気付いたら五百年前のフォンテーヌに居たので、水神を救おうと頑張りたいのだが……脳内で語り掛けてくるナニカがうるさい 作:たゆな
眼前に広がるその惨状を認識したイツキは──たった今何が起こったのか、そして……それを生み出した存在が誰であるのかを理解した。先程まで背負っていたはずの荷物は、吹き飛ばされた際に自身の体から離れ、視線の先にあるクレーターの横に転がっている。
「……っ」
『どうやら仙人達どころか……彼自身に捕捉されていたようね』
『天星を堕とし、対象を石化……イツキを狙ったものでは無かったようだけど』
辺りを見渡してみるが、付近に何者かが存在する気配はない。イツキは自身の身体を入念に調べ、五体が満足にあるという事を確認する。痛みを感じることのない彼は……確認も無しに、いつ、どの部分が欠損してしまったかを認識することができない為だ。衝撃で中身が溢れ出している状態のバックパック付近までゆっくりと歩く。
「めんどくせぇ……」
地面に散乱するフォンテーヌ産の衣服や携帯食料。幸い、途中でバックパックの開口部が外れていた為、入れ物が壊れるという事態は避けることができていた。
「いや……璃月までもう少しの辛抱だ、頑張れ俺ッ! ん……この服、誰が買ったんだ?」
落ちているモノを一つずつ収納していると、カワイイ魚の模様が刺繍されているダサめのシャツを発見する。
『この背嚢自体、準備が整った状態で水龍くんから直接渡されたものよね。ということは多分……』
『貴方が釣りばかりしていたから、魚好きとでも思われてしまったのでしょうね』
(……まぁ、間違ってはいないな)
前世でも釣りを嗜み、魚を捌く程度のことまでは容易だと言えるほどには魚好きのイツキ。──実はヌヴィレットにファッションセンスが無かった。というパターンにも謎に納得しつつ、収納を再開しようと──、
「戦いによって璃月を守ることしか知らない彼等が……一向に動く気配がないと思い来てみれば──何者だ」
──突如背後から聞こえてきた声、イツキは反射的にその方へと顔を向ける。
「……岩神、モラクスッ」
色白の肌、黄色い菱形の瞳孔を持つ琥珀色の瞳、下瞼に赤いアイラインのある長身の男性が、白いフードを被った姿で佇んでいた。
「この姿の俺を知っているのか? ──岩のような顔を取り外した……人々にそう噂される程度には久々の
魔神戦争時代──神々からでさえ”武神”と恐れられたその姿。
(いや、そんな戦闘服を久々に引っ張り出す程の脅威認定されてるんすかぁッ!?)
「それにしては”モラクス”などと、まるで海外の者達がするような呼び方を──待て、お前……その手に持っているモノは何だ?」
「へ?」
突然、顔を青くする岩神を不思議に思い……手元に視線を向けるイツキ。
「何って……服ですけど」
「海産物が刺繍されているなど、そんなモノ……もはや衣服とは呼べないだろう」
──ああ。と、岩神モラクス……鍾離の苦手なものが海産物全般だという事を思い出したイツキは理解する。
(海産物嫌い過ぎだろ)
『過激派ね……』
『──私も海鮮は苦手だけど、衣服は衣服……ええ、そうね』
『マハちゃん……?』
(……そういえばナヒーダも海鮮が苦手だったな。そりゃあ、マハちゃんの苦手なモノが海鮮であるというのも当然か)
『確かに……魚が釣れる度、いつも不自然に黙り込んでいたけど……そうだったのね』
散乱する荷物の一部を見つめながら、潜考するモラクス。
「……うむ。フォンテーヌ産の物を多く所持しているようだが」
(……流石は鍾離先生、博識なこって)
そしてふと、一時的に解かれていた緊張が……再び場を包む。
「──世の塵を払い、民を守る。それは、璃月最古の契約……」
胸の前で両腕を組み、こちらを睥睨するその琥珀色の瞳。
「これ程までの魔物、その軍勢を引き連れて璃月港へ……
その瞳には、イツキに対する明確な敵意の感情が浮かんでいた。
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「……魔物を引き連れていた訳ではなく、ただあれ等から逃げ回っていただけだったか」
そう零すと、足元の地面が隆起するほどに彼の身体から溢れ出していた岩元素力の気配が消失する。
「すまない。昨今の璃月では、大災害後……魔物の脅威が去った後も出現し続ける魔物と戦う方法を模索する人々によって、武術ブームが巻き起こっている。その為俺は……戦う力を持たない民が、一人で外を出歩く事などないだろうという認識を前提としていた」
(大災害──漆黒の災いの事だな)
未だ──目を合わせるのはちょっと怖い! などと考えているイツキは、視線を横に逸らしていた。
「……力を持つはずの者が、それを行使せずに人里へと向かっている。ならばそれは──故意に魔物を引き連れていると、そう断定したのだが……」
その仕草に訝しげな表情を浮かべた岩神は、言葉を中断しながらイツキの身体を一瞥する。
「ふむ……やはりお前の体はどう見ても、あのような長時間走行を続けられるような体には見えない」
(あ〜、そりゃあ……六千年以上も生きている神に隠し通せる訳ないよなぁ)
「あれ程の勢いで吹き飛ばされた、にも関わらず無傷。その上、仙力も元素力も……ましてやアビスの力を感じることさえないそれは──異常だ」
『……なるほど。おそらく仙人達は、イツキのことを護るべき璃月の民ではないと判断しただけではなく……その異質さを感じ取って、関わる事を避けていたのね』
(渾身の奇声をあげながら助けを求めていたのに……一人くらい助けに来てくれても良いじゃん)
『……渾身の奇声をあげていたことが原因で、仙人の代わりに魔物が引き寄せられていたのかもしれないわよ』
(岩神本人と遭遇してしまうよりは、まだ眷族の誰かと出会っていた方が良かったわ……マジで)
──すると、油断していたイツキの耳横スレスレを……弾丸さながらの小石が通過した。
「だというのに……”戦う力を持たない”だと? そのような嘘を──誰が信じる」
──さて、ここから入れる保険はあるのでしょうか……と、絶望するイツキ。だがいくら相手が最古の魔神だとしても、こちらには歴戦の魔神が二柱も居る。三対一! 圧倒的人数有利! 負けるわけが無い! そう期待を込めて、脳内に住まう神達に助けを求めてみるが──
『──ええ、お手上げだわ。……頑張って、イツキ』
(いやいや、せめてちょっとくらいは考えてくれぇ?)
『どれほど巧妙な嘘でも、彼には看破されてしまうでしょうね……』
イツキは思う──全然人数有利じゃなかった上に、岩神相手にタイマンマジか……と。
「……俺自身は本当に戦えない。だが、完全に戦う力を持たないというのは嘘だ。それはごめん」
「どういう事だ? ……いや、いい。では結局の所、魔物を連──」
「けどそれは、おいそれと使えるようなモノじゃなくて……なるべく使いたくない力で……」
「────」
「だから、当たり前だけど……魔物を引き連れて璃月を襲おうとかは全く考えてなかった」
「……ふむ」
敵意を含む眼光を向けていたモラクスは、どうやらイツキの言うそれが本心であると判断したのか……静かに目を瞑り、少しだけではあるがその警戒心を緩めた。
「しかし……あのまま進んでいれば、いずれそうなっていたのは事実だろう。それも、先ほど俺が掃討した数以上の魔物を引き連れることとなって……その場合、お前はどうするつもりだった?」
「もちろん、そのまま璃月へと足を踏み入れる前に魔物を殲滅していたさ。それこそ、俺の考えうる全ての犠牲を払ってでも」
(眞とマハちゃんに土下座して頼み込みますよ、ええ)
『頑なに”俺の力”とは言わないわね……』
『……ふふ。私達の力は貴方の力と言っても過言ではないのに、変なところで真面目なんだから』
「まるで、その犠牲とやらを払いさえすれば……魔物の軍勢程度を殲滅するのは容易いと言っているようだが?」
再びその眼差しを、虚言は許されないという意志を纏わせ……イツキへと向ける。
(容易いよね?)
視線を受け、表情を固めたイツキは──脳内の魔神へと問い掛ける。
『容易いわね』
──元草神は肯定し、
『ええ、容易いわ』
──元雷神も同意した。
「ああ、容易い」
そしてイツキは──らしい。と心の中で付け加えながら──しかし、二人が言うのならそうなのだろうと……まるで疑いもせずに断言する。
「……そうか」
彼はそう言ってしばらく黙り込むと……その服装を、ベージュのドレスシャツ、茶色と琥珀色のウエストコート、スリムな黒のズボン、黒のドレスブーツという、イツキが幾度となく見てきたモノへと変えた。
「璃月へはまだ少し距離がある。到着まで、俺がお前を護衛しよう」
「へ……? ガチですかッ!?」
「……今回はたまたま道中に人間が居なかったから良いものの、同じことを繰り返されては適わないからな」
「おおお〜、そうっすよね! フゥ〜! やっぱり神様は頼りになるぅ〜!」
調子の良い態度を取るイツキを見て──はぁ。と、ため息を吐くモラクス。選択を誤ったかもしれない……と、後悔し始めている彼を他所に、元気100%の阿呆と化したイツキは……散らばる荷物を瞬く間に片付け終えると、帰離原の方面へと走る。それを優雅に歩きながら追いかける岩神であった。