えてあるのか」
「いや、まだだ。まだ訳知りは少ない方が良いと思うての。総長、惑星制圧には二個師団も居ればよいだろうか」
「そうですな…惑星全土ではなく一部の都市機能の制圧のみなら二個あれば充分でしょう。どうですかな、長官」
「総長と同意見だ。都市を制圧して反乱の首魁を捕らえるだけなら、二個あれば充分だろう。いつ出撃させればよいのだ?」
「待て待て、反乱が起きたら、の話じゃ」
「艦隊級演習として出撃させればよいと思うが。総長、命令書の用意を頼む。オフレッサーには私から伝えよう」
「了解した…尚書、それで宜しいかな」
「構わん…いや、出動待機命令に変えてくれ。では二人ともご苦労だった」

 公室を出ると、統帥本部総長が歩み寄って来た。
「カストロプ公だよ。リヒテンラーデ公に退任を勧告されたらしい。拒否する場合は陛下の勅を頂いた上で立件して逮捕に踏み切るという事だ」
やはりあの男か…。今まで退任させられないのが不思議なくらいだったが…。
「よく知っているな」
「なあに、統帥本部には口さがないのがたくさん居るからな。卿の所でもそろそろ騒ぎ出す奴が出てくるだろうよ。儂も知ったのは一昨日だ」
カストロプ公はブラウンシュヴァイク一門やリッテンハイム一門とも等しく距離を置いている、両派閥と利害調整をせずに済むのはありがたい事だ。誰を討伐に向かわせるかだが…。



5月17日14:00
オーディン、ミュッケンベルガー元帥府、ミューゼル艦隊司令部事務室、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「カストロプ公が反乱を起こすと仰るのですか」
「可能性の話だ、ミュラー。国務尚書から退任勧告されるとなれば、体のいい罷免だからな」
「今まで蓄財に励んでおられた方が辞職を勧告されたからといって、金のかかる反乱など起こすとは思えないのですが…」
「今まで溜め込んだ不正な金をむしり取られるとしたら?卿ならどうする、ワーレン」
「小官ですか?小官は不正な蓄財などしておりませんが……まあ」
ワーレンのいささか憮然とした答えに皆が微笑む。
「まあ…そうですな、どうせ没収されるなら…と考えるかもしれません」
「そうだな、奥方にへそくりを取られるくらいなら使ってしまった方がいいよな、ワーレン」
「たまに卿が羨ましくなるよ、ロイエンタール准将」
再び皆が笑った。ロイエンタールとワーレンは士官学校の同期だという。在学中は特段親しいという訳ではなかったらしい。同期生か…後でチェックしてみよう。一人くらいはめぼしい奴がいるかもしれん…。そのまま皆が談笑していると、参謀長のケスラーが入ってきた。誰か此方へ寄越せというのでミュッケンベルガーの下へ行かせていたのだが、何かあったのだろうか。
「閣下、お耳を」

「…了解した。皆聞いてくれ。カストロプ公が亡くなられた。領地へ戻る途中の事故、だそうだ。噂をすれば、だな。何時出撃となるか分からない、後は卿等でよく話合う様に。解散」
皆一様にざわめきつつ事務室を後にしていく。事故死だと?そう都合よく人が死ぬものか…いや、この帝国では都合よく人が死んだり居なくなったりする事がよくある。
「ラインハルト様、これは…」
「殺されたのだろうな。カストロプ公が捕まると都合の悪い人間が居るのだろう」
「なのでしょうね…艦隊ですが、一両日中には出撃準備が整う予定です」
「了解した」
「本当にラインハルト様はお出にならないのですか?」
「ミュッケンベルガーにはそう掛け合ってある。若しカストロプ領に出撃する場合は部下達を出すとな。彼等の力量をミュッケンベルガーに認めさせるいい機会だ。キルヒアイス、お前もだぞ」
「有難い話なのですが…」
「なんだ、自信がないのか?」
「そうではありません、留守中のラインハルト様が心配なのです」
「大丈夫さ。お前のいない間に羽を伸ばすとするよ」
「やはり俺も行けばよかった…とか、後から仰らないで下さいね」



14:30
ミュッケンベルガー元帥府、第二会議室
ジークフリード・キルヒアイス

 「閣下も太っ腹だな、我々に功績を立てる機会を下さるとは。ヒルデスハイム艦隊に配属された頃から思っていたのだが…キルヒアイス大佐、ミューゼル閣下は何故我等に目をかけて下さるのだ?」
「小官も詳しくは聞いていないのですが、以前から皆さんの経歴を調べていた様です、ワーレン大佐」
「…不遇をかこっていると?」
「はい。能力に比して場を得られていない、平民や下級貴族であるというだけで正しく評価されていない…閣下は軍の最高位を目指しておいでです。その時に自分を支える事の出来る有能な部下が欲しいと常々仰っています。まあ、先に皆さんがミューゼル閣下を追い抜く事があるかもしれませんが」
「その時は?」
「再び追い抜けばよい、と」
「はは…顔に似合わず豪気なお方だな。ロイエンタール准将、キルヒアイス大佐を除けば卿やミッターマイヤー准将が我等の中で一番近くでミューゼル閣下を見てきた筈だ。実際、どんなお方なのだ」
「まあ、若いな。若いが苦労人だ。能力も高い。高いが今までは参謀という立位置に居られたから、その能力を発揮できていたかといわれたら難しいだろう」
「ほう…では艦隊司令官としてはどうなのだ?自らが意志決定者の地位に就いたなら」
「閣下の部下である事を誇りに思う日が来るだろう。俺はそう思っている」
「卿がそこまで評価する軍人は…隣にいらっしゃるミッターマイヤー准将の他は見たことがない。最上級という事だな」
「ああ。若さ故の失敗はあるかもしれない。だがそれは目の前の獲物が大き過ぎる時だ。そんな時は俺達だって人の事は言えんだろう」
「…そうだな。というか、俺達だってまだ充分に若い方だろう」
「そういえば、そうだな」

 私は普段ラインハルト様と一緒に居るから、こうやって皆と行動する事などほぼ無いに等しい。ラインハルト様が推挙した方々がラインハルト様に対してどんな気持ちを抱いているのか、確認出来るまたとない機会だ。確かに見ず知らずの人間が自分を評価して推挙したのだから、ラインハルト様の為人は気になるところだろう。
「いかんな卿等。自分の直属の上官を評価するなど」
「常識人ぶらないで貰いたいなメックリンガー。卿だって気になるだろう?」
「私は知り合いから閣下の事は聞いていたよ。推挙されなくても自ら進んで馳せ参じるつもりでいたんだ」
メックリンガー准将…確かヴェストパーレ男爵夫人の知人だ。軍人ながら芸術家としても名が知られているという…そうか、男爵夫人からラインハルト様の事を聞いていたのか…。
「卿等、そろそろ本題に入ろう。どうやら時間はあまり無さそうだ」
豪胆で実直、軍人というよりは少壮の弁護士といった風貌のケスラー参謀長が場を引き締める。
「キルヒアイス大佐、卿が一番ミューゼル閣下と親しい。閣下ならどうお考えか理解出来るとおもうのだが…参謀長に任じられているとはいえ、この様なケースは初めてでな」
「確かにそうですね…ミューゼル閣下は皆さんがそれぞれの力を発揮される事をお望みです。参謀長がそのまま全体の指揮と統括を、右翼と左翼はミッターマイヤー提督とロイエンタール提督が、中央後方にメックリンガー提督…で宜しいのではないでしょうか」
「攻守の均衡に優れる二人を前衛、中央後方から前を見渡す位置にメックリンガー提督という事か。適材適所だな」
「はい」
「よし、この編制で一度シミュレーションをしてみよう。相手は…そうだな、キルヒアイス大佐、頼む」
ミッターマイヤー准将、ロイエンタール准将の二人が意味有りげに微笑するのが見えた。私は…そうだ、試されているのだ。お前に、俺達に着いてくる資格はあるのかと……皆から見れば私は、ラインハルト様の幼なじみ、付属品としか見られていないのだろう……自分の力を正しく知るいい機会かもしれない。
「…了解しました。お手柔らかにお願いいたします」



5月18日19:00
オーディン、ミッターマイヤー邸
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 「じゃあなミッターマイヤー。また明日」
「たまには寄っていかないか。まあ、家で誰か待っているのなら無理にとは言わんが」
「奥方との団欒の邪魔ではないか?」
「いや、エヴァに言われたんだ。たまには夕食にでも誘ったら、って」
「そうか…では御相伴にあずかるとしようか」
  勤務中を除けば、ロイエンタールと飯を食うなんて結婚前まで遡らないと記憶にない。オーディンにいる時は、俺はほとんど真っ直ぐ家に帰るし、ロイエンタールもいろんな女の相手で忙しいから、プライベートで二人で会うなんて機会は今ではほとんど無いに等しい。
「ようこそいらっしゃいました、ロイエンタールさん」
「お邪魔致します、フラウ・ミッターマイヤー」
「そんなかしこまらないで下さいな。エヴァ、とお呼び下さいね」
おいおい…エヴァの奴、気安くないか?

 「フラウ、ご馳走になりました、いや、とても美味しかった…卿は幸せ者だぞミッターマイヤー。軍人など辞めて家業を継いだらどうだ」
「花屋をか?駄目だ駄目だ、俺は花屋の跡取りとしては失格だ。なにせ花言葉の一つも知らんのだ…いや一つは解るか…おい、笑うなよエヴァ」
「黄色い薔薇、か?」
「そうだ。後から知った時は顔から火が出る思いだったよ」
「卿は花言葉に限らずその手の話にはとんと疎いからな」
「卿とは違って、か?……エヴァ、後はこっちでやるから、休んでいなさい。さあロイエンタール、乾杯しよう」
「ああ。乾杯」
自然と話題は昨日行ったシミュレーションの話になった。ケスラーを艦隊指揮官として、俺、ロイエンタール、そしてメックリンガーの四人のチームと対戦したのは赤毛ののっぽ…キルヒアイスだった。指名したのはケスラーだった。赤毛ののっぽは付属品…今まではそれで良かった。だが今回の様な、ミューゼル…司令官の下を離れ独力で戦わねばならないケース─地位が上がれば益々増えていくであろうケース─を考えれば、赤毛ののっぽとて友軍として考えなければならない状況が出てくる。そうなった時、本当にただの赤毛ののっぽでした、では話にならないのだ。
「…強かったな、赤毛の奴。シミュレーションとはいえ、『ロイエンタール分艦隊、四割ノ損失』…聞いた時は耳を疑ったぞ」
「キルヒアイスか…そうだな、奴は強かった。卿も三割の損失という判定だったな」
「うむ…自惚れている訳ではないが、卿と俺が一緒に戦って勝てない相手が居るとはな」
「メックリンガーもあの状況では手を出せまい…まあ負けなかったのだ。それに、味方に勝つ事より敵に勝つ事を考えようではないか」
「敵?叛乱軍か?反乱者か?」
「どちらもだ」
「叛乱軍と言えば、あの男は今頃何をしているだろうか。アッシュビーの再来…」
「ヤマト・ウィンチェスターか」
「そうだ。昨年はまんまと手玉に取られてしまった」
「生きて還れたのが不思議なくらいだ。あれで昨年の運は使い果たしてしまった様なものだ」
「奴等の侵攻はアムリッツァで止まっているものの、近隣の星系は叛乱軍の庭の様になっているからな。帝国軍がこれ程外敵の圧に弱いとはな…」
「それほどイゼルローンの存在が大きかったという事だ…しかし、叛乱軍は何故アムリッツァで停止しているのだ?アムリッツァを確保するのは解る。あれによって我軍は受動的な立場に置かれてしまった。主導権は奴等が握っているのだぞ」
…今にして思えば、それこそが叛乱軍の思惑だったのかもしれない。戦いの主導権が移った、と此方に思い込ませ、焦燥感を煽る…二十年以上も動かなかった戦局が動いたのだ、政府、軍首脳部の受けた衝撃は相当なものだったろう。俺やロイエンタールとてこれはまずいと思わされたものだ。それが一昨年の中途半端な奪還作戦を行う羽目になり、昨年の無様な包囲殲滅戦に繋がった…。
「思えば、アムリッツァ自体が餌なのだ。奴等はアムリッツァから動かない事で我等の戦力の漸減を狙っているのだ。ミッターマイヤー、だとすれば奴等は勢いに乗るだけではない、相当長期的な戦略を立てているぞ」
「おそらくウィンチェスターが絡んでいるのだろうな」
「そうだろう。厄介な相手だ」




宇宙暦795年5月18日21:00

バーラト星系、首都星ハイネセン、自由惑星同盟、ハイネセンポリス、三月兎亭(マーチ・ラビット)、ヤン・ウェンリー

 「改めておめでとう、ラップ、ジェシカ」
今日はラップとジェシカの結婚式だった。今は二次会も終わって一段落、といったところだ。
「次はお前の番だぞ、ヤン」
「そんな事言われてもなあ。肝心の相手が居ないよ」
「あら。エル・ファシルの英雄はおモテになるのではなくて?貴方の立場なら選り取り見取りじゃないの?」
「本当にそうだったら今頃二人に紹介しているさ」
「お前の副官のグリーンヒル少尉はどうだ?ウィンチェスター閣下のところのローザス大尉って手もあるな」
「やめてくれよ。どっちにしても仕事がやりづらくなるよ」
「カヴァッリ大佐って線もあるな」
「…彼女はリンチ少将の身内だ。私は敬遠している訳じゃないが、マスコミや周りに何を言われる事か」
「あ…そうだったな」
「ヤン、周りの目を気にする様な人だった?貴方」
「そういう訳じゃない。リンチ少将をだしにして私は助かった様なものなんだ。結果として多くの民間人を救う事は出来たが、少将を見殺しにした事には違いない。表向きはどうあれカヴァッリ大佐はそれを快く思う事はないと思うよ」
「そういう物かなあ」
「それに大佐は結構モテるんだ。私なんか相手にされないよ」


同時刻、シルバーブリッジ三番街、ウィンチェスター邸、
ヤマト・ウィンチェスター

 目の前にはオットーとパオラ姐さんがニコニコ顔で座っている。
「もと鞘に収まった訳か。おめでとう、よかったよかった」
「有難いお言葉ですけど…なんか適当ですね、閣下」
「い、いやそんな事は無いよ」
「エル・ファシルで出会った頃は可愛かったのになあ…やっぱ地位は人を変えるんですねー」
「だからそんな事はないですってば」
「意外性がないのは解る。だけどそうおざなりにする事はないんじゃないか?友達だろ?」
オットーさあ…また任地がバラバラになったら別れたりしないだろうな?恒星間長距離恋愛…この世界の人は普通なんだろうが、それが普通って事は別れる事も多々あるって事だぞ?まあ、基本的にはめでたいからよしとするか…。
「だからよかったって言ってるじゃねえか!全然おざなりじゃありません!ほら、乾杯!」
忙しいけれど、こうやって人と人の営みは続いていく……なんてキー○ン山田さんのナレーションみたいな事を言ってる場合じゃないんだよなあ。帝国の動きが全く見えない。アニメだと都合よく何か起きてくれるんだけど、フェザーン経由でも何も聞こえて来ない。フェザーンからすら何も聞こえないってのは困る。何か起きて情報を遮断しているのか、駐在の高等弁務官府が無能なのか……まあヘンスローが高等弁務官だからな、動きが鈍いのも解るけども、めぼしい情報すらないって事は無いだろう……あ、だったら…。
「エリカ、ちょっと二人の相手しててくれ。シトレ閣下に用事を思い出した。すぐ戻る。オットー、二人共泊まっていくだろ?」
「ん?ああ」
「済まないが少し待っててくれ」

 電話、電話、と…。
「もしもし…ああ、ユリアンかい?ヤン提督は居るかな……なるぼど、分かった分かった。君から連絡を居れといてくれないか?今から迎えに行くって…うん、うん、大事な用って言っといてくれ。よろしくな」
ヤンさんは三月兎亭か。ラップとジェシカ…ああ、結婚したんだな。こうやって人と人の営みは続いていく……。


22:00

 「まさかまだここに残っていらっしゃるとは思いませんでしたよ」
「君達が思っている程暇ではないのでな…しかしどうした、二人揃って」
「いえ、一つお願いをと思いまして」
シトレ親父はまだ本部長執務室に居た。机の上をチラ見するとサイン待ちの書類が溜まっている。指揮官になってみて分かったが。サインするのも大変なのだ。書類を提出する側は『サインだけ呉れたらいいんだよ』と考えるけど、サインする側はそうはいかない。隅々までチェックしないと後から大変な事になりかねない。パラパラめくってハイOK、という訳にはいかないのだ。親父は書類に目を通すのを止め、こちらに目をやった。
「はい、ミルクだけでいいんですよね…ヤン少将、勝手にやって下さい。私もそうしてますから…ああ、茶菓子はそこの開き戸にあります」
「中将はこの部屋にお詳しいですね」
「よく呼ばれるので自然とね…閣下、どうぞ」
「ありがとう。で、頼みというのは」
「情報部にバグダッシュ大尉という男がいます。その男をフェザーンに送りたいのです」
「そういう事なら、情報部に依頼すればいいだろう」
「いえ、こちらに…第九か第十三艦隊に転属させた上でです。情報部所属のままだと、彼等のフィルターを通した情報しか上がってこなくなる。それでは意味がありません」
「生の情報が欲しいという訳だな……分かった、第九、第十三どちらがいいか、そこは改めて二人で詰めたまえ」
「はい。ありがとうございます」

 

 

第八十四話 カストロプ動乱

帝国暦486年6月10日08:00
カストロプ星系外縁部、銀河帝国、銀河帝国軍、メックリンガー分艦隊旗艦アイツヴォル
ジークフリード・キルヒアイス

 この星系…カストロプ星系に来るのに時間がかかったのには理由があった。事故死したカストロプ公の事故調査の結果が出るのを待たねばならなかった事。公の跡を継ぐ予定のマクシミリアンと内務省とでのやりとりの結果を待たねばならなかった事。内務省はマクシミリアンに対してカストロプ家の名跡と代々所持していた財産については相続を許可したものの、前カストロプ公が財務尚書在職中に得た物については、調査の後相続の可否を決定する、と通達した。前カストロプ公が生前に何をしてきたかを考えれば本領安堵だけでも有難いと理解できる筈なのだが、彼はこの決定に反発したばかりか、内務省と財務省から調査の為に派遣された官吏の一人を意思表明の為に殺害するという暴挙を行った。調査団の団長はマリーンドルフ伯という貴族で、カストロプ家とは遠縁にあたっていた。温厚で公正明大という人柄を買われての人事だったが、これが裏目に出た形となった。伯は人質にされ、今では生死すら不明だった。この状況に帝国政府は激怒、マクシミリアンは反逆者とされ討伐される事が決定したが、この決定までに半月を必要としたのだった。

「生死不明の人質が居るというのは難儀だな。シュムーデ提督も、それが気になって思うように戦えなかったのだろう」
「芸術的な言葉選びだな参謀長」
「玉虫色とでも言いたいのかな、メックリンガー提督」
ケスラー参謀長とメックリンガー提督は暗に先行したシュムーデ提督を非難していた。だが、非難するのはお門違いという状況がシュムーデ艦隊から伝えられた。シュムーデ艦隊は一万二千隻、事前の情報によるとカストロプ家の艦隊は八千隻、余程へまをしない限り負けない筈だが、シュムーデ艦隊は四割の損失を出して敗退していた。
「シュムーデ艦隊からの情報によりますと、一万隻程の別動隊に後背を取られて前後より挟撃された…という事です」
参謀長は前言撤回とばかりに天を仰いだ後、私に向き直った。
「一万隻の別動隊だと…キルヒアイス大佐、どう思う」
「はい参謀長。調査中断前までの情報によりますと、カストロプ艦隊は約八千隻の兵力を擁している、という事でした。雇い入れたか、以前より別に兵力を隠匿していたのではないでしょうか」
「そう考えるのは分かるが…大佐、一万隻だぞ?隠匿は難しいだろう。雇い入れたと言うなら宇宙海賊あたりだろうが、それ程の兵力を持つ海賊など聞いた事がない。提督はどう思う」
「今は事実だけを見ようではないか参謀長。シュムーデ艦隊は敗退し一旦後退、敵は一万八千隻。それに比べ我が方は九千隻…冷静に考えれば一度後退し援軍を乞うのが上策だろうが、それはミューゼル閣下や上級司令部の望む所ではあるまい」
メックリンガー提督の答えを聞いたケスラー参謀長の口元は真っ直ぐに引き結ばれていた。意図して言ったのではないだろうが、提督の答えは参謀長の退路を断った様なものだった。事前の情報から二個艦隊も送れば充分、と判断した統帥本部や宇宙艦隊司令部は正しい。そう判断したからこそミューゼル艦隊も全軍ではなく臨時編成での出撃を許されたのだ。だが援軍を求めるという事態はその判断は誤りだったと証明してしまうばかりか、我々の能力にも疑いが持たれてしまう事は確実だった。ラインハルト様の立場を思えばそれは絶対に避けなければならない。更には軍、特に三長官の能力に疑問符が付きかねない。そうなっては困るのが軍の現状だった。私の目から見ても、シュタインホフ、エーレンベルグ、ミュッケンベルガーの三元帥に代わる人材が現在の帝国軍にはいない。能力はあっても地位が釣り合わない。三長官の地位を望む者は多いだろうが、突然その地位に着く事を望む者はいない筈だった。ラインハルト様とて現時点ではどの職も望んではいない。今のラインハルト様は能力以前に指揮官として地歩を固め実績と信頼を勝ち取る必要がある。だからこそ部下の我々だけを出撃させたのだ。それに面子の問題もあった。地方反乱ごときに大艦隊を派遣していては帝国軍の鼎の軽重が問われる、軍内外から必ずそういう声が上がるだろう。確かにその通りだし、相手は反乱を起こしたとはいえ全く計画的なものでもない筈だったし、しかも貴族で職業軍人でもないのだ、そんな相手に苦戦など許される事ではなかった。

 「一旦後退してこの星系から出る。キルヒアイス大佐、シュムーデ艦隊に合流の要請を。 善後策を協議しよう」
シュムーデ艦隊は既に星系外に退避しているが合流にはそれ程時間はかからない…四割の損失…今は六千隻から七千隻程の兵力になっているだろう。
「参謀長、シュムーデ提督と通信が繋がります」

「閣下、この度は…」

“よい。私の慢心がもたらした結果だ。卿等にも迷惑をかけるな…済まぬ”

「お顔をお上げ下さい。一度の敗戦は一度の勝利で償えばよいではありませんか。戦いはこれからです」

“そう言ってくれると少しは気が楽になるというものだ…合流したいという事だが”

「はい。合流して善後策を協議したいと考えております。合流後、小官、メックリンガー准将、ロイエンタール准将、ミッターマイヤー准将、そしてキルヒアイス大佐、計五名で閣下の元へ参ります。宜しいでしょうか」

“そうだな…いや、私がそちらへ行こう。その方が手間が少ない”

「ご足労おかけします。では後程」



08:45
ミッターマイヤー分艦隊旗艦イェタラント
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 「そうだな、確かに協議は必要だ。了解した……ああ、ロイエンタールには俺から伝えておこう。では」

「シュムーデ艦隊と合流ですか、提督」
「そうらしい。まさか敵に別動隊を組織する余裕があるとはな。大貴族のお坊ちゃんだからとて侮れんぞ。ミュラー、卿も来るか?」
「行きたいのは山々ですが、小官まで同行してしまいますと司令部に残るのはバイエルライン中佐とドロイゼン少佐だけになってしまいますが…」
「それもそうだな。では悪いが卿は残ってくれ」
「了解です」
ナイトハルト・ミュラー、今回の出撃の為に艦隊司令部から派遣された男だ。若いが沈着冷静、バイエルラインやドロイゼンにも見習って欲しいものだ…同じ様にロイエンタールの所にはワーレンが派遣されている。ケスラー、メックリンガーを支えるのにはキルヒアイス…今回の配置を進言したのも奴だ。前衛両翼に俺とロイエンタール、中央後衛に戦局全体の火消しとしてメックリンガー、それを参謀長のケスラーとミューゼル閣下の意思を反映すると言ってもおかしくないキルヒアイスが統括する…ただののっぽなどではなかった。出来る男だ。

“何か用かなミッターマイヤー提督”

「ロイエンタール…何か用か、は無いだろう。シュムーデ艦隊と合流後、作戦会議だそうだ。シュムーデ提督も来られるらしい」

“了解した…なあミッターマイヤー、敵の別動隊だが、一万隻もの艦隊を急に編成出来ると思うか?”

「俺もそこは疑問に思う。若し宇宙海賊の類いを雇ったのだとしても、奴等に整然と艦隊行動を取れるとも思えん。まあ何にせよ敵には違いない。とりあえず作戦会議を楽しみとしようじゃないか」

“そうだな…では後で”



09:15
メックリンガー分艦隊旗艦アイツヴォル、
ジークフリード・キルヒアイス

 所属不明の一万隻…カストロプ家に与する何者か…それとも単純に傭兵の類いだろうか…。
「参謀長、メックリンガー提督、少しよろしいでしょうか」
「どうした、大佐」
作戦会議でじぶんの考えを披露する前に、二人には先に話しておかなければならない。
「秘密の相談かな?…リッチェンス、艦隊の座標はこのままで固定だ。少し頼む…二人共、私の部屋に行きましょう」

 メックリンガー提督は自室に移動すると、キャビネットからグラスを三つ取り出した。
「私はワインよりこっちの方が好みでね」
瓶の中身はモルトウイスキーの様だった。
「気付けの一杯か。それでは大佐、話を続けてくれるかな」
「はい。お二人はクロプシュトック侯の反乱の時の事を覚えておいでですか」
そう…あの時も正体不明の艦隊が現れた。少し旧型の叛乱軍の艦艇で構成されたそれは当時の我々…ヒルデスハイム艦隊の後背から迫って来たのだ。アントン、ベルタの両提督が対処していなければ、今回のシュムーデ提督のように挟撃されていたかもしれない。若しあの時と同じ艦隊だとしたら…。
「卿は今回の正体不明の艦隊が、クロプシュトック討伐の時のあの艦隊だと言うのか?…どう思う、参謀長」
「にわかには信じがたいが…あの時の正体不明の艦隊は確か、叛乱軍の艦艇で構成されていたな。シュムーデ艦隊からの情報には、それは無かったぞ。考え過ぎではないのか」
「もうワンセットあるとしたらどうですか。あれとは別に、帝国軍の艦艇で構成された艦隊が存在するとしたら」
「まさか」
「思いつきに過ぎない事は確かです。ですが否定するに足る確たる証拠がないのも事実です。あの艦隊を運用している者達は、古いとはいえ多数の叛乱軍の艦艇をこの帝国内で運用する事の出来る資金力と能力を持った者達です。であれば帝国内で帝国軍艦艇を揃える事など造作も無い、と思われますが」
「しかし我が軍がそれを見逃す筈は…そうか、貴族達の艦艇があったな。では卿は、正体不明の艦隊の裏には貴族達が絡んでいると言うのか」
ケスラー参謀長とメックリンガー提督の表情は、不審から驚きに変わり、更には呆れ顔に変わっていた。喋っている私でさえそう感じる部分があるのだからそれも仕方がない。
「いえ、それはないと思います。ですが貴族の方達は自らが保有する艦艇を売る事が出来る…帝国軍から払い下げられた艦艇も存在するでしょうし、そしてそれを買う事の出来る資金力を持った者達もまた存在しています」
「資金力を持った者達か…帝国や貴族ではないとすれば、卿は…フェザーンの事を言っているのか」
「可能性はあります。あの時ミューゼル閣下は、謎の艦隊の裏にはフェザーンが存在するのでは、とお考えでした。戦局が叛乱軍に有利な状況で、彼等が死兵を使う様な策を用いる必要はない、だとすれば、と…それを思い出したのです」
「…提督、もう一杯貰えないか」
「構わんよ…もうニ、三杯は必要だろう」
メックリンガー提督はお互いのグラスにモルトを注ぐと、何も言わずに私のグラスにも注ぎ出した。

 

12:00
メックリンガー分艦隊旗艦アイツヴォル、
ジークフリード・キルヒアイス

 「そんな事が…フェザーンは非武装中立の筈だ、有り得ないだろう」
会食も兼ねて作戦会議が始まった。私の推測を聞いたシュムーデ提督は予想通りの反応だった。参謀長やメックリンガー提督は私の考えを肯定的に捕らえてくれたが、私の想像に過ぎない事は確かだし、シュムーデ提督がこの推測を肯定する理由はどこにもない。私達のやり取りを黙って聞いていたロイエンタール提督は話に加わる頃合いだと判断したのだろう、ナプキンで口を拭いながら、口を開いた。
「可能性は確かにある。だがそう決めつける事も出来ないのも確かだ。敵の正体はさておき、まずは対処法を決めようではありませんか」
「そうだな。敵の正体に悩むより、カストロプ軍一万八千隻として考えよう…シュムーデ閣下、閣下を後背から襲った別動隊は、カストロプ本隊とは合流していない事は確かなのですね?」
ロイエンタール提督の言を受けて、ミッターマイヤー提督はそう言いながら私に向かってウインクした…そうだ、敵の正体より今は勝つ事を考えるべきだ。
「そうだ。後退後の敵の動きを見る限りカストロプ本隊とは合流していない。申し訳ない事だが今は居場所も分からん」
シュムーデ提督は苦渋という文字を顔に貼りつけたらこうなる、という見本の様な表情で再度頭を下げた。戦えば必ず損害は出るし、不意に前後から挟撃されながら秩序を保って後退した事だけを見ても、シュムーデ提督の能力は非凡といっていいだろう。敵が鮮やか過ぎたのだ。
「お顔をお上げ下さい閣下。次は必ず勝つ事が出来ます」
皆の視線が一斉に私に向けられた。

 「敵は二つ間違いを犯しました」
「二つの間違いだと?どういう事だ、大佐。説明してくれんか」
一つはシュムーデ艦隊を逃がしてしまった事だ。逃がしてしまった事で敵は本隊と合わせて全兵力が一万八千隻である事を我々に教えてしまった。二つめは合流しなかった事だ。合流すれば敵は一万八千隻、我々はシュムーデ提督と合流して約一万五千隻…兵力差はそれほどないが、それでも敵が有利に戦えるのは間違いない。だが敵は合流しなかった事で行動に大きい制約を受ける羽目になった。再合流のタイミングを見極めねばならない上に挟撃体勢に持ち込まねばならないのだ。
「そういう事か…別動隊とて自由に動ける訳ではないという事だな」
「はい。敵は本隊だけでは我々に勝利するのは困難です、必ず別動隊は現れます。そこを討つのです」
「各個撃破という事か…だがそう上手く行くだろうか」
上手くいかせねばならない。問題はタイミングと誘い方だ。
「はい。そこで閣下にお願いがあるのですが」



6月12日09:00
メックリンガー分艦隊旗艦アイツヴォル、
ウルリッヒ・ケスラー

シュムーデ艦隊、行動を開始しました、というオペレータの大きな声が艦橋に響く。シュムーデ提督は囮になる事を了承してくれた。敵を上手く釣り上げる事で緒戦の恥をそそぎたい様だった。
「しかし、シュムーデ提督もよく了承してくれたものだ。確かにキルヒアイス大佐はミューゼル閣下の名代の様な物だが、一介の大佐に過ぎん。場を変えて卿が説得したのか?」
「俺が?そんな事はしていない。ただ…」
「ただ…なんだ?参謀長」
「シュムーデ提督は今回の戦いで長男が戦死された。戦死した長男は大佐にそっくりなんだそうだ」
「それは…キルヒアイス大佐と戦死した長男が重なったという訳か」
「うむ…堪えるだろうな」
「…嫌になるな」
「ああ…」


18:00
 シュムーデ艦隊はカストロプ本星近傍を動かない敵集団に見せつける様に、星系の第四惑星軌道に沿って周回を始めた。カストロプ本星は星系の第三惑星だから、敵にとっては至近といっていい。シュムーデ艦隊の戦闘可能な残存艦艇は五千五百隻、本星近傍にて待機している敵集団にとっては手を出すかどうか微妙な兵力差といえる。シュムーデ艦隊もただ周回するだけではなく、時折カストロプ本星に向けて移動する素振りを見せたりして敵集団を誘っている。我々は星系第八惑星にあたる巨大ガス惑星の衛星軌道を回る小惑星帯に潜んで、中継用に派遣した巡航艦を介して様子を伺っている。

 「シュムーデ艦隊、十周目の軌道周回に入ります」
私の報告にケスラー参謀長が深く頷く。
「そろそろ痺れを切らす頃じゃないか。一度は敵も突出しかけたのだからな」
「かもしれませんね。ですが、おそらく敵はシュムーデ艦隊に援軍がいないか様子を見ているのでしょう。敵にすればシュムーデ艦隊の行動は牽制行動にしか見えない筈ですから」
「だろうな。敵がどう判断するかだ。シュムーデ艦隊が援軍を待っていると思えば、本隊か別動隊から星系外に向けて哨戒部隊を派遣するなりして此方の援軍の有無を確認しようとするだろう。無いと思えば別動隊が挟撃に向けて動き出す筈だ。メックリンガー提督、気をつけてくれ」
参謀長の言葉にメックリンガー提督が承知とばかりに微笑した。
「こちらも星系外縁には哨戒艦艇を派遣している。動きがあればすぐに報告が来るさ」
「流石だな。助かるよ」
艦橋の中はとても静かだった。隠れている、という事が艦橋で働く者達の気分をそうさせているのだろうか、私語を交わす者はほとんど居ない。休憩の為のコーヒーセットを従卒に頼もうとした時、この静寂を破るのは気まずいとばかりにオペレータが静かに報告の声を上げた。
「哨戒第四グルッペより報告です…哨戒第ニグルッペヨリ通報、我レ、敵ト思ワレル集団ヲ発見。第六惑星付近、オヨソ一万隻規模。味方本隊カラ見テ星系公転面ノ反対方向ニ位置…中継終ワリ。以上です」
とうとう現れた。公転面の反対側…太陽を挟んで向こう側という事か。参謀長が大きく息を吸い込むのが聞こえた。
「現れたな」
「はい」
「全艦に通達、艦隊はこれより発見した敵の追撃に移る」
「了解致しました……艦隊全艦に告ぐ!これより第八惑星衛星軌道を離脱し進撃陣形に移行する。再編後、敵艦隊の追撃に移る。かかれ!」
ケスラー参謀長は満足そうに頷いた。艦隊の指揮官は大抵の場合、指示に関しては多くを言わない。指揮官の指示を噛み砕いて通達するのは参謀の役目だった。これが上手くいかないと命令を再度下令する事になるし、指揮官との意思疎通が出来ていないと見なされる。ラインハルト様も参謀時代はつくづく大変だっただろう…。



6月17日13:00
オーディン、ミュッケンベルガー元帥府、宇宙艦隊司令部、長官公室、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「終わったか」
「はい。首謀者マクシミリアンは自殺、囚われていたマリーンドルフ伯爵とそのご令嬢、殺害された者は残念ですが、残りの官吏達も無事です。詳細な報告書は討伐艦隊の帰還後となりますが、先ずは第一報をと思いまして」
ミュッケンベルガーは俺が作成した報告書に目を通しながら言葉を続ける。
「シュムーデは難儀した様だな……カストロプ公の息子は別動隊に戦闘衛星まで用意していたのか」
「その様です。別動隊は戦術として理解出来ますが、戦闘衛星まで用意するとは穏やかではないと思います。簡単に店で買える品物ではありませんし」
「確かにな…アルテミスの首飾り…これは」
「小官の記憶が正しければ、叛乱軍の本拠地ハイネセンに配備されている物と同じ物です」
アルテミスの首飾り…衛星軌道を周回する十二個の球形の衛星からなる完全自立型の戦闘衛星群。それぞれが高出力のビーム砲、各種ミサイル、戦艦の主砲クラスにも耐えられる偏向フィールドを備え、準鏡面装甲まで施された難航不落の禍々しい白銀の首飾り。ハイネセンにある物がカストロプにもあった…入手先が気になるところだな。
「よく攻略したものだ……核パルス攻撃だと?熱核兵器を使用したのか!?」
「いえ、レーザー水爆ミサイルを現地で改造した物を使用した様です。効果は限定的で、電磁波の影響は地表には及んでいないと」
「驚かせおって…十三日戦争の禁忌を犯したのかと思ったぞ」
熱核兵器…禁忌か。そう思うのなら兵器体系から外せばよいものを…。
「核パルスで衛星群を一時的にブラックアウトさせて、その隙に装甲擲弾兵を衛星に降下させて直接攻撃…中々危険な策だな」
「現場の判断を尊重しましょう。衛星への降下直後に骨折した兵以外、損耗は出ていない様です。指向性のあるゼッフル粒子等があれば…と小官は思いますが」
「それについては現在開発の最終段階にあると聞いているが…卿ならそれをどう使用する?」
「軌道上に大量に放出して点火します。上手く行けば一つ残らず同時に破壊出来ます」
「成程な。それはさておき、よくやったものだ。擲団兵の指揮官は…志願者を選抜して衛星へ降下したのか…ヘルマン・フォン・リューネブルグ、准将…聞かぬ名だな」
「逆亡命者の様です。叛乱軍で大佐の地位にあって装甲兵…装甲擲団兵連隊を率いていたと」
「優秀な男の様だな。卿は会った事があるのか」
「艦隊出撃前の段階では先行するシュムーデ艦隊が艦隊戦を担当、小官の艦隊は惑星制圧が担当でしたので、その打ち合わせの際に一度」
リューネブルグ…戦闘中に叛乱軍から逆亡命した男だ。通常の亡命者とは違い、逆亡命者は厚く遇される事が多い。特にリューネブルグの様に叛乱軍で高位を得ていた者にその傾向がみられる。フェザーンを通じての情報より確度の高い生の情報を得られる事が多いし、政治的、軍事的に利用価値があると見なされるからだった。当然スパイの可能性もあるから、厚遇はしても重要な任務には就かせないのが通例だった。
「能力はあると思います。向こう側では…薔薇の騎士連隊とやらの指揮官だった様です」
「ふむ…それで逆亡命か。オフレッサーめ、派遣する陸戦兵力を減らしたばかりか逆亡命者などを寄越すとはな」
事前の計画では二個装甲擲弾兵師団が派出される事になっていたが、出撃前に送られて来たのは一個戦闘艇中隊と一個装甲大隊が加えられた増強装甲擲弾兵連隊…旅団規模の兵力に縮小されていた。当然ミュッケンベルガーも了承していたと思ったのだが、どうやら違ったらしい。
「まあよい。報告ご苦労だった。国内の討伐任務というのが残念ではあるが、出撃した卿の部下達の昇進は確約しよう」
「はっ。有難うございます」
ミュッケンベルガーはシュムーデ艦隊については何も言わなかった。艦隊戦を任されておきながら緒戦で敗退…功罪相半ば、と言った所なのだろう。
「討伐部隊が帰還したならば、再編成が済み次第叛乱軍に向けて出撃する。当然卿の艦隊もだ。期待させて貰うぞ」
「はっ。では統帥本部に行って参りますのでこれで失礼します」

 ミュッケンベルガーの公室を出ると、思わず大きなため息が出た。艦隊司令官として奴に報告するのは当たり前なのだが、オーディンに待機してデスクワーク、というのはどうも性に合わない。この後は統帥本部、その後は軍務省か、やれやれ…。




6月25日08:00
オーディン、帝国軍宇宙港、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「ミューゼル艦隊所属、臨時編制ケスラー艦隊、ただいま戻りました」
「ご苦労だった。どうだケスラー、皆より一足早く大規模な部隊を率いてみた感想は」
「はっ…艦隊司令官はふんぞり反っているだけではないのだと、改めて感じました」
「それが解ってくれただけでも有難いというものだ…当直の者を除いて、今日明日は休養とする。艦隊総員にそう伝えよ。当然、各指揮官達もだ。報告も明後日でよい」
「はっ、ご厚意有り難く存じます」
 
 ケスラー達と別れると、そこには出撃前と変わらないキルヒアイスの笑顔があった。
「しかし…もう一日早く帰投出来たのではないのか、キルヒアイス」
「途中マリーンドルフに立ち寄って、マリーンドルフ伯爵のご令嬢を送り届けて参りましたので…というか、想像通りのお顔をしていますよ」
「…想像通り?」
「俺も出撃すればよかった…」
「…五月蝿いな全く…だが、よくやってくれた、礼を言う」
「いえ、当然の事をしたまでです」
「言ったなこいつ…週明けには昇進だ。お前だけではない、艦隊の主だった者は皆、昇進だ」
「ありがとうございます。となると私は副官という訳にはいかなくなりますが…」
「考えてある。お前が艦隊の参謀長だ。それなら特に副官を置く必要は無いだろう?」
「それはそうですが、宜しいのですか?」
「ああ」
キルヒアイスの他に俺の副官が務まる奴など居りはしない。考えてあるとは言ったものの、全く考えていなかったな…参謀長という職は忙しい。キルヒアイスは文句を言う事はないだろうが、無理はさせたくないしな…。
「分かった、副官を置こう。人選は任せる」
「了解致しました」
「さ、行くぞ」
「官舎に戻るのではないのですか」
「姉上の所に行くんだ。嫌なら俺一人で行くが」
「お供します」
少しムッとしたキルヒアイスが可笑しかった。やはり俺にはお前が必要だ、キルヒアイス…お前は副官や参謀長などではない、肩書など必要ではないのだ…いつか必ず、二人で姉上を救いだそう。そして宇宙を手に入れよう…。












 

 

第八十五話 激戦の予感

宇宙暦795年9月15日14:00
エル・ファシル星系、惑星エル・ファシル近傍、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、
第九艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 今ウチの艦隊はエル・ファシルの近くを航行中だ。カイタルまでは予定通りならあと十五日。俺達と同じ様にカイタルに向かっているのは…。
「閣下、第十艦隊ですが、九月三十日の到着予定に対し日数にして二日の遅れが出ている模様です」
「原因は?」
「ワープ機関に不調をきたしている艦艇が若干数存在している様でして、その修理が終了するまで待機中との事です」
「仕方ない事とはいえ、困ったな」
「はい。帝国艦隊の侵攻に間に合えばいいのですが…」
「カイタルには五個艦隊が居るんだ。大丈夫だよ」
カイタルの艦隊根拠地が完成した事によって、同盟軍の兵力配置にも再度変更がなされていた。現在アムリッツァ星系カイタルには五個艦隊が駐留している。イゼルローン要塞には要塞駐留艦隊と二個艦隊、ハイネセンに六個艦隊。イゼルローン、カイタルへの駐留期間は二年。二年毎に艦隊がまるっと入れ替わる。ウチと第十艦隊はローテーションに従って二年間の要塞駐留任務に就く為にイゼルローン要塞に向けて航行中だったんだけど、帝国軍出兵の報を受けて要塞駐留任務ではなくそのままカイタル増援に向かう事になった。万が一を考えての措置だった。同盟五個艦隊と帝国六個艦隊は艦艇数だけ見れば互角ではあるものの、だからといって互角に戦えるとは限らない。援軍は多ければ多い程いいのだ。

 ミリアムちゃんは報告が終わると、お茶を用意しますね、といって艦橋を下りていった。お茶…最近俺は緑茶にハマっている。湯呑みと急須も用意させたのだ。この世界、この時代には日本茶という概念はないものの、ちゃんと緑茶が存在していたのだ。湯呑みと急須は陶芸家に作って貰った一品物だ。電気ポットと急須と湯呑み…ミカンがあれば最高だな。みたらし団子も捨て難いな…うう、食べたくなってきた…。

 ワイドボーンが怪訝そうな顔をして質問してきた。ヨダレでも出てたかな…。
「本当に帝国軍は出て来るのでしょうか」
「それは帝国軍に聞いてみないと分からないよ」
「それはそうですが…戦略的に意味のある出兵とは思えません。六個艦隊といえば確かに大兵力ではありますが、それだけではアムリッツァやイゼルローン要塞を再奪取するには足りないのは明らかです」
フェザーンに派遣したバグダッシュから情報がもたらされたのは先月の半ば頃だった。フェザーンの証券取引市場で、帝国軍に物資を納めている企業を中心に株価が上がっているという情報だった。調べてみると、確かにその通りで、同盟内でも主にフェザーン関連の企業の株価に影響が出ていた。今回のアムリッツァへの増援もこの情報が元になっている。
「私は経済には詳しくないが、帝国軍に軍需物資を納める企業の株価が上がっているという事は、帝国内でそっち方面の動きがあるという事だろう?バグダッシュはそこから探っていったんじゃないか」
「そのバグダッシュ大尉ですが、本当に信用出来るのでしょうか」
「部下を信用しないでどうするんだ。それとも情報関係の人間を毛嫌いする理由があるのかい?」
「いいえ、特には…」
「バグダッシュは悪い人間じゃない。参謀長が彼を信用出来ないとしてもだ、情報を扱う事にかけてはバグダッシュはプロだ。プロは雇い主にいい加減な事は言わないだろうよ」
「了解しました」
ワイドボーンはため息をつくと艦橋から出ていってしまった…どうしたんだろう、疲れてるのかな?

「…カヴァッリ大佐」
「何でしょうか、閣下」
「参謀長のカウンセリングをお願いします」
「なんでアタシが…じゃない、何故小官が」
「司令部内務長じゃないですか。司令部スタッフの心情把握な司内長の立派な任務ですよ。どんな事でもいいから話を聞くだけでいいんです。カウンセリング研修、受けてますよね?」
「はい…参謀長の様子を窺ってきます」
パオラ姐さんは肩を落とさなくていいんですよ!
「いやはや…見ていて飽きませんな、閣下」
「副司令官…」

 俺とワイドボーン、そしてパオラ姐さんとのやり取りを見て、シェルビー副司令官が笑いをこらえている。
「彼はスランプなのでしょう。閣下もお若いが参謀長もまだ充分に若い。優秀で、若くして高位を得た者にはありがちな事です」
「そうなのですか?」
「どうしても肩肘を張ってしまうのです。上位者が閣下やヤン少将だけだった頃は、皆年も近いですし本人も意識する事はなかったでしょうが、今は小官が居りますからな。それに彼はこの艦隊の参謀長です、責任感がそうさせてしまうのでしょう」
「へえ…意外だなあ」
「そうですか?」
「ワイドボーン参謀長は自信の塊の様な人ですから」
「そういう人ほど陥りやすいのですよ。まあ、乗り越えるしかありません…参謀長の代わりに話を戻しますが、帝国軍は本当に出て来ますかな」
「あると思いますよ、情報畑の人間からの情報ですから。バグダッシュ大尉も生半可な事ではこんな事言わないでしょう」
「そうですな…ですが参謀長の言う通り戦略的に意味があるとは思えないのも事実です」
「戦略的に意味が無いのは確かでしょうね。ですが帝国の国内向けには充分に意味があると思いますよ」
「帝国の…国内向け?」
バグダッシュはどうやって調べたのか、帝国内で大貴族の叛乱があったとも言っていた。カストロプ公のボンクラ息子の反乱だ。原作だとキルヒアイスが鎮圧するやつだ。艦隊戦力を増強しつつある帝国軍にしてみれば、艦隊の実力を試すいい機会だろう。
「ええ。帝国は対外的…我々との戦争では負け続けていますからね。そろそろ勝ち星が欲しいところでしょう。専制国家は軍隊が勝てないと国民のフラストレーションの捌け口が指導者に向きがちです。国内向けの政治的アピールとして出兵せねばならないんですよ。政府だけではなく、帝国軍自身も国内に向けて存在価値を示さねばならないですし」
「という事は必ず勝ちに来ると…?」
「ええ。まあ…戦争しているんですから当たり前なんですけどね」
「それでは帝国軍が動かす兵力は六個艦隊とは限らないのではないですかな」
「いえ…一応負けた時の事や国内の政治情勢にも配慮しなくてはならないですから、公式発表の通り六個艦隊がいいところでしょう。多くて七個、少なければ四個艦隊くらいじゃないですか」
「ふむ…」

 シェルビー副司令官と話していて気付いた事があった。原作の話だ。国内情勢に配慮しなくてはならないからこそ、帝国が同盟内に侵攻する際の兵力規模は四個から五個艦隊ではなかったのか…。目からウロコだこりゃ。
「国内情勢と仰いますと…帝国国民の反乱に備えねばならない、と?いや、違うな。貴族ですか?」
「いえ、反乱などではありません…おっと、お茶の用意が出来たみたいです、副司令官もどうですか、緑茶」
「いや、遠慮しときましょう。小官は非番なので自室に戻っております。ではまた後程」
あ、非番だったんですか…美味しいんですけどね、緑茶…。

 


帝国暦486年9月18日14:00
シャンタウ星系、銀河帝国、銀河帝国軍、ミュッケンベルガー艦隊、帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 総旗艦ヴィルヘルミナの作戦会議室で、宇宙艦隊司令部による最終的な作戦会議が行われる事になった。出撃した各艦隊司令官とその参謀長が勢揃いしている。帝国政府の公式発表では六個艦隊による出兵とされていたが実際には八個艦隊が動員されている。

ボーデン方面
ミュッケンベルガー艦隊:二万隻
シュムーデ艦隊:一万三千隻
ゼークト艦隊:一万三千隻
シュトックハウゼン艦隊:一万三千隻
ギースラー艦隊:一万三千隻

フォルゲン方面
メルカッツ艦隊(先任指揮官):一万三千隻
ミューゼル艦隊:一万三千隻

ハーン方面
クライスト艦隊:一万五千隻

帝国本土に残るのは六個艦隊。残留ではあるものの、状況によっては援軍として投入される事が決定している。

ケルトリング艦隊:一万三千隻
フォーゲル艦隊:一万三千隻
カイテル艦隊:一万二千隻
ドライゼ艦隊:一万二千隻
ノルトハイム(アントン)艦隊:一万二千隻
ベルタ・ノルトハイム(ベルタ)艦隊:一万二千隻

ヒルデスハイム伯爵家に属する者として、伯爵が幕僚副総監に就任した後のノルトハイム兄弟は、ヒルデスハイム家に残された艦隊戦力の錬成に当たっていたが、改めて正規艦隊司令官として抜擢されていた。ケルトリング、フォーゲル、カイテル、ドライゼの各中将は何れもミュッケンベルガー家やケルトリング家の一門縁者で、古くからの武門の家柄だった。第二次ティアマト会戦後は没落してしまったが、軍事貴族復活の為にミュッケンベルガーが子飼いとして見守って来た家門の跡取り達だった。ノルトハイム兄弟の能力は言わずもがなではあるが、残りの四名の指揮能力に関してはかろうじて平均水準といったところだろう。能力に関してはともかく、出自や過去の経緯からミュッケンベルガーへの忠誠は絶対だった。

 ミュッケンベルガーが会議の口火を切る。
「皆に集まって貰ったのは他でもない。此度の出兵の作戦目的とその細部について皆に理解してもらう為だ。活発な質疑応答を期待する。グライフス、始めてくれ」
グライフスは起立してミュッケンベルガーに深々と一礼すると、作戦の説明を始めた。
「今回の作戦の目的はアムリッツァを不当に占拠する叛乱軍艦隊に対し一撃を加えると共に事に、近い将来行われるであろうアムリッツァ及びイゼルローン要塞奪取を目的とする作戦行動を容易ならしめる事にある。今作戦は三つの段階に分けて実施される。まず第一段階として、来たる九月二十八日迄にミュッケンベルガー閣下の直卒する五個艦隊がボーデンに布陣する。メルカッツ艦隊及びミューゼル艦隊は九月三十日にフォルゲンに布陣を完了せよ。クライスト艦隊はこの作戦会議終了後ハーンに向けて移動を開始、十月二日迄にハーンに布陣を完了せよ。あくまでも敵艦隊の殲滅が目的ではあるが、状況が許せばアムリッツァ進攻も予想される。各方面の指揮官はこれを忘れる事無く任務を遂行して貰いたい」

 それぞれの星系への布陣時期に時間差をつける事で、叛乱軍の対応に困難を強いる訳か。よく考えたものだ。一見兵力の逐次投入と似ているが、これは似て非なるものだ。帝国政府の公式発表は六個艦隊による出兵…だが実際は八個艦隊。ボーデンに五個艦隊が出現すれば、叛乱軍はそれを主力と判断するだろう。しかし一個艦隊少ない。叛乱軍はそれを兵力を分散させる我々の作戦とみてフォルゲンに残りの一個艦隊が現れると判断するだろう。どちらにせよ叛乱軍はフォルゲンにも兵力を割かねばならない。となると、叛乱軍は我々の公式発表と同数の六個、または七個艦隊で防ごうとする筈だ。何故なら一個艦隊当たりの艦艇数は奴等の方が多いから、動かす艦隊の数は少なくて済む。援軍は多いに越した事はないが、出来るだけ少なく済ませようとするのも軍事組織の通例だった。我々六個艦隊とカイタルの叛乱軍五個艦隊の艦艇数はほぼ互角…だがハーンに我々の艦隊が現れる事は、おそらく叛乱軍は想定外の筈だった。この航路はオーディンまで遠廻りな上に、帝国、フェザーンの流通航路であって、軍が作戦行動用航路として使用すると帝国の経済活動そのものに悪影響を及ぼす。昨年の戦いでハーン側から会敵したのはノルトハイム兄弟の機転によるもので、案の定あの戦いの後はフェザーンから苦情が出ていたという。フェザーン…帝国を宗主国とする自治領なのだから帝国の軍事行動に文句を言うなどあってはならないのだが…だが今やフェザーン無しでは帝国は成り立たない。叛乱軍との交易が黙認されているフェザーンの存在があるからこそ向こう側の情報が入手出来る。たとえそれが叛乱軍の公式発表に過ぎなかったとしても、情報を得る事が出来るというのは大きい。だが弊害もある。帝国の自治領とはいえフェザーンは別国家に等しい。彼等が彼等自身の利益の為に帝国、叛乱軍の情報を使用するのを止める事は出来ない。

 会議室を出ると、メルカッツに呼び止められた…ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ中将。外連味の無い堅実な用兵に定評のある男だ。
「ミューゼル提督は艦隊司令官としては此度は初陣だったな。卿はどう思う、此度の戦いを」
「元帥閣下は麾下の艦隊の実力を試したいとお考えです。その為には必要な戦いだと思いますが…メルカッツ閣下には何かご懸念がお有りですか」
「…いや、何も無い。ただ、叛乱軍が此方の思惑通りに動いてくれるかどうかが気になってな」
「叛乱軍が、ですか」
「そうだ。戦局の主導権を握っているのは奴等なのだ。だが叛乱軍は自らを受動的な立場に置いて戦っている。奇妙だとは思わんか」
「そうですね…奴等のアムリッツァ堅守の姿勢は理解出来ますが」
「我々は誘い出されている、そうは思わないか」
「…叛乱軍は我々の誘引撃滅を企図している、と?」
「そうだ」
おそらく、というか確実にそうだろう。一昨年はともかく、昨年の叛乱軍の行動は我々の誘引撃滅を狙った物だ。メルカッツの言いたい事は解る。無理に戦わない方がいいというのだろう。むしろ奴等を誘い出すべきなのだ。だが叛乱軍は出て来ない。出て来ない以上此方から出向くしかない。誘い出す策はある。だがその策は非常に危険度の高い物だ。帝国内の状況が安定していないと無理に近い。絶対に勝てる、という自信、確証が無いと実行出来ない策だった。

 「おそらくそうでしょう。たとえそうだとしても、我々は進まねばなりません。皇帝陛下の御心を安んじる為にも」
皇帝陛下の御心か、こういう言い方しか出来ない自分の地位が恨めしい。
「皇帝陛下の御心か…そうだな、全くその通りだ」
そう言うメルカッツの表情は変わらなかった。内心では理解しているのだろうが、ひたすらに軍人たろうとしているメルカッツが羨ましくもあり、歯痒くもあった。



9月24日04:00
アムリッツァ星系、カイタル、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍司令部、
ドワイド・D・グリーンヒル

 「ヴィーレンシュタインにて隠密偵察中の通報艦アルゴスⅢより通報、帝国軍艦隊を発見、ヴィーレンシュタイン外縁部、シャンタウ方向、約七万隻」
「そうか。通報艦は退避出来たのかな」
「いえ…この報告もボーデンで活動中の通報艦が中継してきたものです」
「残念だな。第十三艦隊の位置はどうか」
「はっ。おそらくフォルゲン宙域中心部、フォルゲン星系付近かと」
「正確な位置をトレースしろ。位置判明後、第十三艦隊に命令。貴艦隊はヴィーレンシュタインにて活動中の通報艦を統括するともにフォルゲン宙域に展開する通報艦の避退行動を援護せよ。その後哨戒及び警戒任務に当たれ。以上だ」
「了解いたしました」
「当基地駐留の各艦隊に命令。直ちに出撃準備に入るとともに出撃可能日時を報告せよ」
「はっ………第一及び第ニ、第三艦隊より連絡、出撃準備完了予定、本日一〇〇〇時…第四艦隊より連絡、同予定、本日一二〇〇時」
「了解した。命令、各艦隊は一二三〇時を以て出撃、アムリッツァ星系外縁部にて集合……私も出るぞ。直衛艦隊の出撃準備はどうか」
「はっ……命令示達完了、直衛艦隊の出撃準備は既に整っています」
「早いな。第九、第十艦隊に連絡。可及的速やかにカイタルへ移動せよ。連絡後、イゼルローン要塞司令部及びハイネセンへ状況を報告せよ。内容は任せる」
「はっ」


9月24日04:45
ヴァンフリート宙域外縁(イゼルローン回廊方向)、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「グリーンヒル閣下と繋がります、どうぞ」

”ご苦労。艦隊はまもなくヴァンフリートを抜けるのだな“

「はい。急いだ方がいいと思いまして…敵は七万隻という事ですが、帝国の公式発表の通りの様ですね」

”うむ。帝国艦隊はヴィーレンシュタインで艦隊を分けるのだろう”

「でしょうね。どちらにせよ我々もボーデンとフォルゲンの両方に戦力を配置せねばなりません」

”既にフォルゲンには第十三艦隊が進出している。ヤン提督が索敵及び警戒を実施中だ。おそらく帝国軍も第十三艦隊の存在は確認しているだろう“

「帝国艦隊主力がどちらに向かうか、ですね」

”第十三艦隊を邪魔者とみなせば、敵主力は一気に押し潰すだろう。邪魔されたくないと思えばボーデンに向かう筈だ。我々の主力はアムリッツァ外縁で待機する事にしている。奴等の動きを見極めてからボーデンまたはフォルゲンに移動する“

「了解しました」

”何か、思うところはあるかね?もしあれば聞かせて欲しい。正直、不安でね。君達が到着するまでは我々の方が劣勢だからな“

「いえ、ありません。もし何かありましたら再度此方から連絡致します」

”了解した。イゼルローンで補給を済ませて、速やかに我々と合流してくれ“

「はっ」

…スクリーンからグリーンヒル大将の姿が消えた。不安、ね。不安だろうな。イゼルローンを攻略した時は三個艦隊を指揮してもらったけど、あれは前もって攻め方が決まっていた。今回の様に純粋な艦隊戦となると指揮官の性格、各艦隊司令官との普段からの意志疎通の度合いや彼等の能力把握等で戦い方が決まる。おまけに戦闘開始当初は味方の方が劣勢だ。
「六個艦隊七万隻…途方もない数ですな。味方もそれに対応する訳ですから、十万隻以上の艦艇が向かい合う事になる。…宇宙艦隊司令長官自らが出馬してもおかしくはない規模の戦いです。アッシュビーの再来としては、どうお考えですかな?閣下」
「冷やかさないで下さいよ副司令…規模大きいですが、帝国との雌雄を決する戦いではありません。まあ大敗すれば話は変わって来ますが」
いつの間にか司令部艦橋にはスタッフが勢揃いしていた。皆、俺と副司令の会話を静かに聞いている。
「ハイネセンを出発する前にシトレ閣下と話をする機会があったのですが、おそらく今回の帝国軍の目的は彼等の正規艦隊の実力を試す為ではないか、と仰っていました。アムリッツァに侵入出来れば儲け物…くらいに考えているのだと思います。まあ、閣下とて推測で仰ったのですけどね…もしそうだとしても七万隻です、中途半端な戦いでは終わらないでしょうね」


9月25日12:00
フォルゲン星系、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「閣下、ヴィーレンシュタインで隠密行動中の通報艦カピュスⅡより通報です…帝国艦隊ノ位置、ヴィーレンシュタイン中心部、ボーデン宙域に向カウト推測…敵ニ分進ノ兆候ナシ…以上です」
「了解した、グリーンヒル中尉……ムライ中佐、ヴィーレンシュタインに向けて通常発信…各艦、撤退の時期を見誤るな、返信無用…以上だ」
「失礼ですが閣下、平文での発信は帝国艦隊に傍受されるのではないでしょうか」
「通信を傍受した帝国艦隊は索敵の為に行軍の速度を落とさざるを得ない。時間稼ぎだよ。それぞれが単艦で行動している通報艦を見つけるのは至難の技だ。それなりの時間は稼げると思うよ」
ムライ中佐への答えに成程、とパトリチェフ少佐が力強く頷いている。偉丈夫と例えてもおかしくはない少佐が頷く姿は、皆を納得させるのに充分な説得力があった。帝国艦隊七万隻、彼等が分進しないという事は、七万隻全てがボーデンに向かうという事だろう。

 「中尉、カイタルへ通報してくれ。敵は全力でボーデンに向かうと」
「了解いたしました」
兵力を分散させる事なく進んでいる、という事は…帝国艦隊は短期決戦を企図しているのだろうか…今頃は我々を除いた四個艦隊もカイタルを出撃しているだろう。今行った通報の結果として、おそらく我々には増援はない。という事はこのまま我々だけでフォルゲンの警戒にあたる訳だが…。

第十三艦隊
艦隊司令官:ヤン少将
副官:グリーンヒル中尉
副司令(分艦隊司令兼務):フィッシャー准将
艦隊参謀長:ラップ大佐
同参謀:ムライ中佐
同参謀:パトリチェフ少佐
分艦隊司令:アッテンボロー准将

 「閣下、帝国軍の意図は何なのでしょう。ウィンチェスター提督は今回の帝国軍の出兵目的は彼等自身の実力を図る為、と仰っていたそうですが」
「その両方だろうね、参謀長。無理はしない、だけど此方に隙があれば容赦はしない、そんな所だろうね」
「なんかこう…中途半端な気がしますが」
中途半端…ラップのいう事は尤もだ。上に立つ者としては確かに部下の実力を知るのは大切なのだが…そんな事の為に戦わされる将兵は堪ったもんじゃないだろう。
「中途半端な戦力だからこそ、敵は分進する気がないのかも知れない。だが大兵力には違いない。アムリッツァ、イゼルローンの奪取ではなく、アムリッツァ駐留の同盟軍を撃破または打撃を与える事に徹するには充分な兵力だろうね」
「ですが敵は我々にも増援が現れる事態も予想している筈です。七個艦隊では我々の増援に対処出来ないのではないでしょうか」
堪らなくなったのか、ムライ中佐が会話に割り込んで来た。
「こればかりは帝国軍の都合だからねえ。ただ…」
…これを話してもいいものか。確定事項ではないし、希望的観測に過ぎない。だがウィンチェスターが言っていた事だ。裏付けはなくとも聞けば聞く程納得させられる内容ではあった。彼等を安心させられる事は出来るだろう。
「ただ、帝国軍にはこれ以上の兵力を前線に出せない理由があるんだ」
「それは…?」
「皇帝の寿命さ。フリードリヒ四世は健康とは言えない状態らしい」



9月28日14:00
ボーデン星系、自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍総旗艦ペルクーナス、
ドワイド・D・グリーンヒル

 ヤン提督の通報は正しかったという事か…だがおかしい、敵は五個艦隊に見える。六個艦隊ではないのか…?
「どうやら敵は宇宙艦隊司令長官自らお出ましの様ですな。後衛の艦隊旗艦はヴィルヘルミナです」
前衛は四個艦隊、後衛の予備に一個艦隊、しかも二万隻ほど…ヴィルヘルミナは同盟軍にも名の知られた帝国艦隊の親玉、ミュッケンベルガーの座乗艦だ。
「参謀長、敵は本気の様だな。まあ当たり前の話ではあるが」
「敵にも策士がいる様ですな、七万隻と聞いて六個艦隊と早合点してしまいました。敵の公式発表通りなら、もう一個艦隊居る筈です。我々の増援は二個、ハイネセンに増援を要請しても、確実に三十日はかかります。最短で呼べるのはイゼルローン駐留艦隊しかありません」
「止むを得ん、ウランフ司令官に要請だ」
「了解しました」
「第十三艦隊にFTLを。敵に一個艦隊規模の増援があると思われる、警戒せよ…参謀長、増援の二個艦隊のうち一つはフォルゲンに回さねばならないと思うが…第九、第十、どちらを回した方がよいだろうか?」
「…旨いサンドイッチを作るには具材とパンとの相性が大事で、見た目の豪華さや奇をてらった物は中々成功しないものです。ヤン提督にはウィンチェスター提督の第九艦隊が宜しいでしょう。美味である事間違いないと思われますが」
…参謀長がパン屋の二代目と言われる理由が判る気がする。それはともかく、少ない兵力で最大限の効果をあげるにはこの二人の組み合わせは間違いないだろう…。



 

 

第八十六話 国境会戦(前)

宇宙暦795年9月28日16:00
アムリッツァ星系、カイタル、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 まさかミュッケンベルガー自身が出て来るとはね…しかも五個艦隊で七万二千隻、バグダッシュの情報が正しければもう一個艦隊居る事になるから、全部で八万五千隻くらいだろう…ちょっと想像してたよりヤバいなこりゃ…。
「参謀長、フォルゲンに移動だ。急がないとヤン提督が危ない」
「はい…カイタルの司令部も七万隻と聞いて六個艦隊と早とちりしたみたいですね」
「俺だって話を聞くまではそう思っていたよ。帝国艦隊、一個艦隊あたり一万二千くらいと考えれば、六個艦隊で七万隻弱は大体辻褄が合うからね…事前の情報から考えても、グリーンヒル閣下の言う通り、残りの一個艦隊は此方の牽制の為にフォルゲンに回す筈だ」
「一昨年の戦いの再現ですね」
「そうだね、しかも規模は大きくなっている」
間に合うだろうか…ヤンさんの兵力は七千五百隻、半個艦隊に過ぎない。もしラインハルトでも現れたら厄介だぞ…。



9月28日16:30
ボーデン星系、銀河帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ、
グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 「どうだ、グライフス」
「はっ。叛乱軍艦隊は四個艦隊六万隻、対する我が方は前衛四個艦隊五万二千隻と数の上では劣勢ですが、叛乱軍艦隊は防御に徹しておりますので、現在のところ互角であります」
「互角か…だが卿の言う通り正面の艦艇数そのものは叛乱軍の方が多い。再度全軍に徹底せよ。無理はするなと」
「はっ」
概略図を二人の少将が見つめている。ミューゼルの部下だった、ケスラーとメックリンガーだ。有能な男達なので、側で試しに使ってみていただきたい、とミューゼルが推薦した者達だ。ラインハルト・フォン・ミューゼル…儂の地位を狙っているというのは本当なのだろう。まさか宇宙艦隊司令部に自らの子飼いを送り込んで来るとはな…だが、儂の地位を狙うのであればそれくらいの気概はあって欲しいものだ。他にも何人か同じ様な者達がいる。いずれも若く、そして有能だ。この様な者達がいたとはな。人事局は何を見ていたのか…。



9月28日16:45
自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍総旗艦ペルクーナス、
ドワイド・D・グリーンヒル

 「あの後方に控えているミュッケンベルガー艦隊が厄介だな」
「はい。前線に展開する兵力は我々の方が上ですが、ミュッケンベルガー艦隊が控えている為に迂闊に飛び込めません。まさか敵の宇宙艦隊司令長官自らが予備兵力とは思いたくありませんが、現状では何とも言えません」
「そうだな…第九、第十艦隊はどうなっている?」
「第九艦隊はフォルゲンに向けて移動を開始しています。第十艦隊の此方への到着は十月一日の予定です」
「第十艦隊は遅れているな。故障艦の影響か」
「その様です」
少数の故障艦など後から寄越せばいいものを…。
「イゼルローン駐留艦隊はどうか」
「要請はしましたが、駐留艦隊の移動開始には時間がかかりそうです。あそこは今、新兵の訓練施設と変わりありませんから」
そうだった。前線がアムリッツァに移動したので、イゼルローン要塞は中継基地と化していた。シトレ閣下の行った四百万人削減の影響で、イゼルローン要塞の福利厚生はすべて民間に委ねられている事もあり、要塞宇宙港や要塞内部施設のおよそ半分が民間に解放されている。今ではイゼルローン要塞の観光ツアーが組まれる様になっている有り様だった。そして新兵や下士官の中級教育はイゼルローン要塞で行われる様になっていた。当然駐留艦隊は教育の一環として彼等を真っ先に受け入れる訳だが、そうなると練度の低下は当然の帰結だった。
「そうだったな、すっかり忘れていたよ。当然、新兵達も乗組んでいるのだな?」
「おそらくは」
「仕方ない。彼等にはアムリッツァで待機してもらおう。ウランフ提督にはその旨伝えてくれたまえ」
…戦いはまだ始まったばかりだ。第十艦隊が到着すれば状況は好転するだろう…。


9月30日01:45
フォルゲン星系、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ジークフリード・キルヒアイス

 「閣下、艦隊はフォルゲン星系に入りました。メルカッツ艦隊もまもなく星系外縁に到着です」
「了解した。キルヒ…参謀長、この宙域にも既に叛乱軍艦隊が展開していた筈だが」
私を呼ぶのに参謀長と言い直すラインハルト様を見ると、つい吹き出しそうになってしまう。面白くないのだろう、ラインハルト様の顔は少し膨れていた。
「申し訳ありません…はい。叛乱軍、第十三艦隊が存在する筈です」
「またあの艦隊か…」
「第十三艦隊には違いありませんが、どうやら司令官の交替があった様です。艦隊司令官はヤン・ウェンリー少将…という事ですが」
「ヤン・ウェンリーか…イゼルローン要塞で会った。『エル・ファシルの英雄』だな」
「はい。昨年の戦いにも第十三艦隊の参謀長として参加していた様です」
「となるとあのヤマト・ウィンチェスターの後継という事だろう…参謀および各分艦隊司令を集めよ。一時間後だ」

ミューゼル艦隊:一万三千隻
艦隊司令官:ミューゼル中将
艦隊参謀長(副官兼務):キルヒアイス准将
同参謀:ミュラー大佐
同参謀:ビッテンフェルト大佐
分艦隊司令:ミッターマイヤー少将
同司令:ロイエンタール少将
同司令:ワーレン准将

 私がこの艦隊の参謀長となった後、今は少将となられた前任のケスラー少将、同じく少将となったメックリンガー少将はラインハルト様の推薦で宇宙艦隊司令部入りを果たしていた。二人の能力もさることながら、ラインハルト様の今後を見据えての事だった。確かにラインハルト様は中将、艦隊司令官だが、実戦部隊の中枢…宇宙艦隊司令部といち艦隊司令官とでは見えるものが違ってくる。確かに今のラインハルト様はミュッケンベルガー元帥の信頼を得ているが、先の事を考えるとそれだけでは足りないのも事実だった。そこで将来のラインハルト閥とも言うべき物を担う俊秀の更なる発掘と、実戦指揮官としても優秀であるが、どちらかというと戦略家的発想の多い二人に、更に戦局全体を見渡す経験を積んで貰う…この二つを実践する為に異動して貰ったのだ。当然ながら、宇宙艦隊司令部入りというのは二人の経歴には大きなプラスとなる。

『宜しいのですか、本当に』
『ああ。経歴上、卿等の今後の為にもなる。まあ、私の目となって欲しい、というのが本音ではあるがな。それに、将来を考えると戦局全体を見渡す事の出来る者の存在は不可欠だ。卿等は指揮官としても優秀だが、参謀としても稀有な能力を持っている。それに磨きをかけて欲しいのだ』

 ミュッケンベルガー元帥はおそらくラインハルト様の意図を見抜いているだろう。だがその意図を嫌悪する事はないだろうと思うのだ。元帥とていつまでも宇宙艦隊を率いる事は出来ない。彼が自分の後継を、と考えた時、脳裏にラインハルト様の名前が無いのでは話にならない。その為に今からその布石を打っておくのは重要だった。

 「どうやら叛乱軍の第十三艦隊とやらは我々の反対側の…星系第七軌道を周回する小惑星帯に潜んでいる様ですな。規模は我々のおよそ半分、急進してこれを撃破すれば、アムリッツァに進撃する事も可能だ。戦局全体に与える影響は大きいと愚考する」
新しく参謀に抜擢されたビッテンフェルト大佐の意見だった。
「叛乱軍とて半個艦隊に過ぎない第十三艦隊のみにこの宙域を任せはすまい。必ず増援があるだろう。それに彼等を撃破したとしても、アムリッツァに進攻する半ばでその敵増援に出くわすだろう。むやみやたらに矛を交えるのではなく、増援の規模を見極めてからでも遅くはないと思うが」
これはミュラー大佐の意見だ。
「ボーデンでは既に戦端は開かれているのだ。ここフォルゲンで第十三艦隊を撃ち破れば、敵の士気に与える影響は大だろう。敵との戦力差を縮める為にも早急に対処すべきだと思うが」
「敵十三艦隊は星系第七軌道の小惑星帯に潜んでいる。何か策を講じているに違いない。メルカッツ艦隊と共にこの宙域を任されておればこそ、短慮や軽挙妄動は慎むべきと考える」
ビッテンフェルト大佐の意見は正しい。敵が増援部隊と合流する前に叩く。そうすれば叛乱軍の目はフォルゲンに向けられる。結果として叛乱軍の、元の増援の規模以上の戦力を此方に誘引出来るかもしれない。それは主攻であるボーデン方面の味方にとって大きな援けとなるだろう。だが反論するミュラー大佐の言もまた正しいものだった。両者の意見を静かに聞いていたラインハルト様だったが、断を下した。
「両者の意見はそれぞれに理に叶っている…まずは第十三艦隊の撃破に専念するとしよう。参謀長、メルカッツ艦隊に連絡だ。我々が前進して敵の第十三艦隊に対処する、貴艦隊はまもなく現れるであろう敵の増援に対処されたし…以上だ」
「了解致しました」
ラインハルト様は折衷案を採るおつもりの様だ。


9月30日04:50
フォルゲン星系第七軌道、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「閣下、我が方に近付く艦隊ですが、どうやら新規編成の艦隊の様です。識別コードのない旗艦級戦艦が存在します」
ボーデンの敵と合わせてこれで帝国軍は六個艦隊が勢揃いした事になるが…。
「了解した参謀長。他に敵はいないか索敵を行ってくれないか?」
「…これで敵は六個艦隊が現れた事になりますが、ご懸念がおありですか?」
「うん。ボーデンが主戦場だとして、帝国軍がここに艦隊を派遣するのは理解出来るんだが、だとすればこちらに派遣された敵艦隊の任務はこの宙域の監視か、我々の牽制だろう。だがあの敵艦隊はどんどんこちらに近付いてくる」
「…我々は少数です。敵は少しでも戦いを有利にするために我々の撃破を狙っている、のではないでしょうか」
「まあ、それもあるだろう。だがもし敵が我々に負けたら?敵艦隊は元の任務を果たせない。他にも敵艦隊が居るんじゃないかな、だとすれば、近付いてくるあの艦隊が破れても、元の任務は残った艦隊で継続出来るからね」
「…了解しました。強行偵察の戦闘艇を出します」
敵はおそらく六個艦隊ではないだろう。でなければあの艦隊の動きは理解出来ない。彼等の立場からすれば、こちらが半個艦隊…我々だけでこの宙域を守るとは考えにくいだろう。増援があるのではないか、と危惧している筈だ。だとすれば、あの艦隊が動く事によってこちらがどう動くか、敢えて戦闘に参加せずに状況を見ている敵がいる筈だ。
「……強行偵察の戦闘艇より入電、接近する艦隊の後方、星系外縁部に新たな敵艦隊、熱量から推定して一万隻以上、約四百光秒!」
オペレータが報告の金切り声を上げた。
「閣下、このままでは我が方が著しく不利です。後退し、此方に向かっている第九艦隊と合流すべきではないですか」
「大丈夫だよムライ中佐、接近する敵艦隊はまだ機雷原にすら到達していない。戦い様はあるさ」
撤退を進言したムライ中佐をラップが抑えている。そう、我々だって手をこまねいてただボーっとしていた訳じゃない。前面には合計六百万個の機雷を敷設してある…時間稼ぎにしかならないが…。



9月30日05:30
フォルゲン星系第六軌道、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「機雷原だと」
「はい、ラインハルト様。叛乱軍十三艦隊が潜む小惑星帯と我々の間には広範囲に渡って機雷が敷設されています。戦闘艇を偵察に出したのが正解でした」
迂回するか…いや、敵は時間稼ぎの為に機雷を敷設したのだろう、迂回は敵の目論見通りという事になる。それに時間稼ぎをするという事は敵に増援があるのは確定的という事になる。となれば尚更時間をかける訳にはいかないな…。
「使ってみるか」
「使ってみる…指向性ゼッフル粒子ですね」
やはりお前は最高だ、キルヒアイス…やっと開発の終わった指向性ゼッフル粒子、こいつがあれば機雷原に通路を穿つ事が出来る。
「キルヒアイス、各分艦隊に連絡だ。作戦を説明する」
キルヒアイスがビッテンフェルトに目配せすると、ミュラー、ビッテンフェルトそれぞれが動きだした。


“閣下もお人が悪いですな”

「作戦の主旨は以上だ。人が悪い、か……ロイエンタール、半個艦隊規模とはいえ、あの艦隊は精鋭だ。でなければ単独でこの宙域を任される筈がない…それに、先年の様な醜態を晒す訳にはいかないのでな……ワーレン、卿には別任務を与える。卿の分艦隊は五百隻と規模が小さい。だがそれ故に敵の目を引きにくい。ミッターマイヤー、ロイエンタールが機雷原に道を作れば、敵の目はそちらに向くだろう。卿は機雷原を迂回して小惑星帯に潜り込むのだ」

“成程。敵の第十三艦隊に側面から奇襲を行えという事ですね”

「そうだ。敵はもともと少数、五百隻とはいえ効果は大きいだろう。攻撃開始のタイミングは卿に任せる」



9月30日06:00
フォルゲン星系第七軌道、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「ヤン…司令官、どうやら帝国は指向性のあるゼッフル粒子を開発した様ですな。でなければあれ程綺麗に啓開路を作れる訳がありません」
ラップの言葉を肯定するかの様に、機雷原にぽっかり空いた二つの穴から帝国軍の艦艇が続々と吐き出されて来る。
「そうみたいだね…十時方向の穴から出て来る敵はアッテンボローに対処させよう。二時方向はフィッシャー提督に」


“了解しました。目に物を言わせてやりますよ”


「アッテンボロー、無理はするなよ」


“分かってます”

アッテンボローも分艦隊司令としては初陣、私も艦隊司令官としては初陣…初陣ってやつはもっとオーソドックスな、勝てそうな戦いで望みたいものだが…。
「敵の通信を傍受した結果、どうやら敵はミューゼル艦隊の様です」
ムライ中佐が敵はミューゼル艦隊と告げてきた。ミューゼル…イゼルローンで一度見た事がある。有能そうな若者だった、ウィンチェスターが最も危険視している帝国の若き指揮官。機雷原にも躊躇する事なく攻めて来る…。
「今の所は対処出来ていますが…あのウィンチェスター提督が危険視する程だ、このままでは済まないのではないですか」
ラップの危惧は尤もだ。このままでは済まないだろう。
「そうだね。フィッシャー、アッテンボローの二人には重ねて注意する様に連絡してくれ」




9月30日06:05
フォルゲン宙域、フォルゲン星系近傍(アムリッツァ方向)、第九艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 どうやらフォルゲン星系には帝国軍の二個艦隊が居るらしい。しかもそのうちの一つはラインハルトの艦隊で、既にヤン艦隊とやり合っているという。アニメでなくとも是非とも観たいもんだが、そうも言っていられない。急いで駆け付けたいけどこれ以上急ぐと脱落艦艇が出そうだし、今の速度が精一杯だ…。
「第十三艦隊は大丈夫でしょうか。フォルゲン星系には敵二個艦隊が存在するとの事ですが」
ワイドボーンの問いは当然過ぎるものだった。参謀達もそれに深く頷いている。参謀長としてのヤンさんは見ていても、艦隊司令官としてのヤンさんは未知数…そう言いたげな頷き方だった。しかも初陣、その上ヤンさんの兵力は七千五百隻ぽっちなのだ。
「大丈夫だ。ヤン提督は受け身の戦いには無類の強さを発揮するからね。参謀長もそれはよく知っているだろう?」
「まあ…それはそうですが」
「それに戦闘を始めたのはミューゼル艦隊だけらしい。もう一つの艦隊がどんな艦隊か分からないが、そいつは敵の増援、つまり我々に対処する為に後方に居るんだろう。という事はヤン提督は今のところ前面のミューゼル艦隊に専念出来るという訳だ」
「では我々と第十三艦隊は個別に敵に対処するという事ですか?」
「そうだね。出来れば艦隊全兵力でヤン提督の救援に向かいたいが、そうすると後方待機している敵のもう一つの艦隊も駆け付けるだろう。ヤン艦隊は小惑星帯で戦っている様だし、そこで両軍が大兵力を集結するとなると、酷い混戦状態にならないとも限らない。ヤン艦隊には我々の兵力の一部を派出、本隊は後方の敵艦隊の足止めをする」

 そう俺がしゃべり終わると、フォークが手を挙げた。
「何だい、中佐」
「閣下の方針は理解出来るのですが、それでは戦線の維持にしかならないのではないでしょうか」
他の艦隊でこんな質問をしたらぶっ飛ばされるだろう。俺は部下…参謀達の積極的な意見具申を許している。俺の方針とは異なる意見でも、それを聞いて改めて気付く事もあるし、参謀達に意見を言わせないのでは参謀のいる意味も無くなる。司令官の意見を肯定するだけでは彼等の成長にはならないし、普段からきちんと意見具申する癖をつけないと本当に必要な時に物を言えなくなってしまうのだ。
「そうだね。中佐はどう考える?」
「敵兵力の撃破を狙います。星系到着後、第十三艦隊と共同でミューゼル艦隊を撃破、その後来援したもう一つの敵艦隊を撃破します」
うん、理想的だ…敵がラインハルトでなければね…ラインハルトでなければ俺もそうしただろう。それに、時期的にはミッターマイヤーやらロイエンタール辺りがラインハルトの下にいる頃だ。ラインハルトと双璧の相手なんて真っ平御免だぜ…ヤンさんには悪いがアイツらの相手が出来るのなんてヤンさんだけだからな…。
「フォーク中佐の意見は理想的だが、戦闘が理想通りに行くとは限らない。かねてより私は敵のミューゼル艦隊…ラインハルト・フォン・ミューゼルを高く評価している。それはこの宙域を彼…まあ、もう一個艦隊存在するが、この宙域での采配を任されている事からも明らかだ。以前に直接戦ったが、あの時はミューゼルには戦力が足りなかった。また艦隊司令官でもなかった。上手く罠に嵌めたからこそ勝てたものの、今回も勝てるとは限らない」
「ですがそのミューゼルは現在は艦隊司令官で、兵力も第十三艦隊を凌駕しています。閣下が勝てるとは思わないと仰る程の人物です……ヤン提督は苦戦なさるのではありませんか」
「うん、苦戦するだろう…だからこそ我々はもう一つの艦隊に向かうのさ。そうすればミューゼル艦隊も、いつまでもヤン提督に構ってはいられないだろう?味方を助けるか、眼前の十三艦隊の撃破にこだわるか…ミューゼルは選択を迫られる事になる」



9月30日08:45
フォルゲン星系第七軌道、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 “首尾よく一進一退を継続しております。各艦艇の艦長や戦隊司令達からは、意見具申に形を変えた非難の大合唱ではありますが”

「はは、もう暫くの辛抱だ。そろそろ敵も此方の攻め手に慣れた頃だろう」

“はい。目を逸らす為にこれより五回次の攻撃にかかります。ロイエンタールには小官から伝えます”

「了解した。宜しく頼む」

“はっ”


 通信が終わると、キルヒアイスが深く頷いた。
「了解ですラインハルト様……各艦、指向性ゼッフル粒子、放出用意!」



10:00
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 敵は五度目の攻撃を仕掛けて来た。敵が機雷原に開けた穴…啓開路はそれぞれ二時方向、十時方向に合わせて二本。穴の大きさはそれほど大きくない、おそらく百から二百隻が通れる程の大きさだった。フィッシャー、アッテンボローの両名が率いる兵力はそれぞれ千五百隻、対処するには充分な兵力だ。啓開路の出口に火線を集中させ、敵の前進を防いでいる。だが何か腑に落ちない、何かを狙っている筈なのだが…。
「十二時方向、機雷原に大規模な爆発光!……これは…十二時方向に帝国軍艦艇多数!」
オペレータが再び金切り声を上げた。そうか、これが狙いだったのか…アッテンボロー達の向かった穴は陽動で、正面の啓開路が本命…。此方の少ない兵力を更に分散させる為にわざと細い通路を作ったのか。そして本隊が正面から…。
「これは…正念場ですね」
「そうだね、ラップ参謀長…本隊各艦、全艦砲撃戦用意…敵は散開出来ない、一点集中砲火だ」
「了解した……全艦砲撃戦用意、初弾は斉射、照準目標は当艦の指示座標に従え。このまま攻撃開始に備えよ!」








 

 

第八十七話 国境会戦(中)

帝国暦486年9月30日15:30
フォルゲン宙域、フォルゲン星系第七軌道近傍、銀河帝国、
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ナイトハルト・ミュラー

 戦況は決して悪くない。むしろ叛乱軍第十三艦隊を押しているだろう。決め手はやはり本隊正面に開けた啓開路だった。敵は一点集中砲火で此方の前進を阻もうとしたが、それも長くは続かなかった。敵の戦法に倣う形で本隊も一点集中砲火戦法を行ったのだ。
『周りは機雷原です。散開して敵の一点集中砲火を避ける事は出来ません。であれば此方もそれを行うべきではありませんか』
ビッテンフェルト大佐の意見だった。前進しながらの一点集中砲火は味方各艦の座標が刻一刻と変化する為に、後方の艦は前衛部隊の艦を射線に入れない様に射撃を行わなければならないから、効果は限定的なものになってしまう。私がそう言うと、
『よいではないですか。奴等は小惑星帯に潜んでいるのですから奴等も自由には逃げられません。此方の攻撃の効果は限定的でも、敵の一点集中砲火を止めさせる事は出来るでしょう』
成程、と思った。ビッテンフェルト大佐は昇進して艦隊司令部に入る前まで、高速戦艦の艦長をやっていたという。戦艦艦長としての経験から砲撃戦については造詣が深い様だ。ミューゼル閣下が彼の進言を採ると、敵十三艦隊は最初に作った啓開路の対処に充てていた分艦隊を呼び戻して兵力の合流を図った。しかしこれこそがミューゼル閣下の狙いだった。敵が分艦隊を呼び戻した為に、最初に開けた啓開路からミッターマイヤー、ロイエンタールの両分艦隊が機雷原の突破に成功したのだ。見事な策だ…。

 「敵は数が少ない。分艦隊を呼び戻さねば此方に対処する事は出来ないからな」
「これでミッターマイヤー提督を苦情の嵐から救う事が出来ましたね、ラインハルト様」
「そうだなキルヒアイス…ビッテンフェルト、こうも作戦が上手くいったのも卿の進言のお陰だ」
「はっ、ありがとうございます」
深く一礼したビッテンフェルト大佐の顔が紅潮している。参謀として自らの進言が容れられるというのは、何にもまして嬉しいものだ。
「ミュラー大佐、この後敵はどういう行動を採るだろうか」
「はっ…敵は元々こちらのおよそ半数です。しかも現在は我々の全軍から攻撃を受けています。小惑星帯という地の利を得ていたとしても攻勢に転ずるのは困難でしょう。小惑星を盾とした散発的な攻撃になるかと思われます」
「うむ。卿の意見は理に叶っている。キルヒアイス参謀長はどうか」
「はい。ミュラー大佐の意見を是とします。ですが当方も全艦艇が戦闘に参加出来ている訳ではありません、後衛は未だ啓開路の途上にあります。現状では互角と考えるべきです。油断は禁物です」
「そうだな、不本意ではあるが、敵戦力少しずつを削りとっていくとしようか」 
無理はしないという事か、それは理解出来る、しかし小勢ながら敵はしぶとく戦っている。増援はすぐそこまで来ているという事だろう。一体どれくらいの規模の兵力なのか…。

 「ロイエンタール分艦隊より入電。敵十三艦隊に近付く艦影を発見、約二千五百隻」
オペレータの報告に動じる事もなく、ミューゼル閣下はじっとスクリーンを見つめている。
「増援か。それにしても数が少ないな」
そう、数が少なすぎる。敵の第十三艦隊は善戦しているものの、二千五百隻程度では此方の優位は動かない。叛乱軍の目的は何だ…。
「こ、これは…失礼しました、更に後方に艦影多数、一万隻を越えます。先程の二千五百隻の集団とは別行動を取っている模様」
オペレータのこの報告にはミューゼル閣下も僅かに表情を硬くしていた。概略図には第七軌道を周回する小惑星帯に布陣している敵十三艦隊、それに近付く二千五百隻程の敵小集団、その更に後方には小惑星帯に沿って戦場を迂回して進む一万隻規模の集団が映し出されている。
「奴等、味方を放っておくのか」
思わずビッテンフェルト大佐が声をあげた。
「キルヒアイス参謀長、現在の彼我の兵力は」
「はい。敵十三艦隊は現在約五千隻程です、あの小集団が合流すれば七千五百隻から八千隻かと思われます。対する我が艦隊は…一万隻弱です」
一万隻対八千…微妙な数字だ、しかも現状では互角…おそらく序盤のミッターマイヤー、ロイエンタール両分艦隊の損害が大きいのだろう。本隊の動きを隠す為とはいえ少なくない数の犠牲が出ている筈だ。

 「地の利があるとはいえ、敵十三艦隊がこれ程しぶとく戦うとはな。ヤン・ウェンリーという男も中々やるではないか…」
ミューゼル閣下の言う通り、敵はしぶとい。あのしぶとさに更に二千五百隻が加われば敵は勇気づけられるだろう。小惑星帯は戦力の集結が行いづらい。敵はそれを考えて少ない増援を送ったのではないだろうか。とすると増援の派出元と思われる、後方の一万隻規模の敵艦隊の意図する所は…。
「閣下、あの後方の艦隊ですが、饒回進撃を狙っているのではないでしょうか」
「饒回進撃?敵は我々の後方に回ろうとしているというのか、キルヒアイス参謀長」
「小惑星帯は大兵力の運用は困難です。敵十三艦隊がそこに籠っている以上、多数の増援を送るよりは一挙に我々の後方を遮断した方が危機を救う事が出来る…と判断したのかもしれません。若しくは…」
「…メルカッツ艦隊の後方に出ようとしている、そういう事だな」
すかさずミューゼル閣下の指示によりオペレータが警告の通信を発した。メルカッツ艦隊の後方…確かに可能かもしれない。しかし我々が警告すれば、メルカッツ艦隊とて充分に対処可能だ。だが…少数の味方が苦戦しているのにそんな悠長な策を採るだろうか。
「どう思う?ビッテンフェルト大佐」
「そうだな…敵の増援本隊の指揮官は、眼前の敵十三艦隊の司令官を信頼しているのだろう。ヤン・ウェンリーと言ったな、確か」
「かのウィンチェスターの参謀長だった男の様だ。『エル・ファシルの英雄』でもある」
「ふむ…されば、あの増援本隊の指揮官はウィンチェスターではないのか」
「何故そう思うのです?」
「増援の戦力だ。ヤン・ウェンリーなら二千五百隻で事足りる、と判断したからこそ少数の戦力しか送らなかった。互いの能力をよく知る者のみにしか出来ぬ判断だ」
なるほど、確かに常識的に考えれば艦隊全てか、此方と同数になる様に戦力を派出するだろう。それを少数しか派出しないとなれば、それで充分、と考えている事になる。信頼と、互いの能力をよく知る者同士でなければ出来ない判断だ。
「それに、一つわかった事がある」
「何でしょう?」
「敵にとって、やはりヤン・ウェンリーは信頼に足る指揮官、という事だ。半個艦隊ながら、二千五百隻の増援で一個艦隊を相手に出来るというのだからな」
そう言うとビッテンフェルト大佐は腕を組んで再びスクリーンを注視しだした。一見すると粗野な人物の様に見えるが、、どうやら人は外見では判断出来ない一例の様だ。

「通信傍受の結果、後方の敵の大規模集団は叛乱軍第九艦隊の模様。徐々に離れていきます」
オペレータの報告にビッテンフェルト大佐は肩をすくめながら苦笑した。
「嫌な方に予想が当たるな。これは苦戦間違いなしだぞ、ミュラー大佐。ミューゼル閣下はどうするおつもりだろうな」



宇宙暦795年9月30日16:00
フォルゲン星系第七軌道、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 “お待たせしました。我々だけですが、少しは楽になるかと”

「助かるよ、ダグラス准将。やはり我々だけではキツくてね。ところで、貴官のところの本隊は饒回進撃を狙っているのかな?」

“いえ、あくまでもそちらの後退の援護行動の様です。ところで我々は何をすれば?”

「我々の後退の援護か…成程。准将、済まないが右翼についてくれ。敵の左翼を押し返してくれるとありがたい。フィッシャー提督を我々の後方に下げたいんだ」

“了解しました”

「どうやら敵の左翼の指揮官は、ミッターマイヤー少将という人物の様だ。貴官は知っているかい?」

“ヤマト…じゃなかった、ウィンチェスター閣下から聞き及んでいますよ。何でも疾風だとか”

「らしいね。大丈夫かい?」

“小官なら疾風怒濤か疾風迅雷といきたいところです”

「はは、任せたよ」

 ダグラス准将が屈託のない笑顔を見せると同時に映像通信は切れた。二千五百隻、少ないが充分に有難い援軍だ。
「ダグラス分艦隊、前進する模様!…よろしいのですか?」
「大丈夫だ、ラップ参謀長。彼等は戦場に着いたばかりだ、我々を鼓舞するつもりだろう」
ダグラス准将は一昨年のヒルデスハイム艦隊との戦いでも見事な働きだった。これで一息つけるな…。
「参謀長、フィッシャー提督に連絡、我々の後方についたならそのまま右翼に向かって、アッテンボローと合流して敵の右翼を叩いてくれと伝えてくれ」
「了解しました!」



9月30日16:15
自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「マイクは無事合流したみたいだね」
「ダグラス分艦隊だけで大丈夫でしょうか、もう少し援軍を送った方がよかったのでは…」
「大丈夫だ、ヤン提督もマイクも敗けはしないよ。それに本隊が少なくなってしまうと敵に迷いがなくなるからね」
敵は…ラインハルトはウチの艦隊の行動を饒回進撃だと思う筈だ。自分達の後方に出ると考えるか、もう一つの艦隊、通信傍受で判明したメルカッツ艦隊の後方に出ると思うか…。
「なるほど、本隊が少なければメルカッツ艦隊独力で対処出来る、と思いますな」
「うん。同様に少ない本隊でミューゼル艦隊の後方に回ってもメルカッツ艦隊と挟み撃ちにすればいい、と考えるだろう。我々は二千五百隻を第十三艦隊に派出しても、本隊は一万二千五百隻だ。敵にとっては少なくない数字だ。我々がメルカッツ艦隊を突くと考えれば、ミューゼル艦隊はメルカッツ艦隊を放っておく事は出来ない。後退してメルカッツ艦隊と合流を果たそうとするだろう」

 ミリアムちゃんが食堂から軽食のケータリングを運んで来た。紅茶ポット、コーヒーポット、サンドイッチ各種……あれ、緑茶がない……。
いただきますと最初にパクついたフォークがスールズカリッターにひっぱたかれている。大体こういう時は上官が先に食べ始めるもんだけど、いい意味で緊張はしていない様だ。
「閣下、質問なのですが、よろしいでしょうか」
「スールズカリッター中佐、何かな?…というか、スールって呼んでいいか?」
「あ、構いませんが…閣下がそう推測されるのには、何か根拠がお有りなのですか?」
「根拠ねぇ…勘、かな」
「勘…ですか」
「うん。まあ、勘というかミューゼル中将の心理状態だよ」

 ラインハルト本人は極めて優秀な戦術家だ。戦闘に関しては果断速攻、逡巡を嫌う。そして強敵、良敵を求める傾向が強い。まあ自信満々だからなのだが…だから敵の動きに対しても能動的に考えがちなのだ。それに一昨年ラインハルトは俺にしてやられている。しかも今戦っているのは、ラインハルトが元々興味のあったヤンさんだ。俺とヤンさんの組み合わせ…今頃は此方が俺の率いる艦隊というのはバレている頃だろう、眼前のヤンさんはしぶとい、俺は何考えてるか分からない…このまま戦闘を続けていたら、またしてやられる、と判断する可能性は非常に高い…そうスールに説明すると、何度も深く頷いている…。
「まあ、もう一つ仕掛けがあるんだけどね」
仕方ない、緑茶は自分で用意するか…。


9月30日17:15
フォルゲン星系中心部、銀河帝国軍、メルカッツ艦隊旗艦ネルトリンゲン、
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ

 敵の増援は第九艦隊と判明、饒回運動により我または貴艦隊の後方を扼す恐れあり…。
「どう思う、参謀長」
「確かに可能性はあります。ミューゼル艦隊が早目に動いたのが裏目に出ましたな」
ファーレンハイト参謀長の言葉は、聞く人が聞けばミューゼル中将への批判とも取れるものだった。
「ミューゼル中将の気持ちも分からんではないがな」
このフォルゲン星系にはミューゼル艦隊と私の艦隊…二個艦隊が配置されている。おそらくは敵増援の誘引を求められての事だとは理解出来るが…。
「参謀長はミューゼル提督に会った事があるかね?」
「いえ、軍務省(ほんしょう)で何度かお見かけした事がある程度です」
「あれは覇気の強い男だ。敵増援が到着する前にこの宙域の戦況を有利に展開しようと考えたのだろう」
「それは理解出来ますが、我が艦隊には増援に対処しろという要請はいささか…平たく言えば邪魔をするな、という事ではありませんか。ミュッケンベルガー司令長官は閣下に何も仰らなかったのですか」
「…その辺でやめておけ、参謀長。私は優秀な参謀長を舌禍問題で失いたくはないのでね」
「は、はい…申し訳ありません」
ファーレンハイトの言う事は尤もだが、ミューゼルと方針を話し合わなかった私にも責任はある。主戦場ではない宙域を任される…信頼されていると考えるべきか、厄介払いと考えるべきか、その点だけでも話し合うべきではなかったか…。
「参謀長、第七軌道に向けて前進だ。ミューゼル艦隊の後方に向かう。そうすれば敵の第九艦隊の目的もはっきりするだろう」
「はっ」


9月30日18:00
フォルゲン星系第七軌道近傍、銀河帝国軍、ワーレン分艦隊旗艦ブラウエン、
アウグスト・ザムエル・ワーレン

 叛乱軍十三艦隊に増援が現れてしまったか…側面攻撃の機を逸してしまった、今は迂闊に動けない。動けば迂回して進んでいる叛乱軍第九艦隊に此方の位置を暴露する事になる…。
「司令、妙ではありませんか」
「何がだ?ライブル参謀長、言ってみろ」
「敵の第九艦隊ですが、艦隊の移動速度が遅いと思うのですが…概略図を見る限りは本隊またはメルカッツ提督の後方を扼す動きに見えますが…あの速度では」
…確かに、饒回運動にしてはゆっくりと移動している。あれでは後ろに出たとしてもメルカッツ艦隊は充分対処出来るだろう。何を考えているんだ、敵は…。
「第九艦隊の指揮官はあのウィンチェスターだったな?」
「その様です」
「一泡吹かせたいが、我々の兵力ではな…。引き続き現状維持だ。警戒を怠るなよ」
「はっ」


9月30日18:05
自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
スーン・スールズカリッター

 敵のミューゼル中将の心理状態か…。
「えらく感心しているな、スールズカリッター…俺もスールって呼んでいいか?」
「あのなフォーク、人の名前を略すのは止めてくれよ」
「閣下には構わないって言ってたじゃないか」
「閣下だからだ!」
「あだ名みたいでいいと思うがなあ…しかし、この饒回運動だが成功するかな?」
「…何故そう思う?」
「艦隊の速度だよ。これじゃ後ろを取っても敵は待ち構えていると思うんだ。最悪の場合、メルカッツ艦隊は前進してミューゼル艦隊と合流するぞ」
「そうだな…ふと思ったんだが、何故メルカッツ艦隊は後方にいるんだ?最初からミューゼル艦隊と共に十三艦隊を攻撃していれば、俺達が来る前に有利な態勢になったんじゃないか?」
「それは…分からん」
「お前なあ…参謀だろ?」
「お前だってそうじゃないか。感心してばかりいないで少しは考えろよ」
悔しいがフォークの言う通りだ。そう思ってふと閣下を見ると、座りっぱなしで腰でも痛いのか、指揮官席を立ち上がって腰を回している…かと思うとワイドボーン参謀長と組んでストレッチし始めた。

 「痛てて…閣下、本当にミューゼル艦隊は後退する…と思いますか」
「痛たたた…すると思うよ」
「何故…そう思われるのです?」
「後方のメルカッツ艦隊が参戦していないだろう?常識的に考えれば、まとまって動く筈だ。たとえヤン提督が小惑星帯に籠っているとしてもだ、合流した方が安心して戦える筈…それをやってないという事は、ミューゼル艦隊は独断で戦闘を始めた可能性が高い。此方が後方を遮断する動きを見せればいつまでも戦闘にかまけている訳にはいかないさ」
「という事は…二つの艦隊の連携はあまり良くないという事でしょうか?」
「それはないと思うね。ただ、ミューゼル艦隊は…当時はヒルデスハイム艦隊だったが、一昨年第十三艦隊に破れている。雪辱を果たしたい、そう思ったんじゃないかな」
「ミューゼル中将を追い込んだのは閣下ではないですか…ああ、そういう事か…まさしく心理戦ですな」



9月30日19:20
自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ジャン・ロベール・ラップ

 今のところはなんとか戦えているが、このままではそう長くは保たない…。第九艦隊からの増援が二千五百隻と解った時は耳を疑った。だが、ダクラス分艦隊から単座戦闘艇(スパルタニアン)で直接通信文を渡されたヤンは微笑しながら言ったものだ。
「成程。ウィンチェスター提督も人が悪いね」
シェイクリ中尉というパイロットがもたらした通信文をヤンから見せてもらった。

『お疲れ様です。ミューゼル艦隊は我々の動きを気にして後退すると思います。ミューゼル艦隊が後退を始めたら、ヤンさんも後退してください。あと機雷の始末も宜しくお願いします』

…これだけだ。
「本当にミューゼル艦隊が後退すると?」
「ウィンチェスター提督はどうやらミューゼル艦隊は独断で戦闘を開始したのではないか、と推測しているんだと思う」
「独断で?…何故ウィンチェスター提督はそうお考えなのでしょう?」
「メルカッツ艦隊は動いていないからね。常識的に考えればミューゼル艦隊だけではなくメルカッツ艦隊も攻撃参加するか、合流はする筈だ。一個艦隊より二個艦隊で一緒に動いた方が有利だろう?」
「それはそうですが…」
「一緒に行動していないという事は、やはりメルカッツ艦隊は別の任務を与えられているか、元々二つの艦隊の任務はこの宙域の警戒と監視だったんじゃないかな。だが我々が居た為にミューゼル艦隊は戦闘を開始した…」
「そうか…我々は少数ですし、ミューゼル中将はこの艦隊に敗れていますからね」
「うん。そして我々に第九艦隊からの増援が成される訳だが、その兵力は二千五百…ミューゼル中将は考えるだろう、何故増援は少数なのかと。第九艦隊には別の目的があるのでは、とね。そして彼から見える第九艦隊の動きがそれを肯定する…迷うだろうね、ミューゼル中将は」
どうなっているんだヤンの頭の中は。ヤンもそうだがウィンチェスター提督も、どういう思考回路をしているんだ?
「しかしだ…ウィンチェスター提督も意地が悪い」
「何故です?」
「ラップ参謀長、君が敵の…ミューゼル艦隊の参謀長だとする。敵十三艦隊が二千五百隻の増援を得た、どう考える?」
どう考えるって……成程、確かに意地が悪い。
「敵は増援を得たが味方よりは劣勢、戦闘続行には支障がない……面子も自尊心もくすぐりますな、こいつは」
「だろう?相手にまだ味方が有利だと思わせるギリギリの線で兵力を派出しているんだ。提督が味方でよかったよ」

 「帝国軍、僅かずつではありますが後退しつつあります!」
オペレータの報告に反応するかの様に、ヤンは紅茶入りブランデーを一気に飲み干した。
「グリーンヒル中尉、もう一杯貰えるかな……参謀長、此方も後退の準備だ。機雷の始末をしようか」
「機雷、ですか?始末といわれても戦闘中です、回収は困難ですが」
「全部爆発させてしまおうか」
「ば…爆発させるのですか?」
…我ながら間抜けなオウム返しだ。ヤンの言葉を聞いてムライ中佐やパトリチェフ少佐も呆気に取られた顔をしている。
「処理はしなくてはならない、でも戦闘中で回収は困難…爆発させるしかないだろうね。ミューゼル艦隊もさぞ驚くだろう」
ヤンはほぼブランデーの紅茶を啜りながら、そう言って笑っている。爆発させると言っても機雷はまだ相当な数が存在する筈だ、それを一斉に爆発させる…お前だって充分に意地悪だぞヤン…ミューゼル艦隊はそりゃあ驚くだろう、何しろ何百万発もの盛大な花火なのだから…。


9月30日20:00
自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
パオラ・カヴァッリ

 「八時方向、爆発光を確認、とんでもない光量と熱量です!」
オペレータの報告と共に、正面スクリーンが八時方向の映像に切り替わった。入光量は調整してあるみたいだけど、とんでもない明るさの爆発光が広範囲に広がってる。爆発光が明るすぎて、小惑星帯がはっきりと確認出来る、でも綺麗…こんな事思い付くのは…ウチの司令官かしらね。
「ヤン提督は私の考えを理解してくれたみたいですね…参謀長、全艦反転。反転後、艦隊速度全速。ヤン提督と合流します」
「了解しました……全艦反転、反転後、艦隊速度全速で第十三艦隊と合流する!急げ!」
これが狙いだったのね…饒回運動と見せかけて、第十三艦隊を後退させる…ワイドボーン参謀長の号令と共に急いでケータリングが片付けられていく。ローザス大尉だけじゃ大変ね。
「手伝うわよ」
「あ、ありがとうございます」
「飽きないわね、あの人の下だと」
「ウィンチェスター提督の指揮下…という事ですか?」
「そう。戦闘中に機雷原を爆破するなんて思い付かないでしょ、普通」
「提督のお考えだと仰るのですか?」
「ヤン提督は私の考えを理解してくれた、って今言ってたじゃない。何百万個もの機雷が爆発する光景、想像出来る?此処からでも爆発光が見えるくらいなのよ?」
「ちょっと…想像出来ません」
「でしょう?今頃ミューゼル艦隊はパニックなんじゃないかしら」


9月30日20:30
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「状況を報告せよ!」
敵の第九艦隊の饒回運動に対処する為に、艦隊を後退させようとした矢先だった。とてつもない光、振動だった。スクリーンが光に満たされたかと思うと、艦体がひどく揺さぶられた。茫然自失、というのはこの事であろうかと思わんばかりの出来事だった。
「周囲の機雷が一斉に爆発した様です…一時的なものと思われますがセンサー類に異常警報がでています、その他は異常ありません」
冷静に報告をあげたのは艦長のシュタインメッツだった。この艦ですらそうなのであれば他の艦は…艦橋内は未だ混乱から脱していない、オペレータ達が混乱している…。
「うろたえるな!敵の虚仮威しに過ぎぬ。被弾した訳ではないのだぞ!…司令官閣下、醜態をお見せしてしまい申し訳ありません」
「よろしい、艦長…参謀長、全艦に命令、後退を続行せよ。異常のある艦は各司令部に状況を報告せよ」
短い頷きと共に俺の命令を復唱しようとするキルヒアイスを、オペレータの声が遮った。
「敵艦隊、後退していきます!」


















 







 























 



 

 

第八十八話 国境会戦(後)

宇宙暦795年9月30日22:00
フォルゲン宙域、フォルゲン星系第八軌道近傍、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「第十三艦隊、我々の後方に遷位しました」
ワイドボーンがホッとした表情で状況を報告した。第十三艦隊は小惑星帯を出て後退、我々と合流した。ラインハルトは…追ってはこなかった。奴等だって再編成するのは今しかない。
「閣下、第十三艦隊のヤン提督より通信です」
「了解、スクリーンに出してくれ」

“増援ありがとうございました、ウィンチェスター提督”

「いえいえ、マイクの分艦隊だけで申し訳ないです」

“助かりましたよ。あれが無ければ敵の両翼を押し返す事は出来ませんでした”

「艦隊の状況は如何です?」

”ダグラス分艦隊はお返しするとして…ようやく四千隻、といったところでしょう“

「いえ、そのままそちらの増援としてこき使って貰って結構ですよ。再編成が終わりましたら、また連絡下さい」

“了解しました”

通信は切れた。このまましばらくは睨み合いという訳か…しかし、気になる事がある。ラインハルトの戦術能力がそれほど高くない気がする。今、ラインハルトは何歳だっけ…十九だっけか?十九で艦隊司令官…でも原作だと十八歳で分艦隊クラスの艦隊率いてるんだよな…。第六次イゼルローン要塞攻略戦でも、攻め寄せた同盟軍に対して色んな戦術を試した…って描かれていた。自らの戦術能力に磨きをかけていったって事だ。でもこの世界のラインハルトは、参謀として軍歴を重ねている。しかも大貴族、ヒルデスハイムのおっさんの参謀としてだ…まさか原作と違って司令官としての経験が足りないからなのか?充分に考えられる事だ…。

 参謀と指揮官は違う、あくまでも参謀はスタッフに過ぎない。決断するのは指揮官だ。参謀が代理指揮を執る場合もあるが、よほどの事がない限り戦闘状態の指揮を任される事はない。あえて悪い言い方をすれば、自分の発言に責任がないから、参謀は色んな進言が出来ると言っていい。しかし指揮官は違う。全ての責任を負っているのだ。自分自身も含めて決断ひとつで人が死ぬ、一人や二人じゃない、何万人もの人々がだ。その責任の重さが決断を狂わせる事だってあるのだ。改めて考えると指揮官ってヤバいな…艦隊司令官やっている俺も、ヤバい奴なのかもな…。

 「どうかなさいましたか?何やらお考えの様でしたが」
ミリアムちゃんが心配そうな顔をしている。そんなに深刻そうな顔に見えたんだろうか…。
「いやね、少しこの後の事を考えていたんだ」
ラインハルトの事はとりあえず置いとこう。この後睨み合いが続くとしてだ…ただ睨み合ってていいもんだろうか。主戦場のボーデンが心配だ。兵力的には第十艦隊が加わってやっと互角だからな…うーん……。
「ローザス大尉、もう一度話したい、ヤン提督に通信を頼むよ」
 

帝国暦486年10月1日00:40
フォルゲン宙域、フォルゲン星系第四軌道近傍、銀河帝国、銀河帝国軍、
ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 “機雷原を全て爆破…とんでもない目に遭ったな”

「はい。よもやあの様な手で我々を混乱させるとは…沈んだ艦が無いのが幸いでした」

“奇策というのはペテンの様なものだ。二度目は無い、そう気落ちする事もあるまい。戦闘経過の概略を見せて貰ったが、指向性ゼッフル粒子を使用しての機雷原突破、本隊を陽動に使った両翼の攻撃…見事だ”

「ありがとうございます。ですが、勝手に戦端を開いた上に敵を逃したのでは意味がありません、申し訳ございません」

“卿や卿の参謀達とは事前の打ち合わせをしていないのだ、我等にも責任はある。逡巡して手をこまねいているよりは余程いいと思う”

「…お心遣い、痛み入ります」

“うむ…ところで、この後の事だが、この星系の警戒と監視に専念したいと考えているのだが…卿はどうかな。無論、敵が攻めて来るのであれば戦うが”

「はい、それで宜しいかと思います。ですが、私が言うのも心苦しいのですが、あまりにも此方が大人しくしていると叛乱軍に行動の自由を与えてしまいます。何らかの策を講じるべきだと考えますが」

“何らかの策か…思うところがあれば言って欲しい”

「饒回運動です」

”……後背を突く、と言うのか?“

「その動きを見せれば、敵も落ち着いてはいられません。我が艦隊が行います。メルカッツ提督は敵を引き付ける役目をお願い致します」

”成程な。叛乱軍に倣う、という事だな“

「はい」

”了解した。準備出来次第、連絡する“



10月1日01:00
ボーデン宙域、ボーデン星系、自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍総旗艦ペルクーナス、
ドワイド・D・グリーンヒル

 「閣下、敵が動き出しました、敵の左右両翼が動きます。ミュッケンベルガー艦隊が出て来る様です」
二日の間動きの無かったミュッケンベルガー艦隊が動き出した。敵両翼がそれぞれ左右にスライドし、中央にミュッケンベルガー艦隊が位置する様だ。
「参謀長、どう思う?ミュッケンベルガーが出てきたという事は、敵は中央突破をするつもりかな」
「はい…これで敵は中央に三個艦隊が位置することになりました、中央に無傷のミュッケンベルガー、右にゼークト、左にシュトックハウゼン…合計で四万隻を越えます。対する我々は中央に第一と第二艦隊、現在では合計しても二万六千程…ミュッケンベルガー艦隊が中央突破を企図するには充分な戦力差です」
「そうだな…第一、第二艦隊に連絡、敵は中央突破を図るものと思われる、注意せよ」
「はっ」
ミュッケンベルガーが中央突破を図るとすれば、此方は第一、第二艦隊でその意図を挫くしかない…だがそれを阻む為にゼークト、シュトックハウゼン艦隊もミュッケンベルガーの援護として第一、第二艦隊への攻勢を強化する筈だ。下手をすると此方の両翼まで敵の中央部の攻勢に引きずられてしまう、いや、そうなるだろう…。
「右翼第三艦隊、左翼第四艦隊に連絡、敵の攻勢に注意、中央部の援護に留意せよ」
「はっ」
参謀長は命令を復唱した後、小脇に抱えていた紙袋からおもむろにクロワッサンを取り出し、食べ始めた。
「…これは失礼しました、閣下も如何ですか?」
私の視線に気付いたのだろう、済まなそうにクロワッサンを勧めて来た。いや、食べたいんじゃないんだが…その紙袋、一昨日から持っていなかったか?
「いや、私は遠慮しておこう」
「そうですか。多少時間の経ったパンでも、湯気を当てれば結構美味しく食べられるものですよ」
何時湯気を当てたのだろう。多少時間が、とは言うが、パンにとって二日間というのは多少の時間ではないだろうに…。
「ふ、ははは、やはり貰おうか」
「さあ、どうぞ。コーヒーも用意させましょう」
何だか余計な力が抜けた気がする。参謀長のおかげ、いやクロワッサンのおかげかコーヒーのおかげ…いや全部だな。


10月1日02:00
ボーデン星系、銀河帝国軍、帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ、
エルネスト・メックリンガー

 叛乱軍の中央、第一、第二艦隊が方形陣に陣形を変えつつある。此方の中央突破に備えての事だろう。
「見破られているな」
「ああ。だが、この程度も看破出来ないのでは興醒めというものではないか?ケスラー少将」
「確かにな…敢えて分かりやすくしているのだからな。ところでメックリンガー少将、フォルゲンからの報告は見たか」
フォルゲン星系から、戦闘の中間報告が届いていた。叛乱軍十三艦隊は小惑星帯に布陣、機雷を敷設していた様だ。ミューゼル提督が攻撃を開始、指向性ゼッフル粒子でまず両翼が啓開路を開き前進して突破を図った。これに対し叛乱軍十三艦隊も両翼を前進させ啓開路を塞ぎにかかる…この状況に叛乱軍が慣れたところでミューゼル艦隊の本隊が啓開路を作り本隊が前進突破を図った…兵力の劣る叛乱軍十三艦隊は先に展開した両翼を呼び戻し、ミューゼル艦隊の本隊に対処、この隙にミューゼル艦隊両翼が前進突破…。

 「見事だな」
「うむ、見事だ。艦隊司令官として初陣とは思えぬ。だが…」
「叛乱軍が巧妙だな」
「ああ」
叛乱軍に増援の第九艦隊が出現、この艦隊から分派された約二千五百隻が叛乱軍十三艦隊の右翼に合流、十三艦隊は元からいた右翼の分艦隊を一旦後方に提げ、そのままスライドさせて左翼の厚みを増した…兵力を分派した叛乱軍九艦隊は小惑星帯に入らずに小惑星帯に沿って移動……これを饒回運動と見たミューゼル提督は後退を開始……。
「機雷を全て爆破するとはな」
「戦闘中だ、回収は出来ない、それならいっそ、という事だろうな。ミューゼル艦隊は混乱しただろう」
「そうだろうな…概略図を見ると本隊の後方の艦艇はまだ啓開路の途上に位置している。両翼も全てが突破出来た訳ではない。戦闘を行っていたのは艦隊の本隊前衛と両翼の八割程だろう。後退するとなると、再び啓開路を使わねばならない。そこで機雷を爆破…盛大な花火だな」
沈んだ艦艇は存在しなかったが、爆破のあまりの熱量の為にセンサーに異常をきたした艦が続出、後退を継続したものの行動は停滞した…。
「この隙に叛乱軍十三艦隊は後退して小惑星帯を離脱、小惑星帯の外側を進んでいた叛乱軍九艦隊は急速反転、移動していた元の針路を急速移動、両艦隊は合流…鮮やかだな」
「敵ながら…洗練された戦術は芸術足りうる、そうは思わないか?」
「貴官らしい見方だなメックリンガー。饒回運動自体がミューゼル艦隊を後退させる為の物だったのだろうが、これ程鮮やかな連携を取るとは叛乱軍にも出来る奴等が居るな。またウィンチェスターか?」
「うむ。叛乱軍十三艦隊の司令官はヤン・ウェンリーという男だ。ウィンチェスターは九艦隊の司令官という事だ」
「エル・ファシルの英雄とアッシュビーの再来の組み合わせか」

 ケスラーは肩をすくめて嘆息した。
「難敵だな。地の利があるとはいえ叛乱軍十三艦隊は混乱する事もなくミューゼル艦隊の攻勢を防いでいる。まあ時間さえかければ殲滅は可能だろうが、第九艦隊の饒回運動とも取れる行動を見て余裕が無くなったのかもしれない。兵力を分派したとはいえ、第九艦隊は一万二千隻程は保持しているのだからな」
ミューゼル提督は、叛乱軍の饒回運動を見てメルカッツ提督に警告を発している。この時点では叛乱軍九艦隊が自分達の後方に回ろうとしているのか、メルカッツ艦隊の後方に回ろうとしているのか判断は出来なかったのだろう。
「これは心理戦だな」
「心理戦?」
「ああ。ミューゼル提督は…当時のヒルデスハイム艦隊でだが、ウィンチェスターに破れている」
「俺達も所属していたのだから当事者ではないか。それがどうかしたのか」
「ケスラー、卿はあの時何処に居た?私はベルタ提督の司令部に所属していた。卿は確か…ナッサウ分艦隊の司令部に居たのではないか?」
「そうだが…そうか、俺も卿も直接ウィンチェスターとは戦っていない。俺達はハーンに向かっていたのだからな。だが本隊の指揮は…指揮権を預けられたミューゼル閣下が執っていた…」
自分の指揮した初めての戦いで自らは負傷、当時の上司ヒルデスハイム伯爵も重傷を負った。ヒルデスハイム艦隊の本隊も壊滅寸前となったが殿軍となったマッケンゼン艦隊の犠牲により辛うじて撤退に成功…自分の指揮した戦いで一個艦隊の犠牲が出たのだ。トラウマとまではいかないだろうが、自分を追い込んだ相手に対しては穏やかな気持ちでは居られないだろう。

「ヤン・ウェンリーはともかく、ウィンチェスターに対しては含むところがあるだろうからな。そこを突かれたという訳か」
「うむ。叛乱軍第九艦隊の指揮官が他の者だったら、ミューゼル提督も気負うこと無く指揮出来たかもしれない。現に増援が出現するまでは整然と戦っているのだからな」
後退を決意したのもそれがあったからだろう。増援がウィンチェスター率いる第九艦隊と判明した。そしてその艦隊は目的の不明瞭な行動を取り出した。眼前の敵は頑強に抵抗している。その指揮官は『エル・ファシルの英雄』たるヤン・ウェンリー…。判断を阻害する不安定要素ばかりだ。自分がしてやられた様にメルカッツ艦隊もまた翻弄されるかもしれない。ミュッケンベルガー司令長官も明確に仰った訳ではないが、フォルゲンに派遣された艦隊の任務は警戒監視が主だ。極論すれば敵が居ても戦わなくていいのだ。おそらくメルカッツ提督はそのつもりでいただろう、だがミューゼル提督は攻撃を開始してしまった…。
「若さ故の過ち、かな」
「おいおい、随分と抽象的で感傷的な結論だな」
「そうだろう、閣下はまだ十九歳だ。経験が足りなかったのさ。閣下の経歴は参謀任務が主だ。指揮官や司令職は経験が無い。それに相手はウィンチェスターにヤン・ウェンリーだ、固くもなるだろうよ。ケスラー、十九歳の時…卿は何していた?」
「新米少尉だったよ」
「そうだろう?それを考えると十九歳で中将、そして艦隊司令官…考えただけで胃が痛くなる」
私の目となって欲しい、か…確かに私は、いや私だけではない、少なからずの者達がミューゼル閣下の推薦を受けて軍の表舞台に立つ事が出来た。彼には恩義がある、だがそれは彼に盲目的に従うという事ではない。ミューゼル閣下がこれから先下の者達の信頼を勝ち得る為には目に見える絶対的な功績が必要だ。例えば、次の宇宙艦隊司令長官は彼で間違いない、と思わせる様な……。
「どうした、突然黙り込んで」
「いや、何でもない」
ヤマト・ウィンチェスターとヤン・ウェンリーか…今のミューゼル閣下には高すぎる壁かもしれない…。


10月1日02:05
銀河帝国軍、帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ、
グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 メックリンガーとケスラーが何やら話し込んでいる。フォルゲンからの中間報告でも目にしたのだろう、ミューゼルが心配という訳か。ミューゼルは手許に置いた方がよかったかも知れんな、例え能力があろうともそれだけでは対処出来ない事が多すぎる。今しばらくは艦隊司令官として経験を積まねばならんだろう…。
「閣下、敵中央の二個艦隊が方形陣に変化しました。どうやら此方の中央突破に備える模様ですな」
「うむ。その様だな。だが二個艦隊では抑えきれぬだろう。総参謀長、各艦隊に一旦後退を命じよ。我が艦隊は最後に後退だ」
「はっ!…全艦斉射三連!このまま攻撃を続行、各艦隊の後退を援護せよ!」
「これで叛乱軍も距離を取るだろう、各艦隊には再編成を命じよ」
「了解致しました」
おそらくこれで勝てるだろう。再編成終了後、我が艦隊とゼークト、シュトックハウゼンの艦隊は叛乱軍中央の二個艦隊に対して攻勢に出る。叛乱軍が此方の前進を止めるには中央の二個艦隊では足りぬ。彼奴等の両翼も前進阻止に加わるだろう。そこで機を見て再編成を終えた此方の両翼…シュムーデ、ギースラーが前進して叛乱軍の両翼の側面から攻撃を加える。後は敵兵力を削り取っていけばよい…。
「総参謀長、後退したらしばらく状況が変わる事はないだろう、司令部の要員に交替で休息を取らせよ」



10月1日02:45
自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍総旗艦ペルクーナス、
ドワイド・D・グリーンヒル

 「帝国艦隊、後退しました。各艦隊、再編成に入ります」
「了解した。再編成終了後、各艦隊は状況を報告せよ。参謀長、第一、第二艦隊へ直衛艦隊の戦艦、巡航艦、あと空母もだ、全てまわせ」
「了解しました」
これで我々の周りには駆逐艦が二百隻程しか存在しなくなる。増援に出す艦艇もあわせて三千隻程…無いよりマシ程度だが仕方ない…。
「この後を考えると胃が痛くなるな」
「軍医に言って、胃薬を届けさせましょうか?」
「胃薬で治るならとっくに届けさせているよ…そうだ、フォルゲンの状況はどうだ?」
「中間報告が届いています。帝国軍が攻勢に出ましたが、現在は互いに対峙中の様です」
…ほう。流石はヤン・ウェンリーと言うべきか。これは…なるほど、ウィンチェスターの力が大、といったところだろうな。
「敵のミューゼル艦隊は新規編成の艦隊だったな?」
「はい。何でも皇帝の寵姫の弟だとか。年も若く、年齢は十九歳とあります」
「…そんなに人材難なのか、帝国軍は」
「それは無いでしょう。情報部はノーマークの様でしたが、ウィンチェスター提督は彼を高く評価しているとか」
「確か、イゼルローン要塞での停戦会見で実際にミューゼルという人物を見ているのだったな、彼は」
「はい」
「しかし、ヤン少将、ウィンチェスター中将は彼の攻勢を防いでいる。杞憂ではないのか」
「伸び代があるのでしょう。帝国軍も馬鹿ではありません、寵姫の弟だからといって正規艦隊を任せる筈はありません。しかもメルカッツ艦隊と共にフォルゲンを任されています。余程信頼されていなければ、主戦場ではないとはいえミュッケンベルガーもそんな配置にはしないでしょう」
「それもそうだな。伸び代か…新しい世代の指揮官という訳か」
「はい。ウィンチェスター提督はこう仰っていたそうです。『ミューゼルという人物だけではなく、彼の周囲にも注目した方がいい』と」
「詳しいな。誰から聞いたのかね」
「キャゼルヌです」
「なるほど…では確かな話だろうな」


 
10月2日08:00
銀河帝国軍、帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ、
ウルリッヒ・ケスラー

 我々は再編成と休養にほぼ一日半を費やした。戦いは既に五日目になる。叛乱軍の艦隊戦力を殲滅し後日のアムリッツァ、イゼルローン要塞の奪回に備える…今出兵の目的はそれだが、内実は新編なった艦隊戦力の実力の把握にある。実力の把握といっても実際に叛乱軍と戦うのだし、後日に備えなくてはならない。勝利を確実な物とする為には性急な戦闘は避けねばならないし、再編成と休養に一日半を費やしたのもその為だ。司令長官は慎重だった。各艦隊の現状を細部まで把握し、充分に英気を養った。宇宙艦隊司令部に入るまでは、単純な力攻めに頼るのみの印象が強かったが、この戦いに参加してその印象は大きく変わった。外から見る者には慎重が鈍重に見えるのだろう。力攻めに見えるのもそのせいだ。だが、大軍には奇策は要らない。ただ前進し、攻めるのみだ。
「前進せよ」
司令長官が短く、間違えようのない命令を下す。まずはこの直衛艦隊と共にゼークト、シュトックハウゼン両提督の艦隊が前進する。
「叛乱軍との距離、十光秒、まもなく全火器の射程圏内に入ります…前方に熱源多数発生、叛乱軍、長距離砲による攻撃を開始しました!」
此方はまだ発砲していない。司令長官は長距離砲による攻撃は効果が薄いと考えておられるのだろう。長距離ビームを防ぐ偏向磁場が、時折明るく光るのが見える…当然ながら着弾し爆散する艦や行動停止、機能停止する艦も続出する訳だが、それでもまだ司令長官は発砲命令を出さない。砲撃を物ともせず距離を詰める帝国艦隊…司令長官は叛乱軍に大軍の圧力をかけようとしている…
「これは…中々肝が冷えるな」
「ああ、敵も味方もな。メックリンガー、卿が叛乱軍の指揮官ならどうだ」
「無言で近付く帝国艦隊…重厚で不気味さすら感じるだろう。我々の決意の強要…気の小さい中級指揮官なら後退するかも知れんな。そういう者達を叱咤するのに必死になっているかもしれん…こういう圧のかけ方もあるのだな、いや、勉強になる。犠牲は必要最低限という訳ではないから、中々真似出来るものではないがな」
勉強になる、だが真似は出来ない、か…まさしくその通りだ。攻撃をせずに敵に近付くというのは凄まじく度胸の要る行為だ。度胸だけではない、恐怖心を抑える自制心、胆力も求められる…現に背中は冷や汗でびっしょりだ、司令長官は各級指揮官だけではなく一兵卒に至るまでそれを求めているのだ、ミュッケンベルガー司令長官だからこそ、皆この命令に従うのかもしれない…。
「敵の攻撃に対して、此方も反撃する。その反撃しているという事実に安堵するものなのだ、普通はな。しかしこれは…」
「ああ。その通りだ。司令長官は味方に対して問うておられるのだろう。帝国軍人の矜持を」
私とメックリンガーは思わずミュッケンベルガー司令長官を見ていた。長官の表情は、行動開始前となんら変わる事がない。宇宙艦隊司令長官を務めるというのはこういう事なのか……。
「全艦、砲撃戦用意」
再び間違えようのない予令が発せられた。司令長官の右手が上がる。
撃て(ファイエル)


10月2日15:50
自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍総旗艦ペルクーナス、
ドワイド・D・グリーンヒル

 再開された戦闘は苛烈だった。帝国軍は発砲する事なく距離を詰めて来た。長距離砲で攻撃を開始したが、ミュッケンベルガーの直衛艦隊、その両脇を固めるゼークト、シュトックハウゼンの両艦隊が此方の攻撃に屈する事なく此方に向かって来た。当然それなりの損害を帝国艦隊には与えているのだが、彼等は臆する事が無かった。攻撃を仕掛けて来る事もなくただ前進するのみの帝国艦隊に戸惑った…いや、恐怖したのだろう、まず第二艦隊の前衛がじりじりと後退を始めてしまったのだ。帝国艦隊が我々への攻撃を開始したのは一光秒以下の極至近距離になってからだった。帝国艦隊は斉射しながら更に前進、空戦隊を投入してきた。戦闘開始後の二日間が嘘の様な総力戦だった。此方の中央部も空戦隊を出して対処しているのだが、初動で帝国艦隊の無言の圧力に呑まれた影響は大きかった。第一艦隊は踏みとどまったものの第二艦隊が下がれば当然第一艦隊も下がらざるを得ず、戦線は徐々に後退していった。戦闘再開して一時間後には第二艦隊の前衛は既に崩壊寸前になっており、第二艦隊の援護に回る第一艦隊を援護する為に第三艦隊が、第二艦隊を外側から援護する為に左翼の第四艦隊が戦線参加せざるを得ない状況になっていた。

 「こういう状況になる事は想定はしていましたが…入り方が悪かった。あんな攻め手は想像出来ません」
「流石は帝国軍の宇宙艦隊司令長官、というべきだろうな。我が軍ではあんな攻め方は出来んだろう。だが、この戦いを生き残った帝国軍の将兵は正に精鋭といった存在になるだろうな」
「はい、残念な事ですが…。チェン提督の第十艦隊ですが、如何なさいますか。現在の状況から察するに帝国艦隊の両翼…シュムーデ、ギースラーが戦線参加する事は間違いありません、我々の両翼側面から攻撃し、我々を半包囲体勢に置こうとするでしょう」
前衛四個艦隊のすぐ後方には、増援として到着したチュン中将の第十艦隊が予備として待機している。彼等が到着したのは昨日の昼頃だった。もう一日到着が早ければ、此方から攻勢に出る事も可能だったのだが…。
「今動かしては敵の両翼に対処する時間を与えてしまう、もう少し様子を見る」
参謀長も同じ意見なのだろう。今第十艦隊を動かしても右翼か左翼に移動させるしかない。どちらに動かしても敵の中央三個艦隊に対しては有利に戦えるが、待機している敵の両翼が更に外側から攻撃参加するだけだろう。結局状況は変わらない…。
「閣下、敢えてミュッケンベルガー艦隊に突破させてはどうでしょう」
「わざとかね?」
「はい。そうすれば後方の第十艦隊がミュッケンベルガー艦隊と対峙できます。無論、ゼークト、シュトックハウゼンの両艦隊を止める事が前提ですが」
「成程な。そうなればミュッケンベルガー艦隊は孤立するな」
「はい。ただ、第一、第二艦隊は目の前の敵で手一杯でしょうから包囲攻撃は難しいでしょう。ですがミュッケンベルガー艦隊が孤立すると相手に思わせる事は出来ます。そうすれば他の敵艦隊もどうにかしてミュッケンベルガー艦隊を救おうとする筈ですから、何らかの打開策は見い出せると思います。撃破に拘らず、撤退に追い込むと考えれば…」
そうか、そうだな。撃破に拘るべきではなかった、追い返せればよいのだ。
「敵の両翼、動き出しました!それぞれ此方の両翼に向かっています!」
オペレータが今にも泣きそうな声をあげている…しっかりしろ、まだ負けてはいないのだぞ。
「参謀長、各艦隊にシャトルを出してくれ。単座戦闘艇(スパルタニアン)もだ」



10月2日19:40
銀河帝国軍、帝国軍総旗艦ヴィルヘルミナ、
エルネスト・メックリンガー

 「突破!完全に突破しました!」
オペレータが歓喜の声をあげている。よく役割を理解しているオペレータだ、こういう時はいつも以上に声を張り上げなければならない。概略図に映る敵の第一、第二艦隊の方陣形は無惨な姿を晒している。此方の両翼…シュムーデ、ギースラー艦隊も叛乱軍の両翼に襲いかかっている。後はこの艦隊がどちらかに変針し敵の両翼のどちらかを包囲すれば……どうした?
「前方に新たな敵集団、叛乱軍第十艦隊です!」
オペレータが新たな報告をあげた。後方に位置していた艦隊か……そうか、そういう事か。
「ケスラー、どうやら叛乱軍はこの艦隊を敢えて突破させた様だ」
ケスラーは一瞬顔色を変えたが、元の冷静な表情に戻ると概略図を見つめている。
「成程、無傷の第十艦隊にこの艦隊の対処をしようという訳か。同時に我々は孤立する事になる…」
崩れた筈の叛乱軍第一、第二艦隊は横隊陣に陣形を変化させようとしていた。
「我々を抑えきれないと見えたのは擬態だったのだ、叛乱軍も中々やる」
叛乱軍第一、第二艦隊はゼークト、シュトックハウゼン艦隊と対峙しているので後背から攻撃を受ける事はないが、我々が敵中に孤立してしまった事は間違いない。
「ここからは我慢比べだな」
「ああ。眼前の戦闘を諦めて援護に来てくれる艦隊を待つか、此方が変針して後退するか」
再び戦闘は膠着状態に陥った。何れの艦隊も戦闘を放置して我々の援護に来る事は難しいだろう。この艦隊を除けば、敵味方で四個艦隊同士が戦っているからだ。おそらく味方は四個艦隊合わせても残存兵力は三万隻に満たない筈だ。対する叛乱軍は未だ四万隻以上は存在する筈だった。どの味方艦隊が我々の救援に来ても、戦闘を継続する味方三個艦隊は著しく不利となる。

「撤退を進言しようと思う」
「俺達は新参だ。進言など受け入れられないに決まっている。煙たがられるのがオチだ」
「新参者だからこそ司令部内での余計なしがらみも少ない。それにこれ以上の戦闘は無意味だ。兵達を無駄死にさせるだけだぞ…司令長官も艦隊司令官達の実力は把握した筈だ。このまま戦い続ければ各艦隊の中核を残す事すら難しいぞ」
「…了解した。行くか」
ミュッケンベルガー司令長官はどうお考えなのだろう。麾下の艦隊の実力を図るのが目的とはいえ、一定の戦果は欲しい筈だ。
「…何やらオペレータ達が騒がしいぞ、見てくる」
そう言ってオペレータの元に向かったケスラー少将が急ぎ足で戻って来た。
「第十艦隊の後方から近付く所属不明の艦隊が存在する様だ。敵味方の判別が付かないので報告を躊躇っていたらしい。規模は七千隻程の様だ」
ケスラー少将は沈痛な面持ちだ。この状況で所属不明といえば叛乱軍としか考えられないではないか!
「進言は後だ、グライフス総参謀長に報告しよう」
私達の報告を聞いたグライフス総参謀長は一瞬だけ顔色を変え、そのまま司令長官の側に行き、耳打ちし始めた。
「おそらくは…」
「ああ、進言は必要なくなったな」
撤退の進言を考える事と、それについて納得する事とはまた別の話だ。残念だ。本当に残念だ…ミュッケンベルガー司令長官は固く拳を握りしめ、大きく深呼吸すると、よく通る声で命令を発した。
「撤退する」


 

 

第八十九話 ヴィーレンシュタイン追撃戦

宇宙暦795年10月3日02:00
フォルゲン宙域、フォルゲン星系、自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦グラディウス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「副司令とバルクマン准将に連絡、一時後退して陣形を再編せよ。参謀長、本隊は前進、近接戦闘用意、空戦隊を出せ」
「了解しました!」
メルカッツ艦隊はやはりしぶとい。大体、ラインハルトとメルカッツの組み合わせなんてとんでもない!ヤンさんとビュコック爺さんがタッグを組んだのと変わらん!…ラインハルトはまだヤンさんを探しているかな、奴が戻って来るまでに何とかしないと…ヤンさんがもうこの星系に居ないって知ったら…金髪さん、怒るだろうな…。
「ボーデンより入電です、帝国軍の主力は撤退を開始したそうです。此方の主力も態勢が整い次第追撃を開始するとの事です。第十三艦隊、間に合った様ですね」
「はあ、よかったよかった…って、帝国軍を追撃するのか、ボーデンの連中は」
「は、はあ、詳細は解りかねますがその様です」
追撃だって?…艦隊司令官達の中からそういう声が出たんだろう。戦闘が中途半端だったか、グリーンヒルのとっつぁんが指揮官達を抑えきれなかったか…あるいはその両方か…。追撃などしても無駄だろう。追撃を行うという事は戦果不充分だったって事だ。という事は帝国軍は余力を持って撤退を開始した事になる、当然追撃への備えはあるだろう…というか、まだ此処では戦っているんだぞ!

 「敵も空戦隊を出撃させた模様!…小型艦艇と思われる目標、多数が突撃してきます、単座戦闘艇(ワルキューレ)ではありません!」
恐怖からか、オペレータの声が裏返っている…小型艦艇?そうだ、メルカッツにはこの戦法があった!
「本隊全艦に通達、敵は宙雷艇による近接攻撃を仕掛けてくる、本隊所属の駆逐艦に自由戦闘を許可する」
宙雷艇…駆逐艦と単座戦闘艇の中間くらいの大きさで、機動性に優れていて主に実体弾による近接攻撃を得意とする帝国軍独自の特殊艦艇だ。防御力は無いに等しいけど、近接攻撃の威力は単座戦闘艇とは比べ物にならない。
「参謀長、空戦隊への命令変更、艦隊の防空に専念させるんだ」
一本取られたな……。



帝国暦486年10月3日02:30
フォルゲン宙域、フォルゲン星系、銀河帝国、銀河帝国軍、メルカッツ艦隊旗艦ネルトリンゲン、
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト

 「閣下、敵本隊の前進が止まりました。我が方に向かっていた敵空戦隊も引き返しつつあります」
「よし。参謀長、此方も一旦両翼を下げて再編成を行わせよう。本隊はこのまま戦闘続行だ」
「はっ!…両翼は随時後退して再編成、空戦隊は引き続き艦隊防空に専念せよ。本隊所属の各分艦隊は交互に斉射を行え。敵に息つく暇を与えるな!」
深く頷くメルカッツ提督の姿が視界の隅に入る。俺の指示は及第点という事だな。
「敵の前進は止まった…しばらく状況は変化しないだろう。参謀長、機を見て宙雷艦を下げてくれ。三十分程指揮を頼む」
提督はそう言うと艦橋を後にした。艦橋に残っているのは俺とシュナイダー少佐の二人だけだ。
「いつ見ても閣下の宙雷艇の運用は見事だな、シュナイダー。そうは思わないか」
「はい。小官は他の提督の方々にお仕えした事はありませんが、艦隊運用において、小型艦艇による近接戦闘法の実施についてはメルカッツ閣下が帝国軍随一ではないか…と思っています」
提督を支えて来た自負もあるのだろう、少佐は我が事の様に破顔した。
「そうだな…閣下の様に宙雷艇を多数運用するお方は珍しい。母艦も改装しなくてはならんし、空戦隊の編制も変えねばならんからな」
「母艦を改装…ですか?」
単座戦闘艇(ワルキューレ)の母艦があるだろう?宙雷艇を多数運用するには母艦を改装して、宙雷艇の専用母艦にせねばならない。となると母艦には単座戦闘艇を搭載出来なくなるから、替わりに戦闘艇を搭載するのは戦艦や巡航艦という事になる。そうすると空戦隊は分散配置が前提になって彼等の運用効率が下がる。それに、単座戦闘艇は空間戦闘から大気圏内戦闘まで万能にこなすが、宙雷艇は空間戦闘しか行えない。単一任務しかこなせない宙雷艇の為に専用母艦を揃えるくらいなら、汎用性のある単座戦闘艇を多数揃えた方が効率的だ、という事になるのさ。母艦を改装しても、搭載出来る宙雷艇は単座戦闘艇を搭載した場合の半分以下だからな」
「そうなのですか…気付きませんでした」
「閣下もその事はご存知だろう。だが閣下はこれまで辺境警備の任務が多かった。辺境警備では武装商船や海賊を相手にする事が多いし、惑星降下などの大気圏内戦闘は稀だから、単座戦闘艇より確実に相手を沈める事の出来る宙雷艇の方を好まれたのだろう」
「成程…」
「単座戦闘艇を艦隊防空に専念させるという事でいいのなら、戦艦や巡航艦への搭載で充分だからな。それに…」
「それに?」
「戦闘艇乗りの連中は、対艦戦闘より戦闘艇同士の空戦の方がお好みだろうしな」
「それは…言えてますね」
「それはそうとしてだ、ミューゼル提督が間に合えばよいのだが。条件さえ揃えば理想的な挟撃になる筈だ」
「敵が…ウィンチェスターが此方の意図に気付いていなければよいのですが」
「…そうだな、無事辿り着いてくれる事を祈るよ」



10月3日02:00
ボーデン宙域、ボーデン星系外縁部(アムリッツァ方向)、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 ”貴官の言う事は尤もだ。だがわざわざミュッケンベルガーが出馬しているのだ。彼を倒すか降伏に追い込めば、帝国軍どころか帝国そのものにヒビを入れる事が出来る。これはチャンスなのだ“
そう言うグリーンヒル大将の顔は、話す内容とは正反対の表情だった。横に立つチュン参謀長も苦虫を噛み潰したような顔をしている…おそらく私以外の艦隊司令官達に押し切られたのだろう、司令官達は今グリーンヒル大将が口にした内容そのままを上申したに違いない。確かにミュッケンベルガーを倒す事が出来れば、その功績は比類無い物になる…。
「…分かりました。確かにその通りです」

“うむ。申し訳ないが貴官は急ぎフォルゲンに戻り、第九艦隊の援護に当たってくれ。第九艦隊はメルカッツ艦隊と交戦中だ”

「了解しました。直ちに第九艦隊の援護に向かいます」

“ヤン提督、済まないな”

「いえ…」

 通信が終わった途端、ラップがベレー帽を床に叩きつけた。
「何を考えているんだ方面軍司令部は!帝国軍は余力がある内に撤退したって分からないのか!」
「落ち着け、ラップ。分かっているさ司令部は」
「だったら何故だ。方面軍の任務はアムリッツァの防衛だろう、帝国軍の追撃などどうでもいい筈だ」
激昂が止まらないラップに、コホンと咳をしてムライ中佐が話し始めた…おそらく艦隊司令官達に押し切られたのでしょう、ミュッケンベルガー元帥という獲物は余りにも大きい物です……。
「そんな事は分かっているさ!俺が文句を言いたいのはそこじゃない、司令部が艦隊司令官に押し切られた、って事にだ!」
全くその通りだよラップ…意見具申と言えば聞こえはいいが、他の艦隊司令官達は連名でグリーンヒル大将の命令に異を唱えたに違いない、グリーンヒル大将やチェン参謀長の顔を見れば一目瞭然だ…。
「ヤン、お前もだ、何が分かりました、だ!大体だな、追撃戦をやるなんてウチの艦隊は聞いていない、誰かそんな通信を受けたのか?受けちゃいないだろ!」
ラップは普段は物静かだが本質は熱い男だ。上官に対しても物怖じせずに物を言う。
「それにだな、ウチの艦隊が間に合ったからこそミュッケンベルガーは撤退を決めたんだ、それはヤンだけじゃない、皆分かっている筈だ!」

 そうだ。第九艦隊と合流後、ウィンチェスターから依頼された。自分が前に出るから密かに後退してボーデンに向かって欲しい、と。ミューゼル艦隊は負けたままでは終わらないだろうが自分が何とかする、増援が第十艦隊だけでは味方が手詰まりになる恐れがある、ボーデンの味方を救って欲しい、と……ミューゼル艦隊の動きが饒回運動ではないかと推測したウィンチェスターは、我々の撤退を隠す為ににメルカッツ艦隊へ向けて前進した。そしてその動きは成功した。撤退後、アムリッツァ宙域を掠めるようにボーデン宙域に急行、ボーデンの戦場に到着した。我々はミュッケンベルガー艦隊を側面から攻撃する為に第十艦隊を迂回する態勢に入ったが、此方の意図に気づいたのだろう、挟撃体制を構築する前にミュッケンベルガー元帥は撤退を決めた…。
「それにだ、第九艦隊はまだ戦ってるんだぞ!単独でだ!」
「分かった。私も悪かった、だから落ち着いてくれ、ラップ…参謀長」
私が敢えて参謀長の部分に力を込めて呼び掛けた事に気づいたのだろう、彼は深呼吸すると背筋を伸ばし直立不動の姿勢をとって、私に敬礼した。
「…失礼しました司令官、少々頭に血がのぼってしまった様です。熱を覚まして来ます」


02:20
ジャン・ロベール・ラップ

 分かっちゃいるんだよ俺だって…でもな、目の前のニンジン欲しさにヒョイヒョイ着いて行くんじゃ、命令系統も任務もあったもんじゃないだろ…。
「参謀長」
「…グリーンヒル中尉か、どうしたんだ?」
「閣下がこれを参謀長に持って行ってくれと…自室にいらっしゃらなかったので、多分ここ(食堂)だと思いました」
コニャックか…ヤンの奴、いいもの持ってるな…。中尉は氷とグラスを貰って来ます、と言って、厨房の奥に駆けて行く…ヤンには勿体ないくらいのお嬢さんだな、中尉の気持ちに奴が全く気付いていないのがまたもどかしいというか、腹立たしいというか……。
「おや、付き合ってくれるのかい?」
「少しだけですが」
中尉はグラスを二つ用意していた…トング、マドラー、アイスペールがあるのは分かるが、なんでアイスボールの用意まであるんだ?どうなってるんだ、この艦は…。乾杯して一口飲むと中尉が頭を下げた。
「すみません参謀長、父のせいで」
「…お父上が悪いんじゃないさ、武勲に目の眩んだ艦隊司令官達が悪いのさ。それに、中尉が謝る事でもない。ヤンだって分かっているよ」
「はい…」
自分の父親が、自分の好きな男を否定する…いや、否定した訳じゃないが、好きな男からの進言を拒否した現場を見ていたんだ、そりゃ切ないだろう…いや、待てよ、グリーンヒル大将は、中尉のヤンに対する気持ちを知っているんだろうか?通信中、大将からも中尉の事は見えていた筈だ、気持ちを知っててあの内容だと、父娘同士気まずかっただろうなあ…。
「中尉、ちょっとデリカシーに欠けるかも知れないんだが」
「はい?」
「中尉はヤンのどこがいいんだ?」
…酒を吹き出してむせるなんて、まるで漫画だな、分かりやす過ぎる…。
「閣下はその、エル・ファシルで助けて下さった命の恩人ですし、人格も素晴らしいですし、ウィンチェスター閣下もヤン提督は素晴らしい用兵家だ、って絶賛していらっしゃいますし、軍人として敬愛、いや尊敬…尊敬しているだけですが……どこがいいんだ、なんてそんな…」
むせたコニャックの飛び散ったテーブルを拭きながら、新しく二杯目を作ろうとして…溢してしまった中尉は、真っ赤になって俯いてしまった…。
「…閣下には、言わないでくださいますか」
「当然さ。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて何とやら…だからね」
「あ、ありがとうございます」
ふう…何だか、怒っていたのが馬鹿らしくなってきたな。何時になるかは分からんが…幸せにしてやるんだぞ、ヤン…。
「中尉のお陰で気晴らしが出来た。もう一杯飲んだら艦橋に戻ろうか」


10月4日04:30
ボーデン宙域外縁(ヴィーレンシュタイン方向)、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ジークフリード・キルヒアイス

 ボーデンでの戦闘経過の概略図が、会議室中央のプロジェクターに映し出されている。九月二十八日に戦闘開始、その後三十日は味方、叛乱軍共に四個艦隊同士が戦闘を続行。互角の膠着状態に終始する。十月一日未明、ミュッケンベルガー司令長官の直衛艦隊が戦線参加、中央に布陣。その後再編成。十月二日朝、中央三個艦隊が前進。同正午、ミュッケンベルガー司令長官直衛艦隊による中央突破が開始される。同午後、ギースラー、シュムーデ艦隊、叛乱軍両翼へ攻撃開始。同夜半、直衛艦隊による中央突破策が成功するも孤立状態に陥り、叛乱軍一次増援の第十艦隊と交戦。同艦隊と叛乱軍第二次増援として出現した第十三艦隊による挟撃態勢を構築され、司令長官は撤退を決意…。

 「第十三艦隊。ふ…はっはっは…」
概略図に叛乱軍の第十三艦隊が投影されると、ラインハルト様は頭を抱えて笑い出した…。
「ヤン・ウェンリーめ、我々との戦闘の後ボーデンに向かったのか、道理で見つからない訳だ。私はとんだ道化ではないか」
「ラインハルト様、叛乱軍は我々の動きを饒回運動だと看破したのだと思います。その隙にヤン・ウェンリーは撤退ボーデンに向かった…我々とヤン艦隊が交戦し、痛み分けに終わったのは九月三十日未明ですから、急行すれば十月二日にはボーデンに到着可能でしょう…ですが常識的に考えて同数の艦隊が対峙している状況で、兵力を撤退させるなど考えられません。おそらくウィンチェスターの策謀でしょう」
「…そうだな。普通なら味方が劣勢になるのが分かっていて自分だけ余所に向かおうなどとは思うまい。しかし、またしてもウィンチェスターか」
ラインハルト様はきつく拳を握りしめていた…おそらくウィンチェスターはヤン・ウェンリーの動きを隠すために自らメルカッツ艦隊に向かったのだろう。その状況ならヤン艦隊がメルカッツ艦隊の後ろを取る為に移動中と此方に思わせる事が出来る。現にあの時ラインハルト様はそう考えた。ヤン艦隊の後背に回ろうと饒回運動を開始した矢先だったのだから…。
「しかし、次は立場が逆です。我々が叛乱軍の追撃部隊に逆撃を加えるのですから」
そう、次は立場が逆転する。ボーデンの主力の撤退の報を受けたメルカッツ提督は、我々に主力艦隊の援護に向かえ、と言ってくれたのだ。

“ウィンチェスター艦隊は私が足止めをする。卿はヴィーレンシュタインに向かうのだ。饒回運動の結果、卿の艦隊はすぐにこの宙域を脱する事が出来る。僥倖だな”

「ですが、閣下の艦隊単独では…ヤン艦隊の居場所もまだ不明です」

“なあに…所在不明の敵など居ないのと同じだ。警戒さえ怠らなければ如何様にも出来る…主力が撤退となれば、我々もそのうち撤退となるだろう。卿が先にこの星系を出るだけの事だ。分が悪ければ、我々も後退しすぐに後を追う。さあ、行くのだ”

 …あと二時間もすればヴィーレンシュタイン宙域に入る。距離、時間的に、我々の艦隊はおそらく叛乱軍艦隊の後方に出る筈だ。そのまま叛乱軍を急襲し、主力の後退を容易ならしめる。
「叛乱軍め、よもや真後ろから頭を叩かれるとは思うまい。フォルゲンの失態はヴィーレンシュタインで取り返す…そうだ、ハーンのクライスト閣下に超光速通信(FTL)を」

”どうしたのだ、ミューゼル中将“

「はい。閣下もボーデンの主力が撤退しつつある事はご存知かと思いますが」

“うむ。残念な事だ。ハーンに着いたばかりでこんな事になるとはな”

「小官も同じ思いです。ですが、メルカッツ提督と相談の上、多少の悪あがきをする事にしました」

“ほう。何を企んでいるのだ?”

「はい。小官の艦隊はまもなくヴィーレンシュタイン宙域に入ります。叛乱軍の追撃部隊に一泡吹かせようとしているところでして」

“そうか。ミュッケンベルガー閣下はご存知なのか”

“いえ。メルカッツ提督と小官の独断です。その方が奇襲効果は大きいと思われますので”

“確かにそうだ…だが中将、ただそれだけを伝えるためにわざわざ通信を行った訳ではあるまい?”

「はい。閣下の艦隊でアムリッツァ宙域に侵入して頂きたいのです。おそらくアムリッツァに残る敵は少数でしょう。獲物としては小さいかも知れませんが、叛乱軍に与える衝撃は小さくない筈です」

“なるほどな。という事は早い方が良さそうだ。直ちに行動を開始する。アムリッツァを占拠するのか?”

「いえ、そこまでは難しいと思います。一個艦隊では占拠は出来ても維持出来ません。叛乱軍の軍事施設の破壊、に留めた方が宜しいかと」

“一戦して敵の心胆寒からしめる、という訳だな、了解した”

「宜しくお願いします」





10月4日09:15
ヴィーレンシュタイン宙域、ヴィーレンシュタイン星系外縁、自由惑星同盟軍、第四艦隊旗艦レオニダス、
パストーレ

 ようやく追い付いた、あと三十分もすれば長距離ビームの射程距離内に捉える事が出来る。私、パエッタ、そしてルフェーブル…ミュッケンベルガーを倒し、同盟軍の三英傑として名を馳せるのだ……チェンもいたな。まあ奴はウランフの子飼いだが、席を分けてやる事にするか。クブルスリーは来なかった。グリーンヒルと共にフォルゲン宙域にて待機するという…何が良識派だ、良い子ぶっているだけの意気地無しではないか!

“何があるかは分からない、それにフォルゲンではウィンチェスター提督がまだ戦闘中だ。アムリッツァから離れ過ぎるのは得策ではないと思うが”

そうやって耳障りのいい事ばかり言っているから敵に付け入る隙を与えるのだ。
「閣下!」
「どうした、参謀長」
「後方の第二艦隊が襲われています!」
「何だと?何かの間違いではないのか」
「間違いではありません!救援要請の矢の様な催促です!」
「…第三艦隊に通信をとれ!」

“丁度よかった、パストーレ提督。後方の第二艦隊から救援要請が来ている”

「此方もだ。どうする?」

“救援に向かわねばなるまい、残念だが”

「…大魚を逃すのは惜しいが、仕方なかろう。だがこのまま無秩序に反転しては追撃中の帝国軍から逆撃を被る恐れがある。貴官が先に向かってくれ。私が殿を務めよう」

“了解した”

全く、パエッタの奴…手間を掛けさせおって、カイタルに戻ったら二杯、いや三杯は奢って貰わねばな…。
「後方、五時方向、高熱源発生!攻撃来ます!」
何だと!?バカな、早すぎる!


10月4日10:30
アムリッツァ宙域、アムリッツァ星系外縁部(ボーデン方向)、銀河帝国軍、クライスト艦隊旗艦スノトラ、
クライスト

 「十二時方向の叛乱軍艦隊、規模一万、距離十光秒」
ミューゼルの依頼のというのは癪だが、主力の撤退援護の為だ、やってやるさ…敵は居ない?いるじゃないか。ハーンに向かえと言われて正直腐っていたが、残り物には福があるというのは本当だったな!
「全艦、砲撃戦用意!」



10月4日12:00
アムリッツァ宙域、アムリッツァ星系外縁部(ボーデン方向)、自由惑星同盟軍、イゼルローン要塞駐留艦隊旗艦バン・グー(盤古)、
ウランフ

 「閣下、帝国艦隊、三時方向!規模一万五千隻、至近です!」
「まさかハーンからとはな…全艦、右九十度回頭、砲撃戦用意」
帝国軍主力の撤退の為にハーンまで出張ったというのか…?
いや、此方の隙をみてアムリッツァに侵入する手筈だったという事か……。
「帝国艦隊、旗艦照合…戦艦ノストラ、クライスト艦隊です!」
「クライスト…イゼルローンの借りを返しに来たという事か……撃て!」



10月4日12:50
ボーデン宙域、自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍総旗艦ペルクーナス、
ドワイド・D・グリーンヒル

 「ヴィーレンシュタインの状況ですが、第二艦隊壊滅、第四艦隊が残存艦艇の内、八割の損害を出して撤退しつつあります。殿として第三と第十艦隊が現在交戦中です」
「全てミューゼル艦隊の仕業だというのか、参謀長。ミューゼル艦隊はフォルゲンにいる筈だが…」
「隙をみてヤン提督がフォルゲンから此方へ転進しているのです。此方がそれが出来るのなら、帝国軍も同様でしょう」
「確かにそうだな…しかもハーンからも敵が来るとは…」
「第一艦隊はどうなさいますか?」
「クブルスリー提督には急ぎアムリッツァに戻って貰おう。今頃はヤン提督もアムリッツァだ、失陥だけは避けられるだろう。基地のキャゼルヌと話したい。超光速通信(FTL)を」

「了解致しました」

“大変な状況になってしまいましたな”

「うむ。キャゼルヌ少将、アムリッツァの状況だが…」

“ウランフ閣下からも連絡を頂きました。現在、民間人の山間部への疎開準備を進めています”

「了解した。済まないな。現在クブルスリー提督の第一艦隊をそちらに向かわせるところだ。それに、第九艦隊の支援に第十三艦隊がアムリッツァ経由でフォルゲンに向かっている。今頃はアムリッツァに居る筈だ。うまく行けばヤン提督が駐留艦隊を援けてくれるだろう。間に合うといいのだが」

“閣下はどうなさるのです?”

「此処で追撃部隊の帰還を待つ。彼等を抑えられなかったのは私の責任だからな」

「…了解しました。此方も最善を尽くします」


10月4日19:00
アムリッツァ宙域、アムリッツァ星系、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「イゼルローン駐留艦隊旗艦、バン・グーの反応が無い、とオペレータが言っています……残存艦艇の収容を行いますか」
報告するグリーンヒル中尉は青ざめている……。
「…了解した。参謀長、第一艦隊が到着するまで此処に留まる。フォルゲンも心配だが、我々が去った後あの艦隊が引き返して来ないとも限らない」
「はっ」
我々の艦隊を確認し、後背を突かれると思ったのだろう、帝国艦隊はハーン方向に後退していった。それはそうと、追撃部隊はひどい目に遇ったらしい。第二艦隊は壊滅状態、第四艦隊も損害が残存艦艇の八割に達し、第三艦隊はミューゼル艦隊と反転したギースラー艦隊との挟撃に遇ったものの第十艦隊が割って入り、命からがら撤退したという…。

 「やれやれ…我々が撤退してボーデンに向かった様に、ミューゼル艦隊も撤退してヴィーレンシュタインに向かったのか…しかし、とんでもないな、ミューゼル艦隊は。ウィンチェスター提督が高く評価するのも頷けるよ」
「ですが、フォルゲンではそうではありませんでしたが」
「状況が違うよ参謀長。フォルゲンでは我々に地の利があった。それにミューゼル中将にとっては自分が敗れた艦隊との再戦だ、慎重になりすぎたのだと思う。今思えば、彼等が機雷原を全て爆破してもおかしくはなかった。そうなれば敗れていたのは我々だっただろう。ボーデンでは味方が齟齬を犯した。ミュッケンベルガーに気を取られ過ぎて後方の警戒を怠った。これではどうしようもない」
「ですが、その状況ならミューゼル中将ではなくとも、どんな艦隊司令官でも勝利は確実なのではないですか?」
「ミューゼル艦隊は会敵後一時間もかからずに第二艦隊を壊滅状態に追い込んでいる。そしてそのまま第四艦隊へと矛先を向けた。第四艦隊に組織的な抵抗をする力がないと見るや、第三艦隊を反転したギースラー艦隊と挟撃して半壊に追い込んでいる。第十艦隊は無事だったが、それでも少なくない被害を出している…ここまで三時間ちょっとだ、誰でも出来る事じゃない」

 ラップが目配せすると、パトリチェフ少佐が慌てて概略図を表示した。今私が話した内容が映し出される。概略図で改めて見ると、流れる様にミューゼル艦隊が動いて行く…際立った手際の良さだ。追撃の各艦隊の距離がそれほど離れていなかったせいもあるだろうが、見事だ……見事と言ってはいけないか…。
「閣下、第九艦隊から超光速通信(FTL)です」
グリーンヒル中尉がそう言いながら通信オペレータに合図すると、通信が司令部艦橋に回された。スクリーンにの中のウィンチェスターは力なく笑っている…大変だったのだろう…。
「そちらに急行していたのですが、ウランフ提督から救援要請を受け現在アムリッツァ星系にて待機しています。第一艦隊も此方に向かっていますので、引継ぎ次第そちらに向かうのですが…旗艦バン・グーの撃沈を確認。ウランフ提督はおそらく戦死なさったものかと…残念です」

“此方にもヴィーレンシュタインやアムリッツァの状況は伝わってきました。どうやら各星系の帝国艦隊にも撤退命令が出た様です、メルカッツ艦隊は後退しました…ウランフ提督が…そうですか”

「帝国軍はハーン宙域にも艦隊を配置していた様です。ウランフ提督はその艦隊の襲撃を受けたと思われます」

“ハーンですか。通常の場合、帝国軍はハーン宙域を軍事行動には使用しないのです。フェザーンに近いですから”

「ええ、過去の戦いからもそれは明らかです。フェザーンの経済活動に支障が出る、それが理由ですね」

“はい。ですが、帝国軍は今回ハーン宙域を通過した…フェザーンが帝国よりに動いた、という事ですね。あ、アムリッツァ、カイタルは無事ですか?”

「ええ、すんでのところで無事の様です。敵艦隊は我々の姿をみて後退しましたから」

“よかった…ヤン提督、此方への移動は不要です。そのままアムリッツァにて待機して下さい。此方もメルカッツ艦隊は後退しました。撤退を見極めるまでは我々はフォルゲンから離れられませんが、もう増援は必要ないと思います”

「了解しました」

“お互いに無事で良かったですね、では”

通信は切れた。
「聞いての通りだ。このままアムリッツァで待機する。戦闘配置はまだ解く事は出来ないが、休憩してくれ、六時間だ。みんな、とりあえずはお疲れ様」
皆が背伸びしたり欠伸をしたり、思い思いにしゃべりながら艦橋から離れて行く。残ったのは私、グリーンヒル中尉の二人だけだ。
「中尉、貴官も休んだ方がいい。疲れただろう?」
「いえ…閣下こそお疲れなのではありませんか。フォルゲンでの交戦開始から、ずっと艦橋で指揮をお執りになっておられました」
「私は足を投げ出して座っていただけだ。疲れてはいないよ。それより、紅茶を頼めるかな。ブランデーを…」
「ブランデーをたっぷりですね、閣下」
「そうそう。それが終わったら休みなさい。命令だ」
「…はい。了解致しました」
中尉が艦橋を出て行く。ラップの言う通りだ、追撃などしなければこんな事にはならなかっただろう。ウランフ提督が戦死、第二艦隊壊滅、第三、第四艦隊も被害甚大…。ハイネセンに還れるのは当分先になりそうだな。ユリアンは元気でやっているだろうか…。


 

 

第九十話 新人事

宇宙暦795年10月9日11:45
アムリッツァ宙域、アムリッツァ星系カイタル、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍地上司令部、第九艦隊司令部事務室、
ヤマト・ウィンチェスター

 激戦だった。何とか帝国軍は撃退したものの、被害は甚大だった。追撃なんてしなければ…ラインハルトの戦術能力が低いって言ったのは訂正だ。何度概略図を見直してもとんでもない鮮やかさだ。というよりはやっぱり同盟軍の艦隊司令官達の能力が低いのか?今回の戦いの損害を合計すると第二艦隊は壊滅状態でパエッタは重症、第三艦隊は六割の損害、第四艦隊は九割の損害、第十艦隊も四割の損害、イゼルローン駐留艦隊もほぼ壊滅、ウランフ提督は戦死…比較的損害軽微の第十三艦隊ですら四割近い損害、俺の艦隊も三割程の損害をが出た。まあ、俺の艦隊はマイクをヤンさんの援護に回したから、そこが響いているな…あわせて六百万人近い戦死者だ…元の世界なら横浜と名古屋を合わせたくらいの人間が死んだ事になる…とんでもない数字だよ全く。

 “ご苦労だったな”
画面にはシトレ親父とルーカス親父、コーネフ親父が映っている。統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官が揃ってる絵面なんて中々見れるもんじゃない。それだけハイネセンでも深刻に捉えられているという事だろう。
「それほどでもありません。自分の指揮で死んでいった者には申し訳ありませんが、よく切り抜けられたと思っています」


”しかし、よくやってくれた。貴官が第十三艦隊をボーデンに送らなかったら、あのままアムリッツァまで押し込まれていただろう“

「…ありがとうございます、まあ、その後全て台無しになってしまいましたが」

“言いにくい事をはっきりと言うな、君は”
ルーカス親父は苦笑している。

「本当の事です。あたら死ななくてもいい者達が一部指揮官の欲の為に死んでいったのです。猛省すべきでしょう」

“分かっているよ。今貴官が指摘した事も原因の一つではあるが…問題は何だと思うかね”

「強い指揮官が居ません」

“強い指揮官?戦闘に強い指揮官という事かね?”

「それもそうですが、指揮官をまとめる事の出来る指揮官が居ません、下の者の暴走を止める事の出来る上級指揮官が」
返事が無い。思う事を話せ、という事か?

「距離の問題もあり、実際に現地を統括したのはグリーンヒル大将です。大将はアムリッツァ方面軍総司令官ですからそれは分かります。しかし全般指揮において少し消極的だったのではないかと感じています…いえ、消極的だったと思います」

“続けたまえ”
シトレ親父は口を出さない。話しているのはルーカス親父だけだった。職制上、シトレ親父やコーネフ親父は宇宙艦隊に作戦面の口出しは出来ない。報告を受けたルーカス親父が、それをシトレ親父報告する。二人が一緒にいるのは報告の手間を省く為だろう。それだけ体制の再構築が急務という事だ…。

「ボーデンでの話ですが、戦術単位として味方は艦隊が一個少ない、それは仕方ありませんが、であれば尚の事攻勢に出るべきでした。確かにミュッケンベルガー艦隊は予備の位置にありましたが、常識的に考えて最上位の指揮官が後方に居るのは当たり前の話です。現にミュッケンベルガー艦隊が前に出たのは戦闘開始後二日以上経ってからです。早期に右翼なり左翼なりを三個艦隊で全力で攻撃していれば状況はもっと楽になったと思います」

“貴官ならそうしたかね?”

「ええ、攻勢に出たと思います。変わってフォルゲンの話ですが、小官はフォルゲンへの増援という命令を受けました。分かりきった事でしたので敢えて訪ねませんでしたが、任務はフォルゲンの警戒監視なのか、それとも出現するであろう帝国軍の撃破なのか。その点が不明瞭でした。更に言わせて頂ければ、ボーデンに出現した敵はは五個艦隊。帝国政府の公式発表では六個艦隊による出兵でしたから、少なくともフォルゲンに一個艦隊が出現するという事は事前に予想出来た筈です。ですが、フォルゲンに派遣されたのはヤン提督の第十三艦隊です。半個艦隊で一個艦隊に対処する…危険である事は素人にも想像がつく事です。どういう意図でそういう兵力配置を行ったのか…疑問を感じざるを得ません。増援を以て敵に対処する…それは分かりますが、前線が呼べる増援はイゼルローン要塞へ派遣される二個艦隊…今回は小官とチュン提督でしたが、二個艦隊しかいないのです。増援を前線の補強と考えるより遊撃部隊として活用する…それくらいの腹案は欲しいものです」
…喉が乾いた。察したのだろう、ミリアムちゃんが飲み物を取りに部屋を出て行った。

“ふむ。どうすればいいと思うかね?”

「上級指揮官の交替を望みます。正直申し上げてグリーンヒル大将は弱い指揮官です。誹謗や能力がない、と申し上げているのではありません、為人の問題です。グリーンヒル閣下は良識家で穏健、誠実な方です、我を通す事に躊躇いを持たれている様に思います。それ故に下からの突き上げに弱い。そこを艦隊司令官達に突かれたのです。まあ、任務より個人的な武勲を追求した艦隊司令官達も問題ですが。出来れば彼等も替えて欲しいですね」

“適材適所ではなかった、という訳だな”

「はい。難しい問題ですが」

“ありがとう。参考になったよ。ところで、貴官の元の任務はイゼルローン要塞への派遣だったが、現状ではアムリッツァに留まって貰うしかない。厳しいとは思うがよろしく頼む”

「了解致しました」

あまり言葉を飾らず言いたい事を言ったつもりだけど、ちゃんと伝わったかな…。
「結構厳しい事を仰られていましたが…大丈夫なのですか?」
よく見つけてきたもんだ…というかちゃんと存在するんだな、焼酎。水割りね、濃いめでお願い。
「ありがとう…平気だよあれくらいは。多分…グリーンヒル閣下の事にしろ艦隊司令官達の事にしろ、本部長も司令長官も分かっている事だ」
「では…それ以外の生の声が聞きたいと?」
「そうだろうね。ウチの艦隊はボーデンには居なかった。だから上としても聞きやすい」


12:00
ミリアム・ローザス

 焼酎…芋で造ったお酒らしい。それにしても真っ昼間からお酒なんて飲んでていいのかしら…。
「ヤン提督はどう思ってらっしゃるのでしょう。追撃が行われた時にはヤン提督はアムリッツァでした」
「ヤンさんにも色々聞いているんじゃないかな。聞けばヤンさんのところには追撃の話は来なかったみたいだし」
初耳だわ…帝国艦隊が撤退したのはヤン提督の第十三艦隊と第十艦隊とでミュッケンベルガー艦隊を挟み撃ちにしようとしたから…って事は知ってるけど…。体よく追い払われた、って事かしら。
「ヤン提督にこれ以上功績を立てさせたくなかった…って事でしょうか?」
提督はキャビネットからもう一つグラスを取り出した。飲めって事なのかしら……く、くさい!これが焼酎…。我慢、我慢…。
「艦隊司令官達はそう思っていたかもしれないね。グリーンヒル閣下は違ったかもしれない。ヤンさんから聞いたんだが、追撃の決定を知らされた通信で、グリーンヒル閣下やパン屋…じゃなかった、チェン参謀長は苦虫を噛み潰したような表情だったらしいよ。追撃なんていう愚行に付き合わせたくなかったんじゃないかな。まあ我々への増援という事もあっただろうけど」
そう言うと提督は大きいため息をついた。グリーンヒル閣下は艦隊司令官達を抑え切れなかった責任を感じていた、って事かしら。そうよね、追撃なんてしなければあんなに戦死者が出る事は無かった…。帝国軍が撤退したからいいものの、味方の三個艦隊を打ち破った時点で引き返してもおかしくは無かった。三個艦隊を引っかき回したのはミューゼル艦隊と帝国軍主力の一部だけで、全体を見れば帝国軍にはまだ余力があったのよね…。

 「ミュッケンベルガーは自ら囮になったのかもなあ」
いつの間にか焼酎のボトルは半分以上が空になっていた。
「まさかな…ミュッケンベルガーの性格を考えるとなあ…自分を囮にして麾下の艦隊がどう動くか見る…特に自分の周りではなく他の星系の………」
「……閣下?」
寝てる…。そりゃ寝ちゃうわよね、戦闘始まってからほとんど寝てなかったし。カイタルに着いてからも何かしらと忙しかったし。タオルケットか何か持ってきてあげよう…おやすみなさい…。



10月9日12:30
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、統合作戦本部ビル、統合作戦本部長公室、
シドニー・シトレ

 アムリッツァは守られた。だが犠牲はあまりも大きい。戦力の建て直しは急務だ、アムリッツァの残存兵力は規模にして三個艦隊程の兵力しかない。そして攻め寄せた帝国軍の損害は軽微…最悪の場合、半年程で帝国軍は再度侵攻してくるだろう。当面はハイネセンにいる六個艦隊をアムリッツァに持って行くしか手はない…。
「第三、第四、第十艦隊の残存艦兵力は、第一、第九、第十三艦隊の再編成に充てよう。どうだろうコーネフ次長」
「異存はありませんが、第三、第四、第十の各艦隊は一から艦隊再編という事になりますな……処分の代わり、という訳ですかな」
「グリーンヒルの性分では追撃しようなどとは思わないだろう。追撃自体は悪くない、ただ…追撃の意見具申を行った艦隊司令官達には、負けた時の事も考えて欲しかったな。司令長官はどう考えるかな」
「私も異存はありません。どのみち損害の大きい艦隊はハイネセンに戻さねばなりませんし…アムリッツァに残る艦隊の再編成も同時に行えるのですから、願ったり叶ったりです。あと私は退役します」
「辞めるというのかね」
「誰かが責任を取らねばなりません。アムリッツァの失陥は避けられたとはいえ、約六百万の犠牲はあまりにも大きい」
ルーカスが辞めるとなると私も辞めねばならんな…出来れば勝利の後に辞任したかったが、頃合いかもしれんな。
「では私も辞任しよう。コーネフ次長はどうするね?」
「お二人が辞任するのに私だけ残る訳にはいきません。まあ私はもうすぐ定年でしたから、それが少し早まっただけです」
「済まないな、次長。では後任人事だが…私の後任はグリーンヒルにしよう」
「…宜しいのですか?」
「奴なら何故自分がこの地位に推された意味を理解するだろう。次長はクブルスリーとする。どうかな、次長」
「宜しいと思います」
「うむ。ではルーカス長官、君の後任だが、誰が適当と考えるかね?」
「ビュコック大将を押します」
「ビュコック大将か…彼は兵達の信望は厚いが、強い指揮官と言えるか?士官学校を出ていないし艦隊司令官達が従うかな」
「補佐する者を付ければよいでしょう。副司令官を置けばいいと思います。ウィンチェスターを昇進させ、副司令長官にすればいい。副司令官職が新設される…この意味を分からない高級指揮官は必要ないかと。それに、反発する者には我々と共に辞めて貰うか、一線から引いて貰う。本部長以下三人が辞めるのです、説得もしやすい」
「私と同じ事を考えていたとはね」
「兵達からの信望の厚いビュコック大将と同盟市民からの人気のあるウィンチェスター…ヤン少将も昇進させましょう。ウィンチェスターとヤンの働きがなければ、戦いの結果は違っていた筈です」
「そうだな…責任を取り上層部は辞任、後任人事は真に戦える体制作りの為に…と理解して貰えるだろう。これでよければトリューニヒト氏に報告するが、いいかな?」
「はい」
「宜しくお願いします」
「あとは艦隊司令官達だな」
体制が代われば辞める者もいるだろう。後釜を決めておかねばならん。あの男に決めさせよう…。



帝国暦486年10月10日11:00
フェザーン星系、フェザーン、フェザーン自治領主府
アドリアン・ルビンスキー

 「ボルテック補佐官、今回の帝国と同盟の戦いだが、どうなったかな」
そんな驚いた顔をしなくてもいいだろう。確かに結果は知っているが、それを俺から言ってしまったらお前の仕事が無くなってしまうだろう?
「既にご存知とばかり思っていましたので、報告を失念しておりました。申し訳ございません」
戦略的には同盟の勝利、戦術的には帝国の勝利…ボルテックの報告は予想通りの物だった。ここからが本番だ、補佐官としてそこから何を読み取ったか、何を発見したか。そして何を俺に進言するか…。
「帝国の高等弁務官府、レムシャイド伯からですが、此度の協力、まことに感謝する…とのお言葉をいただきました」
「ほう、何か協力したのかな?」
「出兵に関する情報について欺瞞工作を少し。私の一存で行いました。事後報告となった事をお詫びします」
詫びるにしては誇らしげだな……マスコミから帝国の出兵規模についてのニュースが流れた。出兵規模は…証券取引、株の値動きについて。同盟がこの情報を元に作戦行動を策定する事を期待しての工作だ。株価や証券取引の動きは隠せないから、マスコミを使い嘘の出兵規模の情報を流すと共に値動きを煽る…この動きの裏にボルテックが存在しているのは別の線から報告が上がっていた。まあこれくらいやってくれなければ補佐官とは言えん。

「よくやってくれた、補佐官」
「ありがとうございます。カストロプの件、ハーン航路の軍事利用の件、欺瞞情報…これで帝国の我がフェザーンへの心証はかなり改善されたと思われます」
「そうだな、お陰で帝国内で多少事を起こしてもフェザーンが疑われる事はない」
「はい。ですが、本当に同盟については考慮しなくても宜しいのですか」
「補佐官、帝国と同盟…裏から操るにはどちらが容易いと思うかね」
「そう仰るからには閣下は帝国の方が容易いと…」
「そうだ。同盟の為政者達は常に同盟市民という有権者の目を気にしなければならん。同盟に対し本格的な工作を行うとなると、同盟市民の世論というものまで気にしなくてはならん。不確定要素が大きいし、第一、面倒だ」
確かに政府閣僚を利権で縛る事は可能だ。現に最高評議会議長ロイヤル・サンフォードや幾人かの閣僚、評議会議員は我々の手中にある。…彼等にフェザーンに有利になる様な政策を実行させる様に迫る事も可能だろう。だが同盟の有権者達…同盟市民は反帝国感情も強いが、潜在的な反フェザーン感情も持っているのだ。フェザーンの拝金主義者共…という言葉にそれが集約されている。そして彼等は選挙という合法化された革命権を保持している。そして同盟の為政者達は彼等を無視する事は出来ない。次代を担うであろう政治家を…例えばトリューニヒトの様な現在の同盟の政治の中心にいる様な人間を取り込むのが一番だが、今はそれは不可能だ。おそらく奴はリベートの類いは決して拒まないだろう。だが今の奴にはそれは必要がない。そういう働きかけを行っただけでも、奴はそれを人気取りの為に使う筈だ。政敵の追い落としにさえ利用できる。同盟の各種産業の指導者も同様だ。今同盟は建国当時に近い国内開発の熱気に沸いている。フェザーンの力が無くとも国内の内需だけで経済が回り始めている。そういう時には近付かないのが賢明なのだ。

「一方、帝国だが、此方は権力構造が固定化されている。地方貴族の反乱は起きてもそれは支配階級のアクシデントに過ぎず、革命的な行動ではない。そしてその貴族達は皇帝、帝国政府によって自らの権力を保証されている。その上一部の大貴族、政府閣僚以外は帝国の統治に関与する事がない。大部分の貴族達は自ら蚊帳の外に居る事を選択している様なものだ。そして彼等のほとんどはフェザーンと繋がっている。帝国政府もそれを知っているが、帝国の法を犯している訳ではないから咎める事もなくまた咎められるものでもない。此処に我々の勢力を浸透させればいずれは帝国を乗っ取る事が出来る」

 ボルテックは深々と頭を下げた。感服でもしたのだろうか、それとも長広舌だとでも思って打ち切らせたかったのか…。
「閣下のご見識には感服致しました。ですが、若しですが、帝国政府が貴族に対して我々との関係を切れ、または薄めよ…などと言い出したらどうなりましょう」
「貴族どもがたちゆかなくなる。自らの首を絞める政府の言う事など聞かぬだろう、暴発するだろうな。帝国貴族がどれほど存在すると思っている?ざっと四千家だ。大半が暴発するだろう」
「それを支援すると…?」
「してもしなくてもいいのだ。奴等を見限り帝国政府を支援するという手もある。そうすれば帝国政府そのものを乗っ取る事も可能となるだろう」

 ボルテックは再び頭を下げた。賛意なのか、場の空気を読む仕草なのか…まあ今はどちらでもいい。
「その場合、放置していた、あ、いや仮定の話ですが…放置していた同盟への対処は」
「そうだな、ここまで来れば同盟への工作も簡単になる。弱者として助けを乞うてもいいしオブザーバーとして帝国侵攻に参加してもいい。宇宙の統一に力を貸すとささやけばいいのだ。政治的には同盟の為政者が、経済面では我等が宇宙を統一する。単一の政治体制になれば裏面から操る事など容易い事だ。古代のローマ帝国をキリスト教が乗っ取った様にな。以前にも言ったが、当初計画通りの帝国、同盟の共倒れなどに固執する必要はない」
「では…同盟に潜伏させている工作員は撤収させますか?」
「いや、現時点で新たな工作を行う必要はないが、以前から実施している件については継続する。それに監視と情報収集は必要だ。そちらの方に注力させてくれたまえ」
「かしこまりました」



10月13日09:00
アムリッツァ星系、カイタル、アムリッツァ方面軍地上司令部、方面軍司令官公室
ヤマト・ウィンチェスター

 「あれ。ヤン提督だけですか」
「どうやらその様ですね、ウィンチェスター提督」
「その呼び方は今は止めて下さいよ、私とヤン提督しかいないんですから」
「今は勤務中だし、此処は司令部だ。私だって公私の別くらいつけるさ」
「未だに慣れませんよ、ヤンさんにそう言われるのは」
「お互いに、だね。私は二十八、君は二十五…この年で少将、中将だ。世の中おかしいんじゃないかと思うよ」
「そうですね…将官って、もっとふんぞり返っていても良いんでしょうけど、頭の中が追い付きません。本来ならお互いにまだ大尉か中尉でしょうから」
艦隊司令官集合、という事だったけど、呼ばれたのはどうやら俺とヤンさんだけらしい。二人だけとなると大体の想像はつくけど…。

 「待たせてしまったな。いや、そのままかけたままでいいよ」
グリーンヒル司令官が入って来た。起立して敬礼しようとする我々を止めながら、自分もソファに座った…何だか一回り小さくなった様な気がする。
「君達は昇進する事になった。理由は…」
「負けたからでしょう?」
上官の言葉を遮るなんて有ってはならない事だけど、言ってやりたい気持ちの方が強かった。ヤンさんも横で苦笑しているし、同じ気持ちなんだろう。
「…そうだな。当事者としてはそうはっきり言われると返す言葉もないな」
おいおい、そんなに暗くならないでくれよ、ちょっと皮肉を言いたかっただけなんだから…。
「君達の昇進だけではない。今後、軍の人事が刷新される。まず、統合作戦本部長、同次長、宇宙艦隊司令長官が辞任、勇退される事になった」
……は?どういう事だ?確かにヴィーレンシュタインでの損害は大きかった、その責任を取るっていうのか?だがアムリッツァは守られたんだ、辞める必要はないだろう?
「何故、辞任されるのですか?確かに被害は大きかったですが、アムリッツァは守られています。辞める必要はないと思うのですが」
「試合には勝った、だが勝負には負けた…大抵の場合、人は勝負に勝った方を褒め称えるものだ。アムリッツァ防衛には確かに成功した。だが合計六百万人近い犠牲者が出た、その事が同盟市民に与えたインパクトは大きいと上層部は考えた様だ」
「お言葉ですが閣下、それでは試合に勝った者は誰が褒め称えてくれるのですか?試合に負けたら全てを失うかもしれないのですよ」
「…そうだな、だが感情と理性は相反するものだ、同盟市民は戦場で負けた事に納得がいかないだろう…」
グリーンヒル司令官の暗い顔の原因はこれだったか。俺やヤンさんの昇進はともかく、シトレ親父達の辞任の原因は自分にある…と思っているんだろう…ヤンさんが俺をつついている、選手交代という事かな?

 「上層部の辞任の意向は理解しました、後任はどなたになるのです?」
「統合作戦本部長は私に決まったらしい。次長には昇進後クブルスリー提督が就く」
「それは…おめでとうございます。それで、宇宙艦隊司令長官にはどなたが」
「私に関しては目出度いかどうかは微妙だがね。身が引き締まる思いだよ…新しい司令長官はビュコック提督だ。提督は兵からの信望が厚い。適任だろう」
「それはそうですが、ビュコック閣下は士官学校を出ておられません。高級指揮官達が納得するかどうか」
「確かにそうだ。そこでビュコック提督を支える為に新しい司令官職が新設される事になった。宇宙艦隊副司令長官職だ」
「副司令長官…どなたがその職に就くのです?」
「君の隣に座っているウィンチェスター提督だ」

 は?副司令長官?俺がビュコック提督を支えるの?ヤンさんもびっくりしたのだろう、俺を見ながらポカンと口を開けている。原作の同盟末期を知る者としては胸熱なポジションではあるけど…。
「ウィンチェスター提督は大将昇進後、宇宙艦隊副司令長官に任命される。第九艦隊司令官兼任だ。ヤン提督は中将昇進後、第一艦隊司令官に転任する。新人事のうち、決定している事は以上だ」
以上…って、まだあるのか?

「閣下」
「何かな、ヤン提督」
「閣下は決定した人事は以上だ、と仰いました。続きが有るのですね?」
「うむ。シトレ本部長はショック療法をお考えの様だ。その治療法を実行するにはいい機会だと」
「ショック療法…ですか」
「そうだ。戦争が始まって百五十年、一進一退と言えば聞こえはいいが、同盟は常に帝国に押され気味だった。専制主義、帝国打倒を唱えながら、内実は同盟領内での防衛戦争だ。しかし状況は変化した。一つの宙域だけとはいえ、我々は帝国領内に足を踏み入れた。この状況を固定化させてはならない。新しい状況には新しい指揮官達が必要だろう」
「新しい状況には新しい指揮官…本部長のお考えは理解出来ますが、こうも一斉に上層部に動きがあると軍は一時的に機能不全に陥るのではないですか」
「貴官のいう事はもっともだ。だからこそ貴官達の人事以外はまだ未定なのだよ。現在ハイネセンから貴官等と交替してアムリッツァの防衛任務に就く艦隊が此方に向かっている。新人事は彼等がカイタルに到着後に施行される予定だ」

 グリーンヒル大将の話が終わり、公室を出るとヤンさんが食堂に行こうと言い出した。
「朝食がまだでね。君は?」
「付き合いますよ」
食堂は二十四時間営業だ。基本的には食事の時間は決まっているものの、何時でも食事を取れる様になっている。大抵の者達は七時台に朝食を済ませるから、今の時間は空いている筈だった。
「昇進は分からないでもないが、副司令長官とはね。おめでとう、ウィンチェスター」
「何だか否応なしに表舞台に立たされる様で嫌になりますよ。本部長達が辞任するとなると仕方ないかなとは思いますが」
二十五で大将…おまけに宇宙艦隊副司令長官、アッシュビーを抜いたな。それはともかく、敗戦を粉塗する為の昇進…いや、敗けた訳じゃないのか、でも敗けたという印象は拭えない…。同盟市民に与える影響が、とか言っていたけど、実際に同盟市民はどう思っているんだろう?……ああ、遺族に対する配慮だな、本部長達だけじゃない、トリューニヒトも大変だろうな…そっか、本部長達が辞めてもらった方がトリューニヒト的には都合がいいのか…ん?待てよ、市民から見たらどう見えるだろう。

 「同盟市民はどう見るだろうね」
ヤンさんも似たような事を考えたのかもしれない、俺の疑問と同じ事を口にした。俺がヤンさんに聞こうと思ったのに…。
「本部長達の辞任は…前線の艦隊司令官の暴走のせいで詰腹を切らされたと思うんじゃないでしょうか。図式的には全くその通りですから」
「やっぱりそう見えるかな」
「それを意図しているのかもしれません。しかも後任はグリーンヒル大将です、自分の指揮した戦いのせいで上司のクビが飛んだ、しかも自分はその上司の席に座る…確かにグリーンヒル大将の立場では全く目出度くない人事ですよ」
「そうだね…確かにショック療法かもしれないな。そして宇宙艦隊のトップにはビュコック大将…同盟軍の宿将がトップに立つ、そしてそれを支えるのはアッシュビーの再来とうたわれる同盟軍の若き英雄か」
「支えるのはエル・ファシルの英雄でもいいと思うんですけどね」
「勘弁してくれ、私みたいな青二才には無理だよ。それにだ、そんな地位に就いたら…」
「…就いたら?」
「昼寝をする暇も無くなってしまう」
「私だって青二才なんですよ?昼寝をする暇も欲しいです」
「冗談だよ、でもね、私より君の方がふさわしいと思う。君には現実が見えているからね。君の言う事は荒唐無稽に見えて地に足が着いているんだよ」
「そうですかね…結構行き当たりばったりなんですけどね」
「でも、君はその時々の状況にきちんと対応してここまで来た。そして、現在の状況を作り出したのも君だ。新しい状況には新しい指揮官…トップではない、でもトップに近い位置から全体を見渡せる…君の考えを実行するチャンスだ、今まで以上にね」
「ヤンさんらしくないですね…そんなにけしかけていいんですか?この先どうなるか分かりませんよ?」
「無定見に物事が進むより余程ましさ。それに、私も君の考える未来を見てみたいからね」



 

 

第九十一話 憂い

帝国暦486年11月1日14:35
ヴァルハラ星系、オーディン、銀河帝国、銀河帝国軍、ミュッケンベルガー元帥府、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「副司令長官職…でございますか?」
「不服か?」
「滅相もございません、小官ごとき若輩者には過分な地位でございます。ですが、小官は大将であります、小官などより経験豊富で上級大将でもあるクライスト閣下や同階級ではメルカッツ閣下の方が適任ではないかと…」
今回の出兵の結果、艦隊司令官の中では、俺とメルカッツが大将に昇進、クライストが上級大将に昇進した。また、俺の艦隊に所属する分艦隊司令達も功績の顕著だった者は皆昇進した…叛乱軍一個艦隊を殲滅、もう一個艦隊を潰走に追い込み、更にもう一個艦隊を半壊させた…うまく後背を取る事に成功したからだが、自分でもああ上手く行くとは思わなかった。
「メルカッツか…確かに奴も用兵巧者ではある。だが、奴には過日の卿の様な事は出来んだろう。それに、メルカッツはどちらかというと守勢に強い男だし、クライストは命令があってこそ働ける男だ。両名とも臨機応変の才は卿に及ばぬであろう。副司令長官ともなれば、自らの裁量で軍を動かさねばならぬ時もある。兵達は勝てる指揮官を好む。それが卿を選んだ理由だ」
メルカッツは守勢に強い…そうかもしれない。でなければ先日の戦いの様に、俺をボーデンに向かわせたりはしないだろう。
「そこまで評価して頂けるとは…ありがとうございます」
「正式の任命は今少し先になるが、その心づもりで居てくれ。卿の率いる艦隊司令官達だが…卿の子飼いから選ぶといいだろう。昇進した者達が幾人か居る筈だ。知らぬ訳ではあるまい?」
「はっ」
俺の艦隊でもミッターマイヤー、ロイエンタールが中将に昇進している。他にもケスラー、メックリンガーも同様だった。他の推挙した者も昇進している…副司令長官、望むところだが、何故だ?今までミュッケンベルガーは副司令官を置かなかった。それがここに来て…何か理由があるのか?

 元帥府を離れ、俺はキルヒアイスと共にヒルデスハイム伯のところに向かう事にした。伯爵はクラーゼン元帥府にて幕僚副総監として軍務に就いているが、今日は休暇という事で在宅中、との事だった。
「伯に会うのも久しぶりですね、ラインハルト様」
「ああ、お元気であられるといいが」
「ミュッケンベルガー閣下とのお話、いいお話だった様ですね」
「何故そう思う?」
「噂になっています。元帥はラインハルト様を自らの後継者にするおつもりではないか…と」
「事実なら嬉しいが、事実でなければ好ましくない噂だな」
以前の様に、露骨に俺を悪し様に罵る輩も少なくなった。姉上がブラウンシュヴァイク公の庇護下にある事もあり、俺も公の与党と見られているからだ。それと、ヒルデスハイム伯の幕僚として勤務した事が大きかった。大貴族の役立たず艦隊を正規艦隊と遜色ないレベルまで引き上げ、前線を担う事の出来る艦隊を作り上げた有為の人材…そう評価されているからだった。貴族艦隊で功績を上げれば上の覚えがめでたい…今ではそう考えて配属先に貴族の艦隊を選ぶ中級指揮官が増えているという…。

 「事実でなければ、俺を陥れたい連中には願ってもない内容だ」
「そうですね。注意が必要です」
…有為の人材、そうでなければヒルデスハイム伯が自分の艦隊を引き継がせはしない、軍上層部はそう判断したのだ。ウィンチェスターに喫した手痛い敗戦はあったものの、艦隊を引き継ぎ、先日のボーデンでの戦いでそれを覆した。噂が示している通り、ミュッケンベルガーの後釜に近い位置にあるのも確かだろう。だからこそ自重しなくてはならない。ミュッケンベルガーが副司令長官職を置く理由、またはそれに近い物が分からなければ安心する事は出来ない。

 「…変わられましたね、ラインハルト様は」
そう言ってキルヒアイスは微笑した。
「そうか?」
「以前の様にあからさまに覇気を表に現す事がなくなりました」
「…ふん、そうかもしれないな。今思うと恐ろしい事だ。自分以外…お前を除いてだぞ、キルヒアイス…自分以外が馬鹿に見えていたのだからな…覇気などではない、稚気だな」
だが、そうではなかった。確かに幼年学校の貴族の姉弟どもは馬鹿ばかりだ。だがそれをとりまく者達…特に大貴族を支える人間達や軍上層部はそうではない。自分の居る世界が狭すぎて、それが見えていなかったのだ。反骨心がそれを更に助長した…そう思わねばやってはいられない、そういう気分もあったのだろう。

 「そうではなかった、と?」
「ああ。考えても見ろ、十歳の子供がこの世の全てを理解出来ると思うか?」
「幼年学校に入る前の話ですね、それは」
「そうだ。あの頃は見える世界が単純だった。奪われた姉上を取り戻す為の力が欲しい、皇帝を凌ぐ力が欲しい…単純にそう考えて軍人になった。だがそれも皇帝に仕えざるを得なかった姉上のお陰だ」
「はい」
「姉上を取り戻し帝国の頂点に立つ、その思いは今も変わらない。だがそれは二人の力だけでは駄目だ、ただ単純に武勲をあげるだけでは駄目なのだ。俺はこの帝国を、自分の立つ世界をもっと知らなければならない」
「…それがヒルデスハイム伯に会う理由ですか」
「それだけではないがな。伯爵には世話になったし、お礼も言わねばならん」
「ご令嬢にも会えますしね」
「…ご令嬢?何の事だ」
「本当に興味のない事は何も知らないんですね、ラインハルト様は……」


16:30
オーディン、ヒルデスハイム伯爵邸、
エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム

 「突然の訪問、まことに申し訳ございません。お邪魔ではなかったでしょうか」
「卿等ならむしろ大歓迎だ。さあ、座るといい」
ここに来たのはおそらく副司令長官職の件だろう、だがわざわざ訪ねてくれるのは嬉しいものだ、さぞ娘も喜ぶだろう。
「ボーデンでの活躍は聞いているぞ、叛乱軍の三個艦隊を手玉に取ったというではないか。卿に艦隊を任せた甲斐があったというものだ」
「ありがとうございます。ですが、たまたま上手くいったに過ぎません。フォルゲンではまたしてもウィンチェスターにしてやられました。メルカッツ提督にも迷惑をかけてしまいました」
「戦闘の推移は私も見せてもらった。ウィンチェスター、ヤン・ウェンリーが相手と聞いて固くなったのであろう?」
「はい、恥ずかしながら」
「ヤン・ウェンリーという男はウィンチェスターの艦隊の後継者だったな。イゼルローン要塞にも居たな、確か」
「はい。ウィンチェスターの参謀長を務めていた男です」
「となれば一筋縄ではいかんだろう」
「はい。その背後に増援としてウィンチェスター艦隊…正直、何をしでかすか分からぬ怖さを感じておりました」
「ふむ…好敵手というのは居るものだな。私も卿をけしかけてしまったからな」
「力及ばず申し訳なく思っております」
「はは…これから幾らでも相まみえる機会はあろう。敗けたとしても最後に立って居れば卿の勝ちだ」
「肝に命じます」
「ここに来たのはこんな追従を聞く為ではあるまい?だがその前に夕食としようか。実はな、卿等が来たと聞いてハイデマリーが居ても立ってもおれん様でな」

 …ハイデマリーがハット達の手伝いをするとはな。お嬢様、よいのです、いいえ、手伝わせて…もう充分に年頃だな…。
「急な事で有り合わせで済まんが、食べてくれ」
「いえ、これで有り合わせ等と言われては、普段我々が食べているものは何なのか…と頭を抱えたくなります、なあキルヒアイス…では、頂きます」
話したくて堪らなかったのだろう、ハイデマリーがはしゃいでいる。
「ミューゼル様、ボーデンでの戦では大活躍だったのですって?父から聞きました」
「ここに居るキルヒアイス少将や皆の助けがあったからです。小官一人の力ではありませんよ、フロイライン」
「でも、ミューゼル様の事をお好きでなければ、皆も助けてくれないのではなくて?」
「小官の事を好きでなければ…ですか?」
「はい!キルヒアイス少将もミューゼル様の事が大好きだから、ミューゼル様をお助けするのでしょ?」
「はは…はい、その通りです、ハイデマリー様」
「ほら、やっぱり!私もお供してみたいなあ。いいでしょお父様」


18:10
ジークフリード・キルヒアイス

 「ハイデマリー、ミューゼル大将は遊びで前線に行っているのではないのだぞ。良い訳がないだろう」
「ええ…残念だなあ」
父娘の会話に反応に困るラインハルト様を見ているのも面白いが、屈託のないハイデマリー嬢を見ているのも面白い…ラインハルト様はハイデマリー嬢の気持ちに気付いては…いないか。
「ハイデマリー様はミューゼル大将をお助けしたいのですか?」
「はい!」
「お側に着いて行かなくとも、無事を祈って頂けるだけで充分に助けになりますよ。そうですよね、ラインハルト様」
「あ、ああ…その通りですフロイライン。無事を祈ってくれる方が居る、そう思うだけで力強く感じるものです」
やれやれ…ラインハルト様のオウム返しにヒルデスハイム伯も苦笑している。ハイデマリー嬢はともかく、伯爵はどうお考えなのだろう。自分の娘が、地位は得ているとはいえ帝国騎士に過ぎない家柄の者に好意を抱く…諦めさせるのだろうか、それとも……。


19:30
ラインハルト・フォン・ミューゼル
 
 「良い夕食でした、馳走まことに感謝いたして居ります」
「そうかしこまらんでいい…ところで此処に来たのは例の件の事であろう?」
執事のハット夫妻が酒を運んで来た。夫妻が退出すると、伯爵自らそう切り出した。
「お見通しでしたか…今日、ミュッケンベルガー閣下から、小官の宇宙艦隊副司令長官職への就任の内示がありました。既にご存知でございましたか」
「うむ。クラーゼン閣下から聞いた」
「有難いお話なのですが…」
「何故、副司令長官を置くのか、という事だな」
「はい。今までミュッケンベルガー司令長官は副司令官を置かれませんでした。何故今になってその職が必要なのか、理解出来ない部分がありまして…閣下なら何かご存知ではないかと」
伯はグラスに…俺達の分もだ…ブランデーを注ぐと、香りを楽しんでからグラスを口元に運んだ。
「卿等が出征する前の事だ。陛下がお倒れあそばされた。無論、箝口令が敷かれた。三日程で意識は戻り事なきを得た…心配要らん、陛下が倒れられたのは卿の姉君の所ではない」
皇帝はバラ園で倒れていたという。暗殺や弑逆の類いではなく、バラの世話中に誤って転び、頭部を強打したせいらしかった。
「陛下は以前から体調に不安を抱えておられる。これまでも何度か臥せっておられるが、今まではただの体調不良や深酒の類いが主であった」
深酒の類い…それは体調不良とは言わぬのではないか、そう思ったが、それを言っては伯も気を悪くするだろう…。
「では、昏睡状態になったのは今回が初だと」
「そうなのだ。まあ、此度は陛下ご自身がお転びあそばされたからなのだが、危機的状況になったのは間違いない。それで今更ながらに事の重大さに気がついたのだ」
「事の重大さ…後継者ですか」
「そうだ。陛下は未だ後継者を定められてはおらん。後継ぎはブラウンシュヴァイク家かリッテンハイム家のどちらかから…公然とそう思われているから、誰も気にしなかったのだ」
フリードリヒⅣ世は自分の娘をそれぞれブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯に降嫁させている。そしてそれぞれの家に一人ずつ孫娘が生まれていた。エリザベートとザビーヌだ。
「まことに畏れ多い事ながら、陛下は何故お世継をお決めなさらぬのでしょう?閣下はどう思われますか」

 伯爵のグラスにキルヒアイスが三杯目を注ぐ。意外なのはハイデマリー嬢も我々の話を聞いている事だ。伯爵なりの教育法なのかもしれない。態度から察するに口出しは禁じられている様だった。彼女はとんでもない量の生クリームの乗ったマキアートを飲んでいる…食べていると言った方がいいかもしれない。
「ふむ…ご自分が即位された折の事を、念頭に置いて居られるのかも知れぬな。元々陛下は後継者とは見なされておられなんだ…」
そう、若い頃の皇帝は放蕩者と見なされ、後継者としては見られていなかった。長兄リヒャルト、三男クレメンツが相次いで死に、奴に順番が回って来たに過ぎない。後継者など決めずとも、誰かがなるべくしてなる、そう考えているのかも知れない。
「決めたら決めたで宮中が緊張するのは間違いないがな、それに後継候補は両家の孫娘だけではない。もうお一人候補がいらっしゃるのだ」
「それはどなたですか?」
「亡くなられた皇太子ルードヴィヒ殿下のご子息だ。エルウィン・ヨーゼフと申されるお方で、今はまだ五歳ではなかったかな」
五歳…幼児がこの帝国を統べる事になるかも知れんとは…滑稽だな…だが血筋からすればその幼児が一番跡取りに近い筈だ。しかしそうは見なされていない、何故だ?
「ではそのお方がお血筋として後継者に一番相応しいのではないのですか」
「そうなのだがな。後ろ楯が居ない」
「なるほど、それで後継者と見なされて居らぬ、という事ですか」
滑稽どころか悲惨な話だ。自ら皇位を望まぬ限り、誰からも期待されていない人生を送る事になる。何の為に生まれ、何の為に生きるのか…。
「世知辛い話ではあるがな」
ハイデマリー嬢にきつく睨まれながら、伯は五杯目を注ぎ出した。伯はどう考えているのだろう…。

 「…閣下はご世嗣ぎについてどのようなお考えですか?」
「…ブラウンシュヴァイク一門としてはエリザベート様を押すが…貴族の一人としてはエルウィン・ヨーゼフ殿下だな」
そう答えた伯爵の表情は苦しそうだった。訊いてはいけない質問だったのかも知れない。
「…話を戻そうか。おそらくミュッケンベルガー元帥は帝国の混乱、特に帝都の混乱を防ぐ為には自分がオーディンに残るしかない、と考えたのだろうな。陛下の健康状態が不安な今、おいそれと外征になど出られない…と」
ミュッケンベルガーが前線に出ないとなれば代わりに宇宙艦隊を指揮する者が必要になる。それで副司令長官、という訳か。
「卿の副司令長官職への就任は反対する者が多かった。普段人事に口出しする事のないクラーゼン元帥ですら反対だったからな。確かに功績はあげた、だがそれは一個艦隊の指揮官としての物に過ぎぬ、複数の艦隊を率いて戦う事が出来るのか、と。それに…」
「小官の出自、でしょうか」
「それもある。だが一番の理由は卿がブラウンシュヴァイク一門の子飼いと見られている事だ」
そうだ。姉上がブラウンシュヴァイク公の庇護を受けている以上、俺も公の子飼いという事になる。地位を得る為には仕方ないと伯爵の参謀になった時からそれは覚悟していたが…。
「変事が起きた時、卿がブラウンシュヴァイク公に与すると思われているのだ。もしそうなったらミュッケンベルガー元帥がオーディンに留まる意味がない。宇宙艦隊は二つに割れる事になる」
変事…皇帝の死、だろう。このまま皇帝が後継者を決めぬまま死ねば、ブラウンシュヴァイク一門とリッテンハイム一門とで後継者争いが起こるのは間違いない。それを防ぐ為にミュッケンベルガーは帝都に残る…確かに俺がブラウンシュヴァイク公に付いたら、ミュッケンベルガーの行為は無意味になる。叛乱軍に知れたら混乱に乗じて攻め込んで来るだろう…。

 空になったグラスを見つめていると、ハイデマリー嬢が新たにブランデーを注ぎ出した。
「小官や姉上が伯爵並びにブラウンシュヴァイク公から並々ならぬご厚情を頂いているのは事実です。ですがそれは私事に過ぎません。小官個人の問題以前に、小官には帝国の安寧を護る大事な任務があります」
「…そう割り切る事が出来るのか?姉君はどうなる?陛下が崩御なされたら、またぞろベーネミュンデ侯爵夫人辺りが騒ぎ出すであろう。リッテンハイム侯も侯爵夫人を利用するかもしれん。卿は軍務だ、姉君を守る事が出来るのか?その事をブラウンシュヴァイク公に指摘された時、卿は私事は私事、軍務は軍務と割り切れるのか?」
「それは…」
充分に考えられる話だった。最悪の場合、ブラウンシュヴァイク公は姉上の命を奪うと強迫してくるかも知れない。
「…心しておく事だ。畏れながら、陛下とて不老不死ではいられない、死というものはいつ訪れるか分からんからな。副司令長官ともなればもはや簡単に首をすげ替えられる存在ではない。軍務次官、統帥本部次長、幕僚総監と並ぶ軍の要職だ。新任の大将ながらその職に就く…生半可な覚悟では務まらんぞ」
「はい。覚悟しております」
伯はそう言うと、分かった分かったとハイデマリー嬢に投げやりに答えてグラスを一気に飲み干した。

 ハイデマリー嬢が頃合いとみたのかハット夫妻を呼んだ。有無を言わさず酒を片付けてしまうつもりなのだろう。
「閣下のお話を聞けて、心から良かったと安堵しております。本当に来て良うございました」
「これからは副司令長官と呼ばねばならんな」
「それはちょっと…」
「はは…今日は泊まっていくがいい、既にハット達にはそう伝えてある」
「では…有難くお言葉に甘えさせていただきます」

 風呂を終えて用意された寝室に戻ると、キルヒアイスが神妙な顔をして窓の外を眺めていた。
「何か、あったのか?」
「いえ…伯は、ヒルデスハイム伯爵はどの様になさるおつもりなのかと思いまして」
「どの様に…それは皇帝が死んだら、という事か?」
「はい。伯は藩屏としての義務を果たす為貴族艦隊を訓練する、と仰って幕僚副総監の職に就かれました」
「そうだったな」
「幕僚副総監は言わば閑職ですからそれは可能ですが、伯はブラウンシュヴァイク一門、リッテンハイム一門両方の大貴族の艦隊の訓練を統括しておられます」
「派閥に関係なく訓練を行っているという事だな」
「はい、そして正規艦隊の一員としてノルトハイム兄弟を宇宙艦隊に送り込んでいます」
「送り込んでいる、というのは語弊があるのではないか?」
「いえ、途中から当時のヒルデスハイム艦隊に加わったラインハルト様や私と違って、ノルトハイム兄弟は伯の一門です。軍が要請したからといって簡単に伯が手放すとも思えません、自家の艦隊の指揮官なのですから」
「そうだな、ノルトハイム兄弟まで軍に取られては艦隊の指揮に支障をきたす事は間違いない」
「はい。そして伯のお考えではミュッケンベルガー元帥は万が一の為に帝都に残るという事ですが、その際ノルトハイム二個艦隊はどうなるのでしょう。普通に考えれば、ノルトハイム二個艦隊はブラウンシュヴァイク公につくでしょうが…」
「そう考えるのが普通だな」
「はい…あと伯爵は、一門としてはエリザベート様を推すが、藩屏としてはエルウィン・ヨーゼフ殿下を推すと仰られました。この意味は…」
「…藩屏としての義務を果たすおつもりかも知れんな」
「はい、ブラウンシュヴァイク一門としてではなく帝室の藩屏としての義務を果たす…その為にノルトハイム兄弟を軍に送り込んだ…」
キルヒアイスの想像通りだとすれば…もしそうなったらブラウンシュヴァイク公は激怒するのではないか。一門の重鎮たるヒルデスハイム伯爵がブラウンシュヴァイク公と決別する…。
「お前の想像通りだとすれば、俺はブラウンシュヴァイク陣営に取り込まれる可能性が高くなるな…」
これが権力中枢に立つという事か。巻き込まれた、では済まない、俺は自ら進んでその渦中に入る事を覚悟していたのではなかったか…。
「伯の言う通り、今後は相当な覚悟が必要だな」
「はい」


22:00
ハイデマリー・フォン・ヒルデスハイム

 お父様ったら、飲み過ぎよ!…ラインハルト様やキルヒアイス少将が来られて余程嬉しかったのかしら。でも、三人のお話は結構怖い内容だった…あら、お父様、今度は本を読み始めたわ…。
「お父様、何のご本を読んでいらっしゃるの?」
「ん、ああ、これは『銀河帝国建国史』という本だよ。ルドルフ大帝が銀河帝国を建国した頃の事が書いてある」
「へぇ…銀河帝国は昔から銀河帝国ではなかったの?」
「そうだね。銀河帝国が成立する前は、銀河連邦という国があったんだ。ルドルフ大帝はその銀河連邦の軍人だったんだ」
ルドルフ大帝がもの凄く偉いお方というのは知っていたけど、銀河連邦という国の事は家庭教師も教えてくれなかった。初耳だわ…。
「何故、ルドルフ大帝は銀河帝国をお造りになったの?」
「…当時の銀河連邦は腐敗が進んでいた。国の体制も、社会も。ルドルフ大帝はそれを変えたかったんだよ。社会に秩序と活力を、強力な指導者を…大帝は軍を辞めて、政治家になった。銀河連邦を変える為にね」
「そうなのですね…じゃあ、帝国が出来る前は、賄賂とかそういう物が日常茶飯事だったって事?」
「…そうだね」
「じゃあ、今の帝国を見たら、ルドルフ大帝はお嘆きになられるのじゃなくて?」
「おいおい…どうしてそう思うんだい?」
「園遊会ではそんな話ばかりだもの。お父様だって知っているでしょう?」
私がそう言うと、お父様は黙ってしまった。やだ、言ってはいけない事だったのかしら……。
「お父様、ごめんなさい」
「いや、お前の言う通りだよハイデマリー…でも、その事を外で言ってはいけないよ」
「はい」
「もっと聞かせてやりたいが、終わる頃には朝になっているだろう。興味があるのならまた今度聞かせてあげよう、今日はもう遅い、そろそろ寝所に入りなさい」
「はい、お父様」
無言になった時のお父様の顔は少し怖かった。あんな本を読んで、お父様は何を考えていらっしゃるのだろう。ラインハルト様、キルヒアイス少将、お父様といつまでも仲良くしてさしあげて下さい…。


11月15日09:40
オーディン、ミュッケンベルガー元帥府、ミューゼル艦隊司令部事務室、
オスカー・フォン・ロイエンタール

 「俺達もとうとう艦隊司令官という所まで来たか。数年前は想像もしていなかったな」
「これまでも平民や下級貴族出身の艦隊司令官が全く居なかった訳ではないさ。人事局が珍しくまともな仕事をしただけだ」
今事務室には新しく艦隊司令官職を拝命した者達が揃っている。俺、そして僚友たるミッターマイヤー。ケスラー、そしてメックリンガー。
「だが、ミューゼル閣下が宇宙艦隊副司令長官になられるというのは、我々以上に名人事だな。そうは思わないか、ロイエンタール」
「そうだな…いずれそういう役職に就かれるとは思っていたが、意外に早かったな」
ボーデンでの戦…あれは心地よいものだった。流れる様な戦闘、時期を逃さぬ指示。ミューゼル閣下は俺達二人を、そう、手足の様に使い、叛乱軍を切り裂いた。あの戦いこそまさしく俺の求めていたものだ。人の指示で動くというものがあんなにも心地よいものだとは思わなかった。名演奏家によって奏でられるコンツェルト…ふん、これはメックリンガーの領分か。だがそう思わずにはいられない時間だった…。おそらくミッターマイヤーもそう感じているだろう。やっと我々を使いこなせる人物に出会ったと。

 「大将での副司令長官への抜擢、確かに近年希に見る名人事かも知れんな」
そう言ってミッターマイヤーは深く頷いた。
「しかし抜擢された分、ミューゼル閣下の一挙手一投足に注目が集まる。配下にある我々とて同様だ。気を付けて欲しいものだな、ロイエンタール提督」
「それはどういう意味かな、メックリンガー提督」
「はて、意味が解らぬロイエンタール提督とも思えぬが」
ふん、言ってくれるではないか…だがメックリンガーの言う通りだ、しばらく女は自重するか…。
「止めた方がいいぞメックリンガー提督、モテない男のひがみに聞こえるぞ」
「…そう言う卿はどうなのだ、ケスラー提督」
「だから俺は何も言わんのさ」
ケスラーはそう言って笑った。ミッターマイヤーはいいとして、こいつ等は夜を共にする女の一人も居ないのか…?
「…何か言いたそうな顔だな、ロイエンタール提督」
「いや、何でもない…ところでケスラー提督、ミューゼル閣下はまだかな」
「先程決済の必要な書類をご覧になられていたから、まもなくだろう」

 ケスラーが言い終わらぬ内にミューゼル閣下がキルヒアイスを伴って入室した。わざわざ麾下の艦隊司令官たる我々を集めるという事は、新たな軍事行動でも始まるのだろうか。

ミューゼル艦隊:一万五千隻
艦隊司令官:ラインハルト・フォン・ミューゼル大将
参謀長:ジークフリード・キルヒアイス少将
同参謀:トゥルナイゼン大佐
同参謀:フェルデベルト中佐
副官:フェルナー少佐
分艦隊司令:シューマッハ少将(三千隻)
同司令:ワーレン少将(三千隻)
同司令:ルッツ少将(三千隻)
本隊所属分艦隊司令:ミュラー准将(五百隻)
同司令:ビッテンフェルト准将(五百隻)
同司令:シュタインメッツ准将(五百隻)


ミッターマイヤー艦隊:一万二千隻(編成中)
艦隊司令官:ウォルフガング・ミッターマイヤー中将
参謀長:ディッケル准将
同参謀:ドロイゼン大佐
副官:アムスドルフ大尉
分艦隊司令:ケンプ少将(三千隻)
同司令:バイエルライン准将(一千隻)
同司令:ジンツァー准将(一千隻)
同司令:レマー准将(一千隻)

ロイエンタール艦隊:一万二千隻(編成中)
艦隊司令官:オスカー・フォン・ロイエンタール中将
参謀長:ヴィンクラー准将
同参謀:ハーネル大佐
副官:レッケンドルフ大尉
分艦隊司令:ゾンネンフェルス少将(三千隻)
同司令:シュラー准将(一千隻)
同司令:ディッターズドルフ准将(一千隻)
同司令:バルトハウザー准将(一千隻)
同司令:ハーネル准将(一千隻)

メックリンガー艦隊:一万二千隻
艦隊司令官:エルネスト・メックリンガー中将
参謀長:リッチェンス准将
同参謀:シュトラウス大佐
副官:ザイフェルト大尉
分艦隊司令:レンネンカンプ少将(三千隻)
同司令ビュンシェ准将(一千隻)
同司令:レフォルト准将(一千隻)
同司令:グローテヴォール准将(一千隻)

ケスラー艦隊:一万二千隻(編成中)
艦隊司令官:ウルリッヒ・ケスラー中将
参謀長:ブレンターノ准将
同参謀:ヴィッツレーベン中佐
同参謀:フェルデベルト中佐
副官:ヴェルナー大尉
分艦隊司令:アイゼナッハ少将(三千隻)
同司令:イエーナー准将(一千隻)
同司令:ニードリヒ准将(一千隻)
同司令:ゾンダーク准将(一千隻)

 「卿等に集まって貰ったのは今後の方針を理解してもらう為だ。キルヒアイス、始めてくれ」
ミューゼル閣下に促されてキルヒアイスが説明を始めた…皆キルヒアイスの説明を聞いているのだが、俺も含めミッターマイヤー達の視線は一人の少佐に注がれていた。
「方針については以上です。質問のある方はおりませんか?」
ミッターマイヤーが手を挙げた。
「ミュッケンベルガー司令長官は皇帝陛下に何事か起こる、とお考えなのですか?」
「はい。畏れ多い事ながら、陛下の体調を心配なさっておいでです。もし陛下がお倒れになられる、またはお隠れになられた場合、国内で変事が起きてもおかしくはない、または起きる、とお考えの様です。この事が叛乱軍に知れた場合、彼等が何を企むか…」
「成程、もし何事か起こればミュッケンベルガー司令長官は混乱を防ぐ為に帝都を離れる事が出来なくなる、叛乱軍への対処が我々に課せられた使命という訳か」
「はい。仰る通りです」
「了解した。ところでミューゼル閣下、そこに居りますのは閣下の新しい副官でございますか」
皆の視線に気づいていたのだろう、ミューゼル閣下が笑い出した。
「ああ、紹介を忘れていた、アントン・フェルナー少佐だ。キルヒアイスが参謀長職が多忙そうなのでな、新しく副官を付ける事にしたのだ。フェルナー少佐、自己紹介を」

 「はっ…アントン・フェルナーであります。この度ミューゼル副司令長官の副官に任じられました。帝国軍の精鋭たる皆様と共にミューゼル閣下に仕える事が出来ますのは、まことに光栄であります。至らぬ身ではありますがご指導の程宜しくお願いします」
自己紹介の内容とは正反対の面構えで敬礼し、元の位置に戻って行く…一癖も二癖もありそうな男だ。
「フェルナーはブラウンシュヴァイク公の家臣でもある。艦隊勤務は始めてだ。気づいたところが有ったら卿等も遠慮なく教えてやってくれ」
ブラウンシュヴァイク公と聞いて、皆の顔が複雑な彩りを帯びる……これからは叛乱軍だけを相手にしていればいい、という訳ではなさそうだな。何やら面白くなりそうだ。
 
 

 

第九十二話 再侵攻

宇宙暦796年1月18日09:00
バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、「ガストホーフ・フォン・キンスキー」
ヤマト・ウィンチェスター

 “ウィンチェスター大将、そして奥様も…笑顔でお願いします…そう、そう…もう一枚…ありがとうございました”
“大将閣下、奥方も…こちらにもスマイルお願いします…ありがとうございます”

『では、お二人は下士官術科学校在学中から愛を温めてきたと…うらやましいお話ですね』
「当時は将来こんな事になるとは思ってませんでしたよ」
『そして閣下は…当時のウィンチェスター兵曹は後ろ髪を引かれる思いで任地のエル・ファシルへ赴き、そこで当時のヤン中尉の知遇を得る…という事ですね。当時のミラクル・ヤンにはどの様な印象を持たれましたか?』
「とても奇跡を起こす様には見えませんでした。人は見かけによらない、という言葉のいい実例でしたね…」
『そうなんですね…そして今やそのヤン中将を追い抜き同盟軍史上最年少の大将、宇宙艦隊副司令長官となられた訳ですが……あ、はい、ご夫妻のお二人は一旦ここで休憩入りまぁす』

 今日は軍の広報誌『JP3-61』の取材を受けている。取材場所も軍広報センターではなくて奥様の実家で…という事で、ガストホーフ・フォン・キンスキーに来ている。仕事でエリカの実家に来るのは妙な感じだ。
「すみませんお父さん、ご迷惑をおかけしてしまって」
「そんな事はないさ。ウチの宣伝にもなるからね。でもまさか、私達やエリカまで取材を受けるとは思わなかったよ」
そう、エリカの実家という事もあって、俺だけではなくエリカの両親も取材を受けているのだ。
「どうやら私達の番の様だ、ではまた後で」

 エリカの両親が、俺達と入れ違いに取材会場であるパーティールームに入って行く。宇宙艦隊副司令長官就任以来、こういった取材を受ける事が多くなった。アムリッツァを確保した時以来だ…同盟軍史上最年少の大将!ブルース・アッシュビーを越えた男!アムリッツァの守護者!……とまあ色々な二つ名をマスコミが奏でている。いい加減まともに仕事をしたいんだよなあ。
“しばらくはマスコミ攻勢が続く筈だ、もう慣れっこだろう”
辞職したシトレ親父の言だ。親父本人も辞職したことで取材攻勢に遭っているらしい。十二月に行われる評議員選挙では故郷カッシナから出馬する事が決まっている…。

 “ワシがまさか宇宙艦隊司令長官とはのう。国防委員会も何を考えておるのやら”
ビュコック爺さんはそう言って宇宙艦隊司令長官に就任した。総参謀長はおなじみのパン屋、チュン・ウー・チェンだ。ビュコック長官は能力的には間違いない、だが本人は兵卒あがりという事で引け目を感じている。パン屋本人もパン屋なんてあだ名をつけられるくらいだから、押しに強くはない。副司令長官なんて新設したのもそのせいだ…。
「ローザス少佐、君の古巣は俺に仕事をさせないつもりなのかな?」
「すみません、こういう時じゃないと広報部は大きな仕事がないもので…」
「分かるんだけどね、今後の取材は控えてくれる様に君から伝えてくれるかい」
「了解しました」
そもそもだ、年が明けたってのに統合作戦本部との今後の方針のすり合わせすら済んでないんだ、どうなってるんだよもう…。


11:00
ミリアム・ローザス

 今の所取材がメインだけどとんでもない忙しさ…忙しいのはいい事かもしれないけど、嫌になるわ…。閣下の直卒する第九艦隊の人事にもいろいろと変更があった。私、両方に関わらなきゃいけないのに…。

第九艦隊:一万五千隻、旗艦ヘクトル
艦隊司令官(宇宙艦隊副司令長官兼務):ヤマト・ウィンチェスター大将(本隊、六千隻)
艦隊副司令:ワイドボーン少将
参謀長:タナンチャイ少将
同参謀:フォーク大佐
同参謀:スール大佐
同参謀:バグダッシュ少佐(フェザーンにて勤務予定)
副官:ミリアム・ローザス少佐
分艦隊司令:バルクマン少将(三千隻)
同司令:ダグラス少将(三千隻)
同司令:ホーウッド少将(三千隻)
本隊所属分艦隊司令:カヴァッリ准将(一千隻)
同分艦隊司令:カールセン准将(一千隻)

シェルビー副司令…もう違うか、昇進したシェルビー中将は宇宙艦隊司令部へ、同じく昇進したイエイツ少将は第三艦隊へ…。そしてその第三艦隊からタナンチャイ少将が参謀長として転任して来られた。少将は少しやりづらそうにしている。確かにやりにくいと感じるかもね…旗艦も変わった。アキレウス級のヘクトルだ。ヘクトルはシトレ元本部長が使っていた旗艦戦艦で、シトレ元帥が統合作戦本部長になってからも本部長の艦として係留ステーションに保管されていたのだけど、それをウィンチェスター閣下が使うというのはシトレ元帥が閣下を自分の後継者にしたいからなのでは…という噂が飛び交っている…でも、あながち間違いじゃないのかも知れない。
「艦隊と…皆はどうだい?」
「特に問題はない様です、ただ…タナンチャイ参謀長が司令部の皆に少し遠慮がちにしている様に見えます。まあ、新参ですから…」
「ボーデンでパストーレ提督を上手く補佐出来なかった、同盟軍の失態は自分のせいだ、とでも?」
「はい、いいえ…何か仰っている訳ではないのですが」
「あれは、参謀長のせいじゃない。参謀が何か進言しても決定権は司令官にある訳だし、敵のミューゼル大将が一枚も二枚も上手だっただけさ」
パストーレ中将は自ら艦隊司令官を退かれた。ルフェーブル提督も勇退、第二艦隊のパエッタ提督も怪我の療養中という事で予備役に編入された。ルフェーブル提督はルーカス前宇宙艦隊司令長官に説得されたらしい。自分達のせいで上役が辞任するとあっては受け入れざるを得なかった、という事だろう…。
「小官もその通りだと思うのですが…」
「まあ、周りが何か言うと益々気にするだろうからね。折を見て私も話をしてみるよ」
自分の艦隊が大損害を受けて、転属した先は同盟軍の誇る若き英雄の参謀長職…私でも嫌だ…へこむ。参謀長、いい人なんだけど…しばらくは出撃が無い事を祈るしかない…。



19:00
ハイネセンポリス、シルバーブリッジ三番街、
エリカ・K・ウィンチェスター

 「エリカ、今日はお疲れ様」
「貴方もね」
実家(うち)で行われた軍広報部の取材も終わって、やっと家に戻って来た。パパもママも夕食を一緒にしたかったみたいだけど、断った。だって…ヤマト、本当に疲れてるんだもの。顔にはあまり出さないけど、色んなメディアの取材を受け過ぎて、いい顔するのがウンザリみたい…今日は軍の広報誌だったからまだよかったけど、TVの番組に一緒に出演した時は本当にひどかった。大筋では間違っていないのだけど、極端に誇張の多い再現ドラマを見せられて感想を訊かれた。TV番組だよ?ここは嘘です、事実と違います、なんて言えないじゃない?ヤマトも顔が少しひきつってたし…。
「どうしたんだい?」
「ちょっと飲みたいなと思って。どうかしら?」
「いいね。よし、今日は俺が何か作るよ」
「え?ホント?」
「たまにはね」

 ウチからこそっと持って来たワインを出して……。あたしがヤマトを好きになったのは決して将来性を見越して…とかじゃない。図書室の窓際で本を読む姿が素敵だったから。すごく自然で、目が合うと必ず返してくれる笑顔が素敵だったから。あたしと同じ様にヤマトの事を素敵って言ってる同期の女子は多かった。誰にも渡したくなかった、だから…。
「ほい」
「早っ!」
「パパっとね。久しぶりだからね、味は分からないよ?」
スズキのアクアパッツァに…これは五目ヤキソバ?そして…ミソ肉炒め?
「あとは…今から春巻を揚げるから…ああ、食べてていいよ。乾杯」
偉くなくてもいい、英雄なんかじゃなくていい。ただ側にいて欲しい。
「乾杯……愛してるわ、ヤマト」
「どうしたの、急に」
「ちょっと言いたくなっただけ。愛してる」



1月20日19:15
ハイネセンポリス、トリューニヒト別邸
ヤマト・ウィンチェスター

 今日はグリーンヒル本部長、ビュコック司令長官と共にトリューニヒトの別宅にお呼ばれしている。用意されたコーヒーをすすりながら、ビュコック爺さんが口を開いた。
「どうかねウィンチェスター、取材攻勢は」
「こう言っては何ですが、帝国軍の方がマシです。まあ、あらかた申込みのあった取材や番組出演は終わりましたから、広報部には今後の取材は必要最低限にしてくれと言いました」
「帝国軍の方がましか、そうじゃろうて…ところで本部長、今日のこの会合はどういう趣旨のものですかな」
「はい。今後の国防方針についてすり合わせをしたい、との事です。最高評議会で何やら出兵論が出ている様でして」
「出兵論ですと?」
グリーンヒル本部長によると、内容はこうだった…先の戦いはアムリッツァは守られたものの、素人目には敗けに等しい戦いだった、戦略的に攻勢なのは同盟なのに、守勢にまわっているように感じられる…ヴィーレンシュタインまで押し出せば、印象的には大分違うのではないか…という事らしい。

 「トリューニヒト国防委員長がそう仰っているのですか?」
「いやビュコック長官、言い出したのは最高評議会議長です。正確には議長に直接、話を持って行った一部の軍人達です」
何やらきな臭い匂いがするな、原作に似て来たぞ…。
「一部軍人と言いますと…」
ビュコック長官がそう続けようとすると、トリューニヒトが部屋に入って来た。
「ああ、敬礼はいい、楽にしてくれたまえ」
皆座ると、続いて使用人と思われる女性が食事や飲み物の類いの乗ったカートを運び入れる。
「皆、夕食はまだだろう?今後の方針の検討とは言うものの非公式な会合だし、気楽に行こうと思ってね。さ、遠慮なくつまんでくれたまえ」
トリューニヒトはそう言うが、本部長も司令長官も動かない…仕方ない、先陣を切るか…。俺が取り皿によそうと、二人も倣う。ひと通り取り分けてソファに戻ると、ビュコック長官が再び切り出した。
「委員長、政府内で出兵論が出ているというのは本当なのですか?」
「本当だ。私は反対なのだがね」
酒も用意されているけど、皆飲んでいるのはノンアルコールの物ばかりだ。非公式とはいえ酔っぱらったらどんな本音が出るかわからん…。
「しかしだ、高級軍人というのは一体何を考えているんだ?艦隊を率いて戦う事しか考えられないのかね?君達なら私の言っている意味が理解できると思うが」
呆れがちなトリューニヒトの問いに、ビュコック長官もため息をついた。
「現在の軍の方針では、帝国軍が来ない限りしばらく戦いはない、という事はしばらく昇進する事はない、出兵案を提出したのはそういう不満を持つ高級軍人達、という事ですか」
「そうだ。彼等は先日の戦いを見て、自分達の出番だと勘違いしているのだ。連中は私のところに出兵案を持って来た。本部長、知っているだろう?」
「はい。私の所にも持って来ました。国防委員長に見せるといい、と私が答えたので了承されたと思ったのでしょう。今の現状を考えれば了承などする訳はないのですが」

 そう答えたグリーンヒル本部長の顔は暗かった。先日の戦い…自分に原因があると思っているのだろう…トリューニヒトがテーブルの上に置いた作戦案のコピーに目をやると、立案者の名前が記載されていた。ムーア、ホーランド、ルグランジュ…シトレ親父が本部長だった時には大人しくしていた三人だ。トリューニヒトが序列がどうとか言うから、ムーアもルグランジュもとうとう艦隊司令官になっちまった…でもなんで最高幕僚会議名で出兵案を出すとはね…。この最高幕僚会議という組織は原作でもアニメ劇中でもその存在がクローズアップされた事がない。ヤンさんがイゼルローン要塞の司令官に任じられた時に最高幕僚会議議員という肩書きも一緒に出て来るくらいで、何しているかよく分からん。おそらく将官連中の人材プールみたいな扱いなんだろう。よく分からん組織だから、どうせなら国防委員長直属の諮問機関にしてしまえ、と以前に進言したことがある。シトレ親父にはお前がやれと言われたっけなあ…面倒そうだから結局やらなかったけど……。

 トリューニヒトは空になったグラスにジンジャーエールを注ぐと、一気に飲み干した。
「彼等は先日の戦いが私や政権の評価に傷が付くと言って私を煽って来たよ。あの戦いは帝国の都合で行われた物だし、アムリッツァは防衛出来ているのだから、私としては痛痒を感じないのだが…困った事に現政権の支持率は下落した。慌てた最高評議会議長サンフォード氏は支持率回復の為に彼等の企みに乗ろうとしている。私が相手にしないものだから、彼等は議長に直接出兵案を持ち込んだのだ。アムリッツァが上手くいっているのだから、ヴィーレンシュタインまで押し出せばボーデン、フォルゲンも後背地化出来ると言ってな」
トリューニヒトの言っている事は事実だった。現に戦いの後のインタビューでもトリューニヒトは、アムリッツァが守られたのだからなんら問題はない、そう答えていた。だけど同盟市民は納得しなかった。市民はあの戦いを敗けだと見ている。それが政権の支持率低下に繋がっていた。
「ウィンチェスター君、彼等の意見をどう思う?」

 俺はまだ食べてるんだよ!大体だな、本部長に質問する内容だろうこれは…。
「…あながち間違いではありませんね」
俺を除く三人の動きが止まる。
「間違い、ではないか」
トリューニヒトはそう言って苦笑しているけど、軍事的に間違いではないのは本当だ。
「ですが、彼等の出兵案はともかく、国防委員長の許可もなく議長に出兵案を持ち込んだのですから処罰すればいいじゃありませんか。明らかに越権行為です。命令系統からの逸脱ですよこれは」
トリューニヒトはキョトンとした顔をしている…俺変な事を言ったかな?至極当たり前の事を言ったつもりなんだが…。
「グリーンヒル本部長、私は何か変な事でも言いましたか?」
「ウィンチェスター提督、忘れているのか?…まさか知らない訳じゃないだろうね?」
「何をです?」
「最高幕僚会議は最高評議会の諮問機関だ。そこに所属する将官達が最高評議会議長に何か提案するのは何もおかしなな話ではない。それに、私もビュコック長官も、それに君だって最高幕僚会議の一員なのだ。そもそも少将以上の将官は皆そうだ」
…え?そうだったの?俺も入ってるの?
「…失念しておりました、申し訳ありません」
「まあ、開催される事など滅多にないし、失念していても問題はないのだがね…最高幕僚会議が議長に何か直接提案したとしても、軍事に関する責任者は国防委員長だし、実行するのは軍だ。だから責任者たる国防委員長と実行者の代表である統合作戦本部長が反対すれば、大抵の場合は議長も提案を飲む事はない」
「では今回もこの出兵案は却下されると?」
「分からない。サンフォード議長がどう判断するか、だ。議長が政権の支持率低下を一時的な物として捉えるか、深刻な物として捉えるか…それに」
「それに?」
「自分の政敵を失墜させるのにいい機会でもある…そうではありませんか、トリューニヒト国防委員長」
「そうだろうね、本部長」
本部長の言葉に苦笑いしたトリューニヒトは肩を竦めて笑った。本部長の言う通りだった。現政権…サンフォード政権が高い支持率を維持していたのはアムリッツァ確保による国内の好景気が背景にある。しかしそれはサンフォード議長の手腕によるものではなく、国防委員長トリューニヒトの手腕によるものだという事は誰の目からも明らかだった。サンフォードはそれが面白くない。議長主導で行った出兵案が成功すれば、反対したトリューニヒトの面目は丸潰れだ。支持率アップと政敵の追い落とし…サンフォードはこの案に乗る可能性は高い。でも…。
 
 「ウィンチェスター副司令長官、どうかな」
「私は反対です。支持率と政敵の追い落としの為に行われる出兵など論外です。ビュコック司令長官はどうですか」
「儂も反対じゃな。軍は政治家の玩具ではない。本部長はどうですかな」
「無論、反対です」
「三人とも反対か。まあそうだろう。ところで本部長、新しい宇宙艦隊の陣容はどうなっているかな」

第一艦隊:ヤン中将 一万五千隻
第二艦隊:ムーア中将 一万五千隻(編成中)
第三艦隊:アル・サレム中将 一万五千隻(編成中)
第四艦隊:ルグランジュ中将 一万五千隻(編成中)
第五艦隊:ビュコック大将 一万五千隻
第六艦隊:ホーランド中将 一万五千隻、アムリッツァ
第七艦隊:マリネスク中将 一万五千隻、アムリッツァ
第八艦隊:アップルトン中将 一万五千隻、アムリッツァ
第九艦隊:ウィンチェスター大将 一万五千隻
第十艦隊:チェン中将 一万五千隻(編成中)
第十一艦隊:ピアーズ中将 一万五千隻、アムリッツァ
第十二艦隊:ボロディン中将 一万五千隻、アムリッツァ
第十三艦隊:アッテンボロー少将 七千五百隻、アムリッツァ

「この様になっています。新しい艦隊司令官のうち二人は委員長の推薦によるものです」
「嫌な言い方をするね、本部長」
「そういう訳では…」
「私は人事権を玩具にしている訳ではないよ。実績、序列を考慮した結果だ。有難がるのは本人達の勝手だがね…だが、こんな事なら推薦するんじゃなかったよ。さてウィンチェスター君、どうするかね?」
「何故私にお尋ねになるのですか?」
「シトレ君から、面倒な事は君に任せろと言われているのでね」
「シトレ閣下が、ですか?」
「そうだよ。君を副司令長官に選んだのはその為だと私は聞いているがね。そうだろう?本部長」
「…平たく言えばそうなります」
何てこったい。そういう覚悟はしてたけど、原作の様な出兵案が出るとはね…しかし、本当に勝てると思っているんだろうか…動員する艦隊は十個、一挙にヴィーレンシュタインまで押し出して主要航路上のヴィーレンシュタイン星系を占拠する。そうすれば何れはボーデン、フォルゲンの主要な有人星系は枯れ落ち、同盟に救いの手を求めるに違いない。彼等を救う事で、ますます帝国の支配体制にヒビが入る事は間違いない…出兵案の書類に記されている内容をまとめるとこういう事になる。言っている事はまともなんだけどな、そう上手く行くかどうか…。
「言っている事はまともですが、ただ出兵するのでは成功の可能性は低いでしょう。此方の動員する艦隊のほとんどは再編成中の艦隊ですし、その艦隊が出撃可能になる頃には帝国も昨年の戦いの損害もとっくに回復しているでしょう。帝国軍は昨年の戦いを大した被害を受ける事のないまま切り上げました。という事は練度の高い艦隊がそのまま存在している訳です。更に、帝国軍にも新規編成中の艦隊が存在しています、我々が攻めて行けば彼等も出て来るでしょうし、おそらく新規編成の艦隊はかなりの精鋭でしょう。こちらが十個艦隊動員したとしても、勝てるとは思えません」
「過大評価、という訳ではなさそうだね」
「はい。昨年の戦いで活躍した、帝国のミューゼル中将…今は大将ですが、新任の大将ながら、帝国軍宇宙艦隊の副司令長官に抜擢されました。我々が攻めれば…帝国軍は当然迎撃に出る訳ですが、出て来るのはそのミューゼル大将が率いる新規編成の艦隊達でしょう。その艦隊司令官達はミューゼル大将の子飼いの優秀な者達です。フェザーンに派遣している私の参謀からの情報がそれを裏付けています」
 
 ラインハルト本人だろ、ミッターマイヤー、ロイエンタール、メックリンガーにケスラー…レギュラーメンバーが五個艦隊…全く想像したくない。これにミュッケンベルガーの率いる十個艦隊…もっと想像したくない。帝国の国内情勢を考えれば、その十個艦隊まるまる出て来る事はないだろうが、それでも半数の五個艦隊は出て来るだろう、という事は十個艦隊が迎撃に出て来る可能性がある、詰みだ…。
「委員長、もし出兵案が実施されるとしたならば、時期はいつ頃でしょう?」
「選挙前だろうな。選挙は十二月、となると遅くとも十月には出兵だろう」
出兵が決定してしまえば、本部長もビュコック長官も反対は出来ない。作戦実施に向けて準備をしなくてはならない。
「改めて確認しますが、委員長ご自身は反対のお立場なのですよね?」
「無論だ」
「分かりました。善後策を協議してみます」
「頼むよ」
トリューニヒトの返事と共に中断されていた夕食が再開された…。


1月23日09:00
統合作戦本部ビル、宇宙艦隊副司令長官執務室、
ミリアム・ローザス

 閣下は先日、トリューニヒト委員長の別宅に呼ばれたみたい。トリューニヒト委員長、グリーンヒル本部長、ビュコック司令長官、そして閣下…この四人で今後の方針を話し合ったというのだけれど、何かあったのかしら、今日の閣下は機嫌が悪そう…。

 うん、そうだ、そうしよう…閣下は独り言の様にそう言うと、内線をかけ始めた。
「あ、司令長官は在室かな?……了解です、そちらに行くと伝えてください……ほら少佐、行くよ」
言われるがままに着いていく。普段、大抵の用事は私か内線で事足りる。司令長官の執務室に行くと言う事は、長い話になるという事だ…。

 司令長官執務室では副官のファイフェル少佐が出迎えてくれた。
「何か急用かな、ウィンチェスター提督」
ビュコック長官はいつお目にかかっても好好爺、という表現がよく似合うと思う。亡くなった祖父とは違うけど、とても好感の持てるお方だ。
「ちょっと考えがありまして」
「ほう…?一体何を思いついたのかね?」
「捕虜の事です」
「捕虜?」
ウィンチェスター閣下は説明を始めた。捕虜を活用したい、と言う。同盟にはおよそ二百万人程の帝国軍捕虜が存在しているそうだ。
「まずはフェザーンを通じて帝国に捕虜交換を打診します。ですが、おそらく受け入れられる事は無いと思います。帝国の面子がそれを拒むでしょうから。その上で捕虜達の意識調査をして、同盟に亡命を望む者、帝国に帰国を望む者とに選別します」
「ほう…だが、亡命を望む者など存在するかな」
「帝国が交換を拒むとなれば…帰国を断念する者も出るでしょう。それに、帰国出来たとしても彼等には過酷な運命が待っています。共和主義者に逆洗脳を受けたとか、叛徒共に屈した売国奴とか…」
「成程のう。有り得る話じゃ」
「亡命者として受け入れる姿勢を見せれば、溶け込むのは早いと思います」
「帰国を望む者…要するに同盟に与するのをよしとしない者達じゃが…その者達はどうする?」
「捕虜という処遇は変わりませんから、定期的に意識調査を実施します。同盟に帰化した者達の状況を知らせれば、気が変わる者もいるでしょう」
「成程のう」
「はい。上手くいかないかも知れませんけどね。それにもし捕虜交換を帝国が受け入れたなら、帝国に囚われている同盟軍兵士達が戻って来る事になります。損はありません」
「ふむ…戦争よりよほどいい仕事じゃな…じゃが、目的はなんだ?」
「帝国人に、同盟に慣れて貰いたいのです」
「アムリッツァの様にかね?」
「はい。徐々に共和制に慣れて貰う…アムリッツァの各星系は同盟に対する拒否反応も少なく、今では同盟各星系からの入植も進んでいます。もっと軋轢が生じるかと予想していましたが、意外でした」
「皆腹を満たしておれば不満など出んからの」
「そうなのです。確かにそう進言しましたし、現在の状況はそうなっているのですが、となると同盟と帝国、税金を納める先が変わるだけで所属する国家は関係ないという事になりませんか?」
「確かにの。政府閣僚がよく言う、暴虐な専制政治の打破とかいう謳い文句…百五十年も戦争しておれば絵空事にしか聞こえんからの」
「はい。帝国は我々の事を共和主義者、凶悪な政治犯と蔑んでいます。帝国辺境にとってはそうではないのかも知れない。帝国辺境の在地領主達は過去の政争の結果辺境に追いやられたり、帝国中枢から弾かれた人々ですから、心理的風土は我々に近いのかも知れません。アムリッツァの状況を見て、そう感じたのです」
「ふむ、それで」
「以前から行っていた、ボーデン、フォルゲンへの働きかけを強化したいと思っています。同盟に帰化した捕虜はその活動に参加させるつもりです」
「以前からだと?貴官、そんな事をやっておったのか」
「はい」

 はい、と答えたウィンチェスター閣下は少し面映ゆそうだった。貨客船と農業プラントの提供に留まっていた物をこれから加速させる…同盟に帰化した捕虜を使うというけど、帝国にバレてしまうのではないだろうか…。
「しかしのう…あまり大っぴらにやると帝国に露見してしまうのではないかな」
ビュコック長官も私と同じ疑問を口にした。
「露見しても構いません」
露見したらどうなるか…ウィンチェスター閣下は再び説明を始めた…ボーデン、フォルゲンに領地のある在地領主達や現地住民は帝国政府から責めを追うだろう。帝国政府に許可を得ずに…許可など出る筈はないだろうが、叛乱軍勢力と関係を持った、として領地没収、現地人民は政治犯扱いか農奴階級に落とされるだろう…確かに閣下の言う通りかも知れない。同盟がアムリッツァを確保した事によって同盟領と帝国領が直に接する様になったから、同盟の動き次第では考えられる事態だ…。閣下は説明を続ける。
「以前接触した時の事です、その時は貨客船と農業プラントの提供に留めたのですが、それだけでも非常に喜ばれました。占領直後のアムリッツァもそうでしたが、農業について帝国辺境は地球時代における中世となんら変わらない。それほど彼等は困窮しているのです。そんな状況でも反乱が起きないのは、辺境は在地領主達も含め自分達が食べて行くのに精一杯だからなのです。そういう事情を考慮せずに帝国政府が彼等を罰したらどうなるか」
「敵の敵は味方…同盟を頼る者達が出るじゃろう。そうなると帝国に対する反乱が起きかねん。じゃが処罰をせずに黙認しても、辺境は同盟色に染まっていく。どちらにせよ帝国政府としては頭の痛い事じゃな」
「出来る事ならこの計画を実施した後の出兵が望ましいと思うのです。上手くいけば救援を求める帝国辺境を助ける為に…という大義名分を掲げる事が出来ます。帝国軍の対応も変わって来るでしょう。ただ出兵する、では戦う兵士達を無駄に死地に追いやるだけです」
「貴官はあの出兵案が実施されると思うかね?」
「おそらく実施されるでしょう。勝利を得たなら支持率アップは間違いないでしょうから…ただ反対、で何もしないのでは新任の副司令長官として格好がつきませんし…高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する、という訳です」
「ははは、行き当たりばったりの様に聞こえるがの」
「違いありません。ですが、軍事作戦なんて古今どれもがただの思いつきですよ。そうではありませんか」
「そうじゃな…思いつきの行き当たりばったりを正当化する為にそれらしい計画を立てる…どうせなら意味のある戦いをしたいからのう。早速本部長に相談してみるか」
「よろしくお願いします」

 私もファイフェル少佐も、お二人の話を固唾を飲んで聞いていた。ビュコック長官も驚いていたけど、ファイフェル少佐の驚きはそれ以上だっただろう。辺境とはいえ帝国領土に住む人達を援助するというのだから…本当に今まで以上に忙しくなりそう…。


 

 

第九十三話 本音と建前

帝国暦487年2月6日13:15
ヴァルハラ星系、オーディン、銀河帝国、銀河帝国軍、ミュッケンベルガー元帥府、宇宙艦隊司令部、
宇宙艦隊副司令長官公室、
イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼン

 「大佐はどう思いますか」
「参謀長のお考えが宜しいかと」
「そうですか。フェルデベルト中佐は如何です?」
「小官も同様です」
キルヒアイス参謀長が深く頷く。参謀長を含め我々参謀が今取り組んでいるのは、叛乱軍の迎撃体勢についてだった。明確に示された訳ではないが、攻め寄せる叛乱軍に対してはミューゼル副司令長官の艦隊を含む五個艦隊が初動対処する事になっていた。ミュッケンベルガー元帥麾下の十個艦隊は帝国国内の緒情勢へ対処が求められている。

 「参謀長、率直な疑問なのですが」
フェルデベルト中佐が口を開く。
「何でしょう、中佐」
「元帥閣下の副司令長官に対する信頼の現れだとは理解しているのですが…対叛乱軍用の戦力が五個艦隊では心許なくありませんか。もう二個艦隊ほど回していただければ、我々もこれ程頭を悩ませる事もないのですが」
「そうですね…ですが、対外兵力をこれ以上増強出来ないくらいに国内情勢は悪化している、と元帥閣下はお考えの様です。ミューゼル閣下もそれは理解しておれられます」
「それほどまでに国内情勢は悪いのですか」
俺もフェルデベルト同様にそう思う。
「悪い、というより今後の悪化が避けられないと元帥閣下はお考えの様です」
「それは何故ですか」
「…畏れ多い事ですが、皇帝陛下の体調が原因です。陛下は御世継ぎを示しておられません。もし陛下がお亡くなりになられた場合、帝位を巡って帝国国内にて内乱、またはそれに類する騒擾が生起する恐れがあります。その場合、軍はそれを鎮圧せねばなりません」
「…元帥閣下の率いる艦隊司令官達が、元帥閣下の子飼いの方達が多いのはその為ですか」
「はい。同じ理由でミューゼル閣下の率いる艦隊司令官達も、ミューゼル閣下と親しい方達で固めています。叛乱軍と対峙している時に裏切られては叶いませんからね」
フェルデベルトは何度も頷いていた。おそらくそうだろうと思ってはいたが、ここまで露骨に戦力を分けるとはな…ミュッケンベルガー元帥やミューゼル副司令長官に近い人間であれば意図を理解出来るだろうが、外野はどう見るだろうか。ここまであからさまな人事では、元帥と副司令長官の仲が悪いと考える輩も少なからず存在するだろう。それに理由も理由だ、皇帝陛下の寿命を理由に兵力配置を行うなど、不敬罪ととられてもおかしくはない行為だ。まあ、であるからこそ明確な命令が出されないのだろうが…。

 「トゥルナイゼン大佐は如何です?疑問はありませんか?率直な疑問ほど事態の本質に直結している事が多いものです。あるのならば遠慮せずにどうぞ」
そう言ってキルヒアイス参謀長は穏やかな顔を俺に向ける。キルヒアイス、それにミューゼル…まさか幼年学校の同期に、しかもこの二人に仕える事になるとは思わなかった。姉が皇帝陛下の寵姫であのをいい事にそれを鼻にかけた不遜な態度…能力はあるが、かたや貴族とは名ばかりの帝国騎士、かたや平民、親しくなる必要など全く感じられなかった。それが今は……。
「疑問はありません、ですが…」
「ですが…何でしょう?」
「時代を感じますな」
「時代、ですか」
「はい。激動の時代、という気がします。内乱の可能性を理由に、ここまであからさまな戦力配置が行われた事はありません。いい時代に生んでくれたものです。内乱、そして叛乱軍…武勲はそこらじゅうに転がっている。帝国の為、副司令長官の為、そして自分の為にも気張らねばなりませんな」
「そう、ですね。ですが、気張る前に一休憩としましょうか」
参謀長が従卒を呼び入れ、自分の財布を従卒に渡した。好きな物を見繕って買って来て下さい、と従卒に申しつける。従卒にとっては役得だ、満面の笑顔で公室を出て行く。俺やフェルデベルトにとってもありがたい事なのだが、一つ困った事がある。従卒の好みなのか参謀長の好みなのかは分からないのだが、やたらと甘い物が多い事だ。ザッハトルテ、キルシュトルテ、クレームダンジュ…多いだけではなく、異様に詳しいのだ。そういうご婦人とお付き合いでもしているのだろうか。もしそうなら俺は甘い物好きな女と付き合のは止めよう、公私共に甘い物漬けにでもなったら確実に寿命が縮む…。

14:05
宇宙艦隊副司令長官執務室、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「はい、副司令長官執務室です……はい、在室していますが…はい、代わります…閣下、司令長官よりお電話です」
フェルナーが電話を取り次ぐ、何かあったのか…。
「ミューゼルです……はい、了解いたしました」
電話を切ると、フェルナーが興味ありげに口を開く。
「閣下、何かあったのですか」
「辺境できな臭い動きが発生している様だ。辺境…元帥閣下が仰ったのはフォルゲンだが、民間商船が彷徨いていたらしい」
「商船ですか」
「そうだ。一隻拿捕したそうだ。臨検の結果、フェザーン船籍の商船だった」
「フェザーン船籍なら問題無いと思いますが…元帥閣下はそうお考えではない様ですね」
「うむ。調査の結果、フェザーン船籍の商船には間違いないのだが、その船が所属しているのは叛乱軍の輸送会社らしい」
「よく分かりましたね」
フェルナーのいう通りよく調べたものだ。事実なら、叛乱軍は帝国領内で経済活動を営んでいる事になる。

 「どう思う、フェルナー」
「積荷は何だったのでしょう」
「空だったそうだ。しかし行き先はオルテンベルク…フォルゲン宙域に存在する星系だ。出発地はアムリッツァ宙域のミュンツァーだ」
「面妖ですね。乗組員は叛乱軍ですか?」
「そこが微妙なところだ。ミュンツァーの民間人らしい。地理的には叛乱軍の領域だから、叛乱軍と言ってもおかしくはないんだがな。本来なら逮捕拘禁だが、臨検を実行した駆逐艦の艦長は商船を解放したらしい」
「迷わず拘禁すべきでしたな…叛乱軍所属とはいえ、民間の商船でフェザーン船籍ですから、その艦長も手に余ったのでしょう。という事はその商船は今頃はオルテンベルクに到着しているという事になりますが」
「そういう事になる」
「…辺境の哨戒を閣下が行われてはどうでしょう。無論閣下ご自身ではなく、麾下の艦隊で、という事ですが。家の中で害虫を一匹見かけたら、十匹は居ると思え…と母親に言われた事があります」
「貧乏していた頃、姉にも同じ事を言われたよ」
今の姉上を想像したのだろう、フェルナーは声を立てずに笑いだした。
「…申し訳ございません」
「いや、構わない。艦隊の状況は」
「休暇に出ている乗組員もおりますから、数日中には。付け加えますとケスラー提督の艦隊がシャンタウにて訓練中です」
「ではケスラーにやらせよう。他の艦隊についても早急に出撃準備を完成させるようにと隣室のキルヒアイス参謀長に伝えてくれ」
「了解いたしました」
フェルナーが隣室…公室に向かおうとすると、再び電話が鳴った。
「…司令長官からです。来て欲しいとの事です」
「解った。すぐ向かうとお伝えしてくれ」


宇宙暦796年2月15日10:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス中央区、自由惑星同盟、最高評議会ビル、評議会第二会議室
ヤマト・ウィンチェスター

 
今日はここ最高評議会ビルで、最高幕僚会議が開かれている。参加者は最高評議会の各委員会の委員長と書記、軍からはグリーンヒル本部長と俺、出兵案の発案者としてムーア、ルグランジュ、ホーランドの各中将が参加している。軍からの参加者として本部長や発案者の三中将が出席するのは当然だとしても、俺まで参加させられる羽目になった。
『貴官なら実戦兵力の統括者代表として相応しいじゃろう。儂は冗談は好きじゃが弁舌は苦手での。思い切り本音をぶつけるといい』とはビュコック長官の弁だ……まあ政府のお歴々が何を考えているのか興味はある、長官代理として頑張るか…。

 自由な討議で活発な意見交換を求めるとの事だけど、誰も発言しようとしない。発言の順序でも決まってるのか?仕方ない、俺が口火を切るとするか…何て言おう、この手の会議でそもそも誰がどう発言していたか…思い出せ、思い出せ…。
「我々は軍人である以上、赴けと命令があれば何処へでも赴きます。既にアムリッツァを領し、更に帝国中枢へ向けて進撃する、と言うのであれば喜んで出征します。しかし雄図と無謀はイコールではありません。この遠征の戦略上の目的が何処にあるのかを伺いたいのですが」
俺の発言に対して最高評議会議長サンフォードが深く頷きながらムーアに目配せした。議長の意を組んだムーアが口を開く。
「副司令長官の仰る通り、我が同盟はアムリッツァを確保しました、それによって国内は建国以来の熱気に満ち溢れております。ここで更に大戦略を推し進め帝国中枢に近付く…さすれば帝国辺境は枯れ落ちる事は必定、それは帝国の国家経営に大打撃を与えるばかりか、帝国の心胆を寒からしめる事が出来るでしょう」
それがムーアの答えだった。理は叶っている。そう、理は叶っているんだ、理にはな…。

「作戦案を見せて貰いました。ヴィーレンシュタインまで進出するという事ですが、帝国軍も迎撃に出てくるでしょう。ヴィーレンシュタインを抜ければシャンタウです、帝国中枢に近い。当然帝国軍の迎撃体勢も大規模なものになると思いますが、それについてはどうお考えですか」
「それは高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処する事になります」
フォークよう、真似されてるぞ…似たようなシチュエーションで同じ名台詞を聞けるなんて…だけど実際に聞くと本当に呆れてしまう…。

 「要するに行き当たりばったりと言う事ではないかな」
同様に呆れたのだろう、ホアン・ルイが肩をすくめて失笑した。トリューニヒトやレベロは腕を組んでしかめ面だ。軍事の専門家ではないホアンですらそういう感想なのだ。一応ムーア達は職業軍人の将官でプロの筈なのだが、素人にすら呆れられてしまう作戦というのはどういう事なのだろう…作戦案を何度見ても、大まかな事しか述べられていない。小学生レベルの作文みたいだ。細部に関しては軍部で詰めるとでも考えているんだろうが、そもそも軍部の方針はアムリッツァ長期持久なのだ。ムーア達はそれを認識しているのだろうか?方針に反する出兵案をトリューニヒトや本部長が諸手を挙げて歓迎すると思っていたのだろうか?

「そもそも軍部の基本方針はアムリッツァの線での長期持久ですが、帝国領内に侵攻する時期を現時点にさだめた理由をお聞きしたい」
ムーアはどう答えるのだろう、まさか政権支持率の為とか武勲が欲しいからとは言わないだろうが…流石に言いづらい様だ、言い澱むムーアにホーランドが助け船を出した。
「戦いには機と言うものがあります。その戦機を逸しては運命の神の寵愛を得る事は出来ません。後から悔いる…小官は後悔という言葉の見事な実例を示したくはありません」
そう言い放ったホーランドの顔は紅潮している…まったく説明になってない。自分の願望を述べただけじゃないか…。
「ホーランド提督、つまり現在こそが帝国に対して攻勢に出る機会だと貴官は言いたいのですか?」
「その通りです。聞く所によりますと現在の帝国軍が辺境防衛にまわせる兵力は五個艦隊程とか…しかもそれを率いるのは新しく宇宙艦隊副司令長官に任じられた新任の若い大将です。恐れる事はありません、我が方が動員するのは十個艦隊、子供でも分かる簡単な算術です。必ず勝利する事が出来ます」
ホーランドの説明を受けて今度はルグランジュが後を続ける。
「敵の副司令長官は若年のミューゼル大将、姉が皇帝の寵姫であり、コネのおかげで重用されているに過ぎません。ミュッケンベルガーが前線に出て来ない今こそ、絶好のチャンスなのです」
三者が三様に発言を終えると、会議室は静かになった。願望、楽観論、過小評価による希望的観測だけが一人歩きしている。悪い意味で、そういう見方も出来るのか…と感心させられるくらいだ。

 会議室がひとしきり静かになった後、グリーンヒル本部長が発言を求めた。
「三人共、そういう楽観的観測は危険だ。敵のミューゼル大将がたとえコネで重用されていたにしても、その戦術能力は非凡だ。敵に倍する兵力を持っていたとしても苦戦は間違いない。その能力に裏付けがあるからこそ前線を任されているとは貴官等は考えないのか」
本部長の言葉は重い。直接ではないにせよ、本部長はボーデンで味方の三個艦隊がラインハルトに撃破されていくさまを見ている。本部長の立場からすれば、目の前の三馬鹿を蹴り飛ばしたいくらいだろう。
「本部長がボーデンでの事を仰っているのであれば…あれは帝国軍にとっての好条件が重なっただけです。索敵監視さえ怠らなければ、二度と遅れを取る事はないでしょう」
ムーアの発言に対して本部長が言い募ろうとした時、サンフォード議長が艶のない声で本部長の発言を遮った。
「一旦休憩としよう」

 昼食を兼ねた休憩が終わり会議が再開された。最初に発言を求めたのは財政委員長ジョアン・レベロだった。
「妙な表現になりますが、今日まで銀河帝国とわが同盟とは、財政のかろうじて許容する範囲で戦争を継続してきたのです。しかし……」
 これまでに戦死した将兵の遺族年金だけでも、毎年、約百億ディナールの支出が必要になる。このうえ戦火を拡大すれば、財政が持たない事は自明の理だった。アムリッツァを確保して国内経済が活性化しているからこそ小康状態を保っているものの、財政健全化はまだ遠い先の話だろう。

「財政がようやく健全化に向かいつつある今、更に大規模な軍事行動を続けるという事は、赤字に転じるという事です。それを避けるには国債の増発か増税か、昔からの二者択一です。それ以外に方法はありません」
「紙幣の発行高を増やすというのは?」
 議長が問うた。
「現在の好景気は特需の様なものです、永遠に続く訳ではない。しかも戦争はどう転ぶか分からない。財源の裏付けがないのです。そんな中で紙幣の増発など行ったら、十年後には紙幣の額面ではなく重さで商品が売買されるようになりますよ。私としては、超インフレーション時代の無策な財政家として後世に汚名を残すのは、ごめんこうむりたいですな」
「しかし戦争に勝たねば、十年後どころか明日がないのだ」
「では戦争そのものをやめるべきでしょう」
 レベロが強い口調で言うと、室内がしんとした。
「今この場にもいらっしゃるウィンチェスター副司令長官のおかげで吾々はアムリッツァを得た。その過程でイゼルローン要塞を失った帝国軍はわが同盟に対する侵略の拠点を失った。同盟が有利な内に休戦すべきでしょう」
「しかしこれは絶対君主制に対する正義の戦争ですよ。彼らとは倶に天を戴くべきではない。不経済だからといってやめてよいものではないでしょう」
そう反論したのは情報交通委員長のコーネリア・ウィンザーだ。本当にとんでもない時にとんでもない事を言いやがる。案の定、議長と三提督がウンウン頷いている。正義の戦争か…莫大な流血、国家の破産、国民の窮乏。正義を実現させるのにそれらの犠牲が不可欠なのだとしたら、正義ってのはロクでもない奴だよ…。

 レベロに続いて発言を求めたのは、人的資源委員長として教育、雇用、労働問題、社会保障などの行政に責任を持つホワン・ルイだった。俺はこの爺さんが好きだ。彼も原作同様出兵反対派である。
「人的資源委員会としては……」
 ホワン爺さんは小柄だが声は大きい。
「本来、経済建設や社会開発に用いられるべき人材が軍事方面にかたよるという現状に対して、不安を禁じえない。好景気の一方で教育や職業訓練に対する投資が減っているのだ。労働者の熟練度が低くなった証拠に、ここ六ヶ月間に生じた職場事故が前期と比べて三割も増加している。ルンビーニ星系で生じた輸送船団の事故では、四百余の人命と五十トンもの金属ラジウムが失われたが、これは民間航宙士の訓練期間が短縮されたことと大きな関係があると思われる。しかも航宙士たちは人員不足から過重労働を強いられているのだ」
 明晰できびきびした話しかたであった。
「先年、軍から四百万人の人材が民間に戻って来た。国防委員長の英断にはまことに頭の下がる思いだ。だがそれでも社会は人材が足りない。先に述べた事故も技術者が足りない事が原因だ。現在、国内の景気は上向きに推移しているからどの業界でも資格保持者は引く手あまただ。結果、資格取得の為の教育期間を短縮してでも現場に人材を送り込まなければならないという本末転倒な事態が発生している。国防委員長にはまことに申し訳ないが、軍に徴用されている技術者、輸送および通信関係者のうちから更に二百万人は民間に復帰させてほしい。これは最低限の数字だ」
 会議室を見わたすホワンの視線が、国防委員長トリューニヒトの面上で停止した。
「ホアン委員長、無理を言わないでほしい。四百万人戻すだけでも大変だったのだ。更に二百万人もの人数を後方勤務から外されたら軍組織は瓦解してしまう」
「国防委員長はそうおっしゃるが、そうでもしないと早い時期に社会機構と経済は停滞に向かうだろう、景気は上昇しているのにだ。結果として軍も戦争遂行など無理という話になるのだが…現在、首都の生活物資流通制御センターで働いているオペレーターの平均年齢をご存じか」
「……いや」
「四十二歳だ」
「異常な数字とは思えないが……」
 ホワンは勢いよく机をたたいた。
「これは数字による錯覚だ! 人数の八割までが二十歳以下と七十歳以上で占められている。平均すればたしかに四十二歳だが、現実には三、四十代の中堅技術者など少ないのだ。社会機構全体にわたって、ソフトウェアの弱体化が徐々に進行している。これがどれほど恐しいことか、賢明なる参加者各位にはご理解いただけると思うが……」
ホワンは口を閉じ、ふたたび一同を見回した。まともにその視線を受けとめた者はレベロ以外にいなかった。ある者は下を向き、ある者はさりげなく視線をそらし、ある者は高い天井を見上げた。くっそ、原作の名シーンだ、違う意味で嬉しくて身震いしてしまう…。
「つまり民力休養の時期だということです。イゼルローン要塞とアムリッツァを手中にしたことで、わが同盟は国内への帝国軍の侵入を阻止できるはずだ、それもかなりの長期間にわたって。今正に現状はそうなっている。とすれば、何も好んでこちらから攻撃に出る必然性はないではないか」
 ホワン爺さんがそこまで言うと、再びレベロが発言する。
「人的資源委員長の言う通りだ。これ以上、市民に犠牲を強いるのは民主主義の原則にもとる。それに、軍部の長期持久という方針に対しては市民からの反対の声はそれほど聞こえない。という事は、同盟市民もまた民力休養を考えている事になる」
 そのレベロの発言に対し反駁の声が上がった。声を上げたのはまたしてもウィンザーだった。本当にろくでもない奴だ、新任されたばかりだから存在感をアピールしているんだろうが…。
「大義を理解しようとしない市民の利己主義に迎合する必要はありませんわ。そもそも犠牲なくして大事業が達成された例があるでしょうか?」
「その時期は今ではない、と市民は考えているのだ、ウィンザー夫人」
 レベロは彼女の公式論をたしなめるように言ったが、効果はなかった。
「どれほど犠牲が多くとも、たとえ全市民が死にいたっても、なすべきことがあります」
「そ、それは政治の論理ではない」
 思わず声を高めたレベロをさりげなく無視して、ウィンザー夫人は会議室を見渡して、よく通る声で意見を述べはじめた。
「わたしたちには崇高な義務があります。銀河帝国を打倒し、その圧政と脅威から全人類を救う義務が。民意に迎合して、その大義を忘れるのは果たして同盟の為政者の取る態度と言えるでしょうか」
 ウィンザーは四十代前半の美魔女、といってもおかしくない容姿の持ち主でしかもその声はとても耳に心地よい…まあ俺のタイプではないけども…だけど、全うな人間であれば彼女の発言こそ危険に感じるだろう、ウィンザーの方こそ安っぽいヒロイズムに足首をつかまれているのは明白だ。
 レベロがふたたび反論しようとしたとき、それまで沈黙していた議長サンフォードが初めて発言した。
ええと、ここに資料がある。みんな端末の画面を見てくれんか」
 全員がいささか驚いて、とかく影の薄いと言われる議長に視線を集中させ、言われた通り端末に目をやった……おいおい、俺達軍人もいる前でこれを言うのか?
「こいつはわが評議会に対する一般市民の支持率だ。けっして良くはないな」
 約四十パーセントいう数値は、列席者の予想と大きく違ってはいなかった。ボーデンでの軍の醜態のせいもあったろうが、ウィンザー夫人の前任者が、不名誉な贈収賄事件で失脚してから何日もたってはいなかったからだ。
「一方、こちらが不支持率だ」
 五十六パーセントいう数値に、吐息が洩れた。予想外のことではないが、やはり落胆せずにはいられない。
 議長は一同の反応を見ながら続けた。
「このままでは十二月の選挙に勝つことはおぼつかん。この政権は終わりを迎えるだろう。それを頭に入れた上でこの資料を見て貰いたい」
 議長は声を低めた。意識してか否かは判断しがたいところだったが、聞く者の注意をひときわひく効果は大きかった。
「シミュレーションの結果、十一月までに帝国に対して画期的な軍事上の勝利を収めれば、支持率は最低でも一五パーセント上昇することが、ほぼ確実なのだ」
 軽いざわめきが生じた。流石に三提督も呆れている。議長を煽ったのが自分達だとはいえ、まさかこの会議でそれを言い出すとは思わなかったのだろう。議長の発言は軍人のいる前では絶対に言ってはならない事だった。
「軍部からの提案を投票にかけましょう」
 ウィンザー夫人が言うと、数秒の間をおいて数人から賛同の声があがった。この場にいる政治家の全員が、権力の維持と選挙の敗北による下野とを秤にかけている…。
「待ってくれ」
 レベロはそう言いながら座席から半ば立ち上がった。太陽灯の下にいるにもかかわらず、その頬は老人じみて見えた…。
「吾々にはそんな権利はない。政権の維持を目的として無益な出兵を行なうなど、そんな権利を吾々は与えられてはいない……」
 レベロの声が震えている。アニメで観ても衝撃を受けたが、現場でそれを見せつけられると、政治家というのは何を考えているんだ、と思う。本当にとんでもない、これだったらまだトリューニヒトの方がマシだ。この世界のトリューニヒトは自分の願望と現実の折り合いを上手くつける事の出来る現実的な政治家だ。

 「まあ、きれいごとをおっしゃること」
ウィンザーの冷笑は華やかだった。それに反論するのも無意味と思ったのだろう、レベロは背もたれに思い切り身を預けると会議室の天井を見上げている。それを見たホワン爺さんが苦笑しながら嗜めた。
「頼むから短気を起こしなさんなよ」
 彼は呟き、投票用のボタンに丸っこい指を伸ばした。レベロだけではなく議長以下の閣僚達が可否を決めるボタンに手を伸ばす。俺達軍人には投票権はない。この場では軍人はあくまでも助言者に過ぎない。
 
 賛成六、反対三、棄権二。有効投票数の三分の二以上が賛成票によって占められ、ここに帝国領内への侵攻が決定された。だが票決の結果が評議員たちを驚愕させた。出兵が決定されたことがではなく、三票の反対票のうち一票が、トリューニヒトだった事だ。たとえ反対だったとしても多数につくだろう、賛成した閣僚達はそう思っていた筈だ。現に一番驚いているのはイカれた主張をしていたウインザーだった。トリューニヒトは普段から帝国打倒を叫ぶ強硬派とみられていたからだ。レベロやホアンも少なからず驚いていた顔をしている。
「私は愛国者だ。だが愛国者だからといって無闇に戦うべきだとは思ってはいない。私がこの出兵に反対であったことを銘記しておいていただこう」
 それが声無き疑問の声に対する、トリューニヒトの答えだった…くそ、少しだけトリューニヒトがカッコ良く見えちまったじゃないか!ヤンさんにも見せてあげたかったなあ…とそれは置いといて…最高幕僚会議からの提案による出兵案は採用された、という事はこの出兵案は最高評議会議長の責任において実行される事になる。それに反対した三人はサンフォード議長と対決する姿勢を見せた、という事だ。選挙後が見物だな…。

 議長以下の閣僚達が出て行くと、軍人だけが会議室に残された。当然ながら三提督もこの場に残っている。三人の顔には憔悴という二文字が彫られてあった。
「ムーア提督」
「何でしょうか、副司令長官」
「折角皆さん三人が建前を取り繕ったのに、議長が台無しにしてしまいましたね。あそこまでハッキリと政権維持の為と言われると、我々としてはぐうの音も出ない。そうではありませんか」
「申し訳ありません。我々はただ…」
「いいのです、作戦の考え方としては正しいのですから。ただ、諸問題がある…正直に答えて下さい、皆さんは自らの自己実現の為に出兵案を議長に持ち込んだ、そうですね?」
「はい、その通りであります」
「軍の方針がアムリッツァ長期持久という事は認識していますよね?出兵案がそれに反する事も」
「はい」
意外とムーアは素直だった。まあ議長が本音を言ってしまったのだ、これ以上恥の上塗りをしても仕方ないと思っているのだろう。
「分かりました。今後は本部長やトリューニヒト委員長の同意なく恣意的に動くのは止めて下さい。副司令長官としての命令です。宜しいですね」
三人が許可を得て退出すると、グリーンヒル本部長が大きなため息をついた。まあ気持ちは分かる。
「ウィンチェスター提督、予想はしていたが大変な事になったな」
「まあ、トリューニヒト委員長が節を曲げずに反対票を投じたのがせめてもの救いです。これでサンフォード議長もトリューニヒト委員長の頭越しに無理難題を言う事はないでしょう」
「そうだな…では君の言っていた捕虜の件と帝国辺境への働きかけだが…実行に移すかね?トリューニヒト委員長もご存知だからスムーズに動くと思うが」
「宜しくお願いします」
長期持久と再出兵…相反するこの二つをどう整合させるか…大仕事だな…。

  

 

第九十四話 下準備 Ⅰ

帝国暦487年2月20日12:00
フォルゲン宙域、オルテンベルク星系、銀河帝国、銀河帝国軍、ケスラー艦隊旗艦フォルセティ、
ウルリッヒ・ケスラー

 「複数の商船を臨検しましたが、武器弾薬、禁制品の類いは積んでおらず、積荷の殆どは小麦等の糧食品の類い、そして穀物生産プラントの部品でした」
「所属はどうなっている?」
「はっ、懸念された通りフェザーン船籍ではありますが叛乱軍の民間輸送会社の所属となっております」
「そうか…どの船でもいい、船長をここへ連れて来れるか」
「可能です。ですが尋問の結果も特に不明な点はありませんでしたが…」
「分かっている。直接話を聞いてみたいのだ、参謀長」
「了解致しました」

 ミューゼル閣下の命を受け、シャンタウからここフォルゲンのオルテンベルク星系に移動した。叛乱軍の商船が出没しているという。私の艦隊はシャンタウに居たから、一番近いという事で調査を命じられた。当然ながら訓練も継続しているが、調査の中に臨検も含まれるとなると通常の哨戒行動と変わらない。それにフォルゲンの先はアムリッツァだ。ここフォルゲンにも叛乱軍艦艇は出没するから、哨戒どころか遭遇戦が生起する事も腹案として持っておかねばならない。骨の折れる任務だ…。
 連れて参りました、というブレンターノ参謀長の報告と共に姿を現したのは、背が高く恰幅もいい筋骨隆々とした黒い肌の男だった。民間人とは思えない程、堂々としている。
「名前を教えてくれないか」
そう言うと、男は軽く一礼してデア=デッケンと名乗った。古い姓だが、帝国にもある姓だ。
「デッケンさん、貴方は叛乱軍の輸送会社の所属でありながら、帝国内を航行していましたね。何故ですか」
「…尋問で答えた通りですよ。糧食品の輸送です」
「それはそうかも知れないが、帝国と叛乱軍…失礼、自由惑星同盟は戦争中の間柄だ。民間人で直接戦闘行為に関係が無いとしても看過する事は出来ないのです。航路データによると貴方の船はアムリッツァを出発してオルテンベルクに向かう事になっていた。同盟軍からの依頼によるものですか?」
「いいえ、違います」

 見た目同様、この男は頑なな性格の様だ。独航の商船の船長ともなると自然に肝が据わるのだろうが、叛乱軍からの依頼ではなく叛乱軍そのものなのかもしれない。尋問で判明した事実をまとめた書類をめくってみると…これは…。
「デッケンさん、貴方の出身はクラインゲルトなのですか?」
「そうですが、何か」
クラインゲルト…フィーアは元気だろうか。叛乱軍のアムリッツァ占領の時も逃げ出す暇はなかった筈だ。そもそも辺境過ぎて定期便すらまばらだった。
「奇遇ですね、私もクラインゲルト出身なのですよ。今のクラインゲルトはどうなっていますか?」
男の表情が僅かに動いた。同郷と知って驚いたか、嘘の経歴がバレると恐れたか…。
「…お陰様で帝国が時代より栄えていますよ。人も増えました。おそらく閣下の知っている頃のクラインゲルトとは全く様変わりしていると思います」
「そうですか。叛乱…同盟軍の統治は行き届いている様ですね」
「はい。母をちゃんと病院に通わせる事が出来る様になりました。給料もちゃんと貰えるし有難い事だらけですよ」
そう言うとデッケンと名乗る男は初めて笑顔を見せた。男の言う事は本当なのだろう。
「それはよかった。デッケンさん、改めて聞きます、目的は何ですか。敵であっても貴方は民間人だ、私の上官からも民間人の拘束は禁じられています。私は本当の事が知りたいのです、同郷の誼だ、教えてはいただけませんか」
デッケンと名乗った男は暫く下を向いて考えていたが、意を決したのだろう、緊張した顔で話し始めた。
「同胞を…今は敵味方ですが、同胞を救う為です」

 「閣下、宜しいのですか、放免してしまっても」
「構わん。独航の商船では何も出来ぬし、たとえ敵性分子でもあの男は民間人だ。ミューゼル閣下からも非戦闘員を無闇に捕らえるなと言われている」
「ですが、あの男は明らかに軍人ですよ」
「だろうな。ルドルフ大帝が『劣悪遺伝子排除法』を発布された結果、有色人種は流刑地に流されたかして帝国領域から居なくなってしまったからな」
「では…」
「独航の商船では何程の事も出来んし、あの男の任務も本当に糧食品の輸送だろう。拿捕された時の事を考慮して他の任務は与えられていないと考えるべきだ。下手に拘束しては次が来なくなるとは思わないか?」
「成程、敢えて泳がすと…」
「そうだ。それに、あの態度を見ただろう?敵中囚われているにも関わらず、毅然とした見事な態度だった。帝国軍は勇者を遇する方法を知らぬと思われても嫌なのでな」


 ”同胞を助ける為、罪滅ぼしだと?”

「はい。同盟に属した後のアムリッツァは、帝国時代より数段栄えている、以前の様に暮らしに困る事はなくなった。であれば以前のアムリッツァの様に日々の生活に困っている帝国辺境の同胞に援助の手を差し伸べるのは当然だと。それが同盟に降ってしまった我々の、帝国に対する罪滅ぼしだと。クラインゲルト氏からの依頼によって援助が行われている様です。この事は叛乱軍は黙認している、と尋問した商船の船長は申しておりました。実際に他の商船にも武器弾薬、危険物の類いは積載されておりませんでした」

”首肯出来る部分と、出来かねる部分があるな“

「はい。それに民間人を装ってはおりますが、尋問した船長は叛乱軍の軍人か、叛乱軍に所属している者で間違いありません」

”ほう…何故だ?“

「黒人でした。有色人種は帝国領域には居りません」

”…そうか、そうだな“

「もう少し調査を進めて、全容の把握に努めたいと思います」

”宜しく頼む。だが無理はするな、アムリッツァはすぐそこだ“

「心得ております」



2月21日10:00
ヴァルハラ星系、オーディン、ミュッケンベルガー元帥府、宇宙艦隊司令長官公室、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「叛乱軍は黙認しているというが、黙認ではなく奴等の軍事行動の一環だろうな」
ミュッケンベルガーの顔は険しい。確かに険しくならざるを得ない。叛乱軍は謀略によって辺境を引き寄せようとしている…。
「辺境を援助…叛乱軍としては当然取り得る選択だと考えます」
「同盟に降った罪滅ぼしとは…芸が細かいな」
「心情的にはそうだと思います。確かに辺境は貧しいですから」
「それで叛乱軍も黙認か…言い訳としては成り立つな。放置は出来ん。だが…」
ミュッケンベルガーはその先を口にしなかった。結果が容易に想像出来るからだ。叛乱軍と通じたと辺境の貴族を処罰すれば、本当に辺境は叛乱軍に通じてしまうだろう。別の事態も想像出来る。仮に辺境の貴族を処罰を行ったとする。辺境の領地を治める者が居なくなるのだ、大貴族達が我先にと実力で奪うかもしれなかった。結果、辺境の混乱が帝国中枢にまで波及し、皇位継承問題とは別に力を伴う宮廷闘争が始まる事になる…嫌らしい手だった。時間はかかる、だが確実に帝国にダメージを与える事が出来るのだ。
「叛乱軍が実際に援助を行う範囲や規模はそれほど大きくないと思われますが、いずれは辺境全体に叛乱軍の援助の話が伝わるでしょう。そうなればドミノ倒しの様に我先に援助にありつこうとする辺境の在地領主が現れるかもしれません」
「…そうなると帝国中枢の大貴族にも話が伝わるのは時間の問題だな」
「はい…事は軍が処理する範囲を越えていると思いますが」
帝国の統治の根幹を揺るがす問題だった。帝国は、戦争にかまけて辺境を放置してきたツケを払わされようとしているのだ…。

 ミュッケンベルガーは従卒を呼び入れると、コーヒーを用意させた。従卒が出ていくと小さなため息を吐いて再び口を開いた。
「もう一つ問題がある」
「問題、ですか」
「基本的にはいい話なのだがな、卿からのこの報告を聞いた後では問題と言わざるを得ん。叛乱軍がフェザーンを通じて捕虜交換を打診してきた」
捕虜交換だと?目的は何だ?謀略を仕掛ける一方で捕虜交換の打診…これも謀略の一環なのか?
「捕虜交換に際して、叛乱軍は何か条件をつけたりはしていないのですか」
「いや、単純に捕虜の交換のみだ。上層部はそれで真意を図りかねている」
叛乱軍との捕虜交換など、知り得る限りでは聞いた事が無い。
「捕虜はどれ程存在するのでしょう?」
「此方には二百万人程ではなかったかな。あちら側も似た様な数字の筈だ」
二百万…そんなに居るのか。叛乱軍はどうか分からないが、公式には帝国軍人の捕虜は存在しない事になっている。宇宙空間の戦闘での行方不明者は戦死扱いになるし、帝国の国是として叛乱軍…政治犯に降伏するなど許されないからだ。消息が伝わって来たとしても、余程の高位の者でないと残された家族に伝えられる事はなかった。それに、捕虜交換と言ってもただ交換するだけでは終わらない。捕虜になった経緯…降伏したのか、負傷等でやむを得ず囚われの身になったのか…帰国後の彼等の処遇に関わる膨大な事務作業が発生するのだ。
「この休憩が終わり次第リヒテンラーデ侯の許へ向かう。卿も同行せよ」
「はっ」

新無憂宮(ノイエ・サンスーシー)の北苑にある国務尚書執務室に通されると、そこには既に軍務尚書エーレンベルク元帥、統帥本部総長シュタインホフ元帥が到着していた。
「副司令長官が来るとは聞いていないが」
「私が同行を許可した。叛乱軍への対処は副司令長官に一任してある、後から話すより手間が省けるのでな。宜しいか、軍務尚書」
エーレンベルクはフンと鼻を鳴らしただけで、ミュッケンベルガーの言葉に応える事はなかった。やりとりを見ているシュタインホフも肩をすくめただけだ…どうやらこの二人からはまだ信用されていない様だ…部屋の主であるリヒテンラーデ侯が一つ咳をした後、口を開く。
「卿等を呼んだのは他でもない、捕虜交換の件だ。前例の無い事なのでな、専門家たる卿等の意見を聞こうと思ったのだ」
部屋の中には我々の他にもワイツ補佐官、ゲルラッハ財務尚書が同席している。二人はリヒテンラーデ侯の腹臣だ。
「その件につきまして、ご報告がございます」
「何かな、ミュッケンベルガー元帥」
ミュッケンベルガーが俺に目を向けた…俺に報告しろという事か…。
「初めて御意を得ます。宇宙艦隊副司令長官、ミューゼル大将であります。おそれながら、辺境にて由々しき事態が発生しております」
「由々しき事態とか」
「はい。自由惑星同盟を僭称する叛徒共が、我が帝国の辺境の在地領主の方々に物資援助を行っております」
部屋の中が静まりかえる。内心皆驚いているのだろうが、それを表に出す者は居ない。
「辺境に叛乱軍が援助…辺境の貴族を罰するも下策、放置も下策…嫌らしい手をうってきたものよの」
リヒテンラーデ侯はそう言って薄く笑った。報告を聞いて瞬時に判断した…流石は帝国の国務尚書と言うべきだろうが、無策ではいられないのも事実だ。
「侯、笑っている場合ではありますまい。捕虜交換を持ちかけておきながら一方では帝国領土を蚕食する…彼奴等の好き勝手にさせておく訳にはいきませんぞ」
「では何か策がお有りかな、軍務尚書」
「それは…」
逆に問いかけられてエーレンベルクが言い澱む…ふん、こういう時は黙っておくのが一番なのだがな…捕虜交換を持ちかける一方で辺境の援助…何かある筈だ…。
「まあよい。辺境の件はひとまず置いて、捕虜交換について話し合うとしようではないか。まず軍務尚書、卿はどう思われる」
「私は反対ですな。捕虜と申しましても、軍では戦死者として扱っております。仮に、此方にいる叛乱軍の捕虜と同程度の人数が戻って来るとすれば、その者達をどう扱うのか…単純に軍に復帰させる訳にも参りません、中には共和主義に逆洗脳された者も一定数は存在する筈です、混乱を招きますぞ」
「ふむ。統帥本部総長はどうか」
「半ば賛成、半ば反対ですな。軍務尚書の仰る通り共和主義に毒された者も居るでしょう。ですが節を曲げずに帝国への忠節を守り通した者も居る筈…叛乱軍の目的が奈辺にあるか、交渉の中でそれを明らかにするのが先決でしょう」
「そうか。司令長官はどうかな」
「私は賛成です。彼等は叛乱軍の虜囚となりながらも捕虜の地位に甘んじて来た。帝国の為に戦い、力尽きてやむを得ず囚われたのです。それを我々が拒否するとなれば、むしろ彼等を叛乱軍に追いやる結果となりましょう。軍務尚書の言う様に共和主義にかぶれた者も存在するでしょうが、それは杞憂に過ぎない。そういう者達に対しては帰国させた上で改めて対処すればよい」

 三者三様…リヒテンラーデ侯はどう決心するのだろう。俺は賛成だ。ミュッケンベルガーの意見が一番近い。帝国の為に戦い抜いた者を厚く遇せずして、今戦っている兵達に戦いの意義をどう問うのか。捕虜の帰還を認めないとなれば、兵士の命は使い捨てと公言する様なものだ。そんな国家に誰が忠誠を誓うというのか…国内で新たな不穏分子を育てる結果になるだろう。
「ミューゼル大将はどうかな」
思わず背筋が伸びる。本来俺はこの場には呼ばれてはいない、答えてもいいのだろうか。思わずミュッケンベルガーに目をやった。
「構わん、卿の思うところを述べよ」
「はっ……小官は賛成であります。皇帝陛下の御為、帝国の為に戦った者達の帰還を認めない…これでは兵士達は安心して戦えません。更には何の為に戦うのかと兵士達に疑心を抱かせる結果となりましょう。生還を褒め称え、厚く遇するべきではないかと思う所存であります」
「ふむ…ミュッケンベルガー元帥も卿も、流石は直に兵を率いて戦う者の意見よの」
「ありがとうございます。ただ、注意すべき点もございます。叛乱軍が帰還兵の中に工作員を紛れ込ませるかもしれません。捕虜交換の実行時には所要の事務手続もございますれば、その際身元確認には細心の注意を払うべきかと存じます」
「成程、工作員か…此方がその手を使ってもよいかもしれぬな。皆ご苦労であった、軍の皆は散会して構わん」

 移動の地上車に乗り込むと、ミュッケンベルガーは大きな息を吐いた。
「工作員か…卿の言う通り、考えられない事ではない。卿自身はどれくらいの可能性があると思っているのだ?」
「あくまでも可能性の話ですから…問題提起しておいて何ですが、叛乱軍が此方に工作員を送り込むメリットは余り無い様に感じています」
「それは何故だ?」
「帝国は叛乱軍が自ら標榜するような自由と平等の国家ではありません。潜入した工作員が諜報活動を行うとすれば、ある程度此方の権力中枢に食い込めるだけの地位が必要になりますが、その点での身分擬装が難しいと思うのです。協力者も居らずコネも無いのでは権力中枢に食い込むのは難しいでしょう」
「そうだな…であれば、むしろリヒテンラーデ侯も仰った様に此方から送り込む事を考えた方がいいかもしれんな」
「はい。叛乱軍を構成しているのは皆平民です。平民であっても高級士官、将官という地位にあってもおかしくはない。権力中枢に近付く事も可能です」
「…捕虜交換が実現するかどうかは分からんが、捕虜の中から人選を進めよう。任せてもよいか」
「了解致しました」



宇宙暦796年2月26日14:00
バーラト星系、ハイネセン、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、ハイネセンポリス郊外、統合作戦本部ビル、宇宙艦隊副司令長官公室、
ヤマト・ウィンチェスター

 “帝国側の反応は悪く無い様だ。あちらさんも兵力の補充には難儀している様だね。あと例のアンケート結果が後方勤務本部から上がって来た。そちらにデータを送るから、目を通しておいてくれ”

「ありがとうございます」

グリーンヒル本部長からの電話が終わると同時に、ミリアムちゃんが質問してきた。
「例のアンケートというのは、我々に囚われている帝国軍捕虜の件でしょうか?」
「うん、そうだね。さて、どんな結果になったものやら」
PCのメールフォルダを開くと、確かに本部長からのメールが届いていた。添付データを開く……捕虜の総数、百九十七万五千二百人……帰国を望む者、百六十七万八百四十六人……同盟への亡命を望む者、二十五万二千六百五人……残り五万千七百四十九人…残りの約五万人は分からないと答えたのか…紙に出力した添付データをミリアムちゃんも見ている。
「ローザス少佐、どう思う、これを」
「およそ二十五万人もの帝国軍人が亡命を望んでいるというのは意外です。分からないと答えた者達が五万人も存在するのも意外でしたが」
「うん。帰国希望の者達は、帰国後の展望がある人達だろうね。家族が待っているとか、貴族階級なら家を継ぐとかね」
「では、亡命希望者は帰国後の人生設計において悲観的な人々…という事でしょうか」
「そういう人も居るだろう。帰国しても係累が居ないとかね。でも今まで戦ってきた敵国に亡命するというのは余程の事だよ。幸運な事に同盟の捕虜収容所の待遇はいいとは言えないが、悪くはない。中の下、と言った所だろう。それに、捕虜は収容所の外に働きに出ているんだ。収容所の中も捕虜の自治に任せている所がほとんどの様だ。敵性軍人だからといって罰せられる事もない。帝国の様に階級社会という訳でもない。同盟も悪くない、と思ってくれたんじゃないかな」
「はあ…」
「住めば都、という言葉もあるしね」
「では、分からないと答えた人々はどうなのでしょう」
「そこは本人達にしか分からないさ。分からないと答えた捕虜達には再度希望調査をする事になっている。いずれ結果は出るよ」
「そうですね……ですが何故本部長は閣下にこのデータを?閣下が捕虜交換を提案なさったからですか?」
「それもあるけどね…面倒な事は私が処理する事になっているらしい。シトレ前本部長からの申し送り事項なんだと」
既にフェザーンを通じて帝国には打診済みだから、実現するしないに関わらず早急に準備を整える必要がある…事務処理と捕虜の移動に一ヶ月、帰還兵の収容と移動に一ヶ月……。
「少佐、本部長にアポを取ってくれ」
返事と共にミリアムちゃんが本部長に電話を入れる…各艦隊の面倒はビュコック長官に見て貰うしかないな、長官だってこんな面倒臭い事やるよりそっちの方がいいだろう…。
「一五〇〇時以降でしたら時間が取れるそうです」
「ありがとう、了解した」

 グリーンヒル本部長の執務室に行くと、既にコーヒーが用意されていた。
「アンケート結果は見たかね?」
「はい。それについてですが、そろそろ事務局を立ち上げませんと。私が事務局長をやります」
「君が事務局長をやるというのか?まあそれは構わないが、いいのかね?」
「各艦隊の方はビュコック長官にお任せします。面倒臭さではこっちの方が上でしょうから」
「そうだな。ビュコック長官もそちらの方がやりやすいだろう」
「はい…ところで質問なのですが、捕虜交換についてフェザーンは何も言っていないのでしょうか」
「フェザーンが?何か気になる事でもあるのかね?」
捕虜交換の打診はフェザーンを通じて行われた。外交のチャンネルがそこだけだから仕方ないのだけど、こういうチャンスを陰謀好きのルビンスキーが見逃す筈は無いと思うんだよな…。
「いえ…ただ、フェザーンが絡むとロクな事がありませんからね。トリューニヒト委員長から何かお聞きではありませんか?」
「フェザーン絡みの話は特に聞いていないな。ただ、捕虜交換の全権代表を誰にするかで揉めている様だ」
本部長によると、サンフォード最高評議会議長とトリューニヒト国防委員長とで揉めているという。政府主体で行うのか、軍主体で行うのか…という事らしい。
「成功させれば政治家としての株は上がるからな」
「確かにそうですが、相手…帝国がなんと言うか」
「君はどう思うかね」
帝国は同盟を対等の存在として認めてはいない。フェザーンを通じて捕虜交換の話が来た…話は聞いても実行するとなると、帝国政府主体ではなく帝国軍にやらせるのではないだろうか。
「帝国にも面子がありますからね、互いの政府同士ではまとまる物もまとまらないのではないでしょうか。あちら側は門閥貴族が黙ってはいないでしょう。叛乱軍に膝を屈した、と大騒ぎするかもしれません」
「…もしかして君はそれを狙っていたのか?」
「いや、ただの思いつきですよ。思いつきの副次効果としては否定しませんけどね。人口の少ない同盟が帝国に勝つには、政治的にも戦闘においても主導権を握り続けなければなりません。帝国を引っ掻き回すしかないんです。帝国内部が一つにならない様な手を打って」
「帝国辺境に対する援助もそうだな」
「はい。その通りです」
「ところで、同盟へ亡命希望の捕虜達はどうするのだ?」
「本人達の希望にもよりますが、軍属または軍人として迎えいれたいと思います。何年か兵役を務め軍で得た技能を社会で活かす事が出来れば、同盟での生活に困る事はないでしょう」
「職業訓練の様な物か。向こうでも軍人だったのだから、似た環境に居た方が慣れるのは早いかもしれんな」
「もう一つ目的があります。亡命した者達の覚悟を問う事です」
そう、帝国を捨て同盟市民になるという事は極端な話、市民になったその日から帝国と戦う、という事なのだ。その覚悟を問わねばならない。
「そうだな、大事な事だ。祖国を敵とするのだからな。だが当面は後方勤務に就けた方がいいだろう」
「そうですね。ですがそれはおいおい決めましょう。彼等の受け入れも重要ですが、帰還兵の処遇も決めねばなりません」
「そうだな」

 空になったカップに二杯目のコーヒーを注いだ。俺の分だけではなく、本部長の分も用意する。本部長はデスクから応接ソファに移動すると、深々と腰をおろした。
「帰還兵か…帝国での捕虜生活はどうなのだろうな。想像もつかん」
「はい。帝国では我々は犯罪者、反逆者扱いです。そもそも帝国と同盟の間には捕虜の処遇に関する取り決めがありません。無事である事を祈るばかりです」
同盟軍は女性兵士も前線勤務に就く。当然捕虜の中には女性兵士も存在する。捕虜といっても処遇が定まっていないのだ、女性に限った事ではないが死んだ方がマシ、という扱いをされる事もあるだろう。
「中には軍を恨む者も居るかもしれませんね。上層部がしっかりしていれば、捕虜になる事はなかった、と」
「だろうな。一概に軍に復帰させる、という訳にはいかないかもしれない」
原作での捕虜交換の際もこういった事があったのかもしれない。だからアーサー・リンチは工作員として利用された…。
「帝国軍は帰還兵の中に工作員を紛れ込ませるかもしれません」
「工作員?破壊工作か?」
「目的は破壊工作とは限りません。情報収集、欺瞞工作…様々な目的が考えられます」
原作での捕虜交換は帝国…ラインハルトから同盟に持ちかけられた。内戦状態に入った帝国に対して、同盟に余計な手出しをさせない為だった。自分で問題提起しておいてアレだけど、今帝国が同盟に工作員を潜入させるメリットはあるのだろうか?原作のあの時期、同盟は揺れていた。アムリッツァでの大敗のあとで、国防体制の再構築もままならず、政治不信も加速していた。結果ラインハルトから策を授かったリンチの暗躍でグリーンヒルがクーデターを起こした…本人を目の前して言うのもアレだけどね…。

 今の同盟はそれほど追い詰められてはいない。追い詰められている、と思うのは帝国だろう。先日の戦いで此方に一矢報いたものの、アムリッツァもイゼルローンも取り戻してはいないのだ。しかもラインハルトを宇宙艦隊副司令長官に抜擢して、同盟に対する盾として使おうとしている。三バカ提督が言った通りミュッケンベルガーはすぐには前線には出てこない。時期的に考えると皇帝の体調やらを気にしての事だろう。ラインハルトとしては願ったり叶ったりだろうが、麾下の兵力が少ないから、能動的に此方に何か仕掛けるという訳にもいかない筈だ。となると、もし工作員を潜入させるとなると同盟そのものではなく同盟軍に対する工作になる可能性が高いな…。
「此方からも工作員を送り込んではどうだろうか?」
本部長が思いつきを口にした。
「いいお考えだとは思いますが、難しいでしょう」
「何故かね?」
「帝国が階級社会だからです。身分擬装が難しい。権力中枢に潜り込めるある程度の身分と、帝国の現体制を覆そうという信念と気概のある者でないと厳しいでしょう。平民階級であれば擬装は簡単ですが、工作員としての行動範囲が限定されてしまいます。それに…」
「それに?」
「事が露見した場合、帝国の同盟に対する態度は硬化するでしょう。帝国政府はどうでもいいが、平民階級へのマイナスイメージは避けたいのです。彼等は帝国に対する潜在的な反乱階級ですからね」
「なるほどな…君の言う通り、あくまでも誠実に事に望んだ方がいいだろうな。事務局長の件は了解した。欲しい人材や必要な物があれば言ってくれ。トリューニヒト委員長にも話をしておくから、辞令はすぐに下りるだろう。ビュコック長官には君からも話をしておいてくれ」
「了解いたしました」

 




 

 

第九十五話 下準備 Ⅱ

宇宙暦796年3月20日13:00
フォルゲン宙域、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第十三艦隊、第一空戦隊第三中隊、
イワン・コーネフ

 「全くだ、なんでこの俺がこんな事せにゃならんのだ」
「そうぼやくな、ポフランさんよ」
「長距離偵察なんて単座戦闘艇(スパルタニアン)乗りの仕事じゃないぜ。そうは思わんか、コーネフさんよ」
「一応こいつだって戦闘艇(スパルタニアン)だろう?」
「複座で、武装も下ろしてるのにか?強行偵察用なんて言ってるが、名前だけじゃねえか」
「専任のパイロットが風邪で寝込んでるんだ、仕方ないだろう」
長距離強行偵察用の戦闘艇は武装の代わりに高精度の光学カメラ、索敵センサーを搭載している。偵察任務も日をまたぐ長時間になる事もある為に、パイロットスーツも戦闘任務とは別の専用の物を使用する。複座なのはそれぞれ操縦任務と偵察任務に専念させる為だ。
「ふん、本当に風邪なのか?コールドウェルの奴。そもそもだ、擬装商船を色んな所に派遣してるんだから、俺達が偵察しなくたっていいんじゃないのか」
「おいおい、彼等が同盟軍に通報したら、擬装商船が同盟軍と関係があるってバレるじゃないか」
俺がそう言うと、ポフランは後ろを向く事なく言葉を続けた。
「とっくにバレてるんじゃないのか?あからさま過ぎるんだよな。よくやるよ、ウチの司令官殿も」
「アッテンボロー司令官が実施しているんじゃないぞ、元々始めたのはウィンチェスター副司令長官だ」
「よく知っているな」
「お前さんと違って真面目に話を聞いているんでな……おや…センサーに感あり。ポプラン、頭を三十度ほど右に振ってくれ」
「了解」


18:00
フォルゲン宙域、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦トリグラフ、
ダスティ・アッテンボロー

 「強行偵察の単座艇は収容したんだな?」
「はい。戦闘艇格納庫から収容完了と報告がありました」
参ったな。敵が出てこないと思ったから此処まで出張ったんだが…。
「参謀長、敵の規模は」
「およそ六千隻、報告にあった通りです。帝国艦隊との距離、約四十光秒」
「よし。全艦砲撃戦用意」


19:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、宇宙艦隊副司令長官執務室、
ヤマト・ウィンチェスター

 「ご苦労様でした、キャゼルヌ少将。助かりました」
「お前さんならこれくらいの仕事、片手間で出来たろうに…失礼しました、副司令長官」
「いいですよ、普段通りで」
捕虜交換事務局。宇宙艦隊副司令長官執務室でもあるこの部屋は、今はそう呼ばれていた。何の飾り気もないネーミング、いや、飾り気なんかいらないんだけど、事務局の仕事は意外と大変だった。亡命希望者と帰国希望者それぞれの捕虜の選別、輸送艦の手配、亡命希望者のハイネセンへの移送準備、帰国希望者の集結場所の選定とその移送準備。亡命希望者へのID発行の準備。国防委員会、人的資源委員会そして法秩序委員会との調整会議…キャゼさんはそう言うけど、とても片手間で出来る仕事じゃない。宇宙艦隊はビュコック長官に任せると言ったけども何もしない訳にもいかないし、自分の艦隊の事だってある。それでアムリッツァからキャゼさんに来て貰ったんだ。
「後は実施を待つだけだな…それで、全権代表と捕虜交換の実施場所は決まったのか?今日の会議はその為の物だったんだろう?」
「それがまだなんですよ…普通こういった事は一番最初に決める物だと思うんですがね」
「お前さんはどう思ってるんだ?」
「向こうの面子を潰さない程度の地位の人物なら誰だっていいんですがね。場所はフェザーンでいいと思います。フェザーンを通じて交渉しているのにフェザーンで捕虜交換をやらないのでは、黒狐が怒りますよ。それに、何か起きてもフェザーンのせいに出来ますからね」
「なるほどな。帝国側はどうなんだ?」
「バグダッシュによると向こうも誰が代表になるか決まってないそうです。予想はしていましたが大貴族の横槍が酷い様で」
「おいおい…此処までやってご破算になるという事はないだろうな」
「相手が居る事ですからね、何とも」
帝国の実力者がラインハルトなら、ほほう…とか何とか言って乗って来ただろうけどな…どうも調子が狂うと言うか何と言うか…。
「閣下、ビュコック司令長官がすぐに来てくれとの事です」
鳴った内線をミリアムちゃんが受ける。どうやら急ぎの様らしい。
「少将、よければ一緒にどうぞ」
「いいのか?」
「構いませんよ、さあ行きましょう」

 ビュコック司令長官の執務室に行くと、長官の他にパン屋の二代目たる総参謀長、そしてヤン提督が居る。長官はキャゼさんを見ても何も言わなかった。
「お呼びでしょうか」
口を開いたのはヤンさんだ。何やら難しい顔をしている。
「フォルゲンで戦闘が発生しました。第十三艦隊と帝国艦隊が遭遇。つい一時間程前の事です」
「状況はどうなのです」
「第一報によると帝国軍は約六千隻との事です。戦力的にはアッテンボローが有利ですが、短時間で攻撃を切り上げて後退している様です」
ヤンさんはアッテンボローを買っている、だけど心配そうだ…もう直接の部下じゃないからな…それはともかくヤンさんはここで何をしているんだろう?
「ああ、私はビュコック長官に協力して再出兵の作戦案を練り直しているんだ。総参謀長にも是非にと言われたのでね」
成程、そういう事ね。パン屋も優秀だけど、そこに更にヤンさんが加わるのなら何の心配もいらないな。どんな作戦なのか気になるけど、今はそれどころじゃない。
「そうだったのですね。それで、カイタルのビロライネン中将は、どの様な指示を」
今のアムリッツァ方面軍のトップはビロライネン中将だった。司令官代理として暫定的な指揮を執っている。
「フォルゲンとボーデンにそれぞれ一個艦隊を派遣するとの事です」
チュン総参謀長が答えた。長官の指示だろう、常識的な判断だ。だけど…。
「司令長官は帝国軍の意図をどうお考えですか」
「今のところ現れたのはその六千隻程の艦隊のみらしい。後続の増援が無ければ、戦闘を打ち切るべきじゃろう。じゃが…敵は何を考えておるのじゃろうな。捕虜交換の予備交渉中だというのに」
そう、帝国は…帝国軍は何を考えているのだろう?

 ヤンさんに聞いてみよう。
「ヤン提督はどう思います?」
「うーん、此方の反応を確かめているのだと思います。捕虜交換を本当に行う気があるのかどうか」
成程。おそらくヤンさんの言う通りだろう。敢えて戦端を開く事で捕虜交換に対する此方の本気度を確認しているのだ。ヤンさんは続けた。
「帝国軍にとって、我々がフォルゲン、ボーデンに増援と抑止の為の兵力を派出するのは想定内でしょう。その兵力規模によって、我々が捕虜交換をどの様に考えているか判断するのだと思います。増援規模が小さい、又は帝国の想定内なら、我々の捕虜交換の交渉は本気だと考えるんじゃないでしょうか」
ビュコック長官とパン屋、そしてキャゼさんが深く頷いている。
「帝国の思惑がヤン提督の仰る通りなら、これ以上の増援派出は止めた方がいい、という事ですね。長官、ビロライネン中将にはその様に指示を出します」
ビュコック長官が再び深く頷くのを確認すると、パン屋はそう言って執務室を出て行った。パン屋を目で追いながら、再びヤンが口を開く。
「副司令長官、捕虜交換の方はどうなのです?」
「実務において想定される事はほぼ終了しています。後は捕虜の移動と全権代表が決まればいつでも実施出来ますよ。キャゼルヌ少将のお陰です。来て貰った甲斐がありました」
「それはよかった。で、全権代表はどなたになりそうですか?」
「サンフォード議長かトリューニヒト委員長だと思うのですが、互いに譲らないのですよ。捕虜交換を成功させたら、その政治的功績は大きいですからね。帝国も似た様な状況と聞いています。まあ帝国の場合は面子の問題の様ですけどね」
「同盟側は次の選挙を見据えて代表者が決まらず、帝国側は流亡の政治犯など交渉の余地はない、という事ですか。どっちもどっちですね」
ヤンがため息を吐く。ビュコック長官もどうしようもないという風に首を振る…戦争をしている以上、対外政策が国内政治に直結するのは理解できるけど、もう少し何とかならんもんかねえ…。
「ビュコック長官、アムリッツァが侵されない限りは現状維持でお願いいたします」
「解っておるよ。前線のせいで捕虜交換が有耶無耶になったら、帝国に囚われている者達の家族に恨まれるでな」
「ありがとうございます。ちょっと国防委員会に行ってきます。ビュコック長官の方からトリューニヒト委員長にアポを取って貰えませんか…そうだ、ヤンさんも来てください」
俺がそう言うとヤンさんは嫌そうな顔をしたけど、諦めたのだろう、肩をがっくり落とした。


19:45
ハイネセンポリス近郊、トリューニヒト別邸
ヤン・ウェンリー

 アポイントメントの結果、トリューニヒト氏はこの別邸にいる、という事だった。ウィンチェスターは何度か来た事がある様で、慣れた感じで用意されていたコーヒーポットからカップにコーヒーを注いでいる。ポットはもう一つあった。香りが混ざってしまっているが、紅茶らしい。
「ちゃんと紅茶も用意して貰いましたよ」
「…君は私が紅茶さえ飲んでいれば機嫌がいいと思ってないか?」
「…違うんですか?」
全く…それにしても、まさかトリューニヒトの所に来る羽目になるとはね…これまでも、奴の為人についてはウィンチェスターから聞いていたが、どうも好きにはなれない。トリューニヒトのシンパになって貰う必要はない、嫌いな奴のいう事を聞かなきゃいけないというのは非常にストレスを感じるだろう、委員長を間近で見れば少しは印象も変わりますよ、トリューニヒトだって本音と建前は違う…と、ウィンチェスターは言うのだが…。
「コーヒーの匂いが無ければ最高なんだけどね」

 私達のやりとりを黙って聞いていたトリューニヒトが笑い出した。
「君達は仲がいいんだね。流石はエル・ファシル以来の仲と言うべきか」
奴の、こういう芝居かかった言い回しが鼻につくんだ…。
「頼りになる人ですよ。ですがヤン提督は閣下の事が嫌いな様でして。いい機会だと思って連れてきました」
なんて事言い出すんだ、いくら嫌いだからって面と向かってそう言える訳ないだろう…。
「ほう…ヤン提督、本当かね」
「いえ、そういう訳では…」
「後方から戦争を賛美し兵士を死地に追いやるエセ愛国者…ウィンチェスター提督から君が私の事をそう評していると前に聞いた事があるよ」
「そんな事は…いえ、一言一句同じとは言いませんが、そう発言した事があるのは事実です」
「人は立場によって物の見方が変わる。君から見た私はまさしくそうなのだろう。以前にウィンチェスター提督にも話した事があるが、私の発言は建前に過ぎない。職責上仕方がないのだ。これは決して自己弁護ではないよ」
どう聞いても自己弁護にしか聞こえない、そう思っているのが顔に出ていたのだろう、私を見てウィンチェスターが苦笑していた。
「まあそれはいい。ウィンチェスター提督、ヤン提督を連れて来たのは正確な現状認識の為かね?」
意外にもトリューニヒトは抗弁しなかった。自分がどう思われているかなどどうでもいいのかもしれない。
「そうですね、捕虜交換の結果は再出兵に関わって来ますから。委員長、そろそろサンフォード議長との腹の探り合いは止めて下さい」
「そうは言うがね…捕虜交換にしても再出兵にしても、結局軍が関わっているからな。議長は自分の影響力が限定されると考えているんだ」
そう、どっちにしても実行者は軍だ。サンフォード議長本人がどれだけ気負っても、トリューニヒト抜きでは実行は無理なのだ。再出兵が決定した経緯を聞く限り、サンフォード議長は長期政権の維持とトリューニヒトの鼻を明かす為にムーア提督達の提案を飲んだとしか思えない。軍が政治利用されているこの状況を、トリューニヒトはともかく、ウィンチェスターは何とも思わないのだろうか。
「いっその事、再出兵は議長の専管にして、委員長は捕虜交換に専念したらどうですか。捕虜交換は失敗する可能性が少ないですし、失敗したらしたで帝国のせいに出来ます。再出兵はリスクが多すぎる。動員兵力だけ見れば成功させるのは容易いと思うかも知れませんが、成功すれば得点王ですが、失敗したら下野どころか同盟は敗北の危機に立たされますよ」
トリューニヒトとウィンチェスターが私を見る。再出兵計画についてどう思うか、私の意見を話せという事だろう…。
「シャンタウまでの進出はかなり難しいと言わざるを得ません。ミューゼル大将率いる五個艦隊を上手く撃破出来ればいいですが、そうなれば必ずオーディンに残るミュッケンベルガー元帥が出てくるでしょう。流石に十個艦隊全てを連れて来る事はないでしょうが、それでも充分に危険です。最悪の場合、ミューゼル軍と対峙している間に十個艦隊に後背を衝かれ挟撃される恐れがあります。それだけではありません、アムリッツァを直接衝かれる可能性もあります。そうなったら再進攻どころではありません」
「発案のあの三提督は自信満々だったがね」
「軍事的に正しくても実行出来るとは限りません、委員長」
「それはそうだ、ヤン提督の言う通りだ。解った、再出兵に関しては議長の専管とする方向で調整する。話を聞く限り、その方が私へのダメージは少なくて済みそうだからね」
「進言を採り上げて頂いてありがとうございます…ヤン提督、ビュコック長官にここでの会話を全て伝えて下さい。再出兵自体は決定事項ですから、なるべく犠牲の出ない作戦案を、と」
聞いていて、この場に居る事が腹立たしくなると同時に情けなくなってきた。軍の政治利用どころか、ウィンチェスターは自ら進んでそれに加担している…。

 夕食は、と聞かれ、折角だから頂いて帰りましょう、とウィンチェスターが言うのでそれに従ったものの、早く帰りたくて仕方なかった。家ではユリアンの作ったアイリッシュシチューとシェパーズパイが待っているのだ、私にとってはどんな贅沢な食事と高級なワインよりも、ユリアンの作った夕食の方がありがたいのだ。食事中の会話も、既に報告を受けていた事もあるだろうがフォルゲンでの戦況に僅かに触れたくらいで、後はどこそこの評議員が某にディベートを渡しているとか聞くに耐えない話ばかりだった。腹が立ったのでつい言ってしまった。
「委員長ご自身はどうなのです?」
「どう…というと?」
「委員長ご自身はそういった進物を受け取った事があるのかなと思いまして」
ズバリ言いましたね、と横でウィンチェスターが茶化したが、言ってしまった以上聞きたくなったのだ。
「あるよ。だが勘違いしないで欲しいのは、私から要求した事はない、という事だ」
「…受け取っている以上、ご自身から…などという事は関係ないのではないですか」

 トリューニヒトは使用人を呼ぶと、皆の食べ終わった食器を下げさせ、ブランデーを用意させた。ウィンチェスターが三人のグラスに氷とブランデーを注いでいる。
「ヤン提督」
「はい」
「君は人に物を頼む時、お礼はしないのかな?」
「謝礼、という事ですか?」
「そうだ。親しい友人や知人なら、ありがとうの一言で済む。だが私に進物を…リベートと言いたければそれでもいいが、それを持って来る者達は、私の友人ではない。持って来る彼等にしても私の事を友人とは思っていないだろう。その場合、そういう立場の人間に何かを頼む時、形に見える形での謝意を示すのは至極当たり前だと思うのだが」
「詭弁ではないのですか、それは」
「詭弁かね、だが事実だよ。本当に親しい人間同士、友人同士ならリベートなど無くとも親身になって動く筈だし、むしろ形のある物など要らないだろう?ただ、それほど親しくない者同士だから形のある物で謝意を示すのだ。ホールの給仕係やホテルのボーイにチップを渡すのと何ら変わりはないと思うがね」
「それはそうです。ですが公職にある立場の人間がそれを認めてしまったら、それは腐敗政治の一歩ではないのですか」
私の横でウィンチェスターが苦笑いを浮かべていた。もう止めろという事だろう、だがトリューニヒト本人と話す機会などそうある訳でもない、全て聞いてしまいたかった。
「…例えばだが、民衆の望む改革が一部の反対派によって為されなかったとしよう。最後の手段として改革派はその一部の反対派をリベートをもって取り込んだ。その結果、民衆の望む改革が達成された…これでも腐敗政治と言えるかね?」
「…それこそ詭弁ではありませんか。極論ですよそれは」
「政治とは民衆の、私の立場なら同盟市民の幸福の為に行うものだ。その為には搦手だって私は使う。それはこれからも変わる事はないだろう…ヤン提督、君は腐敗政治の一歩だというかも知れないが、腐敗政治と政治家個人の腐敗を混同していないかね?賄賂が蔓延り、政治家個人が私腹を肥やす事を目的としてその権力を行使する…そしてそれが常態化しても時の権力者の強権によってその事実を誰も指摘しない、又は出来ない状態を政治の腐敗と言うのだと私は思うがね。私は自分の私腹を肥やす為にその権力を行使した事は無いし、またその為に何かを受け取ったりした事はないよ」
「…委員長ご自身は腐敗してはいないと仰るのですね」
「そうだ。私腹を肥やすのが目的なら、一評議員時代にとっくにやっているよ……ヤン提督、有意義な話は尽きる事がないが今日はここまでにしよう。ウィンチェスター君、そしてヤン提督、今日は訪ねて来てくれてありがとう。楽しかったよ」


21:30
 ウィンチェスターはトリューニヒトににこやかに謝意を伝え、憮然としたままの私を連れて迎えの地上車に乗り込んだ。私がため息を吐くと、ウィンチェスターもまた大きな息を吐いて、口を開いた。
「どうでしたか、余人を交えないで話してみて」
「傲慢な男だと思って、つい熱くなってしまった。多少イメージは変わったけどね…ウィンチェスター、君は平気なのか?というか君は進んで軍を政争に巻き込もうとしている様に見えるんだが」
「うーん…巻き込まれて当然、と私は思っているんですけどね」
「巻き込まれて当然だって?軍人は政治に関わってはいけないと私は考えているんだが」
「選挙権の行使はどうなります?軍人は選挙権を行使してはいけないと?」
「それは違うだろう、それは軍人という前に同盟市民として果たさなくてはならない義務だよ」
「でしょう?という事は軍人かどうかに関わらず政治に関与しているんです。そして我々が選んだ政治家…評議員の一部がそれぞれの委員会、委員長として政府を運営している」
「…そうだね」
「そして軍もまた政府の一部です。巻き込まれて当然じゃないですか」
「であればこそ、きちんとけじめをつけなくてはいけないと思うんだけどね」
「それはそうです。ですが、好むと好まざるに関係なくトリューニヒト氏とは関わっていかなくてはなりません」
「…何故だい?出来る事なら関わりたくないんだけどね」
「上司だからですよ」
「そんな事は分かっているさ」
「本当ですか?」
そう言ってウィンチェスターは笑った。本当ですかという訊き方が可笑しくて、釣られて笑ってしまった。

 ウィンチェスターは個人携帯端末(スマートフォン)を取り出すと、奥方に連絡を取り出した。

『ちょっとね、ヤンさん家に寄ってから帰るから…うん、うん、そう。先に寝てても構わないよ。じゃあね』

「本部ビルに戻るんじゃないのかい?」
「戻りませんよ。とっくにビュコック長官もパン屋も帰宅していると思いますよ」
「パン屋って…それはそうだろうけど、キャゼルヌ先輩は」
「…あ」
二人とも大笑いしてしまった。


22:30
シルバーブリッジ二十四番街、ヤン・ウェンリー邸

 「おかえりなさい、ヤン提……ウィンチェスター副司令長官!いらっしゃいませ!」
帰りが遅くなる事は前もって伝えておいたが、驚かせてやろうと思ってウィンチェスターが来る事は言わなかった。ユリアンはウィンチェスターに憧れているからな…。
「敬礼する事はないだろう、ユリアン君」
「え、いや、つい…申し訳ありません」
「謝る事はないだろう、ユリアン君」
「あ…はい。申し訳ありません」
ウィンチェスターは笑いながらユリアンの肩を叩くと、勝手に居間に向かって行った……何やら話し声が聞こえる、何で居るんですか、だって?
「おいおい、何で居るんですかじゃないだろう、勝手に帰りやがって」
…キャゼルヌ先輩だった。だけど、何で居るんだ?
「先輩、何でウチに居るんですか?いや、居て困る事は無いんですが」
「お前さんの後輩から何の連絡もないもんでな。あ奴等はおそらく直帰だろう、もう帰っていいぞってビュコック長官に言われたんだよ」
「それは分かるんですが…」
「お前さんの帰宅がこんなに遅くなるなんて珍しいからな。ユリアンが心配してるだろうと思って様子を見に来たんだ」
「それも分かるんですが…何故ブランデーを飲んでいるんです?ツマミまで用意してるじゃないですか」
「うるさい、早く着替えろ…おいウィンチェスター、注げ!」


23:45
ヤン・ウェンリー邸
ユリアン・ミンツ

 三人が揃って飲むのは久しぶりらしい。ヤン提督もウィンチェスター副司令長官も、有無を言わさずキャゼルヌ少将に付き合わされている。お邪魔だなと思って寝ようとすると、ユリアンはアップルジュースで乾杯だ、と言われて参加する事になった。僕が言うのもなんだけど、三人を見ていると前線で大軍を率いる軍人というより…上級生に無理矢理付き合わされている下級生…という構図にしか見えない。でも一つ分かった事がある。僕はこの空気が好きだ、という事だ。軍人になりたい。そしてヤン提督やウィンチェスター副司令長官の為に働きたい。まだヤン提督には許可を貰えていないけど、必ず実現させる…。
「どうした、ユリアン」
「いえ、何でもありません」
ヤン提督が心配そうな眼差しで僕を見ている。そんなに思い詰めた顔をしていたんだろうか、僕は…。
「ヤンさん、ユリアン君は軍人になりたいんですよ。そうじゃないのかい?ユリアン君」
「は…はい!軍人になって皆さんのお力になりたいんです」
ウィンチェスター副司令長官はどうして分かったのだろう、でもいい機会かも知れない。お願いしてみよう…。
「ヤン提督、許可をいただけますか?お願いします!」
そう言うと、ヤン提督は困ったような顔をした。駄目なのだろうか…。
「ユリアン、何も軍人という職業だけがお前の将来って訳じゃない。焦る事はないよ」
「でも…」
「そうだユリアン。優秀な若者の将来を軍人なんかで擂り潰すなんてもったいないぞ」
「ありがとうございますキャゼルヌ少将。でも僕が軍人にならなかったら、ヤン提督は養育費を返還しなくてはなりませんし」
そう言うと、三人が一斉に笑いだした。
「同盟軍の艦隊司令官をバカにするなよ?私だってそれぐらいの蓄えはある、心配いらないよ。でも…そんなに軍人になりたいのかい?」
「はい。ヤン提督や皆さんのお側で、もっとお役に立ちたいんです」
「充分役に立っているさ…いや、役に立つとか立たないの問題じゃなくて…」
ヤン提督は言葉に詰まってしまった。キャゼルヌ少将とウィンチェスター副司令長官は何も言わずに提督と僕を見ている。すると、ふうっと提督は息を吐いた。
「…解ったよ、ユリアン。いいですか、キャゼルヌ先輩」
「ユリアンがこの家に来る様に手を回したのは俺だが、別に俺の許可は要らんさ。お前さん達二人が決める事だ。よかったな、ユリアン」
「はい!ありがとうございます!」
改めて四人で乾杯した。見るとウィンチェスター副司令長官が何度も深く頷いている。どうしたのだろう…キャゼルヌ少将が訝しげに口を開いた。
「ウィンチェスター、お前さんやけに嬉しそうじゃないか」
「いえね、とても微笑ましいなと思いまして、なんと言うか、懐かしいというか…キャゼルヌさんもヤンさんもいい友人同士だなと」
「今はお前さんもその仲に入っているんだぞ」
「とてもありがたい事です。そうだ、改めてお祝いをしないといけませんね。エリカに言っておきます、ガストホーフ・キンスキーでお祝いしましょう」
ガストホーフ・キンスキー!とても有名なホテルだ、副司令長官の奥さん、エリカさんの実家でもある。
「ウィンチェスター、何もそこまでしなくても」
「何言ってるんですかヤンさん、ユリアン君の人生の新たな門出ですよ。こんなむさい三人だけでそれを祝うなんて勿体ないじゃないですか。アッテンボロー先輩が居ないのは残念ですが、オットーやマイクも呼んで、パーッとやりましょう」
「ありがとう、ウィンチェスター」
「水くさいですよ…おめでとう、ユリアン君」
何だかとんでもない事になってしまった。本当にいいんだろうか…ヤン提督を見ると、提督は笑って深く頷いた。
「ありがとうございます、ウィンチェスター副司令長官!」



 

 

第九十六話 旅立ちのとき

帝国暦487年3月20日14:00
ヴァルハラ星系、オーディン、新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)北苑、国務尚書執務室、
クラウス・フォン・リヒテンラーデ

 普段顔も見せぬのに、こういう時だけ顔を並べて現れよる。ほとほと外戚というのは困ったものよ…。
「何度も申し上げるが、叛徒共との交渉など許されるものではありませんぞ、侯」
「帝国の権威に傷がつくとは思われぬのか。叛乱軍とは申せ、所詮流刑者達の眷属ではないか。断固として反対である」
「ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯…お二人共冷静になられよ。叛徒共に囚われておる者達の中には、近しくはなくとも卿等の一門の縁者もおるやも知れぬ。陛下とてその辺りの事を気にしておられるのだ」
陛下は何故この二人にご息女を嫁がせたのか。恩を売ったつもりでも、益々つけあがる結果となっておるではないか…。いや、あの時は確かにこうせねば宮中はまとまらなかった。それが分かっていたからこそ我々もそう進言したのではなかったか…。
「それに、囚われておる者達の大多数は平民だ。平民達の忠をくすぐる為にも為さねば成らぬ事なのだ」
「平民どもの忠をな…なればこそ叛徒共の奸計に乗る訳にはいかぬ。そうは思われぬのか」
「言葉を慎まれよブラウンシュヴァイク公。既に陛下の勅裁は下されておるのだぞ。それを奸計に乗るなどと…たとえ陛下のご女婿である公とはいえ、申してよい事とならぬ事があるぞ」
私の言葉にブラウンシュヴァイクは呆れた顔をし、リッテンハイムは薄く笑った。
「…奸計ではないか。我等が知らぬと思うてか。辺境で起きている事態を」
「辺境で何が起きていると申されるのか」
「韜晦も程々になされるがよい、リヒテンラーデ侯。辺境の領主共に叛徒共が物資援助を行っているというではないか」
「その様な報告は受けておらぬが」
「フン、貧乏領主共が報告なぞするものか。叛徒共のやり様は、虜囚を返す代わりに辺境には目を潰れと申しておるようなものだ。このまま我等が手をこまねいておれば辺境は叛徒共に屈したも同然となるであろう。侯、どう思われる。帝国の危機ぞ」
帝国の危機だと?…お前達は今まで見て見ぬふりをしていたではないか…。
「辺境については軍が調査をしておる、詳細はいずれ判明する」
私がそう言うと、リッテンハイムがせせら笑った。芝居かかった動作で言葉を続ける。
「軍か。そもそも軍がしっかりしておれば、この様な事態にはならなかったのだ。ましてや今、辺境守備に就いておるのはあのミューゼルではないか。公の前で申すのはいささか心苦しいが、彼奴ではいささか重きに欠けよう。年も若いし実績もない。叛徒共に侮られて好き勝手されてしまうのではないか」
「いや、リッテンハイム侯、私の事などお気になさらずともよい。事実は事実だ。ミューゼルはヒルデスハイムの子飼い、一門の不手際は私の失態でもある、容赦されたい」
「私は公を責めておるのではない。軍の不手際をどうするか、という事だ。違うかな、国務尚書」

 まるで、二人で申し合わせたかの様なやり取りだ。いや、お互いに何を喋るか実際に申し合わせて居るのだろう…ブラウンシュヴァイクは傲岸、リッテンハイムは不遜…両者の目はいやらしく光っている。用意させた飲物にも手を付けていない。饗応を受ける気は無い、我等は、貴族は怒っているのだとでも言いたげに…。
「では、ご両所には何か名案がおありかな」
私の問いにリッテンハイムが深く頷く。
「我等が力を貸そう」
「何と申される?力を貸す、とは」
「言葉そのままの意味よ。我等とてただ難癖つけているだけ…と思われるのも癪なのでな。辺境の平定に力を貸そうというのだ」
「それは有難い申し出ではあるが、軍とて面子はあろう。素直にはいそうですか、とは言うまい」
「ふん、貧乏貴族の小倅同士の嫁争いでもあるまいし、面子がどうとか申しておる場合ではなかろう?そもそも軍がしっかりしておれば、我等が前に出る事は無いのだ。それにだ、我等が進んで軍に協力すれば、ミュッケンベルガーに我等を見張らせておく必要もあるまい?違うかな?」
軍務尚書を通じて、軍の主力を首都に留め置く様ミュッケンベルガーに依頼したのは私だった。口に出すのも憚る事ながら陛下は健康とは言えぬ。陛下が再びお倒れになれば、この二人が動き出すのは必定、混乱を避ける為に必要な措置と考えたからであった。それを逆手にとるとはの。じゃが……。
「…承知した。軍には私から話す。しかし捕虜交換については既に勅裁を得ておる故、実行せねばならぬ」
再び捕虜交換の件を口にすると、ブラウンシュヴァイクは難しい顔をしたが、二重人格者の様に爽やかな笑顔を見せると、
「それだがな、侯。軍にやらせればよい。政府が前面に出ると、我等はともかく一門や諸侯が叛徒共に膝を屈した…などと騒ぎ出すやも知れぬのだ。帝国貴族四千家、一度騒ぎ出したら我等二人でも抑えられぬぞ」
と言い、それを聞いたリッテンハイムがすかさず相槌を入れた。
「それがよい。これまでの戦いの中で生まれた虜囚であるからな。軍と軍との話し合い…それですら癪に触るが、これなら一門諸侯も文句はそう言うまい。いやはや、よかったよかった」
よかったよかった…これで話は終わったと言わんばかりに二人は陛下のご息女や孫…互いの妻や娘の事を話し出した。何の事はない、現在の状況を自分達の勢力伸張の為に利用したいだけなのだ、その為の行動を正当化する言い分を並べに来たに過ぎない。確かに政府同士の交渉となると叛乱軍を対等の存在と認めた事になる。二人の言う通り貴族達が騒ぎ出すのは想像がついた。ならば軍に、とも考えたが、軍は前面に出る事に難色を示していた。帝国の為に戦って囚われた者達なのだから、政府が前面に出て彼等を労って欲しい、でなければ報われまいと言うのだ。それが正しい物の見方だと言う事は分かっている、だがそれをやれば…。

 「我等の用事は済んだ。では侯、これからもよしなに」
「お二方共…わざわざのご足労、ご迷惑をおかけした」
「造作もない。帝国の国難の刻だ、藩屏として協力するのは当然の事よ」
ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムの二人が執務室を出ていく…今更だが、この帝国という国はなんと統治しにくい国なのだ、いや、なってしまったというべきか……開祖ルドルフ大帝が現状をご覧になられたらどうお思いになるのだろう。
 二人が出て行ったのを察したのだろう、隣室からワイツが入って来た。
「…軍務尚書殿をお呼びなさいますか」
「うむ、そうしてくれるか」


3月25日16:00
ミュッケンベルガー元帥府、宇宙艦隊司令長官執務室、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「では、軍主導で捕虜交換を行う事になったのですね」
「うむ。捕虜交換式には儂が出向く事となった。まあ儂だけではないがな」
「閣下がですか?軍主導という事であれば軍務尚書か軍務次官が出向くのではないのですか」
「リヒテンラーデ侯は政府の色を出したくないらしい。正使は儂、副使が幕僚副総監だ」
「軍の現場のやり取りにせよ、という事ですか」
「そういう事だ。だがそんな事よりもう一つ難題が持ち上がった。辺境に、貴族が有志連合軍を出す」
貴族の有志連合軍?なんだそれは。
「有志連合軍、ですか」
「うむ。大貴族のお歴々自ら軍を率いて、辺境領主達の引き締めにかかるそうだ。叛乱軍が捕虜交換を持ちかけて来たのは、辺境に対する謀略の目眩ましと貴族達は判断したらしい」
奴等は馬鹿なのか?叛乱軍との捕虜交換自体は対等のやり取りなのだ、辺境に対する謀略の目眩ましにはなり得ない。そんな事も分からないのか……いや、そうか、奴等はこれを勢力伸長の機会と捉えているのか…。
「どうやら、叛乱軍による辺境への物資援助の話がオーディン周辺の貴族達にも伝わったらしい。軍が対処出来ないのなら、我等がやると。叛乱軍へ協力する辺境領主達への脅迫だな」
「しかし…そんな事態になれば、辺境領主達は雪崩をうって叛乱軍に与するのではありませんか」
「…否定は出来んな。辺境は貧しい…長い間叛乱軍と戦って来た儂が言えた事ではないが、彼等が貧しいのは戦争が原因だ。戦争のせいで政府には辺境を省みる余力がない。その上同じ藩屏である筈の帝国中枢部の貴族達も彼等を助けようとはしない。生きるだけで精一杯なのだ。辺境の領主とて自ら望んで叛乱軍の援助を受けている筈はないと思うが、背に腹は変えられんのだろう。領民達を飢えさせる訳にはいかんからな。現状では辺境領主は叛乱軍に与している訳ではないだろう、だが帝国中央にいる貴族にはそれが分からない。いや、目と耳を塞いでおるのだろう」
「だから有志連合軍を出すと」
「そうだ。軍を援ける為だという事だ」

 ミュッケンベルガーは貴族達の思惑をどう考えているのだろう?
「…もしや、とは思いますが…貴族の方々はこれを機会に辺境に勢力を伸ばそうとしているのではないでしょうか」
「まさしくそうだろうな。だが反対は出来ない、一応筋は通っているし、断る理由もない。ただ面子は丸潰れだがな」
ミュッケンベルガーはそう言って笑った。
「しかし、叛乱軍と会敵する事も考えられます、それについて、有志連合とやらはどう考えているのでしょう?」
自分で言って気付いた。叛乱軍は軍に、俺に任せるつもりなのだろう…我等が控えている、軍は憂いなく存分に戦うとよい…。俺がそれに気付いた事を察したのだろう、ミュッケンベルガーは重く口を開いた。
「卿は苦しい立場に置かれるな。卿の姉君はブラウンシュヴァイク公の手の内にある。言わば子飼いの立場故、公が戦えと命じたら卿は戦わなくてはならん。軍の方針と違ってもだ」

 ミュッケンベルガーは窓の外に目をやった。見たい風景がある訳でもないだろうに…。
軍の方針と相反する命令がブラウンシュヴァイク公から出された時、俺はどうするのだろう。まさしく、先日ヒルデスハイム伯に指摘された事なのだ…。
「…捕虜の移動準備は整っているのだったな?」
「はい。捕虜交換の場所は帝国領内ですか?」
「いや、フェザーンだ。あそこなら叛乱軍も無茶は出来ん」
「私が護衛致しましょうか」
「何を言っているのだ、卿が居なくては辺境の防衛を司る者が居ないではないか。心遣いは嬉しい、だが今は任務に精励するのだ」
「はっ…」
「卿は早いうちにオーディンを離れた方がいい。麾下の艦隊を連れてヴィーレンシュタインに移動するのだ……姉君の事は私が何とかしよう」
「閣下がですか?…失礼しました、ありがたいお話ですが、閣下にご迷惑がかかります。そこまでお手を煩わせる訳にはまいりません」
「何を言う。私としては目をかけている部下が憂いなく働けない現状こそが憎らしい。任せておけ」
一瞬だが、ミュッケンベルガーの目が優しい光を帯びた様な気がした。高く評価されているとは思う、でなければ副司令長官への抜擢など有り得ない。だが姉上の事まで気にかけてくれるとなると、ミュッケンベルガーの目的は何なのだろう?
「…閣下、何故そこまで気にかけていただけるのですか」
「そうだな…最初は気に食わない存在だった。姉の七光りで幼年学校に入校、そして首席で卒業、能力はあるかもしれないが、周囲が腫れ物に触る様な態度を取るのをいい事に気儘に振る舞う青二才…金髪の孺子とはよく言ったものだと思ったよ」
ミュッケンベルガーは立ち上がると自らコーヒーを注ぎ出した。俺の分まで注ごうとするのを遠慮すると、手でそれを制して俺のカップにも注ぎ出す。
「だが今はこうして儂を補佐し、帝国の為に働いておる。そして帝国は今や叛乱軍に押されつつある。状況は変わったのだ。それを押し返すには新しい力が必要だ。我々の様な古い慣習に囚われる人間ではなく、清新で力に富む新たな者が」
「……それが私だと仰るのですか」
「そうかも知れぬし、そうではないかもしれない。だが儂には卿がそれに一番近い様に思えるのだ」
ミュッケンベルガーの目は優しさを捨て、厳しい物に変わっていた。…俺の望みを知ったら、ミュッケンベルガーは何と言うだろう。
「卿には野心がある、そうではないか」
「…確かに宇宙艦隊司令長官になりたいとは考えています」
「そういう意味ではない。気付かれていないと思っているのか」
まさか…無言で押し通すのは肯定と一緒だ、何と言うべきか。肯定か、否定か。
「…帝国の頂点に立ちたいと考えています。今すぐに、という事ではありませんが」
偽っても既にそう思われているのでは仕方がない、というより、今この男に嘘をついてはならない、そう思った。
「…ルドルフに出来た事が俺に出来ないと思うか…あまりにも不用意な発言だな、ミューゼル」
背中を冷や汗がつたっていくのを感じる。確かに不用意な発言だ。
「それは…その発言については…」
「本来なら死を賜るべき不敬極まりない発言だ。だが既に陛下はご存知だ」
何だと?あの男が知っている?
「陛下もご存知…では私は」
「まあ聞け。卿を副司令長官にする時の事だ。儂は宮中に呼ばれた。陛下は既にこの人事をご存知であられた。その上で儂にこう申されたのだ。『アンネローゼの弟ミューゼル、あれの面倒をよくよく頼む、あれは不憫な奴じゃ』と」
「…畏れ多い事でございます」

 冷めてしまった二杯目のコーヒーを啜りながら、ミュッケンベルガーは続けた…皇帝は、あの男は、おぞましい事だが姉上を心の底から愛しているらしかった。それで弟である俺の身の上を案じているという。現に俺とキルヒアイスが軍幼年学校に入れたのも、認めたくない事だが姉上が皇帝に頼んでくれたからだ。そして、幼年学校卒業後も皇帝は秘密裏に俺達の行動を監視していたという。監視の結果、俺に簒奪の意がある事を知っても皇帝は驚かなかったそうだ。姉上を後宮に入れる時、ミューゼル家に莫大な下賜金を下したのも、皇帝にとっては罪滅ぼしの気持ちがあったからの様だった。だが結果として姉上も俺も人生がねじ曲がってしまった事には変わりがない。確かに俺の家は貧乏だったが、あの駄目な父親でさえ姉上を後宮に納める事など望んではいなかった。皇帝は後悔したという。一度は姉上を後宮から出そうとも思った様だった。だがそれは二重に姉上の人生をねじ曲げる事になる。それで思いとどまり、代わりに俺の立身出世の手助けをしたいと思う様になったというのだ…。

 事実だったら、事実とは思いたくもないが、俺のここまでの道のりには皇帝の意が働いていたというのか…だとしたらまさに喜劇だ。俺は俺自らの能力でここまで来たと信じたい。だがそうではないとしたら、俺の人生は一体何なのだ…。
「陛下はこうも言われた。『ルドルフに出来た事が俺に出来ないと思うか、か。そういう風にあれに思わせたのは予のせいじゃ…この乱れた治世を変える力は最早予には無い。望まれぬまま皇帝の座についた予じゃ、ならば皆が望まぬ事をしても文句は言われまい、簒奪を望むのならそれもよし…あれを罰する事はせぬ、だが帝国を護る事は忘れるなと折をみてミューゼルに伝えよ』と」
返す言葉がなかった。帝国を護る?俺はあの男の後始末をつける為にここまで来たのか、来させられたのか…いや、それだけの存在なのか?
「そしてこうも言われた。『そなたがミューゼルに予の言葉を伝えたならば、あれは予をこれまで以上に憎むであろう。だがそれでよい。予の意を明かした以上はこれまでの様に庇う事は出来ぬ。簒奪は簡単には成らぬぞ、と申せ』と」
言い終わるとミュッケンベルガーは再び窓の外に目をやった…皇帝の意を告げられた時、ミュッケンベルガーは何を思ったのだろう…。
「閣下…皇帝陛下は何をお考えなのでしょう…」
「…嘆いておられるのだろう、帝国を。帝国の現状を。そして自らを…畏れ多い事だが」

 ルドルフに出来た事が俺に出来ないと思うか…ふと、皇帝の、あの男の立場になって考えてみたくなった。望まれずに皇帝になった故に政治的基盤は小さい。自分の娘を有力貴族…ブラウンシュヴァイクとリッテンハイムに嫁がせ、宮中の安定を図った。結果、その二つの権門は外戚として力を増し、政府も無視出来ない力を持つに至る。本来居ない筈の外敵、叛乱軍との戦争が続き、国内の開発もおろそかになる程の経済的苦境に陥っている…。
「フェザーンで捕虜交換を行うとすれば、捕虜の移送も含めて実施まであと一ヶ月というところだろう。重ねて言うが、卿はすぐにオーディンを発ち、シャンタウにて麾下の艦隊と合流せよ。有志連合とやらに好き勝手させるな。よいな」
ミュッケンベルガーの言葉で現実に引き戻され、了解の意を伝えて執務室を後にした。姉上の事は気になるが、ミュッケンベルガーの言葉が本当なら何か策があるのだ……四百三十六年にティアマトでブルース・アッシュビーに敗れ、帝国軍は人的、物質的大敗北を喫した。その回復の為にイゼルローン要塞という蓋の建設を開始、俺が生まれた年に要塞は完成した。帝国軍も回復を成し遂げたものの以前とは指揮官の構成の異なる組織に変わりつつあった。平民の台頭だ。依然として貴族は強大な力を持っていたが彼等は軍から去っていた。軍の再建は帝国にとって大きな負担だっただろう。戦争をしながら要塞建設と艦隊再建もこなさねばならないのだ。難事である。物や物資は再生産できるが、人は簡単には再生産出来ない。貴族が軍から去った以上、損失を埋める為の人的資源は平民に頼るしかなかった…あの男が皇帝として即位したのは四百五十三年。即位前から帝国の凋落を感じていたのかもしれない。そして即位して現在に至るまで、それを現実の物として見続けてきた。俺が奴ならどうしただろうか。奴の様な状況では、望んだとて変える事の出来ない事の方が多いだろう。

 俺の執務室ではキルヒアイスとフェルナー、そしてミッターマイヤーが待っていた。ケスラーはフォルゲンに居るし、ロイエンタールとメックリンガーは既にシャンタウに向けて進発している。
「司令長官の要件はやはり捕虜交換の件ですか」
「そうだ。捕虜交換は政府ではなく軍が行う事になった。場所はフェザーンだ。ヒルデスハイム幕僚副総監、ミュッケンベルガー司令長官がフェザーンに赴いて実行の運びとなる」
問うて来たのはキルヒアイスだった。その問いに答えながらフェルナーに目をやると、察したのだろう、フェルナーの方から俺の知りたい事を話しだした。
「有志連合の件、でございますか」
有志連合、聞き慣れないであろう単語にキルヒアイス、ミッターマイヤーが訝しげな顔をするが、聞いていくうちに分かると思ったのか、二人とも口を挟む事はしなかった。
「そうだ。卿の旧主が絡んでいる。何か聞いているか」
「閣下にお仕えする様になってからはブラウンシュヴァイク家への出入りはしておりません。ですが、忠告してくれた方が居りました」
「ほう。その親切な人物は何と言っていたのだ」
フェルナーは、これから話す事は他言無用とばかりにキルヒアイスとミッターマイヤーに視線を移し、再び俺に視線を戻すと、話し始めた。
「有志連合…ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯に知恵をつけたのはフェザーンだという事でした」
フェルナーは続けた。皇帝がバラ園で倒れた、誤って転倒し頭部を打ち意識不明になった。箝口令は敷かれていたものの、ブラウンシュヴァイク公、リッテンハイム侯は皇帝の婿である、両家には伝えられていた。皇帝の意識は数日中に戻したからよかったものの、両者は震えあがったという。理由は皇帝が後継者を決めていないからだった。両家とも外戚であり、自分の娘に一門から見所のある貴族を婿に迎えて補佐させ、女帝とすればよい…そう考えていたものの、それはそう望んでいる、というだけの話であって、実際にそういう事態が迫っているとなると話は別…要するに何の準備もしていなかった事に今更ながら気づいた為だった。それに後継者は決まっていなくとも現実には皇太孫としてエルウィン・ヨーゼフがあり、この幼児を次の皇帝としてリヒテンラーデ侯あたりが担ぎ出すのは目に見えている。血統からいってそれに異を唱える事は出来ない。となるとしばらくの間はそれを認め雌伏せねばならない、であればまずは現在の状況を利用して両家の勢力を伸ばすべきであろう。そしてエルウィン・ヨーゼフの治世に失政が生まれるのを待つ。リヒテンラーデ侯も老い先長くはない…と。

「フェザーンが両家の後ろ楯になっているというのか。何なのだ、奴等の目的は」
ミッターマイヤーが忌々しそうに呟いた。要所要所で顔を出すフェザーン…確かに忌々しい事この上ない。
「帝国を経済面から支配しようとしているのでしょう。今フェルナー少佐が述べた事から推察すると、フェザーンは次期皇帝をエルウィン・ヨーゼフ殿下と考えている。リヒテンラーデ侯も健在ですし、軍もミュッケンベルガー元帥がいらっしゃいます。たとえ皇帝陛下がお倒れになられても、ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両陣営が望む様な事態にはならない。だが両陣営が手を組んで一つになれば、その威勢は政府とてこれまで以上に無視は出来なくなる。そこにフェザーンが食い込むとなれば尚更です」
「馬鹿な、帝国を二つに割る様なものではないか。フェザーンはそれに手を貸すというのか」
キルヒアイスの言にミッターマイヤーは怒気を隠す事なく憤慨していた。キルヒアイスの見方は正しい。フェザーンは帝国を経済面から絡めとろうとしている。だがどれだけフェザーンを追及しても奴等はシラを切るだろう。元々大貴族達とフェザーンの付き合いは濃い。シラを切るどころか堂々と大貴族を支援するかもしれない。そして帝国政府はそれを阻止し得ないだろう…。

 「キルヒアイス、ミッターマイヤー、明後日オーディンを発つ。シャンタウにて先発しているロイエンタール達と合流する」
「了解致しました」
キルヒアイスとミッターマイヤーが頷き合い、ミッターマイヤーが執務室を出ていく。
「フェルナー」
「はい」
「卿に忠告してくれた親切な御仁を通じて、貴族達の動静を探れ。一日と少ししか時間はないが、卿には充分な時間の筈だ」
「かしこまりました」
フェルナーが執務室を出ていくと、キルヒアイスが口を開いた。
「…アンネローゼ様は大丈夫でしょうか」
「心配ない。ミュッケンベルガーが何とかしてくれるそうだ」
キルヒアイスは一瞬意外そうな顔をしたが、ミュッケンベルガーとの会話の内容を伝えると、キルヒアイスは深く頷いた。
「ラインハルト様はそれで宜しいのですか?」
「ばれていた物は仕方がない、滑稽ではあるがな。どうやら俺はあの男を見誤っていた様だ。だが見誤っていたとしてもあの男を許そうとは思わない」
一番気に食わないのは、あの男の思惑通りに俺が歩んで来た、という事だ。簒奪は結構、だが帝国は護れ…ふん、帝国を護る事など誰がやるものか。護るのではなく、新しい帝国を創るのだ。それこそが俺の人生が喜劇ではなかった事の証となるだろう…。
「ですが、意外ですね」
「意外?」
「はい。皇帝の意向とはいえ、ラインハルト様の目的は現在の体制では許されるものではありません。ミュッケンベルガー元帥はラインハルト様をお叱りにはならなかった」
確かにそうだ。俺の望みは帝国では決して許されるものではない。皇帝の意向が働いているとはいえ閑職に回されてもおかしくはないのだ。ミュッケンベルガーも奴なりに帝国の現状を憂いているという事か…。
「ミュッケンベルガーは生粋の軍人だ。もしかしたら皇帝ではなく、帝国そのものに忠誠を誓っているのかも知れないな」
「帝国そのものにですか」
「ああ。皇帝は変わるが、帝国は失くならない。皇帝を護るのではなく、帝国を護ると考えているとすれば奴との会話の内容にも説明がつく」
「なるほど、その通りだと思います…ですが大丈夫でしょうか、ミュッケンベルガー元帥はフェザーンに向かいます。フェザーンにとって、貴族達の支援以上に帝国に混乱をもたらすチャンスだと思うのですが」
「俺が艦隊を率いて護衛すると申し出たのだが断られた。だが考えてみると捕虜交換式そのものを潰す様な大規模な工作はフェザーンとてしない筈だ。もしミュッケンベルガーが狙われるとすれば奴の身辺に近付いての暗殺だろう」
「身辺警護には留意しておられるとは思いますが、普段以上に警護を強化致しませんと…」
誰か居ないか…しがらみが少なく、貴族の紐付きではない機転の利きそうな者が…俺が何を考えているか想像がついたのだろう、キルヒアイスが再び切り出した。
「一人心当たりがあります、適任の者が。彼なら叛乱軍も注視するでしょうから、フェザーンが刺客を送り込もうとしても難しいかもしれません」
「叛乱軍も注視する?まずいのではないか?」
「帝国軍、叛乱軍の両方から衆目を集めるとなれば手出しはしにくいでしょう。おそらく大丈夫かと。それにもし叛乱軍に帝国軍に対する害意があったとしても、その者の存在がそれをかき消してくれるでしょう」
「そんな都合のいい者が存在するのか?」
「はい、ラインハルト様もご存知ですよ。カストロプ領討伐の際、アルテミスの首飾り…戦闘衛星に直接降下した…」
「…ああ、リューネブルクか。確かに奴なら機転も利くだろうし戦闘技術も一流だ。それに叛乱軍についても詳しい…うってつけだな。それに未だ飼い殺しの様な存在だから、喜んで引き受けるだろう。護衛任務を引き受けてくれるかどうか、連絡をとってくれないか」
「了解致しました」
キルヒアイスが執務室を出て行く。それにしても急に事態が動き出した…立ち位置を見つけなくてはならない。簒奪の意志が露見している以上、今後はあの男に遠慮する事はない……有志連合、敵か味方か判らぬ存在だ、姉上の事もある、何としてもミュッケンベルガーの善処に期待したい所だ。そして叛乱軍…奴等の動きも今までとは異なる、注意が必要だ。それにフェザーンの動きにも気を配らなくてはならない。帝国を経済面から支配しようとしているのなら、それは既に半ば成功している。奴等に軍事力はないに等しいが、兵を雇って艦隊を動かした形跡はある、これも注意が必要だ…焦るな、状況を見定めるのだ…。

 

 

第九十七話 矜持

宇宙曆796年5月15日18:00
ジャムジード宙域、ジャムジード星系、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、
第十三艦隊旗艦トリグラフ、
ダスティ・アッテンボロー

 まもなく捕虜を乗せた輸送戦隊とトリューニヒト国防委員長御一行を乗せた第一艦隊…ヤン先輩がやってくる。そのまま先輩がトリューニヒトをフェザーンまで護衛するのかと思いきや、会合後は俺の艦隊が任務を引き継ぐ事になっていた。ウィンチェスターの差し金だ。『アムリッツァ防衛の任務ご苦労様でした。フェザーン回廊突入への一番槍の名誉はアッテンボロー先輩に差し上げましょう。保養も兼ねてフェザーン旅行をお楽しみ下さい』
何が一番槍の名誉だ…トリューニヒトをこの艦に乗せると思うとゾッとするぜ…。
「そろそろ気を引き締めた方が宜しいのではないですかな?司令官閣下」
そう嫌みったらしくあげつらうのは、ローゼンリッター(薔薇の騎士)連隊長のシェーンコップ大佐だった。
ローゼンリッター連隊は旅団に格上げされ、旅団長としてヴァーンシャッフェ准将が指揮を執っている。連隊長は目の前のシェーンコップ大佐、増強装甲大隊の大隊長はリンツ中佐…アムリッツァ防衛の為に旅団ごとアムリッツァに派遣されていたものの、ヴァーンシャッフェ旅団長とシェーンコップはウマが合わないのだろう、旅団本部とリンツ大隊はカイタルでは無くチャンディーガル、連隊はまるごとウチの艦隊に乗せられている。ウチに居ても惑星降下戦をやる訳でもないから、連隊員の一部は例の擬装商船団の船長として乗船している。現地雇用の軍属も勿論存在するが、彼等を商船の船長にしてしまうと、帝国に拿捕された時に何を口走るか分からないからだ。新領土の現地市民…元帝国人達は同盟の統治には概ね慣れてきているが、まだ油断は出来ない。フェザーン行きの任務が与えられた事によって擬装商船の任務は一旦停止しているものの、商船引き揚げの時は帝国艦隊と戦闘になったり色々と大変だった…。

 「暇そうだな、大佐。そもそも貴官の(ふね)はこの艦じゃないだろう?」
そうなのだ、そもそもローゼンリッター連隊には専用の強襲揚陸艦イストリアが充てられているのだ。
「あっちはブルームハルト大尉に任せていますよ。私が居ない方があいつ等も気が楽でしょう」
「ブルームハルト大尉…大尉に艦を任せているのか?」
「今年の定期昇進で少佐です。大丈夫ですよ」
「そういう事じゃないんだが…」
返事に困っていると、参謀長ラオ大佐が耳打ちしてきた…なるほど。
「女性士官及び下士官兵から苦情が出ている。艦内の風紀が乱れて困ると」
「乱れの原因は小官ではなくて旗艦空戦隊のポプラン大尉では?」
ラオ参謀長が図星、という顔をした。そうなのだ、女性士官や女性兵士、及び下士官兵からの苦情は主にポプラン大尉という士官への物だ。シェーンコップへの苦情は無い。近い将来同盟軍の誇る二大漁色家…になるかもしれない二人の一方を退治しようとした参謀長の目論見は見事に砕け散った…だが上官としては、ポプラン大尉への苦情を利用して豪勇シェーンコップを退治しようとした勇者ラオの勇気は買わねばならない。
「とにかく艦内の風紀が乱れているのは事実なんだ。ポプラン大尉の引合いに出される貴官にも非はある。気を引き締めるのは貴官の方だろう?」
「艦内の風紀を取り締まるのは艦隊司令官ではなく、旗艦艦長や副長の任務であり権限だと小官は認識しておりますが…如何でしょう?」
俺とシェーンコップのやり取りを面白そうに見ていた旗艦艦長のガットマン大佐が俺から目を逸らした…なんてこった…。
「艦隊司令部にも苦情が来ているんだ!」
「小官は抱かれて苦情を言う様な女を相手にした事はありません。それに…小官の経験から申し上げますと、風紀がどうとか苦情を言うのは相手にされない女や、もてない男共だと決まっておりまして…ポプラン大尉には博愛精神を徹底しろと言っておいて下さい。では」
慇懃な敬礼をしてシェーンコップが司令部艦橋を降りて行く。では、じゃないだろう!
「…参謀長、貴官のせいじゃない。ポプラン大尉にはきつく指導をしておくように」
「…了解、であります」



5月15日18:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、統合作戦本部ビル、
ヤマト・ウィンチェスター

 今頃ジャムジードでヤンさんとアッテンさんが会合している頃だろう。帝国は捕虜交換の使節としてヒルデスハイムとミュッケンベルガーをフェザーンに派遣するという。幕僚副総監と宇宙艦隊司令官…帝国政府は政府同士のやり取りにしてしまうと面子が潰れると考えたのだろう。だったらこちらもビュコック長官か俺でいいのでは?と思って、トリューニヒトに俺が行こうかと伝えたんだけど、自分が行くと譲らなかった。
『面子を考えるのは向こうの勝手だよ。それに話を持ちかけたのは同盟だ。あまり地位の低い者を出すと…君の地位が低いと言っている訳ではない、面子を潰されたと言って騒ぎ出すかも知れんだろう?』
現役の第一線の政治家として、こういう面ではやはりトリューニヒトは有能だった。まあ、同盟市民へのアピールの場を逃したくないからなのかも知れないけど…であれば、せめてヤンさんの第一艦隊と再編成の終わった第十艦隊を連れて行けと言ったら、
『君でなくともミラクル・ヤンを連れて行ったら帝国を刺激するだろう。それに二個艦隊も出すとフェザーンも快くは思わないだろう。政府首班ではないが主要閣僚として私、護衛の任務もあまり仰々しくない方が帝国も我々を卑下しないだろうし、帝国の面子も充分に立つだろう』
という事でアッテンさんに行ってもらおうと思ったんだ。第十三艦隊も帝国では有名だけど、艦隊司令官もアッテンさんに替わっているし、規模も半個艦隊規模だからそれ程帝国を刺激しないだろう…。

 「…どう思われますか、副司令長官」
「え?ああ…うーん…」
パン屋…総参謀長のチュン・ウー・チェンが訝しそうに俺を見ている。俺と総参謀長が見ているのは再出兵の概略だった。ビュコック長官は奥方の体の調子がすぐれないという事で休暇を取っていて、宇宙艦隊司令部は総参謀長が切り盛りしていた。俺は捕虜交換の方をやっていたし、おまけに作戦案を練るのを手伝っていたヤンさんも居なくなったから、宇宙艦隊司令部は夜逃げ間際のパン屋…といった有り様だった。
「動員兵力が増えていますね」
「はい。十個では到底足りませんので」
パン屋のいい所は言葉を飾らない所だ。当初の動員兵力は十個艦隊の想定だった。それが国内に一個艦隊を残して十二個艦隊を動かす事になっている。
「国内に一個…これでは不測の事態に対処出来ないのでは」
「当初の想定通り三個艦隊残したところで、対処し得ませんよ」
そうだ。国内に残した三個艦隊を動かす時は前線が崩壊したという事だからだ。
「イゼルローン要塞攻略戦の時、閣下がアムリッツァで踏みとどまるという作戦を立てた訳がやっと解りましたよ。当時も今も、進攻作戦を行うにはまるで戦力が足りません」
そうなのだ。帝国の兵力が原作の同盟末期の様な状態ならともかく、辺境守備にラインハルトの五個艦隊、帝国中枢に十個艦隊が存在するこの状況では、一戦場で勝つ事すら至難の技だ。しかも地の利は帝国にある。手伝っていたヤンさんも頭を抱えたに違いない。
「ヤン提督は何か仰っていましたか?」
「今私が口にした言葉と一言一句同じ事を仰っておられました。それと…」
「それと?」
「同盟軍は外征に向いた組織では無い、とも仰っていましたよ。言われて思いましたが、私も同感です」
軍隊というのは、その成立経緯によって組織の性格が決まる。同盟軍も例外じゃない。同盟が建国された当時、同盟の存在は帝国には察知されていなかった。当時の為政者達は何を考えたか。同盟領域の防衛に徹する、という事だっただろう。国是として専制政治の打破を唱えざるを得ないにしても、現実問題としては国土防衛に徹せざるを得ない。それに戦闘のアドバンテージは先に攻撃してきた側が持つ。帝国軍が攻めて来れば同盟軍は受動的な立場に置かれる。そういう図式が固定化して、次第に同盟軍は国土防衛軍という性格を持つに至ったのだ。そしてイゼルローン要塞が出来てからは益々その傾向が顕著になった。時折要塞攻略戦を企図するものの、大きな戦いは同盟領内で発生するからだ。それもその筈で、イゼルローン要塞という蓋を抜かない限り帝国領に入れないからだ。帝国軍は防御に絶対の自信を持った上で安心して攻勢に出る事が出来る。同盟軍の悲願がイゼルローン要塞奪取になったのは当然の帰結だったろう。だからこそヤンさんでさえもイゼルローン要塞を陥とす事が出来れば講話の道が開けると勘違いしてしまったのだ。同盟軍が攻勢に向いていない証拠がある。帝国領進攻だ。原作での描写は、闇落ちフォークの口車に乗せられて事が進んでしまった感のある作戦だが、ある意味フォークの言っている事は正しい。『高度な柔軟性を保持しつつ臨機応変に対処する』…まさに攻勢に出る軍隊に求められるのはそれであって、何もおかしくはないのだ。欠点は具体的な方策を示せなかった事にある。フォークは参謀だから、当時の宇宙艦隊司令長官であるロボスの意志決定の補佐や助言を行うのは当然で、具体的な方策を決められなかったのはフォークではなく司令官達の方なのだ。あの戦いの罪は同盟軍上層部にある。自分達の攻撃ターンなのに具体的な策を示せないというのは、攻め手がない、もしくは考えた事がないというのと同じだ。何故なら考える必要がなかったからだ。同盟軍の任務は国土防衛にある…皆がそう考えていた事の証左がここにある。
 俺の居るこの世界でもそれは同じだ。帝国を倒すという願望はあるが、それについての具体的方策はない。ヤンさんはましな方だろう、講和を考えていたのだから…これは決してヤンさんを批判しているんじゃない、イゼルローン要塞を陥とせば何とかなる、いう考えはこの時代の同盟市民として、同盟軍人として当然の帰結なのだ。状況を変えるにはイゼルローンを陥とすしかなかったのだから…。
だからこそヤンさんが策定に関わっても動員兵力を増やすという選択しか思いつかなかったのだ。俺がヤンさんだったとしても結果は同じだったろう、純軍事的にはそれしか手がない。だからこそ辺境を経済的に浸蝕する、という方法を採っているんだけど…。
「作戦目的を辺境守備の五個艦隊の撃破に変更しましょう。これなら随分変わって来る筈です」
「成程、それなら充分に成算があります。ですが、勝手に作戦目的を変更しても宜しいのですか?」
「壁に描かれた美味しそうなパンと目の前にある特売のパン、総参謀長はどちらを選びます?」
「心でパンは食べられません、特売のパンでしょう」
「ですよね。軍人も政治家も現実主義者の集まりです。サンフォード議長は成功の可能性が高い方を選ぶと思いますよ。最高幕僚会議の開催を要請しましょう」
「幕僚会議ですか…作戦目的の変更だけなら、幕僚会議の場は要らないのではありませんか?」
「変更した作戦案を提示してああだこうだ言われるより、その過程に参加して貰った方が手っ取り早いでしょう?それに、議長には覚悟を決めて貰わねばなりませんからね」
「覚悟、ですか?」
「そうですよ。失敗したら議長の座を降りるだけでは済みません。下手すると帝国軍が同盟領内に攻めて来るのですから。国を失う覚悟があるのか、それを問います」
「…副司令長官は中々過激ですな」
「当たり前ですよ、大勢の軍人や市民の命がかかっていますし、議長は最高司令官なのですから。覚悟を持つのは当然ですよ」
長年戦争をやっているせいだろう、政治家達の中には戦争は軍がやっている、という間違った認識がある様な気がする。実際には確かにそうだけど、他人事過ぎるのだ。あまりにも遠く離れた場所で戦闘が行われているから、現実味がないのかも知れない。
「覚悟ですか。確かにその通りですね」

5月16日09:00
ジャムジード星系、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「世話になったねヤン提督。帰りも君が迎に来てくれるのかな?」
「…ご希望に沿える様善処します、国防委員長」
「ハハハ、善処か。期待しているよ」
トリグラフからはアッテンボローがシャトルで迎えに来ていた。何故か完全武装の装甲儀仗兵を自ら率いるシェーンコップも居る。
「宜しく頼むよ、アッテンボロー提督」
「お任せくださいヤン提督」
「ところで何故シェーンコップ大佐が此処に?」
「いや…色々ありまして」
アッテンボローはそう言って頭を掻いたが、シェーンコップ自ら率いて来ただけあって、儀仗兵の捧げ銃の動作は大したものだった。

 一行を乗せたシャトルが移乗ハッチを離れて行く…私の艦隊はこれからアムリッツァに向かわねばならない。
「アッテンボロー提督、行ってしまいましたね」
ユリアンが一瞬寂しそうな顔をする。ユリアンは兵長待遇の軍属、私の従卒として今回の出撃から行動を共にしている。
「そうだね。今思うとお前も乗せてって貰えばよかったかな」
「フェザーンへですか?」
そう返事をするユリアンの顔が一瞬曇った。
「お前が邪魔だからとかそういう意味じゃないよ。見聞を深めるのも経験だし、お前には広い視野を持った大人になって欲しいんだ。それにフェザーン人が、同盟をどう見てるか知って欲しいというのもある。一方からでは見えない景色という物があるからね」
「なるほど…」
「私も小さい時だったがフェザーンに行った事がある。私の親友も一人、フェザーンに居るんだ」
「そうなんですね!何という方ですか?」
「ボリス・コーネフという奴さ。仲間うちでは悪たれボリスで有名だった。親泣かせ、友達泣かせのひどい男で、奴の悪戯に何度私も泣かされた事か」
「その悪戯のほとんどは優秀な共犯が居てこそのもの…ではなかったんですか?」
笑いを押し殺しながら言うユリアンに、私は思わず聞き返していた。
「…誰から聞いたんだい?」
「すみません提督、実はコーネフさんの事を以前にウィンチェスター提督から聞いた事があるんです。ウィンチェスター提督はフェザーンに軍の任務で行った事があって、その時に雇った商船の船長がコーネフさんだったと」
「…ああ、そういう事か。しかし共犯はひどいな、ボリスが主犯で、私は被害者だよ…ところでユリアン」
「はい」
「彼は、ウィンチェスターは、フェザーンについて他にも何か言っていなかったかい?」
「他に、ですか?…活気があっていい所だったって仰ってました。エリカさんの叔父さんの経営するレストランもあるって…」
ユリアンはそこで口を止めて、腕を組んだ。
「そういえば…その時は気にならなかったんですけど…」
「何か気になる事があるのかい?」
「はい。同盟人はフェザーン人の事を拝金主義者と悪く言うけど、彼等をよく知らないのに悪口を言っちゃいけないって。俺達だってアーレ・ハイネセンや帝国のルドルフを歴史の授業で学んだ以上の事は知らないのだから、一方から見える顔が全てと思っちゃいけないよ…って仰ってました。ヤン提督のお言葉でそう仰ってたのを思い出しました…提督が言われた事と何か関係があるんですか」
「いや、関係無い…無くはないか」

 ボリスの事はともかく、ウィンチェスターは何故ユリアンにそんな話をしたのだろう。ユリアンの将来性を買っているのか、それとも徒然の話だったのか。歴史の授業で学んだ以上の事は知らない…そんなことはない、ウィンチェスターの知識量は相当な物だ。特に帝国との戦いでは彼の知見が活かされている。軍事的識見もさることながら、彼は帝国内部の情報、それも表層的な物ではなく、我々が知り得ない知識を元に戦っている気がする……そうか、そういう事だったのか、やっと分かった。彼はおそらく知っているのだ、我々が知り得ない何かを…それを元に戦っている。やはり存在するのだ、彼にとってのケーフェンヒラー大佐が…だが彼は我々にそれを明かす事はない。多分話しても信じて貰えないと思っているのだろう。アッシュビーの再来とはよく言ったものだ。アッシュビーは知り得た情報を自己の栄達に利用した。若くして顕職に就いたアッシュビー、彼が生きていたらどうなったのだろう。巷間言われている様に帝国を打倒する事が出来ただろうか……いや、もしもは止めよう、既に我々にはアッシュビーの再来が存在するのだから…。
「いや、何でもないんだ。ユリアン、グリーンヒル少佐を呼んで来てくれないか」
「分かりました!」
ユリアンが弾かれたように司令部艦橋に向けて駆け出していく。あの子が大人になる頃には戦争は終わっているだろうか。ウィンチェスターならそれを成し遂げてくれるだろうか…出来ればそう願いたいものだ…。


5月17日13:30
ハイネセン、ハイネセンポリス、最高評議会ビル、国防委員会特別会議室、
ヤマト・ウィンチェスター

 俺の要請が通って、最高幕僚会議が開かれる事になった。閣僚で参加しているのは…
最高評議会議長ロイヤル・サンフォード
国務委員長ジェイムス・アイアデル
情報交通委員長コーネリア・ウインザー
財政委員長ジョアン・レベロ
人的資源委員長ホアン・ルイ
国防委員長代理マルコ・ネグロポンティ
法秩序委員長アルセーヌ・ダルメステテール
…の七名が出席している。天然資源、経済開発、地域社会開発の各委員長はどうしても外せない予定があるとかで、欠席だ。軍からは…
統合作戦本部長ドワイド・D・グリーンヒル大将
宇宙艦隊司令長官アレクサンデル・ビュコック大将
後方勤務本部高等参事官アレックス・キャゼルヌ少将
そして俺…の四名。今回の会議は帝国領再出兵における作戦目的の変更を討議して、その許可を得る為のものだ。

 「この度は政府閣僚の皆様におかれましては、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。今回の会議は宇宙艦隊副司令長官ウィンチェスター大将の要請によるものです。ではウィンチェスター提督、発言をお願いする」
今日の会議は、グリーンヒル本部長が司会役をかって出てくれた。ビュコック長官も奥さんの体調の件でしばらく休んでいたから、発言はほとんど俺が行うんだけど、当然二人も参加者だし質問されるだろうから、二人には前もって今日の会議の目的を話してある。キャゼさんは捕虜交換の事務手続やら色々手伝ってもらっていたんだけど、それも終わって第一艦隊に便乗してアムリッツァに戻る所をひっ捕まえた。急遽後方勤務本部付にしてもらって、後方勤務本部高等参事官として作戦時の補給支援について話してもらう事になっている。
「はい。前回の会議で決定した帝国領再出兵ですが、宇宙艦隊司令部での検討の結果、実行面で大きな困難を困難を伴う事が判明致しました」
政府閣僚がざわつく。顔ぶれを見ると…出兵賛成派は議長サンフォード、美魔女ウインザー、アイアデル、ダルメステテールの四人。出兵反対派が…ホアン、レベロ、そしてトリューニヒトの代理のネグロポンティだ。ネグロポンティは緊張した面持ちだ。トリューニヒトの留守中にこんな会議が開かれるなんて思っていなかったのだろう。一応奴にも会議の開催を要請する件は話してある。トリューニヒトが居ない間、仲間外れにして機嫌を損ねてもらっても困るからな…。

 サンフォードをチラリと見てからウインザーが口を開く。
「どの様な困難が存在するというのです?ウィンチェスター提督」
きつい視線で舐め回す様に俺達を見ている。止めてくれ、俺は年上の女は好みじゃないんだ。
「作戦目的の達成は難しいという事ですよ、ミセス・ウインザー」
「あら…前回の会議で発案した方々は自信満々でしたのに」
「自信を持つのは大事ですが、それが直ちに成功に直結する訳ではありませんよ、夫人」
今更ながらに気付いたのだろう、発案者の三馬鹿…ムーア、ルグランジュ、ホーランドがこの場に居ない事に…。
「今をときめくウィンチェスター提督らしくもないですわね。貴方はヤン提督と並ぶ同盟の英雄ではありませんか。自信がないなどと…ブルース・アッシュビーの再来と謳われる貴方の名声に傷が付きますよ」
ウインザーはそう言って薄く嗤った。酷薄そうな嗤い方だ。この女の旦那はこの女のどこがよくて一緒になったんだろう…家でこんな笑い方されたら気が滅入ってたまらんぞ…いかんいかん…。
「名声で戦争に勝てるなら大事にもしますけどね。それに自信が無いのでは無く、困難だと申し上げているのです」
ウインザーが続けようとしたのをサンフォードが制した。
「一体、どの様な困難があると言うのだね?」
「兵力が足りません」
「何、兵力が足りないだって?」
「はい。その上地の利もありません。これでは勝てません」
余りにも単純な理由にサンフォードは面食らった様だった。専門的な用語を並べても理解してもらえるか判らないから、誤解のないように分かりやすく言ったつもりなんだけど、逆に混乱させちゃったか…黙ってしまったサンフォードに代わって、再びウインザーが口を開いた。
「それを勝てる様にするのが貴方達軍人の本分でしょう?それに、たとえ兵力が足りずとも、たとえ地の利が無かろうとも、専制政治打破の為には…」
ウインザーの必殺技が飛び出した。聞きたくないから遮っちゃおう。
「まあまあ、落ち着いて下さい。キャゼルヌ少将、資料を皆さんに配ってもらっても宜しいですか」
必殺技を邪魔されて不満げな美魔女を尻目に、キャゼルヌ少将が無言でペーパーを配っていく。
「ゆっくり読んでもらって構いません」
ペーパーに目を通す賛成派閣僚達の顔が曇っていく。対象的に反対派…レベロやホアンの方は深く頷いていた。同じ反対派でもネグロポンティはペーパーの内容に驚いている様だ。まあ仕方がない、当時の奴はこれを見られる立場にはなかったからな…。

 ペーパーから目を上げたレベロから称賛の言葉があがった。
「よく出来た資料だ。内容から察するにこの資料はイゼルローン要塞攻略作戦の時の物の様だが、キャゼルヌ少将、君が作成したのかね?」
「いえ、これは当時の宇宙艦隊司令部の作戦参謀であったウィンチェスター提督や後方主任参謀が作成したものです。当時小官はシトレ氏の首席副官でありましたので多少は関わらせてもらいましたが…後方任務、補給に携わる者として言わせていただければ、たとえ戦場で帝国艦隊を撃破したとしても、その後が続きません。際限無く物資を放出せねばならないのですから」
「その通りだ…二人とも軍人ではなく財政委員会の方が向いているのではないかな…それはともかく、議長、これでは再出兵など成功する筈はありませんぞ。中止すべきです」
レベロの横でホアン・ルイが何度も頷いている。サンフォードは沈黙したままだ。誰かが助け船を出すのを待っているのだろう。だけど誰も喋ろうとはしない。諦めた様にサンフォードが口を開いた。
「だが、この資料は過去のものだ。出兵してみない事には結果は分からないだろう?元はと言えば、軍がボーデンで勝てなかったからこうなったのではないかね?」
多分サンフォードはムーア達のでしゃばりに乗ってしまった事を後悔しているだろう。戦争をしている以上、戦場で勝ったり負けたりは付き物だ。結果としてアムリッツァは守られたのだし何の問題もないだろうに…そもそも何故古い資料を見せたのか分からないのか?まあ分からないんだろうな、仕方ない。グリーンヒル本部長とビュコック長官、キャゼさんにだけ聞こえる様に、言った。
「言葉を飾るのに飽きてきたんですが」
二人共苦笑すると、ビュコック長官が呟く。
「貴官の言いたい様に言ってやるといい。会議とはそもそも言葉を飾る場所では無いからな。どうですかな、本部長」
「構わないと思います。たまには本音を聞かせてやるのもいいでしょう。ウィンチェスター君、やりたまえ」
「ありがとうございます」
深呼吸して立ち上がろうとすると、キャゼさんが袖を引っ張った。
「おい、あんまりやりすぎるなよ。舌禍問題でお前さんが居なくなるなんて困るからな」
「分かってますよ」


16:40
国防委員長執務室、
ヤマト・ウィンチェスター

 「何だね、さっきの会議での発言は!」
ネグロポンティが怒っている。
「事実を述べたまでですが…それがいけないと委員長代理は仰るのですか?」
「事実の述べるのは構わん、だが目上に対して礼を失するに余りある態度だったとは思わんのかね!」
まるで校長の顔色を気にする教頭だ。一緒に座らされている本部長や長官は学年指導と担任の先生というところか…。
「目上?政治家とはそれ程偉い存在なのですか?」
「何だと?」
「会議で述べた通りです。政治家、特に政府閣僚は市民が納める税金を公正にかつ効率よく再分配するという任務を託されて、給料をもらってそれに従事しているだけの存在です。社会生産に何ら寄与している訳ではありません。寄与していないと言えば、我々軍人もまた同じです。私たちはよく言っても社会機構の寄生虫でしかありません。それを再認識してもらっただけですよ」
「だからと言って…」
「まあ聞いて下さい。委員長代理、貴方も驚かれたのではないですか、前回の会議の内容を聞いて。軍内部の一部の不届者の絵図に乗って、議長は兵士達の命と政権維持を天秤にかけたのですよ。それでも私の発言が礼を失するに余りあると言われるのですか」
「それは…」
ネグロポンティは言い淀んだ。
「皆さん政治家の方々が世論や市民の意向を気にするのは分かりますが、その為に兵士を死地に追いやる訳には参りません。軍は帝国と戦う為に存在するのであって、政治家の地位を守る為に存在するのではありません。違いますか」
「それはそうだ、だがね、あの議長への発言は宇宙艦隊副司令長官の職に有る者としては少々不見識かつ不穏当なものであったとは思わないのかね」
「思いません。同盟市民として、同盟軍人として本音を申し上げたまでの事です。そもそも私は前回の会議が開かれた経緯についても納得しておりません。たとえ許可されているとはいえ自分達の損得勘定で作戦案を最高評議会に持ち込む…それに乗る議長も議長です。それによって同盟軍が、同盟が危機に陥るかもしれない、そういう事態に陥りかねない状況を見逃す事は出来ません。ですが、小官もああ申し上げた以上は後には退けません、同盟の為に職務に邁進する所存です。失礼させていただきます」

 

 

第九十八話 進攻準備

宇宙暦796年5月20日13:15
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍統合作戦本部ビル、大会議室、
オットー・バルクマン

 これからこの大会議室で、帝国領再出兵に関する指揮官会議が行われる。参集範囲は統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官、そしてその司令部参謀、各艦隊指揮官及び各艦隊司令部参謀、それに各艦隊の分艦隊司令…要するに大きな会議だ。通常こういう会議には分艦隊司令クラスの指揮官は参加しない。各艦隊に所属する分艦隊の運用は艦隊司令官に一任されているからだ。それが俺達の様な分艦隊司令まで参加させられるという事は…。
「ヤマトの奴、勝手は許さないって感じだな」
マイクが呟く。マイクの言う通りだろう。
「ああ。ムーア提督達の事、怒っていたからな、三馬鹿とか言って」
再出兵という事態が、ムーア、ホーランド、ルグランジュの三提督のスタンドプレーによって引き起こされたという事は、軍内部でも多くの者が知るところとなっていた。そしてその行為は本人達の思惑と違って、軍内部でも批判の声が大きかった。
「いくら幕僚会議の開催要請権があるからって、軍の方針に反する事を自分の部下が勝手に言い出したんじゃ、ヤマトだって怒るさ」
「ああ。確かに幕僚会議の開催要請については上官の許可は必要ない。だからといって話を通さなくていい訳じゃない」
「そうさ。そもそも本部長やトリューニヒトの野郎…じゃなかった、国防委員長はいい顔しなかったんだろ?自分達の出番が欲しいって欲丸出しじゃねえか。しかもそれにサンフォード議長が支持率アップの為に乗っかったんだろ?とんでもねえ。軍は政治家の玩具じゃねえぞ」

 政府は帝国領への再出兵を発表したが、同盟市民からは不評だった。ヤマトの言っていた、ガス抜き効果が顕著に現れていたからだ。新領土…アムリッツァの経営が順調なのもそれに輪をかけていた。イゼルローン要塞を奪取し、アムリッツァを抑え、それによって国内の再開発が促進され内需が拡大…同盟市民の平均所得も大幅な増加傾向にあった。要するに同盟市民は現状に満足し始めているのだ。それに、発表した時期が悪すぎた。再出兵が発表されたのはトリューニヒト国防委員長が捕虜交換の為にフェザーンに出発した直後だったからだ。『議長は捕虜が戻らなくてもいいと思っているのか』、『国防委員長を見殺しにするのか』…等、逆に批判を受ける事になってしまっている。
『ボーデンでは敗けたがアムリッツァは守られた。大きな犠牲は確かにあったが軍はその任務を果たしている』という国防委員長の見解は結果的に同盟市民に是として受入られていると言っていい。冷静に考えれば全くその通りだからだ。結果として政権の支持率は一時的に下落したものの危険水準になる事はなかったから、政権全体というよりはサンフォード議長個人の支持率が落ちた、という方が正しいのかも知れない。現政権を支えているのは国内開発に関わる各委員会…と同盟市民は理解しているのだ。まあ、だからこそ議長は三提督の企みに乗ったのかも知れないが…。

 「それもあってヤマトがこないだの幕僚会議で議長をけちょんけちょんにしたらしい」
「本当かよ」
マイクは大笑いしそうになるのを必死に堪えている。先日開かれた最高幕僚会議は大荒れだったらしい…。


『そんなに支持率が気になるのであれば議長、最高司令官として自ら前線に出られては如何ですか。議長自ら前線で指揮なさる…これこそ文民統制の極致ですよ。全軍の大元帥としてお迎え致します』
『…そんな事が実現可能だと思っているのかね?そもそも私は軍人ではない』
『そうでしょうか。我々軍人は最高司令官である議長、閣下の構想を具現化する為の手段として存在しているのですよ。であれば議長には軍人でなくとも最高司令官として果たさねばならない責務がある筈です。違いますか』
『私は軍部からの提案だと思って採用したのだ』
『違いますよ。軍の方針はアムリッツァの長期持久です。方針に反する作戦案を進言する訳がありません。もし軍部からの提案であればトリューニヒト国防委員長がそう言った筈です。しかしトリューニヒト委員長は反対票を投じました。軍部からの提案でない事は明白でしょう?』
『しかしあの場に居た君等は反対しなかったではないか!』
『最高幕僚会議の開催を要請し議題を提案出来るのは政府閣僚、及び少将以上の将官のみです。ただし、軍部の人間は提案は出来ますが議決権はありません。ですからその場に居たとしても評決には参加出来ないのです』
『そんな無責任な話はないだろう!君等は軍事の専門家なんだぞ!』
『それが民主主義における文民統制というものじゃないですか。我々は専門家ではありますが、幕僚会議の場では我々は助言者に過ぎません。専門家、助言者として三提督は議題を提案した。閣下はそれを採用した。それだけです』
『何故提案を阻止しなかったのだね!』
『阻止出来る権限がありません』
『何だって?部下である艦隊司令官達を統制するのはビュコック長官や君の役目だろう!』
『小官もそう考えました、ですが少将以上の将官は開催を要請出来る…となればその権利を制限する事は出来ません。会議自体が軍内部の統制の埒外にあるのです。それに、会議が開催される事を知ったのは、開催が決定された後でした』
『…では改めて反対するという事かね?』
『はい。理由は先程申し上げた通りです。作戦の完遂は非常に困難です。軍事的には正しい作戦案ですが、諸条件が厳し過ぎます。そんな作戦に部下を参加させたあげく犬死させたくはありません』
『だがやってみなくてはわからんだろう、実行する事に意義があるのだ。我々には専制政治の打破という崇高な目的がある』


 グリーンヒル本部長が会議の開催を告げる。
「この会議は帝国領への再出兵に関する作戦会議である。本職は作戦の詳細に関わる立場ではない。ここでの発言が諸君の評価に影響を及ぼすものでない事を先に言っておく。私はあくまでオブザーバーだ、始めたまえ」
そう言って本部長はヤマトの方を見た。
「はい……ここに集まっている諸官もご存知の通り、帝国領領に再出兵を行う事になりました」
室内が軽くざわめく。政府発表はあったものの、作戦の詳細はまだ誰も知らない。ヤマトの部下である俺やマイクだって知らないのだ。
「…再出兵案は最高幕僚会議にて可決されました。その作戦案はこれです」
ヤマトの発言が続く中、スクリーンにその原案とやらが映し出された…一挙にシャンタウまで進み、同地にて帝国軍の主力を撃滅し、ヴィーレンシュタイン、フォルゲンとボーデンの三つの宙域の各星系を占領、長期的には後背地とする…いや、これは無理だろう、アムリッツァを何とかするだけで精一杯だったのに…。
「この作戦を実施した場合、同盟軍だけではなく、同盟そのものが傾く可能性があります。それほどこの作戦案は補給の維持に負担がかかるのです」
続いて表示されたのは…イゼルローン要塞攻略戦時の資料…アムリッツァまで進出し、それ以上は進軍しないというその根拠となる資料だった。ヤマトがガス抜きの為に提案した作戦だ。再び室内がざわつく。
「…当時の状況と現在、それほど状況は変わりません。それほどまでに占領統治というのは難しい。アムリッツァを得た事で同盟は国内の再開発が進み経済的には活況にありますが、この作戦がそれを阻害します。それでは軍は悪者だ」
室内に笑いが広がる。作戦の成功の意味するところは、補給線、占領地の維持の為に同盟国内の富が占領地に流出する事を意味している。占領地が拡がれば拡がる程、同盟は貧しくなるのだ。アムリッツァで停止してそこに腰を据えたからこそ、現在の同盟の状況がある。
「…軍の方針はアムリッツァでの長期持久ですから、軍首脳部はこの作戦に反対でした。現在もそれは変わりません。ですが再出兵は可決、発表され、今更中止する訳にもいかない。そこで、作戦案の修正を政府に申し出たのです」
スクリーンに表示されていた資料が消え、新たな作戦案が表し出された……これは…ハーンだと?一旦鎮まっていた室内のざわめきが大きくなっていく。


 『…やってみなくてはわからない?では議長にお尋ねしますが、再出兵が失敗した時、議長はどうなさるおつもりですか』
『…辞任するしかないだろうな』
『それで済むとお思いなのですか?全くおめでたいですね』
『何だって?失礼だろう!』
『おめでたいじゃないですか、辞任で事が収められると思っているのですから。再出兵の失敗は亡国への第一歩だとお分かりになりませんか』
『亡国だって?大袈裟だろう』
『大袈裟でも何でもありません、再出兵が失敗すればアムリッツァを失います。それはすなわち帝国軍を阻む力が無くなるという事です』
『イゼルローン要塞があるではないか』
『私が攻略方法を示してしまいましたから、イゼルローン要塞は最早難攻不落ではありません。要塞を奪い返した帝国軍の大軍が同盟内に雪崩込むでしょう。そうなった時、それに対抗出来る戦力はもはや同盟軍には残っていない。同盟は終わりです…そういう未来もある、それを受け入れる覚悟はありますか?そうでなければ後世の歴史家は言うでしょうね、当時の同盟の為政者達は、一時の利益に目が眩んで亡国の道をたどったと』

 
 ざわめきは大きくなる一方だった。ざわめきの中、第三艦隊司令官のアル・サレム提督が質問の手を挙げた。
「副司令長官、この進攻路だと、フェザーンが文句をつけて来るのではないですか?ハーンはあまりにもフェザーンに近いと思うのですが」
「その通りです。ですが昨年の戦いではハーン宙域から帝国のクライスト艦隊が現れました。我々もそれに倣います。フェザーンを気にする事はありません、フェザーンの意向などどうでもよい事です。それともサレム提督には何かフェザーンの意向について気になさる理由がお有りですか」
「いえ…ありません」
ヤマトの奴…意地の悪い言い方をするな。フェザーンの意向などどうでもいい…だがフェザーンが黙っているだろうか?いや、何を言って来るかは織り込み済みなのだろう、でなければああもキッパリと言い切る事は出来ない。
「い、いえ、フェザーンの意向については特に気にする事はありませんが、ハーン回りでは帝国中枢部まで遠くありませんか?移動に時間がかかればかかる程、帝国軍に対処する時間を与えてしまうのでは…と愚考しますが?」
言葉を続けるサレム提督の疑問は尤もな話だった。
「尤もなご意見です。ですがこの作戦では、それは無視してもよいのです。提督、失礼ですが、先程まで表示されていた原案にあった作戦目的…思い出せますか?」
「ボーデン、フォルゲンの後背地化…でしょうか?」
「いえ、もう一つの目的です」
「まさか…」
「はい、その通りです。この作戦の目的は『敵の心胆を寒からしめる』事にあります。ハーン方面からの進攻は言わば敵の柔らかい脇腹を突くに等しい。確かに帝国首都星オーディンには遠い。ですがハーンを抜けシャッヘン、アルメントフーベル、キフォイザーとたどって行けば…皆さんもご存知の帝国の大貴族、ブラウンシュヴァイクの領地です。如何です?たとえブラウンシュヴァイクに向かわなくともシャッヘン、エックハルト、アイゼンヘルツと進めば、一時的とはいえ帝国とフェザーンの流通を遮断して経済的に帝国を締め上げる事が出来ます」
「なるほど。確かに帝国は肝を冷やすでしょうな」
「はい。ハーン進攻にはそれだけの価値があるのです。確かに帝国軍には対処する時間を与えてしまいますが、それの意味するところは何だと思いますか?」
「…そうか、帝国軍は兵力を分散配置せねばならなくなる」
「はい、その通りです。帝国軍は同盟と直に繋がる辺境に五個艦隊、中枢部に十個艦隊です。ハーンに我々が進めば、帝国軍はアムリッツァ方面には増援は出せなくなる」
室内のざわめきが驚きと賞賛に変わっていくのが見てとれた。敵の心胆を寒からしめるか…柔らかい脇腹を衝かれるのだ、まさに帝国の肝は冷えるだろう。ヤマトは更に説明を続ける。
「何も各宙域を制圧する必要はありません。我々が進出し、無理のない範囲で暴れまわる…帝国にとっては屈辱です。彼等の言う叛徒共が我が物顔で帝国内で暴れるのですから」
これ程軍事常識を疑う作戦もないだろう。ただ暴れるだけ…だが確実に帝国の支配体制に楔を入れる事が出来る。自暴自棄の様に見えて実に理に叶った作戦だ。
「ビュコック司令長官には第五艦隊と共に国内に残留していただきます。同様にアッテンボロー提督の第十三艦隊も残って貰います。他の各艦隊はカイタルに集結、その後に軍を二つに分けます。まずヴィーレンシュタイン方面。その方面の指揮はヤン提督に執っていただきます。そしてハーン方面。こちらは私が直接指揮します」
更に説明は続く。

ヴィーレンシュタイン方面
第一艦隊:ヤン中将、一万五千隻(方面指揮官)
第六艦隊:ホーランド中将、一万四千隻
第七艦隊:マリネスク中将、一万四千隻
第八艦隊:アップルトン中将、一万四千五百隻
第十一艦隊:ピアーズ中将、一万四千隻
第十二艦隊:ボロディン中将、一万三千五百千隻

ハーン方面
第九艦隊:ウィンチェスター大将、一万五千隻(宇宙艦隊副司令長官、方面指揮官)
第二艦隊:ムーア中将、一万五千隻
第三艦隊:アル・サレム中将、一万五千隻
第四艦隊:ルグランジュ中将、一万五千隻
第十艦隊:チュン中将、一万五千隻

 
 『我々に覚悟が無いと言うのか!』
『政権維持の為に軍を利用するなんて、まるで地球統治時代や銀河連邦末期の様な有様じゃありませんか。とても覚悟のある方の行為だとは思えません』
『…戦争の遂行には安定した政権運営が必要不可欠なのだ。君だってそれくらいの事は理解しているだろう?』
『だから政権の安定と兵士達の命を天秤にかけたという訳ですか。小官には議長がご自分の地位や権力を守る為に再出兵を決定したとしか思えません。まあ小官としては作戦の修正が認めていただける事の方が先決なので、これ以上は申し上げたくはありませんけどね』
『そんな態度で作戦の修正が認められると思っているのか!話し合う態度ではないだろう!』
『会議ですから本音を申し上げたまでです、態度は関係ありません…確かに再出兵には反対ですが、やらないと言っているのではありません。やるのであれば犠牲を少なくしたいだけです』
『……専門家の君達がそう言うのなら仕方ない。分かった、認めよう』
『ありがとうございます。ですが勝てるとは限りませんのでそこはお忘れにならないで下さい』
 

 「ご存知の通り、第一艦隊は既にアムリッツァに向けて先発しております。私の第九、そして第二、第三及び第四、第十の各艦隊は八月一日を以てイゼルローン要塞に向けて進発、九月一日には同要塞に到着、数日の補給と休養の後、アムリッツァに向かいます…作戦の第一段階は以上となりますが、他に質問のある方はいらっしゃいませんか」
ヤマトが会議室を見渡す。質問がない事を確認したヤマトがグリーンヒル本部長を見ると、本部長が続けた。
「皆、ご苦労だった。この会議の内容は秘とする。再出兵が発表されてからというものマスコミがいきり立っているからな。この会議の開催も既に嗅ぎ付けているだろう…もし取材が来たら私に回してもらって結構だ。では、解散とするが、艦隊司令官以上の者は残る様に」
この場に居る艦隊司令官と言えば、司令長官とヤマトを除けばムーア、サレム、ルグランジュ、チュンの四名だ。見ると、四人は硬い表情をしていた。
「気になるけどな、出ていけと言われたんじゃ仕方ない…PX(売店)行こうぜ、オットー」
そう言って肩を竦めて歩くマイクに着いて行く。まあ、残された四人が何を言われるか予想はつくが…。


14:30
ヤマト・ウィンチェスター

 「作戦目的を変更する事になってしまいました。お二人にとっては不本意でしょうが…」
「いえ、お気遣い無用に願います。軍の足並みを乱したのは我々なのですから」
意外にもムーアとルグランジュは素直だった。ホーランドはここには居ない。あいつは元々アムリッツァに居るからだ。俺がボケっとして気付かなかったのが悪いってのもあるけど、最初の幕僚会議も、密かに単身で任地を離れてハイネセンに戻って来て参加していたのだ。自分達が要請した会議での議長の態度を見てバツが悪かったのだろう、そのまますぐにアムリッツァへとんぼ返りしたそうだ…勝手に任地を離れて行き来しやがって、腹の立つ奴だ…。

 「副司令長官、我々が残された理由は…」
アル・サレムが場の雰囲気を読んだのか、気まずそうに切り出した。ここに居る四人…アル・サレム、チュン、ムーア、ルグランジュははっきり言って能力があるのか無いのか、よく分からない御仁達だ。このお歴々に加えてホーランド、と来れば、戦う前から敗けが決まった様なもんだろう。でも艦隊司令官になれたのだから、もしかしたらそこまで酷くはないのかもしれない。特にルグランジュは原作やアニメでもそこまで酷くは描かれてはいなかった。何しろ敗けたとはいえ、ヤンさんとまともに戦えたのだから…チュンはウランフのおっさんが第十艦隊司令官だった時の副司令だ。アニメで頑固そうな顔立ちでウランフを補佐していた。ウランフが副司令に選んだのだから、そう捨てたもんでもないかもしれない。現にボーデンの戦いでも自分の艦隊の崩壊は防いでいる。ラインハルトに好き勝手された戦場でそうなのだから、見るべきものはあるだろう…問題はアル・サレムとムーアだ。まずアル・サレム…劇中でミッターマイヤーを『まるで疾風だ』と詩的に評したこのおっさんは、それ以外の描写をされていない。本人が戦死してしまったから全てが謎に包まれている。戦死した後で指揮を引き継いだモートンの手腕がクローズアップされてしまったから、無能なのか、それともミッターマイヤー級艦隊司令官以外とならまともに戦えるのか…そしてムーアだ。原作では闇落ちフォークと並んで第一級の無能者として描かれている。粗野で豪胆な司令官、と評されているが、現実問題として粗野で豪胆なだけでは艦隊司令官にはなれない。まあ、部下に対してイエスマンを求める傾向はあるものの、描写を見る限りは最後まで心折れずに戦える司令官である事は間違いない…まあ、良い見方をすればだけど…。

 「はい。上に立つ私が言うのも今更なのですが、私は皆さんと共に戦った事がありません」
「はあ」
「ですので皆さんにはこれからシミュレーションをやってもらいます」
皆が驚いた顔をした。彼等と同じ様に会議室に残ってくれたグリーンヒル本部長やビュコック司令長官も同じ様な顔をしている。
「あくまでも皆さんの傾向を知る為のものですから、心配しないで下さい。勝敗は関係ありませんし、結果によって皆さんに不利益は生じませんよ」
会議室を出て、不承不承といった面持ちで四人がシミュレーションルームに歩いて行く。グリーンヒル本部長も半ば呆れた顔をしている。
「君は…相変わらずとんでもない事を思い付くな。現役の艦隊司令官にシミュレーションをやれ、だなんて」
「こんな事の為にわざわざ艦隊を動かす訳にはいかないでしょう?動かしていいならそうしますが。どうです、司令長官」
「率いる指揮官達の癖が分からんのでは、確かに戦いにくいからの。じゃが、前代未聞じゃな。副司令長官、彼等に嫌われんようにな」
彼等に嫌われんように…か。用兵家として一目は置かれていても、上司としては尊敬されていない…と感じているのだろう、ビュコック長官らしい忠告だった。人材的に仕方のない事とはいえ、やっぱりビュコック長官は宇宙艦隊司令長官には向いていないのかも知れない。帝国軍のメルカッツに似ているだろう。用兵家である事と、人の上に立つ事は違う。司令長官という立場なら尚更だ、人の上に立つ指揮官達のそのまた上に立つのだから、生半可な者では勤まらない。ビュコック長官が中途半端と言っている訳じゃないんだ、ビュコック長官が司令長官としての権威を身につけるには、絶対的な勝利が必要なんだ。だがそれを得るのは少し難しい。俺が副司令長官に任命されてしまったからだ。それは『ビュコック、お前だけでは不安なんだ』、と言われたのに等しい。しかも困った事に長官本人が士官学校を出ていない事に引け目を感じている。士官学校出身者は自分の言う事など聞かないだろうと思ってしまっている。更に困るのは、そういう事はない、と否定しきれない現実がある事だった。今回は仕方ないけれど、次に同盟軍が動く時には長官に出馬してもらう。そして穏やかな老後を過ごして貰うのだ…原作でビュコック長官は戦死した。同盟を護る為に死ねたのだから、本人は本望だったろう。でも俺は忘れられない、ラインハルトの放送を聞いて立ち上がったビュコック長官を見たときの、長官の奥さんの意を決した表情が。アニメでのあのシーン、奥さんの目は潤んでいた。ああいうシーンはもう真っ平だ。

 「準備出来ました。で、どの様な想定で行うのですか」
シミュレーションマシンに入ったルグランジュからの問いだった。
「分かりました。そのまま待機していて下さい」
うん、どうしよう…今ここに居るのは、俺、長官、そして本部長、パン屋…本部長が訝しげな顔をしている。
「ウィンチェスター君、まさか我々にも参加しろというのではないだろうね」
…バレたか。流石は本部長というべきか…。
「お嫌ですか?」
「嫌ではないが…どうしますか、長官」
「いや、たまにはこういうのもいいじゃろう」
忘れてた、こういう時のビュコック爺さんが意外とノリがいいのは、EFSF時代に体験済みだった。パン屋と本部長が頭を抱えている、軍首脳部と現役の艦隊司令官とのシミュレーション対戦、長官の言う通り前代未聞だろう。
「どうせならギャラリーも居た方がええじゃろう。総参謀長、館内放送で観客を集めたまえ」
…え?これは予想外すぎるぞ……パン屋も諦めたのか、参集範囲はどうしますか、とか聞いて来やがる。
「手空き総員でええじゃろう」
パン屋が内線で連絡を入れると、館内放送が流れた。

”一五〇〇時、手空き総員集合せよ。場所、シミュレーション観覧室“

この統合作戦本部ビルで手の空いてる人間なんてそう多くはないけど、それでも百人は越えるだろう。それにさっき解散したばかりだから、この会議室に居た者のほとんどが集まる筈だ。放送を聞いて驚いたのだろう、先にマシンに入って居た四人の提督が飛び出してきた。
「これはどういう事ですか」
「せっかくじゃから観客を呼んだまでじゃよ。貴官等が勝てば箔がつくじゃろうし、敗けても軍首脳部が相手なのじゃから恥にはならんじゃろう?貴官等の腕の見せ所ではないかな?」
「成程、確かにそうですな」
ルグランジュが自信ありげに笑う。四人の癖が知りたかっただけなのにとんでもない事になってしまった…待てよ、ビュコック爺さんもいい機会とでも考えたのかも知れない。おそらく敗ける事はないだろうけど…というかこれは敗けられない。思いつきでも真剣にやれという事か…?
「ルグランジュ提督、四人の中では貴官が先任じゃが、先任指揮官は自由に決めてよい。こちらは儂が指揮官、本部長と副司令長官の三人で相手をしよう。総参謀長は閲覧室の相手をしてくれ」
「では此方が四個艦隊、そちらは三個艦隊という事で宜しいのですな?」
「うむ。いいハンデじゃろう?」
「ハハハ…敗けても知りませんぞ?」
「まだまだ若い者には敗けはせんよ」
…おい、パン屋には参加させないのかよ…確かにパン屋は艦隊司令官じゃないけどさ…本当に真剣にやらなきゃいけないぞこりゃ…
「…ウィンチェスター君、次から思いつきを実施する時は事前に申し出る様に」
本部長、ちょっと怒ってますね…だけど、どちらが敗けても言い訳出来る編成だ、四万五千隻対六万隻…提督達が敗けても流石は軍首脳部、此方が敗けても兵力差を言い訳に出来る…いや、こっちは言い訳は出来ないな…だけどビュコック爺さんは敗ける気は無さそうだ、まあそりゃそうだ、首脳部が部下の司令官達に敗けていたら話にならない……。


15:10
統合作戦本部ビル、シミュレーション閲覧室、
マイケル・ダグラス

 またぞろ集められたと思ったら、面白そうなイベントが始まりそうじゃねえか、またヤマトの思いつきか?
「やっぱり君等も観に来たか、相席、いいかな?」
「あ、中将。どうぞどうぞ」
俺とオットーに声をかけて来たのは、今では宇宙艦隊司令部作戦情報課長の職にあるシェルビー中将だった。
「これはウィンチェスター提督の思いつきかな?」
「多分そうでしょう、艦隊司令官と軍首脳部がやりあうなんて聞いたことありません」
「おいおい、喧嘩じゃないんだぞ」
シェルビー中将は肩をすくめて苦笑したが、こりゃタイマンみたいなもんだろう。経緯はわからねえが、こんなに立会人が大勢居たんじゃどちらも気を抜く訳にはいかねえからな…。
「おいマイク、ヤバくないか。ヤマト達の方が兵力が少ないぞ」
ビュコック爺さん以下ヤマト達は四万五千隻、ルグランジュのおっさん達は四人で六万隻…。
「ハンデって事だろうよ。ビュコック爺さん、本部長、ヤマトの三人は仮にも大将なんだぜ?」
「仮にも、ってなあ…」
「ルグランジュのオッサン達は勝てば箔がつく。若しやりたくないって言ってもハンデつけられたら逃げれねえだろう?」
「それはそうだけど、ヤマト達は敗けたらどうするつもりなんだろうな」
オットーの心配は至極当然だった。ハンデだろうとは言ったものの、わざわざ兵力を少なくするなんてな…。
「解らねえよ、そんなもん」
「おいおい」
「敗けねえだろ、多分」
ヤマトだったら敗けやしねえだろう、だけどヤマト達の指揮をするのはビュコック爺さんだ。爺さんの腕に不安がある訳じゃねえが、こいつはちょっとどうなるか分からねえな…ふと横を見ると、シェルビーのおっさんが難しい顔をしている…。
「どうなるかな。ビュコック司令長官の用兵家としての手腕は実戦で練り上げられたものだ。シミュレーションと言うものはあくまでも表層的なものに過ぎないから、実戦の様に細部まで指示出来る訳ではない」
「では中将、司令長官はシミュレーションは弱いと仰るのですか?」
「だから、どうなるかな…と言っているんだ、バルクマン少将。君はどう思う?過去に司令長官の副官をやっていたのではなかったかな?」
「確かに副官をやっておりましたが、司令長官がシミュレーションをやるところを見てはおりませんので…」
オットーも歯切れが悪い。一体どうなるかな、こいつは…。



 

 

第九十九話 捕虜交換式前夜

帝国暦487年6月10日09:00
アイゼンヘルツ星系、アイゼンヘルツ、銀河帝国、銀河帝国軍、宇宙艦隊総旗艦ヴィルヘルミナ、
グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 ここアイゼンヘルツは、帝国領の中でもフェザーンと隣接する星系だ。フェザーンの隣に位置している割にはそれほど栄えてはいない。
「機関の性能が上がり、民間船のワープ機関でも充分な跳躍距離が得られる様になったからですよ。フェザーン発、フェザーン着を問わず、アイゼンヘルツ向けの船以外はこの星系をすっ飛ばして行く、という訳ですな」
「詳しいな」
「叛乱軍に居た頃、部下がこの星系への潜入任務に参加した事がありました。任務終了後にその部下がそう言っていたのを覚えております」
「ほう…どういう任務だったのだ、それは」
「亡命者の護送任務です。護送対象が誰かまでは、小官も存じてはおりませんが」
「直接の上官にすら教えないとは、極秘の任務だった様だな。卿自身は参加しなかったのか」
「ハハ…参加していたらそのまま逆亡命していたでしょうな。それでは任務に支障が生じます。逆亡命するのであれば、せめて任務は成功させなくてはなりません。それに、失敗する可能性がありました。その任務で直接の護送任務に携わった部下は、小官に引けをとらないの白兵技能の持ち主でしたから」
「卿の経歴は以前に見させて貰った。亡命後の技能試験でオフレッサーと引き分けたというではないか。卿に引けをとらないと言うのなら、かなりの強者だな」
「はい…ですが、オフレッサー閣下は手を抜いて下さったのですよ。装甲服を着けての実戦なら、手も足も出ない結果に終わったと思います」
「謙遜も程々にするのだな、生身であってもオフレッサーと引き分ける事の出来る者などそうは居るまい」
目の前で苦笑するリューネブルク…急遽ミューゼルが儂の護衛官として連れて来た男だ。先年のカストロプ領鎮圧に参加して勇名を上げた。今回は装甲擲団兵一個中隊を引き連れフェザーン行に同行している。要人護衛の任務などやった事はないだろうが、とても優秀なのが解る。この様な男を使いこなせないのでは、叛乱軍の人事担当者は何をしていたのかと敵ながら心配したくなるというものだ…。

 「叛乱軍…この場合同盟と言えば宜しいのかしら…元帥閣下、お許し下さいましね…同盟はどんな国ですの?」
リューネブルクにそう問いかけたのはヴェストパーレ男爵夫人だった。男爵夫人はグリューネワルト伯爵夫人の世話役として同行している。儂は皇帝陛下に掛け合い、伯爵夫人を今回の捕虜交換式の陛下の名代として、宮中から連れ出す事に成功した。ミューゼルに憂いなく任務を果たさせる為であったが、我ながら人がいいと思わざるを得ない。捕虜交換は陛下の勅裁を得ているから、たとえ軍が主体で行うとしても陛下の名代が居ないのはおかしな話だ、という線で陛下を説得したのだが…許す陛下も陛下、と言わざるを得ない。口では簒奪など許さぬ、かかってこいと言いながら、ミューゼルを援けて居られる。奈辺に真意があるのか判らぬお方ではある…。

 「叛乱軍…自由惑星同盟、自由の国と言いながら、それほど自由でもありませんよ。特に小官の様な帝国から亡命した家柄の者にとっては」
「あら…帝国から亡命した方々は、叛乱軍にとっては有為の人材ではなくって?」
「亡命する理由も様々ですから、男爵夫人。同盟建国当時からかの国に居る者達と違い、我々の様な者は差別の対象になっているのが実情です。小官は自分の能力を発揮できる場所に生まれたかった。それで帝国に帰参したという訳です」
リューネブルクがちらりと儂を見て頭を下げた。過去にもこの男の様な存在は幾人も居た。だが帝国に帰参したからといってその能力を発揮出来る地位に着いた者はほとんど居ない。それに、オフレッサーはこの手の男は好まぬであろう。叛乱軍にいた頃の経歴も見たが、白兵戦技もさる事ながら、作戦指揮も中々のものだ。擲弾兵指揮官でなくとも艦隊要員としてもやっていける力量はあるだろう…。

 「ところで男爵夫人、伯爵夫人は如何お過ごしかな。慣れぬ艦艇生活で窮屈な思いをしていなければよいのだが」
グリューネワルト伯爵夫人はほとんど部屋から出ていない様だった。陛下の名代という事もあって行幸用の応接室を夫人達の居室にしたのだが…フン、これでは儂はまるでミューゼル姉弟の保護者ではないか…。
「アンネローゼ…いえ、伯爵夫人も閣下のお心遣いには感謝しておりましたわ。まさかフェザーンに行けるとは、と。ワタクシもです」

 陛下に掛け合えば伯爵夫人の身を預かる事は可能であろうとは思っていた。だが彼女の身の置場をどうするか…それが問題だった。オーディンに置いておけばベーネミュンデ侯爵夫人がまたぞろ何か企むやも知れず、ブラウンシュヴァイク公に保護の名の元に拐われてしまうかもしれなかった。だが儂がそのまま連れて行けば身辺警護も問題ない…そう思って同行を求めた。そこまではよかったが、問題が発生した。グリューネワルト伯爵夫人は陛下の名代ではなく、陛下が儂に彼女を下賜したのではないか…そういう風聞が宮中に広まったのだ。夫人が儂に同行する事が公にされなかった事も、それに拍車をかけた。寵姫が宮中を出るのだ、発表はなくともあっという間に貴族達には伝わる…伯爵夫人にとってはとんでもない話だが、寵姫を下賜されるのは臣下にとって最大の名誉とされている。この風聞が大貴族達を刺激したのだ。

~陛下は貴族を頼りとせず、軍を重んじている~

 ミューゼルにとって後顧の憂いは無くなったものの、有志連合軍の結束を強める結果になってしまった。有志連合軍…貴族の艦隊がたとえ練度が低いとはいえ、今頃はシャンタウ辺りまで進出している筈だった。今の所は問題はないが、彼等の動きが捕虜交換に影響を及ぼさないとも限らない。しかも叛乱軍は奴等の公式発表として此方への再出兵を公表していた。この事も有志連合軍に不安と刺激を与えているに違いなかった。だが叛乱軍の使節は既にフェザーンに到着しているし、捕虜交換は間違いなく行われるだろう。軍内部では、『叛乱軍の再出兵の発表は、たとえ捕虜交換は行っても我々と馴れ合うものではない、敢えて相反する意志表明を行って帝国を混乱させるつもりだろう』という見方が強かった。おそらくその通りだろう。そうでなければフェザーンに叛乱軍の使節が到着している筈がないからだ。勿論そう思わせておいて本当に再侵攻してくる恐れもある。その時には改めてオーディンにて待機している十個艦隊を動かせばよい。オーディンに既に有志連合軍が居らぬ今、十個のうち二個艦隊も残せば首都の混乱を防ぐには充分だ。叛乱軍は我が正規艦隊のうち十二個艦隊と有志連合軍を相手にする事になる。有志連合軍など弾避けにしかならないかも知れないが、それでもその数は叛乱軍にとっては脅威だ。奴等の足を止めるには充分だろう。


6月11日14:00
ヴィーレンシュタイン宙域、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
 
 「ラインハルト様、総旗艦ヴィルヘルミナよりFTLです」
嬉しそうな顔をしてキルヒアイスが俺の部屋に入って来た。ヴィルヘルミナはミュッケンベルガーの座乗艦だ、嬉しそうな顔をする理由などない筈だが…。

”久しぶりね、ラインハルト“

「…姉上!いや、グリューネワルト伯爵夫人ではないですか…今何処に居られるのです、いや何故ヴィルヘルミナに?」

“ミュッケンベルガー閣下が陛下に働きかけて下さったのよ。私を陛下の名代として捕虜交換式に、と”

「それは…ではご無事なのですね」

“ええ…ヴェストパーレ男爵夫人も一緒よ…元帥閣下と代わるわね”

“約束は守ったぞ、ミューゼル”

「何とお礼を申し上げればよいか…まことにありがとうございます」

“男むさい軍艦にお乗せする事になったのは不本意だが、此処なら安全であろう。そちらの状況はどうか”

「はい。まず叛乱軍ですが、強行偵察の結果、アムリッツァに一個艦隊規模の増援を確認致しました。これを受け、現在ヴィーレンシュタインにて臨時の根拠地を造成中であります。完成次第ボーデン、フォルゲン宙域の哨戒を強化致します。続いて有志連合軍ですが、シャンタウにて集結中の模様です。艦隊編成はまちまちですが…およそ十万隻を越えるものと思われます」

“十万隻…穏やかな数ではないな”

「その中には幾らか正規軍艦艇も含まれております。申し上げにくい事ながら、もしかすると幕僚副総監はご存知かも知れません」

”…了解した。その件についてはヒルデスハイム伯に聞いてみる。儂は現在アイゼンヘルツにて待機している。まもなくフェザーンに向けて移動を開始するが、現地到着後は卿に細かい指示など出来なくなるだろう。それ故、今から新しい命令書をそちらに送る。受信後は統帥本部と連絡を密にせよ。よいな“

「了解致しました」

 通信は終わった…とりあえずは姉上が無事でよかった。ミュッケンベルガーを信じて任せたものの、此方からどうなっていますかなどと聞ける相手ではない。皇帝の名代?とんでもない理由をこじつけたものだ、発表がなかったのも余計な混乱を避ける為だろう。それにしてもヴィルヘルミナか、確かにオーディンに居て貰うより余程安全というものだが…皇帝は何を考えてミュッケンベルガーの要求を飲んだのだろうか…くそっ、俺はまた奴の手の中で踊らされているのか?
「何にせよ、アンネローゼ様がご無事なのはいい事です」
キルヒアイスは俺の心中を察したのだろう、俺を諭す様にそう言った。
「そうだな。まずはその事を喜ばなくてはな」

 ミュッケンベルガーの口ぶりだと捕虜交換は無事実施されるだろう。だが叛乱軍は再出兵を発表した。その上でアムリッツァには一個艦隊の増援…硬軟取り混ぜての交渉…という事だろうか。軍内部での観測が示す様に、捕虜交換と再出兵、相反する意志表示で此方の混乱を誘う、という…一番辻妻が合う見方だ。戦争は継続中で、捕虜交換の為に一時的に休戦した訳でもない。何も警戒を解く理由はないという事だ。叛乱軍が再出兵を行うとしても一個艦隊の増援では明らかに兵力が足りない。
「国内向けのアピールだろうか…」
「どうかなさいましたか?」
思わず口にしていた様だ。キルヒアイスが俺を覗き込む。
「いや、叛乱軍の再出兵の件だ。捕虜交換実施の一方で再出兵…奴等の国内向けのアピールではないかと思ったのだ」
「我々の混乱を誘うと同時に、叛乱軍国内の引き締めを図る…という事でしょうか」
「捕虜交換に対する反発は帝国内でもあった、だったら奴等はどうなのだろうと思ってな。戦争が始まって以来、自然に休戦状態になった事はあっても、戦いそのものを止めた事はないのだ。その休戦状態というのも、両陣営で猛威を奮ったサイオキシン麻薬の撲滅の為で、戦争を止めた訳ではなかった」
「では、彼等の再出兵の発表は、叛乱軍内部の捕虜交換反対派に対するバランスを取った結果…という事でしょうか?」
「そういう可能性もある。何にせよ我々は警戒を解いてはならないという事だ」
「そうですね…」
警戒…とりあえず無事だとはいえ、姉上は大丈夫だろうか。ミュッケンベルガー個人の護衛としてリューネブルクを付けたものの、まさか姉上を伴なってフェザーンに行くとは…公式発表はなされてないから、姉上が捕虜交換式の前面に出てくるとは考えにくいが…もしそうであっても大貴族達はどう考えるだろう…。

 「司令長官から命令書が電送されてまいりました」
俺とキルヒアイスの会話が終わった頃合いをみて、フェルナーが命令書を持って来た…これは…。
「キルヒアイス参謀長、各艦隊の司令官を集めるのにどれくらいの時間が必要だ?」
「二時間後には集合可能です」
「よし、一六三〇時にブリュンヒルトに集まれと伝えよ」


宇宙暦796年6月11日09:00
フェザーン星系、フェザーン軌道宇宙港、第一軌道ステーション、第一係留ポート、自由惑星同盟軍、
第十三艦隊旗艦トリグラフ、
ダスティ・アッテンボロー
 
 「委員長閣下、本日一五〇〇時に帝国軍が入港すると宇宙港管制官から連絡を受けました。艦隊を哨戒第一配備とします」

”こちらにも連絡があったよ。哨戒配備?大袈裟じゃないか“

「念の為です。哨戒配備にしておけば、直ぐに戦闘配置に移行出来ますので」

”判った。だがくれぐれも軽はずみな行動は慎んでくれたまえ“

「了解致しました」

 何が大袈裟だ、部下に軽はずみな行動をさせない為に哨戒配置にするんじゃないか、まったく…。
「ラオ参謀長、艦隊に命令。全艦哨戒第一配備とせよ。尚、軽挙妄動は慎め、命令違反は軍法会議における極刑に処すると付け加えてくれ」
「極刑…了解です」
極刑…銃殺だ。これくらい言っとかないと本当に何をしでかすか分からない。
「艦隊に命令を発しました。ですが銃殺というのは…」
「参謀長、不心得者のせいでフェザーン回廊で両軍が戦闘開始、捕虜は戻らない…俺達はどうなる?」
「そうでした、迂闊でした」
軽はずみな事をすれば、ちょっと想像すれば大抵の者は理解出来る未来図が待っている……大スクリーンには戦艦から大わらわで飛び立つシャトル(往還機)が映っていた。各艦共に三交替での上陸を許可していたから、地上でも軌道エレベータの周りではこれから大混雑が生じるだろう。
「参謀長、宇宙港管制官に連絡してくれ、申し訳ないと」
「はい」
普段ならこの第一軌道ステーションも、民間船の発着に使われる場所だった。艦隊に所属するほとんどの艦艇は、臨時に増設された貨物船発着ステーションに係留されている。宇宙で同盟と帝国が落ち着いて話す場所がフェザーンしかないとはいえ、軍艦が邪魔者なのは明らかだ。
「戦争する場所じゃないのは確かだな、此処は」


10:00
フェザーン、自由惑星同盟高等弁務官府、
バグダッシュ

 「宇宙港周りは大騒ぎになっておりますな。フェザーンでは軍人は異質な存在です、フェザーン市民の感情を逆撫でする様な事は止めて欲しいものです」
トリューニヒト国防委員長は俺を見て呆れた様な顔をした。
「君も軍人じゃないのかね?」
「ここでは流通安全保障コンサルタントという肩書でやっておりまして…捕虜交換が決定するまで、この建物には入った事はありません」
「ふむ。この建物には、という事は、向こう側の建物にはよく出入りしているという事かな?」
委員長の視線の遥かな先には帝国の高等弁務官府がある。
「よく…とまではいきませんが。諜報活動にはコネや袖の下が一番ですからね…コンサルタントというのは意外に儲けがいいのです。お陰で私の懐も潤うという訳でして」
「ふむ…ウィンチェスター君は優秀な部下に恵まれているな。懐云々は聞かなかった事にしよう。どうだろう、軍を辞めて私のブレーンにならないか」
「まことにありがたいお話ですが、遠慮させていただきます」
「何故かね?」
「こちらの方が面白いもので」
「正直な男だな、君は」
「時と場合によりますよ」

 俺がこの場所で国防委員長とこんなどうでもいい話をしているのも、弁務官…ヘンスロー氏のせいだった。捕虜交換の打診は確かに同盟の高等弁務官府を通じてフェザーン自治領主府に伝えられた。そして自治領主府から帝国の高等弁務官府に話が行き今に至るのだが、フェザーンにおける捕虜交換に関わる実務…捕虜交換式を行う場所や段取りなど、必要な事をまったくやっていなかったのだ。式自体の実務交渉は自治領主府を通じて行うのだから、特段難しい訳でもない。こちらの代表は確かに国防委員長だが、政府同士の交渉ではないから、現場でやる事はそこまで多くない。ましてやここはフェザーンだ、式典の細部については彼等の提示したプランを修正すればいい。ヘンスローが駄目なら、その下にいる首席駐在武官のヴィオラ大佐がやればいいのだが、この男も事なかれ主義の塊だった。ヘンスローの指示がないからと、何もやろうとはしなかった。

 「まあ、ウィンチェスター君が、直接君をフェザーンに派遣した意味がよく理解出来たよ。弁務官府はあまり機能していない様だね」
「パーティの類いにはよく参加していた様ですがね」
俺がそう相槌を打つと、国防委員長は大きくため息を吐いた。
「パーティね、大いに結構だ。生きた情報を得る事が出来るからね。ここはフェザーンだし、弁務官や武官達が多少私腹を肥やそうと全く構わんが、せめて任務には励んで欲しいものだ…この後の予定はどうなっているのかな?」
「一九〇〇時にホテル・シャングリラにて晩餐会となっております。まずホストとしてフェザーン自治領主ルビンスキー氏本人が。そしてその補佐官ボルテック氏…帝国側からは宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥、帝国軍幕僚副総監ヒルデスハイム伯爵、帝国高等弁務官レムシャイド伯爵…これは」
「どうした?」
「いえ、あと御婦人が二名なのですが、グリューネワルト伯爵夫人、ヴェストパーレ男爵夫人…」
「バグダッシュ君、そのグリューネワルト伯爵夫人というのは…皇帝の寵姫とやらではなかったかな」
「はい。もう一人のヴェストパーレ夫人というのは小官も知りませんが…委員長、よくご存知ですね」
「類い希なる美貌の女性と聞いているよ。しかし、何故皇帝の側室がこんな所に…我々を骨抜きにするつもりなのかな」
「さあ…フェザーン観光でもしてみたいと思ったのでしょうか。皇帝の寵姫ともなれば大抵の我儘は許されるでしょうし」
「我儘だったとしてもだ、敵国同士のやり取りの真っ最中にそんな重要人物を観光になど同行させないだろう、普通に考えて」
「敵意は無い…というアピールかもしれません、自信はありませんが」
「自信はない、か…。だが、是非ともそうであってほしいものだ」



10:45
フェザーン、フェザーン自治領主府、
アドリアン・ルビンスキー

 「…帝国からはミュッケンベルガー元帥、ヒルデスハイム伯、レムシャイド伯…なのですが」
「どうした、補佐官」
「いえ、閣下はご存知でございますか、その…」
「グリューネワルト伯爵夫人だな。皇帝陛下のご寵愛を一身に浴びておられるお方だ。使節の一行に入って居られる」
「既にご存知でございましたか。皇帝陛下の名代という事でございますが」
遅かったな、ボルテック。こういう妙な人事はもっと早くに知っておくべきなのだがな…。
「発表はされていないがな。公式にはそうなっている。補佐官はどう思う?」
「はい、今回の捕虜交換は皇帝陛下の勅裁を得ておりますから、名代というのはあながち間違いではないかと」
「確かに名代というのは間違いではない。重要なのはそこに誰の意図が働いているかだ」
今回の捕虜交換だが、帝国政府は関与せず、という立場をとっている。交渉の主務者は帝国軍だ。対する同盟も、捕虜交換の打診自体は同盟政府が行ったが、実務交渉は国防委員会が行ってきた。要するに、窓口はフェザーンだが、互いの軍同士のやり取りという事になる。現場同士のやり取りなのだ、同盟はともかく、帝国政府が関与しないのなら皇帝の許可は必要ない筈なのだ。
「例の有志連合軍とも関わりがあるものかと推察致しますが」
「そうだろうな。いささか薬が効き過ぎた様だ」
「申し訳ございません」
「まあよい。同盟の方はどうかな」
「中々隙を見せません。ですが徐々に例の者達は同盟社会に浸透しております」
「ならばよい」
「ありがとうございます。では、本題に戻らせていただきますが…どうなさいますか、実行の手筈は整っておりますが」
「うむ。やってもらおう」



18:00
ホテル・シャングリラ、晩餐会会場控室
ワルター・フォン・シェーンコップ

 「連隊長、ホテル周囲の配備状況、異常ありません」
「本当か?」
「帝国軍と睨みあっている、という事以外は」
「それは仕方ないな」
ブルームハルトの報告通り、睨み合いが続いている事以外は異常がない。しかし、捕虜交換の場に俺達の様な人間…両国の軍人が居る事自体が互いの感情を逆撫でしているのではないか…と思わなくもない…晩餐会は一九〇〇時から、予定では二二〇〇時には終了する。そろそろ出席者達がホテルに訪れ始める頃だ。会場に入る出席者達の所持品検査、身体検査は両軍共同で実施する。事前の取決めとして、なるべく血の気の少ない者を選抜して行う事になっている。突然殴り合いが始まるのを避ける為だ。両軍共同で検査を行うのも、不測事態が発生した時に共同責任を負う為…そうか、だから俺達の様な存在が必要なのか…気付いてしまうと気が滅入る事この上ないな…。
「ブルームハルト、会場のウェイターに言って、何か飲み物を貰ってきてくれ」
「任務中ですよ」
「それくらい解っている、水で構わん」
ブルームハルトがドアを開けようとすると、ノックの後、帝国軍の制服を着た男が入って来た……お前は!
「久しぶりだな。元気でやっているか」


18:10
ホテル・シャングリラ、晩餐会控室、
ヘルマン・フォン・リューネブルク

 「久しぶりだな。元気でやっているか」
「リューネブルク、貴様!」
俺が避けるのと同時に怒りのこもった右の拳が空を切る。
「おいおい、捕虜交換を台無しにするつもりか」
「貴様…貴様のせいで俺達がどんな目にあったのか知らんだろう!」
怒りのこもった左の拳は、ブルームハルトか、こいつは…そのブルームハルトが必死に押さえていた。
「連隊長、駄目ですってば!」
ブルームハルトのその言葉で我に返ったのだろう、目の前のシェーンコップは大きく肩を揺らしながら、深呼吸をした…余程酷い目にあったのだろうな…。
「どんな目に、か……それは謝罪しよう。だがこの場にお前達が居るという事は、拾ってくれる神に出会ったという事だな。イゼルローン要塞での功名は、俺の耳にも入って来たぞ」
「…お陰様でな。何の用だ、その前に何故貴様が此処に居る」
「貴様達と同じ様に、俺にも拾ってくれる神が居た、という事だ。捕虜交換使節の護衛を任されている…まあ、座れ。ブルームハルト、ウェイターに言って飲み物を貰って来い…大丈夫だ、お前が居なくなっても何もせん」
後ろ髪を引かれる様にブルームハルトが控室を出て行く。シェーンコップが座り、俺も座る…そんな眼で見るんじゃない、成長の無い奴だ…。

 「同盟側の関係者名簿を見た。すると懐かしい名前があった。警備責任者に一言挨拶と思ってな。寄らせて貰った」
「こちらに渡された名簿には貴様の名前はなかったぞ」
「俺の名前が出たのでは、同盟側が気を悪くすると思ったのでな。名を伏せて貰ったという訳だ。俺のせいで捕虜交換が台無しになるのは御免だからな」
ブルームハルトが飲み物を取って戻って来た…水か。気の利かん奴だ。
「名簿に名前が無くとも、貴様が表に出れば同じ事だろうが」
「フン…同盟の代表は国防委員長だろう。現場で俺を見たくらいで捕虜交換を反古にする様な事はせんよ。自分の失策になるからな。政治家とはそういうものだ」
「…分かった様な口を聞いてくれるじゃないか」
分かった様な口か…シェーンコップ、貴様の立場では分からんだろうな…悲しい事だが仕方のない事だ。俺も最初は解らなかった、だが帝国に亡命して嫌という程理解させられた…。
「…どうやら長居は無用の様だな。まあ交換式期間中はくれぐれも宜しく頼む。乾杯出来ないのは残念だが顔を見る事が出来て良かった…これは本心だ」
「貴様…」
「ああ、折角の平和的な捕虜交換の場だ。帝国に亡命するなら今の内だ。貴様達なら高く買って貰えるぞ」
「…遠慮しておこう」
「そうか、残念だな」
スカウトしたのは本心からだぞシェーンコップ。後悔しないようにな…。


18:25
ライナー・ブルームハルト

 まさかあの人が此処に居るなんてな…どうなる事かと思ったぜ…。
「済まなかったな、ブルームハルト」
「いえ、小官も連隊長と同じ気持ちではありますから…」
「そうか」
そう言ったきり連隊長は黙ってしまった。リューネブルク元連隊長は少将の階級章をつけていたが…あの人が連隊長だった時、俺は大尉になったばかりだった。大尉とはいっても、まだ新人に毛が生えた程度のひよっこだった。当時のリューネブルク連隊長とシェーンコップ少佐、どちらが強いのか…なんてよく賭けをしていたのを覚えている。今ではどうなんだろうか…。
「ブルームハルト」
「はい」
「玄関を見て来い。リューネブルク(あのクソ野郎)に笑われるのは癪だからな」
「了解しました」



18:50
ホテル・シャングリラ、晩餐会会場
ヨブ・トリューニヒト

 「落ち着きたまえ、アイランズ君」
「は、はい」
我々同盟側の使節は私、国防委員アイランズ君、高等弁務官ヘンスロー、駐在武官ヴィオラ大佐…となっている。後は実務面のスタッフだが、彼等は今頃捕虜引渡しについての細部の打ち合わせを帝国側スタッフと行っている頃だろう。
「閣下、少し早かったのではありませんか」
「こういう時に後から入ると会話の主導権を握られてしまうよ。此処は交渉の場ではないが、相手に優位に立たれるのも落ち着かないだろう?」
「なるほど、流石は閣下ですな」
…ネグロポンティ君を連れて来た方が良かったかな。少なくともアイランズ君よりネグロポンティ君の方がこういうパーティーには慣れているからな…。会場内には同盟、帝国の警備兵が数名ずつ配置されている。お互い所持品検査は済ませているのだから、そこまでしなくてもと思うが…。

 「これはこれは、お待たせしてしまった様ですな。閣下もお人が悪い、先に入ってお待ちとは」
「いえいえ、この様な集まりは初めてですからな、つい急いでしまった様です。申し訳ない」
慇懃な挨拶をしながら、フェザーン自治領主アドリアン・ルビンスキーが我々に一礼した。
「自由惑星同盟と銀河帝国、長い戦が続いておりますが、この様な催しの仲立ちをさせて頂くのはフェザーンにとっても名誉な事です。ああ、紹介致します、銀河帝国の…大使とでも申しましょうか、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥にございます」
剛毅、という文字を人に例えたら目の前の人物になるであろう…と思わせる軍人が静かに頭を下げた。ここからのやり取りはすべて事前に決められたものだ。
「帝国元帥、フォン・ミュッケンベルガーです。青天の霹靂という言葉が合うかどうかは分からないが、この様な機会を設けて下さった事、感謝にたえません」
続いてルビンスキーが紹介したのは、帝国軍幕僚副総監ヒルデスハイム伯爵だ。
「帝国軍上級大将、フォン・ヒルデスハイムです…元帥閣下、青天の霹靂は失礼でありましょう。素直にお喜び下さい…いや失礼、お手柔らかに」
ルビンスキーが此方に目配せした。同盟側はここで皆が起立する事になっている。
「お二人共、お顔をお上げ下さい。自治領主殿(ランデスヘル)が申しました様に、同盟建国の経緯から不幸にも両国は戦争状態にはなっておりますが、戦っている兵士達には罪はありません。不幸にも互いの虜囚となった彼等の処遇について何とか出来ないものかと愚考した次第です…紹介致します。まず私はヨブ・トリューニヒトと申します。私の隣に控えますのはウォルター・アイランズ君です」
「ウォルター・アイランズです。どうぞよしなに」
起立したまま、深く一礼する。互いの高等弁務官については紹介はない。事前に分かっている事柄だからだ。ルビンスキーが我々の一礼を受けて口を開こうとしたのを手で制止した…これも前もって決められた仕草だ。
「元帥閣下、そちらに控えておられるご婦人方はどなたですかな」
「手前に居られるのはグリューネワルト伯爵夫人です。非公式ながら、皇帝陛下の御名代として参られております」
グリューネワルト夫人は皇帝の正室ではない。故に名代ではあっても正式な使節の一員ではない、という事になっている。
「奥に控えているのはヴェストパーレ男爵夫人。グリューネワルト伯爵夫人の世話役として同行しております」
二人共事前資料で顔は見ていたが、二人共美人だ。グリューネワルト夫人は儚げな、ヴェストパーレ夫人は闊達…という印象を受ける。

 「さあ、自己紹介も終わりました。ここからは自由にご歓談頂けたら幸いです」
ルビンスキーは不必要な程明るくそう言うと給仕係を呼び入れた。入室した給仕係がそれぞれのグラスにワインを注いでまわる。ご歓談か…これ以降は捕虜交換についての話題には触れない事になっている。さあどうしたものか…。


 

 

第百話 乖離

宇宙暦796年6月15日10:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、宇宙艦隊司令長官公室、
ヤマト・ウィンチェスター

 大画面のモニターには生中継で捕虜返還調印式の様子が映し出されている。生中継といっても距離が距離だけに多少のタイムラグはあるけど、そこまで気にする程でもない。
「いよいよじゃな」
そう言うとビュコック長官はソファに座り直した。捕虜交換自体が無事終了した事は、既に我々にも伝えられている。これから調印式の締めくくりとして互いに調印書を交換して、式典は終了という訳だ……画面中央には向かって右に帝国のミュッケンベルガー、左にトリューニヒトが映っている。おそらく調印書だろう、お互いがペンを走らせている。サインが終わったら、互いに調印書を交換して式は終わりだ。式が終わったらマスコミによる質疑応答が始まる。まあ、こういった公式の場では、あらかじめ質問内容と回答は決められているものだ。そうじゃないとお互い何を言い出すか分からないし、それが新たな火種になりかねない。同盟と帝国は戦争中なのだから、尚更だ。

『歴史的な瞬間が訪れました、銀河帝国軍と叛乱軍軍部による捕虜交換が今、成就いたしました!』
一斉にカメラのフラッシュがたかれる。確かに歴史的な瞬間だろう、互いの軍部のみの同意とはいえ、一種の合意が成立したのだから…。
『フェザーン中央放送局のドロテア・カルテンブルナーと申します。ミュッケンベルガー元帥閣下、トリューニヒト氏お二人にお聞きします、この捕虜交換を機に両陣営が和平に向かう…という事は考えられるのでしょうか』
先にマイクを手にしたのはミュッケンベルガーだ。
『あくまでも両陣営に囚われた捕虜の返還に合意しただけであり、この事が帝国の戦争遂行について何ら影響を及ぼすものではない事を明言する』
続いてトリューニヒトがマイクを取る…プロレスのマイクパフォーマンスみたいだな…。
『今ミュッケンベルガー元帥が仰った様に、今回の捕虜交換式は両陣営の戦争遂行について…現時点では何も影響を及ぼすものではありません』
現時点…?トリューニヒトの奴、思わせぶりに話しやがる…。
『トリューニヒトさん、現時点ではと仰いましたが、この調印式が将来、または近い将来に何か影響を及ぼすとお考えですか』
『近い将来…未来の事は私には分かりません』
トリューニヒトはそこで言葉を切ると、せっつこうとするインタビュアーを力強く制止して立ち上がった…いちいち芝居がかってるよなあコイツは…。
『我々自由惑星同盟は…いや、この場では敢えて叛乱軍と名乗りましょう、我々叛乱軍の国是は専制政治の打破であります』
会場がざわついている…こりゃあらかじめ用意したスピーチじゃなさそうだ。ミュッケンベルガーも不機嫌そうな顔をしている…。
『ですが、それは帝国そのものを打倒するという意味ではありません。あくまでも私見として聞いていただきたいのですが、私はそう考えています……現在と、近い将来とでは、状況はそれほど変わらないでしょう。ですが未来の為政者は思い出すかも知れません、両陣営が手を携えた今日という日を』
会場のざわめきは一層大きくなった。ミュッケンベルガーが立ち上がる…表情は渋いままだ。トリューニヒトがミュッケンベルガーに向き直って右手を差し出した。少しの間をおいてミュッケンベルガーもそれに応える…式の体裁は整える、という事だろう、お互い握手を終えると式場から出て行った……。

 「流石は我等が国防委員長だの、あの様なハッタリをかますとは…肝は座っとる様じゃ」
長官もトリューニヒトの答えた内容が事前に用意されたものではない、と悟った様だ。
「わざわざ私見です、って言いましたからね。何を考えているのか…」
トリューニヒトの喋った内容は微妙な内容だった。専制政治の打倒と帝国の打倒は別だ、と言ったのだ。この放送が帝国でも流れているとしたら、帝国に住む人々は奴の発言をどう捉えるのだろう。放送を観た人々が属する身分階級で奴の発言の受け取り方が変わってくる筈だ。同じ事は同盟にも言える。トリューニヒトは今まで帝国打倒を唱えて来た。にもかかわらず帝国打倒と専制政治打倒は同意義ではないという考えを明らかにしたのだから、同盟市民の中でも様々な反応が生まれるだろう。
「まあ、どう評価するかは別として、改めて帝国に喧嘩を売った事は間違いありませんね」
「そうじゃな。心強いというか、先行き不安というか…失言じゃったかの、これは」
「いち有権者の言葉として聞き流しておきます」
俺がそう返すと、長官は大きな声で笑った。トリューニヒトの言葉の真意は分からないけど、もしかしたら会見自体を打ち切る為にあんな事を言ったのかも知れない。だから発言後すぐに握手を求めた…
「予定では、式終了後直ぐにフェザーンを出立するのだったな、委員長一行は」
「はい。すでに小官以外の各艦隊は出撃しております。遠征部隊の行動目的は、表面上は訓練と帰還兵の出迎えとなっておりますので、まずジャムジードにてフェザーンより帰投した第十三艦隊及び帰還兵輸送船団と会合します。それ以後の行動は通信管制を敷き秘匿行動に移ります。ジャムジード到着以後の遠征部隊の行動に関しては、欺瞞情報のみとなります」
「遠征部隊との通信が回復するのは、彼等のハーン到着後じゃったな」
「はい。補給の為にイゼルローン要塞を経由する以外は、遠征部隊の行動が表に出る事はありません。要塞にて補給を受ける事も欺瞞計画の中に入っておりますので、これについても問題はありません」
「ふむ…貴官はいつ出発じゃったかな」
「本日一八〇〇時です」
「そうじゃった。本意ではなかろうが、健闘を祈っておるよ」
「ありがとうございます。必ず無事に戻って参ります」

 さあ、出発だ。執務室に戻るとミリアムちゃんが用済みになった書類のコピーとかをシュレッダーにかけていた。しばらく留守にするんだから必要な措置でもある……本意ではない、か…。確かに本意じゃない。本格的に帝国に攻め入るのは、せめて皇帝が死んでからの方が望ましかったんだ…原作の様に帝国はラインハルト頼りという訳じゃないから、ああも鉈で竹を割った様にハイ内戦、ラインハルト鎮圧宜しくね、とはならない筈だし、こっちの戦力も健在だから内戦が発生しても付け入る隙は充分にある。だけど、気になるのはフェザーンだ。フェザーンがおとなしい、というかおとなしく見えるのだ。まあ、転生前の様に全ての陣営を俯瞰して見れる立場ではないからそう思えるのかも知れないけど…ルビンスキーの性格からいって、捕虜交換の裏でテロとか企んでいてもおかしくはないのに、その捕虜交換もすんなりと終わってしまった…。
「どうかなさいましたか、閣下」
「え?」
「なんだか浮かない顔をしていらっしゃるので、何かあったのか思いまして」
「いや、何でもないよ。書類整理はどうかな」
「終了です」
「じゃあ…少し早いけどランチにしようか。しばらく食べに行けないから、今日は豪勢に三月兎亭(マーチ・ラビット)にでも行こうか」
「了解いたしました。奥様に連絡いたしますか?」
「頼むよ。ああ、副司令や参謀長達にも声をかけてくれるかい?」
「かしこまりました」



帝国暦487年6月20日18:35
アイゼンフート宙域、銀河帝国、銀河帝国軍、宇宙艦隊総旗艦ヴィルヘルミナ、
エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム

 まさか、まさかこの艦内でこんな事が起こるとは…。
「自白はしたか」
「いえ。申し訳ありません」
「卿を責めているのではない、リューネブルク。責めてもどうにもならん…艦長」
「はっ」
「卿はリューネブルク少将と協力し、艦内保安の指揮を執れ…グライフス総参謀長」
「はっ」
「この後だが、どうする」
「どうする…と申されますと」
「元帥閣下が賊の手にかかって倒れたのだぞ。総参謀長として腹案があろう」
「賊の背後関係を明らかにし…」
「それだけではないだろう、総参謀長」
こんな想定しにくい状況で腹案というのは少々酷かもしれない…グライフスも気が動転しているのだろう、まずは統帥本部総長に報告しなければならない事を忘れている…。

 変事が発生したのは三十分程前だった。ミュッケンベルガー元帥が襲われたのだ、このヴィルヘルミナの艦内で…捕らえられたのは閣下の従卒だった。従卒は、閣下の夕食に毒を盛った上、刺したのだ。閣下の部屋の外に立っていた警護兵が室内から聞こえてきた異音に気付き、急いで室内に跳び込んだところ、震えながら血塗れの短剣を構える従卒を捕らえたのだという。従卒の名はコンラート・フォン・モーデル、幼年学校の二年生だった。出自は、リッテンハイム一門の末端に連なるコンラート家…。
「閣下、軍医大佐から連絡が入っております。医務室においでいただきたいと」
参謀のオーベルシュタイン大佐が医務室からの連絡を告げてきた。
「了解した。大佐、総参謀長の補佐を頼む」
「了解いたしました」
司令部艦橋を出ると、グリューネワルト伯爵夫人とヴェストパーレ男爵夫人が駆け寄って来た。私の事を待っていたらしい。
「伯爵、元帥閣下が賊に襲われたとリューネブルク少将から聞きました。閣下は大事ないのですか」
「分かりません、今から医務室に向かう所です。同道なさいますか」
「はい」
襲われたのは閣下だが、二人も標的という恐れは充分にあった。目の届く所に居た方がいいだろう…。
 警護兵を付き添わせて医務室に行くと、軍医は意外にも明るい口調で状況を話し始めたが、内容はその正反対だった。
「閣下の容態ですが、正直申し上げて芳しくありません。毒の方は問題ありませんが、刺傷が思いの外深く、重傷であります」
警護兵はモーデルを捕らえた後、閣下の口に手を突っ込んで強引に毒を吐かせたらしく、それが功を奏して全身に毒が回る…という事態は回避出来た様だった。だが刺された腹部の傷はいかんともしがたいらしい。傷は肝臓に到達しており命に別状は無いものの、完治には少なくとも三ヶ月はかかるという。
「不幸中の幸いであったな」
「実にその通りです。ですが、一つ気になる事が…モーデル幼年兵ですが、サイオキシン麻薬を常用している痕跡があります」
「なんだと」
軍医は閣下の怪我の事を忘れたかの様に沈鬱な顔をした。
「このような年端もいかぬ若者が麻薬常用者とは考えにくく…強制的に投与されたのではないかと」
「何故サイオキシン麻薬を使用していると分かったのだ」
モーデルは捕らえられた直後過呼吸を起こして気絶し、閣下と共に医務室に運びこまれていた。目が覚めれば事情聴取は可能と考え、監視の兵士を付けてベッドに拘束状態で寝かせられていたのだが、突如目を覚まして暴れ出したというのだ。軍医は、この一連の流れはサイオキシン麻薬の重度の中毒患者に見られる典型的な症状である、と教えてくれた。
「今は鎮静剤を投与して眠っております…サイオキシン麻薬患者は洗脳にかかりやすく、条件さえ揃えば患者を暗殺者に仕立てあげる事も可能だと…これはリューネブルク少将が仰っていた話ですが」
自白が取れない筈だ……分からない話ではない。だが麻薬中毒患者を暗殺者に仕立てあげるには、昨日今日の麻薬投与では済まない筈だ。
「了解した。閣下が目を覚まされたら教えてくれ」

 医務室を出て、応接室に向かう。何が起こるか分からない、今後は応接室の警護を厳重にせねば…警護兵が先に応接室に入り、異常の有無を確かめる…異常はない様だ。
「室内は大丈夫ですな、お二人共お入り下さい…今後許可なく応接室を出るのを禁じます。必要な物は運ばせます…お二人の安全の為です、では」
ヴェストパーレ男爵夫人は何やら言いたげな顔をしたが、諦めて頷いた。こういう時には女共には何も言わせないのが一番だ…艦橋に戻ると、グライフスが頭を下げてきた。
「狼狽し、お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。統帥本部総長に事態を報告したところ、事態の究明に全力を尽くせ、との事です。帰投日時の変更はありません」
「頭をあげよ。私は宇宙艦隊の命令系統に入っておらんのでな…私が報告するより卿が報告した方がいいだろう、と思ったのだ。そうか、変更なしか」
「はい。急に予定を変更すれば騒ぎだす輩がおるやも知れん、とも申されておりました」
「そうか、充分に考えられる事だな」
艦内には箝口令が敷かれているから、しばらくの間はこの変事が洩れる事はないだろう。このまま予定通りの日程で往路を進めば、実行者の背後に存在する者達も状況は掴みづらい…。
「だが、何時かはバレる。総参謀長、元帥閣下は自らの後任について何か卿に言ってなかったか」
「いえ…特には」
「そうか…軍医の話では、閣下の傷が癒えるまで最低でも三ヶ月はかかるそうだ。宇宙艦隊司令長官の代理が必要になるが、卿の目からみて、誰が適任だと考える?」
「代理という事であれば、副司令長官がその任にあたるのが適当でしょうが…」
グライフスが言い澱むのは理解出来た。ミューゼルは辺境守備の為に副司令長官職に任じられたばかりであり、奴を代理にするとなると辺境守備の指揮を執る者がいなくなってしまう。仮にその点をクリアして代理に任じたとしても、首都に残る艦隊のほとんどはミュッケンベルガー閣下の腹臣がほとんどだ。若くそれほど実績のないミューゼルの指揮を受け入れるかどうか…かといって他に適任の者が居るのか…。



宇宙曆796年6月23日19:00
アムリッッア星系、カイタル、自由惑星同盟軍、アムリッッア方面軍司令部、司令部作戦室、
ヤン・ウェンリー

 「司令官、現在の状況は我々の対処能力を越えているのではないですか」
ラップはお手上げだ、と言わんばかりにそう言った。
「そうだね。少なくとも、今のところはこちらから手を出せない。まあ、出す気もないけどね」
ヴィーレンシュタイン宙域で消息を絶った通報艦の報告によると、帝国軍は同星系に大規模な根拠地を造りつつあるという。辺境領域の入口であるヴィーレンシュタインに根拠地を造るという事は、ここを拠点に腰を据えて我々に対処するという決意の表れだろう。
「手出すなんてとんでもない。シャンタウにも十万隻の帝国艦隊がたむろしているって話じゃないか。捕虜交換は済んだが…それはそれ、これはこれ…って事なんだろうな、あちらさんも」
十万隻、途方もない数だ。帝国軍は元から辺境防衛に五個艦隊を進出させている。更にシャンタウに七個から八個艦隊規模の増援…考えただけで頭が痛くなる。アムリッッア方面に展開する各艦隊の統率を任されてはいるものの、一斉に寄せて来られたら対処のしようがないな…。

 「ですが、敵は何故全軍でヴィーレンシュタインに集結しないのでしょうか。全軍で集結した方が我々に対して圧倒的に有利だと思いますが」
ムライ中佐の言う事はもっともだ。
「命令系統が違うのでしょうか」
パトリチェフ少佐が自分の言葉を信じていないかの様に呟いた。
「そんな訳はないだろう。位置関係から考えても、シャンタウの帝国艦隊は増援、後詰だ。我々同盟は再出兵を発表している、それに呼応した動きと見ていいだろう。であれば命令系統は一本化されていると見るのが普通だ」
「…仰る通りですな」

 ムライ中佐に反論されて、これが俺の仕事だと言わんばかりに深く頷くパトリチェフの姿には苦笑せざるを得ない…中佐の言う事は至極常識的だが、二つの宙域の帝国艦隊の命令系統が同じなら、その片方…シャンタウの艦隊はミュッケンベルガーの率いる十個艦隊のうちの幾つかという事になるが…ミュッケンベルガーは捕虜交換式を終えたばかりで、どう考えてもフェザーンを出たばかりの筈だ。とすれば、シャンタウの十万隻…七個から八個艦隊という大兵力の統率を部下に任せている事になる。これまでの戦い方を見ても、ミュッケンベルガーは陣頭に立つ男だ。奴が麾下の艦隊の指揮を他人に任せる、そんな事があるのだろうか。しかも後詰という重要な役割を、だ…。
「ビロライネン中将、現在の哨戒状況はどうなっていますか」
ビロライネン中将は、私が来る前まで暫定的にアムリッツア方面軍の指揮を執っていた方だ。退官を控えており、本人もまさか最前線で指揮官として勤務するとは思ってなかったという。そのビロライネン中将が端末を操作しようとした時、警報が鳴り響いた。居心地の悪くなるような警報音とは裏腹に、オペレータが落ち着いた声で報告を上げた。

 「ボーデン宙域を哨戒中の第十一艦隊より通報……我、所属不明の帝国艦隊ト遭遇セリ…ボーデン宙域中心部、敵ノ規模凡ソ一二千万隻、彼我ノ距離、約一千光秒。我、後退中」
「了解した…フォルゲンでも同じ様に第八艦隊が哨戒を行っております。どうなさいますか、司令官」
ビロライネン中将は私に呼び掛ける時はいつも司令官、という部分を強く発言する。彼の本来任務はこのカイタル基地の管理維持にあるから、重責から開放されたのがよほど嬉しいのだろう。だが、そうあからさまに態度に出されると、此方としてはあまり気持ちのいいものでもない…。
「そうですね…第八艦隊はアムリッツァ外縁まで後退させて下さい。第十一艦隊も敵状を見つつアムリッツァ外縁まで後退させましょう。不必要に帝国艦隊を刺激する必要はありません」
「了解致しました…では後は宜しくお願いします」
ビロライネン中将は形ばかりの敬礼をすると、作戦室を出て行った。私が大きくため息をつくと、グリーンヒル大尉が心配そうな顔をしていた。
「ビロライネン閣下はあまり…協力的ではないように見受けられますが」
「昨年の戦い以降上役が居なくなって、いきなり指揮を任されたんだ、嫌にもなるさ。非協力的、というよりは本来の任務に戻れてホッとしているんだと思うよ。退官間近でもあるしね」
突如最前線で六個艦隊の統率を任されたのだから、その心労は察するに余りある…しかもそのうちの五個艦隊の司令官は自分と同格なのだ。思うように口に出せない思いもあっただろう……私はどうなのだろう、うまく指揮出来るだろうか。方面軍司令官として着任した私を、駐留の艦隊司令官達はどう思っているだろうか…いけないな、これではいけない…。


6月24日08:00
フレデリカ・グリーンヒル

 「閣下、おはようございます」
「やあ、おはよう大尉」
…どうしたのかしら。閣下が朝に弱いお寝坊さんなのは分かっているけれど、今日は何時にもまして覇気が感じられない…。
「大尉、朝食は作戦室で食べる事にするよ。ユリアンが準備してくれているから、済まないが受け取って来てくれるかい?」
「了解致しました」
作戦室に向かう背中はまるで、エル・ファシルの頃の中尉時代みたい……あ、朝食を取りに行かないと。

 「おはようございます、大尉」
「おはようユリアン。閣下の朝食を取りに来たんだけど、支度は済んでいるかしら」
ユリアンは部屋の奥に引っ込むと、大事そうに朝食の載ったトレーを運んできた…彼なら何か聞いているかも知れない。
「あら、サラダラップね。美味しそう」
「まだ余分にありますよ。大尉も食べますか?」
「いいの?実は私も朝食まだだったのよね…ところでユリアン、閣下があまり元気がないようなんだけど…何か心あたりはない?」
ユリアンは首を傾げて考え込んだ。
「そういえば…此処に来てからは酒量が増えていますね」
「酒量…」
「はい。提督は詳しくは話してくれませんが、何か悩んでいる印象はありますね」
やっぱり何か気にかかる事があるんだわ…。
「ありがとうユリアン。じゃ私も一つ頂いていくわね」

 ユリアンと別れて作戦室に向かう途中、ラップ参謀長に声をかけられた。参謀長は何かご存知かしら…。
「うまそうなサラダラップじゃないか。一ついいかな」
「あ」
参謀長は言い終わらないうちにサラダラップを一つつまんで口に入れた…もう。
「あれ、これもしかしてヤンの朝メシか?まあ、奴は見てないし大丈夫だな」
「……参謀長、閣下から何か聞いておられませんか?」
喉につっかえたのだろう、参謀長は胸を叩いて苦しそうにしている。
「あ、ああ…ヤンに何かあったのかい」
「いえ、何だか元気がないご様子なので。何か心配事がお有りなのかと思いまして」
「うーん…君に何も言わないって事は大丈夫なんじゃないか?」
「ユリアンは最近酒量が増えていると言っていました」
「それでも任務に支障が出る程飲んでいる訳じゃないだろう?」
「それは…そうですが」
「意外に繊細な所があるからなアイツは。多分方面軍司令官なんて私にはとても…とか考えてるんじゃないか。大丈夫だよ」
「そうでしょうか」
「どうも自分には能力がないと思っている節があるからな、ヤンには…奴にとって、一皮剥けるいい機会だと俺は思ってるんだがな」
「一皮剥ける…ですか?」
「ああ。指揮官には違いないが、これまでは艦隊司令官として戦場の駒に過ぎなかった。だけど今回は駒には違いないがキングとして振る舞える…自分の采配で戦えるんだ。指揮官として成長するチャンスだ」
どういう事だろう…艦隊司令官としてヤン閣下は実績を示された。しかもその当時は半個艦隊の司令官だったのだ。それでは足りないというのだろうか。ワタシの表情に気付いたのだろう、ラップ参謀長は私の疑問に対する答えをくれた。
「艦隊司令官として優秀な事と、艦隊司令官達を統率する軍司令官として優秀な事は別…と言う事さ。ヤンは確かに艦隊司令官としては優秀だ。だけど今回の任務の様に艦隊司令官達を統べる任務はまた別なんだ」
「それは…ヤン閣下が同格の艦隊司令官に命令を出さなくてはならないから、でしょうか」
「それもある。だが、一番重要なのは、命令を受ける側の艦隊司令官達が、ヤンを認めているかどうか、なんだ。階級はあまり関係ないんだよ。今アムリッツァに居る艦隊司令官達はヤンと共に戦った事がないからね」
言われてみれば、ヤン閣下はウィンチェスター副司令長官としか戦場を共にした事がない。過去の戦いもそうだ、閣下の能力を認めて部下として幕下に加えていたのはシトレ元帥の他はウィンチェスター副司令長官しかいないのだ。言い方を変えれば、常に副司令長官の庇護下で戦って来たとも言えるのよね…。
「それは、他の艦隊司令官の方々がヤン閣下のお力を認めていない、そういう意味でしょうか」
贔屓になるのかも知れないけれど、ウィンチェスター副司令長官を除けば、ヤン閣下は数居る艦隊司令官の中でも屈指の戦術能力と統率能力をお持ちだと思う。その事実を認めないというのは、いささか…。
「それに近いものはあるだろうね。だからこそ指揮官として成長するチャンスなんだ。俺はね、悔しいんだよ」
「悔しい…と仰いますと」
「ヤンが評価されていない事が悔しいのさ。ウィンチェスターが居るからな。確かに奴はすごい。だけどな、ヤンだってすごい奴なんだ。だけどヤンは自らを誇示しようとはしない。奴に負けない才能の持ち主なのに。それが俺は悔しいんだよ」
ラップ参謀長はベレー帽を握りしめて沈鬱な顔をした…意外だった。参謀長だって過去には副司令長官の下で任務に就いていたのだ。同期の、親友の才能を認めているからこその憤りなのだろう…。

「参謀長はどうなのです?」
「…え?俺かい?」
「はい。小官ごときが申しあげるのも僭越ですが、参謀長も大変優秀なお方だと思っております」
ラップ参謀長は私の発言の意図に気付いたのだろう、大声で笑い声をあげると、ベレー帽を被り直した。
「俺は司令官の器ではないと思うね。他人の評価は気になるし、参謀長として虚勢を張っているのが精々だよ。それに…」
「それに…?」
「もし艦隊司令官にでもなってみろ、ヤンやウィンチェスターと比較されてヘコむのが関の山さ……さあ、作戦室に行こうか。つまみ食いした事、ヤンには黙っててくれよ?」
参謀長は私の肩をポンと叩いて先に行ってしまった…副司令長官のせいでヤン閣下は正しく評価されていない…閣下を支える私にとって、この言葉の意味は重い。正しく評価されないが故に不当な扱いを受ける可能性があるからだ。正当な評価を受けるにはまず実績をあげねばならないのだけど、閣下はその点についてどうお考えなのかしら…。

 作戦室に入ると、室内の空気は緊張に包まれていた。
「すみません、遅れました」
「ああ、気にしなくていいよ。朝食、ありがとう」
ありがとうという言葉とは裏腹に、閣下は朝食に手をつけようとはしなかった。スクリーンの概略図を見ると、どうやらボーデンの状況が映し出されている様だ、参謀長が説明してくれた。
「どうやら帝国軍はやる気らしい。後退する第十一艦隊を追撃しようとしている。おまけにその後方には増援と思われる艦隊も現れた…国防委員長のスピーチが効いたのかな」
概略図には第十一艦隊に向かう帝国艦隊のはるか後方にもう一つ、敵艦隊を示すシンボルが映し出されていた。
「ヤンは自分の艦隊で向かいたい様だが、そうするとフォルゲンの状況が見えにくくなるという事で、第七艦隊、第十二艦隊とが今出撃準備を整えているところだ。他の艦隊も順次出撃準備に入る」
概略図にはボーデンに向かうのが第十二艦隊、フォルゲン方面に向かうのは第七艦隊である事が表示されている。ボーデンに敵が現れたのだからフォルゲンにも…至極順当な戦力配置だ。また昨年の様な状況になるのかしら。いや、昨年より状況は悪い、何しろ帝国軍は辺境配置の五個艦隊に加えて十万隻に及ぶ増援が存在する。再出兵の発表に対する反応として敵ながら最大級のものよね…今なら父の苦悩の一端が理解出来る、最前線で指揮を執る重圧を…おそらく同じ苦悩をヤン閣下も感じている…参謀長が一皮剥けるチャンスと言ったのはこの事も含むのだろう。でも、確かにそうかも知れないけれど、その前に生き残らなくてはならないのだ…。


 

 

第百一話 齟齬

宇宙曆796年7月7日19:00
ジャムジード宙域、ジャムジード星系中心部、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第十三艦隊旗艦トリグラフ、
ダスティ・アッテンボロー

 「出迎えご苦労だね、ウィンチェスター君」

“無事のご帰還何よりです、国防委員長”

俺の目の前では、ウィンチェスターとトリューニヒトの通信が行われている。ウチの艦隊と帰還兵を載せた輸送船団はこの後一度ジャムジードに立ち寄って補給と休息を取った後、ハイネセンに向かう事になっている。そのジャムジードでは俺達と入れ代わりに出撃していく各艦隊が先に到着していて、帰還兵の出迎えの為の式典が行われる事になっていた。

“しかし、ジャムジードで出迎えの式典ですか。通常、こういう行事はハイネセンで行うのではないですか?”

「帰還兵の休息と彼等のハイネセン帰還の支度を整える為だよ。捕虜生活から一転、長期の航海、彼等だって疲れきっている。一度船を降りて休息して、心身共にリフレッシュしてもらう」

“なるほど、表向きの理由はそうですか”

「相変わらず嫌な言い方をするね君は」

 トリューニヒトは肩をすくめた。表向き…そうか、選挙対策の為か。ジャムジードで帰還兵のパレードを行う事によって自分の功績のアピールをするつもりなのか。勿論帰還兵の休息という目的もあるだろうが、メインはアピールの方だろう。おまけにジャムジードには艦隊乗組員や帰還兵の使う金が落ちる。ジャムジードとしては願ったり叶ったりだろう…あれ?ウィンチェスターの奴、この事知っていたんじゃないのか?じゃなきゃジャムジードに寄港するという行動自体が不可解だ。アムリッツァでは大規模な戦闘が始まっているというのに…。通信が切れると、トリューニヒトは俺の方に向き直った。
「君もそう思うかね?表向きの理由だと」
「いえ…」
「表も裏もない。帰還兵の事を考えて、というのも本当だし、ウィンチェスター君が言う裏…選挙対策という事も本当だよ。彼は含みのある言い方をするがね」
「…ですが、アムリッツァでは戦闘が始まっています。悠長にパレードを実施している場合ではないと思いますが」
「聞いている。何でも十五万隻を越える大軍であると」
「ヤン司令官が頑張っていますが今のままでは…」
「…ビュコック長官やウィンチェスター君がそう言ったのかね?」
俺がトリューニヒトに対して軍の状況を陳情するのもおかしな話だが、現状では仕方がない。ヤン先輩がアムリッツァに派遣されたのも、ウィンチェスターが現状を知りながら増援等の手を打たないのも、作戦の一環だからだ。
「いえ、特には」
「では君が私に陳情を行うのは越権行為というものだよ、アッテンボロー提督。気持ちは分かるがね」


7月8日12:00
ジャムジード星系、ジャムジード、ジャムジード宇宙港同盟軍管制区、
ヤマト・ウィンチェスター

 帰還パレードで行進を行う帰還兵代表の隊列が宇宙港を出て行く。隊列はチヒル・ミナール市街地までは車両で移動、それから行進するんだけど、宇宙港自体が市と隣接しているから、移動距離はそれほどでもない。中央区のメインストリートには既にトリューニヒトと各艦隊司令官が受閲の体制を整えて待機している。俺もこれから中央区に向けて移動するんだけど、本当は先に向かっていなければならない筈のアッテンさんが俺を待っている…。

 「何か言いたい事がありそうですね、アッテンボロー先輩」
「分かってるだろう?」
俺を待つ地上車に滑り込む様に乗り込むと、アッテンさんはそう言った。アムリッツァの件だろう、昨日トリューニヒトから聞かされた、アッテンさんがすごく心配しているって…。
「ヤンさんへの増援ですか?」
「ああ。半分…いやせめて二個艦隊は増援に出さないと先輩だって辛いと思うんだが」
「ヤンさんがそう仰ったのですか?」
「いや、そうではないんだが…」
「では増援はありません。同じ様な事を国防委員長にも言われませんでしたか?」
アッテンさんの口調が先輩と後輩だった頃に戻っているのに気が付いた。よほどヤンさんの事が心配なのだろう。
「お前さんは心配じゃないのか?帝国軍は十万隻もの増援を繰り出しているんだぞ?」
「それですよ」
「…どういう意味だ?」
「そんな大規模な増援が有りながら攻めて来ないのはなぜでしょう?十万隻といえば、六個から七個艦隊ですよね。元々帝国軍は辺境に五個艦隊を配置している。合わせれば十一か十二個艦隊だ。これはアムリッツァの味方を殲滅するのに充分な数です」
「だからこそだ、増援を…」
言いながらアッテンさんは何かに気付いた様だ。そこで言葉を止めた。
「何か…攻勢に出られない理由があるのか?帝国軍に」
「はい。帝国軍がその気なら、とっくにアムリッツァは奪われていると思います。それをなぜ行わないのか」
「ヴィーレンシュタインの根拠地の完成を待っている…いや、違うな。教えてくれよウィンチェスター」
「単純ですよ。彼等はそれを命じられていないんです。それしか考えられない」
アッテンさんはポカンとしている。少し考えれば分かる事なんだけど、単純過ぎて理解に苦しむのかも知れない。

 「そんな事って…有り得るのか」
「ええ。帝国軍の辺境への戦力配置ですが、当初は五個艦隊でした。少ないとは思いませんか?此方の…アムリッツァの味方は常に少なくとも五個艦隊は駐留しています。常識的に考えれば此方より多くなければ抑止力足り得ません。まあ、我々に攻勢に出る意思が無い事を悟っての五個艦隊なのかもしれませんが…それはさておき、これは帝国が辺境に回せる兵力が短期的には五個艦隊しかない事を意味しています。何故だと思います?」
「国内の政変に備えているから…じゃないのか。お前さんがそう言っていたとヤン先輩に聞いた事がある。皇帝の死に備えているのだと」
「はい。オーディンに十個艦隊を残し、五個艦隊で我々の攻勢に備える…辺境の兵力が遅滞防御用だと考えれば、五個艦隊というのは納得出来る数字です。辺境の兵力を率いるミューゼル大将は戦略的には遅滞防御でも、戦術的には攻勢防御を採るでしょう。五個艦隊というのはそれが充分に可能な兵力ですし、彼の性格的にも攻勢防御を好む筈ですから。厄介な相手です」
「だが現実には十万隻の増援だ。これは帝国が、国内の政変に備える必要がなくなったと考えるべきじゃないのか」
「では何故ミュッケンベルガーが捕虜交換に訪れたのでしょう?奴は自ら戦場に立つ男です。先年の戦いでも奴は自ら軍を率いてやって来た。そんな男がフェザーンに来た。何故です?帝国軍の目的がアムリッツァ奪還ならば、奴がその作戦から外れる訳がありません」
「それはそうかも知れないが…お前さんの想像に過ぎないんじゃないのか」
「まあ続きを聞いて下さい。仮に政変を心配する必要が無くなって十万隻の増援が現れたとします。では何故ミューゼルはその増援を使わないのでしょう?私の知るミューゼルという男はそんな悠長な男ではありません。十万隻の加勢があれば堂々と攻めてくるでしょう」
「しかしな…」
「ではミュッケンベルガーがフェザーンを離れた今はどうでしょう?奴は捕虜交換を終え、何の憂いもなくミューゼルに戦えと命令を下す事が出来る。しかし現状はそうではない。戦闘自体は先手を取った方が有利です。ミューゼル麾下の五個艦隊だけでもボーデンかフォルゲンに進出して有利な体勢を作りあげる事が可能です。ミューゼルの性格からすればそれくらいはやるでしょう、ですがその体勢すら構築していないとすれば、帝国軍の目的はアムリッツァ侵攻ではない」
アッテンさんは頭を掻いた。
「じゃあ、帝国軍の目的は一体何なんだ」
「分かりません」

 アッテンさんは呆れた顔をした…だって分からないんだもの…。
「分からないって、お前な…」
「分かりませんが、アムリッツァ奪還を目的としたものではないと思います。我々が捕虜交換を持ちかけておきながら再出兵を宣言した様に、帝国だって捕虜交換の裏で何か考えていてもおかしくはない。ただ、アムリッツァを狙うのなら時期を逸したという事です。彼等が狙うなら捕虜交換終了と同時にやるべきだった」
「確かにそうだが…」
俺の言っている事は確度の高い推論だと思うんだけどなあ…でも、推論に過ぎないのは確かだ。だからこそアッテンさんも不安なのだろう。
「…分かりました。作戦予定を繰り上げましょう。パレードが終わった後は欺瞞の為の訓練を開始する予定でしたから、それを端折ってしまえば予定を繰り上げるのは難しくはありません」
「済まないな」
「…増援を送ると決まった訳ではありませんが、宜しいですか?」
「…ああ。俺達が向かっているとなればそれだけ敵は分散する。違うか?」
「そうですね」

 作戦予定を繰り上げる事は出来ても、戦力配分まで変更する事は出来ない。それでもアッテンさんは安心した様だった。しかし…十万隻の増援か。帝国軍はオーディンに二個ないし三個艦隊を残して増援を繰り出した事になる。まだ皇帝は死んでいない筈だけど…そんな大事があればフェザーンのバグダッシュが伝えてくる筈だし、ミュッケンベルガーだってのほほんとフェザーンに行く訳がない。それとも、大兵力の統率を任せられる指揮官が居るのか…可能性があるとすればメルカッツだけど、ミュッケンベルガーはメルカッツを軍人として信用はしても、大兵力の指揮官としては信頼していない筈だ。まさかラインハルトの指揮下の兵力なのか?うーん…ヤンさん自身は敵状の報告だけで援軍は求めてはいない。こっちの作戦の支障にならない様に、という配慮なのかもしれない。でも必要なら援軍を求めるだろうし…。原作との乖離が大きくなりすぎて、読めない事が増えてきた。まあ、俺のせいなんだけど…。


7月8日14:00
アムリッツァ星系カイタル、自由惑星同盟軍カイタル基地、アムリッツァ方面軍司令部作戦室、
ヤン・ウェンリー

 ボーデン、フォルゲン両宙域共に、戦闘は発生していない。下手に殴りかかって殴り返されない為だが、今のところ帝国軍にもその気はない様だ。
「閣下、第十一艦隊のピアーズ提督よりFTLです」
グリーンヒル大尉の報告と共に、管制卓のモニターにピアーズ提督の姿が映し出された。

“お忙しい所申し訳ありません”

「そちらよりは忙しくはありませんよ。何かありましたか」

“会敵当初は追撃を受けていたのですが、帝国艦隊はボーデン星系で停止しております。まあこれはそちらでも確認出来ていると思いますが”
「ええ。敵の一個艦隊規模の増援も、前進を止めている様ですね」

“はい。ですが、敵の動きが妙でした”

「妙…と仰いますと?」

“後から現れた増援の一個艦隊は我々への警戒…というよりは、味方の艦隊を牽制している様な動きを見せています”

これは概略図からは読み取れない情報だった。ピアーズ提督との通信で同時に転送されてきた概略図には、アムリッツァ外縁に位置する第十一艦隊と正対する形でボーデン宙域中心部…ボーデン星系で停止している二つの帝国艦隊が映し出されているだけだ。概略図の示す範囲が広く、それ以上の事は分からない。

「此方への攻撃の意思はない、という事でしょうか?」
 
”少なくとも帝国艦隊による示威や偵察行動等も確認されておりません。如何いたしましょう?“

「偵察等は構いませんが、それ以外は現状維持でお願いします。偵察もなるべく相手を刺激しない様に」

”藪をつついて蛇を出す様な事は避けたいですからな…了解致しました“

 通信が切れると、パトリチェフ少佐がニヤリとしてムライ中佐を見ていた。
「小官の方が正解だった様ですな」
「そうとは限らないぞ。練度の低い艦隊を誘導、牽制しているのかも知れん。命令系統の異なる部隊同士が行動を共にするなど、敵であっても百害あって一利なしだからな」
少佐の意見と中佐の意見、どちらともとれる状況だった。かといって刺激すれば何が起きるかは明白だ…頭が痛いよ全く…。


帝国暦487年7月10日02:40
ボーデン星系外縁(ヴィーレンシュタイン方向)、銀河帝国軍、ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン、
オスカー・フォン・ロイエンタール

 解りきっていた事だが、貴族の艦隊というのは本当に厄介だ。同じ貴族艦隊でも過去に所属していたヒルデスハイム艦隊は、本当に優秀だったという事がよく分かる…辺境の、忠誠心の薄い領主達に懲罰を垂れる、だと?どこをどう押せばそういう考えが出てくるのか理解に苦しむ。そんな事をすれば辺境の領主達を叛乱軍に追いやってしまうだけだ。叛乱軍は辺境に物心両面の援助を与える事によって、辺境をかっさらおうとしている、そこに懲罰など与えたらどうなるか…まあ理解出来ないからこそ、懲罰などという愚行を思い付くのだろうが…。
「ヘルクスハイマー艦隊の動静はどうか」
「はっ。叛乱軍を発見した当初ほどではありません。今は落ちついている様です。近傍の有人惑星を有する星系に対する調査準備を開始しているとの事です」
「そうか。ヴィーレンシュタインの状況はどうなっている」
「ひどいものです。ミューゼル副司令長官の艦隊、そしてケスラー、メックリンガー両艦隊が有志連合軍と対峙しております」
「…戦闘でも始まりそうな言い方だな」
「閣下!」
「失言だったな。だがそういう状況だとすれば、我々は独力で叛乱軍と戦わねばならぬという事だ。有志連合軍が聞いて呆れるな」
ヴィーレンシュタインに残る三個艦隊…ミューゼル副司令長官、ケスラー、メックリンガーの各艦隊の立場は危ういものとなっている筈だった。彼等三個艦隊で有志連合軍の勇み足を押し留めている格好なのだ。
「三長官からの直接命令を事前に頂けたのが救いでしたな」
参謀長のいう通りだった。『命令の責任は三長官に帰するものである。貴職は最善と思われる行動に徹せよ』…捕虜交換の前にミュッケンベルガーから副司令長官に送られた命令だ。明らかに有志連合軍の存在を意識した内容だった。有志連合軍は帝国軍の正規の命令系統から外れた存在であるから、何をするか分からない存在だった。貴族艦隊など弾避けに使えばいいのだが、それを実行すると後に色々な弊害が生まれるのは明らかだったし、正規艦隊では無くとも友軍には違いないから見殺しにも出来ない。彼等に急が起きれば我々が救わねばならず、要するに邪魔な存在なのだ。たとえ十万隻いても戦力として期待出来ない上に正規艦隊の行動を制躊する、迷惑極まりない連中だった。現にヘルクスハイマー艦隊を俺の艦隊で牽制と監視しなくてはならない事態に陥っている。叛乱軍が手を出して来ないからいいようなものの、もし戦闘となれば綻びが出るのは明らかだった。

 「叛乱軍の様子はどうか」
「あのままアムリッツァ外縁まで後退した様です。我々を刺激したくない、と考えたのかもしれませんな」
「そうか…叛乱軍には有志連合軍が我々の援軍に見えているのだろう」
チャンスなのだがな…。有志連合軍の全軍をボーデン、フォルゲンに進出させてしまえば、副司令長官以下の我々は遊軍として行動する事が出来る。有志連合軍の動きが鈍いのは、出張っては来たもののオーディンの状況が気になって仕方ないからだ。奴等の勇み足自体が、奴等自身の足枷になっている。
「参謀長、あくまでも試みに問うのだが…叛乱軍が出て来た時、有志連合軍は戦ってくれる…いや、戦うと思うか」
「どうでしょうか。戦わない事はないと思いますが、大混乱に陥るのではないでしょうか。有志連合軍が統制のとれた行動がとれるかどうか、甚だ疑問であります」
戦意過多、戦略過少…貴族艦隊の代名詞だ。ヴィンクラーの言う通り混乱間違いなしだろう。だがその方が叛乱軍を疲れさせる事が出来るのではないだろうか。たとえ混乱していても十万隻という兵力は叛乱軍も無視は出来ない。混乱から回復した後の反撃を考えれば、叛乱軍は混乱を長引かせる為に有志連合軍に対処し続けなければならない。そしてそれは我々…ミューゼル軍に対処する力を奪うのだ。貴族達は弾除けに使え…よく言ったものだ。副司令長官はどう考えているのだろう…。


7月11日12:00
ヴィーレンシュタイン宙域、ヴィーレンシュタイン星系、ヴィーレンシュタイン、銀河帝国軍ヴィーレンシュタイン基地、有志連合軍総旗艦ベルリン、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「それでは…我々軍には協力出来ないと仰られるのですか」
我々の造成した基地は、いつの間にか有志連合軍が専有する形になっていた。戦闘が発生していない為、弾薬等の補給は今のところ必要ないが、艦はそれでよくても人間はそうはいかない。糧食は毎日消費する、そのうち大規模な補給が必要となるだろう。基地造成当初に運ばれて来た糧食等の消費財は我々ではなく有志連合軍が食い潰す形になっている。今はまだいいが、そのうち下士官兵や下級士官達から不平不満が出て来るだろう、何故我々が遠慮せねばならないのかと…。
「そうは言っておらん。叛乱軍の撃攘は卿等帝国軍の任務であろうが。我々は帝国の統治の一翼を担う為にここまで来たのだ。であればお互いにどちらが主でどちらが従が、自ずと理解出来る筈だが」
「小官は宇宙艦隊司令長官より最善と思われる行動を取れと特命を受けております。これを実現する為に閣下とこうして談判に及んでおります…軍に協力する事も帝国の統治の一翼を担うとは思われませぬか」
目の前でワイングラスを揺らしているのはブラウンシュヴァイク公だった。傍に控えるフレーゲルが俺を蔑む様な目で見ている。そのフレーゲルが口を開いた。
「卿の軍団独力では叛乱軍を撃攘出来ぬというのか。副司令長官が聞いて呆れるな…そうではありませんか、叔父上」
以前の様に俺を金髪の嬬子呼ばわりする事はなくなったが、フレーゲルの発する言葉には禍々しい毒が籠っているのを感じる。
「…フレーゲルの申す通りだ。戦いもせぬうちに我々に援けを乞うのでは帝国軍の鼎の軽重が問われるのではないかな、副司令長官」
「…戦いは軍人だけでやればよい、と」
「そうは申してはおらん。まずは卿等の力を叛徒共に見せつけるべきであろう、と言っておるのだ」
「叔父上がこう申されているのだ、まずは叔父上の助言に従ってはどうかな、ミューゼル殿」
屈辱だった。期待はしてはいなかったが、ブラウンシュヴァイク公とてここまで軍を率いて来たのだ、幾ばくかの協力の姿勢は見られるものと思っていた。そもそも有志連合軍の目的には軍に協力する事も含まれていたのではなかったか。
「分かりました。閣下のご助言に従いしばし愚考してみようと思います。状況次第では援兵を求める事になるやもしれませんが、その際は何卒…」
「うむ」

 応接室を出ると、部屋の中からフレーゲルの哄笑が聞こえてきた。フレーゲルはともかく、ブラウンシュヴァイク公の態度は不可解なものだった。自ら軍を率いてくるくらいなのだから、もっと対抗意識むき出しだろうと思ったのだが…。
「公との談判、どうでしたか」
司令部庁舎の外で地上車と共に待機していたキルヒアイスが訊ねてきた。
「どうもこうもない」
俺達二人が乗り込んだのを確認して、フェルナーがドアを閉めて運転席に乗り込む。
「フェルナー、卿は公から何か聞いていないか」
「小官は閣下の部下ですが」
「…自分の部下と腹の探り合いなど面倒だ。そうは思わないか、キルヒアイス」
「そうですね」
そうですねと言うキルヒアイスの言葉をヘッドレスト越しに笑いながら、フェルナーが諦めた様に口を開いた。
「公は戦いたくないのです」
「戦いたくないだと?」
「はい。どうやらリッテンハイム侯も同じ考えの様です」
「では辺境領主達への懲罰云々というのは…」
「はい。示威…ブラフだという事です。口だけでは辺境領主達も考えを改める事はないだろう、だからこそ大規模な軍勢を動かす必要があるのだ、と…本当に懲罰など行ってしまえば、辺境は叛乱軍に加担しかねませんから」
「だが、ヘルクスハイマー艦隊は調査と称してボーデンまで進出しているぞ」
「あれは真実、有人惑星の調査の為です。間違って有人惑星に攻撃しないようにと。そのうちフォルゲンにも同じ様に艦隊が派遣される筈です」
逆だったのか…有人惑星を攻撃する為に調査するのだと思っていた。大貴族もそれほど馬鹿ばかりではないという事か。
「という事は、軍が後顧の憂いなく戦えるように…という有志連合軍の主張は正しかったという訳か。てっきり辺境領主を追い出して自分達の勢力伸長の為に行動しているのだと思っていた。何故もっと素直に行動しないのだ、貴族というのは」
俺の言葉にフェルナーは薄く笑った。
「勢力伸長…それは示威が上手く行けば、の話です…貴族達は怯えているのですよ。それを悟られない為に威勢を張り自らを強大に見せている。だから自然と持って回った言動や行動になるのです」
「見栄っぱり…という事ですか」
「そうです、キルヒアイス参謀長。彼等は今更ながらに気付いたのです、自分達の見栄や権力が叛乱軍には通用しない事に。だからヴィーレンシュタインから動く事を避けている。叛乱軍と戦闘になるのを避けているのです」
大貴族の権勢は帝国内でこそ尊重されるものだ。確かに大貴族だからといって叛乱軍が恐れをなす理由はない。それどころか嬉々として有志連合軍を屠りにかかるだろう。
「張子の虎であるからこそ意味を成す、という訳か」
「はい。おそらくブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯は有志連合軍が集結した時点でその事に気付いたのだと思います。辺境に懲罰を…意気込みは理解できますが、その辺境は叛乱軍の庭なのです。絵に描いた餅と言わざるを得ません。しかも閣下を意のままに操る為のグリューネワルト伯爵夫人は、ミュッケンベルガー司令長官がフェザーンへ伴っています。これでは公も閣下に無理に戦えとは言えません」
姉上の事が出たので済まないとでも思ったのだろう、フェルナーは頭を下げた。
「ならば私は有志連合軍をさも大規模な増援かの様に扱えばよい、という事だな」
「はい」
「キルヒアイス、各艦隊の出撃準備は」
「既に整っております」
「よし。ブリュンヒルトに到着次第ロイエンタールに連絡、卿の艦隊はアムリッツァ方面、ボーデン外縁部に向かいアムリッツァの叛乱軍の動静を監視せよ。ヘルクスハイマー艦隊には自由に行動させてよい、その代わり戦闘には参加させるなと伝えさせろ」
「はっ」
「フォルゲンのミッターマイヤー艦隊に連絡、卿の裁量で自由に行動しろと伝えよ。アムリッツァの叛乱軍に見せつける様にな」
「はっ」
「ケスラー、メックリンガーに連絡、全艦出撃だ」


7月18日08:00
アムリッツァ宙域外縁(フォルゲン方向)、自由惑星同盟軍、第八艦隊旗艦クリシュナ、
アップルトン

 「あいつ等にも我々が見えているだろうに。何を考えているんだ帝国軍は」
参謀長にも聞こえる様に独り言を言ってみたものの、参謀長は何の反応も示さない。こいつも何を考えているのか…。
「参謀長、どう思う」
「はあ、どう見ても誘ってますな。こちらが発砲を控えているのをいい事に、有効射程内であっても発砲してこないのがその証拠です。誘いに乗るのは愚の骨頂というものでしょう」
…そんな事は分かっている!何の為の誘引行動だと聞いているのだ、既に一週間もこの状況なのだぞ!
「第七艦隊のマリネスク提督に連絡を」
「了解です」

“何でしょう?”

「マリネスク提督、帝国軍の動きをどう思われる?」

“あからさまな誘引行動ですな。我々が前進しても無駄でしょう”

「敵は後退する、と?」

“左様です。何しろ敵には大規模な増援が存在する。後退を繰り返して我々を敵中深く引きずり込んで我々を一気に殲滅する腹でしょう。それに敵には元から配備されている残りの三個艦隊がまだ姿を現してはいません。其奴等の動向も掴めておらんのに、前進は不味いでしょう”

「ふむ…では、方面司令官に意見具申をしようと思うのだが」

“どういった内容をです?”

「前線に来ていただきたいと。此方に来て敵状を見ていただきたい、直接指揮を執っていただきたいと」

“なんとも大雑把な内容ですな”

「今の状況では大雑把な事しか言えんだろう。敵が有効射程内にいるのに攻撃も出来んのだ、攻撃も出来ず現状のまま対峙を続けるのでは味方の士気に関わると」

“…確かにそれはありますが…分かりました、連名で意見具申しましょう”

「忝ない。では私の方から送っておく」

こういう時は上級司令部に投げるのが一番だ…。



08:40
アムリッツァ星系カイタル、自由惑星同盟軍、アムリッツァ方面軍司令部、
ヤン・ウェンリー

 「なんとも大雑把な内容だね」
「それだけ困っているという事でしょう。司令官、小官も前線からの意見具申に賛同します。動いてみない事には何も分かりませんし、状況は悪くなる一方です」
司令部の皆の視線が私に注がれる…ラップの言う通りなんだ、現状は。ボーデン、フォルゲン共に前線は私の指示を忠実に守ってくれている…監視以外何もするな…無闇に戦闘を拡大しない為だが、直に敵と対峙している味方にとっては辛いのだろう。ヴィーレンシュタインに十万隻、まだ動向の掴めないミューゼル軍の三個艦隊…何かしようと思っても出来るもんじゃないんだが…。
「概略図を」
指示と同時にグリーンヒル大尉が概略図を映し出した…ボーデンには敵の二個艦隊、フォルゲンは敵の一個艦隊…味方はボーデン方面に第十一、十二艦隊、フォルゲン方面に第七、第八艦隊、…カイタルには我々と第六艦隊だけ。カイタル司令部付の予備艦艇を合わせても三万二千隻にしかならない…敵の動きに変わりがなければヴィーレンシュタインの敵増援に動きはない筈だ。とすればミューゼル軍本隊の動向が肝、という事になる…。
「ムライ中佐、第十一艦隊、十二艦隊はボーデンに向けて移動開始、敵艦隊を牽制するようにと伝えてくれ」
「交戦は許可いたしますか」
「敵にその気があれば。ただ、無闇に戦闘を拡大しないようにとつけ加えてくれ」
「了解しました」
「参謀長、ヒューベリオンに移動しよう。全艦出撃準備。行き先はフォルゲンだ。第六艦隊のホーランド提督にはアムリッツァでの待機を命じてくれ」

 

 

第百二話 第二次国境会戦(前)

帝国暦487年7月20日07:00
ボーデン宙域、ボーデン星系、銀河帝国、銀河帝国軍、
ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン、
オスカー・フォン・ロイエンタール

 「叛乱軍、第十一艦隊が再び現れました!…十二時方向、二千光秒、およそ一万四千から一万五千隻…強行偵察の戦闘艇(ワルキューレ)八十七号艇、撃破された模様」

 オペレータの報告の示すものは明白だった。敵はやる気という事だ。
「参謀長、全艦戦闘配備。各分艦隊は基本陣形のまま待機せよ」
「はっ……全艦戦闘配備!各分艦隊は別命あるまで待機せよ!……閣下、叛乱軍はやる気とみえますな」
「そうだな。ヴィンクラー、ヘルクスハイマー艦隊には後退の準備をしろと伝えよ」
「後退させるのですか?ヘルクスハイマー艦隊はアルテンブルガー星系に位置しています。寧ろ目の届く位置に移動して貰った方が…」
参謀長の意図は理解できる、ヘルクスハイマー艦隊には戦闘に参加させずとも後方で待機してもらい、予備兵力にみせかけようというのだろう。
「それでは駄目だ…参謀長、卿の意図は理解出来るが、それでは叛乱軍を引き付けられない。我々に予備兵力が存在すると思わせては叛乱軍の攻撃の意図は鈍るだろう。向こうが折角やる気になってくれたのだから、交戦状態に持ち込んで敵の動きを掣肘するのだ。それに伯爵家の艦隊に命令など出来ん」
「……はっ」
「そう青い顔をするな参謀長。叛乱軍などより貴族達の方が余程扱いづらいのだ…信頼出来ぬ味方を当てにするより最初から自分達だけで戦った方が己の裁量で動けるというものだ。そうではないか?」


 7月20日09:00
フォルゲン宙域、ヴァルトブルク星系、銀河帝国軍、
ミッターマイヤー艦隊旗艦ベオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 「敵艦隊…二個艦隊規模、およそ三万隻…おそらく叛乱軍第七、第八艦隊と思われます…十時方向、千六百光秒」
「予想はしていたが最初から倍の敵と戦わねばならんとはな…参謀長、バイエルライン、ジンツァー、そしてレマーの三人と回線を繋げ」
少しの間をおいて三人の顔が映し出された。

”閣下、お呼びでしょうか“

三人のうち、代表してバイエルラインが応答する。
「叛乱軍との距離が縮まったなら、卿等三人は本隊より離れて敵の左翼を窺う様に行動せよ」

”それでは本隊が手薄になりませんか“

「元々手薄なのだから仕方ない。卿等は敵の左翼から横撃を企図している様にみせかけるのだ、だが無理に強攻する必要はない。距離をとって攻撃し足止めに徹するのだ」

”なるほど…了解致しました“

「本隊から別れるタイミングは追って指示する。抜かるなよ」

”はっ!“

 叛乱軍の二つの艦隊は縦に陣形を組んでいる…前衛の艦隊が我々を拘束、後衛の艦隊がその隙に迂回して我々の後方に回るつもりなのだろう、だが…。
「叛乱軍艦隊、増速中…叛乱軍前衛はおそらく第七艦隊の模様」
ベテランの下士官なのだろう、オペレータが落ち着いた様子で報告の声を上げた。アムリッツァに存在する叛乱軍艦隊は全部で五個か六個艦隊の筈…このフォルゲンには二個艦隊…常識的に考えれば、ロイエンタールの居るボーデンにも二個艦隊を派遣するだろう。奴等とて先年の戦いでハーン方面からも攻撃された事を忘れてはいないだろうから、アムリッツァを空にする事はない筈だ…。
副司令長官は、どう動くか…そして上手く有志連合軍を動かす事が出来れば、叛乱軍の受ける重圧は相当なものになるだろうが…。

 「有志連合軍は動いてくれるのでしょうか」
「ドロイゼン、何か思うところがあれば遠慮する事は無い、言ってみろ」
「は…有志連合軍、貴族の方達は正規軍との共同作戦など行った事はありません。補佐する軍人達も軍には属していますが貴族の方達の家臣です、戦闘経験は少ないでしょう。数は多いとはいえそんな方達が率いる兵力が果たして共同歩調をとれるかどうか、甚だ疑問でありまして」
ドロイゼンの言う事は尤もだった。
「だが、ヒルデスハイム幕僚副総監が門地派閥に関係なく貴族艦隊の錬成にあたっていたぞ。今は正規軍に属するノルトハイム両艦隊もそれに協力していた筈だ」
「ええ、小官もそれは存じていますが…」
「何か、あるのか?」
「アントン艦隊に配属されている同期が言っていたのですが、ウチとベルタ艦隊以外は、手足はいいが、頭が駄目だと」
手足…軍人の事だろう。となると頭は…。
「頭か」
「命令される事に慣れていないから、上級司令部から指示を受けても正しく理解が出来ない、または理解に時間を要する…のだそうです」
ドロイゼンは明らかに言葉を選びながら話していた。同期同士の内輪の話だ、もっと突っ込んだ内容もあったのだろう。となると、ミューゼル閣下から要請を受けても取り合わない事も考えられる…しかし閣下はヒルデスハイム伯の参謀長まで務めたのだし、ご姉弟でブラウンシュヴァイク公の庇護を受けていた筈だが…ああ、それでも一門ではないからな…。
「ミューゼル副司令長官に報告…我、まもなく叛乱軍艦隊と交戦状態に入れり。叛乱軍艦隊は二個、おそらく第七、第八艦隊と推測される…以上だ」
ディッケルがオペレータの所に向かう。おそらくボーデンにも叛乱軍艦隊が出現している筈だが、果たして…。



宇宙暦796年7月20日10:00
フォルゲン宙域、フォルゲン星系、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 概略図にはヴァルトブルクでの戦いの様子が映し出されている。第七艦隊が敵の艦隊を足止めし、第八艦隊が迂回して敵の後方を抑え前後から挟撃する…事前に聞いた話ではその計画だった筈だ。
「何をやってやがるんだ、あいつ等は」
ラップが頭を抱えていた。第七艦隊は左翼と正面から攻撃を受けていた。迂回しようとしていた第八艦隊もその意図を見抜かれていたのだろう、三千隻程の小集団に足止めされていた。帝国軍は一個艦隊で我々の二個艦隊と互角に戦っている…。
「彼等に無理するなと言ったのは私なんだから、そう怒らなくてもいいよ…大尉、敵の司令官のデータはあるかい?」
グリーンヒル大尉に問うと、大尉はユリアンと共に管制卓を操作し始めた。ユリアンに機器の操作法を教えている様だ。そしてそのまま二人で私の傍らに立つ。
「第八艦隊からの情報によりますと、交戦中の帝国艦隊の司令官はウォルフガング・ミッターマイヤー中将、ミューゼル軍所属…とあります」
私の前に帝国軍の軍人の立像が映し出された。
「へえ、これが噂のミッターマイヤー中将か」
「ご存知なのですか?」
「ウィンチェスター副司令長官が教えてくれたんだよ。敵のミューゼル大将麾下の軍人達…特にミッターマイヤー、あとロイエンタール…この二人には特に気をつけろ、ってね」
「そうなのですか」
「ミッターマイヤー中将の用兵は、神速にして理に叶う、だそうだ」
話の内容が気になったのだろう、ラップが寄ってきた。概略図上の、第八艦隊と対峙している帝国軍のシンボルを指差している。
「あの、第八艦隊の足止めをしている小集団の指揮官は、誰か分かるかい?」
今度はユリアンが管制卓を操作した。
「…ミッターマイヤー艦隊所属、カール・グスタフ・ケンプ少将とあります」
再び立像が表示された。
「…ごっついな。うちのパトリチェフ少佐よりでかいんじゃないのか……元撃墜王?この図体でよく単座戦闘艇(ワルキューレ)のコックピットに収まったもんだ」
ラップの感想に妙に納得してしまった…おそらく近接戦闘に一日の長があるのだろう、でなければ三千隻で一個艦隊の足止めは難しい。
「しかし、よく敵の司令官達の立体画像なんて手に入れたもんだ」
ラップがそう言うと、グリーンヒル大尉が再び管制卓を操作し始めた。
「…副司令長官によりますと、フェザーンに派遣している現地情報員からの情報だそうです」
なるほど…彼はフェザーンに情報参謀を派遣していたな、確かバグダッシュという…。
「他にもあるのかな」
そう言うと今度はラップ自身が管制卓を操作し始めた。
「お、両目の色が違うぞ…オッドアイの色男だな。オスカー・フォン・ロイエンタール中将…」
極めて高い水準で智勇の均衡の取れた良将…弱点らしい弱点はないが、敢えて弱点をあげるとすれば漁色家で女運がない…なんだこれは…。
「これは副司令長官の評なのでしょうか」
グリーンヒル大尉も首を傾げている。
「だろうね。どうやって調べたのか知らないが、女運がないのは私と同じだな」
私以外の皆が驚いた顔をする…そんなに驚かなくてもいいだろう、私だって人並みに彼女の一人くらい欲しいんだ。
「……参謀長、第七、第八艦隊に連絡。敵を拘束したまま現状を維持せよ。直ちに救援に向かう、と」


7月20日10:00
ボーデン宙域、ボーデン星系、自由惑星同盟軍、第十一艦隊旗艦ストリボーグ、
アイザック・ピアーズ

 「『極めて高い水準で智勇の均衡の取れた良将』だと?困ったな」

”困ったな、はないでしょう、司令官”

「ガイ、司令官は止してくれ。貴様に司令官なんて言われるのはこそばゆくて叶わん。何度も言っているだろう」

”ああ、分かったよ…困っている場合か?“

「後方に居た艦隊が消えたからウチ(十一艦隊)だけでもやれると思ったのに、相手は良将と来たもんだ。なるべくなら、ボロディン提督(第十二艦隊)の手は煩わせたくないんだけどな」

”どうするつもりだ?“

「とりあえずは、やってみるさ。危なくなったらアムリッツァ外縁まで退く。敵も一個艦隊でアムリッツァまでは来ないだろうよ」

”了解した”

さて…どうするか。
「全艦、攻撃用意。砲門開け。攻撃開始は旗艦発砲を以て開始とする」
「敵艦隊、増速中。突撃隊形をとっている模様。十二時、百光秒」
「艦長、敵が有効射程内に入ったら発砲だ」


10:30
銀河帝国軍、ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン、
オスカー・フォン・ロイエンタール

 「叛乱軍艦隊、微速で後退中」
「参謀長、更に増速だ」
「り、了解致しました…全艦、増速!陣形を崩すな!」
「叛乱軍艦隊、まもなく有効射程内に入ります…叛乱軍艦隊、発砲!」
撃て(ファイエル)
「叛乱軍艦隊の前衛集団、逆撃隊形を取りつつあります」
ほう…こちらが突撃とみて陣形を変えて来たか…確か第十一艦隊だったな。後方のもう一つの艦隊は戦闘に参加しないのか…何時でも飛び出せる様に待機という事か?やる気はある、だが無理はしない…兵力誘引の為か…という事は我々が居続ける限り、奴等も退く事は出来ないという訳だな。まあ当たり前の話ではあるが…。
「参謀長、本気で突撃する事はない。さも突撃する様に艦隊を動かし叛乱軍の疲弊を誘うのだ」
「了解致しました…前衛の部隊は二時間毎に交替し叛乱軍への攻撃を続行せよ、無秩序な前進は避けよ!」


14:50
自由惑星同盟軍、第十一艦隊旗艦ストリボーグ、
アイザック・ピアーズ

 「司令官、敵の前衛部隊が再び交替しつつあります」
「あからさまに逆撃態勢を取ったのが不味かったな。これじゃ迂闊に陣形を変えられない」
「敵前衛の交替の時期を見計らって我々も前衛を交替させてはどうでしょうか」
「そんな事をしてみろ、帝国軍が待ってましたとばかりに突っ込んで来るぞ」
「それでは前衛の消耗が…」
「これは我慢比べだ…相手が先に動いた、我々はそれを迎撃しようとしたがそれを逆手に取られた。敵は我々が焦れて動き出すのを待っているのさ…最後まで付き合うしかない。そのうち敵も再編成するだろうから、その時に我々も再編成しよう」
とは言うものの、長丁場になりそうだぞこりゃ…。


16:00
フォルゲン宙域、ヴァルトブルク星系、銀河帝国軍、ミッターマイヤー艦隊旗艦ベオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 敵は足止めされた後も漫然と戦っている。損害も馬鹿にならない筈だが…。
「このままではケンプ分艦隊の負担が大きいかと思われますが…ケンプ分艦隊の損害は二割を超えております」
「そうだな。だがその程度の損失で済んでいるとは、流石はケンプと言わねばならんな」
「はい。以前は撃墜王として名を馳せた方です」
「ああ。あの図体でよく戦闘艇(ワルキューレ)の操縦席に収まるものだと不思議に思っていたが、どうやら撃墜王の二つ名は本物の様だ」
ケンプ分艦隊だけではなく、バイエルライン達の分艦隊も少なくない損失が出ている。そろそろ戦線を縮小せねばならんか…。

 「叛乱軍二個艦隊の後方に新たな敵集団です…一個艦隊規模、およそ八百光秒」
オペレータの報告と共に、概略図に新たな敵を示すシンボルが表示される。
「前面の二個艦隊が後退しつつあります。おそらく再編成を行うのでは」
「その様だな…本隊はこれより最大戦速で突撃する。敵の前衛の艦隊に一撃を加えてケンプ分艦隊とバイエルライン達の後退の援護を行う。ケンプ達に本隊の突撃後、機を見て後退するように伝えろ」
「了解致しました…本隊、斉射しつつ突撃せよ!」



7月21日09:00
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「第七、第八艦隊はそれぞれ二割近い損失を出しているそうだ。敵のミッターマイヤー艦隊は後退、おそらく戦闘開始前の七割程度の兵力規模になっていると推察される…との報告があった」
そう報告するラップの顔は渋かった。戦い方が気に食わないのに違いない。それにしても敵のミッターマイヤーという司令官の用兵は見事という他なかった。此方が本気ではないとはいえ、二個艦隊を一個艦隊で足止めして、敵に増援…我々の事だが、増援があると知るや戦闘を切り上げて後退した。
「足止めの遅滞戦闘といい、本隊による撤退の援護戦闘といい、鮮やかなもんだね。神速にして理に叶うか…なるほどなるほど」
「感心している場合じゃないと思うがね」
「そうかい?あんな手際のいい指揮官が味方に居たらと思ってね」
「…味方が不甲斐ないと?」
余程腹を立てているな、ラップは…奴の立場では仕方ないのかも知れない、何故ならラップはこの艦隊の参謀長であると同時に方面軍司令部の参謀長でもあるからだ。艦隊参謀長だけでも大変なのに、方面軍隷下の艦隊の面倒も見なくてはならない…想像しただけで辞めたくなりそうだ。

 「不甲斐ない?そんな事はないさ。マリネスク提督とアップルトン提督に無理するなと言ったのは私だし、与し易いと帝国軍にも思わせる事が出来る」
ユリアンとグリーンヒル大尉が皆にコーヒーを注いでまわっている。
「無理をするなというのは分かりますが…」
司令部の皆もラップと似た様な心境なのだろう、代表するかの様にムライ中佐がそう口を開いた。わざと手を抜いて戦う、という考えに納得できないのかも知れない。
「いや、あれでいいんだ。これではっきりしたよ」
不可解なのは敵の意図と戦力構成だった。辺境守備のミューゼル軍、ヴィーレンシュタインの帝国艦隊…目的は何なのか、両者は同一の存在なのか。同一であれば目的は単純明快だった。アムリッツァ宙域とイゼルローン要塞の奪回、またはアムリッツアに駐留する我々の殲滅だ。我々同盟軍がそうした様に、一気呵成に大兵力を用いて作戦目的を果たす…その場合、アムリッツアの我々には対処できる時間余裕がない。どう考えてもハイネセンからの増援は間に合わないからだ。私が帝国軍の指揮官なら…私でなくとも迷わずそうするだろう。だが、現実に戦っているのはミューゼル軍麾下の艦隊だけだ。ボーデンでも戦闘が始まっているが、状況は似た様なものだ。となるとヴィーレンシュタインの大規模な帝国艦隊は、別の目的があってそこに終結していると考えざるを得ない。

 「…という訳だ。おそらく敵の増援はミューゼル軍の本隊だけだろう。パトリチェフ少佐の考えが正しかった様だ」
私がそう言うと、大佐は大きな体を縮めて恐縮した。
「考えという程のものではありません。そういう可能性もあるだろうと思っただけでして」
恐縮しても全然小さくなっていない少佐の姿に皆が微笑む中、ムライ中佐が咳をして質問してきた。
「閣下のお考えは分かりました。では今後の方針はどの様になさるおつもりですか」
皆の視線が一斉に私に注がれる…私にやれるだろうか。
「うーん…帝国軍次第だね。とりあえずミッターマイヤー艦隊の撃破にとりかかるとしようか…参謀長、各艦隊に連絡…敵の増援に留意しつつ再編成を行え。我の前進後、第七艦隊は右翼、第八艦隊は左翼につけ」
「了解しました」
「ムライ中佐、フィッシャー提督に連絡。梯形陣に再編しつつ前進」
「了解致しました」
さて…噂のミッターマイヤー提督か。ウィンチェスターが神速と評するくらいだ、無理は禁物、無理は禁物…。



10:00
銀河帝国軍、ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 「叛乱軍第七、第八艦隊後退、その後方より新たな叛乱軍艦隊現れます……敵旗艦照合…戦艦ヒューベリオン、叛乱軍第一艦隊の模様」
戦艦ヒューベリオン…ヤン・ウェンリーの艦隊か…。
「各分艦隊は本隊に合流せよ。合流後は横陣で対処する、急げ!」
「閣下、副司令長官はかのウィンチェスターだけではなくヤン・ウェンリーをも高く評価していると聞いております。注意が必要かと」
「ドロイゼン、その二人に係わらず注意の必要の無い敵などいないぞ。まあ卿の進言通り、特に注意する事としよう…ディッケル参謀長、副司令長官の援軍到着まであと如何ほどだ?俺の予想では後五時間といったところだが」
「はい、閣下の予測通りあと五時間程で到着します。規模は三個艦隊、副司令長官麾下の全軍です」
予想はしていたが、有志連合軍の助力は得られなかった様だな…こちらに麾下の全軍を振り向けるという事は、短期間の内にアムリッツァから出てきた叛乱軍主力を叩こうという腹づもりだろう。その分ロイエンタールには負担がかかるか…。
「ボーデンには叛乱軍二個艦隊が居るのだったな」
「はい。敵の艦隊数を見ますと、アムリッツァには一個艦隊を残しているのではないかと」
「さもあろう…叛乱軍も流石にハーンからの線は捨て切れまい」
両軍共に今まで無視していたハーン宙域からの航路が、今では帝国に有利に働いている。辺境への主要航路からは外れているハーン回りの航路から先年帝国軍が進攻した結果、叛乱軍はアムリッツァに肉薄され一個艦隊壊滅という手痛い損害を出した。その結果、叛乱軍はアムリッツァを空にする事は出来なくなった。無論我々もハーンからアムリッツアを伺う事は難しくなったが、それはボーデン、フォルゲンに向かう叛乱軍兵力が減少する事を意味していた。
「戦わずともよいのだ。有志連合軍さえ動けば千載一遇の好機だったのだがな。奴等は違う銀河で戦っているのか」
「閣下…」
「卿の言いたい事は分かる、誹謗と取られてはと言うのだろう。分かっているよ」


14:30
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「どうもしぶといね、敵さんは」
「ああ。後退のタイミングが巧妙で、こちらの右翼に迂回する隙を見せない。右翼による迂回は諦めた方がいいんじゃないか?現状のままでも充分に損害を与える事は可能だし、敵は既に七千隻程度までに減少しているぞ」
ラップの進言は尤もな物だった。無理をせずともこのまま損害を敵に強いる事は可能だ。だが願わくば撤退を決定づける一撃を帝国軍に与えたいとも思う…優勢に戦えているからだろうか、そういう欲が出てしまうのだ。敵がこれ程頑強に戦えているのは、援軍の来援時期が近いからだろう。おそらくミューゼル大将の率いる全軍が現れるに違いない…そうなると眼前の敵は予備という形で援軍の後方に下がるだろう。これ程しぶとく戦う艦隊が七千隻という兵力を擁したまま後方に下がる…あまり考えたくない未来図だ。そういう意味からもなるべく一撃で継戦不可能な損害を与えたいが…。
「そうだね。右翼に連絡、迂回は中止、此方の前進を現在位置で援護させてくれ。この後、敵が後退するようなら我々も一旦後退する…艦長、艦をもう少し前進させてくれ」
ラップと艦長が共に了解の意思表示をする…無理は禁物、まだ敵本隊が残っているのだから…。


15:00
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
アントン・フェルナー
 
 スクリーンに写し出されている概略図はミッターマイヤー提督の能力の高さをを如実に表していた。劣勢ではあるものの、敵に包囲される事態を巧みに回避し、粘り強く戦っている。
「流石だなミッターマイヤーは。奴にあと五千隻程の兵力があれば、叛乱軍もああも優勢には戦えまい…ミッターマイヤーに連絡…ご苦労だった、後方に下がり再編成し予備として別命あるまで待機せよ」
トゥルナイゼン中佐がミューゼル提督の命令を復唱する中、スクリーンの端に映像通信の画像が浮かび上がる。
「二人共、聞いての通りだ。ミッターマイヤー艦隊の後退を援護する。このまま横並びで二時方向に変針、ミッターマイヤー艦隊を迂回して敵左翼を圧迫する」
直立不動のケスラー提督とメックリンガー提督の映像は、両者の敬礼と共に消えた。司令部指揮所の隅から、命令を発し終えたトゥルナイゼン中佐とフェルデベルト中佐の囁き合う声が聞こえてくる。敵右翼がミッターマイヤー艦隊を痛撃するのではないか…どうやら俺の脇に立つキルヒアイス参謀長にも聞こえたのだろう、二人は早々に参謀長に小声で注意されていた…卿等は参謀です、司令官の意図に疑問がある時は臆せずに質問するように…。
「何かあるのか、参謀長」
「いえ、何もありません」
「フン…二人の言う様にミッターマイヤー艦隊の撃破に固執するような敵共なら、我々も楽なのだがな」
「聞こえておられましたか…敵の右翼がミッターマイヤー艦隊に追い付く頃には敵本隊と左翼は我々に半包囲されているでしょう。特に敵左翼は我々三個艦隊からの初撃を受けます。耐えきれるかどうか」
「となると敵右翼は追撃を中止して引き返さざるを得ないな」
「そうなるとミッターマイヤー艦隊は反転し敵右翼を追うでしょう。結果、敵右翼は本隊と左翼の助勢には向かえません」
「そうなってくれないかな」
「それは叛乱軍にお聞き下さい」
確かに二人の言う通りだ。それにしても、叛乱軍に聞けという参謀長の言葉には笑うしかない。これが普通の司令官と参謀長という関係だったら、参謀長は任務放棄として軍法会議ものだろう。傍目には、キルヒアイス参謀長はミューゼル提督の家臣だが、二人の関係性はそれを大きく超えている。無論、性的な意味ではない。一心同体…表と裏、光と影…。
「叛乱軍、陣形を変えつつあります」
概略図上の叛乱軍艦隊を示す三つのシンボルが、微妙に向きを変えていた。敵中央と左翼は我々への迎撃体制をとりつつある一方、右翼は艦隊を二つに分けようとしていた。
「…ほう」
ミューゼル提督は叛乱軍の動きを興味有り気に見つめていた。いくらか上気した顔には笑みさえ溢れている。
「キルヒアイス、このまま前進だ。敵が射程に入り次第攻撃開始せよ」
提督の言葉に参謀長が短く頷く。戦闘開始まであと十分程だろう…提督の率いる複数の艦隊が正面から叛乱軍と戦闘を行うのは、今回が初めてだ。一個艦隊の司令官としては近年稀にみる優秀さだ、だが軍司令官としてはどうか?キルヒアイス参謀長の言う様に、生涯を捧げてよい程の人物なのか?帝国に漂う閉塞感を吹き飛ばしてくれる程の男なのか?俺の胸に沸き起こる衝動を理解してくれるのだろうか…?



15:20
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ジャン・ロベール・ラップ

 ”なるほど、敵後方に回り込む様に見せかけるのですな“

「はい、後方に下がったミッターマイヤー艦隊…あの艦隊を自由にさせたくないのです。艦隊を二分して貰ったのはその為です」

”攻撃開始後に分けるより手間がかかりませんからな…敵本隊の後方を突こうとする我々を叩く為に反転して戻って来るミッターマイヤー艦隊を、敵本隊に敢えて合流させるという訳ですか。面白い“

「ミッターマイヤー艦隊の動きによっては苦労をおかけすると思いますが…」

“なあに、ミッターマイヤー艦隊は既に七千隻程まで減少しております。さほど苦労するという事はないでしょう…では、移動開始のタイミングだけお願いいたしますぞ”

「ご武運を。では」
そう言って通信を切ったヤンは、再び概略図に切り替わったスクリーンを渋い顔で見つめていた。右翼の第七艦隊、マリネスク提督は戦況を楽観視している、それが気に喰わないのだろう。我々に采配を預ければそれは気楽でいられるだろうが…。
「参謀長、左翼に伝達、敵右翼をもっと押し込む様にと」
「了解…三個艦隊相手はきついな。兵力にそれ程差がないから何とかなってはいるが」
ヤンの命令を下達するのはいつの間にかムライ中佐やパトリチェフ少佐の役目になっていた。俺にはヤンの女房役に徹しろという事だろう。出来る部下を持つと楽なものだ。俺が下達するより厳格を絵に書いた様な中佐がそれをやった方が艦橋の雰囲気も引き締まる気がしてくる。
「敵が現状を維持してくれる様なら、計画通り右翼を前進させようと思うんだが…」
「何だ、自信がなさそうだな」
俺がそう指摘するとヤンはベレー帽を取って頭を掻いた。
「ミッターマイヤー艦隊が素直に敵本隊の援護に向かうか分からない。逆に此方の右翼を牽制しようとするんじゃないかと…そうなると我々はジリ貧だ、このまま消耗戦を続ける事になる」
「ミッターマイヤー艦隊の七千隻という数は無視出来ないからな」
「その状況で右翼の半数をミッターマイヤー艦隊に転進させても意味がない。難しいよ」
そう言いながらヤンはコンソールを操作し出した。二つの小さな立体映像が映し出される。帝国軍の司令官の姿だった。
「これは…」
「ウルリッヒ・ケスラー中将、エルネスト・メックリンガー中将…敵のミューゼル大将の両翼を固める二人だ。難敵だよ」
映像を見るヤンの表情は固い。おそらくこれもウィンチェスターからの情報なのだろう。戦略的視点に優れ、戦術能力も高い良将…なんだって帝国軍はこんな奴等ばかり揃って居やがるんだ…。
「生半可では崩れないだろうね」
ヤンは再び頭を掻いた。


15:50
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

「やはりヤン・ウェンリーはしぶといな」
我々と対峙しているのはヤン・ウェンリーの率いる二個艦隊…敵右翼方向にもう一個艦隊存在するが、我々に対する攻撃の度合はそれ程でもない。敵本隊から少し離れた場所で我々と向き合っている。ミッターマイヤー艦隊への警戒だろうか、それとも…。
「二個艦隊とはいえ、合計では我々三個艦隊とそれ程兵力に差はありません。それがヤン・ウェンリーに有利に働いているのだと思います。ただ…」
「敵の左翼の動きが鈍い、か?」
「はい」
「ふむ…ヤン・ウェンリーには私とメックリンガーで対処しよう…ケスラー艦隊に命令だ。前進して敵の左翼を突き崩せ」
「了解致しました」
「ミッターマイヤー艦隊へ伝達。一度下がったとて遠慮は要らぬ、卿の分の獲物はきちんと取ってある、と」
一礼してキルヒアイスが俺の側を離れて行く。これでヤン・ウェンリーの思惑がはっきりするだろう。


 

 

第百三話 第二次国境会戦(後)

宇宙暦796年7月21日20:00
フォルゲン宙域、ヴァルトブルグ星系、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 後から現れた三個艦隊…おそらくミューゼル大将の率いる辺境守備の本隊だ。中央に位置する艦隊の旗艦がブリュンヒルトという美しい形の艦である事がそれを示している。敵三個艦隊の合計兵力と、私の艦隊と第八艦隊の合計兵力にはそれほど差はないが、戦術単位は向こうの方が多い。きつい状況だが、下がる訳にはいかない。
「防御力の高い戦艦を前に出して、その影から巡航艦に砲撃させてはどうだろう…ヤン、いいか」
「そうだね」
私の了承と共に、ラップがムライ中佐に目配せをする。
「それと…ラップ、空戦隊を出そう。第ハ艦隊にも空戦隊を出撃させるよう打電してくれないか」
「…空戦隊…まだ早くないか?どうするんだ?」
「敵艦の機関部だけを狙わせて、漂流させる」
「なんて奴だ…此方への攻撃どころじゃないという状況にする訳か…だが、敵の空戦隊も出てくるんじゃないのか?」
「敵さんが空戦隊を出して来る様なら願ったり叶ったりだ。漂流させるのも敵の前衛を混乱させる為だからね…敵はこちらの単座戦闘艇(スパルタニアン)への対処と味方の救助で、こちらへの攻撃どころじゃなくなる筈だ」
「中々意地が悪いな…了解だ」


20:10
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、第八十八独立空戦隊
サレ・アジズ・シェイクリ

 「ヒューズ、どっちが多く敵を落とすか賭けようぜ」
「敵艦の機関部だけを狙うんじゃないのか」
「沈めてしまえば一緒さ。それに敵も黙っちゃいない、空戦隊を出して来るだろ?」
「それは…そうだ」
「そうなったら敵艦の機関部だけ…なんて話はふっとんじまう。敵は落としてナンボだぜ」
「まあ、いいか…だったら隊のみんなに報せよう。機関部を狙うチームと単座戦闘艇(ワルキューレ)に対処するチームに分けようって。効率が上がる」
「そうだな、そうしよう…いいな、勝った方がコニャックを一本だぞ!」
「分かったよ」


帝国暦487年7月20日21:40
フォルゲン宙域、ヴァルトブルグ星系、銀河帝国、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「当艦隊だけでなくケスラー、メックリンガー両艦隊の前衛においても漂流艦艇が続出しています!おのれ…なんて汚い攻撃をしてくるんだ叛乱軍は」
確かにいやらしい…トゥルナイゼンの言う通り、汚くしかも効果的な戦法だ。ヤン・ウェンリー…やはりウィンチェスターと並んで称賛に値する敵ではないか…。
「仕方ない、此方も空戦隊を出せ。乱戦は覚悟の上だ。航行不能な艦の救助を急がせろ」
恐縮するルッツの姿が消えると、代わって映し出された映像通信にはシューマッハ参謀長…ではなかった、シューマッハとワーレンの二人が浮かび上がった。
「卿等二人でルッツの援護に向かってくれ」
二人の姿が消えると、司令部に静寂が戻る…どうする、同じ一旦後退するべきか…ヤン・ウェンリーには俺の艦隊のみで当たった方がよいのではないか…。
「キルヒアイス」
「はい、閣下」
「全艦隊に命令、漂流する艦艇の救出を実施しつつ後退。再編成後メックリンガー(左 翼)は我々の後方を迂回しケスラー(右 翼)に合流。両名で敵第ハ艦隊に対処せよ」
「…ヤン・ウェンリーの手足を捥いでしまうおつもりですね?」
「その通りだ」
「そうなると我々独力でヤン・ウェンリーと対峙する事になりますが」
「怖いのか?キルヒアイス」
「ラインハルト様はどうなのです?」
「フン…怖くないと言えば嘘になるな…だがヤン・ウェンリーを怖がっていては到底ウィンチェスターも倒せまい…ミッターマイヤーと回線を繋いでくれるか」
そうだ、ヤン・ウェンリーごときに手間取っていては俺に先は無いのだ…。

“お呼びでしょうか”

「ああ。敵中央を孤立させる。敵の右翼だが、卿に任せてもよいか」

”元よりそのつもりであります“

「ならば話は早い。卿の働きに期待する」


23:30
自由惑星同盟軍、第七艦隊旗艦ウルスラグナ、
マリネスク

 「閣下、ヤン司令官より通信が入っております」
「繋いでくれ」

”そちらからもミッターマイヤー艦隊が動き出したのが確認出来ると思いますが“

「確認しております。僅かずつですが近付いて来ておりますな」

”我々に構わず全艦でミッターマイヤー艦隊に対処してください”

「足止め程度なら、我々の半数で大丈夫かと思いますが」

“…もしもの為です”

「…了解しました。これよりミッターマイヤー艦隊に当たります」

”よろしくお願いします“


 もしもの為、か……我々の半数、六千隻ではミッターマイヤー艦隊を抑えられないというのか?
「参謀長、ウチの正確な残存兵力は」
「はっ…一万二千二百隻ですが…」
「二千二百をヤン司令官の援護に回す。指揮官は誰がよいと思うか」
「位置的にみて…グエン准将がよいかと」
「グエン・バン・ヒューか…よし、奴に連絡しろ、ヤン司令官の援護に回れと」
「了解しました」
「本隊は陣形を再編だ。全艦右四十度回頭、突陣形を取れ」
命令に背く形になるが、ヤン司令官はアップルトンの援護もせねばならん。兵力は少しでも多い方がいい筈だ…。
「ミッターマイヤー艦隊、陣形再編中!紡錘陣です」
正面から来るな…改めてお手並み拝見と行こうじゃないか…。


21日01:20
銀河帝国軍、ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 「閣下、叛乱軍第七艦隊、陣形再編中の模様、およそ一万隻…十分後に敵先頭集団が我々の有効射程内に入ります」
「よし。全艦砲撃戦用意。攻撃命令下令後は旗艦の発砲を待つ必要はないぞ……撃て(ファイエル)


7月22日03:50
銀河帝国軍、ケスラー艦隊旗艦フォルセティ、
ウルリッヒ・ケスラー

 メックリンガーが我々の右に向かっている…これは…。

“助けに来たぞ。ヤン・ウェンリーの手足を捥いでしまえとの事だ”

「手足…なるほど。閣下がヤン・ウェンリーの相手をしている間に敵の第ハ艦隊を潰す…そういう事か」

”そうだ。まあご自身でヤン・ウェンリーと対峙したい気持ちもあるのだろう“

「それにしても、いきなり空戦隊でこちらを混乱させるとはな」

”ああ。人的被害が少ないのが幸いだった。被害を受けた艦自体は機関部をやられで行動不能になっただけだからな…だが精神的には寧ろその方が堪えるかもしれん…そちらの状況は“

「再編成は終了している。待機中だ」

”よし、では始めるとするか…敵の左側面を衝く、それでいいか“

「よろしく頼む」

 メックリンガーからの通信は切れた。大規模な艦隊同士の戦闘において空戦隊を出撃させるのは、近接戦闘、つまり彼我の兵力にある程度の差がついて、突撃を敢行した後にとどめを差す時や、敵が空戦隊を出撃させて来た時だ。よって序盤では空戦隊の出番はない。何故なら戦闘艇を使っての攻撃は、彼等を誤射するのを避ける為に艦砲による攻撃に制限をかけねばならないからだ。敵兵力を漸減せねばならない戦闘序盤で空戦隊の出番がないのは至極当然の話だった。

 だが叛乱軍は空戦隊を繰り出して来た…しかもこちらの艦艇の撃破ではなく機関部を狙って行動不能にした…結果、味方の前衛にはただ浮いているだけの艦艇が多数出現し、更にそれが味方の攻撃を阻害した…無視も出来ないから曳航して救わねばならない。戦闘中の救難行動は至難の技だ、無事な艦艇が行動不能の艦を曳航する事になるが、その状態での戦闘続行など不可能に近い。結果艦隊全体としても攻撃の続行は出来なくなる。叛乱軍も空戦隊を出撃させている以上艦砲での攻撃は制限がかかるが、それは無視出来る事象だった。戦闘不能な漂流艦艇とは被撃破艦艇とほぼ同義だからだ。メックリンガーの言う様に人的被害は確かに少ないが、兵士達の戦意を削ぐ上に戦力として無効化する、効果的で実にいやらしい手だ。おそらくヤン・ウェンリーの指示なのだろう…ヤン・ウェンリーという男は、三個艦隊を相手にしながらこんな手を思い付く男なのか…戦術的にはかのウィンチェスターより危険な男かもしれん…だからこそ先に奴の手足となる部隊を潰す…。
「メックリンガー艦隊と協力して敵艦隊を撃破するぞ。斉射三連、そのまま攻撃の手を緩めるな!」


07:10
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 言うまでもないが第八艦隊は明らかに劣勢だ。持ちこたえてはいるものの、このままでは…。
「第八艦隊旗艦クリシュナ、反応消失」
「…そうか。第八艦隊の状況は」
「組織的な抵抗はまだ継続中です。指揮は次席指揮官のワーツ少将が執っておられる様です。残存艦艇は約八千隻」
「ワーツ少将に連絡、残存兵力をまとめ後退の準備を。ラップ、第八艦隊にウチから増援を出そう…手の空いている分艦隊はあるかい?」
「有るわけないだろう!……位置的に一番近いのはアラルコン准将とザーニアル准将の分艦隊だ。どちら共に千隻程度だが」
「分かった、二人共向かわせてくれ。第八艦隊の後退の援護をさせるんだ」
「了解した」
このままではジリ貧だな。アムリッツァに撤退すべきか…。
「第八艦隊より通報、『十時方向ヨリ援軍、第六艦隊』」
第六艦隊?十時方向?ありがたい話だが何故第六艦隊が?
「第六艦隊ホーランド提督より通信です」

“間に合いましたか。ご指示を”

「ありがたい話だが…何故ここに?」

“ウィンチェスター副司令長官の進攻部隊が到着したのです。それで私にこちらへ向かえと”

「なるほど、そうでしたか…では早速ですが、第八艦隊の救援に向かってください」

“了解しました”

突然十時方向…メックリンガー艦隊の右後方から出現したこちらの増援に、帝国軍は明らかに混乱していた。続く通信でわかった事だが、第六艦隊は増援を悟られぬ様にここヴァルトブルグ星系をわざわざ迂回して遠回りで駆け付けたのだという。
「広域通信でアムリッツァに援軍が来た事を味方に教えるんだ」
「ヤン、それじゃ増援の存在が帝国軍にばれてしまうぞ」
「ラップ…私達はアムリッツァに到着した副司令長官達がここに来ない事を知っているが、帝国軍はそれを知らない。増援の規模を知ったら、疑心暗鬼に陥るだろう…彼等はこのまま戦闘を継続するか、切り上げて後退するか、選択を迫られる事になる」

“アムリッツァに五個艦隊の増援が到着したぞ!皆抜かるな!突撃だ!”

「おや、この広域通信は…ホーランド提督の様だね」
「だな。ホーランド提督はお前さんや副司令長官をライバルだと思ってるからな、やっと出番が来たって張り切ってるだろうさ」
「ライバルねえ…」
「攻勢には定評ありだ。ただ止め時を間違う傾向があるとさ…しっかり手綱を握れよ…おっと、こっちもだ、グエン分艦隊がミューゼル艦隊に突っ込むぞ。援護が必要じゃないのか」
「そうだね…グエン分艦隊の突撃を援護する、マリネッティ分艦隊に連絡、貴隊はグエン分艦隊の突撃を援護せよ」


08:30
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「まさかここにきて一個艦隊の増援とはな。叛乱軍もよくやる…キルヒアイス、突っ込んで来た敵の小集団はミュラー、ビッテンフェルト、シュタインメッツの三名に対処させろ」
「了解しました」
目の前の概略図に映し出された概略図には、混戦一歩手前の状況が広がっていた。メックリンガー艦隊の右後方から現れた叛乱軍第六艦隊の破壊力は中々のものだった。メックリンガー艦隊をそのまま貫き、ケスラー艦隊をも分断しようとしている。叛乱軍第八艦隊にとどめを刺そうとして陣形再編中だった事が混乱に拍車をかけたのだ。これで叛乱軍第八艦隊は息を吹き返し、旗艦を失ったにも関わらず組織的な抵抗は続いていた。

 「ミッターマイヤー艦隊、叛乱軍第七艦隊の本隊の分断に成功!」
フェルデベルトが喜声をあげた。確かに吉報だが、今の状況は個々の艦隊がそれぞれ善戦しているに過ぎない。
「全軍、一時後退し再編成を行う。メックリンガー艦隊はケスラー艦隊と協力して敵第六艦隊に対処し後退せよ。我が艦隊が両艦隊の後退を援護する…ミッターマイヤー艦隊に連絡、こちらの動きに合わせ後退しろと伝えよ」
ミッターマイヤーはよくやっている。優勢な敵と対峙して分断に成功するのだから大したものだ。だが敵第七艦隊もやられっぱなしではない様だ、分断されたもののそれを利用してミッターマイヤー艦隊を不完全な形ながら半包囲体勢に持ち込もうとしていた。
「敵小集団、後退します」
我々に突入して来た二千隻程の小集団は五割程の損害を出しながら後退に移っていた。それと時同じくしてケスラー艦隊とメックリンガー艦隊も、突入してきた敵第六艦隊の対処に成功しつつあった。おそらくメックリンガー、ケスラーの二人は無視出来ない兵力を失っただろうが、敵第六艦隊も半数は失った筈だった。
「敵第一艦隊、前進してきます!」
フェルデベルトめ…一喜一憂の度が酷すぎるな、参謀がそれでは兵士達が動揺してしまうだろう…。
「奴等も後退の援護だろう、逆撃して足を止めろ。しつこくは追って来ない筈だ」
我々の後退の意図に気づいたのだろう、叛乱軍の第七、第八艦隊が後退を開始したのが見てとれた。おそらく敵第一艦隊の前進は最後に現れた第六艦隊の後退を援護する為のものだろう。
「痛み分けの様ですね」
キルヒアイスはそう言いながら、従卒に紅茶の支度をさせていた。
「そうだな…あの第六艦隊の出現がなければな。救援に成功した後の動きには特に見るべきものはないが、それでも増援としての役目は果たしている。それよりだ」
「叛乱軍の広域通信の件ですね?」
「そうだ味方を鼓舞する為の苦し紛れのハッタリか、本当の事なのか…」
「嘘であって欲しいですね」
「そうだな。だが敵の一個艦隊の増援はそれを…」
俺とキルヒアイスの会話に割って入ったのはフェルナーだった。オーディンより通信が入っているという。
「閣下、統帥本部総長からの通信(FTL)です。自室に移動して欲しいと」
「わかった…キルヒアイス、しばらく頼む」

 戦闘中にFTLなど何を考えているのか…。
「お待たせして申し訳ありません、ミューゼル大将であります」

”戦闘中に済まんな。戦況はどうだ“

「痛み分け、と言ったところです。こちらの再編成の為の後退にあわせ、叛乱軍も後退する模様です」

”そうか…“

「オーディンで何かあったのですか?」

”オーディンではないが…ミュッケンベルガー司令長官が倒れた。ヴィルヘルミナの艦内で暗殺されそうになったのだ“

「艦内で、ですか?…司令長官の容態は…グリューネワルト伯爵夫人やヒルデスハイム伯は」

”卿の姉君や伯は無事だ。どうやら司令長官一人を狙ったものと思われる。長官も命に別状はないが、完治には三ヶ月程かかるそうだ。実行犯は従卒として乗り込んでいた幼年学校の生徒だ。卿はモーデル子爵家のコンラートを知っているか“

「いえ、存じておりません」

”コンラート子爵家はリッテンハイム侯爵家の遠縁の家柄だ。この事実だけみればコンラートの背後にはリッテンハイム侯の意思がある様に思えるが、一概にそうも言いきれない“

「何故です?」

”自白は得られなかった。実行犯コンラートはサイオキシン麻薬を投与されていて重度の中毒症状を示していたそうだ、自白剤を使用しても何の証言も得られなかったそうだ“

「そうだ、という事は…」

”死んだ。治療中に軍医の警護兵に襲いかかったところを射殺されたそうだ。真相は闇の中だ“

「そうですか…」

「箝口令が敷かれているから、この事実を知っているのは私と軍務尚書、国務尚書、ヴィルヘルミナ在艦の一部の関係者だけだ」

「完治まで三ヶ月という事ですが、その間の司令長官代理はどなたが?」

”代理を立てるかどうかは到着後三長官で討議するつもりだ。今まで卿に伝えなくて悪かったな。叛乱軍迎撃の邪魔はしたくなかったのだ“

「賢明なご判断だと思われます。知っていたら、小官も動揺していたでしょう」

”うむ。ヴィーレンシュタインには有志連合軍もいる…ヴィルヘルミナが帝都に到着した後は情報が洩れるのは必至だろう。それも考慮に入れねばならん“

「小官の任務に変更はございますか」

”ない。引き続き現在の任務を続行せよ。叛乱軍を撃滅する必要はない、防衛、迎撃に徹せよ“

「はっ…その事に関してでございますが、未確認情報ではありますが、アムリッツァに叛乱軍の増援五個艦隊が到着したと」

“何だと…了解した、すぐに増援の手配をするが、引き続きその情報の精査を行うのだ。よいな…事実であった場合、無理はするな” 

「ありがとうございます」

なんて事だ…まさかミュッケンベルガーが襲われるとは…捕虜交換の調印式は俺も放送で観たから、調印式終了後に襲われたのだろう。しかし、姉上が無事で良かった。連絡を取りたいが今の状況ではつたないか…。
ヴィジフォンのコール音が鳴る、艦橋からの様だ。

”叛乱軍は後退を開始しました。星系外まで退く模様です。我が方にも星系外に出る様指示しました。再編成と交替での小休止に入らせますが、宜しかったでしょうか“

「ああ、それでいい…済まないなキルヒアイス。処置が一段落したら俺の部屋に来てくれないか。フェルナーも連れて来てくれ」

”それでは…一時間後にそちらに参ります。ラインハルト様はそのままお休み下さい“

「ありがとう、宜しく頼む」



7月22日13:00
ヴァルトブルグ星系外縁(アムリッツァ方向)、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「閣下、損害の集計が出ました。第六艦隊、残存艦艇八千七百五十隻、戦闘可能艦艇、六千四百三十一隻……第七艦隊、残存艦艇八千二百十隻、戦闘可能艦艇七千六百二十隻…第八艦隊、残存艦艇七千五百六十五隻、戦闘可能艦艇六千三百四十隻…尚、第七艦隊旗艦ウルスラグナは中破、航行可能ですが、司令官マリネスク提督は重傷、現在の指揮は副司令キャボット少将が執っておられます」
「ご苦労様、大尉…ウチの艦隊は?」
「はい、残存艦艇一万千八百七十五隻、戦闘可能艦艇一万六百九十三隻です」
「ありがとう。大尉も休んでいいよ。ユリアンも疲れたろう、先に寝てなさい」
渋る二人を休ませると、艦橋は私とラップの二人だけになった。
「ラップ、君も休んでくれ。じゃないと私も気が休まらない」
ラップは無言で艦橋から去ると、ブランデーとグラスを二つ持って再び艦橋に戻って来た。
「参謀長が司令官より先に休める訳がないだろう、お疲れ」
「…ああ、ありがとう」
「どうだった、軍司令官としての初陣は」
「散々だよ…受動的になりすぎた。もっとやり様はあった、死んでいった兵士達に何と言って詫びればいいか…」
「まあそう言うな、ほら、グラスを貸せ」
そう、もっとやり様はあった。この艦隊の指揮もラップの進言を採用しただけだ。アップルトン提督は戦死、マリネスク提督は重傷…三個艦隊を相手をして余裕がなかったのは事実だが、ミッターマイヤー艦隊の動きに気を取られすぎた…第六艦隊が現れなければ今頃は…。
「しゃんとしろ、ヤン」
「ラップ…」
「お前はやれるだけの事をやったんだ、確かに大勢の兵士が死んだ…だがお前は司令官なんだ、気にするな」
「気にするな、か…随分酷い事を言っている気がするよ」
「だが事実だ。忘れてはならないが、気にするな。じゃなきゃこの先指揮官なんでやってられないぞ」
「酷い上に難しい事を言うねえ…分かったよ、努力する」
「艦橋を出る時の大尉とユリアンの顔、ちゃんと見たか?二人に心配かけるんじゃない、いいか」
「…ああ」
持つべきものはかけがえのない友だな、ありがとう、ジャン・ロベール…。

 「司令官閣下、第六艦隊のホーランド提督が乗艦許可を求めています。直接話したい事があるそうです」
オペレータからの報告はホーランド提督の来意を告げていた。許可を出してしばらくすると、ホーランド提督が艦橋に現れた。
「大変な戦いでしたなヤン司令官」
「貴官の来援のおかげで救われました。お礼の申し様もない」
「ミラクル・ヤンに恩を売る機会を逃す訳にはいきませんからな…アップルトン提督は残念でしたが」
「私の責任です」
「武人たる者、生と死は隣り合わせですぞ。残念な事ではありますが閣下が気になさる必要はないでしょう…同盟を護る為に散華されたのです、寧ろ本望というものでしょう。死んでいった兵士達もそうです、必要な犠牲だったのです」
「そう思う事にします…ところで直接話したい事があるとか」
ラップが新しいグラスを持って来た。
「ブランデーとは…中々気の利く参謀だ。名前は?」
「ラップ大佐であります、提督」
「ありがたく頂こう……ヤン司令官、ウィンチェスター副司令長官からの口頭命令です…『二十三日正午にはアムリッツァを離れハーンに向かいます。善処願う』との事です。通信では傍受される恐れがあるので直接伝えてくれと」
「善処、ですか」
「はい。あと…『どうしても言う事を聞かないので第十三艦隊を連れて来ました。ご存分に』との事です。第十三艦隊は本日一八〇〇時に合流予定です」
「それでは本土に残るのはビュコック司令長官のみ…」
「はい。それで善処宜しく、なのでしょう」
「分かりました。伝達ありがとうございます。方針が決まりましたら連絡いたします」
「それでは小官はこれで」

 ホーランド提督はこれぞ軍人の鑑という敬礼を残して艦橋を去っていった。
「アッテンボローか。無茶しやがる」
「まあ、ありがたい話だ、素直に喜んでおくとするさ」
戦闘中の広域通信は帝国軍も聴いていただろう。明後日にはハーンに向けて出発…帝国軍にこの事実を知られる訳にはいかない…。
「ラップ、各艦隊に哨戒を厳重に行えと通達してくれ。アムリッツァに向かおうとする帝国艦を発見したなら、確実な処置を実施しろと厳命してくれ」
「了解した」
後退した帝国軍がどう動くか…我々の撃破を狙うか、睨み合いに終始するか…勝負どころだな…。


7月23日0:30
アムリッツァ宙域、アムリッツァ星系カイタル近傍、自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦ヘクトル、
ヤマト・ウィンチェスター

 「一つ貸しですよ、アッテンボロー先輩。ヤンさんを援けてあげて下さいよ」

“本当に済まないな。恩にきるよ……副司令長官、第十三艦隊はこれよりアムリッツァ方面軍救援の為、フォルゲン宙域に向け進発します”

「貴艦隊の愉快なる航海の成功を祈ります。ご武運を」

 まあ、報告を見る限り危険な戦いではあった、何しろヤンさん対ラインハルトなんだからな…でも原作のバーミリオン会戦の様なサシの戦いじゃない。寧ろ状況は原作のアムリッツァ会戦に近い。違うのは同盟軍の軍司令官がヤンさんだ、という事だ。だからといって同盟に有利な訳でもない。それどころかヤンさんとラインハルトの能力の及ばないところで勝敗が決定しかねない。二人が無事でも周りがしくじればアウトなのだ。ボーデンでは同盟が優勢、二人が居る主戦場のフォルゲンでは帝国軍が優勢…第六艦隊を送らなければどうなっていたか分からなかった…予定を繰り上げて早めにアムリッツァに到着してよかったぜ…何の事はない、アッテンさんの危惧が当たっていたという訳だ…まあ、アッテンさんは内容までいい当てた訳じゃないけど、不安を感じていたのかも知れない。

 だけどここまで来て確信した。やはりヴィーレンシュタインの帝国軍はラインハルトへの援軍ではないという事だ。ヤンさんも同じ様に思ったのだろう、だからこそ危険をおかしてフォルゲンに出た…という事はヴィーレンシュタインの帝国軍は正規軍ではないのか?正規軍ならラインハルトの苦戦をほっとかないだろうし…となると貴族連合軍か?

 検索、検索…バグダッシュからの情報……あったあった、貴族…帝国の大貴族は辺境の騒乱を憂慮し有志連合を結成……はぁ?
くそ、原作の帝国内乱有りきで考えてたから貴族の情報なんてなんて全く気にしてなかった…じゃあ有志連合とやらの艦隊なのか?だけどなあ…内乱が発生していないのに、何で貴族が艦隊を動かすんだろう?軍に恩を売る、だったら現状はおかしい、ラインハルトの救援に来ていないしな…戦っているのがラインハルトだから増援を寄越さない、なんて事は流石にやらんだろうし…でも貴族だからな、うーん…。



09:40

自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦ヘクトル、
ミリアム・ローザス


 「ローザス少佐、ワイドボーン副司令とタナンチャイ参謀長を呼んできてくれるかい?」
「了解しました」
貴族の内乱?独り言なのだろうけど、意味が分からない…独り言だから意味が分かる筈もないのだけど…最近、副司令長官の独り言が激しくなっている気がするのよね…お疲れなのかしら…。
「お呼びですか?」
「ああ。予想していた事だけどヴィーレンシュタインの帝国軍は正規軍では無いようだ」
「正規軍ではない?あの艦艇数…まさか大貴族ですか」
「おそらくね」
それから閣下はさっきの独り言の続きを話し始めた。
閣下は帝国の皇帝の死をきっかけとして大貴族達が内乱を起こすという。根底には帝国の後継者問題があるようだ。皇帝の孫達の誰が皇帝になるかで帝国は割れるのだという。帝国政府が押すのは死んだ皇太子の子、エルウィン・ヨーゼフ。大貴族達が押すのはブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯に嫁いだ皇女達の子、エリザベートとサビーネ。普通に考えればエルウィン坊やが直系男子という事で皇帝になる筈だけど、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯は同盟でも有名な大貴族だ。外戚として力を振るう為に自分達の子を皇帝にしたいのだという。お家騒動…帝国って一枚岩じゃないのね…。
「ですが、皇帝はまだ生きている。大貴族達がなぜ兵を起こしたか分からないんだよ」

 緑茶を美味しそうに飲む閣下に、ワイドボーン副司令が自分の考えを述べた。タナンチャイ参謀長は初めて聞く話なのだろう、お二人の何も言わずに聞いている。
「考えれられるのは…アムリッツァ奪回の為に貴族が帝国軍に手を貸した…という事ではないですか。バグダッシュからの情報にも辺境の騒擾を憂慮し…とあったではないですか」
閣下もそれは思い当たったそうだ。それがさっきの独り言…。
「普通に考えればそうなんだけど、それじゃミューゼル軍だけが戦っている現実にそぐわない。十万隻を越える大軍だぞ?」
「確かにそうですね…合流して一挙に攻めてもおかしくはない。我々が過去にそうしているのですから……」
閣下と副司令の言う通りだわ…ヴィーレンシュタインの大軍が帝国の正規軍やその正規軍に対する大貴族の援軍なら、一挙にアムリッツァに向かってもおかしくはない。アムリッツァは帝国にとっての辺境なのだし……あ。

 「あのう、宜しいでしょうか」
「何だい少佐。言ってごらん」
「ふと思ったのですが…辺境の騒擾というのは、アムリッツァやイゼルローン要塞の件とは別なのではないでしょうか」
参謀長は不思議そうな顔をしているけど、閣下は興味ありげな表情だ。二人共何も言わない、先を続けろという事かしら。
「閣下が進めてきた逆通商破壊…帝国辺境の領主や人民…市民に対する援助の事を指しているのではないか…と思いまして。辺境とはいえ、アムリッツァやイゼルローン要塞が簡単に取り戻せないのは流石に大貴族達も認識している筈でしょうし…閣下の作戦で辺境領主達が同盟になびくのを止めたいのではないかと」
「成程…辺境に対する示威行動という訳か。どうです、閣下」
「目からウロコだね…俺のせいだったか…確かに貴族達の立場から見ればそうかも知れない、大貴族達は帝国の藩屏と自分達を任じているからね。辺境領主とはいえ貴族には違いない、その彼等が同盟になびけば大貴族達は立場がないし、波及効果を恐れているのかも知れない。それが有志連合の結成とやらに繋がった…そうかそうか、意外に効果あったんだなあ、ハハ…ちょっと頼むよ」
閣下は笑いながら艦橋を後にした。何か考え事があるのだろう、着いて行こうとしたら手で制されてしまった…。


 

 

第百四話 可能性

帝国暦486年7月22日13:15
ヴァルハラ星系外縁部、銀河帝国、銀河帝国軍、宇宙艦隊総旗艦ヴィルヘルミナ
グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 「お目覚めですか閣下。当艦隊は明日予定通りオーディンに到着します」
「そうか。艦隊は異常ないか」
「はい。当艦隊には異常はありませんが、辺境にて我が軍と叛乱軍が睨み合いを続けております」
「何だと…何故今まで起こさなかったのだ」
副官のツィンマーマンは沈着冷静、目先の利く几帳面な男だ。報告を忘れていた訳ではあるまい。グライフスあたりに止められていたのだろう。
「総参謀長のご判断により報告を止められておりました。先ずはお身体を治すのが先決、余計な心配はかけるなと…」 
「ふむ…」
「ですが、オーディン帰着にあたり何の情報もお入れしないのもどうかと思い…軍医大佐殿よりお目覚めと聞きましたので、総参謀長の許可を得て報告にあがった次第であります」
ツィンマーマンは言い終わるが早いか、コンソールを操作し始めた。表示されたのは辺境…ヴィーレンシュタインからアムリッツァにまたがる宙域の概略図だった。

 「フェルブュンデテ…ああ、有志連合か」
「はい。彼等は現在もヴィーレンシュタインにて待機しております。一度ミューゼル副司令長官が援軍の打診を行いましたが、拒否されたと」
「拒否…では実際に叛乱軍と睨み合っているのはミューゼル軍のみという事か」
「はい。睨み合い自体は八日前後から始まっており…」
ツィンマーマンは再びコンソールを操作し始めた。概略図が動き出し、戦況が映し出される…ふむ…叛乱軍の増援が現れなければミューゼルの勝利だなこれは…よく軍を退いたものだ。

 「どうやら叛乱軍に大規模な援軍が存在する様です。報告を受けた統帥本部総長は二個艦隊の増派を決定され、宇宙艦隊司令部は総参謀長の代理権限により、ケルトリング艦隊、ドライゼ艦隊を援軍として派出する事を決定しました。尚、両艦隊は昨日オーディンを発っております」
「総参謀長の代理権限…儂の代わりは立てておらんのだな…今日は何日だ」
理由は判る。おそらく儂が倒れた件についても箝口令が敷かれているのだろう。
「七月二十二日であります」
一度目覚めてから二週間以上も寝ておったとは…儂の疑問を察したのだろう、ツィンマーマンが先を続けた。
「閣下の代理につきましてはミューゼル副司令長官に決まりかけましたが、代理を立てる事自体が変事の発生を周知する事になる…と幕僚副総監が進言され、軍務尚書ならびに統帥本部総長はこの進言を採用なされました…これはミューゼル副司令長官の前線指揮に影響を及ぼさぬ為と、有志連合軍への警戒の為でもあります。その為、当艦隊も予定を変更する事なく帰途についております」

 いい判断だ…儂が倒れた事を有志連合が知ったら、戦況に拘わらず宇宙艦隊は草刈り場になるだろう。
「ツィンマーマン、統帥本部総長とFTLを頼む」
少しの間があって統帥本部総長シュタインホフが画面に現れた。

“おお、目覚めたか。二週間以上も目を覚まさんからそのまま死んだのかと思ったぞ”

「恥ずかしい限りだ…深手とはいえ、歳は取りたくないものだな。儂が倒れた事を伏せてくれた事、増援の件、重ねがさね礼を言う」

“よいのだ。儂等はともかく、卿が倒れたのでは宇宙艦隊の抑えが効かんからな…で、よいのか”

「うむ…それほど違和感もない、股間のカテーテル以外はな。出征という事態でも無ければ軍務にも耐えられるだろう」

“それは重畳。早速だが、辺境の件は聞いておるかな”

「ああ。先程、概略だけだがな」

“ケルトリング、ドライゼの両名は既に進発した。加えてアントン・ノルトハイムの艦隊も出撃準備中だ”

「合計三個艦隊か。現状では精一杯の数だな…しかし当初は二個艦隊の増派だったのだろう?何故もう一個増やしたのだ?」

“良くも悪くもヴィーレンシュタインに居る有志連合のせいだ。ミューゼルからの援助要請を断って以降、動きがない。当初はヘルクスハイマー家の艦隊が動いていたものの、後退した。まあこれはロイエンタール艦隊が独断で後退させた結果ゆえ、有志連合のせいという訳ではないがな…”

「有志連合か…こうなると奴等の目的はただの辺境への示威活動に過ぎなかったという事だな。大口叩いた割には不甲斐ないというものだ」

”だが叛乱軍から見て、有志連合軍の十万隻はミューゼル軍の後詰に見えている筈だ、だからこそ叛乱軍は五個艦隊の増援を繰り出した…私はそう考えるが”

「そう考えると叛乱軍の構想と外れるのではないかな。奴等は元々再出兵を標榜していた…捕虜交換のおかげで印象は薄いがな。それを考慮すると、五個艦隊というのは増援ではなく第二陣…元々予定されていた行動ではないかと儂は思う」

”それがあったな…では叛乱軍の目的は辺境宙域の確保だと?”

「いや、奴等のアムリッツア宙域固守の姿勢を考えると、辺境防衛のミューゼル軍の殲滅を狙っているのだろう。睨み合いが長く続いたのはそのせいだ。第二陣の到着を見越して戦端を開きミューゼル軍主力を拘束、第二陣到着後殲滅する…一度一個艦隊規模で敵の増援があったろう?アムリッツァに第二陣が到着し、守備に残していた艦隊を動かせる様になったからだろう」

”…辛いな、ミューゼルは。戦況がどうあれ奴は退く事が出来ない”

「だが叛乱軍もこの後は無理は出来ない、有志連合軍の存在がある。叛乱軍から見れば帝国軍と貴族軍の見分けはつかんのだからな。不甲斐ない奴等だが、一応役には立ったという事だ…ミューゼルとて無理はすまい、増援到着までは保つだろう」

”ふむ…卿の言う通りやもしれんな。だがそうなると腑に落ちん事がある…ああ、これ以上は卿の帰還後にしよう。分かっているだろうがちゃんと髭を剃れよ。男前が台無しだぞ。では”



 男前と思ってくれていたとは意外だった…陛下へのご報告もある、髭をあたるとしようか……しかし腑に落ちない事とは一体何なのだ、勿体ぶりおって…。
「髭剃りを用意してきます」
「ああ、頼む。それとヒルデスハイム伯を呼んできてくれ」
「かしこまりました」



宇宙暦796年7月23日08:30
ボーデン宙域、ボーデン星系、自由惑星同盟軍、第十一艦隊旗艦ストリボーグ、
アイザック・ピアーズ

 「敵艦隊、僅かずつではありますが後退しています」
「全艦隊、前進に備えよ……オペレータ、ボロディン提督に連絡。状況変わらず、戦線参加の必要なし。以上だ」

 フォルゲンでの戦闘は停止したというのに、このロイエンタール艦隊というやつは…。
「毎度の事ながら隙がないな、その上しつこい。参謀長、これで何度目だ?」
「はあ、十回目からは数えておりません」
キム参謀長も呆れ顔で返事をする。そうなのだ。此方が逆撃態勢を取って以来、敵は前衛部隊を交互に攻撃参加させながら前進、しばらくして後退するという運動を繰り返していた。敵後退のタイミングで我々が追おうとするとそれを見越した様に敵は再び前進、砲撃が再開されるのだ。此方も何度か艦隊後衛を迂回させて攻撃参加させようとしたものの、その都度敵本隊が小集団を両翼に展開しながら前進し、此方の企図する攻撃は防がれていた。結果、敵味方共に戦っているのは前衛だけ、という状態だった。
「戦術行動練成でもやっているつもりなのでしょうか、敵は」
参謀長がそうぼやくぐらい、前衛部隊は戦闘開始から細かい戦術運動を強いられていた。疲労もたまっている。
「そうなのかも知れんなあ。それほど被害は出ていないし、それは敵さんも同様だ」
互いに撃破された艦艇は千隻にも満たない筈だった。後方で待機する第十二艦隊から何度か戦線参加の打診が来たが、それは断っていた。疲労はあるものの余裕を持って戦えているし、状況が変化した時の為に第十二艦隊はすぐに動ける状態でいてもらいたい…そう判断したからだ。
「参謀長、敵の次の行動が今までと同じだった場合、我々も一度後退して再編成する。前衛と後衛を入れ替えよう」
「了解しました。ですが敵は追って来ないでしょうか?」
「行動練成のつもりなら追って来んだろう。仮想敵をずっと演じてやるさ」



08:50
銀河帝国軍、ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン、
オスカー・フォン・ロイエンタール

 「叛乱軍艦隊、後退します、追ってきません」
オペレータの落胆を隠し切れない声が響く。やっとバレたか…此方の目的はお前達の拘束だ。我々が此処に存在する以上、お前達は後退できないのだからな…。
「閣下、いいタイミングだと思われます。一時後退、再編成を具申します」
「そうだな参謀長。そうしてくれ」
「ありがとうございます。閣下もご休息なさっては如何です」
「いや、ありがたいが俺はここでいい…レッケンドルフ、済まないがワインを一本頼めるか。参謀長のグラスもな」
「了解しました」

 敵は二個艦隊、味方は我々のみ…無理に戦う必要はなかった、特に主力がフォルゲンに向かってからは。ミューゼル閣下も俺の判断を是とされるだろう。
「なんだ…自分のグラスは持ってこなかったのか。取ってこい」
恐縮しながらレッケンドルフが食堂にとって返す。
「では、頂きます……閣下、盃ついでに質問があるのですが…これまでの戦闘ですが、恐れながらフォルゲン方面に比べ極めて軽微な戦闘に終始しております。閣下のご判断を疑うわけではございませんが、その…」
「副司令長官に叱責されるのではないか、か?」
「はい、恐れながら…」
「有り得ん事だヴィンクラー参謀長。これくらいで叱る様な方だとすれば、ミューゼル閣下もそれまでのお人だという事だ…叛乱軍の二個艦隊を我々が拘束した、結果主力三個艦隊はフォルゲンに向かう事が出来たのだ…その功績は大きい。心配するな、俺も卿も叱責される事はない。確かにフォルゲンでの戦いは痛み分けに終わっているがそれは俺達の責任ではないし、ミューゼル閣下の指揮が悪かった訳でもない。叛乱軍が一枚上手だっただけだ。敵に増援がなかったら、勝利していたのはミューゼル閣下だっただろう」

 送られてきたフォルゲンでの戦闘概略をモニターに表示する…叛乱軍全体の指揮官は、ほう、ヤン・ウェンリーか。まず叛乱軍第七、第八艦隊とミッターマイヤー単独での戦闘が開始…流石だな、拘束が目的とはいえ二個艦隊相手に単独で挑むとは…。
救援に駆け付けたヤン・ウェンリーの第一艦隊が出現するに至ってミッターマイヤーは後退を開始…時を置いて此方もミューゼル閣下の三個艦隊が到着、叛乱軍左翼と中央に対し攻撃を開始した……注釈が付いているな…味方三個艦隊の前衛艦艇に航行不可能な艦艇が多数?ハハ、機関部をやられて航行不可能になったのか。これでは戦闘どころではあるまい…この段階での単座戦闘艇の投入は定石にない戦法だ。叛乱軍も中々やるではないか…この段階では敵右翼はほとんど戦闘に関与していないな、後退して待機しているミッターマイヤーへの監視と牽制だろうな…確かにミッターマイヤーはこの時点で七千隻程の戦力を維持している、並の艦隊司令官なら無視してしまうだろうが、流石はヤン・ウェンリーというべきか…。
「参謀長、卿も休んでいいぞ。心配するな、何かあったら呼ぶ」

 ヴィンクラー参謀長と入れ替わりにレッケンドルフがグラスを持って戻ってきた。
「ほら、グラスを貸せ」
「あ、ありがとうございます、恐縮です…フォルゲンの戦闘概略図を見ておいでですか」
「ああ。卿は見たか」
「多少は。食堂でも流されておりましたので」
「卿はどう思う、この戦闘を」
味方は左翼…メックリンガー艦隊が中央後方を迂回し右翼ケスラー艦隊の更に右に遷移…左翼となったミューゼル閣下の艦隊が単独でヤン・ウェンリーと対峙、中央となったケスラー艦隊、右翼となったメックリンガー艦隊が、敵の左翼第八艦隊への攻撃を開始…閣下自らヤン・ウェンリーを封じてその間に二個艦隊で第八艦隊を撃破しようという事か…邪魔されずにヤン・ウェンリーと戦いたかったのかも知れんな、ミューゼル閣下は…。
「何故味方はこの…叛乱軍の増援を見逃したのでしょう。位置的に全く気が付かなったとは思えないのですが」
レッケンドルフが敵増援のシンボルを指さした。叛乱軍の第六艦隊を表すシンボルが突如、メックリンガー艦隊の右後方に現れたのだ。
「いきなり出現しているな。伏兵とも思えん……そうか。おそらくこの艦隊はヴァルトブルグ星系ごと迂回したのだろう。だから気付かなかったのだ。戦っている味方を信じてな」
「奇襲としては最良この上ないタイミングだとは思いますが、見誤れば最悪です。現に叛乱軍第八艦隊は崩壊寸前の状態に陥っていました」
「そう、紙一重だ。だからこそメックリンガー艦隊は大混乱に陥った。勝利を確信していたからこその陣形再編だからな」
後方から襲い掛かった第六艦隊に対し、メックリンガー艦隊は対処が出来ていない。崩壊寸前の第八艦隊を壊滅に追い込む為に、ケスラー艦隊と共に陣形再編中だったからだ。
「この場面だけ見ればこの第六艦隊の動きは非凡だが、後が悪いな。そのまま突撃した為に逆に半壊の憂き目にあっている。欲張ると良い事は無いな…一撃して後退、そうすれば息を吹き返した筈の第八艦隊と共に新たな戦線を構築できた筈だ」
かえって右翼に目を転じると…ミッターマイヤーが再度行動を開始している。ミッターマイヤー艦隊に七千隻に対し第七艦隊は約一万隻…流石だ、突破成功とはな。だが敵もやられっぱなしではないか、半包囲態勢の構築に入っている…。

 「痛み分けだな。敵も味方も目的を達せられないと見るや退いた…退かざるを得なかったというべきか」
アムリッツァに五個艦隊の増援が到着した事が原因だろう。オーディンからも二個艦隊の増援がこちらに向かっている…ヴィーレンシュタインの連中に先を見る目があればな…。
「もう一杯、どうだ」
「申し訳ありません、お言葉に甘えさせて頂きます…」
「どうした?」
「いえ…五個艦隊という数は確かに大規模ではあります、ですが叛乱軍のいう再出兵…アムリッツァの様に辺境を掠め取るにはいささか少なくはないかと」
「確かにな。だが再出兵そのものが領土奪取を目的とするものではないとしたらどうなる?」
「…どういう事でしょう?」
「立場を変えて考えてみろ。過去の帝国軍の軍事行動はどうだった?イゼルローン回廊がまだ帝国のものだった頃はそうした軍事行動が頻繁に行われていただろう?」
「確かに、そうです」
「奴等のアムリッツァ固守の体勢から察するに、辺境ではなく我々の殲滅を狙っているのかも知れん。戦いの主導権は叛乱軍に移った、だからこそ頭を悩ませねばならん。これまで叛乱軍が大人しくしていたから皆その事を忘れていただけだ。面倒な事だがな」
叛乱軍がヴィーレンシュタインの貴族どもをどう見ているか…後詰とみていれば有難いが……ん、オペレータが…。
「閣下、ミューゼル副司令長官からFTLです」


“観戦武官の気分を味わっている様だな、ロイエンタール”

「早くそのような身分になりたいものですな…何かありましたか」

“オーディンからの増援だが、二個の予定が三個艦隊に増強された。この三個艦隊はそちらに回す。卿は増援がボーデンに到着次第、我々の元へ移動せよ…いつまでも観戦武官で居てもらっても困るのでな”

「はっ…フォルゲン到着後の任務はどのようなものになりましょうか」

“警戒と監視だ、叛乱軍が動かない限りは。残念だがな”


「はっ…ボーデンの状況については先程送った通りであります。増援到着までこちらも警戒と監視に努めます」

“了解だ。よくやってくれた。致し方ないとはいえ、つまらぬ任務で済まんな。では”

 三個艦隊か。現状では精一杯の数だろう。しかし、この状況で本当に皇帝が死んだらどうなるのだろうか。帝国軍と有志連合が相撃つ…まさかな…。


10:00
フォルゲン宙域、ヴァルトブルグ星系外縁、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 第八艦隊の残余は第六艦隊の指揮下へ、第七艦隊のマリネスク提督には戦闘不能な艦艇を後送してもらって、残りは私のところで引き受けるか…。
「ラップ、これでどうだろう」
「そうだな…いいんじゃないか。マリネスク提督は重傷だというし、艦も中破しているしな。カイタルには俺から報告しておこう」
口笛を吹きながら私の部屋を出て行くラップと入れ違いに、パトリチェフ少佐が入って来た。何かあった?
「指示された哨戒チームですが、巡航艦を四隻ずつで三十チーム編成しまして先程行動を開始させました」
「ああ、その件か。ありがとう」
「十チームはヴィーレンシュタイン方面へ、残りは後方へと散っております。後方の哨戒チームには帝国艦を発見したら即座に破壊せよと厳命してあります」
「ありがとう。では少佐、哨戒チームへの指示は今後もそのまま少佐にお願いするよ」
「はっ」
少佐が部屋を出て行くと、ユリアンが紅茶を淹れてくれていた。
 
 「どうだった、ユリアン。初めての戦闘は…疲れたろう」
「すごく…緊張しっぱなしでした。何と言うかその…空気が重かったです」
思い出したのだろう、ユリアンは精一杯の笑顔で答えたが、笑顔はとてもぎこちないものになっている。
「ウィンチェスター…副司令長官が前に言っていたよ。戦闘中の司令部艦橋の空気は特別だとね」
「特別…ですか?」
「うん…彼はユリアンも知っての通り、歳に似合わず下士官兵からの叩き上げだ。彼が言うには同じ艦橋でも司令部と下では違うらしい。下士官兵は現場だ、だから戦闘の状況はあまり気にならないと言うんだ。戦闘中は自分達の与えられた仕事をこなすので精一杯で、周りを気にする暇はないってね」
「そうなんですか」
「彼は達観している所があるから、感じ方もちょっと特別なのかもしれないけどね」
「あの…閣下から見た副司令長官はどの様なお方なのですか?」
 ユリアンの紅茶の淹れ方はほぼ名人芸に近い。二杯目を注ぎながらユリアンの質問は続く。

 「私から見たウィンチェスターか…友人としては最高だね。同好の士、といった所かな。軍人としてはどうだろう、少し考え方は違うかな」
「主義主張が異なる、という事でしょうか?」
「それとも違うな、うーん、どう言ったらいいんだろう。彼はアッシュビー元帥の再来と言われているけど、だからといってアッシュビー元帥の様に上昇志向の強い軍人ではない。叩き上げといってもガチガチの職業軍人という訳でもない。あるべくしてそこにいる存在とでも言えばいいのか、自分の与えられた役割を自然にこなしている。気負い無くね」
「与えられた役割を自然にこなしている…」
「ユリアンにはまだ難しいかもしれないな……まあ、友人としても、軍人としても頼りになる存在だね」
「ですよね、そうですよね」
「…何かあったのかい?」
「いえ……はい、食堂で、ある士官の方が閣下と副司令長官の文句を言っているのを見てしまって…その方はひどく酔っていたみたいですけど、気になって」
「ふうん。その士官は何て言っていたんだい?」
「ええと…ヤン提督とウィンチェスター副司令長官は時流に乗っただけの頼りない指揮官だ、第六艦隊が来なかったら敗けていた、って…」
「ハハハ…その士官にとってはまさしくそうかも知れないね。それに、第六艦隊が来なかったら、あの場では敗けていたのも本当だ。私は宙域からの撤退を考えていたからね」


10:30
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ユリアン・ミンツ

 「そうなんですか?」
自分でも驚くくらい素っ頓狂な声が出てしまった。ヤン提督は笑いながらコンソールを操作し始めた。デスクの上に浮かび上がったホログラムはフォルゲンとボーデン、そしてアムリッツァ宙域だった。
「フォルゲン…戦っていたのはヴァルトブルグ星系だが…こう我々が後退していく…後退していけば何れはアムリッツァ宙域にさしかかる」
立体画像にはフォルゲンに展開する同盟軍のシンボルが、アムリッツァに後退していく様子が浮かび上がっている。第一艦隊(う ち)が最後尾だ…。
「当然帝国軍も我々を追ってくる訳だが、彼等の追撃はアムリッツァ外縁部で一旦停止する筈なんだ…まあこれは私の予想なんだが、かなりの確率でそうなるだろう」
敗けと言われても笑っている提督はなんとなく予想できたけど、戦争なんて無い方がいいと普段仰っている提督が、僕に活き活きと戦術や帝国軍の考えを説明してくれるのは意外だった。
 「でも…帝国軍にとっては、アムリッツァ宙域を奪い返す絶好の機会なんじゃないですか?」
「そうだね。でも帝国軍の立場になって考えてごらん…謂わばアムリッツァはこの方面の叛乱軍の本拠地だ、厳重な警備がしてあるに違いない、飛び込むには注意が必要だ…と彼等は考える。常識的な軍人、優秀な指揮官ほどそう考える…特に帝国辺境防衛司令官のミューゼル大将…ウィンチェスターも高く評価するその彼が、そんな危険を冒す筈はない。フォルゲンとボーデンに展開した我々の兵力から、アムリッツァに残留する兵力を推測するだろうし、我々がハーン方面からの帝国軍の侵攻も考慮している、と彼等は考えている筈だからね」

 ハーン方面から…先年ウランフ提督が戦死した戦いだ。帝国軍は普段使う事のないフェザーンに近い宙域から攻めて来た…と、前に提督が仰っていた。そして帝国軍のミューゼル大将……この名前は、副司令長官と提督の会話の中で聞いた事がある。会った事があるとも言っていたし、お二人の会話に出てくるくらいなのだから、優秀な帝国軍人なのだろう。
「現にアムリッツァには五個艦隊が到着している。この状況では帝国軍に勝目はないね。それに帝国軍がそのつもりなら、ヴィーレンシュタインで待機中の帝国軍が最初から動いている筈だ。彼等が動かない事が、ミューゼル軍がアムリッツァに侵入しない事の証なんだ」

 提督は空になったカップにブランデーを注ぎ始めた。最近酒量が増えている事が心配なんだけど…。
「では…ヴィーレンシュタインで待機している帝国軍の目的は何なのでしょう?味方が戦っているのに助けないなんて」
「あちらさんにはあちらさんの事情があるという事さ。おそらく大貴族の艦隊か何かだと思う。ウィンチェスターもそう考えている」
大貴族の艦隊?帝国軍ではない?
「帝国には帝国軍、いわゆる正規軍と、形式的には帝国軍には属しているものの、正規軍の命令系統には属していない私的な軍隊が存在するんだ。それが貴族の艦隊さ」
「その貴族艦隊がヴィーレンシュタインに展開している…では、帝国軍は貴族艦隊に頼らなければいけない程戦力が少なくなっている、という事でしょうか?」
「うーん、帝国軍はそれほど柔じゃないよ。オーディンには十個艦隊程の戦力を維持している筈だ。彼等は政変に備えている」
「政変…?」
「皇帝フリードリヒ四世は不健康な老人らしい。彼が死ねば、帝国の支配層の間で次期皇帝の座を巡って政変が起こるそうだ。ウィンチェスターの予想ではね。その政変を防ぐ為に、帝国軍の主力はオーディンから動けない。辺境守備の兵力がミューゼル大将率いる五個艦隊だけ、という事実が、彼の推測を補強しているんだ」
「そうなんですね」
「ウィンチェスターの推測が正しいと私は思っている。だがそうなるとヴィーレンシュタインの貴族艦隊の目的は何なのか、という事になるんだが…」
「堂々巡りですね」
「ああ、全くその通りさ。味方であるミューゼル軍を助ける訳でもなく、ヴィーレンシュタインでただじっと構えている…目的が分からないんだ。それに貴族艦隊である、と決めつける訳にもいかないからね」

 貴族艦隊の可能性は高い…ウィンチェスター副司令長官もそう予想していると提督は仰っている。だけどそう決めつける事も出来ない…両方の可能性に備えて方針を考えなきゃならないなんて大変だなあと思う。仮に、ヴィーレンシュタインの戦力が貴族艦隊ではなく、帝国の正規軍だったらどうなるのだろう?その疑問を口にするとヤン提督は少し間を置いて答えてくれた。
「同盟軍が敗けるかも知れないね」










 


 

 























  

 

第百五話 瓦解の一歩

宇宙暦796年7月23日12:00
アムリッツァ宙域、カイタル、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第九艦隊ヘクトル、
ヤマト・ウィンチェスター

 「ヤン提督、もうしばらくきついとは思いますが、宜しくお願いします」

“なるべく早く戻ってきて貰いたいね、まあこれは冗談だが…武運を祈ってるよ”

「そのつもりです。では」

少しやつれてたな…だけど、この戦いでヤンさんは犠牲と引き換えに重要なものを手に入れた。ヤンさんと、その下で動いていた艦隊との連携だ。
 ひどい言い方になるけど、実際に戦ってみないと分からない事がある。じゃあ艦隊の訓練は何の為にやってるんだ、って話だけども…戦闘中困る事がない様にしつこく訓練をするんだが、その訓練内容というのは実戦とは程遠い。装甲服着用の白兵訓練や単座戦闘艇(スパルタニアン)の戦闘訓練はまた別だけど、実戦に近い内容にしてしまうと評価基準を統一出来ない上に、安全が確立出来ないからだ。安全な訓練をやって意味があるのか、という意見も少なからずある。でも安全基準があるからこそ余力も分かるし、無理がどのくらい利くのかという事が分かるのだ。

 それに、安全じゃない訓練など誰もやりたがらない。そんな訓練を立案するヤツはアホの極致と言わざるを得ない。訓練で怪我や死亡したら意味は無いし、戦地に送る前に戦力減少になるのだから、組織にとって悪夢としかいいようがない。戦争をしているから、軍隊だからといって何でも許容される訳ではないのだ。
 だけどその一方で実際の戦闘は何が起こるか分からない。相手が、敵が居るからだ。訓練と違って実際の戦闘では、良いと思った事は何でも許容される。後から見ればこりゃ無理だろうといった事も平気で行われる。戦っているのは自分だけではないからだ。味方を援ける事が結果として自分も楽を出来るし、トータルとしての損害を減らす事につながる。連携という見えない要素が出て来るのはここだ。同じメンバー、指揮官同士で共に戦闘を行えば行うほど、その人がどういう指示や動きをする、又はしがちなのかという事が判る様になるのだ。

 要するにクセなのだけど、これはシミュレーションや訓練では中々見えてこない。シミュレーションや訓練には評価やレギュレーションがつきまとうから上に状況や数値が単純化されているから、ほとんどの人間が似たような傾向になる。シミュレーションではやるけれども実戦ではやらない…なんて事もある。逆もまた然りで、実際の戦場に立たないと見えない事の方が多いのだ。用兵家なんてロクなもんじゃない、というヤンさんの言葉はここに集約されている。それだけ敵も味方も殺しているというからだ。

 「全艦隊、ハーン宙域に向けて発進。参謀長、先行の第四艦隊に命令、改めて警戒を厳とせよ。前路哨戒を厳しく実施せよ」
「はっ」
通信オペレータの元へ向かうタナンチャイ参謀長の脇を抜けて、スールが近付いて来た。何だ?
「分艦隊司令のダグラス少将、バルクマン少将が本艦への乗艦許可を求めておられます」
「通信では…了解した、艦長、許可を出してくれ」
二人が現れたのは三十分後だった。
「何だか久しぶりな気がしますな、副司令長官閣下」
「もっと楽に話せよ、マイク…二人共、俺の部屋に行こうか。副司令と参謀長も一緒に来てくれ。フォーク、後を頼む」


12:45
タナンチャイ・タナワット

 ワイドボーン副司令をはじめとして、私以外の参謀チームは副司令長官との付き合いが長い。だから彼等は副司令長官がどういう考え方をされる方なのか、おぼろげながらも知っている。私はと言うと…驚く事の方が多い。ブルース・アッシュビーの再来と呼ばれる閣下だが、ただの優秀な戦術家、艦隊司令官ではない。今回の作戦もそうだ、普通なら進攻経路として使わないハーン方面からの進撃…。以前に一度聞いた事がある、何故この経路を選んだのかと。
『誰も使わないじゃないですか。単なる思いつきです』
その時ははぐらかしてそう言ったと思ったのだが、ワイドボーンや参謀達、副官のローザス少佐に尋ねると、
『本当に単なる思いつきだと思いますよ』という返事が返って来る始末だ。何を考えているか分からない時があるという。

 「本当にこのままハーンに進んでいいのかという事だ。フォルゲンやボーデンでは味方が戦っているんだぞ」
「心配は要らないよ、オットー。ヤン提督なら大丈夫だ」
「その根拠を示して欲しい」
「私の勘…では駄目かい?」
「あのなあ、それで納得するなら此処まで来はしないぞ」
バルクマン少将…副司令長官の同期だ。にやけながら黙って見ているダグラス少将も同様だ。公私共に親交が深いと聞いている。その彼等が此処まで来るという事は、副司令長官は彼等にすら作戦会議レベルの情報しか与えていないという事だろう。
「参謀長はどう思われる?副司令長官はご自身の考えに自信がお有りの様だが」
私に振るな!
「…そうですな、私は閣下の方針に異存はありません。それに、この段階での作戦変更など混乱を生むだけです。違いますかな」
「それはそうだが」
ワイドボーン副司令も何も口にしない。おそらく彼も聞かされていないのだろう。そんな状況なのだから異存などある筈もない。作戦の可否について諮問を受けた事すらないのだから…今更何か言おうものなら参謀長としての資質を問われかねん…軽い咳をして、閣下が再び話し始めた。
「オットー、作戦会議を忘れたのか?この作戦の目的を」
「忘れてはいないが」
「だったらそんなに心配しなくてもいいだろう…もう少ししたらちゃんと話す。だから今は一杯やってくれ。ローザス少佐、ビュコック長官に貰ったブランデー、出して」



帝国暦487年7月23日23:00
フォルゲン宙域、ヴァルトブルグ星系外縁、銀河帝国、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「叛乱軍に増援が現れました。半個艦隊規模、おそらく第十三艦隊だと思われます」
「…ヤン・ウェンリーではなくとも曲者なのだろうな、第十三艦隊の指揮官は」
「何故そう思われるのです?」
「考えてもみろ、初代指揮官がウィンチェスター、次がヤン・ウェンリーだ。二度ある事は三度あると言うではないか」
「冗談を言えるのであれば大丈夫ですね、ラインハルト様」
「何だと…」
キルヒアイスの言葉に、ふてくされるのが分かる自分が居る。
「他に何か変わった事は」
「増援を報告してきた通報艦は消息を絶ちました。他の偵察グルッペも同様です。叛乱軍はかなり厳重に警戒線を敷いている様です…同様に叛乱軍の偵察部隊も出没しておりますが、見つけ次第撃破しております」
警戒が厳重なのは理解出来るが、何故増援が半個艦隊のみなのだ…アムリッツアには五個艦隊の増援が入った筈、二個艦隊程寄越してもよさそうなものだが…。
「艦隊司令官達を集めてくれ。今後についての検討を行う」

 
23:30
ジークフリード・キルヒアイス

 ミッターマイヤー、ケスラー、メックリンガーの三提督が乗艦したのは三十分程経ってからだった。
「この(ふね)は自ら乗るものではないな、そうは思わないか、ケスラー提督」
「そうだな」
「メックリンガー提督、何故そう思われるのです?」
「キルヒアイス参謀長、卿はこの艦に乗っているからそうは思うまい…ブリュンヒルトは虚空の美姫だ。外から眺めるに限る」
「なるほど。でもブリュンヒルトはお飾りではありませんよ」
「当然だ。美しいものには刺があるというからな」
メックリンガー提督は芸術家提督と呼ばれるだけあって、表現が他の方達と少し違う。ケスラー提督やミッターマイヤー提督は慣れっこなのだろう、何も言わず頷いているだけだ。

 「話が弾んでいる様だな、卿等」
フェルナー少佐を伴ったラインハルト様が会議室に入ってこられたのは、それから更に十分程経ってからの事だった。
「集まって貰ったのは他でもない。我が軍の行動を決定する為だ。通信でもよかったのだが、直ぐに状況が変わる訳でもない。顔突き合わせて話をした方が、気分転換になると思ったのでな…ロイエンタールには悪いが、卿は映像のみだ」

”三人寄れば賢者の知恵…と古くより言いますからな。小官は特等席で賢者ぶりを拝見させていただきます“

他人事か、などと野次が飛ぶ…これならいい、まだ士気は旺盛だ。ラインハルト様と共に彼等を選んだ私が言うのもおかしいが、彼等と行動を共にするようになって改めて判った事がある。何よりも指揮官として優秀という事だ。参謀、つまり助言者として優秀な事と、指揮官としてのそれは全く違う。指揮官に必要なのは、意思決定者として自らの判断に対し責任を負う事が出来るかどうかだ。自分の指示一つで万単位の人間が死ぬ事もある、その事実に押し潰されないだけの胆力を持たねば到底指揮官など無理だろう。シミュレーションだと出来る事が実際には実行出来ない…訓練の勇将、実戦の弱将がごまんと居る中で彼等という者達を見つける事が出来たのは、ラインハルト様にとっても私にとっても本当に幸運だった。

 「上層部の指示は増援到着まで現状維持、待機だ。一戦し、我々を抜き難い…叛乱軍にそれを示した。上層部の指示は理解出来る」
「閣下がそうお考えならば我々はそれに従います。ですが、ただ待つのでは叛乱軍に侮られるのではありますまいか」
「その通りだ…指示は指示として、ただ待つのは無聊を託つというものだ…ミッターマイヤー、何か思う所があれば申してみよ。おそらく卿と私の考えは同じ筈だ」
ラインハルト様がそう言うと、再びミッターマイヤー提督が自らの案を語り出した……閣下の艦隊から兵力を各艦隊に分派してもらい、各艦隊を再編成したのち可能な限り攻勢防御を実施する…という、かなり能動的な案だった。
「我々が活発に活動すれば、それだけ叛乱軍の注意を引きつける事が出来ます。その上で敵兵力の漸減に徹する…まあ、新たにアムリッツアからの増援が出現するかも知れませんが、その分ボーデンに回す敵兵力を吸引することが出来ます。こちらの増援の到着後は逆に叛乱軍に圧力をかける事が可能になるでしょう…閣下にはご負担を強いる事にはなりますが…」
最後は済まなさそうに意見を終えたミッターマイヤー提督だった。負担を強いるか…ラインハルト様はそれを決して厭う方ではない。
「構わない。キルヒアイス、我が艦隊の残存兵力はどれくらいだ?」
「はい…一万二百隻です」
「ふむ…では七千隻を各艦隊に振り分けるとしよう。同時に私の率いる本隊の艦艇編成を改める。本隊は高速戦艦と巡航艦で編成する…七千隻の振り分けはキルヒアイス、卿と各艦隊司令官に任せる。再編成完了は明日一二〇〇時とする」
「了解いたしました」
「よし…フェルナー」
「はい」
「卿はブラウンシュヴァイク公の許へ特使として赴いてもらう。意味は分かるな?」
「はい。陳情の形を借りた公の補佐という事で宜しいでしょうか」
「その通りだ。此方まで来る事はない、こちらの状況を説明した上で、ただ督戦して欲しいと伝えるのだ。公が動けば前線の士気は上がるとな」
「はっ」
「では各人共かかれ」




7月24日19:00
フォルゲン宙域、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン
ヤン・ウェンリー

 対峙というのは心身共に疲労していく。特に精神面で…距離を取っての睨み合いであるから、直ぐに戦闘状態に入る事はないものの、敵から目を離す事が出来ない。適度に気を抜きながら緊張を維持する、という矛盾する態勢を維持しなければならないのだ。

 しばしの静寂を破ったのは、入電を報せる第一艦橋からのコール音だった。対応したムライが厳しい顔をしている。
「哨戒中の第十三艦隊より通報です…帝国軍と思われる哨戒部隊との触接あり。哨戒部隊の後方に一個艦隊規模の兵力を確認、通信傍受によりミッターマイヤー艦隊と判明…以上です」
「了解した。中佐、第十三艦隊に通達。敵本隊が近付いてくる様なら距離をとって無理な戦闘は避ける様にと。状況によっては後退も許可する」
ムライ中佐は一瞬何か言いたげな顔をしたが、敬礼して通信オペレータと連絡を取り始めた。
「ヤン、これは示威行動かな、手を出すなっていう…それにしてもミッターマイヤー艦隊はどこから兵力を持ってきたんだ?報告の通りに一個艦隊規模となると一万隻を越える。受けた損害をほとんど回復した事になるぞ」
ムライ中佐程ではないが、そう言うラップの顔は深刻そのものだった。
「大規模な増援があったのなら、ミッターマイヤー艦隊だけが現れるというのは不可解だよ。おそらくミューゼル大将は麾下の艦隊の兵力の再編成を行ったんじゃないかな。自分の艦隊から兵力を派出したんだと思うよ」
「話は分かるが、麾下の三個艦隊の損害を回復するとなると、ミューゼル艦隊はすっからかんになるんじゃないのか…敵の心配をしてやるのも妙な話だが」
「そうだね。でも数が不揃いのままの四個艦隊で戦うより、一つ潰して完全編成に近い三個艦隊を揃えた方が短期的には戦力としての集中度は増加する。確かにミューゼル艦隊は戦力としては計算外になるだろう、でもその代わりに彼は指揮統率に集中出来る、自分の艦隊は気にしなくていいんだから…どうかな?」

 ラップの問いに答えながら思った、これは厄介だ。これでミューゼル大将は先年のボーデンで見せた戦術能力を最大限に発揮出来る、しかも規模を拡大してだ…こちらも第七、第八艦隊の残存兵力をウチと第六艦隊に振り分けたから損害は回復しているが、それでも二個艦隊強、アッテンボローの艦隊を合わせてやっと五分かどうかというところだろう。それにこちらは敗残兵を吸収したのに対して帝国軍はそうではない。戦意、士気、連携の度合は帝国軍の方が上だろう。むしろ危険度は戦闘開始時より増しているかもしれない。
「…やる気のある敵というのは困ったもんだな、ヤン」



22:30
銀河帝国軍、ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 「叛乱軍、相変わらず我々と一定の距離を保ったままです。こちらの有効射程圏内には入ろうとしません」
そう報告を上げてきたドロイゼンの顔は複雑な色を帯びていた。嘲笑、怒気…。
「敵は名うての第十三艦隊だ。ウィンチェスター、ヤン・ウェンリーの後を継いだ指揮官は慎重な男らしいな」
戦力の補充は受けたものの、余裕がある訳でもないし……。
「参謀長、ケンプ少将と映像回線を」
ややあってケンプの花崗岩の様な顔が映し出された。

“お呼びでしょうか”

「ケンプ提督、卿にバイエルライン、レマー、ジンツァーを預ける。叛乱軍を後退させて欲しい」

“了解ですが、敵戦力の漸減が目的なのでは?”

「無論そうだ。だが戦おうとしない敵を誘い出すには策が必要だ…疑似突出と後退をしつこく繰り返した後に急速前進すれば後退するだろう。その後に改めて引きずり出す」

“了解しました…後退しない時はどの様に?”

「それこそ我々の望むところだろう、違うかな?」

“はっ!善処致します”

「準備出来次第、行動に移れ」



7月25日10:30
ヴァルハラ星系、オーディン、銀河帝国、新無憂宮、バラ園、グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 「難儀な事であったの。もう大事ないか」
「はっ。私めの艦内とはいえ、油断しておりました。伯爵夫人に難が及ばなかった事がせめてもの救いでございます」
「そうじゃな。そしてそちの居ぬ間に辺境では叛徒共とまたぞろ戦が始まっておると聞いておる。アンネローゼの弟は頑張っておる様じゃな」
「お聞きに及びでございましたか。あれは無類の戦上手、下手な事では敗れませぬ。ご心配には及びません」
「そうか。そのアンネローゼの事だが、そちの妻にせぬか」
「な、何と仰せられまする」
「フフ、冗談じゃ。じゃがその様な風聞が宮廷内を飛び交っておるのも事実でな。国務尚書と相談し善処致せ」
「はっ」
陛下が去って行く。此処には何度か呼ばれた事があるが、これ程言葉多き陛下を見た事がない。

 「謁見は済んだ様だの。陛下も随分とご機嫌な様子であった」
バラの陰から表れたのは国務尚書リヒテンラーデ侯だった。
「聞いておられたのか」
「うむ。場所を変えよう」
国務尚書の執務室に場所を変え、改めて侯の話が始まった。
「余計な事をしてくれたものじゃな」
「何の事だ」
「陛下も仰せられておった。グリューネワルト伯爵夫人の事よ。ああも噂が出た以上、後宮に戻す事は難しい。卿、本当に妻にせぬか」
「何を仰せられる、儂にその気はない。ミューゼルを存分に働かせる為にした事だ。奴の覇気を和らげる為でもある」
「ほう。ミューゼルは危険か」
「ゴールデンバウム王朝にとっては危険だろう。あれは簒奪を企んでいる。すでにご存知かも知れぬが」
「うむ」
「陛下のお側に伯爵夫人が居る限り、あれは簒奪の意思を捨てぬだろう。最早そうでなくともその意思を曲げる事はないかも知れぬ。だが伯爵夫人が奴の近くに居れば、陛下に向ける怨恨の量は薄くなると思ったのだ…陛下ご自身は何も気にしておられなんだが」
「もしや…ゴールデンバウム王朝と帝国は別、と考えておるのか」
「そうではない。私は帝国に忠誠を捧げている。帝国とゴールデンバウム王朝が一体である限りそれは同一の物だ。陛下に難が及べばそれは帝国の混乱を意味する。それを避けたいだけだ」
「ふむ…ミューゼルを処断すればよいだけにも思えるが、卿にとって奴の戦才は捨て難いようじゃの。保険という訳か」
「そうとってもらって構わぬが」
「詭弁にも聞こえるが、現状では仕方ないか。貴族どもがあれではな」

 貴族ども…有志連合の事か。辺境の情勢に慌てた大貴族の連合……許し難い事ではあるが、軍事的には辺境は緩衝地帯に過ぎない。帝国中枢を固めておきさえすればよいのだ。結果叛乱軍の補給線は延び、奴等に膨大な負担を強いる事が出切る。叛乱軍が辺境を押さえても、その経済的基盤がとてつもなく小さいが故にインフラ開発から主導せねばならない。叛乱軍の領域に隣接しているアムリッツァとは違うのだ、軍事的に補給面で負担を与え、経済的にも大きな負担を強いる事が出来る。現実的には辺境領主達は平民達とそれ程変わりはない。政治的にどの様になろうとも、日和見で望むだろう。帝国建国から五百年近く経っても貧しいままで、政治的、軍事的にイニシアチブを取れぬ者達の処世術とは大昔からそういうものだ。叛乱軍がどれだけ経済的援助を与えてもどうにもならんだろう。貴族達にはそれが分かって居らんのだ…だが貴族達を無視する事は出来ない、帝国内に限って言えば、その経済的軍事的な勢力は巨大なものだ。陛下がお倒れになり奴等が暴れだす様な事態は絶対に避けねばならん…。

 「ところで、卿の命を狙った刺客の黒幕についてはどうなったかの。何か分かった事はあるか」
「それについては何も判明しておらん。そういった調査は不得手でな」
「さもあろう…こちらでも調べておる。もうしばらくすれば何か分かるであろう。で、グリューネワルト伯爵夫人の事だが…」



7月24日04:00
ハーン宙域外縁(シャッヘン方向)、自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦ヘクトル、
ヤマト・ウィンチェスター

 「第四艦隊より報告、帝国軍の哨戒部隊多数を撃破、シャッヘン宙域中心部に至る空間には有力な敵集団は発見出来ず」
「了解した。少佐、返信だ。第四艦隊は進撃を続行、アルメントフーベル宙域に向かえ……皆を集めてくれるかい」
入口まではすんなり入れた訳だ…さあ、原作フォーク氏原案、俺修正による帝国領進攻の開始といきますかねえ!

 司令部艦橋にぞろぞろとうちの参謀達が集まって来た。通信画面には各艦隊の司令官達。そしてビュコック司令長官。
「ビュコック長官、始めます」
「うむ」
「今作戦の目的は、ハイネセンでの作戦会議でも述べた通り、敵…帝国の心胆を寒からしめる事が目的です。ここまでで質問のある者は……居ませんね。情報漏洩を避ける為に具体的な攻撃目標はこれまで発表しませんでしたが、今ここに発表したいと思います。攻撃目標はキフォイザー宙域中心部、キフォイザー星系のガイエスブルグ要塞。この要塞を破壊します」
フォーク達が軽くざわついたけど、気にせず続ける。
「幸運な事にシャッヘンまでは帝国軍の姿はありません。おそらくアルメントフーベルも同様でしょう。そしてガイエスブルグ要塞には駐留艦隊は存在しません。フェザーン経由の情報でこれは明らかになっています…同要塞はイゼルローン要塞がそうだったように、帝国軍の武威の象徴です。この要塞を破壊すれば、帝国の威信は地に落ちるでしょう」
軽い沈黙の後、画面の向こうのムーアが手を上げた。
「どうぞ」

”占拠して基地として活用する、のではなく、破壊ですか“

「そうです。占拠し続けるにはガイエスブルグ要塞までの補給線を確保せねばならなりません。そんな余裕は我が軍にはありません。だが将来を考えるとあっても邪魔なだけです、この機会に破壊します」

”もったいない気もしますが“

「確かにもったいないですが、あれば帝国軍が使うだけです」

”そうですね、了解しました“

「続けます。同時にハーン宙域を確保、占領します。その為の部隊はビュコック司令長官が率いて向かっておられる。長官、そろそろイゼルローンを抜けた頃ですか?」

”うむ。明日にはアムリッツァに入る予定じゃよ。貴官の要請通り、帰還兵から百万人、同盟に残留を希望した元帝国兵、合わせて百五万人を輸送中じゃ。イゼルローンに集積してある物資も根こそぎ運んでおる“

「ありがとうございます」
流石にハーン占領には皆驚いているみたいだな。ハーン宙域は主要航路には位置しているものの、原作でもその存在が忘れられているような場所だ。辺境領主もそれ程おらず、帝国軍すらほとんど立ち寄らない、打ち捨てられたに等しい所でもある。以前行っていた経済援助もこちらには敢えて実施しなかった。ハーンの辺境領主達にアムリッツァの繁栄を見せつける為だ。帝国にも見捨てられたに等しいハーンの領主達がアムリッツァを見てどう思うか…。考えついたのは捕虜交換が終わってからだった。

 帰還兵達がとりあえず同盟軍に復帰するとしても、もう戦うのはゴメンだ、という連中も大勢いるだろうと思ったからだ。同盟残留を決めた元帝国兵達の身の振り方もある。いきなり同盟社会に溶け込むのは難しいから、同盟軍が面倒を見るしかない。だからといって彼等が元の祖国と戦うのをよしとするか判断できなかったし、ならば彼等にも植民に参加してもらえばハーンの帝国人達の馴化に都合がいいだろうと思ったんだ。進攻作戦は既に動き出していたけど、人員輸送と物資輸送だけだから、軍の作戦の一部という事で新たな予算措置も要らず、隠し通す事が出来た。

”ハーン安全化の為に、帝国軍の根拠地となるガイエスブルグ要塞を破壊する…という事ですな。なるほど、なるほど…ですが帝国軍の反応が気になりますな“

「一番近いのはヴィーレンシュタインに存在する帝国艦隊ですが、帝国軍我々の動きに気づいて彼等をキフォイザー宙域に向かったとしても、十日はかかる。オーディンからは十五日です。そして、我々が同宙域に到達するのは八日後だ。時間的余裕はある」

”まるで空巣の様ですが…“

「心胆寒からしめるという事はそういう事ですよ、ムーア提督。違いますか?」

”それもそうですな“

「他に質問がなければ、このまま艦隊速度最大で進撃を続行。以上です。部署に戻って下さい」


通信画面にはビュコック長官だけが残っていた。
「結局、長官のお手を煩わせる事になってしまいました」

“構わんよ。国内でただ待っておるのも手持ち無沙汰じゃからな。それに我々がアムリッツァに到着すれば、貴官等がアムリッツァから消えた事を帝国軍はしばらく気づかんじゃろう”

「…まさか長官、フォルゲンの増援に行こうとか考えてませんか」

”その通りじゃ。貴官等の存在を隠し通す為にも、せめてもう一個艦隊は出張らんとな。増援がアッテンボローだけではそのうち疑われてしまう。この段階で儂が前に出れば、帝国軍の目は自然とフォルゲンに向くじゃろうて。違うかな?”

「それはそうですが…相手はミューゼルです。危険です」

“なあに、ヤンもおる。それに二十にもなっておらん若者に敗ける程、まだ老いぼれては居らん。大丈夫じゃ”

「…分かりました。本当に面倒をかけて申し訳ありません」

“ハハ、詫びは貴官が帰ってから改めて聞くとしよう。ではな”

 通信は切れた。迂闊だった、これだけの大作戦なのだ、自分だけ国内で待っている様な人じゃない事はアニメで解っていた事じゃないか…長官が言う様にヤンさんも居るしまあ大丈夫だとは思うけど、ラインハルトにとって同盟軍宇宙艦隊司令長官というのは美味しすぎる餌だ…。
「あの、閣下?大丈夫ですか?」
「え?ああ」
ミリアムちゃんの心配そうな声に振り向くと、うちの参謀達が俺を見ている。
「聞いての通りだ、長官の為にも頑張らないとなあ。よし、ここからは内輪の話だ。ワイドボーン副司令」
「はっ」
「宇宙艦隊副司令長官として命じる。貴官を臨時の第九艦隊司令官に任ずる」
「え?あ、拝命致します!」
「宜しい。スタッフもそのまま残す事にする…ところでワイドボーン提督、この艦隊は最後尾に位置しているが、今必要な措置は何だろう?」
「はっ…通信、連絡の維持であります」
「そうだ。処置は君に任せる。いいね?」
「了解しました!」
「宜しい…それと提督、戦艦を一隻融通して欲しい。旗艦戦艦は空きがないから…指揮通信機能を増強してある艦がいいな」
「どうなさるのです?」
「移乗してそこから全体を指揮する。その方が君も気兼ねなく艦隊を指揮出来るだろう?」
「ありがたいですし、分かる話ですが、危険です。お勧め出来ません、反対です」
「前に出る訳じゃない、簡単に死にたくないからね…ここに居たら私もどうしてもこの艦隊が気になってしまうし、そうした方がいいんだ。百隻程護衛も呉れるかい?」
「せめて千隻程お連れして欲しいのですが…解りました、準備致します」
「ありがとう、頼むよ」

 解散して自室に戻ると、間髪入れずにミリアムちゃんが部屋に入って来た。
「どうした?」
「艦を移乗するなんて…危険です。奥様に何と申し上げたらよいか」
「おいおい、嫁を出すなんて卑怯だろう」
「こうでも言わないと止めていただけそうにありませんので」
「副官変えようかな」
「え?」
「冗談さ。でも移乗は撤回しないぞ」
「小官も連れて行っていただけるのですよね?」
「…君は第九艦隊司令官の副官だろう?私は宇宙艦隊副司令長官でもあるけど、二人も副官は要らないからそのままにしておいただけなんだが」
「ワイドボーン提督は自分で副官をお選びになるでしょう。それに副官任務は慣れるまでに時間がかかります。今は戦闘行動中ですし、新任者も慣れている暇はありません」
「それはワイドボーンの新しい副官にも当てはまるんじゃないのかい?」
「あ…」
「ハハ…ワイドボーンはワイドボーンで選ぶ…その通りだ、これからも宜しく頼むよ」
「ありがとうございます!」

 

 

第百六話 焦燥

帝国暦487年7月25日23:00
フォルゲン宙域、ヴァルトブルグ星系中心部、銀河帝国、銀河帝国軍、メックリンガー艦隊旗艦クヴァシル、
エルネスト・メックリンガー

 「犠牲を出しながらもミッターマイヤー艦隊の追撃を振り切るとはな。流石は第十三艦隊と言うべきか」
概略図にはミッターマイヤー艦隊と叛乱軍第十三艦隊の戦闘の様子が映し出されている。ミッターマイヤー麾下のケンプ分艦隊を主力とする六千隻が第十三艦隊と対峙…敵は一定の距離を取っていたが、十数度に渡る疑似突出と後退による欺瞞行動にひっかかり、急速に追撃に移ったケンプ分艦隊の行動に対応出来ず、千隻程の犠牲を出して急速後退していった。その逃げ足は見事なもので、ミッターマイヤー本隊が迂回の動きを見せた時には既にケンプ分艦隊の有効射程範囲から離れていた。
「逃げ足は一級品ですね。余程我々と戦いたくないのでしょうか」
副官のザイフェルトが呆れた様な声を上げる。
「そうではあるまい。叛乱軍も戦力維持を第一に考えているのだ。奴等とて無限に戦力を保持している訳ではないからな。監視と牽制に済めば越した事はないとでも考えている筈だ」
「しかし叛乱軍は五個艦隊の増援を繰り出しました。第十三艦隊はその先陣では?」
「その戦力は我々を殲滅する為の戦力だろう。名高い第十三艦隊を餌に我々を引きずり込もうとしているのかもしれん。第一艦隊、第六艦隊が救援に来ないのがその証だ。敢えて後退戦を演じてアムリッツァ外縁辺りで増援と合流し、包囲殲滅を考えているのかもしれん」
「我々はそれに乗らずに漸減作戦に徹する…という訳ですか」
「上層部の指示は待機だからな。その枠内ではそれが精一杯だ」
ザイフェルトは納得した様に頷くと、飲物を持って参りますと言って従卒と共に艦橋を降りて行った。

 改めて全体の概略図を見直す…ここフォルゲンでは激しい戦闘が行われているのに対して、ボーデンでは緒戦こそ戦闘があったものの終始睨み合いが続いている。ロイエンタールと叛乱軍、互いに相手を逃がさない様にしているのだ。分かりきった事だが、我々帝国軍が撤退出来ないのに対し叛乱軍はいつでもアムリッツァまで後退出来る。奴等に増援が現れた今ならいつでも撤退しても良さそうなものだが…我々の戦力規模が判明している以上、叛乱軍は遮二無二フォルゲンとボーデンで戦わなくてもいいのだ。叛乱軍はここフォルゲンに三個艦隊ないし四個艦隊を展開している。ボーデンには二個艦隊。アムリッツァには此処に現れた第十三艦隊を差し引いて四個艦隊……合計九ないし十個艦隊だ。それに引き換え我々は両宙域合わせて四個艦隊弱…こちらの増援が到着しても七個艦隊、劣勢なのは間違いない。

 「どうぞ。ミネラルウォーターですが」
「長丁場だからな、酒じゃない方がありがたい」
冷えたミネラルウォーターが喉に心地よい……叛乱軍の意図が見えない。奴等の目的は帝国領侵攻だ。ただでさえ長期戦を覚悟せねばならないだろうに、のんびり対峙に終始しているのは何故だ…ヴィーレンシュタインの貴族艦隊が躊躇させているのか?有り得る話だ、叛乱軍も流石に正規軍と貴族の私設艦隊の判別は出来ないだろう…叛乱軍が貴族艦隊を正規軍と思っているなら理解出来る。やはり我々を先に撃破した後に次善の策に移るつもりなのだろうか…。

 「ミッターマイヤー艦隊より全艦隊に向けて発信…新たな叛乱軍艦隊出現、規模は一個艦隊強。警戒を……」
参謀のシュトラウス大佐が報告し終わらぬうちにミューゼル閣下からの映像通信が入る。各艦隊に向けての様だ。
「卿等、聞いての通りだ。全艦隊、微速前進。先行のミッターマイヤー艦隊と合流する。ミッターマイヤー艦隊は戦闘を回避しつつ警戒、現状維持に努めよ」


宇宙暦796年7月25日23:10
フォルゲン宙域、ヴァルトブルグ星系外縁部(アムリッツァ方向)、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、
第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「まさかそんな計画だったとは…ウィンチェスターは何も教えてくれませんでしたよ。それに長官もお人が悪い」

“また奴の例の思いつきじゃ。それに情報漏洩を避ける為でもある。”

「帝国は本当に感知していないのでしょうか。フェザーン経由で艦隊の動きが漏れてもおかしくはないと思うのですが」

“どうやらウィンチェスターの部下がフェザーンで上手くやっておる様じゃ。何だったかな、確かバグダッシュという男じゃ”

「その名前なら聞き覚えがあります。ウィンチェスターが名指しで欲しがる訳だ」

“知っておったか。情報戦の達人らしいの…しかし、全く思いつきにも程がある。それで儂も少し腹が立っての、思いつきでここまで来たという訳じゃ”

「ハハ…有難い話です。ですがハーン占領の指揮は誰が執るのです?」

“捕虜交換の帰還兵と同盟に残留した元帝国兵が主力なのじゃが…リンチ少将じゃよ。彼が指揮官として志願した。カイタルに駐留しておったローゼンリッター旅団主力も一緒に来ておる。今のところハーン宙域の安全は確保されておるし、占領は上手くいくじゃろう”

「リンチ少将…ご無事だったのですね」

“…そうか、貴官はちと複雑じゃな…まあいい、今は目の前な敵に集中じゃ。指揮は儂が執る。とりあえず儂と貴官で前に出るとしよう”

 通信が切れてまもなく、ビュコック長官からの命令をラップが声を張り上げて読み上げた。
「司令長官より全艦隊、第一艦隊は直卒第五艦隊と共に前進せよ。第六、第十三艦隊は後衛として別命あるまで追従しつつ待機!……まさかビュコック長官が来られるとはな。ヤン、これでだいぶ楽になるな」
「そうだね。失礼ながら勉強させて貰うよ……第五艦隊の右につく。そのまま前進」
リンチ少将か…息災なのだろうか。指揮を志願…同盟に帰り辛かったのだろうか…。



7月25日23:15
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「増援は叛乱軍の宇宙艦隊司令長官だというのか」
「はい。第五艦隊、旗艦リオ・グランデ…叛乱軍の宇宙艦隊司令長官が直卒する艦隊です」
大きい、あまりにも大きすぎる獲物だ。補殺出来ればよいが叛乱軍も馬鹿ではあるまい、司令長官自ら出馬という事は、それを餌に我々を引き付けて叩こうとしているのだろう。
「キルヒアイス、ケスラーとメックリンガーに連絡、速度を上げてミッターマイヤー艦隊との合流を急げと伝えよ」
「了解いたしました」


23:20
銀河帝国軍、ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 二等兵の時に第二次ティアマト会戦に参加だと…?
「参謀長。卿は見たか、この資料。敵の司令長官の経歴だ」
「いえ…拝見させて貰っても宜しいでしょうか」
ディッケルに資料を手渡すと、みるみるうちに奴の目が丸くなっていく。
「…とんでもない経歴ですな。兵卒あがりで大将…司令長官まで登りつめるとは…我が軍では有り得ません」

 確かにそうだが、気付いて欲しいのはそれじゃない。敵の司令長官は軍歴の長さからしてかなりの高齢だ。いくら叛乱軍…同盟が自由の国を標榜しているからと言って、二等兵から大将まで登るのは並大抵の苦労ではなかったろう…才能があるのだ、用兵という世の中で一番解りにくい才能が…それに、死なずにここまで来た、という事は様々な状況を知っているという事だ。戦闘において全く同じという状況は無くとも、驚く程似通った状況というのは多々存在する。ケースバイケース…単純に表すとそうなるが、違う言い方をするなら経験という言葉に言い換える事が出来るだろう。才能が経験によって磨かれた結果、用兵家として高いレベルにあるだろう事は想像に難くない。何しろミュッケンベルガー元帥やメルカッツ提督よりも軍歴が長いのだ、生ける軍事博物館とでも言うべきだろう…。
「かなりの難敵だぞ。参加している戦いを見ても、ミュッケンベルガー元帥ですら苦労させられている。敵将とは言え、敬愛すべき爺さんだろうな」

 敵第五艦隊、前進してきます…オペレータが金切り声を上げる。
「斉射三連。先頭を叩け…参謀長、後続が来る迄は我慢だ。突き崩されるなよ」
「はっ…斉射三連、敵の先頭集団を叩け!各部署は戦艦を前に出せ!」
叛乱軍の戦意は高そうだ、司令長官自らが増援に現れた事が影響しているのだろう。左に並んでいる敵第一艦隊も前進を開始している…。
「ケンプ達を呼んでくれ………ケンプ少将、左の第一艦隊の足止めを頼みたい…少しの時間でいい、頼む」
了解、と短く返事をしたケンプが画面から消えると、続いてバイエルラインが映し出された。
「卿はレマー、ジンツァーと共同して、敵第五艦隊の先頭集団に楔を打ち込め」
こちらも短く返事をして通信は終わった。緒戦とは違う緊張感を感じているのだろう。戦闘をうち切るタイミングを見極めねば…。


23:45
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 第五艦隊の先頭集団を分断する様に、敵の小集団が左側面から襲いかかる。意図は明白だ、ミッターマイヤー艦隊の本隊とその小集団とで第五艦隊の先頭集団を潰すつもりなのだろう。
「第五艦隊の援護を行う。前進」
前進を命じた直後、三千隻程の別の小集団が立ちはだかった。斉射来ます、というオペレータの悲鳴の様な報告があがった。
「敵も打つ手が早いな。俺達を進ませない気だ」
ラップが感心したような感想を述べた。
「その様だね…構わない、攻撃を集中だ。こちらも斉射三連、単座戦闘艇(スパルタニアン)の用意を」
「どうするんだ?」
「あの小集団の相手を戦闘艇に任せるのさ。逆に拘束したのちに右から迂回してミッターマイヤー艦隊の本隊を叩く」
「了解した」
会話を聞いていたムライ中佐が動こうとした時、再びオペレータの悲鳴があがった。
「敵の反応が急速に増加!単座戦闘艇(ワルキューレ)の模様!」


7月26日00:30
自由惑星同盟軍、第五艦隊旗艦リオ・グランデ、
アレクサンドル・ビュコック

 「第一艦隊の前進が止まりました。互いに戦闘艇同士の戦闘が開始されています」
「中々どうして敵もやりおる。総参謀長、第十三艦隊に連絡、左から迂回してミッターマイヤー艦隊の本隊を衝くようにと」
「とどめを差すのなら第六艦隊の方が宜しいのでは?」
「第六艦隊は第八艦隊の残りを率いておる。その分艦隊行動には遅れが出るじゃろう、図体も大きいしな。であれば小回りの利く第十三艦隊の方が素早く動けるじゃろう。それに第十三艦隊が動けば、こちらの頭を叩いている小集団も退く筈じゃ」
「了解しました」
ミッターマイヤーという軍人、一個艦隊で一歩も退かんとはな…緒戦の戦闘を見るに、ヤンはこの艦隊の存在の為に上手く戦えんかった様じゃ。であれば敵の増援が来ぬうちに潰しておった方が賢明じゃろう…。


7月26日00:35
銀河帝国軍、ミッターマイヤー艦隊旗艦ベイオウルフ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 敵第一…ヤン艦隊の足止めには成功した様だな…だがケンプもそう長くは保つまい。
「前進だ。敵の先頭集団を殲滅する。バイエルラインに本隊と呼応しつつ距離を保って攻撃を続行せよと伝えろ」
「はっ…これは…失礼しました、閣下、敵第五艦隊の右後方から敵第十三艦隊が近付きつつあります。コースから見て我が本隊の右側面にむかうのではないかと」
第十三艦隊が我々に向かっているだと?…そうか!
「参謀長、命令を変更。バイエルラインに連絡、本隊に合流しろと伝えよ。本隊はこのまま前進、バイエルライン達の後退を援護する」
「バイエルライン分艦隊にはそのまま敵十三艦隊の足止めに向かわせた方が宜しいのではないですか」
「参謀長、それでは敵の思う壺だ。我々がそう判断すると見越して叛乱軍は第十三艦隊を動かしたのだ。バイエルライン達が第十三艦隊に向かえば、第五艦隊の先頭集団の殲滅は不可能になる。そうする為に敵は第十三艦隊を動かしたのだ。であれば殲滅は諦めて本隊に合流させた方がいい。ケンプにも伝えろ、後退の準備をせよと」
「はっ!」
第五艦隊に自由を与えてしまう事になるが仕方ない。全滅させられるより余程マシだろう。ミューゼル閣下到着までにもう少し損害を与えたかったが、これ以上の損害は無駄というものだ…。


00:50
自由惑星同盟軍、第五艦隊旗艦リオ・グランデ、
アレクサンドル・ビュコック

 撃破は無理か。それに、誘いに乗らない上に見切りが早い。敵ながら中々の用兵じゃ……ふうむ、年甲斐もなくちと焦りがあったかも知れんのう…。
「総参謀長、第一艦隊に連絡。戦闘を切り上げ一旦後退じゃと」
「その方が良さそうですね。ミッターマイヤー艦隊の撃破は難しい様です」
「貴官もそう思うか」
「はい。更に第六艦隊を敵後方に回さねば撃破は難しいでしょう。しかしその頃にはミューゼル艦隊達が現れるかも知れない。そうなると窮地に陥るのは我々の方です。後退させるだけでも上々でしょう」
「ふむ。敢えて合流させて対峙した方が好都合かもしれんな」
「はい……第一艦隊の足止めに出ていた小集団も後退を始めた様です。代わりにミッターマイヤー艦隊の本隊が前進を始めました」
「本隊が殿軍という事か。立派な男の様じゃな、ミッターマイヤーという男は」


7月26日00:45
自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「我々の足止めを行っていた小集団だが、後退する様だな」
「そいつはよかった。ラップ、艦隊をビュコック長官の援護に向かわせてくれ」
「了解した」
「少し頼むよ」
軽く右手を挙げて了解の意を表したラップを残して、自室で少し休憩する事にした。慌ててグリーンヒル大尉とユリアンが駆けてくる。

 自室に戻ると、大尉が紅茶を淹れるのをユリアンがじっと見ている。どうやら大尉は、紅茶に関してはまだユリアンの弟子のままの様だった。
「うん、努力による進歩の跡が顕著だね」
「ありがとうございます!」
「ハハ…ユリアン、概略図を映してくれるかい?」
頷いたユリアンが端末を操作すると、三次元の立体投影図が現れた。
「ユリアン、今回の戦いの概略を頼む」
はい、という返事と共に敵味方のシンボルが表示され、動き始めた。
「二人共、どう思う?感想でも、質問でも何でもいい」
私がそう言うと、グリーンヒル大尉が口を開いた。
「そう、ですね…味方はミッターマイヤー艦隊の包囲に手間取った、という印象を受けます」
「そうだね。ユリアンは何かあるかな」
ユリアンは概略図の時間経過を巻き戻して、ある時点で止めた。
「ビュコック長官は…第五艦隊の先頭を叩いている小集団を後退させる為にアッテンボロー提督を動かしたのでしょうか」
「あら、どうして?第十三艦隊はミッターマイヤー艦隊の本隊を狙うコースで迂回しているわ」
「この時点では我々第一艦隊は足止めされていますから、第五艦隊の援護に向かえません。おそらく帝国軍は本隊とこの小集団とで第五艦隊の先頭を殲滅しようとしたのではないでしょうか。それを嫌ったビュコック長官は第十三艦隊にわざと帝国軍本隊を狙うコースを取らせたのではないかと」
「成程ね…そうなるとこの小集団は本隊の援護に向かうわね。本隊に合流するか、アッテンボロー提督の正面に立ち塞がろうとするかも知れない。どちらにしても第五艦隊の行動を阻害する要因はなくなる、ビュコック長官は攻撃に専念出来る…やるわねユリアン」
「若者を甘やかすのはよくないな、大尉…ユリアン、その行動だと第十三艦隊を動かす必要はないんじゃないか?第五艦隊の中から戦力を分派してこの小集団の行動を妨害すればいい。何故長官はそれをしなかったんだろう?」
「ええと…戦いを短時間で終わらせる為だと思います。この戦場に限って言えば、同盟軍の方が圧倒的に有利です。ですが帝国軍、ミューゼル軍本隊が救援に駆けつけるのは間違いありませんから時間的余裕はありません。それでまず第十三艦隊を動かした。第十三艦隊は半個艦隊ですから小回りが利きますし…第十三艦隊の行動を警戒してこの小集団が本隊に合流すれば、敵本隊を正面から第五艦隊、右側から第十三艦隊、二つの艦隊で挟撃出来ます。この小集団が第十三艦隊の足止めに向かったとしても結果は似たようなものです、第五艦隊は敵本隊の攻撃に集中出来ます。どちらの状況になっても、敵は我々の足止めをしている小集団も本隊に合流せざるを得なくなります。結果、味方は三方向からミッターマイヤー艦隊を攻撃する事が可能です。その頃には第六艦隊にも移動命令が出ているでしょうから、同盟軍の包囲は完璧なものになります…敵増援もあるでしょうから、第六艦隊による後方遮断は難しいかもしれませんが…」
「合格。中々よく考えたな、ユリアン」
ユリアンの成長には目を見張るものがある。手が空いている時は空戦隊の方にも顔を出しているという。
「褒美として今日は先に休んでなさい。しばらくは状況は動かない筈だから」
「はい、ありがとうございます!」

 ユリアンがシャワーに向かった事を確認して、大尉が再び口を開いた。
「ユリアンは将来有望な子ですわ」
「そうだね。でも私はユリアンを軍人にしたくはなかったんだよ。軍人なんかで才能をすり潰して欲しくはないからね」
「そうなのですか…何故許可なさったのです?」
「私やウィンチェスターに憧れているらしい。私達の役に立ちたいと言うんだ…ユリアンの学校の成績なら、士官学校にも行けただろう。でもそうなると私の被保護者という立場だ、色々辛いだろうと思って、軍属という形にしたんだよ。許可した場にはキャゼルヌ先輩やウィンチェスターも居たんだが、彼等も熱心に勧めるものだから、本人の希望もあるし仕方なく認めた、という訳さ。でもさっきのユリアンの推論を見る限り、正式に軍人にするべきなのだろうな」
「ユリアンならきっと大丈夫ですわ、閣下が心配する様な困り者の軍人にはならないと思います」
「ありがとう、大尉……辞令を用意してくれるかな」
「了解致しました」

 大尉が辞令の準備の為に部屋を出て行くと、ヴィジフォンのコール音が鳴った。ラップからだ。

“ミッターマイヤー艦隊は後退に移った。おそらくミューゼル大将の本軍と合流するのだろう、これからが本番だな“

「了解した。他には」

”ビュコック長官からフォルゲン星系に移動後再編成の指示が出ている、ああ、既に示達済みだ。艦橋も交替で回すが、それでいいか”

「ああ。お前さんも休んでくれ」

“無論そのつもりだ。じゃあな”

 ラップからの報告が終わると部屋の中を静寂が支配する…ビュコック長官の用兵は見事だった。堅実で隙のない用兵。犠牲も少なかった、兵士達からの人気が高いのも頷ける。まあ直接指揮を執られる以上、私ごときが口を出す事はないんだが……それにしてもだ、進攻軍はガイエスブルグ要塞を目指しているという。その上ハーン占領と来ている……確かに帝国、敵の心胆を寒からしめる事間違いない作戦だ。ハーンはまだ分かるがガイエスブルグ要塞とはね。確かに帝国の武威の象徴ではあるが…地球時代、東洋の兵法でこういった軍事行動を中入りと称していた。敵の裏をかき、敵中深く攻め込む…主戦場を陽動として敵の柔らかい所を突く、博奕の様にも見える作戦…。帝国軍はどう対処するのだろう、位置関係からいって、帝国には対処の時間的余裕がない様に思える。進攻軍の作戦が成功したなら、帝国はどうなるのだろう?ガイエスブルグ要塞が陥ちるとなると、その衝撃はイゼルローン要塞やアムリッツァの比ではない筈だ。何しろ同要塞は帝国の内懐にあるのだ…。

 辞令書を手にしたグリーンヒル大尉が戻ってきた…二等兵曹ユリアン・ミンツか。素直な子だ、大尉の言う様に困り者の軍人にはならんだろう…。
「大尉、ウィンチェスター副司令長官の作戦が成功したら、帝国はどうなると思う?」
「はい…帝国軍は二正面に戦線を構える事になります。これは同盟軍も同様ですけれど…何かご懸念が?」
「うん。二正面作戦はこの場合、同盟軍にとっても博奕なんだ。兵力は限られているからね。でもウィンチェスターは敢えてそれを実行した。何故だと思う?」
「戦力的に厳しくとも攻勢に出た方がイニシアチブを握る事が出来る…からでしょうか」
「うん、それもあるね。だけどウィンチェスターはどうやら帝国軍はあまり気にしていない様だ。彼は帝国そのものに揺さぶりをかけている」
「帝国そのもの、ですか」
「うん。辺境への援助、捕虜交換、そして今回のガイエスブルグ要塞攻撃…帝国から見て、戦争は行われているものの今まで同盟…叛乱軍というのは遠い存在だったんだ。それが実体を帯びて身近な所に迫ってくる…戦争の当事者たる帝国政府や帝国軍はともかく、帝国の民衆や門閥貴族はどう思うだろうね。特にガイエスブルグ要塞の向こうは、門閥貴族達の領地がひしめいている」
「ですけれど、門閥貴族は帝国の支配層の筈です。危機に際しては帝国政府に協力して挙国一致体制をとるのではないでしょうか」
「普通に考えればそうだね。でもウィンチェスターはそうは思ってないみたいだ。門閥貴族は自分達の為にしか戦わない、そう判断している。むしろそう仕向けているんだろうと思う。ガイエスブルグ要塞攻略は帝国軍や政府よりも、貴族達の喉元に短剣を突きつける様なものだからね」
「では門閥貴族達は自衛の為の行動を取る、と…帝国は割れますわね」
「まあ、一部の貴族は帝国政府に協力するだろうけどね、政府閣僚も居るだろうし…時間はかかるが確実に帝国は混乱する…いや、それほど時間はかからないかも知れないな」
「壮大で遠大な計画ですね…」
「うん。でも一つ気掛かりな事があるんだ」
「何ですか」
「帝国の民衆さ。彼等は政府や貴族達以上に混乱するだろう。犠牲も出るかも知れない。そこが気掛かりなんだ」


7月27日13:45
フォルゲン宙域、フォルゲン星系外縁(ヴィーレンシュタイン方向)、銀河帝国軍、
ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 “損害は軽微ですが、兵力を融通して貰いながら、あたら兵士達を死なせてしまいました。申し訳ございません”

「いや、卿はよくやっている。三個艦隊相手では仕方あるまい…変則的にはなるが卿の艦隊は中央とするが、よいか」

“はっ、謹んでお受け致します”


 叛乱軍め…わざわざこの星系に移動するとはな…主要航路上で存分に戦おうという事か…。
「叛乱軍は中央に第五艦隊、右翼第一、左翼第六艦隊。後方に第十三艦隊の布陣です」
「叛乱軍の中央が奴等の宇宙艦隊司令長官という訳だな」
「はい。およそ四万五千隻程かと」
こちらは…右翼のメックリンガーが一万一千、中央のミッターマイヤーが約一万、左翼ケスラーが一万二千、俺が三千…劣勢なのはいうまでもない。フェルナーがブラウンシュヴァイク公を動かす事が出来れば、一縷の望みはあるが…。
「前衛艦隊と叛乱軍艦隊の距離、まもなく五十光秒。至近距離に入ります。前衛艦隊の有効射程圏内まで十分を切りました」
唾を呑み込む音まで聞こえそうなオペレータの報告だった。
「中央、前進。全艦砲撃戦用意、有効射程に入り次第砲撃開始。ファイエル!(撃て)


7月27日13:50
フォルゲン星系中心部、自由惑星同盟軍、第一艦隊旗艦ヒューベリオン、
ヤン・ウェンリー

 「帝国軍艦隊、まもなくレッドゾーン、有効射程内に入ります!」
敵中央は心なしか陣形に厚みがない様に思えるが、それでも前進か…。
「ラップ、ビュコック長官からは」
「うん…各艦隊、正面の帝国艦隊が有効射程圏内に入り次第攻撃せよ、だ」
「分かった……全艦砲撃戦用意……撃て」
第三者が見たら、綺麗にも見えるであろう光の矢が行き交う光景が開始される。味方の方が数は多い、ビュコック長官はどうなさるおつもりだろう。
「直卒第五艦隊、前進する模様!」
オペレータの報告は力強かった。敵中央は薄い、敢えて誘いに乗ろうという事だろうか?
「ヤン、どう思う?」
私と同じ印象を受けたのかもしれない、ラップはスクリーンから目を離さないままだ。
「敵中央は薄い、第五艦隊の前進を誘ってるんじゃないかな。長官はその誘いに乗ったんだろう」
「やっぱりそうか」
「まだ分からないけどね…我々も前進出来る様にしておこう。敵の艦隊配置がこちらを誘う罠なら、そのうち敵中央は後退して第五艦隊を三個艦隊で半包囲しようとする筈だ。ウチの正面は…ケスラー艦隊か、その艦隊の左側面を叩こう」
「了解した。第六艦隊にも伝えるか?」
「その方がいいだろうね」


7月27日17:00
銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 そろそろいいだろう。ミッターマイヤーもこれ以上は我慢出来まい…。
「中央は敵第五艦隊を引き付けつつ後退、両翼は微速で前進せよ。キルヒアイス、我々も徐々に後退だ」
「了解致しました……ラインハルト様、フェルナー少佐より超光速通信(FTL)が入っております。自室でお受けになりますか?」
「いや、戦闘中だ、ここでいい。繋いでくれ」


”戦闘中に申し訳ありません“

「いや、構わん。首尾はどうだ」

”それが……まだ細部は確認出来ていないのですが、アルメントフーベルに叛乱軍艦隊が出現したという情報があるのです。現在詳細を鋭意確認中ですが“

「アルメントフーベルだと!?」

”はい。そこを抜けてキフォイザーに達したならば、次はブラウンシュヴァイクです。こちらは蜂の巣をつついたような有り様でして。宇宙艦隊司令部からは情報はありませんか“

「いや、まだ何も情報はない……済まない、別の通信が入った様だ。こちらでも何か分かったら報せる。卿は情報の詳細を確認のちに帰投せよ」

”はっ“

フェルナーとの通信を切ると、キルヒアイスが少し厳しい表情を浮かべていた。
「ヒルデスハイム伯からです。自室でお受けになった方が宜しいかと」
「分かった。戦況に変化があったならば遠慮なく報せるんだぞ」
「了解致しました」

 アルメントフーベルだと…本当にそうだとすればアムリッツァの五個艦隊がその艦隊という事になるが…だが奴等はフォルゲンにも増援を出して来た。第十三艦隊と第五艦隊だ。残りの三個艦隊がアルメントフーベルに向かったという事か?しかし目的は何だ、たかが三個艦隊で何が出来る?いや、今はまずは正しい情報だ。

「お待たせして申し訳ありません。もしやアルメントフーベルに現れたという叛乱軍の事でしょうか」

”流石に耳が早いな。ではハーン宙域が叛乱軍の占拠下にある事は聞いているか“

「ハーンが…いえ、初耳です」

”こちらでも情報が錯綜している、というより意図的、断片的に情報が流れている様なのだ“

「意図的、断片的に…この情報を流す事で何か利益を得る者が存在する、という事でしょうか」

”わざわざこんな事する者が居るとすれば、ただ面白がってやっている訳ではないだろうからな。何らかの命令が卿にも下るだろう、留意しておく事だ“

「しかし、ここフォルゲンからでは…」
”何も直接卿にどうこうせよ、という命令ではないだろう。実際問題としてフォルゲンからでは遠すぎる…どんな命令が出ても狼狽えるな、という事だ“

「はっ…ご教示感謝致します」

”なあに、ご教示という程の物でもない。情報提供がてら卿の顔が見たくなっただけだ。ではな。武運を祈ってるいるぞ“

「はっ。閣下もご自愛下さい」

 画面は真っ黒になった。懐かしそうな伯の表情だった。何だろう、この胸を絞めつけられる様な焦燥感は……ここは俺の戦場ではない、何かが起こりつつある、そういう気がするのだ。確かに目の前の叛乱軍を放っておく事は出来ない。だが……。



 

 

第百七話 それぞれの想い

帝国暦487年7月28日14:00
フェザーン星系、フェザーン自治領、自治領主府、
アドリアン・ルビンスキー

 「私です。お応え下さい」

”…私とはどの私だ“

「フェザーンの自治領主、ルビンスキーです。総大主教猊下にはご機嫌麗しく有られましょうか」

”麗しくなどある筈もない。母たる地球が貶められたままではな…計画は進んでおるか”

「はい。帝国の大貴族共への武器弾薬の提供、滞りなく進んでおります。その過程で彼奴等はフェザーンへの経済的依存度を高めております。最早大貴族共はフェザーン無しでは立ち行きませぬ。彼奴等は皇帝の孫達を戴いております故、きっかけさえあれば何時でも反乱に踏み切らせる事が出来ます」

“きっかけか…無論そのきっかけも用意してあるのであろうな”

「左様にございます。事が成った暁には帝国そのものを支配する事が可能になります」

“ふむ…帝国ついてはそれで良い。だが同盟については問題がありそうじゃな。計画の変更は認めたが、上手く行かぬのではな”

「手は打ってあります。いささか時間はかかりますが同盟の為政者達が我が世の春に興じて居られるのも今の内かと」

“ふむ。その言葉を信じるとしよう…ルビンスキー“

「はっ」

”裏切るなよ“


 忌まわしい通信は終わった。あの通信の後は眩しい程の青空が欲しくなる。
裏切るな、か……今の自分は地球を支配する者達にとって一介の下僕でしかない。しかし、未来永劫にわたってそうだろうか? そうであらねばならぬ正当な理由は何処にもない。そもそも地球の復権など何を考えているのか。誰も喜ばぬし、第一、おぞましいだけだ。あの老人達はただ自らの生まれを呪っているだけだ、ただ地球に生まれただけで未来永劫この様な思いをせねばならぬのかと。
…ふん、俺もあの老人達も同じ穴の狢という訳か…さて、誰が勝ち残るかな。帝国か、同盟か、地球か……それとも、俺か……。

 「同盟軍の艦隊がアルメントフーベルに達した模様です」
「情報は本物だった様だな、補佐官。まあ、こちらもそれなりの物を渡したのだ、本物でなくては困るがな」
「はい。おかげで帝国貴族領との恒星間輸送には殆ど影響はみられません」
そう報告する補佐官、ボルテックの顔色は良くない。
「どうした補佐官、加減でも悪いのか」
「いえその…このまま同盟を放置しておくのはいささか都合が悪いのではないかと」
「…何か懸念があるのか?」
「はい。同盟の経済成長率は前年比で二十パーセント超の増加です。既に同盟に投下したフェザーン資本のいくつかが喰われています。この状態で推移すると近いうちにフェザーン資本は閉め出されてしまいます」
「構わん。戦争がこのまま同盟有利で進めば、奴等は本格的に帝国辺境を抱え込む事になる。そうなれば順調だった経済成長もあっという間に下落に転じる。短期的に損はするだろうが、フェザーン資本は閉め出されていた方がいい、無論、少しずつだがね。準備さえ進んでいれば何の問題もない…同盟の新しい為政者達がしくじった後に手を差し伸べればいいのだ」
「全くその通りなのですがその…計画に差障りが出てはと思いまして。例のご老人達の意向もある事ですし」
「…補佐官、私はフェザーンの方針を話しているのだがね」
「し、失礼しました」
ボルテックにはボルテックなりの物の見方しか出来ない。彼の言わんとする事は分かっているのだ。勝手にやり過ぎるなという事だろう。
「では、例の件ですが、放置に留めますか」
「放置…今話したばかりではないか、こちらに取り込む事を考えるべきではないかね?」
「仰る通りです。実は既に用意は整っております。許可さえ頂ければ何時でも実行出来ます」
「了解だ。時期など詳細は君に任せよう」


宇宙暦796年7月29日16:30
バーラト星系、ハイネセン、自由惑星同盟、ハイネセンポリス、最高評議会ビル、国防委員長執務室、
ドワイド・D・グリーンヒル

 「やあ本部長、君が此処に来るのは珍しいな。宇宙艦隊の作戦は上手く行っているかね」
「現在のところは。小官の預かり知らぬ所で多少の変更があった様ですが」
「全ての事柄が全て予定通りに行くとは限らない。特に私の専門分野である政治はそうだ。君の専門分野である軍事もそうだろう?」
「仰る通りです。ですが次回からは事前に教えて頂きたいものですな」
「肝に命じるよ…ところで今日は何用かな?」
「これをご覧下さい。事実ならば、由々しき事態です。悲しい事に、事実であるからこそお持ちしたのですが」
私の差し出した資料を、私の上司は食い入る様に読みだした。
「これは…私に関するものではないな。一体どこでこれを?」
「それは言えないのです。ですが報告して来た者は事実であると申しております」
「そんな怪しい物を私の所へ持って来たという事は…」
「はい。裏を取って頂きたいのです。小官の仕事ではありませんし、またその手管もありませんので。閣下の許でならお役に立つだろうと報告者も申しておりました。小官も同意見です」
「了解した。君とその報告者には何か別の形で報いるとしよう。希望があれば聞くが」
「では…」


帝国暦487年7月29日10:00
ヴァルハラ星系、オーディン、軍務省、軍務尚書執務室、
グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 「高等弁務官府は何をしておったのだ!情報が遅すぎる」
「白狐より黒狐の方が一枚上手だったという事だ。情報の確認に手間取っただと?そんな言い分を鵜呑みにしおって!」
「起きてしまった事に憤っても仕方あるまい。対処の為の艦隊を派遣せねばなるまい」
「しかし今から行っても…アルベントフーベルまでは十三日はかかるぞ。叛乱軍の目的は判らぬが、彼奴等がそこに留まるという保証はない。艦隊を派遣しても分散して捜索から始めねばならぬ」
シュタインホフとエーレンベルグがやり合っているが、およそ建設的ではなかった。
「司令長官、ヴィーレンシュタイン方面への増援は今頃どの辺りか?日数的にはシャンタウ辺りだと思うが」
「そうだな、おそらくシャンタウ辺りだろう。まさかその艦隊をキフォイザー方面に回せというのか?ミューゼルへの増援はどうなる?ミューゼルは今も孤軍奮闘しておるのだぞ」
「そう怒るな長官…儂とてその現実を無視して言っておる訳ではないのだ。もう一方の現実にも目を向けねばならんというだけだ…どう思われる、総長」
エーレンベルグにそう問われたシュタインホフは黙って目を閉じていたが、やがて目を開けると口を開いた。
「現在増援として出撃中の艦隊のうち、二個をキフォイザー方面に回す」
「それは」
「まあ待て長官。キフォイザーに二個艦隊を回す一方で新たな増援部隊を編成する。カストロプ直轄領、ブラウンシュヴァイク方面に三個艦隊、ヴィーレンシュタイン方面に二個艦隊。卿が倒れている間にミューゼルには既に現状維持の待機命令を発令してある。アルメントフーベルで叛乱軍艦隊が確認されたというなら、ヴィーレンシュタイン方面の叛乱軍による侵攻は現状のまま停止する筈だ。当面の間ミューゼルには近く到着する一個艦隊の増援で我慢してもらう。ご両所、それで宜しいな」
兵力運用に関しては儂の権限だが、その兵力規模や編成に関しては統帥本部総長の専権だ。軍務尚書の前でそう口にした以上、シュタインホフが意見を変えるとも思えない。
「総花的だが仕方なかろう」
「では儂は決定をリヒテンラーデ公に伝えるとしよう。話は以上だ」

 儂とシュタインホフが執務室を出ると、廊下でオーベルシュタイン大佐が待っていた。いつの間にか宇宙艦隊司令部に属していた男だ。笑う事も無く陰気だが、実務能力に優れる男だ。
「閣下」
「どうした、大佐」
オーベルシュタインはシュタインホフから目を離さない。人払いしろという事だろうか。シュタインホフも苦笑していた。
「シュタインホフ元帥はいいのだ。何かあったのか」
「ヴィーレンシュタインの有志連合軍に動きがありました。シャンタウへの移動を開始した模様です。ただ、連合として統制は取れていない様ですが」
「諜報員を先入させていたのか」
「はい」
「よくやった大佐、後の話は元帥府で聞こう…シュタインホフ、卿もどうだ」
「…たまには違う空気を吸うのもよかろう」



宇宙暦796年7月30日15:00
キフォイザー宙域、ガイエスブルグ要塞近傍、自由惑星同盟軍、ハーン方面軍総旗艦ドラコーニス
ヤマト・ウィンチェスター

 ”我第四艦隊、ガイエスブルグ要塞付近に艦影なし“

”了解、警戒を続行せよ“

“我第二艦隊、第三艦隊と共に所定の座標に布陣完了。ブラウンシュヴァイク宙域方面、センサーに感無し”

“了解、引き続き警戒を続行せよ”

“我第十艦隊、アルメントフーベル方面航路の警戒実施中。第九艦隊からの哨戒任務の引継ぎ完了。既に哨戒隊は派出済”

“我第九艦隊、所定の座標に布陣完了。シャンタウ方面の警戒にあたる。現在帝国軍の艦影なし”

“了解”

 「報告終了。各艦隊共に予定通りです」
「少佐、広域通信を。各艦隊に中継を頼んでくれ」
「はい………準備出来ました」

“ガイエスブルグ要塞に駐留する帝国軍将兵に告げる…十二時間の猶予を与える、要塞より総員退去せよ。退去艦艇への攻撃は行わないが、我々の行動を害する者には全力で攻撃を実施する。重ねて告げる、要塞より総員退去せよ”

「…始めましょう。全艦隊、これより作戦を開始する」
作戦を開始するといっても、帝国軍将兵の退去猶予を与えたから、実際に開始されるのは十二時間後だ。帝国軍の襲来は無いに等しいけど、広域通信で退去勧告を実施したから、もう少ししたら帝国首都星オーディンにもここの状況は伝わるだろう。

「大丈夫でしょうか」
口にしてから失礼と思ったのだろう、ミリアムちゃんは深々と頭を下げた。帝国軍将兵の退去行動を確認するまで何もする事がないのだ、不安にもなるだろう。
「大丈夫だよ。駐留艦隊の居ないガイエスブルグ要塞は難攻不落ではないんだ」
イゼルローン要塞が難攻不落だったのは駐留艦隊が存在していたからだ。駐留艦隊が攻撃側の接近を阻む。接近を許しても要塞主砲、浮遊砲台、そして駐留艦隊で挟み撃ちにする。目の前のガイエスブルグ要塞はそれが出来ない。イゼルローン要塞主砲、トール・ハンマーはそれ自体が一種の浮遊砲台で、発射直前までどこから発射されるか分からないという強味があった。勿論自由自在に動き回る訳ではないから制限はあるものの、攻撃側に対して砲口を向けておく事が可能だった。だが、ガイエスブルグ要塞主砲、ガイエスハーケンは固定砲なのだ。射角はある程度変更出来るものの、トール・ハンマー程の柔軟性はない。つまり、射角内に敵を誘導しないと効果は期待出来ない。敵を誘導するには餌が必要だ。餌は駐留艦隊。ガイエスブルグ要塞はイゼルローン要塞以上に駐留艦隊との緊密な連携が要求されるハードウェアなのだ。
「そうですよね…イゼルローン攻略も閣下が立案された訳ですし」
「まあね」

 原作で貴族連合軍はガイエスブルグ要塞を本拠地として使用していたけど、同要塞の性格を考えると、いきなり占拠して使える物ではない事はメルカッツも理解していたに違いない。ガイエスブルグまでラインハルト達を引きずり込んで決戦に及ぶ…構想は正しいけど、それを支える技術、つまり統制と練度が貴族連合軍にはなかった。メルカッツは頭を抱えたろう…参加させられた経緯も強迫によるものだし、誰も言う事を聞かないのだ、メルカッツに節操がなかったらあの戦いはもっと簡単に終わっていただろう…。

 「閣下…帝国軍より通信が入っています。FTLです」

“…帝国軍宇宙艦隊司令長官、元帥上級大将、ミュッケンベルガーだ。まず、卿の名を聞こうか”

「これは驚いた…いきなり通信を送って来て名を名乗れとは…まあいいです、自由惑星同盟軍、宇宙艦隊副司令長官、大将、ヤマト・ウィンチェスターです。貴方、いや閣下とはいささか縁が有りまして」

“ほう…どの様な縁かな”

「私は恥ずかしながらブルース・アッシュビーの再来と呼ばれておりまして…これ以上は心苦しいな」

“アッシュビーの再来…。いっそ改名したらどうだ。そうすれば私は父の遺言通りアッシュビーを倒せと将兵に檄を飛ばす事が出来るし、卿も恥ずかしさなど消えるのではないか”

「検討に値する…いや駄目ですね。私は既にアッシュビー提督を超えています。私はこのまま行けば生きて元帥になれますし、彼はここまで帝国領に踏み込んで戦った事はない」

“撤退してもらおうと思ったのだが、無理の様だな”

「はい。我々にも都合がありますので」

“そうか。では卿の武運を祈るとしよう…忘れるな、ブルース・アッシュビーは勝利の直後に死んだのだ”

「ご忠告、痛み入ります。閣下もご壮健で」


 通信は切れた。どっとため息が出た。
「閣下、どうなさいました?」
「いや、迫力あったなあと思ってね。まさか通信してくるとも思っていなかったし」
「それはそうですが…小官には閣下が喧嘩を売った様にしか見えませんでした」
「いきなり通信を寄越して名乗れという方が失礼じゃないかな…それより各艦隊の脱落艦艇の状況はどうだろう」
作戦開始にはこぎ着けたものの、問題もあった。行軍速度が早すぎて脱落艦艇が多数発生しているのだ。艦隊戦は発生しないだろうから、応急修理完了後は各宙域の航路哨戒にあたれとは命じているものの、その彼等を指揮統率する者が居なかった。
「第十艦隊が分艦隊を派遣して対応に当たっています。修理不能な艦艇はドック艦に入渠させて後送する模様。現状では作戦には影響はありません」
「結構結構」


8月1日03:00

 「カヴァッリ分艦隊に連絡。攻撃開始」
「はっ…カヴァッリ分艦隊、攻撃を開始せよ」
艦橋正面のスクリーンにはカヴァッリ分艦隊の様子が映し出されていた。パオラ姐さんの分艦隊は一千隻。そのうちの七百隻がそれぞれ戦艦程の大きさの小惑星を曳航している。中には三個、四個と数珠繋ぎに曳航している艦も居る。。その小惑星全てに推進装置が取り付けてあった。アニメでヤンさんがアルテミスの首飾りを破壊したやり方のパクリだ。アニメの様に氷塊ではないけど、スクラムイオン推進で亜光速まで加速、相対性理論によれば質量が二乗的に増大していく小惑星がガイエスブルグ要塞めがけて突っ込んで行く。近くで見学出来ないのが残念だけど、こればかりは仕方がない。
「カヴァッリ分艦隊より入電。小惑星、加速開始。ガイエスブルグ要塞着弾まで約五十分」

 この艦には司令部要員は居ないから、艦長のウノ中佐がその任務を代行している。俺とは倍近い年の差もあって、まったく屈託がないオジサンだ。
「意外に加速に時間がかかるな…しかし、とんでもない攻撃方法を思い付いたものだ」
「本当は三百個程でいいそうです。攻撃成功を確実なものとするために倍以上にしたと聞いています」
そのウノ中佐とミリアムちゃんが話しているのが聞こえる。攻撃方法がヤンさんのパクリだから、ヤンさんと同じ様に居眠りぶっここうと思ったけれど、これが中々眠れない。ヤンさんって本当に図太かったんだなあとしみじみ思う。
「さっきの通信のミュッケンベルガーではないが、俺も父親を第二次ティアマト会戦で亡くしていてね」
「小官も似たようなものです。祖父はアッシュビー提督の参謀長でした。あまりアッシュビー提督の事は話してくれませんでしたけど」
「名前を見てもしやとは思ったが、やっぱりそうだったのか。なんだか奇遇というか奇縁というか。世の中は狭いな。まあ、今回は死なせない様にしないとな」
「…え?」
「ミュッケンベルガーが言っていただろう?アッシュビー提督は勝利の後に死んだんだぞ、って」
「…その通りですね。死んで貰っては困ります…これからも我々を率いて貰わないと」
…そうだ。まだ死んではいけない。死なない為にも今は居眠り出来るよう努力しよう…。


8月1日04:30
フォルゲン宙域、フォルゲン星系、銀河帝国軍、ミューゼル艦隊旗艦ブリュンヒルト、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 散々な戦いだった。中央のミッターマイヤーを後退させ両翼を前進させると、叛乱軍は待ってましたとばかりに右翼メックリンガー艦隊に攻撃を集中させた。第五、第六、そして後方から戦線参加した第十三艦隊の砲火がメックリンガー艦隊に集中した。ミッターマイヤー艦隊は後退したため効果的な援護が出来ず、代わりに第五艦隊の右側面を突こうとしたケスラー艦隊は逆に第一艦隊の横撃を受け、多大な損害を出す有様だった。俺自らが火消しの役割を担わなければならないのは戦闘前から分かりきっていたし、元々そのつもりではあったが、俺からの攻撃を嫌った(のだと解釈している)第一艦隊が後退しなければ、ケスラー艦隊は半壊していただろう。

 その後、後退したミッターマイヤー艦隊がメックリンガー艦隊の後方から迂回し第十三艦隊を痛撃して後退させ、そのまま第六艦隊の左側面を攻撃するに至ってやっと叛乱軍はメックリンガー艦隊への攻撃を諦め、全軍が徐々に後退を始めた。我々も後退したが、被害は大きかった。メックリンガー艦隊は四割、ミッターマイヤー艦隊は五千隻程までに撃ち減らされた。半壊を免れたケスラー艦隊のみがかろうじて八千隻を保っている状況で、最早大規模な戦闘は諦めねばならないのは明白だった。元々我々の方が劣勢ではあったが、これ程一方的に叩かれたのは久しぶりだった。後退した叛乱軍はその後一定の距離を保って動かず、我々の行動を牽制し続けている。まるで時間稼ぎの様に…。

 ヴィーレンシュタインから戻ったフェルナーからもたらされたのは、有志連合軍の内情だった。当初ブラウンシュヴァイク公は帝国軍に貸しを作るつもりで三万隻程をこちらに向けるつもりだったという。ところがアルメントフーベルに叛乱軍が出現したという報せに動揺し、全軍をシャンタウに移動させる事を決定したのだという。勿論自分達の領土保全の為である。今頃はキフォイザーに向かっている頃だろうが、キフォイザーは遠い。フェルナーも同行を求められたが何とか断って戻って来たという…。

 「旧主を罵りたくはありませんが、酷いものでした」
フェルナーはそう言っていたが、同情する訳ではないが当然だとは思う。自分達の権力の源が奪われるかも知れないのだ。
「キルヒアイス、全軍に伝えよ。ヴィーレンシュタインに帰投する。平文でだ」
「…広域通信で、ですね。了解しました」
キルヒアイスが側を離れると、トゥルナイゼンが恐る恐るといった風に疑問を口にした。
「その、叛乱軍は宜しいのでしょうか。放置しても」
「無論、警戒の為に哨戒線は張る。が、叛乱軍はこれ以上は進んで来ないだろう」
今なら解る、アムリッツア方面は陽動だったのだ。こちらは助攻、軍事航路には適さないハーン方面が主攻。ヴィーレンシュタインの有志連合を気にして行動が遅いのだと思っていたが違ったのだ。こちら側の叛乱軍には元々侵攻の意図はなかった。我々がいたから戦ったに過ぎない…キルヒアイスが戻って来た。珍しく深刻な顔をしている。
「ガイエスブルグ要塞が破壊された、との連絡がありました」
驚く間もなくフェルナーがFTLの入電を告げた。
「ミュッケンベルガー司令長官からです」
「分かった。自室で受ける」

”息災の様だな“

「はい。防戦一方ではございますが…それより、お元気そうなお姿を拝見し一安心いたしました」

”そうか。心配をかけた様だな。防戦一方と言ったが、状況は“

「詳細は後でお送りしますが、叛乱軍は宇宙艦隊司令長官自らが出馬して来ました。待機命令は出ておりましたが、漸減に徹するならば戦力は劣っていても互角に戦えると判断しました。ですが甘かった様です。現在ヴィーレンシュタインに帰投中であります」

”前線の卿の判断だ、過誤の責は問わぬ。しかしヴィーレンシュタインに帰投とは何故だ?“

「叛乱軍にこれ以上の侵攻の意図は無いと判断しました。おそらくこちらは陽動と思われますので…ガイエスブルグ要塞が破壊されたというのは事実でしょうか?」

”残念ながら事実だ、しかもつい三十分程前の事だ。退去した将兵が確認しておる“

「何ですって…」
それからミュッケンベルガーの語った事は恐るべき事だった。叛乱軍は退去の猶予を与えた上で攻撃を実行したという。猶予は十二時間。だが要塞内部の将兵はどうせ攻撃されるならと徹底交戦の構えでいたらしい。退去が実行されない事に痺れを切らした叛乱軍は再度通告したという。

”反撃は無駄、諸君が反撃出来ない方法で攻撃を行い要塞を破壊すると言って、攻撃方法の詳細を告げたらしい“

「…どの様な攻撃方法だったのでしょうか」

”大質量の小惑星を使った爆撃だ。単純明快だな、破壊が目的なのだから。それを聞いて要塞将兵達は戦意を失ったらしい。退去が確認されると叛乱軍は攻撃を実行した。同時に数百個の小惑星を要塞に向けて撃ち込んだ様だ。二度にわたってな“

想像してみた。とんでもない光景だ。わざわざ撃ち込むと通告したあたり、相当な加速をかけて撃ち込んだに違いない…そんなものをミサイルや浮遊砲台程度では破壊出来ないし、無論要塞主砲でも無理だろう。一部は破壊出来るだろうが、固定砲で射角が限られる上に連射には時間がかかる。そもそも大質量の小惑星に飽和爆撃される想定など無いのだ。

”実はな、一度通信を試みたのだ。要塞からの報告で座標は分かっていたからな。敵の指揮官は、例のウィンチェスターという男だった“

「…おそれながら、何故その様な事を」

”分からん。位置、時間的に増援を出しても間に合わぬ事は明白だった。気が弱くなっていたのかも知れん…奴は煽ってきた。儂と奇縁が有るとな。自分はアッシュビーの再来と呼ばれていると。儂の父がアッシュビーに倒された事を知っていて、そう言ったのだろう“

「閣下…」

”見たところ、何の気負いも無さそうな若僧だった。こんな大作戦を指揮する様には見えなかった…前にも聞いたな、卿はあの男に勝てるか“

「勝ちたい、と思います」

”こういう時は必ず勝つと言うものだ…まあいい。今後も辛い戦いになると思うが卿に任せる。儂は帝国を護らねばならんのでな…叛乱軍の動向がはっきりするまで辺境を頼むぞ“

 敬礼を交わすと同時に通信は切れた。


8月1日05:30
キフォイザー宙域、自由惑星同盟軍、ハーン方面軍総旗艦ドラコーニス、
ヤマト・ウィンチェスター

 「各艦隊、異常なし。ガイエスブルグ要塞爆発の影響はありません」
「了解、艦長。引き続き全艦隊に命令、帰投する。航行序列は第十、第二、第三、第四艦隊。第九艦隊は最後尾において警戒を実施せよ」
「了解しました、通達します」
「他には…ああ艦長、ハーンのリンチ少将とFTLを」
「………繋がりました、どうぞ」

”ハーン遠征指揮官、アーサー・リンチであります“

「ハーン確保、おめでとうございます。それと指揮官を引き受けて下さって本当にありがとうございました。今更ですが、迷惑ではありませんでしたか」

”いえ、敗残し捕虜だった身をハイネセンに晒すのは忸怩たる思いがありましたが、これで少しは身が軽くなった気がします…小官を指揮官に推薦して下さったのは閣下とお聞きしましたが“

「私もあの時エル・ファシルにいました。エル・ファシル星系警備艦隊、第二分艦隊に所属しておりました。任務とはいえ本隊を見捨てた様なものでした…ずっと心の奥で気掛かりだったのです」

”存じております。その後将官推薦で士官学校に進まれた事も…はは、当時の事をお気になさる必要はありません。当時のヤン中尉やウィンチェスター曹長が民間人を救ってくれた事が、私も救ってくれたのですよ。あれがなければ収容所で自ら命を絶っていたと思います“

「そうですか…ヤン提督とはもう話されましたか」

”いえ、まだですが“

「是非お願いします。提督も気にしていましたから」

”了解いたしました。機会があれば、必ず“

「ありがとうございます…ではここからは仕事の話をさせて下さい。これから帰投するのですが、そちらの状況を教えて下さい」

”目立った抵抗もなく、寧ろ歓迎する空気がありました。アムリッツアで作成された統治マニュアルに沿って順調に動いています“

「了解しました。お手数ですが、私の代わりにビュコック長官にガイエスブルグ要塞の破壊成功と帰投の旨を報告していただけませんか」

”分かりました“

 意外に元気そうだったな。ジャムジードで直接話す事も出来たけど、あの時は気が引けた…俺のわがままもあるけど、これで原作で起きた同盟内のクーデターのフラグの半分を折った様なもんだ。
「よかったですね、閣下」
「え?」
「なんとなくそう思ったもので。まともに笑っている所を久しぶりに見ました」
ミリアムちゃんがそう言って微笑した…そんなに笑ってなかったかな、俺…。


 

 

第百八話 皇帝不予、そして混迷

8月6日20:00
ヴィーレンシュタイン宙域、ヴィーレンシュタイン星系、銀河帝国、銀河帝国軍ヴィーレンシュタイン基地、高級士官クラブ、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 「おやおや、観戦武官のお出ましだ」
そう呟いたケスラーに釣られて、皆の視線がエントランスに注がれた。
「真打ちの登場と言って貰いたいな」
ウェイトレスの女性に注文をしながらロイエンタールは深々と腰を下ろした。
「真打ちか。そうであって欲しいものだ。そうでないと皆叛乱軍にしてやられた甲斐性なしの集まりになってしまう」
「まあそう言うなケスラー提督。してやられたのはミューゼル閣下も同じだぞ」
「それはそうだが」
ケスラーをたしなめるメックリンガーも表情は似た様なものだ。
「ところでロイエンタール、ボーデンの状況は」
「平和なものさ。叛乱軍に動きはない。バルトハウザーを残して来たが、増援が到着するまでは奴に任せる」
バルトハウザーはロイエンタールの部下で、派手さはないが堅実で惜しみのない働きをする男だ。ロイエンタールはここぞという場面でバルトハウザーを重用している。
「バルトハウザーなら大丈夫だな。しかし、まんまとしてやられた」
「ガイエスブルグ要塞の事か」
「ああ。叛乱軍が再出兵の宣言をして、誰もがフォルゲンやボーデンに侵攻して来ると思い込んでいた」
「実際にヤン艦隊の増援を確認していたからな。その後に第六、第十三艦隊と現れて、叛乱軍の目的は辺境防衛の俺達の撃破を目論んでいるのだろうと誤認してしまった」
ワインボトルが空くのは早かった。ウェイトレスが新たなボトルとつまみを運んでくる。

 「誤認はそれだけではない。ここに駐留していた有志連合軍の存在が我々の判断を鈍らせた側面もある。有志連合を我々の後詰と叛乱軍が判断しているのではないか、それで彼等の動きが鈍いのも納得出来る…まあ、あらゆる可能性を追求しなかった我々の落度なのだがな」
ケスラーが忌々しそうにグラスをあおる。
「だがその可能性は大いにあったのだ。最終的にはブラウンシュヴァイク公も増援を認めたのだからな。だが時期が悪かった」
我々の会話が聞こえていたのだろう、隣のボックスシートにはいつの間にかケンプ、ミュラー、ビッテンフェルトが集まっていた。軽く会釈をしながらビッテンフェルトが早速不満をぶちあげた。
「今更だが、フェザーンの高等弁務官府は何をやっていたのだ?奴等がしっかり情報を掴んでいれば、こうも酷い状況にはならなかった筈だ」
「そうですね…最近の戦いでは全くと言っていい程叛乱軍の動きが見えなくなりました」
ミュラーがそれに相槌を打つ…確かにそうだ、以前はフェザーン経由で叛乱軍の動きが掴めていたのだが、アムリッツア陥落以降はそれが無くなった。
「フェザーンが明らかに叛乱軍寄りの姿勢を示しているという事だろう」
「ケスラー提督、それがそうとも言えんのだ。帝国とフェザーンとの経済活動は以前より活発になっている」
「メックリンガー提督、卿が芸術より経済について詳しいとは聞いた事が無いが…」
「いや、とある美術商から聞いた話なのだ。アムリッツアが陥ちてからというもの、フェザーンから取り寄せる美術品や絵画の量が多くなったというのだ。フェザーンは叛乱軍との交易を黙認されているが、叛乱軍領域向けの貨物船が減っていて、顧客のほとんどが帝国の貴族や資産家だという」
「しかし運ぶ方も美術館だけでは利益が出ないだろう」
「そうだ。大体美術品や骨董品というのは一度には大量に取引されない。バイヤーが鑑定して本当に価値のある物だけを買う。だから量は少ないし、運ぶ時も荷の明きのある貨物船についでで運んで貰う事が多い。輸送料も船員の小遣い稼ぎ程度で済む」
「それが大量に取引されているという事は…」
「それを運ぶ船が増えているという事だ。主な積荷は武器、弾薬、糧食らしい。他にも装甲部材の原材料とかもあったそうだ」
「武器弾薬だと…納入先は帝国軍ではないのか」
「我々なら国内の兵器工廠で賄えるだろう。それをわざわざフェザーンから買っている連中がいるという事だ」
話してくれた本人も、聞いた皆もすぐ気付いただろう。それほどメックリンガーの話した内容は深刻なものだ。ノーマークでそんなものを買える連中は限られている。貴族だ。

 貴族の私設艦隊の艦艇も基本的には帝国軍の造兵工廠で建造される。貴族が帝国政府に建造を依頼し、購入するのだが、建造された艦艇はまず最初に帝国軍に編入される。損失分を埋める為だ。貴族が依頼した分は後回しになる。私設艦隊が戦場に出る事はそれほど無いし、中々損失が発生しないからどうしても後回しになるのだ。流石に貴族達も正規軍の補充の重要性は理解しているから後回しにされても文句は言わない。中には自領に工廠を持つ大貴族もいる。ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯など、星系単位で領土を持つ大貴族達だ。彼等程の大貴族になると帝国政府には艦艇建造を依頼する事はない。後回しにされるのを嫌う貴族達はブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯に建造を依頼するのだ。帝国軍も大量に建造を急ぐ時には、政府を通して彼等に依頼する事がある。実はこの私設の工廠が曲者だった。この工廠で建造された艦艇数の把握が出来ないのだ。帝国政府が買い上げる形になる分は把握出来ても、貴族達が一体どれ程の艦艇を建造しているのか分からないのだ。

 「貴族達がどれだけ軍備を整えようともどれ程の事があろうか。所詮竜頭蛇尾の輩ではないか」
ビッテンフェルトの言う事は真実だった。ここヴィーレンシュタインに居た彼等が何もなし得なかった事がそれを表している。
「だが一頭の獅子に率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられる獅子の群れを駆逐するという。油断はせぬことだ」
メックリンガーがビッテンフェルトをたしなめると、それまで黙っていたミュラーが口を開いた。
「それより何の為の軍備かを問い質すのが先ではありませんか。元より私設艦隊を有する彼等が、何の為に密かに軍需物資を買い集めているのか明らかにすべきでありましょう」
「答えは明白だ。門閥貴族どもは次の皇帝陛下の御世を見据えているのだろう。分かっている筈ではないか卿等」
ロイエンタールの言葉は皆を黙らせるに充分な迫力があった。次の皇帝の御世…帝国軍が辺境に思うように兵を出せない事も、主力が帝都を離れられなかった事も、叛乱軍の跳梁を許してしまった事も、それが結果として有志連合なる勢力を産み出してしまった事も…それに誕を発していたのだ。皆分かっているのだ、知っていて口にしなかっただけなのだ。帝国が、二つに割れるかもしれないという事を…。

 「今なら理解出来る。何故叛乱軍がアムリッツアで進撃を止めたのか。その一方で何故ガイエスブルグ要塞を破壊したのか。奴等は門閥貴族達の不安を煽っているのだ。神聖不可侵な筈の帝国領が侵され、辺境の情勢は不穏になり、果てには自領近くの要塞を破壊された。軍は頼むに非ず、自らの身は己の力で守り抜く…何れは正当な権力奪取を狙うだろう、奴等は皇孫を二人も擁している。その時の為に力を蓄えているのだろう」
ロイエンタールは薄く微笑みながらそう持論を述べた。
「ではロイエンタール提督、我々の為す事は…」
「さあな、ミュラー。大神オーディンが決める事だ」

20:10
銀河帝国軍ヴィーレンシュタイン基地、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 今なら奴の考えが分かる。ウィンチェスターは帝国軍ではなく帝国そのものと戦っている。帝国の支配体制に戦いを挑んでいるのだ。政府、軍、貴族が団結すれば負ける事はない。だが現実は…。
「ラインハルト様」
執務室に駆け込んで来たのはキルヒアイスだった。
「どうしたんだ、キルヒアイス」
「皇帝陛下が亡くなりました」
「なんだと!?」
「フリードリヒⅣ世陛下が亡くなったのです、ラインハルト様」
「陛下などと呼ぶんじゃない。そうか、死んだか…俺達の手で殺してやろうと思っていたが、ついに叶わなかったな、キルヒアイス…」


20:15
ジークフリード・キルヒアイス

 「陛下などと呼ぶんじゃない。そうか、死んだか…俺達の手で殺してやろうと思っていたが、ついに叶わなかったな、キルヒアイス…」
言葉の激しさとは裏腹に、ラインハルト様の顔は穏やかだった。以前ほど皇帝に対して憎悪を見せなくなった様に思える。
「そうですね。アンネローゼ様が後宮から離れておられて幸いでした。今居られたら、何を言われるか分かりません」
「そうだな。死因は分からんが、姉上が側に居たら非難の雨あられだろう。下手をすると殺されかねん」
もしかしたら皇帝は、自分の死期を悟っていたのかもしれない。だからミュッケンベルガー元帥の申し出を受け入れた…。そのアンネローゼ様は今ヒルデスハイム伯の元に居るという。本来なら今すぐにでもお迎えに向かわねばならないのだが…。その想いに気付いたかの様にラインハルト様が呟いた。
「今すぐにでも迎えに行きたいのだがな…」
申し出てみようか?しかしあまりにも私事でありすぎる、ラインハルト様の部下達はなんと言うだろう。軍を辞めねばならなくなるかもしれない。
「キルヒアイス」
「何でしょう、ラインハルト様」
「おそらく、いや確実に帝国は割れる。機会が訪れるまで辺境守備の一軍人として力を蓄えようと思う」
一瞬でもラインハルト様がアンネローゼ様を迎えに行ってくれと言い出すのではないか、と思った自分が恥ずかしかった。私などよりラインハルト様の方が私以上にアンネローゼ様を迎えに行きたい筈なのだ。
「帝国が割れたら叛乱軍はここぞとばかりに襲ってくるだろう。帝国の内情がどうなろうとも、そこに叛乱軍を介入させてはならない」
「はい」
「皆を集めてくれ」


21:30
オスカー・フォン・ロイエンタール

 「帝都オーディンで重大事が発生した。皇帝陛下がお亡くなりあそばされた」
ミューゼル閣下の言葉に皆がざわつく。ざわめきが治まるのを待って、閣下は再び言葉を続ける。
「首都の情勢が気になるところではあるが、叛乱軍と対峙している我々はこれ以上退く事は出来ない。おそらく叛乱軍はこれ以上攻勢出る事はないだろうが、安心は出来ない。ヴィーレンシュタインを拠点とし辺境防衛の任務を続行する」
「叛乱軍がこれ以上の攻勢に出ないという判断の根拠は柰辺にございますか」
「いい質問だ、ロイエンタール。辺境、すなわち今までのフォルゲン及びボーデンでの叛乱軍の行動は、ガイエスブルグ要塞破壊の為の陽動だ。ハーンは占領されたものの、キフォイザーに至る宙域に奴等は手をつけていない。奴等の目的は帝国の支配体制の崩壊を狙ったものだと推察される。じわじわと真綿で首を締める様に恐怖を煽っているのだ」
「叛乱軍は貴族達に目を着けた、という事ですか」
「察しがいいな。叛乱軍はガイエスブルグ要塞を破壊する事で貴族達に安全保障問題を突きつけたのだ。帝国を護るに任せない政府、軍に対して、彼等は反感を募らせるだろう。次期皇帝陛下はまだ決まっていないが、誰が皇帝の座に着くかによって彼等の態度は決する筈だ」
「帝国からの独立、という事ですか」
「だろうな。内戦の勃発だ」

 ミューゼル閣下は皆の反応を伺う様にそこで言葉を止めた。一番先に口を開いたのはミッターマイヤーだった。
「もし閣下の仰る様に内戦が発生するとすれば、叛乱軍にとっては絶好の機会となります。果たして閣下が予想された様に奴等はこれ以上の攻勢は行わないのでしょうか」
「奴等は漁夫の利を得る腹なのだ。我々を相戦わせ、どちらかが倒れた後に攻め込むつもりだろう。帝国政府にとっても貴族達にとっても叛乱軍は敵だからな、叛乱軍に対しては両者が手を結ぶ可能性がある。その可能性があるうちは奴等は決して行動は起こさないだろう」
「ひどい事になりそうですな…」
「ああ。だから私は辺境守備の一軍人に甘んじる事にした。それに、変わってくれる者も居ないのでな」
辺境守備を口実に雌伏するという事か…叛乱軍が襲って来ないのであれば、確かに好都合だ。今中央に戻れば体よく使い捨てにされるのがオチだろう。
「卿等の去就は問わない。この地に留まるもよし、帝都に戻るのもよし…内戦となれば私も考えるところがあるからな。それを卿等には強制はしないつもりだ」



宇宙暦796年8月11日12:00
ハーン宙域、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、第九艦隊旗艦ヘクトル、
ヤマト・ウィンチェスター

 “そうか、やってくれたか…いや、本当に作戦成功おめでとう”
FTLの相手は最高評議会議長とその閣僚達だ。一応今回の作戦は最高評議会議長の直接命令によるものだから、彼に直接報告しなきゃいかん事になっている。

”フォルゲンでの戦いは陽動で、実はガイエスブルグ要塞の破壊を狙っていたとは…流石はアッシュビーの再来だ。本当によくやってくれた“

「ありがとうございます」
議長と何人かの閣僚達が手を取り合って喜んでいる。カメラが数台見えるところを見ると、どうやらこの報告の様子はTVで生中継でもされているのだろう。露骨だな…まあ喜んでいる議長や閣僚達とは反対に、無表情な面々が居る。一応拍手はしているものの、どことなく緊張が漂っている。カメラもそれに気付いたのだろう、一台のカメラが彼等を追った。国防委員長、財政委員長、人的資源委員長…法秩序委員長もいるな……法秩序委員長が手を上げている。

“お、お喜びの中申し訳ないのですが、議長、あなたを収監させていただきます”

“…急になんだね、法秩序委員長”

“容疑は収賄、特別背任、機密情報漏洩です”

とんでもないな…天国から地獄へ真っ逆さまという訳だ。評議会議場になだれ込む警官、おそらく検察庁の職員を映し出しながら、FTLは切れた。


12:10
マルコム・ワイドボーン

 「これは一体…」
多分俺の顔色は青くなっているだろう。
「まあ検察が動いているんだ。彼等だって証拠もなしに議場になだれ込みはしないだろう。生中継なんかするから…」
「知っておられたのですか」
「うん、まあね」
まあねと言いながら、閣下は事情を説明しだした。フェザーンにいるバグダッシュからの報せだという。欺瞞工作を行う上でとんでもない情報を手に入れた…実際にはフェザーン自治領主府の関係者から手に入れた情報で、議長、現職の閣僚数名がフェザーンから賄賂を貰っているという情報とその詳細だった。情報の重さからして何かバーターで情報を渡している筈だが、敢えてそれは聞かなかった。渡してしまったものは仕方ないし、現在の情勢に直接関係がなければどうとでもなるからだ。おそらくバグダッシュという男ならそれくらいの判断はするだろう。
「偽情報という可能性はなかったのですか?」
「裏も取らずに拘禁に踏みきる訳がないじゃないか…情報は正しかったって事だ。これで政権維持の為に出兵を目論む様な政治家は、とりあえず居なくなるという事だね」
「ですが、後任人事は…やはりトリューニヒト委員長ですか」
「だろうね。彼は人気があるし、法秩序委員長もそこに乗ったという事だろう。財政委員長のレベロ氏や人的資源委員長のルイ氏もそうじゃないかな。今言った連中は今回の作戦には反対だったからね」
「…彼なら大丈夫だと?」
「何度か直接話をしたけれど、彼は現実的な政治家だ。軍の行動を制紂されない為には彼が最高評議会議長である必要があるんだ。我々が成功をおさめている限り、トリューニヒト氏や次の国防委員長は我々のいう事を聞いてくれるだろう」
「…シビリアン・コントロールからは外れていますね」
「そうかな?我々は専門家として彼等に助言し、彼等がそれを採り上げる。我々は助言者に過ぎないが、実際問題として我々は力を持っている。だから為政者達は潜在的に我々のクーデターを恐れるんだ。だったらこちらからどんどん協力してあげた方がいいだろう。帝国という敵がいる間は…私だってトリューニヒト氏には本音で話している。今何が必要かという事をね」
「敵がいる間は、と仰いましたが…」
「理想的に進めば、将来は帝国の存在を気にしなくてもよくなる筈だ。となれば同盟軍は軍縮に向かうだろう。その時に軍の発言権が小さくなっていたらどうする?現実的には軍隊はなくならないし無くす事は出来ない。今からそういう事態に備えて発言権を確保しておかないと、どうなるか分からないからね。その為の布石さ」
「なるほど…」
「実際に戦っているのは我々だけど、あまりその功績は誇ってはいけないんだ。だから私は国防委員長を影から支えるという訳さ。無論、グリーンヒル本部長やビュコック長官もご存知だ。フェザーンで得た情報は全て本部長に報告してある」
「ですが、本部長や司令長官はこういう政治的な動きを好まないのではないですか」
「政治家が皆真っ当で軍事に対して一定の理解のある政治家ばかりだったら、こういう事はしなくてもいいしすべきではないんだ。でも現実を見てご覧、今回の出兵だって政権維持を目的としたものだったんだよ。正しいシビリアン・コントロールと言えるかい?軍人は政治に関わってはいけないという人もいる。だけどね、関わらなきゃいけない所はきちんと関わらないと駄目なんだよ。軍人は政治家が正しく軍事力を行使するために、彼等に正しい助言をしなきゃならないんだ。ただ盲目的に従っていたら駄目なんだ。まあ、今回の件は告発みたいな物だけどね」
閣下の言う事は理解出来た。確かに軍事という物を正しく理解している政治家ばかりなら、ここまで戦争が続く事はなかっただろう。恣意的な軍事行動も、もっと少なかった筈だ。だが、助言する者が自分に都合のいい様にそれを行えば、軍事力の行使に歯止めが効かなくなるのではないか…閣下の様な人はいいだろう、だが野心的、利己的な人間が助言者の位置に居たらどうなるのだろう、ルドルフの様な人物を産み出してしまうのではないか…。



12:30
アムリッツア宙域、アムリッツア星系カイタル、自由惑星同盟軍カイタル基地、
アレクサンドル・ビュコック

 「いやはや、やってくれたものですな。このタイミングであの情報を使うとは」

“私も選挙公示中に使うものとばかり思っていました。ですが、効果的な事には違いない。作戦成功報告の生中継で、ですからね…ところで長官、そちらの状況は”

「帝国軍はヴィーレンシュタインまで後退しました。しばらく見張っておったが、奴等は出てくる気がないようですな。現在はフォルゲン、ボーデン共に通常の哨戒行動に戻しております」

“という事は、皇帝が死んだという情報も本当なのでしょうな”

「おそらくそうでしょう。それ以外に戦闘を止める理由は思いつきません」

“長官は今後の軍事行動についてどうお考えですか”

「ハーンを取ってしまいましたからな…厳しくはありますが出来るだけ二正面作戦は避けたいものです。兵力に余裕がありません」

“同感です。国防委員長にもそう上申致します”

「あとの細かい事はウィンチェスターに考えてもらいましょう」

“ハハ、そうですな”


8月14日15:00
イゼルローン回廊、イゼルローン要塞、
ヤマト・ウィンチェスター

 ガイエスブルグ要塞攻略から帰投した艦隊のうち、第二、第三、第四、第九をカイタルに、第十艦隊をハーンに残して、ヤンさんの第一、ビュコック長官の第五、そして第六と第十三艦隊はハイネセンに向かう事になった。皇帝が死んだという情報が本当らしい事、それによって帝国軍の軍事行動が消極的である事から、損害の大きな艦隊を首都に戻して休養と再編成に当たらせる事になったのだ。俺もビュコック長官のリオ・グランデに便乗させて貰って、ハイネセンへの帰路にある。
『任せておいて言うのも何だが、困った事があったらすぐに言うんだぞ』
『ガイエスブルグを攻めた時はそんな優しい事言ってくれませんでしたが』
『あれは…困った事があっても対処する暇がなかったからだよ』
艦隊もワイドボーンに任せてある。月が変わればおそらく中将に昇進だろうから、そのまま後任の司令官に丁度いい。本当は帰りたくなかったんだけど、本部長が戻って来いって言うんじゃ仕方ないよな…何でも声望の高い軍人が遠い前線に長く居ると、政府のコントロールを受け付けなくなる恐れがある、という声があるんだそうだ。たまには戻って顔を見せろという事なんだが、余計なお世話だってんだ、そんな心配なら替わってやろうか?…と言ってやりたい。まあ、直接会って話した方が、何を話すにしても安心するし納得出来るんだろう。

 「何故呼び戻すんじゃ、と言った顔つきじゃな」
ビュコック長官は部屋に入ってくるなりそう言って笑った。
「まあ、そういう気分ではありますね」
コーヒーを用意しようとした俺を手で制すると、長官は後ろ手に持ったブランデーをデスクに乗せた。キャビネットを開け、グラスを二つ取り出して注ぎ始めた。
「貴官が出来すぎるからじゃ」
「はあ…」
「貴官のやっておる事は今まで誰も思い付かん事じゃったからの。まあ、イゼルローンを陥とすまではほとんど同盟領域でしか戦っておらんかったせいもあるが」
「そうでしょうね…私が思いつきでやっているせいもあると思います」
「うむ。その思いつきに皆が着いてきておらんのじゃ。儂も貴官の作戦がこうも上手く行くとは思わんかったからの…今後はどうなると思っておるのじゃ」
「帝国は二つに割れ、内戦が始まると思います。大貴族と帝国政府の間でです。ガイエスブルグ要塞の破壊はその為に行いました。大貴族達の間に、帝国政府は頼りにならないという気分を醸成させる為です。そして皇帝が死にました。帝国政府が次期皇帝に推すのはフリードリヒⅣ世の皇太子の残した子、エルウィン・ヨーゼフⅡ世。一方で大貴族側にもブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家に嫁いだ皇女達の子、エリザベートとサビーネが居ます。大貴族達は当然この二人のどちらかを次期皇帝として推すでしょう」
「御家騒動という訳じゃな」
「はい。当然ながらこの二つの勢力は相容れません。政府側はブラウンシュヴァイク家やリッテンハイム家が皇帝の外戚として威勢を振るうのを許容出来ませんし、大貴族達には帝室の藩屏としての強烈な自負があります。もし二つの勢力が手を結ぶ事があるとすればそれは対外勢力、即ち我々に対する時でしょう」

 長官は首元のスカーフを緩めながら、空になったグラスに再びブランデーを充たした。
「という事は…しばらく手を出さん方がいいという事じゃな」
「はい。下手に手を出せば噛みつかれます」
「帝国で内戦とはな…数年前には想像もつかんかった事じゃ」
「はい。一方で注意しなくてはならない勢力が居ます。フェザーンです」
「フェザーンじゃと?」
「はい」
「フェザーンは軍事力こそ稀薄ですが、我々との交易を黙認されている地の利を活かし、同盟と帝国の間で上手く立ち回って来ました」
「両国の情報をその時々で互いに流している節がある…というやつじゃな」
「はい。近年は軍事行動に関しては情報漏洩の防止と防諜に努めている事や、フェザーン現地に情報員を配置して情報操作を行っているので我々の情報は掴まれにくくはなっています。ですが不思議な事にフェザーンは、それに対する対抗策をなんら取っていないようなのです」
「ふむ」
「経済的にもフェザーンは同盟領域から締め出されようとしています。それに対してもなんら策を講じていない。その一方帝国、特に大貴族達との取引は今までより増大しています。これもバグダッシュの調査により判明しております」
「内戦寸前の帝国…特に大貴族達にフェザーンが肩入れしているという事じゃな」
「はい、ですがどうも納得がいかないのです。表面上はそう見えるのですが…フェザーンが大貴族に肩入れをしている、そんな事は調べればすぐに分かるのです、私が分かったくらいですから…いずれは帝国政府も気付くでしょう。そんな見え透いた手をフェザーンが打つというのはどうも…」
「ふうむ。なんにせよ注意が必要という事だな」
「はい」

 その後しばらく長官は黙ってグラスを傾けていた。フェザーンについて話すかどうかは正直迷った。下手なところまで話すと地球教団の事まで話が及んでしまいそうだからだ。今の段階で地球教の事を話しても長官どころか誰も信じてくれないだろう。フェザーンに対しては慎重に外堀を埋めていく必要がある。何しろ議長逮捕の情報の出所はフェザーンなのだ。何故こんな重要な情報をフェザーンは提供したのか。何かしら見返りを求めているのか、慎重に調べないといけない。バグダッシュには苦労をかけるが、もう少し頑張って貰うか…。



 

 

第百九話 前触れ

帝国暦487年8月25日12:00
ヴァルハラ星系、オーディン、銀河帝国、ヒルデスハイム伯爵家別邸、
ジークフリード・キルヒアイス

 ガイエスブルグ要塞が破壊された後、皇帝が死んだ。ラインハルト様はヴィーレンシュタインにて辺境防衛の名のもとに雌伏を選択された。フォルゲン、ボーデンの叛乱軍の攻勢は陽動…そう判断して、ヴィーレンシュタインまで後退したのだ。ラインハルト様の判断通り、叛乱軍の動きはなくなった。時折哨戒部隊同士が接触する事はあっても、戦闘になる事は稀だった。アンネローゼ様をお迎えする為に私がこうやってオーディンに居るのも、ある意味叛乱軍のおかげだろう。だが久しぶりに戻った帝都の雰囲気は、出撃前と少し変わっている様だった。

 「元気だったか。息災そうで何よりだ」
「はい。閣下もお元気そうで…お姿を拝見して安堵致しました」
「フフ…卿が心配しているのは私ではないだろう?大丈夫だ。この屋敷にちゃんと居られる。しかし、伯爵夫人が我々と共に帝都を離れていたのは本当に幸運だった」
それからヒルデスハイム伯爵が語ったのは驚くべき事実だった。ベーネミュンデ侯爵夫人が死んだというのだ。
「伯爵夫人が後宮を出られてから、陛下の寵を取り戻そうと足繁く宮廷に出入りする様になってな…別に陛下は侯爵夫人の事がお嫌いではなかったのだ。伯爵夫人が後宮に入る前の件があってから陛下は侯爵夫人を遠ざけられた。だが彼女はそれを自分の失態だと受け止めてしまったのだ…もう十年も前の事だが、そこまで遡らないと話は始まらんのでな」
「あの事とは畏れながら、陛下と侯爵夫人の間に授かった和子…の件でございましょうか」
「そうだ、よく知っていたな…死産だったが、直前まで母子共に順調で、死産を予見出来る宮廷医はいなかったそうだ。陛下は何者かの作為を感じられたのだろう。その後、皇帝と侯爵夫人の間は疎遠になった」
その後アンネローゼ様が後宮に入り、皇帝が侯爵夫人の元に行く事はなくなった。
「彼女も何かを感じ取ったのかも知れない。そして自分を責めただろう、陛下を恨む訳にはいかんからな。そしてその恨みの矛先は伯爵夫人にも向けられたという訳だ」
何も知らない小娘が後宮に入って皇帝の寵愛を受ける…自分の置かれた状況と比べてしまったのだろう、共感は出来ないが理解は出来る…。
「しかし…侯爵夫人は何故死んだのでしょう?」
「自裁を命じられた。陛下危急の時に為すべき事を怠ったという理由だ。陛下が亡くなられた時、彼女はその場に居ったのでな。自裁を命じたのはリヒテンラーデ侯だ」
リヒテンラーデ侯と言った時の伯爵は、まるでこの世ならぬ物を見たかの様な顔をしていた。伯は何かを知っている、そう思わせるに充分な表情だった。これ以上は…話を変えた方がいいかも知れない。

 「ところで…次の至尊の座に着かれるお方はどなたになるのでしょうか」
「エルウィン・ヨーゼフ殿下だ。前の皇太子殿下のご嫡子であらせられるからな。が…皇位に着かれた後で揉めるかも知れん」
「それはどういう…」
尋ねると、伯は大きな笑い声をあげた。
「知らぬふりをするのは止せ。気付いておろうが…帝国は二つに割れる、真っ二つにな。私も説得を試みたが駄目だった。ブラウンシュヴァイク公もリッテンハイム侯も、前のルートヴィヒ皇太子殿下とは対立しておったからな。その子が至尊の座に着くなど笑い話にも程がある、とな…卿、気付いておらんか。外の様子を」
「はい…宇宙港の出発ゲートは貴族の方々が多かった様に思えます。このお屋敷の周りも人通りが少なくなった様に感じました。代わりに軍人達が多くなったかと」
オーディンに着いて感じた違和感の正体はそれだった。軍人の姿が多いのだ。事は急速に進みつつある…。
「畏れながら、閣下はどうなさるおつもりなのです」
「理は政府にある。だが情はいかんともしがたくてな。こうならねばよいとは思っていたが、最早どうしようもない。私はブラウンシュヴァイク公につく。実はな、昨日辞表を出したのだ…卿が来てくれてよかった。卿が来なんだら伯爵夫人と娘をいかにしてミューゼルの所へ送り出そうかと思っていたところだ」
「ご息女…でございますか?」
「うむ。あれには埒のない戦などで命を落として欲しくないのだ。人質にされるのも癪だしな…この後の予定は?」
「ミュッケンベルガー閣下の元帥府へ参ります。その後はもう一度こちらへ参る予定でした」
「そうか。では用事を済ませたら直ぐに戻ってくれ。出立の準備は既に整っておる」
「了解致しました」
 
 ヒルデスハイム伯爵の元を辞し、急いでミュッケンベルガー閣下の元に向かう…ラインハルト様が雌伏を選択したのは正解だったかも知れない。こんな時にオーディンに居たら、どちらの側に着くかで身動きが取れなくなっていただろう。状況からいって政府側に着くのは当然だが、そうだとしても様々な困難は覚悟せねばならなかった。ラインハルト様の簒奪の意思は最早知れ渡っていると考えねばならないからだ。だからこそミュッケンベルガー閣下はラインハルト様を辺境守備に向かわせたのだ…。

 元帥府の前に来ると、ここも以前より警衛の数が増えていた。ラインハルト様の部下として来意は告げてあるのにも関わらず、営門で誰何(すいか)と車両検査を受けた。
「ご苦労。ミューゼルはどうだ。通信で見る限りは息災の様だったが」
「はい、辺境守備の任に精励されておいでです」
「そうか。オーディンの様子も変わっただろう。ガイエスブルグが破壊されてからというもの状況が変わってしまってな…今ではこの有り様だ」
「はい。グリューネワルト伯爵夫人の件の御礼を申しあげる為にヒルデスハイム伯爵の元へも立ち寄らせて貰ったのですが、帝国は割れると仰っておられました。自分はブラウンシュヴァイク公に着く、と…」
「そうか…あってはならぬ事だが、伯の立場では仕方の無い事かも知れん。伯から今の情勢は聞いておるか」
ヒルデスハイム伯爵から聞いた内容を閣下に話すと、ミュッケンベルガー閣下は大きくため息を吐いた。
「策はな、ないでもないのだ。ヨーゼフ殿下の妃として、エリザベート様かサビーネ様が嫁ぐ、という案だ。しかしこれは双方が譲歩せねばならん。リヒテンラーデ侯としては外戚の影響を排除出来なくなるし、ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯としてはリヒテンラーデ侯の風下に立つという事になる。結局どちらか勝敗が決した後でないと用いる事が出来ない。そしてどちらにしても帝国には深い傷が残る事になる。困ったものだな」
「…閣下はどうなさるおつもりですか」
「…儂は帝国軍人だ。帝国を蔑ろにする者達から帝国を護らねばならん。有志連合に組する訳にはいかない」
それから閣下は現在の帝国軍の状況を語り始めた。貴族…有志連合への警戒としてやはり艦隊はオーディンにて待機するという。叛乱軍によるガイエスブルグ要塞破壊直後は貴族領やキフォイザー方面に艦隊を派遣する予定だったが、皇帝崩御後はそれも取り止めになったという。
「ミューゼルの言う通り、叛乱軍はしばらくは動かんだろう。奴等にしてみれば帝国内が混乱していた方が都合がいいし、自分達が動けば、帝国国内が一つにまとまるかも知れんのだからな…ヴィーレンシュタインに到着した増援はアントン艦隊だったな」
「はい」
「もう一つ艦隊を回そう、ベルタ艦隊だ。アントンとベルタの両名は卿も知っての通りヒルデスハイム伯の縁者だ。ブラウンシュヴァイク公の元に向かわれても困るし、こういう情勢とはいえ辺境防衛の手を抜く訳にはいかんのは理解出来るだろう…奴の艦隊は明後日には出立出来る筈だ…儂はこれから統帥本部に向かわねばならん。卿も用は済んだ筈、伯爵夫人を連れてミューゼルの元に戻るがよい」
「はっ」
「戻ったらミューゼルに伝えよ。どの様な手段をとろうと構わん、帝国を護れとな」
「はっ、必ず伝えます」
「九月一日に陛下の国葬が執り行われる。終了後は帝都に戒厳令が敷かれる…それまでにはオーディンから出るのだ」


宇宙暦796年9月10日09:35
バーラト星系、ハイネセン、自由惑星同盟、ハイネセンポリス、シルバーブリッジ三番街、ウィンチェスター邸、
ヤマト・ウィンチェスター

 「ねえ、また貴方よ」
「他のチャンネルは?」
「同じ。また貴方が皇帝を倒したって言ってるわよ」
「飽きないもんだな…」
「ガイエスブルグ要塞が破壊されたショックで皇帝が死んだ…本当だったら凄いんだけど」
「…そんな訳ないでしょう」
「今貴方が出馬したらトップ当選ね。最高評議会議長が逮捕された後だし、皇帝は倒しちゃうし……」
「…やめてくれよ」
スナックをつまみながら、エリカが呟く。ここ最近は似た様な会話が多い。ある意味自分のせいなんだけどね…。
ガイエスブルグ要塞が破壊されたショックで皇帝は死んだ、ウィンチェスター副司令長官の一撃が皇帝を倒したのだ…マスコミの論調は総じてこれだった。取材攻勢を避ける為に休暇を取ったけど、副司令長官ともなると休む暇がない。色々な事に関わらなくてはいけないからだ。ハーン宙域の体制について統合作戦本部との検討会議。宇宙艦隊の諸問題の解決の為の会議。対帝国戦について今後の方針の策定。昇任調整会議…。方針やら宇宙艦隊の諸問題はともかく、高級軍人の昇任人事に関しては同盟軍内部に与える影響が大きいから、早急に人選を済ませなきゃいけない。

 今現在、艦隊司令官のポストは三つ空きがある。第五、第七、第八の三つだ。第五はもともとビュコック長官が直卒していたんだけど、長官直卒の艦隊を別に編成するという話が出て、第五艦隊司令官のポストが空いた。第八艦隊司令官は戦死、第七艦隊司令官も負傷療養で予備役になったから、この二つのポストも空いた。宇宙艦隊としては早く後任を決めなきゃいけないんだがこれが難しい。まず能力。そして序列。前回は国防委員長の推薦もあったけど、今回はそれが無い。選挙対策もあってトリューニヒト氏は、自分が人事権を不当に行使していると思われたくないのだそうだ。選挙で勝てばシトレ親父が国防委員長になるのは謂わば規定の流れだったから、今回の人事は試金石とも言えた。軍は人材を正当に評価しているのか、そこが試されるのだ。

 「でも、そこを考えろってのは人事部の仕事じゃないかしら」
「そうなんだよ。でも今回の作戦が上手く行き過ぎたから、ポストの割振りに難があるんだと。発案者にもその責任の一端を担って貰う…って事らしいよ。確か今の人事部長は代理の少将だったから…まだ余計な恨みは買いたくないんだろうなあ」
「…偉くなるのも大変よね。副官辞めてよかったかも」
「副官も色々気を使うからね…そういえば、エリカは今どこに居るんだっけ?」
「後方勤務本部厚生課よ。忘れちゃったの?」
「わ、忘れてないよ。確認しただけ」
「ふーん。あ、マリーちゃんは経理課に異動したわよ」
「なんだって?じゃあアイツが俺達の給料計算してるのか」
「そうなるわね」
まさか妹が俺達の給料計算をしていたとは…何だか納得いかないな…エリカには悪いけど、長官のところに行こう…面倒くさい事は早く片付けないと…。

15:00
 統合作戦本部ビル、宇宙艦隊司令部

「休みなのにご苦労な事じゃな」
「閣下こそ休まれては如何です」
「職場に居た方がボケなくていい、と家内に言われての…ところで今日は何用かな」
「え?ああ、人事の件です。その他にもありますが」
「どうするか決まったかね」
「ええ…艦隊司令官は誰も功績を上げてませんから昇進はなし。勲章の授与で済ませます。それと、少将の中堅どころを昇進させて艦隊司令官に抜擢します」
「誰を昇進させる?」
「モートン、カールセン、アッテンボローの三人です」
「ふむ、あ奴等なら納得じゃ。しかし、進攻作戦に参加した艦隊司令官達は昇進なしで納得するかな」
「私や閣下も昇進しないのですから当然でしょう」
「ハハ、分かった。では今後の対帝国についての方針じゃが、これは統合作戦本部と協議が必要じゃろうなあ。貴官が前に言った通り、宇宙艦隊としては現状維持、静観じゃ。それでいいかの」
「はい。ハーンの根拠地化と第七、第八艦隊の再編も進めねばなりませんし」
「あとは儂…司令長官の率いる艦隊の規模についてじゃ。貴官はどう考えておる?」
難しい問題だった。司令長官が前線に出る戦いが発生するとして、その艦隊戦力を予備として考えるか、護衛任務に限定するかで規模が変わってくるからだ。前者であれば二万隻は欲しいところだ。戦闘中の前線の補強に戦力を派出も出来るし、敵にとどめを刺す時の切り札として期待出来る。直卒艦隊自身で戦闘の当初から前線に参加も出来る。後者であれば司令長官自身は指揮統率に専念する事になる。利点は前者だが、おそらく編成した後に問題点を指摘する声が大きくなるのは明らかだった。いつ出撃するかわからない直卒艦隊を編成するより、ナンバー艦隊…正規艦隊を新しく増勢した方が合理的ではないのか…そういう声があるのだ。確かに戦線は拡大しているから、正規艦隊の数は多い方がいい。
「任務部隊方式の方がいいのでは…と思います」
「成程な。必要な時に必要な数を、という訳じゃな」
「はい」
正規艦隊は軍の編制上、指揮官の階級や部隊規模が定められているが、任務部隊というのは『○○任務に必要な部隊を編成する』方式だから、部隊規模を自由に編成出来る強味がある。だけど任務部隊方式はお金に余裕がある時にだけ使えるやり方だった。規模がもともと決まっている正規艦隊と違って任務部隊はその都度予算措置をせねばならず、経理担当者からすれば悪夢でしかない。ある程度の額を確保して流用するという手法もあるけど、決して褒められたやり方ではなかった。

 「ですが、任務部隊方式は予算計上が難しく、常設の部隊としては編制出来ません。ですから長官直卒の艦隊は半個艦隊程度を基幹として作戦の大小に応じて予算措置をし、その後改めて任務部隊として部隊規模を決定すればいいのではないでしょうか。その上で正規艦隊を一つ増やすのが合理的ではないかと。第十三艦隊も正規編制にします」
「第十三艦隊は判るが…もう一つ艦隊を増やすのか?」
「はい。とりあえずは編制のみの存在でいいのです。予め編制を作っておけば予算は取れます。何かあれば予算は流用出来ますし、本当に正規艦隊を増やす事態になった時にはスムーズに事を運べます」
「貴官、意外と腹黒いの」
「褒められたと思っておきます。まあこれも本部長が納得すればですが」
「そうじゃな。後方勤務本部との折衝は本部長じゃからな」
「何かあれば手伝うと言っておいて下さい」
「おいおい、本部長の説得は貴官の役目じゃぞ。儂は元から貴官の考えを採用するつもりじゃからな」
「はあ…分かりました」

 グリーンヒル本部長の執務室が遠く感じる…これだけ上手く行ってればそりゃ信頼されるよな…でも宇宙艦隊の方針なんだからトップ同士、長官が本部長に説明するんじゃないのか?同じビルだし別に構わないんだけどさ…。

 「宇宙艦隊の方針は了解した。私に異存はないよ」
本部長の返事は一発OK…いいんでしょうか?
「あのう…本当にいいんですか?」
「構わんさ。私は本来今の地位にある人間ではない…ああ、決して自分を卑下している訳ではないんだ。だが自分の能力はわかっているつもりだ。おそらく私は調整型、参謀型の軍人だ。だからこそ君や長官の言う事を全面的にバックアップするつもりでいるんだよ。まあ組織としてはチグハグになってしまうが、それは話し合えば解決する事だ」
「ありがとうございます」
「それに今の状況は君が作り出したものだ。今後の見通しも君が一番よくわかっている筈だ。遠慮する事なく思うようにやりたまえ」
「遠慮する事なく、ですか」
「そうだ。おそらく長官もそう思っている筈だ。だからこそ君をここに寄越したのだ」
「分かりました」
楽と言えば楽なんだけどね…執務室を出る時に今夜の予定を聞かれた。三月兎亭(マーチ・ラビット)に行くから夫婦で一緒にどうか…という事らしい。ヤンさんやフレデリカさんも来るという事で、是非にと返事しておいた。

 しかし、物事がスムーズに進み過ぎているなあ…まあ、ラインハルトが辺境守備の一軍人でしかないからなんだけど…今の状況でラインハルトが軍権を握ったらどうなるんだろうか…現実的には代わりの者がいない限りラインハルトが辺境守備から外される事はないだろう。という事はミュッケンベルガー率いる帝国軍と貴族連合軍が戦う流れになる訳で…帝国軍は勝てるんだろうか?もし貴族達が勝ったらどうなるんだろう?ちょっと想像つかないな。ラインハルトが権力奪取に走るとしたらこの戦いの最中だろうし…。
「貴方?」
「ん、ああ。ごめん、考え事をしてた」
「先に着いちゃったからってボーッとしないでね。私暇になっちゃう」

 三月兎亭(マーチ・ラビット)の店内の奥に用意された席に、皆が集まったのはそれから十分程経ってからだった。
「待たせた様だね」
そう言ってグリーンヒル本部長が席に着くと、ヤンさんとフレデリカちゃんも遅れて席に着く…赤いドレスのフレデリカちゃんは中々イケてる。ヤンさんも満更でもなさそうだ。このまま二人はゴールイン出来るのかな…あれ、ユリアンが居ない。
「ユリアンかい?ユリアンはアッテンボローが拐って行ったよ。進路相談会をするらしい」
「進路相談会?ユリアン君のですか?」
「そうなんだ。アッテンボローのところの空戦隊長…なんて言ったかな」
横からフレデリカちゃんが助け船を出した。
「…そうそう、ポプラン少佐とコーネフ少佐だ、それとうちの空戦隊長…シェイクリ少佐とヒューズ少佐も一緒らしい。艦隊士官の道に進ませるか、戦闘艇乗りに進ませるか決めるんだそうだ。本人にその気がなかったらどうするつもりかは知らないが」
「ヤンさんはどっちがいいんです?」
「うーん、本人が決める事だからねえ。可愛がってくれるのはいいんだが、心配だよ」
そのまましばらく話題はユリアンの事になった。意外にも本部長もユリアンの事を知っていた。
「文武両道なのだろう?優秀なフライングボールの選手だったそうじゃないか」
「本部長もご存知だったのですか」
「ジュニア部門の最優秀選手候補だったと聞いている。娘からの受け売りだがね」
「知らないのはヤン閣下くらいですわ」
フレデリカちゃんがそう言うと、ヤンさん以外の皆が一斉に笑った。

 うーん、和やかだ。アニメの気分……三人がトイレに立つと、エリカが脇を小突いた…言いたい事は分かる。
「あたし達、お邪魔なんじゃない?」
「そう思うんだけどさ、本部長の誘いじゃ断れないよ」
「そうね…前から思ってたんだけど…ヤン提督って、フレデリカ大尉の事どう思ってるのかしら?」
「好きなんじゃないかな?少なくとも嫌いではないと思うよ。でも流石に本部長の前じゃそういう話はしにくいだろう?父親な訳だし」
「そうよねえ…」
何を思い付いたのか、エリカは電話をかけだした。
『今空いてる?…うん、そうなのよ。三人で飲みに行かない?そう、フレデリカ大尉……わかった。中央駅改札出たとこで待ってるね』

「誰?」
「ミリーよ。ローザス少佐。何だかお堅い話で終わりそうだから三人で飲みに行こうと思って。ミリーは空いてるって」
「ええ?大尉の予定は聞いてないだろ?」
「多分このまま本部長と帰るだけよ、親子なんだから。大尉とも飲んでみたかったのよね」
うーん…エリカの予想通りになるのは間違いないからな。仲良くするのはいい事だし、勝手にさせよう。
「あまり羽目外すなよ。どこ行くんだい?」
「実家。ガストホーフのバーよ。安心でしょ?」
「そこなら安心だ」

 トイレから戻って来た三人に事情を説明すると、意外にもフレデリカちゃんも快諾してくれた。
「では行って来ます!本部長もヤン提督もたまには実家の方にも遊びに来て下さいね」
二人は敬礼して背を向けると、腕を組んで駅の方に歩いて行ってしまった。
「本部長、ヤンさん、何だかすみません。うちの妻は飲むと行動力が倍増するタチでして」
「構わんさ。奥さんはガストホーフ・キンスキーのご令嬢だったな。名にしおうホテルのバーか、私も行ってみたいものだよ。どうだ今度、三人で」
「いいですね…ウィンチェスター、エリカちゃんは相変わらず元気だね」
「そうなんです。亭主元気で留守がいい、ってやつですかね」
笑いながら本部長とヤンさんは遠くなる二人を目で追いかけていた……ん?あれは…。
「あれは何です?見たところ何かの宗教の様ですが」
ヤンさんも気づいた様だ、初めて見るのか本部長に尋ねている。見れば見る程異様な集団だ。
「ああ、あれか。君達はハイネセンにしばらく居なかったから知らんだろう。地球教という連中だ」
「地球教…地球とはあの地球の事ですか?人類発祥の」
「そうだ。母なる地球を帝国から取り戻す為に専制政治を打倒しよう、とか何とか…宗教というより政治団体に近いスローガンを掲げている様だ。戦争が有利に進むと訳のわからん輩も出てくるものだな」
「母なる地球、ですか…それは事実ですが、地球を取り戻したところで最早人類は地球には戻れません…時代錯誤というか何と言うか」
地球教がとうとう出てきたか…出てこない筈はないと思ってたけど…今の時点では二人の受ける印象もそんなもんだろう。
「ウィンチェスター、君はどう思う?あの連中を」
「不気味ですね」
「不気味?」
「はい…時期が時期です。選挙前のこの時期に、あの様な集団が出て来る…資金援助を受けている政治団体や評議員がいるかも知れませんよ。合法的に政治権力を握って地球を取り戻す聖戦を遂行する…有り得ない話じゃないと思いますね」
「考え過ぎじゃないかねそれは。彼等のスローガンは空疎な上に、ヤン提督の言う様に時代錯誤だ」
本部長の反論ももっともだ。いくら危険だと思わせようとしても、ただ練り歩いている奴等を見ただけじゃ判断は出来ないだろう。
「そうでしょうか」
何かに思い当たったのだろう、腕を組んでいたヤンさんがワインを充たしながら口を開く。
「地球時代のある時期まで政治と宗教は同一でした。人類は十三日戦争以来、神…宗教を捨て去りましたが、そうであるが故に現在の市民達は宗教には耐性がありません。地球教のスローガンが本部長が仰る様な物でしたら、戦争が有利に進んでいる今の状況ですと現実的な話として受けとる市民達も多いのではないでしょうか」

 「…君達二人にそう言われると、そういう気もしてくるな」
そう笑いながら本部長は再びトイレに向かった。本部長の姿が消えるのを確認すると、ヤンさんが笑った。
「何か知ってるんだろう?あの地球教とやらについて」
「え?」
「私はあの集団について本当に知らなかったから本部長に尋ねたんだが、君は本部長が『君達は知らんだろうが』と言った時も否定も肯定もしなかった。だからカマをかけてみたのさ。そうすると君は、不気味で政治的な目的を持つ集団かも知れない、と言った。ピンと来たのさ、何か言いたい、察して欲しい事があるんだろうって」
どうしたんだヤンさん!今日はえらい冴えてるな。ヤンさんは酒が入っていた方が頭の回転もよくなるんだろうか?
「よく分かりましたね。でも今の時点では地球教は何もしていないただの宗教集団です。何を話しても信じてもらえないだろうと思っています。だから布石だけでもと」
「となると私の発言は援護射撃になった訳だ」
「はい。驚きましたけど」
「ハハ…私は前に君を支えると言った。それをちゃんと実行したいだけさ…それにね、少し前に考えた事がある。君は何からか情報を得ているんじゃないかってね…そんな存在などないと君は否定するだろう。でもいつか教えて欲しい。約束してくれるかい?」
「…いいですよ」
そう返事をすると、ヤンさんは大きく息を吐いた。胸のつかえが取れた様な、そんな感じだった。
「ありがとう…ハハ、これじゃ知的欲求を充たす為に軍人やっている事になるな」
「人間として正しい生き方じゃないですか。職業は別として」
おぼろげながらにヤンさんは気付いていたのだ。俺が原作知識を元に戦っていた事に。勿論原作知識とは思ってはいないだろうけど、エコニアでアッシュビーの秘密を探りだした様に、俺の分析を行っていたんだ。そしてヤンさんなりの結論に至った…何だか嬉しかった。アッシュビーの再来…初めてそう呼ばれる事に納得出来た気がする。そして、心の底からこの世界の住人になったと思える…。
「どうしたんだい、泣いているけど」
「何でもありません、目にゴミが入っただけですよ」
 



(激闘編 完) 

 

第百十話 種撒き

帝国暦487年10月7日10:00
ブラウンシュヴァイク宙域、ブラウンシュヴァイク星系、ブラウンシュヴァイク、ブルンズウィク、
アルツール・フォン、シュトライト

 久しぶりに故郷に帰って来た。やはり故郷はいいものだ。だが私がここで過ごした頃と少し様相は変わっている。市街地郊外の宇宙港にはブラウンシュヴァイク家の艦隊だけでなく、他の多数の貴族達の艦隊も屯している…。

「やはりオーディンにも見劣りせんな、ここは」
「銀河帝国開闢以前からの都市(まち)ですからな…しかし准将、解決の道は本当に無いのでしょうか」
「気持ちは分かる。だが卿も政府案を見ただろう…ルートヴィヒ皇太子殿下の忘れ形見とはいえ、賢愚もつかぬ幼児の許へエリザベート様を差し出せというのか?それはたとえリッテンハイム家のサビーネ様であっても同じ事…リヒテンラーデ侯のやりようは帝国随一の権門を貶める事甚だしいではないか」
「ですが、リヒテンラーデ侯は老齢です。侯が亡くなれば政府の求心力も地に落ちましょう…それはそれほど先の事ではないではありませんか」
「機を待てというのか…確かに老齢、何時死んでもおかしくはない。だがあのご老人そう簡単に死ぬものか。それに、それは公爵閣下にも言える事なのだぞ。寿命を基準に策を立てる事程不確かな物はない。卿の言い方を借りれば、それこそ公爵閣下が健在のうちに事を成さねばならんのだ」
アンスバッハ准将の言い分も分かるが…この争いのどこに大義名分があるのか。ただの面子の張り合いではないのか…助力を申し出たフェザーンの目的は何なのだ。准将は本当に不安を感じていないのだろうか…。


10月10日13:40
マリーンドルフ宙域マリーンドルフ星系近傍、客船アザルストヴォー
ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ

 今、私達親子はオーディンに向かっている。父に対してヨーゼフⅡ世陛下から御召しがあったからだ。だけど幼少で父の顔もよく知らぬ陛下が、父を呼びつけるとは思えない。となると父を呼んだのはリヒテンラーデ公…そうすると用向きはかなり政治的な物だと思うのだけど、父は教えて下さらない。
「ここに居たのか」
「寝室は息が詰まりますから…お父様を呼びつけたのはリヒテンラーデ公でしょう?そろそろ教えて下さらない?」
「バレていたか…いや、大した用ではないよ」
「あら…帝国宰相、公爵になられたリヒテンラーデ公の呼び出しでしょう?マリーンドルフ家の命運がかかっているかも知れないのに、それを大した話ではないと?」
「おいヒルダ…」
笑ってごまかそうとする父を見て思う…父は平凡だ。でも決して暗愚ではない。平凡だけど公正明大な事、それが父の最大の取り柄…リヒテンラーデ公が父を呼んだ理由が私には判る。公は中立を望む父を味方に率いれる事で、それに続く者達を探している…。
「私は中立を望んでいる、だがそれが無理な時は私は有志連合に参加しようと思っている。この国難の時、帝国貴族としてはそれが…」
「お父様!」
「…何だい、ヒルダ」
「リヒテンラーデ公にお味方するべきです…理は政府側にあります。何と言っても公はヨーゼフⅡ世陛下を擁しているのですから…翻って有志連合はどうでしょう?あの方々に大義名分はありますか?自分達の既得権益を守る為だけに集まった人々ではありませんか…そんな集団に、吹けば飛ぶようなマリーンドルフ家が今さら加わってもどうという事はないでしょう…むしろ日和見と軽んじられるのは間違いありません。それに、この戦いは政府側が勝ちますわ。ミュッケンベルガー元帥もいらっしゃるのですから」
「おいヒルダ。ヒルダ…」

 父は諦めた様に肩を落としたけど、顔は笑っていた。
「…お前は昔から、花とか競馬とか、他の貴族令嬢達が熱中する様な物には全くといっていい程興味を示さなかったなあ」
「あら、競馬は好きですわ。それに花も」
「お前は自分で出走する方にだろう。それに花といっても野山に咲く方の花だ…分かった、この家の命運はお前に委ねよう、次のマリーンドルフ家の当主はお前なのだからな。マリーンドルフ家の為というより、マリーンドルフ家を使ってお前の生きる道を拡げなさい」
「お父様!ありがとう!」
ありがとうお父様、マリーンドルフ家の命運を私に委ねて下さって。そして、私をこんな時代に生んでくださって…。


10月18日15:00
ヴァルハラ星系オーディン、新無憂宮北苑、宰相府、
クラウス・フォン・リヒテンラーデ

「リヒターとブラッケの改革案だが、どう思うか」
「急進的です。農奴の解放、税制、裁判制度の改正、平民の権利拡大…どれ一つとっても有志連合には受け入れ難いと思います」
ゲルラッハは私の問いに即答した。即答出来る位なのだから、普段からそれについて考えていたか、愚問であるかのどちらだ。
「おそれながら、閣下は二人の改革案を採用なされるのですか」
「今すぐにではない。段階的に、じゃ。有志連合と戦う以上、支持基盤を平民に求めるしかないのでな。平民達に、改革が進んでいると思わせる様に持っていくしかあるまい」
どちらにせよ改革は必要なのだ。であれば急進的と言われた方が丁度いい。
「しかしながら、どれも今すぐには実施は難しゅうございます」
「その通り…故に段階的に、と申したのじゃ。どれも有志連合を潰した後でないと実施出来ない物ばかりじゃからの。軍とも相談が必要じゃ。まずは勝たねばならん」
「軍は大丈夫でしょうか」
「大丈夫であって欲しいものじゃて」
淹れた紅茶は冷めきっていた。それが丁度よかったのだろう、ゲルラッハは意を決した様に飲み干した。
「…どの様にして反乱に誘導なさるのですか」
「改革を発表する。改革の第一弾として劣悪遺伝子排除法を廃法にする。ルドルフ大帝の制定された祖法だ、有志連合は怒り狂うだろう」
「そ、それは、政府内でも反発が起きるのでは…」
「あの法は今では有名無実化しておる。ルドルフ大帝の治世の頃とは違うのだ。それに、あの法律のおかげで自由惑星同盟などという叛徒を産み出し、戦争の原因ともなったのだ…せめて最後くらいは役に立ってもらった方がよかろう」
そう青い顔をするなゲルラッハ…負の遺産はどこかで解消せねばならんのだ。
「有志連合に参加しているのはどれ程じゃったかな」
「帝国貴族のほとんどです。四千家を越えるかと…仮に彼等の資産を没収した場合、その額は優に十兆帝国マルクを軽く越えます」
「ふむ。改革を始める資金としては充分ではあるが…」
「ですが資金は直ぐに底を尽きます。有志連合の持つ宙域、星系は資産価値としては有望ですが、インフラへの大規模投資、再構築と規格の統一を進めねばならないからです。その上解放農奴や彼等の領民を直接抱え込む事になる訳ですから、十兆帝国マルクなど一時的なカンフル剤にしかなりません…叛乱軍との戦争も継続せねばならない訳ですから…改革を始めるにはフェザーンの協力が必要でしょう」
「叛乱軍が掠め取ったアムリッツアの様にはいかんのか。かの地は繁栄しているというではないか」
「まず規模が違います。彼奴等は一度に複数の宙域を抱え込んだ訳ではありません。アムリッツアは辺境であるが故に抱え込む人口も少なくて済みますから、インフラ基盤の構築は容易なのです。そこに星間国家レベルの資金を一気に投入する訳ですから…何よりアムリッツアの開発自体が彼奴等の戦争経済と合致します」
「ふむ。彼奴等は前向き、我等は後ろ向きの仕事という訳か」
ゲルラッハの言う事は説明されずとも解ってはいた。間接統治から直接統治へ…平民達を支持基盤とせざるを得ないが故に統治政策は開明的な物となる…フン、有志連合を討ったとしても、その後に潜在的な反乱分子を育てる様な物ではないか…いや、開祖ルドルフ大帝は民衆達から熱狂的に支持されたという。今こそその熱狂を再現せねばならない。その為にも改革は急務なのだ…。



宇宙曆796年10月23日14:15
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、宇宙艦隊司令長官公室、
ヤマト・ウィンチェスター

 醤油せんべいが旨い。マイボトルに入れてきた緑茶とよく合う…ソイソースチップスと書かれているが、見た目も味も醤油せんべいだった。あまり食べる人は居ないのだろう、ビュコック長官にそれは何だと質問されてしまった…長官公室でせんべいをパクついているのにはちゃんと理由がある。フェザーンに居るバグダッシュから、帝国政府から重大な発表があるという情報があったからだ。
 
 FTL来ます、と副官のファイフェル少佐が短く報告すると、真っ黒だった大モニターの画面に新無憂宮の黒真珠の間が映し出された。
『全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界のあらゆる法則の擁護者、神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝、ヨーゼフⅡ世陛下のご入来』
小さな子供がフラフラと侍従官と共に玉座に向かっている。エルウィン・ヨーゼフか…原作の様に癇癪持の利かん坊なんだろうか…。
「年端も行かぬ子供が皇帝とは…帝国にとっては世も末じゃな」
ビュコック長官が肩を竦めた。帝国二百五十億の頂点が五歳の子供…確かに世も末だ。そこに本人の意志は全くないだろう。
「軍人はともかく、文官の数がやたらと少ないですね」
ファイフェル少佐が尤もな感想を口にした。有志連合に参加している貴族達は現皇帝を認めていないという事だろう。文官の列にはおそらく政府閣僚しか並んでいない…マリーンドルフ親子の姿が見える。どういう事だ?…侍従官が皇帝に耳打ちした。胸を張った小さな皇帝が調子のおかしい精一杯の声を出す。
『予は政を改める事とした。宰相、発表せよ』
深々と頭を下げて進み出たのはリヒテンラーデ…帝国宰相になったのか…。
『今後も神聖なる銀河帝国が長きにわたって繁栄を享受する為に、皇帝陛下より以下の御掟を賜った。税制の改革、裁判制度の改正、農奴の解放である。この三つの御掟をあまねくしろしめす為にまず、劣悪遺伝子排除法を廃法とする』
文官の列は静かだったが、軍人の列からはざわめきが聞こえてくる。まさかリヒテンラーデがこれをやるとはねえ…ざわめきが止まない中、小さな皇帝がこれまた小さな手を上げた。
『皆静まれ…この世に劣悪な者など居らぬ、そうであろう宰相』
『はい。まことその通りでございます』
『そち達の目がねに叶う者が居れば、予に遠慮する事なく召し抱えるがよい』
侍従官がいちいち耳打ちするのが面白かったけど、皇帝自らが発した言葉だ、帝国にとっては国是と言っていいだろう。ワルキューレは汝を愛せり…帝国国歌が流れ出して皇帝が退場していく。画面が切り替わったと思ったら、バグダッシュのどこか胡散臭い笑顔が映し出された。

“如何でした?”

「まさか劣悪遺伝子排除法を廃止するとはね。それに農奴解放…ルドルフを否定したに等しいな」
「そうじゃな…バグダッシュ…中佐か、バグダッシュ中佐、これは生放送かね?」

“残念ながら録画です。ですが、二時間ほど前に放送された物です”

「録画という事はフェイクという事も有り得る訳じゃな?」

“その可能性は低いと思います。帝国全土、フェザーンに向けて可能な限り視聴する様にと布告があった位ですから”

「そうか。副司令長官、どう思うかな」
「中佐の言う通りでしょう。わざわざ公式発表で嘘をつくとも思えませんし…中佐、最近のフェザーンの様子はどうだい?」

“戦争特需といっていい状況です。顧客のほとんどは帝国貴族の様で、貴族領に向けた輸送船団すら組まれています。あと妙な集団を見かける様になりました。地球教団という連中です”

「地球教団ねえ…」

“はい。帝国政府に協力して、聖地地球を狙う叛乱軍を倒そう…というのがスローガンの様です。宗教なのか政治団体なのかよく分からん連中ですが、注視すべきではないかと思いまして…あれ、あまり驚いてなさそうですな”

「その連中なら最近ハイネセンでも見かける様になったんだよ。でも君のいう事が正しいなら、ハイネセンとフェザーンで別のスローガンを掲げている事になるな。こっちの地球教団は帝国を倒そうと言っている」

“…成程、分かりました。こちらでも探ってみましょう”

「胡散臭い連中だ。無理はしないでくれよ?」

“了解であります”

 通信が終わると、長官は大きくため息をついた。それと同時にファイフェル少佐がヤンさんとアッテンボローの来室を告げた。
「第一艦隊、第十三艦隊の昇進推薦者リストをお持ちしました」
「了解した。茶でも飲んで少し待っててくれんか」
ビュコック長官がファイフェル少佐を伴って執務室に戻ると、ヤンさんは俺の隣に陣取った…なんだ?耳を貸せ?
「ひどいじゃないか、推薦者リストの決裁をローザス少佐に丸投げするなんて」
「私の部屋に行って来たんですか?」
「そりゃそうだろう。君の決裁がなければここには来ないんだから」
「未提出なのはお二人だけでしたし、お二人なら変な書類は持って来ない筈だからサインお願いって頼んでおいたんですよ。信頼の証です。それに少佐がサイン出来ないような内容だったら、私がサインする訳ないじゃないですか…そうでしょう?」
「それはそうだが…アッテンボロー、ひどい上司だとは思わないか?」
「言い訳が先輩の言い方そっくりで、吹き出しそうになりましたよ」
「私はこんな言い訳した事ないぞ」
「そうですか?キャゼルヌ先輩にも聞かせてあげたいですね。きっと私と同じ意見だと思いますよ」
「やれやれ…ところでウィンチェスター、ここで何をしているんだ?重要な話なら退散するが」
そうだ、さっきの映像、ヤンさんやアッテンさんにも見てもらおう。
「今からとある映像を見てもらいます。内容については…そうですね、おそらく今日の深夜か明日のニュースでは出る筈ですから、それまでは心に留めておいて下さい」
俺の言い方に二人は不審そうな顔をしたけど、映像を見せるとそれは驚きに変わった。
「これは…」
「帝国の最新情報ですよ。ご覧下さい」

 二人ともじっと映像に見入っていた。新無憂宮、黒真珠の間、しかも最新映像なんて中々見れるもんじゃないからな。
「劣悪遺伝子排除法を廃止…これはすごいな。確かこの法律は有名無実化していた筈だが、開祖ルドルフの作った法律という事で歴代皇帝も廃止には出来なかったと聞いているが…」
「でもヤン先輩、有名無実化していた訳でしょう?そんな法律を今更廃止したところで意味がないんじゃないですか」
「いや、法の効力というよりルドルフの作った法をなくすという所に意味があるんだ。王朝を継いだ者にとって、開祖の行為を否定するというのは、自らの拠って立つところを否定するという事だからね。それから皇帝の御掟…これは帝国市民へのアピールなのかな」
ヤンさんの述べた感想に、俺が出した緑茶を苦そうに飲みながら、アッテンさんが反論する。そんなに苦いかな…。
「あんな子供がこんな事考えつく訳ないでしょう?皇帝とはいえ、どう見ても五、六歳ですよ」
「そうなんだ。あんな小さな子供が言い出した事じゃないとすれば、重臣達が言い出したという事になる。帝国は本当に改革を志向しているのかも知れない。しかも開明的な方向へだ」
「…でも文官達の列席が少なくないですか?歴史の資料映像で見せられる帝国の宮廷ってのはこう…文武の顕官達がズラっと並んでるって印象でしたけど」
「…アッテンボロー、いい所に目を付けたね。文官達の列、貴族達が少ないのはおそらくこの改革に反対している……そうか。ウィンチェスター、これは今から帝国内で内戦が始まる、そういう事だね」

 ヤンさんは意外にいけると思ったのかも知れない、緑茶を大事そうに口に運びながら、せんべいに手を伸ばしている。
「その通りです。帝国政府の決意表明ですよ、これは」
貴族領と戦う事を決めた帝国政府は、自分達の支持基盤を平民達に求めたに違いない。だからこそ皇帝の言葉として発表した。自分も貴族階級の一員であるリヒテンラーデ爺さんにそこまで決意させるとなると、妥協はないな。軍人達もざわついていたけど、疑問を口にする者は誰もいなかった。軍中枢部への根回しも当然ながら済んでいるのだろう。となるとメルカッツも貴族達に味方する事はないか…。

 「新しい皇帝が即位した、だけど貴族達にも皇位継承の資格者が居た筈だ。ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の娘達…有志連合は彼女達を推すに違いない…違うかい?」
「そうですね、女帝として君臨させるか、貴族達の中から誰か婿を迎えてその后妃となるか…どちらにしてもブラウンシュヴァイクやリッテンハイムは外戚、重臣として威勢を振るう事が出来る」
すると、俺達の話を聞きながら新しいせんべいの袋を開けたアッテンさんが、一つの疑問を口にした。
「でも、どちらの陣営にしても直接戦うのは市民同士な訳でしょう?帝国政府の発表を見た貴族陣営の市民達は、脱走やサボタージュするんじゃないですか?」
「確かにそうだね…それともそれを考慮しなくてもいい要素が貴族達にはあるのか…」
アッテンさんの疑問はヤンさんにとっても意外だったのかも知れない。原作ではあまり描かれてなかったしな…。
「その点は簡単に解決出来ますよ、アッテンボロー先輩。貴族達が政府側と同じ事をやればいいんです」
「何だって?それじゃ戦う意味がないじゃないか」
「元々意味なんてありませんよ、帝国内の権力闘争、主導権争いなんですから…平民達に戦う意味を色々と考えさせない為には有効だと思いますよ。考えてみて下さい…貴族達が勝って、帝国を担う存在になったとしましょう。その時、彼等は支持基盤はどこに求めるのです?貴族達の持つ力の源はどこにあるのでしょう?」
「あ、そういう事か。同じ利益を享受出来るなら、自分達の親玉が勝つか政府が勝つか、って事だけ気にしてればいい。問題意識を矮小化出来るし、戦う兵士達も気が楽だ」
「そうです。帝国政府の発表を見る限り、具体的な事は劣悪遺伝子排除法の廃止のみで、それ以外の事には言及していません。おそらく内戦が終わった後に段階的に実施するつもりなのでしょう。改革を打ち出せば貴族達は受け入れないと考えて発表したのでしょうが、結局支持基盤はどちらも同じなんです。貴族達だって自分達が政権を握れば、支持基盤から見限られない為に改革せざるを得なくなるんですよ。であれば政府案と同じ事を言えばいい。そういう事です」


15:00
ダスティ・アッテンボロー

 このソイソースチップス、旨いな。ウィンチェスターはせんべいって言っているが、せんべいって何なんだ?…
ヤン先輩とウィンチェスターの議論、見ていて面白い。しかし、ウィンチェスターの奴、何でああもきっぱりと言いきれるんだ?奴と俺とじゃ得られる情報量に違いがあるのは解るが、あの映像を見たのは奴だってついさっきの筈だ。ヤン先輩ですら追い付いていない。
「私だったらそうしますね…私だったらですよ、貴族がどうするかまでは分かりません」
「お前さんの言う通りに事が進んだとしよう、それだと平民達は戦おうとしなくなるんじゃないか?」
「戦いに勝ったら、という付帯条件が付いているのは帝国政府側も貴族側も同じです。平民でも実際に戦うのは軍に居る者達なんですから、給料分は働きますよ」
「なんだかこう…やりきれないな」
「仕方ありません、革命戦争ではないんです。ただの主導権争いなんですから。」
「お家騒動ってやつか…そのお家騒動に我等がアッシュビーの再来はどう首を突っ込むんだい?」
「何もしませんよ」
隣の執務室からビュコック長官が戻って来た。ファイフェル少佐が四つのコーヒーと一つの紅茶をトレーに載せている。
「何もしない、とはどういう事ですか、副司令長官」
「ビュコック長官が戻って来たからと言って口調を改めなくていいですよ。先輩後輩でいきましょう」
ウィンチェスターの指摘にビュコック長官とヤン先輩が苦笑している…くそ、じゃあお言葉に甘えさせてもらうか…。

 「何もしないってのは消極的過ぎはしないか?絶好の好機じゃないか」
「何もしないというのは内戦を戦っている両陣営に対してです、それ以外の事はちゃんとやりますよ」
「それ以外??」
「はい今から話すのは思いついただけなので成功するかどうかはちょっと解りませんが、成功の見込みは高いと思います」
「もったいぶるなよ、何をするんだ?」
「ええとですね…イゼルローン要塞をハーンに運びます」


帝国暦487年11月1日12:15
ヴィーレンシュタイン宙域、ヴィーレンシュタイン星系、銀河帝国軍ヴィーレンシュタイン基地、ヴィーレンシュタイン方面軍司令部、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 雌伏を選択してから、報告とミーティングを兼ねた昼食会を開く事にしている。フェルナーの進言によるものだ。

~頼る者が互いしか居らぬのですから、酒の席だけではなく普段から互いの考えを理解する場が必要でしょう。夕食や酒の席だとアルコールの力でエスカレートしがちですが、昼食なら眠くなるだけで済みます~

寝てもらっても困るのだが…。
「アントン、ベルタ両提督は無事にブラウンシュヴァイクに着いたでしょうか」
キルヒアイスが言っているのはノルトハイム兄弟の事だ。彼等は増援として俺の元に来たが、ヒルデスハイム伯が有志連合に参加したのを見て、自分達も伯の元に戻りたいと言って来たのだ。

『俺達だけじゃないんだ、他にも結構居る。元から伯爵家に仕えていた連中だ』
『…確かに私には辺境防衛の全権が与えられていますが、こればかりは…』
『艦隊は置いていく。離脱組の移動に必要な艦だけ呉れればいい。これならいいだろう?』
『ですが…』
『今はまだ同じ帝国軍だ。ドンパチが始まってからじゃこんな事頼めないだろう?伯父貴を支えられるのは俺達しかいないんだよ。頼む』
『…もし戦場でお会いしても手加減は出来ませんよ』
『望むところだ…済まない』

 「兵士達の家族の移動はどうなっている?」
「順調です。今月下旬には希望者の第一陣が到着します」
ミュッケンベルガーにノルトハイム兄弟の事を報告するのと同時に、家族を伴う赴任、という形で兵士達の家族親族達のヴィーレンシュタインへの移住の許可を求めた。内戦になったら状況はどうなるか分からない、そんな状況の中で帝都に家族を残したまま長い辺境防衛の任に就くのは兵士達の士気に関わると陳情したのだ。辺境防衛に名を借りた雌伏を選んだ俺としては、着いてきてくれている兵士達の家族にも責任がある。
『今はまだ同じ帝国軍か…言ってくれるものだな。ノルトハイム兄弟とその同行者については了解した。家族の移動か…むしろ兵士達にも辺境防衛の重要さを自覚させる事が出来るやも知れん。家族や縁者が居れば望郷の念にかられる心配もない。ただ、こちらも手が空いている訳ではない、輸送の実施については卿の責任で行え。よいな』

 ミュラーを責任者として輸送船団をオーディンに向かわせたのが先月の中旬、キルヒアイスによるとこちらに着くのは今月下旬。各宙域、星系まで含めるとまだ時間はかかる…。
「第一陣には卿の奥方も乗り込んでいるのであったな」
「はい、その通りです。副司令長官にはなんとお礼を申し上げたらよいか…」
「当然の事をしたまでだ、ミッターマイヤー。卿等が私の選択を是としてくれた以上、私には卿等や兵士達の家族にも責任を負わねばならない。ただ認められるかどうかは賭けだったがな」
ミッターマイヤーの言葉に深く頷いているのはケンプだった。確かケンプには奥方と二人の子供が居た筈だ。
「閣下が我々の家族の事にまで心を砕いておられたとは思いもよらず…兵士達の士気もあがっております。家族の事も然ることながら、今回の昇進の件、まことにありがとうございます」
「卿にはその能力があるのだ、私より卿を推薦したミッターマイヤーに礼を言うがよい」
ノルトハイム兄弟が残していった艦隊は二個艦隊、艦艇数にしておよそ三万隻に及んだ。これをミッターマイヤー、ロイエンタール、ケスラー、メックリンガーの各艦隊の受けた損害の補充に当て、残った艦艇を再編成し、ケンプを昇進させ彼に指揮させる事にした。俺の艦隊の補充は後回しだが、それはどうでもよかった。今は俺自身が戦う事より俺の勢力を肥え太らせねばならないからだ。内戦が始まれば大規模な補充は望めない。であれば自分の艦隊より麾下の艦隊を充実させた方が、各艦隊司令官達や兵士達の信望を集める事が出来る、そう判断したからだ。

 「卿は誰も呼ばなかったのか、ロイエンタール…花畑という訳にはいかんだろうが、両手に花くらいだったら誰も文句は言わんだろう」
「両手に花か…本命か二番目かと、立場の取合いで女達が揉める事になる。それにだミッターマイヤー」
「うん?」
「花は飾りに過ぎないのに、そんな揉め事が起こるのはおかしな話だろう?巻き込まれるのは御免被る」
ロイエンタールが漁色家である事は有名な話だった。ミッターマイヤーとロイエンタールの会話を、冷やかな目をしてケスラーやビッテンフェルトが聞いている。
「しかし、かなり人口が増える事になりますな。軍首脳も有志連合への対応もあって家族の赴任を認めたのでしょうが、当面はいいものの、食糧や嗜好品の生産、医療、教育など辺境防衛以外の事も考慮せねばなりません」
無理矢理話を変えようとするビッテンフェルトの口調は少し滑稽でもあったが、ビッテンフェルトの指摘は的を得たものだった。

 おそらく今回の措置が許可された背景には軍だけではなく政府の思惑も絡んでいるのだろう。政府は…リヒテンラーデ公は軍の力を使って辺境を太らせようとしている。辺境防衛には手を抜けない、ならばいっそ、という事だろう。
「そうだな、花を咲かせるにはまずは土と水、肥料が必要だ。両手に花もその後という事であろう、ビッテンフェルト」
「は、はっ。その通りであります」
「卿に命じる。ボーデンに向かい彼の地の領主達に伝えるのだ、プラントを譲ってくれと」
「はっ…お言葉ですが領主達がプラントの類いを譲ってくれましょうか?」
「代金は軍が払う故、叛乱軍から買ってもよいと伝え回るのだ。ただ、公にはしてくれるなと」
「は、はっ」
「公式には哨戒だ、頼んだぞ」
白身のムニエルを急いで口にほおり込むと、ビッテンフェルトは会議室を駆け出して行った。その姿を見ながらロイエンタールが賛意を示した。
「…確かに哨戒行動には違いがありませんな…叛乱軍が辺境領主達とどの様に繋がっているか判明するでしょう。おまけにこの星の開発も進む…良い花が咲きそうです」
「そうだな。何色の花が咲くか、楽しみにするとしよう」



 

 

第百十一話 可能性

宇宙曆796年11月15日14:00
バーラト星系、ハイネセン、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、ハイネセンポリス郊外、技術科学本部ビル、
ヤン・ウェンリー

 同盟軍内部の組織として、三つの本部と十二の部局がある。まず最上位に位置し軍令を司る統合作戦本部。補給、後方支援を掌握する後方勤務本部。軍事技術の開発、艦艇の建造、設計を担う技術科学本部。そしてその三本部の下に防衛・査閲・経理・情報・人事・装備・教育・施設・衛生・通信・戦略の各部局がそれぞれ存在している。今、私がウィンチェスターと共に訪れているのは技術科学本部だ。十二部局のうち、掌握しているのは装備部のみ、三本部の中では一番影が薄いと思われている組織だ。

 「しかし、本当に実現可能なのかい?」
「可能とは思いますよ。無理だったら他の手を考えるだけです」
「他の手をねえ…あるのかい?」
「さあ…」
ここに訪れた理由は、ウィンチェスターの先日の発言だった。
~イゼルローン要塞をハーンに運びます~

いやあ、壮大稀有というか、空いた口が塞がらないというか…ウィンチェスターの思いつきは想像の斜め上を行く。
『イゼルローン要塞に十二個の航行用エンジンを取り付け、ワープと通常航行でハーンまで移動させて同地の防衛の要とする』と言うのだが…。

 今の技術科学本部長はバウンスゴール大将、艦隊司令官としても優秀だが、元々は技術畑の人で、実戦に即した艦艇ユニット設計をする事で知られている。序列も当然ウィンチェスターより上だ。だからこそ三本部長の一人でもあるのだが、軍内部現実的な格付としては宇宙艦隊の下に位置しているから、宇宙艦隊副司令長官の要請という事で司令部に来て貰ってもよかったらしい。だが、『年下の大将や中将に呼びつけられて、いい気分でいられます?お願い事をするのはこっちなんですから、こっちから出向きますよ』という事で、応接室で技術科学本部長を待っている、という訳だ。

 「お待たせして申し訳ない。戦艦の艦首ブロックの試験に付き合っておりましたのでな…で、今日の用向きは…?」
内容が伝わっていないのか?…ああ、情報漏洩を避ける為か。そうだとしても内容が内容だ、前情報もなくいきなり話をして大丈夫なのだろうか?
「今日の用向きはとりあえず置いといて、折角ですからその試験中の艦首ブロックを拝見したいのですが。どうです、ヤン提督」
「…そうですね、宜しければ見せていただけませんか」
バウンスゴール大将は目を輝かせて、こちらへ、と我々の先導についた。艦艇装備試験室、という部屋というよりは旗艦戦艦がまるまる一隻入りそうな倉庫に案内された。少々お待ち下さい、そう言うとバウンスゴール大将は試験室の中へ消えて行った。

「ウィンチェスター、君は人をおだてるのが上手いね」
「技術科学本部長という肩書になってまで試験に付き合うなんて、根っからの技術屋さんじゃないですか。そういった人に頼み事をするのなら、現場の空気感ってやつがあった方がいいと思いまして。それに」
「それに?」
「私こう見えても『宇宙の艦船』の愛読者なんですよ」
「……」
案内された試験室には、一隻の標準戦艦のモックアップが置かれていた。艦型は普通の標準戦艦だが、艦首部分が異なっている。どうやらこの原寸大の模型は各部のユニットが付け変えられる様になっている様だ。ウィンチェスターが子供の様にはしゃいでいる…。

 「ヤン提督、見て下さいよ、艦首部が大きくなって主砲が縦に五門の四列、二十門もありますよ…バウンスゴール大将、これはムフウエセの艦首ブロックの発展型ですか?」
「ムフウエセ…よくご存知ですな。いえ、発展型ではありません。むしろ原点回帰です。あの艦に取り着けた武装ユニットは少々バランスが悪いのです。旋回時の慣性モーメントの制御に難がありまして…ブロックを装着してみたところ、あちこちといじくりまわさなくてはならないという本末転倒な結果になりまして」
「そうなんですか…あの艦首形状、シュモクザメみたいで格好いいんですけどね」
「お褒めいただきありがとうございます…話を戻しますと、旗艦戦艦用の艦首ブロックを参考に小型化、シンプルな形に戻したのです。結果、ムフウエセの十八門から二十門に増やす事が出来たのです。ですが…」
「何か問題が?」
「全力斉射時の戦闘継続時間に問題が発生しまして。射撃管制にも電算機の容量を食いますし…まあ、元の二倍以上の門数なので当たり前といえば当たり前なのですが」
「となると、使用する状況が限定されるという訳ですね」
「はい。元々は標準戦艦に旗艦戦艦の役割を充てられないか、というオーダーから生まれたものですから…戦況が劣勢ならともかく、現状ではあまり必要性を感じないのも確かなのです」
「しかし、可能性の追及を止める事は出来ない、そういう事ですね」
「はい。ご理解が早くてありがたい限りです」
標準戦艦を旗艦戦艦の代替艦として使う…現状では余程の大敗を喫しない限り、そういった事態は訪れないだろう。標準戦艦は元々指揮機能を持っていない。改造を施しても小規模な分艦隊の指揮にしか使えない。だったら旗艦級戦艦を作ればいいじゃないかという話なのだが、旗艦級戦艦は標準戦艦に比べて工数が倍以上かかるのだ。当然時間がかかる。この艦首ブロックはそういった暇がない時…急速に艦艇数を揃えなくてはならない時の為の物だろう。想定される使用状況は…圧倒的に不利な状況下での正規部隊による奇襲やゲリラ戦術といったところだろうか…。
「いやあ、いいものを見せて貰いました。ありがとうございます」
「そう言って頂けると案内した甲斐があったというものです…ところで、ご用件は?」
 
 再度場所を応接室に移したバウンスゴール大将は、大将としての序列は上ながら、穏やかで物腰の柔らかい人物の様だ。かなり年下である筈のウィンチェスターに対しても丁寧な口調で接している。
「とりあえずは可能性の追及という事でいいんですが、イゼルローン要塞を移動させる事は可能ですか?」
「ほう…あの人工天体を移動させる、と言うのですか」
「はい、通常航行、ワープ航法、どちらも使用してです」
ウィンチェスターは多分可能だと言っていた。彼がそう言うのだから可能なのだろうが…。
「難しいですね」

 技術科学本部長の答えを聞いたウィンチェスターの口が真一文字に引き伸ばされた。だが、難しいと言った技術科学本部長は一つ咳をして続けた。答えにはどうやら続きがあるようだ。
「難しいですが不可能ではありません。副司令長官、移動後の使用想定はどうなのでしょう?恒常的な移動を目指した物なのでしょうか?」
答えを聞いて、ウィンチェスターと同じ様に思わず胸を撫で下ろす自分が居る。
「いえ、要塞なんておいそれと動かす物じゃないですし、一度きりの移動で充分です。それにあれだけの大きさの物を動かすとなると必然的に推進機関も大きくなるのは想像がつきます。敵の攻撃のいい的になるでしょうし、移動後は取り外して分解廃棄します」
「ふむ。確かにそうですな。恒常的な移動を目指すのなら、最初からそれ用のシステムを組み込んだ方がいい。仮設で移動は一度きり、使用後は取り外す…イゼルローン要塞の外壁を構成する流体金属層が難敵ですが、出来ると思います。設計、工期の明示はいつまでに?」
「まあ早い方がいい事には違いないのですが、急なお願いですから、今日は可否の可能性をお伺い来ただけなんですよ」
「いえ、大丈夫ですよ。私自身は空いていますから…ではとりあえず…明後日には素案をお持ちします。それで宜しいでしょうか?」
「はい、宜しくお願いいたします」

 その後もしばらく雑談が続いた後、私達は技術科学本部を後にした。統合作戦本部ビルに向かう車内の中で、ウィンチェスターが質問をぶつけてきた。
「ヤンさん、ハーンにイゼルローン要塞を置いたとして、その方面に駐留させる艦隊戦力はどの程度必要だと思います?」
「うーん、ハーンに一個、イゼルローンに二個程度が妥当だと思うね…でも要塞の攻略法は君が示してしまった。どれだけ艦隊を置いても攻略されてしまうんじゃないか?」
要塞を移動させるという事が実現可能か、という事もそうだが、私が気になったのはこの点だった。攻略法の解っている要塞は最早難攻不落足り得ない。ウィンチェスターは続ける。

 「…帝国軍がイゼルローン要塞攻略を企図したとしましょう。ヤンさん、帝国軍の指揮官になったつもりでお答えください。こちらは要塞と三個艦隊です。まず我々の艦隊を封じるとして帝国軍はどれ程の戦力を繰り出すと思います?」
「…君と同じ戦法を用いたとしても…五個、いや六個か七個は出すだろう…いや、厳しいな、アムリッツァからの増援も考慮しなくてはならない…そうか、だから君はあの作戦で十二個艦隊全てを動員したんだな」
「はい。イゼルローンを攻略する時に気になったのは帝国軍がどれ程の増援を出すか、そして我々の攻略が成功した後に当然催すであろう奪還作戦に用いる戦力の規模でした。あの戦いを帝国軍が総括した時、奪還にどの程度の戦力が必要だと見積るのか…」
あの作戦に参加した兵力…第一陣として四個艦隊、二陣として八個艦隊。第二陣は第一陣が苦戦に陥った時の後詰として控えていた。第一陣の兵力は、過去に行われた要塞攻略作戦の結果から算定された数だった。だがそれはあくまで想定であって、実際に戦場に到着してみないと実際の敵戦力はわからない。だからこそウィンチェスターは第二陣に八個艦隊もの兵力を用意した…。

 「奪還の為の戦力算定は、おそらく我々の用意した作戦戦力を参考にするだろうという事は想像出来ました。純粋な要塞攻略だけであれば、第二陣は五個もあれば充分だったと思います」
「しかし君は八個艦隊を用意した」
「そうです、帝国軍の戦力見積を混乱させる為です。口で言うのは簡単ですが、大兵力になればなるほど用意するのは難しい…はたして帝国軍は、十二個艦隊もの兵力を要塞一つの為だけに派遣する事が可能でしょうか?内乱の危機に瀕しているこの現状で」
「…無理だね、おそらく。アムリッツァのミューゼル軍はハーンに回せない。帝国軍が要塞攻略を企図する場合、アムリッツァからハーンに送られる増援の数を減らす為にも陽動が必要になるからね。となるとオーディンに残る兵力で要塞攻略を行う事になる訳だから、十二個もの兵力を揃えるのは厳しいだろうね、有志連合の存在を考慮せねばならない」
よくここまで考えたものだ。本当に感心するよまったく…ウィンチェスターは何度も深く頷きながら質問を続ける。
 
 「ヤンさんがそう言ってくれると本当に安心しますよ。では質問を変えます…イゼルローン要塞の攻略法ですが、他にもあったと思いませんか?」
「他の攻略法…?」
「はい。時間をイゼルローン攻略前に戻して考えてください。ヤンさんならすぐに思い当たる筈です」
私なら思い当たる…攻略前に時間を戻す……まさか…。
「外から攻めても駄目なら内から攻める、か。まさか君もそう考えていたのかい?」
「はい。古来、城や要塞というのは守備側の裏切り、内通で落とされたケースが多いのはヤンさんもご存知でしょう?」
「うん。後は兵糧攻めだが、イゼルローン要塞に兵糧攻めは通用しない。裏切りや内通も同様だ。となると内部に擬装した兵を潜入させて内側から攻略するしか手はない、そう考えたよ。堅牢な外壁、強力な主砲、おまけに駐留艦隊。正に『イゼルローン回廊は叛乱軍兵士の死屍をもって舗装されたり』だ。だったら地球時代のトロイア戦争の様に、トロイの木馬を真似るしかない、そう思ったんだ」
「はい。十中八九成功したと思います。犠牲も少なくて済んだでしょう」
彼の言う通り、成功する確率は高かった。要塞が堅牢過ぎて内部から攻められるとは誰も思わないからだ…同じ事を考えたくらいだ、潜入には当時のローゼンリッター連隊を投入する事くらい折込済だったろう。
「だけど君はその戦法を採らなかった。それは何故だい?」
そうだ、何故その戦法を用いなかったんだろう?

17:30
ハイネセンポリス、コートウェル公園、ミハイロフの店
ヤマト・ウィンチェスター

 ヤンさんとの会話は本当に楽しい。時間さえ許せば余裕で朝まで喋っていられる…お、この公園は…
「少しお腹が空きました。いい所があるんです、統合作戦本部に戻る前に寄って行きませんか」
「いい所って…まさか…懐かしいな」
ミハイロフの店。店とは言うものの、言うなれば屋台だ…原作でヤンさんとビュコック長官が密談した場所だ。術科学校時代、士官学校時代、マイクやオットー達とよく通ったものだ。
「君も士官学校の頃に通ったクチだろう?」
「はい。マイク達と門限ギリギリになりながら通ってました……おっちゃん、フィッシュ・フライとキッシュ・パイ、ミルクティ、二つずつ頂戴…あ、フライドポテト一つ追加」
空いているベンチは…無い。そうなんだ、ここは『貧しいが若さと希望だけはたっぷりある恋人たちが、この店で食べものや飲みものを買いこんで、常夜灯の下のベンチで話し込んだりしている、そんな場所』なんだよね…。
「昔と変わらないな、ここは」

 少し歩いてベンチを見つけ、しばらく無言でほおばる…ヤンさんも空腹だったんだろう。
「潜入作戦を行わなかった理由ですか」
「うん。動かす兵力も少なくて済んだ筈だから、犠牲も少なかったと思うんだ」
「作戦の責任者がシトレ元帥だったからですよ。ああ、シトレ元帥の能力を非難したり軽んじている訳ではありません。潜入作戦を進言すれば実行していたと思いますし、成功もしたでしょう」
あの作戦当時、シトレ親父は大将、宇宙艦隊司令長官代理、という立場だった。能力も高く人望もあるがシトレ閥、というものが明確に存在した訳でもなく、望まれてその地位に就いた訳でもない。手腕を示す必要があったのだ。潜入作戦を進言したなら、シトレ親父はおそらく自分の艦隊のみでそれを実行しただろう。でもそれじゃ駄目なんだ。組織において、組織に利益をもたらさない者は組織の敵と見なされる。潜入作戦を実行し、成功させたなら元帥昇進間違いなし、退役前のシトレ親父がそうだったように、司令長官代理から一挙に統合作戦本部長に就任した筈だ。だけどそれではシトレ親父の一人勝ちでしかない。そしてそれは組織内に不協和音をもたらす。親父を競争相手とみなしていたロボスの反感ももっとひどいものになった筈だ。部下の汚職でロボスは退場したからいいものの、もしそうなっていたらシトレ体制は磐石ではなかったと思うのだ。体制の不協和音が外に漏れれば、トリューニヒトあたりの干渉が大きなものとなった筈だ。皆の力を使って勝つ。そうでなくてはならなかった。

 「成程ね。皆の力を使って勝つ、か」
「はい、潜入作戦ではシトレ閣下の個人プレーとみなされてしまいます。それでは称賛はされても尊敬はされません。むしろシトレ閣下の孤立を招いたでしょう」
「組織人である以上、感情を無視してはならないという事か。宮仕えも大変だね」
「他人事じゃないんですよ、もう」
「悪かった悪かった…でも、話してて気付いたんだが、帝国軍が潜入作戦を実施するとは考えられないだろうか。ハーンは占領したばかりだし、工作員が潜伏しやすい条件は整っていると思うんだが」
「そうですね。その場合、潜入するのはどんな人間だと思います?」
「同盟標準語に堪能で、こちらの社会習慣をよく知っていて、帝国人とは疑われない…ハハ、解っているんだろう?」
ヤンさんはそう言うと、冷えたミルクティを飲み干した。
「そうです。逆亡命者や、捕虜交換で帝国に戻った帝国兵達です。最近の逆亡命者で指揮官にうってつけな人物と言えばリューネブルクです。捕虜交換式典時にミュッケンベルガーの護衛としてフェザーンに現れたと、以前に報告がありました」
「そこまで予想しているのなら、潜入作戦の対策については問題なさそうだね」
「はい。それに…イゼルローン要塞に対する最大の懸念事項はもう、ありませんから」
「最大の懸念事項…?」
「ガイエスブルグ要塞です」
「何だって?……ああ、イゼルローン要塞を動かせるとすれば、ガイエスブルグ要塞だって…そうか、帝国軍がそう考えてもおかしくはない。最悪の場合、ぶつければいいんだものな…まったく君って奴は。ここまで来るといっそ爽快だよ」
ヤンさんはそう言って笑ったけど、ガイエスブルグ要塞と言っただけで、原作と同じ様にぶつければいいとか言い出すヤンさんの頭の中身も、相当だよな。原作の同盟軍の中でもかなり異質な存在だったんだろうなあ。魔術師ヤン、ミラクル・ヤン、か…納得、納得。

 「たまには、こういうのもいいもんだ」
そう言っていきなりベンチから立ち上がったヤンさんは、ミハイロフの店に駆けて行った。戻って来たヤンさんの手にはテイクアウト用に包装された紙袋があった。
「持って帰って食べるんですか?」
「いや、グリーンヒル大尉にも持って帰ってあげようかと思ってね」
「いいじゃないですか。きっと喜びますよ。じゃ、戻るとしましょうか」


22:30
ハイネセンポリス郊外、メープル・ヒル、トリューニヒト別邸、ヤマト・ウィンチェスター
 
 宇宙艦隊司令部に戻ると、グリーンヒル本部長と、ビュコック司令長官が俺の執務室で待っていた。トリューニヒト氏が呼んでいるという。最高評議会ビルに向かうのかと聞くと、別邸だという。三人揃って最高評議会ビルに行くとマスコミに勘繰られるし、だからと言って別邸に向かっても同様だ。三人それぞれ一度帰宅し、目立たない私服に着替えてそれぞれ時間差をつけて別邸に向かう事になった。で、揃ったのがこの時間という訳だ。
「えらくカジュアルな格好じゃないか、ウィンチェスター」
「妻に協力して貰いましてね。二人で外出する体を装ったんですよ、本部長。年相応でしょう?」
「そういえば君はまだ二十代だったな」
「その割にはもう三十年も軍人をやっとる様に見えるの。貴官、やはり軍人が天職の様じゃな」
「止めて下さいよ長官。単純に計算してもあと四十年近くも軍人やるんですよ?」
「そうか…という事は儂もそれこそ五十年も軍人をやっておる事になるのか…月日が経つのは早いもんじゃ…外出の体を、と言ったが、奥方は貴官がここに居る事を知っておるのか?」
「はい。私の副官宅で飲んでいると思います。私は副官宅の裏口から出て歩いて来たんです」
「ほう、ローザス少佐だったな。この近くなのか?だとすれば豪勢なもんじゃ」
「はい、亡くなられたローザス提督の自宅を相続したらしくて」
「ああ、ローザス提督のお孫さんじゃったな、彼女は…そうか、ローザス提督か…」
ビュコック長官は遠い目をした。そうだ、長官も七百三十年マフィアの生き証人なのだ。
「士官学校在学中に、ローザス提督の講演がありましたよ。あの頃はまだ七百三十年マフィアも、バリバリの現役でしたからね…私は何もしていない、アッシュビー提督のおかげで現在の地位にいるのだ…と、ひどくご謙遜なさっていたのを覚えています。長官は確か、第二次ティアマト会戦に征っておられるのですよね?」
本部長に問われた長官の目は、更に何光年も先を見ているかのような、ここには居ない誰かを見ているような、優しい光を湛えていた。
「あれは、二等兵としての初陣じゃったの。戦艦の砲手を務めておったが、早々に撃ち尽くしてしまって、戦いの半分は膝を抱えて座っておった。後は人知れず死ぬだけかとな…ハハ、古い話じゃよ。当時の儂の様な下っぱには、アッシュビー提督や七百三十年マフィアの名は眩しく見えたもんじゃ」
指揮した戦いは必ず勝つ、常勝の宇宙艦隊司令長官か…。

 「やあ、遅れて済まない」
そう言ってトリューニヒトは現れた。俺達と同じ様に時間差をつけて来たらしい。四人が思い思いにソファに座ると、トリューニヒトが例の朗らかな口調で切り出した。
「改めて礼が言いたくてね。君達のおかげで選挙戦は順調だ。本当にありがとう」
この世界に転生して分かった事なんだけど、きちんと政党が存在している。トリューニヒト氏が所属する政党は自由共和連合という。一方、前最高評議会議長が所属していたのは自由革新同盟だ。どちらの党も主にハイネセンでの活動が活発だ。ハイネセンは首都という事もあって一番人口が多いから、選出される評議員の数も多いからだ。他にも政党はあるけど、基本的にはこの二大政党が政権を担う事が多い。勿論無所属の評議員もいる。ジョアン・レベロやホアン・ルイがそうだ。シトレ親父は故郷の惑星カッシナからの出馬だけど、自由共和連合の推薦を受けている。レベロやホアンもこの二大政党の推薦を受けていた筈だ。じゃないと流石に委員長までにはなれない。

 俺自身は今回の選挙にはあまり興味がなかった。おそらくトリューニヒト暫定議長から、暫定の二文字が取れるだけの選挙、だからだ。当然本人もそう思っている。軍という票田かバックにいる事に加え、前議長サンフォードの逮捕拘禁が尾を引いて自由革新同盟の支持率が低下しているからだ。マスコミも、自由革新同盟の支持層が自由共和連合とその他の小政党や無所属候補に流れている、という観測気球を上げていたから、自由革新同盟から離党したり自由共和連合へ公認を鞍替えする候補者すら現れる有様だった。
「すごい支持率ですね。このまま行けばルドルフの再来と呼ばれかねませんよ、議長」
今のこの状況を作り出したのは君だ、とシトレ親父に言われた事があったけど、その恩恵をもっとも享受しているのが目の前のトリューニヒト氏だろう。国内の再開発と新領土アムリッツァの経営が順調に進んでいる今、同盟国内の政治状況はトリューニヒト一強と呼んでもいい状態にある。
「終身執政官という訳かね?私が?とんでもない。これでも引き際は心得ているつもりだよ。まあ、それはともかく、君達の意見が聞きたくてね」
「何についての意見でしょう?現在の政治的状況についてですか?聞くまでもないと思いますが…」
「いや、私が聞きたいのは帝国の政治状況なんだ。君達はあの帝国政府の発表を同盟で一番最初に見聞きした筈だ。その次が多分私達の様な政府閣僚だろう。そして今では同盟市民の誰もが知っている。選挙期間中でもあるし、中身のないウケ狙いの談話を発表する訳にはいかない、様子を見る、一旦はそう結論が出たのだが、あまり長い事先延ばしにも出来ない。軍部の見解としての報告は受けたが、君等自身はあの放送の内容についてどう考えているのか、聞きたくなってね」
「何を言っても選挙に負ける心配はなくなったから対策を発表しよう、そういう事ですか?」
「本部長、そう嫌味を言わないでくれたまえ。評議会では君が国防委員会に上げた報告書も参考資料として使われているんだよ。他人事ではないだろう?」
「提出した報告書の元になったのはウィンチェスター副司令長官のレポートです。もし閣下がお困りなのでしたら、その原因は副司令長官に帰するものです」
三人の視線が一斉に俺に向けられる…悪い事書いた覚えないんだけどなあ…。

 「本部長…私のレポートの内容、ひどかったですか?」
「いや、そんな事はない。私が付け加えたのは鑑だけだからな」
「だったら何の問題もないと思うんですが…議長、一体何が問題なんです?」
トリューニヒトはがっくりと肩を落とした。久しぶりに肩を落とせて良かったんじゃないか?たまには力を抜く事も必要だぞ。
「あの報告書の内容は、何もしない事の言い訳なんじゃないかと思うんだがね。私、いや、評議会の認識は間違っているかな?」
「その通りです。間違ってませんよ」
「だったら問題だろう」
「私のレポートの採点の前に、評議会で何をどう討議しているのか教えて欲しいですね。今更非公開とか言わないで下さいよ?」
「戦争、いや、直接的な戦闘行為を避けて帝国政府と対話すべきではないか…そういう意見がある。帝国は開明的な改革を実行しつつある、立憲君主制へ移行しようとしているのではないか…というんだ」
「帝国は皇位継承に端を発した内戦の危機にある…その認識は評議会にはあるのでしょうか」
「私もそう言ったさ。評議会でもあの映像を見ながら討議しているんだ。文官の列が非常に少ない…帝国政府において文官は貴族の領分だ。その貴族達が列席していない、幼帝エルウィン・ヨーゼフは貴族達の支持を得られていないのではないか、有志連合と帝国政府とで皇位継承の争いが起こる可能性があるのではないか、とね」
「…議長閣下におかれましては、事態を正しく認識していただいて有難い限りです」
「ウィンチェスター君、茶化すのは止してくれ…評議会の中では劣悪遺伝子排除法の廃止が高く評価されている。それが皆の目を曇らせているんだよ。帝国市民へのウケ狙いの改革だと言っても、中々そうは思ってくれないんだ」
意外だった。評議会の中でトリューニヒトが孤立している。あの映像だけで帝国政府の思惑を見抜いていたのも意外…いや、仮にも一国のトップなのだからこれくらいやって貰わないと困るか…なんと返事を返そうかと思っていると、ノックの音と共に使用人と思われる妙齢の女性が入って来た。何やらトリューニヒトに耳打ちしている。
「…うん、分かった…本部長、クブルスリー次長から連絡だ。ビュコック長官の副官はファイフェル少佐で間違いないかね?」
「はい、その通りですが何か」
返事をしながら本部長とビュコック長官が顔を見合わせた。
「ならばよかった。ウィンチェスター君への報告だった様だが、君も君の副官もいないので長官室のファイフェル少佐が受けたらしい。少佐は上官がいないので本部長に報告しようとしたが、本部長もいないのでクブルスリー次長に報告を行ったそうだ」
なんなんだ、まどろっこしいなまったく。同じ感想なのだろう、答える本部長の眉間に皺が寄っている。
「報告の内容は緊急なのでしょうか」
「緊急と言えば緊急かな。フェザーンのバグダッシュ中佐からの報告だ。帝国の貴族達…有志連合が声明を発表したそうだ」
「…どの様な内容なのでしょうか」
「帝国内で新政権が樹立された。銀河帝国正統政府というらしい。高等弁務官府からも同様の続報が入ってきているらしい」





 

 

第百十二話 各々の戦い

帝国暦487年11月15日16:00
アルテナ宙域、アルテナ星系、ブランデンブルグ、エーバースヴァルデ、銀河帝国正統政府、
エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム

皇帝 クリスティーネ・フォン・ゴールデンバウム
宰相 ヴィルヘルム・フォン・リッテンハイム公爵
国務尚書 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵
軍務尚書 エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム伯爵 
内務尚書 ラートブルフ男爵
財務尚書 シェッツラー子爵
司法尚書 ヘルダー子爵
宮内尚書 ホージンガー男爵
内閣書記官長 カルナップ男爵

 『……ねばならない。今まさに未曾有の国難の時、我等はここに銀河帝国正統政府の樹立を宣言するものである。立てよ臣民、帝国万歳(ジーク・ライヒ)!』

 録音された万雷の拍手が、リッテンハイム公の退場と共にフェードアウトしていく。
「しかし、ブラウンシュヴァイク公がよく国務尚書で満足なされたな」
「次期皇帝をエリザベート様に譲るという条件です。両家の協力は不可欠、度量の大きさを見せつける為に名より実を取った、という事ですな」
今は敢えてゴールデンバウムを名乗られているリッテンハイム侯の夫人、クリスティーネ様が皇帝、その夫君が宰相…度量の大きさか、宰相は元来皇太子や皇族の席にある者が就く。リヒテンラーデ公が宰相代理に留まっていたのもその為だ。皇帝の地位にあるお方が有能ならば、宰相は置かずともよい。国務尚書以下の閣僚が協力しなければ政権は機能しない。リッテンハイム公はただ単に女帝夫君として宰相に就かれたのだろうが、その事自体がクリスティーネ陛下の能力に不安がある事を示してはいないか…だからこそブラウンシュヴァイク公は宰相の地位を欲しがらなかったのだろう。閣僚の序列としては次席にある国務尚書の地位を担う事で閣僚をまとめあげ、実質的な政府首班としての影響力を確保する…それに、政府の基盤は安定していない。ブラウンシュヴァイク公は現時点でエリザベート様を全面に押し出すのを警戒したに違いない。
「禅譲の次期はいつ頃になるのだ?」
「それは今後の協議で決めると公は仰っていました」
即位の順もおそらくアンスバッハあたりが進言したのだろう、そう思って尋ねると、シュトライトは違うといった様に首をふった。
「最近フェザーンから派遣されて来た、経済顧問官のルパート・ケッセルリンクという者の進言によるものです」
「ルパート・ケッセルリンク…聞かぬ名だな。それに顧問官などという存在を我々に派遣した事がオーディンに知れたら、フェザーンはオーディンへの忠誠を疑われるのではないか?」
「ケッセルリンクによりますと、フェザーン内でもオーディンと我々…どちらを支持するか、意見が割れている様なのです」
「ほう。自治領主のルビンスキーはどちらを支持しているのだ?」
「どちらも帝国には変わりがない、帝国そのものに忠誠を誓うと言っていた、と…オーディンの駐在所弁務官府にはルビンスキーの補佐官であったボルテックという男が送り込まれた筈だ、ともケッセルリンクは申しておりました」
「フェザーンらしいな。どちらに転んでもいい態度という訳か。ケッセルリンクという男もルビンスキーの駒ではないのか?」
「いえ、ケッセルリンクはフェザーン財界から送り込まれた様です」
フェザーンらしいやり方だ。確かボルテックというのはルビンスキーの補佐官だ。フェザーン財界とは言うが、ケッセルリンクという者も、ルビンスキーの手駒に違いない。帝国政府にもこちらにも人材を送り込んで、経済的に帝国領域を支配しようという事か…。
「フェザーンは経済的に帝国を支配しようとしているのでしょうか。小官にはそう思えてならないのですが」
「卿もそう思うか」
「はい。自治領主府とフェザーン財界、この二つが対立する事などあり得ません。内戦がどう転んでもいいように、両陣営に協力しているのでしょう」
「あからさま過ぎるとは思わないか」
「はい。ですが、ある意味でルビンスキーは本心を語っているのでしょう。内戦でどちらが勝利しても、帝国には変わりはないのですから」
シュトライトの言う事は理解出来た。フェザーンとしては両陣営に協力する事で自らの安全を担保しているのだ。敗れた側にも協力していた事自体は咎められはするだろうが、それはどうとでもなる事だった。
 
 「ブラウンシュヴァイク公…国務尚書閣下や宰相閣下はこの件について何か仰っていたか」
「いえ、今は帝国内において主導権を握る事が優先だと…アンスバッハ准将は、フェザーンとの間に何かしらの約定を結んだ方がいいと進言しておられるのですが」
約定…通商条約といったところだろうか。経済的な影響力をある程度は抑制する事が可能かもしれない。何もしないよりマシ、という程度かもしれないが、やらないよりはいいだろう。
「閣下はこれから出撃なさるのですか?」
「軍務尚書自ら出馬というのも滑稽な限りだが、人員不足なのでな」
頭数は居る。だが、指揮官としてそれなりの軍事的素養を持った者の数は多くない。ノルトハイム兄弟、昇進させたナッサウ、ゾンダーブルグ…きちんとした専門教育を受け、実戦経験が豊富な艦隊指揮官となると、この四名しかいないのが正統政府軍の現状だった。フレーゲル男爵、コルプト子爵はそれなりに実戦経験はあるが、彼等も含め艦隊を保有する各家の当主達…艦隊指揮官には我慢を学んで貰わねばならない。各家の部隊規模にもばらつきがある。総数十五万隻にも及ぶ艦艇を整理、編成しなおすのには骨が折れた…。

●銀河帝国正統政府軍

ヒルデスハイム艦隊:二万隻
エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム上級大将
(軍務尚書、統帥本部総長、宇宙艦隊司令長官兼務)
アントン艦隊:一万五千隻
オットー・アントン・フォン・ノルトハイム中将
ベルタ艦隊:一万五千隻
ハインリヒ・ベルタ・フォン・ノルトハイム中将
ナッサウ艦隊:一万五千隻
ユルゲン・フォン・ナッサウ中将
ゾンダーブルグ艦隊:一万五千隻
ウーヴェ・フォン・ゾンダーブルグ中将
ヘルクスハイマー艦隊:一万五千隻
ヘルクスハイマー伯爵中将
フレーゲル艦隊:一万五千隻
フレーゲル男爵中将

ブラウンシュヴァイク宙域警備艦隊:二万隻
ブラウンシュヴァイク公爵元帥
リッテンハイム宙域警備艦隊:二万隻
リッテンハイム公爵上級大将

 「ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム宙域を回って、当地の警備艦隊の訓練を行う。アントンに任せようと思ったが、軍事行動としては正統政府の初陣ゆえ、どうしてもと言うのでな」
ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム宙域には名目上の指揮官として両公爵が指揮する警備艦隊を、二万隻ずつ配備している。お二人共直卒するといって譲らなかったのだが、宰相と国務尚書を私の指揮下に置く事は出来ないと言って丁重にお断りした。それに、位置的に考えて、主戦場はシャンタウ、フレイヤ、マールバッハとなる可能性が高い。それらの宙域から近いブラウンシュヴァイクとリッテンハイムに両巨頭を指揮官として置く訳にはいかなかった。二人が居なくなったら正統政府は瓦解してしまう。
「あの二つの宙域を獲られる訳にはいきませんからな。あのどちらかを首都として選定出来ればよかったのですが、戦略的な縦深に欠けます」
「その通りだ。想定戦場から近すぎる。政府軍の侵攻を受けた場合、それぞれに二万隻置いたとしても時間稼ぎにしかならん」
本音としては、全ての兵力を手元に置いておきたかった。合計十五万隻と合計十一万隻では、打てる手数に違いがありすぎるし、両宙域にそれぞれ二万隻の兵力など、各個撃破の対象でしかない。

 「しかし、軍務尚書閣下自らの出馬となると、政府軍が過剰反応するのではありませんか」
「大丈夫だ。万が一の場合、ベルタ艦隊、ナッサウ艦隊、ゾンダーブルグ艦隊がマールバッハからマリーンドルフに向けて進発する事になっている。政府軍もおいそれと主力を振り向ける事は出来ないだろう」
「…どうやら、弱輩者の杞憂だった様です。感服致しました」

 シュトライトはそう言って深々と頭を下げ、御武運を、と挨拶してブラウンシュヴァイク公の許へ戻って行った。過剰反応か…おそらく政府軍は過剰反応を示す筈だ。長期の内戦は避けたいだろうし、緒戦で私を討ち取れば彼等の士気は大い上がり、こちらの結束にヒビを入れる事が出来る。こちらにとってもそれは同じだった。云わば博奕の様な物だ。誰が出て来るかは分からないが、充分に元の取れる賭けだ。
「伯父貴、行きますか」
「伯父貴は止せ、アントン」
「この場合何て呼べばいいか迷ってしまいまして…まさか伯父貴が、三長官兼任なんて事になるとは思ってませんでしたから」
「そうか…それもそうだな。では伯父貴のままでよい」
「ありがたい。気を使わずに済みます」
アントンは鼻の下を擦りながら、はにかんだ。私と共に出撃するのは、アントン艦隊、フレーゲル艦隊だ。ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムの警備艦隊と合流し、キフォイザー宙域で訓練を行う。
「各艦隊の状況はどうなのだ」
「正規艦隊には及びませんが、前ほど酷くはありません。フレーゲルの坊っちゃんやコルプトの若旦那もだいぶマシになりましたよ」
フレーゲル艦隊はフレーゲル男爵家、コルプト子爵家の艦隊
が主力だった。両家共にブラウンシュヴァイク公の協力を得て、一から艦隊を作り直したのだ。自尊心が強く驕慢な性格は二人共に変わってはいないが、艦隊を取り上げられるという屈辱を味わってそれなりに思うところがあったのだろう。
「伯父貴が幕僚副総監になって貴族艦隊にも訓練をさせたでしょう、効果はあった様です」
アントンがそう言うのなら間違いないだろう、これなら政府軍と戦ってもそう酷い事にはならないかもしれない。


11月16日14:00
ヴァルハラ星系、オーディン、ミュッケンベルガー元帥府、
グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー

 「正統政府を自称する敵の方が兵力において勝っております。ヴィーレンシュタイン方面の兵力は動かせません、挑発して敵兵力を引摺り出し、各個撃破するのが妥当ではないかと思われます」
そう発言したのは総参謀長のグライフスだった。
「誘引撃滅という事か。となると餌が必要なる訳だが」
グライフスの発言を受けて、上級大将に昇進したクライストが会議室を見渡しながら発言した。誘引撃滅…確かに旨そうな餌が必要だ。だが餌役に充てられる者は、ただ食べられてしまえばいいというものではなかった。敵を惹き付けて味方の来援まで戦線を維持し、尚且つ優勢な敵と単独で渡り合える非凡な戦術能力が必要とされる。

ミュッケンベルガー艦隊:二万隻
クライスト艦隊:一万五千隻
メルカッツ艦隊:一万五千隻
ギースラー艦隊:一万二千隻
ゼークト艦隊:一万二千隻
シュトックハウゼン艦隊:一万二千隻
ケルトリング艦隊:一万二千隻
シュムーデ艦隊:一万二千隻
ドライゼ艦隊:一万二千隻
フォーゲル艦隊:一万二千隻
カイテル艦隊:一万二千隻

 「しかし叛乱軍への対応を副司令長官に任せきりという訳にも参りますまい。増援という事態も考慮し、ある程度はまとまった兵力を残さねばなりません。それを考慮しますと、誘引撃滅を企図するとしてもなるべく効率的に行わねばなりません」
続くゼークトの発言は帝国軍の置かれた現状を表していた。叛乱軍に動きはないが、無視は出来ない。内戦の状況如何では介入してこないとも限らないのだ。
「なるべく効率的にか…メルカッツ提督、お願いできようか」
「はっ。いただける兵力は如何程になりましょうか」
「卿の艦隊を含め五個艦隊。どうだろうか」
「了解致しました、微力を尽くします。明日には作戦計画案をお持ち致します」
「うむ。ギースラー、ゼークト、シュトックハウゼン、シュムーデ…以上四名はこれよりメルカッツの指揮下に入れ。かかってよい」
メルカッツ以下の五名が会議室を出たのを確認すると、グライフスが恐る恐るといった面持ちで口を開いた。
「メルカッツ提督は大丈夫でしょうか。あの方は複数の艦隊を率いた経験は少なかった筈ですが」
「口を慎め、総参謀長。メルカッツとて自信がないのならそう言った筈だ。奴の用兵は実直で派手さは無いが、その分期待を裏切る事はない。どうだ?」
「…確かにそうであります」
「宿将とまで言われておるのだ、餌としては充分であろう」



11月20日10:00
ヴィーレンシュタイン宙域、ヴィーレンシュタイン星系、銀河帝国軍ヴィーレンシュタイン基地、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「姉上の御様子はどうだ、キルヒアイス」
「恙無くお過ごしでいらっしゃいます…これをラインハルト様にと」
キルヒアイスが差し出したのはケーキの入った小さな箱だった。
「クレームダンジュか。久しぶりだな、姉上のケーキは」
「ラインハルト様の分はハイデマリー嬢がお作りになった物ですよ」
少し残念だったが、開けてしまった以上は要らないとも言えない、恐ろしいが…
「そういえば、お前は食べたのか」
「はい。私はアンネローゼ様が作って下さったものをいただきました」
「…自慢は要らないぞ」
キルヒアイスは総参謀長の職を離れ、警護担当官として姉上の警護に当たっている。公私混同かとも考えたが、ここは帝都オーディンではない。姉上の身に何かあった時に疑わねばならないのは俺の部下達、その家族だ。そんな事態は避けたかったし、何より一番信頼している者に姉上を預けるのが最上策だと考えたからだ。キルヒアイスが姉上の身を守れない事態になった時は、たとえ俺であっても守れないだろうし、俺に何があったとしてもキルヒアイスになら姉上を託す事が出来る…。
「自慢ではありませんよ、こういう物は食べて貰いたいと思う人に食べて貰うのが一番というものです。ハイデマリー嬢は一生懸命に作っておいででした」
「…ハイデマリー嬢が俺に食べて貰いたいと?」
「はい。そうでなければわざわざ作ったりしませんよ。昇進のお祝いに、と」
一日付で上級大将に昇進した。何もしていないのに昇進というのも滑稽だが、突き返す程無欲でもないから有り難く話を受ける事にした。軍内部のバランスを取る為の措置、辺境防衛の責任者が大将では任務の重大さに比して階級が釣り合わないという事らしい。
「昇進祝いか…昇進した事よりこのケーキを食べられる事の方が余程嬉しいな。ハイデマリー嬢には私が喜んでいたと伝えてくれ。ところで、リューネブルクはどうだ?」
「信頼に値する方ですね。共に戦うならあの様な方に隣に居て欲しいと思います」
 
 キルヒアイスが姉上やハイデマリー嬢、そしてヴェストパーレ男爵夫人をオーディンから連れ出すにあたって同行して来たのがリューネブルクだった。ミュッケンベルガー元帥の警護をしていたのだが、その元帥の命を受けたのだという。元々リューネブルクは逆亡命者という事もあって、装甲擲弾兵総監オフレッサーとの折り合いが悪かった様だ。内戦という事態を受けてそれが表面化し、捕虜交換以来無任所となっていたリューネブルクを元帥が引き取った、という。擲弾兵少将ともなれば旅団指揮官というところだが、奴の指揮下にあるのは戦闘団規模の増強大隊でしかなかった。しかも回されて来た兵士達は帝国に残る事を選んだ元の叛乱軍捕虜達…。叛乱軍でも似たような扱いを受けている擲弾兵…奴等の言うところの装甲兵…達が居た筈だ。
「腐ってなければよいがな」
「いえ、その様な様子は見受けられませんでした。ここに居た方が元の部下達と相まみえる機会はある、それを楽しみにしておく…と」
「元の部下達というのは確かローゼンリッターという装甲兵連隊だな」
「はい。彼が言うにはその連隊の指揮官は要注意だとか」
「そうか。だが暫くはリューネブルク達の出番はあるまい。今は英気を養う時期だと言っておいてくれ」

 リューネブルクはキルヒアイスをサポートする傍ら、艦隊に所属する擲弾兵達の訓練と部隊再編を行っている。叛乱軍の根拠地、アムリッツアに仕掛ける様な状況は今のところ考えにくいが、ミュッケンベルガー元帥から擲弾兵の派出要請があるかもしれない。その為の準備だった。叛乱軍とは現在、停戦または自然休戦の状態にある。辺境領主を通じてヴィーレンシュタインの維持に必要な物資を買っているからだ。代金の決済は軍の予備費からフェザーンを通じて行われていた。妙なものだ、戦争をしている相手から物を買う…この戦争に意味がない事の証ではないか。イデオロギーにさえ拘らなければ、人は手を取り合えるのだ。だが、その愚かしい戦争は止む気配がない、挙げ句の果てに味方は内輪揉めをしている最中だ…人類は地球時代から何の進歩もしていないのだろう、だからこそ今でも戦争をやっている…だが俺もその戦争を止める気はない。俺自身が覇権を握る為に…。


宇宙暦796年12月15日08:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、宇宙艦隊司令長官公室、
ヤマト・ウィンチェスター

 選挙の結果を受けて、トリューニヒト暫定最高評議会議長から晴れて暫定の二文字が外れる事になった。

最高評議会議長:ヨブ・トリューニヒト
国務委員長:マルコ・ネグロポンティ
国防委員長:シドニー・シトレ
財政委員長:ジョアン・レベロ
人的資源委員長:ホアン・ルイ
法秩序委員長:アルセーヌ・ダルメステテール
天然資源委員長:ジェイムス・アイアデル
経済開発委員長:ピヤール・ベルヌーイ
地域開発委員長:トーマス・ギャロウェイ
情報交通委員長:コーネリア・ウィンザー

 閣僚の顔ぶれは新任者と留任者が相半ばする形になっている。サンフォードのお声がかりで入閣した美魔女ウィンザーやダルメステテールが残留しているという事は…。
「どう思うかね、副司令長官」
「いいんじゃないですか。トリューニヒト氏の思惑通りシトレ親父が国防委員長になってますし。残留したウィンザー女史とダルメステテール氏も、党こそ違えどトリューニヒト派に鞍替えしたという事でしょうから、スタンドプレーは避けるのではないですか」
「そうじゃろうな。これでやっと対帝国方針が決まるな」
「そうですね…」
先日トリューニヒト氏の別宅に呼ばれた時はまだ選挙期間中という事もあって対帝国方針は定められていなかった。しかも銀河帝国正統政府なんてシロモノまで出てきたから、対帝国方針は定めたくとも定められない状況だったのだ。

 マキャベリズム的にはどちらか一方と手を組んで、残った一方を倒し、その後に組んだ相手の手を離して倒す…のだけど、元々イデオロギーが異なる上に、手を組もうものなら国賊呼ばわりされかねない相手とは流石に手は組めない。これだけ考えても原作の同盟末期というのは、どうしようもない時期だった事が分かる。原作の同盟の為政者達はマキャベリズムを間違って捉えていたに違いない。政治や軍事の世界では方程式は正しくても結果が着いてくるとは限らないからだ。原作の場合、何を考えて銀河帝国正統政府と手を組んだのだろう。彼等と手を組めば、ラインハルトを倒せると本当に思っていたのだろうか?結果論だから後から見れば何とでも言える、原作の中のトリューニヒト達は倒せると思っていたのだろう。まあ原作中のトリューニヒトは地球教の手先みたいなもんだったから、進んでああしたのかも知れないけども…。

 「貴官は手を出す必要はないと言っておったな」
眠気を取る様に両手で顔を撫でながら、ビュコック長官が尋ねてきた。
「はい。下手をすると両者が結束しかねません。銀河帝国正統政府軍の主力は大貴族の私設艦隊が元になっています。士気や練度は帝国正規軍に比べて低いとは思いますが、何せ数が多い。陽動や助攻に使うには充分ですし、逆にそうだと分かっていたとしても数が多いので、主攻足り得ます」
「そうじゃな…その場合、帝国軍部隊が陽動や助攻というケースも考えねばならん。むしろそちらの方が厄介かも知れん」
「はい。ですから手を出さないにしてもアムリッツアとハーンの兵力は現状のまま張り付けておくべきだと思います。そうすれば両者の軍事的選択に影響を与え続ける事が出来ます」
「そうじゃな。ところであの計画は順調なのかな?」
「イゼルローン要塞の件ですか?進んでいますよ。素案は既にシトレ国防委員長にも見せました」
「ほう。委員長は何と?」
「自分の想像力の欠如を痛感するのは嫌なものだ、と仰ってました」
「ハハ…それは儂等とて同じじゃよ。要塞を移動させるなんて考えもせんかったからな」
「近日中には正式に計画が開始されると思いますが、この計画は極秘です。現時点で計画を知っているのはシトレ氏、グリーンヒル本部長、長官、技術科学本部長、私、ヤン提督、アッテンボロー提督のみです」
「ファイフェル少佐にも釘を差して置かねばならんな。貴官等の副官にもじゃ」
「はい。計画はイゼルローン要塞の改修としてスタートします。実際、あの要塞は帝国規格の設計ですし、運用の細部面では難があった様です。それを同盟規格に大幅に改めるという事で」
「なるほど、それなら不自然さはない。改修期間はどれ程を見込んでおるのかの」
「工事、運用試験込みで半年はかかるかと」
「そうか。まあそれくらいはかかるじゃろう…その間何も起こらない事を祈るとするか」
原作のガイエスブルグ要塞の改造も半年くらいはかかった筈だ。イゼルローンの改造もそれくらいはかかるだろう。コーヒーを貰おうとすると、ファイフェル少佐が隣室から現れた。
「閣下、シトレ国防委員長があと三十分程でこちらに到着されるそうです。出迎えを行うので正面玄関に集まっていただきたいと本部長から連絡がありました」
「うむ。では行くとするか、副司令長官」
「はい」

 今日の委員長来訪は公式行事ではないから、出迎えはなるべく簡素にと言われていた。正面玄関に集まったのは本部長と次長、長官、そして俺だけだ。シトレ親父と俺達は到着後挨拶もそこそこにして統合作戦本部公室に向かった。
「国防委員長就任、おめでとうございます。軍をあげて歓迎致します。お帰りなさい」
「もう現役じゃないんだ、お帰りなさいはよそう」
口では本部長の挨拶を嗜めたものの、シトレ親父は嬉しそうな顔をしていた。って、俺が一番末席か、また皆のコーヒーを淹れる羽目になるとは…。皆がソファに座ったところで、本部長がシトレ親父に来意を尋ねた。
「委員長、本日のご用件は何でしょうか」
「組織改革を行おうと考えている。要は不平不満をなくし人員を適材適所に配置したいのだ」
適材適所…言葉にすれば簡単だが、年功序列ではなく能力本位の人選になるという事だ。要職にある将官や、高級士官にとってはあまり有り難くない話だろう。
「そう仰るという事は、現在の軍高官の人事に問題がある…委員長はそうお考えなのでしょうか」
「そうではないよ。就任前に目を通させてもらったが、現配置については問題がない。待命中の高級軍人だ」
配置に着いていない高級軍人…というと疑問に思うかも知れないが、これが結構な数で存在している。彼等は現役軍人でありながら『待命を仰せつける』という命令で勤務しているのだ。シトレ親父は現役時代に基地の統廃合を遂行して四百万人の軍人達を民間に戻した。代わりに宇宙艦隊が増強されて、新設ポストも用意されたけど、ポストの数にもやはり数に限りはある。待命中の将官達は『最高幕僚会議議員、統合作戦本部付』という肩書で勤務するのだけど、謂わば窓際族に近い形なのだ。始末に悪いのは、軍隊における窓際族というのは退官前とかの『今までご苦労様でした』という再就職前の人間が行く所だ。だけど現状はそうじゃない、ポストが無い為に現役バリバリの将官達がそういった状況に置かれていた。ポストに空きが出るまで何もせずに過ごしているのだ。

 「ウィンチェスター、君は以前に常設の諮問機関を作るべきだと言っていたな」
「はい」
「それを作ろうと考えている。国防委員会に設置し、そこでの討議を経て、重要かつ喫緊の案件を最高幕僚会議に上げる」
「では、その諮問機関を経ていない案件は…」
「当然だ。勝手に最高評議会に上げられる事はない。スタンドプレーを避ける為でもある」
ははあ、再進攻の件か。上手くいったから良いようなものの、結果としてはなし崩し的に俺の思いつきで進めた様なものだ。
「スタンドプレーを避ける為だけではない。人材の再活用と高級軍人の監視という意味合いもある」
「それはどういう事でしょうか」
本部長の疑問に答える様に、シトレ親父は組み直した足の上で手を組んだ。長身で均整の取れた体躯だから軍服も似合っていたけど、スーツもよく似合っている。
「退役して解った事がある。待命中の将官達は危険な存在だ。現首脳部にも批判的な者達が多い。彼等が君達をどう評していると思う?時流に乗って艦隊を私物化し老人を操る若僧と、その言う事を聞くだけの統合作戦本部…たまたま上手くいっているに過ぎない、とね。まあ、私としては上手くいって欲しいから君達に任せたのだから、耳が痛い限りだが」
本部長と長官は憮然としたけど、予想出来る事ではあった。小学校や中学校でさえ好きな者同士のグループが出来たりするのだから、大人の世界ともなれば当然の話だ。ましてや軍隊は暴力装置だ、ポストの数や部下をどれだけ抱えているかが正義と言ってもいい。そこから溢れた者達が不平不満を持つのは当たり前の話なのだ。組織内で不平不満をぶちあげているだけならまだいい、それが外部と繋がると問題は一層複雑化する。トリューニヒト政権を切り崩そうとする政治家達、軍から契約を勝ち取りたい新規、中堅業者、醜聞を探し回る各メディア…挙げればキリはないけど、それらが軍内部の不満分子と繋がったら…。

 「軍を私物化している若僧としては是非お願いしたいですね。前で戦っている時に、後ろにガタつかれては困りますから」
皆が一斉に俺を見た。若僧とは俺の事だろうけど、非難されている当事者としてはこう言わざるを得ない。俺を押し上げたシトレ親父も不本意だろうけど、俺はもっと不本意だ。
「その通りだ。諮問機関で現状に対する是正点を吸い上げ、不満分子を監視する。監視は諮問機関という物のあり方としては間違っているかも知れないが、現首脳部でなくともこれから先充分に起こり得る事態だ。これからの軍組織の健全化の為にもやらねばならん」
そう、このまま戦争が上手く行けば、その後に待っているのは軍備縮小だ。そうなった時に不平不満が爆発したらとんでもない事になる。「当面は無任所の将官がメンバーとなるが、設立にあたっては統合作戦本部だけではなく後方勤務本部、技術科学本部の協力が必要だ。当然君等にも手伝って貰う」
「了解しました」
本部長の返事に深く頷くと、シトレ親父は見送りは要らないと言って公室を後にした。これから親父は後方勤務本部や技術科学本部にも根回しに向かうのだろう。委員長就任そうそう大変な事だけど、シトレ親父は俺達のバックアップをしてくれようとしている。是非とも協力しないとな…。

 

 

第百十三話 状況

帝国暦487年12月20日18:00
キフォイザー宙域、ガイエスグラープ、銀河帝国正統政府、銀河帝国正統政府軍、ヒルデスハイム艦隊、
エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム

 アルテナを発し、ブラウンシュヴァイクを経由、リッテンハイム到着時まで九日。陣形転換訓練を行いながら、反転して再度ブラウンシュヴァイク、そこからキフォイザーに転針し、ガイエスグラープ…ガイエスブルグ要塞が存在した座標周辺は禿鷲の墓、ガイエスグラープと呼称されている…到着まで五日。
「まずまずだな、ゾンバルト参謀長」
「はい。急造の連合部隊にしては上出来といえます」
「優秀な者が多く居る様だ」
正統政府軍には多くの正規軍人、特に少壮の高級士官達が参加している。以前、ミューゼルが私に仕えていた影響だった。ミューゼルが私を補佐した結果として今の地位に就いた事は、上昇志向の強い若い士官達に一つのモデルケースとして受けとめられていた。貴族艦隊所属であっても、結果を残せば昇進の道はある…彼等はそう考えたのだ。それに、有力貴族と繋がる事は彼等にとって重要なコネとなる。また、副産物もあった。私自身の功績を誇る訳ではないが、帝国の藩屏たる事を求めて開始した貴族艦隊の再訓練…その効果が僅かながら現れ始めたのだ。中堅階級の貴族出身の士官達…彼等の意識が変わり始めていた。彼等の大多数は貴族階級の次男坊や三男坊だ。帝国貴族社会の通例として、当主の座は長男が継ぐ。部屋住みを余儀なくされる次男以下の男子達は、官僚社会で名を成すか、軍に自らの身の置場を求める。軍や官僚の世界は、余程の大貴族出身でもない限り、何もせずに昇進や序列が上昇する事など有り得ない。軍人の道を志す貴族子弟達は例外なく士官学校に進むが、大抵の場合そこで軍人としての序列が決まってしまうからだ。平民なら大尉か少佐、下級貴族なら中佐か大佐、中堅貴族なら准将か少将、その辺りで昇進も打ち止めとなる。士官学校を卒業さえすれば、その後特段の功績を残さなくても人生設計は容易であり、それ相応の待遇は約束されている。戦場に出る事があまり無い貴族子弟達にとっては、今まではこれで充分だった。だが、帝国が二つに割れた事で状況は変化した。このままではいけない、そういう意識が貴族子弟達に芽生え始めたのだ。今彼等は本物の職業軍人に変わろうとしている。私の行った事は無駄ではなかった…軽い満足感が胸中にある。貴族階級は無為の人材ではない、目的意識さえあれば変われるのだ…。

 「敵…敵か、帝国軍は出てくると思うか」
ゾンバルト参謀長は私の問いに一瞬目を閉じると、弾かれた様に口を開いた。
「彼等としては長期戦避けたい筈です。時間のかかる外交交渉より、意見交換の場は戦場で…となるのではないでしょうか」
「それは私とて理解している。帝国軍がどの様な戦術を採るか、という事だ」
「失礼しました…おそらく誘引撃滅を企図するのではないでしょうか。軍事的にはリッテンハイム公領を急襲突破するのが正しいのでしょうが、政治的判断から彼等がそれを実行するのは難しいでしょう」
政治的判断…帝国側、リヒテンラーデ体制がリッテンハイムやブラウンシュヴァイクを襲う事はないと考えられていた。そんな事をしたら和解の余地はなくなってしまう。現にリヒテンラーデ体制は我々を公敵として定めてはおらず、寧ろ帰参を呼びかけていた。現に元々帝国軍に所属していた者達には、今でも俸給が支給されている。この政治的判断という点ではこちらにアドバンテージがあった。リヒテンラーデ体制は現体制を維持しなければならないの対し、我々は新しい体制を構築する側だからだ。我々は、リヒテンラーデ体制が擁立するエルウィン・ヨーゼフⅡ世陛下を弑逆する事を望んでいるのではない。私個人はそうではないが、皇統という点でリヒテンラーデ体制を許容する事は出来ないだけなのだ。故にヨーゼフ陛下を支えるリヒテンラーデ体制を滅ぼす事に何の躊躇もない。しかしリヒテンラーデ体制側は国家の再統合を考えねばならない。その点で彼等は帝国の藩屏たる我々を滅ぼし尽くす事は避けたい筈なのだ。藩屏とはよく言ったもので、我々貴族が皇帝と平民達との間の緩衝材として機能する効能がするからだ。我々を滅ぼし平民にも国政の一旦を任せるという考え方もあるだろう、だがその考えは現時点ではひどく危険な考え方だ。ヨーゼフ陛下はあまりに幼く非力な存在であり、現時点で平民に国政を任せようものならヨーゼフ陛下を皇帝の座から引きずり下ろそうとするだろう。被支配者層は必ず自分達を虐げてきた支配層を滅ぼすからだ…反旗を翻した身で元居た体制の心配をするのも妙な話だが、必ずそういう方向に進む。何故ならリヒテンラーデ体制は有力貴族階級の参加者が少なく、今までの様に強権を以て平民達を統御する事が出来ない。その帰結が改革の勅定であり、リヒテンラーデ体制は彼等に飴を与え続けねばならない。となると平民達の勢いを抑える事は難しい。平民達とて自らが得た権利は守り、拡大しようとするからだ。それは帝国の更なる混乱を生む事になるだろう。それを避けるには、リヒテンラーデ体制は自分達が正統で強大である事を示さねばならない。平民達にも見える様に、だ。目に見える結果、それは軍事的勝利に他ならない。

 「誘引撃滅か。それには美味しそうなメインディッシュが必要だな」
「年代順のワインもあれば最高でしょうな」
軍人としてその条件を満たすのはミュッケンベルガー元帥か、クライスト上級大将、メルカッツ上級大将だろう。
「その通りだ。誰だろうか、参謀長」
ゾンバルトは一瞬天井を見上げた。この男はどうやら自分が発言する時に何かアクションを起こさねば気が済まないらしい。
「クライスト上級大将は攻勢には強いですが、戦線維持の能力に不安があると側聞しております。緒戦という事を考えますとミュッケンベルガー元帥自ら、という事は考えにくい…となりますとメルカッツ上級大将ではないかと」
メルカッツか。派手さはないが堅実で惜しみない働きをする老練の将…。
「手強いな」
「はい。お互いに初陣でもありますし、敗けられません」
「どの様に対峙すればよいと思うか」
「…敵が誘引撃滅を企図しているとすれば、当初矛を交えますのはおそらくメルカッツ艦隊一個艦隊でしょう。これを全軍で叩きます」
「現れるであろう敵増援にはどう対処する?」
「攻撃中の味方から一軍を割き、敵増援の足止めを行います。あくまでも攻撃対象はメルカッツ艦隊です」
「成程、いい策だ」
いい策だ。だが成功するかどうかは足止めを行う指揮官が誰かという点にあるだろう。足止めに向かう指揮官は、短期間ではあるが優勢な敵増援と単独で戦わねばならないからだ。敵とてメルカッツを見殺しには出来ないのだから、現れる増援はかなりの大兵力である事は間違いない。
「先鋒のフレーゲル艦隊に連絡。我々の行動は帝国軍に露見しているものとして警戒を続行せよ」



12月20日19:00
シャンタウ宙域外縁部(キフォイザー方向)、銀河帝国、銀河帝国軍、メルカッツ艦隊旗艦ネルトリンゲン
ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ

 「キフォイザー宙域に派遣した通報艦ハルトリーゲルⅣ号からの情報です……ガイエスグラープ付近にて正統政府軍と思われる多数の艦艇を確認。およそ五万から五万五千隻の規模。我との距離、約三億キロ」
ファーレンハイト参謀長の声色には明るい響きがあった。自らを食いっぱぐれの貧乏貴族と称して憚らないこの男は、怯懦という表現から一番遠い所にいる。
「正統政府軍、ですか。呼称がまどろっこしいですな。賊軍とでも呼んだ方がすっきりします。そうは思われませんか、提督」
「尊きお方を擁しておられるのだ、賊軍は不味かろう。それにそう呼称しては帰参を考える者が居なくなる」
「小官としましては、正統政府軍には帰参など考えず初志貫徹して欲しいものです。その方が楽でいい」
正統政府などというものは大貴族の政治ごっこに過ぎない~そういう見方が軍内部にはあった。

──藩屏と称するのならそれこそ幼い皇帝陛下を補佐してしかるべき、それを皇統が気に食わぬからと反旗を翻すとは言語道断、誅すべし──

 まさにその通りだ。叛乱軍を打倒し得ぬまま国を二つに割るとは一体何を考えているのだ。
「そうだな、だが政府としてはそうもいくまい。我々が正統政府軍に一撃を加える事が出来れば帰参を考えるものも出てこよう。そうなれば戦わずして降す事が出来るのだ、それが一番楽だろう」
「そうですな、その通りであります」
「では始めるとするか。後方の味方には重ねて待機を命じよ」
「はっ」
この艦隊が餌となって敵を誘い出す。引き摺り込んで包囲殲滅…単純な作戦だった。だが単純だからこそ敵にも警戒されやすい。成否は後退のタイミングの見極めで決まる…。



12月21日09:00
ヴィーレンシュタイン宙域、ヴィーレンシュタイン、銀河帝国軍ヴィーレンシュタイン基地、ミューゼル軍司令部公室、
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 「そうか、刎頸の交わりというやつだな」
「その様に仰々しい物ではありません、閣下。互いに気が合うというだけでして」
「ただ気が合うだけでは戦場で背中を預ける事は出来まい。羨ましい限りだ」
「閣下にもキルヒアイス少将という存在がいるではありませんか」
「キルヒアイスか。そうだな」
閣下の顔が一瞬綻んだ様に見えた。閣下にとってキルヒアイスはどういう存在なのだろう。皇帝の寵姫の弟という身分がキルヒアイスの存在を許容した。何しろ二人は幼なじみで、軍に入った後も幼年学校からずっと一緒なのだ。軍においてこんな事は考えられないから、どれだけ特別扱いされているか分かるというものだ…端から見ればミューゼル家の家臣にも見えなくもない。閣下が奴を呼び捨てなのに対し、奴は閣下に尊称をつけて接しているからだ。だが二人の関係はそうではないようだ。組織人である故に階級の差はどうしても生じるから尊称で呼ぶのかと思ったが、階級か職名で呼ぶのが普通だろう。幼なじみに様付けで呼ばれるなんて気が引けると思うのだが、二人の間では普通なのだろうか…。

 「近隣の可住惑星はどうなっている?」
「順調です。在地領主達にも喜ばれております。どうやら民生品は叛乱軍の物の方が性能がいいようですな」
「それは良かった。買い付けた甲斐があったというものだ」
アムリッツァ宙域の叛乱軍市民…元の帝国人達を通じて買い付けた農業プラントが稼働し始めている。ミューゼル閣下はここヴィーレンシュタインの開発が一段落したのをきっかけに、近隣の可住惑星の在地領主達と話をつけた上で彼等の土地の再開発に手をつけていた。ヴィーレンシュタイン宙域の軍政は閣下に委ねられていたから、決して恣意的に行っている訳ではない。
「彼等も生活面で余裕が出てくれば、今以上に軍に協力的になるでしょう」
「そうだな。現状でオーディンからの増援は望めない。特に人的資源はそうだ。強制徴募は出来るだけ避けたい、彼等の協力は是非とも必要だからな」
現状では指揮官は何とかなる、だが叛乱軍との戦いが再開されれば、下士官兵の補充に不足が生じるのは目に見えていた。
「はい。在地領主の面々と話し合った上で、各所に募集事務所を開設しようと思います。宜しいでしょうか」
「是非進めてくれ。折衝にはフェルナーを連れていくといい。奴の経歴上、貴族達には顔が利く筈だ」
「はっ、ありがとうございます」

 閣下の空いたグラスに二杯目を注ごうとすると、少将ながらミューゼル軍の総参謀長に任じられたシュタインメッツが入って来た。手には通信文が握られている。
「閣下、おくつろぎの所申し訳ありません。ガイエスグラープ付近でメルカッツ上級大将率いる味方艦隊と正統政府艦隊が戦闘を開始した様です。正統政府艦隊の指揮官はヒルデスハイム上級大将との事です」
「戦況は」
「詳細はまだ届いておりません。念のために在泊中のメックリンガー、ケスラー両提督には出撃準備要請を行いました」
「了解した。哨戒中の艦隊はロイエンタールだったな…ロイエンタールに連絡、叛乱軍の長距離偵察が活発になる恐れがある、警戒を厳とせよ」
「はっ」
「メックリンガー、ケスラーには出撃準備を整えそのまま待機せよと伝えよ」
「はっ」
シュタインメッツが出て行くと、閣下はグラスを一気にあおった。
「ミッターマイヤー、勝敗をどう予想する」
「詳細が分からないので何とも言えませんが…順当に考えればメルカッツ提督の勝利だとは思いますが…」
ドアを叩く音が俺の言葉を遮った。ノックとほぼ同時に入って来たのはフェルナー中佐だった。

 「閣下、両軍の兵力の詳細情報が入りました。味方メルカッツ軍、六万三千隻。正統政府艦隊、六万隻です。このうち戦闘を開始したのは…味方はメルカッツ上級大将の艦隊、敵はフレーゲル艦隊およびブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両宙域の警備艦隊の様です」
部屋中央の管制卓上に両軍の立体概略図が浮かび上がる。
「このブラウンシュヴァイク、リッテンハイムの警備艦隊というのは…それぞれが二万隻程居た筈だが」
「どうやら両宙域にそれぞれ半数を残置している様です、ミッターマイヤー提督」
両宙域を空にする事は流石に恐ろしいか…。
「閣下、メルカッツ提督は誘引撃滅を企図しているのではないでしょうか」
閣下の俺の言葉への反応は微笑だった。
「その様だな。フェルナー、二つの警備艦隊の指揮官は誰なのだ」
「はい…ブラウンシュヴァイク警備艦隊の方がクナップシュタイン少将、リッテンハイム警備艦隊の方がグリルパルツァー少将となっています」
クナップシュタインとグリルパルツァーか…若手の内では中々見所のある奴等と聞いているが…。
「聞いた事のある名だな。優秀な男達の様だが、少将で一万隻の指揮は荷が勝ち過ぎるというものだ。どうやら警備艦隊の方は指揮官の人材に余裕がない様だな」
閣下の言う通りだ。おそらく警備艦隊は少将や准将が指揮官の分艦隊規模の部隊を集めた混成艦隊なのだろう。
「こちらがブラウンシュヴァイクとリッテンハイムを襲わない事を逆手に取った配置だな。分艦隊指揮官に経験を積ませるにはいいかもしれないが…ヒルデスハイム伯も頭を悩ませている事だろう。果たしてクナップシュタインとグリルパルツァーにフレーゲル男爵の抑えが利くかな」

 くるくるとグラスを回す閣下の表情は、微笑から笑顔に変わっていた。ブラウンシュヴァイク公の甥でもあるフレーゲル男爵は、かなりの難物と聞いている。絵に描いた様な大貴族の若当主だ。
「フレーゲル男爵は一から艦隊を再建しました。ヒルデスハイム伯が再建と訓練に協力していますから多少はマシになっているでしょう。メルカッツ閣下も驚くかもしれません」
フェルナーの表情と物言いには軽い毒があった。キルヒアイスがヴィーレンシュタインの防衛司令官として艦隊を離れた今、閣下に物怖じせずに物を言えるのはこいつくらいなものだろう。
「驚くくらいでないとメルカッツ提督も戦い甲斐がないだろうな…フェルナー、メルカッツ提督麾下の提督達は後方待機中か」
「はい、ギースラー中将、シュムーデ中将、ゼークト中将、シュトックハウゼン中将の各艦隊はシャンタウ外縁部にてそれぞれ待機中です」
誘引撃滅を企図しているのではないかとは言ったが、メルカッツ提督も中々大胆な事をなさるものだ。敗ける事はあるまいが、本当にメルカッツ提督が驚く様な事があったら他人事ではおれん…。
「閣下、小官の艦隊も出撃準備にかかろうかと思います」
「分かった。余程の事がない限り増援の要請はないだろうが、シャンタウまではここの方がオーディンよりはるかに近いからな。他に気付いたところがあれば遠慮なく申し出てくれ」
「はっ」



宇宙暦796年12月21日23:00
アムリッツァ宙域、アムリッツァ星系カイタル、アムリッツァ方面軍司令部、
ムーア

 「閣下、お休みのところ申し訳ありません、ヴィーレンシュタインに長距離偵察に出ている通報艦から報告がありました。ヴィーレンシュタインの帝国軍に動きがあります」
参謀長、俺が寝入りはなで良かったな。真夜中だったらぶん殴ってるところだ。
「帝国軍に動きだと」
「はい。いくつかの艦隊が出撃準備を行っていると…通報艦はその後避退行動に移った様です」
「そうか…ウィンチェスター閣下は帝国が我等に攻めかかってくる事はないと言っていたがな」

──哨戒さえ怠らなければ暫くは休暇配置の様なものです。ゆっくりしてください──

 「艦隊の状況は」
「ウチの艦隊には緊急呼集をかけました。第三、第四艦隊も同様です。現在哨戒に出ているのは第九艦隊ですが、ワイドボーン提督からはボーデン、フォルゲン両宙域ともに異状なしとの報告を受けています」
異状なし…哨戒中の帝国軍と睨み合っているという事か…ウィンチェスター閣下の言う通り、睨み合う事はあっても戦闘になる事はなかった。帝国は内戦の危機にある、奴等から下手に我等に手を出す事はないという事だ。
「休暇配置か」
「は…?」
「いや、何でもない」
休暇配置……ウィンチェスター閣下も戦闘を望んではいないのだ。閣下がわざわざそう言ったという事は、上層部の方針が戦闘回避という事に他ならない。

 「参謀長、帝国軍はこちらに攻めてくると思うか」
問われた参謀長は一瞬不安そうな顔をした。参謀長も他の者達と同じ様に、俺の事を攻撃一辺倒の攻め達磨と思っているに違いない。
「ウィンチェスター副司令長官のお言葉を信じるならば、出撃準備中の帝国艦隊は味方の援護に向かうのではないでしょうか」
「帝国内で戦闘が発生しているという事か」
「可能性としては充分に有り得ます」
もしそうならば攻め時ではないのか…帝国内で戦闘が開始されたとなれば、ヴィーレンシュタインへ帝国本土から増援が来る可能性は低い。だが…。
「閣下、副司令長官のお言葉をお忘れですか?」
「副司令長官のお言葉?」
「はい。閣下が連名で前最高評議会議長に作戦案を出された後のお言葉です」
ああ、あの時の事か…そうだった、下手をすれば閑職に回される可能性もあったのだ。だが副司令長官は注意はしたもののその後も俺を使ってくれた…大きな作戦の前で波風を立てたくなかったからかもしれない。だが副司令長官は俺達を変える事なく使ってくれた…。
「そうだな、スタンドプレーは避けるべきだ。参謀長、ハイネセンに連絡だ。ヴィーレンシュタインの帝国軍に動きあり。艦隊出動準備中、如何にすべきなりや」
「はっ」


12月21日23:30
自由惑星同盟軍、フォルゲン宙域外縁(ヴィーレンシュタイン方向)、第九艦隊旗艦ヘクトル、
マルコム・ワイドボーン

 「タナンチャイ参謀長、カイタルからは何も言ってこないか」
「はい。おそらく手を出すなという事でしょうが…それと、近傍にて活動中の通報艦は既に後退中です」
「了解した。ボーデンのバルクマン分艦隊とダグラス分艦隊からは?」
「特に何も。通信状態はクリアな筈ですから、向こうは異状なしという事でしょう」
カイタルに報告はしたものの、帝国軍がこちらに来るという事は考えにくい…。
「司令官というのは大変な仕事だな」
「は?」
「いや、俺の命令一つで二百万近い人間の命が左右されると思うとな」
「…非人道的ではありますが、数字は数字として扱え…と教わった事があります。人として考えてしまうと狂ってしまうと」
タナンチャイ参謀長は視線をスクリーンから外さずにそう言った。彼なりに励ましてくれているのだろう。命令一つで兵士の生き死にが分かれる…参謀だった時にはなかった重圧だった。帝国軍の動きを無視してもよかった。今の奴等には我々と戦う余裕はない筈だからだ。だが無視した結果ひどい事にならないとも限らない。
「総員戦闘配置、以後十二時間は現状維持とせよ」
「はっ」


12月21日23:15
ボーデン宙域外縁(ヴィーレンシュタイン方向)、自由惑星同盟軍、第九艦隊、バルクマン分艦隊旗艦ダルダノス、
オットー・バルクマン

”試しにヴィーレンシュタイン宙域に入ってみないか“

「駄目に決まってるだろう!」

”冗談だよ、そう怒るなよオットー…でも行ってみればもっとハッキリすると思うぜ“

マイクのいう事は尤もなんだが…ヴィーレンシュタインに向かった結果、寝た子を起こす事になりかねない。

”ヤマトだったらどうするかな“

「そのヤマトを含む上層部からも不必要な戦闘は避ける様に言われているんだぞ。奴…じゃない、副司令長官がここに居たって何もせんだろうよ」

“…知ってるか?”

「何をだ」

“ヴィーレンシュタインの帝国軍の奴等、こっちから物を買ってるって”

「初耳だな」

“プラントやら工業機械やら、開発用の民生品が主らしいが…という事はだ、あちらさんも戦う気はないんじゃないのか?”

「そりゃそうかも知れんが、だからといってこっちから進んで行けば向こうだって戦わざるをえんだろう」

“戦わないって明言したらどうだ?”

「お前、何言ってるんだ?」

“だからさ、戦うつもりはないからちょっと何やってるか教えてもらえませんか、って“

…たまにマイクが分からなくなる。向こうの参謀も頭抱えてるんじゃないか?

”ちょっと行ってくるよ。ダメだったらすぐ逃げるさ“

「馬鹿、止めろ」

”暇なんだよ。帝国軍だって三千隻程度の敵に驚く事もないだろう、じゃあな“

冗談じゃないぞ!本当に冗談じゃなかったんじゃないか!…ワイドボーン司令官への報告は…止めておこう、ダメだったら逃げるって言ってたしな……。



12月22日06:00
ヴィーレンシュタイン宙域外縁(ボーデン方向)、銀河帝国軍、ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン、
オスカー・フォン・ロイエンタール

 「提督、先陣のディッターズドルフ准将より連絡です。三千隻程の叛乱軍艦隊が出現、交信を求めているとの事です」
「交信だと?」
「我、交戦の意志無し…との事ですが」
「亡命か」
「いや、違う様です。哨戒中の部隊の様ですが」
「所属と指揮官の姓名の判別を行えとディッターズドルフに伝えろ。それと、こちらの指示に従うなら交信を許可すると叛乱軍に伝えろ」
「…宜しいのですか」
「ディッターズドルフも馬鹿ではあるまい。出現した叛乱軍の後方に叛乱軍部隊が居ない事くらい確認している筈だ」
「は、はっ、確認いたします」
後方に敵の本隊でも居れば面白いのだがな…。
「叛乱軍より指示に従う、と返信がありました」
「そうか。艦隊、半包囲陣形に移れ。デイッターズドルフには叛乱軍艦隊の後方に展開する様に伝えろ。叛乱軍艦隊には前進を許可すると伝えろ」
「はっ」
三千隻相手に大袈裟かもしれないが、大事を取って取りすぎるという事はない。ガイエスブルグ要塞の破壊といい、近頃の叛乱軍は妙手奇手を繰り出して来るからな…。

 叛乱軍の指揮官が姿を現したのは、それから二十分後の事だった。
「乗艦を許可なさるのですか?危険ではありませんか」
「わざわざ戦闘の意志無しと申し出て来たのだ、何かしら重要な目的があるのだろう。直接話した方が我々としても情報は得やすかろうと思うのだがな」
「それはそうですが、破壊工作の可能性も看過出来ません、賛成しかねます」
「もしそうならこの艦と引き換えに相手は三千隻を失うだけだ。こちらの指揮官一人殺すのに、十万人以上の兵を犠牲にする様な愚かな敵でもあるまい。それに…」
「は…」
「敵中に単身乗り込んでくる男の顔も見てみたいしな。勇者にはそれ相応の遇し方をせねばなるまい」
「はっ」

 「お初にお目にかかります。自由惑星同盟軍第九艦隊ダグラス分艦隊司令、マイケル・ダグラス少将であります。ロイエンタール提督でいらっしゃいますか」
「そうだ。歓迎、とまではいかないが、よく来られた」
若い。若いが胆力は有りそうな面構えをしている。笑みを絶やさず、緊張の色も無い。
「歓迎される様になりたいものです」
「そうだな、両陣営にそういう日が来るといいものだ。そうなると我々は失業だな…ところで、単身でここまで来たのには何かしら要求がある筈だが」
「要求と言えば要求なのですが、聞き入れて貰えるかどうか…」
「ほう?」


06:45
銀河帝国軍、ロイエンタール艦隊旗艦トリスタン艦内、
マイケル・ダグラス

 立体画像(ホログラム)で見るよりかなりのイケメンだ…シェーンコップ大佐が渋さなら、こちらは耽美…か?
「小官の任務は哨戒、敵状監視でして。皆さんの動きを監視しているのですよ」
「それで」
「皆さんの国内で内戦が起きている。皆さんにとって銀河帝国正統政府なんて存在は許容出来るものではない筈」
「そうだな」
「そして皆さんの任務は我々への対処。対処とは言え、皆さんにも我々と事を構える余裕はない…ロイエンタール提督の艦隊は哨戒中でしょうから、我々としてもその行動は理解出来ますが、今ヴィーレンシュタインでは複数の艦隊が出撃待機中の筈。我々としてはこの複数の艦隊の動きを見極めたい。それでこうして聞きに来た、という事なのですよ」
ロイエンタールの横にいるのは参謀長と参謀だろう、呆気にとられた顔をしている。
「よくもぬけぬけと…その様な要求に応えられる訳がないではないか!」
呆気その一が吼えた。
「勿論タダでとは申しません。我々の情報も差し支えない限りはお教えしますよ」
「差し支えない限りだと?卿は置かれている状況が分かっているのか?生殺与奪の権は我々が握っているのだぞ」
なおも言いつのろうとする呆気その一をロイエンタールが手で制した。くそ、イケメン過ぎていちいち絵になりやがる…。
「参謀長、まあそう言うな。丸腰で単身乗り込んで来た者を脅してどうする……ダグラス少将だったな、話を聞こうか」


 

 

第百十四話 ガイエスグラープの戦い

帝国暦486年12月21日04:00
キフォイザー宙域外縁(シャンタウ方向)、銀河帝国、銀河帝国軍、メルカッツ艦隊旗艦ネルトリンゲン、
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト

 「参謀長、敵中央のフレーゲル艦隊の足並みが乱れている様です、後退するなら今かと」
シュナイダー少佐の見立ては正しい。フレーゲル艦隊、以前とは比べ物にならないくらい練度が高い、だが、逆境には弱い様だ、こちらの近接戦闘に対処出来ないでいる。
「卿の言う通りだ。だが司令官はまだ後退するを良しとはしないだろう」
フレーゲル艦隊後方に位置するヒルデスハイム艦隊に前面に出てきて欲しい…メルカッツ司令官はそうお考えの筈だ。ヒルデスハイム艦隊が前に出て来さえすれば、おそらくこの場に展開する敵全軍をシャンタウまで引きずり込む事が出来るだろう。
「ですが、このままだと敵両翼のクナップシュタイン、グリルパルツァー艦隊に半包囲されてしまいます」
「閣下はそれも既に折り込み済みでおられる筈だ、心配はいらない」
心配はいらないと言ったが、ヒルデスハイム艦隊が出てくる事態というのは、フレーゲル、クナップシュタイン、グリルパルツァー、この三つの艦隊から半包囲されるという事だった。そうなると傍目には後退すら至難の業と映る…メルカッツ閣下に全幅の信頼をおいているシュナイダー少佐でさえ顔色は良くない。
「もうしばらくの辛抱だ。敵にとって理想的な包囲陣の完成ギリギリのタイミングで後退を開始する。少佐、閣下はそう仰っていただろう?」
「それはそうですが…」
包囲陣形完成まで今一歩、という所でこちらが後退しようとすれば、大魚を逃がすまいと追ってくる筈…奴等にも面子がある、大兵力で包囲しながら一個艦隊を逃がす訳にはいかない、必ず追って来るだろう…。
「奴等にとっては初陣だ、緒戦の勝利は逃したくはない筈。必ず追って来るよ」

 後退の頃合いも近いと感じたのだろう、私に指揮を任せてくれていたメルカッツ提督が艦橋に戻って来た。
「戦況はどうなっているか」
「これについては演技ではなく本当に防戦一方です。ヒルデスハイム艦隊が前に出て来ていないのは残念ですが、現状でも我等が後退を開始すれば必ず追って来ると判断します」
「うむ。フレーゲル男爵あたりは追撃を強硬に主張するだろう。男爵の艦隊はよく戦っているが、この状況で我等に逃げられるという事態には我慢出来んだろう…更に辛い戦いになるが、なるべく無様にな。後退したくても、簡単に後退出来ないという状況を演じつつ後退するのだ」

 敵のフレーゲル艦隊が中央としてよく戦っているのはこちらとしても意外だった。ヒルデスハイム伯爵の構想が成果として表れているのだ。だが大貴族のボンボンだ、本質はそう変わるものではない。奴自らの手で勝利を決定づけたい筈…メルカッツ提督を討ち取れば、ブラウンシュヴァイク一門としてその武勲は比類なきものとなる…メルカッツ閣下はそれを既に見越している。
「全艦、艦隊速度微速後進!後退を開始せよ!攻撃の手は緩めるな!」
俺の指示を聞いて、メルカッツ提督が僅かに頷く。攻撃しつつ後退する…一見簡単そうに見えるこの指示は、一つ間違えると敵の全面攻勢を誘発する上に、無秩序な後退になりかねない危険なものだった。後退戦を行う事によって、おそらくウチの艦隊の七割程を失う結果になる筈だ。だがそれで演技は完成する。犠牲となった兵士達には済まぬ話だが…。


04:15
銀河帝国正統政府軍、クナップシュタイン艦隊旗艦ボトロップ、
ブルーノ・フォン・クナップシュタイン

 「中央フレーゲル艦隊、陣形再編中。紡錘陣形に移行する模様です」
「了解した参謀長。グリルパルツァー艦隊と繋いでくれ」
「はっ………繋がりました」

“どうした、クナップシュタイン”

「フレーゲル艦隊はメルカッツ艦隊がこのまま後退するとみて陣形再編中だ。そちらでも確認していると思うが」

“ああ。フレーゲル男爵はご自分の手で勝利を決定づけたい様だな”

「グリルパルツァー、俺は男爵の艦隊の援護を行おうと思うのだが…卿はどう思う?」

“形だけを見ればメルカッツ艦隊は劣勢、後退も致し方無しといったところだろう。今参加すれば、手柄を横取りしようとしている、と男爵は考えるかも知れん…”

「俺もそう思わないでもなかった。だがあれは擬態かも知れん。もしそうだった時に援護しなかったら、我々は男爵に非難されるぞ。ヒルデスハイム伯爵はともかく、大貴族というのはそういう物だからな」

“そうだな。では時間差をつけて援護してみるか。まず卿の艦隊から先に前進してくれ。頃合いを見てこちらも前に出る”

「了解した」

 俺が言い出したのだから、俺が先に前進するのは分かるが…グリルパルツァーめ、自分の艦隊は出来るだけ無傷で済ませたいという事か…。
「参謀長、フレーゲル艦隊の行動を援護する、前進だ。だがゆっくりと、でいい」
「はっ……フレーゲル艦隊の援護を行う、全艦前へ!」


04:30
銀河帝国軍、メルカッツ艦隊旗艦ネルトリンゲン、
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト

 フレーゲル艦隊は不完全ながらも紡錘陣を完成、こちらへの突破攻撃に移行しつつある…。
「宙雷艇及び単座戦闘艇(ワルキューレ)は急速後退、各母艦に戻れ!艦隊の後退に遅れるな!艦隊各艦は斉射三連!」
メルカッツ提督は深く頷いた。指揮はこのまま俺に任せるという事か…。
「敵の両翼の動きに注意せよ。おそらくフレーゲル艦隊の突撃に呼応して前進してくる筈だ!全艦更に後退!長い戦いになるぞ、抜かるな!」
作戦とはいえ後退戦を戦うのは難儀なものだ。一歩間違えば無秩序な後退になりかねない。
「提督、シャンタウ外縁にて待機中の味方艦隊と連絡を行おうと思いますが」
「了解した」
シュナイダー少佐が通信オペレータに駆け寄っていく。少佐がオペレータに二言三言話すと、司令部艦橋に四人の顔が映し出された。ギースラー、ゼークト、シュトックハウゼン、シュムーデの四提督達だ。
「私の後退に追いすがる形でまずフレーゲル艦隊が着いて来る筈だ。私の艦隊が彼の攻勢を受け止めれば、フレーゲル艦隊の両翼、クナップシュタイン、グリルパルツァー艦隊が私を包囲しようとするだろう。ゼークト提督、シュトックハウゼン提督にはこの敵の両翼を、彼等の更に外側から叩いてもらいたい」
メルカッツ閣下がそう説明すると、二人のうちで先任のゼークト提督が口を開いた。

”はっ。タイミングはどの様に“

「細かい時期は卿等に任せるが、敵による三方向からの包囲が完成しようとする頃合いが望ましい。宜しく頼む」

”はっ…ですが、メルカッツ閣下のご采配に疑念がある訳ではありませんが、閣下の艦隊が保ちましょうか“

「派手な事は出来んが、しぶとさだけは負けんつもりだ」

”判りました“

閣下は次にギースラー、シュムーデ提督の映像に向き直ると、更に説明を始めた。
「ゼークト、シュトックハウゼン提督の戦闘参加後、私の艦隊は更に後退する。ここでフレーゲル艦隊が更に私を追って来る様であれば、ギースラー提督、シュムーデ提督のお二人でフレーゲル艦隊を叩いて欲しい。この時点でフレーゲル艦隊の戦列は長く延びきっている筈だ。二人でかかれば殲滅も容易だと思われる」
閣下がそこで言葉を止めると、ギースラー提督が疑問を口にした。

”フレーゲル艦隊が追撃を停止した場合、我々はどの様に“

「その場合、二人はそれぞれゼークト、シュトックハウゼン提督の援護に回ってもらいたい。フレーゲル艦隊は私の艦隊が牽制する」

”了解致しました。もう一つ、ヒルデスハイム艦隊が戦線参加した場合はどの様に致しましょう“

「その場合は追って指示をする」

”…了解致しました“

「次の通信が開始の合図だ。宜しく頼む」

四人の敬礼と共に通信は切れた。

 追って指示する、か…メルカッツ閣下ご自身はどうお考えなのだろう。
「閣下、閣下はどう思われますか?ヒルデスハイム伯は戦線参加するとお考えですか?」
「そうだな…ヒルデスハイム伯は自らの責任を全うされる方だと私は思う。だが配下のフレーゲル男爵は同門の一人でもある、戦線参加しても男爵の武勲を奪う、と受け取られる様な動きはせんだろう。最後衛のアントン艦隊も同様だろう」
「という事は積極的に…という訳では無さそうですね」
「既に互いに大兵力同士の戦いだ。完全な奇襲ならともかく、正面からがっぷり四つの戦いでは明確な優劣はつけ難い。こちらに隙がない限り、どこかで戦闘を切り上げようとするだろう」
俺と同じ見立てで安心していると、フレーゲル艦隊、速度を上げて突っ込んで来ます、とオペレータが金切り声を上げた。四提督に説明した策が上手く行くかどうかはウチの艦隊の演技にかかっている。
「全艦、更に後退せよ!フレーゲル艦隊をこのまま引摺り込め!…エルラッハ副司令と通信を繋げ」

 やや間をおいて、通信画面にエルラッハ少将が映し出された。少将は副司令兼分艦隊司令として四千隻を率い、艦隊の後衛についている。

”お呼びかな、参謀長“

「お呼びだてして申し訳ありません、お願いがあるのですが」
エルラッハ副司令はちらりとメルカッツ閣下の方を見た。閣下が頷くのを確認すると、微笑した。
”分派後、フレーゲル艦隊の分断にかかる、そういう事かな?“

「はい。本隊はこのまま後退を続けます。本隊を迂回して前進、フレーゲル艦隊の横腹を叩いて欲しいのです」

”相手もそろそろクナップシュタイン、グリルパルツァーの二人が戦闘参加すると頃合いだと思うが“

「そちらへの対処は閣下が四提督の皆さんに指示済みです。彼等が前に出る時間を稼いで頂きたい」

”了解した。では次の指示を待つとしよう“

通信が切れるとオペレータが再び金切り声を上げた。
「フレーゲル艦隊の左後方、クナップシュタイン艦隊が動現れました!」



12月22日11:30
シャンタウ宙域外縁(キフォイザー方向)、銀河帝国正統政府軍、フレーゲル艦隊旗艦ベルリン、
フレーゲル

 「メルカッツ艦隊の本隊の脇から四千隻程の集団が突っ込んで来ます!おそらくメルカッツ艦隊の後衛に位置していたエルラッハ分艦隊だと思われます!」
オペレータ、落ち着け…本隊の後退の為の援護か、殿軍という事だな。
「ノルデン参謀長、突破だ!メルカッツを逃がす訳にはいかん!クナップシュタインとグリルパルツァーは何をやっている!私の援護をするのが奴等の役目の筈だ!」
ノルデンめ、何をしておったのだ!一日以上も追撃しておるのだから、予め援護の督戦ぐらいしてもよさそうなものなのだがな…。
「はっ…ようやくクナップシュタイン艦隊が動き出した様です。我が艦隊の右翼後方につこうとしています」
「グリルパルツァー艦隊はどうなのだ!」
「同じく左翼後方。八時方向です」
「督戦しろ!早く左翼につかせるのだ!」
「はっ……閣下、ヒルデスハイム総司令官より通信が入っております」

”男爵、戦況はどうだ“

「順調です。メルカッツ艦隊の後衛が前面に出てきましたが、これを突破すれば完全に彼奴等を捕捉する事が叶いましょう」

”敵は我々をシャンタウ方向に誘いだそうとしている様に見える。アントン艦隊を動かしてもよいが“

「それは私も重々承知。おそらくメルカッツの後方に伏兵が居るのでしょう。ですがこれをクナップシュタイン、グリルパルツァーに対処させれば、私の独力でメルカッツ艦隊を打ち破れましょう。総司令官やアントン提督のお手を煩わせるには至りません」

”…そうか。ブラウンシュヴァイク一門の為にも吉報を期待しているぞ“

「はっ!一門の上にこそ栄光は降り注ぎましょう」

 ここで伯爵に前に出られては武勲の横取りと言うものだ。
「前進せよ!メルカッツの最後の悪あがきだ、なんとしても突破するのだ!」


11:35
銀河帝国正統政府軍、ヒルデスハイム艦隊、総旗艦ノイエンドルフ、
エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム 

 フレーゲルは順調と言っていたが…。
「総参謀長、どう思うか」
「男爵はよく戦っております。不肖ながら私の息子も参謀長としてついておりますれば大丈夫でしょう。それに今総司令官殿に前に出られたならば、功を横取りするのかとお思いになるかもしれません」
ノルデン伯爵家の前当主、老ノルデン総参謀長はそう高らかに笑った。功の横取り…正規軍ならばそんな事を心配する必要はなかった。貴族間の派閥からくる配慮や忖度…正統政府軍に不安があるとすればこの点だろう…。
「そうだな、このまま男爵に任せるとしよう。総参謀長、艦隊を二時方向へ転針させよ。さすれば男爵もこれまで以上に勢いづくであろう。そのまま微速前進だ」
「それは良いお考えです。…艦隊針路二時方向へ転針!前衛の三人の援護に向かう!艦隊速度微速!」
よいお考えか…老ノルデン氏はこの指示の意味が本当に分かっているのだろうか…いや、分かってはおるまい…。


17:15
銀河帝国正統政府軍、フレーゲル艦隊旗艦ベルリン、
フレーゲル

 「敵中に孤立だと?そんな事は分かっている!グリルパルツァー艦隊とクナップシュタイン艦隊はどうなっている!」
「は、はい、先程現れたゼークト艦隊、シュトックハウゼン艦隊に拘束されたままです。艦艇数において敵の両艦隊の方が優勢ですから…」
伏兵には両名に対処させると伯には言っておいたからいいようなものの、拘束されているというのでは話にならんではないか!
「正規軍の俊英と言われておってもこのざまか。現在の艦隊の状況は?」
「およそ四割の艦艇が損失または何らかの被害を受けております」
「まともに戦えるのは八千隻程か…ノルデン参謀長、メルカッツ艦隊の方は?」
「これまでの防御陣突破でかなりの損害を与えた筈ですから…戦闘当初の五割以下位までには戦力が低下しているものとも思われます」
敵中に孤立…我が方は八千、メルカッツは我が方の半数程…孤立してもやるべきではないのか?この機会を逃してはならないのではないか?
「ノルデン参謀長、前進だ」
「ですが…」
「これは命令だ!藩屏たるもの臆してはならんのだ!」
「は、はっ!…全艦、前進!メルカッツ艦隊を…」
ノルデン参謀長による命令の復唱を、オペレータの声が遮った。何があった?
「メルカッツ艦隊、前進してきます!……メルカッツ艦隊の両翼後方に艦影多数!二万を越え更に増加中!急速に接近してきます!」
「更に伏兵だと……おのれ…参謀長、前進だ!なんとしてもメルカッツを討ち取るのだ!」
「閣下、落ち着いてください!それでは我が方は全滅してしまいます!」
「全滅結構!伏兵の接近前に距離を詰めてしまえば我等の勝ちだ!皆死兵となって、なんとしてもメルカッツを倒すのだ!」
「閣下!」

~フレーゲル、一門の長としてではなく、伯父としての頼みだ、無理はするなよ、必ず生きて還れ、よいな~

~何を仰います伯父上、私はもう以前の様な蒙昧な男ではありません。武勲を上げて必ず戻ります。そして藩屏としての義務を果たします~
 
 エリザベート様の婿として、ブラウンシュヴァイク公爵家の次期当主となる。そして女帝夫君としてゴールデンバウム朝を支える……その夢は叶えられそうにありません。ですが、必ずやメルカッツを討ち取ってご覧に入れます。申し訳ありません、伯父上…。


20:45
銀河帝国軍、メルカッツ艦隊旗艦ネルトリンゲン、
ベルンハルト・フォン・シュナイダー

 「閣下、フレーゲル艦隊旗艦ベルリン、反応消失しました」
「了解した。参謀長、フレーゲル艦隊の残存艦艇に降伏勧告を送れ」
「はっ……どうやらヒルデスハイム艦隊が動き出した模様です。ゼークト艦隊が攻撃を受けています」
「その様だな…シュトックハウゼンにはそのままクナップシュタイン艦隊を拘束させるのだ。ギースラー艦隊にはシュトックハウゼンの援護をさせろ。ゼークトには後退を命じて、シュムーデ艦隊と連携して戦線を維持する様に伝えてくれ。少し頼む」
「はっ」
再び少し頼むと言って艦橋を後にしたメルカッツ閣下の顔には、新たに深い皺が刻み込まれた様に見えた。
「これでこの戦闘はほぼ終了だな、少佐」
「まだヒルデスハイム艦隊とアントン艦隊が残っていますが…」
「伯爵もこれ以上の戦いは望まない筈だ。伯爵の艦隊はグリルパルツァー、クナップシュタインの間に位置する様に動いている。まだ続ける気なら、最後衛のアントン艦隊も動かしているさ」
「なるほど…ですが、敵は何故アントン艦隊を前衛に置かなかったのでしょう?敗けるのは嫌ですが、アントン艦隊が前衛なら、勝敗は分からなかった筈です」
「初戦だからな。どうしても貴族達の手で勝利を決定づけたかったのかもしれん。フレーゲル男爵はブラウンシュヴァイク公の甥だからな」
「正統政府内部の、貴族間の権力争いが影響しているという事でしょうか?」
「俺がそう思っただけだ。だが、正統政府軍に参加している正規軍の連中と違って、貴族達には逃げ場がない。だからそう思ったのさ」
「貴族達には逃げ場がない?」
「ああ。正規軍の連中には帰参という手がある。活躍の場を求めてとか、義理や恩があったり、知人縁者に頼まれてやむなく参加した、という場合もあるからな。ところが貴族達にはそれがない。俺達、つまり帝国政府の事だが、俺達とは皇統という点から相容れないんだ。妥協出来ないから戦っているのんだからな。単に大貴族内部の権力争いなら、ブラウンシュヴァイク一門かリッテンハイム一門のどちらかは帝国政府に残っていてもおかしくはない」
「確かに…」
「リヒテンラーデ公は正統政府に参加した貴族に帰参を呼びかけているが、戻った貴族がいないという事からも単なる権力争いではないという事だ。まあこんな事になったのも俺達正規軍がだらしなかったからなんだが…」
「そうですね。軍の実力が安定していればこんな状況にはなっていなかったでしょう…なるほど、だからこそ正統政府に参加している貴族達は、自分達の力で勝利を決定づけたい、そう考えているのかも知れないと」
「そうだ。アントン提督が前衛なら、あの状況でこの艦隊を追い続ける事は避けるだろう。それでは、彼等は勝利を得られない。まあ、クナップシュタインとグリルパルツァーがもっと早く援護に出ていたら、我等とてこうも上手くはいかなかっただろうがな」

 ファーレンハイト参謀長の表情は渋かった。おそらく、グリルパルツァー、クナップシュタイン両少将のお二人の戦い方に疑問を感じているのだろう。二人が早くに援護に出ていたら、という言葉がそれを物語っていた。敵とはいえ、元は味方だったのだ。卑しくとも本職の軍人、仰ぐ旗を変えたのなら、迷いや逡巡のある戦い方をするな…とでも言いたいのかも知れない。
「ゼークト艦隊、後退完了。シュムーデ艦隊の右翼に遷移しました」
「了解した。ゼークト艦隊にはそのままグリルパルツァー艦隊の動きを封じさせろ。シュムーデ艦隊はヒルデスハイム艦隊に当たれ…シュトックハウゼン艦隊に連絡、クナップシュタイン艦隊をヒルデスハイム艦隊の方に押し込む様に攻勢を強化しろと伝えてくれ」
「はっ」
「ギースラー艦隊に連絡、シュトックハウゼン艦隊を迂回して、アントン艦隊に向かえと伝えよ」

 命令を各艦隊に伝えるようオペレータに指示ながら思う、面白いものだ…と。メルカッツ閣下が休息を取られている間、戦闘指揮を執っているのはファーレンハイト参謀長なのだ。参謀長の階級は少将、という事は各艦隊への指示を格下の少将が行っている事になる。メルカッツ閣下は参謀長には細かい指示を与えた訳ではないから、各艦隊への指示内容は参謀長の腹一つなのだ。なるほど、この人が敵のグリルパルツァー、クナップシュタインの二人の艦隊指揮に納得できないのもよく分かる。彼等は年は若いが既に少将、参謀長と同じ階級なのだ。食う為に軍人となった、と公言して憚らない参謀長…真の職業軍人とはこういう人を指すのかもしれない…戦闘終結まで指揮はこのまま参謀長が執られるのだろう、閣下の御様子を伺いに行くか…そう考えていると、オペレータが新たな状況を報せる声を張り上げた。
「ヒルデスハイム艦隊、速度を上げ突撃して来ます!」

 戦闘に一応の終止符が打たれたのは、それから三時間ほど経ってからだった。正統政府軍もやられっぱなしではいなかった。こちらのゼークト艦隊の後退に乗じ、ヒルデスハイム艦隊が突撃を開始したのだ。ヒルデスハイム艦隊への対処を命じられていたシュムーデ艦隊はすぐさまこれに対応したが、ヒルデスハイム艦隊の攻撃の矛先は大半がゼークト艦隊に向けられていた。この突撃に呼応する様にグリルパルツァー艦隊も前進を再開してゼークト艦隊への攻撃を再開した。ゼークト艦隊は瞬く間に数を減らしていき、半数以下まで打ち減らされた。ファーレンハイト参謀長は我が艦隊を最右翼まで移動させてグリルパルツァー艦隊の攻勢に対処し、何とかゼークト艦隊を更に後退させて彼等を救う事には成功したものの、結果として一番損害の大きい我が艦隊がヒルデスハイム艦隊の攻勢に晒される事になってしまった。ヒルデスハイム艦隊は艦隊右側面をシュムーデ艦隊から叩かれ続けていたが、我が艦隊に対する攻撃を止めなかった。業を煮やしたシュムーデ艦隊がヒルデスハイム艦隊に突撃を敢行、ヒルデスハイム艦隊の分断に成功しヒルデスハイム艦隊を後退させるに至って、戦闘は終結に向かい始めた。左翼側のシュトックハウゼン、ギースラー艦隊は右翼の状況に気づいていたものの、クナップシュタイン、アントン艦隊の巧みな機動防御に逆に拘束されて膠着状態に陥り、右翼への援護を出す事が出来ない状況になっていた。ファーレンハイト参謀長は全艦隊に後退を命令し、戦闘は終了した。

 「申し訳ありません。指揮を任されていながら…」
「卿に一任したのは私だ。全責任は私にある」
メルカッツ閣下にそう労られたファーレンハイト参謀長は顔をあげられないでいる。結果としてフレーゲル艦隊の殲滅には成功したものの、味方もかなりの被害を受けていた。ゼークト艦隊は六割の艦艇を失った。シュトックハウゼン、ギースラー両艦隊もそれぞれ三割程の損害を出していた。シュムーデ艦隊は比較的に損害は少なかったものの、それでも二割近い損害を出していた。一番酷いのはやはり我がメルカッツ艦隊で、艦艇の八割を損失、残った艦艇も当艦を含め無傷な艦はいない、という有り様だった。
「ですが…」
「よいのだ。参謀長、全艦隊の損害を改めて算出、集計し報告せよ」
「は、はっ」
歯を食いしばって顔を上げた参謀長は長い敬礼を行うと、戦術オペレータの元に向かって行った。

 「ファーレンハイトには悪い事をした」
メルカッツ閣下が独り言の様にそう呟くのを聞いて、私は疑問を口にせざるを得なかった。
「おそれながら閣下、何故ご自身で戦闘指揮を執られなかったのですか」
下位の私が司令官の判断に疑問を口にする…叱責されてもおかしくない行動だった。だが、副官として閣下のお考えを把握せねばならない。
「私も判断を間違っていたのだ。まさかヒルデスハイム伯爵が自ら突撃を敢行するとは考えていなかったのだ。おそらくアントン艦隊を動かして戦線を維持するだろうと…アントンは防御行動に優れる指揮官だ。フレーゲル艦隊を失った敵はアントン艦隊を全面に出して幕引きを図るだろう、ヒルデスハイム艦隊の動きはそれを隠す為のものだろう…と。おそらくファーレンハイトもそう考えていた筈だ」
「敵軍の総司令官が自ら突撃する筈はない…」
「そうだ。見通しが甘かったと言われれば、それまでだがな。それに、ファーレンハイトを鍛える意味合いもあった」
「参謀長を鍛える…?」
「うむ。ファーレンハイトは参謀より指揮官に向いている。彼に指揮を任せ、指揮官としての経験を積んでもらおうと思ったのだ…ハハ、まずは全軍の指揮ではなく艦隊司令官ではないのか、と思うかも知れんが、艦隊指揮も軍の指揮もそうは変わらん。規模が違うだけの事だ」
「そうだったのですね」
「だが、死んでいった者達には言い訳は出来ん。罪深い事だ」
閣下は瞑目した。これ以上質問をぶつけるのは酷というものだろう。黙った私に、閣下は再び口を開いた。
「撤退の準備だ。後衛はシュムーデ艦隊とする。航行序列はゼークト艦隊、シュトックハウゼン艦隊、ギースラー艦隊、当艦隊、シュムーデ艦隊とせよ」
「はっ」


 

 

第百十五話 闇の入り口

帝国暦487年12月25日15:00
シャンタウ宙域、銀河帝国、銀河帝国軍、メックリンガー艦隊旗艦クヴァシル、
エルネスト・メックリンガー

 「この度の勝利、まことにおめでとうございます」

”勝ったといってよいものか…こちらにも手痛い損害が出ている“

「何を仰います、フレーゲル艦隊を殲滅なさったではありませんか。フレーゲル男爵といえば敵陣営の重鎮、それを緒戦で叩いたのです」

”そうだな、その通りだ“

「はっ、つきましては、当面の間シャンタウの哨戒は我が艦隊で行う様、ミューゼル閣下から指示を受けております」

”シャンタウは卿等の防衛範囲には含まれておらぬ筈だが…“

「副司令長官からのお言葉です。『ご戦旅ご苦労様でした、一刻も早くオーディンに戻られて戦力回復に努められたい』…ミューゼル閣下は既に司令長官に哨戒行動の許可を頂いております。ご安心を」

”そういう事ならば有り難く甘えさせて貰うとしようか…だが、叛乱軍への対処は大丈夫なのか“

「はっ、その辺は手抜かりなく…彼奴等も時折姿を現しますが、戦闘には至っておらず、平和なものです…戦争をしておいて平和というのも妙な話ですが」

”了解した、副司令長官にはよしなに伝えておいてくれ“

「はっ」
叛乱軍とは暗黙の停戦状態にある…この事態を正統政府軍と戦っている者達が知ったら何と言うだろう。いや、政府も知らない事実なのだ、知っているのは宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥と副司令長官ミューゼル上級大将、そして私達ヴィーレンシュタイン駐留の各艦隊司令官だけなのだ…一見有難い話ではある、帝国は正統政府との戦いに専念出来る。しかしそれは叛乱軍にも時間を与える事になるのだ。

 停戦を申し出て来たのは叛乱軍からだった。哨戒任務中のロイエンタール提督の前に一人の叛乱軍指揮官が現れた。その男は偵察に来た様だった。戦闘の意思は無いから我々の動きを教えて欲しい、そうロイエンタール提督に告げたのだという。我々の内情は叛乱軍も察している様だった。ヴィーレンシュタインに叛乱軍の物資が流れている、そこに目を付けたその男は自分が偵察に向かっても戦闘になる事は無い、そう予想してロイエンタール提督の元に来たのだという…戦闘を欲していないとはいえ、内情を教えろというのも無法な要求だが、ロイエンタール提督はこれを是としたらしく(この辺りが彼の彼たる所以なのだが)、ミューゼル閣下の許可を得た上で我が軍の動きを教えたらしい。当然叛乱軍の動きを教えるという交換条件で…。

 「参謀長、全艦に通達、警戒を厳とせよ」
「はっ」
予想はしていた事だが、やはり叛乱軍は漁夫の利を得ようとしている様だった。帝国の内戦に手を出す事はせずに、我々が正統政府軍と戦い傷つき疲弊した所を狙って大攻勢を仕掛ける…これが叛乱軍の基本方針だという。わざわざ堂々と伝えてくる辺りが謀略ではないのか、と危惧されたが、状況証拠…つまり現在の状況がこの情報の正しさを裏付けている事もあって、ミューゼル閣下は直ちに宇宙艦隊司令部にこの情報を報告した。宇宙艦隊司令部により非公式な停戦状態は黙認され、司令部からは更に叛乱軍の情報収集に注力する様に…という命令を受けた…。
「ウィンチェスターはアムリッツァには居ない、か…」
「は?」
「いや、何でもない」
ミューゼル閣下はこの状況をどう利用なさるおつもりなのだろう。辺境守備にあたる我々…ミューゼル軍はヴィーレンシュタインの根拠地化には成功した。希望者のみではあるものの、艦隊に勤務する軍人達の家族まで赴任への同行という形で同地に移住させている。おそらく長期間になるであろう辺境防衛任務に就く兵士達の厭戦気分や望郷の念というものを和らげる為でもあったが、それは同時にオーディン…帝国政府に対する忠誠心よりミューゼル閣下個人への忠誠心を惹起させるものだ。イゼルローン要塞が陥落してからというものの、兵士達の意識は叛乱軍を討伐する為に戦うというより、帝国を護る為に戦う、という物に変化している。それはガイエスブルグ要塞が破壊され内戦が勃発するに至って更に強い物となっていた。そしてそれは家族の住むヴィーレンシュタインを護る為に戦う、というものに変化していくだろう。それは同時にミューゼル閣下の為に戦う、という事に繋がる…ミューゼル閣下は明言こそしていないものの、閣下の望みは帝国軍の軍権を握り、最終的には帝国の頂点に立つ…そう考えておられると我々…閣下の麾下にある艦隊司令官達…は見ている。そう観測したからこそ我々は閣下に着いて来たのだ。軍内部において傍流に過ぎない我々が、閣下からの推挙を経て艦隊司令官となり軍主流に近い立場を得るに至ったのだ。閣下の許に居れば我々が理想とする帝国軍を創る事が出来るかもしれない、だからこそ我々は閣下のお考えを是とした。そしてそれは閣下の最終目的と合致する…。

 「定時報告です。哨戒区域内に叛乱軍及び正統政府軍と思われる艦影なし」
「了解した。大規模戦闘は生起しないとは思うが、両勢力の偵察行動はあると思われる、引き続き警戒を厳とせよ」
「はっ」
いずれ、とは言わず兵士達は既にそう考えているかもしれない。国内が内戦に揺れる中、どう変化するか分からない状況の中で家族を残して辺境防衛に就く…兵士達にとってこんなに心細い状況はないだろう。任務が終わってオーディンな故郷に戻ってみたら、家族や親族達が死んでいた、そんな状況だって有り得るのだ。だがミューゼル閣下は兵士達の後顧の憂いを断ち切った。それは、今まで惰性で戦っていた兵士達に責任感と決意を生じさせるに充分な行動だ。兵士達は父性を示す指揮官を好む。自分達の事を考えてくれる指揮官、自分達の事を見捨てない指揮官…情は示した、あと必要なのは戦闘における勝利だった。自分が信頼に足る強い指揮官である…それを示すだけだ。



宇宙暦796年12月28日16:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、宇宙艦隊司令部、宇宙艦隊司令長官公室、
ヤマト・ウィンチェスター

 「…君の同期は何を考えているのかね」
その俺の同期であるマイケル・ダグラスは、画面の向こうでビュコック長官の言葉を聴きながら肩をすくめて笑っていた。
「返す言葉もありません、長官」
もう二つの画面にはワイドボーンとオットーがそれぞれ映っている。二人共、天を仰いでいた。
「三人共、処分…処分になるな、追って報せる。貴官等の職権を停止する事はないが、行動を慎む様に」
三人がビュコック長官に見事な敬礼を返すと、映像通信は切れた。
「君の同期は何を考えているのかね。こちらの方針を帝国軍に漏らすなどと…返す言葉がないとは言っておれんじゃろう」
「日替わりの特売メニューは先に知っておきたいものですよ長官。売れ残りの特売品であっても一手間かければ美味しく食べられるというものです」
パン屋の二代目たる総参謀長、チュン・ウー・チェンが助け船を出してくれたものの、いまいちフォローになってない。彼は二代目としてビュコック長官の代わりにイゼルローン要塞の改装工事の進捗視察に行っていて、戻って来たばかりだった。
「貴官がパン屋の二代目などという渾名で呼ばれている理由がよく分かった。その一手間をどうするかという事じゃ」
「それは同期のウィンチェスター副司令長官に考えて貰いましょう」
結局俺なのね…総参謀長の言葉を合図に、ファイフェル少佐とミリアムちゃんが飲み物を用意し始めた。

 「総参謀長、イゼルローンはどうでしたか」
「順調でしたよ。あの進捗具合ならば、年が明けて二月半ばにはワープ実験にこぎ着けるでしょう」
「ありがとうございます…長官、ワイドボーン達にはどの様な処分を?」
「改めて口頭による譴責に留める。記録には残さん。いきなり前線の指揮官に記録に残る様な処分を行えば、要らん憶測を招くじゃろうしな」
意外にもビュコック長官はそれほど怒ってはいない様だ。起きた事を今更どうこう言ってもしようがないと思っているのかも知れない。それとも…。
「一手間ですか」
「うむ。こちらの基本方針が敵に知られてしまった以上、対策を考えねばならん」
「長官はどうお考えなのです?」
「じたばたしても仕方あるまい、基本方針を貫くのみじゃと思うておるよ。帝国の内戦が終わるまではな」
「方針を変更する必要はない、と?」
「貴官が何か思い付かん限りはな」
長官の言葉と同じくして、総参謀長も深く頷いた。
「そういう事であれば……こちらの基本方針が帝国軍に知られてしまったのは確かに由々しき事態ですが、おかげで帝国軍のとる行動も確実に予測する事が出来ます」
漁夫の利を得る…帝国軍と正統政府軍が戦い傷付き、どちらか残った方を叩く…おそらく、我々の方針がそうであって欲しいと考えていた帝国軍にとって、今回の件は大きな判断材料を与えた筈だった。同盟は内戦に介入しない…希望的観測と確実な情報とでは、判断材料として一と百ほどの違いがある。謀略ではないが、同様の効果を期待出来た。何しろ与えた情報は本物なのだから、効果は抜群だ。だが帝国軍は疑いを捨てきれないだろう。戦闘も起きず、自然と休戦状態になり、しかも得た情報は叛乱軍が持ち込んだもの…ウラの取り様はないが、叛乱軍が内戦に介入して来ないのは確実視出来る…この状況で帝国軍が考えるのは…。
「内戦の早期終結、じゃな」
「はい。我々が動かないのは確実なのですから。短期的には辺境防衛の兵力をも正統政府軍討伐の為に動かすかもしれません。しかし…」
帝国軍にとって、我々…叛乱軍が動かない内に正統政府軍を叩くというのは、唯一無二の選択肢であるかも知れない。だが帝国政府にとってはどうだろう?ラインハルトが政権を担っている訳ではないのだ。帝国政府も、正統政府も基本的には同じ価値観を有する集団なのだ。内戦終結後の事を考えると、余りにも激しい戦いは国家の再統合の弊害となりかねない。それは討伐の詔勅が発せられていない事からも分かる。バグダッシュによると、帝国政府は正統政府参加者に対して帰参を呼び掛けているという。帝国政府としては内戦を軟着陸させたいのだろう。
「長官、ダグラス少将からの報告には帝国軍と正統政府軍との間で発生した戦闘の詳細もありましたよね?」
長官が目で促すと、二代目は会議卓の投影装置を操作し始めた。三次元投影の詳細な概略図が卓上に浮かび上がる……帝国軍の総指揮官はメルカッツ、正統政府軍の総指揮官は…ヒルデスハイム?正統政府軍は人材難なのか?確か奴等の発表によると、ヒルデスハイムは正統政府の軍務尚書だった。資料、資料……軍務尚書と宇宙艦隊総司令長官兼務…正統政府軍の親玉自ら出陣か…フレーゲル?あの変な髪型のフレーゲルか?まあいい、互いに六万隻以上の兵力を動かした大規模な戦い…そうか、初戦だからな、両軍の意気込みが分かる…この戦いで決定的な勝利をおさめた方が有利に事を運ぶ事が出来る…。

 「何故戦場がシャンタウとキフォイザーの間なのじゃろうな」
長官は尤も過ぎる疑問を口にした。
「おそらく政治的配慮というやつでしょう。帝国軍からすれば軍事的にはリッテンハイムなのでしょうが、それでは両陣営の決裂は決定的です。正統政府からみても有力な宙域を戦場にする事は避けたい、もし敗けた場合、味方に与える負の影響は大きい…そう考慮したのだと思います」
「リッテンハイム…確か嫁さんは皇帝の娘だったな。なるほどなるほど…有力者や皇帝の縁者が絡んでおる為に互いに間をとって戦わざるを得ん、そういう事か」
二代目の解説に長官は何度も頷く。リッテンハイムの隣はブラウンシュヴァイク…共に領主は正統政府の親玉だ。確かにここを帝国軍が直接攻めたら、両陣営の決裂は決定的だ。
「両陣営は共に内戦終結後の再統一を念頭において戦わねばなりません。戦場で決定的な一撃を加えるか、徐々に戦力を削ぎ取っていき、敵の団結力に綻びを入れる…互いに取り得る方針は同様でしょうが、初戦見ると互いに決定的な一撃…短期決戦を企図していた様ですが、結果を見るとこれは長引きそうですな」
そう言ってパン屋の二代目は冷めたコーヒーに手を伸ばした。パン屋の意見は正しい…どうやら貴族達は原作の様な勢いだけの存在ではないらしい。
「となると我々としては願ったり叶ったりじゃな。我々も戦力は回復せねばならんしの」
長官の言う事も尤もなんだけど…うーん…。

 「何か腑に落ちんようじゃな、ウィンチェスター。貴官の意見を聞かせてくれんか」
俺の意見ねえ…確かに帝国内戦の長期化は同盟に有利なんだけど…。
「同盟の国論が二つに割れるかもしれません」
「国論が割れる?どういう事かなそれは」
「帝国が弱体化しつつあるのに何故攻めないのか…そういう意見が市民の中から噴出するのでは、と」
「なるほど、有り得ない話ではないの」
「はい。国防委員長、じゃなかった、最高評議会議長は軍の方針を是としています。評議会もそうでしょう。ですが市民からそういう意見が出た場合、それを抑えるのは難しいと思うのです」
「そうじゃな。形としては同盟の方が帝国を押しておるからな。現状では手一杯じゃ」
確かに同盟が有利に事を進めている。だけどそれは薄氷を踏む様な有利さなのだ。アムリッツァ、ハーン共に破られたら後がない。国内に残る予備戦力が再編中の艦隊だけでは、とても無理だ。
「私としては、帝国の辺境宙域が戦いを倦んで我々に摺り寄る…そういう事態を望んでいます」
「ボーデンやフォルゲンの対同盟感情はだいぶ軟化している、と聞いているが」
「いえ、現状ではうるさい隣人から顔見知りの隣人になった程度です。頼れる隣人にならなければ摺り寄るなんてとてもとても…それに辺境宙域はボーデン、フォルゲンだけではありません。ハーンからキフォイザーに至る宙域も辺境です。せめてシャッヘンやエックハルト辺りもこちらに靡いてくれないと…」
「長い時間が必要そうじゃのう」
「はい。一気呵成に、とはいきません」
「その為のイゼルローン移動要塞という訳じゃな」
「はい。ですが、市民から強硬な出兵論が沸き起こった場合、一度は要塞を使用せずに戦わねばならないかと思います」
「要塞を使用せずに…何故じゃな」
「要移動塞は切り札に見えますが、要塞の攻略法はもう我々が示してしまいましたし、確実に切り札と言える存在ではなくなっています。手品のタネがバレている以上、一度きり、それもどちらかと言うと心理的衝撃を与える為…そういう要素を含んだ使い方しかできません、それに」
「下手をすると帝国政府、正統政府が手を結んで我々に対処しようとするかも知れない…じゃろ?」
「仰る通りです。要塞を使用するのは、帝国内戦が終わってからで構いません。帝国の内戦もそうですが、その内戦の間に目を向けておく、あるいは解決せねばならない問題があります」

 俺の言い方が余程深刻に聞こえたのか、長官も二代目も背を伸ばしてソファに深く座り直した。
「それは、何じゃな?」
「フェザーンです」
「貴官は以前にもフェザーンには気をつけなければならない、そう言っていたな」
「はい。長官はフェザーンについてどの様な認識、印象をお持ちですか」
ビュコック長官はパン屋と顔を見合わせた。パン屋が長官の代わりに質問に答える。
「気をつけなければならないと言われるとこの認識は間違っているのでしょうが…拝金主義者、守銭奴…帝国と同盟の間にあって星間貿易を独占する惑星国家…長官と私も含めた市民の認識はこんな所でしょうか」
「そんな所でしょう。百年程前、地球出身の商人レオポルド・ラープによってフェザーンは成立しました。もちろん帝国の自治領としてです。ですが、現在では同盟も帝国もフェザーンを独立国家として見なしています。帝国の認識はともかく、同盟も同様の認識です。何故です?」
「その認識は間違い、その辺りに危惧しなければならない点があると?」
「ええ。だっておかしいじゃありませんか、フェザーンの存在は帝国に利する所は何もないのですよ?そんなものを帝国が認める筈がないでしょう?なのに存在している…まあ、だからこそレオポルド・ラープは偉人なのでしょうが…帝国の都合に従って、我々までフェザーンの存在を認める必要はないでしょう?どう思いますか?」
「フェザーンは緩衝地帯として機能しています。更に言えば帝国はフェザーンを通じて我々の情報を得る事が出来る。帝国にとって充分に存在価値はあると思うのですが」
「逆に我々からフェザーンを通じて情報操作を受ける可能性があります。とても利点とは思えません。今までそれをしなかった軍情報部は何をしていたんでしょうね…フェザーンが緩衝地帯として働いている、そう考えるのは、我々が同盟人だからです。総参謀長、その点を踏まえて、当時の情勢をもう一度思いだしながら帝国の立場で想像してみてください」

 長官もパン屋も何故俺がフェザーンを危険視するのか、いまいちピンと来ないのだろう…同盟と帝国の情報を駆使して両陣営のバランスが崩れない様に企む…表面上はそれが経済、流通の独占の為とは言っても両陣営から恨みを買わないのが不思議なくらいだ。少し離れて聞いているミリアムちゃんやファイフェル…ミリアムちゃんはともかく、ファイフェルに至っては不審そうな顔をしている。
「有りません、確かに…」
そう、帝国に利点などないのだ。イゼルローン回廊しか進攻路がないと思っていた所にもう一本進攻路が存在すると判ったら、帝国軍は大喜びだろう。軍事的な選択肢は大幅に増える。当時はイゼルローン要塞などないのだから、イゼルローン回廊に陽動をかける一方でフェザーン回廊に大軍を送り込む。原作のラグナロック作戦だ。いや、ラグナロック作戦より規模は小さくて済むだろう。その上叛乱軍…同盟に与える衝撃は大きいだろう。何しろ当時の同盟はフェザーン回廊の存在を知らないのだから…。
「利点と言えば先程総参謀長が仰った点が挙げられますが、それは同盟から見た視点なのです。帝国からみたら何の利点もない。折角見つかった進攻路を別の勢力に手渡すなど愚の骨頂ですよ。確かに情報は得られるでしょうが、進攻路として使えないのでは戦いは長期化する。現在の情勢がそれです。同盟はフェザーンに経済的に占領される寸前までいき、帝国は内戦までする羽目に陥った…同盟は何とか小康を取り戻しましたが、帝国は全然ペイ出来てませんよ」
「ですが情報等だけではなく、フェザーンが存在する事で帝国も国防上の恩恵を受けているのではありませんか?」
到頭黙っていられなくなったのか、ファイフェルが反論を口にした。授業じゃないんだぞ…いや、授業、ホームルームみたいなもんか、参加してよし。
「それは結果論だよ。何しろ当時の同盟はフェザーン回廊の存在を知らないんだから、帝国は同盟が自分達と同じ手を使うという危険性は無視していい立場にある。それに帝国は叛徒を討伐するという立場だ。討伐戦争を終結に導ける様な、初動で圧倒的な有利を得られる選択肢…フェザーン回廊をみすみす諦めるとは考えにくい」
「では副司令長官、何故帝国はフェザーンの成立を許したのですか?」
「何故、って…そんなの俺だって知らないよ」
呆気に取られるファイフェルを見て、ミリアムちゃんが肩を震わせている。何も面白くないのに…少し休憩しませんか…?

17:15
ミリアム・ローザス

 「酷いな、笑うなんて」
「笑ってなんていませんよ」
「声に出さないだけで、我慢してたじゃないか」
ウィンチェスター閣下が休憩しましょうというので、私とファイフェル少佐は公室に隣接する給湯室でおかわり用のコーヒーポットと緑茶、茶菓子の支度をしている。ファイフェル少佐は大人しくて優しそうな顔立ちとは裏腹に意外とプライドが高い様で、私にそう食ってかかって来た。笑うつもりはなかったんですよ、でもね、閣下のあの返事があまりにも予想通りだったんでつい、ね…。
「副司令長官は結論有りきで話しているのかと思って聞いてみたんだけどなあ」
そう言いながら少佐は煙草に火を付けた。これも意外だわ…。
「結論有りきだと思いますよ。ただ、副司令長官がああいう話し方をされる時って、その場にいる人達にその結論に至る過程を理解してもらう事の方がを重要視していますね」
「成程ねえ。確かに過程を理解していれば、結論は自ずと出てくるもんな。フェザーンの成立理由か、なんだか士官学校の戦史の授業を受けている気分だよ」
「ああ…ヤン提督とは地球時代の戦史の話をしている事が多いですよ」
「へえ…」

 公室に戻ってコーヒーと緑茶を淹れていると、閣下は巾着袋と呼んでいるジップバッグから何かを取り出して食べていた。総参謀長は紙袋から出したサンドイッチを食べている…何なのかしらこの人達は!折角チョコブラウニーケーキを用意したというのに…。
「副司令長官が食べてるあれ、何だい?前に見たショーユセンベイとは違うみたいだけど」
「あれは…カミナリオコシというお菓子だと思います。どこで売ってるかは小官も知らないんですけど」
カミナリオコシの咀嚼音に交じって、ドアをノックする音がした。現れたのはヤン提督とキャゼルヌ少将だった。どうやら閣下が呼んだみたい。キャゼルヌ少将はアムリッツァのチャンディーガル基地司令に任じられていたのだけど、カイタルに軍機能を集中させるにあたってチャンディーガルの基地が縮小される事になったので、それをきっかけにハイネセンに戻ってこられている。今は過去に閣下が就いていた高等参事官の任に就いていらっしゃるんだけど、お暇みたい。
「お久しぶりです、キャゼルヌ少将」
「こちらこそ。お前さん…この呼び方はまずいな…副司令長官こそお元気そうで何よりです」
「お前さんで構いませんよ…チャンディーガルの後任は誰に?」
「オーブリー・コクランという大佐だ。知っているか?」
「ああ。彼なら大丈夫でしょう。まず誠実ですし、カイザーリング氏とも上手くやれると思います。ところで何故ここに?」
「そこの提督閣下に着いてこいと言われたのさ」
キャゼルヌ少将が顎で示した方向には給湯室がある。ヤン提督はご自分で紅茶を淹れに行っていた。提督が戻って来ると、総参謀長は二人に今までの話のあらましの説明を始めた。
「その視点はなかったな…流石だね、ウィンチェスター。だがそうなると、フェザーンの目的は何なのだろう。恒星間経済利権の独占…いや違うな、そうであればフェザーン成立の時点でフェザーン回廊を帝国軍に使用させていてもおかしくはない…」
「そうなんです。帝国軍に協力すれば地球時代のモンゴル帝国に協力したウイグル商人の様に、経済的利権を独占出来た筈なんです。だけどフェザーンはそれをしなかった。ヤン提督、グリーンヒル本部長と食事した時の事を覚えていますか」
「本部長と?……ああ、覚えているよ。あの時君は地球教団の存在を危ぶんでいたね」
ヤン提督は紅茶を大事そうに抱えて、閣下の質問に答えながら目を閉じた。提督は知っている?二人の中ではもう話し合った事なのかしら…また何か始まるのね。閣下は覚えていてくれてありがとうとばかりに、笑顔で再び口を開いた。
「ええ。地球教団とフェザーンは密接に繋がっています」




 

 

第百十六話 お祭り騒ぎ

宇宙暦797年1月4日17:00
バーラト星系ハイネセン、テルヌーゼン市、ガストホーフ・キンスキー、
ユリアン・ミンツ

 「明けましておめでとう。錚々たるメンバーだね。私も鼻が高いよ…お前もしっかり家を守って婿殿を助けてあげないとな」
「いやだパパ…私ちゃんとやってるよ」
「ハハ、そうかそうか、じゃあ行って来るよ…それでは皆さんごゆるりと」
エリカさんと、エリカさんのお父さんの会話が聞こえてくる。エリカさんのお父さんは笑いながら皆に改めて挨拶をして、奥さんと一緒にレストルームを後にした。お二人はこれからフェザーンに行く様だ。なんでもエリカさんの伯父さんがフェザーンにいるのだという。フェザーンか…どんな所なのだろう。捕虜交換の時にアッテンボロー中将の第十三艦隊がトリューニヒト議長の護衛でフェザーンに行ったけど、中将ご自身は上陸する事はなかったそうだ。
 僕らが何故エリカさんのご実家で新年パーティをやっているのかというと、ある会合の目眩ましの為、らしかった。今ここに居るのは第一艦隊の司令部メンバー、キャゼルヌ少将ご一家、アッテンボロー中将と第十三艦隊司令部の皆さん……なんだけど、もう少ししたらトリューニヒト議長、シトレ国防委員長、グリーンヒル本部長、ビュコック司令長官が来ると聞いている。議長やシトレ委員長も僕らと同じ様にホテルユーフォニアで国防委員会主宰のパーティに参加している。何でも、そっちのパーティはこっちに来る為にわざわざ同じ日に開かれてる、ってエリカさんが言ってた…グリーンヒル本部長、ビュコック司令長官とウィンチェスター副司令長官、そしてヤン提督は統合作戦本部ビルでのパーティ、これも目眩ましの為なのだという。こういうのを『籠抜け』っていうやり方だと、パトリチェフ少佐が教えてくれた。

 「遅いな、ヤン達は」
「経済界のお歴々も参加しているみたいですからね、中々上手く抜け出すきっかけが掴めないんでしょうよ…昔はこんな事しなくてもよかったのに」
「まあそう言うなアッテンボロー。俺達は飾りみたいなもんだ、せいぜい楽しませてもらおうぜ」
「ですね。それより今日はちゃんと夫人もご一緒なんですね…お久しぶりです、ラップ夫人」
「明けましておめでとう、そしてお久しぶり、アッテンボロー中将。士官学校以来ね」
「ええ、本当にお久しぶりです。あの頃は…ジェシカさんはヤン先輩とラップ先輩のどっちとくっつくんだろう、って俺達一年生の間で賭けになってたんですよ」
「あら…貴方達らしいわねえ。アッテンボロー候補生はどちらに賭けてたのかしら?」
「ハハ、ご想像にお任せします…ですがあの頃はこんな将来になるなんて全然想像出来なかった。俺が艦隊司令官なんですよ?ラップ先輩はどうです?」
「そうだな…俺もヤンもどこかの艦隊の平参謀に収まれたらめっけもんさ、なんてよく話してたな。俺もこんな未来は想像していなかったよ」
「まあ、不肖の後輩のせいですね」
「ハハ、そうだな…しかしわざわざ籠抜けまでしてこっちに来るなんて、どんな会合なんだ?」
「きっとロクでもない話ですよ。シトレ親父だけじゃなくて議長まで来るって言うんだから…こき使われる側としては先輩の言う通りパーティを楽しませてもらいましょう」

 アッテンボロー中将とラップ参謀長、そして参謀長の夫人、ジェシカさんが話している。ジェシカさん…ラップ夫人は士官学校当時からのヤン提督の友人でもある。どっちとくっつくか賭けにするなんて、アッテンボロー中将らしいといえばらしいんだけど…。
「おい、ユリアン!こっち来いよ…紹介するよ、妻のジェシカだ」
「はじめまして、ミンツ兵曹であります!」
「貴方がヤンのところの…ジェシカよ、よろしくお願いね。どう?ヤンは。相変わらず片付けが下手なのかしら?」
ラップ夫人はそう言って笑った。綺麗な人だな…きっとヤン提督やラップ参謀長以外からも人気はあったんだろうなあ…折角だからちょっと聞いてみようかな。
「こちらこそよろしくお願いいたします!…あの、少しお聞きしても宜しいですか?」
「ええ、どうぞ」
「士官学校の頃のヤン提督とラップ参謀長って、どんな感じだったんですか?」
ラップ夫人は、僕からの質問を予想していたらしい。横から参謀長が変な事思い出すなよって仰るのが可笑しかった。
「そうねえ…ヤンは専攻学科通りの本の虫、ジャン・ロベールは何故戦史科にいるのか分からないくらい優秀で活発な印象だったわ。士官学校の事務長だった私の父は、戦史科の事を掃き溜めって呼んでいたのよ」
「掃き溜め…ですか」
「ええ。ジャンは一年次の時から戦略研究科への転科を薦められていたわ。ヤンは…まあ、あの通りだったけどね。私は一時期父の手伝いをしていてね、それで二人と知り合ったの。父は掃き溜めなんて言っていたけど、私は戦史科のあののんびりとした空気が好きだったわ。」
それからの事はヤン提督に聞いた事がある。戦史科が廃止を検討され始めて、三人で廃止撤廃運動を展開した、と聞いている。
「もうその辺にしとけよ、恥ずかしいじゃないか」
「あら、これからが本番じゃない」
参謀長が本当は恥ずかしそうにしている。
「まあ、ジャンはいい意味で軍人には見えなかったし、ヤンはいい意味でも悪い意味でも軍人には見えなかった。ああ、ヤンの事を悪く言っているのではないのよ。何と言うか、頼りなさげで、とっぽくて、私が面倒みてあげなきゃ駄目ね、って思っていたわ…当時はね」
意地悪そうな。でも楽しそうなラップ夫人の視線に、参謀長は頬をかきながら視線を反らした。
「はい、おしまい…今はヤンにもそういう存在がいるみたいだし…そうなんでしょ、ジャン」
「おい、秘密だぞ。ヤンじゃない方の本人に怒られる」
二人はグリーンヒル大尉の方を見ている。大尉がヤン提督の事を想っているのは公然の秘密みたいな所があるからなあ。提督ご本人はどうお考えなのだろう…。
「ありがとうございました、夫人」
「お役に立てたかしら」
「はい、とても」
「ユリアン君にもそういう存在が出来るといいわね」
彼女、って事かな?彼女かあ、はあ…。


19:15
ヤン・ウェンリー

 ふう、やっと着いた。いくら籠抜けするからといって本部長以下ビュコック長官、ウィンチェスター、私と一斉に抜ける訳にはいかない。私とウィンチェスターが先に、本部長と長官がまた時間差をつけてこちらに向かう手筈になっている。私は必要ないんじゃないかと思うが、ウィンチェスターが是非にというのでは仕方がない。偉くなるのも考え物だな…。
「どうかなさいましたか?」
「いや大尉、宮仕えも大変だなと思ってね…議長達が到着するまでは、やっとパーティを楽しめそうだよ」
そう大尉と話していると、ユリアンとウィンチェスター夫人が近づいて来た。
「お疲れ様です、提督」
「いや、それがまだ疲れる訳にはいかないんだよユリアン…エリカさん、しばらくだね。新年おめでとう」
「おめでとうございますヤン提督。フレデリカも新年おめでとう!」
「新年おめでとう、エリカ」
大尉とウィンチェスター夫人は、ローザス少佐も交えて三人でよく飲みに行ったりするそうだ。飲み会の締めによく行くのは驚いた事にキャゼルヌ邸らしい。
「ヤマトも一緒じゃなかったんですか?」
「一緒だよ…ほらあそこに居る…副司令長官、奥方をほっといていいんですか」
皆の視線の先には肩を竦めたウィンチェスターが立っている。
「やれやれ…こういう時でもないと第一艦隊の皆さんと話す機会はないというのに…部下の陳情の機会を奪うつもりですか、ヤン提督」
「ひどいな、私はちゃんと務めているよ」
「ハハ、そういう事にしておきましょう…エリカ、準備は出来てる?」
「ええ。パパが大事な商談に使う部屋を用意してあるわ。そっちに行く?」
「そうだね、こういうパーティは上役がいない方が楽しめる、皆の邪魔する訳にもいかないからね…ヤン提督、行きましょう」

 促されるままにウィンチェスター夫人の後をついて行くと、いかにもと言った部屋に案内された。
「じゃ、また後で。議長達が到着なさったら案内するね」
「ありがとう、頼んだよ」
夫人の姿が消えると、ウィンチェスターはどっかとソファに腰を下ろした。
「ウィンチェスター、今日の議題は何なんだい?」
「先日話した地球教の件ですよ。新年早々つまらない話で申し訳ありませんが」
「つまらない、ね……地球教はフェザーンと繋がっている、か」
「ヤンさんはあの連中についてどう思います?」
「西暦を遠く離れた現代に宗教とは意外だなと感じているよ。歴史書を読んでいる気分にさせられるね」
「ですよね。十字軍、レコンキスタ…宗教が絡むと必ず戦争は酷いものになる。大規模な宗教戦争にはそれを支える大規模な資金源が必要です。まあこれは国家間の戦争も同じですが」
「それがフェザーンという訳か」
「そうなんですよ。ましてやフェザーンは地球出身の大商人、レオポルド・ラープが作った国です。帝国の支配がまだ磐石だった百五十年前に、自治領とはいえ新しい国家を帝国に認めさせるのは並大抵の事ではなかったでしょう。相当な金がばら蒔かれたでしょうし、それはフェザーン建国にそれだけの価値があったという証です」
「資金源は隠匿された地球の富か…ラープにとって出資者の意向は無視出来ないだろうしね」
「そうだと思います。そして地球教の本部は地球にある。遠く離れた地球教の教えがいきなり広まる訳はない。フェザーンは地球そのものと言っても過言ではないと私は思っています」
「なるほど。地球の代理者という訳だね。しかし、フェザーンが宗教戦争を企んでいるとなると、対になる大規模な宗教が必要だろう?さっき君が言った十字軍やレコンキスタは、キリスト教とイスラム教の絶対的な戦いだった」

 全然つまらない話じゃない、だけどこの話には酒が必要だろう。だが酔っぱらってしまう訳にもいかない…あったあった、ライムを入れて、と…。
「用意させてしまって申し訳ありません。ジンライムですか」
「これくらいが丁度いいと思ってね」
「ありがとうございます…確かにそうです。ですがキリスト教とイスラム教は似ている点があります。お分かりになりますか?」
「うーん…両者は始祖、つまり開祖の教えを重要視しているという事かな?」
「正解です。地球時代の著名な宗教はキリスト教、イスラム教、ユダヤ教、仏教、ヒンズー教です。この中でも特にキリスト教、イスラム教、ユダヤ教は、極端な話になりますが同じ神を信奉する宗教です。アブラハムの宗教というやつですね。その三つの中でも特にキリスト教とイスラム教は預言者、つまり開祖の教えが絶対です。キリスト教はイエス・キリスト、イスラム教はムハンマド…それによって両者は違う宗教にななりました」
「そうか…同じ神を信じてもその解釈が違うという事か。もしかして君が言いたいのは、地球教の相手は地球教、という事かい?」
「その通りです。地球教の主張は、同盟においては『遠く帝国内にある聖地地球を取り戻そう』です。帝国においては『聖地地球の奪回を企む叛乱軍を倒そう』なんです。両国で布教上の主張を微妙に変える事によって、地球教は勢力を拡大しているんです」
「同一の神、つまり地球を信奉する宗教なのに、布教する領域によって主張が違う…正にキリスト教とイスラム教、同根の宗教同士の戦いを範にしているね」
「はい。問題なのはこのそれぞれの主張が自然発生したかどうかなのです」
「そうか。それぞれの主張が自然発生したものなら純粋な宗教問題だが、そこにフェザーンが絡んでいるとなると、話は変わって来る、そういう事だね」
「はい。フェザーンのバグダッシュ中佐によると、帝国内での地球教の活動はそれほど活発ではない様です。まあこれは帝国の国是からしても当たり前なのですけどね。かたや同盟では彼等の活動が顕在化している。何故だと思います?」

 ウィンチェスター、君は戦史科の教授になれるよ……考えていると、ドアの向こうに気配を感じた。どうやら議長達か本部長達が到着したらしい。
「いやあ、先に二人でお楽しみだった様だね」
ソファに腰を下ろしたグリーンヒル本部長とビュコック長官に、二人で話していた内容を説明した。結構衝撃的な内容だと思うのだが、二人はそれほど驚かなかった。そして驚かなかったばかりか、本部長がとんでもない事を切り出した。
「二人共、済まないが私は密会を楽しめなくなった。ハイネセンポリスで大規模なデモが発生しつつある。君達の話していた地球教が絡んでいる様だ。反政府的なデモではないが、議長と国防委員長はこちらには来られなくなったよ」
「本部長、デモ隊は何と主張しているのです?」
「政府に協力して聖地地球を取り戻そう、だ。穏健的なのか、強硬的なデモなのか判断が分かれるが…デモ自体は正規の届出がなされたもので法的には問題が無いらしいが、届出の規模より規模が膨らんでいるんだ。法秩序委員会からの協力要請を受けて、憲兵隊に出動準備をさせている。新年の休暇で人手が足らんそうだ」
「それほどの規模なのですか」
「そうらしい。それに新年という事もあってパーティやら何やら、あちこちで人出が賑わっているから、万が一に備えるという訳だ。私も統合作戦本部に戻らねばならん。ビュコック長官、あとは頼みます。ヤン提督、娘によろしくな」
本部長はそう言い残して部屋を出て行った。残されたビュコック長官も渋い顔をしている。
「新年早々忙しい事じゃて」
ウィンチェスターは黙っている。デモか…帝国との戦争が有利に進んでいる事もあって、政治的なデモの類い、特に大規模な物は減少傾向にあった。それが突然…。
「長官、長官はデモ隊の様子をご覧になりましたか」
「うむ、ここに来る途中でな…じゃが大規模とは言えデモ隊自体は大人しい様子じゃった。儂等がすんなりここまで来れた位じゃ、交通にも影響は出ておらん。副司令長官が心配する程ではないかもしれん…が」
「…何かご懸念が?」
「ちらほらと憂国騎士団の連中の姿が交じっておった。それに、デモ隊は一ヶ所ではない。ハイネセンポリスのあちこちに出現しておる。懸念といえばそのくらいじゃが」
「憂国騎士団…」
そうポツリと言い残すと、ウィンチェスターは部屋を出て行った。何か思い出したのだろうか…。

 「ヤン提督、TVをつけてくれんか。おそらくニュースでもやっとる筈じゃ」
「はい」
長官の言う通り、デモ隊の様子はニュースで報道されていた。中継の場所が何ヵ所か切り替わって映し出されている。
「どうやら騒ぎは起きておらんようじゃの」
「ええ。キャスターも新年のお祭り騒ぎを報道している様な喋り方ですね」

“地球って人類発祥の星でしょ?地球教の人達が取り戻したいって言うの、なんとなく分かります”
“政府は地球教に協力すべきなんじゃないかしら。彼等だって政府に協力するって言っているし”
“確かに地球は過去に悪い事をした。でもハ百年も昔の事でしょ?もういいんじゃない?”

中継先で何人かの若者がインタビューを受けている。インタビューを受けているのは皆若者で、総じて地球教に肯定的な意見ばかりだった。
「これは…」
「結構浸透しておる様じゃな、地球教は」
「確かにそういう印象を受けますね。チャンネルを変えてみましょう」
幾つかチャンネルを変えてみる。この時間はニュースだけでなくバラエティショーの類いの番組も多いが、報じている番組の内容はどれもも似た様な印象だった。
「今のところ、地球教が危険だと言っておるのはウィンチェスターだけの様じゃな」
「そうですね…」
「これは時間がかかるかも知れんの」
歴史を志す者以外には、物理的にも心理的にも地球は遠い存在だ。だからこそ地球教の主張には新鮮さが感じられるのかも知れない。しかも地球は帝国領内にある。そして同盟と帝国は長い戦争の真っ只中にあって、その戦争は有利に進んでいる。ウィンチェスターの懸念が正しければ、恐るべき陰謀と言わねばならない。
「最初は穏健でも、多数が集まれば必ず過激な主張をする者達が出現します。それは過去の政治闘争が証明しています。そして過激な主張を始めるのは、大部分が行動力に富む若者です」
「物事が見え過ぎるというのも困り物じゃな、ヤン提督。貴官もウィンチェスターと同意見なのじゃろう?」
「ええ。ですが小官は副司令長官の様に最初から地球教を危険視していた訳ではありません。ウィンチェスターの言う事だから信じる、ただそれだけです」
「えらく盲目的じゃのう」
「彼の主張には信憑性がありますし、今までの実績を見ると信じざるを得ないかなと……情報の価値を正しく理解した極めて優秀な戦術家…」
「…何かなそれは?」
「長官は『エコニア文書』をご存知ですか」
ビュコック長官は怪訝そうな顔をしたが、思い出した様に口を開いた。
「何年か前に噂を聞いた。『ブルース・アッシュビーの死は謀殺』…それに関する報告書じゃなかったかな」
「はい。現在では軍のB級秘密に指定されています」
「B級であれば…そうじゃな、儂等は見る事が出来る。それが現在の状況と関わって来るのか?」
「はい、いいえ…現在の状況と言うよりは副司令長官個人に、ですが」
「ほう…見ておいた方が良さそうじゃな」
此処からでは見る事は出来ないがね…とTVを見ていると、ウィンチェスターが微笑みながら戻って来た。
「エリカに頼んで自家用ヘリを回してもらいました。我々も統合作戦本部に戻りましょう」
「手回しのええ事じゃ…他の連中はどうする?」
「艦隊の連中はこのままパーティを楽しんでもらいましょう、今すぐ宇宙艦隊がどうこうという事はないでしょうから。皆には妻とローザス少佐から事情を説明してもらいます」
「了解した。奥方にはくれぐれもお礼をな…では二人共、行くかの」
「はい」


20:45
ヤマト・ウィンチェスター

 ヘリの窓の眼下には、デモ隊の列が広がっている。確かに騒擾が起きている様子はないけど…法秩序委員会から憲兵隊の出動要請を受けたシトレ国防委員長が動くのは当たり前だけど、トリューニヒトまで評議会ビルに戻るというのは普通じゃない。何か感じるものがあるのか、それともどこからか情報を得ていたのか…。まもなく着きます、というパイロットの声がする。

 統合作戦本部ビルの屋上にはパン屋が出迎えに立っていた。
「お帰りなさい……本部長はご一緒ではないのですか?」
「本部長は先に地上車で出た。儂等の方が先に着いたようじゃな」
「そうでしたか。次長の指示により憲兵隊が出動しました。宇宙艦隊については特に指示はありません」
「了解した。総参謀長、作戦室は?」
「作戦情報課長が必要なスタッフを集めております」
「うむ…済まんがシェルビー中将(作戦情報課長)以外のスタッフに通常の勤務に戻る様伝えてくれんかの。おいそれと聞かせられん事もあるのでな」
「了解しました」
本部長には申し訳ない事だけどヘリの俺達の方が早かった様だ。作戦室に入ると、大モニターにはシトレ親父の姿とトリューニヒトの姿が映し出されていた。俺達を待っていたらしい。

“本部長はまだの様だが、ミーティングを始めようか。シトレ君、始めてくれたまえ”
“はい…地球教についてだ。君達が地球教について懸念を抱いている、と本部長から報告を受けている。それで今回の会合となった訳だが…タイミングがいいのか悪いのか、その地球教による大規模なデモが発生している。憲兵隊を出動させた以上、軍も無関係ではいられない。先ずは此方への対処が必要だ。何かあるかね?”
長官は俺を見ている。俺が説明した方が早いというのだろう、さっきヤンさんに話した事、その根拠となる事実、そこから導き出された推測を説明した。次長や作戦情報課長は初めて聞く話の筈だ、驚いているのが分かる。
“宗教戦争か。まるで中世の話だな。では今回のデモもそれに関わりがあると?”
「大いにあると思います。聞けば今回の地球教のデモはそれほど大規模ではなかったと本部長に聞きました。それがハイネセンポリスの各地に飛び火している…作為的な物を感じますね」
“では強硬的に解散させた方がいいという事かな?”
トリューニヒトは黙って俺達の話を聞いている。まだ口を出す段階ではないとは思っている様だ。
「いえ、それはまずいでしょう。彼等の主張は法に違反した物ではない。許可を受けている事からもそれは分かります。申請された参加人数の以外の参加者への解散を命じるのが妥当だと思います」
“それは警察が既に行っている筈だ。だが概算で十万近い物好きな市民がデモに参加しているのだぞ”
「十万人…ですが、根気よく解散を命じ続けるしかありません。元々の参加人数はどれほどなのです?」
“法秩序委員会からの情報では約五千人だ。官庁街を練り歩くだけのな”
「それが飛び火して今では十万人…確実にアジテーターが居ますね…議長、憂国騎士団ですか?」
俺の言葉で皆の視線が一斉にトリューニヒトに向けられた。

“ウィンチェスター君、何故私に聞くのかね?”
「議長は以前憂国騎士団とお付き合いがあったでしょう?それで何か知っているのではないかと」
“…君に彼等との付き合いを止めろと言われる前から、彼等との関係は絶っている。だが、私に情報をくれる人間は少なからず存在する”
「おぼろげながら知っていた、という事ですね」
“おぼろげながらにね”
“シトレ委員長、法秩序委員会に聞いてください。彼等は監視の為の人員をデモ隊の中に紛れこませている筈ですから、アジテーターの割り出しは済んでいる筈です。アジる人間を排除しましょう。何なら今からでもいい、軍からも人員を派遣した方がいいでしょう。情報部の私服組にその手の任務に慣れた者達がごまんといる筈です”
“了解した”
「ありがとうございます」
“では一旦会合を中断する。君達はそのまま待機していてくれ”

 ふう…。地球教だって馬鹿じゃない、いきなり非合法な手段には訴えない筈だ。何かやるしても今の段階では地球教の意見が市民権を得る事の方を重視している筈だからな…。
「遅れて住まない。どうなっているかね?」
本部長が済まなさそうに作戦室に入って来た。パン屋が二人に状況をに説明する。
「副司令長官、よく進言してくれた。助かるよ」
「いえ…法秩序委員会もアジテーターの排除を検討していた筈です、しかし排除の為の絶対的な要員数が足りないのでしょう。シトレ委員長の命令も届く筈です、情報部に準備をさせて下さい」
「だろうな。次長、頼む」
クブルスリー次長とシェルビー中将が作戦室を出て行く。
「警察はどうなっているのです?」
「ご同様だ。交通情報委員会も年末年始休暇で、警察には通常任務しか命じていなかった様だ」
同盟の警察組織は交通情報委員会の管理下にある。法秩序委員会の下に置くと恣意的な捜査が蔓延してしまうからだろう。確かデモの管理は交通課の筈だけど、五千人規模のデモなら通常の任務のうちなんだろうな。それに主宰者が宗教関係者じゃ、過激な内容は想像しにくいだろう…情報交通委員会のトップはウィンザー夫人のままだ、彼女のせいではないだろうが、ちょっと期待出来ないな…。


 「副司令長官、ちょっと」
ヤンさんが耳打ちした。飲み物を用意しようという事らしい…俺達が一番年若か、仕方ない、二人で用意しますか…再びヤンさんが尋ねてきた。
「何です?ヤン提督」
「大丈夫なのかい?アジテーターの排除と言っていたけど」
「大丈夫でしょう、連れ出すだけですから。アジる人間さえ居なくなれば、デモ隊の熱量は下がります。それに冬の真夜中は寒いです。交通機関が動いている内に野次馬的な参加者は帰宅しますよ」
「寒い…寒いか、成程ねえ。君はデモ鎮圧とかやった事があるのかい?いやね、対処法がやけに的確だなあと思ってね」
「ありませんよ。元々届出のあるデモですし、此方が落ち着いて対処すれば向こうも激昂する事はないだろうと考えての事です」
「しかし、主宰者は地球教だろう?」
「地球教だからといって全てが危険な存在ではありません。末端の信者は普通の同盟市民ですよ。それに現段階で政府が過激に反応したら宗教弾圧だと言われてしまいます。野次馬根性でデモに加わる…同盟市民に他者への寛容が出て来た証拠です。衣食足りて礼節を知る…故事成語の用法としては少し間違ってますが、再開発で景気が上向きになるにつれて懐が暖かくなって、同盟市民の間に戦争以外の事に目を向ける余裕が出て来ているんですよ。後から増えて来た市民は強制されて参加しているのではないんです。大半は新年のお祭り気分だと思います。ですが参加した市民は、自分以外の参加者を地球教の賛同者だと思う筈です。そして自分もいつの間にか…だからこそ恐ろしいんですよ」
「地球教が企図しているのは、自分達の意見が市民権を得る事…そういう事だね」
「はい。多分マスコミにも地球教の資金は流れているでしょうね。ニュース、観ました?」
「ああ、肯定的、お祭り気分の報道が殆どだったよ」
「でしょう?少し迂闊でした」
「迂闊?でも地球教に対しては君のお陰で対処出来るんだ。考え過ぎじゃないか?」
「考え過ぎでも何でもありません。対処は出来ます、でも対処法を間違えると大変な事になる…ヤンさん、地球教は聖地地球奪還を主張する集団に過ぎません。今はまだ過激な集団ではないんです。そして地球教の主張は潜在的に存在する同盟市民の願望と合致する。市民達にも受け入れ易い素地があるんですよ。法を破る集団ではないから政府も強制的に取り締まる事は出来ない、宗教弾圧になります。となると現状では見守る事しか出来ない。この状況が進めば、どうなると思います?」
「まさか君は…政府と同盟市民が衝突すると…」
「そうなるかも知れません。嫌な未来図ですね…議長達も待っているかもしれません、戻りますか」




 

 

第百十七話 ユリアンのテルヌーゼン日記 Ⅰ

宇宙暦797年1月5日11:30
バーラト星系、ハイネセン、テルヌーゼン市、ガストホーフ・フォン・キンスキー
ユリアン・ミンツ

 昨日の晩は帰宅出来ずにまんじりともしない夜を過ごす事になった。ハイネセンポリスで大規模なデモが発生していたからだ…。

 ウィンチェスター副司令長官の副官、ローザス少佐の話では、既にグリーンヒル本部長、ビュコック司令長官、副司令長官、そしてヤン提督は既に統合作戦本部ビルで対策を協議中だという。
軍からも憲兵隊が出動する、とも言っていた。ムライ中佐が艦隊司令部に戻った方がいいのではとラップ参謀長に進言したけど、『特に指示がない限り此処に留まるべきだ。俺達が必要なら既に指示が出ている筈』と、中佐の進言を退けていた。下手に移動しようとしてデモに巻き込まれたらどうしようもない、それが理由だった。アッテンボロー中将に大丈夫でしょうか、って聞いたら、『それがどうした』って言われて何も言い返せなかった…流石というかなんというか…。

 「地上じゃ俺達(艦隊)の出番は無いよ。なる様になれ、さ。ユリアン君」
「そんなものでしょうか」
「そんなもんさ、なあコーネフ」
「ん?ああ。言っておくがホテルで待機なんだからな、ポプラン。俺達に出番はないんだから大人しくしておけよ」
「ホテルから出なければいいんだろ?判ってるって。やり様はいくらでもあるってもんさ」
「ユリアン君、戦闘艇(スパルタニアン)乗りになったとしても、ポプランを見習うんじゃないぞ」
「は、はい…」

ラップ参謀長が待機と言い切ってくれた事が皆を安心させた様だった。エリカさんがお部屋用意出来ましたと告げると皆はしゃいで部屋割りに取りかかっていた。大人達が、特に軍人としての普段を知っている大人達がはしゃいでいる姿って、中々お目にかかれる光景じゃない。まるで林間学校か修学旅行だ。こんな時にはしゃいでいるなんて少し不謹慎かも知れないけど、皆を見ているとたまにはいいのかな、なんて思ってしまう自分がいる。
「こんな高級ホテルにタダで泊まれるなんて、そうそうある事じゃないからな。デモ隊に感謝しないとな」
「そ、そうですね」
「何だユリアン、ノリが悪いぞ」
「アッテンボロー提督、楽しそうですね」
「そりゃそうさ。俺は提督様だからな、相部屋じゃなくて一人部屋なんだ。スーペリアのシングルルームなんて泊まった事ないからな、テンション上がるってもんさ。そういえば、お前さんはどうなんだ」
「僕はどこでもいいですよ。ヤン提督もいらっしゃらないですし」
「どこでもいいなんて言ってたらお前…ムライのとっつぁんと同じ部屋にされるかも知れないぞ?」
「そ、それは困ります…ちょっと聞いて来ます!」
ムライ中佐かあ、嫌いじゃないけど中佐と二人きりなんて少し息が詰まりそう…確か部屋割りはローザス少佐とエリカさんが決めていたっけ。二人は…。

 「ユリアン君、貴方はフレデリカと一緒よ」
「ぐ、グリーンヒル大尉とですか!?こ、困りますよエリカさん!!」
「何で?…フレデリカ、ユリアン君が嫌だって言ってるよ…あれ、何処に行ったのかしら」
エリカさんは大尉を探しに行ってしまった…グリーンヒル大尉と一緒だなんてそんな…もし何かあったら、いや、何もある事はない訳で…。
「どうしたのよ、ミンツ兵曹」
「ろ、ローザス少佐…部屋割を変えて貰う事は出来ませんか?」
「グリーンヒル大尉とじゃ嫌なの?」
「いえ、そういう訳では…」
「…立派な思春期の男の子ねえ。ヤン提督に申し訳ないって事かしら?」
「いや…はい!そうです!」
何を言っているんだ僕は…思春期?…少佐、僕はそんな事…。
「何を想像したのかは聞かないけどね、ミンツ兵曹。多分グリーンヒル大尉は部屋に戻らないわよ」
「そ、そうなんですか?」
「うん。私達この後バーで飲むから。多分その後もエリカの所で飲むだろうし。貴方の部屋にはおそらくキャゼルヌ少将の所のお嬢さん達が遊びに来る筈よ。ちゃんと相手してあげてね」
「シャルロット達ですか…はい!きちんと面倒みます!」
そ、そうか…シャルロット達か…よ、よかった…。
「他に質問はあるかしら?」
「ヤン提督や副司令長官からの連絡はどなたが…」
「この時間帯はムライ中佐とパトリチェフ少佐が担当よ。二四〇〇時からはフィッシャー少将とラオ准将が担当ね」
「そうでしたか…なら大丈夫ですね」
「もしかして、羽目外し過ぎだとでも思ってたのかしら?」
「いえ、そんな事は…」
「顔に書いてあるわよ。大丈夫、副司令長官からのお許しはちゃんと貰ってるから。じゃなきゃエリカだって協力しないわよ…実はね、アッテンボロー提督もラップ参謀長もちゃんとご存知なの。だから安心しなさい」
「はい!ありがとうございます」
ローザス少佐がこっそり教えてくれた。副司令長官の予想では、デモがそれほど過激な物になる事はないし、ハイネセンポリス以外に波及する可能性は低いから此処に居た方が安全らしい。それより今年の新年は二度と来ないのだから、新年パーティを楽しむ事の方が重要だ、皆で楽しんで英気を養う様に…と仰っていたそうだ。
「す、凄いですね…」
「そう言われちゃったらねえ、楽しむしかないじゃない?駆り出された憲兵隊の人達には悪いけど。そもそも副官のフレデリカや私が置いてけぼりにされているのも変な話なんだけどね」
そう笑って僕の肩を叩くと、ローザス少佐はパーティ会場を出て行った。駆り出された人達には悪いけど、か…。

 シャルロット達の『夕食ごっこ』に付き合って、二人をお風呂に入れて寝かしつけると、手持ち無沙汰になってしまった。TVを点けると、デモ隊を報道するニュースをやっていた。

”デモ隊に参加していた市民が駅に集まっています。今日は特に冷えますから、電車が動くうちに、という事なのでしょう。少し話を聞いてみますね……デモからご帰宅の途中ですか?“
”はい、マジ寒いんで、電車動く内に帰ろうかなと“
”デモはどうでしたか?“
”いやー、友達と遊んでてやる事なくなったんで参加したんですけど、楽しかったっす“
”どの様な点が?“
”フードとか被っててパッと見近寄り難いけど、地球教の人達優しかったっすよ。デモとか何やってんのって思ったけど、なんか一体感つーか何つーか…“
”地球教は危険ではない、と?”
“そうっすねー、あんだけ人集まってて騒ぎ起こさないって、普通有り得ないでしょ。行列の中でちょこちょこ騒ぐ人は居たけど、なんか居なくなってたし”
“地球教の主張についてどう思います?”
“いや、有りなんじゃないすか?大昔は知らんけど、今の地球迷惑かけてないでしょ、戦争ふっかけて来てんのは帝国で地球じゃないし”
“なるほど、ありがとうございました…他のデモ参加者の様子も見ていましたが、軍憲兵隊まで出動させた政府の予想に反してそれほど混乱は見受けられませんでした。中継はタジフ・アリでした、スタジオどうぞ”

 ヤン提督は仰っていた。副司令長官は地球教の事を危険視していると…実際はどうなのだろう。
「なんだユリアン、一人なのか」
「アッテンボロー提督…ええ、シャルロット達も寝てしまったし、こんな状況じゃ一人だと手持ち無沙汰で。提督こそお一人で何を?」
「いやな、部屋が豪華なのはありがたいんだが、豪華過ぎて落ち着かないんだ。ベッドも柔らか過ぎるし…身体が軍人になっちまってるんだって、思い知らされたよ」
「なるほど、判る気がします」
「だからさ、寝酒ついでに此処のバーを覗いてみようと思ってさ。付き合ってくれるか?」
「ええ、お供します」
ダスティ・アッテンボロー中将。ヤン提督とは違う意味でとても軍人には見えない、同盟軍最年少の中将だ。本人は軍人らしくも中将らしくも見えないという事については全く気にしていないらしい。
『元々ジャーナリスト希望だったんだ。軍人らしく、なんて願い下げだね。親父と祖父(じい)さんの約束のせいで軍に入っただけだからさ』
と、以前仰っていた事を覚えている。ヤン提督とアッテンボロー提督…お二人共元々軍人志望じゃないから、ウマが合うのかもしれない。

 バーに入ると、エリカさん、ローザス少佐、グリーンヒル大尉、そしてポプラン少佐とコーネフ少佐がボックスシートでひとかたまりになって飲んでいた。
「いけませんな提督、いたいけな少年をこんな所に誘うなんて」
「ユリアンに飲ませる為に来たんじゃないぞ。少し付き合って貰うだけだ。貴官こそパートナーの居る女性に手を出すと、後から酷い目に合うぞ、ポプラン少佐」
「知人や直の上官の女に手を出すほど間抜けじゃありませんよ。たまたまご一緒させてもらっているだけです。なあコーネフ」
「撃墜の機会を見逃す手はないって言っていたのは誰だったかな」
「それは空戦の話だろう…お邪魔しました、ども」
そう言ってポプラン少佐とコーネフ少佐は席を立つと、奥で飲んでいるシェイクリさんとヒューズさんの所に行ってしまった。あの人達、司令部じゃないのにどうやって今日のパーティのメンバーに入ったんだろう…あの人達らしいと言えばらしいけど…。
「提督、ユリアン君、どうぞ」
エリカさんが空いた席をぽんぽんと叩いている。
「女子会のお邪魔にならないか?」
「全然です。提督とも飲んでみたかったんですよね」
ローザス少佐はそう言うと、新しいグラスにウイスキーを注ぎ出した。僕のグラスには少しだけ…結構酔ってるみたいだ。グリーンヒル大尉は既にうとうとしている。どれだけ飲んだんだろう…。
「そ、そうか…ああ、ユリアン、無理しなくていいからな…乾杯」
恐る恐る、一気に飲んだ…何だこりゃ、喉が…。
「じ、ジンジャーエール貰ってきます…」

 シートに戻ると、エリカさんとグリーンヒル大尉が席を立とうとしていた。
「フレデリカもつぶれかけてるし、私達は先においとまするわね。では」
「後で行くね」
そう言ってお二人を見送るローザス少佐は、まだ全然飲み足りない様だ…お二人の姿が消えると、アッテンボロー提督は改めて乾杯、と言うと、デモについて話し始めた。
「今回のデモ、ウィンチェスターは何か言っていたかい?」
少佐は副司令長官を呼び捨てにする提督を一瞬咎める様な目で見つめた後、口を開いた。
「閣下は詳しくは仰いませんでしたが、『こんな手で来たか』と真剣な顔をなさっておいででした」
「こんな手?どういう意味だ?」
「さあ…地球教団のやり口についてだとは思うのですが。地球教団のバックはフェザーンだと閣下は推測なさっていましたから、何か思う所があるのかも知れません」
「フェザーンだって?宗教団体と拝金主義者は対極に居そうな気がするんだが…どう思う?ユリアン」
「僕ですか?ええと、そうですね…ずいぶん前になりますが、副司令長官は『同盟人はフェザーン人の事を拝金主義者と悪く言うけど、彼等をよく知らないのに悪口を言っちゃいけないって。俺達だってアーレ・ハイネセンや帝国のルドルフを歴史の授業で学んだ以上の事は知らないのだから、一方から見える顔が全てと思っちゃいけない』って仰ってました。今思うとこの事だったのかなと」
「へえ…でもユリアン君にそんな事を言っていた位なんですから、閣下はかなり前からフェザーンなり地球教団なりを危険視していたって事になりますよね…何故もっと早くその事を上層部に伝えなかったのでしょう?」
少佐の言う事は尤もだ。何故副司令長官はご自分の考えを訴えなかったのだろう?
「さあな…地球教団の活動が活発化したのはつい最近の事だ。フェザーンはともかく、地球教団の危険性を伝えても信じて貰えないと思っていたのかもな。あいつ肝心な事を隠すクセがあるからな」
「そうかも知れませんね…もしかしたら閣下は同盟軍の中にも地球教団の協力者が存在する可能性がある、とお考えなのかも知れません、だからご自分のお考えを言わなかった」
「おいおい、敵は身内に、ってか?」
お二人の話す事はお酒の席で語るにしてはかなり深刻な内容だ。お二人の考えが当たっていれば、同盟軍は、いや同盟は、内側に敵を抱えている事になる。

 「あのう、僕はこのまま此処に居てもよろしいんでしょうか」
「何故だ?」
「いえ、内容が内容ですので…」
僕がそう言うと、お二人は示し合わせたかの様に笑い出した。
「おいおい…ユリアン、お前さんはもうマフィアの一員なんだぜ?今更何を言ってるんだ?」
「ま、マフィアですか?」
「軍内部で俺達がなんて言われているか知ってるか?」
「い、いえ」
「そのままなんだけどさ、『ウィンチェスターのマフィア』だよ。グリーンヒル本部長やビュコック長官はともかく、ヤン先輩、ラップ先輩、ワイドボーン先輩、そして俺も…軍の中で最近目立って出世しているのはウィンチェスターが高等参事官だった頃のスタッフだった俺達、そして奴と関わりのある軍人達だ」
「そうなんですか?」
「マフィアなんて吹聴してまわっているのはマイクだけどな。あいつは士官学校の頃からそう言っていた。そしてヤン先輩…オットーなんて、エル・ファシルの頃からの仲だからな…」
マイクというのはダグラス少将、オットーはバルクマン少将の事だ。少し羨ましいな…友達、親友として、そして軍人として信頼し合える仲間というのは…。
「どうした?」
「いや、一員として認められてるなんて光栄だなと思いまして」
「そうだな、いずれお前さんも、ヤン提督、ウィンチェスター副司令長官の薫陶よろしきを得て…なんてマスコミに囃し立てられる日が来るかもしれないぞ」
『そ、そんな』
「アハハ、有り得ますね」
「し、少佐まで…」
「ユリアン君、私もね、閣下の副官を拝命した直後は色々言われたのよ。『アッシュビーの再来とローザス提督の孫娘がタッグを組んだ!七百三十年マフィア再び!』なんてね」

 そうか、少佐はローザス提督のお孫さんだものな…。改めて考えると、凄い人達に囲まれているな…。
「少佐から見た副司令長官はどの様なお方ですか?」
少佐は空いたワイングラスにシャンパンを波々(!)に注ぐと、それを一気に飲み干して天井を見上げた。
「そうねえ…何考えているかよく分からない、人かなあ」
「よく分からない、ですか」
「そうなのよ。私と三つしか変わらないのに大将で宇宙艦隊の副司令長官でしょ?緑茶を美味しそうに飲みながらショーユセンベイなんて珍しい物パクつきながら本読んでて…たまに原作がどうのこうのとよく分からない独り言ブツブツ言ってるし…」
「は、はあ」
「おまけに好きなお酒はイモジョーチューとかこれまたよく分からないお酒だし…臭くて私飲めないのよ…たまに買いに行かされるんだけど、中々リカーショップにも置いてないものだから、到頭どこかのお酒のメーカーに頼んでわざわざ作らせてるらしいのよ…まあエリカが甘やかしちゃうからなんだけど…そうよ、エリカの旦那って事は超セレブでしょ?浮気の一つくらいしてそうなのに愛妻家でしょ、その上宇宙艦隊のナンバーツーなのよ?そして思いつくのは軍事常識があるんだがないんだかよく分からない作戦でしょ?しかも成功させちゃうでしょ?もうホントよく分からないのよ」
褒めてるんだか貶してるんだか、よく分からないけど、アッテンボロー提督も深く頷いてる…って事は周りから見てもよく分からないんだろうなあ…。
「そうなんだよ、『敵の心胆を寒からしめる』なんて言って、要塞一つ吹き飛ばしちゃうんだぞ。結果を聞いた時は開いた口がふさがらなかったぜ…少佐もよく副官やってられるな」
「そうなんですよ。まあ今はエリカの代わりに見張ってる、って思ってやってますけどね」
「そうだな、自分の嫁さんの友達が副官じゃ、あいつも浮気なんて出来ないだろうしな」
「ちょっと、提督?」
「痛ッ、済まん済まん…」
酔っているとはいえ、中将の階級にある人が少佐に叩かれている…なんて光景はちょっと他じゃお目にかかれないだろうな…よく分からない人か…前にヤン提督も副司令長官の事を褒めていらっしゃったし、よく分からないと感じてしまうほど凄いって事なのかもなあ…って少し頭が痛い。もしかして酔っ払っちゃったのかな、先においとまさせてもらおう…。

 「…お兄ちゃん、ユリアンお兄ちゃん」
ん…あれ、シャルロット…ああ、そうか、一緒だったんだっけ……もう朝なのか。部屋に戻っても結局眠れなかったんだ。地球教団のデモについて語っていた、アッテンボロー提督とローザス少佐の会話が頭から離れなかったからだ。二人に顔を洗わせた後、僕も顔を洗う。目が覚めてきた…宗教に接した事がないから分からないけれど、宗教団体というものはデモなんていう政治的な活動を行うものなのだろうか。ヤン提督ならどう仰るだろう…歯を磨いていると、ドアをノックする音が聞こえた。姉妹のどちらが開けたのだろう、入口の方を見ると、キャゼルヌ少将が立っていた。
「おはよう。朝食はバイキング形式とルームサービス、どちらでもいいそうだ。どうだ、一緒に食わんか」
「はい!」
少将はルームサービスを希望していたけど、夫人の『高級ホテルの朝食バイキングを楽しめる機会を捨てるなんて勿体ない』との主張が通って、みんなでレストランに降りる事になった。
「ウィンチェスター夫人も太っ腹だな。パーティ、宿泊、酒に豪華な朝食バイキング…全員分で幾ら位か想像はつくが…軍から経費として到底認められる額じゃないぞ」
「なんですか貴方…経費がどうとか朝から夢のない話は止めて下さいな」
夫人の言葉に憮然とする少将を見て、思わず笑ってしまった。

 キャゼルヌ夫人が希望するだけあって、朝食バイキングは豪華なものだった。おそらく夫人はこのホテルのバイキングの事を調べていたのかもしれない…。
「朝からそんなによく食えるな」
「折角だから元は取らないと…あら、タダでしたわね、失礼」
「…どちらが夢のない話をしてるんだか」
キャゼルヌ少将ご一家との食事…普段はヤン提督も一緒だから、僕と少将ご一家だけ、というのはすごく新鮮な気持ちだ。
「昨日は子守りを頼んでしまって済まなかったな。女房が新婚旅行を思い出すわね、なんて言うもんでな」
「いえ、すぐ寝てくれましたし、お礼を言われる程の事でもないですよ」
「そうか。ならよかった」
家族で迎える朝食っていうのはこんな感じなんだろうな…ヤン提督とは家族、なのかな。僕はあくまでも被保護者であって家族ではない、のかな…。
「どうした、ユリアン」
「いえ、家族で朝食ってこんな感じなんだなって思いまして」
「お前にはヤンがいるだろう」
「いえ、提督は提督以外の何者でもないと言いますか…」
「家族じゃない、と?」
「そんな事はありません!」
「お父さんって呼んでみたらどうだ?お前さんは養子だし、そう呼ぶ資格は充分にある。意外にヤンの奴も喜ぶかも知れん」

 馬鹿みたいな事言ってないで…と言い残すと、夫人はシャルロット達を連れて朝風呂に向った。エリカさんの実家でもあるこのホテルは、天然の温泉がある事も人気の秘訣になっている。
「女房達も風呂に行った事だし…済まんがコーヒーを貰ってきてくれるか」

 給仕の女性にコーヒーを二つ淹れてもらって席に戻ると、少将は先程までとうって変わった真剣な眼差しで切り出した。
「ミンツ二等兵曹か。前線に出てみて、どうだ?フォルゲンでは艦隊戦も有ったろう?」
「はい!凄く貴重な体験でした。ヤン提督からも戦術の手ほどきをしていただきました」
「そうか。ヤンはどうだった?」
「きちんと指揮をしておられました。少し慎重になりすぎた、とこぼしておいででしたけど…」
フォルゲンでの戦いは僕にとっても初陣だったけど、ヤン提督にとっても軍司令官としての初陣でもあった。それは少将もご存知の筈だ…何なのだろう、少し嫌な感じがする。
「そうか。副司令長官…ウィンチェスターとの関係はどうだ?細かい事は分からんでいい、お前さんの印象を聞きたい」
「…こういう言い方が正しいかは分かりませんが、良好だと思います。副司令長官がハーンに向かわれる前にもわざわざ通信が有りましたし…ハイネセンに戻ってからは今回のデモの一件に拘らず、普段の勤務でもお二人がご一緒する機会は多いですよ」
「ヤンはウィンチェスターについて何か言っているか?最近でなくともいい、何かお前さんの印象に残る様な事はなかったか?」
「いえ、特には…ああ、副司令長官の戦い方、というか戦術というか…」
「何と言っていた?」
「彼は我々には見えない物を見て戦っているんだ…と、とても感慨深げに仰ってました。それが何なのかは軍機に関わる事だから、と教えては貰えませんでしたけど」
「…ヤンはそれについて肯定的だったか?」
「ええ…何かあったんですか?」
少将には僕が少し怒っている様に見えたのかも知れない、今までの真剣な眼差しが嘘だったかの様に笑い出した。
「いや、何もないさ。聞いてみただけだ。俺の肩書きの高等参事官というのは、何でも屋みたいなものでな、色んな事を色んな人に聞いて回らなきゃいかんのさ…朝から不快な気にさせて済まなかったな…さあ、俺達も風呂に行こうか」
レストランを出て、少将と露天の温泉に行った。人気の秘訣と言うにふさわしい壮大な景色を楽しむ事が出来た。立派なサウナもあって、充分に身体を整える事も出来た。だけど、温泉に移動する間も、入っている時も、少将は無言だった。話しかけても返事はまるで上の空だった。聞いてみただけ…僕が変に思うくらいだ、きっと提督や副司令長官の身に関わる何かを調べているんだ。まさかキャゼルヌ少将がそんな事をするなんて…何かしらの命令でもあったんだろうか。そしてそれは一体何なのだろう、僕に何か出来る事はないだろうか、提督や副司令長官のお役に立てる事はないだろうか…。

 午後になってヤン提督と副司令長官がホテルに戻ってきた。無事な様子でほっとした。お二人の周りに一斉に人だかりが出来る。アッテンボロー提督、ラップ参謀長夫妻、ローザス少佐、そしてキャゼルヌ少将…。
「皆さんもニュース等でご覧になったでしょうが、地球教団のデモ隊は深夜半には解散しました。乱痴気騒ぎやデモに乗じた強盗など、それなりには発生しましたが、概ね平穏に終了しました。新年休暇はそれぞれ示された期間、通常通り続行です。皆さん、私達夫婦からの新年プレゼントは楽しんでもらえましたか?」
副司令長官からの説明と問いにオウ、と手を挙げて答えるポプラン少佐が、ムライ中佐に睨まれている。どこかで見た事がある様な気がするのは何故だろう…?
「それは良かった。それでは皆さんお疲れ様でした。ハイネセンポリスまでの送迎バスもありますので、乗りたい方はフロントに申し出て下さい」
言っている内容はまるでツアーの添乗員の様だけど、よく見ると副司令長官の顔に無精ひげが浮いている。ヤン提督も同じだった。多分徹夜だったのだろうと思うとすごく申し訳ない…。

 「やあユリアン、ただいま」
「おかえりなさい提督!大丈夫でしたか?」
「ハハ、私達が直接デモ隊と対峙していた訳じゃないさ。統合作戦本部にカンヅメだったのには参ったけどね。ポプラン少佐じゃないが、満喫出来たかい?」
「ええ、まあ…」
「何かあったのかい」
「いえ、何も…いえ、後でお話しします」
怪訝な顔をする提督に、重そうな足取りのグリーンヒル大尉が駆け寄って行く。昨日のお酒が抜けてないみたいだ…。
「おかえりなさい、提督」
「その様子だと、エリカさん達と遅くまでやってたみたいだね。楽しめた様で結構結構」
「申し訳ありません…」
「ハハ、いいんだよ。でも…私も温泉入りたかったなあ」
その時、泊まって行きますか?という声が聞こえた。ウィンチェスター副司令長官だった。
「エリカも構わないって言ってますし、どうです?」 
「迷惑じゃないのかい?」
「全然。その代わりといっては何ですが…」
「何だい?」
「ミラクル・ヤンのレビューが欲しいそうです。あと写真も」
「何だ、そんな事か。一飯一宿の恩義だ、お安い御用さ」
「ありがとうございます。ほらユリアン君も一緒に……おーい、エリカ」
元気な声と共にエリカさんがカメラを手に走って来る…大尉より沢山飲んでいた筈だなのに、何でこんなに元気なんだろう?本当にお酒に強い弱いってあるんだな……ってそうだ、キャゼルヌ少将との会話の事を提督に話さないと…。