気付いたら五百年前のフォンテーヌに居たので、水神を救おうと頑張りたいのだが……脳内で語り掛けてくるナニカがうるさい   作:たゆな

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幕間

 ──遥か昔、人間が妖怪たちの物語を話す時、まだ「昔々」という言葉をつける必要がなかった時代。

 

 大空には天狗、荒野には鬼衆、小道には妖狸、俗世には仙狐がいた。

 

 鳴神という大きな旗印のもと、妖の衆は想像を絶するような力をもってして焼畑農業に手を貸し、苦境の時代を生きる人間たちを助けた。

 

 山に避難し、海辺に城を築いたのが稲妻の始まりである。

 

 妖の中でも『白辰狐王一脈』はもっとも尊く、大妖怪を代々輩出することから、俗世でも無数の伝説を残していた。

 

 稀に妖たちが集まって酒を酌み交わすことがあるが、その時には自分たちの新たな伝説を自慢げに話すのがお決まりとなっていた。

 

 酒を飲みながら話す言葉は、どうしても事実と異なる部分が出てくる。だが、そんなことを気にする者などいない。ただ楽しく話を聞ければいいのだ。時を経て、いつしかそれは『百物語大会』となった。

 

 当時、盃を高く掲げながら談笑し、妖たちの目を引き付けたのが有楽斎だ。宴を催した狐斎宮も、笑みを浮かべずにはいられないほどのものであった。

 

 まだ幼い狐の姿であった神子は、いつも狐斎宮の肩に乗り、有楽斎が話す物語の矛盾を指摘していた。

 

 無論、有楽斎も頭の回る知恵者である、髭を触りながら話の修正をした。

 

 だが、それでも神子は新たな矛盾点を見つける。斎宮様が笑いながら、「皆、次のくだりが聞きたい頃よ」と止めるまで、そのやり取りは繰り返された。

 

 酒が三度回ってくる頃には物語も数巡し、どの妖もまともに言葉を紡げなくなるほど酔っぱらっていた。

 

 そうなると妖たちは語るのをやめて、妖力を用いて空へ駆け上がると、誰が一番上手く空と月を覆い隠せるか競い合うのだ。

 

 それは──『無月の夜、百鬼夜行』と呼ばれた。

 

 

 

 あれから数十年の時が経ち、当時の小狐も今や人の姿をとれる程の力を持っている。

 

 かつて共に酒を酌み交わした妖たちは、戦争と歴史の中に消え、生き残った血筋も日に日に薄れてゆく。

 

 

 

 

 ──そうして『百鬼夜行』は、ついに『昔』の伝説となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 

 

「あの〜……そろそろ支払いをして頂きたいのですが」

 

 琉璃亭の店主が伝票を片手に、未だ談笑中の二人に割って入る。

 

「ああ、すまない」

 

「もうそんなに時間が経っちゃったのか」

 

 そんなセリフと同時に席を立つ二人。

 

「ふむ、仕方がない。続きはまた次回ということに──」

 

 と、何やら言葉を詰まらせた様子の鍾離。

 

「ん? どうしたんだ鍾離。変な体勢で硬直してるぞ」

 

 彼は今、黒のズボン……そのサイドポケットを叩いたポーズで動きを止めている。そしてゆっくりと姿勢を正し、イツキの方へと身体を向けると──、

 

「──しまった、モラがない」

 

「は?」

 

 嫌な予感はしていた。なんなら注文した料理を食べている時も、彼の真剣な話を聞いている時も、長時間二人で楽しく談笑をしていた時も、イツキの脳内にはずぅ〜っとソレ(・・)がチラついていた。

 

「琉璃亭に着いた時、言ったじゃん! 最初に渡された旅の資金はあんまりないから、高い飯代を払う余裕はないって! そしたら鍾離が……」

 

 

 ──ならば俺が奢ろう。この店で出される料理ほどに美味い食べ物は……フォンテーヌ、そして稲妻中を回ったとしても味わうことが出来ないと断言しよう。

 

 

「って!!」

 

「……ああ、言ったな。しかし、モラはない」

 

 あまりにも無慈悲、流石六千年以上を生きた魔神──容赦など存在しなかった。

 

『彼はモラを生み出した神……のはずよね?』

 

『自由に生み出すことができる故に、モラという物の価値を低く見積もり過ぎているのかしら』

 

「本当に全部探したのか? 財布はッ……!?」

 

「…………」

 

 もはや無言である。

 

『ないん……でしょうね』

 

『ここまでの事を予測できなかった私達の敗北……ということね』

 

 彼は──これ以上、話すことなど何も無い。と言わんばかりの表情で、発狂するイツキを当たり前のようにスルーしていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ……もしかしてこれって、俺が払うのか? ”俺が払うよ”しないといけないのか!?」

 

 今のイツキには、某公子殿が『君もこっちへおいでよ』と手を子招く幻影すら見えている。

 

「俺はモラがない」

 

「うるせぇッ! んなことは分かってんだよッ!!」

 

 イツキの所持金は六十万。対して、会計伝票に記されている金額は──、

 

「──五十九万。終わった……数日分の宿代どころか、稲妻への渡航代も、何もかも消えることが確定してしまった……」

 

 真っ白に燃え尽きてしまったイツキは、食べ終えた食器が重ねて置いてあるテーブルの横に倒れる。

 

 

 

「──すみません、一名で貸切の注文は可能でしょうか?」

 

 

 

 すると店の扉が開き、ドアベルが鳴る音と同時に──聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。

 

「申し訳ございません。こちらのお客様方のお支払い後なら可能なのですが、少々時間が掛かっておりまして……」

 

「なるほど、それではまた後ほ──へっ?」

 

 その女性は鍾離を見て、素っ頓狂な声をあげる。

 

「おお、甘雨か!」

 

「て、てて、てててい!」

 

(あれ? おかしいな……この時点での甘雨は、鍾離が岩王帝君だという事を知らないは──)

 

「ずうぇ!?」

 

 イツキの真横に立っていたはずの鍾離が……いつの間にか戦闘服を着た岩王帝君へと変わっている。甘雨は気付いていないようだが、その瞬間を目撃していた琉璃亭の店主は、眼球を飛び出させる勢いで見開いていた。

 

「丁度いい、モラを貸してくれないか? ……手持ちがなくて困っていてな」

 

(つーか甘雨!? 甘雨って一族ぐるみで菜食主義のはずだよな……どうして琉璃亭に?)

 

「しょ、承知しました! ……いくら出せば宜しいのでしょうか?」

 

「五十九万モラだ」

 

「ごっ! ……ど、どうぞ」

 

「すまない、助かった」

 

 鍾離は甘雨からモラの入った袋を受け取ると、そのまま店主の方へと向き直る。

 

「俺がここに来た事は、どうか他言無用で頼む」

 

「も、もちろんですとも!」

 

「それと──この店の料理はやはり、最上級のものであった」

 

「あぁ、勿体なきお言葉ですぅ!」

 

(……何か、帝君パワーで誤魔化してね?)

 

『他人からモラを借りた岩神という、新たな言い伝えが生まれるのを防いだのかしら』

 

 この間にも、イツキの背後からは──違うんです、我慢できなかったのは今回だけなんです……などという言い訳がブツブツと聞こえてくる。声のする方へと顔を向けてみると、甘雨が頭を抱えた状態でその場に蹲っていた。

 

「……うぅ、香りにつられてこのような所へと来てしまった私への罰なのですね」

 

(……そういえばゲームでの甘雨は、仙跳牆を見て──あの美味しそうな食べ物を視界から消してください……とかなんとか言っていたことがあったな)

 

『先ほど彼から、仙人達に可愛がられすぎて色々な物を食べさせられた結果……コロコロと太ってしまった甘雨ちゃんの話を聞いた気がするのだけど』

 

『一族としては菜食主義でも、彼女個人としては……本当は色々なものを食べたいのかもしれないわね』

 

(仙人達や鍾離からおデブ時代の話をされる度に、甘雨は恥ずかしがって止めるっぽいし……リバウンドを恐れている可能性もあるな)

 

「よし、イツキ。無事に支払いを終えることができた。これでお前が稲妻へと渡る為の資金が尽きる心配はしなくてもいいだろう」

 

 などとイツキの肩に手を置きながら、思わず殴りたくなるような良い笑顔で宣う岩神。

 

「あぁ……代わりに甘雨さんへの借金ができたけどな」

 

「……? モラを借りたのは俺だ。お前が返す必要はない」

 

「財布を忘れるようなやつが、借金を返せるわけないだろッ! 世界で一番借金バックレの心配がない存在のはずなのに、この考えが浮かんでしまうこと自体おかしいんだぞ!」

 

 何故そのような事を言われているのか本気で理解できていない様子の岩神は、終始疑問の表情を浮かべていた。

 

「あ、あの〜……モラの返済をする必要はないですが、それ以上──岩王帝君を侮辱するような言葉を吐くのは止めてください」

 

 視線をずらせば──先程まで店の隅っこで頭を抱えていた甘雨が……直立する鍾離の右横で、その声を怒りで震わせながらイツキの事を睨みつけている。

 

「……コレで俺が怒られるの? えぇ〜……」

 

『『───』』

 

 余りにも可哀想としか言えない惨状に、彼の脳内に住まう魔神達でさえも言葉を発する事が出来ないのであった。

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