気付いたら五百年前のフォンテーヌに居たので、水神を救おうと頑張りたいのだが……脳内で語り掛けてくるナニカがうるさい 作:たゆな
フォンテーヌ廷を出た後……暫く走り続けた俺は、エピクレシス歌劇場へと向かう人達を辿り、漸くルキナの泉へと到着した。
いやぁ〜! ずっと走り続けられるおかげで、道中必死にここへ向かっている人達を何人も追い抜いていく時の優越感が半端なかった。
『既に結構な人集りが出来ているわね』
「あぁ、急いでエピクレシス歌劇場に向かわなければッ!」
そのままエピクレシス歌劇場へと繋がる直線距離を、陸上部よろしくクラウチングスタートからの猛ダッシュで進む。
『新水神、ね。影は今頃、上手くやれているかしら。信じてはいるのだけど、私はどうも彼女を心配し過ぎてしまうの』
彼女達の場合──元々表の顔である眞と裏の顔である影ちゃんがお互いを補い合うことで……二人で一人の雷神として存在していた為、稲妻の一般国民達は神が代替わりした事には気が付かないだろう。つまり、それに伴う不安の発生や信頼関係の再構築などの必要性が圧倒的に少ない。
『ふふっ、悪い癖ね』
と、そんな眞の呟きに……俺は思わず動きを止める。
「いやいや、家族の心配をするのは別に悪い事なんかじゃないでしょ」
『……そんな事まで知っているのね』
顔が見えないので分からないが、そう困った表情を浮かべ……ているような感じがしないでもない眞に対して、俺は一つ提案をしてみた。
「そんなに心配なら……そうだなぁ──やることが一段落したらになるけど、稲妻に行こう!」
『え?』
「何年後になるかは分からないけどね? 一応、ここを離れて別の国に行ってみようという意思はあるってことだけね、うん。なんなら普通に稲妻へ行く予定が出来るかもしれないし……」
まぁ、今行っても……眞に続き、狐斎宮と御輿千代を失ってしまったであろう影ちゃんが傷心しまくってたりと、エグい重い空気が漂う稲妻になっている可能性が高いし。そんな所を見てしまったら、流石の眞も我慢できずに俺の身体を乗っ取るだなんてことが起こるかもしれんッ! ……なので大人しく旅人が色々解決してくれた後に行きたい感が拭えない。
『……ありがとう。イツキ』
こんな程度の事でお礼を言われても何だかムズ痒いだけなので、スルーしてエピクレシス歌劇場へと入場する。
「空いてる席、空いてる席……前列はほとんど埋まってるなぁ」
それ以外の席も見渡してみるが……歌劇場には次々と人が押し寄せている。どうやらどこも満席になってしまったようだ。
『中列と後列は……少し窮屈そうね、というかもはや空いてない、かも』
「うん、一階は諦めるしかないなぁ。となると、一番見やすそうな所は……」
二階の方へ視線を向けてみると……どうやらほとんどの人間が一階に向かっていたからか、二階席にはまだかなりの余裕があった。
「おお、二階は今なら席が空いてそう!」
俺は急いで、二階席で一番舞台に近い壁際の席に向かう。
「よし、間に合ったぁ」
『……開演時刻まで、まだ三時間もあるわよ』
「それは、流石に……暇だなぁ」
『……ええ』
一階でワラワラと蠢く人混みを見つめながら、俺は少しばかり考える。ふむ、俺一人で待つだけなら、今後のモラ稼ぎについての計画を練っていた所だが……。
『なんだかまるで、人がゴミのようね』
一応、眞も居るし……流石に無言で三時間待たせるのは気が引ける。
「ねぇねぇ、眞」
『ん、どうしたの?』
「俺が前に居た世界で流行った娯楽小説……面白い物語があるんだけど、聞く?」
『聞くわっ!』
影と違って、眞はやはりそういうモノへの興味がありそうだ。
「そうだな、これは六千年以上も前の物語……天地を裂き、星を殺した悠久の大戦……」
俺はここから三時間程掛けて、周りの人間に聞こえない程度の音量でボソボソと……うろ覚えだが前の世界で見た小説の、大体のストーリーを頑張って話し聞かせたのだった。
『それほどの過酷な環境なのにも関わらず、神の力を借りずに人間達だけの力でそこまでの事が出来るというの……?』
「いや、フィクションね? 実際にあったことじゃないぞ? この世界の……ましてや魔神である眞からみたら有り得そうな話かもしれないけどね。余裕で創作だから」
脳内の眞から、驚愕の感情が伝わってくる。いやぁ……選択をミスったな。俺の世界では完全なファンタジーでも、こっちでは違うってことを完全に理解してなかった。
『どうやら、そろそろ開演するみたいよ? イツキのおかげで退屈せずに待つことが出来たわ。ふふ、ありがとう』
「……どういたしまして」
そんな嬉しそうな声を直接頭にぶち込んでくるのズルすぎる……あまり俺を照れさせるなよッ! ぐぬぬ、くやしい。
【コホンッ……えー、紳士淑女のみんな。ようこそ、今宵のエピクレシス歌劇場へ】
ま、ま、ま、まッ!
「マジもんやッ!」
『きゃっ! ……ビックリした』
……何かちょっと大声を出したら、脳内で可愛い声が響いた。今度話す物語は……怪談系にするか。妖怪やら幽霊やらを怖がるとは思わないが、とりあえず急に大声を出せば驚きそうだし。
【僕が水神を引き継ぐことは、みんなもすでに知っていると思う。そう、この僕……フリーナ・ドゥ・フォンテーヌが、キミたちの新たな水神だ】
……うん、ちゃんとマジもんのフリーナたんや。よし、これで予言回避の為にフォカロルスがフリーナたんに神を演じさせるアレが進行中なのが分かったな。
『彼女が新しい水神?』
「ああ、うん」
【一国家の新たな神になる──これまでそういった経験はなかったけど、みんなを導けることを光栄に思うよ】
『何だか、かなり………………可愛いわね』
それには流石の俺も、激しく同意せざるを得ないな。
【魔神フォカロルスとして、そして正義の神として、僕は出来る限り力を尽くして、みんなに公平で公正な時代をもたらしたいと思っている】
確かに可愛い、可愛いのだが……。
【改めて……ここまで足を運んでくれて、ありがとう。今後、疑問やアドバイスなどがあれば、枢律庭に提出してくれ。フォンテーヌの未来を築くには、みんなの協力が必要なんだ】
「これが新しい水神……?」「枢律庭が私たちを誤魔化してるんじゃ……」「人間よりも上位なんだから、神様ってもっと威圧感があるのかと思ってたわ……」
周囲から民衆のデカくてウザイ声が聞こえてくる……ついに、フリ虐タイムが始まってしまったか。
「おい、聞いたか。最後、俺たちに意見まで求めてたぞ」「神様って何でも出来るんだよな? 何であんなに謙虚なんだよ……あれじゃ、一般人とどう違うんだ……?」
『──神が民衆に意見を求める事は、何かおかしい事なの?』
「……あの〜、眞さん? 落ち着いてくれ」
声のトーンは穏やかなのに、何処と無く威圧感さんが存在していらっしゃる。
「もしかして……新しい水神なんて最初から居ないんじゃないの? 枢律庭が手配した操り人形だったりして?」
『……民の不安が伝播する、私も経験した事があるわ。でも、私には影が居た……それら全てを払拭することが出来る程の──絶対的な強さを持つ彼女が』
「そうだな。しかし、フリーナは一人だ……誰にも頼れない。頼る訳にはいかない」
『そうなのね』
「あぁ、そして……それでも大丈夫だと思える程に──彼女は強いんだ」
『それはどういう……?』
【ハ、ハハハッ……悪くない、我が民よ。それでこそ、このフリーナの統治に相応しい】
『え?』
【僕は以前、こんな疑問を抱いたことがある──ある日、弱々しい操り人形がこの舞台に立ち、あまつさえ歌劇場の主であると主張したとして……それでもフォンテーヌの民は従うのか、と】
先程のフリーナとは打って変わった、芯の通ったような声に……観衆がざわつき始める。
【しかしどうやら……フフッ、諸君はそれほどくだらない者たちではなかったようだ。キミたちには、この歌劇場で……僕と一緒に美しき審判を見届ける資格がある! 先程のパフォーマンスは、皆への手土産に過ぎない……歌劇場の雰囲気にぴったりだと思ったのだが、どうだい?】
そう、そもそも彼女は強い。俺なんかの……誰の助けを借りなくたって。フリーナ、君は五百年間……いや、全てのフォンテーヌ人を救う事が出来るその時まで、自分を殺し続けることが出来るのだろう。
【ここより、改めて自己紹介をしよう!】
「なるほど、さっきのは演技だったのか。道理で……。ここが歌劇場だってことをうっかり忘れてたよ」「新しい神様がこんなに個性的な方だなんて……かなりびっくりしたけど、さっきの弱々しいイメージよりはいいかな」「魅力も迫力もある神様で本当によかったですわ。この先、少しは安心できそうですもの」
だからこそ、全てを知っている俺はこれから五百年間。この子、いや──この人の前で、何も知らない人間を演じ続けると決めたッ!!
【さて、我が愛しの民よ。僕を認める者たち、崇める者たち……そしてそうでない者たちも皆、正義への熱意を持ち続けてくれたまえ! この国の罪はもう洗い流せないと聞いたが──ちょうどいい。罪の中に咲く正義こそ、最も芳ばしい香りを放つのだから!】
『……ねぇ、イツキ。この国の罪とは何の事なの?』
「ん? あぁ、それは……予言の内容にある事だ」
『予言?』
「この国には──フォンテーヌ人は皆、生まれた時から罪を抱えており、どれほど審判を行なっても、それが消えることはない。やがてフォンテーヌの海面が上昇し、罪を背負いし人々は海水に飲み込まれる。人々は皆海の中に溶け、水神は自らの神座で涙を流す。そうして初めて、フォンテーヌ人の罪は洗い流される。っていう、予言が伝わっているらしい」
『……影の事といい、イツキは初めてフォンテーヌに……ましてや、テイワットに来た割には──色々な事を知っているのね?』
「……分かんないけど、なんか知ってたんだよね」
【正義の神の手にある天秤は、決して堅苦しいものであってはならない。一方に公平と公正を載せ、もう一方は歓声と喝采で満たすべきなのだ。法を祈りの言葉に、審判を礼拝にして、篝火を灯そうではないか。さあ、フォンテーヌの未来のために、杯の酒を飲み干そう! 我が民よ、キミたちが心から正義を信奉する限り……この世に審判で解決できぬ問題などない! このエピクレシス歌劇場でならば、この諭示裁定カーディナルの前でならば──僕、魔神フォカロルスは……この世の神々さえも審判してみせよう!】
「「「「おおおおおお!」」」」
歌劇場全体が揺れているのかと錯覚する程の歓声が沸き起こる。
「大喝采だなぁ」
『……清々しい程の手のひら返しね』
まぁ、五百年後に世界各地へと流れ着いた純水精霊が崇める水神は、フォカロルスではなくエゲリアだったし……民や純水精霊達にとっては、先代水神が偉大な神に見えていたんだろう。そんな偉大な神に変わって出てきたのが、あんなポンコツそうなかわい子ちゃんなら不安になるのもしょうがない。
『それにしても彼女、物凄く良い子ね! こんな優しそうな子が、優しい者ほど先に死んで行ってしまった、あの魔神戦争時代を生き抜いたなんて……ちょっとビックリだけど』
「そうだな」
フォカロルスは元々純水精霊だったから……魔神戦争時代を生き抜いていた魔神ではないはずだ。どうせ分かる訳がないので、ここはとりあえず肯定しておこ──
『──人間の身で、神の呪いを受ける少女。そんな子が神を演じている理由……貴方は知っているのでしょう?』
とか思ってたら逆に気付かないでいて欲しかった事のほとんどに気付かれているんだが!?