アボカドはミカン農家を救えるか 温暖化に備え産地が挑戦
地球温暖化が進むと日本でも多くの農産物が収量の減少や品質低下などの悪影響を受ける。これに備え、ミカンの産地で亜熱帯果樹のアボカドを育てる挑戦が始まった。
「温暖化はアボカド栽培の好機」
静岡県中部、駿河湾を望み、日本茶やミカンの産地として知られる牧之原市。緩やかな傾斜地の一角に大人の背丈を超える常緑樹が茂り、青緑色の実をつけている。地元の大石農園が育てる亜熱帯果樹のアボカドだ。
代表の谷口恵世さんがアボカド栽培を始めたのはおよそ10年前。この地域も農家の高齢化と無縁ではなく、茶畑の耕作放棄が目立ち始めていた。「耕作放棄地の解消に少しでも役に立つのなら」と目をつけたのが、アボカドだ。「温暖化が進むと静岡でも栽培のチャンスになり、やりがいがある」と挑戦を決めた。
先に栽培を試みていた愛媛県や主要産地であるハワイから情報を集めた。アボカドは雄しべと雌しべが異なるタイミングで成熟する性質があり、実を結びにくい。谷口さんは20種以上の苗を取り寄せ、さまざまな栽培法を試した。
手探りの末、いまは5種ほどに絞り込んで年300〜 400個を収穫する。「安定した量産や収益化には至っていないが、これから挑戦する農家に経験や知識を伝えたい」と話す。
先駆者の経験を生かそうと、静岡県も2025年度から「しずおかアボカド産地化プロジェクト」を立ち上げた。アボカドは「森のバター」と呼ばれるほど栄養価が高く、食物繊維を豊富に含む。海鮮丼に添えるなど新たな食べ方も広がり、需要は拡大している。研究機関や農家の協力を得て栽培法のマニュアルをつくり「10年後に日本一のアボカド産地にする」(農業戦略課)のが目標だ。
ミカン適地の7割が21世紀末に不適に
こうした挑戦に科学的な根拠を提供する研究も登場した。農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の杉浦俊彦氏らが2025年3月に公表した「ウンシュウミカンとアボカドの適地移動予測マップ」がそのひとつだ。
ミカンの産地は現在、九州・四国・瀬戸内の沿岸部から紀伊半島、東海を経て房総半島沿岸まで分布している。今後、温暖化ガスの排出が中程度で推移した場合、21世紀半ばには現在の適地の約3割が「より高温の地域」になり、高温対策なしでは生産の継続が難しくなる。21世紀末には約7割が適地から外れる。
一方で、アボカドはどうか。現在の適地は南西諸島や紀伊半島、伊豆半島や関東南部の一部に限られる。予測マップでは21世紀半ばには関東以西の太平洋側沿岸部などに広く分布し、適地面積は現在の2.5 〜3.7倍に広がる。21世紀末には関東内陸部や西日本の日本海側でも栽培できるようになり、総面積は現在の最大7.7倍に拡大する。
安定生産や販路開拓に課題
ミカンからアボカドへの転換には懸念材料もある。杉浦氏は「果樹は同じ樹から30 〜 40年間は実を取るので、作物転換のハードルが高い。アボカドの生産技術の開発に時間がかかり、農家、農業団体、行政が問題意識を共有し早くから手を打つ必要がある」と話す。
静岡大学農学部の松本和浩教授も「安定生産には克服すべき点が多い」と指摘する。アボカドは冷気が停滞しない傾斜地や、水はけのよい場所を好むが、土地条件の微妙な差で収穫量が左右される。「10年に一度程度の寒波に耐えられるか確かめる必要がある」(松本氏)
販路の開拓も課題だ。海外のアボカド産地はグローバル市場を照準に大規模生産しているが、国産品は直販が中心で価格は輸入品の3〜5倍以上と割高だ。「卸売業者、小売店がかかわり販路を構築するには、安価でまとまった量の供給が必要」と専門家は口をそろえる。
「地の利」を生かせるか
ハンディは品質で補える可能性がある。アボカドは実がついてから収穫まで時間をかけると脂分や濃厚さが増し、おいしくなる。外国産は遠距離輸送のため早めに収穫するのに対し、国産品は成熟させてから流通させれば品質面で分がある。松本教授は「単にアボカドでミカンを代替するのではなく、多様な栽培品種を補完する作物と位置付け、持続可能な農業の一歩になればよい」と期待を寄せる。
静岡県は流通の専門家を集め、東京など消費地に近い「地の利」を生かして完熟品のアボカドを流通させることも検討している。新たな料理レシピを考案し、メールマガジンで発信する活動にも力を入れる。プロジェクトは動き始めたばかりだが、生産者・行政・流通が連携した取り組みに、他の農産物の産地も注目している。
(編集部・久保田啓介)
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