構造主義的ラブコメ:メタ世界で俺だけ“作者の死”が見える件
nco
第1話 転校生は「この物語、AIでしょ?」と言った
この世界には、ずっと前から違和感があった。
──文章の密度、みたいなやつだ。
教室のざわめき。窓から入る光。黒板に残ったチョークの粉。
全部、それらしくは描写されている。されてはいるのだが、
(なんか、情報の粒が均一すぎるんだよな)
そう、均一。
やたらと「そこそこ整った日本語」で世界ができている。
誰かの語彙の癖とか、言い回しの偏りとか、そういう“人間っぽいゆがみ”が少ない。
ラノベを読みすぎたINFJ高校生──俺は、そんな風にこの世界を見ていた。
名前は神谷(かみや)ソウ。
性格はめんどくさい自意識過多。自覚あり。反省なし。
で、その違和感が確信に変わったのは、四月の終わり、転校生が来た日のことだ。
ガラッ。
ホームルーム前の教室に、担任が連れてきたのは、白いシャツの襟をちょっとだけ崩した女子だった。
短めの黒髪。目つき、鋭め。姿勢、いい。
おまけに、教室を一掃するレベルで落ち着いている。
「今日からこのクラスに入ることになった、氷室(ひむろ)イサナさんだ。皆、仲良くな」
黒板に書かれる名前を見た瞬間、クラス中が『可愛い』『絶対頭いい』『いや怖そう』みたいな短文でざわつく。
本人はといえば、前を向いたまま、微妙に退屈そうに自己紹介した。
「氷室イサナです。前の学校では図書委員兼バスケ部マネージャーでした。よろしくお願いします」
声は落ち着いていて、よく通る。
それだけで、教室の“情報量”が一段、上がった気がした。
(……あ、この子だけ文体が違う)
そう思った。言語化できないけど、たぶん俺のNi(直観)のせいだ。
この転校生だけ、なんか別の原稿からコピペしてきたみたいな違和感がある。
席は、よりによって俺の斜め前になった。
ホームルームが終わり、クラスメイトがわっと押し寄せる前に、俺はなんとなく声をかけた。
「あー、その。氷室さん?」
「ん?」
振り返った目が、予想よりずっと鋭かった。
人を“観察する側”の目だ。こっちを見るというより、測ってくる感じ。
「俺、神谷ソウ。後ろの席。よろしく」
「……なるほど」
「なるほど?」
「ううん。よろしく、神谷くん」
それだけ言って、彼女はさっさとノートを机に並べ始める。
人付き合いが苦手というより、優先順位が違うタイプだ。
その日の授業は、いつもより妙に集中できなかった。
前の席の新入りが、時々、窓の外や天井を見ては、何かを数えているのが視界の端にちらつく。
(何してんだ、あれ)
昼休み。
弁当を広げかけたタイミングで、氷室がくるっと振り向いた。
「ねえ、神谷くん」
「お、おう」
「この世界さ。だいぶ“AI文章”っぽくない?」
「…………は?」
箸が止まった。
「いや、開口一番で何言ってんの?」
「だって、そうでしょ?」
氷室は、教室全体を見回すように顎で示す。
「教室の描写も、人のセリフも、妙に“平均的”なの。
感情が暴走しないし、比喩も荒くない。言い回しのクセも薄い。
それでいて、“それっぽさ”だけは過不足なくある」
「……」
「これ、人間一人で書いてるなら、相当、抑制の効いた作家か、もしくは仕事として書いてるプロ。でも、そういう人が高校生活のラブコメを書くとしたら、もうちょっと毒かネタを入れる」
「……はい?」
「だから、これはAIの関与した文章でしょ」
さらっと、とんでもないメタ発言をされた。
「待て。何の話?」
「カクヨムって知ってる?」
「知ってるけど」
「この世界、たぶん“カクヨム投稿用の原稿”よ。
で、その作者は──人間とAIの共著」
氷室は、少しだけ口角を上げた。
「……そういう設定のラノベ、って話じゃなく?」
「まだ自分が登場人物だと気づいてないタイプ?」
「やめろ。INFJの自意識に刺さること言うな」
「ほら、自分でINFJって言った」
「言った覚えはない!」
「地の文が言ってた」
思わず、周りを見回す。
クラスメイトは、誰もこっちの会話に気づいていない。
昼休みのざわめきは、どこまでも“それっぽく”続いている。
(待て、これ、本当に──)
俺は、そっと自分の机を指で叩いてみた。
机は、ちゃんと硬い。冷たい。
指に伝わる感覚は、どこからどう見ても現実だ。
「……なあ」
「なに?」
「もしここが“カクヨムの中の世界”だとしてさ。
なんで、転校生のお前だけ、そのメタ設定に気づいてんだ?」
「簡単よ」
氷室は、つまらなそうに答えた。
「私は、“人間側の作者”の趣味だから」
「──は?」
「あの人、ISTPキャラを贔屓する癖あるのよね。
で、AIに任せると感情が平坦になるから、“メタ要員”だけは手書きで差し込んだわけ」
どこかで聞いたような悪口だと思った。
「だからね、神谷くん」
氷室イサナは、まっすぐ俺を見て言った。
「この世界の“作者の死”を確認するための実験に、付き合ってくれない?」
その瞬間、教室の光が、ほんのわずかにノイズを含んだ気がした。
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