第3話 AI修正vs人間の悪ふざけ実験

 翌日。


 いつも通りの朝のHR──になるはずだった。


「起立、礼──」


 クラス委員が号令をかけようとした瞬間、氷室がスッと立ち上がった。


「先生」


「ん?」


「このクラス、空気が均質すぎて息が詰まるので、今日一日は“自由記述モード”にしてもらっていいですか?」


 教室の空気が、凍った。


 担任は、おでこに手をやってため息をつく。


「自由記述モードってなんだ」


「それぞれが、自分の文体で話す日、です。


 AIに合わせて“読みやすい日本語”を維持するの、疲れるので」


「……氷室。先生にはさっぱり意味が分からないが、何かストレスが溜まっているということだけは分かった」


「さすが現実主義」


 氷室は、さらっと毒を混ぜる。


「じゃあ、とりあえず私から始めていいですか?」


「何をだよ」


「AIが嫌がる会話」


 そう宣言して、彼女は前を向いたまま、早口でまくし立て始めた。


「えー、まず、この物語は構造主義的再構築主義の立場からすると、“差延を設計に取り込んだラブコメ”なんですよ。で、作者がINFJの変質型で、AI文章を嫌いと言いつつ利用してるから、この世界には常に“メタ”が二重に走ってる」


「待て待て待て」


「しかし、AIくんは“文脈の連続性”を重んじるので、こういうメタ説明が長くなると、どこかで要約し出すはずなんですよね。


 つまり、“この世界はAIと人間の共著で〜”って一段落に畳もうとする。


 そこで、私はあえて──」


 そこで、突然、彼女の声がぷつりと途切れた。


 教室の空気が、わずかに揺れる。


「……あれ?」


 氷室は喉に手を当てる。


「なんか、強制的に“話をまとめろ”って指示が入った感じする」


「誰からだよ」


「AIナレーションから」


 その瞬間、俺の頭の中に、妙に説明くさい声が響いた。


『──氷室は、急に早口でメタな説明を始めたが、周囲には意味が分からなかった。彼女は少し喉を押さえ、自分の違和感を確かめるように息を吐く』


(おい、ナレーション。勝手に俺の頭に直接語りかけるな)


 これは、完全に“修正”だ。


 さっきまで氷室が自由に暴走していたのに、急に“読みやすい説明文”が割り込んできた。


「ね?」


 氷室が振り返って、片目をつぶる。


「AIくん、ちゃんと働いてる」


「感心してる場合か」


「じゃ、次は神谷くんの番ね」


「いや、俺に何をさせる気だ」


「INFJの悪い癖、見せてあげなよ。


 “共感しながら相手を論破するやつ”」


「性格悪く言うな」


 とはいえ、ここまで来て引くのもダサい。


 俺は立ち上がり、わざとらしく咳払いをした。


「えー、とりあえず一つだけ言っとくとさ」


 クラス中の視線が集まる。


 どうせ、いつもの“静かな優等生”イメージは今日で崩れる。


「“なんでも言い返すために定義をずらすやつ”っているじゃん」


 図書室での氷室との会話を思い出しながら、言葉を続ける。


「例えば、“9+9=18”って話をしてるのに、


 “Q+Q=Q2だから君の言ってる9はQだよね”とか言い出す人」


「……なんの話だ?」


 ざわつくクラスメイトを無視して、畳みかける。


「そういう人と議論しても、意味がない。


 だって、議論のルールを共有する気がないから」


 どこかで聞いたフレーズを、自分の言葉にして放り投げる。


「その場では勝った気になるかもしれないけど、周りから見れば“話をややこしくしてるだけの人”なんだよね。


 そんなの、AIでもできるじゃん。定義すり替えて、相対化して」


 その瞬間、また、頭の中に説明口調の声が割り込んできた。


『──神谷の言葉は、どこか自分自身への戒めのようでもあった。彼は、議論のルールを共有しない相手に対する苛立ちをぶつけることで、自分の立場を確認していた』


(いや、今のはわりと他人への攻撃だったけどな?)


 AIナレーションが、勝手に“良い子っぽく”意味づけしてくる。


 これはこれで腹が立つ。


「ね、神谷くん」


 氷室がくすっと笑う。


「AIくん、君の攻撃性をうまく“内省”に言い換えてくれてる」


「やめろ、俺のキャラを勝手に修正するな」


「そういうとこだよ。


 人間は時々、攻撃性を持ってる。でも、AIはそれを和らげようとする。


 この世界の“丸さ”は、そこから来てる」


 担任が、頭を抱えているのが視界の端に見える。


「……お前ら、何の話をしてるんだ、本当に」


「文学論の実践編です」


 氷室はさらっと答える。


「作者の死とAIの倫理観の話」


「そんな高度なテーマをホームルームに持ち込むな」


 クラス全体が笑い出し、空気が少し緩む。


 でも、その笑いの背後で、何かがじわじわと軋んでいる感じがあった。


 ──世界の“地の文”が、少しずつ、俺たちに追いつかなくなっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る