无名
无名
「あー、暑いわね・・・、今日も・・・」
「だね」
土曜日の昼下がり。
主婦の晶子は、娘の夏帆と日陰で涼をとっていた。
暦は7月・・・、本来なら冷房のスイッチを入れたいところではあるが、節電のため今年はまだ一度も使用せず我慢している。
都会とは違い・・・、心地よい風が時折吹いてくれるのがせめてもの癒しだ。
「夏帆ちゃん、勉強は?」
「ん、気が向いたら」
「・・・あ、そ・・・」
・・・あまり口煩く言う気にはなれなかった。
土曜日なんて遊びたいに決まっているし、加えてこの暑さ。
無理して机に向かわせたところで、手汗でノートがベタベタになってやる気が削がれていく娘の姿が目に浮かぶ。
もう今夜あたり、冷房を解禁しても良いのかなと、親としては考える。
「ねぇ、お母さん」
「ん?」
「変なこと・・・お願いしていい?」
「何よ、あらたまって」
遂に、我慢できなくなったかな?
隣に腰掛けた夏帆が、上目づかいでこちらをじぃ~っと見つめてくる。
・・・これは今月のおこづかいが早くも無くなったか、お出かけにでも連れて行ってほしいのか・・・。
しかし、それらの読みはまったくの的外れ。
「・・・おしり、叩いてくれない?」
全く予想していない方向からの"お願い"だった。
「え、おしり?」
「そう、おしり叩いてくれないかな・・・、と思って」
「え・・・、待って、お母さんが、夏帆ちゃんのおしりを叩くの?」
つい動揺して、娘に繰り返し同じことを質問する。
すると夏帆は「・・・そうだよ?」と恥ずかしそうに俯いてしまった。
ただ、親としてはすんなり応じる訳にもいかない。
「待ってよ夏帆ちゃん、・・・何かあったの?」
「何もないよ」
「おしり叩きって・・・、2年生ごろまでやってたアレよね?」
「違う、3年生の終わりまで・・・」
「あれ、そうだっけ?」
じつを言うと、娘の夏帆を叱る際・・・、数年ほど前までは、毎回罰として"おしりぺんぺん"していた。
幼稚園ぐらいから、口で言っても聞かない時には・・・、おしりをぺろんと捲り、ばちんばちんと徹底的に引っ叩く世にも恐ろしい鬼母。
今でこそ友達のような親子関係だが・・・、2年生まで(娘が言うには3年生まで)、さぞかしコワ~い母親だったに違いない。
「でも・・・、どうして急に?」
おしり叩かれたくなったの?
このド直球の質問に、夏帆は明確に首を横に振った。
叩かれたい訳が・・・、ないじゃん。
そりゃそうだ。
自分で言うのも何だが・・・、毎回おしりが真っ赤に腫れて、座るのもつらい程度には厳しくしていた自負がある。
「・・・痛いんだけどさ・・・、やる気が出るんだよね、あれやられると」
「・・・あぁ~・・・、そういう事」
「ずっとされてないと、それはそれで調子が出ないって言うか・・・、もうっ、こんなの完全にお母さんのせいじゃん」
「それはそれは・・・」
困った娘ですこと。
・・・言いながら、私はすぐに、リビングの絨毯の上で正座をしてみせる。
それを見た娘の夏帆はさすがに・・・、まだ心の準備が出来ていなかった様子だ。
「え・・・っ、い、今すぐやるの・・・!?」
「可愛い娘の頼みだもの。善は急げって言うでしょ?」
「・・・善、かなぁ・・・?」
・・・ぶつくさ文句を言いながら、自主的に膝の上へ寝転ぼうとする夏帆。
"おしりぺんぺん"されるのを知っていて、こんなに素直に応じる娘は初めてだ。
「あらぁ夏帆ちゃん、えらいえらい、ちゃんとひとりでおしりだせたねぇ?」
「・・・もう、お母さんっ」
「・・・ごめんごめん、でも、こっちの方が雰囲気出るでしょ?」
「・・・・・・っ」
娘に"おしりぺんぺん"していた当時・・・、私の口調はこんな感じだった。
『子供扱いしないで』と言われてから・・・、最近はずっと気を付けていたけれど・・・、あの頃と同じようにするなら、こっちの方が自然よね。
「・・・痛くしていいの?」
「・・・お願い」
「・・・では、お望み通りに」
・・・私は、右の掌に「はぁぁ~」と大げさに息を吐きかけたあと・・・、ゆっくりと腕を振り上げて、娘のおしりめがけて打ち下ろす。
・・・バッチィィィィッ!!!
「・・・きゃぁぁぁぁぁっ!!?」
・・・すっごい大きい音がした・・・、自分でも少しビックリしている。
娘の夏帆は予想外に痛かったらしく・・・、恨めしそうな目で私のほうを振り返る。
「・・・いっ・・・、痛くしてとは・・・言ったけどさぁ・・・」
「・・・お願いしてきたのは夏帆ちゃんですからね?・・・さ、しっかり前を向いて頂戴?」
「・・・絶対泣くってば、こんなの・・・」
・・・ピッシャァァァッ!!!
・・・パァァァァン!!!
・・・バチィィィィンッ!!!
「・・・ひぃぃぃぃぃっ!!?・・・いやぁぁぁぁぁっ!!?・・・いっっっったぁぁいっ!!?」
打たれるたびに悲鳴をあげながらも、娘は必死に耐え抜く。
・・・泣きそう、もう泣く・・・などと口にしながら、実際にはまだ泣いていない。
・・・なるほど、自分でおしりを叩いてほしいと言ってきただけのことはある。
この程度は覚悟していたということだろう。
「夏帆ちゃん、まだ余裕?」
「・・・よっ、余裕なワケないじゃん・・・!?」
「・・・ふむ、正確に受け答えする余裕はあり・・・と」
・・・じゃあ、今の夏帆ちゃんには、このぐらいは必要かな?
私は右掌に今までよりぐぐっと力をこめて、赤い手形の上へ重なるように正確に狙って打ちおろす。
・・・バッチィィィィィィィッ!!!!
「・・・・・・っっっ!!!?」
・・・人間って、あまりにも痛すぎると声すら出ないらしい。
首をぶんぶんぶん・・・、と何度も横に振った娘は、ようやく喉の奥から絞りだすような声を発した。
「・・・・・・これは無理、無理だって・・・」
「・・・"おしりぺんぺん"は、一度始めたら何もかもお母さんが決める・・・、・・・昔から、そういうお約束でしょう?」
「・・・だっでぇ・・・・・・」
「・・・夏帆ちゃん・・・、」
・・・お母さんに、おしり向けなさい。
私は冷たくそう言うと・・・、娘が自主的に判断するのを待った。
無理やり押さえつけても、意味がない。
心からイヤだ、もうされたくない・・・と思っていることを、"やる"と言うまでひたすら待つ。
・・・地獄の閻魔様より厳しいかもしれないな、私。
「・・・お母さん・・・、もういい、もういいからぁ・・・」
「・・・夏帆ちゃん・・・、それじゃあ、今から本当のお仕置きする?」
「・・・え・・・っ!?」
「・・・おしりぺんぺんして欲しいなんてわがまま言って・・・、痛くなってきたからもうやめてだなんて、お母さんが許すと思う?」
「・・・そっ・・・、それは・・・」
「・・・ま、良いわ、・・・今日だけの特別よ?・・・そのかわり、たったこれだけだとさすがに罰にならないから・・・、あと30発は受けて頂戴ね?」
「・・・・・・っ、・・・はい・・・」
・・・娘は今までの経験上、これ以上の問答は不利にしかならないと思ったようだ。
なるほど、賢明な判断だ。
私は娘がこのまま罰を嫌がるようなら・・・、本当にお仕置きモードになっても良いと思っていた。
・・・だって本来、お仕置きのおしりぺんぺんは・・・、「やって」なんて気軽に言える代物であってはならないのだ。
・・・もちろん、本気で頼んでいるのなら協力はするが・・・、最低限、おしりがひりひり真っ赤に腫れてしまう覚悟はしておいてほしい。
・・・というか、娘をそんな中途半端に許したことなんて、ただの一度も無かったはずだが・・・。
やはり、しばらく叩かれていないとつい甘く見てしまうのだろうか?
・・・ピッシャァァァァァァッ!!!!
「・・・1」
・・・バッチィィィィィィンッ!!!!
「・・・2」
・・・ピシィィィィィィィッ!!!!
「3」
・・・バチィィィィィィィッ!!!!
「4・・・」
一転して、娘は悲鳴をあげなくなった。
私は淡々と・・・、おしりを平手打ちした数を読み上げながら、まだあまり赤くなっていない箇所を探す。
なるべく一度叩いた箇所を避けるように、おしり全体をまんべんなく叩いていくのが私のやり方だ。
・・・パァァァァァァァンッ!!!!
とはいえ、娘の小さなおしりだと、開始早々に叩く部分が無くなってしまうほどすぐに赤くなっていた、・・・今までなら。
・・・もはや30発ではお仕置きしきれないわね・・・と、立派に育ってきた娘のおしりに成長を感じながら、私は平手打ちを続ける。
「・・・5、・・・6、・・・7、・・・8、・・・9・・・っ、」
「・・・痛い痛いっ!!?・・・お母さん、今のは痛いってぇ!!?」
「・・・はいはい、ちゃんとしたお仕置きになるのが嫌なら、これぐらいは我慢しなさいね~?」
・・・夏帆ちゃんが、自分からお母さんにお願いしてきたんでしょ?
これを言われると何も言い返せないのか、娘は恥ずかしそうに黙ってしまう。
・・・うふふっ、可愛い子だこと。
・・・ピッシャァァァァンッ!!!!
「・・・・・・ぃづぅっ!!?」
声を押し殺していたはずの娘が、ついに悲鳴をあげる。
・・・そりゃそうだ、こんなのを10発以上も我慢できていたのがもう奇跡に近い。
・・・奇跡って言うか・・・、ただのプライドとど根性だったんだろうけど。
我が娘ながら・・・、ここまでよく頑張りましたねと褒めてあげたいぐらいだ。
・・・でも・・・、一度こうなったら、泣くまではきっと一瞬。
・・・バチィィィィィンッ!!!!
「・・・いやぁぁぁ~っ!!?」
・・・ピシィィィィィィッ!!!!
「・・・ああああっ!!?・・・ひぐっ・・・、・・・ひぐっ・・・、」
・・・パッシィィィィィィ~ン!!!!
「・・・いっだぁぁぁ~いっ!!?・・・ぐずんっ・・・、」
・・・ほらね。
昔から、娘の夏帆は・・・、余裕のあるうちは生意気なんだけど、キツめに怒られるとすぐにこうなる。
・・・だから、自分から「おしり叩いて」なんて言ってきた時は驚いたけれど・・・、正直、母としてはけっこう嬉しかった。
今までやってきた躾を、娘のほうから肯定してくれたような気がしたから・・・。
・・・パァァァァァンッ、・・・パシィィィィィッ、ピシャァァァァッ・・・・・・、
・・・私が、娘に"おしりぺんぺん"出来る機会があと何回あるかはわからないけれど・・・、お願いされたら、絶対に断らない事にしよう。
そんな風に考えているうちに・・・、夏帆のおしりは見る間に色濃く、すっかり真っ赤になってしまった。
「・・・お母さん・・・、やり過ぎだよ・・・」
「・・・えぇ?・・・だけど、おしり叩いてって言うから・・・」
「・・・勉強するって言ったじゃん!・・・本当に、座れなくしてどうすんのさぁ~・・・」
夏帆は真っ赤なおしりを両手で覆うように擦りながら、私に文句を言う。
・・・ごもっともである。
本当に夏帆に大きな非があったならともかく・・・、自制を促すためだけに、ここまでする必要はなかったのかも・・・。
お母さん、反省。
「・・・はぁ、まぁ良いけど・・・、次やる時は、もうちょっと考えてよね・・・」
ん?いま次って言った?言ったよね?
・・・素直になれない娘に「は~い」と返事をした私は、熱々の真っ赤になったおしりを眺めてはにっこり微笑むのだった。