気付いたら五百年前のフォンテーヌに居たので、水神を救おうと頑張りたいのだが……脳内で語り掛けてくるナニカがうるさい 作:たゆな
ふぅ、落ち着け……俺。こういう時こそ冷静になれ……しっかりと脳ミソを回転させれば、このような危機的状況を打開する為の言葉も思い浮かぶはずだッ! …………ん?
「あっ……えっ……これは、その……」
身体を硬直させた状態の彼女は、その視線だけを……足元の台車に積まれてある大量の書類へと移している。
『あらまあ』
『……どうやら、彼女の方が冷静では居られなくなってしまっている様ね』
フ、フリーナたん落ち着いてぇぇぇ!?
「ハ、ハハ! もちろん、この程度の雑務……神である僕ならば一人で、尚且つディナーの片手間にでも片付けることが出来たさ──しかし……この僕と同じく、これから国を治める側となる彼とは、共有できる情報を少しでも多くすることが大切だと思ってね」
そんな事を
『彼女は……やはり凄まじいわね』
『さすが、以降五百年間……一人で重責を担い続けることが出来た精神の持ち主だわ』
そうだった……フリーナたんはポンコツそうに見えるというだけで、実績も能力も超絶ハイスペックで優秀な人間だったという事を忘れていた。人格を分離させられたばかりなのにも関わらず、就任演説のピンチですら乗り越えるのが彼女だ。俺が少しでも言葉の粗を作れば、的確にそこを突くことが出来るのだろう。
「おや? 良く見たら君は……昨日、道に迷っていた紳士くんじゃないか。この様子から察するに……本当にヌヴィレットと待ち合わせをしていたのか──でもどうして、未だ……彼の執務室に居るんだい?」
どうしよう。ヌっさんに加えフリーナたんにまで『住居が存在しない流浪者でニートでした』……なんて事実を知られることになりそうなんだが!
『諦めなさい、イツキ』
『ここで沈黙を選択するというのは……得策とは言えないわ』
「えーっと、実は俺! フォンテーヌに来たばかりでして……住む家も無く、モラが尽きてしまった為に宿を借りる事も出来なかったんですが」
「ふむ……どうやら出身は別の国で、旅をしているみたいだね。旅の資金が貯まり次第、次の国へと向かうつもりなのかい?」
「いえ、俺は既に……この国に一目惚れしてしまった為、貯金して住居を購入しようと思っています! ……それまではヌヴィレット様に条件付きという形で家を用意して貰えることになりました」
我ながら、ギリギリ良い感じの言い訳となった気がする。
『まぁ……概ね事実だわ』
『中々……ボロが出にくいモノとなったのではないかしら』
「あぁ、なるほど。だから一時的に、この執務室で一晩を明かす事になった……ということだね。ところで、君は……このフォンテーヌに伝わる予言について聞いたことはあるかい?」
「……? はい、ありますよ」
「それを聞いても尚、この国に留まるという選択をしたのか──あ、あぁ〜……勿論! 今代水神であるこの僕が存在する限り、予言が実現することはないさ! このフォンテーヌに、君が一目惚れをしてしまう程の魅力があることを否定するつもりはないが……君が旅を始めた理由がどうであれ、他の国を全て訪れた後でもそう遅くは無いと思わないかい?」
予言を気にしている……?
『おそらく……彼女は予言についての徹底的な調査を開始していないのだと思うわ。だから水害を止める為の対策も、それが起こってしまった後、事態を収束する方法も……まだ考えていないのでしょう』
『それと……異国の旅人であるイツキが、その被害に遭ってしまうことを心配しているのかもしれないわね』
……なるほどな。まぁ実際、呑星の鯨は主人公との戦闘で全ての力を使い果たし……その結果、星の深海では荒れ狂う水元素力を消化することが難しかった為、フォンテーヌの陸上には大量の水が押し寄せてしまうワケだから、この国に居る限り被害を避けることは出来ないだろうな。例えそれが、フォンテーヌ地域限定の……水神の加護によって溺れない水──ではなかったとしても……俺が溺死する恐れはない為、それに関してはあまり問題がない。つまり、俺が今すぐにこの国を去らなければならない理由は今の所存在しないッ!
「あ、お構いなく〜!」
「で、でも……」
「お構いなく〜!」
『……イツキ?』
『はぁ、もっと他に言い方があったでしょう……フリーナちゃんへのイタズラは、もうやめるのでは無かったの……?』
否ッ! これが俺のコミュニケーションであり、少なくとも俺に対しては雑に対応しても問題ないという意思表明を止めるつもりは毛頭ないなッ!
『ふふ、私は……どちらでも構わないわ』
『……マハちゃん?』
「……そ、そうか。コホンッ! これからここで暮らすというのならば、安心すると良い! フォンテーヌを愛する者達であれば、皆平等に……この国の民として歓迎しよう!」
「お、おお〜流石フリーナ様! その寛大なご配慮、ありがとうございます。申し訳ありませんが……俺は今から少し外の空気を吸って来るので、これにて!」
「ああ、それは気持ちの良い朝を迎える為に欠かせないものだろう。また君と逢えることを楽しみにしているよ。 では、良い一日を!」
俺はフリーナたんへと向けて深くお辞儀をした後、執務室を出てゆっくりと扉を閉める。
「ふぅ〜! ……これは割と上手く対処できた方なんじゃないか?」
『どうにか乗り切ることには成功した……という印象ね』
『今回は……彼女が持つ状況把握能力に助けられたと思うわ』
はい、マジでそうですよね。ぐうの音も出ません。
『外の空気を吸ってくるので……なんてことをそのまま伝えた時には、貴方のアドリブ力の無さが窺えたもの』
そんな事を言われても、元々そのつもりだったし! 事実だし!
『彼女の目には……嘘を吐いて、下手な言い訳をしている人間に見えていたかもしれないわね』
「……過ぎてしまったことについて考え過ぎても埒が明かない! とりあえずは当初の予定通り、外でヌヴィレットを待つとしよう」
そうして俺は、早朝だからか人の少ない状態の長い通路を歩いて……パレ・メルモニアの出口へと向かった。
(──ふ、ふぅ〜、ビックリしたぁ。まさかここに一般人が居るだなんて……ヌヴィレットが彼に条件付きで住居を手配する約束をしたらしいし、その条件とやらがどんなモノであれ……彼は度々ヌヴィレットと会うことになるだろう。う、うぅ……もしかして今後も彼と鉢合わせすることになるのかな? 何だか他の人間達と違って、僕に対して明らかに雑な対応をする時があった気がする。ちょっとだけ苦手かも……うぁ〜いやいや! それも彼の個性なのかもしれないし、神がそれだけの理由で苦手意識を持つなんておかしい! ……はずだよね?)
──胸の内でそんな事を考えながら、無言で部屋の中心に佇む彼女の姿を見た者は居ないだろう。もし居るとするのならばそれは……世界の理を司る者のみ。
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パレ・メルモニアの外に出たは良いものの、深呼吸などする必要がないこの身体のせいで……瞬く間に暇潰しを探す段階へと移行することになった俺は、脳内の二人と相談を始める。
『暇潰し……ねぇ。もう私は当分、この世界の知識について聞きたくないわね。お腹いっぱいだわ……』
ほう、それは……この世界の知識じゃなければ別腹ということかなぁ? 『原神』という枠組みを外して、ミ〇ヨワールドというモノへと視点を向ければ……双子の主人公が旅をしていた星海に蔓延る『虚数エネルギー』や、世界樹にすら記されていないことの全てを記録していると言われている……『虚数の樹』についての話をしても良いぞ? まぁこれは、最終的には全てが繋がるから……全く関係の無いどころか、関係しかない知識になるけどな。
『……それほど壮大なモノの話を今から始めたところで、水龍が到着するまでに終わるとは思えないわ?』
ま、そりゃそうだな。……天理の調停者や旅人が虚数エネルギーを使用したような技を扱う姿や、タルタリヤの師匠であるスカークが量子エネルギーのような物を使用するシーンは既に存在したから、今後その話をする時は確実に訪れるけど……。
『その話が途中で切り上げられたりなんかしたら、その原因を恨んでしまうかもしれないわよ。例えば、水龍が到着した結果……話を中断してしまった場合。私はイツキを恨むことになる、という風にね?』
おい、なんでや。そこは普通、ヌヴィレットに矛先が向くはずじゃないか。
『だって、話を始めるのは貴方だもの』
「……はぁ。そんなん、何があっても恨まれるのは俺やん」
あまりの理不尽に、俺は思わずため息を吐き……目を細めながらそう呟く。
『なら、試しに精神を入れ替える練習でもしてみる?』
マハちゃんによる突然の提案を聞いた俺は、暇過ぎて虚無感が湧き出始めていた心を入れ替える。
『あら、良いわね!』
ん、それって……俺が二人に身体を明け渡す云々の奴か?
『そうよ』
あー、特巡隊に入るからには……一応、戦闘能力を確保する為に特訓をするのもいいな。いざと言う時、咄嗟に力を発揮出来ないなんてことは避けたい。
『ふふ、決まりね』
と言っても、具体的にどんなことをすれば良いんだ? そもそも、本当にそんなことが可能なのかすら怪しいんだが。
『そうね……まずは、私に身体を明け渡すという思いを強く意識してみて? 一度だけ……私がその感情を補助するから、その感覚を身に付けることさえできれば……後は自力で出来るようになるはずよ。基本的には貴方が身体を返して欲しいという意志を強く固めれば……その瞬間に身体が返却されるわ』
ほえ〜、マハちゃんの力とかは関係ない感じなのか。それはまた……どうしてだ?
『一見、魔神の力を保有している私達二人の方が膨大な力を有しているように思えるけど……実際は、私とマハちゃんの二人が全盛期の力を持っていたとしても、イツキの意志による力には圧倒的に敵わないわ。それこそが……イツキが降臨者たる証拠ね』
『イツキの知識にもある通り、降臨者とは……宇宙の外から来た全ての者を指す訳ではなく、一つの世界に匹敵するような強い意志のみが降臨と呼ばれる……とされているわ。世界樹はテイワット大陸にある全ての情報と記憶を保存しているけれど、この世界に属さない降臨者のことは記録していない。世界樹による改竄の影響どころか、世界樹との繋がりを断絶する程の意志を持っているイツキも……当然、降臨者の条件に当てはまるでしょうね』
なるほどね。雷電将軍の人形も、影の意志に抵抗して身体の自由を奪うことが出来たみたいだし……眞とマハちゃんが圧倒的に敵わないと推測している俺の意志ならば、丸ごと身体を取り返すことも可能……その逆も然りということか。
『そういうことね』
んじゃ、早速マハちゃんに渡そうとしてみるから……補助ヨロシク。
『ええ、任せて』
……マハちゃんマハちゃんマハちゃんマハちゃんマハちゃん。
『マハちゃんマハちゃ……おや?』
「どうやら無事に入れ替わることができたみたい」
『どう? イツキ。私と好きにお喋りできる感想は?』
『おお、やっぱり予想通り……三人称視点で見えていたんだな』
俺の表情が見える……昔から見慣れた俺の顔で安心するが、まさか自身の顔を他人の視点で見る事になるとは思わなかった。
『……聞きなさいよ』
そんな中……右手を動かして、グーパーグーパーと拳を開いたり握ったり繰り返しているマハちゃん。
『どうだ……? 元素力は扱えそうか?』
「まるで川の水を堰き止める為の門がある感覚……どうやら一度全力で放出して、その入口をこじ開けてからでないと調節が難しいのかもしれないわ」
『なるほど……こんな街中でぶっぱなすワケにもいかないし、今度にでも街の外に探索しに行ってみるか』
「ええ、そうしましょう。じゃあ、さっき言った通りに……」
「……すまない。私が来るまで執務室で待っているものだと、勝手に思ってしまっていた」
『おっと、まさか……』
『……水龍さんがご到着のようね』
(ま、マズイわね……不審に思われる前に、一刻も早く元に戻らないと)
『すまん……マハちゃんが一体どんな対応をするのか気になって、身体を返して欲しいという意志を固められない!』
『はぁ……またいつもの、ね』
(イ、イツキ!?)
いつも冷静なマハちゃんが、珍しく焦っているな。……え、俺って元々こんなに終わっている人間だったっけ?