気付いたら五百年前のフォンテーヌに居たので、水神を救おうと頑張りたいのだが……脳内で語り掛けてくるナニカがうるさい   作:たゆな

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第16幕

「──そうして初めて、フォンテーヌ人の罪は洗い流される。てな感じの…………は? なにこれ美味すぎワロタァッ!」

 

 璃月へと到着した二人は、巷で人気の本格的なレストラン──琉璃亭へと足を運んでいた。

 

「ふむ、フォンテーヌの預言か。噂には聞いていたが……やはり、中々に物騒な内容のようだ」

 

 テーブルの上に並ぶ数々の食べ物を、次々と口へ放り込んでいるイツキの対面で、熟考するように腕を組む長身の男──鍾離。

 

「これが奢り……これ全部無料マジか……これ全部無料マジかッ!」

 

 対面する神がどんな反応をしようと、今のイツキの視界に捉えられることは無い。何故なら、その眼には香るだけで涎が出るような数多の料理達しか映っていないから。

 

「確かに……この預言は自国の民が日々生活していく中で、常に個人の心へと纏わりつく重りとなる。今代の水神が下した判断は間違っていないだろう。唯一間違っているとすれば、国全体を脅かす重大な問題の解決に向かわせた人間が、このようなポン……未熟者であったという事だけか」

 

「言い直した結果、余計酷い言葉になってるっすよソレ。……これも、ウメッ……ウメッ!」

 

 試しに小言を言ってはみたが、気に留めることすらせずに食事を再開したイツキを見て、眉を顰める鍾離。

 

『ねぇイツキ。このままだと、無限に食べ続ける事になってしまうわよ? 水龍くんに加えて、鍾離くんにも返しきれない程の貸しを作るつもりなの?』

 

「あっ」

 

「……いい加減、口へ運ぶ手を止めろ。お前との対談の為にこの場を設けた訳だが、俺と会話をする気が無いのなら──」

 

「──ふぅ、ゴチでした」

 

 イツキは──組んでいた腕を解き、立ち上がろうとした鍾離を前に、パチンッと大袈裟に音を立てながら両手の平を合わせる。

 

「はぁ……漸く続きを話す気になったか」

 

 彼はそう溜め息を吐きながら座り直すと、目を瞑りこちらの返答を待ち始める。

 

あっ(・・)……って貴方、気付いていなかったの?』

 

『まぁ……イツキはこの世界に来てから、焼き魚しか食べていないものね。夢中になってしまうのも仕方がないわ』

 

「しょうがないでしょう……こちとら数日走りっぱなしで何も食べてないんすよ」

 

「……まるで腹を空かせた人のような事を。その体で空腹感を覚えるはずが……いや、精神的な苦痛の話か?」

 

「そうそう、そういうことっす! 俺は美味しいモノを食べるということに幸せを感じるタイプなんですけど、長い間何も食べずに精神をすり減らし続けるってのは流石にキツかったわけでして。そもそもフォンテーヌでは、ずぅ〜っと釣った魚を焼いて食べるだけだったから、璃月の美味しい定食に手が止まらなくなっちゃっ──」

 

 どうやら自身の苦労を理解しようとしてくれている岩神を前に、思わず饒舌になってしまうイツキ。蓄積された心的ストレスを漸くのことで解消できるという絶好の機会、彼の言葉は留まることを知ら──、

 

『稲妻へ向かう為の船でも、おそらく魚ばかりを食べる事になってしまうものね』

 

『ふふ、そうね……璃月に居る間、美味しいモノを沢山食べて渡航に備えましょう』

 

「──たんすよねぇ〜。あはは……」

 

 おそらく談笑しているだけの──脳内に住まう神達によって、現実を叩きつけられてしまったイツキは……意気消沈し、その顔を俯かせる。

 

「……? 何やら気落ちしているようだが、どうかしたのか」

 

 直前まであれほどに溌剌たる姿を見せていたイツキが突然しょんぼりとし始めたことにより、流石の岩神も困惑の表情を浮かべた。

 

「……いえ、大した事じゃないんです。実は俺、璃月港を経由して稲妻に行くのが目的なんですけど……どうせ貿易船みたいな商船に乗っていくしか方法が無さそうなんで、きっとまた釣った魚を食べ続ける生活に戻るんだなぁと思うと憂鬱に」

 

 その話を聞いた鍾離は”うんうん”と、自身が激しく同意しているということを伝えるように頷く。

 

「確かに、海鮮食しか食べることができないのならば──そこは地獄と同義だ」

 

(いや、そこまでは言ってないんだが?)

 

『やっぱり、過激派ね』

 

『……っそうね』

 

『マハちゃん……?』

 

 脳内で微妙な反応を見せる元草神に、思わず苦笑いを浮かべてしまうが──眼前の男に対しての反応を考えてみても、同じものとなるので何も問題は無い。

 

「精神的な苦痛、か。お前のように特異な身体を持ってしても、時を経ればすり減る──やはり、俺達が摩耗から逃れることは叶わないのかもしれないな」

 

「……鍾離さ──」

 

 岩神は暫くの間イツキのことを見つめると、一瞬──何かを思い出したかのような表情を浮かべ、再び熟考する。その姿に”邪魔をしてはいけない”という雰囲気を感じ取ったイツキは、続けようとしていた言葉を飲み込んだ。

 

「──俺は昔、古き友と力を分かち合うことで……友の身体を蝕み続ける”摩耗”そのものを食い止めようとした」

 

 長くは無い──が、そう錯覚するほどの圧を滲ませていたその沈黙を破るように、彼は言葉を紡ぎ始める。

 

(古き友……? 鍾離の友とか、居すぎて絞りきれないんだけど)

 

「しかし……その試みは失敗し、摩耗を食い止めることは出来ないのだということを理解した俺達は、ある一つの結論を出した。摩耗は”自然の摂理”の一部であり、天理によって課せられた(・・・・・)ものであるという結論を……」

 

(あぁ、なるほど……若陀龍王との話か)

 

『若陀龍王?』

 

『確か……璃月の地中深くに埋もれていた岩元素生物をモラクスが見つけ、その権能によって巨龍の姿へと彫り上げたもの──だったわね。地下に住む盲目の岩生命体であった彼は地上の生命を見たいと願っていて、モラクスはその願いを叶えた……その若陀龍王が、摩耗によって暴走して封印される前の話よ』

 

『凄まじいわね。岩神の権能で……盲目の者に、見る力を与えるなんて』

 

(そうそう。ま、岩神の権能というか? 四つの光る影のモチーフとされているタロットカードに描かれている四大元素の一つ……土のコインと、光る影はどれも生命を生み出すことが出来るという原神内の情報から考えて……光る影の力って説もあるけどな! 土のコインとか、もはや岩神が生み出したモラと一緒やん……つってなッ! はっは〜!!)

 

『──ッ』

 

『天理によって課せられたモノという結論を出すには……自身の力が、天理以外を凌駕するという自信がなければならない……光る影であれば、その考えに至る事も……』

 

 フリーナとの会話と同じように無言で見つめ続けるイツキに、鍾離は何も反応を示さない。その様子を見て、鍾離が怒ったのだと勘違いしたイツキは──やべ、脳内で会話しすぎたか? と考えたが、実際は逆にその姿が彼の話へと真剣に耳を傾けているように見えている為……鍾離の話を聞き漏らすことさえなければ大丈夫だろう。

 

「三千年余りの時間は、丈夫な岩をも削る。ある小雨の日、俺は璃月港を歩き、商人が部下を褒める言葉をたまたま耳にした」

 

 

 

 ──君は君の責務を果たした。今はゆっくりと休むがいい。

 

 

 

「それを聞いた俺は、自分自身に何度も問いかけた──俺の責務は……果たされたのだろうか? と」

 

 ふと、無言で自身を見つめ続ける視線に気付く鍾離。

 

「……」

 

 イツキの顔をよく見ると、食事をしていた時のようなお調子者には似合わない真剣な表情を浮かべている。

 

「ふっ……少々喋り過ぎた、忘れてくれ。今思えば、何故璃月の民ですらないお前にこのような話をしようと考えたのか──」

 

 

 

 

「──良かったな、この話をした相手が俺で!」

 

 

 

 

 鍾離の言葉を遮って、一見傲慢とも捉えられる返答をするイツキ。

 

「それは……どういうことだ」

 

「鍾離の言う通り、璃月の民ですらない。ましてやテイワットの人間ですらない俺は……そーんな話を聞いても何とも思わないし、誰かに話したいと思うほど面白い話だった……とも思わない。むしろ──反応に困るつまらない話を突然聞かされたのに何も言わなかった俺を褒めて欲しい」

 

「……何?」

 

 ──テイワットの人間ではない。そんなセリフが聞こえたが、今の鍾離にはどうでもよかった。

 

「どうどう、落ち着きなって……つまらない話なのは事実なんだし」

 

「つまらない話……だと?」

 

「だってそうだろ? 試みが失敗した結果、どうしようもないことが分かったとかいう失敗談と、自分自身を問い続けている……なんていうのは聞いたけど、肝心のお前がこれからどうしたいかを聞いていないし」

 

「……」

 

「別に、今から面白い話をする! とか言われた訳じゃないから良いけど、聞いてみたらまぁ気分が沈むだけの話で……聞かされた方はたまったもんじゃないぞ!!」

 

「……そ、それはすまなかった」

 

 何故か逆ギレしているイツキの気迫に、思わず謝罪を口にしてしまう鍾離。

 

「まぁでも? ”何でか分からないけど話したかった”ってことは、俺と同じように何かしらの精神的苦痛を感じてたんじゃないかとは思うから、俺のストレスを解消してくれた恩人である鍾離のつまらない話を……今後とも聞いてやらんこともない!」

 

 その言葉に一瞬、ムッとした顔をする鍾離。そんな自身の反応に驚いたのか、口元を触りながら……続けて冷静さを装うことで精神を落ち着かせる。

 

「……俺の悩みを、たかが食べたいものを食べることができなかったというだけのモノと一緒にするな」

 

「お、やっぱ悩みなんだ!」

 

「──っ」

 

 眉を顰め、顔を歪める──おかしい、普段の自分らしくない。この程度のことを言われただけで、何故これほどまでに憤る? そう心の中で繰り返すが、ついぞ理由は分からない。

 

「鍾離が俺に話をしたところで、悩みは解決しないし話も進まない、世界は変わらないし、俺も変わらない……」

 

「そうか……それならば、お前のような未熟者に何を話したところで時間の無駄であったと言う他ないな」

 

「でも鍾離、俺は──お前がお前自身の考えをまとめる為の手帳程度にはなってやれるよ」

 

「……っ!」

 

「摩耗で正常な判断ができなくなっちゃう〜! とか、摩耗しちゃって何でもかんでも忘れちゃう〜ってな事が心配なら──お前が話す思いも記憶も俺が覚え続けてやる」

 

「俺自身の……手帳」

 

 彼はこれまでに交わした契約と同様、これまでの見聞を、自身が踏み歩いてきた歴史を、その全てを、何一つ忘れた事がない。彼自身、摩耗という摂理さえなければ今後もそうであれると自負している。

 

 ──そのような神に、手帳だと?

 

「幸い俺は、記憶力だけは良いと定評があるんだ。何せ、三人寄れば文殊の知恵を一人で体現できる男だからな。はぁ……俺の知っているやつはみ〜んな一人で抱え込むやつばっかりで困る〜!」

 

(ヌっさん、フォカロルス、フリーナ、マハちゃんに眞とかなッ!!)

 

『……貴方、何を言っているの? 私はちゃんと民に、友人達に、影に頼っていたわ』

 

『私もアーカーシャを作って、皆の夢を借りていたし……今も私達はイツキの中にいるのだから、必然的に一人で抱え込むことができない状態に陥っている……水の龍王と水神だけよ?』

 

(……俺が言ってるのはキミ達が俺の中に入る直前にした事の話なんですけどね)

 

 

 

 

「──しかし、お前も俺と同じように摩耗する……はずだ。いずれ、俺と交わした言葉も全て……」

 

 

 

 

 過去の出来事を思い出しているのか、蘇る感情を抑え込むように拳を握る鍾離。

 

『彼が摩耗した若陀龍王と戦ったのは、原作開始から約千年前……現在から五百年程前の事ね』

 

『何としても……止めたかったのでしょうね。力を分かち合うことで、その摩耗を食い止めようとした程に』

 

 そんな鍾離を見つめ──しかし、あっけらかんと言い放つ。

 

「いやいや、鍾離みたいなおじいちゃんと違って……こちとら出来たて生まれたてホヤホヤなんでね。その頃にはきっと──良い時代になってると思うぞ」

 

「何を根拠に……」

 

「今すぐには実行できないってだけで……考えてはいるんだろ? 良い時代にする為の計画的なやつ。それを実行するきっかけを得るまで、そんなに時間は掛からないさ。何せ鍾離が守り続けてきた、そんな鍾離の姿を見続けてきた人間達なんだからな」

 

 イツキから発せられるとは思わなかった言葉に、目を見開く長身の男。

 

「驚愕と言わざるを得ない。璃月の民ですら……テイワットの人間ですらない者に、俺自身の心の内を読み取られるなど」

 

(フォンテーヌ以外ならしっかり活用できるんだよなぁ、この知識チート)

 

『フォンテーヌでも意外と役に立っているとは思うのだけど……』

 

『というか、ほとんどその知識のおかげじゃなかったかしら』

 

(もっと! もっとメインで使いたいの! 俺──こんなことまで知ってるぜ……をしたいの!!)

 

『……なるほど。光る影の考察でやたら饒舌になっていたのは、そのストレスを解消する為だったのね』

 

『可憐な女性達をイツキのストレスの捌け口にするなんて……最低ね』

 

(触れた指から消し飛ぶほどの力を持っている魔神達のどこが可憐なんだよ……)

 

 暫くの間、鍾離がイツキの顔を見つめ続ける。そして──はぁ……とため息を吐いた後、おもむろに口を開いた。

 

「──お前が何を言っているのかも、何故お前が俺の計画を知っているのかも分からない。分からない、が……俺が何を話したところで、他が何も変わらないというのなら……変わるのは、変われるのは俺だけだというのなら……」

 

「ああ」

 

「……イツキ、お前という手帳を活用させて貰うとしよう。先ずは俺の考えから、次の──人の時代の物へと変える為に」

 

(まぁ、鍾離として人々との交流を始めている時点で……手帳が必要かどうかは怪しいけど──)

 

「さて──鍾離殿、次はどんな話をしてくれるんだ?」

 

「ふむ、そうだな……今や俺の眷属となっているある者が、自身を丸呑みした巨獣を窒息させた話でもしよう」

 

「……えぇ」

 

「あれは確か──」

 

(語り手が楽しそうにしている話は、稲妻に行くまでの良い暇つぶしになるかな)

 

『……ええ』

 

『……そうね』

 

 そうして時間を忘れるように語り合う二人は、店主が会計を急かしてくるまで談笑し続けたのであった。

 

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