気付いたら五百年前のフォンテーヌに居たので、水神を救おうと頑張りたいのだが……脳内で語り掛けてくるナニカがうるさい   作:たゆな

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第20幕

 ──ごめんね?

 

 スッキリとした様子で、イツキへと軽い謝罪の言葉を口にする瑞希。

 

「あ〜……はい」

 

 人見知りを発動したイツキは、咄嗟に自身の体勢へと意識を向けた。無意識下で受け入れていた膝枕に内心で驚きつつも、そのままゆっくりと身体を起こして立ち上がろうとするが──何故か抑え込まれて元の位置に戻される。

 

「……」

 

 思わず沈黙してしまうイツキ。

 

「あの……」

 

 繰り返し起き上がろうと試みるが──いずれも同じ結果に終わったため、諦めてそのまま言葉を続けた。

 

「コホンッ……俺の方は大丈夫です。そちらこそ、とても苦しそうにしてましたけど……ご体調の方は?」

 

「うっ……悪夢を消化しているところを見られてしまったのはちょっと恥ずかしいかも。でも……うん、おかげさまで楽になったよ」

 

 水平線の向こう側からは既に太陽の光が差し込み始めている。具体的にどれほどの時間が経ったのかは分からないが──イツキの記憶にある苦しみの表情とは違うソレに一先ず安心した。

 

「えっと……俺は特に何もしてないと思うんですが。なんなら膝枕をして貰ってた側ですし」

 

「ふふっ……でも、間違いなくキミのおかげだよ。先日、かの災厄を経験したとある人物の悪夢を食べたんだけど、当時のあたしの記憶が蘇るほどに強烈でね。食べた悪夢の消化に手こずっていたら、あたしの知らない声で『ほぇ〜こんなに幼い頃から……なんとまぁ、恐るべし観察眼なこって』──なんていう言葉が聞こえてきたんだ」

 

『……聞き覚えのある口調ね』

 

『もしかして貴方……彼女の記憶を追体験していたの?』

 

(まぁ、そんな感じだな。独り言も言いまくってた気がする)

 

 ──てかあれ、聞こえてたのかよ……と、仄かに照れるイツキ。

 

「キミの声は何故か、あの悪夢の中でもハッキリと聞こえた。それで気が付いたら、蘇った記憶によって増大した恐怖や不安……それらの負の感情が綺麗サッパリと消えていて、そのおかげで悪夢を消化できたの」

 

 そう語る彼女の表情はどこか穏やかで、安堵の色が滲んでいる。彼女はゆっくりと視線を下ろし、膝の上で強制的に身体を固定されているイツキの顔を優しく覗き込んだ。

 

「その声が俺のモノだってのはどこで……っていうか、何故に膝枕を?」

 

「……正直、キミが目覚めた後の第一声を聞くまで確信を持ててはいなかったかな」

 

 彼女はほんの少し口元を歪める。いたずらっぽく笑っているのか、それとも単なる照れ隠しなのか。そのままイツキの髪にそっと手を置き、指先で優しく撫でた。

 

「膝枕は……ただ、あたしの下敷きになったまま眠っていたキミが心配で」

 

「……そうだったんすね」

 

 イツキは彼女の言葉を聞きながら手のひらで顔を覆い、軽くこめかみを押さえ、どれほど深く眠っていたのかを考える。

 

(どんだけ寝てたんだ……俺)

 

『それはもう……ぐっすりだったわよ』

 

『ええ、そうね──私の権能で外部からの精神干渉を遮断していたにもかかわらず、とても気持ち良さそうに寝ていたわね』

 

(──は?)

 

 元草神の言葉に、イツキの表情が一瞬にして固まる。驚愕と混乱が交錯しながら、ゆっくりと目の前の彼女に視線を向けると、そこにはただ微笑を浮かべる瑞希がいるが──視線に気づいた彼女は、何故そのような視線を向けられているのか理解できない様子で首を傾げていた。

 

『貴方の意識が夢境へと切り離されてしまう──なんてことは、私が居る限り起こりえない現象のはずなのに……何故かしら?』

 

 彼の中に広がる違和感は、眠りから覚めたばかりのぼんやりとした感覚とは違う。確かに夢を見ていた──だが、それがただの夢だったのかどうか、もはや確信が持てなくなっていた。

 

(マハちゃんの力でも拒絶できない夢境の力、だって? この瑞希って子は……夢喰い獏とかいう妖怪の身で、元草神を上回るほどの力を持ってるってことか?)

 

 そのような力を扱える人物──キャラクターは、やはりイツキには思い当たらない。察するに八重神子の幼馴染であり、プレイアブルキャラの如く壮絶な過去を持つ彼女。

 

 だが──

 

『──いえ、彼女の身体からは何も……元素力すら感じられないわね』

 

『妖力も……それほど多くはないみたいよ』

 

(……ふむ)

 

 神達による査定の結果は、神の目すら持たない一般の妖怪というモノであった。

 

「でもどうしてだろう……夢の中にキミの姿は無かったし、キミの夢を食べる事もできなかった。思えば……普段、夢の中で施術する時とは違って──一方的に見られていただけで、まるであたしが治療されているかのようだったかも……」

 

『……なるほど。そういうことね』

 

(ん、何か分かったのか?)

 

『彼女の”夢へと引き込む術”も、それを防ぐための”私の権能”も、問題なく行使できていた』

 

 夢見月瑞希による夢境への誘導があり、それを感知したマハールッカデヴァータは──自身の権能を使ってイツキの意識が持っていかれるのを防いだらしい。では何故、イツキはそのまま気を失ってしまったのか。

 

『しかし、貴方が持つ”降臨者の力”が両者を無効化した。それまでの刹那だけ彼女の精神へと触れた貴方の意志は、無理矢理彼女の”意識”へと干渉したのよ』

 

(なんじゃそりゃ、んなことできるの……俺)

 

 混乱したまま、イツキは額に手を当てる。

 

「辛そうだけど……大丈夫?」

 

「あ、大丈夫っす」

 

 そろそろ膝枕をされた状態が精神的に辛くなってきたイツキは、試しにもう一度身体を起こそうとしてみるが、何故か未だに無言で抑え込まれる。まるで、罪人が逃げるのを阻止するかのように。

 

『まぁ、そんなことができてしまった(・・・・・・・)というところね。その口ぶりからして、おそらく貴方の意思とは関係なく……』

 

 元草神の声が響く。冷静な言葉とは裏腹に、少しだけ驚きの色が滲んでいるように感じた。

 

『イツキが彼女の精神に触れた結果、夢境へと足を踏み入れたのなら……イツキの脳内にいるはずの私達が弾かれてしまったのはどうして?』

 

『そこが夢境ではなく、彼女の意識空間だったから……だと思うわ』

 

 イツキは息を呑む。意識空間──その言葉を聞いて頭に浮かんだのは、影と眞の一心浄土、そしてフォカロルスの処刑実行場だ。

 

『……元々イツキには何らかの条件が揃った時のみ、相手の意思に関係なく意識と接触できる──異常なまでの干渉力があった……と。その条件も、今回に関してはたった一瞬でも”彼女の精神と繋がること”が誘因だと推測できるわね』

 

(意識空間……影ちゃんと眞の一心浄土とか、フォカロルスとヌっさんが会話をしていた場所みたいなのか。……え? それじゃ、もし俺が一心浄土に引き込まれたら、眞とマハちゃんに助けて貰えないの? ソロなの!?)

 

『……ええ、そうよ。アーカーシャ端末によるものであったり、他人の意識を主体としないものであれば私の権能で干渉を遮断できるはずだけど……少なくとも彼女に引きずり込まれた場合に関しては、貴方の干渉力が邪魔をして手を貸すことができないわ』

 

(……マジすか)

 

 イツキは虚ろな目で瑞希を見る。まるで魂が抜けた魚のような目だ。ガクッと落ちた彼の肩には、絶望の重みがのしかかっていた。

 

『──イツキの力が作用して起こったモノだから私達は干渉できなかったのね……なるほど、イツキの精神と私達の精神は同じ身体に押し込まれつつも別々に存在(・・・・・)していたんだわ』

 

(そうか。なら、俺の精神が表に出ている間は誰かの精神へと触れる度にこうなるのか……なんかそういう系の力を持ってそうなヤツの前では、俺が表に居るより二人のどちらかに変わって貰った方がいいな──ところで)

 

 この間、別にイツキへと話しかける事はなく──ただただ膝枕を維持しているだけの夢見月瑞希。イツキは脳内の二人と会話をしながらも彼女へと意識を向けていたのだが、状況が変化することは無かった。

 

「あの、いつまで俺はこうしていたら良いんですかね? ……誰かに見られたら恥ずかしいんですけど」

 

「ふふっ、まだ起き上がったらダメだぞ」

 

「具体的にはどのくらい……」

 

「──あたしがキミへ聞きたい事……その全てに答えて貰うまでだよ」

 

 その言葉を皮切りに、段々と瑞希の声色が変わっていく。先ほどまでのサッパリとした声が少しずつ震え始める。

 

「あたしが絶対に忘れられる事のできない”あの悪夢”で聞こえたの──『いつも楽しそうにしているあの八重神子が、涙すら枯れて……こんなの、別人だと言われても納得できるぞ』って」

 

 ──マズイ。

 

 イツキは反射的にそう思った。

 

『彼女がどうかしたの?』

 

『……はぁ』

 

 あまりにも珍しい元草神のため息が、嫌にイツキの脳内で響く。そこからは──どうして貴方はそうも余計な独り言が多いのかしら……という意を汲み取ることができた。

 

(なんでもないヨ)

 

「今の神子を知っているの? 彼女はどうしてる? 楽しそうにって……また笑うことができている神子を──キミは見たことがあるのッ!?」

 

「分かった分かった! 知っていることは話すから、一旦落ち着いてくれ!」

 

 瑞稀の影がイツキの姿を覆うほどに詰め寄る。必死な形相で、悲痛な声で、そう問いかける彼女。イツキはそのまま起き上がるのを諦め、膝枕の体勢から身体を捻り、砂浜へクルクルと転がった。

 

 

 

 

 

 

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