どこもかしこも、エーテリアスばかりだ……(涙目)   作:bbbーb・bーbb

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一人だけの軍隊

 それは悍ましい、人の本来知覚し得ない色の粘性の液体を足や尾と思われる部分より垂らしていた。人の言葉で言うなれば、赤や黒に近いだろうか。

 

 血のようなそれをべったりと花に滴らせ、それは地面を踏み締めた。

 

 それは上体を降ろし、四本の手足で身体を支えた。冷えた空気が硬質の悲鳴を上げる。イゾルデの意識が濁っていく。

 

 このまま、自らは消えてしまうのか。そんな突拍子も無い確信がイゾルデの頭に浮かぶ。夢の中に溶け、死ぬこともなく、ただ「消える」のかと。

 

 瞬間、濁る意識の中、イゾルデの身体は制御権を取り戻した。既に半ば上位者と化した彼女の身体は、夢の主に抗うに叶ったのだ。

 

 絶叫。身体に槍の突き刺さったそれのものである。夢の拒絶。本来、人間には発想すら許されぬことである。人間であれば。

 

 この夢が殆ど力を失っていたのも、彼女には僥倖と言えるものだったのかもしれない。彼らが夢に来たのではない。どちらかといえば、むしろ夢が一時的にここへ来たのだ。

 

 イゾルデ、そして圧倒的な宇宙的恐怖を呆然と眺めていた一行の意識が遠のいてゆく。目覚めの合図である。

 

 ──目が、覚めた。

 

 ふと、一行は、自らが地面へうつ伏せになっていることを理解した。あの白い花の咲き誇る土ではなく、硬い衛非地区のコンクリート、広場の手前、階段の上である。

 

 皆ゆっくりと四つん這いになったが、立ち上がることは無かった。話す者も居なければ、互いに顔を合わせようとする者も居ない。

 

 皆、震えていた。記憶は朧げだった。人の脳は、あれを記憶するに耐えうるものではない。生物としての本能が、それを理解するな、思い出すなと自らを縛るのだ。何が起こったのか。それを理解した瞬間、人の器は壊れてしまうのだから。

 

 それを抜きとしても、語ることなど出来る筈も無かった。あれは、そもそも人の言語で表せるものではないのだ。

 

 だが、覚えてすらいない何かに対する筆舌に尽くしがたい恐怖のみは、彼らの脳に、魂に忘れ得ぬものとして刻まれていた。

 

 だが、その絶望と錯乱の中、それでも起き上がった者が居た。イゾルデ、そしてオルペウスである。鬼火も共にあった。

 

「ここからは、私たちの戦いだ」

 

「いいえ、『私たち』です!」

 

 ああ、「私たち」だ……! 鬼火の声が覚悟を帯びる。階段を降りた先の広場に立つイゾルデは、もはや上位者擬きの姿を捨てていた。ここからは、兵士と兵士の誇り高き「決闘」の時間なのだ。

 

 互いの距離白目が見える距離に立つやいなや、イゾルデは刀を突き出した。オルペウスが身を捩る。鬼火の銃弾が飛ぶも、躱される。

 

 躱しながらの二連射を鬼火が弾く。縦回転と共にナイフで斬りかかるオルペウス。

 

 オルペウス&鬼火。近づけば短刀を主体としたインファイト、離れれば銃や熱線での狙撃。敵とするには、全く厄介なものであった。

 

 だがイゾルデも負けていない。近接武器のリーチなら勝っている。銃もあるのだ。そもそもかつての訓練において、彼女は肉体を持っていた頃の鬼火に負けたことが無い。

 

 宇宙の狂気に呑まれている者は、もう居なかった。皆上体を起こし、戦う彼らを眺めていた。手出しは無用。それだけを理解した。

 

「『鬼火』! 君の覚悟、その刃で証明してみせろ!」

 

 鍔迫り合いとなるイゾルデとオルペウス達。力で押されると踏んだオルペウスが蹴り上げと共に距離を空ける。

 

「少しは成長したようだな」

 

 そう呟いて、イゾルデはまた距離を詰めた。火花が散る。弾丸が飛ぶ。拳が掠る。月光の下、金属の打ち合う音が響いていた。

 

 一方、それは、狩人は、夢の中で人形ちゃんに手当てをしてもらっていた。巨躯に突き刺さった槍を人形ちゃんが慎重に引き抜いているところであった。

 

「ああっ暴れないで下さい狩人様。危ないですよっ」

 

 仕方無いだろうっ。痛いものは痛いのだっ。常人が聞けばまず発狂死は免れないであろう悍ましい声を発しながら細長い拳を握り締める狩人。場所は庭である。

 

 あの上位者擬きは夢の中でこちらに危害を加えた。狩人にはそれが信じられなかった。この夢の中で自らに抗えるものなど人形ちゃんしか居ないはずなのだ。

 

「終わりましたよ、狩人様」

 

 有難う。その旨を伝えている内に、その身体の傷は癒えていった。ミアズマ製のその槍は、抜くと塵のようになって消えた。夢が衛非地区から、ホロウから離れたが為である。

 

「この騒ぎが終わったら、何か食べに行こうか。どこか、高級なところでな。装飾品を買うのもいい」

 

 人の姿に戻った狩人がそう言うと人形ちゃんは少し微笑み、では待っていますねと狩人を送り出した。

 

 暫くして狩人が再び戦場にたどり着いた時、もう戦いの決着は付いていた。決闘を行ったそうで、勝者はオルペウスであった。刀を飛ばされ立ち尽くすイゾルデにオルペウスが歩み寄っていく。

 

「もうやめましょう、大佐!」

 

 オルペウスが言った。咳き込みながらイゾルデが立ち上がる。復讐をしようが、吹っ切れようが、もう何も戻っては来ないのだと言葉を吐きながら。

 

「ああ、全ては戻ってこない……」

 

「だから前に、進むのであります!」

 

 もうこれ以上、戦友を失うのは御免だ。鬼火とオルペウスの言葉に、イゾルデは微かに目を見開いた。息を飲んだ。すぐに俯いてしまったが。

 

「戦友だと……?」

 

 もうとっくに大勢失ったじゃないか。イゾルデが空を見上げる。胸元の花を撫でる。

 

「弱さは……」

 

 命取りだっ。そう叫んだイゾルデがオルペウスに向けた左手には──一本の短銃が握られていた。

 

 駄目だっ。鬼火がナイフを加えて飛び込むと同時に、銃口から飛び出した金属がオルペウスの身体を突き飛ばした。

 

「おい! オルペウス! オルペ──」

 

 そこまで叫んだところで、鬼火はオルペウスと共に気付いた。オルペウスの額にあったのは風穴ではなく、しかしただのディニーだったのだ。

 

「えっ、ディニー?」

 

 ぽかんと開いた口が塞がらない様子のオルペウス。「これは……」と鬼火がイゾルデに視線を向けるまでのことだったが。

 

「私にはもう、後戻りなんて出来ないんだ……」

 

 ぽつり、ぽつりとコンクリートに血が垂れていく。イゾルデの胸元に飾られた白い花を、突き刺さったナイフが赤く染めていた。

 

「イゾルデっ!」

 

 叫ぶ鬼火。倒れ込むイゾルデをオルペウスが抱き抱える。彼女の生命力はもはや限界、致命傷であった。抱き合う二人、否、三人の身体を水平線から昇る太陽が薄く照らしていく。

 

「イゾルデ……どうしてこんなことを……」

 

 なぜ、私に話さなかった。問う鬼火に、君にこれ以上何かを失わせたくなかったんだとイゾルデは返した。身体すら奪われた君がこれ以上奪われるなど、想像もしたく無かったのだと。

 

「だからって、こんな……私が失ったものを、お前まで失ってしまったじゃないか」

 

 鬼火の声は震えていた。オルペウスはイゾルデに誓った。貴方の罪を、我々も償うと。鬼火が道を踏み外さぬよう、ずっと共に居ることを。

 

 イゾルデがもう一度咳き込んだ。もう、これ以上は生きられない。残酷な事実がオルペウス達の心を貫いていく。

 

 ふと、その時、オルペウスの背後から、狩人が現れた。薄々見当はついていたが、やはり不死身なんだろう。イゾルデがそう言った。

 

「狩人。君は、何度も死んでいるんだろう。なら、最期に教えてくれないか」

 

「なんだ」

 

 イゾルデの頼みを、狩人は聞くことにした。断る理由も無い、と。狩人は片膝をつき、イゾルデのすぐ隣に居た。

 

「『あの世』というのは、本当にあるのか。私はやはり、地獄に落ちるのか」

 

 イゾルデの声に、恐怖は浮かんでいなかった。むしろ、子供のような好奇があった。ただ最後に知りたいだけだと声色が語っていた。

 

 想定していなかった質問に狩人は少し考え込んだあと、マスクの下で表情を柔らかくして言った。

 

「人は眠るように死んだ後、必ず天国へ行く。私は例外だがね」

 

 そうか。それ以上の返事は無かった。有難うというべきか、彼女には分からなかったのだ。この血に汚れた手で、天国の彼らの、戦友たちの手を握れるものかと。

 

 まずは、謝らないといけないな。微かに笑うイゾルデの瞳はもう濁っていた。意識が泥濘に沈んでいく。本当に眠るような気分だな、と思うと、イゾルデは勝手に一粒の涙が零れるのを感じた。

 

「……すまない、オルフェウス。私を、許してくれ……」

 

 「鬼火」となる前の鬼火、戦友の名を呟き、イゾルデはオルペウスの腕の中で霧となってホロウの中へ消えていった。今度こそ、彼女は死んだのだ。

 

 小隊の仲間たち、儀玄、アキラも広場へ降りてきていた。何もない腕の中、もう居ない戦友を抱き締める一人の少女と軍人を、差し込む朝日が照らしていた。

 

 

 

 少し後、広場にて。皆、ただ海を眺めていた。様々な会話が空気へ溶け消えていくが、その殆どはオルペウスと鬼火に向けられていた。

 

 ふと、オルペウスが口を開いた。少しの希望を灯したその真剣な眼差しは、狩人に向けられていた。

 

「イゾルデ大佐が天国に行くというのは、本当なのでありますか」

 

 少し間を置いたあと、知らないと狩人が答えると、オルペウスの顔は悲しみを帯びた。ではなぜ、と続けて彼女が問う。

 

「希望を持って死ぬくらい、せめて彼女の権利であろう」

 

 死んだ後のことなど、狩人の知ったことではない。眠るように意識を失い、すぐにもう一度目を覚ます。それが狩人にとっての死なのだ。

 

 だが、あの世について聞かれたならば。復讐に狂った死にゆく罪人がこちらを見つめ、あの世はあるのかと聞かれれば。天国に行けると返す程の人らしさを、狩人は辛うじて保っていたのだ。

 

 そろそろ出発しよう。狩人が踵を返したその時、アキラが声を失った。狩人も違和感に気づき振り向いた。

 

 ──何かが、居た。頭部から二本の角が伸びていることを除けば、それは人の形をしていた。仄かに赤いそれは、使者達が見せる遺影、死の記録にも似ていた。ミアズマがアキラの記憶を幻影として映し出したものだという。

 

 アキラが近づくと、それは口を開けて話しだしたが、狩人には聞こえなかった。アキラには聞こえているようだが。

 

 アキラはショックを受けている様子だった。誰かに裏切られた時のそれに似ていた。

 

 暫く話すと、それは霧となって海へ消えた。それが何だったのか、アキラは語ろうとしなかった。

 

 もう、帰ろう。アキラが呟く。皆が頷き、アキラがルートを計算しだしたその時。全員が階段の上に見覚えのある顔を見つけた。

 

「11号!?」

 

 鬼火が声を上げる。11号はやっと見つけたわと息を切らし、肩で息をしていた。ずれたゴーグルの位置を直しながら、遅れたことを謝っている。いつの間にかはぐれてしまっていたそうだ。

 

「それで、敵はどこに居るの」

 

 武器を構え、敵はどこかと辺り一帯に警戒を向けている。とても気まずそうな一行。アキラが恐る恐るといった様子で簡潔に事の終止を伝える。

 

「私の出番……」

 

 声と腕を震わせ剣を落とし、膝から崩れ落ちる11号であった。

 

 

 

 数週間後、人形ちゃんとの食事を終えた狩人は適当観に居た。小隊の一行が訪ねてきたのだ。

 

 彼らはここのところ書類業務に追われていたらしい。オルペウスなど、手の無い鬼火の分まで書かなければいけないと不平を漏らしていた。

 

 が、つい先日長期休暇をもらったので衛非地区にバカンスを決め込むことにしたそうだ。ここへ来たのは、改めて礼を言う為だという。ついでにアキラ宛に手紙を渡していた。イゾルデが生前書いたものだという。

 

「それにしても、まだ信じきれていないな……『あれ』が君だなんて」

 

 もらった手紙をしまい込みながら、アキラが言った。あの帰路で、狩人はそれを彼に見抜かれたのだ。

 

 騒ぎ出した一行に仕方が無いと説明したところ、強いが故に他と比べ記憶が鮮明だった儀玄がいよいよ一瞬本格的にあの御姿を思い出し嘔吐していたのは良い思い出である。

 

 狩人があの悍ましい怪物であることを知った後も、アキラは彼を自身の友人だと胸を張った。

 

 確かに君は差別主義者で気狂いで常識知らずで血液中毒で人ですらないけれど、それでも君は、僕の仲間で友達だ。そう、アキラは言ってのけたのだ。狩人は泣いた。喜びか怒りか悲しみか、どの感情で泣いているのかは本人にも分からなかった。

 

 やがてアキラとも別れ、夢へ帰る狩人。今日は特別やりたいことがあるのだ。

 

「狩人様、本当に良いのですか。良いんですねっ」

 

 汗を浮かべる人形ちゃん。彼女が巻き込まれるようなことではないが、流石に狩人の行うことの恐ろしさに怯えを感じているのだ。正気か、と。

 

「覚悟は決めた。なあに、すぐに終わるとも」

 

 狩人が返す。イゾルデとの戦いで感じた火力不足。素早い一撃で敵を屠れる武器が必要なのだ。それはきっと、仲間たちの助けにもなるのだから。狩人が息を飲む。

 

 震える手で聖杯に「naapatbx*1」と打ち込んでいく狩人であった。

*1
血質千景血晶マラソン聖杯
























イゾルデvsオルペごっそりカットしたのは本当に申し訳無いと思ってます。人間形態イゾルデの戦闘2回も書くのは無理だったんだ……ボキャが足りない……

今回元々は狩人とイゾルデに人形ちゃん審判のヤーナム上位者デスマッチをさせる予定でしたが流石に展開が急すぎるのとブラボ要素がほぼゼロになってしまうという理由で展開を変えました。私にもっと文才があれば……

オルペウスリョナ回はおまけ集でいつか出すかもです。実際R18G相当の内容になるかは分かりませんが。
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