🌏。舞台の感想。割とブチ切れ
これだけは言いたいんですが、原作が人類讃歌というお話なのにノヴァクさんという1人の死によって話が終わるのであればそれはもう🌏。である必要ないんよ
まだ人様の感想を見てない(カーテンコールに関する絵は積極的に、特に伏せられることなく流れてきた舞台感想絵は一瞬見た程度)ので、同じことを言ってる人がいるかもしれない。そしてネタバレをする。たくさんする。推敲もしてないので書き殴ってます
マジでほぼ批判してるので好意的な感想を持ってる方は見ない方がいい。
私まず舞台や映画という原作(漫画)と別媒体の作品が「原作読まないと分からないぜ!!」というものが好きじゃないんですよ、原作読んで好きになったから舞台を見に行ったのでそら原作は知ってますが舞台(別媒体)は舞台(別媒体)で独立しないと別媒体にした意味ないじゃんとなるので。
ひゃくえむ(映画)を見に行った際、原作は読まずに見たので所々違和感を感じるとこはあったんですが、尺の都合で改変したりして色々辻褄を合わせようとした箇所は見受けられたし、本当に見せたい箇所については丁寧に描かれていたので後半は特に違和感を感じなかったんですよ。今回はカットに次ぐカットに次ぐカットで尺を調整し、これ原作未読勢何も伝わらんぞと思った。私が知らないだけで舞台って原作知ってる前提で見るものなんですか???
始まりは第二部の異端者を輸送するとこから。一部はカットされたのでラファウ君は概念的な立ち位置で登場しめちゃ綺麗な歌声を披露して、フベルトさんは姿すら出てこない。舞台版では存在しないのか?
そんでなんやかんやあってグラスさんはオクジー君に託しオクジー君はバデーニさんに会いに行くのであった。ここで場面が展開してヨレンタさんが仕事で爪弾きにされて井戸で会議を盗み聞きするシーンが入ります、歌も歌ってた。
上記が終わったらバデーニさんとオクジー君が石箱を見つけるシーンに変わります。2人の出会いのシーンがカットされとる。ここカットすんの!!??
いやまあ尺的にカットしないと話が入りきれないんだろうな……とは思うんでここは納得したんですが、オクジー君の金星観測、バデーニさんの楕円軌道の発見もカットです。は???????
いやこの章の主人公格の二人の話というか地動説の話省略するの????地動説の話ほぼしてなくない???そしてピャスト伯は登場することなくナレ死したな??????
舞台版での2人の関係性が何も掴めない。バデーニさんがノヴァクさんに「オクジー君は目が良い〜…」と言うくだりがあったがそれが役に立ったシーンこの時点で一瞬も無かったよな?金星観測の話もグラスさんがオクジー君の目を褒めるシーンも省いたからな!!になる。
ここまでカットして逆に何を残したかというとヨレンタさん関係。井戸で盗み聞きするヨレンタさん。コルベさんに論文を奪われるヨレンタさん。バデーニさんが貼り出した問題を解くためにコルベさんの部屋で論文を盗み見し資料の内容に歓喜するヨレンタさん。
ちょっと比重がキツく感じた。ヨレンタさんはオバヨ組で唯一ミュージカルシーンもある為、なんか二章の主人公ってヨレンタさんなの?の気持ちになる。
オクバデを推してる者なのでその二人のシーンが多く欲しい!の気持ちがあるがそれを抜いたとしても余りにも二人のシーンが少なすぎる。お前たちはいつ絆を育んだんだよ。
地動説が完成し、3人で飲み会をしてるシーン、原作ではそこにノヴァクさんが登場し、オクジー君が衝撃を受けますが舞台ではそういうシーンもありましたがメインはヨレンタさんとノヴァクさんの親子愛シーンがメインです。本当にそこ重視しなきゃいけない??オクジー君とバデーニさんと不要な小道具が退場し、ヨレンタさんとノヴァクさんの2人だけの世界になってくるくる回り出す2人。ねえこのシーン本当にオクジー君が自分の正体がバレるかもと冗談抜きでハラハラするシーン省略してまで入れるシーン????
あとこれは完全に個人の感情ですが、親子愛以上の何かを感じてちょっとごめん、気持ち悪かった
ここで一旦20分の休憩が入ったんですが、私が同行してくれたフォロワーへの第一声「もしかしてこの舞台ってヨレンタさん主人公?」でした。ネタバレを見ていたフォロワーは「まあ見ててご覧」って穏やかな笑顔だった。
休憩が終わりノヴァクさんがオクジー君とバデーニさんの納屋で怪しいとこがないか確認するシーンから始まった。
ここは大体原作通りで進むんですが焚き火問答(舞台では納屋内)シーンで発言される「動く世界でまた会おう」の取ってつけた感よ。カットを連発して地動説を起承転結の起でしか取り扱ってないのにここで言われてもわざとらしくしか感じないのよ。これここから先もあるんですが原作で言う名言について、名言を言うまでの過程を省略されてるので急に言われた感が出て今までそれらしい行動取ってないのに何言っとんねんの気持ちになる。口しか動かさない風にしか見えないので腹立つ感覚までわいてた(個人の感想です)。
「俺は地動説を信仰している」と言われましても…オクジー君が空が怖い理由もさらっと説明されて「今日の空、なんか綺麗じゃないですか?」の発言も意図的にカットされてから「信仰してる」って言われても…どれか一つでも歌って表現して観客に印象付けるって事は出来なかったんですかね…あんまオクジー君が空を見上げる事が怖い事、バデーニさんの言葉で救われた表現をしてない感覚あったんすよねぇ…
2人の拷問、処刑シーンは概ね満足しました(ここはちょっと欲目があるかもしれない)
特に言うことはないぐらいと言った方が正しいかもしれない。
ここでちょっと一部の話になって、ラファウ君の自害シーン辺りが流れてくるんですがこれ多分あとで出てくるノヴァクさんが死ぬシーンでなんでラファウ君の幻覚が出てくるの?を説明するシーンでもあるんですよ。なんだろう、なんか、薄かったんよ。C教的に自害するとどうなるかの説明もさらっとあったとは思うんですが、なんか薄かったんすよね。過去の回想みたいな扱われ方したからかな。
司教様の登場シーン、キリスト教という実在の宗教を扱ってるので、この扱いでええんか…?の感情に囚われている。時代的に私欲を貪っていたとは言うけどこんな単純化した悪みたいな表現していいのか?の気持ち。
で、三部が始まるんだけどマジでドゥラカさんとシュミットさん推しは泣いていい。特にドゥラカさん。
ドゥラカさんがヨレンタさんに会いに馬車に乗ってるシーンから始まるので、彼女の過去がカットされます。過去がカットされるということは彼女は朝日が嫌いという設定が消えること。なのでドゥラカさんは朝日を見て救われて死ぬんで無くて普通に失意の中で死にます。しかも彼女の死よりノヴァクさんの死にスポットが当てられるので舞台の端っこで死にます。その改変はあかんくない?????????
マジでドゥラカさん役ドゥラカさんで声も口調もアニメだ…!って思うくらい再現度高かったのに死に方……!になった。シュミットさんは純粋に原作のかっこいいシーン全部消えてた。自分泣いていいっすか?
ノヴァクさんが「フベルト!ラファウ!オクジー!バデーニ!私は確かに殺したんだ!」というシーン、舞台世界でフベルトおるんかい!!!!!ってなった。なんで一章省いたんですか?いや尺なのは分かってるんだけど。
でもノヴァクさんがアントニ司教を殺すシーンめちゃくちゃ好き。気の狂い方がすごく良かった。
で、ノヴァクさんが死ぬシーン。
ラファウ君の幻影を見るノヴァクさん。オクジー君も出てくる。なんで????????
なんでオクジー君出てきた?いや好きキャラだから嬉しいけどなんで出てきた?しかもオクジー君は俳優さん本人が出てきたけどラファウ君は映像だね??本人いるのに???
これノヴァクさんが殺した人達が徐々に出てくるんか…?じゃあバデーニさんも出てくるんか…?と思って見てたらそのままオクジー君は退場していった。オクジー君なんで出てきたの???????
ノヴァクさんに影響を与えた人物がピックアップされたんかな…??とは思ってるんですがマジで分かんないっすね……
そしてノヴァクさんが倒れ、死を迎えるシーン。
舞台がだんだん暗くなってきた所で急に拍手が響いてこの舞台が終わったんですよね
は???????????????
は?ノヴァクさんの死で終わるの???これ人類讃歌の話ですよね????は????????
原作の先人達の想いが細々と伝えられ、アルベルトという人間に繋がっていく…という激アツ展開は??????
マジでこれが納得いってない。ノヴァクさんの死をオチにして私ら観客に何を伝えたいの???
これ人の想いは繋がっていくよの作品じゃん??ドゥラカさんが鳩を飛ばすとこまではやってたけどそこで察しろってやつ????
これ別にアルベルト君で無くても普通の一般人Aが散歩してる時にポトツキさんの住所に住んでる人の「地球の運動って…」のくだりを聞かせて、「?」って立ち止まるシーンを見せてくれたらそれでいいじゃん???マジでなんで一個人が死ぬとこで終わったの???そらノヴァクさんの死も悲しいものではあるけど、この作品はその時代を生きている人間たちの知識、想いのリレーを表現した作品じゃん???タウマゼインが止まらないぜ!!!
もう本当にごめん、監督か脚本か知りませんがチ。を読んで何を感じたんですか???レベル。
マジで苦しいんですがどうしたらいいんですかこれ。
個々の感想をまだ見てないんですが、なんか、私の意見が異端側の気配がするから本気で落ち込みそうな気がする。でも本当に苦しいんです助けて 話の流れ的に地動説要らないじゃんこれ…