第3回「今から空母を呼び戻せないのか」対中国めぐり日英米の足並みに乱れ
Allies and partners sailing as one.
(一丸となって航海する同盟国とパートナー国)
8月10日、英国海軍関連のX(旧ツイッター)に一枚の写真がアップされた。
アジア展開中の英国の空母プリンス・オブ・ウェールズとともに、米国の原子力空母ジョージ・ワシントン、海上自衛隊の護衛艦かがなど、十数隻の艦艇が西太平洋を並走する多国間の「大艦隊」だ。艦隊の上空を、英米の空母艦載機も飛行している。
日本側の説明によれば、「『自由で開かれたインド太平洋』の実現に向けた連携強化の象徴」(防衛省幹部)の一枚だ。
だが、その舞台裏では、「一丸」のはずの日米欧の間に「すきま風」が吹いた場面もあった。
【連載】空母が集う海 西太平洋の安全保障
今秋、海自の護衛艦かがへの乗艦取材が認められました。英国などとの共同訓練が念頭に置くのは、軍備増強の続く中国の存在。西太平洋の安全保障の最前線を追いました。
「今から、空母を(英本国に)呼び戻すのはもう手遅れなのか。米国は、英国がインド太平洋にいてほしいとは思っていない」
「インド太平洋に英国がいる筋合いはない」
米ニュースサイトのポリティコは7月、米国防総省幹部が、6月に同省を訪れた英国防関係者に対して発言したとされる内容を報じた。
発言の主は、対中国強硬派として知られるエルブリッジ・コルビー国防次官(政策担当)。第1次トランプ政権で国防次官補代理として、国家防衛戦略の策定を担当。第2次トランプ政権では国防総省ナンバー3となり、米国の安全保障政策を取り仕切る。
発言の矛先は、英空母プリンス・オブ・ウェールズのインド太平洋への派遣だった。5月にも、英紙フィナンシャル・タイムズが「コルビー氏が英空母のインド太平洋派遣への懸念を英側に示した」と報じていた。
「優先主義派」の論理
コルビー氏はかねて、米国はロシアによるウクライナ侵攻など欧州や中東地域への関与よりも、「インド太平洋地域での中国に対する抑止を優先すべきだ」と主張してきた。米国の対外関与のアプローチの中で「優先主義派(プライオリタイザー)」に位置づけられる立場で、コルビー氏はその代表格だ。
コルビー氏ら優先主義派の「論理」はこうだ。
「ウクライナへの対応を含めて、欧州の安全保障について、欧州の同盟国がより主導的な役割を担うよう促す」
「欧州が欧州安保にもっと責任を持てば、米国の負担はその分軽くなる。米国は限られた(部隊や予算などの)軍事的資源(リソース)を対中抑止へ優先的に振り向けられる」
この論理を踏まえて、防衛省幹部はコルビー発言の真意を解説する。
「欧州の安全保障への関与を米国に求めながら、インド太平洋へ空母を派遣している英国を見て、『そんな余裕があるなら、空母を欧州の防衛態勢の強化に使え。そうすれば、米国はもっと対中に多くの軍事力をさける』と言いたかったのだろう」
「特別な関係」と称される米英両国だが、安全保障の面でのインド太平洋への関わり方には、立ち位置の違いが垣間見えてくる。
大艦隊で「見せる抑止」
英空母は今年4月、英国を出港した。英海軍の駆逐艦やフリゲート艦を伴い、最新鋭のステルス戦闘機F35Bを搭載して、空母打撃群(CSG25:Carrier Strike Group)を編成。地中海、インド洋、南シナ海を航行してアジアに展開し、英国に戻る約8カ月間の長期航海だ。この間、スペイン、ノルウェー、カナダの艦艇が合流し、「多国籍艦隊」を編成する局面もあった。
CSG25の展開には「オペレーション・ハイマスト」の作戦名が付され、「インド太平洋地域における平和・安全・繁栄に対する英国のコミットメントを改めて強調するもの」(駐日英国大使館)との位置づけだ。
英空母は8~9月に日本に寄港。寄港前の8月前半には、西太平洋で、海自の護衛艦かが、米原子力空母ジョージ・ワシントンなどと計6カ国14隻の「多国籍の空母艦隊」(海自幹部)の陣容で共同訓練をした。中国を念頭に自らの動向や訓練を意図的に公開して働きかける「見せる抑止」と呼ばれる手法だ。
自衛隊幹部は「中国が台湾を狙うなら、こういう大艦隊を相手にすることになる、という心理的圧力」と説明する。
空母派遣が示す「英国の本気」
英国の空母打撃群が日本に寄港するのは、2021年の空母クイーン・エリザベス艦隊に続き2回目だ。21年は保守党のジョンソン政権、今年は労働党のスターマー政権だ。
英国の安全保障政策を含めNATO(北大西洋条約機構)の動向に詳しい鶴岡路人・慶応大教授は「英国では、政権交代があっても外交安保の基本は共有されている」と解説する。
その上で、「欧州でロシアによるウクライナ侵攻への対応に迫られているのは事実だが、インド太平洋の安定が、英国に大きな影響があるので関与せざるを得ない。極めて重要なアセットである空母を半年以上、アジアへ派遣していることこそが英国の本気、決意の現れだ」と指摘する。
コルビー発言への英国側の「反論」をうかがわせる場面があった。
8月29日、東京停泊中の英空母の艦内で開かれた安全保障フォーラム。
「『なぜ、欧州の国がインド太平洋にいるのか』という同じ質問を受けるが、欧州とアジア太平洋は不可分だ。相互に関連し、お互いの状況を無視できない」
英国海軍の制服組トップ、ジェンキンス第1海軍卿は切り出した。
英国の産業や貿易はインド太平洋に依存し、英国の繁栄と安全がこの地域に結びついているとして「地域(の安定)に関わる義務がある」と強調した。
最後に一つ付け加えたい、と切り出した。
「欧州戦域で空母が必要とされれば、我々は驚くほど短期間に戻れる。これこそ、空母の『移動できる能力』の強さだ。世界中に展開でき、我々が今、ここ(インド太平洋)にいることは、今後数カ月以内に欧州の戦域に戻れないということを意味しない」
「今日のウクライナは明日の東アジア」
日本も一貫して「欧州大西洋とインド太平洋の安全保障は不可分」(24年7月、NATO首脳会議での当時の岸田文雄首相)との立場だ。台湾有事を念頭に「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」(岸田元首相)と訴え、NATOのインド太平洋地域のパートナー国(IP4)として、アジアへの関心を高めることに力を入れてきた。
ウクライナ情勢をめぐって、北朝鮮兵士の派遣などロ朝の軍事協力が進み、中国も欧米の動向を注視しつつ、台湾戦略を練る。ウクライナ情勢の動向や欧米各国の関わり方が、アジアの現在、将来の安保環境にも直接、間接に影響してくる構図で、「地域紛争のグローバル化」(吉田圭秀(よしひで)・前統合幕僚長)の状況を呈している。
吉田氏は今年1月、ベルギーで開かれた「NATO参謀総長等会議」に出席し、スピーチした。
「法の支配に基づく国際秩序を支持する国々は連帯を強める必要がある。今後ともNATO加盟国のインド太平洋地域への継続的な関与に期待する」
吉田氏は、NATO加盟国の軍事部門を統括するバウアーNATO軍事委員長(オランダ海軍大将、当時)とも会談。23年3月に統幕長に就任して以来、2人が会談するのは6回目となった。席上、バウアー氏はこう言った。
「ヨシ(吉田氏)と自分は2年間で6回の会談を重ねた。これこそが、インド太平洋と欧州大西洋がいかに不可分なのかの象徴だ」
「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験