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台湾有事で米軍の援軍はあり得るか? トランプ2.0とバイデン政権の対台湾武器提供の比較から

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
トランプ大統領写真:ロイター/アフロ

 11月28日のコラム<トランプ氏の習近平・高市両氏への電話目的は「対中ビジネス」 高市政権は未だバイデン政権の対中戦略の中>で、現在のトランプ大統領が台湾有事の際に米軍の援軍を出動させる可能性は低いことを考察したが、実際に台湾に対して支援あるいは売却している米軍兵器の状況を、トランプ2.0とバイデン政権で比較してみた。それによって、万一にも台湾有事が起きたときに米軍が台湾に援軍出動をするか否か、その可能性を考察する。

 もしこの場合でも援軍出動の可能性が低ければ、「存立危機事態」が成立しなくなる。

◆トランプ2.0とバイデン政権における最後の2年間との比較

 アメリカには1961年に制定されたPDA(Presidential Drawdown Authority、大統領在庫引き出し権限)があり、議会の承認なしに大統領の判断で特定の国・地域への物資の無料提供をしても良いことになっている。

 それまでその対象国・地域に台湾は入っていなかったが、2022年12月15日に米議会で可決され、12月23日に当時のバイデン大統領が署名して発行した「米国国防権限法2023(NDAA2023)」の中に、TERA(The Taiwan Enhanced Resilience Act=台湾強靭性促進法案)という条項があり、PDAは台湾をも対象とすることが決定された

 当然のことながら、この無償で提供する物資は台湾の場合「軍事支援」や「軍事備品」および「武器」が主たる対象となる。TERAでは、5年間で最大100億ドルの無償軍事支援などを行うと決定した。TERAは2023年から実施され始めたので、図表1では台湾向けPDA(=TERA)を含めた対台湾の軍事支援および武器売却に関する一覧表を2023年~2025年に限って列挙した。

 バイデン政権を青地で示し、トランプ2.0を赤地で示した。

 またバイデン政権時代に台湾向けPDA(=TERA)による無償支援や無償提供に関しては、赤文字で示した。無償軍事支援・提供は計3回あり、1回目の内容および2回目の内容に関しては具体的なデータがあるが、3回目の内容に関しては金額があるだけで詳細なデータは非公開になっている。

図表1:バイデン政権とトランプ2.0における対台湾武器支援&売却の比較

多くの公開情報に基づいて筆者作成
多くの公開情報に基づいて筆者作成

 図表1から明らかなようにバイデン政権における対台湾への支援および武器売却の頻度は、トランプ2.0になってからの頻度とは比較にならないほど多い。2023年は6回で、2024年は13回にも及ぶ。

 それに比べてトランプ2.0になってからの頻度はわずか2回。2025年もすでに12月に入ったので、基本的に今年1年間の業績と見ていいが、11月13日の売却は部品を主としたものであり、11月17日に発表したNASAMS関連装備は、あくまでも契約で、2031年に完成してから納品する。今から6年後。果たしてその頃には誰が政権を握っているかも定かではない。

 注目すべきはトランプ2.0になってからは、赤文字の台湾向けPDAが「皆無」だということである。

 なぜか―?

◆トランプ、台湾への4億ドルの軍事支援を禁止

 それはトランプが台湾への4億ドルの軍事支援を否決したからである。

 今年9月18日のワシントン・ポストは、<トランプ、台湾への4億ドルの軍事支援を禁止、将来の武器売却も延期>(有料)という見出しの報道をした。習近平との貿易協定や10月に韓国で開催されるAPEC首脳会議で米中首脳会談の可能性を調整中なので、習近平を不愉快にさせるようなことをしたくないというのが、トランプの基本的姿勢だとワシントン・ポストは述べている。従って「今夏の台湾への武器支援パッケージの承認を、内部会議で否決した」というのである。

 これは「台湾に対する米国の政策の大きな転換を示すものだ」として、おおむね以下のような報道をしている。

 ●トランプは、よりディール重視の外交政策を約束しており、対価なしの武器供与には賛同していない。この姿勢はウクライナ問題でも示されている。キエフへの安全保障支援を継続する代わりに、大統領は欧州諸国が米国製の武器を購入し、ウクライナ軍に供与するプログラムを推進している。

 ●トランプは、「大規模に繁栄した経済を持つ台湾は、欧州諸国同様、自国で兵器を購入すべきだ」と考えている。

 ●トランプ2.0になり、トランプは中国と台湾に対し、相反するメッセージを発信している。台北がアメリカの半導体産業を盗んでいると非難することまでしている。

 ●トランプ2.0では、米台防衛当局高官の会合を中止しただけでなく、8月に予定されていた頼清徳のニューヨークとダラスへの立ち寄りを思いとどまらせた。

 ●トランプは、自身の在任中、中国は台湾に侵攻しないとくり返し主張している。

 ●国防総省の発表によると、今月、中国の董軍国防部長と会談したヘグセス国防長官は、「米国は中国との紛争を望んでおらず、また、中華人民共和国の政権交代や締め付けを追求してもいないことを明確にした」と述べた。(ワシントン・ポストからの引用はここまで)

 したがって図表1の歴然たるデータからだけでなく、ワシントン・ポストのこの報道からも、トランプ2.0では台湾有事が起きても、米軍の援軍出動はないだろうことが考えられる。

 これ以外にも、前掲の11月28日のコラム<トランプ氏の習近平・高市両氏への電話目的は「対中ビジネス」 高市政権は未だバイデン政権の対中戦略の中>に書いたように、多くの「習近平が喜ばないことはやりたくない」という要因があって、トランプは台湾への無償軍事支援をやりたくない大きな理由があると思う。

 たとえば、2022年12月23日にNDAA2023の中で台湾向けPDA、TERAが発効すると、中国はそれに抗議して、同年12月25日に台湾を囲むような形で大規模軍事演習を展開している。演習期間ではなく、その規模においては、2022年8月ペロシ(元下院議長)が台湾訪問したときの軍事大演習の規模(詳細は2022年8月3日のコラム<ペロシ訪台、メンツ潰された習近平の報復は?>)を上回っていた。

 だから、トランプは「何としても台湾有事の要因になることはやりたくない」と思っているし、まして況(いわん)や、「米軍の援軍などはしたくない」と思っているにちがいない。

 日本にとっては、米軍が出動しないのなら「存立危機事態」にはなり得ないことになってしまう。

◆トランプが抱えるトランプ1.0でのF-16契約問題

 そうは言っても、トランプ2.0でトランプは全く台湾への武器売却に関与しないのかと言ったらそうではない。図表1に列挙したこと以外に、実はトランプにとって非常に頭の痛いことを抱えている。

 それはトランプ1.0だった時の2019年、実は台湾にロッキード・マーティン社のF-16 V(C/D Block70)戦闘機を66機売却する契約をしている。契約通りならば、「2025年に28機、2026年に38機」納品することになっているが、今年2025年はもう終わろうとしているのに、まだ1機も台湾に売却していない。

 そこで今年10月28日になって、台湾では<台湾は騙されたのか? F-16V購入のために2400億元(80億ドル)も支払ったのに納品は「ゼロ」>という嘆きや、10月29日には台湾の国防部に責任を問う情報などもあり、不満が溢れている。

 ちなみに、図表1にあるF-16は1992年から台湾に売却しているロッキード・マーティン社のF-16 A/B戦闘機で、古い戦闘機だ。台湾は、2019年の契約が履行されれば古い型番のF-16も含めて合計200機のF-16シリーズを持つことになり、アジアで最大のF-16機隊が出来上がると喜んでいたのに、何ということだと、トランプ2.0に対する懐疑的な感情も動いている。

 それにしても、なぜトランプ1.0でトランプはF-16Vを66機も売却する契約を結んだのだろうか?

 ロッキード・マーティンと聞くと、どうしても反射的にロッキード事件などのフレーズが連想されて、ふと、誰がどういう経緯でF-16Vの製造売却を考えたのかが気になって調べてみた。

 すると、William R. Timmons(ウィリアム・ティモンズ)というサウス・カロライナ州の共和党下院議員の名前にぶつかった。ティモンズは2019年8月6日に、トランプ宛に「F-16Vブロック70戦闘機の台湾への販売承認」に関する感謝状を送っている(手紙を公表したのは8月16日)。

 その内容があまりに「こんなに金儲けができて、こんなに雇用者が増える」といったことばかりを強調しているので、さらに気になって調べを進めてみた。何が気になったかと言うと、要するに「このティモンズという議員とロッキード・マーティン社との間に、何か金銭的なつながりはないのか」という疑念である。

 そこでさまざま調べたところ、やはり見つかった。いわゆる「第六感」だった。

 ヒントは、ロッキード・マーティンのグリーンビル工場が彼の選挙区だったことだ。図表2をご覧いただきたい。データはロッキード・マーティン歴年の政治献金リストに基づいた。

図表2:台湾向けF-16製造を推薦した下院議員とロッキード社との金銭的関係

ロッキード・マーティン歴年の政治献金リストに基づいて筆者作成
ロッキード・マーティン歴年の政治献金リストに基づいて筆者作成

 図表2に列挙した名前は前掲のトランプへの感謝状の一番下にサインしている人々の名前と一致していた。彼らは皆、ロッキード・マーティン社から献金を受けていたのである。武器製造が、いかに戦争ビジネスのために推進されているかが明らかになる事実を見せつけられた思いだ。そしてトランプ1.0であったとは言え、あのトランプがなぜティモンズの要望を受け入れたのかが、少しだけ見えてきた。

◆なぜF-16Vは未だ1機も台湾に渡されていないのか?

 実は今年3月29日に<最初の台湾向けF-16V戦闘機が工場を出て、引き渡し式が行われた>ことが「密かに」というムードを醸しながら報道された。式場のサウス・カロライナ州グリーンビルのロッキード・マーティン工場にはティモンズ等下院議員たちだけでなく、台湾の国防副部長や台湾の駐米代表なども出席している。

 そんなことが許されたのは、おそらくこのプロジェクトにトランプ1.0のときのトランプ自身が関わっていたので台湾の国防副部長の訪米を認めるしかなかったのと、何よりも日時が、相互関税政策を発表した4月2日の前だったということであることに注目すべきだろう。

 トランプが「習近平の機嫌を損ねてはまずい」とひどく気を遣うようになったのは、相互関税の問題が発生してからだ。もっと正確には中国が激しい対抗関税を発表してからだと言っていい。

 ではなぜいつまでも台湾に到着しないのか?

 そこが問題である。

 テスト飛行やパイロット訓練などをして問題がなければ台湾に納品しなければならないはずだが、それが長引いている。「2025年に28機」納品しなかったら、それは契約違反で台湾は抗議しなければならない。

 しかしもし納品されれば、今度は習近平が激しく抗議してトランプとの仲が一瞬で壊れてしまう

 それは高市総理にとっては、この上なく嬉しい吉報となるかもしれない。

 そのことが戦争に突き進むためのアクセルになるのか、あるいはブレーキになるのか?

 今年、残すところ、あと1ヵ月。

 こんなことが、実は台湾を出汁(だし)にした米中間の駆け引きの中で重要な分岐点として動いていることに、日本は目を向けた方がいいだろうと思う次第だ。

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ありがとうございます。
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『米中新産業WAR トランプは習近平に勝てるのか?』『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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