「映像の世紀バタフライエフェクト アメリカと中東 終わりなき流血」はアメリカが戦争を捏造するという教訓を日本に与える。
12月1日オンエアされたNHK「映像の世紀バタフライエフェクト アメリカと中東 終わりなき流血」は、これまでもずっと明らかにされてきたアメリカのご都合主義による中東への関与と、アメリカが戦争を捏造する国であることを伝えていた。
番組の冒頭、2018年イラク南部の湿地帯を訪ねた冒険作家の高野秀行は「多くのクリスチャンが『エデンの園』がこの湿地帯にあったと考えているらしいが、いまの景色は世界の始まりより世界の終わりを思わせる物悲しさだ」(高野秀行「イラク水滸伝」)と語っている。
アメリカの介入は報復を呼び、報復はさらなる介入を招くという悪循環が中東では繰り返されてきた。アメリカ兵は「テロリストを生み出しているのは俺たちじゃないか。誰も理由が分からないまま兵士たちは無駄な血を流し続けている。」と語る。
1902年にイランで油田が発見されて、世界の動力源が第一次世界大戦を契機に石炭から石油に移行すると、欧米はオスマン帝国領内にある石油に注目していった。
イギリスは「(聖地)メッカの指導者が求める全地域においてアラブ人の独立を承認し、支持する用意がある。」とアラブ人に約束する。(イギリスがアラブ人と交わした書簡より)
「今トルコ人の支配下にある諸民族は確かな生命の安全と妨げられることのない自律的発展の機会を保障されるべきである。」(アメリカの大統領ウッドロー・ウィルソン)
しかし、アラブ人は連合国の勝利に貢献したが、約束は裏切られ、連合国はサイクス・ピコ協定によって中東を分割した。イギリスはイラクの国王にイギリスの勝利に貢献した「アラブの反乱」を率いたメッカのファイサルを据えた。
「私はイギリスの政策手段の一つにすぎない。悲しいことにイラク人はいまだに存在しない。存在するのは国民意識あるいは一体感を欠いたバラバラな人々の集まりだ。」(ファイサル)
ヨーロッパが中東アラブ地域につくったのは「ステート(state)」であって、「ネーション(nation)」ではなかった。ネーションは共通の民族的起源、言語、信条、伝統、生活様式をもつ人々の集合体だが、ステートは地理的な人工的境界の中につくられた実体にすぎない。
イラクはその後40年近くにわたりイギリスの強い影響下に置かれたが、他方で、イギリスはイラクの隣国イランでも石油採掘権を独占し、利益の90%近くを手にしていた。しかし、これに反発したイラン人たちはモサッデグ首相主導の下、1951年に石油産業を国有化する。「イランは主権国家として当然の権利を行使している。イランには隠れた財宝がある。だがその上には大蛇がとぐろを巻いている。外国を叩き出せ、貧困を追放せよ。イランをイラン人の手に!」(モサッデグ)
イギリスはモサッデグ政権打倒の協力をアメリカに求めたが、アメリカCIAの工作員のカーミット・ルーズベルト・ジュニアは、イラン軍高官や宗教指導者を買収し、群衆に「さあ、俺と一緒に叫んでくれ、いいか国王万歳、国王万歳!」を叫ばせた。
1953年にイランに共産主義の浸透を恐れ、かつイラン石油に関心があったアメリカはイギリスともに、モサッデグ政権打倒のクーデターを画策し、1953年8月19日にクーデターが実行に移され、モサッデグは反逆罪で有罪判決を下される。イランは中東屈指の親米国家となり、国王は石油収入の多くをアメリカからの兵器購入に充てた。またパーレビはアメリカCIAとイスラエル・モサドの協力を得て、秘密警察モサドを使って弾圧政治を行っていった。アメリカ文化がイラン社会を席巻していったが、イランではアメリカ流の豊かな生活ができる階層と、イスラム文化に強く影響される保守的な貧しい階層の二分化進み、1979年に極端に反米的なイスラム共和国体制が革命によって成立し、革命の指導者ホメイニの思想に共鳴する学生たちはテヘランのアメリカ大使館を占拠し、その解決に444日間かかり、アメリカとイランの対立は定着していった。
アメリカは1981年9月にイラクがイランに侵攻すると、今度はイラクに接近した。アメリカは米軍がもつ機密情報やミサイルやレーダーなどの軍事技術を提供した。イラクはイラン軍に対してサリンやマスタード・ガスを使用したが、アメリカやヨーロッパ企業はその原料となる化学物質をイラクに輸出していた。
ところが、イラクが1990年8月にクウェートに侵攻すると、アメリカのイラク政策は大きく転換する。その契機となったのはアメリカ議会公聴会におけるクウェート人少女の証言だった。クウェート難民のナイラと名乗る少女は「イラクの兵士が銃を持って病院に押し入るのを見ました。保育器から赤ん坊を取り出し、その子を冷たい床で死なせてしまいました。恐ろしい光景でした。」と証言する。ブッシュ大統領はその証言を繰り返し引用し、軍事介入の正当性を訴えた。
「テレビゲームと同じさ。ボタンを押すだけだからね。」(多国籍軍のパイロット)
「みんな死んだ、何のために? 戦争やめて!彼らに伝えてよ!ブッシュに伝えてよ!」(イラク市民)
「誰も戦争なんか望んでいない。なんで殺すんだ。」(イラク市民)
しかし、湾岸戦争が終わった1年後、ニューヨークタイムズがナイラと呼ばれる少女は、実はアメリカに住むクウェート大使の娘で、証言は嘘だったと暴露した。クウェート政府がアメリカのPR会社に1000万ドル以上支払ってしかけたプロパガンダだった。ちなみに日本はこの噓の証言によって開始された湾岸戦争の多国籍軍支援に130億ドルを支出している。
「問題はPR会社が世論を変えたかどうかではない。アメリカ政府と外国の利害関係者、民間のPR活動が一体となり、健全で理性的な議論を押しつぶしてしまったかどうかだ。」(ジャーナリストの言葉より)
2003年3月、ブッシュ大統領「手遅れになる前にこの危険は排除する。」と言って、イラク・フセイン政権の危険性を強調するようになったが、パウエル国務長官はイラクがトレイラー型施設で生物兵器を製造していると主張した。「情報源はその施設を管理していたイラクの化学エンジニアの証言です。彼は生物兵器の製造現場に立ち会っていました。」とパウエル長官は語る。
結局、イラクでは大量破壊兵器は見つからなかった。嘘の証言をしていたのは亡命イラク人で、カーブボールというコードネームで呼ばれていた。(本名ラフィド・アフワン)カーブボール自身がテレビで「真実ではかった」と証言し、イラクでは、アメリカ軍の駐留に反発する攻撃が多発し、国連職員やジャーナリストなどが犠牲になった。
アメリカ軍は2011年に撤退したものの、ISの台頭で再び駐留を余儀なくされた。ISのテロは2015年11月のパリの同時多発テロ事件のように世界各地で起きるようになり、アメリカの中東への関与はテロの種子を蒔くものだった。
「イラクの人たちは良い人たちだ。世界中の誰とも変わりはない。私たちはイラクの人々のために果たすべき役割を果たせなかった。」(イラクに派遣された元アメリカ兵)
「私たちはテロリストと戦っていると言われるが、本当のテロリストは私であり、占領こそがテロリズムだった。(イラクに派遣された元海兵隊上等兵)
2025年6月にイランを攻撃したトランプ大統領は、「40年間にわたってイランは『アメリカに死を』『イスラエルに死を』と叫んできた。我々の国民を殺害し(道路脇)爆弾で腕や脚を吹き飛ばしてきた。」と述べたが、道路脇爆弾(NHKの訳では「道路脇」は省略されていた)でアメリカ兵が殺害された」のはイランではなく、イラクにおいてだった。アメリカはイランとイラクの区別もできないような政治指導者たちによって、中東に介入し、それがアメリカなど欧米に対するテロとなっている。アメリカは虚偽の情報を軍事介入の正当性にしてきたが、集団的自衛権ともなれば、そのアメリカと中東で日本の自衛隊も戦うことになるし、アメリカは私たちが住んでいる東アジアでも噓の情報で緊張をもたらしている。25年に中国が台湾に軍事介入すると語ったアメリカ軍関係者の証言もまったくのフィクションだった。
※表紙の画像はhttps://ndn-news.co.jp/tv/5155/ より


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