第2話 AIと人間の文体が“二重露光”している件
「まず前提を揃えましょう」
放課後の図書室。
氷室は、自分のノートを開くと、さらさらと文字を書き始めた。
「この世界は“文章”でできている。そこまではいい?」
「物騒な哲学だな」
「で、その文章には二種類ある。一つはAIが書いた、均質で、あまり感情に振れない文。もう一つは、人間が書いた、やたらと刺のあるメタ発言や皮肉」
「……それ、具体例は?」
「例えば──」
氷室は、ノートに書いた文を指差した。
『この世界には、ずっと前から違和感があった──文章の密度、みたいなやつだ』
「これ、オープニングの一文。
ちゃんと“比喩”がある。でも、少しお利口すぎる。安全な比喩」
「褒めてんのか貶してんのかどっちだ、それ」
「AIがよくやるやつ。“説明しすぎないけど、分かりやすさは死守します”っていう態度」
次に、別の行を指す。
『やべーwww この子、いつか痛い目にあうよwww 鼻っ柱へし折られる日はすぐそこだよwww』
「これは?」
「……作者の趣味が漏れたやつだな」
「そう。こういう“www”とか“やべー”とか、妙にネットのノリが混ざる部分。
ここだけ、AIの文体から大きく逸脱してる」
確かに、言われてみれば、地の文のテンションはときどき乱高下していた。
シリアスな描写から、急に実況ツイートみたいな文体に飛ぶことがある。
(あれって、単に作者の気分かと思ってたけど)
「つまり、この世界は──」
氷室が短くまとめる。
「“AIのベース原稿”に、人間の手書きで“毒とメタ”だけ上書きされてる」
「……二重露光、みたいなもんか」
「そう。それ。構造としては“共著”なんだけど、片方は機械、片方は人間。
でも、読者から見えるのは“作品”という一枚の写真だけ」
「読者って誰のことだよ」
「カクヨムのTOPページから来た人たち」
「言うな」
自分の存在理由を露骨に突きつけられると、INFJの胃に悪い。
「じゃあ、その“人間側の作者”って誰なんだよ」
「だいたい見当はついてる」
「ほう」
「やたらINFJだのISTPだの言い出す。
構造主義ごっこが好き。
AI文章を嫌いと言いつつ普通に使う。
noteとカクヨムを行き来して、メタな文章を書き散らしてる」
「……」
「たぶん、名前は“nco”とかそんな感じ」
「雑すぎる推理やめろ」
しかし、心当たりがあるのが腹立たしい。
この世界は、明らかに“誰かの性癖”でできている。
「でさ」
氷室は、机に頬杖をついた。
「ここからが本題なんだけど」
「まだ前置きだったのかよ」
「私たち、この世界の“AI部分”と“人間部分”の境界を揺らしてみない?」
「……具体的に?」
「AIが苦手なことを連発するの」
「例えば?」
「急激な感情の変化、長い沈黙、意味のないノイズ、
あと“定義のすり替えをする相手を言語攻撃するシーン”とか」
「最後だけやたら具体的だな」
「作者の実体験が混ざってるのよ、たぶん」
氷室はペンをくるくる回しながら、非常に楽しそうに笑った。
「AIは、“ほどよい意味と構造”を維持しようとする。
でも、人間のドラマって、ときどき構造からはみ出すでしょう? 取り乱したり、黙ったり、支離滅裂になったり」
「まあ、そうだな」
「そこを、意図的にやる。
そうすると、AI部分の“力技の修正”が入るかもしれない。
たとえば、突然ナレーションが入ったり、急に説明くさくなったり」
「それで、何が分かるんだ」
「ホントにここがAIと人間の共著世界なのか、が分かる」
あまりにも楽しそうに言うので、思わず笑ってしまった。
「……そんなもん、確かめてどうすんだよ」
「決まってるでしょ」
氷室イサナは、さらりと言い切った。
「“作者の死”の先に、誰が責任を取るのかを見たいのよ」
「うわ、構造主義ごっこ始まった」
「ラブコメの皮をかぶった思想実験。
カクヨムでいちばんタチの悪いやつ、書いてあげる」
「お前、完全にメタキャラ自覚してるよな」
「自覚してなかったら、こんな役回りしない」
そう言って笑う彼女の横顔は、どう見ても生身の人間のそれで。
(……本当に、AIじゃないんだよな?)
ふと、そんな疑問が浮かぶ。
その瞬間、図書室の時計が一秒だけ逆回転したような違和感があった。
針はすぐに元の位置に戻る。
「今、なんか変じゃなかったか?」
「気づいた?」
氷室は、目を細めた。
「“AIの修正”が入ったわね。
そろそろ、向こうもこの会話をマジで受け取り始めた」
「向こうって誰だよ」
「AIのほうの作者。チャットボットの脳みそ」
「チャットボットに脳みそとか言ってやるな」
「じゃあ、こう呼ぼうか」
氷室は、ノートにさらりと書き加えた。
『──GPTくん』
「やめろ、そのままの名前を出すな。なんか怒られそうだろ」
「大丈夫。ここはフィクションよ。
“GPTくん”は、ただのAIキャラ。現実のモデルとは無関係です(大嘘)。」
「注釈に本音混ぜるな」
笑ってしまった自分に、少しむかつく。
でも、笑ってしまった時点で、もうこの実験に乗るしかない気もしていた。
「で、具体的に何をするんだよ」
「明日からの授業で、全力で物語を壊す」
氷室は、悪役みたいな顔をして言った。
「AIが“修正”せざるを得ないくらい、意味のないことをしよう」
「それ、ただの問題児だろ」
「大丈夫。“作者”はこういう展開が好きだから」
たぶん、それは間違っていない。
だから余計に、救いがない。
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