滅尽龍のシリオン   作:匿名

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名無し

妙に気まずい空気の中、皆が2人組に分かれてそれぞれの作業を進めていた。クレタとベンが倒れた大きな侵食体を観察しながら後処理を話し合い、グレースとアンドーがプロトタイプや他の重機の点検を行う。残りの余った2人、1匹は心配そうに片方を眺め、もう片方は相変わらず地面で苦しんでいる。

 

「えっと…大丈夫ですかー?」

 

ボンプの問いかけに返ってくるのは呻き声だけで意思の疎通は出来ない。

 

「マスター、私のデータベースにエーテリアスの味に関する情報はありません。後学のための聞き取り調査をお勧めします」

 

「こらFairy、どう見ても彼は今そんな状態じゃないだろう。それに、食べる機会なんて来ないと断言しても良い」

 

ボンプの体では看病のしようもなく、そもそも何が出来るのかも分からない。白祇重工の話し合いが一段落して、男も怪獣の遺体も無理に動かせないことから治安局に通報して丸投げすることになった、一応男は怪我人ということにしてある。通報してから思ったより早く現場に2人の治安官が到着した。

 

「通報を受けて来ました。一先ず負傷者の安全確認からさせてください」

 

背筋が真っ直ぐ伸びて所作から自信と頼もしさが溢れる治安官が軽く敬礼をしながら宣言通りに倒れている男に近付き、共に付いて来ていた小柄でツインテールの治安官がクレタ達から事情聴取を開始する。

 

「わざわざホロウの中に呼んじまって悪いな」

 

「謝罪する必要など無い、事件は場所を選ばぬゆえにな」

 

プロキシがここに居ることは話せないが、この得体の知れない侵食体にことを治安局がどう扱うのかに興味があるのでパエトーンは壊れたボンプの振りをする。クレタの口から説明されるのは殆どが事実に基づいた事のあらまし、多少の改変はご愛敬。

 

「成る程、キャロットを持ったボンプが故障、迷っている間にそこのエーテリアスとも分からぬ者に襲われたと」

 

「そうなんだよ、なんとか倒せたまでは良いんだが結局治安官の手を煩わせることになっちまった」

 

冷や汗を流しながら乗り切るクレタだがもう一人の治安官にはまだ疑問が残っている。

 

「彼はどこを負傷しているんですか?」

 

「あー…腹かな?殴られてたかも知れねえ。肋骨が折れてたり折れてなかったり?」

 

一貫性の無い供述は治安官の眉を上げるのに十分でベンとアンドーは何とか設定を合わせようと彼女の前でこそこそと話している。怪しく思う治安官だが怪我人であることは確かな模様、しゃがみこんで声を掛ける。

 

「…治安官か?なぜここに…」

 

時間が経ち多少マシになったのか男から反応が返ってくる。状況の共有がきちんと出来ておらず焦る白祇重工の2人を置いて素早く治安官が返事をする。

 

「大丈夫ですか?今日が何日か分かりますか?」

 

「…知らん」

 

「ご自宅の住所は?」

 

「知らん」

 

「…お名前は?」

 

「ネルギガンテだ」

 

少しだけ記憶喪失を疑ったが告げられた名に心当たりが有ったために相方を呼んで彼女の記憶と照合してもらう。小柄な治安官の方は男に気が付くと口元を僅かに緩めて話しかける。

 

「おや、これはネルギガンテどの、まさかホロウの中で出会うとは奇遇な事もあったものだ」

 

まるで悪戯がバレた時のような居心地の悪さを感じながら男が声を絞り出す。

 

「確か、青衣だったか?元気そうで何よりだ」

 

「うむ、我も同じことが言えたら良かったのだが」

 

以外にも青衣の声音は明るい、男が下から見上げながら取り敢えずは沙汰を待つ間に背の高い治安官が青衣と相談して行動を決める。侵食体は自分たちで調べてみても詳しいことは不明だが完全に沈黙しているようで緊急の危険は無いと判断、負傷者が推定ホロウレイダーであることでちょっとだけ場を複雑にしている。

 

「ネルギガンテさん、我々と一緒に来て頂けますか?然るべき治療を受けた後にご自身の事情を説明して頂けると助かります」

 

「断る」

 

拒否されるとは微塵も思っていなかったのか背の高い治安官が面食らい、それを見て青衣が笑う。きっぱりと言い放った男は未だに地面に寝転んでいて格好がつかない、やり取りの最中であっても体中の棘が生えては抜ける異常な光景が続いている。

 

「申し訳ありません、白祇重工の方々は大丈夫なのですが貴方はホロウに入る許可を持っていないようなのでちゃんと身元を確認しないといけないんです」

 

「そうか、手間をかけるな」

 

話が通じているようであまり通じていない男に強く出れない治安官、現段階でホロウレイダーと確証されてはいないが証拠不提示で連行することも出来はする。しかし救助の対応を間違えてしまうなど市民を守る立場の者としてあり得ない。全てを完璧に遂行したい治安官は困り果て、彼女が悩んでいる間に青衣はボンプに目を合わせその知性を覗く。

 

「先輩、すみませんがこちらを手伝ってくれませんか?」

 

相棒の呼びかけでボンプから意識を逸らし男の方に向かう、腕は抑えられており青衣が手首に手錠をかける。

 

「悪く思うでないぞ」

 

「ホロウから出してくれるんだろう?寧ろ感謝したいところだ」

 

背の高い治安官が米俵の様に男を担ごうとした時に大勢の治安官が現れる。集団の前方中央にいる彫りの深い男はヤヌス区治安総局のブリンガー長官と記憶している、最近良く街中の広告で見かける人物だ。治安官が報告に行って言葉を交わしているが次第に男をチラチラと横目で窺う回数が増える、一歩前に出た背の高い治安官の肩に手を置いて諫める長官。男のいる場所から正確に声は聞き取れないがどうやら男に不都合な方へ動いているらしい。既に面倒臭い事になっているために多少悪化したところで変わらないと男は高を括っている。

 

「治安官さん、一応討伐に手を貸してくれた人ですから、その…何卒ー…」

 

気が気でないのはむしろ白祇重工の方で、男が逮捕されるなんてことになれば詳しい経緯が公になってしまうかもしれない。交渉役はいつも一番体の大きい財務担当だ。

 

「心配せずともよい、我らと共に署に来てもらうことになるだろうがこういった場合然程悪いようにはならん、初犯ということも考慮されるであろう」

 

そんなことを青衣が告げるや否や一般の制服を着た2人の治安官が男の両脇を抱え引き摺っていく。長く伸びた棘で持ちにくそうにしながら車両まで運び、道中にポロポロと抜け落ちていく。

 

 

 

 

長官が指示を出しても中々引かない治安官、正義感から来る完璧主義を上手くあしらうことが出来ずに口どもってしまう。結局は権力を使ってある程度封殺することしか出来ないが治安官の顔には納得のいかないという表情が残る。侵食体の遺体は通常の手筈通りにH.A.N.Dに引き渡しとなり、代わりに世間に何かしらアピールする材料が欲しい長官はホロウレイダーの逮捕を決定。反論を打ち切り、足早に撤収を始める長官、男はもうパトカーの後部座席に詰め込まれていて、翼の先と尻尾が窓から見える。シートベルトは着けているのだろうか。

 

絶望を浮かべ膝を付くクレタ達を置いて遠ざかる長官達。見かねた青衣が肩に手を置き慰めるが心ここにあらず、こうなっては男が不利益な事実を言わない事を祈るしかない。

 

 

 

 

 

「着きました、ドアを開けますよ」

 

後ろのドアが開かれ、ぺろんと尻尾がはみ出す。体内の激流を消化しようとしていた男はいつの間にか眠ってしまっていた。座席に細い傷を付けながら引き摺り出され、揺さぶっても起きない事から一旦留置所に置かれ、尋問は後回しになる。呼吸は穏やかになり、棘の急成長も止まる、寝顔から張りが消え簡素な部屋の中でも図太く眠り続ける男はある時ようやく目を覚ます。真っ暗で見覚えの無い部屋、寝る前に何が起きていたか思い出そうと背伸びをして手元で弾ける音に意識が覚醒する。

 

「お縄についたのだったか」

 

意味を成さなくなった手錠を見て呟く。片方づつ引っ張って輪っかの部分をこじ開け、やることもないので格子を左右に広げて抜け出す。自分が入っていた以外にもいくつか格子で分けられている部屋があり、ベッドの上に丸い影を見たような気もしたが興味が湧かずに通り過ぎる。スライド式のドアの前に立つがどうやらカードキーが必要なようだ、以前までの男ならここで大人しくしていたかもしれない、しかし今回のホロウの探索、また出会った重機達との交流が男に悟りを与える。即ち、

 

「ふんっ」

 

スライド式を強引に押し戸に変えて開け、警報が鳴り響く。後ろの暗闇から聞こえる中年男性の驚く声を無視して男は通路を進む。案内板などある筈もなく出口を探して行き止まりにぶつかり、来た道を引き返すこと数回、前から治安官達がやってくる。出口はあちらの方角らしい。

 

「ご苦労、後は任せていいか?」

 

男が先手を打つ、誤解をした治安官達は敬礼して独房の確認に急ぐが集団の中にいた白衣を着ているシリオンとだけ目が合う。隙の無い佇まい、先端の尖った長い尻尾、鋭い目付きは男を認識した際に見開かれてすぐに元に戻る。すれ違った後に物陰に隠れ男の尾行を始める学者風のシリオンと気にせずずんずんと進む男。建物の入り口はシャッターで閉っているようだがガラスの扉ごと粉砕して外に出る、空を仰いで深呼吸する男にナイフが飛んでくるが翼の棘に阻まれて地面に落ちる。

 

壊れたシャッターの間を縫って出てくるのはさっきのシリオン。学者の装いではなくなり、ジーンズの上着、長い脚はタイツで覆われ暗闇に溶け込む、ゴツいブーツを履き人差し指と尻尾でくるくるとナイフを回してこちらを見ている。

 

「アンタ、そんな堂々と脱獄していいの?後々面倒臭くなるわよ」

 

「ここに来たこと自体が既に面倒臭いのだ、既に諦めている」

 

正面から襲撃者に対峙し、その特徴的な耳を目に入れて思い出す。

 

「下水のネズミか」

 

男の言葉に動きを止める襲撃者、暗闇で見えないが目の端がヒクついているようだ。

 

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