Colaboについて
活動・取り組み
Colaboについて
家庭や社会に居場所がなく、生きるために性暴力や搾取に行きつく少女たち。
その背景には、問題を個人の責任とし、見て見ぬふりをする社会の構造があります。
少女たちが暴力や搾取に行きつかず自分の人生を歩める、そんな社会を実現しなければなりません。
誰もが、この問題の当事者として向き合い、行動するとき、性搾取の構造は必ず変えられます。
私たちの役割
すべての少女に
衣食住と関係性を
大切にしていること
少女たちと共に
私たちが出会う少女たちは、性搾取や性暴力の構造に取り込まれ、
信じられる大人がいない状況に置かれています。
少女たちが抱える問題は、すぐに解決できるものではありません。
だからこそ私たちは、共に食卓を囲み、何気ない会話や日常を積み重ねることで互いを知り、
困った時に「あの人たちがいる」と思い出してもらえる関係を築いていきます。
そして、長い時間をかけて喜びや苦しみを分かち合い、泣き、笑い、怒りながら、
彼女たちと共に歩む存在であり続けます。
高校時代、私は渋谷で月25日を過ごす『難民高校生』でした。家族との仲は悪く、学校でも理解しようとしてくれる大人と出会えず、街をさまよっていた私は当時、「自分にはどこにも居場所がない」と思っていました。街には同じような想いを抱えて集まっている人がたくさんいました。ファーストフードや漫画喫茶、居酒屋、カラオケの他、ビルの屋上に段ボールを敷いて夜を明かしたこともありました。当時の私たちや友人たちは、家庭にも学校にも居場所をなくした『難民』でした。
そうした少女たちが、見守る大人のいない状態で生活するようになると、危険に取り込まれやすくなります。心身ともにリスクの高いところで搾取される違法の仕事、性搾取への斡旋や、暴力、予期せぬ妊娠や中絶など、目をつぶりたくなるような現実を、私はたくさん目にしてきました。友達を助けられないこともありました。
高校を中退し、このままでは生活できない、どうすればよいのだろうと悩んでいましたが、頼ったり、相談したりできる大人はいませんでした。
そんな私に声をかけてくるのは、買春者か、危険な仕事か性搾取に斡旋しようとする人だけでした。それ以外に、自分に関心を寄せてくれる大人はいないと感じていました。
それから十数年がたち、私も「大人」と言われるようになりました。今でも、そうした少年少女に路上やネット上で声をかけるのは、多くが手を差し伸べる大人ではないのが現状です。そうした現状を放置し、容認しないために行動する大人が増えることが必要です。
「大人はわかってくれない」「大人は信用できない」という声には、「向き合ってくれる人がいない」「信じてくれる人がいない」という想いが込められているのではないでしょうか。必要なのは、特別な支援ではなく、「当たり前の日常」です。
私たちは、出会う少女たちの伴走者となり、共に考え、泣き、笑い、怒り、歩む力になりたいと思っています。すべての少女が「衣食住」と「関係性」を持ち、困難を抱える少女が暴力を受けたり、搾取に行きつかなくてよい社会を目指して活動を続けます。
プロフィール
1989年生まれ。中高時代に街をさまよう生活を送った経験から、10代女性を支える活動を行っている。夜の街でのアウトリーチ、シェルターでの保護や宿泊支援、シェアハウスでの住まいの提供などを行っている。Colaboでは、10代の少女たちと支援する/される関係ではなく「共に考え、行動する」ことを大切にしており、虐待や性暴力被害を経験した10代の女性たちとともにアウトリーチや、虐待や性搾取の実態を伝える活動や提言を行っている。
明治学院大学国際平和研究所研究員。2016年第30期東京都「青少年問題協議会」委員。
2018年東京都若年女性支援モデル事業に選定。Colaboの活動がモデルになり、2021年本事業化された。
2018~19年厚生労働省「困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会」、2022年「困難な問題を抱える女性への支援に係る基本方針等に関する有識者会議」構成員として女性支援法の法制化・基本方針の制定に関わる。
英治出版 2013/3/25、
ちくま文庫 2016/12/7
光文社新書 2014/8/7
影書房 2022/9/2
新日本出版 2025/7/6
Colaboとともに、社会を変えるために声を上げる仲間をご紹介。様々な背景、立場の方々が社会の当事者として向き合い、共に行動しています。
SUPPORT
共に声を上げ、
社会を変える
仲間になりませんか
少女たちを追い詰める社会構造を変えるため、共に声を上げ、共に闘う仲間を募集しています。
大東文化大学国際関係学部特任教授
Colaboの意義は社会的にも、またColaboの活動を求める、支援が必要と思われる少女たちにとっても大きいと思います。社会状況が大きく変化している現在、家族のあり方、学校のあり方、社会のあり方が変化しているだけでなく、本来、子どもを育み、育て、延ばしていく役割を負う家族や学校、そして社会が機能不全を起こしているところがあります。しかし、そうした機能不全という「綻び」は、多くの人が当たり前だと思っている日常生活の中では全く見えません。
幼少から親の虐待を受けて生き延び、10代半ばになって危険から逃れようと家を出て、自宅に帰らない。家族の別離(死別や離婚など)や家庭内暴力の目撃や被害で、傷つき、満たされない思いをどうしていいかわからない。学校に行っても、日常の心身の疲労で勉強に集中できない。など、さまざまな痛みを持っている少女たちにとって、安心して話ができる場所をColaboが提供しているのはとても大事なことだと思います。
法政大学名誉教授
私は江戸時代を研究してきました。遊廓を筆頭とする日本の売春がいかに長く、深く日本社会に根付き、女性たちが家族のために自分の性を売ることを余儀なくされてきたか、見てきました。健康を害し、先の希望が持てない仕事であるにも関わらず、日本の売春は家族制度にしっかり結びつき、家族を守るために機能してきたのです。しかし女性は今や多様な仕事に就くことができます。今こそ、互いを人間として尊重する家族関係と社会関係を創る道を開いていく時です。しかし女性を売りものにする業者と、従来の常識や家族観とが邪魔をして、その道のりは平坦ではありません。多くの困難を乗り越えていくために、関わり合うことが何よりも大切です。女性人権センターは、そのために必須の場所なのです。女性の人権を守ることで「人権」の理念を多くの人が持ち、その認識を深めることは、戦争を回避し、地球環境を守る上でも必須です。
弁護士
コラボが打ち出している壮大な構想は、人生のおわりに来ている私にももう少し生きる希望を与えてくれます。ようやく、私たちは自分の手で活動の拠点を築き、やりたかったこと、やるべきことに心おきなく取り組めると思うとワクワクします。これからの社会の変革は今まで以上のスピードで進めることができるでしょう。女・子どもが安心して息ができ身体をのびのびさせることができる日々を私たちの力で作りたいです。私が社会人になった50年前には想像することすらありえなかったことです。でもこれからは違います。新しい世界を自分たちの手でつくるというのは何と素晴らしいことでしょうか。
婦人保護施設慈愛寮 元施設長
私は行き場のない妊産婦と赤ちゃんを支援する婦人保護施設 慈愛寮(現在は女性支援法による女性自立支援施設慈愛jiai)で働いていました。
その施設に来る女性たちは、性虐待や性暴力の被害を受けてきた方たち、性搾取の中に置かれてその中で妊娠した方たちも少なくありませんでした。彼女たちは、妊娠、出産という、自分ではどうにもならないことがなければ、決して支援にはつながらなかっただろうという方が多く、私は彼女たちの後ろには、可視化されないおびただしい数の、支援につながらず置き去りにされている女性たちの存在があることを感じ続けていました。
ですから、そのような女性たちにつながろうとする仁藤夢乃さんとColaboの活動を知ったとき、まさにこれだ!と思ったのです。2014年のことでした。
性を自ら売っていると見られている女性たちが実は、選択肢のない中で追い込まれていることを、私は婦人保護施設の中で見てきました。性搾取は女性に対する構造的な暴力であると言えます。
Colaboが少女たち一人ひとりにつながる支援とともに、女性たちをモノのように買うことが当たり前になっている日本社会を変えようとしていることは、私にとっても大きな希望です。
Colaboでの活動当初、「当たり前の日常」って何だろうと考えたことがあります。単に衣食住が整っていることが「当たり前の日常」なのだろうか、活動をしながらそうじゃないんだと気づかされました。友達のカフェに行ってお茶をしたり、映画を見たり。誕生日を祝ったり、将来に悩む。それが「当たり前の日常」であり、衣食住や安心安全に過ごせる場所は、基本中の基本です。ですが、支援の現場ではそんな些細な日常も贅沢だと言われると知った時、怒りを覚えると同時に、私自身も過去そう思っていた大人の1人だったことにも気づきました。活動をしながら私自身の加害者性に直面することが多々ありますが、この気づきも暴力が蔓延る社会を見て見ぬ振りしない大人であろうと誓ったきっかけのひとつです。 Colaboで活動し始めて3年が経った今、女性たちを取り巻く環境はますます酷くなっています。女性の権利を守り、尊重しろと声を上げると攻撃により一瞬で封じられ、繁華街を歩くと女性の性があまりに簡単に売られ、利用されています。それがこの日本社会で「よく見る風景」「よくある日常」になってしまっています。 女性に対する暴力と搾取が当たり前じゃない社会、安心して安全に過ごせる社会を作りたいと思い、活動を続けています。
20代の終わりに、東南アジアから来た女性たちが日本人男性に買われている現状に憤り、被害女性たちに寄り添う活動を始めてもう30年あまり。 足元で進行していることに、無自覚だった自分を反省し、Colaboの活動を続けています。 私たちの世代がもっと声をあげて活動を起こしていたら、いま若い女性たちはこんなに苦しむことはなかったかもしれない。 自分が見過ごしてきてしまったことを、いまの若者たちだけに背負わせてはいけない。そんな思いで、Colaboの若者たちと一緒に活動しています。まだまだ、おばちゃん世代のやること、できることはあります。女の子への失言を反省しつつ、女性(男性もですが)を食い物にする、つまり人権を踏みにじる行為がまかり通っているこの世の中を、生きているうちに変えたい!です。
Colaboの活動に参加する以前、私はミソジニーに根差した無数の言葉や態度に傷つきながらも、それを「なかったこと」にするように生きてきました。怒りや痛みを抱えながら、あえて笑い、あえて鈍感なふりをする。それは私自身の可能性を狭めてしまう行為でありながら、同時に自分を守るための、生存のための合理的な戦略でもありました。
しかし、Colaboの活動に関わるようになり、次第に無痛の演技が剥がれ落ちていきました。Colaboでの活動の中で、ミソジニーに対抗するための言葉を得て、押し込めてきた怒りを正当な感情として取り戻すことができました。「女性はヒステリックだ」「女性は感情的だ」といった社会の偏見が、どれほど深く私の感情を封じ込めてきたか。その構造を直視し、言語化する力を私はColaboの活動を通して獲得していきました。そして、私の中で不当に抑圧され、行き場を失っていた怒りや悲しみに、初めて居場所を与えることができました。
活動を続けるなかで強く感じるのは、女性への抑圧は決して「一部の弱い立場の女性だけ」に向けられたものではなく、社会のあらゆる層に張り巡らされた構造だということです。
どれほど高い学歴や収入を得ても、私たちは例外なく「女性であるがゆえの傷」を経験しています。そして、その傷さえも見えないように隠し、「傷ついていないふり」を自分自身に強いて、社会に適応しようとしてきたのが、この国の女性たちの現実です。
いま居場所を失い路上をさまよう女の子たちは、その構造がもっとも露骨なかたちで表れているにすぎません。社会から排除され、無痛なふりを強いられ、性売買という手段によって、自分自身をさらに深く傷つけながら、かろうじて社会の一部に戻ろうとしています。彼女たちが強いられている抑圧は、個別の問題ではありません。社会が意図的につくり上げてきた排除の線上に、必然的に位置づけられた存在です。そして「性売買」という手段は、その排除からどうにか這い上がろうとする、歪んだ包摂のメカニズムに他なりません。この構造は地続きで、私たちはその連鎖の外側にはいません。だからこそ、私たちが声をあげなければならないのです。
Colaboは、物資支援という表層的な支えにとどまる団体ではありません。彼女たちがバカなふりも、無痛なふりも強いられず、尊厳を持って生きられる社会を、具体的な実践として築く場です。性売買に頼らずとも、自らの尊厳を保ち、社会の構成員として生きられるように、その道をともに歩む伴走者でありたいと願っています。
だからこそColaboは、支援と同時に「社会構造への問いかけ」をもう一つの柱としています。根本原因としての社会構造を問わなければ、問題の再生産は止められないからです。そしてそのためには、既存の構造に抗う確かな連帯が不可欠になります。
しかし、日本の社会ではその連帯が歴史的に充分に形成されてきませんでした。だからこそ、私たちは女性人権センターの設立を起爆剤に、性搾取や不均衡な社会構造に抗う新しい連帯をつくろうとしています。
ただ物資を支援するだけでは、自己充足にすぎません。寄り添うだけでは、解決になりません。ともに怒り、ともに言葉を持ち、ともに社会を変えていく。それこそがColaboの目指す在り方であり、私がこの活動を続けたいと思う理由です。
大学に入り、身近な環境で性売買に関わる人々の姿を見て、それは本当に本人の自由意思だけに基づく選択なのかと考えるようになりました。性売買に携わる女性の層や理由は様々ですが、その背景には常に女性たちを「商品」として都合よく利用する大人たちが存在し、決して個人の問題だけでは説明できない社会構造があることに気がつきました。
私の周りにはラウンジやキャバクラで働いていた子が多く、「それが一番効率よくて楽なバイトだ」「若いうちに稼ぐのが賢い」と思わされている人が多くいることを感じ、私もそのような価値観を内面化していた一人でした。
日本では、電車や街中、SNSなど至るところで美容整形の広告があふれ、繁華街に出ればホストやキャバクラ、性風俗店などの性売買への勧誘の声がかかり、性売買が「高収入バイト」として明るく宣伝されていることを日常的に目にします。さらに、日本では性搾取を前提としたサービスがあまりにも多く、ラウンジやキャバクラなどは性売買だと認識されていないことがほとんどです。しかし、それらはいずれも女性を性的に商品化するものです。
社会全体で「女性はこうあるべき」という価値観を押し付け、性売買を肯定する一方で、性売買に携わる人々の意思は本人の自由選択によるものであり自己責任であるかのように語られます。常に女性として消費されて生きている私たちの「自由意思」は、本当はどこまで自由なのか、問い直す必要があると感じるようになりました。
個人の選択を責めるのではなく、その選択が唯一の生き方のように見えてしまう社会構造を問い、不可視化された性搾取の構造を変えなければならないという思いで活動を始めました。活動を始めてからは、一人で抱えていた怒りや違和感をColaboに関わる仲間たちと共有し、一緒に考えたり言葉にしたりしながら、同じ思いを持って連帯することの大切さと楽しさを実感しています。
出産と子育てのために育児休暇をとっていたころ、自分が社会と切り離されて、子どもと2人だけの世界に取り残されたような感覚をもちました。小さい子の子育てと仕事をしながら身動きが取れず、孤独だったと思います。そんなときに『難民高校生』を読んで、私にできることからやろうとサポーター会員になりました。その後、スタッフの募集を目にして、その時も自分ができることをしようと、事務局スタッフとして活動することにしました。活動にはメディアの記事になることもありますが、それを支える毎日の積み重ねも大切です。
日々の積み重ねを大切にするのは女の子との関係においても、Colaboと共にいる応援者の皆さんとのコミュニケーションも同じだと思っています。
女性を商品とすることが平然と行われている社会のなかで、子どもを育てていると思うと、親として大人として、それには「NO」といいたい。その取り組みが、Colaboでの私の活動だと思っています。
私は、女の子たちにご飯を作っています。
食事がおいしいと思えるのは、料理の味だけじゃなくて、どういう家で誰と食べるかが大きいと思うので、嫌いなものを無理して食べるより、食事ぐらいせめて楽しく、好きなものだけを食べたいっていうことでいいと思っています。でもバランスも大事なので、食べられる範囲でお野菜とかも食べてみようかなと思ってもらえたら。
女の子たちには、いつも笑って、愛情を持って接したいし、お料理も心を込めて作りたいなって心がけています。もちろん女の子たちのためにあるんですけども、スタッフの健康もなくしては活動できないで、スタッフの皆さんにもできるだけ美味しいものを提供したいと思っています。
Colaboは、少女たちのことを第一に考えているとすごく感じます。
みんなが諦めることなく、一生懸命関わろうとしている姿を見ると、日ごろの大人は辛抱が足りないなって。いつも同じようなことを言われても「そうだよね」って話を聞いてあげている。
そういう姿を見て、きっと親だったら「また同じこと言って」と言っちゃうようなことや、自分の子育てでも「家族だからいいや」とつい思ってしまうところがあったというか。ときとして感情的になって、子どもたちにぶつけてたんじゃないかなと振り返ることもあって。
やり直すことはできないけど、今から変えることはできるなって。
人間っていつでも変わることができる。自分を変えることができる。
これからもそうありたいなと思っています。
女の子たちは、Colaboでは、家の中でくつろいでいるような姿ですね。
ソファで寝そべったりとか、スマホ見てたりとか。それがすごくいいなと思ったんですね。
ここなら安心していられるんだな、それがColaboの良さだなって。
女の子たちが、Colaboの人は「仕事としてやっている感がない」ところが他と違うと言っていて、それってなんだろうと考えてみると、楽しんで、やりたいからやっていますよね。
それが子どもには伝わるんだと思います。だってね、仕方なくやってるのと、この子たちといるのは楽しいと思ってやっているのは全然違いますよね。そういうのも子どもの方が敏感に感じると思うんですよ。
児相だって、本当にその子を一人の子どもとして、人間として見て相談に乗ったら、それは時間もかかると思いますけど、サラリーマンですからね。その時間時間で区切られて、はい終わり、みたいな。それは子どもはすぐ察知しますよ。この人、自分のことしか考えてないなって。
人と人との関わりということですよね。機械的じゃなくって。だから、私たちだって腹立つこともあるし、怒るところもあるし、虫の居所が悪くてちょっと機嫌が悪い日だってあるわけですよね。まあそういうのもお互いに認めあって「なんか今日ちょっと機嫌悪いから、言うのやめとこ」と女の子が思っていることも、ひょっとしたらあるかもしれないですよね。
スタッフ同士も平等で、良い職場だから子どもたちにとってもいいんだと思います。目的が同じじゃないですか。子どもたちのために何かしようって思って集まってる人たちだからいいのかなって思います。
女の子たちの現状を知らなかったり、何かしたくても、もう一つ勇気が出せない。そういうことってあるんですよね。
そんな自分を恥じているし、本当に情けないなって思っています。
ただその最初の一歩が踏み出せないという人は多くいると思います。
自分はこんな年だけれども、まだ未熟なんですよね。
だから、いろんな人たちにいろんなことを教えてもらって生きていくしかないと思っています。
完全な人間なんて、この世の中にはいないですけどね。
みんな何かを欠いていて、だからこそ楽しいし面白いし。完璧な人には支えもいらないわけだからね。誰も近づかないだろうし。
自分に抜けているところがあっても、まあいいか、人間だし、みたいな。
大人たちにも一歩踏み出してほしいですね。
私がColaboで活動を始めてから得た気づきは、どれもそれまで自分が「当たり前」だと思い込んでいたことを大きく揺さぶるものでした。自分のパーソナリティを支えてきた「長所」の多くが、実は性別役割分業的な価値観を無自覚に内面化した結果だったこと。友人や家族を含む人間関係に支配的・暴力的な要素が潜み、私は被害者であると同時に加害者でもあったこと。さらに、女性として性的に消費される経験が身近にありながら、それを「私の落ち度」「社会とはこういうもの」と思い込まされていたこと。
こうした気づきは、私が大切にしてきた価値観や心の声と向き合うきっかけになりましたが、「何も知らずに生きられたらどれほど楽だっただろう」と思うほど痛みも伴いました。いまもその痛みを抱えつつ、Colaboでの活動を通して少しずつ癒しを得ています。そして、この痛みに向き合いながら活動する過程そのものが、「支援する側/される側」という固定的構造を否定し、支援を必要とする人たちと並走するというColaboの姿勢を自ら体現することにつながっていると感じます。
女性の人権が脅かされ、抗う声が踏みにじられやすい社会を変えるには、「当事者」同士の連帯を強め、痛みを共有しながら共に抗い続けることが不可欠です。
一人でも多くの「当事者」と痛みを共有し、ときには傷つきながらも互いを癒し合い、声をあげながら前へ進んでいける人になりたい。そして前へ進むにあたって立ちはだかる障壁を取り除けるようになりたい。これが、今の私がColaboでの活動に込めている思いです。
私はコラボと繋がる少女たちと同世代の女性として、 女の子たちが感じる寂しさや虚しさは経験したことのないはずなのになぜかすごく共感していました。身近にも男たちに搾取されて学校をやめてしまった子がいましたが、同級生の多くは彼女は非行をしていると捉えていました。しかしながら性暴力、性搾取が当然の権利かのように日常化し、日本のどこでも当たり前に性が買われすぎていて、そのことを容認している日本社会に疑問を抱き、人権侵害だという認識がない状況に恐怖をもちながら、自分にも何かできることがないかと考えていました。
初めて講演会に行ったとき、多くの人が絶望感や無力感を持ち、声をあげづらい世の中で、おかしいことにはおかしいとまっすぐな気持ちで闘うColaboに出会いました。今までどれだけの苦労と痛みを抱えながら。それでも必死に考え抜き、もがいてきたのかがよく伝わって「こんなにかっこいい大人がいるんだ」と思い、そして私の闘おうとしてきた姿勢は間違っていなかったのだと背中を押してくれました。
『支援機関』であったのなら、私も女の子たちと同じようにウザいと感じて入らなかっただろうけど、Colaboが 関わりの場所、人間関係だからこそ、ここに加わりたいと思ったし、共感し、連帯できる場所だからこそ最強なのだと思います。
私はもともと、自分は無価値で何もできないからこそ、「もっと強くならないと、何かを手に入れないと」と自分を追い詰めてばかりでずっと苦しかったけど、Colaboに来てからフェミニズムを学んで自責を手放し、自分の弱さを受け入れること、頼りたいって思える人たちがたくさんいるからこそ、色んな人に頼ってみんなで支え合って生きていくことを学びました。
他の場所では大人は親身になるふりをしているだけで私のことを見てくれてないんだと寂しくなる経験が何度もありましたが、Colaboでは肩書や表面を見てるのではなく私の奥底にあるものを見てくれていると感じます。日々、活動をしている中で女の子達にもこういう姿勢が伝わってるんだろうなと感じます。
状況は厳しいけれど、Colaboが存在していることそのもの、みんなで諦めずに闘い続けることこそが希望です!
私は沖縄の基地のある町に生まれ育ちました。沖縄では、貧困の連鎖などから性売買の現場のなかにいる女性が多いのが現状です。特に基地の繁華街ではそのような現場が多くあります。それは彼女たちが責められるべき問題ではなく、性売買を選択肢として与え、それ以外の方法で生きる方法を社会が奪っていることに問題があります。
性売買のなかにいる女性たちは自らの選択で行っているように見えても、経済状況や家庭環境においてその選択をせざるを得ない環境にあることが多くあります。
私は米兵による性暴力の問題などにも声をあげていますが、社会運動の現場でも、女性搾取を目の当たりにしました。一人の人間としてではなく、「女性」としての私を見る男性が多いことや、セクハラなど多くの問題が潜在していました。
日本の性搾取の問題は根深く、人権擁護を訴えている人の中でもその意識は低いと感じます。フェミニストを自称する政治家や活動家でも自分が女性を買った経験を軽く話すのを耳にしたこともあります。
セックスという行為を買うことに抵抗はあっても、接待や身体接触のみであれば大丈夫だろうと、キャバクラやガールズバーなどで女性をお金で買うことに抵抗感がない人が多くいます。
しかし、性行為のみならず、お金で女性に接待させることも、支配的な行為であり、性搾取です。
身近なところから性搾取を無くしていく必要があり、性搾取に対する認識を改めることは、性暴力をなくすことや、女性の権利向上に繋がります。
Colaboの活動はその大きな一歩です。
Colaboは、性売買のなかにいる少女や女性たちとつながり、性を売る以外の選択肢を社会の中に作ろうとしています。そして、この社会を変えるために声を上げ続けています。
社会を変えることができるのは市民であり、私たちです。私も活動を通して、性売買・性搾取の社会構造を変えていきたいと強く思っております。
ー
「外をふらついているのは素行の悪い子どもなのだから犯罪に巻き込まれても自業自得。性的搾取や性暴力の被害にあっても自己責任。そもそも本人が遊ぶお金欲しさに望んでやっていることなのでは?」こんな意見を、あなたはどう思いますか?街にしか居場所のない子どもたちがいます。経済的な事情や、家庭でのネグレクトや暴力など、様々な理由で帰る場所のない子どもたちがいます。身を守るための知識がなく、頼れる人もいない子どもたちを利用したり、買ったりする大人たちが後を絶ちません。そんな子どもたちが頼れる場所を増やそうという仁藤さんの取り組みに賛同します。(2017年、バスカフェ立ち上げ賛同メッセージ)
仁藤さんの少女たちを助けるための活動のすごいことは、常に発想が徹底して少女たちの目線、立場にあることです。そしてきわめて現実的です。少女たちがなぜ自らを危険な目にさらさなくては生きていけないのか、どうしてそうなってしまったか、そんな少女たちがほんとうに必要としているものはなにか、彼女は過去の体験から同じ目線で寄り添いながらその答えを見つけようと頑張っています。私は仁藤さんの新しいチャレンジ、バスによるアウトリーチプロジェクトを応援いたします!(2017年、バスカフェ立ち上げ賛同メッセージ)女子中高生の置かれている現状に対してしっかりと支援の場を提供される仁藤さんとその活動が、いわれない誹謗や中傷によって途絶えることがあってはならないと思います。なぜならば、女子中高生たちの性被害は彼女たちの人生を深く、将来にわたって傷つけるからです。彼女たちが安全に守られるべき場所を提供する仁藤さんの活動を応援いたします。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
仁藤夢乃さんとcolaboの、街にバスを出すという素晴らしいアイデアに、心底感心しました。実際に街に出て行って、居場所のない、そして行き場のない少女たちに、手を差し伸べること。それも一時的な支援ではなく、彼女たちの心を引き受けること。言葉にするのは簡単でも、それがどんなに大変で、責任のある仕事であるかは、やってみないとわからないことです。私は、仁藤夢乃さんの信念と行動力に、心から尊敬の念を持っています。そして、でき得る限り、支援していきたいと思っています。(2017年、バスカフェ立ち上げ賛同メッセージ)Colaboと仁藤夢乃さんの活動は、苦境に陥っている若い女性たちに寄り添い、支えるもので、尊敬こそすれ、攻撃されたり中傷される謂われはまったくない。Colaboと仁藤夢乃さんへの攻撃が、いわゆる「ネットにおける誹謗中傷」の域をはるかに越えて極めて悪質であることに驚きを感じた。事実を捏造、さらに偽造してまでのデマやフェイクニュースを発信する、その真意はどこにあるのだろうか。ミソジニーという生やさしい言葉ではなく、激しい分断と差別を生み出そうとする黒い悪意を感じる。その悪意に醸成されて、犯罪が起き得ることだってある。公正な裁判を通して彼らの正体を見極め、罰してゆくべきだと強く思う。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
少女という一瞬をどうやっていきるのか、 すべての女にとって大きな通過点だ。 少女は常に分断され孤立し、いたぶられる。 それをはねのける力は一人の少女の中には無い。家族も社会も国家も少女を一人の人間 としてみていない。その少女を理解出来る のはかつて少女だった私達だ。 少女が少女であるがまま自然でいられるように。
ふと目に留まった仁藤夢乃さんのツイートをキッカケに、Colaboの存在を知りました。家族から虐待など、様々な理由で身に危険を感じ、家に帰る事ができずに居場所を失った女の子達は、性被害の恐怖にさらされる。そんな女の子達に夜の街にバスとテントを張り、自ら声をかけてサポートをしているColaboの活動に感銘を受けています。そして今、虐待の増加、そして性被害に巻き込まれてしまっている女の子達が増えている現状があります。こんな辛い事に巻き込まれてしまう女の子達を1人でも無くしたい。私も自分の活動を通して、1人でも多くの女の子達が安心して過ごせる様に、彼女達の未来のために一緒に立ち上がります。 引き継き、Colaboの活動を応援しています。
貧困、虐待、暴力、人間関係など様々な理由で安心安全な居場所を失い、社会からその存在を切り離され、街を彷徨うことを余儀なくされている少女たちは、心も体も傷ついています。自分が受けた傷や被害の責任が自分にあるかのように感じることも多いそうです。こうした少女たちの自尊心は、深く深く切り裂かれてしまうことでしょう。仁藤夢乃さん率いるColaboは少女たちの隣にいて、同じ時代に同じ街で生きる「仲間」として手を差し伸べています。かわいそうだから助けるというよりも、仲間だから支えるということ。現実的な自立の手立てを提案すると同時に、ゆえなく傷つけられた自尊心を回復するということ。仁藤さんのゆるぎない信念を感じます。そんなColaboに共感し、心から応援します。(2017年、バスカフェ立ち上げ賛同メッセージ)ネットで拡散する誹謗中傷により、Colaboの活動が危険に晒されていることを深く憂慮します。仁藤夢乃さんをはじめColaboスタッフの皆さん、Colaboと繋がる若い女性の皆さんの身の安全が確保されることを、強く望みます。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboと仁藤夢乃さんがこれまで女性たちと共に活動してきたこと、声をあげてくれたことで、この社会に生きるわたしもまた大きな力と勇気をもらいました。どんなに弱い立場や状況にあったとしても、手を差し伸べてくれる人と場所があること。利害や搾取ではなく、共に闘い、共に生きてくれる人がいるということ。Colaboと仁藤夢乃さんは実践をとおして、その大切さをわたしに教えてくれ続けています。いわれなき誹謗中傷や執拗な攻撃のために、その手を差し伸べてくれる人と場所を奪われることは、その声がかき消されることは、わたしにとっては耐え難いことです。わたしひとりの声は小さいかもしれないけれど、Colaboと仁藤夢乃さんと共にここにあることを伝えたいと思います。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
私はこれまで精神科医として、たくさんの「自分を傷つけずにはいられない」少女たちと出会ってきました。彼女たちは夜の街をあてどなく漂流し、様々な危険な目に遭いながら、いつ死んでもおかしくない生き方をしていました。そして、みんなきまって助けを求めるのがとても下手くそでした――一番しんどい状況のときには病院に姿を見せず、嵐が過ぎ去って少しだけ楽になった頃に、「すごく大変だった」と報告しにやってくる――そんな感じです。それでも、来てくれるのはよいのです。気になるのは、途中からずっと姿を見せないままでいる子たちです。あの子たちは今どこで何かをしているのか――。こうした少女たちを救うには、病院や行政だけでは不可能です。夜の街に直接出向き、彼女たちと同じ目線、同じ言葉で語りかけ、手を差し出してくれる人が必要です。私は、そのようなColaboの活動を応援しています。
仁藤さんやColaboの活動がどれほどの女の子たちに安心な居場所を与え、それによってどれほどの女の子が救われてきたことか。今の日本社会になくてはならない活動だと思っています。仁藤さんやColaboの皆さんが安心して活動を続けられるよう、支援します。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
仁藤夢乃さんが活動されてきたColaboは、社会のあらゆる網からこぼれおちてしまい、助けが得られない女の子たちが、ひといきつける、いきつぎができる、とても貴重な場です。そのような活動をしている仁藤夢乃さんとColaboに対して、卑劣な攻撃がなされていることに、深い怒りと悲しみを禁じ得ません。私には、Colaboの運営は到底できないです。だからこそ、ここでColaboの灯火が消えぬよう、せめて仁藤夢乃さんとColabo を支える者でありたいと強く思います。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
私たち認定NPO法人ピッコラーレが受け取るのは、妊娠という課題に直面し、いよいよどうしようもなくなって、やっとの思いで発信されたSOSです。彼女たちの多くは、それまで誰にも頼らず、自分の力でどうにかするしかないと、SOSを出すことを、思いもつかないで生きてきた少女たちです。もっと早く出会えていたら、もっと早く背負っている荷物を下ろせたら、そう感じることが何度もあります。協働先であるコラボさんが今、出会いに行かなければ出会えない子どもたちに会うために、私たち大人ができること、『声なき声にアウトリーチをする活動』に挑戦しています。夜の街をさまよう青少年とのいる場所に行き、バスという、ゆっくり安心できる居場所で、まずはホッと一息、安心してもらう。これまで私たちが出会ってきた女の子たちの顔が浮かびます。私たちもこの活動を応援します。(2017年、バスカフェ立ち上げ賛同メッセージ)
相談窓口を作って、待っていても、支援を必要としている人はなかなか来てくれない。これは経済的な貧困や社会的な孤立など、様々な困難を抱えた人たちを支える活動の中で、幾度となく言われてきたことです。なぜなら、「誰かに相談をして、助けてもらえた」という経験を持ったことのない人は、相談をすることによって自分の状況が良くなると思えず、窓口まで足が向かないからです。では、どうすればいいのか?待ちの姿勢をやめて、彼ら彼女らのもとに出かけていくこと。それがアウトリーチと呼ばれる活動です。居場所がなく、夜の街をさまよう子どもがいれば、自らそこに出かけていく。仁藤夢乃さんたちはこれまで地道なアウトリーチを続けてきました。そして、2018年度から新たなアウトリーチの手段として、「バスカフェ」の活動を始められました。より多くの女の子たちとつながるためにマイクロバスを購入するというプロジェクトは、大きなチャレンジだったと思いますが、「バスカフェ」の活動は社会的にも注目を集め、相談につながる女の子たちの数も急増したと聞いています。その中には、「今夜、帰る場所がない」という状況にある子も少なくなく、Colaboでは一時保護や宿泊支援の活動も強化してきました。「バスカフェ」の活動に刺激を受けた私は、2019年春、「東京アンブレラ基金」という新たなプロジェクトを立ち上げました。これは、Colaboなど都内のさまざまな団体が「今夜、行き場がない」という状態の人に対して、ホテル代を支給する等の「緊急宿泊支援」を実施した際、その費用の一部を補助するという仕組みです。仁藤さんにも全面協力してもらった「東京アンブレラ基金」設立のためのクラウドファンディングには、約500万円もの寄付金が集まり、さっそく「バスカフェ」でつながった若者たちにも活用してもらっています。「バスカフェ」による新たなアウトリーチ活動は、子どもや若者に関わる人たちだけでなく、何らかの形で対人支援に関わる人たちに大きなインパクトを与えました。 「バスカフェ」をはじめとするColaboの活動を応援し、さらに連携を進めていきたいと考えています。(2017年、バスカフェ立ち上げ賛同メッセージ)
これまでの仁藤夢乃さんを中心に活動しているColabo の存在は、まさに今最も必要な働きです。孤立・混迷の中にある少女・女性たちを受け入れて生きる力を取り戻す支援をしています。この活動への支援こそ必要であって、決して無くしてはなりません。
仁藤夢乃さんは、私にとって眩しく輝く、希望の光のような存在です。いつも勇気をもらっています。以前、こぎつね森の家で会った時、夢乃さんはColaboの若い女性と一緒に参加されていました。みんなが集い、笑い、歌い踊る中で、夢乃さんといた彼女はステージの前で泣いていました。その肩を抱きしめ、一緒に立っていた姿が忘れられません。彼女は、安心できる場所がここにもあると思ったのでしょうか。Colaboという場所もまた、ひとりで立つことができない、はかなくもろい存在の少女たちを暖かく包み込む場所だと思います。この社会の矛盾は、小さくより弱いものへと向かいます。そういった存在を可視化させ、この社会から零れ落ちそうになる少女たちと一緒にもがきながら、前に進もうとする夢乃さんを私は誇りに思います。大人ができることは何でしょうか。私は全力でColaboと夢乃さんを支援したいと思います。彼女たちは過去の私であり、これから先の社会を作り出す光なのですから。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
子どもたちの居場所は歩いていけるところにないと意味がない」だから、中学校区に一つは小さな居場所が必要だよね。そう地域に訴えかけて居場所作りやその応援に取り組んできました。しかし広がってきた活動の多くは小学生以下の子どもたちを対象にしたものばかり。そして一番大事にしている「夜の居場所づくり」は、場所やそこに関わるスタッフの確保の難しさから広げることに苦戦していました。そんな矢先に同じ志で活動している仁藤さんから夜間巡回バスを使ったアウトリーチ活動の話を聞いた時に「その手があったか!」と驚きと共に、一緒にこの活動に取り組みたいと考えています。みなさんも出来る形で結構なのでこのプロジェクト応援しませんか。(2017年、バスカフェ立ち上げ賛同メッセージ)
保護司になって35年目の2013年、区内の活動から東京都の情報を知り、歌舞伎町で家出中の子どもに声をかける仁藤夢乃さんの活動を見つけた。講演会に出かけて彼女の活動を見て、これは大変なことと認識した。私が今までしてきた虐待を受けていた子どもの支援では間に合わないことを認識できた。町の小母さんに何ができるかを、国会議員の知人に相談して、歌舞伎町の見学会が実現した。昨日から何も食べていない子がいると連絡を受けて新宿で待ち合わせて食事をした。夢乃さんの活動を横目で見ながら過ごした数年の間に、彼女の活動は広がり、一人の女性が保護できる限界にきている。ここで多くの賛同をえて、一人ずつでも支える活動が広がってほしいと望んでいる
虐待や貧困、性暴力、そして親密な関係にある人からの暴力としてのデートDV、こういった子どもたちを取り巻く問題は、どれも絡み合いながら起きています。子どもたちの問題は、決して自己責任ではありません。その家庭だけの問題でもありません。決して他人事にせず、私たちが暮らす社会の問題として、私たち一人ひとりが向き合うべき問題です。放っておいてはならない、無視してはならないと思います。出来ることから始めましょう。夜の街でSOSを発信する子どもたちへ、出向き、声をかけ、手を差し伸べようとするこの取り組みに心より賛同します。皆さまからの応援をよろしくお願いいたします。
暴力団被害救済の仕事をしています。週末には盛り場を巡回しながら、被害相談を受けているところです。盛り場では、暗黒につながる多くの入口が、少年少女を待ち受けています。15歳に満たない家出少女は、スカウトに声をかけられたその日のうちに暴力団員に引き渡され、「商品チェック」と「技術指導」を受けました。その後の1週間、彼女は1日1食の食事すら与えられず、15人の客をとらされることになりました。家族や社会に守られているべき子どもたちが、こうした誤った入口に迷い込み、出口を見つけられずにいます。仁藤さんたちのバスが、こうした子どもたちにとっての出口となり、希望につながる入口となることを願わずにいられません。(2017年バスカフェ立ち上げ賛同メッセージ)私は弁護士として、民事介入暴力対策委員会の活動で、暴力団対策に取り組んできました。2018年10月以降、バスカフェでの警備ボランティアに参加したのがきっかけで、活動に加わりました。親、教師、警察などに相談しづらいことがあります。そういうタイプの相談事を持ち込める場所としてColaboの存在は大きいと思います。ただ、事務所で待っているだけでは、そうした相談が舞い込んでくるわけでもありません。Colaboの活動は、熱意あふれるスタッフが実際に街に出て、少女たちに積極的に声をかけ、相談の前提となる「関係作り」を行っている点で、画期的だと考えています。生まれ育った環境による不公平が大きくなりすぎているように思います。Colaboの活動のなかで、誰にも頼ることができずに、独りで苦しんでいる若者がこれほどたくさんいるということを知り、ショックを受けています。こうした不公平を1つずつでもいいから解消し、若者がいきいきと自信をもってすごせるような社会にしていきたいです。(「10周年記念誌 活動する人・支える人特集2021」より)
コラボの存在・働きは、居場所を失った女性たちにとっては心強い味方です。私たちも女性支援をしていますが、行政機関(女性相談センター)で措置された女性たちのみの支援です。根拠法を売春防止法として設置されている「婦人保護施設」です。(2024年に法改正され、女性支援法に基づく女性自立支援施設に名称が変更されました)私たちは居場所のない女性たちを直接支援することが出来ません。いつも歯がゆく思っています。コラボの活動も、本来、私たちが踏み出さねばならない事業だと思います。行政の後ろ盾もなく今にある活動まで積みかされられた働きに心から敬意を表します。「受け止めてくれる場所がある」「今晩一晩泊まれるところがある」大事な支援です。被害から身を守ります。コラボの働きと連携できるシステムが欲しいです。小さな灯が大きな社会の動きにつながる日を待ち望み、祈ります。
弁護士として、虐待を受けた子どもたちの事件に取り組んでいます。でも、関われるのは、子どもを親と分離する手続など、「一瞬」のこと。でも、傷ついた少女は、親と引き離されるだけでは、痛みから回復できない。その後の日常を共感をもって伴走することが必要だけど…。そう思いながらも、ひとつひとつの事件に取り組むのが精いっぱいです。そんな私は、少女に、法律的なことにかかわらず様々なことに相談にのり、「居場所」を用意し、長期的にサポートする、Colaboの活動を知ったとき、感動しました。そして、そのColaboをサポートできるのが、とてもとてもうれしいです。
常に一番弱い立場の少女に手を差し伸べ寄り添ってきたColaboの活動が、心なき人たちに妨害されることがないように、心から応援いたします。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
誰一人助ける人がいないなかで、居場所も食べるものもない若い女性たちを勇気をもって支援してきたColaboを事実を捻じ曲げて誹謗中傷する人たちに心底怒りを感じます。Colaboを応援します。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
私もこれまでに子どもの権利にかかわる活動でたくさんの子どもに会いました。虐待やいじめで家や学校に居場所がなかったり、様々な場面で傷付いたり生きづらさを感じた体験を重ねている子どもたちの多くは、とても敏感です。少し話しただけで、目の前の大人がどんな気持ちで自分に接しているのかを見抜く力を持っています。アウトリーチは、そういう子どもたちに受け入れられなければ続けられません。Colaboや仁藤さんの活動が「本物」であることは、実際に出会った子どもたちが一番わかっていると思います。安全・安心な居場所がない若年女性と共に考え、共に行動しているColaboと仁藤さんの活動を支持します。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboの活動を心より支持し、誹謗中傷、暴力など、あらゆる妨害を許しません。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
困難を抱える女性支援活動を精力的に続けてきたColaboや仁藤夢乃さんを応援します。卑怯な妨害活動には、毅然と対応しましょう!最後は必ず正義(弱者に寄り添う人権意識を持つ人間)が勝つと、信じています。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
「声を上げる女性たち」への攻撃に、声を上げられたら、自分たちが不利になる、声を上げられたら、女性たちを利用できなくなるやからの攻撃に、それも、誹謗中傷という卑劣極まりない方法での攻撃に、「声を上げたい女性たち」「声を上げられない女性たち」ともスクラムを組んで、「声を上げる女性たち」を支え、固守します。誰ひとりも‟生まれてきてくれてありがとう”と‟安心して生きる権利”から取り残されないために!!(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboに対する明らかなデマを流し、それを調べもせず鵜呑みにして拡散し、誹謗中傷を続ける人たちは、居場所がない若年女性の置かれている状況や、彼女たちが街でどんな大人に狙われているのかを知ろうとはしません。彼らにとっては、女叩きをする「いいわけ」が欲しいだけなのだと思います。私はColaboを応援します。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboの女性支援活動に深い敬意を抱いています。バックラッシュに負けずに、女性支援をさらにひろげる運動に賛同します。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
社会的に弱い立場に追い込まれた人やそうした人に伴走する人を攻撃し、押しつぶしてかまわないとする文化が醸成されてしまったことに、怒りと悲しみを覚えます。Colaboと仁藤さんへの攻撃に大きな批判の声をあげ、その活動を支えることは、そのような文化に抗ってゆくことでもあると思います。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
攻撃や嫌がらせを目的としたデマ情報の投稿や拡散は到底、許されるものではない。もし団体の活動内容に反対ならば、言論で正面から批判すべきであって、デマでダメージを与えて黙らせようとするのは単なる業務妨害だ。そんなイジメを放置してはならない。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
いま生じているColaboと仁藤夢乃さんへの攻撃は,社会的に排除された若年女性を支援する貴重な実践への攻撃であり絶対に許すことができません。仁藤夢乃氏の実践は,若年女性の生きづらさが,今日の社会の課題であることを明瞭にしてきました。夢乃さんのように対人援助の職にある人が向き合っているストレスは,並々ならないものです。この人の命を絶えさせてはならないとの思いで実践しているのが仁藤夢乃氏です。貴重な実践と実践者に対する攻撃は許すことができないものであり強く抗議するとともに,夢乃さんを支える一人になりたいと会の発足を賛同します。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
社会的に弱い立場に置かれている女性の支援を続けている仁藤夢乃さんとColaboを応援しています。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboと仁藤夢乃さんの活動に敬意を表しています。悪意に満ちた誹謗中傷に対し、断固異議を唱えます。Colaboの活動が安全に継続されることを心から願っています。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
『ケア宣言』(大月書店)には、アネット・ベアーの言葉として、「・・・男性中心的に捉えられた生活スタイルにおいて女性の所与とされ、養育者、ケア提供者、内助者として彼女たちが担ってきた活動を、男性たちは経済的な枠組みと同じように、「そのケアを当然視し、あるいはその価値を貶め」てきた」とある。たとえば、男性たちは、性的なケアを女性に求めておきながら、そのような「ケア」の提供や、提供する女性たちを蔑視してきた。Colaboは、このような男性の姿を映しだしてくれる鏡である。鏡を壊そうとしているのは、自分たちの醜い姿を直視することに耐えられない人々たちだろう。ケアを、正々堂々と、この社会のど真ん中におこう。新宿の真ん中に、ケアの象徴としての、バスを置こう。その光が、社会を覆いつくせるように。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
困難を抱える女性たちと共に歩んできた仁藤さんやColaboへの攻撃は、女性に対する暴力であり、根深い女性差別が引き起こしているのだと思います。仁藤さんたちの貴重な活動が中断されないよう応援を続けていきます。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
仁藤さんは、小さな声や言葉にならない叫びを聴き取りながら、搾取や暴力のない社会をつくるために活動を続けてきました。コロナで緊急事態宣言が出された時も、街に立ち、家に居場所のない若者たちの立ち寄る場をつくっていました。そのことの勇気を想います。悪意ある言葉や暴力によって、彼女の言葉や彼女の活動、そして彼女の存在が脅かされることを、許すことはできません(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboと仁藤さんに対する誹謗中傷・攻撃を許しません。性売買経験当事者女性たちと連帯して、買春・性搾取を許さないとりくみを共に続けたいと思います。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
コラボを攻撃して何を得たいのだろう。この攻撃はいじめである。支配である。第三者として傍観してはいけない。声を上げないといけないのだと思う。コラボが、支援者と被支援者という一方的関係性を排し、一緒に考え、歩んでいくという姿を提示し実践し続けていることが、どれだけ、私達の社会を安全で安心な方向に変えてきたか。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboと仁藤夢乃さんは、困難を抱えた女性への支援を一貫して行ってきた貴重で稀有な存在です。いわれなきデマ・誹謗中傷は許せません。直ちにやめてください。逆に、困難な女性たちが安心・安全に過ごせるよう、Colabo・仁藤さんの活動に積極的な応援をして下さい。困難な女性たちが安心・安全に生きられる社会をつくることは、人権が尊重される社会を築くことだからです。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboと仁藤夢乃さんの活動に賛同し応援してきた者のひとりとして、言われなき誹謗中傷からColaboと仁藤夢乃さんをお守りする会の設立に賛同いたします。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
女の子たちの意志と希望につながっているピンクのバスとその活動をしているColaboと仁藤さんへの攻撃があると聞いてとても悲しいです。「Colaboと仁藤夢乃さんを支える会」の賛同人になります。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboと夢乃さんが続けてきた活動で、隙間に落ち込んで「ないことにされてきた」ミソジニー社会日本の宿痾を受けた女性たちをどれだけrescueしてきたことか!真っ向から議論せずの誹謗中傷許せません。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
かなり執拗で組織的なバックラッシュのように感じますが、一言で言えば女は黙れというメッセージなのだと思います。でも、ここで怯んだら、やられたい放題になると思うので、しっかり踏ん張っていきたいですね。地方にいるため迅速な動きはできないかもしれませんが、私も共に仁藤さんたちの活動に連帯して声をあげたいと思います。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
少女たちの声を聴き、活動している仁藤夢乃さん、そしてColaboの活動を引き続き応援する気持ちと共に、誹謗中傷等を行う人に対して抗議の声を上げます。私たちはそれぞれ活動する地域が離れていても、同じ想いを持ち共に活動してきました。それはこの先も変わりません。誹謗中傷に屈せず、Colaboそして仁藤さんと共に歩み続けます。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
困難をかかえて生きる女性を放置せず、出会いを丁寧にして、信頼を得て、関係を結び、繋がり「ひとりじゃないよ」と、ともに歩んでいる Colaboや仁藤夢乃さんの活動に感謝しRESPECTしています。その尊い活動を妨げる行為が決して許されない社会であることが、司法により示されることを信じ、願い、ともにあります。前へ。前へ。ともに。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
私はColaboさんで、食料運搬のドライバーのボランティアをしていました。活動の中で、仁藤さんやスタッフの皆さんが、小さなことにも心を砕いて活動しているのを身近で見てきました。難しい支援の現場をいくつも抱えながら、常に女性たちのことを一番に考え行動する仁藤さんを心から尊敬しています。そんな仁藤さんやColaboに対し、言われのないバッシング、エビデンスのない中傷、言葉だけでなく物損も含めた暴力的な攻撃が行われています。訴訟をすることの大変さは、私も身をもって知っています。微力ですが、仁藤さんを支え、彼女の先にいる多くの女性たちとともに連帯します。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
仁藤夢乃さんとは、10年来のお付き合いになります。彼女の頑張りと前向きに進む強さが困難な状況を抱える若年女性の問題を社会に表面化させたと思っています。変えなければと強く思います。これからも応援していきます。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
当方地方の総合病院勤務の産婦人科医です。主に若年女性の支援のために必要な情報交換から始まって、すでに7年の時間を共有しています。当初は個人への支援や相談業務から始まりました。現在では多方面への働きかけをなさっていますので、意見の相違が誹謗中傷につながっていることが想像されます。少なくとも私がかかわっている主に若年女性の保護や自立を含めた支援は、公的機関の手が届かない場所での活動です。常に資金不足の中での活動を余儀なくされ、資金の流用などありえないと想像します。不確実な根拠による誹謗中傷や、さらには脅迫行為に対し反対の意を表します。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
社会が不安定になったときに犠牲になるのは、いつも女性や子供です。辛い立場に追いやられた女性を支えているColaboを攻撃しないでください。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboさんの活動は、知らなかった日本の現実を教えてくれ、困難を抱える女性にとって不可欠な存在です。この活動を通して日本の未来が少しでも明るくなると信じております。
困難を抱える女性たちの貴重な支えになっているColaboと仁藤夢乃さんらへの卑劣な攻撃に心から怒りを覚えます。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
困難を抱えた女性の支援を行う活動が、バッシングによって妨害されることなどあってはならない。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
困難を抱えている女性を支援している仁藤夢乃さんを誹謗中傷するなど許せないです。支える会を立ち上げられた有志のみなさんに敬意を表します。私にできることはしたいと思います。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
声をあげる女性たちへの執拗な攻撃を許せません。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
コラボが切り拓いてきた若年女性支援は、大切で勇気ある活動だ。若年女性を性暴力・性搾取に合わせないように声を上げることがこんなにも攻撃対象になり、犯罪を犯してでも妨害したいという意志が可視化されている。コラボを守るために賛同します。デマを拡散するなどの妨害行為をあおることもやめるべきだ。コラボのピンチに黙っているわけにいかない。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
困難を抱える女性への支援事業への誹謗・中傷を憂い、支える会が支援の輪を拡げることを支持します。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
賛同いたします。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
「声をあげる女性への攻撃を可視化し、許さない」に賛同します。私も表現の不自由展にあたって脅迫を受け、被害届を出して逮捕につながった経験があります。差別や不当な攻撃に対して抗うことが可能な状況にある人は抗うこと、その闘う行為を孤独なものにさせないため連帯しましょう。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
黙らせようと必死になって暴力をふりかざすことで、何か自分に力があるように誤解しているかもしれません。 だけどあなたたちには何の力もない。卑劣な脅しにも屈しません。あなたたちに嫌われることなんてちっとも怖くない。怒りの力を侮るな。私は仁藤夢乃さん、Colaboと連帯していきます。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
大変な立場に置かれている女性たちが、自分たちを守るために自由に活動ができることを願っています。また多くの人がそれを見守る社会であってほしいです。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboで出会ったひとりひとりから、そして仁藤夢乃さんから、自分の暮らす街で起きているひどい出来事、変えなきゃと思う数々のことを教えられてきました。だれもがお腹いっぱい食べることができ、安心して眠れる場所をつくりたい。だれもが何の条件をつけられることもなく尊重され、そのままの自分でいられる社会で暮らしたい。Colaboへと集うひとりひとりと仁藤夢乃さんを、心から応援します。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
10代の女の子たちが自分をみつける環境をつくることがどれだけ大事か、仁藤さん、コラボの活動は私に気づかせてくれました。この大事な活動を進めることは、未来の素晴らしい社会づくりに繋がります。共に前を向いて、一緒に行動を!(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboと女の子たちに連帯します。Colaboを攻撃する人たちは、それによって何を得ようとしているのでしょうか。自分の人生が面白くないのであれば、ポジティブで楽しいことを見つけて邁進した方が、いい人生を送れます。日本は法治国家なので、法に触れることをした場合、裁かれる必要があります。適正な判断が下されることを、切に願います。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
SNS上で、さまざまな誹謗中傷や活動への妨害を知り、私も強い憤りを感じていました。弱者への攻撃、差別や分断を行う卑怯な人たちの存在が、信じられません。実際にそうした行為を行う人の背後に、そうした行為をおもしろがったり、煽ったり、擁護したり、黙認したりする人の存在も、活動の妨げになっていると思います。声を上げることでしか、跳ね返せません。その先頭を走っている仁藤さんだからこそ、攻撃も執拗なのかもしれませんが、微力な私も声を上げることで、少しでも力になればと賛同させていただきました。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
賛同人になります。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboや仁藤さんへの攻撃は、困難を抱えた女性たちが受けている見えにくい被害と地続きのものであり許せないものです。Colaboを始めとする女性支援活動が、孤立させられることのないよう、支える会に賛同します。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
若年女性の人権を守るために活動を続けているColaboや仁藤夢乃さんに対する卑劣な攻撃を許すことはできません。八王子手をつなぐ女性の会は「Colaboと仁藤夢乃さんを支える会」の賛同団体になります。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboと仁藤さんは日本の社会が見ないふりをしてした問題に向き合い、女の子の居場所づくりに力を尽くしています。わたしたちはその活動を応援し、支援の輪を地方にも広げていきたいと考えています。デマ、誹謗中傷、妨害活動は許せません。Colaboと仁藤さんに岩手県から連帯します!(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
デマや誹謗中傷に負けずに支援活動を続けるColaboと仁藤さん、信念の強さを心から尊敬します。卑劣なデマで人を傷つけ、活動の妨害をするのは許せません。Colaboと仁藤さんに連帯します。(2022年、Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同メッセージ)
Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同人
Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同人
Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同人
Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同人
Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同人
Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同人
Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同人
Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同人
仁藤さんとColaboの活動でいつもすごいと思うのは、対等な立場で徹底的にかかわることです。その関係の取り方が絶妙で、何かがあってもあきらめない。そして、背後にある構造的な問題への目線を絶対に外すことがない。社会を変えていくのは、そんな活動に賛同する私たち一人一人の声と力だと思います。
Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同人
Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同人
Colaboと仁藤夢乃さんを支える会賛同人