「平和」と「ピース」競技場名に願い込め 空襲、原爆の被害都市

有料記事

嶋田達也
[PR]

 太平洋戦争中、日本各地は空襲にさらされ、広島と長崎には原爆が投下された。

 野球場などスポーツ施設も被害を受け、戦後に建設された競技場には、空襲などに見舞われた場所に立つ例も多い。

 終戦後は野球場名に「平和」を入れるケースが見られ、近年では「ピース」を名前に入れたサッカー場が相次いで開業した。

 13日には、プロ野球広島東洋カープが「ピースナイター」と銘打ち、「Peace(平和)」と書かれたユニホームで公式戦に臨む。

ゲーリック球場から平和球場へ

 横浜DeNAベイスターズの本拠地、横浜スタジアム横浜市中区)の場所には戦前、「横浜公園球場」があった。1923年に発生した関東大震災復興事業の一環として、29年に完成した。

 太平洋戦争末期の45年5月29日午前9時すぎ、454機のB29爆撃機横浜市街地に焼夷(しょうい)弾約2500㌧を投下、同球場周辺も大きな被害を受けた。

 戦後は進駐軍に接収され、米国の名選手にちなみ「ゲーリック球場」に名称を変更。接収解除後の55年に、二度と戦争を起こさないという思いを込め「横浜公園平和球場」と名付けられた。

 現在の横浜スタジアムに建て替えられたのは78年だった。

終戦後「二度と戦争はしない」思いでつけた「平和」。その思いは現代でも。「ピース」とつけた2つのサッカー場が開業し、犠牲者を追悼するイベントが各地の競技場で行われています。

 福岡ソフトバンクホークスの…

この記事は有料記事です。残り980文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

戦後80年

戦後80年

第2次世界大戦では、日本人だけでも300万人以上が犠牲になったと言われています。戦後80年となる今年、あの時代を振り返る意義とは何か。全国各地のニュースをまとめています。[もっと見る]