私たちが普段、当然のように使っている「水」。だが、水の専門家である吉村和就氏は、世界ではいま熾烈な水の争奪戦が展開されており、私たちが使っている水も、いつ入手困難になってもおかしくない状況にある、と警鐘を慣らす。このたび致知出版社から緊急出版された『二〇五〇年の日本を考える』より、その一部を紹介したい。
ある大教育者の予言
森信三という人がいる。「国民教育の師父」と謳われた大教育者であり、哲学者である(1896-1992)。
戦前に自らが行った授業をまとめた500ページを超える大著『修身教授録』は、多くの経営者やビジネスパーソンにも影響を与え、平成元年の刊行から56刷を数える驚異のロングセラーとなっている。
その森信三氏が晩年、弟子の一人に語った言葉がある。
「2025年、日本は再び甦る兆しを見せるであろう。2050年になったら列強は日本の底力を認めざるを得なくなるであろう」
この予言めいた言葉を端緒に、弊社が発刊する月刊誌『致知』で本年、「二〇五〇年の日本を考える」という特集を組んだところ、読者の方々から凄まじい反響を得た。
保守論壇の重鎮である櫻井よしこ氏と中西輝政氏の対談に始まり、藤原正彦氏による提言、さらには対米関係、国土、水、農業、日本語教育、情報技術、防衛……などなど、その道のエキスパート15名より、日本の未来をひらくヒントが熱く語られている。
このたび、本特集記事をそのまま『二〇五〇年の日本を考える』と題して書籍化したが、あらためて読み返してみて一つの言葉が思い起こされた。
「天下の大患は、其の大患たる所以を知らざるに在り」という吉田松陰の言葉である。
松陰は幕末期に「いまの天下国家における大きな心配事は、その心配事、深い憂いの理由を知らないところにある」と嘆息している。そしてこう言葉を続ける。
「苟(いやしく)も大患の大患たる所以を知らば、寧(いずく)んぞ之これが計を為さざるを得んや」
そもそも大きな憂い事の真の理由を知ったなら、どうしてそれに対処する計画を立てないでいられようか、と。
森信三氏の予言の通り、2025年、日本は本当に再び甦る兆しを見せるのだろうか。そして、2050年になったら列強は本当に日本の底力を認めざるを得なくなるのだろうか。本書は、まずその「大患の大患たる所以」を知るための一書でもある。
15名の識者による提言は、それぞれに強烈なインパクトを与えるものだったが、私が特に衝撃を受けたのは、世界における「水」の問題に精通している吉村和就氏による提言だった。次項よりその話の一部を紹介したい。