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czd4b8さんのおっしゃるとおり、2人は生年月日も身長も同じ(さらに代表で 呼ばれた当時は体重まで同じ?)で、ポジションも同じCFと、本人達が思う 以上に周りが意識・比較していました。 さらに、オランダ代表は基本的に3トップなので、CF1人なのでどちらかという 選択肢となり、拍車を掛けたと思われます。 ※たまに2トップでコンビを組む場合もありましたが、あまり連携も良く無かった です。 早咲きのクライファーと努力型で遅咲きのファン・ニステルローイ、 バルセロナのエースフォワードと、マンUのエースフォワード… 期待値も含めて 代表戦ではどちらを使うかと比較しないほうが難しかったのかもしれません。 こんな中、クライファートがなにかのインタビューでファン・ニステルローイの事を 聞かれた際に「彼は世界最高のセカンドトップ」と言ってしまいました。 どちらかと言えば2人を比べた場合、クライファートの方がセカンドトップ向きで したが、このような皮肉めいた発言をしてしまいました。 言い方を変えれば「純粋なCFのポジションは俺(クライファート)が適任」とも 取れる発言だと物議を醸し出し、ファン・ニステルローイが気を悪くしたという 経緯があります。 また、誰と組みやすいかとの質問に対し、クライファートはハッセルバイン(当時 プレミアリーグの得点王争いの常連)の名をしばしは挙げていました。 クライファート本人はそのつもりは無かったかもしれませんが、これらが決定的 だったと思われます。
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質問者からのお礼コメント
体重が同じ時期もありましたか! すごいシンクロしてますよね。 回答 ありがとうございました。
お礼日時:2011/6/30 13:28
その他の回答(2件)
この二人、生年月日が全く同じ日なんですよね。身長も同じで、しかしサッカー選手としてのキャリアが随分違います。 クライファートは、父親もサッカー選手で、幼少の頃より、アヤックスの下部組織に入って、かなり早期から注目され、将来を嘱望された「恐怖の子供」と呼ばれていました。 また、トップチームデビュー早々、17才の時に94-95シーズンのCL決勝にて、決勝点をあげる等、早くに栄光と名声を手にしていた、いわゆるサッカーエリートだったわけです。 それに対し、ファンニステルローイは、93年にデンボシュというオランダのクラブに入団し、下積みとも言える苦労を重ねて、そこでの活躍が認められ、98年にPSVに移籍し、二年連続得点王を取り、ようやく世界の脚光を浴びるわけです。 クライファートはその後バルセロナにて、華麗なプレーを見せた時もありますが、夜遊びし、練習にも公然と不参加するようになり、コンディションを落として行き、その後複数のクラブに移籍しますが、成功は出来ませんでした。 ファンニステルローイは、PSVでのキャリアをステップにマンU、レアルマドリーとステップアップして行き、未だに現役です。 同じ時期のオランダ代表のライバルでもあり、更にこれ程対照的な生き方をして来たわけです。 余程性格が合わない限り、仲良くはなれないでしょう。
性格とプレースタイルの違い、又はチームに対しての自身の役割の認識の違いだと思います。 ファン・ニステルローイはチームの一部としての自身の認識が高く、又状況判断力にも優れていたのでマンチェスターやレアルマドリードでも実績を残せました。 しかし、そういった認識にやや欠けていたクライファートはビッグクラブでは実績を残せませんでした。