滅尽龍のシリオン 作:匿名
充血した目が最初に捉えたのは寄生虫を引き抜こうとするクレーンだった。左右を掴んで受け止め、拮抗している間にアームの中心が光輝く、埋まっている下半身が思うように動かず脱出は間に合わない。尻尾からビームが放たれ、男は無理矢理ににクレーンを閉じさせてビームを上下に逸らすと怪獣の背が焼ける。熱が通って柔くなった背から右足を引き抜きクレーンを放し怪獣の尻尾に向かって跳躍、ついでに左足と男の尻尾も自由になる。相手が次のアクションを起こす前に両手で根本をしっかり握り、腰を入れて引っ張ろうとした直後に鋭い痛みで勝手に手が離れて男が地面に落ちる。
何が起きたか分からない男を巨大なチェーンソーの影が覆う。慌てずに横に避けるが着地が上手く行かずに転がってしまう。うつ伏せの男が見たのは肩のアーマーがスライドして多数のミサイルの弾頭が顔を覗かせている状況。ここでようやく自分の異変に気付く、左足が動かない、負傷の事実に更に大きく口が裂け咆哮を轟かせる男にミサイルが射出される。
うつ伏せのままの男の拳が固い地面に突き刺さり、右足で前進すると同時に思いっきり掬い上げる。空中に撒かれた棘と破片がミサイルを打ち落とし、後を追うように跳んだ男が爆風の中を突き抜ける。怪獣にダメージを与える程のスピードは出ないが体に取り付くことは出来た。
「確かに力は強くなっただろう」
回転していないチェーンソーが叩き落とそうとしてくるが大きすぎるために怪獣自身の体にぶつかり成果は得られない。パイルバンカーが役割を代わっても男はチェーンソー側に逃げれば簡単に届かなくなってしまう。可動域の広い尻尾のアームは男が移動の際にかけるちょっかいからコアを守らねばならず、積極的に仕掛けることは出来ない。
「しかし、所詮は盗品」
間接を狙い、引っ掻いては捕まらないように逃げ、また引っ掻く。大した損傷は与えられないが細かい部品を剥がし、装甲を傷付けていく。こちらは時間が掛かっても構わない、白い棘が伸びていく。
「強いヤツが強くなるのは摂理だが…」
怪獣が激しく暴れても全身が滑り止めで出来ている様な男は振り落とされることはない。力の入らない左足が変な方に曲がり男の顔が歪む位で怪獣は打つ手がない。痺れを切らし尻尾で男を追っても縦横無尽に逃げられる。脇の下、脚の間、股下、背中に戻ってくる頃には尻尾は絡まってしまい男に届かない。
「…お前は本当に強かったのか?」
冷めた表情で怪獣を見つめる男の目は今だ赤さを保ったまま。本体に直接攻撃が始まり、怪獣はガードを上げ、破れかぶれにパンチを時折繰り出すだけ。誰が見ても趨勢は明らかである。
事の成り行きを遠巻きから見ていた3人とボンプはたった1人で機械の怪獣を追い込む男に目を奪われていた。
「な…なあプロキシ、アイツ誰なんだ?」
「いや…私も話したこと無いし…。ホロウ調査委員会の調査員じゃないってことくらいしか」
「あれがただの調査員だったら調査委員はとっくに零号ホロウだって踏破してるだろうな」
「グレース、なんか怒らせたら怖いからあんまりアイツにいちゃもん付けないでくれよ?」
「もう、分かってるよ、おチビちゃんにも釘を刺されているし…ってそうだ、おチビちゃんは!?」
視線を向けるとクレタが吹き飛ばされたエーテル結晶の山に向かって怪獣は倒れ込んでいた。エーテル結晶の破片を巻き込んで転がる直前に異形のシリオンのが背中から離脱する。
少しの後、片足で立つ男の前にすっかりほどけて自由になった尻尾がビームを放ちながらエーテル結晶から飛び出してくる。羽ばたきの補助で軽やかにかわし続けても向こうから近付いてくることは無い、こちらから飛び掛かっても執拗に距離をとり遠距離に徹底している。片足ではどうしても満足に追いかけることが出来ずに気まずい睨み合いが終わらない。
「おりゃああー!」
白い重機が男を警戒している怪獣の後ろからケツを蹴り飛ばす。長くホロウに放置されたその機械は今でも尚日の光を反射し、その存在感を主張している。
「おチビちゃん!」
「わりい!起動すんのに手間取っちまった、ここからはあたしに任せろ!」
デュアルショベルによく似た2本のアームを構えるプロトタイプと前後を敵に挟まれた鉄の怪獣、そして少し困惑している男。発言的に手伝ってくれるということで良いのだろうか。
じりじりと2人から離れて三角の形にお互いが陣取り、緊張した雰囲気の中男がひょこひょことプロトタイプに近寄る。
「狙いは同じで良いのか?」
怪獣の動作に全ての神経を使っていたクレタは、突然投げ掛けられる至近距離からの質問にビックリしながらも回答する。
「うわ、お…おう、アイツはウチの重機を3台も奪いやがった、生かしちゃおけねえ!」
意気込むクレタを見ながら男は考える、自分と怪獣の相性と負傷具合を考慮すると時間が掛かるし、何より全力で逃げられたら追えない可能性がある。
「補助する、好きに動け。最後は我が貰う」
ならば共闘と行こう、次はアイツが失う番だ。
プロトタイプが怪獣に向かって走り、その上には男がしがみついている。避けられないと知ったのか鉄の怪獣は雄叫びを上げ尻尾で薙ぎ払う。大きくジャンプして縄跳びのようにかわし、そのまま白い2本の脚が怪獣を踏みつけ男が続いて飛び乗り、コアを狙い相手の反撃を妨害する。簡単に男を剥がせないと学習したのか自分の体が傷付くことも厭わずにチェーンソーとパイルバンカーが躍起になって男を追う。注意がプロトタイプから逸れ、がら空きの本体に白いショベルが叩きつけられると大きく仰け反って怯む怪獣、男はふわりと舞ってまたクレタの上に戻っていた。
「アイツを倒せる良い武器を知っている」
「ホントか?今ここに無いんじゃ意味ないぞ」
「心配するな、今作っている」
意味の分からない男の言葉に疑問符を浮かべるクレタ、前方からミサイルが来る。プロトタイプの脚に移動した男が体の一部と地面を使って対空迎撃を行い、白いアームが飛び上がった男を回収、もう一方のアームはパイルバンカーを掴まえて両手が埋まる。怪獣の尻尾がクレタの居る操縦席を打つ。衝撃で揺れるキャビンの中で呻くクレタをもう一度尻尾が襲うが間に入った男が尻尾でパイルバンカーの方へ弾く。自身のクレーンに打たれて左肩が下がり、地面に付くパイルバンカーを白い脚が踏み、右からの攻撃に無防備になった怪獣を繰り返し殴る。プロトタイプの左のアームはチェーンソーを抑えていて頑丈なその作りもガリガリと削られていく、怪獣の尻尾には男が取りつき激しくのたうつそれでロデオを披露している。
「おい!このままだとコイツの燃料が切れちまう!」
既に稼働限界を軽く越えているプロトタイプ、それでもここまで動けている事実を科学者はどう説明するのだろうか。
「もうすぐだ、腕を狙え」
振り回されて黒い軌跡となっている男の声がやけに鮮明に拾える。言われた通りに狙いを本体から左肩に変えて攻撃を続ける。アームから伝わる擦過音に不安が募るがキャビンの中に散らばる父の遺産が使命感に火を注ぐ。
最早左のアームはこちらの操作を受け付けない。
「準備完了だ」
そう言って尻尾を離し、ついでに本体に生えている管を引きちぎって男が帰ってくる。正面の景色が男の翼で黒く埋め尽くされて見えない。
「おい邪魔だ、なんも見えねえ」
「ん?ああ、すまない。これがお前の目だったのか」
ちょっとだけおかしな事を言いながらプロトタイプの上まで男がよじ登る。相手のチェーンソーからアームを離し距離を取って作戦を擦り合わせる。
「それで?こっからどうすんだ?」
「腕の上がらない方の胸を狙って全力で投げろ、以上だ」
「それだけでいいのか?」
とてもシンプルな内容、それ故に武器とやらの依存値が高い。
「考え無しのアイツの事だ、次は尻尾からビームを出してくる。その直前に投げろ、設置はこちらでやる」
男がそう言うや否や怪獣の尻尾にエーテルが集まり光を放つ。
「目を瞑らずに前を見ていろ、お前が奪え」
過去の記憶が浮かび上がる。どこか幻だったとさえ思っていたかつての日々は裏付けが取れてしまい、夢だと思っていたものは自分ごと色褪せたわけではなくただ奪われてしまっただけなのだと。
「あたしが…親父を…」
奪ったものから奪い返す。かつて父と共にいた、自分が憧れていたこの白い重機なら成せるだろうか。操縦桿を撫で、アームから重みが伝わり武器の搭載を感じとる。
光が迸るのと同時にプロトタイプの上半身が回転する、叫ぶのは白い英雄の名。
「ゲローイ!!」
クレタ本人でさえ説明出来ない熱情を伴い、アームから物体が発射される、それはついさっきも見た黒い軌跡を描き真っ直ぐに飛んでいく。
「え?」
戸惑いを待つことは無く、自力で螺旋状に回転しながら猛スピードで目標に進むそれが笑っていることに誰も気付かない。
怪獣の左胸に吸い込まれるように打ち込まれ、衝撃でビームがあらぬ方向へと流れる。一定まで体を掘り進むが弾丸に備わっている数えきれない棘が怪獣を貫通させることをしない、痛みに声を上げる怪獣の体内で花が咲く。流線型に畳まれていた弾丸が螺旋の回転、弾速、そして着弾の急停止を利用してその体を開く。
怪獣の左腕が弾け飛び、上半身の半分が消失、代わりに現れたのは空中で両手両足、翼を広げるネルギガンテ。鉄の怪獣が倒れ、もがくその力は弱々しい。力無く垂れる怪獣の尻尾を見ながら何か呟いているがここからは聞き取れない。
勝敗は決した、皆が盛り上がろうと互いを見合っている間に男は怪獣のコアに左足を引き摺りながら歩み寄る、痛みで痙攣しているそれの喉を抑え豪快にかぶり付く。断末魔が響き全員がぎょっとして男を見ている中で食事を済ませ、全くの動きを止めた器に背を向けて皆と目が合う、驚愕の表情だ。
「なんだ?先に言っていただろう、最後は貰う、と」
男が勘違いしていることはなんとなく分かるが何を言うべきかは分からない。インターノットの怪談噺の1つ、ホロウに出現する悪魔の話をぼんやりと思い出した。
沈黙が漂う中、突然男が腹を抑えて苦しみ出しても咄嗟に動けるものは居なかった。
(そりゃそうだろ…)