気付いたら五百年前のフォンテーヌに居たので、水神を救おうと頑張りたいのだが……脳内で語り掛けてくるナニカがうるさい 作:たゆな
第4幕
『マハちゃんとの話で少し脱線してしまったけど、イツキは結局スメールに行くの?』
「行こうと思ってはいるんだけど……マハちゃん的にはどう思う?」
『この時期に行くのはやめておいた方が良いかもしれないわね』
ふむ、五百年前のスメールで何か危ない事ってあったか? うん……いっぱいあるか、流石に。
「して、それは何故なのでせう?」
『先代水神エゲリアが死んだという事は、ナラヴァルナがアランナラ達を救ってくれた後……ブエルは既に教令院によってスラサタンナ聖処に幽閉されてしまっているでしょうね。それはつまり、アーカーシャ端末の研究を始める為……神の心を動力としてアーカーシャによる夢境の力を使用しているということ。現状、貴方はその力に対処する為の力を持っていないわ』
ナラヴァルナ……確か主人公の片割れの事だったな。
「なるほど。結局俺はフォンテーヌを離れることが出来ないワケか……」
『フォンテーヌ以外の国は……遠慮しておいた方が良いかもしれないわね』
今は安全そうな璃月とかも……何年か後には仙魔大戦でエグいことになるっぽいしな。
『あら、どうして? 稲妻も大丈夫だと思うわよ?』
「ハッハッハ、神櫻が発芽したということを聞いてしまった眞がそう思うのも仕方がない。影ちゃんの頭が柔らか〜くなって稲妻も安泰、そう思ったんだろう……? しかぁしッ! 影ちゃんが夢想の一心に残された眞の意識と対面するのは……大体五百年後の話なんだ」
『なるほど。だからあの時イツキは……今直ぐに稲妻へ行こうとは言わずに、
「へ? やけに理解が早いな……」
『五百年後の影が植えた神櫻の種が、時間の不可逆性を超越して現在の稲妻で発芽した……影に稲妻を託して本当に──彼女なら大丈夫だと信じて本当に良かった!』
そこまで分かるのか!? 流石眞パイセンってことで片付けていい内容じゃないぞ?
『ねぇイツキ、フォンテーヌでの生活を始める前に……まずは計画を立てましょう? 一人では思い付かないことでも、私や眞ちゃんと一緒に考えればきっと良いモノが浮かぶはずよ』
『そう言えばフリーナちゃんの為に、ケーキとパスタに関係する職場で働きたい……みたいなことを言っていなかったかしら?』
「言ったけど、眞に心を折られたからやめた」
『……えっ?』
『──フリーナたんをいっぱい甘やかして、毎日ケーキを食べさせて……ブクブク太らせてやるんだ! ……なんて事も言っていたわよね』
「それに関しては口に出してないから言ってないぞ! 別にケーキを作る側にならなくたって、ケーキを買うモラさえあれば……食べさせることくらいできるだろ」
『……働かないとフリーナちゃんのケーキ代すら稼げないじゃない』
『そもそも一般人が彼女に贈り物を渡す事ができるかどうかも怪しいと思うわ』
……ほなケーキを作る側になるしかないかぁ〜。
「はぁ〜……といっても、パティシエ修行どころか料理スキルすらない俺を雇って貰えるのか?」
『……それなら、配達員として雇って貰うのはどう? 幸い、イツキは肉体的な疲労を感じないでしょう?』
て、天才かッ!?
「眞……それは、アリだ」
俺はベンチに座って、ニヤリと笑いながら眞に向かってそう言い放った。
「んじゃ、早速ケーキ屋を探すか」
『ケーキ屋なら、ここに来る時に通った大通りの角に……シェ・オリヴィアというお店があったわよ。何やら年季の入った建物で、とても長く続いてそうだったから……印象に残っているの』
「もしやマハさま……喋らなかっただけで、フォンテーヌの街並みに興味津々だったのか」
*********
建物の前へと到着した俺は……早速、シェ・オリヴィアの扉を叩いてみる。
「……すみませーん!」
「おお! 久しぶりのお客様……いらっしゃいませ〜!」
店の奥から元気な女性の声が聞こえて来ると同時に、店員らしき人物がカウンターまで顔を出してきた。店員は他に居ないみたいなので、おそらくこの女性が店長なのだろう。さて、今から俺がやらなければならない事が一つだけある──
「いきなりで申し訳ないんですが」
「は、はい……なんでしょう?」
「…………配達員として俺を雇って貰えませんか!」
──そう、土下座だ。
「え〜っと……」
待てよ、土下座したは良いが……この時代に配達員とか需要あるのか? まともな連絡手段があるとしたら、手紙くらいだよな……店に注文の電話も出来ないやん。手紙で注文なんて、まず手紙を郵送して貰らわなければならないという手間が発生する訳だし。
「ごめんなさい……配達員? とかよく分からないので」
……ん!? アカンっ! これは……新聞の配達が来た時に、母親が『ウチは新聞を読んでないので大丈夫です』って言う時と同じ顔やッ! おい、不味いぞ……郵便局はこの時代にもあるはず、つまり配達員がどういうものかは多分だが理解しているのだろう。ということは、ただ単純に……俺が拒否られているだけかもしれないという可能性が浮上してくるッ! だが、それはまだ確定していない……シュレディンガーのイツキだッ!
「えーっと、配達員というのはですね?」
「あ、大丈夫です〜!」
『……あら』
『これは……ダメそうね』
……あぁ〜、なるほど。ふぅ、さて──確定していなかったモノが確定してしまった訳だが。
『ねぇマハちゃん、これはもしかして……』
『ええ、失敗ね』
はい? そうですがッ!? 分かってる事だから! 脳内でそんなハッキリ言うことないだろうがッッ!
「何も買う気が無いのなら、とりあえず……店の外に出て貰っていいですか?」
「い、いや……皿洗いでも何でもしますからっ!」
「ウチは店内で食べる形式ではないので、結構です! っ……よ、弱いッ!」
くっ……この女店長、力が強いッ!
『女性にも力負けしてしまう程に、かりんちょりんなのね……イツキの身体』
『二柱もの魔神を取り込んでいるというのに……本体であるイツキには力がない? おかしいわね』
二人の言葉を無視しながら応戦するが、俺はみるみる内にシェ・オリヴィアの扉前へと運ばれる。
「そんな筋肉で配達仕事なんて無理ですッ! 出直してきてください!」
「それは、トレーニングでもして力がつけば採用ってことでしょうか?」
『ふふ、肉体の耐久性と同様に強靭なメンタルね』
『ポジティブなのは良いことじゃないかしら?』
女店長が「さようなら」という言葉を俺に吐き捨てると同時に、店の扉を閉めた。すかさず俺は、扉が閉まりきる直前に足を挟み込むことでそれを阻止する。
「……ちょ、ちょっと貴方! 諦めがッ……悪い……ですよッ!」
「ハハッ! ありがとうございます!」
「褒めてないんですけどッ!」
暫くして、何故か周囲に人集りができ始めた。
「なんだなんだ……?」「揉め事か?」「いいぞ〜! やれやれ〜!」
そうしてギャラリーが集まる中、俺の精神と女店長の体力が続く限りの激闘を繰り広げていると──
「──騒がしいな」
突如として、あれ程煩わしかった人々の声が収まる。
「……そこの二人。早急に動きを止めなければ、特巡隊を引き連れて双方とも連行する事になる」
その言葉を聞いた俺と女店長は、すぐに掴み合いを止めた。……俺の力はあって無いようなものなので、ほぼ一方的に掴まれていただけではあったが。
「この男の人がしつこいんです! 貴方にお願いする仕事は無いってずっと言ってるのに!」
「……順番に話を聞こう。しかし──」
「ヌヴィレットだ……」「……ヌヴィレットね」「こんな所で何をしてるんだ……?」「仕事をサボって、いい御身分ね」
「──一先ずはこのギャラリーが居ない所へと場を移さねばならない」
ん? ……ヌヴィレットだって?
「……その男をもう一度入れるのは嫌だけど、仕方ないわね。店内に入りましょう。ヌヴィレット……様とそこのバカも一緒に」
あぁ、エピクレシス歌劇場建設、フリーナの水神就任、ヌヴィレットの最高審判官就任は同時期だったか。
「……ああ、そこの御仁もそれでいいだろうか?」
「あ、はい。大丈夫です」
って、いやいや! こんな所で、こんな恥ずかしい姿をヌっさんに見られてしまった……だとッ!?
******
女店長は俺とヌヴィレットが入店したのを確認すると、店の扉の鍵を閉めた。
「ふぅ〜! 本っ当に疲れたわ。……それに比べて貴方は全く疲れた様子が無いようだけど」
「実は俺……生まれてこの方、疲れを知らない人間という事で有名なんですよね」
フォカロルスがヌヴィレットに対して『五百年にも及ぶキミの役、気に入ってくれると嬉しいな』という言葉を残したことから……五百年前には既に最高審判官の地位についていたことが推測できる。フリーナに関しても……魔神任務プレイ時に記された、第182376幕という数を365日で割ると……ちょうど五百年程になる為、二人の役者が演じ始めるまでの時間は然程空いていないはずだ。
「力はないけど、体力はあるってこと?」
「アハハ……」
しかし、まぁ──フォンテーヌ人の彼等がヌヴィレットを普通に呼び捨てにしていたり、サボっているだなんて言葉を吐けるのは……流石の五百年前と言ったところだな。メリュジーヌすら居ないこの時期に、民はまだ彼に対して完全な信用を置いていないらしい。
「……ふむ」
『何やら、ヌヴィレットさん……? に凄く見詰められているけど』
『もしかしたら、私達二人の気配を僅かに感じ取っているのかもしれないわね』
「……では、まず何があったのか順を追って説明して貰いたいのだが」
今思うと……眞やマハちゃんと同時期に死んでいる魔神はかなり居るのにも関わらず、この二人のみが俺の脳内に生えてきた理由は何なのだろうか。思い付く限りの共通点としては、どちらも意識を分離する能力を持っていること、意志を継承する相手が居たこと、そして……俗世の七執政であったこと、とかだな。
「……其方の御仁は考え事に忙しい様だな」
「な、なら私……えっと私はアデルって言うんですけど、このお店の名前であるオリヴィアっていうのは私のおばあちゃんの名前で……」
「……他所人である私にその様な話をして貰えるなど、光栄極まりないが……この後にやらなければならない仕事が控えている故、今回揉め事になった経緯から──」
「──おばあちゃんの作るケーキは本当に美味しくてっ! 私もいつかそんなケーキを作れるようになりたいって思ってるんですが、この間……」
「……ふむ。どうやら、この話は長くなりそうだ」