四大企業 アトラース 作:スキル素材年中枯渇ニキ
20歳、CEOです
辺りを見渡せば、そこには倒壊した建物、錆び付いた交通標識、無秩序に増殖する雑草が視界を支配する。崩壊した人類社会の残骸は、もう人類の繁栄に役立つことはないだろう。
嘗ての人類の街がこんな有様になったとしても、それでも太陽だけは平等に温かい光を齎していた。だが、最早人類はその恩恵を授かる事すら叶わない。
「逃げろッ!! 3km先にタイラント級がいる!!!」
「な、何でこんな所に!?」
「何でもいい! 指揮官、任務は中断して退却を! 現有戦力で勝てる相手じゃない!!」
3人のニケと1人の指揮官と呼ばれた人間は、初めは終結しつつある小型のラプチャーを一掃するという簡単とまでは言えないものの、対処が可能な任務の筈だった。だがそれはタイラント級の出現という形で裏切られる。
「わ、分かった! 指揮官の権限を持って退却を――」
「ッ! ……待ってください。囲まれています!」
「何ッ!?」
どこに隠れ潜んでいたのか、周囲に小型のラプチャーが出現し始めた。どう見ても前情報とは食い違う数であった。
罠。4人の頭の中にその文字が浮かび上がる。タイラント級や小型ラプチャーを隠し、戦力を過小評価させてチームを釣ったのではないか?
絶望感で4人は顔を青くした。冷や汗が滝のように流れ落ちる。
だがこのチームのリーダー格のニケはそんな中でも頭を無理矢理にでも冷静にした。
「指揮官、私達で包囲網を一点突破する! 突破した後は私が殿をやるから、その隙にアークに逃げろ!」
「ばっ、馬鹿言え! 仲間を見捨てられるか!」
「指揮官は人間だ! レーザー一発で致命傷だ! ニケの誰かがやらなくちゃならない!」
「そのニケだって同じじゃないか! 頭を潰されれば終わりなんだぞ!?」
「指揮官ッ! いいからさっさと決断しろ! 今こうして問答をしてる時間だって惜しいんだッ!!」
リーダー格のニケはアサルトライフルを構える。他2人のニケも、心の中では賛同しなかったものの、状況がそれを許さなかった故にショットガン、サブマシンガンをやむを得ず構える。
「……ッ! クソッ!!!」
指揮官も覚悟を決めたのか、拳を震わせながらも腰を低くし、走る体制に入る。
「行くぞッ! エンカウン――」
――瞬間、左方向から爆発した。
赤い爆風がラプチャーを包み込み、その爆風の威力に耐えられなかったラプチャーも連鎖的に爆発する。
余りの衝撃波に4人とも膝をついた。熱風が肌を焼くものの、爆発からは辛うじて逃れられたようだった。
「うっ……あっつ……一体何が、新手か?」
「にしてはおかしい……私たちが無事で、ラプチャーを大量に巻き込むなんて……と、兎に角チャンスだ! さっきの爆発で空白地帯ができたから、そこから逃げられ――うわあっ!!」
今度は違う方向から爆発。さらに続けて連続して爆発がラプチャーを襲った。
流石にこんな事になっては退却所ではない。4人は両手を頭にかぶせて縮こまる。
それから何十秒が経過しただろうか。爆発が収まり、顔を上げてみれば、そこにはかつてラプチャーだった物しかなかった。
「い、生きてるのか……? 私たち」
「も、もしかしてだけど」
救援。そう言おうとした刹那。
「なぁんが。最近のラプチャーどんは根性なかど」
聞き慣れない方言が鼓膜を震わせる。4人は期待を寄せてその声のする方向を見ると、そこにはロケットランチャーを携えたショートカットの赤髪の少女がいた。あの小柄な体に見合わない巨大な武器を軽々と持っている辺り、ニケだろう。
「ほ、本当に救援……!? 助かった!」
「おう、おまんら無事だの? よか!」
「あ、と……そうだ! 救援、感謝する! 私は、〇×所属の▼◇というものだ。貴女は……?」
指揮官が敬礼して所属と名前を伝える。
「おう、随分と丁寧だの。礼には礼で返さにゃならんの! おいは、アトラース直属部隊タルタロス所属、コメートち言うもんじゃっど!」
アトラース、タルタロス、そしてコメートの名前を聞いたニケ3人は、コメートに銃口を向けた。
「お、おい! お前ら何を――」
「指揮官! コイツ、
アウターリムの名前が出て、指揮官は押し黙った。納得したというよりは、困惑が頭の中を支配してどうしたらいいのか分からないといった感じであったが。
「……おい達もわっぜ嫌われたもんだの? 命ば助けたちいうに、感謝さるっでもなっ銃口ば向けらるっとは」
「タルタロス、噂は聞いてる。アトラース社の最高戦力。ダストシュート作戦では、メティス部隊を叩き潰し、アブソルート部隊を退却に追い込んだって……!」
「交渉や和解よりも制圧ば優先した中央政府どんの自業自得じゃなかと?」
「兎に角、そのバカでかい銃を捨てて失せ――」
ジャキン、という音が横からした。それも左右からだ。
「お前らだよ。銃を下ろすのは」
視線だけ左右に向けると、そこにはスナイパーライフルを構える、長い青髪の小女と、アサルトライフルを構える、無秩序に伸びた緑髪の少女が4人を睨みつけていた。
「お互い五体満足で帰れる。大人しく助けられて、お互い見ないふりをすればな。違うか? それとも試してみるか? そのメティスとアブソルートを倒したと噂のあたしたち相手に、指揮官を守り切れるかどうか?」
「……っ」
コメートは兎も角、他2人からの殺意に当てられて流石に委縮してしまったニケ3人。分かりやすく呼吸が荒くなり、辛うじて前に構えている銃も震えている。
そんなニケ3人に、ハンドサインで銃を下すよう命令したのは、多少落ち着きを取り戻した指揮官だった。
「戦力差が圧倒的過ぎる。見逃してくれるというのなら、見逃してもらおう」
流石にこのような状況下であれば、反対意見も出ようもなかった。ニケ3人が銃を下すのを確認すると、青髪のニケと緑髪のニケもホッとした様に銃を下した。
「3km先にタイラント級がいるって話だっただろう? 相手がアウターリムのニケとは言え、こんなことしてる場合じゃない」
言われてみればそうだ、と決意を新たにするニケ達だったが、「あー……」と青髪のニケが少し気まずそうに語りだす。
「それなら多分大丈夫だ。あたしら2人がもう倒したぞ。そのタイラント級」
「……は?」
青髪のニケの言葉が、4人の頭に入ってこなかった。
「遅かったの、ゼロどんにシューティーどん。これならおいどんがタイラント級追いかくればよかったかの?」
「ほざけ。お前リミッター解除しただろ? この破壊痕」
「救助に本気を出さじ、取り返しがつかん事になったやどうすっど?」
「ダメだろ、お前の武器じゃ。取り返しがつかないだろ、コイツらが爆発に巻き込まれたら。包囲網に1か所穴をあけるだけでも良かったんだよ、コイツら逃がすだけならな。だから馬鹿って言われるし、お前のアイディアも社長に採用されないんだよ。その短絡的で能天気な脳味噌は」
「馬鹿ち言うたかシューティー!? 倒置法がしつこって話がややこしかわいに言われとうはなか!!」
「こっちのセリフだ、話がややこしいは! 聞き取るこっちの身にもなれ、ひっでぇ訛りしやがって!」
何やら小さい事で口喧嘩を始めた2人を尻目に、4人は戦慄を隠しきれなかった。タイラント級と言えば、大規模にニケを動員して安定して勝てるかどうかという戦闘力を持ったラプチャーだ。アブソルートやメティスのような規格外な精鋭がいる以上3人で撃破は百歩譲って理解できなくもないが、あろうことかこのチームタルタロスは、二手に分かれて大量の小型ラプチャーの撃破とタイラント級の討伐を同時に達成してみせたのだ。
2人が口喧嘩を始めて少しした所だった。
何やら禍々しい金属音と何かガスの様な物を排気するようなこの聞きなれない音が耳に入り込んだ。最初は気のせいかと思っていたが、時間が経つほどにハッキリと聞こえるようになる。
指揮官は嫌な予感がして、ニケ3人に周囲の警戒を行うよう指示する。
いよいよ鈍い金属音がハッキリ聞こえるようになってきた。だというのに、奇妙な事にアウターリムのニケ3人は慌てる様子はなかった。
「……ん? ああ、忘れてたな、そういや。ゼロが呼んだのか。悪かったな、手間かけて」
ゼロ、と呼ばれた緑髪のニケは小さく頷いた。思えばさっきから一言も喋っていない。コミュ障だろうか。
そうこうしてる内にけたたましい金属音が徐々に大きくなっていく。やがて音の正体が肉眼でも分かってきた。大きさだけならタイラント級ラプチャーに匹敵する装甲列車だった。
戦闘体制に移る4人だったが、シューティーがそれを手で制する。
「構えるな。ラプチャーじゃないぞ、あれは」
言われてみれば確かに奇妙な事だった。もう有効射程距離だと思われる距離だというのに、ミサイル1発すら撃ち込んでこない。
何よりーー
「あ、アレは……!? さっき私が見た、タイラント級ラプチャー!?」
そう思わしきラプチャーが、装甲列車の後方車両に鎖で縛られて貼り付けられていた。完全に沈黙しており、捕獲というわけではなさそうだが、それでも夢でも見ているかのような常軌を逸した光景だった。
その装甲列車から扉が開き、中からゾロゾロと人間が出てきてはラプチャーの残骸を回収し始めた。どうやら本当に普通(?)の装甲列車だったらしい。
「うっわ……
「関係ねぇよ、あたしとゼロは! この馬鹿だよ、やったのは!」
「また馬鹿ち言うたか! 馬鹿ってゆ方が馬鹿なんじゃ!」
「見ろこれ! なるべく保存のいい状態で仕留めただろうが、あたし達が仕留めたヤツは! 問答無用で粉々にしやがったお前とどっちがマシな頭してるかよく考えな、そのミジンコ以下の馬鹿な頭で!」
「全 員 殺 ス !!! 3回も馬鹿ち言われた!!」
「止めてくださいって姉さん達! ここ地上っすよ!? そりゃ姉さん達はいいかもしれないっすけど、俺らは何時襲われるか気が気じゃないいっすよ! アルトアイゼンがあるから多少は戦えはするでしょうけど!」
ワーワーギャーギャーと喧しく騒ぎ立てる。確かにまた何時ラプチャーが来るか分からない以上こんな所で留まるのは得策とは言えない。やったのはアウターリムのニケとは言え、ターゲットは沈黙した以上、ここに留まる理由はない。
「……アウターリム……いや、アトラースのニケ達!」
装甲列車の搭乗員があらかたラプチャーの残骸を回収して、タルタロスも帰り支度をしている所、指揮官の呼びかけに全員振り向いた。
「アークとアウターリムは、お互い色々あったが……それでも俺は、お前達に感謝したい! ありがとう、命を助けてくれて。助けてもらった事、絶対に忘れない」
姿勢良く敬礼する指揮官。その指揮官に従うニケ3人も、黙って指揮官に続いた。
「そうか」
コメートがそれだけ言って軽く手を振ると、アルトアイゼンと呼ばれていた装甲列車に乗り込んで行ってしまった。あっという間に視界からその姿が小さくなっていき、さっきまでの喧騒が嘘のようだった。
「なぁ、お前ら。アウターリムの人達と、和解するっていうのは出来ないのか?」
指揮官の問いに、3人はどう返答したらいいか迷っていた。
「……難しいだろう。アイツらは、アークを怨んでる。思えばコメート……アイツが特別友好的に私達に接していただけだ。見たか? 他の連中の目……完全に笑ってなかった」
「じゃあ、何で銃を向けたりしたんだ? あんな事したら余計アークの事が誤解される」
「無理なんだよ。もうアークとアウターリムが和解できるチャンスはとっくに消えたんだ。中央政府もやる事やってるし、アウターリムの連中は絶対にアークに心を許したりしない」
新米とは言え、流石に勉強不足だぞと最後に注意を受けた指揮官だったが、表情を見るにまだ納得行っていないようだった。
「帰ろう」
とりあえずは、任務完了と言える状況にはある為、もうここに留まる理由はなかった。
この件も中央政府に報告しなければならないし、アトラースについて考えるのは後でいいだろう。
指揮官にそう説得して帰路に着く。だがその間にも、指揮官の顔色が良くなる事はなかった。
アウターリム
認識チップを持っていない人間、アウトローが屯するスラム。人によっては、スラムという表現すら温く感じるかもしれない。
街灯はなく、あっても壊れているか、頼りない光源でしかない。道路は整備されておらず、道路というよりは地面という表現が正確だろう。立ち並ぶ建物も、その場で拾った鉄屑を立て付けて建てている、のはまだいい方で、プラスチックやボロい木材で構成されているのも珍しくはない。
人が住むには最悪なインフラ。そこには店もない。食うに困った人間に盗まれるから。
酒の勢いで人を殴り殺すチンピラと、殴られて殺される貧相な男。出来上がった死体は放置されて誰も気にもとめない。
横を見れば乞食が横たわる。当然ながら側にある容器には何も溜まっていない。そんな乞食は干からびて動かない。
おおよそ人が住める環境ではない。まさに地獄。
そんな地獄は……もう8年も前の話だった。
アルトアイゼンに乗って帰ってきたアウターリム、そこで辿り着いた鉄道駅から出たタルタロスの3人の目に飛び込んできたのは、眩しさすら感じる青色の空だった。
クレープを片手に歩き話をする女性二人、公園でサッカーに興じる大勢の子供達、袋にパンパンに商品を詰め込んで店から出てきた男と、またのご利用お待ちしております。と挨拶する店員。
嘗て怒と哀が支配する社会は鳴りを潜め、喜と楽が入り混じって合唱を奏でる。
寒さを凌ぐ役割すら果たせてはいなかった嘗ての建物は、人間がどうこうできるとは思えない程の頑丈な石材で作られた。それが道路に沿って乱立している。
まるでアークの様ではないか。無論、薬で彩られた虚飾ではない。とは言え、8年より前の惨状を思えば夢でも見ているのだろうかと、ここにいる誰もが多かれ少なかれ不安を感じている。
「なあ、お前ら」
「んお?」
「……?」
「今でも思うよ。質の悪い夢でも見てるんじゃないかって。信じられるか? 今や人類最強戦力の候補だぜ?
「……
コメートのコメントに、ゼロもはにかみながら首を縦に振って同意する。
「まぁ、そうだな。だけど、それでも不安に駆られる事はあるよ。目が覚めて、気付いた時には娼館のベッドの上かもしれないってな」
「……きもっは分かっ」
そうして歩く事数分、この新しくなったアウターリムで一頭高いビルに到達する。
アトラース本社。天才とも怪物とも称される男が8年前に立ち上げた新興企業。インフラ整備と食品生産、そしてニケの製造から始まり、認識チップのないアウトローに実質的な人権を与え、アウターリムに秩序を齎した。
アウトロー達の今の生活は、アトラース社なくしては崩壊する。それがよく分かっているから、アトラースを怒らせたり、アトラースが倒れるような事は絶対に許容できない。
だから本社の入り口だけでも6人体制で厳重に守られているのだった。
「身分証を」
いつもの事だとでも言わんばかりに既に用意された社員手帳を警備員のニケに提示する。アトラース本社に所属する人間、ニケに支給されるこの社員手帳は、アウターリムで最も信用されるものであった。
「……確認した。通れ」
無言の間に社員手帳に内包されているICチップは、タルタロスの3人が本人で間違いないという事を証明した。
会社に入るたびにこのやり取りの為、煩わしいと思わないでもなかった。しかし必要な処置だとも考えている。
この本社でCEOを務めている男『アドルフ』はアウトロー達の希望であると同時に、中央政府にとっては目の上のたん瘤もいい所だった。少なくとも、生死問わず、つまり殺した人間に10億クレジットの懸賞金が支払われるという異例の対応が行われた程には。
認識チップのない非市民にも支払いが約束されていると何度も喧伝されている。にも拘わらずアウトローは誰もアドルフを売ることをしない。中央政府に極めて強い不信感を抱いているというのもあるが、10億クレジット以上の恩恵を、アドルフは自然と齎しているという事実をアウトロー達はしっかり認識しているからだ。
そんな重要な立ち位置にいる男、アドルフは……
「シューティー、貴女は1割減給、コメートは6割減給です」
「後生じゃっで! そいだけは勘弁したもんせ! 社長どおおおおおん!!!」
自分の自慢の精鋭部隊に減給を言い渡していた。
「シューティー、貴女は何故この馬鹿に救助をさせたのですか。いえ、救助自体はいいのですが、我々の兵力がアークの部隊に手を掛けたというのは極めて面倒な事態となります。そうなりかけたと報告にありますが?」
「それは……馬鹿だとは思ってなくて……コイツがそこまで……」
シューティーの返答を聞いたアドルフは今度はコメートに目をやる。
「……後悔はしちょらん!」
「分かりました。この件に関して異論は認めません」
「ないでとおおおお!! おいはきばったじゃなかとおおおお、社長どおおおおおん!!!」
抱き着こうとするコメートを片手で押しのけて「では次の話に移ります」と話を進めるアドルフ。
「任務帰りで疲れている所心苦しい思いですが、また任務です。概要はこの書類に纏めてあります」
アドルフの机の上に置かれた書類をシューティーは早速手に取った。
指定された地区へステルス輸送車でラプチャーの目を搔い潜りつつ、物資を届ける。その護衛を行うという任務だった。
「……護衛任務? 王国への物資運搬車の? 確かグリモワール隊の担当では、この任務は?」
「ええ、ですが急遽予定変更となりました。彼女達は今タイラント級の対処にあたっています。この任務を担当できる且つ手が空いている部隊が貴女達しかいません。やってくれますね?」
「やれと命じたもんせ! おい達が完遂してみせっ!」
これを名誉挽回のチャンスと捉えたコメートは、水を得た魚の様に任せろと豪語する。シューティーやゼロも言われれば任務を遂行するつもりでいたのか、異論はないようだった。
「ではお願いします。必要な物資があれば後ほど申請してください」
その後タルタロス隊が退室したアトラース社の社長室、そこでデスクワークの続きを再開するアトラース社CEOアドルフ。
先進技術研究部の研究報告書、各部署からの予算申請、軍部の作戦による被害報告、確認しなければならない書類が山のように積み上がっている……だけならまだよかった。処理しても処理してもまた次から次へと現在進行形で増えていく為切りがない。
そんな状況に憂鬱な思いを抱きながらも、自分にしか出来ない仕事と心に鞭打って万年筆を手に取る。
……それから暫くしての事だった。アドルフがデスクワークをしている社長室に、1人の少女が音もなく入ってくる。
それもドアからではない。何もない壁から、幽霊のようにすり抜けて入り込む。一見物理法則を無視したその少女は、両手を広げてアドルフの後ろに回り込む。
音もなく、それでいてドアも使われていない為アドルフはその少女に気付かない。少女は徐々にアドルフに後ろから近づき――
「ぅ〜〜〜わああああああ社長ぉ〜〜〜〜!!!!」
やる事はただ抱き着くだけであった。
「! ……ガイスト、またですか。脅かさずにドアぐらい使いなさい」
「うへ……うへへへへへ……社長に会うの、1カ月ぶりで……」
「まったく……それでは、早速報告を聞きましょう」
「はぁい! 社長の言った通り、マリアンの情報を持ってきましたぁ~~! 浸食コードを埋め込まれてるのを何度も確認しましたし、データも私のNIMPHを通して確認できますよぉ~~!」
「やはりですか……ラプチャーと取引して、浸食コードを埋め込まれたニケを提供していると見ていいでしょうね……」
「どうします? こぉんな不祥事、中央政府もすごぉく困ると思いますよぉ~~?」
「いえ、止めておきましょう。流石に信じる人間は少ないでしょうし、証拠も足りません。確認できただけでも、成果としては十分です」
「そうですかぁ~。あ、それと『
「ただ?」
「マリアンもですけどぉ……その指揮官も微妙にセキュリティが硬くてですねぇ~特に血液型に関してはすごぉく硬くてぇ……タイムリミットも迫ってたので血液型だけは確認できずに切り上げちゃったんですぅ……」
「成程、Rh X型ですね」
「……うぇ? 社長、分かるんですか?」
「確証はありません。ですが、隠さなければならない程に珍しい血液型となれば、答えは限られてきます。隠しているのも、特定対策のプライバシー保護の観点からだとすれば納得も行く」
「はえ~、流石は社長! いよっ、天才科学者! 天才経営者! 人類最高の頭脳!」
「褒めても何も出ませんよ。報告が以上でしたら、入手したデータのバックアップを取っておいてください。それが済んだら、また次の任務が出るまで自由時間とします」
「はぁい! それじゃ社長、さよぉならぁ~~! また後で~!」
そう言ってガイストと呼ばれた少女は、軽く手を振りながら壁に吸い込まれていった。
「あ、こらガイスト、ドアぐらい使いなさいと……ハァ……思考転換を起こさなければいいのですが……」
どっと疲れたのか、気分転換の時間を欲しがるアドルフの体に従い、社長室に備えられたコーヒー器具でコーヒーを注ぐ。何時ものように体が糖分を欲しがるので、角砂糖とミルクを入れて味わった。
そのコーヒーを飲みながら窓から見渡す景色は、平和を享受するアウターリムの非市民達。
「……この世界に転生してから20年……長かったような短かったような……ですが、どん底からここまで来ましたよ」
人類がアークに拠点を移してから100年余りが経とうとしている。未だに人類の未来は、コーヒーの様に薄暗く、苦い物である。
「……この絶望の未来で、私に出来ることはあるのでしょうか……? 何の為にこの世界に転生してきたのでしょうか? この世界を救えというのであれば、お約束通りチート能力でも授ければいいものを……」
まだ自分の舌が苦いと訴える。アドルフはコーヒーに角砂糖とミルクを足す。
「ですが足掻いてみせますよ。指揮官の力になり、何れ地球からラプチャーを駆逐して世界を救う、その礎となりましょう」
アドルフはコーヒーを堪能しながら、今までの二十年を振り返った……
現在公開可能な情報
アトラース
CEO アドルフ
原作開始時点から8年前に起業した、アウターリムに拠点を構える会社である。
起業時点でエンターヘヴンの穏健派を吸収、その後は清明会、牡丹会、ヘッドニアを傘下に収め、アウターリムを統一支配する。
メイン事業は全てと言っても語弊がなく、幅広く展開している。他三大企業と比べても技術力は劣らず、部分的に上回っている分野も確認できる。
ニケの生産理念は、新人類の創造。全く新しい人類の在り方として、人類の限界を超え、可能性を引き出す為、既存の技術を発展させつつ最新のテクノロジーを組み合わせて、優れたニケを生産する事を目標としている。その為生産されるニケのコストは高いものの、それに見合う、又はそれ以上の性能を有する。
中央政府はアトラース社を正式な企業として認めておらず、巷で噂されている四大企業という呼称も、公的には正確な表現ではない。
また、アトラース社には中央政府の許可なく兵器、及びニケを製造している他、資源の独占、ピルグリムの援助といった違法行為の容疑があり、公的にはテロリストという表現が正しい。