无名
无名
御堂伊咲が悪いことをすると、母の御堂可乃依は決まって娘のお尻を叩いた。
はじめて叩かれたのはいつだったかは、もう伊咲自身も覚えていない。
小学校高学年にもなると恥ずかしさもあったが、お仕置きの内容は変わらなかった。
厳しい叱り方だが、何度叱られても同じようなことを繰り返す伊咲も伊咲である。
ある日の夜のこと、伊咲はリビングのソファでスナック菓子をつまみながら、好きなテレビ番組を見ていた。
バリボリとポテトを口に放り込んでいると、いきなり可乃依に小言を言われた。
「イサキ!部屋の片づけは?」
そういえばそんなこと言われてたっけ、とふと言いつけを思い出す。
だが好きなテレビを邪魔されイラッとした伊咲は、大きく舌打ちして叫んだ。
「あーもぉテレビ聞き逃した!うるさいよヒスババー!」
この番組終わったらやる、とでも適当に言えばいいところ、わざわざ「ヒスババー」など言ってしまうところに伊咲が衝動的で、かつ口が悪い性格がうかがえる。
可乃依は突然の言葉に一瞬びっくりして固まるも、直ぐにその目つきが怒りをはらんだものに変わった。
「…あ、やばっ…」
伊咲はしまったという表情を浮かべたが、時すでに遅し。
母が怖い顔で近づき、リモコンのボタンが押される。
一回、二回。不思議と二回目を押したときにテレビの画面が真っ暗になった。押し間違いかと思ったが、そんなことを詳しく考える余裕は伊咲にはもうない。
黒一色のテレビに、ソファに腰かける自分の姿と、その半身を隠す母の後ろ姿が映る。
「次同じこと言ったら母さんどうするって言った?」
いつもとは違う声色で問われる。
伊咲は唇を噛むような表情のまま、ちらと上目使いで母を見上げた。
腰に手を当てて、怖い顔で自分を見下ろしている。
この顔は何度も見たことがある。そしてこの後何をされるのかもわかる。
だが答えてしまうと、その時間が早まってしまうような気がして、一分一秒でも時間を引き延ばそうと伊咲は沈黙を貫いた。
「はぁ…」
リビングに降りた沈黙を破ったのは可乃依のため息だった。
ただの息を吐く音、普段ならば気に掛けることすらないわずかな物音に伊咲の肩がびくんとはねる。
伊咲が何かを言う前に、可乃依は口を開いた。
「おいで」
一言だけ。
それに伊咲は分かりやすく反応した。気まずさに覆われていた表情が後悔で埋め尽くされていく。
「なんでよ!」
伊咲が顔を上げて異議を唱えると、可乃依は無言でソファに腰かけている娘に背を向ける。ついてきなさい、そう言わんばかりに。
この状態の伊咲と言い合いをしても意味がないことをよく知っているからだ。
観念したのか、伊咲はふらふらと立ち上がった。そして母の後ろをとぼとぼと歩く。
もちろん「なんで」「やだ」「そんなに怒らなくていいじゃん」と、小声だけれども必死に自己弁護するのも忘れない。
可乃依はオレンジのエプロンを脱ぐと、ダイニングから1脚、背もたれつきの椅子を運んだ。
もちろん食事の時も使うのだが、近頃はそれとは別のシチュエーションで活躍している。
この椅子、中学生になって少し大きくなった伊咲のお尻を叩くのにちょうどいい高さなのだ。
椅子からすれば甚だ不本意だろうなと考えながら、可乃依はキッチンの前の広いスペースに椅子をセッティングした。近くに家具があったら、伊咲が暴れたときにとても危ないからだ。
(今日もよろしく、と)
椅子に深く腰掛ける。
親子の重量を支えるようにできてはいないはずだ。
感情移入される椅子は「はい?」といった具合だろうが、本来とは違う使い方をしているためか少し申し訳なくなる。購入した時点では、私も椅子もまさかこんなことになるとは思っていなかった。
もしもっと大きくなった伊咲をお仕置きすることがあれば、また場所を考えないといけないかもしれない。そんなことにはなってほしくないものだが。
「ここ、きなさい」
自分のふとももをポンポンと叩きながら、可乃依は短く言った。
同時に伊咲の心臓が跳ね上がる。
「ぐ…っ」
伊咲は歯を食いしばり、それから足を一歩踏み出した。
母までの距離はほとんど離れていない。
なのに、果てしなく遠く感じる。
椅子の前に立つと腕を引かれ、流れるように膝へと引き倒される。
小学生の時は床に正座した母の膝の上だったから、視線の高さにはまだ慣れない。
だらりと首と腕を一緒にたらすと、お尻にひやりとした感覚があった。
「やだ、脱がすな!」
お膝に腹這いの状態でスカートの裾を捲られ、思わず身をすくませて叫ぶ。
可乃依は膝の上の娘が足を跳ね上げた直後にひとつ、白いパンツ越しのお尻を軽くひっぱたいた。
「こら」
「く…、うぅ…」
可乃依は、びくりとした後で固まった伊咲のパンツに手をかけると、お尻の下まですっと降ろす。ふとももの付け根で表裏をひっくり返しそれ以上落ちないよう固定する。もう慣れたものだ。
「なんでこんなのされなきゃいけないんだぁ…」
せっかくの憎まれ口も、必死に頑張って考えているのが体を通じて伝わってくる。お尻を丸出しにされてふるふると震える娘に、可乃依は愛おしさすら感じていた。
一方の伊咲からはどんどん余裕がなくなってゆく。
全ての覆いを剥ぎ取られたお尻の上を空気が舐めるように流れていく。
反射的にあんなことを言ってしまわなければと思うが、今さらもう遅い。
母の手がお尻の上に置かれた。二、三度軽くなでられ、直後に手が離れる。
感覚的にゆっくりとした動作で手を振り上げられていくのが分かる。最後に与えられた数秒の猶予で伊咲は覚悟を決め、体を強張らせお尻をぎゅっと固めた。
しかし平手が落ちてこない。
伊咲が、あれ?と気の緩めた瞬間。
お尻の真ん中に、指をそろえた平手が思い切り叩きつけられた。
「いづっ…!」
乾いた悲鳴とほぼ同時に熱い痺れ、少し遅れてじわっとお尻の奥に響くような鈍い痛み。
重なるように2回目、可乃依の平手がお尻に弾けた。
「んっ!」
お尻の真ん中、一番柔らかいところを中心に数秒の間隔を置きつつ、全体がゆっくりと打たれていく。真ん中、右、真ん中、左と時々順番を変えながらまんべんなく。
「っく!あんっ!」
平手が落ちるたび、伊咲のお尻が手のひらの形にへこむ。
分かってはいたが手を緩めてくれる気配はない。短い悲鳴が叩かれるたびに漏れる。
10回を数えるころには、お尻は桃色に薄く色付いていた。
可乃依はいったん手を止めて様子を見る。
「いった…」
伊咲は息を整えつつ、ジンジンというお尻の痛みにほんのり涙していた。
一方の可乃依は膝越しに伊咲の緊張を感じ取りながら、今日のお仕置きの回数を思案する。
自身も、伊咲が生まれてからは少し落ち着いたものの、昔は疑う余地なく口は悪い方だった。それこそ今の伊咲のように。可乃依自身もこの性格で損をしたことは多かった。
だからというわけではないが、許される状況で放たれる悪口なら笑って許せる。
でも今の伊咲は、状況を鑑みることなく反射的に悪口を紡いでしまっている。それを放っておくことは間違いなく伊咲のためにならない。
もっとも、感情が表に出やすいのは伊咲の良いところでもあるのだけれど。
ほんのりと熱を持ち始めたお尻に手を置き、軽くなでる。
「まだだよ?」
「ぐっ…」
まだ終わっていないと伝えると、伊咲は黙ってしまった。
だったらさっさと叩いてよ、とでも言いたいのだろう。
可乃依は手を振り上げると、伊咲の既に赤いお尻に平手を叩きつける。
「あっ!いたっ、痛いって!」
さっきの10回より力加減を強め、叩いた手もびりびりと痛むほどの強さでお尻をくり返し叩く。自分の手も痛むが、伊咲の体の動きからお尻も相当痛いのだろうと思った。
「ったい…ぎゃぁっ!あうっ!」
30回は叩いただろうか、伊咲は叩かれるたびに声を漏らし、身体をよじらせて耐えている。
「いたっ!もう言わんってぇ!あんっ!」
お尻の色が紅に変わり始めたころ、伊咲がようやく口を開いた。
ピシャッ、ピシャッ、ピシャン!
それでもお構いなしに、剥き卵のようなお尻めがけて、可乃依は何度も平手を打ちつける。
もちろん伊咲への返事も忘れない。
「前もそう言ってたでしょーが」
「だって…ぎゃん!うっかり言っちゃうんやもん!あん!」
気持ちはわかる、と可乃依は心の中で頷いた。
お尻を叩くたびに伊咲の体が緊張しているのを感じる。そろそろ限界が近いのだろうと今までの経験で分かった。
でも手は緩めない。
お仕置きはお仕置き。一度すると決めたなら、途中で曖昧に許してしまってはいけない。
それが自分の責任だと可乃依は考えていた。
そして40回を数えた。
それまで意識して力を調整して叩いていたのを止め、すーっと大きく息を吸う。
パンッ!パンッ!
「──いっ!?」
伊咲が「痛い」と言いきる暇もないほどの大きな音。
桃のように全体が染まったお尻の左右に、新しく赤い手形がくっきり残った。
可乃依の手も反動で痺れているのか、心なしかさっきまでよりもペースは遅い。
だが逆にそれが一回ごとの痛みをたっぷりと味わう時間になり、伊咲にとっては悶絶するほどの苦しさになっていた。
「ひぁっ!あっ!やだっ!」
反射だった。
伊咲の右手がお尻を庇うように飛び出した。
可乃依は手を止めて様子をうかがう。ぱっと見てうっかりだったのが分かったからだ。
今45回、自分で手を戻してくれたらあと5回で終えるつもりだった。
手に動きはない。
降ってこない平手を伺いながら、伊咲の心は大きく迷っていた。
理屈だけを考えれば手を引っ込めるのが圧倒的に正しいのだろうが、それをしてしまうのは何かが悔しかった。
伊咲はお尻のじわりとした熱さとジンジンとした痛みを手の甲を通して感じながら、次の平手に備えて身構える。腫れて敏感になったお尻を空気が撫でるたび、くすぐったいような感覚を覚えて伊咲は何とも言いがたい気持ちになった。
先に動いたのは可乃依だった。伊咲の右手首をつかむと、そのまま背中に押さえつける。
かわいそうだけど、60回までだ。同情を心の奥に押し殺し、右手を振り上げた。
バチン!バチン!
さっきよりもわずかにテンポの速い打撃が伊咲のお尻を襲う。
速さの代償として可乃依の手はもっと痛くなるけれど、それくらいは構わなかった。
長々と続けるよりも手早く終わらせてあげた方が、伊咲が耐えやすいのではないかと思ったからだ。
叩かれている伊咲本人にとっては関係なく痛いのだろうけれど、そこはお仕置きだから仕方ないと可乃依は無理やり自分を納得させる。
「あうっ!あっ!ごめんなさい!」
あれこれ想像を巡らせていると、伊咲が耐え切れず悲鳴をあげた。
ようやく謝罪が飛び出した伊咲に、可乃依は畳みかけるように平手と言葉を同時に投げる。
「次言ったらお尻ぺんぺんだって母さん言ったよね?」
「あんっ!」
バチン!バチン!バチン!と、その辺の子なら増えてしまった数回ぶんだけでもぎゃんぎゃん泣いてしまうはずだ。
決して痛みに強い訳ではないはずなのに、相も変わらず頑固だなと思う。
誰に似たのか、と考えるが間違いなく私だ。我が子ながら損な性格の娘である。
「ったい!」
声が濁ってきたのがわかった。
伊咲は涙を流しつつも、泣き声を聞かれないように我慢している。
太ももをすり合わせたり、足を跳ね上げたりと、痛みを紛らわせようと必死のようだった。
また新しい手形が刻まれ、伊咲が弾かれたように叫ぶ。
「もう言わない!ごめんなさいって!」
お尻は見事に赤くなり、これで終わりでも十分に思えた。
膝の上でもぞもぞと動く伊咲を見て、可乃依は手を止めて考える。
今ので58回目。60叩くとは決めたものの、あと2回をどうするべきか。
思いっきり叩くのもかわいそうだけれど、ここで数を減らしたらきっと伊咲は味をしめる。
結局可乃依はちょっと弱めの力で2回叩くことにした。
ピシャ、ピシャと。
「ぎゃん!ごめんってばぁ!」
いつもの伊咲なら物言いがありそうなほど加減してみたのだが、痛がっている。
手を拘束して本気で10回叩いたのがよほど効いたらしい。
それともすっかり敏感になった伊咲のお尻は、今なら軽くぺしぺしとしただけでも痛いと錯覚するのかもしれない。
どちらにせよ、これでおしまいだ。
背中に押しつけて拘束していた伊咲の右腕を離す。伊咲は右手を前に持っていき、左手で押さえられていたところを小さくさすった。
(やりすぎたかな…)
思い切り叩くとき、無意識に強く握りすぎたかもしれない。あとで見せてもらって、何かあったらちゃんと手当てしてから謝ろう。
「いいよ。ほら、立って」
軽く背中をぽんと叩くと、伊咲は可乃依の膝にぐっと手をつき体を起こす。
まくり上げられていたスカートがはらりと落ち、赤いお尻とその下にある下着を覆い隠した。
涙を見られまいと思ったのか、母に背を向け、袖で顔をぐしぐしとこすっている。
「イーサーキー」
「ぐす…なんだよ…」
「ほら、いいよ?」
椅子に座ったまま可乃依は両手を広げる。飛び込んでおいでと言いたげだった。
でも伊咲は振り向かず懸命に呼吸を整えている。
小学生の頃は飛びついてくれたんだけどなぁ、そんなことをひとりごちながら、可乃依は少しだけ大きくなった伊咲の背中を見つめる。
(まぁ、そうだよね)
いくらお仕置きの後とはいえ、中学生の子が自分から親に抱きつくのは、痛さや辛さよりも羞恥心が勝るのだろう。
でも抱きしめてあげたい。完全に自分のわがままだとはわかっていても、可乃依はそうしたかった。
可乃依は椅子から立ち上がると、後ろから無言で伊咲をそっと包み込んだ。
伊咲は驚いたような表情をしたが、拒むことはしない。
十秒、二十秒と時間が過ぎていく。時間に比例するように、可乃依と伊咲の接している部分で二人の体温が混じっていく。
一分が過ぎようかというころ、伊咲が伏し目がちに振り向いた。
あまりじろじろと見てほしくはないだろうと、可乃依は伊咲をぎゅっと抱きしめた。
頭と背中をかわりばんこに撫でる。自分の脈の速さに合わせてゆっくりと。
人は誰でも、人間の平均的な脈の速さで撫でられると母のお腹の中に居たときのことを思い出し本能的に落ち着くという。ゆっくり撫でられる方を伊咲が好むというのもあったが、可乃依は無意識のうちにこれを実行していた。
しばらく撫でていると、伊咲が顔を上げた。
「おかーさん」
「なぁに」
「…思ってないから、あんなこと」
バツが悪そうにそう言うと、もう一度顔を伏せる。
可乃依はふふっと微笑んだ。
「もう怒ってないよ、イサキ」
頭をさすさすと撫でつつ、別の話を切り出した。
「髪型変えたんだ」
「うん…」
うつむいたままに伊咲は答える。
「友達がね…、ストレートにしてみたらって…」
「可愛いじゃん、似合ってるよ」
さらさらの髪をとかすように撫でながら言うと、伊咲の表情がぱっと明るくなったのが分かった。
「ほんと!?」
「うん、かわいいぞーイサキ」
つられるように可乃依の口元が緩む。
その笑顔を見た伊咲は安心したように、母の背中に回していた両手のうち右手を離し、頬の隣あたりで自分の髪を触った。恥ずかしそうに、髪の毛の先っぽを指でつんつんとはじいている。
「えへへ、ありがとおかーさん」
歯を見せた娘を見て、可乃依はふっと息を吐いた。
もう大丈夫かな。
そんなことを心の中で呟きながら、もう一度伊咲を引き寄せる。特に抵抗することもなく伊咲は母の胸に抱きしめられた。
可乃依は伊咲の背中を二、三度ぽんぽんと軽く叩くと、自分から離れるように促す。
「見ないでよ!?」
「はいはい」
まだ赤みの残る目で自分をきっと睨む娘を見て、可乃依はくすくすと笑いながら目をそらす。そしてダイニングテーブルの傍に、さっきまで使っていた椅子を戻した。
それを見た伊咲はお尻の下まで降ろされたパンツをゆっくりと上げる。
「いっつ…」
「大丈夫?」
「見ないでって言ったじゃん!」
「見てないってば」
わーわーと喚きながら、伊咲は慌ててスカートを整える。
椅子を戻してきた可乃依は、伊咲と目線の高さを合わせるように屈みこんだ。
「次からは気をつけなよ、イサキ」
世間話をするような口調で諭しながら、可愛らしい頭にぽんと手を置く。
安心したように目を閉じて小さく頷く伊咲を見つめた。
高望みはしない。
どうかすくすくと育ってくれれば。
少し強めに頭をくしゃくしゃと撫でた。
「わかったかー?」
「ちょっ…強くしないで!わかった、わかったってばぁ!」
ぎゃーぎゃーと言いつつも手を払いのけることはしない。頭を強く撫でられたため顔が若干うつむくようになり、上目使いでただ叫ぶ。
やがてそれを終えると可乃依は立ち上がり、娘の両肩にぽんと手を置いた。
「よし、じゃあおしまい」
「ねー、おかーさん」
「うん?」
「あのさぁ、なんでお尻叩くの?」
可乃依は口元に手を当てて、考え込むような仕草を見せる。数秒の思考ののち、彼女はにやっと笑った。
「イサキにはこれが一番いいのよ、私の娘だからね」
「なんだよそれぇ!」
意味が分からない、不服だ、せつめー責任を果たせと伊咲はふくれっ面になる。
可乃依も子供の頃は今の伊咲のようだったから、お仕置きするとき無意識に過去の自分と重ねてしまっているというのは、伊咲には知る由もない。
お仕置きから解放されたおてんば娘は、壁にかかった時計を見上げながらぶつくさと呟いた。
「テレビ終わっちゃったじゃん…」
可乃依はそんな娘の隣を通り抜けると、リモコンを手に取りテレビを付けた。案の定、伊咲が楽しそうに見ていた番組は終わってしまっていた。
「うー…」
「ふふ」
悔しそうな声を出した娘を見ながら可乃依は笑う。
そしてリモコンを操作すると録画した番組一覧を表示した。
「イサキー」
「なんだよ…」
「これ見て?」
テレビ画面を指差しながら可乃依は言う。
録画覧の一番上、NEWのマークがついた番組。それはお仕置きされる前まで伊咲が見ていた番組だった。
「なんで…?」
「見て録」
可乃依は何かを閃いた伊咲そっくりの、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
久しぶりのお仕置きだったから泣き止むまで時間がかかるだろうと、テレビを消す前に録画ボタンを押しておいたのだ。ビデオデッキとテレビの設定画面をあれこれ操作しなければならなかった自分の時と比べ、最近のテレビは本当に便利になったものである。
「お部屋の片付けしてから、ね?」
「…おかーさん」
「ふふ、どしたの」
微笑みながら話す可乃依に、伊咲はそっと近づく。
そして母の心臓に耳をつけるように身体に手を回した。
ぎゅっと抱きつきながら伊咲は呟く。
「ありがと。ごめん、おかーさん」
「うんうん」
抱きついてきた伊咲の後頭部を、可乃依は優しく撫でる。
「右手、痛くない?押さえたとこ」
「大丈夫、平気」
「よし。じゃあ、お部屋片付けちゃいなさい」
「うん!」
伊咲は顔を上げニカッと歯を見せて笑うと、リビングの扉をバァン!と跳ね開けて飛び出していった。ドタドタと階段を駆け上がるのが聞こえる。
「こら、階段は走らない!」
叫ぶと同時に伊咲の部屋の扉がバン!と開く音がした。お仕置きで泣くのもだが、そこから復帰するのも相変わらず早い。
いつも通りだな、とこらえきれず笑みがこぼれる。
そして。
「はぁぁぁぁぁい!!!」
伊咲の元気な声が、二階から聞こえてきた。