シャーレ所属の生徒になってはや数日。片付けても片付けても舞い込む仕事の山も段々と減ってゆき、俺も休憩中にこの世界の常識について勉強する余裕なんかも出てきた。基本俺はなんの特殊な権限も持たないため仕事はもっぱら書類の仕分け……あとは先生の鼓舞だ。
「“トオル〜……休憩しようよ〜……”」
「気持ちはわかりますが五十分前にしたばかりです。あと十分頑張ってください」
「“そんなぁ……”」
ここで働くにつれて、だんだんとわかってきたことがいくつかある。まず一つ、先生はあまり書類仕事を得意としていないことだ。曰く、『あのおぞましい紙の束を見ただけで頭が痛くなってくる』……らしい。
正直言ってその気持ちもわからんでもない。その上彼は外勤も多くあり、直近だとアビドスという僻地で廃校寸前の高校を救ったり、ミレニアムサイエンススクールでゲーム開発部の手伝いをしていたりと正しくこのキヴォトスを股にかける男と言わんばかりの活躍を見せている。
優先度の高いものは定期的に確認に戻ってはいるし、処理も行っていたそうなのだがそんな状態ではミスもかさむ。元々の苦手意識も相まって修正が必要と突き返されることもままあるのだとか。
そして二つ。この世界は案外世紀末ではないということだ。無論場所によって治安の良し悪しはあるものの、基本的にD.U.での大規模な戦闘があったなんて話は聞かない。シャーレも入室時に愛銃をガンラックに掛けて武装解除する義務があり、ドンパチとは無縁の生活を送っていた俺にはとてもありがたい。
そして最後はシャーレの仕事について。先ほども言って今も黙々と取り組んでいる通り、俺は書類の仕分けに従事しているわけだがその内容には何度も目を丸くさせられた。
直近のものだと『アビドス高校からのお礼の手紙』『失踪したペットの捜索依頼』『七囚人の動向の報告書』……最後みたいなヤバげなやつや政治関連のものもあるようで、そういうのは積極的に目を通してもらっている。あとはついでに生徒から先生宛の手紙は癒しになりそうなので休憩中に渡すようにしている。もちろん、内容を軽く確認させてもらった上でだが。
「“うう……”」
「コーヒーでも淹れてきますから。もう少し耐えてください」
そろそろ先生が限界そうなため席を立って給湯室へ。お茶汲みも慣れたものだ。山積みだった仕事のうち緊急のものはあらかた片付いたしここらで長めの休憩を取ってもいいかもしれない、とお湯を沸かしながら思う。
「初めはどうしたものかと思ったけど、人間って結構慣れるのが早いものなんだな」
当然のようにコンビニで売っている手榴弾も、空に浮かんだ巨大な光輪も。あとはロボや動物の市民たちも。ここ数日で普通と認識し掛けている。この世界で普通だということは百も承知だが、やはり元の世界で培った価値観がこうも簡単に塗り替えられると何か釈然としないものがある。
インスタントコーヒーの封を開け、二人分のカップに入れる。ゆっくりとお湯を注ぐと、少し酸味のある芳醇な香りが漂い始めた。
今回は二人とも休憩だし、甘めのカフェオレにしよう。いつもより多めの砂糖とミルクを入れたコーヒーや貰い物のお菓子を乗せたお盆を持って、俺はオフィスの方へと戻るのだった。
◆◇◆◇◆
あらかたコーヒーを飲み終え、少し先生の血色が良くなった頃。彼は唐突にとんでもないことを口走った。
「“そういえばキヴォトスで生きるなら自分の銃が必要だよね”」
「そうですね。銃を持たずに歩く人は全裸の人より珍しいと聞きました」
「“だから一旦はこれを持っていてね”」
そう言って先生が俺に手渡してきたのはホルスターに入ったリボルバー式の拳銃だった。
「え?」
「“丸腰で外に出るとトラブルに遭う確率が跳ね上がるんだよ。私はともかくトオルは巻き込まれたら困るだろうから”」
「ああ、そういう……なるほど……」
「“仮とはいえ銃を持って外に出れるようになったところで初めてのお使いに行ってきてもらおうかな”」
「え?」
そう。ここで下されたお使いの内容こそとんでもないことなのである。
簡単に要約すれば一人でミレニアムサイエンススクールまで行ってこいと。
馬鹿か?いや馬鹿だろう。土地勘もない人間を放り出していい世界じゃないんだよここは。
いやまあ来たけどさ。もらった地図とか路線図とか活用して何とかかんとかたどり着いたけどさ。何をしてこいとかそういうのは全く聞いていないんだ俺は。『“全てはそこに行けばわかる”』の一点張りだったせいで抗議も虚しく聞き出すことはできなかった。
お使いの任務も達成したしもう帰ってしまおうか。いかにも疲れましたという様子で帰ればきっと怒られはしないだろうし——
「おーーーい!!迎えに来たよーーーっ!!」
「モモイさん?!」
「こんにちは」
「あ、ミドリさんもこんにちは」
「先生から言われてきたんですが……本当に何も聞いてないみたいですね」
「その口ぶりからすると、ミドリさんは何か知っているように感じますね……」
『まあつれて行ったほうがよくわかるだろうから』と彼女らにつれられて向かったのは敷地内の巨大な倉庫。というかサイズ感的にはクソでかいガレージと言っても差し支えない建物。頭にクエスチョンマークを浮かべた俺の前に姿を現したのは一人の生徒だった。
「やぁ。君が先生の言っていた子で間違いないかな?」
「た、多分……?」
「この体格で銃を使った経験がないとなると……確かにウチを頼ってきたのは正解かもしれないね」
「あ、そういえば自己紹介を忘れていました。シャーレ所属の新生トオルと申します。以後お見知り置きを」
「私はエンジニア部の白石ウタハ。よろしく頼むよ」
彼女の所属するエンジニア部は家電やセキュリティ用のロボットや武器など様々な分野でその力を発揮しているらしい。アリスが背中にぶら下げている銃——あのレールガンもエンジニア部の発明品らしい。(ちなみに作った理由は『ロマン』とのこと)
拳銃を受け取った時も、『仮』であることを強調していたし、先生はここで自分の銃を見繕ってもらえ、と言いたいのだろう。
ぐるりと見回してみるだけでも夥しい量の物が保存されており、それらが皆近未来的な色や形に仕上げられている。気分だけでいえばドラえもんの秘密道具ミュージアムに行った感覚に近い。
「……?これは……」
あれでもないこれでもないと唸るウタハさんを他所に、俺はとある銃に目を引かれた。
そう、つまりは一目惚れというやつだ。キヴォトスに来て数日、俺は運命の出会いを果たした。