気付いたら五百年前のフォンテーヌに居たので、水神を救おうと頑張りたいのだが……脳内で語り掛けてくるナニカがうるさい 作:たゆな
大量の書類が置かれている大きな机、ヌヴィレットはその中央に積まれていた紙を移動させると……そのまま椅子へと腰掛けた。
「さて、単刀直入に質問させて貰おう」
「は、はい」
「イツキ殿のその身体は……通常の人間とは異なるモノのようだが、貴殿が置かれている状況について教えて貰うことは可能だろうか」
これは……どんな返答をするのが最善なのだろうか。俺は冷や汗をダラダラとかきながら、脳内のマハちゃんへと助けを求めてみる。へるぷみー!
『今代水神の計画から大きく逸れることが無いように……この場合、水元素の龍王である彼の意志が変わらないよう、無難な返答をするしかないわ』
何かものすご〜くフワッとした答えが返ってきたんだが。え、あの〜無難な返答……とは!?
『無難な返答は……無難な返答よ』
ちょ、ちょっと……知恵の神〜!? あのマハちゃんが気まずそうな声色で俺に向かってダイレクトボレーをカマして来たんだが!
「…………」
「イツキ殿……そのように真剣に悩む必要はない。無論、答え難いのならば大丈夫だ。貴殿には、何か唯ならぬ複数の事情が混在しているのだろう……所詮この質問は、これからイツキ殿への頼み事をする理由の一部にしかならない故、いつか話す事が可能となった時にでも教えてくれることを願っている」
「そ、そうですか」
沈黙が正解だった。良かったぁぁぁ〜。
『マハちゃんから大体の事は聞いたけど……天理を欺くなんて、今代の水神は凄いことを考えるわね』
え……?
『魔神フォカロルスが天理を欺ける時点で、意識空間までは天理に監視されていないことが確定しているわ。ましてや、イツキの脳内は世界樹の接続すら断絶している。イツキ自身がこの内容を口に出したりせず、脳内で完結させている間は……天理にバレることはないの。……今のように私とイツキだけでは解決できない事があった時、それに対処する為には眞ちゃんの力も必要よ』
まぁ、確かにそれはそうだな。優先すべきは意地ではなく、フォカロルスの計画の遂行だ。……今の時点で眞が知っているということは、俺が長時間考え事をしていた時にでも話していたんだろう。どうやらマハちゃんは、危機に一早く対処する為……行動に移すのが早いようだ。別に今後もマハちゃんの判断で動いてくれて構わないのだが、今回に関しては一言くらい俺に伝えてからにして欲しかったなぁ……ビックリして心臓がキュッとなっちゃうから。
『ごめんなさい、次からは気を付けるわ』
「……ふむ」
つーかめちゃめちゃガン見されてるんだが、やっぱりヌっさんは何か感じ取ってるんじゃないか? ……マハちゃんと眞の二人が俺の身体を媒介として元素力を扱えるなら、それが少しくらいは漏れ出ていてもおかしくないし。
「……えっと」
「シェ・オリヴィアにてアデル殿の話を聞いていた時、貴殿が『皿洗いでも何でもやる』という発言をしたことから、どうやらイツキ殿は職を探しているのかもしれないという情報を耳にしたのだが……相違無いだろうか?」
「あ〜……はい。その通りですけど」
「尋常ならざる体力を持っているということに加え、イツキ殿からは私に対する敵意の感情を感じない」
『定期的にイツキのことを見詰めていたのは、貴方から感情を読み取ろうとしていたのね』
『水元素の龍王は感情の感知能力に長けているの?』
いや〜この世界に存在するあらゆる水から感知することは出来るけど、その辺の人間……ましてやフォンテーヌ人ですらない俺の感情を龍王の能力で読み取れるとは思えないな。ただ単にヌヴィレットがそういう視線に敏感なだけじゃないか?
「それらの理由から、イツキ殿には特巡隊へと加入して貰いたいのだが……」
マジかよ。
「全然入ります! 今すぐ動けます! 何なりとご命令をッ!」
机へと胴体を乗り上げる程に前のめりになってしまい、思わずヌヴィレットとのガチ恋距離まで近づいてしまったが、まぁ問題ないだろう。──つーか特巡隊って、試験とか無しに加入出来るもんなの……? まぁ、ヌっさんが直接スカウトしてくれた訳だから……面接は通ったと考えても良いよな!
「あ、あぁ……こちらの申し出を了承してくれて何よりだ」
は? ……顔良すぎだろこの人。いや、普通に……フォンテーヌ人達がこの顔面に負けない程の意志を持って、ヌっさんのことを嫌うことが出来るという事実に俺は驚きを隠せません。
『これで無職じゃなくなったわね。おめでとう、イツキ』
『……あまりの食い気味度合いにドン引きされているわよ』
「では、勤務についての話だが……それはまた後日としよう」
後日……後日ね。えーっとぉ……。
「あ、あの〜ヌっさんに折り入ってご相談があるのですが……」
「ヌっさん……?」
やべ、心の中で呼んでるまんまの名前が出ちった。
「コホンッ……え〜ヌヴィレット様、実は俺……帰る家がないんですけど、暫くの間……パレ・メルモニア内の何処でも良いので、場所を貸して貰えたりしませんか……?」
「……」
「なんなら部屋の隅にある小さな椅子の上だけでも大丈夫なので……いえ、もはや廊下でも」
『発言だけを聞くと……もの凄く惨めね』
『イツキの体質的に眠る必要もないでしょうし……貴方が本当に椅子の上だけでも良いと思っている事に、彼が気付く時は来るのかしら』
すると、おもむろに席を立ち始めるヌっさん。
「廊下は
完全な真顔ではあるが、不思議と本当に申し訳なさそうにしているのが伝わってくる。というか、重要なモノが沢山あるであろうこの最高審判官の執務室に……たった一日でも他人を住まわせて大丈夫なのか?
『何か機密が漏れるような事があったとしても、心当たりは貴方にしかないもの……いざと言う時は武力行使でどうにでもなると考えているかもしれないわね! ふふっ!』
ファッ!? あの〜マハさま……? イタズラ心で俺に恐怖を与えるのは辞めて貰いたいんだが。全っっっ然ッ笑い事じゃないがッ! ”ふふっ”じゃないがッ!?
「いぃーや申し訳ないのはこちらですッ! ……本当にありがとうございます……神様仏様ヌヴィレット様ですぅ!」
そう言いながら、俺は全身で感謝の意を表した。
『彼の視線から哀れみの感情を感じるわ』
何だと……!? 土下座は謝罪と感謝を同時に伝える事ができるという便利な武器で、日本人の魂やろがい!
「それと……公の場で無ければ、私のことをヌヴィレット様などと呼ぶ必要はない故……好きに呼んでくれて構わない」
お〜っと? これって……普段はヌっさん呼びをしても良いってことか?
『……私も稲妻の民との距離が近づいたと感じた時、とても嬉しかったもの。きっと彼も同じように感じたのかもしれないわね』
『彼の事をヌっさんなんて呼ぶ者は……今後イツキ以外に現れることはないでしょうね』
「わ、分かりました!」
「……では、また明日ここで」
と、言いつつも……中々執務室を出る様子がないヌヴィレット。
『……? どうしたのかしら』
『扉の前で動きを止めた……? もしかしたら、ヌっさんという呼び名での挨拶を待っているのかも』
ふざけているのではないかと錯覚するレベルに到達してしまった知恵の神による推測に、流石にそんな訳がないと思いながらも……俺は言う通りの行動をしてみる。
「……ヌ、ヌっさん! ……また明日!」
いやいやいやいや、上司に向かってこれは絶対アウトだろ! 確実にクビだッ! いくらあのヌヴィレットが普段は温厚だからと言っても……。
──と、そこで俺はゲームプレイ時のヌヴィレットを思い返してみる。そう言えば……罪人以外には割と寛容だったかもしれない。
「……」
いやいや、あれは五百年もの年月が経過していてヌヴィレット自身も変わっていたワケで、その上……旅人が居ることによる謎の仲良しバフがあったからであって……………………ワンチャンいけるか?
「……」
『……』
『……』
突如襲い掛かって来た長い沈黙に……否、こうなる事など未来の歴史さながらに、この世に存在する知恵の神以外の誰もが完璧に予想できていたであろうにも関わらず──馬鹿なことをしてしまったッ! ……と、俺は思わず生唾を飲み込む。
「……ああ」
という一言を発すると同時に、執務室から退出していくヌヴィレット。どうやらマハちゃんの推測は本当に正しかったようだ。
『水元素の龍王は……思ったよりも遊び心のある方なのね』
『……あまり狙ってやったようには見えないけど、部下に対して……硬くなりすぎないようにして欲しいという思いを感じるわ』
「あれはヌっさんのお茶目さが出たとかじゃなくて……普通に素だったと思うぞ」
俺は普通に硬くなりすぎないどころか、逆に強ばりすぎて岩石みたいになってたしな。
「さて、これからどうする……? 全く眠気を感じないから、寝るという選択肢以外を考えたいが」
と、俺は部屋の隅にあった持ち運び可能な来客用の小さな椅子取り出し、それにゆっくりと座る。
『そうね……イツキの過去の記憶にあった興味深い話について聞きたいことがあるの──聖遺物という物の存在と、テイワット創世の歴史に登場する四つの光る影の関係性について』
あ〜、それね。うわぁ〜……この辺の事は絶対に口に出す訳にはいかないなぁ。脳内での会話という形式を崩さぬように意識して気を付けないと。
『その話って……もちろん私も聞いて良いのよね?』
ああ、全然良いぞ。えー、まずは……テイワット創世の歴史について、という所からだな。──旧世界では七名の龍王が現在の七神のような立ち位置で存在していたことは二人も知っているよな?
『ええ』
『知識としては……ね』
そこに、降臨者が現れた……名はパネース。原初のあの方とも呼ばれているな。その見た目は翼を生やし、王冠を被り、卵から生まれ、雄と雌の区別がつかないそうだ。
『旅人のような人型……ではないのかしら?』
もしかしたら人型にもなれるのかもしれないが……そこはまだ不明だな。え〜、そしてパネースは自ら四つの光る影を創り出し、その影と共に七名の龍王をボコボコにした。
『……えぇ、どうして』
『その間にどのような問答があったかが判明しない限りは、理不尽と決めつけることはできないけど……とんでもないわね』
そして、自らの卵の殻を使い……この世界を宇宙と隔離する。その後、光る影と共に天地の創造を始めた。……まずは鳥、獣、魚、花、木を創造し、最後に人間を創った。この辺りで第二降臨者に関する話が登場するんだけど……今回の聖遺物云々の話にはあまり関係ないから割愛するぞ。
『そうよね、一度に話を詰め込まれすぎても分かりづらいもの』
『私は構わないのだけど……話す側であるイツキが情報を伝えやすいやり方の方が、本人の考えも纏まると思うわ』
ちなみに、四つの光る影の内の一つが時間の執政イスタロトだったということは……創世の歴史を記録する書物にも記されている。イスタロトは遍在する神であり……複数の姿を持つ、もしくは複数人とされていて……その信仰の痕跡らしきモノは、モンド、璃月、稲妻に存在した事が確認されていた。さて、ここからが本題でマハちゃんが聞きたかったという考察の部分なんだが──聖遺物には生の花、死の羽、時の砂、空の杯、理の冠の五種類があるんだけど……それぞれ、生、死、時、空を司る光る影と理を司るパネースを表しているという事が考えられていたんだ。
『……なるほど』
『……その理由は?』
俺の記憶を見たマハちゃんなら分かると思うが、俺の知っていた世界には……まず開発者という偉大なる者が存在している。そして……過去の開発者インタビューというもので、聖遺物のそれぞれの名前が物語の根幹に関わるということが判明していて……祈りを捧げるようなポーズがそれぞれの聖遺物から加護を受けるための儀式だという事が言及されている。
『祈りを捧げるポーズ?』
装備画面……あー、なんて言ったら良いんだろう……祈りを捧げているという、その姿が映し出されている場面……写真……絵があるんだ。説明が下手くそで申し訳ないな……眞。
『いえ……大体は理解出来たから問題はないわよ』
そうか……じゃ、続けるぞ。そのポーズも普通に考えれば……七神に祈りを捧げているだけだと思うが、七人の神と五種類の聖遺物では数が合わない上に……四つの光る影の情報と、理の冠という……王座に君臨する天理を彷彿とさせる名称から、この説が考えられたって訳だな。これについても、開発者サイドがインスピレーションを受けたものについて語っていたことがあったが……それを二人に教えてもマジで想像つかないだろうから、ここも説明を省く。
『世界樹に記録されていた情報と、イツキの記憶を見たことによる前提知識があるとはいえ……私でも理解するまでに一定の時間が必要みたい』
世界樹にあった情報が全て正しいという訳でもないぞ。世界樹による存在の改変は恐らく何度も起こっている、ナヒーダがスカラマシュの過去を童話としてバックアップしていた時のように、真実が別の形になって記録されているような……言い伝えや御伽噺が蔓延っているからな。勿論、それを残した本人でさえも……旅人のような第三者による補足がなければ理解出来ない程、記憶が変換されてしまう訳で……それが歴とした記録として機能することはほぼ無いが。
『あまりにも知らない事が多い上に、分からない言葉もあって、その……凄く難しいわ。結局、四つの光る影の正体って何なの?』
四つ光る影の正体? ふっふっふ、それは……。
『『それは……?』』
不明で考察の域を出ないから明言しませーん!
『『……は?』』
「……え? 怖っ」
普段は常に穏やかな声色をしている二人から、物凄く冷たい声が聞こえたんだが。……四つの光る影の正体については、今後その者と邂逅した時……もしくはその者についての話が出た時にでも、理由と共に説明するから……それまで待っていてくれ。恐らく今の二人が理解できるように伝えることは難しいだろうから。
『……ふふ、そういうことなら』
おかしいな。マハちゃんの穏やかになったはずの声色から圧を感じる。
『しょうがないわね……代わりに、以前聞き損ねたイツキの黒歴史について聞かせてもらおうかしら?』
それだけは本当に勘弁してください。