調子が良かったのに「不合格」の衝撃
それでも、騙し騙し就職活動を続けた。
とあるIT企業の障害者枠を受けて落ちた後、就労継続支援A型事業所(一般企業での就職が難しい障害者が、雇用契約を結んで働くことができる福祉サービスを提供する事業所。その多くが最低賃金)での就労を目指すことにした。A型事業所も倍率が高く、1週間の実習を行なって合否を判断するところが多いとのことだった。
ある事業所の実習が始まる直前、銭湯で温冷交代浴をしてみたところ急に早寝早起きができるようになったおかげで、奇跡的に毎朝遅刻せずに通って各軽作業をそつなくこなすことに成功した。にもかかわらず、結果は不合格だった。理由は「コミュニケーション能力の低さと作業スピードの遅さ」とのことだった。
受かるのではないかと期待していたぶんショックが大きく、泣きながら帰っていたら、うっかり赤信号を渡ってしまい、通りすがりの男子小学生グループに「え? 信号無視じゃん! 赤だよ馬鹿!」と罵られ、余計に泣いた。
他に実習を受け入れてくれるA型事業所は探せばあったが、また同じように一日4時間×5日間の実習という名の無賃労働をさせられるだけになるのではないかと思うと、気が進まなかった。
月数万円の原稿料が救いだった
同時に、なぜか2度目の温冷交代浴がまるで効かず、すぐに元通りの生活になったこともあり、障害年金を申請した。数カ月後に不支給通知が届いた時、もう生きていけないと思った。
働けないから障害年金を申請したのに、支給するほどではないと判断されている。
じゃあ死ねってこと?
この間まったく働いていなかったかというと、そうではない。大学時代からネット上でエッセイの執筆を始め、本格的にプロを目指していたわけではないものの、ちょうど大学を卒業したタイミングで商業媒体からも依頼が来るようになり、月に数万円程度の原稿料を得ていた。
そこから現在まで、細々とではあるものの、ありがたいことに仕事依頼が途切れたことはない。一応いわゆる専業作家ということになるため、「すごいですね」とよく言われる。出版不況の昨今においては多くの作家が兼業であり、その中でもエッセイのような市場規模の小さいジャンルであればなおさらである。専業になるのはよほどの売れっ子であり、かつ不安定な人気商売一本に絞るだけの熱意や覚悟がある、という認識なのだろう。