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元阪神・田上健一氏が愛媛で走塁革命! 独立のコーチ1年目で日本一&教え子を足でNPBへ送り出した手腕

土井麻由実フリーアナウンサー、フリーライター
グランドチャンピオンシップで日本一に輝き、教え子たちに胴上げされる田上健一コーチ(本人提供写真)

■指導者になるために培ってきたものを愛媛で発揮

 独立リーグの愛媛マンダリンパイレーツ四国アイランドリーグplus)は今季、4冠を達成した。ソフトバンク杯優勝、後期優勝、年間総合優勝、そして独立リーグの日本一決定戦であるグランドチャンピオンシップ優勝である。

 その中で光ったのが「足」だ。シーズン69試合でチーム盗塁数153は傑出している。昨年の64から倍以上に増大し、54盗塁というリーグ新記録を樹立した選手もいる。

 その走塁革命を起こしたのは、元阪神タイガース田上健一コーチだ。徹底的にデータを洗い出し、相手の癖を見抜き、選手の“野球脳”を鍛え上げた。

 2015年限りでタテジマを脱いだあと、オリックス・バファローズでスコアラーを2年、その後、データスタジアム社でアナリストとして3年務めたが、その間、星槎大学の通信教育を受けながら教育実習もこなして教員免許を取得している。

 さらに、野球YouTuberとして活躍しながら映像編集のスキルを磨きつつ、中学校の野球部で現場の指導にもあたり、一方で自身のプレーヤーとしての活動も続けていた。

 そんな折、愛媛から声がかかり、独立リーグとはいえ“プロ野球”のコーチに初挑戦することとなった。

 田上コーチには自信があった。「コーチとしての現場感と、データ分析を7年くらい詳しくやってきたアナリストの部分、この2つを掛け合わせたら勝つ確率は上がる」と。それを実践したのが今季だった。

 その指導には、全てにおいて根拠がある。自身の体験という曖昧な引き出しのみではなく、確固たるデータや理論が加味されているから説得力があり、選手の理解も深まる。そして、それが結果に結びつく。

 プロ野球団で初めてコーチとして過ごしたシーズンを振り返ってもらった。

グランドチャンピオンシップでの優勝カップを掲げる田上健一コーチ(本人提供写真)
グランドチャンピオンシップでの優勝カップを掲げる田上健一コーチ(本人提供写真)

■セイバー的指標による盗塁成功率80%以上を目指した

 最初は昨年の成績など“予備知識”は頭に入れず、固定観念なくフラットに選手を見て個々の能力を把握した。その上で、足が使えそうだと手応えを得た。

 現役時代、足のスペシャリストとして鳴らした田上コーチならではの走塁指導によって、チームの盗塁数は各段に増えた。だが、ただやみくもに走らせたわけではない。

 「アウトになってもいいと走るのではなく、僕は成功率をすごく求めていました」。

 田上コーチが設定したハードルは盗塁成功率80%以上。これはセイバー的な指標なのだという。

 「80%以下だと『損をする選手』という判定になってしまう。80%以上だと、盗塁をすればチームにとってプラスの選手という指標があるんです」。

 今季、チーム盗塁数が153で失敗は39。成功率.797で惜しくも目標を切ったが、チームトータルでのこの数字は非常に高い。

左端の田上健一コーチは日本一メンバーとともに(本人提供写真)
左端の田上健一コーチは日本一メンバーとともに(本人提供写真)

 リーグの最多盗塁を塗り替えた上野雄大選手は成功54、失敗9で成功率は.857三上愛介選手も.811(43と10)でともにクリアしている。上野選手は昨年、盗塁数が10で成功率が.667、三上選手にいたっては.750の成功率とはいえ3コしか記録していない。大きな飛躍だ。

 「最初にタイムを測ったとき、上野と三上は速かった。でも昨年の記録を見て驚きました。だからデータを出して、『このタイムだったら勝負できるよ。このタイミングでいけば、確実にセーフになれる』という話をして…。彼らは吸収も早かったですね。オープン戦で決まると自信をつけて、シーズンでもやってくれました」。

 これまで己の武器を知らなかった彼らを、目覚めさせたのだ。もちろん、ほかの選手の意識も高まった。

 「全員が全員、2人のようにというのは難しいですけど。とはいっても2人以外のほかの選手で合計56コ走っているので、それはもう十分よく走っているなと思いますね」。

 “愛媛の足”は、ほかの球団にとって脅威だっただろう。

リーグ最多盗塁を達成した上野雄大選手(右)と固く握手(本人提供写真)
リーグ最多盗塁を達成した上野雄大選手(右)と固く握手(本人提供写真)

■座学で“野球脳”を訓練

 走塁は、打撃の向上にも寄与したという。

 「盗塁が多くなれば、相手も警戒して牽制も増えるし、配球も変わってくる。変化球が投げづらくなりますよね。データを見ても、ランナーが一塁にいるときの球種の割合がすごく偏ってきた。(塁上が)足の速い選手だとなおさら。うちのバッターもそういう配球を読んで、頭脳の部分では打席でだいぶ余裕をもって立っていましたね」。

 気持ちの余裕が生まれることでまた、頭の中も整理できるのだ。

 考える習慣ができたのも、春季キャンプから考える力を造成してきたからこそである。「もともとみんな、バッティングの形はよかった」という中、まず春季キャンプ中の夜、座学を取り入れた。

 「頭で理解せずに練習や試合に入っていくよりも、ちゃんと理解してやるほうが圧倒的に成長スピードは早い。『こういうデータがあるから、こうなるんだよ』とか、『こういう配球になるから、打席ではこの球を待つべきだよね』とか」。

 野球脳を鍛えつつ、体の能力を上げていくようにした。

四国アイランドリーグplusのトライアウトにて、ストップウォッチで計測(撮影:筆者)
四国アイランドリーグplusのトライアウトにて、ストップウォッチで計測(撮影:筆者)

■ひとりひとりを大切に、対話を重視

 常に指導者になることを念頭において、取り組んできたこれまでの仕事。そこで身につけたスキルを余すところなく愛媛での指導で活かした。

 それはデータの読み取りや分析、相手の癖を見抜くことや動作解析、さらには映像編集の技術と多岐にわたるが、中でも教職課程で学んだ教育学が役に立った。

 田上コーチが指導する上で重視したのが「対話」だ。「誰ひとり欠けることのないように。とくに試合から外れている選手のケアというか、より話すようにはしていました」と振り返る。

 教育実習での生徒との向き合い方や、中学生のコーチをしている中での気づきなどから、「ひとりを大切にしなきゃいけないという心構えですね。そうすることで信頼関係ができる」ということを学び、それが今も根底にある。

 「いろんな選手たちがいましたけど、悩みを聞いたりする中でコミュニケーションをとったことで、チームも一丸になったなというのを感じました」。

 弓岡敬二郎監督との橋渡しも意識した。監督の意図を選手に説明したり、逆に選手から言いにくいことを伝えたり、間に入ってパイプの役目もした。年齢も間の田上コーチが介在することで、いいつなぎ役になった。

グランドチャンピオンシップでチャンピオンフラッグを手にした(本人提供写真)
グランドチャンピオンシップでチャンピオンフラッグを手にした(本人提供写真)

■映像編集はプロの腕前

 野球YouTuberとして会得した映像編集の技術ももちろん、チームの勝利に大きく貢献した。そもそも指導者をやるときにそのスキルが必要だと思い、映像制作会社に入ったのだと明かす。

 「ピッチャーの癖とかよくわかるよう、映像を自分でいかようにも操れるので、選手には必要な映像を素早く見せることができます」。

 次の試合に備えて相手投手の投球集や牽制集、比較映像など、まとめてわかりやすく編集する。試合後はその日のデータを整理して、新たな癖はないか、変わったところがないかと検証する。連戦となると、寝る間も惜しんで画面と格闘した。

 ここまでやっている独立チームは、ほかにあるだろうか。「選手たちも『あの映像のおかげで助かりました』って言ってくれるので、やってよかったって思うし、日本一という形でチームも勝てたので報われました」と田上コーチも充実感を漂わせる。

 「田上さんを胴上げしたい」という愛弟子たちの手で宙を舞ったことは、忘れられない思い出となった。

年間総合優勝のカップを手にする田上健一コーチ(本人提供写真)
年間総合優勝のカップを手にする田上健一コーチ(本人提供写真)

■悲喜こもごものNPBドラフト会議

 独立リーグのチームにとっての2大命題は、優勝と並んでドラフト会議で指名されてNPBに送り出すことだ。

 愛媛からは今年、三上選手が中日ドラゴンズに育成3位、島原大河選手が東北楽天ゴールデンイーグルスに育成5位でそれぞれ指名を受けた。とくに昨年は出場31試合で控えに甘んじていた三上選手は、田上コーチが「肩も強いし足もある。バッティングもそこそこ。これだったら十分に通用する」と見出した選手である。

 「最初、『このチームでNPBに行くなら、お前が一番手だぞ』って三上に言ったら、『僕ですか』ってビックリしていましたけどね(笑)。そりゃそうですよね。去年はあまり出ていなかったから」。

 独立3年目の今季は67試合に出場して走攻守でアピールし、念願かなった三上選手は「田上さんに出会えてなかったら、絶対にかかってないです」と感謝した。

中日ドラゴンズ・育成3位指名を受けた三上愛介選手(左)と田上健一コーチ(本人提供写真)
中日ドラゴンズ・育成3位指名を受けた三上愛介選手(左)と田上健一コーチ(本人提供写真)

 しかし喜ぶ一方で、田上コーチは悔しさも味わっていた。愛媛では調査書をもらったドラフト候補が5人いたのだ。

 ドラフト終了後、指名のなかった選手たちを食事に連れ出した田上コーチだが、「『好きなだけ食べていいぞ』って言っても、『喉を通らないです』って目を真っ赤にして憔悴しきっていました」と気持ちを慮り、「指名漏れした選手ほど大事にしてあげたい」と寄り添っていた。

 「僕自身も悔しいし、彼らの悔しさをできる限りプラスに変えてあげたい。ネガティブに捉えがちだけど、指名漏れがあったから今があるんだっていうような心の持ち方に変えてあげたいと思って…」。

 そんな思いで、時間をかけてケアした。

東北楽天ゴールデンイーグルス・育成5位指名を受けた島原大河選手と田上健一コーチ(本人提供写真)
東北楽天ゴールデンイーグルス・育成5位指名を受けた島原大河選手と田上健一コーチ(本人提供写真)

■愛媛マンダリンパイレーツの監督、弓岡敬二郎氏

 独立での指導者1年目を終えた田上コーチを、指導歴29年の弓岡監督も認めている。

 「試合が終わったらすぐ、選手に共有できるような資料を全部まとめてくれて…。今までも試合後のバスで次のピッチャーの映像とかは流していたけど、もっと違う感覚で、もっと細かくやってくれていたんですよ。彼はバスの中でも編集しているわけ、次の試合のピッチャーの映像とかね。俺は寝てるねん(笑)。

 盗塁の技術もそう。細かくやってくれたんで、最多の54盗塁する野手も出たりね。かなり上達して、僕らも助けになりましたね。やっぱり相手チームにとったら、ものすごく嫌やったと思うね」。

 それが日本一にもつながったと、目を細める。

 そして、田上コーチのさらなるステップアップを望んでいる。

 「これだけの成績を残したらね、やっぱりNPBでも放っておかんと思うけどね。いつでもNPBに行ってくれよって言うてるねん(笑)」。

 弓岡監督自身も2014年から16年まで愛媛の監督を務めたあと、17年に古巣・バファローズに指導者として返り咲いている(22年、愛媛に復帰)。過去にはトレーナーも愛媛からNPBに送り出したこともあるという。

 「選手もコーチもトレーナーも、みんな行ってほしいね」。

 弓岡監督のもと、愛媛で育んだ指導力をNPBで発揮する機会が訪れるよう、せつに願っていた。

愛媛マンダリンパイレーツ・弓岡敬二郎監督(撮影:筆者)
愛媛マンダリンパイレーツ・弓岡敬二郎監督(撮影:筆者)

■“1人3連覇”?

 「僕、個人的には3年連続で日本一なんですよ」。

 そう言って田上コーチは笑みを浮かべる。2年前は軟式野球チームで、昨年はプロの軟式クラブチームで、そして今年は愛媛で、だ。ただ違うのは、昨年まではプレーヤーの立場だったことだ(昨年は兼任コーチも)。

 「プレーヤーでしたけど、指導者になることを見据えて自分を“実験台”にしていたんです(笑)。もし高校野球の監督になったら、強豪チームでない限り自分ひとりで全部教えないといけない。だから全てのポジションの知識を持って、バイオメカニクスで勉強したものを自分で試してみて、これを選手に伝えるならどうしたらいいのかを考えながら」。

 自身の体を使いながら検証し、来たるべき日に備えていたのだという。

 「愛媛でも選手たちに『勝つノウハウはわかっているから、ちょっと実験させてもらう』って言っていたんですよ」。

 勝つためには得点すること、そのためには得点の確率を上げることだという理論のもと、データや映像を駆使しながら選手に指導してきた。場所は違えど3年連続優勝できたことで一定の確信も得たし、走塁指導に関しての自信も深まった。

 「来年どうなるかはわからないですけど、もし愛媛でやるにしても、ほとんどが新しい選手になるので、そこでまたチャレンジです。同じような結果を残せるかっていうところが大事になってきますね」。

 愛媛か、はたまたNPBの球団から声がかかるのか。

 どこでやるにせよ、今後また田上コーチがどのように選手の能力を引き出し、伸ばすのか、そして“1人4連覇”を達成するのか。大いに注目である。

愛媛マンダリンパイレーツ・田上健一コーチ(撮影:筆者)
愛媛マンダリンパイレーツ・田上健一コーチ(撮影:筆者)

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ありがとうございます。
フリーアナウンサー、フリーライター

CS放送「GAORA」「スカイA」の阪神タイガース野球中継番組「Tigersーai」で、ベンチリポーターとして携わったゲームは1000試合近く。2005年の阪神優勝時にはビールかけインタビューも!イベントやパーティーでのプロ野球選手、OBとのトークショーは数100本。サンケイスポーツで阪神タイガース関連のコラム「SMILE♡TIGERS」を連載中。かつては阪神タイガースの公式ホームページや公式携帯サイト、阪神電鉄の機関紙でも執筆。マイクでペンで、硬軟織り交ぜた熱い熱い情報を伝えています!!

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