気付いたら五百年前のフォンテーヌに居たので、水神を救おうと頑張りたいのだが……脳内で語り掛けてくるナニカがうるさい   作:たゆな

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第18幕

 船の甲板で気持ち良く海風を浴びながら、釣りを続けること──約四日。

 

『あれは……ねぇ、イツキ! 鳴神島が見えてきたわよ!』

 

 長い航海にもようやく終わりの兆しが見えた。

 

「……お? うおッしゃぁぁ! タコだタコ! ……どう? マハちゃん見てる〜?」

 

 脳内で嬉しそうな声をあげる眞を他所に、彼女とは別の理由ではしゃぎ始めるイツキ。

 

『……不快だわ。タコも、貴方も』

 

 ウネウネとタコよりもキモめな動きをしながら、手元のタコをこれ見よがしに振り回す。そんなイツキの姿に思わずイラついてしまったのか、加えて元草神は不機嫌そうに──気持ち悪い……と、呟いた。

 

「いやゴメンて……てか”ヒマね”って言ったのマハちゃんじゃん。船の上でやる事とか……いつもの考察か釣りくらいしかないじゃんっ!」

 

『……四日も同じ事をしていれば、流石のマハちゃんも怒るわよ』

 

 航海中、イツキは魚ばかりを食べることになると考えていたが、意外にも栄養豊富そうな食事をとることができた。食料庫には乾物や保存食が豊富にあり、食料不足を防ぐ為に釣りをして調達している魚介類も船員たちが工夫して調理してくれるため、渡航期間程度ならば飢えることも飽きることもなく過ごすことができるだろう。

 

 だが──イツキの身体は特に食事を必要としていない。船に積み込まれている貴重な食料達を無駄に消費するというのは、同船する彼等のためにも避けなければならない。

 そこで元々調達作業をしていた船員と話し合い、釣りにて食料を調達するという重大な役を、これまで幾度となく釣りというモノを経験してきた──言わば釣りのプロフェッショナルの域に到達しているイツキが担うこととなった。

 

 そしてそれは決して暇だった(・・・・)からだとか、食事などの際に他人と駄弁るのがキツイ(・・・・・・・・・・・)から、とかではないのだ。

 

「思ったよりは楽な航海だった」

 

『そうね……やっていることが普段とほとんど変わらなかったものね』

 

「…………離島が見えてきたな」

 

 響く小言を無視して、イツキはふと息をつく。

 

 やがて船は島に近づき、広大な桟橋が見えてきた。島に上陸するため、船は岸に向かって徐々に舳を進める。

 

「さて──ここから、か」

 

 浅橋に立つ勘定奉行の役人を見据えながら、上陸の準備を整えるイツキ。

 

 勘定奉行──稲妻の財政・風俗・国境を管理する権限を持ち、社奉行、天領奉行を含めた……三奉行のうちの一つであり、雷電将軍が率いる稲妻幕府と連携している。

 原作開始からおよそ五百年前、勘定奉行の柊弘嗣が荒れた島に商業港を興し、才能ある者達を集め自由貿易を推進して以来、離島は柊家の監督下で大いに栄えてきた。彼等は同地の管理を任されている。

 

「はぁ……」

 

 イツキが船を降り、岸に足を踏み入れると、少し湿った風が肌に触る。異国の空気を感じたのか、彼は緊張した面持ちを浮かべた。視線の先に見える入国審査所は少々賑やかなようだが、そこを除けば周囲には静かな風景が広がっている。島の住人たちは、忙しなく動き回りながらも、穏やかな雰囲気を醸し出していた。

 

『……何をそんなに気を張っているの?』

 

「ん? そりゃ、雷で……」

 

 反射的に出そうになった言葉を飲み込み、咀嚼して説明を始めるイツキ。

 

(……五百年後には色々あって鎖国令が出されてたんだけど、その時は遠国監察による出入国審査がめっちゃ厳しかった……的な記憶があってな)

 

『……どうしてそんなことになってしまったのかは分からないけど、少なくとも今は大丈夫なんじゃないかしら。彼がそんな不自由を許すはずが無いもの』

 

(彼……柊弘嗣のことか)

 

『ええ。まずは、入国審査所へ行ってみましょう』

 

(おけ)

 

 イツキは心の中で気合を入れ、審査所に出来ている長い行列へと並ぶ。目の前には、ソワソワと落ち着かない様子で見るからに怪しい男が立っていた。自身よりも緊張している人間を見たことで逆に冷静になったイツキは、気にしないようにと目を逸らそうとするが──恐らく自分と同じ気持ちなのだろう男に親近感が湧き、温かい目で見守り始める。

 

「次の方──」

 

「……はい」

 

 前の客の審査が終わり、遂にイツキの番が来たようだ。一足先に入国して行く見知らぬ男を見送りながら、審査所の受付前まで足を進めるイツキ。

 

「こんにちは、身分の証明と島へ上陸する目的を教えてください」

 

「あ、えーっと……こちら上陸手続きの書類っす」

 

 胸元から折りたたまれた紙を二枚ほど取り出すと、それを受付の女性へと手渡す。

 

「……フォンテーヌの使節様でしたか。主に長期の観光が目的、と……滞在手続きはこの先を上がって、遠国監察にて(おこな)ってください」

 

(──え、ヌっさん? 俺、ただの役人じゃなくて使節扱いなんすか!? 重すぎんか……普通にしんどいんだがッ!)

 

『……諦めなさい、イツキ』

 

 審査官の女性は続けて二枚目の書類を確認し始めた。

 

「──鳴神大社へ大豆の運搬? 何の為に……ああ、月海亭の秘書様による署名がありますね」

 

(……おっと、一瞬危なかったな)

 

『……傍から見て、”鳴神大社へ大豆の運搬”という文字のみから本来の目的を推察することは不可能ね。一般的には届けられるはずのないようなモノを届けようとしているのだから、怪しむのも当然よ』

 

(神社に大豆を送ろうとか、一体どんな狂人が考えることなんだろうねッ!)

 

 そんなイツキの脳裏には”清心”を美味しそうに咥えた、菜食主義の半仙の姿が浮かんでいる。

 

「もしかして……お背中にある、大きな背嚢に大豆が?」

 

 イツキの背負うリュックに手の先を向ける審査官。

 

「あぁ、いえ。大豆は……今、船から下ろして貰ってる途中ですね」

 

 自身の後方、複数の大きな木箱を運んでいる船員を指差しながらイツキはそう口にした。

 

「なるほど。しかし、あれほどの量となると……お一人で運ぶというのは大変なのではないでしょうか」

 

「あー……」

 

 ゴリマッチョな船員達がせっせと大豆の入った箱を抱えて歩いている。その姿を暫くぼーっと見つめた後、イツキは思った──あ、これ絶対運べねぇや……と。

 

「大変というか……無理かもッス」

 

「ですよね」

 

(──そりゃお前じゃ無理だろうな……的な冷たい視線をこの人から感じたんだけど、気のせいだよね?)

 

『『──』』

 

「あんまりモラを使いたくないけど……誰かに頼むしかないか」

 

 悲しみの心が表情へ滲み出てしまっているイツキを見て、審査官は暫く沈黙すると──でしたら、と話を続ける。

 

「大豆自体は暫く港に置いておき、この月海亭の秘書様からの手紙を鳴神大社へと届けてから──鳴神大社の方達に稲妻の運搬業者へ依頼して頂くのはどうでしょうか」

 

「依頼して頂く……?」

 

「はい。勘定奉行や、運搬業者へそのまま依頼するとなると、大量のモラを支払わなければならないのですが……鳴神大社の方達に運ぶことができないという旨を伝えれば、快く了承してくれると思うので──イツキさんがモラを支払う必要がなくなるかと」

 

『鳴神大社の者達にモラを支払わせる、ということかしら』

 

『ややこしいわね』

 

『イツキ──どうするの?』

 

 と、元草神は何か含みを持たせた様子でイツキへと問いかける。

 

(ふむ。まぁ、稲妻への渡航代は甘雨さんの部下から受けったから……俺個人の出費は実質ゼロになったしなぁ。運搬作業に関してはモラを払ってでも丸ごと業者に頼んで、俺は借家を探すことに専念した方が良さそうだ)

 

 問題を先送りにする事に意味があるのかは分からない。しかし、雷神にも八重宮司にも会わずに済むこの方法は──現在のイツキにとって選択すべきモノであった。

 

『ええ、それでも(・・・・)良いと思うわ』

 

(……?)

 

 ──それでも(・・・・)、何故か他の選択肢があるかのようなマハちゃんの物言いに、一瞬訝しげな表情を浮かべるイツキ。

 

『甘雨ちゃんへの恩返しの為に受けた仕事じゃなかったかしら……本当にそれで良いの?』

 

(……しょうがないだろ、俺の身体にはあのムキムキ船員達ほどの筋力がないんだからさ)

 

 眞へ返したその言葉には、わずかな申し訳なさが感じ取れた。今も視界に映る、船旅を共にした彼等の──鋼のような筋肉を羨みながら、イツキはそのまま審査官へと向き直す。

 

「あ、お金払って運搬依頼をしたいんですけど……勘定奉行と運搬業者、どっちが安く済みますかね?」

 

 ──そして彼は全てを避けることにした。八重神子へと渡すはずだった手紙も、運搬業者へとぶん投げて。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 遠国監察にて滞在手続きを終えたイツキ達は、遠方に見える影向山(ようごうざん)とは反対方向に位置する──稲妻城下町へと向けて足を進めていた。

 

「三十二万……クソ、大分持ってかれた!」

 

『イツキと共に暮らし始めるまで気にしたことがなかったけれど……業者への依頼って、意外と高額なのね』

 

「……流石、一国の主は頼めば人を動かせた経験ばかりのようで」

 

 ──残金二十八万。

 

 手持ちが少なくなったこの状況。さしあたって宿の優先度が低めだと考えているイツキは、借家を探すことを後回しにすると──ほぼ確実に突き返されるだろうと考えている大豆を、揚げ地へと変える手立てを得るため、城下町で豆腐屋を探す事にした。

 

 懸念はある──が、この時期の将軍は恐らく人形作りに夢中で、滅多な事がない限り城を出ることはないだろう……と。

 

「ん、何だ……? な、何かヘンなのがいるぞッ!?」

 

『妖怪……かしら?』

 

 暫く歩き、白狐の野を少し越えたところで何やら──珍妙な生物がフワフワと浮いているのを発見する。

 

『あれは……”夢喰い獏”ね』

 

「夢喰い獏? 稲妻にそんな妖怪居たっけ」

 

『ええ』

 

「チッ……やり込みが足りなかったか? ……少なくとも、俺の記憶には存在しない」

 

 そう呟くイツキに脳内の元草神も同意する。

 

「なんか……オモロい見た目をしてるなあの妖怪。心做しか動きも可愛く見えてくる」

 

 自身に向けられる視線に気付いた珍妙な妖怪は、全身で何かを伝えるようにクルクルとイツキの周囲を回り始める。そして少し距離を取り、コチラに振り向くという仕草を繰り返している。

 

『どうやら、付いてきて欲しいみたいよ?』

 

「……俺、面倒事に巻き込まれても解決する能力がないんだが」

 

『いざとなったら私達が居るわ……さぁ、行きましょう?』

 

「……はぁ」

 

 ため息を吐きながら大きなリュックを背負い直すと、渋々な面持ちで妖怪を追いかけるイツキであった。

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