【平成球界裏面史 近鉄編114】平成20年(2008年)シーズンを迎える直前、ジェレミー・パウエル投手は大問題に直面していた。今でも語り継がれる「二重契約問題」。近鉄バファローズの一員として初来日したの平成13年(01年)からすでに7年の月日が過ぎ、パウエルの所属球団も近鉄、オリックス、巨人と経て4球団目になる計算だった。
平成19年(07年)オフに巨人を自由契約になったパウエルはNPB球団と、来季の契約獲得へ向け交渉。平成20年(08年)1月上旬には古巣のオリックスと契約交渉を行い、締結寸前にまで話は前進していた。パウエル自身も平成20年(08年)シーズンはオリックスでプレーするものだと心に決めていた。
パウエルの自宅にはオリックスから統一契約書がFAXで送られてきた。「日本での就労ビザを取得するため」という説明を受け、書類にすぐさまサインし送り返した。これでオリックス側は契約成立と判断した根拠だ。
だが、オリックスサイドはフィジカルチェック後にチーム側に有利になるよう契約内容の変更を、パウエルに求めてきたという。「それは不誠実であり道義に反する行為」だとし、契約を破棄を申し出ていた。球団に対し抱いた不信感は消えず、代理人を通じオリックスと正式に契約しないことを通達。この時点でパウエルはオリックスとの交渉は完全決裂したという認識を持っていた。
その数日後にはソフトバンクから交渉をもちかけられ、パウエルは球団側と直接会談し、その場で統一契約書など必要書類にサイン。ソフトバンクはパウエルとの契約合意を公に発表した。「私と契約可能な状況にあったオリックスはしかるべき手順を踏まずに、不誠実な行動をとった」。パウエルの意識としてはソフトバンクの一員という心づもりだったが、オリックスは二重契約として徹底抗戦の構えを見せた。
平成20年(08年)2月5日にパウエルは来日し都内で記者会見を行った。二重契約ではなく、ソフトバンクとの契約が正当だと主張した。同13日にはオリックスは当時の根来泰周コミッショナー代行へ提訴状を提出するなど大混乱。パウエルの代理人はオリックス側がパウエルにファクスで送信した文書が統一契約書でサインが必要な1、4ページのみで、中間の2、3ページは提示されていなかったため、法的に問題があると指摘した。
2月1日にはすでにキャンプは始まっていた。それなのに、所属球団がはっきりせずパウエルは宙に浮いた状態となっていた。そしてキャンプ終了直前の2月27日、根来コミッショナー代行はオリックス、ソフトバンクの両球団から提出された支配下選手登録申請を不承認と決定を下した。
その上で根来コミッショナー代行は改めて、パウエルと合意を取り付けた球団の支配下登録選手申請を認めるよう小池唯夫パ・リーグ会長に要請。パ・リーグとして、この決定に従う方針を示し事実上、パウエルのソフトバンク入団が確定する流れとなった。














